説明

成膜方法及び成膜装置

【課題】ルツボの有機材料への水分の混入を抑えるとともに、成膜時の成膜レートや圧力等の安定性を向上させる。
【解決手段】成膜室2の前段に設けられた材料前処理室1において、ルツボ4にて昇華精製された有機材料を前処理ヒーター6によって加熱し、水分量を低減した環境で溶融して固化させる。この材料前処理工程で、ルツボ4の有機材料から水分を除去するとともに、有機材料の材料充填率を高めて、成膜室2における成膜の安定性を向上させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機エレクトロルミネッセンス素子(有機EL素子)の有機膜等を成膜するための成膜方法及び成膜装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
R(赤)、G(緑)、B(青)のそれぞれの色を発光する有機EL素子を有する有機ELディスプレイは、カラーフィルターが不要なため光の取出し効率が優れていると言う利点を持っている。それぞれの色を発光する有機EL素子の発光層はパターン状に成膜される。成膜方法には、ドライプロセスであればマスク蒸着法やレーザー転写法、ウェットプロセスであればインクジェット法が一般的に用いられているが、有機EL素子は水分に弱いため、現在はドライプロセスが主流となっている。
【0003】
近年、より発光効率の高い有機EL素子が求められており、マスク蒸着法においては、発光効率を下げる要因である水分量を低減した高純度な有機材料を成膜装置に供給することが必要とされている。ところが、市販されている有機材料は、昇華精製後から成膜装置に供給されるまでの間に大気に曝され、水分を吸着してしまう可能性がある。このため、特許文献1に開示されたように、昇華精製後は有機材料を大気に曝さずに成膜装置に供給し、成膜を行う方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006−131931号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1には、昇華精製した有機材料を捕集する捕集部材をそのままルツボとして蒸着装置に設置し、成膜する方法が開示されている。この方法は、精製された有機材料が大気に曝されないため、汚染・吸湿等の大気に曝すことによる影響を抑制することができ、非常に有効である。しかし、昇華精製工程では温度勾配を設けて有機材料を捕集するため、捕集部材、即ちルツボ内の有機材料は粉末状となり、材料充填率が低い。ここで、材料充填率は以下の式で表すことができる。
材料充填率=M/(V×ρ)×100
M:ルツボ内に収容された材料の質量
V:ルツボ内で材料の占める体積
ρ:材料の密度
【0006】
一般的な円筒形状のルツボを用いた場合、材料の占める体積Vは次式で表す事ができる。
V=S×H
S:ルツボ内部の底面積
H:ルツボ内部の底からルツボに収容された材料の平均高さまでの距離
【0007】
ルツボ内の有機材料の材料充填率が低いと、ルツボ内の空隙の割合が大きくなる。この空隙のために熱が材料に均一に伝わらず、蒸着が安定するまでに時間を要したり、成膜レートが安定しないという課題を抱えている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため、本発明の成膜方法は、昇華精製した蒸着材料を準備する工程と、昇華精製した蒸着材料を水分量を低減した環境で固化させる工程と、固化した蒸着材料を水分量を低減した環境を保ちながら成膜室へ搬送する工程と、前記成膜室内で固化した蒸着材料を用いて基板に成膜する工程と、を有することを特徴とする。
【0009】
また、本発明の成膜装置は、蒸着材料を基板に成膜する成膜室と、昇華精製した蒸着材料を収容するルツボと、水分量を低減した環境で前記ルツボの蒸着材料を固化する材料前処理室と、前記ルツボを水分量を低減した環境を保ちながら前記材料前処理室から前記成膜室へ搬送する手段と、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、水分量を低減した環境下で、成膜工程前に昇華精製された有機材料をあらかじめ固化することにより、ルツボ内の有機材料の材料充填率を高めると共に、材料に含まれる水分量を低減することができる。さらに、水分量を低減した環境を保ちながら固化された有機材料を成膜室内へ搬送することにより、有機材料に水分が混入するを防ぐことができる。その結果、安定的に成膜をすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】実施例1による成膜装置における材料前処理工程を説明する図である。
【図2】実施例1による成膜装置における搬送工程を説明する図である。
【図3】実施例1による成膜装置における成膜工程を説明する図である。
【図4】実施例2による成膜装置を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明を実施するための最良の形態を図面に基づいて説明する。まず、本発明にかかる成膜装置を説明する。図1は、本発明にかかる成膜装置の一例を示すものである。成膜装置は、有機材料を固化する工程を行う材料前処理室1と、有機材料を成膜する工程を行う成膜室2とを有しており、材料前処理室1と成膜室2はゲートバルブ14を介してつながっている。材料前処理室1内には、ルツボ4を保持するルツボホルダー5と、ルツボ4を加熱する前処理ヒーター6とが備えられている。さらに、材料前処理室1には、不活性ガス導入機構11及び排気機構12が設けられている。排気機構12には不図示の圧力調整機構が備えられており、材料前処理室1内を大気圧以下で任意の圧力に制御し、水分量を低減した環境に保つことができる。
【0013】
成膜室2は、ルツボ搬送機構3、成膜ヒーター7、防着板8、マスク9及び基板10を支持する支持手段等を備えている。さらに材料前処理室1と同様に、不活性ガス導入機構17、および不図示の圧力調整機構を備えた排気機構13が設けられており、室内を水分量を低減した環境に保つことができる。
【0014】
ここで、水分量を低減した環境とは、露点が−95℃以下の環境を意味する。露点−95℃時の飽和水蒸気圧は6.0×10−3Paなので、室内を6.0×10−3Pa以下に排気することにより露点−95℃以下の環境をつくることができる。また、露点が−95℃以下に調整されたガスや水分を含まない高純度な不活性ガス等で、雰囲気を置換する事でも露点−95℃以下の環境を実現することができる。
【0015】
続いて、本発明にかかる成膜方法の各工程について説明する。ルツボ4は、昇華精製された有機材料(蒸着材料)を収容した状態で材料前処理室1に投入され、ルツボホルダー5に保持される。ルツボホルダー5に保持されたルツボ4は、不図示の上下機構により前処理ヒーター6の内側に配置される。続いて、材料前処理室1は排気機構12によって5.0×10−3Pa以下に減圧される。このような水分量を低減した環境下で、前処理ヒーター6にてルツボ4を加熱することにより、ルツボ4内の有機材料を固化して材料充填率を高めるとともに、水分を取り除くことができる。
【0016】
ここで、固化とは、ルツボ内の有機材料を加熱、加圧等の方法により、材料充填率を50%以上に高めることを意味している。具体的な固化方法の例として、有機材料が溶融性材料の場合は、減圧環境下の任意の設定圧力下で、有機材料固有の融点まで有機材料を加熱することにより材料を固化することができる。有機材料が昇華性材料の場合は、沸点よりも低い温度で加熱すると同時に、粉末状の有機材料に6.7kPa以上の物理的な外力を加えて圧縮することにより材料を固化することができる。
【0017】
ルツボ4内の有機材料が固化された後、ルツボ搬送機構3により材料前処理室1から成膜室2に搬送される。その際、材料前処理室1および成膜室2は水分量の少ない環境に管理されており、ルツボ4内の有機材料への水分の混入を極力低減することができる。具体的には、ルツボを成膜室内へ搬送する際、材料前処理室1及び成膜室を、それぞれ排気機構12、13によって6.0×10−3Pa以下に排気しておくとよい。
【0018】
成膜室2へ搬送されたルツボ4は、不図示の機構により成膜ヒーター7の内側に配置され、成膜ヒーター7によって加熱される。膜厚モニター15によって得られる膜厚情報に応じて、不図示の膜厚制御用PCにて成膜ヒーター7の温度を調整して蒸着レートの制御を行いながら、有機材料を蒸着して基板10に所望の膜を形成する。
【0019】
また、ルツボ内に収容する有機材料の量が多いほど、長時間の成膜が可能となる。そこで、一旦ルツボ4内の有機材料の固化を行った後、昇華精製後の有機材料をルツボ4に追加して再度固化し、ルツボ4内の有機材料の収容量を増やしてもよい。
【0020】
以上のように、本実施形態による成膜方法は、水分量を低減した環境でルツボの有機材料を固化し、水分量を低減した環境にて成膜室へ搬送し、固化した有機材料を用いて基板に成膜する。昇華精製した有機材料を固化することで、ルツボ内の有機材料の材料充填率が高まり、生産時に安定して蒸着することができる。
【0021】
また、有機材料を昇華精製した後、雰囲気中の水分を低減した環境下で材料処理室へ搬送して固化を行えば、有機材料への水分の混入をより抑えることができる。例えば図4に示したように、材料処理室内に昇華精製機構16を配置し、排気機構12によって6.0×10−3Pa以下に排気して水分量を低減した環境下で、有機材料の昇華精製と固化を行うとよい。
【0022】
昇華精製手段16は、昇華精製前の有機材料に熱を加える材料加熱エリア19と、不図示のヒーターにより温度勾配を設けた材料捕集エリア18とを有している。
【0023】
昇華精製前の有機材料に熱を加えると、まず、合成時に用いられた溶媒など昇華温度の低い不純物が昇華され、材料捕集エリア18の低温部分で捕集される。さらに、有機材料を徐々に加熱していくと不純物の少ない有機材料が昇華を始め、材料捕集エリア18にて捕集される。昇華温度の高い不純物は、昇華されずに材料加熱エリア19に残る。このようにして、高純度の有機材料を得ることができる。
【0024】
図4には、昇華精製と固化を同じ処理室で行う例を表しているが、昇華精製をおこなう精製室と固化をおこなう材料処理室とを分けてもよい。処理室を分けた場合、2つの処理室はゲートバルブを介して接続し、それぞれの部屋に排気機構を設けておくとよい。また、成膜装置とは別に、昇華精製手段を有する精製装置を用いて材料の昇華精製をおこなってもよい。成膜装置とは別の昇華精製装置を用いる場合は、雰囲気の水分量を低減した雰囲気で有機材料を搬送すればよい。具体的には、水分量を低減した環境を保ちながら有機材料を密閉容器に密封して、密封容器ごと昇華精製装置から成膜装置へ搬送してもよいし、成膜装置と昇華精製装置との間の搬送経路の水分量を低減して搬送をおこなってもよい。昇華した有機材料は、特許文献1に記載の方法で昇華時にルツボに捕集してもよいし、昇華精製後にルツボに収容してもよい。
【実施例1】
【0025】
図1〜3は、実施例1による成膜装置を示す。図1において、昇華精製後の有機材料が収容されたルツボ4を準備して、材料前処理室1のルツボホルダー5にセットした。本実施例では、Ti(チタン)からなる円筒に底を設けた形状のルツボ4を用いた。蒸着材料として、精製された粉末状のα−NPDを5.0×10−3Paの圧力下でルツボ4にすりきり一杯に収容し、材料前処理室1内の所定の場所に設置した。α−NPDは溶融性材料として知られている。
【0026】
続いて、材料前処理室1内が1.0×10−3Paとなるまで真空排気を行った後、ルツボ4を保持したルツボホルダー5を、不図示の機構により前処理ヒーター6の内側へ移動させた。不図示の熱電対によりルツボ4の温度を測定しながら、前処理ヒーター6によりルツボ4を150℃まで加熱し、有機材料中の水分を除去した。α−NPDは、1×10−3Pa台の真空中において300℃前後で蒸発が始まるため、150℃では蒸発は起こらない。
【0027】
ここで、ルツボ4内の有機材料の材料充填率を高めるために、ルツボ4をα−NPDを280℃まで加熱した。α−NPDの融点が、280〜285℃なので、この温度域に昇温すれば、溶融状態となるが蒸発は起こらない。280℃で30分間保持した後ルツボ4を冷却し、ルツボ4内の有機材料を固化した。固化により、ルツボ4にすりきり一杯収容した有機材料の体積が減り、材料充填率が高くなった。固化する有機材料によって異なるが、α−NPDの場合は、固化前の材料充填率は約30%であったが、固化により材料充填率を約50%にまで高めることができた。
【0028】
その後、図2に示すように、ルツボ4をルツボ搬送機構3に移載した。この時、材料前処理室1及び成膜室2は1.0×10−3Paに減圧され、露点−95℃以下の環境とした。一般的な有機材料において露点を−95℃以下の環境に保つことで、デバイス特性を確保できることが分かっている。露点を−95℃以下の環境に管理することで、不活性ガス雰囲気でも同等の効果を得ることができる。ルツボ搬送機構3により成膜室2に運ばれたルツボ4を、不図示の機構により成膜ヒーター7の内側へ移動し、図3に示した配置状態とした。
【0029】
ルツボ4を成膜ヒーター7により加熱し、有機材料の蒸発温度である300℃前後で、膜厚モニター15にて得られる膜厚情報に基づいて蒸発レートをコントロールしながら基板10への成膜を行った。
【0030】
このように48時間の連続成膜を行ったところ、成膜中における蒸発レートは膜厚モニター15の電気的ノイズと思われるピークを除いて、±5%以内と非常に安定しており、48時間に渡り安定的に成膜できることが確認できた。また、ルツボ内の空隙の影響と思われる材料蒸発時のレート変動や圧力変動も確認されなかった。
【0031】
本実施例によれば、有機材料を固化する工程、および成膜室への有機材料の搬送を水分が低減された環境下で行なうことにより、ルツボ4内の有機材料の材料充填率を高め、かつ有機材料への水分混入を極力防ぐことが可能となった。その結果、安定して有機EL素子を製造することが可能となった。
【実施例2】
【0032】
本実施例は、図4に示した装置を用いて、蒸着材料(有機材料)の昇華精製する工程と固化する工程とを、1.0×10−3Paの水分量が低減された一連の環境下で行った。
【0033】
まず、昇華精製前の有機材料を昇華精製手段16左側の材料加熱エリア19に供給する。昇華精製手段16の右側は材料捕集エリア18となっており、温度勾配がつけられている。本実施例に用いる有機材料α−NPDの融点が280〜285℃であるため、材料捕集エリア18の温度を250〜300℃と設定して材料捕集エリア18に勾配をつけた。また、材料加熱エリア19から一番遠い材料捕集エリアを20℃に水冷するエリアを設けている。今回の場合、材料捕集エリア18の温度勾配はヒーターの巻き数により最適化を図っている。材料捕集エリアが所定の温度になってから、材料加熱エリアの有機材料の加熱を始める。加熱エリアの昇温勾配は200℃までを1℃/分、200℃以降を0.5℃/分として、300℃で保持するような制御を行った。低温度の不純物は材料捕集エリア18の20℃水冷エリアに捕集される。また高温度の不純物は材料加熱エリア19に残ることになる。今回の場合、材料捕集エリア18の250〜300℃に捕集された材料を用いた。
【0034】
昇華精製後の有機材料が投入されたルツボ4は、水分量が低減された環境を保ちながら材料前処理室1に不図示の機構にて搬送される。今回の搬送雰囲気は1.0×10−3Paに減圧し、露点−95℃以下の環境とした。一般的な有機材料において露点を−95℃以下の環境に保つことで、デバイス特性を確保できることが分かっている。露点を−95℃以下の環境に管理することで、不活性ガス雰囲気でも同等の効果を得ることができる。
【0035】
ここからは、実施例1と同じ手順にて有機材料の固化を行った。材料前処理室1内で、昇華精製後の有機材料が収容されたルツボ4をルツボホルダー5にセットし、材料前処理室1内を排気機構12によって1.0×10−3Pa以下となるまで排気を行った。
【0036】
材料前処理室1を減圧状態にした後、ルツボ4を保持したルツボホルダー5は、不図示の機構により前処理ヒーター6内へ移動させ、ルツボ4を前処理ヒーター6で加熱した。本実施例では、雰囲気中の水分が低減された一連の環境下で昇華精製工程と固化工程とを行うことにより大気からの吸湿がないため、固化前に有機材料中の水分を除去するための150℃加熱を省略した。
【0037】
この後は、実施例1と同様にしてルツボ内の有機材料を固化した後、水分が低減された環境を保持しながらルツボを成膜室へ搬送し、成膜を行なった。
【0038】
このように48時間の連続成膜を行ったところ、成膜中における蒸発レートは膜厚モニター15の電気的ノイズと思われるピークを除いて、±3%以内と非常に安定しており、48時間に渡り安定的に成膜できることが確認できた。また、ルツボ内の空隙の影響と思われる材料蒸発時のレート変動や圧力変動も確認されなかった。
【0039】
本実施例では、昇華精製工程から有機材料を固化する工程および成膜室工程までを、水分量が低減した一連の環境下で行って、ルツボ4の有機材料の材料充填率を高めた。その結果、有機材料への不純物混入を極力防ぐことが可能となり、さらに成膜の安定性を極めて向上させる事ができた。
【符号の説明】
【0040】
1 材料前処理室
2 成膜室
3 ルツボ搬送機構
4 ルツボ
5 ルツボホルダー
16 昇華精製手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
昇華精製した蒸着材料を準備する工程と、
昇華精製した蒸着材料を、水分量を低減した環境で固化させる工程と、
固化した蒸着材料を、水分量を低減した環境を保ちながら成膜室へ搬送する工程と、
前記成膜室内で、固化した蒸着材料を用いて基板に成膜する工程と、を有することを特徴とする成膜方法。
【請求項2】
蒸着材料を基板に成膜する成膜室と、
昇華精製した蒸着材料を収容するルツボと、
水分量を低減した環境で、前記ルツボの蒸着材料を固化する材料前処理室と、
前記ルツボを、水分量を低減した環境を保ちながら前記材料前処理室から前記成膜室へ搬送する手段と、を有することを特徴とする成膜装置。
【請求項3】
水分量を低減した環境で蒸着材料を昇華精製する昇華精製手段を備えることを特徴とする請求項2に記載の成膜装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−106357(P2010−106357A)
【公開日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−207019(P2009−207019)
【出願日】平成21年9月8日(2009.9.8)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】