説明

抗テロメレース剤または抗腫瘍剤

【課題】漢方薬・生薬の成分の類縁体である抗腫瘍性の成分を提供する。
【解決手段】下記一般式(I)または一般式(II)


で示すアポモルフィン骨格を有する複素環化合物またはその塩を含む抗腫瘍剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗テロメレース剤または抗腫瘍剤に関する。
【背景技術】
【0002】
がんに対する化学療法は1940年代に窒素マスタード剤(アルキル化剤)と坑葉酸剤(代謝拮抗剤)に始まり、今日では抗がん剤市場は数兆円規模の市場に成長している。
【0003】
がんはDNAの突然変異による細胞の制御不能の増殖で、場合によっては、ある種の腫瘍を拡大させる傾向は遺伝する。広義には、ほとんどの化学療法剤は細胞分裂を阻害することで、短時間で分裂する細胞を効果的に標的にする。このような薬剤は細胞に障害を与えるので、細胞毒性(cytotoxic)と書き表される。ある種の薬剤はアポトーシス(事実上の「細胞の自殺」)を引き起こす。
【0004】
しかしながら、抗がん剤による治療は患者の身体的な拒絶を受けることが多い。現在の化学療法技術では、副作用の範囲は、主に身体の細胞分裂が亢進した細胞にたいして生じる。抗がん剤による重大な副作用としては、例えば、頭髪を失う、吐き気ならびに嘔吐、下痢または便秘、貧血、感染や敗血症を引き起こすほどの免疫系の抑制、出血、二次がん、心毒性、肝毒性、腎毒性などが挙げられる。
【0005】
そこで、現在、副作用が少ないとされている漢方薬・生薬などの成分から抗腫瘍性の成分を探索する研究が行われている(非特許文献1)。この文献では、中国の伝統的漢方薬「益気養血扶正剤」(オウギ、ジュクジオウ、トウキ、ジュクシャ、タイソウ、ロクジョウの6種類から構成される)には、抗腫瘍効果があり、その作用機構の一つにNK活性の亢進のあることが示唆されている。
【0006】
一方、塩酸アポモルフィンは1869年に初めて催吐剤として使用されて以来、20世紀前半には精神分裂病患者の鎮静剤として、またアルコール中毒患者や麻薬中毒患者の行動改善薬として使用されてきた。本邦においても日本薬局方初版(1886年発令)から第七改正日本薬局方第2部の改正時(1966年)までの間、日本薬局方あるいは国民医薬品集中に記載されており、高用量(常用量は5mg皮下投与、極量は20mg皮下投与)で催吐剤、低用量(水剤、0.5〜1mg/回)で去痰剤として臨床使用されてきた。
【0007】
塩酸アポモルフィンは1967年にはドーパミン作動薬としての効果が認められ、抗パーキンソン病薬として臨床で使用されるようになり、欧州では現在パーキンソン病の治療薬(皮下注射;1.5〜10mg/回、2〜8回/日)等として臨床で使用されている(非特許文献2)。
【0008】
そうした中、慢性アルコール依存症の治療に塩酸アポモルフィンを使用した臨床試験でその勃起効果が初めて報告されて以来、塩酸アポモルフィンが勃起に及ぼす効果について動物レベルで研究されてきた(非特許文献3)。塩酸アポモルフィンはドーパミン(D1/D2)受容体作動薬であり、視床下部に存在するD2受容体を刺激して視床下部一海馬のオキシトシン経路の活性化、中脳を経て下位勃起中枢(仙髄)を経由し、副交感神経に属する骨盤神経に伝えられる。さらにその刺激は非アドレナリン非コリン作動性神経終末より一酸化窒素(NO)を遊離させ、陰茎平滑筋でのグアニルサイグレースの活性化により、cGMPが増加する。このcGMPによる陰茎深動脈・螺行動平滑筋の弛緩の結果、海綿体への血液流入が増加し勃起が誘発される。
【0009】
【非特許文献1】Deng Hong, 中島かおり, Ma Xinling, 蓮見賢一郎, 赤塚俊隆, 和合治久, “中国の伝統的漢方薬「益気養血扶正剤」の抗腫瘍活性と免疫細胞機能に及ぼす影響”, 埼玉医科大学雑誌, 第28巻, 第3号, 平成13年7月, p.109-115
【非特許文献2】Andrew Lees and Kirsten Turner, “Apomorphine for Parkinson’s Disease”, Practical Neurology 2002;2;280-287
【非特許文献3】Heaton JP, Morales A, Adams MA, Johnston B, el-Rashidy R., “Recovery of erectile function by the oral administration of apomorphine.”, Urology. 1995 Feb;45(2):200-6.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述のように、現在、漢方薬・生薬などの成分から抗腫瘍性の成分を探索する研究が行われている。しかし、漢方薬・生薬は多成分からなり、現在漢方薬・生薬が有効と報告されるEBMも単一成分を検討した結果ではなく、本来の二重盲検の結果としては受け入れられていない。そのため、単一成分として正確に評価されるためには、配糖体から得られる単糖体だけでなくその活性体の同定と腸管吸収および代謝の影響を受けにくいアルカロイドの同定などの研究が不可欠であり、それらの活性作用を明らかにすることが早急に求められている。一方、現在のところ、塩酸アポモルフィンまたはその類縁体について、抗腫瘍性を有する旨の報告はない。
【0011】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、漢方薬・生薬の成分由来である抗腫瘍性の成分を提供することを目的とする。また、本発明の別の目的は、漢方薬・生薬の成分の類縁体である抗腫瘍性の成分を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明によれば、下記一般式(I)または一般式(II)
【化8】

で示すアポモルフィン骨格を有する複素環化合物またはその塩を含む抗腫瘍剤が提供される。
【0013】
ここで、上記の一般式(I)および一般式(II)中、Xは、−OH基または−O−CH基であり、Xは、−OH基または−O−CH基であり、Xは、−H基または−OH基であり、Xは、−OH基または−O−CH基であり、Xは、−H基、−OH基、−O−CH基からなる群から選ばれる1種以上の官能基である。
【0014】
また、Yは、下記一般式(III)または一般式(IV)
【化9】

で示す構造単位である。
【0015】
本発明に係る抗テロメレース剤は、上記のアポモルフィン骨格を有する複素環化合物またはその塩を含むため、優れたテロメレース抑制作用を示す。
【0016】
本発明によれば、下記一般式(I)または一般式(II)
【化10】

で示すアポモルフィン骨格を有する複素環化合物またはその塩を含む抗腫瘍剤が提供される。
【0017】
ここで、上記の一般式(I)および一般式(II)中、Xは、−OH基または−O−CH基であり、Xは、−OH基または−O−CH基であり、Xは、−H基または−OH基であり、Xは、−OH基または−O−CH基であり、Xは、−H基、−O−CH基からなる群から選ばれる1種以上の官能基である。
【0018】
また、Yは、下記一般式(III)または一般式(IV)
【化11】

で示す構造単位である。
【0019】
本発明に係る抗腫瘍剤は、上記のアポモルフィン骨格を有する複素環化合物またはその塩を含むため、優れた抗腫瘍作用を示す。
【0020】
本発明によれば、天然物由来の抗テロメレース剤であって、防己、細辛、辛夷、黄蓮、厚朴からなる群より選ばれる1種以上の生薬から熱水抽出またはエーテル抽出される成分を含む、抗テロメレース剤が提供される。
【0021】
本発明に係る抗テロメレース剤は、上記の生薬から熱水抽出またはエーテル抽出される成分を含むため、優れたテロメレース抑制作用を示す。
【0022】
本発明によれば、天然物由来の抗腫瘍剤であって、防己、細辛、辛夷、黄蓮、厚朴からなる群より選ばれる1種以上の生薬から熱水抽出またはエーテル抽出される成分を含む、抗腫瘍剤が提供される。
【0023】
本発明に係る抗腫瘍剤は、上記の生薬から熱水抽出またはエーテル抽出される成分を含むため、優れた抗腫瘍作用を示す。
【0024】
本発明によれば、天然物由来の抗テロメレース剤であって、駒草からエーテル抽出される成分を含む、抗テロメレース剤が提供される。
【0025】
本発明に係る抗テロメレース剤は、上記の駒草からエーテル抽出される成分を含むため、優れたテロメレース抑制作用を示す。
【0026】
本発明によれば、天然物由来の抗腫瘍剤であって、駒草からエーテル抽出される成分を含む、抗腫瘍剤が提供される。
【0027】
本発明に係る抗腫瘍剤は、上記の駒草からエーテル抽出される成分を含むため、優れた抗腫瘍作用を示す。
【発明の効果】
【0028】
本発明に係る抗テロメレース剤は、特定のアポモルフィン骨格を有する複素環化合物またはその塩を含むか、あるいは特定の天然物から熱水抽出またはエーテル抽出される成分を含むため、優れたテロメレース抑制作用を示す。
【0029】
本発明に係る抗腫瘍剤は、特定のアポモルフィン骨格を有する複素環化合物またはその塩を含むか、あるいは特定の天然物から熱水抽出またはエーテル抽出される成分を含むため、優れた抗腫瘍作用を示す。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0031】
<実施形態1:抗テロメレース剤>
本実施形態に係る抗テロメレース剤は、下記一般式(I)または一般式(II)
【化12】

で示すアポモルフィン骨格を有する複素環化合物またはその塩を含む抗腫瘍剤である。
【0032】
ここで、一般式(I)および一般式(II)中、Xは、−OH基または−O−CH基であり、Xは、−OH基または−O−CH基であり、Xは、−H基または−OH基であり、Xは、−OH基または−O−CH基であり、Xは、−H基、−OH基、−O−CH基からなる群から選ばれる1種以上の官能基である。
【0033】
また、Yは、下記一般式(III)または一般式(IV)
【化13】

で示す構造単位である。
【0034】
本実施形態に係る抗テロメレース剤は、上記のアポモルフィン骨格を有する複素環化合物またはその塩を含むため、優れたテロメレース抑制作用を示す。
【0035】
本実施形態に係る抗テロメレース剤において、上記の複素環化合物は、下記一般式(V)、一般式(VI)、一般式(VII)、一般式(VIII)
【化14】

からなる群から選ばれる1種以上の複素環化合物であることが好ましい。
【0036】
なぜなら、これらの、一般式(V)、一般式(VI)、一般式(VII)、一般式(VIII)で示されるアポモルヒネ類縁体は、後述する実施例において、優れたテロメレース抑制作用を示すことが実験データにより実証されているためである。
【0037】
本実施形態に係る抗テロメレース剤において、上記の複素環化合物は、防己、細辛、辛夷、黄蓮、厚朴からなる群より選ばれる1種以上の生薬から抽出されるマグノフロリンであることが好ましい。あるいは、本実施形態に係る抗テロメレース剤は、防己、細辛、辛夷、黄蓮、厚朴からなる群より選ばれる1種以上の生薬から熱水抽出またはエーテル抽出される成分を含む、天然物由来の抗テロメレース剤であってもよい。
【0038】
なぜなら、一般式(V)で示されるマグノフロリンは、防己、細辛、辛夷、黄蓮、厚朴からなる群より選ばれる1種以上の生薬から抽出する抽出方法が確立されており、後述する実施例において、特に優れたテロメレース抑制作用を示すことが実験データにより実証されているためである。
【0039】
本実施形態に係る抗テロメレース剤において、上記の複素環化合物は、駒草から抽出されるディセントリンであることが好ましい。あるいは、本実施形態に係る抗テロメース剤は、駒草からエーテル抽出される成分を含む、天然物由来の抗テロメレース剤であってもよい。
【0040】
なぜなら、一般式(VI)で示されるディセントリンは、駒草から抽出する抽出方法が確立されており、後述する実施例において、特に優れたテロメレース抑制作用を示すことが実験データにより実証されているためである。
【0041】
本実施形態に係る抗テロメレース剤において、上記の抗テロメレース剤の有効投与量は、1nM〜1×10nMの範囲内であることが好ましく、1nM〜1×10nMの範囲内であることが特に好ましい。
【0042】
なぜなら、上記の抗テロメレース剤の有効投与量が上述の範囲内であれば、後述する実施例において、特に優れたテロメレース抑制作用を示すことが実験データにより実証されているためである。
【0043】
<実施形態2:抗腫瘍剤>
本実施形態に係る抗腫瘍剤は、下記一般式(I)または一般式(II)
【化15】

で示すアポモルフィン骨格を有する複素環化合物またはその塩を含む抗腫瘍剤である。
【0044】
ここで、上記の一般式(I)および一般式(II)中、Xは、−OH基または−O−CH基であり、Xは、−OH基または−O−CH基であり、Xは、−H基または−OH基であり、Xは、−OH基または−O−CH基であり、Xは、−H基、−O−CH基からなる群から選ばれる1種以上の官能基である。
【0045】
また、Yは、下記一般式(III)または一般式(IV)
【化16】

で示す構造単位である。
【0046】
本実施形態に係る抗腫瘍剤は、上記のアポモルフィン骨格を有する複素環化合物またはその塩を含むため、優れた抗腫瘍作用を示す。
【0047】
本実施形態に係る抗腫瘍剤において、上記の複素環化合物は、下記一般式(V)、一般式(VI)、一般式(VII)、一般式(VIII)、一般式(IX)、一般式(X)、一般式(XI)
【化17】

【化18】

からなる群から選ばれる1種以上の複素環化合物であることが好ましい。
【0048】
なぜなら、これらの、一般式(V)、一般式(VI)、一般式(VII)、一般式(VIII)、一般式(IX)、一般式(X)、一般式(XI)で示されるアポモルヒネ類縁体は、後述する実施例において、優れた抗腫瘍作用を示すことが実験データにより実証されているためである。
【0049】
本実施形態に係る抗腫瘍剤において、上記の複素環化合物は、防己、細辛、辛夷、黄蓮、厚朴からなる群より選ばれる1種以上の生薬から抽出されるマグノフロリンであることが好ましい。あるいは、本実施形態に係る抗腫瘍剤は、防己、細辛、辛夷、黄蓮、厚朴からなる群より選ばれる1種以上の生薬から熱水抽出またはエーテル抽出される成分を含む、天然物由来の抗腫瘍剤であってもよい。
【0050】
なぜなら、一般式(V)で示されるマグノフロリンは、防己、細辛、辛夷、黄蓮、厚朴からなる群より選ばれる1種以上の生薬から抽出する抽出方法が確立されており、後述する実施例において、特に優れた抗腫瘍作用を示すことが実験データにより実証されているためである。
【0051】
本実施形態に係る抗腫瘍剤において、上記の複素環化合物は、駒草から抽出されるディセントリンであることが好ましい。あるいは、本実施形態に係る抗腫瘍剤は、駒草からエーテル抽出される成分を含む、天然物由来の抗腫瘍剤であってもよい。
【0052】
なぜなら、一般式(VI)で示されるディセントリンは、駒草から抽出する抽出方法が確立されており、後述する実施例において、特に優れた抗腫瘍作用を示すことが実験データにより実証されているためである。
【0053】
本実施形態に係る抗腫瘍剤において、上記の抗腫瘍剤の有効投与量は、1nM〜1×10nMの範囲内であることが好ましく、1nM〜1×10nMの範囲内であることが特に好ましい。
【0054】
なぜなら、上記の抗腫瘍剤の有効投与量が上述の範囲内であれば、後述する実施例において、特に優れた抗腫瘍作用を示すことが実験データにより実証されているためである。
【0055】
以上、本発明の実施形態について述べたが、これらは本発明の例示であり、上記以外の様々な構成を採用することもできる。
【0056】
例えば、上記実施の形態では、抗テロメレース剤または抗腫瘍剤は、単に特定の構造のアポモルフィン骨格を有する複素環化合物またはその塩を含む抗テロメレース剤または抗腫瘍剤としたが、それ以外の生理的に許容しうる一般的に薬剤に含まれる成分を含んでもよい。
【0057】
また、抗テロメレース剤または抗腫瘍剤は、どのような剤型を有しても良く、例えば、経口剤、貼付剤、点眼剤、点鼻剤、浣腸剤、注射剤などの多様な剤型を好適に取り得る。
【実施例】
【0058】
以下、本発明を実施例によりさらに説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0059】
<本発明の経緯>
図1は、本発明者がアルカロイド及びテロメレースに注目した理由を説明するための概念図である。本発明者は、アルカロイド及びテロメレースに注目して、抗腫瘍成分を探索した。すなわち、アルカロイド(直接的作用を検討できる)を主成分とする薬での抗腫瘍作用の報告が散見される中、本発明者はアルカロイド類の中に、新規作用機序で薬効を示すと予想される抗テロメレース薬を見出す目的で、後述の実施例で示すように、テロメレース遺伝子発現及び活性の評価を指標にし、検討した。
【0060】
本発明者が生薬に注目した理由は以下の通りである。すなわち、一般の抗腫瘍薬は、図1左に示すように、その癌抑制作用から、細胞増殖に影響するようなものがほとんどで、正常細胞にも短期に効果が出る。そのため、一般の抗腫瘍剤は、副作用が激しく、長い歴史的な経過の中で、生薬の成分としてはドロップしてきたと考えられる。しかし、抗テロメレース成分であれば、図1右に示すように、正常細胞に対する副作用が比較的マイルドであるため、一般の生薬中に存在していると考えたためである。
【0061】
一般の抗腫瘍薬は、1週間以内など極めて短期間にアポトーシスの誘導による細胞死により、その効果を判定する(図1左)。一方、抗テロメレース薬は、その阻害程度の強さにもよるが、テロメレース阻害後の約1ヶ月間程度は細胞増殖を続ける。その間にテロメアは短小化し、正常細胞と同様の有限の寿命を有する状態に類似した挙動を示す。従って、図1右のようにアポトーシスに導かれるまでに約2ヶ月程度は要することになる。
【0062】
上述の考えに基づいて、本発明者は、生薬における抗腫瘍成分を同定するために、アルカロイドに注目して、生薬の抽出液による感受性試験を行い、肝がん細胞の増殖抑制およびテロメレース抑制を共通して誘導するアルカロイドの成分をデータベースから見出した。さらに、本発明者は、この化学物質だけでなく、これと共通の構造を有するいくつかのアルカロイドを検討したところ、さらに強力な抗腫瘍効果を有する成分を同定した。
【0063】
これまで、本発明者は、一貫して腫瘍分子学、特に癌組織の90%に発現する酵素テロメレースを主題として研究に取り組んできた。またこの酵素を抑制する遺伝子のクローニングを手掛けてきた。世界に先駆けてその局在を10番ヒト染色体短腕の一部(10p15.3)に同定し、その制御遺伝子の存在を明らかにしてきた。
【0064】
また、本発明者は、従来からテロメレース抑制薬及び癌抑制薬の研究に着手している。本発明者は、具体的には、この2年間、未知の抗腫瘍性成分及び抗テロメレース成分の同定をアルカロイド及び配糖体について試みてきた。その結果、本発明者は、アルカロイドについては、過去に抗腫瘍性成分として報告がなされたベルベリンの人工合成過程にある物質と、その共通構造体3種類にテロメレース抑制作用があることを、実施例において後述するように明らかにした。また、本発明者は、この計4種類(マグノフロリン、ディセントリン、ミケプレシン、グラウシン)についてはIC50を算出し、増殖抑制作用やテロメレース発現抑制作用を、分子生物学的手法及び臨床薬理的手法を駆使した作用機序の解析を行い、創薬への具体化を推進している。
【0065】
<候補化合物の選定>
本発明者は、上述の考えに基づいて、生薬のエキス末を煎じたエキス液の肝がん細胞抑制効果について多く検討し、細辛、辛夷、厚朴、防已、黄蓮に肝がん細胞抑制効果を認めた。図2は、抗腫瘍効果を誘導した生薬中エキス液に共通に含まれることを、データベースから見出したアルカロイドの成分を一部抜粋して示す図である。なお、図2には、それぞれの成分の分子量および開発コードなどを併せて示す。
【0066】
そして、本発明者は、図2に示すように、抗腫瘍効果を誘導した生薬中エキス液に共通に含まれる、データベースから見出したアルカロイドの成分の一部を抜粋して、(+)−isocorydine HCl、isocorydine、(+)−boldine、magnoflorine、dicentrine、glaucine、Bulbocapnine HCl、dehydroxy dihydrotaxilamine、michepressineからなる9種類の抗腫瘍剤の候補化合物を選定した。本発明者は、この中から、後述の実施例で示すように、薬剤感受性試験を行い、抗腫瘍性成分を検討した。
【0067】
<実験方法の概要>
本発明者は、上述の9種類の候補化合物について、薬剤感受性試験を用いて、テロメレース遺伝子の発現および活性をリアルタイムRT−PCR法、テロメレース活性測定および老化誘導検出法、アポトーシス検出法により検討した。
【0068】
また、本発明者は、これらの9種類のアルカロイドについては、煎じた後、ろ過精製し、細胞株に添加することで、in vitroでの細胞増殖や遺伝子発現効果を細胞生物学的、分子腫瘍学的、薬理学的に判定した。さらには、本発明者は、有効な制癌効果を認めた薬剤に対し、薬化学的にも成分の同定を試みた。
【0069】
<候補化合物の化学構造>
図3は、テロメレース抑制作用および抗腫瘍作用を示す4種類の候補化合物の化学構造を示す図である。図3(a)は、Magnoflorine(マグノフロリン、開発コード:T05827)の化学構造を示す。図3(b)は、Dicentrine(ディセントリン、開発コード:T30626)の化学構造を示す。図3(c)は、Michepressine(ミシェプレッシン、開発コード:L29150)の化学構造を示す。図3(d)は、(+)−Glaucine((+)−グラウシン、開発コード:T00858)の化学構造を示す。図3(e)は、Apomorphine(アポモルフィン、別名アポモルヒネ)基本骨格の化学構造を示す。これらの4種類の候補化合物は、後述する実施例で示すように、いずれもテロメレース抑制作用および抗腫瘍作用を示した。
【0070】
図4は、抗腫瘍作用を示す3種類の候補化合物および抗腫瘍作用のポジティブコントロール化合物の化学構造を示す図である。図4(f)は、抗腫瘍作用のポジティブコントロール化合物であるBerberine(ベルベリン)の化学構造を示す。図4(g)は、(+)−boldine((+)−ボルジン、開発コード:T22430)の化学構造を示す。図4(h)は、Bulbocapnine HCl(塩酸ブルボカプニン、開発コード:T22399)の化学構造を示す。図4(i)は、(+)−isocorydine−HCl(塩酸(+)−イソコリジン、開発コード:T15391)の化学構造を示す。これらの3種類の候補化合物および抗腫瘍作用のポジティブコントロール化合物は、いずれも抗腫瘍作用を示したが、ベルベリン以外はテロメレース抑制誘導をしなかった。
【0071】
<ヒト肝癌細胞株の形態変化>
図5は、1nMのマグノフロリンによるヒト肝癌細胞株の形態変化および老化誘導の状態を示す図である。本発明者は、上述のマグノフロリンについて、ヒト肝癌細胞株の形態変化の抑制効果を調べる実験を行った。具体的には、未処理のHLF Cells(ヒト肝癌細胞株)に対して、1nMのマグノフロリンを添加し、形態変化および癌抑制効果を調べた。さらに、SigmaのScenescent cells staining kitを用いて染色し、β−gal染色による老化誘導の状態を観察した。
【0072】
その結果、図5(a)に示すように、1nMのマグノフロリンを添加して30日後のHLF Cellsの形態は、未処理の状態に比べて、明らかな膨化が観察され、β−gal染色による老化誘導も観察された。このことから、1nMのマグノフロリンを添加することにより、HLF Cellsに対する抗腫瘍効果が生じていることがわかる。
【0073】
図6は、1nMのミシェプレッシンによるヒト肝癌細胞株の形態変化を示す図である。本発明者は、上述のミシェプレッシンについて、ヒト肝癌細胞株の形態変化の抑制効果を調べる実験を行った。具体的には、未処理のHLF Cells(ヒト肝癌細胞株)に対して、1nMのミシェプレッシンを添加し、形態変化を調べた。
【0074】
その結果、図6に示すように、1nMのミシェプレッシンを添加して30日後のHLF Cellsの形態は、未処理の状態に比べて、明らかな膨化が観察された。このことから、1nMのミシェプレッシンを添加することにより、HLF Cellsに対する抗腫瘍効果が生じていることがわかる。
【0075】
図7は、1nMの(+)−グラウシンによるヒト肝癌細胞株の形態変化を示す図である。本発明者は、上述の(+)−グラウシンについて、ヒト肝癌細胞株の形態変化の抑制効果を調べる実験を行った。具体的には、未処理のHLF Cells(ヒト肝癌細胞株)に対して、1nMの(+)−グラウシンを添加し、形態変化を調べた。
【0076】
その結果、図7に示すように、1nMの(+)−グラウシンを添加して30日後のHLF Cellsの形態は、未処理の状態に比べて、明らかな膨化が観察された。このことから、1nMの(+)−グラウシンを添加することにより、HLF Cellsに対する抗腫瘍効果が生じていることがわかる。
【0077】
図8は、ヒト肝癌細胞株に対するMTTアッセイの結果を示すグラフである。本発明者は、薬剤感受性の最適濃度を検討するために、上述の7種類の候補化合物およびネガティブコントロールを添加した場合について、MTTアッセイによりヒト肝癌細胞株の細胞増殖を調べた。なお、MTTアッセイによるヒト肝癌細胞株の細胞増殖は、Nacalai tesqueのMTT Cell Count Kitを用いて、マイクロプレートリーダーにより測定した。このグラフの横軸は、添加された候補化合物の濃度(nM)を示す。このグラフの縦軸は、細胞増殖時の細胞内で産生されるホルマザン色素の発色を吸光度でカウントしたものである。このグラフでは、各化合物添加2日後のN数=6の場合のそれぞれの平均値を示した。
【0078】
その結果、図8に示すように、7種類の候補化合物のいずれにおいても、1nM〜1×10nMの範囲内の添加量で細胞増殖の指標が低く、特に1nM〜1×10nMの範囲内の添加量で細胞増殖の指標が低かった。一方、ネガティブコントロールである、いかなる化合物によっても処理されなかったヒト肝癌細胞株については、細胞増殖の指標は特に変化しない。このことから、7種類の候補化合物のいずれにおいても、1nM〜1×10nMの範囲内の添加量で薬剤感受性が向上し、特に1nM〜1×10nMの範囲内の添加量で薬剤感受性が最も高くなることがわかる。
【0079】
図9は、ヒト肝癌細胞株に対して抗腫瘍剤の候補化合物を添加した場合および添加しない場合の増殖曲線のグラフである。本発明者は、ヒト肝癌細胞株に対して抗腫瘍剤の候補化合物を添加した場合の影響を検討するために、ヒト肝癌細胞株の増殖曲線を調べた。
【0080】
図9(a)は、抗腫瘍剤の候補化合物を添加しない場合、T05827(マグノフロリン)、T30626(ディセントリン)、L29150(ミシェプレッシン)、T00858((+)−グラウシン)の4種類の抗腫瘍剤の候補化合物を1nM添加した場合のヒト肝癌細胞株の細胞増殖曲線のグラフである。このグラフの横軸は、候補化合物添加後の日数を示し、このグラフの縦軸は、細胞数の対数を示す。
【0081】
図9(a)の結果より、T05827(マグノフロリン)、T30626(ディセントリン)、L29150(ミシェプレッシン)、T00858((+)−グラウシン)の4種類の抗腫瘍剤の候補化合物を1nM添加した場合、肝癌細胞株の細胞増殖が抑制されることが明らかである。このことから、これらの4種類の抗腫瘍剤の候補化合物には、抗腫瘍作用があることがわかる。
【0082】
また、T05827(マグノフロリン)、T30626(ディセントリン)、T00858((+)−グラウシン)の3種類の抗腫瘍剤の候補化合物を1nM添加した場合には、特に細胞増殖の抑制効果が優れている。このことから、これらの3種類の抗腫瘍剤の候補化合物には、特に優れた抗腫瘍作用があることがわかる。
【0083】
さらに、図9(b)は、抗腫瘍剤の候補化合物無添加の場合のヒト肝癌細胞株の形態を示す図である。図9(c)は、1nMのマグノフロリンによるヒト肝癌細胞株の形態変化を示す図である。図9(d)は、1nMのディセントリンによるヒト肝癌細胞株の形態変化を示す図である。
【0084】
これらの図によれば、1nMのマグノフロリン添加により、ヒト肝癌細胞株の明らかな膨化が認められる。このことから、1nMのマグノフロリン添加により、ヒト肝癌細胞株に対する抗腫瘍効果が認められる。また、これらの図によれば、1nMのディセントリン添加により、ヒト肝癌細胞株の明らかな白化(死亡)が認められる。このことから、1nMのディセントリン添加により、ヒト肝癌細胞株に対する抗腫瘍効果が認められる。
【0085】
図10は、4種類の抗腫瘍剤の候補化合物を添加した場合のテロメレース抑制作用を示すグラフである。本発明者は、4種類の抗腫瘍剤の候補化合物を10M添加した場合のhTERT遺伝子のmRNA発現の抑制を調べる実験を行った。この実験は、One Step Real−Time RT−PCR法でhTERTmRNA定量化して行った。より具体的には、RocheのSYBRGreenI、QIAGENのOneStep RT−PCRキットを用いてライトサイクラーで定量した。その際、RNAコントロールはhTERTmRNAの1コピー〜10コピーを用いて検定線を描き、定量した。
【0086】
このグラフの横軸は、サンプルの種類を表し、attachedとは支持体に固着した細胞における測定結果を示し、floatingとは培養液中に剥離した細胞における測定結果を示す。このグラフの縦軸は、hTERT遺伝子のmRNAのコピー数を示す。
【0087】
このグラフからわかるように、T05827(マグノフロリン)、T30626(ディセントリン)、L29150(ミシェプレッシン)、T00858((+)−グラウシン)の4種類の抗腫瘍剤の候補化合物を10nM添加した場合、明らかにhTERT遺伝子のmRNAのコピー数が減少している。このことから、これらの抗腫瘍剤の候補化合物をヒト肝癌細胞に10nM添加した場合、テロメレース抑制作用が得られることがわかる。
【0088】
図11は、ヒト肝癌細胞におけるテロメレース活性アッセイを示す図である。本発明者は、T05827(マグノフロリン)、T30626(ディセントリン)、L29150(ミシェプレッシン)、T00858((+)−グラウシン)の4種類の抗腫瘍剤の候補化合物を10nM添加した場合のヒト肝癌細胞におけるテロメレース活性アッセイを行った。より具体的には、TOYOBO社のTeloChaser(Telomerase assay kit by stretch PCR method)を用いて活性を測定した。
【0089】
この図に示すゲル電気泳動の写真は、そのテロメレース活性アッセイの結果である。この図でPCとは、HMc−Li7 cell line derived from human hepatomaを示すものである。この図を見てわかるように、テロメレース活性の抑制作用は、ミシェプレッシン、グラウシン、ディセントリンを10nM添加した場合の方が、マグノフロリンを10nM添加した場合よりも抑制作用が強かった。しかし、この図を見てわかるように、マグノフロリンでさえ、一般の癌細胞の活性のほぼ1/10のレベルに抑制されていることを示している。よって、マグノフロリン、ミシェプレッシン、グラウシン、ディセントリンのいずれも、ヒト肝癌細胞に対して強力なテロメレース抑制作用を示すことが明らかである。
【0090】
図12は、ヒト肝癌細胞に1nMのディセントリンを添加した場合の老化誘導の状態を示す図である。本発明者は、ヒト肝癌細胞に10nMのディセントリンを添加した場合の老化誘導の状態を調べるために、βガラクトシダーゼ染色を行った。図12(a)は、10nMのディセントリンで処理されたヒト肝癌細胞の30日後の写真である。図12(b)は、何の化合物も添加しなかった場合のヒト肝癌細胞の30日後の写真である。なお、いずれも、Sigma社のSenescent cells staining kitを用いて染色した。これらの図を見てわかるように、ヒト肝癌細胞に10nMのディセントリンを添加した場合には、明らかに老化誘導が起こっていることがわかる。その結果、ヒト肝癌細胞に10nMのディセントリンを添加した場合には、抗腫瘍効果が得られることは明らかである。
【0091】
図13は、ヒト肝癌細胞に4種類の抗腫瘍剤の候補化合物を添加した場合のアポトーシス誘導の状態を示すグラフである。本発明者は、ヒト肝癌細胞に4種類の抗腫瘍剤の候補化合物を10nM添加した場合のアポトーシス誘導について検討するため、キャスペース3活性のアッセイを行った。より具体的には、キャスペース3活性のアッセイは、Promega社のCaspase−Glo 3/7 Assay kitを用いて、マイクロプレートリーダーにより測定した。
【0092】
なお、このグラフは、ヒト肝癌細胞に4種類の抗腫瘍剤の候補化合物を10M添加した後1ヶ月後の結果を示している。このグラフの横軸は、添加された候補化合物の種類を示す。このグラフの縦軸は、Promega社のCaspase−Glo 3/7 Assay kitの示すキャスペース3活性の指標(RLU)を示す。このグラフで、Z−VADとは、pancaspase inhibitor(パンキャスペース 阻害剤)のことである。これらの図を見てわかるように、ヒト肝癌細胞に10nMの4種類の抗腫瘍剤を添加した場合には、明らかにアポトーシス誘導が起こっていることがわかる。その結果、ヒト肝癌細胞に10nMの4種類の抗腫瘍剤を添加した場合には、いずれの場合にも、抗腫瘍効果が得られることは明らかである。
【0093】
図14は、ヒト肝癌細胞に4種類の抗腫瘍剤の候補化合物を添加した場合のアポトーシス誘導の状態を示すグラフである。本発明者は、ヒト肝癌細胞に4種類の抗腫瘍剤の候補化合物を1nM添加した場合のアポトーシス誘導について検討するため、DNAフラグメンテーションのアッセイを行った。より具体的には、Bio vision社のQuick Apoptotic DNA Ladder Detection Kitを用いて、処理した細胞から抽出したDNAを1%アガロースで電気泳動した。
【0094】
なお、このグラフは、ヒト肝癌細胞に4種類の抗腫瘍剤の候補化合物を1nM添加した後1ヶ月後および2ヶ月後の結果を示している。このグラフの横軸は、添加された候補化合物の種類を示す。このグラフの縦軸は、このグラフで、1Mとは、a month later, after the continuous treatment by chemical(化合物で継続的に処理されてから1ヶ月後)のことであり、2Mとは、2 months later after the continuous treatment by chemicals(化合物で継続的に処理されてから2ヶ月後)のことであり、Cとは、HLF cell line derived from human hepatoma(ヒト肝癌由来のHLF細胞株)のことである。これらの図を見てわかるように、ヒト肝癌細胞に10nMの4種類の抗腫瘍剤を添加した場合には、明らかにアポトーシス誘導が起こっていることがわかる。その結果、ヒト肝癌細胞に10nMの4種類の抗腫瘍剤を添加した場合には、いずれの場合にも、抗腫瘍効果が得られることは明らかである。
【0095】
図15は、ヒト肝癌細胞に(+)−グラウシンを添加した場合の細胞周期特異的作用を示すグラフおよび表である。本発明者は、ヒト肝癌細胞に(+)−グラウシンを10nM添加した場合の細胞周期特異的作用を調べた。より具体的には、細胞周期特異的に作用しているアルカロイドの代表例として、(+)−グラウシンの場合について、GE社のGuava EasyCyteを用いてGE社の専用試薬を用いて測定した。その測定結果を図15(a)〜図15(c)にまとめた。これらの図を見てわかるように、ヒト肝癌細胞に(+)−グラウシンを10nM添加した場合には、preG1(subG1)期に細胞が集中し、細胞増殖抑制が誘導されている。そのため、ヒト肝癌細胞に(+)−グラウシンを10nM添加した場合には、抗腫瘍作用が発揮されていることは明らかである。
【0096】
図16は、抗テロメレース作用を示した抗腫瘍剤の候補化合物を示した図である。この図は、図2に対応する抗腫瘍剤の候補化合物のうち、抗テロメレース作用を示した化合物を着色してまとめた図である。上述の各種実験結果より、抗腫瘍効果を誘導した生薬中アルカロイド成分は、Magnoflorine(マグノフロリン、開発コード:T05827)、Dicentrine(ディセントリン、開発コード:T30626)、Michepressine(ミシェプレッシン、開発コード:L29150)、(+)−Glaucine((+)−グラウシン、開発コード:T00858)、(+)−boldine((+)−ボルジン、開発コード:T22430)、Bulbocapnine HCl(塩酸ブルボカプニン、開発コード:T22399)、(+)−isocorydine−HCl(塩酸(+)−イソコリジン、開発コード:T15391)の7種類である。
【0097】
ここで、上述の7種類の抗腫瘍作用を示した化合物のいずれにおいても、ヒト肝癌細胞において抗腫瘍性を示すための有効投与量は、1nM〜1×10nMの範囲内であることが好ましく、1nM〜1×10nMの範囲内であることが特に好ましい。これらの範囲内であれば好適な抗腫瘍性を示すことが、上述の各種実験データにより実証されているためである。
【0098】
また。この図にも示したように、上述の各種実験結果より、抗テロメレース効果を誘導した生薬中アルカロイド成分は、Magnoflorine(マグノフロリン、開発コード:T05827)、Dicentrine(ディセントリン、開発コード:T30626)、Michepressine(ミシェプレッシン、開発コード:L29150)、(+)−Glaucine((+)−グラウシン、開発コード:T00858)の4種類である。
【0099】
そして、抗テロメレース作用はこれらの4種類に認められたが、抗腫瘍作用という観点から見れば、もっとも強力な成分の順は、Dicentrine(ディセントリン、開発コード:T30626)=(+)−Glaucine((+)−グラウシン、開発コード:T00858)=Magnoflorine(マグノフロリン、開発コード:T05827)>Michepressine(ミシェプレッシン、開発コード:L29150)である。もっとも、これら4種類の化合物の抗腫瘍作用は、抗テロメレース作用にのみ基づくものであるとは限らない。4種類の化合物が、多少異なる細胞死の形態を示していることから、抗テロメレース作用以外の抗腫瘍作用を有している可能性がある。
【0100】
ここで、上述の4種類の抗腫瘍作用および抗テロメレース作用を示した化合物のいずれにおいても、ヒト肝癌細胞において抗腫瘍性および抗テロメレース性を示すための有効投与量は、1nM〜1×10nMの範囲内であることが好ましく、1nM〜1×10nMの範囲内であることが特に好ましい。これらの範囲内であれば好適な抗腫瘍性および抗テロメレース性を示すことが、上述の各種実験データにより実証されているためである。
【0101】
<天然物由来の抗腫瘍性・抗テロメレース性化合物の抽出方法>
図17は、天然物由来の抗腫瘍性・抗テロメレース性化合物であるマグノフロリンおよびディセントリンの抽出方法を説明するためのフローチャート図である。この図に示すように、マグノフロリンおよびディセントリンは、化学合成が困難であるため、このフローチャートに示すように、熱水抽出またはエーテル抽出により抽出することが好ましい。
【0102】
図17左は、マグノフロリンのエーテル抽出法を説明するフローチャートである。このように、マグノフロリンを得るには、まず、防已切裁片をメタノール抽出して、メタノール相を回収する。そして、メタノール相をDiaionHP20カラムにかけて、水溶出部を廃棄し、50%メタノール溶出部を回収する。さらに、50%メタノール溶出部を0.1N HCl酢酸エチル分離し、酢酸エチル層を廃棄し、水相を回収する。そして、水相を1N NHaq/CHCl分離し、CHCl相を廃棄し、水相を回収する。さらに、水相をODSカラムクロマトグラフィーにかけて、溶媒を水→20%CHCNに切り替えて溶出させることにより、分離されたマグノフロリンを得る。
【0103】
図17右は、ディセントリンのエーテル抽出法を説明するフローチャートである。このように、ディセントリンを得るには、まず、天然記念物である駒草を合法的ルートで入手した上で、駒草をメタノール抽出して、メタノール相を回収する。そして、メタノール相を2.5%酒石酸aq/EtOで分離して、EtO相を廃棄し、水相を回収する。さらに、水相を2.5%KCOaq/EtOで分離して、EtO相を廃棄し、水相を回収する。そして、相を0.5MNaClO/CHClで分離して、水相を廃棄して、CHCl相を回収する。そして、CHCl相をSiO吸着させて、溶媒をCHCl3:MeOH:NH4OH(9:2.5:0.5)→CHCl3:MeOH:H2O(8:2:0.2)に切り替えて溶出させることにより、分離されたディセントリンを得る。
【0104】
図18は、ヒト肝癌細胞に抗腫瘍作用および抗テロメレース作用を示す4種類の化合物を得るための方法を概略するための概念図である。マグノフロリン、ディセントリンの抽出方法については、一部上述の説明にて触れたが、ヒト肝癌細胞に抗腫瘍作用および抗テロメレース作用を示す4種類の化合物である、Magnoflorine(マグノフロリン、開発コード:T05827)、Dicentrine(ディセントリン、開発コード:T30626)、Michepressine(ミシェプレッシン、開発コード:L29150)、(+)−Glaucine((+)−グラウシン、開発コード:T00858)を得るには、この図に示す各種方法を用いることができる。
【0105】
たとえば、マグノフロリンを得るには、防己だけでなく、生薬成分:防己、細辛、辛夷、黄蓮、厚朴のいずれかからエーテル抽出や熱水抽出を行えばよい。もっとも、その後、精製のために、クロマトグラフィーなどで分離することが好ましい。一方、ディセントリンについては、現在のところ、駒草からエーテル抽出や熱水抽出を行う方法以外の効率的な方法は開発されていない。また、(+)−グラウシン、ミシェプレッシンについては、一般的な化学合成により得ることができる。
【0106】
<今後の課題>
本発明者は、多くの癌腫由来の細胞株についても検討を行い、担癌マウスについても有効量を投与し、in vivoにおける造腫瘍性抑制作用および転移性抑制作用の有無を調べる予定である。なお、テロメレース抑制効果をもつ薬物候補化合物の一部については、人工合成が困難なため、天然物より成分抽出法及びクロマトグラフィーにより、成分精製を行って得られたものを用いる予定である。
【0107】
そして、本発明者は、将来的には、1)4種類の抗腫瘍成分に関して、創薬ソフト(DSモデリング)を用いて、標的タンパクへの結合部位と結合様式を検討し、2)共通骨格及び標的蛋白の結合部位情報を基に新規派生化合物を創薬することなどを計画している。
【0108】
より具体的には、図18にも示したように、1.DSによる作用点の検索、2.1に基づく派生物質の開発を行う。そして、こうして候補化合物としてリストアップされた化合物を、化学合成し、1.MTTアッセイ(最適濃度IC50を決定)、2.増殖曲線、3.テロメレース抑制効果(mRNA, 活性)、4.テロメア長、5.老化誘導(β−gal染色)、6.アポトーシス(前期、中期、後期)(キャスペース活性、細胞周期、ミトコンドリア膜電位、DNA断片化)などについて検討を行う。そして、1.がん細胞パネルによる各癌腫での感受性、2.In vivo腫瘍移植マウスでの腫瘍抑制効果、3.In vivo 薬物動態パラメーター 最小毒性濃度などを検討事項として、抗腫瘍効果および抗テロメレース効果を確認し、創薬としての開発を行い、厚生労働省認可を受けることを目的としている。
【0109】
そして、上記の各種検討を行うことにより、本発明者としては、上記の一般式(I)または一般式(II)で示したアポモルフィン骨格を有する複素環化合物は、いずれの抗腫瘍活性を有することが明らかになると考えている。もっとも、この点は、上記の既に行った各種実験データより、医学、薬学、生化学、分子生物学などの技術分野の当業者であれば、当然にそのような活性を有するものと想定するものである。
【0110】
<上記の実施例から得られる有益な効果>
近年、ハーブの臨床応用が積極的に行われ、国際学会でも多岐にわたる医療分野で報告がなされている。しかし生薬に含まれるか、人体内での活性成分などの単一成分を対象とした基礎的な研究報告は十分なされていない。現在臨床応用されている抗腫瘍薬の中、かなりの割合を生薬由来成分が占めることから、新規成分の単離は未知の将来性ある領域といえる。つまり、抗腫瘍作用の有無を、テロメレース関連遺伝子発現を指標にして検討し、関連派生物質を作り出すことで、創薬シーンの新規なトピックになり、がん患者
に対して選択肢を提供することにつながる。
【0111】
以上、本発明を実施例に基づいて説明した。この実施例はあくまで例示であり、種々の変形例が可能なこと、またそうした変形例も本発明の範囲にあることは当業者に理解されるところである。
【0112】
たとえば、上記実施例では、上記の一般式(I)または一般式(II)で示したアポモルフィン骨格を有する複素環化合物のうち、一部の化合物についてのみ実験データを示したが、それらの化合物のみが抗腫瘍活性または抗テロメレース活性を有すると限定する趣旨ではない。上記の既に行った各種実験データより、医学、薬学、生化学、分子生物学などの技術分野の当業者であれば、当然にそのような活性を有すると想定するものである。
【0113】
また、上記実施例では、ヒト肝癌細胞を用いたが、上記の抗腫瘍剤または抗テロメレース剤の対象をヒト肝癌に限定する趣旨ではない。たとえば、上記の抗テロメレース剤または抗腫瘍剤は、肝癌以外の多様な腫瘍に対しても用いることができ、あるいはヒト以外の哺乳動物の多様な腫瘍に対しても用いることができる。このようにすれば、これらの抗テロメレース剤または抗腫瘍剤を、ヒトをはじめとする哺乳動物のための医薬品として好適に用いることができる。
【産業上の利用可能性】
【0114】
本件発明に対する市場性、他の技術による回避可能性などについては、特に抗テロメレース作用を示す4種の化合物については、抗腫瘍薬として特異な作用機序であるため、その新規性により臨床応用が期待される。また、現在注目する上記の一般式(I)または一般式(II)で表される化学物質について、基本構造、側鎖、派生物質に関しても、同様の作用効果が得られると考える。そして、今後、腫瘍特異的蛋白の活性部位との相互作用を明らかにすれば、さらに有効な抗腫瘍薬を開発することができると考える。
【図面の簡単な説明】
【0115】
【図1】本発明者がアルカロイド及びテロメレースに注目した理由を説明するための概念図である。
【図2】抗腫瘍効果を誘導した生薬中エキス液に共通に含まれることを、データベースから見出したアルカロイドの成分を一部抜粋して示す図である。
【図3】テロメレース抑制作用および抗腫瘍作用を示す4種類の候補化合物とアポモルフィン基本骨格との化学構造を示す図である。
【図4】抗腫瘍作用を示す3種類の候補化合物および抗腫瘍作用のポジティブコントロール化合物の化学構造を示す図である。
【図5】1nMのマグノフロリンによるヒト肝癌細胞株の形態変化および老化誘導の状態を示す図である。
【図6】1nMのミシェプレッシンによるヒト肝癌細胞株の形態変化を示す図である。
【図7】1nMの(+)−グラウシンによるヒト肝癌細胞株の形態変化を示す図である。
【図8】ヒト肝癌細胞株に対するMTTアッセイの結果を示すグラフである。
【図9】ヒト肝癌細胞株に対して抗腫瘍剤の候補化合物を添加した場合および添加しない場合の増殖曲線のグラフである。
【図10】4種類の抗腫瘍剤の候補化合物を添加した場合のテロメレース抑制作用を示すグラフである。
【図11】ヒト肝癌細胞におけるテロメレース活性アッセイを示す図である。
【図12】ヒト肝癌細胞に10nMのディセントリンを添加した場合の老化誘導の状態を示す図である。
【図13】ヒト肝癌細胞に4種類の抗腫瘍剤の候補化合物を添加した場合のアポトーシス誘導の状態を示すグラフである。
【図14】ヒト肝癌細胞に4種類の抗腫瘍剤の候補化合物を添加した場合のアポトーシス誘導の状態を示すグラフである。
【図15】ヒト肝癌細胞に(+)−グラウシンを添加した場合の細胞周期特異的作用を示すグラフおよび表である。
【図16】抗テロメレース作用を示した抗腫瘍剤の候補化合物を示した図である。
【図17】天然物由来の抗腫瘍性・抗テロメレース性化合物であるマグノフロリンおよびディセントリンの抽出方法を説明するためのフローチャート図である。
【図18】ヒト肝癌細胞に抗腫瘍作用および抗テロメレース作用を示す4種類の化合物を得るための方法を概略するための概念図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I)または一般式(II)
【化1】

で示すアポモルフィン骨格を有する複素環化合物またはその塩を含む抗腫瘍剤であって、
前記一般式(I)および一般式(II)中、
は、−OH基または−O−CH基であり、
は、−OH基または−O−CH基であり、
は、−H基または−OH基であり、
は、−OH基または−O−CH基であり、
は、−H基、−OH基、−O−CH基からなる群から選ばれる1種以上の官能基であり、
Yは、下記一般式(III)または一般式(IV)
【化2】

で示す構造単位である、
抗テロメレース剤。
【請求項2】
請求項1記載の抗テロメレース剤において、
前記複素環化合物は、下記一般式(V)、一般式(VI)、一般式(VII)、一般式(VIII)
【化3】

からなる群から選ばれる1種以上の複素環化合物である、
抗テロメレース剤。
【請求項3】
請求項1または2記載の抗テロメレース剤において、
前記複素環化合物は、防己、細辛、辛夷、黄蓮、厚朴からなる群より選ばれる1種以上の生薬から抽出されるマグノフロリンである、
抗テロメレース剤。
【請求項4】
請求項1または2記載の抗テロメレース剤において、
前記複素環化合物は、駒草から抽出されるディセントリンである、
抗テロメレース剤。
【請求項5】
請求項1乃至4いずれかに記載の抗テロメレース剤において、
前記抗テロメレース剤の有効投与量は、1〜1×10nMの範囲内である、
抗テロメレース剤。
【請求項6】
下記一般式(I)または一般式(II)
【化4】

で示すアポモルフィン骨格を有する複素環化合物またはその塩を含む抗腫瘍剤であって、
前記一般式(I)および一般式(II)中、
は、−OH基または−O−CH基であり、
は、−OH基または−O−CH基であり、
は、−H基または−OH基であり、
は、−OH基または−O−CH基であり、
は、−H基、−O−CH基からなる群から選ばれる1種以上の官能基であり、
Yは、下記一般式(III)または一般式(IV)
【化5】

で示す構造単位である、
抗腫瘍剤。
【請求項7】
請求項6記載の抗腫瘍剤において、
前記複素環化合物は、下記一般式(V)、一般式(VI)、一般式(VII)、一般式(VIII)、一般式(IX)、一般式(X)、一般式(XI)
【化6】

【化7】

からなる群から選ばれる1種以上の複素環化合物である、
抗腫瘍剤。
【請求項8】
請求項6または7記載の抗腫瘍剤において、
前記複素環化合物は、防己、細辛、辛夷、黄蓮、厚朴からなる群より選ばれる1種以上の生薬から抽出されるマグノフロリンである、
抗腫瘍剤。
【請求項9】
請求項6または7記載の抗腫瘍剤において、
前記複素環化合物は、駒草から抽出されるディセントリンである、
抗腫瘍剤。
【請求項10】
請求項6乃至9いずれかに記載の抗腫瘍剤において、
前記抗腫瘍剤の有効投与量は、1〜1×10nMの範囲内である、
抗腫瘍剤。
【請求項11】
天然物由来の抗テロメレース剤であって、
防己、細辛、辛夷、黄蓮、厚朴からなる群より選ばれる1種以上の生薬から熱水抽出またはエーテル抽出される成分を含む、
抗テロメレース剤。
【請求項12】
天然物由来の抗腫瘍剤であって、
防己、細辛、辛夷、黄蓮、厚朴からなる群より選ばれる1種以上の生薬から熱水抽出またはエーテル抽出される成分を含む、
抗腫瘍剤。
【請求項13】
天然物由来の抗テロメレース剤であって、
駒草からエーテル抽出される成分を含む、
抗テロメレース剤。
【請求項14】
天然物由来の抗腫瘍剤であって、
駒草からエーテル抽出される成分を含む、
抗腫瘍剤。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公開番号】特開2008−94815(P2008−94815A)
【公開日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−282014(P2006−282014)
【出願日】平成18年10月16日(2006.10.16)
【出願人】(504150461)国立大学法人鳥取大学 (271)
【Fターム(参考)】