説明

抗黴剤の製造方法及び得られた抗黴剤の使用方法

【課題】 孟宗竹の表皮部分を原料として、強い抗黴効果を有するとともに安価な、主としてWallemia sebi 起因の黴を防止するための、畳表やござ用抗黴剤を提供すること。
【解決手段】
孟宗竹の表皮を剥削し粉砕したものを、水またはエタノール水溶液中、常温〜60℃の温度域で12時間以上の抽出を行い抗黴剤を得る。得られた抗黴剤を、Wallemia sebi 起因の、畳表、ござに発生しコロニーを形成する黴の抑制に用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、畳表、ござ、さらには食品に発生しコロニーを形成する、Wallemia sebi起因の黴を抑制する抗黴剤の製造方法及び得られた抗黴剤の使用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
竹は、古来、薬草として用いられまた、食品の保存等にも広く利用されてきた。一方、孟宗竹の抗菌作用についても、近年、明らかにされつつある。仁科らは、孟宗竹のエタノール抽出物がStaphylococcus 属菌、Bacillus属菌、Sarcina属菌、Escherichiacoli,Salmonella属菌、Pseudomonas属菌、に対して抗菌作用があることを明らかにした(たとえば非特許文献1,2参照)。また、寺岡らは、孟宗竹の高温減圧抽出物のStaphylococcus 属菌、Storeptococcus属菌、Candida属菌に対する抗菌作用を調べて急性経口毒性試験などを行い、歯科器具への抗菌剤としての用途可能性について言及している(たとえば非特許文献3参照)。
【0003】
また、孟宗竹の表皮部分を用いて、抗菌剤、抗酸化剤を抽出する方法も既知である(たとえば特許文献1参照)。この先行技術は、孟宗竹の表皮部分を原料として水蒸気の存在下、120℃〜180℃の温度域で、3kg/cm〜7kg/cmの加圧下に水蒸気処理し、エタノールまたはエタノール水溶液を用いて抽出し、抗菌剤、抗酸化剤を得るものである。
【0004】
【非特許文献1】New Food Industry,30(10)、17−19、所載の論文「孟宗竹抗菌製剤の食品への応用」(1988)
【非特許文献2】New Food Industry,33(7)、17−23、所載の論文「抗菌剤「竹伝説」の抗菌活性と食品への利用」(1991)
【非特許文献3】歯科材料・器械、14(2)、219−224所載の論文「竹エキスの抗菌性と歯科への応用に関する研究」(1995)
【特許文献1】特開2006−116433号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
処で、Wallemia sebi は好乾菌として知られており、直径2mm〜3mm程度の小さなチョコレート色のコロニーを形成する。饅頭、チョコレート、カステラ、羊羹、干し柿など糖度の高い食品に発生することが多く、また、畳表や絨毯などからも多数検出される処から、水分活性の低下などにより微生物制御が困難な真菌類の一つである。畳表やござに発生しコロニーを形成するWallemia sebi に起因する黴は、畳表やござの見栄えを損なうのみならず喘息等アレルギー疾患を発症する可能性が高い。天然物でWallemia sebi に対する抗菌作用について調べたものはなく、制御可能な天然物が望まれている。
【0006】
従来、畳表やござ等における黴の駆除、防黴のために農薬や化学物資が用いられていたが、これら農薬や化学物資がアレルギー発症の原因となる問題があった。また、農薬や化学物資の使用に伴う問題を解決すべく、天然物を利用した畳表等の抗黴剤が出されているけれども、効力が弱かったり価格が高い問題があった。
【0007】
本発明は、孟宗竹の表皮部分を原料として、強い抗黴効果を有するとともに安価な、主として畳表やござ用抗黴剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するための、請求項1に記載の発明は、孟宗竹の表皮を剥削し粉砕したものを、水またはエタノール水溶液中、常温〜60℃の温度域で12時間以上の抽出を行い抗黴剤を得るようにした抗黴剤の製造方法である。
【0009】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の製造方法によって得られた抗黴剤を、Wallemia sebi 起因の、畳表、ござに発生しコロニーを形成する黴の抑制に用いることを特徴とする抗黴剤の使用方法である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、畳表、こざ等におけるWallemia sebi に起因する黴の発生、チョコレート色のコロニーの形成を能く抑え得る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の孟宗竹からの抗黴剤の製造にあっては、孟宗竹の表皮わけても緑色の部分を原料とする。而して、孟宗竹表面の緑色部分がなくなるまで剥削し、これを破砕機によって粉末化する。この粉末化は、凍結乾燥による粉末化の手段を採ることもできる。
【0012】
次いで、孟宗竹表皮粉末を水またはエタノール水溶液を溶媒として懸濁させ、常温〜60℃、好ましくは常温〜40℃の温度域で、大気圧下に12時間以上、好ましくは20時間以上の抽出を行う。溶媒としてエタノール水溶液を用いる場合は、重量で、エタノール濃度50%以下である。
【0013】
抽出温度が60℃を超えると、得られる抽出液がWallemia sebi に起因する黴に対する抗黴剤として機能しなくなる。従って、好ましくは40℃以下である。下限は常温以下でも抽出可能であるが、孟宗竹表皮粉末からの抽出は、可及的に高温である方が迅速になされるので常温乃至40℃の温度域が好ましい。また、抽出時間は、前記温度域で抽出がなされることもあり、少なくとも12時間は必要である。好ましくは、20時間以上である。一方、エタノール水溶液におけるエタノール濃度は、重量で、50%以下である。濃度が50%を超えると、抽出速度が急激に低下する。
【0014】
こうして得られた抽出液を抗黴剤として畳表、ござ等に適用することによって、優れた防黴効果を奏する。
【実施例1】
【0015】
(1)孟宗竹試料
孟宗竹はK市産(地上部、幹)を使用した。孟宗竹の表皮を、カッタを用いて表面の緑色の部分がなくなるまで剥削し、得られた表皮部分を破砕機(大阪ケミカル株式会社製、型番WB−1)によって細かく粉砕した。この粉末化物を孟宗竹表皮試料とした。
【0016】
残りの竹稈は、これを鋸を用いて細かく砕き、さらに上記破砕機によって粉末化した。これを孟宗竹稈試料とした。これら表皮試料と竹稈試料を、脱イオン水、エタノール、アセトン、およびジエチルエーテルによって、25℃で一昼夜の抽出を行った。
【0017】
(2)供試微生物
Wallemia sebi NBRC6668を用いた。Wallemia sebi は普通栄養寒天斜面培地(栄研化学株式会社)上で、30℃、7日間培養したものを使用し、胞子懸濁液をスラント1本当たり10mlの滅菌水を入れることによって調整した(約10CFU/ml)(CFU:Colony Forming Unit)。
【0018】
(3)抗菌性測定法
抗菌活性は、これをペーパーディスク法によって測定した。孟宗竹表皮試料と竹稈試料の脱イオン水、エタノール、およびアセトン抽出液をペーパーディスク(ADVANTEC社製、直径8mm)に滴下して、30℃で15時間の培養を行い、ペーパーディスクの周囲に現れた阻止円の有無を確認した。混釈用の培地として、普通栄養寒天斜面培地(栄研化学株式会社)を使用した。抗菌活性は、ペーパーディスク上に阻止円が現れる限界の濃度(最小発育阻止濃度:MIC、minimum inhibitory concentration)として表した。
【0019】
(4)温度安定性およびpH安定性試験
温度安定性試験は、これを孟宗竹表皮試料の50%エタノール抽出液または水抽出液(200mg/ml)をそれぞれ25℃、40℃、50℃、60℃、70℃、80℃、100℃の温浴中で、60分間保持した後氷冷して、ペーパーディスク法によって残存している抗菌活性を測定することによって行った。抗菌活性は、25℃に保持したときのMIC値を100とした相対値(%)で表した。
【0020】
pH安定性試験は、これを次のようにして行った。孟宗竹表皮試料の50%エタノール抽出液または水抽出液(200mg/ml)10mlに8mlの0.1M緩衝液(pH3〜pH5は酢酸緩衝液、pH6〜pH8は燐酸緩衝液、pH9は炭酸緩衝液を使用)を加え、4℃で60分間保持した。その後、塩酸または苛性ソーダを用いてpH6.0となるように全量を20mlにまで調整した。次いで、ペーパーディスク法によって残存している抗菌活性を測定した。抗菌活性は、pH6.0に保持したときのMIC値を100とした相対値(%)で表した。
【0021】
(5)ござの防黴試験
抗黴剤を適用していないござ(熊本県産畳表)を3cm四方にカットしたものをシャーレに入れた後、オートクレーブ(121℃、20分間)を行った。このござに孟宗竹表皮試料の50%エタノール抽出液(200mg/ml)1mlを満遍なく撒布して、常温で1時間放置した。さらに、ござにWallemia sebi の懸濁液を1ml撒布し、30℃で7日間培養した。Wallemia sebi は、直径2mm〜3mm程度の小さなチョコレート色のコロニーを形成する処から、経時的にコロニーの有無を確認した。
【0022】
比較試験として、孟宗竹表皮試料の50%エタノール抽出液の代わりに、滅菌水1mlを、オートクレーブ処理したござ試料に適用して常温で1時間放置した。さらに、ござにWallemia sebi の胞子懸濁液を1ml撒布し、30℃で7日間培養した。Wallemia sebi は、直径2mm〜3mm程度の小さなチョコレート色のコロニーを形成する処から、経時的にコロニーの有無を確認した。
【0023】
(6)饅頭の防黴試験
市販の餡入り薄皮饅頭(株式会社藤谷、福岡)を5gカットしてこれをシャーレに入れた後、オートクレーブ(121℃、20分間)を行った。この饅頭試料に孟宗竹表皮試料の50%エタノール抽出液(200mg/ml)1mlを満遍なく撒布して、常温で1時間放置した。さらに、この饅頭試料にWallemia sebi の胞子懸濁液を1ml撒布し、30℃で14日間培養した。Wallemia sebi は、直径2mm〜3mm程度の小さなチョコレート色のコロニーを形成する処から、経時的にコロニーの有無を確認した。
【0024】
比較試験として、孟宗竹表皮試料の50%エタノール抽出液の代わりに、滅菌水1mlを、オートクレーブ処理した饅頭試料に撒布して常温で1時間放置した。さらに、饅頭試料にWallemia sebi の胞子懸濁液を1ml撒布し、30℃で14日間培養した。Wallemia sebi は、直径2mm〜3mm程度の小さなチョコレート色のコロニーを形成する処から、経時的にコロニーの有無を確認した。
【0025】
孟宗竹表皮粉末抽出液のWallemia sebi に対する抗菌活性
表1に、孟宗竹表皮粉末からの抽出液のWallemia sebi に対する抗菌活性試験結果を示す。
【0026】
【表1】

【0027】
表1から明らかなように、孟宗竹表皮粉末の水抽出液または、50%エタノール抽出液において、MICでそれぞれ100mg/mlおよび70mg/mlの抗菌活性が認められた。表皮部分を除いた孟宗竹稈の抽出液や孟宗竹表皮粉末のアセトン、ジエチルエーテルによる抽出液では、抗菌活性が認められなかった。
【0028】
本発明の抗黴剤は、Wallemia sebi に対してわさび(山葵)と同等であった。わさびの抗菌活性に関しては、関山が、わさびの有機溶媒抽出液によるWallemia sebi に対する抗菌活性を明らかにしている(化学と工業、52(1)、31−34「わさびの香りから生まれた抗菌剤」(1999))。これによれば、67mg/mlのMICを示している。
【0029】
発明者らは、Wallemia sebi 以外の真菌類(Penicillum chrysogenum, Penicillum camembertii, Fusarium oxysporum, Cladosporium cladosporioides, Mucorjavanicus, Aspergillus oryzae, Trichoderma viride, Eurotium herbariorum )を検定菌として抗菌スペクトルの検討を行ったが、何れも抗菌活性は認められなかった。
【0030】
表1に示す結果ならびに前記検討結果から、本発明の孟宗竹表皮粉末からの水または50%エタノールによる抽出液の抗黴スペクトルは狭く、Wallemia sebi に対して特異的な微生物抑制が可能である。
【0031】
温度安定性およびpH安定性
図1に、本発明の孟宗竹表皮粉末からの水または50%エタノールによる抽出液のWallemia sebi に対する抗菌活性の温度安定性およびpH安定性を示す。図1から明らかなように、孟宗竹表皮粉末からの50%エタノールによる抽出液では60℃まで、水抽出液では40℃まで安定であり、これらの温度を超えると、抗菌活性の急激な低下が認められた。このように、50%エタノールによる抽出液と水による抽出液とで抗菌活性の温度安定性に差異が認められたが、これは抽出された成分が異なることに起因するものと考えられる。これらのことから、本発明の孟宗竹表皮粉末からの水または50%エタノールによる抽出液を抗黴剤として畳表やござに適用するに際しては、温度に対する配慮が必要である。
【0032】
pH安定性についても調べた結果、図1に示すように、本発明の抗黴剤は、酸性領域、塩基性領域を問わず、相対残存抗菌活性が100%であった。
【0033】
ござにおける防黴試験結果
本発明の孟宗竹表皮粉末からの50%エタノールによる抽出液を用いて、ござの防黴試験を行った結果を表2に示す。
【0034】
【表2】

【0035】
表2から明らかなように、孟宗竹表皮粉末からの50%エタノールによる抽出液を撒布したござでは、30℃、7日間培養においても、Wallemia sebi の成育は確認できなかった。これに対し、孟宗竹表皮粉末からの50%エタノールによる抽出液を撒布しなかったござにおいては、培養3日間でチョコレート色のWallemia sebi のコロニーを確認することができた。
【0036】
饅頭における防黴試験結果
Wallemia sebi は好乾菌であり、糖度の高い食品に発生することが多いことから、饅頭を用いた防黴試験を行った。その結果を表3に示す。
【0037】
【表3】

【0038】
表3から明らかなように、孟宗竹表皮粉末からの50%エタノールによる抽出液を撒布した饅頭では、30℃、14日間培養においても、Wallemia sebi の成育は確認できなかった。これに対し、孟宗竹表皮粉末からの50%エタノールによる抽出液を撒布しなかった饅頭においては、培養11日間でWallemia sebi の成育を確認することができた。
【0039】
上記から、孟宗竹表皮粉末からたとえば25℃で一昼夜という簡便な抽出操作で得られる本発明の抗黴剤は、畳表やござ或いは饅頭など比較的水分活性が低い建材または食品におけるWallemia sebi の抑制に有効であり、広い用途がある。しかし、孟宗竹表皮粉末から得られる抽出液は、それ自体が淡黄色を呈する処から、抽出液の撒布によって対象物の変色が問題となる場合は、抽出液の精製等のプロセスが必要となる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明の一実施例に係る孟宗竹表皮粉末からの抗黴剤の抗菌活性の温度安定性およびpH安定性を、水および50%エタノールを溶媒とするときそれぞれについて示すグラフ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
孟宗竹の表皮を剥削し粉砕したものを、水またはエタノール水溶液中、常温〜60℃の温度域で12時間以上の抽出を行い抗黴剤を得るようにしたことを特徴とする抗黴剤の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の製造方法によって得られた抗黴剤を、Wallemia sebi 起因の、畳表、ござに発生しコロニーを形成する黴の抑制に用いることを特徴とする抗黴剤の使用方法。

【図1】
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【公開番号】特開2008−63307(P2008−63307A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−245541(P2006−245541)
【出願日】平成18年9月11日(2006.9.11)
【出願人】(802000031)財団法人北九州産業学術推進機構 (187)
【Fターム(参考)】