説明

接触摩擦力調整方法とこの方法を利用したクラッチ構造とブレーキ構造

【課題】可動構造を実質必要としない接触摩擦力を調整する方法を提供すると共に、それを用いたクラッチ構造やブレーキ構造を提供する。
【解決手段】相接する両部材の接触摩擦力を調整する方法であって、前記両部材の少なくとも一方の接触箇所が、所定の放射線により励起されて摩擦力が変化する材料により構成されていて、当該2部材の接触箇所に対して前記放射線の周波数又はON−OFFを制御して、両部材の接触摩擦力を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、接触摩擦力を調整する方法とこの方法を利用したクラッチ構造とブレーキ構造に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、接触摩擦力の調整は動力伝達構造において多く行われ、相互に接触する両部材の接触圧の調整によりなされてきた。
一方、機械構造の小型化と、そのニーズはミリからミクロにまで至り、小型で複雑な動作を求められるようになってきた。
このような機械構造の小型化においてネックとなっている一つが、動力を伝達するクラッチやブレーキを代表とする摩擦力の調整を必要とする構造の実現である。
これらの構造は、相接する部材の一方を他方に対して相対的に移動させる必要があり、その移動のための可動構造の小型化は、マシン全体の大きさからすれば極めて小さいものとなり、その構造の実現がネックとなっていた。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明者等はこのような実情に鑑み、可動構造を実質必要としない接触摩擦力を調整する方法を提供すると共に、それを用いたクラッチ構造やブレーキ構造を提供することを課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0004】
発明1は、相接する両部材の接触摩擦力を調整する方法であって、前記両部材の少なくとも一方の接触箇所が、所定の放射線により励起されて摩擦力が変化する材料により構成されていて、当該2部材の接触箇所に対して前記放射線の周波数又はON−OFFを制御して、両部材の接触摩擦力を制御することを特徴とする。
【0005】
発明2は、駆動部材と被動部材の接触摩擦により両部材が連動して動力を被動部材に伝達するクラッチ構造であって、前記両部材の相互接触箇所の少なくとも一方が所定の放射線により励起されて摩擦抵抗が変化する材料により構成され、この部材に対する放射線の照射周波数若しくはON−OFFを制御する放射線制御構造からなることを特徴とする。
【0006】
発明3は、 固定部材と駆動部材との接触摩擦により前記駆動部材の駆動を制御するブレーキ構造であって、前記両部材の相互接触箇所の少なくとも一方が所定の放射線により励起されて摩擦抵抗が変化する材料により構成され、この部材に対する放射線の照射周波数若しくはON−OFFを制御する放射線制御構造からなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明の発明者等は、所定の材料同士の接触摩擦は、光の照射・非照射又は周波数の変更により大きく変化することを見出し、その材料と光などの放射線との組合せにより、摩擦力を調整することが可能であるとの確信を得るに至った。
発明1は、そのような知見に基づくものであり、両部材の相対移動を全く必要とせずに、相互の接触摩擦力を調整し得るに至ったものである。
発明2のクラッチ構造は、両部材の相対移動を全く必要とせずに、動力伝達力を制御し得るに至ったものである。
さらに発明3のフレーキ構造は、両部材の相対移動を全く必要とせずに、駆動する部材を制動することが出来るようにしたものである。
以上のような発明により、複雑な動作を小型マシンにおいても実現できるようになった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
【実施例1】
【0009】
本実施例は、光により摩擦力が変化することを見出した実験装置と、実験方法を説明する。
図1、図2はその実験装置であり、以下のその構造を図面を参照して説明する。
(10)は光照射装置であり、(11)の光発生器で発生した光を(12)の光分光器によって分光し、任意の光波長を取り出し(13)の光ファイバーを用いて(14)の光プローブより光を照射できる。なお、光プローブは(15)の光プローブ固定具を用い(32)の石英ロッド端面に光りが集光できる。(20)はチャンバーであり、このチャンバーに設けた(22)の石英製覗き窓を透して(32)の石英ロッドへと光を透過できる構造である。
(30)は圧子保持構造であり、(44)の荷重印荷計測部固定板に(43)のひずみゲージ基板を直角に取り付け、このひずみゲージ基板から4枚の歪みゲージを取り付けた(45)のひずみゲージ出力によって摩擦力を測定できる。このひずみゲージの中心軸に(31)の石英ロッドを通し、(34)の圧子に光りを導入する構造からなっている。(41)の錘が無い状態
において(53)のバランス分銅によって(54)を支点として(30)の圧子保持構造部と(53)のバランス分銅が釣り合う。
(70)(80)(90)は、試料(S)を保持するXYZ軸テーブルであり、(S)の試料は(61)の試料保治具に固定され、さらに(70)(80)(90)のXYZ軸テーブルの最上部に固定できる。
<実験結果>
前記実験装置を用いて、各種の試料と圧子間に生じる摩擦抵抗が、光の照射によりどのように変化するかを調べた結果を図9〜16に示し、以下にその詳細を説明する。
図9、図10は、SUS304基板を用いてサファイアの圧子により大気圧窒素雰囲気中で摩擦測定を行った結果である。2回共に光照射により若干摩擦係数が低下していることがわかる。特に500〜700nm近辺の波長の光照射でより低摩擦係数になる傾向が見られている。次に図11、図12であるが、これらは0.14Paの真空雰囲気中で同様の摩擦試験を行った結果である。窒素雰囲気中で行った実験で得られた摩擦係数値よりも若干ではあるがさらに低摩擦係数を示している。次に図13、図14であるが、これらはそれぞれ0.18Pa,0.2Paの真空圧力環境下における摩擦係数測定結果である。0.18Pa、0.2Paと真空圧力を増加するにつれて全体的に摩擦係数が増加していることが明らかとなった。つまり、光の波長や真空圧力環境を変化させることにより、摩擦係数を制御できることを示している。
図15は、SUS304基板に0.14Paの真空環境下で60秒間波長650nmの光を照射した後に、照射をやめ、その摩擦係数の時間変化を測定したものである。光照射後では、照射前の摩擦係数に比べて85%の値に減少していることがわかる。その後900秒後に78%の最低値を記録し、徐々に摩擦係数は指数関数的に初期値に近づいていくことがわかった。図16は、図15で行った実験と同条件で、サンプルのみSUS304基板からSUS304 基板にTiO2微粉末を添加したものを用いて測定を行った結果である。光照射後には同様に摩擦係数の低下がみられた。図15の実験に比べて摩擦係数が低下していく時間がほぼ倍に増大していることがわかる。その後摩擦係数が増大していくが、本ケースでは当初の摩擦係数よりもさらに摩擦係数が増大していくことがわかった。このように、光の照射によって摩擦係数を大きく変化させられることが示され、また、基板表面に光触媒などの材料を担持しておけば光による摩擦係数減少時間を長時間化することができることも示された。
【実施例2】
【0010】
本実施例は、図3に示すように、前記実験により得られた知見に基づき構成したクラッチ構造の一例を示す。
(100)駆動伝達軸(A)
(110)伝達軸受け(A)
(120)摩擦材受け板(A)
(121)摩擦摺動材料(A)
(200)駆動伝達軸(B)
(210)伝達軸受け(B)

(220)摩擦材受け板(B)
(221)摩擦摺動材料(B)

(300)駆動伝達容器
(310)押しつけ用板バネ
(320)光伝達ロッド
【実施例3】
【0011】
本実施例は、図4、5に示すように、前記実験により得られた知見に基づき構成したブレーキ構造の一例を示す。
(500)駆動伝達軸
(600)軸側摩擦材
(610)ブレーキ側摩擦材
(620)ブレーキ側摩擦摩擦材保時具
(630)ブレーキ押しつけ支点軸
(640)ブレーキパッド押しつけ用バネ
(700)駆動伝達容器
(500)駆動伝達軸
(510)駆動伝達軸受け
(600)軸側摩擦材
(610)ブレーキ側摩擦材
(620)ブレーキ側摩擦材保持具
(630)ブレーキ押しつけ支点軸
(640)ブレーキパッド押しつけ用バネ
(700)駆動伝達容器
(810)光照射プローブ
【実施例4】
【0012】
本実施例は、図6に示すように、前記実験により得られた知見に基づき構成したナノレベルでの摩擦力制御の一例を示す。原子間力顕微鏡用のカンチレバー先端部にピレン分子を固定し、それを摩擦力測定のプローブとする。カンチレバーの材料は、Si3N4である。図7の左が、分子修飾されたカンチレバーの走査型電子顕微鏡イメージである。また、図7中央、右に、それぞれ、分子修飾されたカンチレバーの光学顕微鏡イメージならびに蛍光顕微鏡イメージを示す。蛍光顕微鏡イメージから、カンチレバー先端部にピレン分子が固定されているのがわかる。これを水中に設置されたサファイア基板上に押しつけて、サンプルを水平方向にスキャンする。この時の荷重は、カンチレバーの反りから求められる。サンプルの下部からキセノンランプ光を分光器により分光し、波長を変化させながら、摩擦力を測定する。摩擦力は、プローブスキャン時のカンチレバーのねじれから摩擦力を算出した。
実験結果を図8に示す。光未照射時には、カンチレバーの分子未修飾、分子修飾による摩擦力の大きな違いは見られていない。分子未修飾のものは光照射により、摩擦力は増加する。そして、光照射波長の変化による摩擦力の変化はあまり見られていない。それに対してピレン分子修飾したものは、光照射によって摩擦力が大きく低減することが明らかとなった。しかも、その摩擦力の低下の大きさは光照射波長に依存している。
【産業上の利用可能性】
【0013】
この技術を利用すれば、マイクロマシン駆動部に分子を固定しておいて、光の照射波長と光強度を制御することにより、駆動部の運動速度や動作方向などを制御することが可能になり、マイクロマシンの運動制御が可能となる。また、人工血管内壁部に分子修飾をはかり、外部から赤外線などの光によって分子を励起することで、分子と血液各種成分との摩擦力を制御し、ひいては血流の制御や血液成分の速度分離などが可能となる。さらに、宇宙空間や原子炉内部などの駆動制御が困難なアプリケーションにおいても、光ファイバーなどで駆動部に光を導入し、その光波長と光強度を制御することで、駆動部の運動を遠隔制御可能となるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】摩擦力測定装置を示す、一部切り欠き縦断正面図
【図2】図1の要部を示す一部切り欠き拡大正面図
【図3】実施例2のクラッチ構造を示す縦断正面図
【図4】実施例3のブレーキ構造を示す縦断正面図
【図5】図4のA−A断面図
【図6】実施例4の摩擦力測定方法を示す模式図
【図7】ピレン分子が修飾された原子間力顕微鏡のカンチレバー
【図8】実施例4の摩擦力測定の測定結果を示す図
【図9】実施例1の実験結果を示すグラフ
【図10】実施例1の実験結果を示すグラフ
【図11】実施例1の実験結果を示すグラフ
【図12】実施例1の実験結果を示すグラフ
【図13】実施例1の実験結果を示すグラフ
【図14】実施例1の実験結果を示すグラフ
【図15】実施例1の実験結果を示すグラフ
【図16】実施例1の実験結果を示すグラフ
【符号の説明】
【0015】
(11)光発生器
(12)光分光器
(13)光ファイバー
(14)光プローブ
(15)光プローブ固定具
(20)真空容器
(21)真空ステンレス容器
(22)石英製覗き窓
(30)荷重印荷計測部
(32)石英ロッド
(41)錘
(45)ひずみゲージ
(36)石英ボール保治具
(51)荷重印荷計測部固定ナット
(52)バランスアーム
(53)バランス分銅
(54)バランスアーム支点
(55)バランスアーム支持支柱
(60)摩擦測定部基板
(61)試料保治具
(70)X軸ステージ
(71)X軸駆動ステージ
(72)X軸固定ステージ
(80)X軸駆動軸
(81)X軸駆動軸受けステージ
(82)X軸駆動モータベース
(83)X軸用ステッピングモータ
(84)X軸用電源取り出し部
(90)Z軸ステージ
(91)Z軸ステージ上板
(92)Z軸ベースプレート
(93)Z軸用ステッピングモータ
(94)Z軸用電源取り出し部
(31)石英ロッド中芯
(32)石英ロッド保護膜
(33)石英ロッド振れ止め
(42)錘保持皿
(43)ひずみゲージ基板
(44)荷重印荷計測部固定板
(45)ひずみゲージ
(46)ひずみゲージ固定板
(47)石英ロッド固定ネジ
(35)圧子固定先端保護材
(36)圧子固定ネジ
(34)ボール圧子
(100)駆動伝達軸(A)
(110)伝達軸受け(A)
(120)摩擦材受け板(A)
(121)摩擦摺動材料(A)
(200)駆動伝達軸(B)
(210)伝達軸受け(B)
(220)摩擦材受け板(B)
(221)摩擦摺動材料(B)
(300)駆動伝達容器
(310)押しつけ用板バネ
(320)光伝達ロッド
(500)駆動伝達軸
(600)軸側摩擦材
(610)ブレーキ側摩擦材
(620)ブレーキ側摩擦摩擦材保時具
(630)ブレーキ押しつけ支点軸
(640)ブレーキパッド押しつけ用バネ
(700)駆動伝達容器
(500)駆動伝達軸
(510)駆動伝達軸受け
(600)軸側摩擦材
(610)ブレーキ側摩擦材
(620)ブレーキ側摩擦材保持具
(630)ブレーキ押しつけ支点軸
(640)ブレーキパッド押しつけ用バネ
(700)駆動伝達容器
(810)光照射プローブ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
相接する両部材の接触摩擦力を調整する方法であって、前記2部材の少なくとも一方の接触箇所が、所定の放射線により励起されて摩擦力が変化する材料により構成されていて、当該2部材の接触箇所に対して前記放射線の周波数又はON−OFFを制御して、両部材の接触摩擦力を制御することを特徴とする。
【請求項2】
駆動部材と被動部材の接触摩擦により両部材が連動して動力を被動部材に伝達するクラッチ構造であって、前記両部材の相互接触箇所の少なくとも一方が所定の放射線により励起されて摩擦抵抗が変化する材料により構成され、この部材に対する放射線の照射周波数若しくはON−OFFを制御する放射線制御構造からなることを特徴とする。
【請求項3】
固定部材と駆動部材との接触摩擦により前記駆動部材の駆動を制御するブレーキ構造であって、前記両部材の相互接触箇所の少なくとも一方が所定の放射線により励起されて摩擦抵抗が変化する材料により構成され、この部材に対する放射線の照射周波数若しくはON−OFFを制御する放射線制御構造からなることを特徴とする。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate

【図15】
image rotate

【図16】
image rotate


【公開番号】特開2009−144786(P2009−144786A)
【公開日】平成21年7月2日(2009.7.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−321380(P2007−321380)
【出願日】平成19年12月12日(2007.12.12)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】