説明

摩擦材及びその製造方法

【課題】熱処理を施しても摩擦材の強度低下や摩耗特性の低下等がなく、又、少ないエネルギーでその処理を実施可能とし、しかも、ブレーキの効き安定性、高速効力あるいはフェード特性を確保することのできる摩擦材とその製造方法を提供する。
【解決手段】繊維基材、結合材、及び摩擦調整材を含有する母材層上に、230℃以上で燃焼する易燃性材料を含有する表面層を形成し、熱処理してなることを特徴とする摩擦材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摩擦材に関するものであり、特に産業機械、鉄道車両、荷物車両、乗用車などに用いられる摩擦材及びその製造方法に関するものであり、より具体的には前記の用途に使用されるブレーキパッド、ブレーキライニング等に関するものである。
【背景技術】
【0002】
摩擦材は、粒状、粉状及び繊維状物質を種々混合して加熱成形することにより製造されている。しかし、公害防止等のため摩擦材のノンアスベスト化が進むにつれて使用可能な材料が限定されるようになってきており、このノンアスベスト摩擦材に含有される無機充填材においても粉状の材料の使用が多くなってきた。このため摩擦材の性状としては硬度が高く気孔率が小さくなる傾向にある。そして、摩擦特性としては、初期摩擦係数は上記硬度に依存しているので低下し、また高速効力及びフェード特性は上記気孔率に関連しているのでこれらも低下する傾向にあった。これに加えてノイズも発生しやすくなっていた。
【0003】
ところが、上記のノンアスベスト摩擦材は、200℃程度までは安定した摩擦係数を示すが、それ以上の高温になると摩擦係数が減少する傾向にある。この現象はフェード現象と呼ばれ、その主たる原因は、制動時にパッドの表面温度が急激に上昇し、摩擦材表層にある有機フリクションダスト等の有機成分が熱分解によりガス化したり、タール状となって摩擦面に介在する結果、実効面圧が減少して摩擦係数が低下するものと考えられている。また新品の摩擦材は表面に有機成分が露出しているため、使用初期にガスの発生量が多く、摩擦係数の低下が顕著となり、初期フェードと呼ばれている。
【0004】
一方、初期フェードを改善するために、一般に熱処理(表面焼き、スコーチ処理)が施されている。この熱処理では、アフターキュアした摩擦材を所定の寸法に加工した後にバーナーや熱鉄板等により摩擦材の表面の有機成分を焼く処理(ディスクパッド表面の焼き付け処理)が行われる。火炎や熱により摩擦材の表層から予めガス発生成分を除去しておくことで、ガスの介在による摩擦係数の低下を抑制することができる。しかし、熱処理では摩擦材にクラックや表層剥離が生じたり、強度低下、摩耗特性の低下等の弊害が生じる。
これは、熱処理で摩擦材が急激に加熱され、摩擦材の表面に含まれている水分および空気が急激に加熱されて膨張することに起因すると考えられる。
【0005】
特許文献1には、熱成形、アフターキュア処理した摩擦材を所定の形状に加工した後、バーナ方式で120秒火炎処理することにより熱処理し、この熱処理した成形品の表面に、スプレー塗布により有機系樹脂被膜を設け、初期フェード等を改良することが記載されている。
しかし、高速効力、フェード特性等の摩擦特性を向上させるためには、パッドの内部まで熱処理する必要があり、依然として摩擦面のフクレ、クラック等の不具合を解決する必要がある。又、熱処理に長時間の熱処理が必要となり、摩擦材の製造原価が上昇するという問題がある。
【特許文献1】特開平9−250586号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、初期フェードを改善するために熱処理を施した摩擦材は、有機成分による潤滑効果が失われる結果、摩擦材の強度低下、摩耗特性の低下等により、使用初期に鳴き(高周波異音)や振動(低周波異音)が発生する欠点がある。それ故、本発明の目的は前記問題点を解決し、熱処理を施しても摩擦材の強度低下や摩耗特性の低下等がなく、又、少ないエネルギーで熱処理を実施可能とし、しかも、ブレーキの効き安定性、高速効力あるいはフェード特性を確保することのできる摩擦材とその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の上記課題は、下記(1)〜(5)により達成された。
(1) 繊維基材、結合材、及び摩擦調整材を含有する母材層上に、230℃以上で燃焼する易燃性材料を含有する表面層を形成し、熱処理してなることを特徴とする摩擦材。
(2) 前記易燃性材料の含有量が1〜20質量%であることを特徴とする上記(1)に記載の摩擦材。
(3) 前記易燃性材料の含有量が5〜15質量%であることを特徴とする上記(1)または上記(2)に記載の摩擦材。
(4) 前記易燃性材料が、木質ブロックに油脂およびパラフィンを含浸してなることを特徴とする上記(1)〜上記(3)のいずれか一項に記載の摩擦材。
(5) 繊維基材、結合材、及び摩擦調整材を含有する母材層組成物上に、230℃以上で燃焼する易燃性材料を含有する表面層組成物を積層し、所定の形状に予備成形して母材層および表面層を形成する工程、熱成形する工程、熱処理する工程を順次行うことを特徴とする摩擦材の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の易燃性材料を含む表面層を摩擦材層(母材層)表面に設層して熱処理(表面焼き処理、スコーチ処理)した摩擦材は、易燃性材料が容易に消失し、摩擦材(母材層)の内部から発生するガスを表面から容易に排出させることができるためクラック、フクレや表層剥離等を防ぐことができる。更に、易燃性材料を摩擦材表面に使用しているため短時間で熱処理が可能となり、しかも、摩擦材の表面内部深くまで熱処理が出来る。又、易燃性材料が容易に燃焼するため、少ないエネルギーで熱処理が可能となり、完成した摩擦材のブレーキの効き安定性、高速効力あるいはフェード特性が十分確保される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明を実施するための最良の形態を、図面を参照して詳細に説明する。
図1は、本発明の摩擦材の一例を示す断面図であり、プレッシャプレート(P/P)1の上に母材層3(摩擦材又はベース材)が形成されており、前記母材層3の上に易燃性材料層を含む表面層2を形成させ、前記表面層2を熱処理したものをブレーキ用摩擦材に適用した場合を例示して説明する。なお、接着強度確保およびNVH確保のため、プレッシャープレート1と母材層3の間に中間層4を1〜3mm設けてもよい。
【0010】
母材層3は、繊維基材、結合材、及び摩擦調整材を少なくとも含有する。これらの原料を所定の割合で配合し、混合攪拌により十分に均質化して出発原料を調製する。
【0011】
繊維基材としては、スチール繊維、銅繊維、真鍮繊維等の金属繊維;芳香族ポリアミド繊維(アラミドパルプ等:市販品ではデュポン社製、商品名ケブラー等がある)、アクリル繊維、セルロース繊維、耐炎化アクリル繊維等の有機繊維;チタン酸カリウム繊維、ガラス繊維、アルミナ繊維、炭素繊維、ロックウール等の非アスベスト系無機繊維等が挙げられる。これらのうち一種又は二種以上を組み合わせて使用することができる。
【0012】
結合材としては、例えば、フェノール樹脂、尿素樹脂、メラミン樹脂、又はそれらの変性樹脂等の熱硬化性樹脂等が挙げられる。
【0013】
摩擦調整材としては、例えば、カシューダスト、ゴムダスト、メラミンダスト等の有機ダスト;炭酸カルシウム、硫酸バリウム、水酸化カルシウム、雲母等のフィラー(充填材);マグネシア、アルミナ、ジルコニア等の金属酸化物等の研削材;アルミニウム粉、銅粉、亜鉛粉等の金属粉、黒鉛、二硫化モリブデン等の潤滑材;等が挙げられ、これらの中から選んだ一種又は適宜組み合わせた二種以上を充填材として使用することができる。
【0014】
母材層には、上記材料に加え、必要に応じて難燃材としてアンチモン化合物または硫化亜鉛、硫化スズ等の金属硫化物を用いてもよい。
【0015】
表面層2に含まれる易燃性材料は、230℃以上、好ましくは250〜300℃で燃焼する材料である。燃焼温度が230℃以上であれば適度な発火現象であり、230℃未満だと発火現象が早く起こり灰化現象が起こる。このような易燃性材料としては、粉体粒子と油性化合物との混合物であり、粉体粒子に油性化合物を含浸させたものであることが好ましい。また、易燃性材料の大きさとしては、粒径が50〜200μm(300〜75メッシュ)を通過するものであることが好ましい。かかる大きさとするには、粉体粒子を予め所定の大きさに調節しておくか、粉体粒子に油性化合物を含浸後、常温粉砕もしくは凍結粉砕により調節することができる。
【0016】
粉体粒子は炭化温度が摩擦材の結合材樹脂より炭化温度の低い燃焼助材であることが好ましい。炭化温度が高すぎる易燃焼材を添加すると、摩擦材の樹脂の炭化が進み過ぎ、摩擦材の強度が低下する。例えば木質ブロック(木粉、おがくず)、泥炭粉、パルプ粉末、木綿ダスト等が挙げられ、本発明では木質ブロックが好ましい。
【0017】
油性化合物は特に限定されないが、パラフィンや油脂のように入手しやすい原料が使用できる。パラフィンは、通常、炭素原子の数が20以上の直鎖状あるいは分岐した鎖式飽和炭化水素であればよく、石油化学品でも、蝋のような天然物でもかまわない。油脂としては、工業用の常温で固体の脂肪酸エステルあるいは松脂、牛脂等の天然の脂肪酸エステルが挙げられる。本発明では油脂は松脂、パラフィンはろうそくの原料を使用することが好ましい。
【0018】
本発明で使用する粉体粒子と油性化合物の混合比は限定されないが、質量比で20:80〜80:20、好ましくは40:60〜60:40の範囲である。また、表面層2の厚みは好ましくは0.3〜2mm、より好ましくは1.0〜1.5mmである。
【0019】
易燃性材量の配合比率は、表面層2の全質量に対し、好ましくは1〜20質量%であり、より好ましくは、5〜15質量%である。易燃性材料が1質量%未満では熱処理の効果がなく、20質量%を超えるとヒビ、ふくれが発生し歩留が悪化する。
【0020】
本発明に係る摩擦材の製造は、摩擦材原料の配合、攪拌、常温における予備成形、熱成形、熱処理、及び研磨等の仕上げ加工の各工程を経て行われている。
【0021】
最初にディスクブレーキの摩擦パッドを例示して各工程について説明する。ここで図1は、プレッシャプレート1に接着剤(図示せず)を介して母材層3及び表面層2が熱成形により一体化された摩擦部材10の断面図である。プレッシャプレート1の加工は、板金プレス、脱脂処理及びプレッシャプレート予熱の各工程を主工程とする。板金プレス工程では、予め選定したプレッシャプレート素材をプレス加工等により、所定形状のプレッシャプレートに成形加工する。脱脂工程では、プレス加工に際してプレッシャプレートに付着した油脂等を洗浄剤を用いて除去する。
【0022】
母材層3の予備成形は、原材料の計量、配合、攪拌及び予備成形を主工程とする。これらの各工程は、従来の摩擦材の製造技術に従うことができる。まず母材層3の配合原料を含有する母材層組成物を、成形金型に投入し、ならしを行う。続いて、上述した表面層2用の配合原料を含有する表面層組成物を母材層組成物上に積層し、常温で、面圧10〜100MPa程度の圧力にて予備成形して、母材層3と表面層2とからなる摩擦材の予備成形体を得る。また、中間層4を設層する場合は、原材料となる繊維基材、結合材、摩擦調整材、金属粉等の混合物を、母材層3の組成物の積層前に積層すればよい。
【0023】
上記の如く処理されたプレシャプレート1ならびに摩擦材の予備成形体は熱成形工程に移される。熱成形工程では、先ず、プレス機内に予備加熱されたプレシャプレート1をセットし、その上に予備成形体を載せ、熱成形する。
【0024】
摩擦材3とプレッシャプレート1の接合は、従来から一般に接着によって行われ、フェノール系樹脂、エポキシ系樹脂等の熱硬化性樹脂接着剤、または架橋性ゴム系接着剤が使用されている。
【0025】
熱成形工程では、結合材(バインダー)を熱による反応で硬化させることにより、摩擦材全体を強固に結合させて一体化させ、強度と硬度をもたせるので、この工程の良否で摩擦材の性能が決まってくる。又、加熱(アフターキュア)条件も摩擦材の品質に影響を与える。摩擦材のバインダーとして一般的に用いられているのはノボラック型フェノール樹脂(各種変性タイプを含む)であり、硬化剤としてヘキサメチレンテトラミン等が添加混合されている。また、レゾール型フェノール樹脂も使用される。
【0026】
続いて、熱処理(表面焼き処理、スコーチ処理)を行い、最終的に仕上げ処理を施す。熱処理はバーナーや熱鉄板等の常法により、400〜700℃の範囲で行う。焼き減量は、摩擦材の表面積60cmに対し1〜2gの範囲が好ましい。また、熱処理の後、摩擦材表面を一時的に保護するために有機系樹脂被膜を塗設することは一向に差し支えない。
【0027】
熱処理は、通常、摩擦表面からの深さが1mm以上で5mm以下までの部分に施されるが、表面層2を設けない摩擦材の熱処理の厚みは一般的に1〜1.5mmである。しかし、本発明のように表面層2を設けた摩擦材では2〜3mmの深さまで焼き入れが可能となる。熱処理が摩擦材表面から2〜3mmの深さまで施されれば、それ以上の深さの部分は熱処理が施されている摩擦表面部が摩耗する間に、走行中のブレーキの熱により摩擦材が熱処理されることにより順次熱処理が施される結果となる。又、熱処理に要する時間は、通常40〜120秒間であるが、本発明によればその所要時間を約40%短縮することが出来る。
【実施例】
【0028】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例により限定されるものではない。
<摩擦材の配合材料>
摩擦材の試料を製造する際の表面層に用いる易燃性材料としては、おがくずに、油脂とパラフィンの油性混合物を含浸させ、平均粒径を100μmとしたものを用いた。この易燃性材量の燃焼温度は230℃であった。なお、油性混合物の混合比は質量比で油脂:パラフィン=40:60とし、おがくずと油性混合物の混合比は質量比で50:50とした。
【0029】
摩擦材の試料を製造する際の母材層の材料としては下記配合材料を用い、試料として作製する際にはそれらの材料から選択し、表1に示す配合比率で表面層を製造した。比較例1の摩擦材は母材層のみで、易燃性材料は配合しない。
・繊維基材・・・・・銅ファイバー/アラミド繊維
・結合材・・・・・・フェノール樹脂
・固体潤滑材・・・・黒鉛
・有機充填材・・・・フリクションダスト
・充填材・・・・・・硫酸バリウム、炭酸カルシウム
・研削材・・・・・・酸化ジルコニウム
・その他添加剤(表2に記載)
【0030】
【表1】

【0031】
【表2】

【0032】
<ブレーキパッドの作製>
表1及び表2に記載の処方に従って調製した母材層3の原料混合物を、成形型の下部に充填した後、その上に表面層2の原料混合物を充填して、予備成形した後、熱成形、熱処理を順次行い、摩擦材を作製した。熱成形の条件は温度100〜170℃、圧力20〜80MPaで1〜10分間とした。熱処理の条件は温度200〜400℃で20〜200分間とした。摩擦材の母材層3の厚みは9.5mmとし、表面層2の厚みは1.5mmとした。
【0033】
<ブレーキパッドの評価>
作製した実施例1〜5の摩擦材及び比較例1のベース摩擦材の摩擦性能及び物性値を表3に示す。表3中、「○」は結果が良好、「△」は同等、「×」は悪化していることを示す。高速効力の測定および第1フェードの最小摩擦係数の測定は、ダイナモによるJASO性能試験により行った。
表3の「焼き減量」とは、摩擦材の熱処理(表面焼き)前後の重量減少値であり、下記式により算出する。
【0034】
【表3】

【0035】
表3の結果から、表面層に易燃性材料を配合した実施例1〜5の摩擦材は、摩擦材全体に易燃性材料を1質量%とした場合でも従来法(比較例1)より歩留、高速効力、フェード特性に優れていることがわかる。易燃性材料を20質量%含有させてもなお有効であり、好ましくは、易燃性材料を5〜15質量%添加した場合、ブレーキ性能を確保できることが明らかとなった。
焼き減量(g)=表面焼き前の摩擦材重量(g)− 表面焼き後の摩擦材重量(g)
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明は、自動車、鉄道、産業用機械などのブレーキパッド、ブレーキシュー等として使用される摩擦材として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】本発明の摩擦材の層構成(断面)を示す模式図である。
【符号の説明】
【0038】
1 プレッシャプレート(P/P)
2 表面層
3 母材層
4 中間層
5 摩擦材層
10 摩擦部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
繊維基材、結合材、及び摩擦調整材を含有する母材層上に、230℃以上で燃焼する易燃性材料を含有する表面層を形成し、熱処理してなることを特徴とする摩擦材。
【請求項2】
前記易燃性材料の含有量が1〜20質量%であることを特徴とする請求項1に記載の摩擦材。
【請求項3】
前記易燃性材料の含有量が5〜15質量%であることを特徴とする請求項1または2に記載の摩擦材。
【請求項4】
前記易燃性材料が、木質ブロックに油脂およびパラフィンを含浸してなることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の摩擦材。
【請求項5】
繊維基材、結合材、及び摩擦調整材を含有する母材層組成物上に、230℃以上で燃焼する易燃性材料を含有する表面層組成物を積層し、所定の形状に予備成形して母材層および表面層を形成する工程、熱成形する工程、熱処理する工程を順次行うことを特徴とする摩擦材の製造方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2010−83972(P2010−83972A)
【公開日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−253533(P2008−253533)
【出願日】平成20年9月30日(2008.9.30)
【出願人】(000000516)曙ブレーキ工業株式会社 (621)
【Fターム(参考)】