摺動部品
【課題】摩擦調整剤を含有した潤滑油が共存した摺動環境において従来技術よりも良好な低摩擦性と高い耐摩耗性とを兼ね備えた摺動部品を提供する。
【解決手段】モリブデン化合物を含有する潤滑油が共存する環境下で使用される摺動部品1であり、該摺動部品を構成する基材3の最表面に表面硬度が1800以上のビッカース硬度の硬質保護層20が形成された摺動部品であって、前記硬質保護層は、炭素、窒素および金属元素を主成分とし、かつ窒素を含有する炭素非晶質体と前記金属元素の化合物結晶体との複合体により構成され、前記化合物結晶体は金属炭化物、金属窒化物および金属炭窒化物のうちの少なくとも1つである。
【解決手段】モリブデン化合物を含有する潤滑油が共存する環境下で使用される摺動部品1であり、該摺動部品を構成する基材3の最表面に表面硬度が1800以上のビッカース硬度の硬質保護層20が形成された摺動部品であって、前記硬質保護層は、炭素、窒素および金属元素を主成分とし、かつ窒素を含有する炭素非晶質体と前記金属元素の化合物結晶体との複合体により構成され、前記化合物結晶体は金属炭化物、金属窒化物および金属炭窒化物のうちの少なくとも1つである。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、潤滑油が共存する環境下で使用される摺動部品に関し、特に非晶質炭素皮膜を摺動面に形成した摺動部品に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車部品を中心に摺動箇所での低摩擦化を主目的として非晶質炭素皮膜を摺動面に形成した摺動部品が精力的に研究開発されている。非晶質炭素材料としては、DLC(ダイヤモンドライクカーボン)、i-C(アイカーボン)、硬質炭素などと呼称される薄膜状の材料が通常用いられている。
【0003】
非晶質炭素皮膜は、粒界を持たない(明確な結晶構造を持たない)アモルファス構造体であるため、高硬度と高靭性とを両立しかつ低摩擦特性をも有する特長がある。このことから、非晶質炭素皮膜は、TiNやCrNなどの結晶性の硬質皮膜と比較して機械的摩耗に対する耐久性が優れているとされている。そのため、非晶質炭素皮膜を摺動面に形成した摺動部品には、燃費の低減や部品の長寿命化に寄与することが期待されている。
【0004】
非晶質炭素皮膜は一般的に炭素原子と水素原子とで構成される硬質皮膜であるが、第三元素が添加された非晶質炭素皮膜も複数提案されている。例えば、特許文献1(特開2007−23356)には、炭素を主成分とし、30 at%超50 at%未満の水素と1.5 at%以上20 at%以下の珪素とを含有する非晶質炭素からなる摺動層が開示されている。特許文献1によると、該摺動層が有する自己平滑性と摺動面に形成されるシラノールとにより、摺動部材の低摩擦化が可能とされている。
【0005】
特許文献2(WO 03/029685)には、1〜50 at%の範囲で珪素または窒素の少なくともいずれかを含有する非晶質硬質炭素膜が開示されている。特許文献2によると、駆動系潤滑油を用いた湿式摺動条件において、安定して高い摩擦係数と良好な摩擦係数−速度依存特性とを有し、かつ耐摩耗性に優れ、相手攻撃性の低い高摩擦摺動部材が得られるとされている。
【0006】
特許文献3(特開2001−316686)には、基材の上に硬質炭素皮膜を形成しかつ潤滑油中で使用される摺動部材において、元素周期律表の第IIb、III、IV、Va、Via、VIIaおよびVIII族のうちから選ばれる少なくとも1種の金属元素が5〜70 at%添加された硬質炭素皮膜を少なくとも表面層に形成した摺動部材が開示されている。特許文献3によると、Mo-DTC(ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン)およびZn-DTP(ジチオリン酸亜鉛)が添加された潤滑油環境下で、硬質炭素皮膜の表面に潤滑油添加剤の皮膜が形成されやすくなり、優れた低摩擦特性を示すとされている。
【0007】
特許文献4(特開2006−2221)には、クロムと炭素とを主成分とし、クロムの含有率が5〜16 at%であるクロム含有ダイヤモンド状炭素膜を被コーティング材の最表面に被覆した摺動部材が開示されている。特許文献5によると、該クロム含有ダイヤモンド状炭素膜は、無潤滑、劣潤滑下でも低摩擦で良好な摺動特性が得られるとされている。
【0008】
特許文献5(特開2008−195903)には、Mo-DTCなどの有機モリブデン化合物を少なくとも含む潤滑油が存在する環境下での摺動構造において、一対の摺動部材のうち少なくとも一方の摺動面に水素元素を含む非晶質炭素被膜が形成され、前記非晶質炭素被膜には前記有機モリブデン化合物からの三酸化モリブデンの生成を抑制するための抑制元素が含まれている摺動構造が提案されている。具体的には、前記抑制元素として、例えば硫黄、マグネシウム、チタン、またはカルシウムのうちの少なくとも1種類の元素を添加した非晶質炭素被膜を形成し、摺動中に発生する摩耗粉により該抑制元素を潤滑油中に供給する(介在させる)ことが開示されている。
【0009】
Shinyoshi等は非特許文献2において、Jia等は非特許文献3において、Mo-DTCを含有する潤滑油中における非晶質炭素皮膜の摩耗に関する研究を報告している。これらの文献によると、潤滑油中のMo-DTCは摺動環境下で熱分解して二硫化モリブデンと酸化モリブデンとを生成し、このうち特に三酸化モリブデンが非晶質炭素皮膜の摩耗に強く関与しているとされている。ただし、その摩耗メカニズムに関する見解は該文献間で異なっている。非特許文献2では、三酸化モリブデンと非晶質炭素皮膜との間で酸化還元反応が起こり、非晶質炭素皮膜は炭酸ガスなどに変化して摩耗するとしている。一方、非特許文献3では、硬質で鋭利な形状を持つ三酸化モリブデンによって非晶質炭素皮膜が機械的に摩耗するとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2007−23356号公報
【特許文献2】WO03/029685号公報
【特許文献3】特開2001−316686号公報
【特許文献4】特開2006−2221号公報
【特許文献5】特開2008−195903号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】T. Shinyoshi, Y. Fuwa, and Yoshinori Ozaki: “Wear Analysis of DLC Coating in Oil Containing Mo-DTC”, SAE 2007 Trans. Journal of Fuels and Lubricants 116 2007-01-1969.
【非特許文献2】Z. Jia, P. Wang, Y. Xia, H. Zhang, X. Pang, and B. Li: “Tribological behaviors of diamond-like carbon coatings on plasma nitrided steel using three BN-containing lubricants”, Applied Surface Science 255 (2009) 6666-6674.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
一般的に、非晶質炭素皮膜は高硬度かつ低摩擦性を有し、加えて高い耐摩耗性をも有する皮膜として知られている。しかしながら、非特許文献1、2や特許文献5で報告されているように、摩擦調整剤として知られるMo-DTC(ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン)やMo-DTP(ジチオリン酸モリブデン)等のモリブデン化合物を含有した潤滑油が共存した摺動環境の場合、非晶質炭素皮膜の摩耗が著しく大きくなる場合があり問題となっていた。ここで、非特許文献1、2における見解の相違からも推察できるように、現段階において摩耗メカニズムの定説は学術的にも未だ確立されていない。
【0013】
一方、環境保護や省エネルギー化への要求は近年ますます強まっており、自動車部品に代表される各種摺動部品での低摩擦性・耐摩耗性の更なる向上は、極めて重要な課題である。また、特許文献5に記載の発明は、非特許文献1の見解に近い摩耗メカニズムを想定した立場で問題の解決を試みたものであるが、本発明者等の確認実験ではその効果は完全に十分と言えるものではなかった。これは、摩耗メカニズム自体が未解明であることがその要因の1つと考えられた。言い換えると、上記の課題を解決するためには、該摩耗メカニズムを解明することがポイントと考えられた。
【0014】
したがって、本発明の目的は、上記の課題を克服するため、非晶質炭素皮膜の摩耗メカニズムを解明し、摩擦調整剤を含有した潤滑油が共存した摺動環境において従来技術よりも良好な低摩擦性と高い耐摩耗性とを兼ね備えた摺動部品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、摩擦調整剤としてモリブデン化合物を含有した潤滑油が共存する環境下で摺動試験を系統的に行い、摺動試験後の試験片および潤滑油を詳しく調査し、さらに各種の熱分析および構造解析を実施することによって非晶質炭素皮膜の摩耗メカニズムを解明した(詳細は後述する)。本発明は、その重要かつ新規な知見に基づいて完成されたものである。
【0016】
本発明の1つの態様は、上記目的を達成するため、次のような特徴を有する。
本発明に係る摺動部品は、モリブデン化合物を含有する潤滑油が共存する環境下で使用される摺動部品であり、該摺動部品を構成する基材の最表面に硬質保護層が形成された摺動部品であって、
前記硬質保護層は、炭素、窒素および金属元素を主成分とし、かつ窒素を含有する炭素非晶質体と前記金属元素の化合物結晶体との複合体により構成され、前記化合物結晶体は金属炭化物、金属窒化物および金属炭窒化物のうちの少なくとも1つであり、前記硬質保護層の表面硬度が1800以上のビッカース硬度である。
【0017】
また、本発明の他の態様は、上記目的を達成するため、次のような特徴を有する。
本発明に係る摺動部品の製造方法は、モリブデン化合物を含有する潤滑油が共存する環境下で使用される摺動部品でその最表面に硬質保護層が形成された摺動部品であり、前記硬質保護層が、炭素、窒素および金属元素を主成分とし、かつ前記窒素を含有する炭素非晶質体と前記金属元素の化合物結晶体との複合体により構成され、前記化合物結晶体が金属炭化物、金属窒化物および金属炭窒化物のうちの少なくとも1つであり、前記硬質保護層の表面硬度が1800以上のビッカース硬度である摺動部品の製造方法であって、
前記硬質保護層の形成は、非平衡マグネトロンスパッタ装置を用いた反応性スパッタ法によって行われ、ターゲット材としてグラファイトターゲットと、クロム、チタンおよびタングステンから選ばれる1種類以上の金属元素を含むターゲットとを用い、反応ガスとして炭化水素ガスと窒素ガスとを用いる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、摩擦調整剤を含有した潤滑油が共存した摺動環境において従来技術よりも良好な低摩擦性と高い耐摩耗性とを兼ね備えた摺動部品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明に係る摺動部材の1例の断面模式図と該断面における組成分布のイメージ図である。
【図2】本発明に係る摺動部材の他の1例の断面模式図と該断面における組成分布のイメージ図である。
【図3】実施例1、実施例8、比較例1、比較例7における透過型電子顕微鏡で観察した硬質保護層の断面の明視野像である。
【図4】実施例1の高分解能観察像である。
【図5】実施例5におけるX線光電子分光スペクトルである。
【図6】往復摺動試験の方法を示す模式図である。
【図7】往復摺動試験後の硬質皮膜(実施例1および比較例1、5、9、10)の表面観察像である。
【図8】往復摺動試験において摩滅によって基材が露出した長さ(摩滅幅)を比較した図である。
【図9】往復摺動試験中(往復回数:〜6×105回)における摩擦係数の変化を示すグラフである。
【図10】短冊状試験片(実施例1および比較例1、4〜7、10)の硬質皮膜表面にロックウェル圧子を押込んだときのロックウェル圧痕周囲の観察像である。
【図11】本発明に係る摺動部材の摺動環境を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
[摩耗メカニズムの解明]
前述したように、本発明者らは、摩擦調整剤としてモリブデン化合物(具体的にはMo-DTC)を含有した潤滑油(具体的にはエンジンオイル)が共存する環境下で摺動試験を系統的に行い、摺動試験後の試験片および潤滑油を詳しく調査し、さらに各種の熱分析および構造解析を実施することによって非晶質炭素皮膜の摩耗メカニズムを解明した。以下、その実験・調査について説明する。
【0021】
従来、非晶質炭素皮膜の摩耗メカニズムとしては、(1)摩擦熱による皮膜表面の脆弱化、(2)化学反応による皮膜表面の脆弱化、(3)摺動による脆弱箇所の機械的摩耗、および(4)硬質介在物による脆弱箇所の機械的摩耗、が提唱されていた。非特許文献1は(1)〜(3)のメカニズムを報告しており、非特許文献2は(1)と(4)のメカニズムを報告している。なお、(2)や(4)の過程を含まない摺動環境下(例えば、モリブデン化合物の摩擦調整剤を含まない潤滑油環境下や、潤滑油自体を用いない摺動環境下)では、化学的および機械的作用により摩耗を助長する要因が無く、非晶質炭素皮膜は高い耐摩耗性を示すことが知られている。
【0022】
まず、摩擦熱による皮膜表面の脆弱化について実験・調査した。非晶質炭素皮膜(例えばDLC皮膜)を350℃以上の温度で熱処理した場合、該非晶質炭素皮膜は、ラマン散乱スペクトルにおけるD-Peak強度が大きくなるような構造変化を生じ、熱力学的により安定であるが機械的に脆弱なミクロ構造へ変化することが知られている。実際、熱処理を施したDLC皮膜に対して透過型電子顕微鏡によるミクロ構造観察やラマン散乱分光法による解析を実施したところ、炭素原子同士の結合がダイヤモンド性のsp3結合からグラファイト性のsp2結合に変化し、粒径が0.1〜100 nmのグラファイトクラスターを形成していることが確認された。
【0023】
非晶質炭素皮膜の表面は摺動中の摩擦熱によって加熱されて脆弱化することが危惧される。そこで、Mo-DTCを含まないエンジンオイルを用いて摺動試験を行った。摺動試験後に回収したエンジンオイルを詳細に調査した結果、オイル中に排出された非晶質炭素皮膜の摩耗粉(摩耗粉の絶対量は少ない)は、試験前の皮膜成分そのもの(DLC)ではなく、グラファイト性の構造で構成された炭素固体であることが確認された。この調査結果から、前記(1)と(3)の摩耗メカニズムは少なくとも存在すると考えられた。
【0024】
次に、摩擦調整剤として通常添加されるMo-DTCの影響について実験・調査した。Mo-DTCを含有したエンジンオイルを用いた摺動においては、化学的に活性でかつ硬質のモリブデン化合物が生成することが知られている。実際にMo-DTCを含有したエンジンオイルを用いた摺動試験後に回収したオイル中や試験片の表面には、Mo-DTCの摺動生成物であるモリブデン硫化物およびモリブデン酸化物が存在することが確認された。
【0025】
そこで、モリブデン硫化物およびモリブデン酸化物の影響を確認するために、次のような追加試験を行った。まず、炭素よりも高い酸化反応性を有しかつ炭化物を形成しにくいアルミニウム(Al)元素を添加した非晶質炭素皮膜を作製し、Mo-DTC含有エンジンオイルを用いた摺動試験を実施した。これは、前記(2)の摩耗メカニズム(すなわち、モリブデン化合物との化学反応(酸化還元反応)による摩耗助長作用)が強く影響するならば、非晶質炭素皮膜中のAl成分が犠牲酸化反応を示して非晶質炭素皮膜の摩耗を抑制するはずであると考えたためである。しかしながら試験の結果、Al添加非晶質炭素皮膜の摩耗は十分大きく、Alの犠牲酸化による顕著な摩耗抑制効果は確認されなかった。
【0026】
次に、Mo-DTCを含まないエンジンオイルを用いる一方で、化学安定性が高くかつ硬質のアルミナ粒子を該エンジンオイル中に混入させて摺動試験を実施した。これは、前記(4)の摩耗メカニズム(すなわち、硬質介在物による摩耗助長作用)を検証する実験であり、化学的に安定なアルミナ粒子を用いることによって化学反応(酸化還元反応)に因らない非晶質炭素皮膜の摩耗が観察されると考えたためである。その結果、非晶質炭素皮膜の摩耗は、硬質粒子が存在しないオイル中での摺動試験よりも非常に大きな摩耗を示したが、Mo-DTCを含有したオイル中での摺動試験よりも摩耗が少なかった。また、オイル中に排出された非晶質炭素皮膜の摩耗粉を調査したところ、グラファイト性の構造で構成された炭素固体であることが確認された。
【0027】
上記の結果は、非特許文献1で報告されている酸化還元反応による摩耗よりも、非特許文献2で報告されている硬質介在物による影響の方が大きいことを示唆している。また、アルミナ粒子よりも硬度が小さいモリブデン化合物による摩耗の方が大きかったことから、酸化還元反応による摩耗助長作用も少なからず存在すると考えられた。さらに、摩耗粉がグラファイト性構造であったことから、ダイヤモンド性構造からグラファイト性構造への変化が生じることが摩耗の始まりと考えられた。以上の実験・調査結果を総合すると、非晶質炭素皮膜の摩耗メカニズムは、前記(1)〜(4)のメカニズムが全て複合した「化学機械摩耗」であると考えられた。
【0028】
自動車部品などのように潤滑油が共存する摺動環境において、低燃費性能や部品寿命を更に向上させるために、潤滑油中での低摩擦特性と高硬度特性と高靭性に加えて、上記の化学機械摩耗に対する耐久性(耐摩耗性)とを併せ持つ硬質皮膜と該硬質皮膜が形成された摺動部品が強く望まれている。
【0029】
ここで、金属同士の摺動箇所におけるモリブデン化合物による摩擦軽減効果は顕著であり、現在、多くの種類の潤滑油に摩擦調整剤が添加され積極的に利用されている。かかる状況において、非晶質炭素皮膜の摩耗を抑制するためだけに摩擦調整剤を含まない潤滑油を用いることは、現実的な対応ではない。すなわち、上述したような摩耗メカニズムを理解した上で、非晶質炭素皮膜に対して本質的な対策をとる必要がある。本発明者等は、非晶質炭素皮膜の構造(炭素原子同士の結合)においてダイヤモンド性構造からグラファイト性構造への変化が生じることが摩耗の初期過程であるという点に着目し、非晶質炭素皮膜の構造安定化を図ることを本発明の出発点とした。
【0030】
以下、本発明に係る実施形態について、図面を参照しながら説明する。ただし、本発明はここで取り上げた実施形態に限定されることはなく、要旨を変更しない範囲で適宜組み合わせや改良が可能である。
【0031】
前述したように、本発明に係る摺動部品は、モリブデン(Mo)化合物を含有する潤滑油が共存する環境下で使用される摺動部品であり、該摺動部品を構成する基材の最表面に硬質保護層が形成された摺動部品であって、
前記硬質保護層は、炭素(C)、窒素(N)および金属元素を主成分とし、かつ窒素を含有する炭素非晶質体と前記金属元素の化合物結晶体との複合体により構成され、前記化合物結晶体は金属炭化物、金属窒化物および金属炭窒化物のうちの少なくとも1つであり、前記硬質保護層の表面硬度が1800以上のビッカース硬度(Hv)であることを特徴とする。
【0032】
また、本発明は、上記の発明に係る摺動部品において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(i)前記硬質保護層は、炭素、窒素および前記金属元素の合計を100原子%とした場合の原子比で、炭素が59原子%以上であり、窒素が0.1原子%以上35原子%以下であり、前記金属元素が0.05原子%以上38原子%以下であり、窒素と前記金属元素との合計が5原子%以上である。
(ii)前記硬質保護層は、25原子%以下の水素(H)、18原子%以下の酸素(O)、および5原子%以下のアルゴン(Ar)を更に含む。
(iii)前記金属元素がクロム(Cr)、チタン(Ti)およびタングステン(W)の少なくとも1種である。
(iv)前記複合体は、前記炭素非晶質体の母相中に粒径0.1 nm以上100 nm以下の前記化合物結晶体が分散して構成されており、前記硬質保護層中における前記化合物結晶体の体積率が0.08体積%以上76体積%以下で、前記化合物結晶体の数密度が10-6個・μm-3以上1012個・μm-3以下である。
(v)前記複合体は、前記炭素非晶質体の層と前記化合物結晶体の層とが交互に積層して構成されており、前記硬質保護層中における前記化合物結晶体の体積率が30体積%以上76体積%以下で、前記前記化合物結晶体の層の厚さが1 nm以上50 nm以下で、前記炭素非晶質体の層の厚さが0.3 nm以上100 nm以下である。
(vi)前記摺動部品は、前記硬質保護層と前記基材との間に複数の中間層が介在し、前記複数の中間層は、前記基材の直上に形成され前記金属元素からなる第1中間層と、前記第1中間層の直上に形成され前記金属元素と前記金属炭化物とからなる第2中間層と、前記第2中間層の直上に形成され前記金属炭化物と前記炭素非晶質体とからなる第3中間層とを備える。
(vii)前記摺動部品は、内燃機関内に配されるバルブリフタ、アジャスティングシム、カム、カムシャフト、ロッカーアーム、タペット、ピストン、ピストンピン、ピストンリング、タイミングギア、タイミングチェーン、およびオイルポンプ内に配されるドライブギア、ドリブンギア、ロータ、ベーン、カムのいずれかである。
(viii)前記潤滑油がエンジンオイルであり、前記モリブデン化合物がジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン(Mo-DTC)またはジチオリン酸モリブデン(Mo-DTP)である。
【0033】
[硬質皮膜の構成]
本発明の硬質保護層は、本来高硬度かつ高靭性を有する非晶質炭素を主体とし、該非晶質炭素の脆弱化を抑制するミクロ構造を付加した複合体である。これにより前述した化学機械摩耗に対して優れた耐久性を示す。同時に、本発明の硬質保護層は、金属元素が適量添加されていることによって、油性添加剤、極圧添加剤および摩擦低減剤などとの相互作用を活発化し、これらの添加剤を含む潤滑油中での使用においても優れた低摩擦特性を示す。
【0034】
摩擦熱によって引き起される非晶質炭素皮膜の構造変化は、炭素原子同士の結合の変化によるものであり、炭素原子の一部を窒素原子によって置換することにより構造変化を起こりづらくする効果がある。また、炭素非晶質体中に形成される金属炭化物、金属窒化物および金属炭窒化物の化合物結晶体は炭素非晶質体よりも熱化学安定性が高く、複合体(硬質保護層)全体の耐熱性向上に効果がある。中でも金属窒化物は熱化学安定性が高くその効果が大きい。これらの効果が複合的に作用する結果、硬質保護層の化学機械摩耗を抑制することができる。また、硬質保護層に添加する窒素および金属元素の量を制御することにより、硬質皮膜として望まれる1800以上のビッカース硬度を確保することができる。
【0035】
非晶質炭素皮膜の化学機械摩耗の抑制に関しては窒素の添加が最も効果が大きいが、35原子%より多い窒素を添加すると非晶質炭素皮膜の硬度が低下することから好ましくない。また、0.1原子%未満の窒素添加では効果が不十分である。なお、窒素のみの添加は、非晶質炭素皮膜の硬度が低下して機械的摩耗を起こしやすくなると共に、潤滑油中での摩擦係数が高くなる傾向がある。
【0036】
一方、金属元素の添加に関しては、38原子%より多く添加すると非晶質炭素皮膜特有の高靭性が劣化することから好ましくない。また、0.05原子%未満の金属元素添加では、化合物結晶体の生成量が少な過ぎて上述の効果が不十分である。金属元素としては、硬質の炭化物、窒化物および炭窒化物を生成するクロム、チタンおよびタングステンの少なくとも1種であることが好ましい。なお、金属元素のみを添加した場合、非晶質炭素皮膜の構造変化を抑制する効果が小さいことから化学機械摩耗の抑制効果が不十分になると共に、靭性を劣化させる要因になりやすい。
【0037】
炭素、窒素および金属元素の合計を100原子%とした場合の原子比で、非晶質炭素皮膜(硬質保護層)は、炭素が59原子%以上であり、窒素が0.1原子%以上35原子%以下であり、前記金属元素が0.05原子%以上38原子%以下であり、窒素と金属元素との合計が5原子%以上であることが好ましい。このような組成範囲に制御することにより、好ましいミクロ構造を形成し硬質保護層の表面硬度を1800以上のビッカース硬度とすることができる。硬質保護層の硬度がこれに満たない場合、摺動中に基材の変形量が増大しやすくなり、界面剥離を引き起こす要因となることから好ましくない。
【0038】
本発明のように、窒素および金属元素を複合添加した非晶質炭素皮膜(硬質保護層)は、窒素による置換構造と金属炭化物の結晶生成とに加え、より高い熱化学安定性を持つ金属窒化物や金属炭窒化物が生成し、潤滑油中での低摩擦特性、高硬度特性、高靭性、および化学機械摩耗に対する抑止力を同時に満たすことができる。さらに、硬質保護層中の金属元素は、潤滑油中のモリブデン化合物との相互作用により優れた低摩擦特性を得ることができる。
【0039】
図11は、本発明に係る摺動部材の摺動環境を示す模式図である。図11に示したように、本発明に係る摺動部材1は、基材3の摺動面に硬質皮膜2が形成されており、モリブデン化合物を含有する潤滑油8を介して相手部材9と摺動するものである。なお、基材3の材料としては、鉄鋼材料が好ましく用いられるが、それに限定されるものではない。
【0040】
図1は、本発明に係る摺動部材の1例の断面模式図と該断面における組成分布のイメージ図である。図1に示したように、硬質皮膜2の最表面層である硬質保護層20は、窒素を含有する炭素非晶質体4の母相中に、金属炭化物、金属窒化物および金属炭窒化物のうちの少なくとも1種の化合物結晶体の粒子5aが微細分散した複合体である。本発明の硬質皮膜2は硬質保護層20の単層膜でも良いが、硬質保護層20に加え、組成が傾斜的に変化している中間層21〜23を設けた多層構造にするとさらに優れた特性を発現する(詳細は後述する)。
【0041】
炭素非晶質体4が本来有する高靭性を維持するためには、分散する化合物結晶体の粒子5aの大きさを微細化することが望ましい。金属結晶学で知られるHall-Petchの式に類似の強化機構により、粒子の直径は小さいほど高靭性が得られる。さらに、炭素非晶質体4がダイヤモンド構造からグラファイト構造のクラスターに変化・成長する脆弱化過程を阻止する観点から、これら化合物結晶体の粒子5aのサイズをグラファイトクラスターと同程度の0.1〜100 nmの範囲に制御することが好ましい。
【0042】
化合物結晶体の粒子5aを硬質保護層20中に微細分散させた場合、化合物結晶体の粒子5aが占める体積率は0.08〜76体積%が好ましく、数密度は10-6〜1012個・μm-3が好ましい。化合物結晶体の体積率が規定より大きいと硬質保護層20の靭性が低下する。本発明においては、硬質保護層20に形成される化合物結晶体の粒子5aをナノスケールにまで微小化することが可能であり、前述の組成範囲で化合物結晶体の粒子5aの大きさを0.1〜100 nmの範囲に制御すると、体積率と数密度を好適な範囲に制御できる。なお、これらミクロ構造は、透過型電子顕微鏡による断面観察、X線回折法やX線光電子分光法による面分析などによって解析することができる。
【0043】
前述したように、硬質保護層20と基材3との間に中間層21〜23を設けた多層構造にすることは好ましい。このとき、基材3の直上に金属のみからなる第1中間層21を形成し、第1中間層21の直上に金属と金属炭化物からなる第2中間層22を形成し、第2中間層22の直上に金属炭化物と非晶質炭素からなる第3中間層23を形成し、かつ中間層21〜23の厚さ方向の組成プロフィールが基材3との界面から硬質保護層20との界面まで連続的に変化していることが望ましい(図1参照)。言い換えると、各中間層は上部にいくほど次層に近い組成を有する。このような多層構造を形成することにより、硬質皮膜2の内部応力が緩和されるとともに基材3との密着性が向上し、界面剥離を抑止して耐久性をさらに向上させることができる。
【0044】
図2は、本発明に係る摺動部材の他の1例の断面模式図と該断面における組成分布のイメージ図である。図2に示したように、硬質皮膜2’の最表面層である硬質保護層20’は、窒素を含有する炭素非晶質体4の層と、金属炭化物、金属窒化物および金属炭窒化物のうちの少なくとも1種の化合物結晶体の層5bとが交互に積層した複合体である。本発明の硬質皮膜2’は硬質保護層20’の単層膜でも良いが、硬質保護層20’に加え、前述と同様に組成が傾斜的に変化している中間層21〜23を設けた多層構造にするとさらに優れた特性を発現する。
【0045】
炭素非晶質体4の層と化合物結晶体の層5bとを交互に積層させた場合、化合物結晶体の層5bが占める体積率は30〜76体積%が好ましく、層5bの厚さは1〜50 nmが好ましく、層5bの間隔(炭素非晶質体4の層の厚さ)は0.3〜100 nmが好ましい。化合物結晶体の層5bの体積率が30体積%に満たない場合は、層状のミクロ構造を形成することが困難になる。層5bの厚さに関しては、薄くなるほど基材3の変形に対する追随性が増して界面剥離を抑止できるが、硬質保護層20’の厚さに対して1/10より小さい50 nm以下であれば十分に機能を発揮する。なお、これらミクロ構造も先と同様に、透過型電子顕微鏡による断面観察、X線回折法やX線光電子分光法による面分析などによって解析することができる。
【0046】
上述したように、硬質保護層は、化合物結晶体が微粒子状または層状に分布するいずれのミクロ構造でも良好な特性を有する。微粒子状の場合は、硬質保護層の最表面に炭素非晶質体と化合物結晶体の両方が存在することから、化学機械摩耗に対して良好な耐久性を示す。また、層状の場合においても、各層(炭素非晶質体の層と化合物結晶体の層)の厚さが十分薄くかつ交互に積層されていることから、硬質保護層全体としては微粒子状の場合と同じ効果を発揮する。また、例えば、局所的に摩耗した時点で、硬質保護層の最表面に炭素非晶質体と化合物結晶体の両方が存在することになる。なお、図2においては、炭素非晶質体の層と化合物結晶体の層とが最表面に対して平行に描かれているが、それに限定されるものではなく、積層状態が最表面に対して斜めに形成されていてもよい。その場合は、はじめから硬質保護層の最表面に炭素非晶質体と化合物結晶体の両方が存在することになる。
【0047】
潤滑油には、通常様々な添加剤が添加されている。例えば、摩擦摩耗低減に効果的な添加剤として、脂肪酸・アルコールおよびエステルなどの油性添加剤、硫黄系およびりん系などの極圧添加剤、ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン(Mo-DTC)などの摩擦低減添加剤や、複合的な効能を持つジアルキルジチオりん酸亜鉛(Zn-DTP)などの複合添加剤が広く普及している。従来、これら添加剤を活性化することによる低摩擦化が検討されてきた。
【0048】
特に、Mo-DTCやMo-DTPに代表される摩擦低減添加剤は、摺動中の摩擦熱等によりMoS2やMoO3などを生成するモリブデン化合物であり、これらの生成により摺動面を低摩擦化できることが知られている。また、この生成反応は摺動部品の材料の影響を受け、特にIVa族、Va族およびVIa族に属する金属元素が存在すると反応が促進されることが知られている。しかしながら、従来の硬質皮膜(非晶質炭素皮膜)は、低摩擦化のために生成させたMoS2やMoO3等によって、逆に摩耗が進行してしまうという問題があった。
【0049】
これに対し、本発明の硬質保護層は、前述のミクロ構造を採用することによってMoS2やMoO3等による化学機械摩耗に対する高い耐久性(耐摩耗性)を有する。加えて、本発明の硬質保護層は、金属元素としてクロム、チタンおよびタングステンの少なくとも1種を十分な量で含むことからMoS2やMoO3等の生成効率を上げることができ、更に優れた低摩擦特性を発揮することが可能である。なお、いずれの金属元素でも優れた低摩擦特性を得ることが可能であるが、特にモリブデンと同属元素であるクロムの添加は、各種モリブデン化合物を表面に吸着しやすく、摩擦低減効果が最も大きい。
【0050】
一方、面圧が非常に大きい摺動環境または潤滑油が十分に行き届かない摺動環境などの場合は、硬質保護層中の金属元素の含有量を規定最大量の半分程度(例えば、0.05〜17原子%の範囲に)制御することが好ましい。また、低摩擦特性をより優先する場合においては、モリブデン化合物の生成効率を高める金属元素を十分に含有させ、窒素の含有量を少なめに(例えば、0.1〜2原子%の範囲に)制御することが好ましい。
【0051】
本発明に係る摺動部品は、自動車用などの摺動部品、特にモリブデン化合物を含有する潤滑油を使用した摺動環境下で使用されるものに好適である。例えば、内燃機関の摺動部品としては、バルブリフタ、アジャスティングシム、カム、カムシャフト、ロッカーアーム、タペット、ピストン、ピストンピン、ピストンリング、タイミングギア、およびタイミングチェーン等が挙げられる。また、オイルポンプ内の摺動部品としては、ドライブギア、ドリブンギア、ロータ、ベーン、およびカム等が挙げられる。ただし、本発明はこれらに限定されるものではなく、他の用途の摺動部品としても広く適用可能である。
【0052】
[製造方法]
本発明の硬質皮膜の製造方法としては、スパッタ法や、プラズマCVD法、イオンプレーティング法など既存の方法を用いることができるが、硬質保護層の製造方法としては、反応性スパッタ法を用いることが特に好ましい。反応性スパッタ法は、皮膜表面を平滑に作製でき、かつ金属元素、窒素および炭素を複合した硬質皮膜を作製しやすい成膜方法である。また、イオン化し難い炭素を供給するために炭化水素ガスを用いて反応性スパッタ法を実施することにより、より硬質の皮膜を作製することができる。
【0053】
反応性スパッタ法を実施するにあたり、非平衡マグネトロンスパッタ装置を用いることが好ましい。従来のスパッタ装置を用いた場合、プラズマは主にターゲット付近で励起され、被成膜材である基材付近で高い励起状態を保つことが困難である。これに対し、非平衡マグネトロンスパッタ装置を用いる反応性スパッタ法では、より基材側でのプラズマ密度を高めることが可能である。
【0054】
ターゲット材としてはグラファイトターゲットと、クロム、チタンおよびタングステンから選ばれる1種類以上の金属元素を含むターゲットとを用い、反応ガスとしては炭化水素ガスと窒素ガスとを用いる。また、プラズマを制御するためにアルゴンガスを用いる。窒素ガスはターゲット付近で一旦励起されて窒素プラズマを形成した後に、その高い励起状態を保ったまま基材に送達される。同時に、イオン化された炭素および各ターゲットから励起された原子に関しても、高い励起状態を保ったまま基材に送達される。その結果、窒素成分を非晶質炭素皮膜中に効率良く取り込むことができるとともに、金属窒化物や、金属炭窒化物、金属炭化物を効率良く生成することができる。
【0055】
上記の製造方法で硬質保護層を成膜すると、水素とアルゴンが不可避的に混入する。その場合でも、水素を25原子%以下、アルゴンを5原子%以下に制御することが好ましい。該規定の範囲を超えると、硬質保護層が脆弱化することから好ましくない。また、成膜した硬質保護層を大気中に曝露すると、表面酸化などにより酸素が硬質保護層中に侵入することがある。その場合でも、酸素を18原子%以下とすることが好ましい。硬質保護層の最表面での酸素量を18原子%以下に抑制すれば、表面から深さ0.1μm程度の位置では2原子%以下に抑えることができる。この範囲であれば、硬質保護膜の特性に悪影響を及ぼさない。なお、「原子%」の各数値は、前述したように、炭素、窒素および金属元素の合計を100原子%とした場合の原子比である。
【0056】
スパッタ法では、一般的に、異物の付着(パーティクル)や異常放電によるクレータが形成されることがある。直径10μm以上の大きい欠陥部(パーティクルやクレータ等)が硬質保護層の表面に存在すると、摺動中に該欠陥部を起点として界面剥離が発生する場合があるため好ましくない。そのため、硬質保護層の表面に、直径が10μm以上の欠陥部が形成されないように成膜プロセスを制御する必要がある。
【0057】
また、非晶質体と結晶体との複合体である本発明の硬質保護層において、非晶質体は粒形状を形成することがほとんど無く、結晶体が非晶質体中で微粒子状または層状のいずれかのミクロ構造で分布する。このとき、結晶体と非晶質体の体積が同程度のときに層状組織のミクロ構造を形成しやすいが、成膜におけるプロセスパラメータ(例えば、基材の移動速度、真空度、ターゲット電力、基材バイアス電圧など)によっても制御できる。
【実施例】
【0058】
以下、実施例により本発明の具体例を詳細に説明する。なお、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0059】
まず、非平衡マグネトロンスパッタ装置にて直径10μm以上のクレータを有する硬質保護層を意図的に成膜した試験片を作製した。該試験片に対し、Mo-DTC非含有のエンジンオイル(粘度指標:5W-30)を用いて往復摺動試験に供したところ、クレータを起点とする界面剥離が発生し基材が大きく露出した。この結果を受けて、後述の表1〜3に記載された反応性スパッタ法による摺動部材の全ての試験片(実施例1〜24および比較例1〜9、11〜16、19、21)は、直径10μm以上のクレータが発生しないプロセス条件で作製した。
【0060】
(実施例1の作製)
実施例1の摺動部材サンプルの作製方法は下記のとおりである。非平衡マグネトロンスパッタ装置内に、鉄鋼基材、金属ターゲットおよびグラファイトターゲットをセットし、アルゴンガス、炭化水素ガスおよび窒素ガスを導入しながら反応性スパッタ法により鉄鋼基材表面に硬質保護層を形成した。
【0061】
まず、アルゴンガスを流入させて金属ターゲットに電力を投入し、金属のみからなる第1中間層21を形成した。次に、アルゴンガスおよび炭化水素ガスを流入させて金属ターゲットおよびグラファイトターゲットの投入電力を連続的に変化させ、金属と金属炭化物からなる第2中間層22と、金属炭化物および非晶質炭素からなる第3中間層23を形成した。最後に、アルゴンガス、炭化水素ガスおよび窒素ガスを流入させ、金属ターゲットおよびグラファイトターゲットに電力を投入し、硬質保護層を形成した。
【0062】
実施例1では、原材料として、純度99.9質量%以上のチタンターゲットと、純度99.9質量%以上の炭素を含むグラファイトターゲットと、純度99.999質量%以上のアルゴンガスと、純度99.999質量%以上の窒素ガスと、純度99.999質量以上のメタンガスとを用いた。また、硬質保護層の成膜プロセス条件は、「グラファイト 対 チタン」のターゲット投入電力比率を100:3とし、「アルゴン 対 窒素 対 メタン」のガス流量比率を100:40:5とし、膜厚が1.9μmとなるように成膜時間を調整した。X線光電子分光法を用いて作製した硬質保護層の組成分析を行ったところ、「金属元素 対 窒素 対 炭素」の原子比は17:18:65であった。
【0063】
(実施例2〜16、比較例1〜9および11〜16の作製)
実施例1と同様の手順によって、実施例2〜16、比較例1〜9および11〜16のサンプルを作製した。このとき、ターゲットの金属種、ターゲット投入電力、ガス流量、および成膜時間をそれぞれ調整し、異なる組成や膜厚を有する硬質保護層を成膜した(後述する表1〜2参照)。
【0064】
実施例2、実施例3および実施例4は膜厚を変化させて作製した例である。実施例5はチタン濃度を減少させて作製した。金属ターゲットにチタンを用いた実施例1に対し、実施例6では、金属ターゲットにクロム(純度99.99質量%以上)を用いた。また、実施例7は窒素濃度を減少させた例である。実施例8、実施例9および実施例10はクロム濃度を変化させて作製した例である。実施例11では、金属ターゲットにタングステン(純度99.999質量%以上)を用いた。
【0065】
また、比較例1は金属元素および窒素を含有させずに作製した例である。比較例2および比較例3は、チタンを添加したが、窒素を含有させずに作製した。比較例4および比較例5はクロムを添加したが、窒素を含有させずに作製した。比較例6はタングステンを添加したが、窒素を含有させずに作製した。比較例7は金属ターゲットにアルミニウム(純度99.999質量%以上)を用い窒素を含有させずに作製した。比較例8は金属元素および窒素の合計添加量が本発明の規定を外れた例である。比較例9は金属元素を本発明の規定よりも多く添加して膜硬度が低下した例(Hv=1600)として作製した。
【0066】
(比較例10、17および18の作製)
比較例10、17および18は、アークイオンプレーティング装置内に、グラファイトターゲットを配し、鉄鋼基材表面に硬質保護層を成膜した例である。はじめに、グラファイトターゲットをカソードとして電力を投入してアーク放電を起こし、非晶質の単層膜を成膜した。次に、成膜中に膜表面に付着したドロップレット(ターゲットから発生する炭素塊)を取り除くために、アークイオンプレーティング装置から取り出した試験片に対してラッピング処理を施した。得られた硬質保護層は、水素およびアルゴンを含まず炭素のみからなる膜(炭素100原子%)であり、膜硬度がHv=8000であった。
【0067】
[サンプルの観察・測定]
上記実施例1〜16、比較例1〜18で作製したサンプルに対して各種の観察・分析・測定を行った。ミクロ構造、化学結合形態および組成は、透過型電子顕微鏡、X線回折法およびX線光電子分光法により分析した。ただし、X線光電子分光法は、エネルギー分解能の関係で組成の測定精度が数原子%である。そのため、添加元素の含有量が1原子%以下のサンプルの組成は、X線光電子分光法と、波長分散型特性X線分光法または蛍光X線分光法とを併用して分析した。また、水素の有無の分析は、弾性反跳粒子検出装置を併設したラザフォード後方散乱分析により実施した。さらに、Mo-DTC添加のエンジンオイルまたはMo-DTC無添加のエンジンオイル(ともに粘度指標:0W-20)中での往復摺動試験を行った。それぞれの結果一覧を表1、2に示す。
【0068】
【表1】
【0069】
【表2】
【0070】
(組織観察)
反応性スパッタ法で成膜した膜(実施例1〜16および比較例1〜9、11〜16)は、いずれも膜表面にクレータが存在しない平滑面であった。これに対し、アークイオンプレーティング法で成膜した比較例10、17、18の膜表面には、直径1μm以上のクレータが106個/mm2オーダーの数密度で存在し、直径10μm以上の大きいクレータが103個/mm2オーダーの数密度で存在した。これらは、成膜中に付着したドロップレットを取り除いた痕がクレータとして残存したものと考えられた。
【0071】
図3は、実施例1、実施例8、比較例1、比較例7における透過型電子顕微鏡で観察した硬質保護層の断面の明視野像である。図4は、実施例1の高分解能観察像である。実施例1の高分解能像を見ると(図4参照)、非晶質を示す不明瞭なコントラストの中に結晶質を示すモアレ縞が観察できる。X線回折法により別途計測した実施例1の化合物結晶体粒子の平均直径が約3 nmであったことから、透過型電子顕微鏡で観察される結晶粒子の大きさとX線回折法で計測する結晶粒子の大きさとが、ほぼ一致することが確認された。実施例1は、非晶質体中に数密度107個/μm3のオーダーで化合物結晶体粒子が分散したミクロ構造を有しており、化合物結晶体の体積率は約35体積%であった。また、実施例8では、厚さ2.0 nmの化合物結晶体の層と厚さ2.3 nmの非晶質体の層とが交互に積層したミクロ構造が観察され、化合物結晶体の体積率は46.5体積%であった。一方、金属元素や窒素を添加しなかった比較例1と、アルミニウムを添加した比較例7とは、均質な非晶質体のみが形成されていた。
【0072】
図5は、実施例5におけるX線光電子分光スペクトルである。実施例5は金属元素の添加量が少ないサンプルであり(表1参照)、X線光電子分光法によって原子の結合形態を分析した結果、化合物結晶体として金属窒化物のみが検出され、金属炭化物はほとんど検出されなかった。言い換えると、本発明に係る製造方法は、硬質保護層中に金属窒化物を金属炭化物よりも優先して生成しやすい製造方法であると言える。実施例5以外にも、金属元素の添加量が少ない実施例2〜4、9、10および比較例8では、金属窒化物の生成が確認され金属炭化物の生成は確認されなかった(表1参照)。また、金属元素の添加量が比較的多く、窒素を複合添加したサンプルでは、金属窒化物以外に金属炭化物および/または金属炭窒化物の生成が確認された。一方、窒素を添加せず金属元素のみを添加した比較例2〜7のうち、チタン、クロムまたはタングステンをそれぞれ添加した比較例2〜6は、いずれも硬質の金属炭化物を生成していた。これに対し、アルミニウムを添加した比較例7では、炭化物を形成せずに非晶質炭素の原子間に侵入してクラスター構造を形成していた。また、窒素を添加したサンプルでは、非晶質炭素の窒素置換が確認された。
【0073】
(往復摺動試験)
往復摺動試験は下記の方法で実施した。図6は、往復摺動試験の方法を示す模式図である。表面粗さがRa=0.02μmである短冊状の鉄鋼基材3’(材質:Cr-Mo合金鋼、形状:50 mm×15 mm×5 mmt)の表面上に硬質保護層2を成膜して短冊状試験片1’を作製した。往復摺動試験は、円筒状試験片6(材質:鋳鉄、形状:4 mmφ×11 mm)の側面と短冊状試験片1’の表面とを線接触させ、接触面にMo-DTC添加のエンジンオイルを1.0 ml/secの速度で金属管7から滴下しながら、短冊状試験片1’を往復摺動させて実施した。摺動条件としては、面圧を822 MPa(荷重784 N)、摺動速度を0〜1.6 m/sec、摺動幅を30 mm、摺動開始温度を110℃とした。短冊状試験片の温度は試験前に加熱して初期温度を110℃となるように設定したものであり、摺動中は摩擦熱によって150℃程度まで上昇した。往復回数を1.8×106回として摺動試験を実施し、硬質皮膜表面に0.1 mm以上の大きさの剥離箇所が確認されない場合に十分な耐久性を有する(○ 耐摩耗性あり)と判断した。なお、比較例11〜14、16、18では、Mo-DTC無添加のエンジンオイルを用いた。
【0074】
図7は、往復摺動試験後の硬質皮膜(実施例1および比較例1、5、9、10)の表面観察像である。図7に示したように、硬質皮膜の表面観察から、Mo-DTC添加のエンジンオイル中での摩耗現象には、膜厚が徐々に減少する摩滅(比較例1)と、界面剥離の領域が摺動方向に沿って線状に拡張する線状摩耗(比較例5、9)と、局所的な界面剥離が斑点状に存在する斑点状摩耗(比較例10)とがあることが確認された。摩滅は化学機械摩耗現象を抑制できていない場合に発生し、線状摩耗は硬質皮膜の硬度や靭性が不足している場合に発生し、斑点状摩耗は硬質皮膜にクレータ等の欠陥部が存在する場合に発生するものと考えられた。
【0075】
図8は、往復摺動試験において摩滅によって基材が露出した長さ(摩滅幅)を比較した図である。比較例1の結果を基準値「100」として、他の実施例および比較例を相対値で表した。反応性スパッタ法を用いて金属元素および窒素を含有させずに作製した非晶質炭素皮膜(比較例1)は、摩滅により基材表面が大きく露出した。これに対し、金属元素のみを添加した比較例2〜7の結果を見ると、比較例2、4で摩滅幅が改善したがその効果が不十分であった。金属元素濃度が高い比較例3、5、6では、摩滅による表面露出はほぼ無くなったが線状摩耗が発生した。
【0076】
また、アルミニウムを添加した比較例7は、摩滅幅が増大した。アルミニウムは酸化物生成自由エネルギーが低く、犠牲酸化反応の効果を持つと期待される元素であったが、本発明で解明した非晶質炭素皮膜の化学機械摩耗に対しては犠牲反応の効果を示さないことが判った。
【0077】
また、金属元素および窒素の合計添加量が本発明の規定を外れた比較例8は、摩滅幅が比較例1よりも改善したがその効果は不十分であった。金属元素を本発明の規定よりも多く添加した比較例9は、摩滅による表面露出はほぼ無くなったが線状摩耗が発生した。一方、本発明に係る実施例1〜10は、基材表面が露出せず(摩滅も線状摩耗も無く)良好な耐摩耗性を示した。また、実施例3および実施例4が優れた耐摩耗性を有していることから、膜厚に関して少なくとも0.4〜8μmの範囲で適用可能と言える(表1参照)。
【0078】
なお、アークイオンプレーティング法により作製した水素を含まない非晶質炭素皮膜(比較例10)では、ダイヤモンドに近い高硬度特性を有し、摩滅幅は比較例1の1/10程度であった。しかしながら、比較例10のサンプルの表面にはドロップレットを取り除いた痕であるクレータが存在するため、該クレータを起点とした界面剥離が斑点状に発生した(図7参照)。
【0079】
図9は、往復摺動試験中(往復回数:〜6×105回)における摩擦係数の変化を示すグラフである。潤滑油としてはMo-DTC添加のエンジンオイル(粘度指標:0W-20)を用いたものである。金属元素を添加した実施例1、実施例9、比較例3、比較例5および比較例7は、金属元素を添加していない比較例1や比較例10と比べて摩擦係数が低かった。これは、金属元素の添加が低摩擦化に有効であることを示唆している。特に、モリブデンと同属元素であるクロムを添加した実施例7および比較例4は最も低い摩擦係数を示し、チタンを添加した実施例1および比較例3はそれに準じる低い摩擦係数を示した。これらの金属元素はモリブデン化合物を吸着して二硫化モリブデン自己潤滑膜の形成を活発化させる効果を持つためと考えられた。
【0080】
同様にして、実施例12〜15および比較例11〜18に対して往復摺動試験を行った。ここでは、Mo-DTC添加のエンジンオイルとMo-DTC無添加のエンジンオイルとの比較を行った。その結果、表2に示したように、本発明に係る硬質保護層は、特にMo-DTC添加のエンジンオイル中で低摩擦化の効果が高く、かつ優れた耐摩耗性を有することが実証された。
【0081】
(ロックウェル圧痕試験)
図10は、短冊状試験片(実施例1および比較例1、4〜7、10)の硬質皮膜表面にロックウェル圧子を押込んだときのロックウェル圧痕周囲の観察像である。ロックウェル圧痕試験では、基材との密着性が悪い皮膜を試験した場合、一般的に圧痕周囲に界面剥離が観察されるが、実施例1〜11および比較例1〜10で密着性に起因すると思われる界面剥離は確認されなかった。ただし、圧痕周囲に剥離の起点となるクラックが確認されたものがあり、これは靭性が低かったためと判断された。
【0082】
図10に示したように、本発明に係る硬質皮膜(実施例1)、金属元素および窒素を含まない硬質皮膜(比較例1)、および化合物結晶粒子が生成しなかったアルミニウム添加の硬質皮膜(比較例7)は、クラックの発生が見られず高靭性を有していると考えられた。これに対し、金属元素のみを添加し金属炭化物粒子が生成された硬質皮膜であって添加量が比較的多いサンプル(比較例5、6)では、明らかなクラックが観察された。金属炭化物は硬質な結晶である(すなわち脆性な結晶である)ことから、金属炭化物のみが分散したミクロ構造が硬質皮膜の靭性を損ねたものと考えられた。この結果は、図7、8の結果(摩滅幅は減少したが界面剥離(線状摩耗)が発生した)と整合する。
【0083】
一方、比較例10のサンプルでは、ロックウェル圧痕周囲にクラックを発生させない高靭性を有していた。しかしながら、ドロップレットを取り除いた痕と思われるクレータが多数存在した。そして、これらのクレータが界面剥離の起点となり、往復摺動試験において斑点状摩耗を引き起した要因と考えられた(図7参照)。
【0084】
(実施例17〜24および比較例19〜22の作製と評価)
前述と同様の作製方法により、実際の自動車部品の表面に硬質皮膜を形成して実施例17〜24および比較例19〜22を作製した。実施例17〜20および比較例19、20は、直動式バルブシステムを模擬したモータリングエンジン内のバルブリフタ冠面に硬質皮膜を形成したものである。実施例21〜24および比較例21、22は、ベーン式オイルポンプのベーン表面に硬質皮膜を形成したものである。潤滑油としてMo-DTCを含有したエンジンオイル(粘度指数:0W-20)を用いて、実機耐久試験を実施し耐久性を評価した。結果を表3に示す。
【0085】
【表3】
【0086】
バルブリフタの実機耐久試験(実施例17〜20および比較例19、20)においては、荷重を実機の2倍相当に増大させた加速試験を実施し、試験後の硬質皮膜の損耗状況を調査した。その結果、比較例19はバルブリフタ冠面の全面で皮膜の損耗が観察され、比較例20は摺動速度が最大になる冠面中央部で著しい損耗が観察された。これに対し、実施例17〜20は優れた耐久性を示すことが実証された。
【0087】
ベーンの実機耐久試験(実施例21〜24および比較例21、22)においては、実機相当の速度で耐久試験を実施し、試験後の硬質皮膜の損耗状況を調査した。その結果、比較例21、22は、カムと摺動するベーン先端部、およびロータのエッジ部と摺動するベーン側面部においてが著しい皮膜損耗が観察された。これに対し、実施例21、22、24は優れた耐久性を示すことが実証された。
【0088】
ただし、クロムを38原子%含有した実施例22の表面には微小剥離が観察された。これは、面圧が局所的に非常に大きくなったことに起因して、金属結晶体と非晶質体との界面を起点としたクラックが発生したためと考えられた。このことから、面圧が局所的に大きくなる(荷重が局所的に掛かる)摺動部品に対しては、硬質皮膜中の金属元素の含有量を規定最大量の半分程度に抑えることがより好ましいことが確認された(例えば、0.05〜17原子%、実施例21、22、24参照)。
【符号の説明】
【0089】
1…摺動部品、1’… 短冊状試験片、2,2’…硬質皮膜、
20,20’…硬質保護層、21…第1中間層、22…第2中間層、23…第3中間層、
3…基材、3’… 鉄鋼基材、
4…炭素非晶質体、5a…化合物結晶体の粒子、5b…化合物結晶体の層、
6…円筒状試験片、7…金属管、8…潤滑油、9…相手部材。
【技術分野】
【0001】
本発明は、潤滑油が共存する環境下で使用される摺動部品に関し、特に非晶質炭素皮膜を摺動面に形成した摺動部品に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車部品を中心に摺動箇所での低摩擦化を主目的として非晶質炭素皮膜を摺動面に形成した摺動部品が精力的に研究開発されている。非晶質炭素材料としては、DLC(ダイヤモンドライクカーボン)、i-C(アイカーボン)、硬質炭素などと呼称される薄膜状の材料が通常用いられている。
【0003】
非晶質炭素皮膜は、粒界を持たない(明確な結晶構造を持たない)アモルファス構造体であるため、高硬度と高靭性とを両立しかつ低摩擦特性をも有する特長がある。このことから、非晶質炭素皮膜は、TiNやCrNなどの結晶性の硬質皮膜と比較して機械的摩耗に対する耐久性が優れているとされている。そのため、非晶質炭素皮膜を摺動面に形成した摺動部品には、燃費の低減や部品の長寿命化に寄与することが期待されている。
【0004】
非晶質炭素皮膜は一般的に炭素原子と水素原子とで構成される硬質皮膜であるが、第三元素が添加された非晶質炭素皮膜も複数提案されている。例えば、特許文献1(特開2007−23356)には、炭素を主成分とし、30 at%超50 at%未満の水素と1.5 at%以上20 at%以下の珪素とを含有する非晶質炭素からなる摺動層が開示されている。特許文献1によると、該摺動層が有する自己平滑性と摺動面に形成されるシラノールとにより、摺動部材の低摩擦化が可能とされている。
【0005】
特許文献2(WO 03/029685)には、1〜50 at%の範囲で珪素または窒素の少なくともいずれかを含有する非晶質硬質炭素膜が開示されている。特許文献2によると、駆動系潤滑油を用いた湿式摺動条件において、安定して高い摩擦係数と良好な摩擦係数−速度依存特性とを有し、かつ耐摩耗性に優れ、相手攻撃性の低い高摩擦摺動部材が得られるとされている。
【0006】
特許文献3(特開2001−316686)には、基材の上に硬質炭素皮膜を形成しかつ潤滑油中で使用される摺動部材において、元素周期律表の第IIb、III、IV、Va、Via、VIIaおよびVIII族のうちから選ばれる少なくとも1種の金属元素が5〜70 at%添加された硬質炭素皮膜を少なくとも表面層に形成した摺動部材が開示されている。特許文献3によると、Mo-DTC(ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン)およびZn-DTP(ジチオリン酸亜鉛)が添加された潤滑油環境下で、硬質炭素皮膜の表面に潤滑油添加剤の皮膜が形成されやすくなり、優れた低摩擦特性を示すとされている。
【0007】
特許文献4(特開2006−2221)には、クロムと炭素とを主成分とし、クロムの含有率が5〜16 at%であるクロム含有ダイヤモンド状炭素膜を被コーティング材の最表面に被覆した摺動部材が開示されている。特許文献5によると、該クロム含有ダイヤモンド状炭素膜は、無潤滑、劣潤滑下でも低摩擦で良好な摺動特性が得られるとされている。
【0008】
特許文献5(特開2008−195903)には、Mo-DTCなどの有機モリブデン化合物を少なくとも含む潤滑油が存在する環境下での摺動構造において、一対の摺動部材のうち少なくとも一方の摺動面に水素元素を含む非晶質炭素被膜が形成され、前記非晶質炭素被膜には前記有機モリブデン化合物からの三酸化モリブデンの生成を抑制するための抑制元素が含まれている摺動構造が提案されている。具体的には、前記抑制元素として、例えば硫黄、マグネシウム、チタン、またはカルシウムのうちの少なくとも1種類の元素を添加した非晶質炭素被膜を形成し、摺動中に発生する摩耗粉により該抑制元素を潤滑油中に供給する(介在させる)ことが開示されている。
【0009】
Shinyoshi等は非特許文献2において、Jia等は非特許文献3において、Mo-DTCを含有する潤滑油中における非晶質炭素皮膜の摩耗に関する研究を報告している。これらの文献によると、潤滑油中のMo-DTCは摺動環境下で熱分解して二硫化モリブデンと酸化モリブデンとを生成し、このうち特に三酸化モリブデンが非晶質炭素皮膜の摩耗に強く関与しているとされている。ただし、その摩耗メカニズムに関する見解は該文献間で異なっている。非特許文献2では、三酸化モリブデンと非晶質炭素皮膜との間で酸化還元反応が起こり、非晶質炭素皮膜は炭酸ガスなどに変化して摩耗するとしている。一方、非特許文献3では、硬質で鋭利な形状を持つ三酸化モリブデンによって非晶質炭素皮膜が機械的に摩耗するとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2007−23356号公報
【特許文献2】WO03/029685号公報
【特許文献3】特開2001−316686号公報
【特許文献4】特開2006−2221号公報
【特許文献5】特開2008−195903号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】T. Shinyoshi, Y. Fuwa, and Yoshinori Ozaki: “Wear Analysis of DLC Coating in Oil Containing Mo-DTC”, SAE 2007 Trans. Journal of Fuels and Lubricants 116 2007-01-1969.
【非特許文献2】Z. Jia, P. Wang, Y. Xia, H. Zhang, X. Pang, and B. Li: “Tribological behaviors of diamond-like carbon coatings on plasma nitrided steel using three BN-containing lubricants”, Applied Surface Science 255 (2009) 6666-6674.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
一般的に、非晶質炭素皮膜は高硬度かつ低摩擦性を有し、加えて高い耐摩耗性をも有する皮膜として知られている。しかしながら、非特許文献1、2や特許文献5で報告されているように、摩擦調整剤として知られるMo-DTC(ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン)やMo-DTP(ジチオリン酸モリブデン)等のモリブデン化合物を含有した潤滑油が共存した摺動環境の場合、非晶質炭素皮膜の摩耗が著しく大きくなる場合があり問題となっていた。ここで、非特許文献1、2における見解の相違からも推察できるように、現段階において摩耗メカニズムの定説は学術的にも未だ確立されていない。
【0013】
一方、環境保護や省エネルギー化への要求は近年ますます強まっており、自動車部品に代表される各種摺動部品での低摩擦性・耐摩耗性の更なる向上は、極めて重要な課題である。また、特許文献5に記載の発明は、非特許文献1の見解に近い摩耗メカニズムを想定した立場で問題の解決を試みたものであるが、本発明者等の確認実験ではその効果は完全に十分と言えるものではなかった。これは、摩耗メカニズム自体が未解明であることがその要因の1つと考えられた。言い換えると、上記の課題を解決するためには、該摩耗メカニズムを解明することがポイントと考えられた。
【0014】
したがって、本発明の目的は、上記の課題を克服するため、非晶質炭素皮膜の摩耗メカニズムを解明し、摩擦調整剤を含有した潤滑油が共存した摺動環境において従来技術よりも良好な低摩擦性と高い耐摩耗性とを兼ね備えた摺動部品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、摩擦調整剤としてモリブデン化合物を含有した潤滑油が共存する環境下で摺動試験を系統的に行い、摺動試験後の試験片および潤滑油を詳しく調査し、さらに各種の熱分析および構造解析を実施することによって非晶質炭素皮膜の摩耗メカニズムを解明した(詳細は後述する)。本発明は、その重要かつ新規な知見に基づいて完成されたものである。
【0016】
本発明の1つの態様は、上記目的を達成するため、次のような特徴を有する。
本発明に係る摺動部品は、モリブデン化合物を含有する潤滑油が共存する環境下で使用される摺動部品であり、該摺動部品を構成する基材の最表面に硬質保護層が形成された摺動部品であって、
前記硬質保護層は、炭素、窒素および金属元素を主成分とし、かつ窒素を含有する炭素非晶質体と前記金属元素の化合物結晶体との複合体により構成され、前記化合物結晶体は金属炭化物、金属窒化物および金属炭窒化物のうちの少なくとも1つであり、前記硬質保護層の表面硬度が1800以上のビッカース硬度である。
【0017】
また、本発明の他の態様は、上記目的を達成するため、次のような特徴を有する。
本発明に係る摺動部品の製造方法は、モリブデン化合物を含有する潤滑油が共存する環境下で使用される摺動部品でその最表面に硬質保護層が形成された摺動部品であり、前記硬質保護層が、炭素、窒素および金属元素を主成分とし、かつ前記窒素を含有する炭素非晶質体と前記金属元素の化合物結晶体との複合体により構成され、前記化合物結晶体が金属炭化物、金属窒化物および金属炭窒化物のうちの少なくとも1つであり、前記硬質保護層の表面硬度が1800以上のビッカース硬度である摺動部品の製造方法であって、
前記硬質保護層の形成は、非平衡マグネトロンスパッタ装置を用いた反応性スパッタ法によって行われ、ターゲット材としてグラファイトターゲットと、クロム、チタンおよびタングステンから選ばれる1種類以上の金属元素を含むターゲットとを用い、反応ガスとして炭化水素ガスと窒素ガスとを用いる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、摩擦調整剤を含有した潤滑油が共存した摺動環境において従来技術よりも良好な低摩擦性と高い耐摩耗性とを兼ね備えた摺動部品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明に係る摺動部材の1例の断面模式図と該断面における組成分布のイメージ図である。
【図2】本発明に係る摺動部材の他の1例の断面模式図と該断面における組成分布のイメージ図である。
【図3】実施例1、実施例8、比較例1、比較例7における透過型電子顕微鏡で観察した硬質保護層の断面の明視野像である。
【図4】実施例1の高分解能観察像である。
【図5】実施例5におけるX線光電子分光スペクトルである。
【図6】往復摺動試験の方法を示す模式図である。
【図7】往復摺動試験後の硬質皮膜(実施例1および比較例1、5、9、10)の表面観察像である。
【図8】往復摺動試験において摩滅によって基材が露出した長さ(摩滅幅)を比較した図である。
【図9】往復摺動試験中(往復回数:〜6×105回)における摩擦係数の変化を示すグラフである。
【図10】短冊状試験片(実施例1および比較例1、4〜7、10)の硬質皮膜表面にロックウェル圧子を押込んだときのロックウェル圧痕周囲の観察像である。
【図11】本発明に係る摺動部材の摺動環境を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
[摩耗メカニズムの解明]
前述したように、本発明者らは、摩擦調整剤としてモリブデン化合物(具体的にはMo-DTC)を含有した潤滑油(具体的にはエンジンオイル)が共存する環境下で摺動試験を系統的に行い、摺動試験後の試験片および潤滑油を詳しく調査し、さらに各種の熱分析および構造解析を実施することによって非晶質炭素皮膜の摩耗メカニズムを解明した。以下、その実験・調査について説明する。
【0021】
従来、非晶質炭素皮膜の摩耗メカニズムとしては、(1)摩擦熱による皮膜表面の脆弱化、(2)化学反応による皮膜表面の脆弱化、(3)摺動による脆弱箇所の機械的摩耗、および(4)硬質介在物による脆弱箇所の機械的摩耗、が提唱されていた。非特許文献1は(1)〜(3)のメカニズムを報告しており、非特許文献2は(1)と(4)のメカニズムを報告している。なお、(2)や(4)の過程を含まない摺動環境下(例えば、モリブデン化合物の摩擦調整剤を含まない潤滑油環境下や、潤滑油自体を用いない摺動環境下)では、化学的および機械的作用により摩耗を助長する要因が無く、非晶質炭素皮膜は高い耐摩耗性を示すことが知られている。
【0022】
まず、摩擦熱による皮膜表面の脆弱化について実験・調査した。非晶質炭素皮膜(例えばDLC皮膜)を350℃以上の温度で熱処理した場合、該非晶質炭素皮膜は、ラマン散乱スペクトルにおけるD-Peak強度が大きくなるような構造変化を生じ、熱力学的により安定であるが機械的に脆弱なミクロ構造へ変化することが知られている。実際、熱処理を施したDLC皮膜に対して透過型電子顕微鏡によるミクロ構造観察やラマン散乱分光法による解析を実施したところ、炭素原子同士の結合がダイヤモンド性のsp3結合からグラファイト性のsp2結合に変化し、粒径が0.1〜100 nmのグラファイトクラスターを形成していることが確認された。
【0023】
非晶質炭素皮膜の表面は摺動中の摩擦熱によって加熱されて脆弱化することが危惧される。そこで、Mo-DTCを含まないエンジンオイルを用いて摺動試験を行った。摺動試験後に回収したエンジンオイルを詳細に調査した結果、オイル中に排出された非晶質炭素皮膜の摩耗粉(摩耗粉の絶対量は少ない)は、試験前の皮膜成分そのもの(DLC)ではなく、グラファイト性の構造で構成された炭素固体であることが確認された。この調査結果から、前記(1)と(3)の摩耗メカニズムは少なくとも存在すると考えられた。
【0024】
次に、摩擦調整剤として通常添加されるMo-DTCの影響について実験・調査した。Mo-DTCを含有したエンジンオイルを用いた摺動においては、化学的に活性でかつ硬質のモリブデン化合物が生成することが知られている。実際にMo-DTCを含有したエンジンオイルを用いた摺動試験後に回収したオイル中や試験片の表面には、Mo-DTCの摺動生成物であるモリブデン硫化物およびモリブデン酸化物が存在することが確認された。
【0025】
そこで、モリブデン硫化物およびモリブデン酸化物の影響を確認するために、次のような追加試験を行った。まず、炭素よりも高い酸化反応性を有しかつ炭化物を形成しにくいアルミニウム(Al)元素を添加した非晶質炭素皮膜を作製し、Mo-DTC含有エンジンオイルを用いた摺動試験を実施した。これは、前記(2)の摩耗メカニズム(すなわち、モリブデン化合物との化学反応(酸化還元反応)による摩耗助長作用)が強く影響するならば、非晶質炭素皮膜中のAl成分が犠牲酸化反応を示して非晶質炭素皮膜の摩耗を抑制するはずであると考えたためである。しかしながら試験の結果、Al添加非晶質炭素皮膜の摩耗は十分大きく、Alの犠牲酸化による顕著な摩耗抑制効果は確認されなかった。
【0026】
次に、Mo-DTCを含まないエンジンオイルを用いる一方で、化学安定性が高くかつ硬質のアルミナ粒子を該エンジンオイル中に混入させて摺動試験を実施した。これは、前記(4)の摩耗メカニズム(すなわち、硬質介在物による摩耗助長作用)を検証する実験であり、化学的に安定なアルミナ粒子を用いることによって化学反応(酸化還元反応)に因らない非晶質炭素皮膜の摩耗が観察されると考えたためである。その結果、非晶質炭素皮膜の摩耗は、硬質粒子が存在しないオイル中での摺動試験よりも非常に大きな摩耗を示したが、Mo-DTCを含有したオイル中での摺動試験よりも摩耗が少なかった。また、オイル中に排出された非晶質炭素皮膜の摩耗粉を調査したところ、グラファイト性の構造で構成された炭素固体であることが確認された。
【0027】
上記の結果は、非特許文献1で報告されている酸化還元反応による摩耗よりも、非特許文献2で報告されている硬質介在物による影響の方が大きいことを示唆している。また、アルミナ粒子よりも硬度が小さいモリブデン化合物による摩耗の方が大きかったことから、酸化還元反応による摩耗助長作用も少なからず存在すると考えられた。さらに、摩耗粉がグラファイト性構造であったことから、ダイヤモンド性構造からグラファイト性構造への変化が生じることが摩耗の始まりと考えられた。以上の実験・調査結果を総合すると、非晶質炭素皮膜の摩耗メカニズムは、前記(1)〜(4)のメカニズムが全て複合した「化学機械摩耗」であると考えられた。
【0028】
自動車部品などのように潤滑油が共存する摺動環境において、低燃費性能や部品寿命を更に向上させるために、潤滑油中での低摩擦特性と高硬度特性と高靭性に加えて、上記の化学機械摩耗に対する耐久性(耐摩耗性)とを併せ持つ硬質皮膜と該硬質皮膜が形成された摺動部品が強く望まれている。
【0029】
ここで、金属同士の摺動箇所におけるモリブデン化合物による摩擦軽減効果は顕著であり、現在、多くの種類の潤滑油に摩擦調整剤が添加され積極的に利用されている。かかる状況において、非晶質炭素皮膜の摩耗を抑制するためだけに摩擦調整剤を含まない潤滑油を用いることは、現実的な対応ではない。すなわち、上述したような摩耗メカニズムを理解した上で、非晶質炭素皮膜に対して本質的な対策をとる必要がある。本発明者等は、非晶質炭素皮膜の構造(炭素原子同士の結合)においてダイヤモンド性構造からグラファイト性構造への変化が生じることが摩耗の初期過程であるという点に着目し、非晶質炭素皮膜の構造安定化を図ることを本発明の出発点とした。
【0030】
以下、本発明に係る実施形態について、図面を参照しながら説明する。ただし、本発明はここで取り上げた実施形態に限定されることはなく、要旨を変更しない範囲で適宜組み合わせや改良が可能である。
【0031】
前述したように、本発明に係る摺動部品は、モリブデン(Mo)化合物を含有する潤滑油が共存する環境下で使用される摺動部品であり、該摺動部品を構成する基材の最表面に硬質保護層が形成された摺動部品であって、
前記硬質保護層は、炭素(C)、窒素(N)および金属元素を主成分とし、かつ窒素を含有する炭素非晶質体と前記金属元素の化合物結晶体との複合体により構成され、前記化合物結晶体は金属炭化物、金属窒化物および金属炭窒化物のうちの少なくとも1つであり、前記硬質保護層の表面硬度が1800以上のビッカース硬度(Hv)であることを特徴とする。
【0032】
また、本発明は、上記の発明に係る摺動部品において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(i)前記硬質保護層は、炭素、窒素および前記金属元素の合計を100原子%とした場合の原子比で、炭素が59原子%以上であり、窒素が0.1原子%以上35原子%以下であり、前記金属元素が0.05原子%以上38原子%以下であり、窒素と前記金属元素との合計が5原子%以上である。
(ii)前記硬質保護層は、25原子%以下の水素(H)、18原子%以下の酸素(O)、および5原子%以下のアルゴン(Ar)を更に含む。
(iii)前記金属元素がクロム(Cr)、チタン(Ti)およびタングステン(W)の少なくとも1種である。
(iv)前記複合体は、前記炭素非晶質体の母相中に粒径0.1 nm以上100 nm以下の前記化合物結晶体が分散して構成されており、前記硬質保護層中における前記化合物結晶体の体積率が0.08体積%以上76体積%以下で、前記化合物結晶体の数密度が10-6個・μm-3以上1012個・μm-3以下である。
(v)前記複合体は、前記炭素非晶質体の層と前記化合物結晶体の層とが交互に積層して構成されており、前記硬質保護層中における前記化合物結晶体の体積率が30体積%以上76体積%以下で、前記前記化合物結晶体の層の厚さが1 nm以上50 nm以下で、前記炭素非晶質体の層の厚さが0.3 nm以上100 nm以下である。
(vi)前記摺動部品は、前記硬質保護層と前記基材との間に複数の中間層が介在し、前記複数の中間層は、前記基材の直上に形成され前記金属元素からなる第1中間層と、前記第1中間層の直上に形成され前記金属元素と前記金属炭化物とからなる第2中間層と、前記第2中間層の直上に形成され前記金属炭化物と前記炭素非晶質体とからなる第3中間層とを備える。
(vii)前記摺動部品は、内燃機関内に配されるバルブリフタ、アジャスティングシム、カム、カムシャフト、ロッカーアーム、タペット、ピストン、ピストンピン、ピストンリング、タイミングギア、タイミングチェーン、およびオイルポンプ内に配されるドライブギア、ドリブンギア、ロータ、ベーン、カムのいずれかである。
(viii)前記潤滑油がエンジンオイルであり、前記モリブデン化合物がジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン(Mo-DTC)またはジチオリン酸モリブデン(Mo-DTP)である。
【0033】
[硬質皮膜の構成]
本発明の硬質保護層は、本来高硬度かつ高靭性を有する非晶質炭素を主体とし、該非晶質炭素の脆弱化を抑制するミクロ構造を付加した複合体である。これにより前述した化学機械摩耗に対して優れた耐久性を示す。同時に、本発明の硬質保護層は、金属元素が適量添加されていることによって、油性添加剤、極圧添加剤および摩擦低減剤などとの相互作用を活発化し、これらの添加剤を含む潤滑油中での使用においても優れた低摩擦特性を示す。
【0034】
摩擦熱によって引き起される非晶質炭素皮膜の構造変化は、炭素原子同士の結合の変化によるものであり、炭素原子の一部を窒素原子によって置換することにより構造変化を起こりづらくする効果がある。また、炭素非晶質体中に形成される金属炭化物、金属窒化物および金属炭窒化物の化合物結晶体は炭素非晶質体よりも熱化学安定性が高く、複合体(硬質保護層)全体の耐熱性向上に効果がある。中でも金属窒化物は熱化学安定性が高くその効果が大きい。これらの効果が複合的に作用する結果、硬質保護層の化学機械摩耗を抑制することができる。また、硬質保護層に添加する窒素および金属元素の量を制御することにより、硬質皮膜として望まれる1800以上のビッカース硬度を確保することができる。
【0035】
非晶質炭素皮膜の化学機械摩耗の抑制に関しては窒素の添加が最も効果が大きいが、35原子%より多い窒素を添加すると非晶質炭素皮膜の硬度が低下することから好ましくない。また、0.1原子%未満の窒素添加では効果が不十分である。なお、窒素のみの添加は、非晶質炭素皮膜の硬度が低下して機械的摩耗を起こしやすくなると共に、潤滑油中での摩擦係数が高くなる傾向がある。
【0036】
一方、金属元素の添加に関しては、38原子%より多く添加すると非晶質炭素皮膜特有の高靭性が劣化することから好ましくない。また、0.05原子%未満の金属元素添加では、化合物結晶体の生成量が少な過ぎて上述の効果が不十分である。金属元素としては、硬質の炭化物、窒化物および炭窒化物を生成するクロム、チタンおよびタングステンの少なくとも1種であることが好ましい。なお、金属元素のみを添加した場合、非晶質炭素皮膜の構造変化を抑制する効果が小さいことから化学機械摩耗の抑制効果が不十分になると共に、靭性を劣化させる要因になりやすい。
【0037】
炭素、窒素および金属元素の合計を100原子%とした場合の原子比で、非晶質炭素皮膜(硬質保護層)は、炭素が59原子%以上であり、窒素が0.1原子%以上35原子%以下であり、前記金属元素が0.05原子%以上38原子%以下であり、窒素と金属元素との合計が5原子%以上であることが好ましい。このような組成範囲に制御することにより、好ましいミクロ構造を形成し硬質保護層の表面硬度を1800以上のビッカース硬度とすることができる。硬質保護層の硬度がこれに満たない場合、摺動中に基材の変形量が増大しやすくなり、界面剥離を引き起こす要因となることから好ましくない。
【0038】
本発明のように、窒素および金属元素を複合添加した非晶質炭素皮膜(硬質保護層)は、窒素による置換構造と金属炭化物の結晶生成とに加え、より高い熱化学安定性を持つ金属窒化物や金属炭窒化物が生成し、潤滑油中での低摩擦特性、高硬度特性、高靭性、および化学機械摩耗に対する抑止力を同時に満たすことができる。さらに、硬質保護層中の金属元素は、潤滑油中のモリブデン化合物との相互作用により優れた低摩擦特性を得ることができる。
【0039】
図11は、本発明に係る摺動部材の摺動環境を示す模式図である。図11に示したように、本発明に係る摺動部材1は、基材3の摺動面に硬質皮膜2が形成されており、モリブデン化合物を含有する潤滑油8を介して相手部材9と摺動するものである。なお、基材3の材料としては、鉄鋼材料が好ましく用いられるが、それに限定されるものではない。
【0040】
図1は、本発明に係る摺動部材の1例の断面模式図と該断面における組成分布のイメージ図である。図1に示したように、硬質皮膜2の最表面層である硬質保護層20は、窒素を含有する炭素非晶質体4の母相中に、金属炭化物、金属窒化物および金属炭窒化物のうちの少なくとも1種の化合物結晶体の粒子5aが微細分散した複合体である。本発明の硬質皮膜2は硬質保護層20の単層膜でも良いが、硬質保護層20に加え、組成が傾斜的に変化している中間層21〜23を設けた多層構造にするとさらに優れた特性を発現する(詳細は後述する)。
【0041】
炭素非晶質体4が本来有する高靭性を維持するためには、分散する化合物結晶体の粒子5aの大きさを微細化することが望ましい。金属結晶学で知られるHall-Petchの式に類似の強化機構により、粒子の直径は小さいほど高靭性が得られる。さらに、炭素非晶質体4がダイヤモンド構造からグラファイト構造のクラスターに変化・成長する脆弱化過程を阻止する観点から、これら化合物結晶体の粒子5aのサイズをグラファイトクラスターと同程度の0.1〜100 nmの範囲に制御することが好ましい。
【0042】
化合物結晶体の粒子5aを硬質保護層20中に微細分散させた場合、化合物結晶体の粒子5aが占める体積率は0.08〜76体積%が好ましく、数密度は10-6〜1012個・μm-3が好ましい。化合物結晶体の体積率が規定より大きいと硬質保護層20の靭性が低下する。本発明においては、硬質保護層20に形成される化合物結晶体の粒子5aをナノスケールにまで微小化することが可能であり、前述の組成範囲で化合物結晶体の粒子5aの大きさを0.1〜100 nmの範囲に制御すると、体積率と数密度を好適な範囲に制御できる。なお、これらミクロ構造は、透過型電子顕微鏡による断面観察、X線回折法やX線光電子分光法による面分析などによって解析することができる。
【0043】
前述したように、硬質保護層20と基材3との間に中間層21〜23を設けた多層構造にすることは好ましい。このとき、基材3の直上に金属のみからなる第1中間層21を形成し、第1中間層21の直上に金属と金属炭化物からなる第2中間層22を形成し、第2中間層22の直上に金属炭化物と非晶質炭素からなる第3中間層23を形成し、かつ中間層21〜23の厚さ方向の組成プロフィールが基材3との界面から硬質保護層20との界面まで連続的に変化していることが望ましい(図1参照)。言い換えると、各中間層は上部にいくほど次層に近い組成を有する。このような多層構造を形成することにより、硬質皮膜2の内部応力が緩和されるとともに基材3との密着性が向上し、界面剥離を抑止して耐久性をさらに向上させることができる。
【0044】
図2は、本発明に係る摺動部材の他の1例の断面模式図と該断面における組成分布のイメージ図である。図2に示したように、硬質皮膜2’の最表面層である硬質保護層20’は、窒素を含有する炭素非晶質体4の層と、金属炭化物、金属窒化物および金属炭窒化物のうちの少なくとも1種の化合物結晶体の層5bとが交互に積層した複合体である。本発明の硬質皮膜2’は硬質保護層20’の単層膜でも良いが、硬質保護層20’に加え、前述と同様に組成が傾斜的に変化している中間層21〜23を設けた多層構造にするとさらに優れた特性を発現する。
【0045】
炭素非晶質体4の層と化合物結晶体の層5bとを交互に積層させた場合、化合物結晶体の層5bが占める体積率は30〜76体積%が好ましく、層5bの厚さは1〜50 nmが好ましく、層5bの間隔(炭素非晶質体4の層の厚さ)は0.3〜100 nmが好ましい。化合物結晶体の層5bの体積率が30体積%に満たない場合は、層状のミクロ構造を形成することが困難になる。層5bの厚さに関しては、薄くなるほど基材3の変形に対する追随性が増して界面剥離を抑止できるが、硬質保護層20’の厚さに対して1/10より小さい50 nm以下であれば十分に機能を発揮する。なお、これらミクロ構造も先と同様に、透過型電子顕微鏡による断面観察、X線回折法やX線光電子分光法による面分析などによって解析することができる。
【0046】
上述したように、硬質保護層は、化合物結晶体が微粒子状または層状に分布するいずれのミクロ構造でも良好な特性を有する。微粒子状の場合は、硬質保護層の最表面に炭素非晶質体と化合物結晶体の両方が存在することから、化学機械摩耗に対して良好な耐久性を示す。また、層状の場合においても、各層(炭素非晶質体の層と化合物結晶体の層)の厚さが十分薄くかつ交互に積層されていることから、硬質保護層全体としては微粒子状の場合と同じ効果を発揮する。また、例えば、局所的に摩耗した時点で、硬質保護層の最表面に炭素非晶質体と化合物結晶体の両方が存在することになる。なお、図2においては、炭素非晶質体の層と化合物結晶体の層とが最表面に対して平行に描かれているが、それに限定されるものではなく、積層状態が最表面に対して斜めに形成されていてもよい。その場合は、はじめから硬質保護層の最表面に炭素非晶質体と化合物結晶体の両方が存在することになる。
【0047】
潤滑油には、通常様々な添加剤が添加されている。例えば、摩擦摩耗低減に効果的な添加剤として、脂肪酸・アルコールおよびエステルなどの油性添加剤、硫黄系およびりん系などの極圧添加剤、ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン(Mo-DTC)などの摩擦低減添加剤や、複合的な効能を持つジアルキルジチオりん酸亜鉛(Zn-DTP)などの複合添加剤が広く普及している。従来、これら添加剤を活性化することによる低摩擦化が検討されてきた。
【0048】
特に、Mo-DTCやMo-DTPに代表される摩擦低減添加剤は、摺動中の摩擦熱等によりMoS2やMoO3などを生成するモリブデン化合物であり、これらの生成により摺動面を低摩擦化できることが知られている。また、この生成反応は摺動部品の材料の影響を受け、特にIVa族、Va族およびVIa族に属する金属元素が存在すると反応が促進されることが知られている。しかしながら、従来の硬質皮膜(非晶質炭素皮膜)は、低摩擦化のために生成させたMoS2やMoO3等によって、逆に摩耗が進行してしまうという問題があった。
【0049】
これに対し、本発明の硬質保護層は、前述のミクロ構造を採用することによってMoS2やMoO3等による化学機械摩耗に対する高い耐久性(耐摩耗性)を有する。加えて、本発明の硬質保護層は、金属元素としてクロム、チタンおよびタングステンの少なくとも1種を十分な量で含むことからMoS2やMoO3等の生成効率を上げることができ、更に優れた低摩擦特性を発揮することが可能である。なお、いずれの金属元素でも優れた低摩擦特性を得ることが可能であるが、特にモリブデンと同属元素であるクロムの添加は、各種モリブデン化合物を表面に吸着しやすく、摩擦低減効果が最も大きい。
【0050】
一方、面圧が非常に大きい摺動環境または潤滑油が十分に行き届かない摺動環境などの場合は、硬質保護層中の金属元素の含有量を規定最大量の半分程度(例えば、0.05〜17原子%の範囲に)制御することが好ましい。また、低摩擦特性をより優先する場合においては、モリブデン化合物の生成効率を高める金属元素を十分に含有させ、窒素の含有量を少なめに(例えば、0.1〜2原子%の範囲に)制御することが好ましい。
【0051】
本発明に係る摺動部品は、自動車用などの摺動部品、特にモリブデン化合物を含有する潤滑油を使用した摺動環境下で使用されるものに好適である。例えば、内燃機関の摺動部品としては、バルブリフタ、アジャスティングシム、カム、カムシャフト、ロッカーアーム、タペット、ピストン、ピストンピン、ピストンリング、タイミングギア、およびタイミングチェーン等が挙げられる。また、オイルポンプ内の摺動部品としては、ドライブギア、ドリブンギア、ロータ、ベーン、およびカム等が挙げられる。ただし、本発明はこれらに限定されるものではなく、他の用途の摺動部品としても広く適用可能である。
【0052】
[製造方法]
本発明の硬質皮膜の製造方法としては、スパッタ法や、プラズマCVD法、イオンプレーティング法など既存の方法を用いることができるが、硬質保護層の製造方法としては、反応性スパッタ法を用いることが特に好ましい。反応性スパッタ法は、皮膜表面を平滑に作製でき、かつ金属元素、窒素および炭素を複合した硬質皮膜を作製しやすい成膜方法である。また、イオン化し難い炭素を供給するために炭化水素ガスを用いて反応性スパッタ法を実施することにより、より硬質の皮膜を作製することができる。
【0053】
反応性スパッタ法を実施するにあたり、非平衡マグネトロンスパッタ装置を用いることが好ましい。従来のスパッタ装置を用いた場合、プラズマは主にターゲット付近で励起され、被成膜材である基材付近で高い励起状態を保つことが困難である。これに対し、非平衡マグネトロンスパッタ装置を用いる反応性スパッタ法では、より基材側でのプラズマ密度を高めることが可能である。
【0054】
ターゲット材としてはグラファイトターゲットと、クロム、チタンおよびタングステンから選ばれる1種類以上の金属元素を含むターゲットとを用い、反応ガスとしては炭化水素ガスと窒素ガスとを用いる。また、プラズマを制御するためにアルゴンガスを用いる。窒素ガスはターゲット付近で一旦励起されて窒素プラズマを形成した後に、その高い励起状態を保ったまま基材に送達される。同時に、イオン化された炭素および各ターゲットから励起された原子に関しても、高い励起状態を保ったまま基材に送達される。その結果、窒素成分を非晶質炭素皮膜中に効率良く取り込むことができるとともに、金属窒化物や、金属炭窒化物、金属炭化物を効率良く生成することができる。
【0055】
上記の製造方法で硬質保護層を成膜すると、水素とアルゴンが不可避的に混入する。その場合でも、水素を25原子%以下、アルゴンを5原子%以下に制御することが好ましい。該規定の範囲を超えると、硬質保護層が脆弱化することから好ましくない。また、成膜した硬質保護層を大気中に曝露すると、表面酸化などにより酸素が硬質保護層中に侵入することがある。その場合でも、酸素を18原子%以下とすることが好ましい。硬質保護層の最表面での酸素量を18原子%以下に抑制すれば、表面から深さ0.1μm程度の位置では2原子%以下に抑えることができる。この範囲であれば、硬質保護膜の特性に悪影響を及ぼさない。なお、「原子%」の各数値は、前述したように、炭素、窒素および金属元素の合計を100原子%とした場合の原子比である。
【0056】
スパッタ法では、一般的に、異物の付着(パーティクル)や異常放電によるクレータが形成されることがある。直径10μm以上の大きい欠陥部(パーティクルやクレータ等)が硬質保護層の表面に存在すると、摺動中に該欠陥部を起点として界面剥離が発生する場合があるため好ましくない。そのため、硬質保護層の表面に、直径が10μm以上の欠陥部が形成されないように成膜プロセスを制御する必要がある。
【0057】
また、非晶質体と結晶体との複合体である本発明の硬質保護層において、非晶質体は粒形状を形成することがほとんど無く、結晶体が非晶質体中で微粒子状または層状のいずれかのミクロ構造で分布する。このとき、結晶体と非晶質体の体積が同程度のときに層状組織のミクロ構造を形成しやすいが、成膜におけるプロセスパラメータ(例えば、基材の移動速度、真空度、ターゲット電力、基材バイアス電圧など)によっても制御できる。
【実施例】
【0058】
以下、実施例により本発明の具体例を詳細に説明する。なお、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0059】
まず、非平衡マグネトロンスパッタ装置にて直径10μm以上のクレータを有する硬質保護層を意図的に成膜した試験片を作製した。該試験片に対し、Mo-DTC非含有のエンジンオイル(粘度指標:5W-30)を用いて往復摺動試験に供したところ、クレータを起点とする界面剥離が発生し基材が大きく露出した。この結果を受けて、後述の表1〜3に記載された反応性スパッタ法による摺動部材の全ての試験片(実施例1〜24および比較例1〜9、11〜16、19、21)は、直径10μm以上のクレータが発生しないプロセス条件で作製した。
【0060】
(実施例1の作製)
実施例1の摺動部材サンプルの作製方法は下記のとおりである。非平衡マグネトロンスパッタ装置内に、鉄鋼基材、金属ターゲットおよびグラファイトターゲットをセットし、アルゴンガス、炭化水素ガスおよび窒素ガスを導入しながら反応性スパッタ法により鉄鋼基材表面に硬質保護層を形成した。
【0061】
まず、アルゴンガスを流入させて金属ターゲットに電力を投入し、金属のみからなる第1中間層21を形成した。次に、アルゴンガスおよび炭化水素ガスを流入させて金属ターゲットおよびグラファイトターゲットの投入電力を連続的に変化させ、金属と金属炭化物からなる第2中間層22と、金属炭化物および非晶質炭素からなる第3中間層23を形成した。最後に、アルゴンガス、炭化水素ガスおよび窒素ガスを流入させ、金属ターゲットおよびグラファイトターゲットに電力を投入し、硬質保護層を形成した。
【0062】
実施例1では、原材料として、純度99.9質量%以上のチタンターゲットと、純度99.9質量%以上の炭素を含むグラファイトターゲットと、純度99.999質量%以上のアルゴンガスと、純度99.999質量%以上の窒素ガスと、純度99.999質量以上のメタンガスとを用いた。また、硬質保護層の成膜プロセス条件は、「グラファイト 対 チタン」のターゲット投入電力比率を100:3とし、「アルゴン 対 窒素 対 メタン」のガス流量比率を100:40:5とし、膜厚が1.9μmとなるように成膜時間を調整した。X線光電子分光法を用いて作製した硬質保護層の組成分析を行ったところ、「金属元素 対 窒素 対 炭素」の原子比は17:18:65であった。
【0063】
(実施例2〜16、比較例1〜9および11〜16の作製)
実施例1と同様の手順によって、実施例2〜16、比較例1〜9および11〜16のサンプルを作製した。このとき、ターゲットの金属種、ターゲット投入電力、ガス流量、および成膜時間をそれぞれ調整し、異なる組成や膜厚を有する硬質保護層を成膜した(後述する表1〜2参照)。
【0064】
実施例2、実施例3および実施例4は膜厚を変化させて作製した例である。実施例5はチタン濃度を減少させて作製した。金属ターゲットにチタンを用いた実施例1に対し、実施例6では、金属ターゲットにクロム(純度99.99質量%以上)を用いた。また、実施例7は窒素濃度を減少させた例である。実施例8、実施例9および実施例10はクロム濃度を変化させて作製した例である。実施例11では、金属ターゲットにタングステン(純度99.999質量%以上)を用いた。
【0065】
また、比較例1は金属元素および窒素を含有させずに作製した例である。比較例2および比較例3は、チタンを添加したが、窒素を含有させずに作製した。比較例4および比較例5はクロムを添加したが、窒素を含有させずに作製した。比較例6はタングステンを添加したが、窒素を含有させずに作製した。比較例7は金属ターゲットにアルミニウム(純度99.999質量%以上)を用い窒素を含有させずに作製した。比較例8は金属元素および窒素の合計添加量が本発明の規定を外れた例である。比較例9は金属元素を本発明の規定よりも多く添加して膜硬度が低下した例(Hv=1600)として作製した。
【0066】
(比較例10、17および18の作製)
比較例10、17および18は、アークイオンプレーティング装置内に、グラファイトターゲットを配し、鉄鋼基材表面に硬質保護層を成膜した例である。はじめに、グラファイトターゲットをカソードとして電力を投入してアーク放電を起こし、非晶質の単層膜を成膜した。次に、成膜中に膜表面に付着したドロップレット(ターゲットから発生する炭素塊)を取り除くために、アークイオンプレーティング装置から取り出した試験片に対してラッピング処理を施した。得られた硬質保護層は、水素およびアルゴンを含まず炭素のみからなる膜(炭素100原子%)であり、膜硬度がHv=8000であった。
【0067】
[サンプルの観察・測定]
上記実施例1〜16、比較例1〜18で作製したサンプルに対して各種の観察・分析・測定を行った。ミクロ構造、化学結合形態および組成は、透過型電子顕微鏡、X線回折法およびX線光電子分光法により分析した。ただし、X線光電子分光法は、エネルギー分解能の関係で組成の測定精度が数原子%である。そのため、添加元素の含有量が1原子%以下のサンプルの組成は、X線光電子分光法と、波長分散型特性X線分光法または蛍光X線分光法とを併用して分析した。また、水素の有無の分析は、弾性反跳粒子検出装置を併設したラザフォード後方散乱分析により実施した。さらに、Mo-DTC添加のエンジンオイルまたはMo-DTC無添加のエンジンオイル(ともに粘度指標:0W-20)中での往復摺動試験を行った。それぞれの結果一覧を表1、2に示す。
【0068】
【表1】
【0069】
【表2】
【0070】
(組織観察)
反応性スパッタ法で成膜した膜(実施例1〜16および比較例1〜9、11〜16)は、いずれも膜表面にクレータが存在しない平滑面であった。これに対し、アークイオンプレーティング法で成膜した比較例10、17、18の膜表面には、直径1μm以上のクレータが106個/mm2オーダーの数密度で存在し、直径10μm以上の大きいクレータが103個/mm2オーダーの数密度で存在した。これらは、成膜中に付着したドロップレットを取り除いた痕がクレータとして残存したものと考えられた。
【0071】
図3は、実施例1、実施例8、比較例1、比較例7における透過型電子顕微鏡で観察した硬質保護層の断面の明視野像である。図4は、実施例1の高分解能観察像である。実施例1の高分解能像を見ると(図4参照)、非晶質を示す不明瞭なコントラストの中に結晶質を示すモアレ縞が観察できる。X線回折法により別途計測した実施例1の化合物結晶体粒子の平均直径が約3 nmであったことから、透過型電子顕微鏡で観察される結晶粒子の大きさとX線回折法で計測する結晶粒子の大きさとが、ほぼ一致することが確認された。実施例1は、非晶質体中に数密度107個/μm3のオーダーで化合物結晶体粒子が分散したミクロ構造を有しており、化合物結晶体の体積率は約35体積%であった。また、実施例8では、厚さ2.0 nmの化合物結晶体の層と厚さ2.3 nmの非晶質体の層とが交互に積層したミクロ構造が観察され、化合物結晶体の体積率は46.5体積%であった。一方、金属元素や窒素を添加しなかった比較例1と、アルミニウムを添加した比較例7とは、均質な非晶質体のみが形成されていた。
【0072】
図5は、実施例5におけるX線光電子分光スペクトルである。実施例5は金属元素の添加量が少ないサンプルであり(表1参照)、X線光電子分光法によって原子の結合形態を分析した結果、化合物結晶体として金属窒化物のみが検出され、金属炭化物はほとんど検出されなかった。言い換えると、本発明に係る製造方法は、硬質保護層中に金属窒化物を金属炭化物よりも優先して生成しやすい製造方法であると言える。実施例5以外にも、金属元素の添加量が少ない実施例2〜4、9、10および比較例8では、金属窒化物の生成が確認され金属炭化物の生成は確認されなかった(表1参照)。また、金属元素の添加量が比較的多く、窒素を複合添加したサンプルでは、金属窒化物以外に金属炭化物および/または金属炭窒化物の生成が確認された。一方、窒素を添加せず金属元素のみを添加した比較例2〜7のうち、チタン、クロムまたはタングステンをそれぞれ添加した比較例2〜6は、いずれも硬質の金属炭化物を生成していた。これに対し、アルミニウムを添加した比較例7では、炭化物を形成せずに非晶質炭素の原子間に侵入してクラスター構造を形成していた。また、窒素を添加したサンプルでは、非晶質炭素の窒素置換が確認された。
【0073】
(往復摺動試験)
往復摺動試験は下記の方法で実施した。図6は、往復摺動試験の方法を示す模式図である。表面粗さがRa=0.02μmである短冊状の鉄鋼基材3’(材質:Cr-Mo合金鋼、形状:50 mm×15 mm×5 mmt)の表面上に硬質保護層2を成膜して短冊状試験片1’を作製した。往復摺動試験は、円筒状試験片6(材質:鋳鉄、形状:4 mmφ×11 mm)の側面と短冊状試験片1’の表面とを線接触させ、接触面にMo-DTC添加のエンジンオイルを1.0 ml/secの速度で金属管7から滴下しながら、短冊状試験片1’を往復摺動させて実施した。摺動条件としては、面圧を822 MPa(荷重784 N)、摺動速度を0〜1.6 m/sec、摺動幅を30 mm、摺動開始温度を110℃とした。短冊状試験片の温度は試験前に加熱して初期温度を110℃となるように設定したものであり、摺動中は摩擦熱によって150℃程度まで上昇した。往復回数を1.8×106回として摺動試験を実施し、硬質皮膜表面に0.1 mm以上の大きさの剥離箇所が確認されない場合に十分な耐久性を有する(○ 耐摩耗性あり)と判断した。なお、比較例11〜14、16、18では、Mo-DTC無添加のエンジンオイルを用いた。
【0074】
図7は、往復摺動試験後の硬質皮膜(実施例1および比較例1、5、9、10)の表面観察像である。図7に示したように、硬質皮膜の表面観察から、Mo-DTC添加のエンジンオイル中での摩耗現象には、膜厚が徐々に減少する摩滅(比較例1)と、界面剥離の領域が摺動方向に沿って線状に拡張する線状摩耗(比較例5、9)と、局所的な界面剥離が斑点状に存在する斑点状摩耗(比較例10)とがあることが確認された。摩滅は化学機械摩耗現象を抑制できていない場合に発生し、線状摩耗は硬質皮膜の硬度や靭性が不足している場合に発生し、斑点状摩耗は硬質皮膜にクレータ等の欠陥部が存在する場合に発生するものと考えられた。
【0075】
図8は、往復摺動試験において摩滅によって基材が露出した長さ(摩滅幅)を比較した図である。比較例1の結果を基準値「100」として、他の実施例および比較例を相対値で表した。反応性スパッタ法を用いて金属元素および窒素を含有させずに作製した非晶質炭素皮膜(比較例1)は、摩滅により基材表面が大きく露出した。これに対し、金属元素のみを添加した比較例2〜7の結果を見ると、比較例2、4で摩滅幅が改善したがその効果が不十分であった。金属元素濃度が高い比較例3、5、6では、摩滅による表面露出はほぼ無くなったが線状摩耗が発生した。
【0076】
また、アルミニウムを添加した比較例7は、摩滅幅が増大した。アルミニウムは酸化物生成自由エネルギーが低く、犠牲酸化反応の効果を持つと期待される元素であったが、本発明で解明した非晶質炭素皮膜の化学機械摩耗に対しては犠牲反応の効果を示さないことが判った。
【0077】
また、金属元素および窒素の合計添加量が本発明の規定を外れた比較例8は、摩滅幅が比較例1よりも改善したがその効果は不十分であった。金属元素を本発明の規定よりも多く添加した比較例9は、摩滅による表面露出はほぼ無くなったが線状摩耗が発生した。一方、本発明に係る実施例1〜10は、基材表面が露出せず(摩滅も線状摩耗も無く)良好な耐摩耗性を示した。また、実施例3および実施例4が優れた耐摩耗性を有していることから、膜厚に関して少なくとも0.4〜8μmの範囲で適用可能と言える(表1参照)。
【0078】
なお、アークイオンプレーティング法により作製した水素を含まない非晶質炭素皮膜(比較例10)では、ダイヤモンドに近い高硬度特性を有し、摩滅幅は比較例1の1/10程度であった。しかしながら、比較例10のサンプルの表面にはドロップレットを取り除いた痕であるクレータが存在するため、該クレータを起点とした界面剥離が斑点状に発生した(図7参照)。
【0079】
図9は、往復摺動試験中(往復回数:〜6×105回)における摩擦係数の変化を示すグラフである。潤滑油としてはMo-DTC添加のエンジンオイル(粘度指標:0W-20)を用いたものである。金属元素を添加した実施例1、実施例9、比較例3、比較例5および比較例7は、金属元素を添加していない比較例1や比較例10と比べて摩擦係数が低かった。これは、金属元素の添加が低摩擦化に有効であることを示唆している。特に、モリブデンと同属元素であるクロムを添加した実施例7および比較例4は最も低い摩擦係数を示し、チタンを添加した実施例1および比較例3はそれに準じる低い摩擦係数を示した。これらの金属元素はモリブデン化合物を吸着して二硫化モリブデン自己潤滑膜の形成を活発化させる効果を持つためと考えられた。
【0080】
同様にして、実施例12〜15および比較例11〜18に対して往復摺動試験を行った。ここでは、Mo-DTC添加のエンジンオイルとMo-DTC無添加のエンジンオイルとの比較を行った。その結果、表2に示したように、本発明に係る硬質保護層は、特にMo-DTC添加のエンジンオイル中で低摩擦化の効果が高く、かつ優れた耐摩耗性を有することが実証された。
【0081】
(ロックウェル圧痕試験)
図10は、短冊状試験片(実施例1および比較例1、4〜7、10)の硬質皮膜表面にロックウェル圧子を押込んだときのロックウェル圧痕周囲の観察像である。ロックウェル圧痕試験では、基材との密着性が悪い皮膜を試験した場合、一般的に圧痕周囲に界面剥離が観察されるが、実施例1〜11および比較例1〜10で密着性に起因すると思われる界面剥離は確認されなかった。ただし、圧痕周囲に剥離の起点となるクラックが確認されたものがあり、これは靭性が低かったためと判断された。
【0082】
図10に示したように、本発明に係る硬質皮膜(実施例1)、金属元素および窒素を含まない硬質皮膜(比較例1)、および化合物結晶粒子が生成しなかったアルミニウム添加の硬質皮膜(比較例7)は、クラックの発生が見られず高靭性を有していると考えられた。これに対し、金属元素のみを添加し金属炭化物粒子が生成された硬質皮膜であって添加量が比較的多いサンプル(比較例5、6)では、明らかなクラックが観察された。金属炭化物は硬質な結晶である(すなわち脆性な結晶である)ことから、金属炭化物のみが分散したミクロ構造が硬質皮膜の靭性を損ねたものと考えられた。この結果は、図7、8の結果(摩滅幅は減少したが界面剥離(線状摩耗)が発生した)と整合する。
【0083】
一方、比較例10のサンプルでは、ロックウェル圧痕周囲にクラックを発生させない高靭性を有していた。しかしながら、ドロップレットを取り除いた痕と思われるクレータが多数存在した。そして、これらのクレータが界面剥離の起点となり、往復摺動試験において斑点状摩耗を引き起した要因と考えられた(図7参照)。
【0084】
(実施例17〜24および比較例19〜22の作製と評価)
前述と同様の作製方法により、実際の自動車部品の表面に硬質皮膜を形成して実施例17〜24および比較例19〜22を作製した。実施例17〜20および比較例19、20は、直動式バルブシステムを模擬したモータリングエンジン内のバルブリフタ冠面に硬質皮膜を形成したものである。実施例21〜24および比較例21、22は、ベーン式オイルポンプのベーン表面に硬質皮膜を形成したものである。潤滑油としてMo-DTCを含有したエンジンオイル(粘度指数:0W-20)を用いて、実機耐久試験を実施し耐久性を評価した。結果を表3に示す。
【0085】
【表3】
【0086】
バルブリフタの実機耐久試験(実施例17〜20および比較例19、20)においては、荷重を実機の2倍相当に増大させた加速試験を実施し、試験後の硬質皮膜の損耗状況を調査した。その結果、比較例19はバルブリフタ冠面の全面で皮膜の損耗が観察され、比較例20は摺動速度が最大になる冠面中央部で著しい損耗が観察された。これに対し、実施例17〜20は優れた耐久性を示すことが実証された。
【0087】
ベーンの実機耐久試験(実施例21〜24および比較例21、22)においては、実機相当の速度で耐久試験を実施し、試験後の硬質皮膜の損耗状況を調査した。その結果、比較例21、22は、カムと摺動するベーン先端部、およびロータのエッジ部と摺動するベーン側面部においてが著しい皮膜損耗が観察された。これに対し、実施例21、22、24は優れた耐久性を示すことが実証された。
【0088】
ただし、クロムを38原子%含有した実施例22の表面には微小剥離が観察された。これは、面圧が局所的に非常に大きくなったことに起因して、金属結晶体と非晶質体との界面を起点としたクラックが発生したためと考えられた。このことから、面圧が局所的に大きくなる(荷重が局所的に掛かる)摺動部品に対しては、硬質皮膜中の金属元素の含有量を規定最大量の半分程度に抑えることがより好ましいことが確認された(例えば、0.05〜17原子%、実施例21、22、24参照)。
【符号の説明】
【0089】
1…摺動部品、1’… 短冊状試験片、2,2’…硬質皮膜、
20,20’…硬質保護層、21…第1中間層、22…第2中間層、23…第3中間層、
3…基材、3’… 鉄鋼基材、
4…炭素非晶質体、5a…化合物結晶体の粒子、5b…化合物結晶体の層、
6…円筒状試験片、7…金属管、8…潤滑油、9…相手部材。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
モリブデン化合物を含有する潤滑油が共存する環境下で使用される摺動部品であり、該摺動部品を構成する基材の最表面に硬質保護層が形成された摺動部品であって、
前記硬質保護層は、炭素、窒素および金属元素を主成分とし、かつ窒素を含有する炭素非晶質体と前記金属元素の化合物結晶体との複合体により構成され、
前記化合物結晶体は金属炭化物、金属窒化物および金属炭窒化物のうちの少なくとも1つであり、
前記硬質保護層の表面硬度が1800以上のビッカース硬度であることを特徴とする摺動部品。
【請求項2】
請求項1に記載の摺動部品において、
前記硬質保護層は、炭素、窒素および前記金属元素の合計を100原子%とした場合の原子比で、炭素が59原子%以上であり、窒素が0.1〜35原子%であり、前記金属元素が0.05〜38原子%であり、窒素と前記金属元素との合計が5原子%以上であることを特徴とする摺動部品。
【請求項3】
請求項2に記載の摺動部品において、
前記硬質保護層は、25原子%以下の水素、18原子%以下の酸素、および5原子%以下のアルゴンを更に含むことを特徴とする摺動部品。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の摺動部品において、
前記金属元素がクロム、チタンおよびタングステンの少なくとも1種であることを特徴とする摺動部品。
【請求項5】
請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の摺動部品において、
前記複合体は、前記炭素非晶質体の母相中に粒径0.1〜100 nmの前記化合物結晶体が分散して構成されており、
前記硬質保護層中における前記化合物結晶体の体積率が0.08〜76体積%で、前記化合物結晶体の数密度が10-6〜1012個・μm-3であることを特徴とする摺動部品。
【請求項6】
請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の摺動部品において、
前記複合体は、前記炭素非晶質体の層と前記化合物結晶体の層とが交互に積層して構成されており、
前記硬質保護層中における前記化合物結晶体の体積率が30〜76体積%で、前記前記化合物結晶体の層の厚さが1〜50 nmで、前記炭素非晶質体の層の厚さが0.3〜100 nmであることを特徴とする摺動部品。
【請求項7】
請求項1乃至請求項6のいずれかに記載の摺動部品において、
前記摺動部品は、前記硬質保護層と前記基材との間に複数の中間層が介在し、
前記複数の中間層は、前記基材の直上に形成され前記金属元素からなる第1中間層と、前記第1中間層の直上に形成され前記金属元素と前記金属炭化物とからなる第2中間層と、前記第2中間層の直上に形成され前記金属炭化物と前記炭素非晶質体とからなる第3中間層とを備えることを特徴とする摺動部品。
【請求項8】
請求項1乃至請求項7のいずれかに記載の摺動部品において、
前記摺動部品は、内燃機関内に配されるバルブリフタ、アジャスティングシム、カム、カムシャフト、ロッカーアーム、タペット、ピストン、ピストンピン、ピストンリング、タイミングギア、タイミングチェーン、およびオイルポンプ内に配されるドライブギア、ドリブンギア、ロータ、ベーン、カムのいずれかであることを特徴とする摺動部品。
【請求項9】
請求項1乃至請求項8のいずれかに記載の摺動部品において、
前記潤滑油がエンジンオイルであり、前記モリブデン化合物がジアルキルジチオカルバミン酸モリブデンまたはジチオリン酸モリブデンであることを特徴とする摺動部品。
【請求項10】
モリブデン化合物を含有する潤滑油が共存する環境下で使用される摺動部品でその最表面に硬質保護層が形成された摺動部品であり、前記硬質保護層が、炭素、窒素および金属元素を主成分とし、かつ前記窒素を含有する炭素非晶質体と前記金属元素の化合物結晶体との複合体により構成され、前記化合物結晶体が金属炭化物、金属窒化物および金属炭窒化物のうちの少なくとも1つであり、前記硬質保護層の表面硬度が1800以上のビッカース硬度である摺動部品の製造方法であって、
前記硬質保護層の形成は、非平衡マグネトロンスパッタ装置を用いた反応性スパッタ法によって行われ、ターゲット材としてグラファイトターゲットと、クロム、チタンおよびタングステンから選ばれる1種類以上の金属元素を含むターゲットとを用い、反応ガスとして炭化水素ガスと窒素ガスとを用いることを特徴とする摺動部品の製造方法。
【請求項1】
モリブデン化合物を含有する潤滑油が共存する環境下で使用される摺動部品であり、該摺動部品を構成する基材の最表面に硬質保護層が形成された摺動部品であって、
前記硬質保護層は、炭素、窒素および金属元素を主成分とし、かつ窒素を含有する炭素非晶質体と前記金属元素の化合物結晶体との複合体により構成され、
前記化合物結晶体は金属炭化物、金属窒化物および金属炭窒化物のうちの少なくとも1つであり、
前記硬質保護層の表面硬度が1800以上のビッカース硬度であることを特徴とする摺動部品。
【請求項2】
請求項1に記載の摺動部品において、
前記硬質保護層は、炭素、窒素および前記金属元素の合計を100原子%とした場合の原子比で、炭素が59原子%以上であり、窒素が0.1〜35原子%であり、前記金属元素が0.05〜38原子%であり、窒素と前記金属元素との合計が5原子%以上であることを特徴とする摺動部品。
【請求項3】
請求項2に記載の摺動部品において、
前記硬質保護層は、25原子%以下の水素、18原子%以下の酸素、および5原子%以下のアルゴンを更に含むことを特徴とする摺動部品。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の摺動部品において、
前記金属元素がクロム、チタンおよびタングステンの少なくとも1種であることを特徴とする摺動部品。
【請求項5】
請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の摺動部品において、
前記複合体は、前記炭素非晶質体の母相中に粒径0.1〜100 nmの前記化合物結晶体が分散して構成されており、
前記硬質保護層中における前記化合物結晶体の体積率が0.08〜76体積%で、前記化合物結晶体の数密度が10-6〜1012個・μm-3であることを特徴とする摺動部品。
【請求項6】
請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の摺動部品において、
前記複合体は、前記炭素非晶質体の層と前記化合物結晶体の層とが交互に積層して構成されており、
前記硬質保護層中における前記化合物結晶体の体積率が30〜76体積%で、前記前記化合物結晶体の層の厚さが1〜50 nmで、前記炭素非晶質体の層の厚さが0.3〜100 nmであることを特徴とする摺動部品。
【請求項7】
請求項1乃至請求項6のいずれかに記載の摺動部品において、
前記摺動部品は、前記硬質保護層と前記基材との間に複数の中間層が介在し、
前記複数の中間層は、前記基材の直上に形成され前記金属元素からなる第1中間層と、前記第1中間層の直上に形成され前記金属元素と前記金属炭化物とからなる第2中間層と、前記第2中間層の直上に形成され前記金属炭化物と前記炭素非晶質体とからなる第3中間層とを備えることを特徴とする摺動部品。
【請求項8】
請求項1乃至請求項7のいずれかに記載の摺動部品において、
前記摺動部品は、内燃機関内に配されるバルブリフタ、アジャスティングシム、カム、カムシャフト、ロッカーアーム、タペット、ピストン、ピストンピン、ピストンリング、タイミングギア、タイミングチェーン、およびオイルポンプ内に配されるドライブギア、ドリブンギア、ロータ、ベーン、カムのいずれかであることを特徴とする摺動部品。
【請求項9】
請求項1乃至請求項8のいずれかに記載の摺動部品において、
前記潤滑油がエンジンオイルであり、前記モリブデン化合物がジアルキルジチオカルバミン酸モリブデンまたはジチオリン酸モリブデンであることを特徴とする摺動部品。
【請求項10】
モリブデン化合物を含有する潤滑油が共存する環境下で使用される摺動部品でその最表面に硬質保護層が形成された摺動部品であり、前記硬質保護層が、炭素、窒素および金属元素を主成分とし、かつ前記窒素を含有する炭素非晶質体と前記金属元素の化合物結晶体との複合体により構成され、前記化合物結晶体が金属炭化物、金属窒化物および金属炭窒化物のうちの少なくとも1つであり、前記硬質保護層の表面硬度が1800以上のビッカース硬度である摺動部品の製造方法であって、
前記硬質保護層の形成は、非平衡マグネトロンスパッタ装置を用いた反応性スパッタ法によって行われ、ターゲット材としてグラファイトターゲットと、クロム、チタンおよびタングステンから選ばれる1種類以上の金属元素を含むターゲットとを用い、反応ガスとして炭化水素ガスと窒素ガスとを用いることを特徴とする摺動部品の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2011−246792(P2011−246792A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−123648(P2010−123648)
【出願日】平成22年5月31日(2010.5.31)
【出願人】(000233066)日立ツール株式会社 (299)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年5月31日(2010.5.31)
【出願人】(000233066)日立ツール株式会社 (299)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]