説明

摺動部材、保持器および転がり軸受

【課題】硫黄系添加剤を含有する潤滑油に接触する環境下で使用されても被膜成分の溶出が生じにくく、繰返し応力が負荷される条件下や、希薄潤滑条件下においても、摩擦が小さく、耐剥離性や耐摩耗性に優れる被膜を有する摺動部材、該摺動部材からなる保持器、および該保持器を用いた転がり軸受を提供する。
【解決手段】リン酸マンガン被膜を形成した後その被膜を除去して得られる保持器表面にシランカップリング剤を塗布後に樹脂組成物からなる被膜が形成された保持器2を有する針状ころ軸受1であり、上記樹脂組成物は、成形後の引張り強さが 115 MPa 以上である合成樹脂に、ポリテトラフルオロエチレン樹脂を除く充填材を配合してなり、該充填材は少なくともフラーレンを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は合成樹脂をバインダとした樹脂組成物からなる被膜を有する摺動部材、およびこの摺動部材からなる軸受用の保持器、並びにこの保持器を用いた転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、産業機械、輸送機器、事務機器、工作機械などあらゆる分野において環境負荷低減の要求が高まっており、省エネや省資源の観点から可動部で使用される潤滑油の低粘度化や希薄潤滑化といった手法が実施されている。これにより可動部を支持している軸受の使用条件は厳しくなっている。したがって、そのような使用環境でも安定的に回転できるように、例えば保持器案内の軸受では保持器と軸受外輪内径とが接触する設計となっているため、保持器に表面処理を施し、接触してもトルク上昇や摩耗、剥離などの損傷を抑制するような対策を採用している。
【0003】
例えば、浸炭処理で表面に硬化層を形成した鋼材からなる保持器の転動体の案内面に、硬質なダイヤモンドライクカーボン(以下、DLCという。)の被膜をスパッタ法などで形成し、さらに、銀などの軟質金属被膜を形成する方法が知られている(特許文献1参照)。この軟質金属被膜が保持器と軸受外輪内径面との間の摩擦を低減するので、使用初期の潤滑剤が希薄ななじみの段階でも耐摩耗性に優れるとともに、この軟質金属被膜が使用に伴い摩耗や剥離しても、その下地のDLC被膜が新たに露出し、そのDLC被膜が摩耗を阻止するとされている。
【0004】
また、潤滑剤が希薄にしか存在しない条件化で使用される軸受の保持器表面に摺動部材用合成樹脂被膜を形成する方法も知られている(特許文献2参照)。油膜が形成されにくい状況下では保持器ところは直接接触するが、保持器表面には合成樹脂被膜が形成されているため、ころ表面に傷がつくことを抑制することができる。また、合成樹脂被膜の形成はスプレー法やディップ法など比較的容易で低コストな方法で実施することが可能である。
【0005】
4サイクルエンジンは、混合気の燃焼により直線往復運動を行なうピストンと、回転運動を出力するクランク軸と、ピストンとクランク軸とを連結し、直線往復運動を回転運動に変換するコンロッドとを有する。コンロッドは、直線状棒体の下方に大端部を、上方に小端部を設けたものからなる。クランク軸は、コンロッドの大端部に、ピストンとコンロッドを連結するピストンピンは、コンロッドの小端部に、それぞれ係合穴に取り付けられたころ軸受を介して回転自在に支持されている。回転軸を支持するころ軸受は、複数のころと、複数のころを保持する保持器とからなる。上記ころ軸受は、軸受投影面積が小さいにもかかわらず、高荷重の負荷を受けることができ、かつ、高剛性である針状ころ軸受が使用される。ここで、針状ころ軸受は、複数の針状ころと、複数の針状ころを一定間隔のポケットで保持する保持器などから構成される。コンロッドの小端部および大端部における針状ころ軸受は、針状ころの自転運動および公転運動により針状ころ軸受にかかる荷重を軽減するために、積極的に小端部および大端部に設けられた係合穴の内径面に保持器の外径面を接触させる外径案内で使用される。
【0006】
上記針状ころ軸受は、内輪、外輪、シール材などを有しないので軸受内部が密閉されず、グリースをその軸受内部に充填することができない。そのため、上記針状ころ軸受の回転の際には、ポンプなどで潤滑油を摺動部に常に供給する必要がある。このポンプなどは、針状ころ軸受の回転と同時に稼動を開始するので、回転開始直後は軸受全体に潤滑油がまだ行きわたっておらず、十分な潤滑がなされない。この潤滑剤が希薄な条件下において、保持器と針状ころ表面との摩耗、保持器外径面と実機ハウジング内径面との摩耗などを防止するため、上述の特許文献1および特許文献2のような技術が利用されている。
【0007】
また、特許文献1および特許文献2の他、保持器の表面に上記軟質金属被膜をめっき法で直接形成する技術も提案されている。例えば、低炭素鋼の表面に約 25〜50μm の銀めっき被膜を形成する方法が知られている(特許文献3参照)。この銀めっき被膜が保持器と針状ころとの間、保持器外径面とハウジングとの間の摩擦を、それぞれ低減するので、上記と同様に、潤滑が不十分な回転開始直後でも焼き付きを防止できるとされている。さらに、銅めっき被膜も銀めっき被膜と同様に、保持器と針状ころとの間の摩擦を低減する作用を有するので、焼き付きを防止できるとされている。
【0008】
一方、大型の風力発電装置における風車主軸用軸受には、転がり軸受、特に図5に示すような大型の複列自動調心ころ軸受が用いられることが多い。主軸23は、ブレードが取り付けられた軸であり、風力を受けることによって回転し、その回転を増速機(図示せず)で増速して発電機を回転させ、発電する。風を受けて発電している際に、ブレードを支える主軸23は、ブレードにかかる風力による軸方向荷重(軸受アキシアル荷重)と、軸径方向荷重(軸受ラジアル荷重)が負荷される。複列自動調心ころ軸受は、ラジアル荷重とアキシアル荷重を同時に負荷することができ、調心性を持つため、軸受ハウジングの精度誤差や、取り付け誤差による主軸23の傾きを吸収でき、かつ、運転中の主軸23の撓みを吸収できる。そのため、風力発電用主軸軸受に適した軸受であり、利用されている(非特許文献1参照)。また、風向きに合わせて主軸の向きを調節するため、転がり軸受はナセルの旋回座軸受としても用いられている。さらに効率よく風を受けるためにブレードの角度を調節するが、このブレードの付け根にも転がり軸受が使用されている。
【0009】
転がり軸受は、内部に封入されたグリースの基油や、あるいは油浴または外部循環装置から供給された油によって潤滑される。軌道輪や保持器ポケット面、ないしは保持器案内面に適切に油膜が形成され、金属接触を防ぐことにより安定的に運転される。特に、保持器のポケット面や案内面は滑り条件であるため、油膜が十分でないと発熱が大きく、容易に凝着が生じ摩耗や焼付きを起こしやすい。一般の転がり軸受では回転速度がある程度速いため、油膜が十分となって長寿命が実現されている。しかし、上記の風力発電装置はブレードが取り付けられた主軸を風力により回転させるものであり、風力が弱い時には極めて低い回転数で回転するため、この主軸を支える軸受の油膜は比較的薄く、不安定である。このような状態で運転が継続されると、前述のように滑り条件である保持器のポケット面や案内面では発熱により温度上昇が生じ、潤滑油の低粘度化によりますます油膜が薄くなって、摩耗や焼付きが生じることになる。これらの摩耗粉はグリースなどの潤滑性能を劣化させ、軸受の早期損傷を助長するものである。
【0010】
このような軸受内部の摩耗を抑制する方法としては、極圧性に優れる特殊な添加剤を配合したグリースを封入する方法が提案されている(特許文献4参照)。また、ころ軸受の保持器表面にポリテトラフルオロエチレンと二硫化モリブデンを配合した樹脂被膜を形成することにより軸受の焼付きを防止する方法も提案されている(特許文献5参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2005−147306号公報
【特許文献2】特開2005−299852号公報
【特許文献3】特開2002−195266号公報
【特許文献4】特開2006−161624号公報
【特許文献5】特許第3567942号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】NTN社カタログ「新世代風車用軸受」A65.CAT.No.8 404/4/JE、2003年5月1日発行
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、特許文献1に示す方法では、軟質金属が摩耗や剥離を生じて消失したあと硬質被膜が露出し、軸受外輪などの相手材が硬質被膜と摺動することになる。この場合、保持器側の摩耗はわずかであるが保持器表面の硬質被膜により相手材が摩耗するおそれがある。また、製造の観点では保持器に浸炭処理を行ない、スパッタ装置でDLC被膜を形成し、軟質金属被膜を形成するので、作業工程が複雑で多くの工数を要する。しかも、スパッタ装置は高価で生産効率も良くないので、その装置を用いた処理はコストが嵩むという問題がある。
【0014】
特許文献2の合成樹脂被膜では、負荷がかかったり抜けたりするような使用条件では、繰り返し疲労により、被膜が剥離することがあり、耐久性が十分でない場合があった。
【0015】
特許文献3に示す方法では、硫黄系添加剤を含有する潤滑系において、保持器表面に形成された銀めっき被膜が、潤滑油に含まれる硫黄成分と結合して硫化銀となり、この硫化銀が銀めっき被膜の表面を被覆する。この硫化銀は銀と比べて脆いため、被膜が剥離したり、耐油性に劣ったりするため、潤滑油により被膜成分が溶出する。その結果、銀めっき被膜が消失した保持器外径面とハウジング内径面との間の摩擦が増大し、焼き付きが生じやすくなるという問題がある。また、銅めっき被膜も同様に、硫化銅が生成され、被膜の剥離や溶解により保持器の潤滑性が劣化するという問題がある。
【0016】
特許文献4のようなグリースの添加剤による耐焼付き性の向上では、添加剤が保持器や軌道輪の材料と反応し、極圧性に優れた被膜が形成され、この被膜が金属接触を防止して摩擦を低減する。この反応にはある程度の高温状態が必要であるが、上述の風力発電装置の主軸のような低速回転では反応に十分な温度が得られにくく、効果が得られないまま摩耗や焼付きが発生するという問題がある。
【0017】
一方、特許文献5に示す保持器表面にポリテトラフルオロエチレンと二硫化モリブデンを配合した樹脂被膜を形成する方法では、運動中の反応に頼らず、最初から被膜を設けておく方法であるため確実に効果が得られるが、大型軸受で荷重が大きく、案内面で繰り返しの荷重負荷を受けると剥離したり、風力発電装置のように低速回転で油膜が形成されにくいような条件では摩滅するなどの問題があった。また、風力が強く回転数が高くなると、被膜に作用する繰返し応力の負荷回数が大きくなり、被膜が剥離しやすくなるという問題もあった。
【0018】
本発明はこのような問題に対処するためになされたものであり、硫黄系添加剤を含有する潤滑油に接触する環境下で使用されても被膜成分の溶出が生じにくく、繰返し応力が負荷される条件下や、希薄潤滑条件下においても、摩擦が小さく、耐剥離性や耐摩耗性に優れる被膜を有する摺動部材、該摺動部材からなる保持器、および該保持器を用いた転がり軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明の摺動部材は、基材の粗面化した表面にシランカップリング剤を塗布後に樹脂組成物からなる被膜が形成された摺動部材であって、上記粗面化は、基材の表面にリン酸マンガン被膜を形成した後その被膜を除去してなされ、上記樹脂組成物は、成形後の引張り強さが 115 MPa 以上である合成樹脂に、ポリテトラフルオロエチレン(以下、PTFEと記す)樹脂を除く充填材を配合してなり、該充填材は少なくともフラーレンを含むことを特徴とする。また、上記基材の粗面化した表面の形状は、ハイスポットカウントの凹部の数が、評価長さ 10 mm中に 100 個以上かつ凸部の数の2倍以上である形状であることを特徴とする。
【0020】
前記フラーレンの配合割合が、前記組成物全体に対して 0.1〜5 容量%であることを特徴とする。
【0021】
上記合成樹脂の引張り弾性率が 2.5 GPa 以上であることを特徴とする。また、上記合成樹脂がポリイミド系樹脂であることを特徴とする。また、上記ポリイミド系樹脂がポリアミドイミド樹脂であることを特徴とする。
【0022】
上記被膜の厚みが 5〜50 μmであることを特徴とする。
【0023】
本発明の保持器は、上記摺動部材からなることを特徴とする。また、保持器基材が鉄系金属材料の成形体であることを特徴とする。
【0024】
本発明の転がり軸受は、複数の転動体と、この転動体を保持する保持器とを備えてなり、該保持器として上記本発明の保持器を用いることを特徴とする。また、上記転動体が針状ころ形状を有することを特徴とする。
【0025】
上記転がり軸受は、回転運動を出力するクランク軸を支持し、直線往復運動を回転運動に変換するコンロッドの大端部または小端部に設けられた係合穴に取り付けられ、該係合穴の内径面に上記保持器の外径面が接触して外径案内されることを特徴とする。
【0026】
また、上記転がり軸受は、軌道輪である内輪および外輪と、この内輪および外輪間に介在する上記複数の転動体と、上記保持器とを備えてなり、風力発電装置においてブレードが取り付けられた主軸を支持する軸受であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0027】
本発明の摺動部材は、リン酸塩被膜を形成した後その被膜を除去して得られる表面形状を有する基材表面に、シランカップリング剤を塗布後に所定の樹脂被膜を形成してなるので、繰返し応力が負荷される使用条件下、高温環境下、希薄潤滑条件下においても、被膜の剥離を抑制することができる。また、これらの環境下において、摩擦が小さく、耐摩耗性にも優れる。
【0028】
本発明の転がり軸受は、上記摺動部材からなる保持器を用いるので、繰返し応力が負荷される使用条件下、高温環境下、希薄潤滑条件下においても、被膜の剥離を抑制することができる。また、硫黄系添加剤を含有する潤滑油が存在する高温環境下でも、被膜成分の溶出を防止できる。このため、保持器に従来の金属めっきを施したものよりも、長期間にわたり潤滑性を維持することができる。
【0029】
本発明の転がり軸受を、回転運動を出力するクランク軸を支持し、直線往復運動を回転運動に変換するコンロッドの大端部に設けられた係合穴に取り付けられ、上記保持器の外径面で案内されるころ軸受として用いる場合、保持器表面の合成樹脂被膜が従来の金属めっきよりも長期間にわたり保持器の潤滑性を維持できる。このため、保持器外径面や係合穴内径面の摩耗が防止され、装置全体の長寿命化を図ることができる。
【0030】
本発明の転がり軸受を、風力発電装置の主軸支持に用いる場合、保持器の表面に所定の下地処理と被膜を形成しているので、潤滑油に対するなじみ性に優れる。このため、低速回転で油膜が形成されにくい条件でも、摩擦摩耗を低減でき、焼付かず、使用中に被膜が摩滅しない。また、摩耗の結果、長期間にわたり優れた潤滑性を維持でき、故障が少なく高い信頼性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明の転がり軸受の一例として針状転がり軸受を使用した4サイクルエンジンの縦断面図である。
【図2】本発明の摺動部材からなる保持器を用いた針状ころ軸受を示す斜視図である。
【図3】本発明の転がり軸受の他の例である風力発電装置全体の模式図である。
【図4】上記風力発電装置の主軸支持装置を示す図である。
【図5】上記主軸支持装置に用いられる転がり軸受の設置構造を示す図である。
【図6】摺動試験機を示す図である。
【図7】実施例1の摺動試験後の試験片を示す写真である。
【図8】比較例2の摺動試験後の試験片を示す写真である。
【図9】実施例1の保持器断面の写真である。
【図10】比較例2の保持器断面の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
本発明の摺動部材の基材材料としては、鉄系金属材料、銅系金属材料、アルミニウム系金属材料などを使用できる。鉄系金属材料としては、肌焼き鋼(SCM)、冷間圧延鋼(SPCC)、熱間圧延鋼(SPHC)、炭素鋼(S25C〜S55C)、ステンレス鋼(SUS304〜SUS316)、軟鋼(SS400)等が挙げられる。銅系金属材料としては、銅−亜鉛合金(HBsC1、HBsBE1、BSP1〜3)、銅−アルミニウム−鉄合金(AlBC1)等、アルミニウム系金属としてはアルミ−シリコン合金(ADC12)等が挙げられる。
【0033】
また、摺動部材を保持器とする場合、該保持器表面に後述する被膜を形成して用いることから、保持器本体としては、軸受鋼、浸炭鋼、または機械構造用炭素鋼を用いることができる。これらの中で耐熱性が高く高荷重に耐える剛性を有する浸炭鋼を用いることが好ましい。浸炭鋼としては例えばSCM415を挙げることができる。
【0034】
基材と該基材表面に形成する被膜との密着性を向上させるため、基材に対する被膜形成の前処理として、(1)基材表面の形状の粗面化、および、(2)シランカップリング剤の塗布を行なう。
【0035】
(1)基材表面の形状の粗面化の手順について以下に説明する。まず、基材を十分に洗浄し、表面の汚染を除去する。この洗浄方法としては、有機溶剤による浸漬洗浄、超音波洗浄、蒸気洗浄、酸・アルカリ洗浄などによる方法が挙げられる。次に、化成処理によりリン酸マンガン被膜を基材表面に形成する。その後、形成したリン酸マンガン被膜を酸性の薬品などにより基材から除去して、表面を粗面化する。
【0036】
リン酸マンガン処理に用いる処理液としては、例えば、2価のマンガンイオン、鉄イオン、ニッケルイオンと、3価のリン酸イオンとからなるリン酸マンガン化合物の水溶液が挙げられる。この処理液を用い、鉄系金属材料からなる基材を用いた場合の被膜形成の反応過程を以下に示す。リン酸マンガン水溶液の第1次解離により遊離リン酸が生じ、該遊離リン酸によって金属表面の鉄が溶解する。その金属表面で水素イオン濃度が減少し、リン酸マンガン水溶液の解離平衡がリン酸マンガン生成の方向に移行し、不溶性のリン酸マンガンの微結晶が金属表面に析出して被膜を形成する。被膜中の結晶粒子径、被膜厚さ、被膜粗さは、使用する処理液組成等によって調整でき、これにより、該被膜除去後における基材表面の形状も調整できる。リン酸マンガン処理では、基材の表面状態が、形成される被膜の結晶粒子径等に大きく影響するため、上述のように処理前に基材表面の洗浄を十分に行なうことが好ましい。
【0037】
上記粗面化後の基材の表面の形状は、表面パラメータであるハイスポットカウント(HSC)の凹部の数が、評価長さ 10 mm中に 100 個以上かつ凸部の数の2倍以上であることが好ましい。ハイスポットカウントは、評価長さ10mmの表面形状の波形から得られる平均線から+1μm離れた線(正基準レベル)よりも突き出た単位長さあたりの凸部と個数、および、上記平均線から−1μm離れた線(負基準レベル)よりも凹んでいる凹部の個数を、それぞれカウントしたものである。基材の表面の形状として、ハイスポットカウントの凹部の数が 100 個以上かつ凸部の数の 2 倍以上であると、十分なアンカー効果を得ることができ、被膜の耐剥離性を向上できる。
【0038】
(2)シランカップリング剤の塗布について以下に説明する。本発明で使用できるシランカップリング剤は、樹脂と作用する官能基の種類で分類され、アミノ系、エポキシ系、ウレイド系、イソシアネート系のものが挙げられる。具体的には、アミノ系としては、N−2(アミノエチル)3−アミノプロピルメチルジメトキシシラン、N−2(アミノエチル)3−アミノプロピルトリエトキシシラン、N−2(アミノエチル)3−アミノプロピルトリメトキシシラン、3−アミノプロピルトリメトキシシラン、3−アミノプロピルトリエトキシシラン、3−トリエトキシシリル−N−(1、3−ジメチル−ブチリデン)プロピルアミン、N−フェニル−3−アミノプロピルトリメトキシシラン、N−(ビニルベンジル)−2−アミノエチル−3−アミノプロピルトリメトキシシラン塩酸塩、エポキシ系としては、2−(3、4エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、3−グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン、3−グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、ウレイド系としては、3−ウレイドプロピルトリエトキシシラン、イソシアネート系としては、3−イソシアネートプロピルトリエトキシシランなどがそれぞれ挙げられる。
【0039】
シランカップリング剤は、ディップ(浸漬)コーティング法などにより上記粗面化後の基材表面に塗布する。例えば、シランカップリング剤入り水溶液に基材を所定時間浸漬し、その後恒温槽で乾燥させる。
【0040】
以上の前処理を施した後、シランカップリング剤が塗布された基材表面に樹脂組成物からなる被膜を形成することで、該被膜の耐剥離性が向上する。ここで、本発明における樹脂組成物は、所定の合成樹脂に、PTFE樹脂を除く充填材を配合してなり、該充填材は少なくともフラーレンを含むものである。本発明における樹脂組成物について以下に詳細に説明する。
【0041】
本発明に使用できる合成樹脂としては、耐油性を有し、被膜としたときに被膜強度が強く、耐摩耗性に優れた材料であれは、特に限定されない。そのような例としては、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ポリカルボジイミド樹脂、フラン樹脂、ビスマレイミドトリアジン樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、シリコーン樹脂、ポリアミノビスマレイミド樹脂、芳香族ポリイミド樹脂等の熱硬化性樹脂、ポリオレフィン樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリアミド樹脂、ポリフェニレンエーテル樹脂、ポリフェニレンサルファイド樹脂、ポリサルフォン樹脂、ポリエーテルサルフォン樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、熱可塑性ポリイミド樹脂、芳香族ポリアミドイミド樹脂、ポリベンゾイミダゾール樹脂、ポリエーテルケトン樹脂、ポリエーテルニトリル樹脂、フッ素樹脂、芳香族ポリエステル樹脂等の熱可塑性樹脂等があげられる。これらの中でも好ましいものとして、芳香族ポリアミドイミド樹脂、芳香族ポリイミド樹脂、エポキン樹脂、フェノール樹脂、ポリフェニレンサルファイド樹脂等が挙げられる。
【0042】
本発明において、特に好ましい合成樹脂は被膜形成能に優れるポリイミド系樹脂である。ポリイミド系樹脂は分子内にイミド結合を有するポリイミド樹脂、分子内にイミド結合とアミド結合とを有するポリアミドイミド樹脂等が挙げられる。
【0043】
ポリイミド樹脂の中でも、芳香族ポリイミド樹脂が好ましく、芳香族ポリイミド樹脂は、化1で示す繰返し単位を有する樹脂であり、化1で示す繰返し単位を有する樹脂の前駆体であるポリアミック酸も使用できる。R1 は芳香族テトラカルボン酸またはその誘導体の残基であり、R2 は芳香族ジアミンまたはその誘導体の残基である。そのようなR1 またはR2 としては、フェニル基、ナフチル基、ジフェニル基、およびこれらがメチレン基、エーテル基、カルボニル基、スルホン基等の連結基で連結されている芳香族基が挙げられる。
【化1】

【0044】
芳香族テトラカルボン酸またはその誘導体の例としては、ピロメリット酸二無水物、2,2´,3,3´-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、3,3´,4,4´-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、3,3´,4,4´-ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物、1,2,5,6-ナフタレンテトラカルボン酸二無水物、ビス(2,3-ジカルボキシフェニル)メタン酸二無水物等が挙げられ、これらは単独あるいは混合して用いられる。
【0045】
芳香族ジアミンまたはその誘導体の例としては、4,4´-ジアミノジフェニルエーテル、3,3´-ジアミノジフェニルスルホン、4,4´-ジアミノジフェニルメタン、メタフェニレンジアミン、パラフェニレンジアミン、4,4'-ビス(3-アミノフェノキシ)ビフェニルエーテルなどのジアミン類またはジイソシアネート類が挙げられる。
【0046】
上記芳香族テトラカルボン酸またはその誘導体と、芳香族ジアミンまたはその誘導体との組み合わせで得られる芳香族ポリイミド樹脂の例としては、表1に示す繰返し単位を有するものが挙げられる。これらはR1 およびR2 にヘテロ原子を有しない樹脂である。
【0047】
表1中の芳香族ポリイミド樹脂において、分子中に占める芳香環の比率が高いポリイミドCおよびポリイミドDが好ましく、特にポリイミドDが本発明に好適である。芳香族ポリイミド樹脂ワニスの市販品としては、例えば宇部興産社製Uワニスが挙げられる。
【表1】

【0048】
本発明に使用できるポリアミドイミド樹脂は高分子主鎖内にアミド結合とイミド結合とを有する樹脂であり、ポリカルボン酸またはその誘導体とジアミンまたはその誘導体との反応により得ることができる。
【0049】
ポリカルボン酸としては、ジカルボン酸、トリカルボン酸、およびテトラカルボン酸が挙げられる。ポリアミドイミド樹脂は、(1)ジカルボン酸およびトリカルボン酸とジアミンとの組み合わせ、(2)ジカルボン酸およびテトラカルボン酸とジアミンとの組み合わせ、(3)トリカルボン酸とジアミンとの組み合わせ、(4)トリカルボン酸およびテトラカルボン酸とジアミンとの組み合わせにより得られる。ポリカルボン酸とジアミンとはそれぞれ誘導体であってもよい。ポリカルボン酸の誘導体としては酸無水物、酸塩化物が挙げられ、ジアミンの誘導体としてはジイソシアネートが挙げられる。ジイソシアネートはイソシアネート基の経日変化を避けるために必要なブロック剤で安定化したものを使用してもよい。ブロック剤としては、アルコール、フェノール、オキシム等が挙げられる。また、ポリカルボン酸とジアミンとはそれぞれ芳香族および脂肪族化合物を用いることができる。本発明に使用できるポリアミドイミド樹脂は引張り強さに優れたものが好ましく、芳香族化合物に脂肪族化合物を併用することが好ましい。また、エポキシ化合物で変性することができる。
【0050】
トリカルボン酸またはその誘導体の例としては、トリメリット酸無水物、2,2´,3-ビフェニルトリカルボン酸無水物、3,3´,4-ビフェニルトリカルボン酸無水物、3,3´,4-ベンゾフェノントリカルボン酸無水物、1,2,5-ナフタレントリカルボン酸無水物、2,3-ジカルボキシフェニルメチル安息香酸無水物等が挙げられ、これらは単独あるいは混合して用いられる。量産化されており、工業的利用のしやすさからトリメリット酸無水物が好ましい。
【0051】
テトラカルボン酸またはその誘導体の例としては、ピロメリット酸二無水物、3,3',4,4'-ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物、3,3',4,4'-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、1,2,5,6-ナフタレンテトラカルボン酸二無水物、2,3,5,6-ピリジンテトラカルボン酸二無水物、1,4,5,8-ナフタレンテトラカルボン酸二無水物、3,4,9,10-ペリレンテトラカルボン酸二無水物、4,4'-スルホニルジフタル酸二無水物、m-タ-フェニル-3,3',4,4'-テトラカルボン酸二無水物、4,4'-オキシジフタル酸二無水物、1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロ-2,2-ビス(2,3-または3,4-ジカルボキシフェニル)プロパン二無水物、2,2-ビス(2,3-または3,4-ジカルボキシフェニル)プロパン二無水物、2,2-ビス[4-(2,3-または3,4-ジカルボキシフェノキシ)フェニル]プロパン二無水物、1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロ-2,2-ビス[4-(2,3-または3,4-ジカルボキシフェノキシ)フェニル]プロパン二無水物、1,3-ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)-1,1,3,3-テトラメチルジシロキサン二無水物、ブタンテトラカルボン酸二無水物、ビシクロ-[2,2,2]-オクト-7-エン-2,3,5,6-テトラカルボン酸二無水物等が挙げられる。
【0052】
ジカルボン酸またはその誘導体の例としては、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、アゼライン酸、スベリン酸、セバシン酸、デカン二酸、ドデカン二酸、ダイマー酸、イソフタル酸、テレフタル酸、フタル酸、ナフタレンジカルボン酸、オキシジ安息香酸、ポリブタジエン系オリゴマーの両末端をカルボキシル基とした脂肪族ジカルボン酸(日本曹達社製Nisso−PB,Cシリーズ、宇部興産社製 Hycar−RLP,CTシリーズ、Thiokol社製 HC−polymerシリーズ、General Tire社製 Telagenシリーズ、Phillips Petroleum社製 Butaretzシリーズ等)、カーボネートジオール類(ダイセル化学社製の商品名PLACCEL、CD−205、205PL、205HL、210、210PL、210HL、220、220PL、220HL)の水酸基当量以上のカルボキシル当量となるジカルボン酸を反応させて得られるエステルジカルボン酸等が挙げられる。
【0053】
ジアミンまたはその誘導体の例として、ジイソシアネートとしては、4,4'-ジフェニルメタンジイソシアネート、トリレンジイソシアネート、キシリレンジイソシアネート、4,4'-ジフェニルエーテルジイソシアネート、4,4'-[2,2-ビス(4-フェノキシフェニル)プロパン]ジイソシアネート、ビフェニル-4,4'-ジイソシアネート、ビフェニル-3,3'-ジイソシアネート、ビフェニル-3,4'-ジイソシアネート、3,3'-ジメチルビフェニル-4,4'-ジイソシアネート、2,2'-ジメチルビフェニル-4,4'-ジイソシアネート、3,3'-ジエチルビフェニル-4,4'-ジイソシアネート、2,2'-ジエチルビフェニル-4,4'-ジイソシアネート、3,3'-ジメトキシビフェニル-4,4'-ジイソシアネート、2,2'-ジメトキシビフェニル-4,4'-ジイソシアネート、ナフタレン-1,5-ジイソシアネート、ナフタレン-2,6-ジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネート、2,2,4-トリメチルヘキサメチレンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、4,4'-ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート、トランスシクロヘキサン-1,4-ジイソシアネート、水添m-キシリレンジイソシアネート、リジンジイソシアネート、カーボネートジオール類(ダイセル化学社製の商品名PLACCEL、CD−205、205PL、205HL、210、210PL、210HL、220、220PL、220HL)の水酸基当量以上のイソシアネート当量となるジイソシアネートを反応させて得られるウレタンジイソシアネート等のジイソシアネート類が挙げられる。
【0054】
ジアミン類としては、ジメチルシロキサンの両末端にアミノ基が結合したシロキサンジアミン(シリコーンオイルX−22−161AS(アミン当量450)、X−22−161A(アミン当量840)、X−22−161B(アミン当量1500)、X−22−9409(アミン当量700)、X−22−1660B−3(アミン当量2200)(以上、信越化学工業社製、商品名)、BY16−853(アミン当量650)、BY16−853B(アミン当量2200)、(以上、東レダウコーニングシリコーン社製、商品名))、両末端アミノ化ポリエチレン、両末端アミノ化ポリプロピレン等の両末端アミノ化オリゴマーや両末端アミノ化ポリマー、オキシアルキレン基を有するジアミン(ジェファーミンDシリーズ、ジェファーミンEDシリーズ、ジェファーミンXTJ−511、ジェファーミンXTJ−512、いずれもサンテクノケミカル社商品名)等が挙げられる。
【0055】
芳香族ポリイミド樹脂と異なり、前駆体を経ることなく樹脂溶液の状態でアミド結合とイミド結合との繰返し単位を有するポリアミドイミド樹脂が本発明において特に好ましい。また、ポリアミドイミド樹脂のジイソシアネート変性、BPDA変性、スルホン変性、ゴム変性樹脂を使用できる。ポリアミドイミド樹脂ワニスの市販品としては、例えば日立化成社製HPC9000、HPC9100等が挙げられる。
【0056】
本発明で使用する合成樹脂は、成形後の引張り強さが 115 MPa以上、好ましくは 140 MPa以上である。また、弾性率が 2.5 GPa以上であることが好ましく、4.0 GPa以上であることがより好ましい。引張り強さが 115 MPa未満、弾性率が 2.5 GPa未満では基材との密着性に劣り剥離しやすくなる。
【0057】
合成樹脂の引張り強さと引張り弾性率は以下の方法で測定される。合成樹脂溶液を、アセトン脱脂後窒素ガスブローにより表面清浄化されたガラス基板上に塗布し、80℃で 30 分、その後 150℃で 10分予備乾燥を行ない、最後に合成樹脂の分子構造に適した硬化温度で 30 分乾燥する。硬化塗膜をガラス基板より剥離して 80 ± 8μm 厚さの樹脂フィルムを得て、このフィルムを 10 mm×60 mm の短冊状の試験片とし、チャック間距離 20 mm 、引張速度 5 mm/分で室温にて引張試験機により引張り強さと引張り弾性率を測定する。
【0058】
上記合成樹脂には充填材として少なくともフラーレンが配合される。フラーレンは、炭素5員環と6員環から構成され、球状に閉じた多様な多面体構造を有する炭素分子である。グラファイト、ダイヤモンドに続く第3の炭素同素体として1985年にH.W.KrotoとR.E.Smalleyなどによって発見された新規な炭素材料である。代表的な分子構造としては、60個の炭素原子が12個の五員環と20個の六員環からなる球状の切頭正二十面体を構成する、いわゆるサッカーボール状の構造のC60 が挙げられ、同様に70個の炭素原子からなるC70 、さらに炭素数の多い高次フラーレン、例えばC76 、C78 、C82 、C84 、C90 、C94 、C96 などが存在する。これらのうちのC60 およびC70 が代表的なフラーレンである。また、これらを反応させて多量体が得られる。本発明においては、フラーレンであれば球状、あるいは多量体のいずれも使用できる。
【0059】
フラーレンの製造法には、レーザ蒸発法、抵抗加熱法、アーク放電法、熱分解法などがあり、具体的には、例えば特許第2802324号に開示されており、これらは、減圧下あるいは不活性ガス存在下、炭素蒸気を生成し、冷却、クラスター成長させることによりフラーレン類を得ている。一方、近年、経済的で効率のよい大量製造法として燃焼法が実用化されている。燃焼法の例としては、バーナーが減圧チャンバー内に設置された装置を使用し、系内を真空ポンプにて換気しつつ炭化水素原料と酸素とを混合してバーナーに供給し、火炎を生成する。その後、上記火炎により生成した煤状物質を下流に設けた回収装置により回収する。この製造法において、フラーレンは煤中の溶媒可溶分として得られ、溶媒抽出、昇華などにより単離される。得られたフラーレンは通常C60、C70 および高次フラーレンの混含物であり、さらに精製してC60、C70 などを単離することもできる。本発明で用いるフラーレンとしては、構造や製造法を特に限定するものではないが、特にC60、C70 の炭素数のもの、あるいはこれらの混合物が好ましい。
【0060】
本発明において、フラーレンの配合量は樹脂組成物全体に対して 0.1〜5 容量%であることが好ましい。0.1 容量%未満では十分な耐摩耗性を得られない場合がる。一方、5 容量%より多いと分散不良により耐摩耗性が悪化する場合がある。
【0061】
上記合成樹脂には、耐剥離性や耐摩耗性を低下させずに、摩擦係数の安定化や初期馴染み性を向上させることを目的に、PTFE樹脂を除いて、二硫化モリブデン、二硫化タングステンおよび黒鉛などの固体潤滑剤を配合することができる。この場合の固体潤滑剤の好ましい配合量は 5〜25 容量%である。本発明の摺動部材の被膜を形成する樹脂組成物の好ましい態様としては、ポリイミド系樹脂に、フラーレンと、二硫化モリブデンおよび二硫化タングステンから選ばれた少なくとも1つの二硫化物とが分散配合された組成物である。
【0062】
上記合成樹脂に充填材が配合された樹脂組成物(ワニス)を用いて、スプレーコーティング法、ディップ(浸漬)コーティング法、静電塗装法、タンブラーコーティング法、電着塗装法などにより、上述の前処理後の基材表面に樹脂被膜を形成する。被膜形成後は、加熱処理によって溶媒除去、乾燥、融解、架橋等を行ない、基材表面に被膜が形成された摺動部材を完成させる。被膜形成の過程で、余分に付着したワニスは、ふき取り、遠心分離、エアブロー等の物理的、化学的方法により除去し、所望の厚さに調整することができる。膜厚を増す場合には、重ね塗りをしてもよい。また、被膜完成後に機械加工やタンブラー処理等を行なうことも可能である。
【0063】
被膜の膜厚は、5〜50μm であることが好ましい。より好ましくは 10〜50μmである。被膜の厚さが、5μm未満の場合では、摺動部材の用途によっては耐久性が不十分である。一方、50μmをこえる場合、摺動部材を保持器に利用する際に保持器の真円度が悪化するおそれがある。
【0064】
上記被膜、特にポリイミド系樹脂被膜は、硫黄系添加剤を含む潤滑油に浸漬しても膨潤したり、溶解したりすることなく、そのため基材材質が耐硫化性の低い金属であっても表面にポリイミド系樹脂被膜を形成することにより、潤滑油中への金属溶出が生じにくい。このため、摺動部材としてポリイミド系樹脂被膜を表面に有する保持器を作製し、この保持器を取り付けた転がり軸受は、硫黄系添加剤を含む潤滑油と接触する環境下において被膜の剥離や被膜成分の溶出が生じにくい。
【0065】
硫黄系添加剤とは、硫黄系化合物を含む添加剤であり、この添加剤種類としては、酸化防止剤、防錆剤、極圧剤、清浄分散剤、金属不活性剤、摩耗防止剤などが挙げられる。硫黄系化合物としては、例えば、ジアルキルジチオリン酸亜鉛(以下、ZnDTPと記す)、ジアリルジチオリン酸亜鉛等のチオリン酸塩、硫化テルペン、フェノチアジン、メルカプトベンゾチアゾール、石油スルホン酸塩、アルキルベンゼンスルホン酸塩、ポリブテン−P25 反応生成物塩、有機スルホン酸のアンモニウム塩、アルカリ土類金属の有機スルホン酸塩、1-メルカプトステアリン酸等のメルカプト脂肪酸類あるいはその金属塩、2,5-ジメルカプト-1,3,4-チアジアゾール、2-メルカプトチアジアゾール等のチアゾール類、2-(デシルジチオ)-ベンズイミダゾール、2,5-ビス(ドデシルジチオ)-ベンズイミダゾール等のジスルフィド系化合物、ジラウリルチオプロピオネート等のチオカルボン酸エステル系化合物、二硫化ジベンジル、二硫化ジフェニル、硫化スパーム油などの硫化油脂、硫化オレフィン、硫化脂肪エステルなどの硫化エステル、ジベンジルジサルファイド、アルキルポリサルファイド、オレフィンポリサルファイド等のサルファイド、カルシウムスルホネート、マグネシウムスルホネート、アルキルジチオリン酸アミン等を挙げることができる。また、硫黄系化合物を含む添加剤が添加される潤滑油としては、鉱油、合成油、エステル油、エーテル油などが挙げられる。
【0066】
なお、上記「硫黄系添加剤を含む潤滑油に接触する環境下において剥離または溶出が生じにくい」とは、例えば、3 mm×3 mm×20 mm の寸法(表面積 258 mm2 )を有するSCM415製基材片 に上記被膜を形成した試験片 3 個をZnDTPを 1 重量%含有させたポリ-α-オレフィン 2.2 g 中に 150℃にて 200 時間浸漬処理したときに、試験片から上記潤滑油中に溶出する被膜成分量が蛍光X線測定装置による測定にて、潤滑油中で 200 ppm 以下であることをいう。
【0067】
本発明の保持器は、軸受用の保持器であって上記摺動部材からなるものである。また、本発明の転がり軸受は、この保持器を用いて複数の転動体を保持するものである。本発明の転がり軸受の形式は、ラジアル軸受、スラスト軸受のいずれの場合であってもよい。また、転動体の形状は特に限定されないが、ころ形状、針状ころ形状の場合に、この発明の効果をより享受することができる。ころ形状には円筒形の他、円すいころ、球面ころなどが含まれる。また、本発明に係る転がり軸受は、後述するコンロッド用や、圧縮機、特にエアコンやカーエアコン等の空気調和機用の圧縮機など、希薄な潤滑条件で使用される転がり軸受に好適に使用できる。
【0068】
本発明の転がり軸受の使用態様を図面に基づいて説明する。図1は本発明の転がり軸受の一例として針状転がり軸受を使用した4サイクルエンジンの縦断面図である。4サイクルエンジンは、吸気バルブ7aを開き、排気バルブ8aを閉じてガソリンと空気を混合した混合気を吸気管7を介して燃焼室9に吸入する吸入行程と、吸気バルブ7aを閉じてピストン6を押し上げて混合気を圧縮する圧縮行程と、圧縮された混合気を爆発させる爆発行程と、爆発した燃焼ガスを排気バルブ8aを開き排気管8を介して排気する排気行程とを有する。そして、これらの行程で燃焼により直線往復運動を行なうピストン6と、回転運動を出力するクランク軸4と、ピストン6とクランク軸4とを連結し、直線往復運動を回転運動に変換するコンロッド5とを有する。クランク軸4は、回転中心軸10を中心に回転し、バランスウェイト11によって回転のバランスをとっている。
【0069】
コンロッド5は、直線状棒体の下方に大端部13を、上方に小端部14を設けたものからなる。クランク軸4は、コンロッド5の大端部13の係合穴に取り付けられた針状ころ軸受1aを介して回転自在に支持されている。また、ピストン6とコンロッド5を連結するピストンピン12は、コンロッド5の小端部14の係合穴に取り付けられた針状ころ軸受1bを介して回転自在に支持されている。
【0070】
図2は本発明の摺動部材からなる保持器を用いた針状ころ軸受を示す斜視図である。図2に示すように、針状ころ軸受1は複数の針状ころ3と、この針状ころ3を一定間隔、もしくは不等間隔で保持する保持器2とで構成される。内輪および外輪は設けられず、直接に、保持器2の内径側にクランク軸4やピストンピン12などの軸が挿入され、保持器2の外径側がハウジングであるコンロッド5の係合穴に嵌め込まれる(図1参照)。内外輪を有さず、長さに比べて直径が小さい針状ころ3を転動体として用いるので、この針状ころ軸受1は、内外輪を有する一般の転がり軸受に比べて、コンパクトなものとなる。
【0071】
保持器2は本発明の摺動部材からなる。保持器2には、針状ころ3を保持するためのポケット2aが設けられ、各ポケットの間に位置する柱部2bで、各針状ころ3の間隔を保持する。保持器2の表面部位には上述の前処理後に樹脂被膜が形成されている。樹脂被膜を形成する保持器の表面部位は潤滑油と接触する部位であり、針状ころ3と接触するポケット2aの表面を含めた保持器2の全表面が好ましい。また、保持器2の表面部位に加えて転動体である針状ころ3の表面またはコンロッド5の内径面にも同様の樹脂被膜を形成することができる。
【0072】
本発明の転がり軸受の他の例である風力発電装置の主軸支持装置を図3および図4より説明する。図3は該支持装置を含む風力発電装置全体の模式図であり、図4は図3の主軸支持装置を示す図である。図3または図4に示すように、風力発電装置21は、風車となる羽根(ブレード)22が取り付けられた主軸23を、ナセル24内の軸受ハウジング35に設置された転がり軸受25により回転自在に支持し、さらにナセル24内に増速機26および発電機27を設置したものである。増速機26は、主軸23の回転を増速して発電機27の入力軸に伝達するものである。ナセル24は、支持台28上に旋回座軸受37を介して旋回自在に設置され、図4の旋回用のモータ29の駆動により、減速機30を介して旋回させられる。ナセル24の旋回は、風向きに羽根22の方向を対向させるために行なわれる。主軸支持用の転がり軸受25は、図4の例では2個設けているが、1個であってもよい。
【0073】
本発明の転がり軸受25の設置構造を図5により説明する。図5は、風力発電装置の主軸支持装置に用いられる転がり軸受25の設置構造を示す図である。転がり軸受25は、一対の軌道輪となる内輪31および外輪32と、これら内外輪31、32間に介在した複数の転動体33とを有する複列の自動調心ころ軸受である。転がり軸受25の外輪32は軌道面32aが球面状とされ、各転動体33は外周面が外輪軌道面32aに沿う球面状のころとされている。内輪31は各列の軌道面31a、31aを個別に有するつば付きの構造とされている。転動体33は、各列毎に保持器34で保持されている。転がり軸受25内部には、潤滑油やグリースが封入される。外輪32は軸受ハウジング35の内径面に嵌合して設置され、内輪31は主軸23の外周に嵌合して主軸23を支持している。軸受ハウジング35は、転がり軸受25の両端を覆う側壁部35aと主軸23との間にラビリンスシールなどのシール36が構成されている。軸受ハウジング35で密封性が得られるため、軸受25にはシールなしの構造が用いられている。
【0074】
転がり軸受25において、保持器34が本発明の摺動部材からなる。保持器34の表面部位には上述の前処理後に樹脂被膜が形成されている。この被膜は、保持器34の表面の少なくとも軌道輪と接触する部位およびポケット面に形成されていればよい。また、該被膜は、軌道輪の保持器案内面にそれぞれ形成することも可能である。保持器の形状はかご型やくし型などが使用できる。
【0075】
転がり軸受25は、アキシアル負荷が可能なラジアル軸受であればよく、上記図5で示した自動調心ころ軸受の他に、円筒ころ軸受、アンギュラ玉軸受、円すいころ軸受、深溝玉軸受などであってもよい。これらの中で、軽荷重から突風時の重荷重まで幅広い荷重域で、かつ風向の変化が絶えず生じる状態で運転される風力発電装置の主軸支持用転がり軸受としては、運転に伴なう主軸の撓みを吸収できる自動調心ころ軸受が好ましい。また、本発明の転がり軸受は、上記旋回座軸受37としても利用できる。
【実施例】
【0076】
リン酸塩被膜を形成後除去する処理で基材表面を粗面化し、シランカップリング剤を塗布する前処理の方法を前処理Aと呼ぶこととする。粗面化処理方法およびシランカップリング剤の処理方法を以下に示す。
基材表面の粗面化処理方法:基材をアセトンなどの有機溶剤により 40℃ で 10分間超音波洗浄または蒸気洗浄し、70℃で 2 分間アルカリ脱脂処理を行ない、イオン交換水で洗浄する。この基材をリン酸マンガン処理液(日本パーカライジング社製:パルホスM1A建浴液)により、95℃で10分間被膜処理する。その後、基材表面のリン酸マンガン被膜を、酸性溶液により除去する。なお、測定装置(テーラー・ボブソン社製フォームタリサーフ)を用いて、評価長さ:10 mm、フィルタ:ガウシアン、カットオフ:0.08mm の条件で、粗面化後の基材表面のハイスポットカウント(HSC)の凹部および凸部の数を測定した。結果を表2および表3に示す。
シランカップリング剤の処理方法:表面を粗面化した基材を石油ベンジンなどの有機溶剤に浸漬し、超音波洗浄機で洗浄する( 3 分間を 3 回)。乾燥させたのち、シランカップリング剤入り水溶液(シランカップリング剤濃度 1 重量% 溶媒 水/エタノール混合(2/98)溶媒)に浸漬し、その後、余分な液を振り落とし、100℃の恒温槽で乾燥する。
【0077】
また、実施例および比較例で用いたポリアミドイミド樹脂ワニス(溶剤:N-メチル-2-ピロリドン)は、以下のとおりである。
実施例1:日立化成社製HPC−9000−21
実施例2、3、4、6、7、8、9、比較例1、2、4、8、9、10:日立化成社製HPC−9100−29
実施例5、10:日立化成社製HCI−7000
比較例3:日立化成社製HPC−5020−30
比較例7:日立化成社製HPC−4250−30
【0078】
実施例1〜6、比較例1、3
ポリアミドイミド樹脂ワニスの固形分に対し各種充填材を表2および表3に記載の割合でボールミルで十分に均一分散するまで混合して、(1)摺動試験用SUJ2製リング状試験片〔外径 40 mm ×内径 20 mm ×厚さ 10 mm (副曲率R 60 )、前処理Aを施す:図6の41〕の外径面、(2)保持器付き針状ころの保持器(前処理Aを施す)の表面、および(3)潤滑油浸漬試験片(前処理Aを施す)の表面に、スプレー法にて混合液をコーティングした。フラーレンの配合方法は、トルエンとN-メチル-2-ピロリドンとの混合溶媒(混合質量比率 50:50 )にフラーレンを 5 容量%濃度で溶解させた濃縮液をあらかじめ用意し、これをポリアミドイミド樹脂ワニスに所定濃度となるよう添加し調製した。なお、表2および表3に記載の各成分の配合割合は固形分での割合でありすべて容量%である。
【0079】
コーティング後の焼成条件は以下のとおりである。実施例1〜4、6は、コーティング後 100℃ で 1 時間乾燥し、さらに 150 ℃で 30 分乾燥し、270 ℃で 30 分焼成した。実施例5はコーティング後 100 ℃で 1 時間乾燥し、さらに 150 ℃で 30 分乾燥し、350 ℃で 30 分焼成した。比較例1は、コーティング後 100℃で 1 時間乾燥し、さらに 150 ℃で 30 分乾燥し、270 ℃で 30 分焼成した。比較例3は、コーティング後 100 ℃で 1 時間乾燥し、さらに 150 ℃で 30 分乾燥し、250 ℃で 10 分焼成した。
【0080】
得られたリング状試験片を用いて以下に示す摺動試験に供し、摩擦係数と試験後の被膜の状態を評価した。また、得られた潤滑油浸漬試験片を以下に示す潤滑油浸漬試験に供した。また、得られた保持器を用いて以下に示す高温放置試験に供し、基材と被膜の密着性の優劣を評価した。結果を表2および表3に示す。また、摺動試験後の試験片の写真を図7(実施例1)に示す。
【0081】
比較例2
前処理をブラスト処理(ショット粒 AZ材 平均粒径 80 μm、エアー圧 0.5 MPa)を施し、摺動試験用SUJ2製リングと保持器の表面を粗面化した。混合液の調製方法、コーティング方法、乾燥、焼成条件は実施例2と同様である。結果を表3に示す。また、摺動試験後の試験片の写真を図8に示す。
【0082】
<摺動試験>
得られたリング状試験片を用いて摺動試験を行なった。図6は摺動試験機を示す図である。図6(a)は正面図を、図6(b)は側面図をそれぞれ表す。回転軸42にリング状試験片41を取り付け、アーム部43のエアスライダー45に鋼鈑44を固定する。リング状試験片41は所定の荷重46を図面上方から印加されながら鋼鈑44に回転接触すると共に潤滑油が含浸されたフェルトパッド48より潤滑油がリング状試験片41の外径面に供給される。リング状試験片41を回転させたときに発生する摩擦力はロードセル47により検出される。鋼鈑44はSCM415浸炭焼入れ焼戻し処理品(Hv 700 、表面粗さ Ra 0.01μm )を、潤滑油はモービルベロシティオイルNo.3(VG2、エクソンモービル社製)をそれぞれ用いた。荷重は 50 N 、滑り速度は 5.0 m /秒、試験時間は 30 分である。摩擦係数は試験終了前 10 分間の平均値として表した。また、所定時間運転した被膜に剥離や摩耗があるか否かを確認した。試験後被膜の状態を示す記号において◎は損傷なし、○は運転に支障ない程度の微小な剥離や摩耗、△は試験継続不可能なほど大きい摩耗、×は剥離したことを示す。試験中に被膜が大きく剥離や摩耗を起こし試験継続が困難となった場合はその時点で中断とし、試験時間も耐久性を評価する指標とした。
【0083】
<高温放置試験>
軸受が温度上昇する際、膨張が伴う。合成樹脂と鋼には膨張量に差があり、一般的に合成樹脂の膨張量は鋼の膨張量よりも大きいため、被膜は基材から浮き上がろうとする力が働く。本試験は被膜に浮き上がろうとする力が働いても被膜と基材が密着していることを確認するための試験である。合成樹脂被膜を施した保持器付針状ころの保持器(26mm×33mm×13.8mm)を 150 ℃の恒温槽に 5 時間放置した。所定時間後、取り出した保持器を切断し、基材と被膜の断面を観察した。断面観察において被膜が基材から浮き上がりを生ずることなく密着しているものは、密着性が優れていると判断し、被膜が基材から浮き上がりを生じており密着していないものは、密着性が悪いものと判断した。浮き上がりを生じていない写真(実施例1)を図9に、生じている写真(比較例2)を図10にそれぞれ示す。
【0084】
<潤滑油浸漬試験>
被膜を施した角棒 3 本を 150 ℃の潤滑油〔ポリ−α−オレフィン:ルーカントHL−10(三井化学社製)にZnDTP(LUBRIZOL677A、LUBRIZOL社製)を 1 重量%添加したもの〕 2.2 g に 200 時間浸漬した後、潤滑油中に溶出した被膜成分の濃度を測定した。濃度測定は、蛍光X線測定〔蛍光X線測定装置:Rigaku ZSX100e(リガク社製)〕により定量した。試験片はSCM415製 3mm×3mm×20mm の角棒である。
【0085】
【表2】

【0086】
【表3】

【0087】
表2に示す結果から明らかなように、摺動試験において、実施例1〜6では大きな摩耗や剥離を生じることはなかった。また、高温放置試験での密着性の確認ではいずれも密着性は優れていた。一方、表3に示すように、摺動試験で前処理がブラスト処理であったり(比較例2)、被膜の引っ張り強さが 115 MPa 未満(比較例3)では剥離を生じ、充填材にPTFE樹脂を使用する(比較例1)と摩耗が大きくなった。また、高温放置試験で、前処理がブラスト処理であると密着性が不良であることが確認できた(比較例2)。
【0088】
実施例7〜10、比較例4、比較例7〜10
ポリアミドイミド樹脂ワニスの固形分に対し各種充填材を表4および表5に記載の割合でボールミルで十分に均一分散するまで混合して、(1)摺動試験用SUJ2製リング状試験片〔外径 40 mm ×内径 20 mm ×厚さ 10 mm (副曲率R 60 )、前処理Aを施す:図6の41〕の外径面、および(2)潤滑油浸漬試験片(前処理Aを施す)の表面にスプレー法にて混合液をコーティングした。フラーレンの配合方法などは、上述の実施例1と同様である。
【0089】
コーティング後の焼成条件は以下のとおりである。実施例7〜9は、コーティング後 100℃で 1 時間乾燥し、さらに 150 ℃で 30 分乾燥し、270 ℃で 30 分焼成した。実施例10は、コーティング後 100 ℃で 1 時間乾燥し、さらに 150 ℃で 30 分乾燥し、350 ℃で 30 分焼成した。比較例4、8〜10は、コーティング後 100℃で 1 時間乾燥し、さらに 150 ℃で 30 分乾燥し、270 ℃で 30 分焼成した。比較例7は、コーティング後 100℃で 1 時間乾燥し、さらに 150 ℃で 30 分乾燥し、180 ℃で 60 分焼成した。
【0090】
比較例5
実施例7と同様のリング状試験片の外径面、および、潤滑油浸漬試験片の表面に、電気めっきにより下地として銅めっき(めっき厚: 5 μm )を施し、さらに表層に銀めっき(めっき厚: 20 μm )を施した。
【0091】
比較例6
実施例7と同様のリング状試験片の外径面、および、潤滑油浸漬試験片の表面に、電気めっきにより銅めっき(めっき厚: 25 μm )を施した。
【0092】
得られたリング状試験片を用いて上述の摺動試験に供し、摩擦係数と試験後の被膜の状態を評価した。また、得られた潤滑油浸漬試験片を上述の潤滑油浸漬試験に供した。結果を表4および表5に示す。
【0093】
【表4】

【0094】
【表5】

【0095】
表4に示す結果から明らかなように、摺動試験において、実施例7〜10では大きな摩耗や剥離を生じることはなかった。また、潤滑油浸漬試験では被膜が潤滑油によって溶かされること無く、耐油性は優れていた。一方、表5に示すように、被膜の強度が 115 MPaより小さい(比較例7)場合は、剥離や摩耗により樹脂被膜が損傷し、耐久性に劣る。また、めっき処理したもの(比較例5,6)は、潤滑油浸漬試験において潤滑油に金属成分が溶出する。特に、銅めっき時の銅の溶出が多い結果となった。
【産業上の利用可能性】
【0096】
本発明の摺動部材は、基材にリン酸マンガン被膜を形成した後その被膜を除去して得られる表面上にシランカップリング剤を塗布し、その上に所定の合成樹脂被膜を形成している保持器であるため、基材と被膜との密着性に優れ、長寿命、高信頼性が得られる。このため、本発明の摺動部材は、高負荷、希薄潤滑条件下で使用される軸受用の保持器として好適に利用できる。
【符号の説明】
【0097】
1 針状ころ軸受
2 保持器
3 針状ころ
4 クランク軸
5 コンロッド
6 ピストン
7 吸気管
8 排気管
9 燃焼室
10 回転中心軸
11 バランスウェイト
12 ピストンピン
13 大端部
14 小端部
21 風力発電装置
22 羽根(ブレード)
23 主軸
24 ナセル
25 転がり軸受
26 増速機
27 発電機
28 支持台
29 モータ
30 減速機
31 内輪
32 外輪
33 転動体
34 保持器
35 軸受ハウジング
36 シール
37 旋回座軸受
41 リング状試験片
42 回転軸
43 アーム部
44 鋼鈑
45 エアスライダー
46 荷重
47 ロードセル
48 フェルトパッド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の粗面化した表面にシランカップリング剤を塗布後に樹脂組成物からなる被膜が形成された摺動部材であって、
前記粗面化は、基材の表面にリン酸マンガン被膜を形成した後その被膜を除去してなされ、
前記樹脂組成物は、成形後の引張り強さが 115 MPa 以上である合成樹脂に、ポリテトラフルオロエチレン樹脂を除く充填材を配合してなり、該充填材は少なくともフラーレンを含むことを特徴とする摺動部材。
【請求項2】
前記基材の粗面化した表面の形状は、ハイスポットカウントの凹部の数が、評価長さ 10 mm中に 100 個以上かつ凸部の数の2倍以上である形状であることを特徴とする請求項1記載の摺動部材。
【請求項3】
前記フラーレンの配合割合が、前記樹脂組成物全体に対して 0.1〜5 容量%であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の摺動部材。
【請求項4】
前記合成樹脂の成形後の引張り弾性率が 2.5 GPa 以上であることを特徴とする請求項1、請求項2または請求項3記載の摺動部材。
【請求項5】
前記合成樹脂がポリイミド系樹脂であることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか一項記載の摺動部材。
【請求項6】
前記ポリイミド系樹脂がポリアミドイミド樹脂であることを特徴とする請求項5記載の摺動部材。
【請求項7】
前記被膜の厚みが 5〜50 μmであることを特徴とする請求項1ないし請求項6のいずれか一項記載の摺動部材。
【請求項8】
請求項1ないし請求項7のいずれか一項記載の摺動部材からなることを特徴とする軸受用の保持器。
【請求項9】
前記基材が鉄系金属材料の成形体であることを特徴とする請求項8記載の保持器。
【請求項10】
複数の転動体と、この転動体を保持する保持器とを備えてなる転がり軸受であって、前記保持器が請求項8または請求項9記載の保持器であることを特徴とする転がり軸受。
【請求項11】
前記転動体が針状ころ形状を有することを特徴とする請求項10記載の転がり軸受。
【請求項12】
前記転がり軸受は、回転運動を出力するクランク軸を支持し、直線往復運動を回転運動に変換するコンロッドの大端部または小端部に設けられた係合穴に取り付けられ、該係合穴の内径面に前記保持器の外径面が接触して外径案内されることを特徴とする請求項10または請求項11記載の転がり軸受。
【請求項13】
前記転がり軸受は、軌道輪である内輪および外輪と、この内輪および外輪間に介在する前記複数の転動体と、前記保持器とを備えてなり、風力発電装置においてブレードが取り付けられた主軸を支持する軸受であることを特徴とする請求項10記載の転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−75021(P2011−75021A)
【公開日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−227054(P2009−227054)
【出願日】平成21年9月30日(2009.9.30)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】