説明

摺動部材

【課題】低フリクション性及び耐摩耗性に優れる摺動部材を提供する。
【解決手段】基材1の摺動受け面7上に被着層である被着層22を被着した摺動部材3において、被着層22を、水素を多く含有する多水素含有固体潤滑剤2Aとこの多水素含有固体潤滑剤2Aよりも水素の含有量が少ない少水素含有固体潤滑剤2Bとを混合した混合固体潤滑剤2Cを基材1の摺動受け面7上に付着させて、形成する。これにより、摺動後の基材1の摺動受け面7に、固体潤滑剤2が基材1の厚さ方向に存在しない潤滑剤無存在領域4が形成され、潤滑剤無存在領域4に、基材1が酸化された酸化部5が形成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材の摺動受け面上に被着層を被着した摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
摺動部材、例えば自動車や一般産業機械の内燃機関用として使用されるすべり軸受には、優れた非焼付性、なじみ性、耐疲労性、耐摩耗性が要求されている。この内燃機関用のすべり軸受には、裏金層上にアルミニウム合金をライニングしたアルミニウム基合金軸受、裏金層上に銅合金をライニングした銅基合金軸受、更に、これらの合金層の表面上にオーバレイ層を設けた軸受があり、使用環境に応じて使い分けをしている。
【0003】
近年の内燃機関は、高速高出力化、高燃費化の傾向があり、摺動部材には上記の特性に加え低フリクション性も要求されている。この低フリクション性を得るために、例えば軸受の合金層(基材)の表面(摺動受け面)上に固体潤滑剤粒子を含有した層を設けることが考えられている。
【0004】
合金層の表面上に固体潤滑剤粒子を含有した層を設ける技術としては、従来より、固体潤滑剤粒子を含有した樹脂オーバレイ層を合金層の表面上に設ける方法が知られている。一般に、樹脂オーバレイ層は、樹脂バインダーに固体潤滑剤粒子を混合し、この混合物を合金層の表面にコーティングすることにより、形成される。
【0005】
一方、潤滑性をより一層高めるために、樹脂バインダーを用いずに固体潤滑剤粒子のみを合金層の表面にコーティングする方法もある。例えば特許文献1には、合金層(基材)の表面上に固体潤滑剤粒子を摩擦させながら付着させて、多くの固体潤滑剤粒子が存在する被覆層(被着層)を合金層の表面上にコーティングすることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−139149号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1のような被着層を設けた摺動部材は、被着層が固体潤滑剤粒子から形成されているので低フリクション性を有する。そのため、摺動部材の被着層と相手材とが摺接する場合、摩擦による発熱量は小さい。これにより、被着層の下方に位置する基材は、摩擦による熱の影響を受け難い。この状態で、被着層が摩耗し消滅して基材が露出した場合、基材の表面と相手材とが摺接し、基材は摩耗する。このとき、基材は比較的軟らかいので、基材の摩耗が比較的進行し易い。従って、この摺動部材は、苛酷な使用状況下では基材の摩耗量は増加し、摺動部材の寿命が短くなってしまうと共に、摺動部材と相手材との隙間が大きくなってガタツキや騒音が生じてしまうことが考えられる。
【0008】
本発明は上記した事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、低フリクション性及び耐摩耗性に優れる摺動部材を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、固体潤滑剤に含有される水素量に着目して鋭意実験を重ねた。その結果、発明者は、被着層と基材(合金層)との結合力が被着層を形成する固体潤滑剤に含有される水素量に影響されていることを解明した。即ち、水素の含有量が多い固体潤滑剤からなる被着層は基材に対して結合力が弱く、この被着層は相手材との摺接により離脱しやすく、離脱した部分から露出した基材の表面は酸化して硬い酸化部が形成されやすいこと、及び水素の含有量の少ない固体潤滑剤からなる被着層は基材に対して結合力が強く、この被着層は相手材との摺接によっても離脱し難いことを、本発明者は解明した。
本発明者は、このような事情を基にして、低フリクション性及び耐摩耗性に優れる摺動部材の本発明をなすに至った。
【0010】
請求項1の発明では、基材の摺動受け面上に被着層を被着した摺動部材において、被着層は、水素を多く含有する多水素含有固体潤滑剤とこの多水素含有固体潤滑剤よりも水素の含有量が少ない少水素含有固体潤滑剤の少なくとも2種類の固体潤滑剤を混合した混合固体潤滑剤が基材の摺動受け面上に付着されて、形成されていることを特徴とするものである。
【0011】
図1は、基材1の摺動受け面7上に被着層22を被着した摺動部材3の断面を顕微鏡写真に基づいて図示したものある。ここで、本発明に言う基材1とは、被着層22を被着する部材であり、例えばアルミニウム合金層、銅合金層、その他の合金層、合金層を設けずに裏金層に相当する部材で相手材を支持する場合には当該裏金層相当部材、或いは合金層や裏金層上に設けた被覆層である。被着層22は、一般に用いられる固体潤滑剤2、例えば二硫化モリブテン(MoS)、グラファイト(C)、二硫化タングステン(WS)或いは窒化ホウ素(BN)のいずれか、又はこれらを組み合わせて形成されている。被着層22の厚さは、顕微鏡写真の測定により、最大で2μmであった。
【0012】
図2は、基材1の摺動受け面7上に被着層22を被着した摺動部材3の断面の模式図である。
本発明の被着層22は、水素を多く含有する多水素含有固体潤滑剤(粒子)2Aとこの多水素含有固体潤滑剤2Aよりも水素の含有量が少ない少水素含有固体潤滑剤(粒子)2Bとから形成されている。水素の含有量の調整は、例えば固体潤滑剤2に水を所望量加えて調整される。所望の水素量を含有した固体潤滑剤2(多水素含有固体潤滑剤2A,少水素含有固体潤滑剤2B)を得る手段は、例えば、固体潤滑剤2を乾燥させて、含有する水分、即ち水素量を、0%とした後に、蒸気を所定時間だけ固体潤滑剤2に噴きつけて、水分を含有させる手法がある。他にも、所定の湿度及び温度に保たれた空間に所定時間、固体潤滑剤2を保持させたりする手法もある。又、水素量の調整を水の含有量で調整せずに、水素ガスを固体潤滑剤2に噴きつけて、所望の水素量を含有させたりする手法等もある。尚、本発明では、被着層22を、水素量が異なる2種類の固体潤滑剤2(多水素含有固体潤滑剤2A,少水素含有固体潤滑剤2B)で形成したが、水素量が異なる3種類以上の固体潤滑剤2から形成しても良い。
【0013】
被着層22は、これらの多水素含有固体潤滑剤2A及び少水素含有固体潤滑剤2Bとを混合することにより混合固体潤滑剤2Cを得て、この混合固体潤滑剤2Cが基材1の表面にライニングして形成されている。多水素含有固体潤滑剤2Aにおける水分量は、5.0〜10.0質量%であることが製造上好ましく、6.5〜8.0質量%であることがより好ましい。
【0014】
混合固体潤滑剤2Cを、多水素含有固体潤滑剤2Aと少水素含有固体潤滑剤2Bとを十分に混合して得ることにより、被着層22中の多水素含有固体潤滑剤2Aと少水素含有固体潤滑剤2Bとを均一に分散して存在させることができる。尚、摺動部材において、荷重負荷の高い部分には多水素含有固体潤滑剤2Aの含有割合を増やす等、存在分布を変えても良い。
【0015】
次に、上記構成の摺動部材3の作用について、図1〜図4を参照して説明する。尚、図1〜図4では便宜上、基材1をアルミニウム合金からなる合金層とし、被着層22を固体潤滑剤2のMoSで形成したとして説明する。
【0016】
図3は、摺動部材3の被着層22に図示しない相手材を摺接させて、被着層22が摩耗した状態の断面を顕微鏡写真に基づいて図示したものある。図4は、被着層22が摩耗した状態の断面を、図2と同様の図示方法で表した模式図である。
【0017】
基材1上の被着層22に図示しない相手材が摺接すると、詳述すると、油膜圧力分布に起因する油膜切れ等により接触が起こると、被着層22は摩耗していく。この摩耗が進行していくと、やがて基材1の表面の一部が露出して、基材1の摺動受け面7上に、固体潤滑剤2が存在しない潤滑剤無存在領域4が形成される。この潤滑剤無存在領域4では、基材1と相手材とは直接接触する。これにより、摩擦熱が生じ、この基材1の接触部分に硬い酸化部5が形成される。この酸化部5の存在は、EDX(エネルギー分散型X線分析)或いはWDX(波長分散型X線分析)等で確認される。尚、基材1で酸化されていない部分を、非酸化部6と称する。この非酸化部6は、酸化部5よりも軟らかい。基材1固有の酸化や摩擦熱の影響等によって、基材1の、相手材に直接接触しない部分にも、即ち摺動受け面7上における固体潤滑剤2が存在している領域から基材1内部方向へ、酸化が見られることがある。その酸化の深さは、前記酸化部5よりも浅く、例えばAl基合金の場合は5nm程度である。酸化部5の硬さは、摺動受け面7上における固体潤滑剤2が存在している領域から基材内部方向への同じ体積での硬さよりも硬い。
【0018】
又、図3,図4に示すように、摺動後にも基材1の一部に被着層22を形成していた固体潤滑剤2が残留している。この残留している固体潤滑剤2の多くは、少水素含有固体潤滑剤2Bであった。
【0019】
図3,図4の状態の摺動部材3と相手材とが更に摺接すると、基材1の一部に残留している固体潤滑剤2はやがてすべて離脱することになる。このとき、基材1において残留していた固体潤滑剤2の下方に相当する領域は、固体潤滑剤2により摩擦熱の影響を受け難かったので、非酸化部6や酸化が浅い部分が多く存在する。即ち、被着層22(固体潤滑剤2)がすべて離脱すると、基材1の摺動受け面7上には、酸化部5と非酸化部6とが混在し、又、摺動受け面7からの酸化深さの浅い深いが存在する。
【0020】
このように、被着層22を、基材1との結合力が弱い多水素含有固体潤滑剤2Aと、基材1との結合力が強い少水素含有固体潤滑剤2Bとから形成し、相手材との摺動により多水素含有固体潤滑剤2Aを離脱させるようにしたので、摺動後の基材1の摺動受け面7上に、低フリクション性の効果を有する固体潤滑剤2と耐摩耗性に優れる酸化部5とを混在させることができる。これにより、低フリクション性及び耐摩耗性に優れる摺動部材3を得ることができる。潤滑剤無存在領域4の形成割合を考慮すると、混合固体潤滑剤2C中に多水素含有固体潤滑剤2Aは、40〜90質量%であることが好ましく、より好ましくは55〜75質量%である。多水素含有固体潤滑剤2A又は少水素含有固体潤滑剤2Bの含有割合は、用途に合わせて、制御することが可能である。
【0021】
請求項2の発明では、被着層中の単位量当たりの平均水素量をHとし、基材中の単位量当たりの平均水素量をHとした場合、1<H/H≦5の関係を満たすことを特徴とするものである。
【0022】
図5は、基材1の摺動受け面7上に被着層22を被着した摺動部材3の厚さ方向に対する単位量当たりの水素量を示している。図5中の領域Aは被着層22の厚さ方向の範囲であり、領域Bは基材1の厚さ方向の範囲である。単位量当たりの水素量は、例えばGD−OES(グロー放電発光分光法)で測定される。この場合、単位量当たりの水素量とは、単位面積当たりに換算した水素量のことである。
【0023】
被着層22(領域A)中の各単位量当たりの水素量は、基材1(領域B)中の単位量当たりの水素量を平均した「基材1中の単位量当たりの平均水素量H」を1とした場合の相対的な値である。又、被着層22中の各単位量当たりの水素量の平均を「被着層22中の単位量当たりの平均水素量H」として、図5中に示す。
【0024】
図5において、基材1中の単位量当たりの水素量は、基材1を脱水素したときの単位量当たりの水素量であるが、基材1中に不可避的に水素が存在するので0%ではない。尚、基材1中の単位量当たりの水素量は、基材1を脱水素しない場合の単位量当たりの水素量であっても良い。本発明では、被着層22中の単位量当たりの水素量は、その水分量又は水素量を制御して、又は被着層22中での多水素含有固体潤滑剤2A若しくは少水素含有固体潤滑剤2Bの含有割合を制御して、基材1中の単位量当たりの水素量よりも相対的に多くしている。
【0025】
そして、平均水素量Hが平均水素量Hの1〜5倍(但し、1を含まない)の範囲内にあるときに、低フリクション性及び耐摩耗性がより一層優れる摺動部材3を得ることができる。即ち、1<H/H≦5であると、被着層22に占める多水素含有固体潤滑剤2Aの割合と少水素含有固体潤滑剤2Bの割合とが適切になり、耐摩耗性を十分に発揮できるだけの酸化部5を形成させることができ、しかも、摺動部材3は、固体潤滑剤2による低フリクション性を十分に発揮できる。
【0026】
請求項3の発明では、基材の摺動受け面上に被着層を被着した摺動部材において、被着層は、水素を多く含有する多水素含有固体潤滑剤とこの多水素含有固体潤滑剤よりも水素の含有量が少ない少水素含有固体潤滑剤の少なくとも2種類の固体潤滑剤を混合した混合固体潤滑剤が基材の摺動受け面上に付着されて、形成されており、被着層中の単位量当たりの平均水素量をHとし、基材中の単位量当たりの平均水素量をHとした場合、1<H/H≦5の関係を満たすことを特徴とするものである。低フリクション性及び耐摩耗性に優れる摺動部材を提供することができる。
【0027】
請求項4の発明では、摺動後の基材の摺動受け面には、固体潤滑剤が存在しない潤滑剤無存在領域があり、潤滑剤無存在領域から基材方向に、基材が酸化された酸化部が形成されていることを特徴とするものである。
ここで、摺動後とは、例えばエンジンの耐久テスト全負荷運転で200〜300時間行った後であり、これは、例えば自動車用のエンジンの主軸受として用いた場合の走行距離で3万km〜30万kmに相当する。
【0028】
上述したように、多水素含有固体潤滑剤2Aは、少水素含有固体潤滑剤2Bよりも相手材との摺動により基材1から離脱しやすい。これにより、摺動後の基材1の多水素含有固体潤滑剤2Aが離脱した領域に、潤滑剤無存在領域4が形成される。この潤滑剤無存在領域4では、基材1の摺動受け面7は、露出して酸化し、硬い酸化部5が形成される。これにより、摺動部材3は、耐摩耗性に優れるようになる。
【0029】
請求項5の発明では、酸化部の深さ寸法が基材の表面から0.01〜0.7μmであることを特徴とするものである。
酸化部5の深さ寸法は、上述したEDX(エネルギー分散型X線分析)或いはWDX(波長分散型X線分析)で確認される。酸化部5の深さ寸法が基材1の摺動受け面7から0.01μm以上あると、酸化部5の存在による効果が顕著に現れ、摺動部材3の耐摩耗性を向上させ易い。酸化部5の深さ寸法が基材1の摺動受け面7から0.7μm以下であると、基材1中に酸化部5よりも軟らかい非酸化部6が比較的多く存在する。これにより、摺動部材3の低フリクション性及び耐摩耗性を良好にすると共に、なじみ性も良好にすることができる。
【0030】
請求項6の発明では、被着層の膜厚を2μm以下としたことを特徴とするものである。
被着層の膜厚が2μm以下であると、被着層が剥離し難い。被着層の膜厚は0.05μm以上が好ましく、0.1μm以上であると、被着層が固体潤滑剤の効果を特に顕著に奏する。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明の摺動前の摺動部材の断面図
【図2】摺動前の摺動部材の断面を示す模式図
【図3】摺動後の摺動部材の断面図
【図4】摺動後の摺動部材の断面を示す模式図
【図5】基材中と被着層中の単位当たりの水素量を示す図
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、本発明の実施形態を説明する。
本発明の実施形態の摺動部材3は、図1に示すように、鋼から成る裏金層(図示せず)上にアルミニウム合金層(以下、基材1と称する)が設けられ、この基材1上にMoSからなる被着層22が設けられた構造である。そして、本発明の効果を確認するために、表1に示す試料(実施例1〜5及び比較例1〜7)を製作し、摩耗を確認する試験を行った。
【0033】
【表1】

【0034】
試料の製法を述べると、まず、アルミニウム合金を溶融及び冷却し、アルミニウム合金の板材を製造し、アルミニウム合金の板材を圧延して薄い板状にし、薄くなったアルミニウム合金の板材を、裏金層を構成する鋼板に圧接して軸受形成用板材(バイメタル)を製造した。そして、このバイメタルを焼鈍した後、半円状に加工して半割状の摺動部材、即ち、すべり軸受(半割軸受)を得た。
【0035】
その後、各半割軸受の基材1の摺動受け面(アルミニウム合金層の内周面)7に、多水素含有固体潤滑剤2Aと少水素含有固体潤滑剤2Bとを混合した混合固体潤滑剤2Cを被着させた。少水素含有固体潤滑剤2Bは、固体潤滑剤2のMoSを乾燥させて含有している水分(水素)をできるだけ無くしたものである。多水素含有固体潤滑剤2Aは、固体潤滑剤2のMoSを乾燥させて含有している水分をできるだけ無くし、少水素含有固体潤滑剤2Bの場合よりも多くの水分を蒸気による噴きつけにより加えたものである。尚、MoSを乾燥させる工程を経ずに、その水分量を管理、調整しても良い。本実施形態では、多水素含有固体潤滑剤2Aにおける水分量は、固体潤滑剤2のMoSを乾燥させて含有している水分をできるだけ無くした少水素含有固体潤滑剤2Bに、1.0〜3.0質量%の水素量になるように調整した。具体的には、水分をできるだけ無くした少水素含有固体潤滑剤2Bを、気温25℃、湿度70%に調整された部屋に所定時間保持して、上記所定の水素量を得た。
【0036】
次に、多水素含有固体潤滑剤2Aと少水素含有固体潤滑剤2Bとを十分に混合して、均一に混合した混合固体潤滑剤2Cを得た。このときの多水素含有固体潤滑剤2Aと少水素含有固体潤滑剤2Bの割合は、多水素含有固体潤滑剤2Aが60質量%、少水素含有固体潤滑剤2Bが40質量%である。
【0037】
次に、この混合固体潤滑剤2Cを基材1の表面に付着させた。この場合、特許文献1に示すように、混合固体潤滑剤2Cを付着媒体(図示せず)に自由付着させ、この付着媒体を基材1の表面に圧力を加えながらその基材1の表面上を滑らせ、その基材1の表面上に混合固体潤滑剤2Cを摩擦させながら付着させて適当量積層させることにより、被着層22が基材1上に形成される。尚、混合固体潤滑剤2Cをショットピーニングにより基材1の表面に衝突させて、基材1に混合固体潤滑剤2Cからなる被着層22を形成させても良い。
【0038】
このようにして得た試料(実施例1〜5及び比較例1〜7)の被着層22中の水素量を、GD−OESで測定し、複数の「被着層22中の単位量当たりの水素量」の値及び複数の「基材1中の単位量当たりの水素量」の値を得た。そして、これらの値から「被着層22中の単位量当たりの平均水素量H」及び「基材1中の単位量当たりの平均水素量H」の値を求めた。GD−OESの測定条件を表2に示す。この「被着層22中の単位量当たりの平均水素量H」と「基材1中の単位量当たりの平均水素量H」との比(H/H)を、表1中に示す。
【0039】
GD−OESの測定では、ノイズにより正確な水素量H及びHが測れないことがある。そのため、本実施形態では「被着層22中の単位量当たりの平均水素量H」及び「基材1中の単位量当たりの平均水素量H」を次のように求めた。本実施形態では、GD−OESによって、各試料の軸方向に延びる平面に存在する固体潤滑剤中の金属成分(例えば固体潤滑剤がMoSであればMoの成分)及び水素の濃度を測定している。この場合、被着層22を、その表面から多数の薄い層に分割したときに、その単位毎に元素分析を行い、金属成分の濃度が最大値となる深さの位置(層)の金属成分の濃度をMとし、このMの深さの位置の水素量をHとした。そして、更にGD−OESによる測定を深さ方向に進め、金属成分の濃度がM/10となる深さの位置、この場合Moの濃度がM/10となる位置を「基材」とみなし、当該位置でのMoの濃度をM(=M/10)とし、このMの深さの位置の水素量をHとした。尚、H及びHの値は、測定によるバラツキをなくすために、M及びMの位置から深さ方向へ±50nmの範囲の水素量の平均で、それぞれ求めている。又、本実施形態では固体潤滑剤中の金属成分の濃度が最大値となる深さの位置の金属成分の濃度をMとしたが、固体潤滑剤中の最大原子量の元素成分の濃度が最大値となる深さの位置の元素成分の濃度をMとしても良い。
【0040】
【表2】

【0041】
又、各試料について、起動摩擦係数測定試験を行った。この試験条件を表3に示し、その結果を表1に示す。尚、比較例5の起動摩擦係数を0.110として、他の試料の起動摩擦抵抗を相対的に算出している。
【0042】
【表3】

【0043】
更に、各試料について、被着層22の平均の厚さ、試料に対して所定時間の摺動を行ったときの平均の摩耗量及び酸化部5の深さの平均の測定の結果を表1に示す。試料に対して所定時間の摺動を行ったときの平均の摩耗量は、起動摩擦係数測定試験を5時間行って摩耗した平均の量、言い換えると摩耗した被着層22及び基材1の平均深さの和を表している。試料に対して所定時間の摺動を行ったときの酸化部5の深さの平均は、起動摩擦係数測定試験を5時間行って形成された酸化部5の深さ寸法の平均を表している。この深さ寸法は、基材1の摺動受け面7からの寸法である。
【0044】
この被着層22の平均の厚さ、平均の摩耗量、酸化部5の深さの平均は、各試料の被着層22の断面を顕微鏡により撮影し、その撮影画像から厚さ、深さの寸法を求めた。平均の摩耗量は、起動摩擦係数測定試験前後の被着層22及び基材1の深さを6箇所、マイクロメータで測定し、その平均を求めて得た。
【0045】
次に、上記試験の結果について解析する。
実施例1〜5及び比較例1〜4,6,7と、比較例5との比較から、被着層22が設けられる試料は、摩擦係数が低減されることが理解される。そして、実施例1〜5と、比較例6,7との比較から、実施例1〜5のようにH/Hが5以下である場合に、より低い摩擦係数が得られることが理解される。これは、基材1の摺動受け面7上に残留する被着層22の低フリクション性の効果であると考えられる。
【0046】
実施例1〜5と、比較例1〜4との比較から、実施例1〜5のようにH/Hが1より大きい場合に、酸化部5の深さ寸法は大きく、摩耗量は小さいことが理解される。これは、実施例1〜5では基材1の摺動受け面7上に潤滑剤無存在領域4が形成され、基材1に硬い酸化部5が形成されたことにより、耐摩耗性が向上したためと考えられる。
【0047】
実施例1〜5と、比較例1〜4との比較から、酸化部5の深さ寸法が0.01μm以上であるときに、摩耗量が低減されていることが理解される。これは、酸化部5の深さ寸法が0.01μm以上であるときに摺動部材3の摺動受け面7上に耐摩耗性を向上させるのに必要な量の酸化部5が存在したためと考えられる。又、実施例1〜5と、比較例5〜7との比較から、酸化部5の深さ寸法が0.7μm以下であるときに低い摩擦係数が得られていることが理解される。これは、酸化部5の深さ寸法が0.7μm以下であるときに低フリクション性を発揮するのに必要な量の被着層22が存在していたためと考えられる。又、非酸化部6が適度に存在することにより、非酸化部6に凹部が形成され、この凹部に潤滑油が保油されたことにより、低フリクション性が得られたためと考えられる。又、非酸化部6が存在することにより、なじみ性も良好になると考えられる。
【0048】
尚、比較例5では、被着層22が存在しないため、基材1が相手材に凝着しながら摩耗する凝着摩耗が生じやすい。凝着摩耗は、摩耗粉が大きいため、摩耗量が多い。そして、試験時間が経過するにつれて基材1の摺動受け面7が酸化され硬化し、摩耗量は低下していく。しかし、比較例5は、試験直後の摩耗量が大きいので、実施例1〜5に比べて摩耗量は多い。
【0049】
比較例6,7は、実施例1〜5よりもH/Hが大きいので、実施例1〜5よりも多くの水素が被着層に含有されている。この比較例6,7の被着層に相手材が摺接すると、実施例1〜5よりも早期に被着層は摩耗して基材1が露出する。このとき、比較例6,7の基材1上には、まだ適切ななじみが生ずる前に固体潤滑剤がなくなることがあり、基材1の露出部分は摩擦熱により硬くなることがある。適切ななじみが生じておらず且つ硬くなった基材1に相手材が摺接すると、基材1は激しく摩耗を起こして、基材1から大きな摩耗粉が生じやすく、その結果、比較例6,7は、摩耗量が多くなる。
【0050】
実施例1〜5と、比較例3,4,7との比較から、被着層22の膜厚が2μm以下であると、摩耗量を低減することができることが理解される。これは、被着層22が剥離し難いためであると考えられる。又、実施例1と、比較例5との比較から、被着層22を有することにより、被着層22が固体潤滑剤の効果を発揮する。特に、被着層0.05μm以上であるときに、被着層22が固体潤滑剤の効果を発揮する。
【符号の説明】
【0051】
図面中、1は基材、2は固体潤滑剤、2Aは多水素含有固体潤滑剤、2Bは少水素含有固体潤滑剤、2Cは混合固体潤滑剤、3は摺動部材、4は潤滑剤無存在領域、5は酸化部、6は非酸化部、22は被着層を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の摺動受け面上に被着層を被着した摺動部材において、
前記被着層は、水素を多く含有する多水素含有固体潤滑剤とこの多水素含有固体潤滑剤よりも水素の含有量が少ない少水素含有固体潤滑剤の少なくとも2種類の固体潤滑剤を混合した混合固体潤滑剤が前記基材の前記摺動受け面上に付着されて、形成されていることを特徴とする摺動部材。
【請求項2】
基材の摺動受け面上に被着層を被着した摺動部材において、
前記被着層中の単位量当たりの平均水素量をHとし、前記基材中の単位量当たりの平均水素量をHとした場合、
1<H/H≦5の関係を満たすことを特徴とする摺動部材。
【請求項3】
基材の摺動受け面上に被着層を被着した摺動部材において、
前記被着層は、水素を多く含有する多水素含有固体潤滑剤とこの多水素含有固体潤滑剤よりも水素の含有量が少ない少水素含有固体潤滑剤の少なくとも2種類の固体潤滑剤を混合した混合固体潤滑剤が前記基材の前記摺動受け面上に付着されて、形成されており、
前記被着層中の単位量当たりの平均水素量をHとし、前記基材中の単位量当たりの平均水素量をHとした場合、
1<H/H≦5の関係を満たす摺動部材。
【請求項4】
摺動後の前記基材の前記摺動受け面には、前記被着層が存在しない潤滑剤無存在領域があり、
前記潤滑剤無存在領域から前記基材内部方向に、前記基材が酸化された酸化部が形成されていることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の摺動部材。
【請求項5】
前記酸化部の深さ寸法は、前記基材の表面から0.01〜0.7μmであることを特徴とする請求項4記載の摺動部材。
【請求項6】
前記被着層の膜厚は、2μm以下であることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の摺動部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−164069(P2010−164069A)
【公開日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−4526(P2009−4526)
【出願日】平成21年1月13日(2009.1.13)
【出願人】(591001282)大同メタル工業株式会社 (179)
【Fターム(参考)】