撥水剤およびその使用
【課題】 撥水性、透明性、耐久性に優れた物品表面を、簡単な方法で得る手段を提供すること。
【解決手段】 アルコール、テトラアルコキシシラン、疎水性シリカ微粒子、塩酸、および水を含む撥水剤において、テトラアルコキシシランのアルコールに対する濃度を調整することにより課題を解決できた。
また、撥水処理の前に、予め、アルキルアルコキシシランを含む溶液により形成したバッファ層を設けることにより課題を解決できた。
【解決手段】 アルコール、テトラアルコキシシラン、疎水性シリカ微粒子、塩酸、および水を含む撥水剤において、テトラアルコキシシランのアルコールに対する濃度を調整することにより課題を解決できた。
また、撥水処理の前に、予め、アルキルアルコキシシランを含む溶液により形成したバッファ層を設けることにより課題を解決できた。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体物品の表面を超撥水処理するために用いる撥水剤、該撥水剤で処理された超撥水性物品、および該物品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ガラス、プラスチックス、紙、布帛、金属などの固体表面に対して撥水性を付与することは多く行なわれているが、近年は、その撥水処理に際してさらに高い撥水性(超撥水性)が要求されている。
従来、物品表面を蓮の葉様にすれば撥水性が向上できることが知られており、そのために物品表面に凹凸を付与し、さらにフッ素化合物などの撥水性材料でコーティングする方法が知られているが、この方法では、コーティング物品の製造に2工程を要する。
また、非特許文献1では、超撥水性を有するガラス表面の作製方法として、パーフルオロアルキルシラン(PFAS)とテトラエトキシシラン(TEOS)を用いるゾルゲル法が記載されている。この方法は、PFASとTEOSとエタノールとを混合攪拌した溶液に、塩酸と水を加え加水分解してコーティング溶液を作製し、ガラスを浸漬して、乾燥、250℃で焼成することによってガラス表面に撥水性を付与する方法である。この方法で得られたガラス表面の接触角は118°であったことが記載されている。この方法では、高い温度で焼成する必要があるために、温度の影響を受ける被処理物品に適用できない欠点があり、また、撥水性も低いという欠点がある。
さらに、非特許文献2では、ゾルゲル膜中にコロイダルシリカ微粒子を分散させることで表面粗さを制御する方法が記載されている。この方法は、テトラエトキシシラン(TEOS)、塩酸水溶液、パーフルオロオクチルエチルトリエトキシシラン(FOETES)に対してコロイダルシリカ微粒子を配合し、配合液を物品表面にスピンコートするものである。シリコンウエハーにスピンコートした例において、150°弱の接触角を得ているが、さらに簡便な方法で高い撥水性が得られる方法が望まれる。
本発明者らは、上記の背景技術の下で、接触角が150°以上という超撥水性が簡便に得られる撥水剤を開発して特許出願した(特許文献1)が、引き続き鋭意検討した結果、今回、さらに、撥水性、透明性、耐久強度のいずれもが高い撥水剤、及び撥水性物品を提供できる至適条件を見出すことができた。
【0003】
【非特許文献1】Journal of Colloid and Interface Science 235,130−134(2001年)
【非特許文献2】Polymer Preprints, Japan Vol.53, No.2 (2004年)
【特許文献1】特願2005−045171号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の課題は、上記の従来技術の問題点を解決することであって、撥水性、透明性および耐久性が高い物品表面を、簡単な方法で得る手段を提供することにある。より具体的には、本発明の課題は、超撥水性を得るための撥水剤、該撥水剤から超撥水性物品を製造する方法、および表面が超撥水性を有する物品を提供することにある。
本発明において、超撥水性とは、150°以上の接触角を有する撥水性のことをいう。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明では、アルコール、テトラアルコキシシラン、疎水性シリカ微粒子、塩酸、および水を含む撥水剤において、テトラアルコキシシランの濃度を選択することによって、撥水性、透明性および耐久性の何れにも優れた撥水性膜が得られることを見出し、また、該撥水剤をコーティングする際に、予め、基材物品の表面にバッファ層を設けておくことで、より耐久性を上げることができることを見出し本発明に至った。
すなわち、本発明は、以下の発明に関する。
(1)アルコール、テトラアルコキシシラン、疎水性シリカ微粒子、塩酸、および水を含む撥水剤において、テトラアルコキシシランのアルコールに対する濃度が0.25〜4モル/200モルであることを特徴とする超撥水性を有する撥水剤。
(2)テトラアルコキシシランがテトラエトキシシランである上記(1)に記載の撥水剤。又は2に記載の撥水剤。
(3)疎水性シリカ微粒子の平均粒径が5〜20nmである上記(1)又は(2)に記載の撥水剤。
(4)疎水性シリカ微粒子の濃度が2〜4重量%である上記(1)〜(3)のいずれかに記載の撥水剤。
(5)アルコール、テトラアルコキシシラン、疎水性シリカ微粒子、塩酸、および水を混合して攪拌し、超音波処理をすることによって撥水剤を調製し、該撥水剤溶液に被処理物品を浸漬した後、引き上げ、乾燥することを特徴とする超撥水性物品の製造方法。
(6)引き上げ速度が0.2〜20mm/secである上記(5)に記載の超撥水性物品の製造方法。
(7)乾燥を室温で行なうことを特徴とする上記(5)又は(6)に記載の超撥水性物品の製造方法。
(8)被処理物品を撥水剤溶液に浸漬する前に、アルキルトリアルコキシシランを含む溶液に浸漬し、引き上げ、乾燥することによりバッファ層を予め形成することを特徴とする上記(5)〜(7)のいずれかに記載の超撥水性物品の製造方法。
(9)アルキルトリアルコキシシランがメチルトリエトキシシランである上記(8)記載の超撥水性物品の製造方法。
(10)上記(5)〜(9)のいずれかの方法によって製造された超撥水性物品。
(11)被処理物品が紙又はガラスである上記(10)記載の物品。
【発明の効果】
【0006】
以上の本発明によれば、接触角の高い超撥水性物品が簡便に製造できた。
さらに、本発明の超撥水性物品の製造方法は、撥水剤に物品を浸漬、引き上げるという簡単な方法であり、ワンパスで表面の凹凸形成と疎水化処理とが同時にできるという利点も有する。また、乾燥を室温で行なうことができるので、熱に弱い物品に対しても適用できる。さらにまた、本発明の超撥水性物品は、耐久性を有し、透明であるという特徴も有している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下に、本発明を具体的に説明するが、本発明はそれに限定されるものではない。
本発明の撥水剤は、固体物品の表面を超撥水処理するのに用いられる。固体物品は、金属、セラミック、ガラス、プラスチックなどの硬い素材でも、紙、繊維などの柔らかい素材でもいずれでも適用できるが、特にガラス、紙に適用するのが好ましい。得られた撥水膜はフレキシビリティーが高く、紙、繊維などに適用しても柔軟性を保つことができる。また、本発明の撥水剤は、印刷された紙に適用しても、印刷文字がクリアに見えるという十分な透明性を有するとともに、耐久強度が高いという利点を有している。
【0008】
本発明の撥水剤は、テトラアルコキシシランの加水分解反応(式(1))によって、生じた−SiOHの脱水反応(式(2))及び脱アルコール反応(式(3))により生成した−Si−O−結合(式(4))により、疎水性シリカ粒子の粒子間が結合(ネッキング)され、その結果、nmオーダーの凹凸を形成するとともに膜強度を増大することができたものと推測される。
式(1):加水分解反応
【化1】
式(2):脱水反応
【化2】
式(3):脱アルコール反応
【化3】
式(4):−Si−O−結合
【化4】
【0009】
本発明の撥水剤に用いるアルコールとしては、メタノール、エタノール、プロピルアルコールなどが挙げられるが、沸点を考慮するとエタノールが好ましい。
【0010】
本発明の撥水剤に用いるテトラアルコキシシランにおいて、アルコキシ基の炭素数は1〜8程度が好ましいが、メトキシあるいはエトキシ基がより好ましく、エトキシ基が最も好ましい。
【0011】
本発明の撥水剤で用いる疎水性シリカ微粒子としては、日本アエロジル株式会社製、アエロジルR 972、972V、R972CF、R974、R812、R805、RX200、RX300、RY200などが挙げられ、中でもアエロジルR 972、RX200、RX300が好ましい。
疎水性シリカ微粒子の平均粒径は、1〜100nmが好ましく、5〜20nmがより好ましい。この粒径範囲であれば、物品表面に望ましい凹凸を付与することができる。
【0012】
撥水剤中の疎水性シリカ微粒子の濃度は、2重量%以上が好ましく、2〜4重量%がさらに好ましい。2重量%未満の場合は、物品表面をシリカ微粒子が十分被覆しないので超撥水性が得られない。一方、4重量%を超えると、シリカ微粒子による被覆にクラックが入る恐れがあるので好ましくない。
【0013】
本発明では、実験上、撥水剤中の疎水性シリカ微粒子の濃度を2重量%に固定し、撥水剤中におけるテトラアルコキシシラン濃度の撥水膜に与える影響を検討した。それらの結果は実施例において詳細に説明するが、テトラアルコキシシラン/アルコールが0.25〜4モル/200モルの範囲で良好な接触角、透明性、耐久強度が得られた。また、テトラアルコキシシラン濃度の調整で撥水膜の膜厚を調整し、その結果、透明性を確保できた。
【0014】
撥水剤は、アルコール、テトラアルコキシシラン、疎水性シリカ微粒子、塩酸、および水を混合攪拌し、超音波処理をすることによって調製するのが好ましい。
さらに好ましくは、アルコールと疎水性シリカ微粒子とを、30分以上混合攪拌し、30〜60分程度超音波処理、そこにテトラアルコキシシラン、塩酸、水を添加して2.5〜24時間程度混合攪拌し、30〜60分程度超音波処理をするのが好ましい。
塩酸は、前記のテトラアルコキシシランの加水分解反応の触媒として働く。
水は純水が好ましい。
【0015】
上記のようにして調製した撥水剤溶液に、被処理物品であるガラス基板、紙などを浸漬した後、物品を引き上げ、乾燥することによって超撥水性物品が得られる。引き上げ速度は、0.2〜20mm/secが好ましく、2mm/secが最も好ましい。引き上げ速度が遅いと、撥水性膜が付着しにくく、引き上げ速度が速いと均一に付着しない。
【0016】
引き上げ後の乾燥は、常温下でも加温下でもいずれでもよい。常温のときは乾燥に時間がかかるが、被処理物品に熱をかけたくないときには常温が適する。加温乾燥は80〜150℃程度で行なう。加温下に乾燥を行なうことで耐久性が向上するという利点もある。
【0017】
一方、アルコール、テトラアルコキシシラン、疎水性シリカ微粒子、塩酸、および水を含む撥水剤にガラス基板を浸漬した後、引き上げ、乾燥することにより、ガラス基板を撥水処理する場合に、耐久強度に欠ける場合があることを見出した。
そこで、本発明者らは、さらに耐久強度を上げるために、疎水性シリカ微粒子と相互作用を持つバッファ層を設けることを検討し、疎水性シリカ微粒子表面の疎水基と親和性を有する疎水基を有する化合物として、アルキルトリアルコキシシランをバッファ層に用いれば良いことを見出した。
すなわち、本発明は、被処理物品を撥水剤溶液に浸漬する前に、アルキルトリアルコキシシランを含む溶液に浸漬し、引き上げ、乾燥することによりバッファ層を予め形成することにより、耐久強度を向上させる方法も含む。
【0018】
アルキルトリアルコキシシランを含む溶液は、アルキルトリアルコキシシラン単独でも良いし、アルキルトリアルコキシシランとテトラアルコキシシランとの混合溶液でも良いが、混合溶液のときアルキルトリアルコキシシランがモル比で1/3以上が好ましい。
【0019】
アルキルトリアルコキシシランのアルキル基としては、炭素数1〜8、アルコキシ基としては、炭素数1〜8が好ましく、アルキルトリアルコキシシランがメチルトリエトキシシランであるのが最も好ましい。
[実施例]
【0020】
以下には、本発明の実施例を詳述するが、本発明はこれに限られるものではない。
【実施例1】
【0021】
<撥水性に対するTEOS濃度の影響>
エタノール、テトラエトキシシラン(TEOS)、疎水性シリカ微粒子、塩酸、及び水を含む撥水剤において、エタノール:塩酸:水のモル比を200:0.02:0〜16にして、エタノール200モルに対してTEOSを0〜4モルに変動させて接触角を測定した。この際、TEOS:水のモル比は1:4に固定、疎水性シリカ微粒子濃度は2重量%に固定した。なお、塩酸は6N塩酸を用いた。ここで水の量は6N塩酸中の水と添加した水との合計が上記のモル比になるようにする。
撥水剤は、次のように調製した。エタノールと疎水性シリカ微粒子RX300(日本アエロジル(株)社製、平均粒径7nm)を混合して30分攪拌後、30分超音波処理し、そこに、TEOS、塩酸、および純水を添加して2.5時間攪拌後、30分超音波処理に付した。
次に、得られた撥水剤にエタノール洗浄したガラス基板を5秒浸漬し、引き上げ速度2mm/秒で引き上げ、常温下で30分乾燥した。
【0022】
乾燥して得られた撥水処理ガラス基板について、接触角を測定した。その結果を図1に示した。図1において横軸がTEOS濃度(エタノール200モルに対するTEOSのモル数)であり、縦軸が接触角である。
接触角は、接触角計Kyoma Interface Science Co. LTD. Model: CA-DTで測定した。測定は、接触角計に10μlの水を滴下して行なった。
図1の結果から、200モルアルコールに対するTEOS濃度が0.25以上であれば、160°以上という高い接触角を有する超撥水性が得られていることが分かる。
【0023】
図2には、撥水処理したガラス基板の表面のSEM(走査型電子顕微鏡写真)像を示した。図2からTEOS/エタノールが0.25モル/200モル以上のものはすべて疎水性シリカ微粒子によって微細な凹凸構造が形成されていることが分かる。この微細な凹凸構造の形成、及び表面の疎水化によって超撥水性が発現したものと考えられる。それに対してTEOS/エタノールがゼロの場合は、シリカ微粒子が僅かに付着しているだけである。このことからTEOSは基板とシリカ微粒子との接着剤の役割を果たしていると推測される。
【実施例2】
【0024】
<撥水性膜の膜厚に対するTEOS濃度の影響>
実施例1で得られた撥水処理ガラス基板について、撥水性膜の膜厚を測定した。結果を図3に示す。図3において、横軸がTEOS濃度(エタノール200モルに対するTEOSのモル数)であり、縦軸が膜厚(nm)である。
図3から、TEOS濃度の増加に伴って膜厚が増大することが分かる。
図4には、撥水性膜の断面SEM像を示した。左がTEOS0.5モル/200モルエタノールの場合、右がTEOS4モル/200モルエタノールの場合である。断面SEM像から、TEOS/エタノールモル比が4/200の薄膜内部は、0.5/200の薄膜に比べて凝集体が大きく、密になっていることが分かる。
【実施例3】
【0025】
<表面粗度と表面積比に対するTEOS濃度の影響>
実施例1で得られた撥水処理ガラス基板の表面粗度(RMS)を解析した。結果を図5に示した。
RMS(Root Mean Square)は、次の計算式で算出される値である。
【0026】
【数1】
図5から分かるように、RMS値はTEOS濃度が0.25モル/200モルエタノールであるとき十分高く、TEOS0.5モル/200モルエタノールアルコールの場合が最大で、さらにTEOS濃度が増加するとき減少している。
また、実施例1で得られた撥水処理ガラス基板の表面積比を測定して結果を図6に示した。
図6において、縦軸(表面積比)は、TEOS濃度がゼロの時の表面積に対する比率である。
表面積比についても、TEOS0.5モル/200モルエタノールの場合が最大で、さらにTEOS濃度が増加するとき減少している。
図5、図6の結果は、TEOSによりシリカ微粒子の架橋が多くなり、撥水性薄膜が密になったためであると考えられる。
図7に、TEOS/エタノールが0.25〜4モル/200モルのTEM像を示す。TEOS/エタノールが0.25モル/200モルのものは鎖状の凝集体がみられるのに対して、1,4モル/200モルのものでは凝集体が大きくなっていることが分かる。このことからもTEOSによってシリカ微粒子が架橋されたことが分かる。
【実施例4】
【0027】
<光透過率に対するTEOS濃度の影響>
実施例1で得られた撥水処理ガラス基板について、可視光領域における透過率を測定した。透過率は、照射した光に対して、撥水処理ガラス基板を透過した光の割合(%)で示した。結果を図8に示す。図8において、横軸が波長、縦軸が透過率である。
この結果から分かるとおり、TEOS/エタノールモル比が0/200〜0.5/200の場合、ガラス基板と同等の透過率(500nmにおいて91%)を示した。1/200以上になると透過率は減少していくが、4/200であっても500nmにおける透過率が約80%であり、目視では殆ど透明にみえる。TEOS濃度が増加するとともに透過率が減少する理由としては、膜厚の増大、凝集体のサイズの増大が考えられる。
【実施例5】
【0028】
<紙への適用>
実施例1と同様にして紙を撥水処理した。撥水剤の調製法、撥水処理方法は、実施例1と同じである
撥水処理した紙に水滴を垂らした結果の一例を図9に示す。図9から紙に対しても良好な超撥水性が発現できていることが明らかである。図9から、本発明の撥水剤により処理された紙が透明性を保持していることも明らかである。文字印刷された紙に本発明の撥水処理をした場合、文字の明瞭性に何ら影響を与えなかった。
透明性及び撥水処理による色変化がないことを確認するために、撥水処理した紙について撥水処理前と後の色差を測定した。
TEOS/エタノールモル比が0、0.25、0.5、1、2、4モル/200モルと変化させ、白、黒、青、赤、緑、黄の色紙に実施例1と同様にして撥水剤を浸漬し、引き上げ、乾燥した。接触角は全て160°程度であった。その結果を図10に示す。
図10おいて、横軸はTEOS濃度、縦軸は色差(TCD)である。色差(TCD)は色差計(コニカミノルタセンシング(株)製 カラーリーダーCR−13)によって測定した。いずれの場合においても、色差は全て視覚検出限界を下回るものであり、色変化はほぼ完全に抑えることができることが分かった。なお、色差計とは、明度をL軸、緑〜赤の色をa軸、青〜黄の色をb軸に定量化して表すものであり、撥水処理前と処理後のそれぞれの軸における変化を測定し、その距離TCD=(dL2+da2+db2)1/2を色変化として用いた。このTCDは5が視覚検出限界であると言われており、5を超えると肉眼で色が変化していることが分かるということになる。
【実施例6】
【0029】
<耐久性試験>
TEOS濃度を0.25モル/200モルエタノール、疎水性シリカ微粒子RX300(日本アエロジル(株)社製、平均粒径7nm)3重量%にした実施例1の撥水剤を用い、ガラス、アクリル、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレートから成る各基板に対して、実施例1と同じ方法で撥水性膜を作製し、その耐久性を試験した。
該撥水剤の組成を重量%で表すと、エタノール96.26重量%、TEOS0.54重量%、1N塩酸0.04重量%、純水0.16%、疎水性シリカ粒子3,00重量%である。
耐久性試験は、流水試験によって行なった。図11に示ように、45°に傾斜した基台上に撥水処理した基板を載置し、基板上に流水を6L/分の速度で10、20、30分流し続け、それぞれの流水時間に対する接触角を測定した。
結果を図12に示す。図12から分かるように、ガラス以外のアクリル、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート基板に対しては、30分の流水試験においても接触角は殆ど変化せず、本発明の撥水剤は、耐久性が良好であることを示している。
【実施例7】
【0030】
<バッファ層の適用>
実施例7の耐久試験において、多少難点のあったガラス基板に対して、バッファ層を適用することで耐久性の向上を試みた。
バッファ層として、TEOSのみ(バッファ層1)、あるいはTEOSとメチルトリエトキシシラン(MTES)との混合溶液(バッファ層2)から作成した薄膜を用いた。
バッファ層形成用液の組成は、エタノール:[TEOS+MTES]:塩酸:純水のモル比が13:1:0.07:11として、それを3時間攪拌後にエタノールで三倍希釈することにより最終モル比が57.6:1:0.07:11にした。バッファ層1ではTEOSのみ、バッファ層2ではTEOS:MTES=0.5:0.5のモル比となるように調製した。
ガラス基板に対するバッファ層の形成は次のように行なった。まず、エタノール、TEOS、MTESを混合して30分攪拌し、純水と1N塩酸とを添加して3時間攪拌後、さらに30分超音波処理をした。そこにガラス基板を5秒浸漬し、2mm/秒の速度で引き上げ、105℃で20分乾燥した。
バッファ層を形成したガラス基板について、接触角を測定した結果が図13である。
次に、上記のバッファ層を形成したガラス基板に対して実施例1と同様の手順で撥水処理をした。撥水剤組成は、TEOS/エタノールが0.25モル/200モルで、疎水性シリカ微粒子RX300が2重量%、TEOSが0.55重量%、脱水エタノールが97.25重量%、6N塩酸が0.04重量%、水が0.16重量%であった。
バッファ層形成による接触角、透過率の変化はなかった。
実施例6と同様の耐久性試験 を行なった結果を図14に示す。図14には、バッファ層なしの対照例も一緒に示した。流水試験の流量は6L/分とした。
図14から、バッファ層2を適用したものは1時間後でも接触角160°維持しているのに対して、バッファ層1では80°、バッファ層なしでは40°程度まで接触角が落ちていることが分かる。図13の結果と併せてみれば、疎水性の基板ほど耐久性を示すことが分かり、これは疎水性相互作用によって密着性が強くなったことによるものであると考えられる。
この結果から、MTESのような疎水基を含むバッファ層を用いることによって耐久性が向上できることが分かった。
【実施例8】
【0031】
<バッファ層の適用と透過率>
実施例7のバッファ層の適用による透過率の変化を測定した。結果を図15に示す。
この結果から、バッファ層を適用しても透過率に殆ど変化はなく、透明性が損なわれることがないことが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明により、撥水性、透明性、耐久性に優れた撥水剤を得ることができ、浸漬、引き上げ、乾燥という簡便な方法で物品に超撥水性を付与することができた。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】TEOS濃度変化に対する接触角変化を示す(実施例1)。
【図2】実施例1の撥水処理表面のSEM像を示す。
【図3】TEOS濃度変化に対する膜厚変化を示す(実施例2)。
【図4】撥水性膜の断面SEM像を示す。
【図5】撥水処理表面の表面粗度を示す(実施例3)。
【図6】撥水処理と表面積比とを示す(実施例3)
【図7】撥水処理表面のTEM像を示す。
【図8】撥水性膜の光透過性を示す(実施例4)。
【図9】撥水処理した紙表面を示す写真(実施例5)
【図10】紙について、撥水処理による色変化を示す(実施例5)
【図11】耐久性試験の説明図。
【図12】耐久性試験の結果を示す(実施例6)。
【図13】バッファ層形成表面の接触角を示す(実施例7)。
【図14】バッファ層適用撥水処理膜の耐久性試験の結果を示す(実施例7)。
【図15】バッファ層適用による透過率変化を示す(実施例8)。
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体物品の表面を超撥水処理するために用いる撥水剤、該撥水剤で処理された超撥水性物品、および該物品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ガラス、プラスチックス、紙、布帛、金属などの固体表面に対して撥水性を付与することは多く行なわれているが、近年は、その撥水処理に際してさらに高い撥水性(超撥水性)が要求されている。
従来、物品表面を蓮の葉様にすれば撥水性が向上できることが知られており、そのために物品表面に凹凸を付与し、さらにフッ素化合物などの撥水性材料でコーティングする方法が知られているが、この方法では、コーティング物品の製造に2工程を要する。
また、非特許文献1では、超撥水性を有するガラス表面の作製方法として、パーフルオロアルキルシラン(PFAS)とテトラエトキシシラン(TEOS)を用いるゾルゲル法が記載されている。この方法は、PFASとTEOSとエタノールとを混合攪拌した溶液に、塩酸と水を加え加水分解してコーティング溶液を作製し、ガラスを浸漬して、乾燥、250℃で焼成することによってガラス表面に撥水性を付与する方法である。この方法で得られたガラス表面の接触角は118°であったことが記載されている。この方法では、高い温度で焼成する必要があるために、温度の影響を受ける被処理物品に適用できない欠点があり、また、撥水性も低いという欠点がある。
さらに、非特許文献2では、ゾルゲル膜中にコロイダルシリカ微粒子を分散させることで表面粗さを制御する方法が記載されている。この方法は、テトラエトキシシラン(TEOS)、塩酸水溶液、パーフルオロオクチルエチルトリエトキシシラン(FOETES)に対してコロイダルシリカ微粒子を配合し、配合液を物品表面にスピンコートするものである。シリコンウエハーにスピンコートした例において、150°弱の接触角を得ているが、さらに簡便な方法で高い撥水性が得られる方法が望まれる。
本発明者らは、上記の背景技術の下で、接触角が150°以上という超撥水性が簡便に得られる撥水剤を開発して特許出願した(特許文献1)が、引き続き鋭意検討した結果、今回、さらに、撥水性、透明性、耐久強度のいずれもが高い撥水剤、及び撥水性物品を提供できる至適条件を見出すことができた。
【0003】
【非特許文献1】Journal of Colloid and Interface Science 235,130−134(2001年)
【非特許文献2】Polymer Preprints, Japan Vol.53, No.2 (2004年)
【特許文献1】特願2005−045171号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の課題は、上記の従来技術の問題点を解決することであって、撥水性、透明性および耐久性が高い物品表面を、簡単な方法で得る手段を提供することにある。より具体的には、本発明の課題は、超撥水性を得るための撥水剤、該撥水剤から超撥水性物品を製造する方法、および表面が超撥水性を有する物品を提供することにある。
本発明において、超撥水性とは、150°以上の接触角を有する撥水性のことをいう。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明では、アルコール、テトラアルコキシシラン、疎水性シリカ微粒子、塩酸、および水を含む撥水剤において、テトラアルコキシシランの濃度を選択することによって、撥水性、透明性および耐久性の何れにも優れた撥水性膜が得られることを見出し、また、該撥水剤をコーティングする際に、予め、基材物品の表面にバッファ層を設けておくことで、より耐久性を上げることができることを見出し本発明に至った。
すなわち、本発明は、以下の発明に関する。
(1)アルコール、テトラアルコキシシラン、疎水性シリカ微粒子、塩酸、および水を含む撥水剤において、テトラアルコキシシランのアルコールに対する濃度が0.25〜4モル/200モルであることを特徴とする超撥水性を有する撥水剤。
(2)テトラアルコキシシランがテトラエトキシシランである上記(1)に記載の撥水剤。又は2に記載の撥水剤。
(3)疎水性シリカ微粒子の平均粒径が5〜20nmである上記(1)又は(2)に記載の撥水剤。
(4)疎水性シリカ微粒子の濃度が2〜4重量%である上記(1)〜(3)のいずれかに記載の撥水剤。
(5)アルコール、テトラアルコキシシラン、疎水性シリカ微粒子、塩酸、および水を混合して攪拌し、超音波処理をすることによって撥水剤を調製し、該撥水剤溶液に被処理物品を浸漬した後、引き上げ、乾燥することを特徴とする超撥水性物品の製造方法。
(6)引き上げ速度が0.2〜20mm/secである上記(5)に記載の超撥水性物品の製造方法。
(7)乾燥を室温で行なうことを特徴とする上記(5)又は(6)に記載の超撥水性物品の製造方法。
(8)被処理物品を撥水剤溶液に浸漬する前に、アルキルトリアルコキシシランを含む溶液に浸漬し、引き上げ、乾燥することによりバッファ層を予め形成することを特徴とする上記(5)〜(7)のいずれかに記載の超撥水性物品の製造方法。
(9)アルキルトリアルコキシシランがメチルトリエトキシシランである上記(8)記載の超撥水性物品の製造方法。
(10)上記(5)〜(9)のいずれかの方法によって製造された超撥水性物品。
(11)被処理物品が紙又はガラスである上記(10)記載の物品。
【発明の効果】
【0006】
以上の本発明によれば、接触角の高い超撥水性物品が簡便に製造できた。
さらに、本発明の超撥水性物品の製造方法は、撥水剤に物品を浸漬、引き上げるという簡単な方法であり、ワンパスで表面の凹凸形成と疎水化処理とが同時にできるという利点も有する。また、乾燥を室温で行なうことができるので、熱に弱い物品に対しても適用できる。さらにまた、本発明の超撥水性物品は、耐久性を有し、透明であるという特徴も有している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下に、本発明を具体的に説明するが、本発明はそれに限定されるものではない。
本発明の撥水剤は、固体物品の表面を超撥水処理するのに用いられる。固体物品は、金属、セラミック、ガラス、プラスチックなどの硬い素材でも、紙、繊維などの柔らかい素材でもいずれでも適用できるが、特にガラス、紙に適用するのが好ましい。得られた撥水膜はフレキシビリティーが高く、紙、繊維などに適用しても柔軟性を保つことができる。また、本発明の撥水剤は、印刷された紙に適用しても、印刷文字がクリアに見えるという十分な透明性を有するとともに、耐久強度が高いという利点を有している。
【0008】
本発明の撥水剤は、テトラアルコキシシランの加水分解反応(式(1))によって、生じた−SiOHの脱水反応(式(2))及び脱アルコール反応(式(3))により生成した−Si−O−結合(式(4))により、疎水性シリカ粒子の粒子間が結合(ネッキング)され、その結果、nmオーダーの凹凸を形成するとともに膜強度を増大することができたものと推測される。
式(1):加水分解反応
【化1】
式(2):脱水反応
【化2】
式(3):脱アルコール反応
【化3】
式(4):−Si−O−結合
【化4】
【0009】
本発明の撥水剤に用いるアルコールとしては、メタノール、エタノール、プロピルアルコールなどが挙げられるが、沸点を考慮するとエタノールが好ましい。
【0010】
本発明の撥水剤に用いるテトラアルコキシシランにおいて、アルコキシ基の炭素数は1〜8程度が好ましいが、メトキシあるいはエトキシ基がより好ましく、エトキシ基が最も好ましい。
【0011】
本発明の撥水剤で用いる疎水性シリカ微粒子としては、日本アエロジル株式会社製、アエロジルR 972、972V、R972CF、R974、R812、R805、RX200、RX300、RY200などが挙げられ、中でもアエロジルR 972、RX200、RX300が好ましい。
疎水性シリカ微粒子の平均粒径は、1〜100nmが好ましく、5〜20nmがより好ましい。この粒径範囲であれば、物品表面に望ましい凹凸を付与することができる。
【0012】
撥水剤中の疎水性シリカ微粒子の濃度は、2重量%以上が好ましく、2〜4重量%がさらに好ましい。2重量%未満の場合は、物品表面をシリカ微粒子が十分被覆しないので超撥水性が得られない。一方、4重量%を超えると、シリカ微粒子による被覆にクラックが入る恐れがあるので好ましくない。
【0013】
本発明では、実験上、撥水剤中の疎水性シリカ微粒子の濃度を2重量%に固定し、撥水剤中におけるテトラアルコキシシラン濃度の撥水膜に与える影響を検討した。それらの結果は実施例において詳細に説明するが、テトラアルコキシシラン/アルコールが0.25〜4モル/200モルの範囲で良好な接触角、透明性、耐久強度が得られた。また、テトラアルコキシシラン濃度の調整で撥水膜の膜厚を調整し、その結果、透明性を確保できた。
【0014】
撥水剤は、アルコール、テトラアルコキシシラン、疎水性シリカ微粒子、塩酸、および水を混合攪拌し、超音波処理をすることによって調製するのが好ましい。
さらに好ましくは、アルコールと疎水性シリカ微粒子とを、30分以上混合攪拌し、30〜60分程度超音波処理、そこにテトラアルコキシシラン、塩酸、水を添加して2.5〜24時間程度混合攪拌し、30〜60分程度超音波処理をするのが好ましい。
塩酸は、前記のテトラアルコキシシランの加水分解反応の触媒として働く。
水は純水が好ましい。
【0015】
上記のようにして調製した撥水剤溶液に、被処理物品であるガラス基板、紙などを浸漬した後、物品を引き上げ、乾燥することによって超撥水性物品が得られる。引き上げ速度は、0.2〜20mm/secが好ましく、2mm/secが最も好ましい。引き上げ速度が遅いと、撥水性膜が付着しにくく、引き上げ速度が速いと均一に付着しない。
【0016】
引き上げ後の乾燥は、常温下でも加温下でもいずれでもよい。常温のときは乾燥に時間がかかるが、被処理物品に熱をかけたくないときには常温が適する。加温乾燥は80〜150℃程度で行なう。加温下に乾燥を行なうことで耐久性が向上するという利点もある。
【0017】
一方、アルコール、テトラアルコキシシラン、疎水性シリカ微粒子、塩酸、および水を含む撥水剤にガラス基板を浸漬した後、引き上げ、乾燥することにより、ガラス基板を撥水処理する場合に、耐久強度に欠ける場合があることを見出した。
そこで、本発明者らは、さらに耐久強度を上げるために、疎水性シリカ微粒子と相互作用を持つバッファ層を設けることを検討し、疎水性シリカ微粒子表面の疎水基と親和性を有する疎水基を有する化合物として、アルキルトリアルコキシシランをバッファ層に用いれば良いことを見出した。
すなわち、本発明は、被処理物品を撥水剤溶液に浸漬する前に、アルキルトリアルコキシシランを含む溶液に浸漬し、引き上げ、乾燥することによりバッファ層を予め形成することにより、耐久強度を向上させる方法も含む。
【0018】
アルキルトリアルコキシシランを含む溶液は、アルキルトリアルコキシシラン単独でも良いし、アルキルトリアルコキシシランとテトラアルコキシシランとの混合溶液でも良いが、混合溶液のときアルキルトリアルコキシシランがモル比で1/3以上が好ましい。
【0019】
アルキルトリアルコキシシランのアルキル基としては、炭素数1〜8、アルコキシ基としては、炭素数1〜8が好ましく、アルキルトリアルコキシシランがメチルトリエトキシシランであるのが最も好ましい。
[実施例]
【0020】
以下には、本発明の実施例を詳述するが、本発明はこれに限られるものではない。
【実施例1】
【0021】
<撥水性に対するTEOS濃度の影響>
エタノール、テトラエトキシシラン(TEOS)、疎水性シリカ微粒子、塩酸、及び水を含む撥水剤において、エタノール:塩酸:水のモル比を200:0.02:0〜16にして、エタノール200モルに対してTEOSを0〜4モルに変動させて接触角を測定した。この際、TEOS:水のモル比は1:4に固定、疎水性シリカ微粒子濃度は2重量%に固定した。なお、塩酸は6N塩酸を用いた。ここで水の量は6N塩酸中の水と添加した水との合計が上記のモル比になるようにする。
撥水剤は、次のように調製した。エタノールと疎水性シリカ微粒子RX300(日本アエロジル(株)社製、平均粒径7nm)を混合して30分攪拌後、30分超音波処理し、そこに、TEOS、塩酸、および純水を添加して2.5時間攪拌後、30分超音波処理に付した。
次に、得られた撥水剤にエタノール洗浄したガラス基板を5秒浸漬し、引き上げ速度2mm/秒で引き上げ、常温下で30分乾燥した。
【0022】
乾燥して得られた撥水処理ガラス基板について、接触角を測定した。その結果を図1に示した。図1において横軸がTEOS濃度(エタノール200モルに対するTEOSのモル数)であり、縦軸が接触角である。
接触角は、接触角計Kyoma Interface Science Co. LTD. Model: CA-DTで測定した。測定は、接触角計に10μlの水を滴下して行なった。
図1の結果から、200モルアルコールに対するTEOS濃度が0.25以上であれば、160°以上という高い接触角を有する超撥水性が得られていることが分かる。
【0023】
図2には、撥水処理したガラス基板の表面のSEM(走査型電子顕微鏡写真)像を示した。図2からTEOS/エタノールが0.25モル/200モル以上のものはすべて疎水性シリカ微粒子によって微細な凹凸構造が形成されていることが分かる。この微細な凹凸構造の形成、及び表面の疎水化によって超撥水性が発現したものと考えられる。それに対してTEOS/エタノールがゼロの場合は、シリカ微粒子が僅かに付着しているだけである。このことからTEOSは基板とシリカ微粒子との接着剤の役割を果たしていると推測される。
【実施例2】
【0024】
<撥水性膜の膜厚に対するTEOS濃度の影響>
実施例1で得られた撥水処理ガラス基板について、撥水性膜の膜厚を測定した。結果を図3に示す。図3において、横軸がTEOS濃度(エタノール200モルに対するTEOSのモル数)であり、縦軸が膜厚(nm)である。
図3から、TEOS濃度の増加に伴って膜厚が増大することが分かる。
図4には、撥水性膜の断面SEM像を示した。左がTEOS0.5モル/200モルエタノールの場合、右がTEOS4モル/200モルエタノールの場合である。断面SEM像から、TEOS/エタノールモル比が4/200の薄膜内部は、0.5/200の薄膜に比べて凝集体が大きく、密になっていることが分かる。
【実施例3】
【0025】
<表面粗度と表面積比に対するTEOS濃度の影響>
実施例1で得られた撥水処理ガラス基板の表面粗度(RMS)を解析した。結果を図5に示した。
RMS(Root Mean Square)は、次の計算式で算出される値である。
【0026】
【数1】
図5から分かるように、RMS値はTEOS濃度が0.25モル/200モルエタノールであるとき十分高く、TEOS0.5モル/200モルエタノールアルコールの場合が最大で、さらにTEOS濃度が増加するとき減少している。
また、実施例1で得られた撥水処理ガラス基板の表面積比を測定して結果を図6に示した。
図6において、縦軸(表面積比)は、TEOS濃度がゼロの時の表面積に対する比率である。
表面積比についても、TEOS0.5モル/200モルエタノールの場合が最大で、さらにTEOS濃度が増加するとき減少している。
図5、図6の結果は、TEOSによりシリカ微粒子の架橋が多くなり、撥水性薄膜が密になったためであると考えられる。
図7に、TEOS/エタノールが0.25〜4モル/200モルのTEM像を示す。TEOS/エタノールが0.25モル/200モルのものは鎖状の凝集体がみられるのに対して、1,4モル/200モルのものでは凝集体が大きくなっていることが分かる。このことからもTEOSによってシリカ微粒子が架橋されたことが分かる。
【実施例4】
【0027】
<光透過率に対するTEOS濃度の影響>
実施例1で得られた撥水処理ガラス基板について、可視光領域における透過率を測定した。透過率は、照射した光に対して、撥水処理ガラス基板を透過した光の割合(%)で示した。結果を図8に示す。図8において、横軸が波長、縦軸が透過率である。
この結果から分かるとおり、TEOS/エタノールモル比が0/200〜0.5/200の場合、ガラス基板と同等の透過率(500nmにおいて91%)を示した。1/200以上になると透過率は減少していくが、4/200であっても500nmにおける透過率が約80%であり、目視では殆ど透明にみえる。TEOS濃度が増加するとともに透過率が減少する理由としては、膜厚の増大、凝集体のサイズの増大が考えられる。
【実施例5】
【0028】
<紙への適用>
実施例1と同様にして紙を撥水処理した。撥水剤の調製法、撥水処理方法は、実施例1と同じである
撥水処理した紙に水滴を垂らした結果の一例を図9に示す。図9から紙に対しても良好な超撥水性が発現できていることが明らかである。図9から、本発明の撥水剤により処理された紙が透明性を保持していることも明らかである。文字印刷された紙に本発明の撥水処理をした場合、文字の明瞭性に何ら影響を与えなかった。
透明性及び撥水処理による色変化がないことを確認するために、撥水処理した紙について撥水処理前と後の色差を測定した。
TEOS/エタノールモル比が0、0.25、0.5、1、2、4モル/200モルと変化させ、白、黒、青、赤、緑、黄の色紙に実施例1と同様にして撥水剤を浸漬し、引き上げ、乾燥した。接触角は全て160°程度であった。その結果を図10に示す。
図10おいて、横軸はTEOS濃度、縦軸は色差(TCD)である。色差(TCD)は色差計(コニカミノルタセンシング(株)製 カラーリーダーCR−13)によって測定した。いずれの場合においても、色差は全て視覚検出限界を下回るものであり、色変化はほぼ完全に抑えることができることが分かった。なお、色差計とは、明度をL軸、緑〜赤の色をa軸、青〜黄の色をb軸に定量化して表すものであり、撥水処理前と処理後のそれぞれの軸における変化を測定し、その距離TCD=(dL2+da2+db2)1/2を色変化として用いた。このTCDは5が視覚検出限界であると言われており、5を超えると肉眼で色が変化していることが分かるということになる。
【実施例6】
【0029】
<耐久性試験>
TEOS濃度を0.25モル/200モルエタノール、疎水性シリカ微粒子RX300(日本アエロジル(株)社製、平均粒径7nm)3重量%にした実施例1の撥水剤を用い、ガラス、アクリル、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレートから成る各基板に対して、実施例1と同じ方法で撥水性膜を作製し、その耐久性を試験した。
該撥水剤の組成を重量%で表すと、エタノール96.26重量%、TEOS0.54重量%、1N塩酸0.04重量%、純水0.16%、疎水性シリカ粒子3,00重量%である。
耐久性試験は、流水試験によって行なった。図11に示ように、45°に傾斜した基台上に撥水処理した基板を載置し、基板上に流水を6L/分の速度で10、20、30分流し続け、それぞれの流水時間に対する接触角を測定した。
結果を図12に示す。図12から分かるように、ガラス以外のアクリル、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート基板に対しては、30分の流水試験においても接触角は殆ど変化せず、本発明の撥水剤は、耐久性が良好であることを示している。
【実施例7】
【0030】
<バッファ層の適用>
実施例7の耐久試験において、多少難点のあったガラス基板に対して、バッファ層を適用することで耐久性の向上を試みた。
バッファ層として、TEOSのみ(バッファ層1)、あるいはTEOSとメチルトリエトキシシラン(MTES)との混合溶液(バッファ層2)から作成した薄膜を用いた。
バッファ層形成用液の組成は、エタノール:[TEOS+MTES]:塩酸:純水のモル比が13:1:0.07:11として、それを3時間攪拌後にエタノールで三倍希釈することにより最終モル比が57.6:1:0.07:11にした。バッファ層1ではTEOSのみ、バッファ層2ではTEOS:MTES=0.5:0.5のモル比となるように調製した。
ガラス基板に対するバッファ層の形成は次のように行なった。まず、エタノール、TEOS、MTESを混合して30分攪拌し、純水と1N塩酸とを添加して3時間攪拌後、さらに30分超音波処理をした。そこにガラス基板を5秒浸漬し、2mm/秒の速度で引き上げ、105℃で20分乾燥した。
バッファ層を形成したガラス基板について、接触角を測定した結果が図13である。
次に、上記のバッファ層を形成したガラス基板に対して実施例1と同様の手順で撥水処理をした。撥水剤組成は、TEOS/エタノールが0.25モル/200モルで、疎水性シリカ微粒子RX300が2重量%、TEOSが0.55重量%、脱水エタノールが97.25重量%、6N塩酸が0.04重量%、水が0.16重量%であった。
バッファ層形成による接触角、透過率の変化はなかった。
実施例6と同様の耐久性試験 を行なった結果を図14に示す。図14には、バッファ層なしの対照例も一緒に示した。流水試験の流量は6L/分とした。
図14から、バッファ層2を適用したものは1時間後でも接触角160°維持しているのに対して、バッファ層1では80°、バッファ層なしでは40°程度まで接触角が落ちていることが分かる。図13の結果と併せてみれば、疎水性の基板ほど耐久性を示すことが分かり、これは疎水性相互作用によって密着性が強くなったことによるものであると考えられる。
この結果から、MTESのような疎水基を含むバッファ層を用いることによって耐久性が向上できることが分かった。
【実施例8】
【0031】
<バッファ層の適用と透過率>
実施例7のバッファ層の適用による透過率の変化を測定した。結果を図15に示す。
この結果から、バッファ層を適用しても透過率に殆ど変化はなく、透明性が損なわれることがないことが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明により、撥水性、透明性、耐久性に優れた撥水剤を得ることができ、浸漬、引き上げ、乾燥という簡便な方法で物品に超撥水性を付与することができた。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】TEOS濃度変化に対する接触角変化を示す(実施例1)。
【図2】実施例1の撥水処理表面のSEM像を示す。
【図3】TEOS濃度変化に対する膜厚変化を示す(実施例2)。
【図4】撥水性膜の断面SEM像を示す。
【図5】撥水処理表面の表面粗度を示す(実施例3)。
【図6】撥水処理と表面積比とを示す(実施例3)
【図7】撥水処理表面のTEM像を示す。
【図8】撥水性膜の光透過性を示す(実施例4)。
【図9】撥水処理した紙表面を示す写真(実施例5)
【図10】紙について、撥水処理による色変化を示す(実施例5)
【図11】耐久性試験の説明図。
【図12】耐久性試験の結果を示す(実施例6)。
【図13】バッファ層形成表面の接触角を示す(実施例7)。
【図14】バッファ層適用撥水処理膜の耐久性試験の結果を示す(実施例7)。
【図15】バッファ層適用による透過率変化を示す(実施例8)。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルコール、テトラアルコキシシラン、疎水性シリカ微粒子、塩酸、および水を含む撥水剤において、テトラアルコキシシランのアルコールに対する濃度が0.25〜4モル/200モルであることを特徴とする超撥水性を有する撥水剤。
【請求項2】
テトラアルコキシシランがテトラエトキシシランである請求項1に記載の撥水剤。
【請求項3】
疎水性シリカ微粒子の平均粒径が5〜20nmである請求項1又は2に記載の撥水剤。
【請求項4】
疎水性シリカ微粒子の濃度が2〜4重量%である請求項1〜3のいずれかに記載の撥水剤。
【請求項5】
アルコール、テトラアルコキシシラン、疎水性シリカ微粒子、塩酸、および水を混合して攪拌し、超音波処理をすることによって撥水剤を調製し、該撥水剤溶液に被処理物品を浸漬した後、引き上げ、乾燥することを特徴とする超撥水性物品の製造方法。
【請求項6】
引き上げ速度が0.2〜20mm/secである請求項5に記載の超撥水性物品の製造方法。
【請求項7】
乾燥を室温で行なうことを特徴とする請求項5又は6に記載の超撥水性物品の製造方法。
【請求項8】
被処理物品を撥水剤溶液に浸漬する前に、アルキルトリアルコキシシランを含む溶液に浸漬し、引き上げ、乾燥することによりバッファ層を予め形成することを特徴とする請求項5〜7のいずれかに記載の超撥水性物品の製造方法。
【請求項9】
アルキルトリアルコキシシランがメチルトリエトキシシランである請求項8記載の超撥水性物品の製造方法。
【請求項10】
請求項5〜9のいずれかの方法によって製造された超撥水性物品。
【請求項11】
被処理物品が紙又はガラスである請求項10記載の物品。
【請求項1】
アルコール、テトラアルコキシシラン、疎水性シリカ微粒子、塩酸、および水を含む撥水剤において、テトラアルコキシシランのアルコールに対する濃度が0.25〜4モル/200モルであることを特徴とする超撥水性を有する撥水剤。
【請求項2】
テトラアルコキシシランがテトラエトキシシランである請求項1に記載の撥水剤。
【請求項3】
疎水性シリカ微粒子の平均粒径が5〜20nmである請求項1又は2に記載の撥水剤。
【請求項4】
疎水性シリカ微粒子の濃度が2〜4重量%である請求項1〜3のいずれかに記載の撥水剤。
【請求項5】
アルコール、テトラアルコキシシラン、疎水性シリカ微粒子、塩酸、および水を混合して攪拌し、超音波処理をすることによって撥水剤を調製し、該撥水剤溶液に被処理物品を浸漬した後、引き上げ、乾燥することを特徴とする超撥水性物品の製造方法。
【請求項6】
引き上げ速度が0.2〜20mm/secである請求項5に記載の超撥水性物品の製造方法。
【請求項7】
乾燥を室温で行なうことを特徴とする請求項5又は6に記載の超撥水性物品の製造方法。
【請求項8】
被処理物品を撥水剤溶液に浸漬する前に、アルキルトリアルコキシシランを含む溶液に浸漬し、引き上げ、乾燥することによりバッファ層を予め形成することを特徴とする請求項5〜7のいずれかに記載の超撥水性物品の製造方法。
【請求項9】
アルキルトリアルコキシシランがメチルトリエトキシシランである請求項8記載の超撥水性物品の製造方法。
【請求項10】
請求項5〜9のいずれかの方法によって製造された超撥水性物品。
【請求項11】
被処理物品が紙又はガラスである請求項10記載の物品。
【図1】
【図3】
【図5】
【図6】
【図8】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図2】
【図4】
【図7】
【図9】
【図3】
【図5】
【図6】
【図8】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図2】
【図4】
【図7】
【図9】
【公開番号】特開2008−50380(P2008−50380A)
【公開日】平成20年3月6日(2008.3.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−224844(P2006−224844)
【出願日】平成18年8月22日(2006.8.22)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行日:2006年3月22日 発行所:(社)応用物理学会 2006年 春季 第53回応用物理学関係連合講演会予稿集 第3分冊 P.1290
【出願人】(502435454)株式会社SNT (33)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年3月6日(2008.3.6)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年8月22日(2006.8.22)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行日:2006年3月22日 発行所:(社)応用物理学会 2006年 春季 第53回応用物理学関係連合講演会予稿集 第3分冊 P.1290
【出願人】(502435454)株式会社SNT (33)
【Fターム(参考)】
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