説明

擬ポリロタキサンの調製方法

【課題】環状分子と水溶性線状高分子、特にα−シクロデキストリン(α−CD)とポリエチレングリコール(以下、PEG)との包接物である擬ポリロタキサンの化学処理を必要としない調製方法、特に化学処理を必要とせず、粘弾性特性が固体に近い特性を示す生分解性ヒドロゲルの調製方法を提供すること。
【解決手段】α−CDとPEGを、超高圧下混合装置を用いて50MPa以上、好ましくは200MPa以上の超高圧下で混合する。加圧供給されてくるα−CD溶液を高圧噴射する第一のノズルと、該第一のノズルに連通しα−CDの噴射流が導入される第二のノズルとを備え、前記第二のノズルは、PEG導入口と、第一のノズルからの噴射流により発生する負圧によって引き込まれるPEGを環状分子の噴射流に合流させる合流室と、該合流室からのPEGとα−CDとを混合しながら吐出口へ導く混合流路とを備えた超高圧下混合装置を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、擬ポリロタキサンの調製方法や、かかる擬ポリロタキサンの調製方法により得られる生分解性ヒドロゲルに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、複数のシクロデキストリン等の環状分子と、該複数の環状分子を貫通した状態で保持可能なポリエチレングリコール等の線状分子と、該線状分子の両末端をキャップする嵩高い置換基とを有するポリロタキサンに関する技術として、複数の環状分子のうち少なくとも2つが官能基及びリガンドの少なくともいずれかを置換基として有する多価結合性分子集合体を薬剤基材とするもの(例えば、特許文献1参照)、嵩高い置換基として生体親和性のコレステロール基を加水分解性結合させた加水分解性ポリロタキサンを軟骨再生用のヒドロゲルとするもの(例えば、特許文献2参照)、少なくとも2分子のポリロタキサンの環状分子同士が化学結合を介して結合してなる架橋ポリロタキサンを膨潤性や電場に対して応答性を有する材料とするもの(例えば、特許文献3参照)、線状分子及び環状分子の少なくとも一方が疎水性を有する疎水性ポリロタキサンを自動車用透明プラスチックとするもの(例えば、特許文献4参照)、光照射によるポリロタキサンの架橋によって調製される網目構造ポリロタキサンと非水系溶媒とを含有するゲル状組成物を眼内レンズとするもの(例えば、特許文献5参照)などが知られている。
【0003】
また、環状分子の分子環内を、鎖状分子の鎖状部分が貫通した構造を有する擬ポリロタキサンの製造方法であって、環状分子と鎖状分子とを含む固相中で両化合物を加圧混合して前記擬ポリロタキサンを生成させ、次いで嵩高い置換基で両末端をキャップするポリロタキサンの製造方法(例えば、特許文献6参照)や、α−シクロデキストリン分子の開口部に直鎖状分子が貫通してなる擬ポリロタキサンの製造方法において、擬ポリロタキサン合成時の溶媒に水およびテトラヒドロフランを使用して擬ポリロタキサンを調製し、次いで嵩高い置換基で両末端をキャップするポリロタキサンの製造方法(例えば、特許文献7参照)や、シクロデキストリン分子の開口部に、ポリエチレングリコール−ポリプロピレングリコールブロック共重合体、又はポリエチレングリコール−ポリプロピレングリコールランダム共重合体が貫通してなる擬ポリロタキサンを調製し、次いで嵩高い置換基で両末端をキャップするポリロタキサンの製造方法(例えば、特許文献8参照)が知られているが、嵩高い置換基で線状分子の両末端がキャップされていない擬ポリロタキサンからなる最終品は知られていなかった。
【0004】
【特許文献1】特開2004−27183号公報
【特許文献2】特開2005−143920号公報
【特許文献3】特開2005−344097号公報
【特許文献4】特開2007−106861号公報
【特許文献5】特開2007−130386号公報
【特許文献6】特開2007−70553号公報
【特許文献7】特開2007−254570号公報
【特許文献8】特開2007−297570号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
環状糖と水溶性線状高分子、特にシクロデキストリン(以下、CD)とポリエチレングリコール(以下、PEG)からなる包接体は、滑車のようにCDがPEG鎖に沿って動くことが可能なので、機能性材料としての応用が期待されている。しかしながら、いずれもCDがPEG鎖から抜けないための化学修飾や、ヒドロゲルとするための化学架橋が不可欠なプロセスであり、汎用性が高いとは言えなかった。本発明の課題は、環状分子と水溶性線状高分子、特にα−CDとPEGとの包接物である擬ポリロタキサンの化学処理を必要としない調製方法、特に化学処理を必要とせず、粘弾性特性が固体に近い特性を示す生分解性ヒドロゲルとして調製する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らはこれまでに、環状糖であるシクロデキストリン空洞部に生体適合性高分子であるポリエチレングリコールが包接された串刺し状の高分子を生体材料として応用することを研究してきた。PEGの分子量が数千の場合は、容易にCD空洞部に包接されるが、10万以上の高分子量となると絡み合いによって包接が困難となる。分子量100万のPEGとCDを水溶液中で混合すると、粘性の高いミルク状のゾルとなり、CD包接に限界があった。そこで、CDと分子量10万以上の高分子量PEGとを、化学架橋することなく、数百MPa以上の超高圧処理によるCD包接の制御について検討してきた。その過程において、CD水溶液を少なくとも200MPa以上の超高圧下でノズルを通したマイクロバブルを含むミクロな液滴の流れ場をつくり、ここに高濃度のPEG溶液を封入すると、化学的な処理を必要とすることなく、比較的粘弾性に優れた白色のヒドロゲルとなることを見い出し、CDとPEGの包接は物理的な力のつり合いと水溶液中での濃度平衡のみで成り立っているので、水中に放置すると包接状態が解離するため、水溶液中にて数日から数週間にわたり分解消失する生分解性ヒドロゲルとなることを確認して、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち本発明は、[1]複数の環状分子と、該複数の環状分子を貫通した状態で保持可能な線状分子とを、50MPa以上の超高圧下で混合することを特徴とする、複数の環状分子の分子環内を線状分子が貫通した構造を有する擬ポリロタキサンの調製方法や、[2]超高圧下で混合が、加圧手段によって加圧供給されてくる環状分子の溶液を高圧噴射する第1のノズルと、該第1のノズルに連通し第1のノズルからの環状分子の噴射流が導入される第2のノズルとを備え、前記第2のノズルは、線状分子導入口と、該導入口を介して前記第1のノズルからの環状分子の噴射流により発生する負圧、あるいは該負圧に加えて加圧することによって引き込まれる線状分子を環状分子の噴射流に合流させる合流室と、該合流室からの線状分子と環状分子の噴射流とを混合しながら吐出口へ導く混合流路とを備えた超高圧下混合装置により行われることを特徴とする上記[1]記載の擬ポリロタキサンの調製方法や、[3]超高圧下混合装置として、第2のノズルの混合流路が、合流室出口から吐出口に亘って均一な内径を有し、該内径が1〜10mmであると共に、流路長さが70〜1000mmである装置を用いることを特徴とする上記[2]記載の擬ポリロタキサンの調製方法に関する。
【0008】
また本発明は、[4]第1のノズルから環状分子の飽和水溶液を高圧噴射することを特徴とする上記[1]〜[3]のいずれか記載の擬ポリロタキサンの調製方法や、[5]環状分子が、α−シクロデキストリンであることを特徴とする上記[1]〜[4]のいずれか記載の擬ポリロタキサンの調製方法や、[6]線状分子が、ポリエチレングリコールであることを特徴とする上記[1]〜[5]のいずれか記載の擬ポリロタキサンの調製方法や、[7]ポリエチレングリコールの分子量が35000〜1000000であることを特徴とする上記[6]記載の擬ポリロタキサンの調製方法や、[8]ポリエチレングリコールの分子量が400000〜1000000であることを特徴とする上記[6]記載の擬ポリロタキサンの調製方法や、[9]2〜15質量%のポリエチレングリコール溶液を用いることを特徴と上記[7]又は[8]記載の擬ポリロタキサンの調製方法に関する。
【0009】
さらに本発明は、[10]上記[9]の擬ポリロタキサンの調製方法により得られる含水率が60%以上である生分解性ヒドロゲルや、[11]動的粘弾性率を測定したとき、貯蔵弾性率(E’)が損失弾性率(E’’)よりも大きい値を示すことを特徴とする上記[10]記載の生分解性ヒドロゲルに関する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によると、α−CDなどの環状分子の水溶液の高圧噴射流と、PEGなどの線状高分子溶液との高圧噴射流下での混合により調製される、複数の環状分子の分子環内を線状分子が貫通し、該線状分子の両末端をキャップする嵩高い置換基を有さない構造の擬ポリロタキサン、好ましくは流動性を失い固体様の性質を示す生分解性ヒドロゲルを、特に化学的処理を必要とせずに調製することができる。環状分子の種類や、線状高分子の分子量などの組み合わせによって、粘弾性、衝撃性、耐久性などの制御された物性の擬ポリロタキサンを得ることができる。特に、高強度の生分解性ヒドロゲルは、ソフトマテリアルを従来の構造材料に置き換えることが期待できるため、医療分野、工業部品、電子部品など、幅広い産業分野での応用が見込まれる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の擬ポリロタキサンの調製方法としては、複数の環状分子と、該複数の環状分子を貫通した状態で保持可能な線状分子とを、50MPa以上、好ましくは200〜250MPa、より好ましくは240〜250MPaの超高圧下で混合する方法であれば特に制限されず、ここで、擬ポリロタキサンとは、複数の環状分子の分子環内を線状分子が貫通しているが、該線状分子の両末端をキャップする嵩高い置換基を有さない構造を有する物質をいう。
【0012】
上記環状分子としては、α,β及びγ−CD、環状ポリエーテル、環状ポリエステル、環状ポリエーテルアミン、環状ポリアミンのうちの1種以上を挙げることができるが、中でも、α−CDを特に好適に例示することができる。
【0013】
前記線状分子としては、複数の環状分子を貫通した状態で保持可能なものであればどのようなものでもよく、ポリアルキレングリコールをはじめ、これに類似する線状高分子として、アミン基結合やチオエーテル結合等を介してのポリアルキレン線状高分子等を挙げることができるが、中でも、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリエチレングリコールとポリプロピレングリコールとの共重合体、ポリイソプレン、ポリイソブチレン、ポリブタジエン、及びポリメチルビニルエーテルからなる群より選ばれる1種又は2種以上の線状高分子を好適に例示することができる。直鎖状分子は、その分子量が1万以上、好ましくは3万以上、より好ましくは35万〜150万、中でも40万〜100万であるのがよい。
【0014】
上記の環状分子や線状分子として、生体親和性に優れているものを選ぶことにより、合成された擬ポリロタキサン、ヒドロゲルは生体親和性に優れ、組織再生用移植材料として適している。また、環状分子と線状分子の組み合わせとしては、α−CDとPEGとの組合せが好ましい。
【0015】
本発明の擬ポリロタキサンの調製方法としては、複数の環状分子と、該複数の環状分子を貫通した状態で保持可能な線状分子とを、超高圧下混合装置を用いて50MPa以上、好ましくは50〜250MPa、例えば200〜250MPaの超高圧下で混合する方法であって、前記超高圧下混合装置が、加圧手段によって加圧供給されてくる環状分子の溶液を高圧噴射する第1のノズルと、該第1のノズルに連通し第1のノズルからの環状分子の噴射流が導入される第2のノズルとを備え、前記第2のノズルは、線状分子導入口と、該導入口を介して前記第1のノズルからの環状分子の噴射流により発生する負圧によって、あるいは負圧が十分でないときは負圧に加えて加圧することによって、引き込まれる線状分子を環状分子の噴射流に合流させる合流室と、該合流室からの線状分子と環状分子の噴射流とを混合しながら吐出口へ導く混合流路とを備えた超高圧下混合装置であることを特徴とする方法を好適に例示することができ、超高圧下混合装置として、第2のノズルの混合流路が、合流室出口から吐出口に亘って均一な内径を有し、該内径が例えば1〜10mm、好ましくは1.6〜3.2mmであると共に、流路長さが例えば70〜1000mm、好ましくは250mm〜750mmである装置を用いることがより好ましい。
【0016】
本発明による超高圧下混合装置は、第1のノズルから第2のノズルヘ溶媒を高圧噴射し、その噴射流により発生する負圧によって、あるいは負圧が十分でないときは負圧に加えて加圧することによって、第2のノズルの合流室にて線状分子導入口から線状分子を引き込んで噴射流と合流させ、この線状分子と噴射流とを均一内径の混合流路内で混合させながら吐出口へ導くものであり、混合流路を通過させることによって得られるせん断力で線状分子の包接化を行うものであり、噴射流を減速させることなく混合流路を長くする条件設定によってそのせん断力を効果的に発揮させることを可能としたものである。
【0017】
第2のノズルの混合流路内が液体で完全に満たされてしまうと、噴射流が極端に減衰してせん断力が失われるだけでなく、ノズル内が正圧となって最終的に線状分子が導入口へ逆流してしまうが、本発明においては、混合流路の条件設定として、流路内が完全に液体で満たされることなく、噴射流の勢いを保って長時間に亘り強力なせん断力を発生しつつ、さらに擬似液中状態の混合流路内で微粒化をより促進するキャビテーション作用を発生しその衝撃力をも利用して優れた包接化が行えるものとする。
【0018】
このため、まず混合流路の内径は1〜10mm、例えば1.6mm以上、3.2mm以下とすることが好ましく、また、基本的に混合流路が長く噴射流の流路内通貨時間か長いほどせん断力による微粒化効果が発揮されるため、流路長さは70〜1000mm、好ましくは250mm、より好ましくは500mm以上とする。また、上記超高圧下混合装置において、前記第2のノズルは、前記合流室の前記線状分子導人口と対向する位置に、エアを取り込むために大気中に開放されたエア導入口をさらに備えていてもよい。
【0019】
以上のように、超高圧下混合装置によれば、主に同軸上で連通した2つのノズルからなる簡便な構成で、噴射流同士の衝突のための芯合わせも不要である。
【0020】
このような本発明に用いられる超高圧下混合装置の側断面図を図10に示す。本超高圧下混合装置は、加圧手段としての高圧ポンプで加圧された環状分子の飽和水溶液の高圧流体が高圧配管10を介して供給されてくる第1のノズル1と、この第1のノズル1に同軸上に連通された第2のノズル2とから主に構成されており、第2のノズル2は、第1のノズル1から環状分子の飽和水溶液が噴射される合流室3と、その噴射流を合流室3から吐出口7へ導く均一内径の混合流路6とを備えており、合流室3には、線状分子導入のための導入口4が設けられている。この線状分子導入口4は原料タンク等の供給源(不図示)に連通している。また、必要に応じて、線状分子導入口4と供給源(不図示)との間に、線状分子を加圧するための線状分子の圧送手段(不図示)を設けることができる。
【0021】
したがって、環状分子の飽和水溶液の高圧流体が第1のノズル1から噴射され、その噴射流が合流室3から混合流路6へ高速で流れていくと、合流室3では負圧が発生するため、この負圧によって、あるいは負圧が十分でないときは負圧に加えて圧送手段により加圧することによって、合流室3には線状分子導入口4から線状分子が連続的に引き込まれ、溶媒噴射流と合流し、これら合流した環状分子の噴射流と線状分子は、互いに混合されながら混合流路6内を吐出口7へ向かって流れる。この装置においては、噴射流に混合された線状分子がこの混合流路6内を通過する際にせん断力を生じさせるものであり、小内径の混合流路6の長さLを250mm以上と長くすることによって、線状分子へのせん断力を長時間に亘って作用させると共に、混合流路6内に適度な背圧が与えられ、それによる液中状態で発生するキャビテーション作用も加わって、効率的な包接化処理が行われるものと考えられる。
【0022】
なお、混合流路6が長いほど適度な背圧が得られやすいが、混合流路6が比較的短い場合に、第2ノズル2の吐出口7に背圧バルブを連結して外部から適度な背圧を与えてもよい。この時、背圧バルブは噴射流の勢いを抑えるほどの大きな背圧が掛からないように、小さな背圧を与えられるものとする。
【0023】
また、混合流路6内が液体で満たされて噴射流の減衰、逆流が発生しないように、適度なエアの混入が望まれる場合においては、第2のノズル2の合流室3には、線状分子導入口4と対向する位置に、大気中に開放されたエア導入口5をさらに設けておくこともできる。合流室3においては、噴射流による負圧によって、線状分子導入口4からの線状分子の引き込みと同時にエア導入口5からのエアの吸引が行われる。なお、このエア導入口5は、開閉および開度調節機構により、エア取り込み量を調整可能とすることができる。これによって、線状分子導入口4からの線状分子引き込み量を任意に変化させることができる。
【0024】
以下、環状分子としてα−CDを、線状分子としてPEGを例にとって、本発明の擬ポリロタキサン、特に生分解性ヒドロゲルの調製方法をより詳しく説明する。上述のように、超高圧下混合装置の第1のノズルからα−CDの飽和水溶液を高圧噴射(例えば、245MPa)することが好ましい。本発明において、生分解性ヒドロゲルとは、分散媒が水で、流動性を失い固体様の性質を示し、水溶液中にて分解消失する物質をいい、固いゲル状の他、ロウ(Wax)状のものも便宜上含まれるが、白濁(沈殿)やペースト状(クリーム状、ヨーグルト状)は含まれない。
【0025】
例えば、擬ポリロタキサンとしてロウ(Wax)状の生分解性ヒドロゲルを作製するには、分子量3万〜30万のPEG、好ましくは3万5千〜30万のPEGを5質量%以上、例えば10質量%用いることにより調製することができる。また、擬ポリロタキサンとしてゲル状の生分解性ヒドロゲルを作製するには、分子量40万のPEGを5質量%以上、例えば10質量%用いることにより調製することができ、分子量100万のPEGを2質量%以上、例えば5質量%とか10質量%用いることにより調製することができる。
【0026】
本発明の生分解性ヒドロゲルとしては、上記本発明の擬ポリロタキサンの調製方法によって得られ、含水率が60%以上である生分解性ヒドロゲルであれば特に制限されず、中でも、動的粘弾性率を測定したとき、貯蔵弾性率(E’)が損失弾性率(E’’)よりも大きい値を示す生分解性ヒドロゲルが好ましい。
【0027】
本発明の擬ポリロタキサンの調製方法により得られる擬ポリロタキサン、特に、高強度の生分解性ヒドロゲルは、ソフトマテリアルを従来の構造材料に置き換えることが期待できるため、医療分野、各種食品加工用材料、建築用材料、園芸用商品、生活・衛生用商品、化粧品分野、工業部品、電子部品など、幅広い産業分野での応用が見込まれる。
【0028】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例】
【0029】
[擬ポリロタキサンの調製]
超高圧下混合装置(図1参照、ノズル径:第1一0.1mm,第二3.2mm)を用い、α−シクロデキストリン飽和水溶液(Mw=972.85;関東化学)及び2質量%ポリエチレングリコール水溶液(Mw=1000000 アルドリッチ(R))を使用した。第一ノズルから超高圧下(245MPa)にてα−CD飽和水溶液を高圧噴射し、噴射流によって発生する負圧を利用してPEG1000000(1000K)の10質量%の水溶液もしくはアセトンを溶媒とした懸濁液を第二ノズルから、引き込み、CD噴射流とPEG水溶液又はアセトン懸濁液を混合流路で混合させた。
【0030】
超高圧下混合装置を用い、α−CD飽和水溶液を第一ノズル噴射後に、PEG10質量%の粘性溶液を注入したところ、得られた溶液は、一晩は溶液であったが、次第に自濁して1日放置後にはゲルとなった(図1参照)。一方、PEGのアセトン懸濁液(濃度10質量%)を用いた場合は、負圧のみで第二ノズルから引き込まれ、同様にゲル化した。しかしながら、エタノールのPEG懸濁液(濃度10質量%)では、ゲル化せず、自濁が生じたのみであった。また、α−CD飽和水溶液中に、大気圧下でPEG10質量%溶液を混合しても、このようなゲルにはならなかったことから、このようなゲル化は、超高圧下混合装置を利用した混合プロセスによって生じたものと考えられる。
【0031】
[ゲルの含水率]
得られたゲルの含水率を、以下の式から算出した。
【0032】
【数1】

【0033】
ここで、WWetは得られたゲルの重量(g)、WDryは真空乾燥後(真空乾燥器にて40℃で乾燥)の重量(g)を示す。含水率はPEG10質量%水溶液の場合85%、アセトン懸濁液の場合87%となった。一旦、乾燥したゲルを再び純水に浸し、膨潤を試みたが、ヒビ割れが生じ、分解する傾向が見られたことから、乾燥後はα−CDの結晶性に依存した粉末に近い状態にあるものと推察される。
【0034】
[ゲルの構造解析]
X線回折装置を使用して、上記の二種類のゲルの構造解析を行った。水分を含んだままのゲルと40℃で乾燥させたゲルの二パターンを測定した。図2〜5にX線測定によって得られたゲルのピークのグラフを示す。図3の10質量%PEGアセトン縣濁液を用いたゲル乾燥物(Starburst GEL 1000k Acetone)では2θ(°)=19.8で最大値2896.67となり、また図5の10質量%PEG水溶液を用いたゲル乾燥物(Starburst GEL 1000k 10wt%)では2θ(°)=19.76で最大値4133.33という結果が得られた。どちらのゲルも2θ(°)=20近くにピークが最大となっているので、α−CDにPEGが貫通して、カラム状になって結晶化していることが確認できた。
【0035】
[動的粘弾性測定によるゲルの物性評価]
次に、動的粘弾性測定によるゲルの物性評価を行った。動的粘弾性測定装置(Rheogel E-4000)を用いて厚さ9mmに加工した円盤上の上記の二種類のゲルを26℃の条件下、位相差3度、周波数0.05−2.5Hzの応応力を加え、貯蔵弾性率(E’)及び損失弾性率(E’’)を算出した。結果を図6及び7に示す。10質量%PEG水溶液を用いたゲル(Starburst GEL 1000k 10wt%)及び10質量%PEGアセトン縣濁液を用いたゲル(Starburst GEL 1000k Acetone)のどちらもE’がE’’値をどの周波数においても上回っていたため、高分子ゲル特有の粘弾性体の性質を示した。他方、大気圧下において調製した擬ポリロタキサンでは、E’’がE’値を上回り、粘性体に近い特性を示していたため(図8参照)、これらのゲル化には超高圧下での混合工程が大きく寄与していると言える。
【0036】
[生分解性ヒドロゲルとしての評価]
上記の二種類のゲル、すなわち、10質量%PEG水溶液を用いたゲル(Starburst GEL 1000k 10wt%)及び10質量%PEGアセトン縣濁液を用いたゲル(Starburst GEL 1000k Acetone)の分解・消失挙動をモニターするために、直径14mm・高さ2mm・体積307mmの大きさの円柱状にくりぬき、サンプルとした。実験方法は紐を取り付けたパック(ティーパック)にゲルを入れ、それをPBS(pH7.4)溶液に浸し、スターラーで撹拌した。パックを適宜取り出し、ゲルの重量の変化を調べた。重量の測定方法は、測定時にキムワイプで約10秒間押さえて、余分な水分を除去した後に電子天秤をもちいて測定を行った。これを3回行い、平均値を算出し、さらに平均誤差(Standard Error of Mean; SEM)を算出した。なお、溶液の温度は22〜23℃で行った。
【0037】
図9に時間ごとのゲルの重量変化の割合を示した。実験を開始して半日程は、ゲルの大きさに変化が見られなかったが、1日が経過して時点からゲルの大きさにも目に見えて変化を確認することができた。ゲルの分解時間で早いものは、2日で完全に分解して無くなり、一番遅いもので3日と4時間で完全に無くなったのを確認した。二種類のゲルは、分解する時間にはそれほど違いはなかった。このことは、超高圧下で混合する際のPEG溶液・懸濁液に関わらず、同様の物理架橋点となっていることを示唆するものであった。
【0038】
また、図9より、ゲルの重量は時間経過に従って減少していることがわかる。ヒドロゲルの分解は大別すると(1)バルク分解と(2)表面分解とに分類される。(1)の場合、水がゲル内に侵入する速度がゲルの分解速度よりも大きいため、一端ゲルの重量が増加した後に分解に伴って重量が0となる。一方の(2)は、水の侵入速度が律速となることから、ゲルの重量は一次式に従って減少する。これらのことから、図9の結果は、(2)の表面分解に近いものと考えられ、ゲル内への水の侵入が支配的となってα−CDの筒状結晶構造が崩壊し、PEG鎖に貫通したα−CDが脱離することによって分解していることを示唆するものであった。これまで、PEGとα−CDとからなる包接体の両末端をエステル結合を介して合成したポリロタキサンを化学架橋したヒドロゲルの生分解挙動を報告されているが、それによると、エステル結合の加水分解が律速となっており、(1)のバルク分解を示している。これに対して、本発明による二種類のゲルは、単にPEGとα−CDを超高圧下で混合するのみで調製でき、しかも表面分解によってゲルの形状を維持したまま利用できることから、調製法も簡便でかつ完全分解可能なヒドロゲルとして今後の応用展開が期待できる。
【0039】
[擬ポリロタキサン形成におけるPEG分子量の影響]
超高圧下混合装置(図1参照、ノズル径:第一0.1mm,第二3.2mm)を用いて、第一ノズルから超高圧下(245MPa)にてα−CD飽和水溶液(200ml)を高圧噴射し、噴射流によって発生する負圧を利用して種々の分子量(2000,1万,3万5千,10万,40万,100万)のPEGの1,5,10質量%溶液を第二ノズルから、引き込み、α−CD噴射流とPEG水溶液を混合路で混合させた。混合後、1日以上放置し、得られた擬ポリロタキサンの状態を目視もしくはスパチュラで適度に攪拌することによって、白濁(沈殿)、白濁であるがペースト状(クリーム状)、ロウ(Wax)状、ゲル状とに分類した。
【0040】
結果を表1に示す。第一ノズルを通すα−CD飽和水溶液(200ml)に対し、第二ノズルを通すPEG水溶液の濃度が10質量%のとき、ゲル状となった擬ポリロタキサンを呈したPEG分子量は、40万と100万であった。同様の現象は、5質量%でも見られたが、1質量%ではむしろ白濁沈殿を生じたのみであった。また、PEG分子量を10万、3万5千,10000と小さくするに従って、ロウ状からペースト状となった。これらのことから、超高圧下混合装置を利用した擬ポリロタキサンのゲル化には、PEG分子量が少なくとも40万であり、かつPEG濃度が5質量%以上であることが明らかとなった。
【0041】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】本発明の擬ポリロタキサンの調製方法により得られた生分解性ヒドロゲルの写真である。
【図2】本発明の10質量%PEGアセトン縣濁液を用いたゲル(Starburst GEL 1000k Acetone)のX線回折の測定結果を示す図である。
【図3】本発明の10質量%PEGアセトン縣濁液を用いたゲル乾燥物(Starburst GEL 1000k Acetone)のX線回折の測定結果を示す図である。
【図4】本発明の10質量%PEG水溶液を用いたゲル(Starburst GEL 1000k 10wt%)のX線回折の測定結果を示す図である。
【図5】本発明の10質量%PEG水溶液を用いたゲル乾燥物(Starburst GEL 1000k 10wt%)のX線回折の測定結果を示す図である。
【図6】本発明の10質量%PEGアセトン縣濁液を用いたゲル(Starburst GEL 1000k Acetone)の動的粘弾性率の測定結果を示す図である。
【図7】本発明の10質量%PEG水溶液を用いたゲル(Starburst GEL 1000k 10wt%)の動的粘弾性率の測定結果を示す図である。
【図8】大気圧下において調製した擬ポリロタキサンの動的粘弾性率の測定結果を示す図である。
【図9】本発明の生分解性ヒドロゲルの生分解の測定結果を示す図である。
【図10】本発明に用いられる超高圧下混合装置の構成を示す概略側断面図である。
【符号の説明】
【0043】
1:第1のノズル
2:第2のノズル
3:合流室
4:線状分子導入口
5:エア導入口
6:混合流路
7:吐出口
10:高圧配管
L:混合液路長

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の環状分子と、該複数の環状分子を貫通した状態で保持可能な線状分子とを、50MPa以上の超高圧下で混合することを特徴とする、複数の環状分子の分子環内を線状分子が貫通した構造を有する擬ポリロタキサンの調製方法。
【請求項2】
超高圧下で混合が、加圧手段によって加圧供給されてくる環状分子の溶液を高圧噴射する第1のノズルと、該第1のノズルに連通し第1のノズルからの環状分子の噴射流が導入される第2のノズルとを備え、前記第2のノズルは、線状分子導入口と、該導入口を介して前記第1のノズルからの環状分子の噴射流により発生する負圧、あるいは該負圧に加えて加圧することによって引き込まれる線状分子を環状分子の噴射流に合流させる合流室と、該合流室からの線状分子と環状分子の噴射流とを混合しながら吐出口へ導く混合流路とを備えた超高圧下混合装置により行われることを特徴とする請求項1記載の擬ポリロタキサンの調製方法。
【請求項3】
超高圧下混合装置として、第2のノズルの混合流路が、合流室出口から吐出口に亘って均一な内径を有し、該内径が1〜10mmであると共に、流路長さが70〜1000mmである装置を用いることを特徴とする請求項2記載の擬ポリロタキサンの調製方法。
【請求項4】
第1のノズルから環状分子の飽和水溶液を高圧噴射することを特徴とする請求項1〜3のいずれか記載の擬ポリロタキサンの調製方法。
【請求項5】
環状分子が、α−シクロデキストリンであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか記載の擬ポリロタキサンの調製方法。
【請求項6】
線状分子が、ポリエチレングリコールであることを特徴とする請求項1〜5のいずれか記載の擬ポリロタキサンの調製方法。
【請求項7】
ポリエチレングリコールの分子量が35000〜1000000であることを特徴とする請求項6記載の擬ポリロタキサンの調製方法。
【請求項8】
ポリエチレングリコールの分子量が400000〜1000000であることを特徴とする請求項6記載の擬ポリロタキサンの調製方法。
【請求項9】
2〜15質量%のポリエチレングリコール溶液を用いることを特徴とする請求項7又は8記載の擬ポリロタキサンの調製方法。
【請求項10】
請求項9の擬ポリロタキサンの調製方法により得られる含水率が60%以上である生分解性ヒドロゲル。
【請求項11】
動的粘弾性率を測定したとき、貯蔵弾性率(E’)が損失弾性率(E’’)よりも大きい値を示すことを特徴とする請求項10記載の生分解性ヒドロゲル。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−269982(P2009−269982A)
【公開日】平成21年11月19日(2009.11.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−120687(P2008−120687)
【出願日】平成20年5月2日(2008.5.2)
【出願人】(000132161)株式会社スギノマシン (144)
【出願人】(000236920)富山県 (197)
【Fターム(参考)】