説明

改質黒鉛、その改質黒鉛を用いる黒鉛層間化合物及び触媒並びにそれらの製造方法。

【課題】黒鉛の結晶性を維持して、なおかつ比表面積が大きい表面改質黒鉛と、その改質黒鉛を用いる黒鉛層間化合物および触媒であって、燃料電池用触媒やキャパシタやリチウムイオン電池などの電池材料などに広く応用される。
【解決手段】比表面積が200〜1000m/g 、ラマンスペクトルのDバンド(1350cm−1)とGバンド(1580cm−1)のピーク強度比であるR値が0.3〜0.7、およびX線回折法の(002)面のc軸方向の結晶子の大きさLc(002)が30nm以上であることを特徴とする改質黒鉛。前記改質黒鉛を用いる金属塩化物がインターカレートされてなる黒鉛層間化合物及び触媒並びにそれらの製造方法とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は黒鉛の結晶性を維持し、比表面積が大きい表面改質黒鉛およびその改質黒鉛を用いる黒鉛層間化合物に関する。より詳細には、燃料電池用触媒やキャパシタやリチウムイオン電池等の電池材料などに広く応用される表面構造を制御した改質黒鉛、その改質黒鉛を用いる層間化合物および触媒に関する。
【背景技術】
【0002】
環境問題、省エネルギー対策などの推進により、燃料電池車や電気自動車、ハイブリッド自動車に搭載されるクリーンな電池技術の開発が加速されており、燃料電池においてはコスト低減策の中で、白金坦持量の少ない白金系触媒の開発が急務となっている。また、リチウムイオン電池においては高容量、高出力な材料が望まれ、キャパシターについてはさらなるエネルギー密度の向上が望まれている。
【0003】
燃料電池用触媒としては、一般にVulcan(登録商標)XC−72などのカーボンブラックに白金やルテニウム等を担持した材料が使用されているが、白金量の削減、また発電時の触媒劣化などが問題になっている。発電時における白金粒子の凝集による反応効率の低下は、重要な課題であり、最近の研究においては黒鉛層間化合物(GIC)に白金を担持させるなどの試みが進められている。しかし、黒鉛層間化合物を形成する黒鉛は、粒径が大きく且つ比表面積が小さいために反応効率が劣る点で問題である。
【0004】
リチウムイオン電池については、高容量化、高出力化の改良が進められており、結晶性のよい黒鉛材料の使用においては、高容量化への対応は可能であるが、高出力の点で劣り課題が多い。また、黒鉛化度が低い難黒鉛化カーボンであるハードカーボンを使用した場合は、高出力が得られるが、高容量の電池には適応が難しい点で問題である。
【0005】
また、キャパシタ材料としては炭素材表面に多くの電気二重層を形成できる比表面積の大きい活性炭が用いられているが、更なる高容量化のためには、炭素表面に多くの電気二重層を形成でき、さらにリチウムイオンがインターカレーションする炭素材料の開発が進められている。また、電池材料に用いられる導電助剤としてカーボンブラックが用いられているが、電池の内部抵抗を下げるために、更なる低抵抗化材料が望まれている。
【0006】
また、粉砕雰囲気と粉砕機を変えた天然黒鉛の粉砕に関する報告があり、例えば、アルゴン雰囲気中、窒素雰囲気中又は空気雰囲気中における、遊星ボールミルまたは振動ミルを使用した天然黒鉛の粉砕では、天然黒鉛の比表面積と結晶子の大きさLcとの間には一定の相関があるために、結晶子の大きさを維持しつつ、且つ比表面積を増大させることは困難であると報告されている(非特許文献1参照)。
【0007】
また、黒鉛層間化合物は、黒鉛の層間にゲスト剤(インターカラント)として原子や分子が挿入された化合物であり、その物理的性質や化学的性質はゲスト剤の種類や挿入量によって異なり、さまざまな機能性材料として注目されている。従来から白金やパラジウムなどは触媒材料として非常に有用であることが知られており、これらの物質をゲスト剤として合成された黒鉛層間化合物は更なる高機能化が期待できる(非特許文献2、3参照)。一般に黒鉛層間化合物の合成条件の1つにホストとなる黒鉛の結晶性が高いことが挙げられる。最近では天然黒鉛の結晶性が高いほど、つまり結晶子の大きさが大きいほど、生成された黒鉛層間化合物は構造の明確なものが得られることがK−GICの合成などの例で報告されている(非特許文献4参照)。一方、従来の黒鉛やカーボンを用いた担持触媒では担体の比表面積の大きい方が触媒機能が発現され易い傾向がある。ところが、従来の一般的な粉砕法で比表面積の大きな黒鉛粒子を生成しようとすると,比表面積の増加に伴い黒鉛結晶そのものが破壊されてアモルファス化するために、本発明の目的とするような比表面積の大きな結晶性の黒鉛は得られていない。
【0008】
また、特許文献1には、電極活物質材料に加圧力とせん断力を加えて粒子を複合化してBET比表面積を低下せしめるリチウムイオン電池の電極材料の製造方法が開示されている。しかし、この発明に係る電極材料の場合は、容積密度・体積エネルギー密度が高まり、電極の吸水性を低下させてサイクル劣化を抑制する点では優れているが、BET比表面積が減少する結果、リチウムイオンの移動を容易にして出力特性を改善することは困難である。
【0009】
【非特許文献1】T.S.Ong, H.Yang著「Effect of atmosphere on the mechanical milling of natural graphite」Carbon 第38巻、2000年 p.2077−2085
【非特許文献2】渡辺信淳、外著、「グラファイト層間化合物」、近代編集社発行、1986年発刊
【非特許文献3】J.Y.Tilquin、外著「PREPARATION AND CHEMICAL REDUCTION OF Pt(IV) CHLORIDE-GICs:SUPPORTED Pt vs Pt INCLUSION GRAPHITED COMPOUNDS」Carbon 第33巻、1995年、p.1265−1278
【非特許文献4】O.Tanaike,M.Inagaki著「TERNARY INTERCALATION COMPOUNDS OF CARBON MATERIALS HAVING A LOW GRAPHITIZATION DEGREE WITH ALKALI METALS 」Carbon 第35巻、1997年、p.831−836
【特許文献1】特開2000−123876号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
黒鉛を燃料電池用触媒の担持体に使用する場合は、カーボンブラックを使用するより酸化、還元に対する安定性で優れているが、比表面積が小さく白金などの分散性が悪く、また、ガスの拡散も悪いため反応効率が低い点で問題があった。また、黒鉛材料をリチウムイオン電池用負極材料に用いる場合には、黒鉛の結晶性を重視する限り、層間距離は黒鉛固有の3.35Åから変化できず、すなわち、リチウムイオンの移動を容易にするように結晶構造を制御することが困難なために、出力特性を大幅に改善することは困難であった。
【0011】
また、キャパシタを高容量化するために、材料表面に多くの電気二重層を形成して、さらにリチウムイオンがインターカレーションする炭素材料の開発が進められているが、前述のとおり、黒鉛材料を用いた場合、結晶構造を維持して比表面積を大きくすることができないと言う課題があった。電池用の導電助剤としては、電解液の保持性がよいことが重要であり、大きな比表面積が必要である。さらに、抵抗値の低い炭素材料の開発が望まれている。そこで、本発明は、前記の問題を解決するため、従来の黒鉛の結晶性のよい構造を維持した状態で、黒鉛表面のアモルファス化を進めた材料、即ち比表面積を増加させた材料を提供し、更に、前記材料を用いた層間化合物、触媒及びそれらの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、上記した課題を解決するために、本発明者等は、第一に、白金粒子が比表面積の高い黒鉛表面に均一に固着する黒鉛構造は如何にあるべきか、また黒鉛系白金触媒を反応に用いた後に白金粒子の凝集の少ない黒鉛構造は如何にあるべきか、第二に、高出力、エネルギー密度の高い黒鉛材料とは如何にあるべきかの点で鋭意研究を重ねた結果、結晶性のよい黒鉛粒子の表面を比表面積の高い黒鉛構造に改質することによって前述の問題が解決できるとの結論に達し、本発明に至った。
【0013】
すなわち、前記の課題を解決するために、本発明は、比表面積が200〜1000m/g 、ラマンスペクトルのDバンド(1350cm−1)とGバンド(1580cm−1)のピーク強度比であるR値が0.3〜0.7、およびX線回折法の(002)面のc軸方向の結晶子の大きさLc(002)が30nm以上であることを特徴とする改質黒鉛とする(請求項1)。
【0014】
また、前記の課題を解決するために、本発明は、比表面積が200〜1000m/g 、ラマンスペクトルのDバンド(1350cm−1)とGバンド(1580cm−1)のピーク強度比であるR値が0.3〜0.7、およびX線回折法の(002)面のc軸方向の結晶子の大きさLc(002)が30nm以上である改質黒鉛に金属塩化物がインターカレートされてなることを特徴とする黒鉛層間化合物とする(請求項2)。
【0015】
また、前記の課題を解決するために、本発明は、X線回折法による回折角度(2θ)が21〜23.5°にピークを発現することを特徴とする前記の黒鉛層間化合物とすることが好ましい(請求項3)。
【0016】
また、前記の課題を解決するために、本発明は、X線回折法による回折角度(2θ)が5〜7°にピークを発現することを特徴とする前記の黒鉛層間化合物とすることが好ましい(請求項4)。
【0017】
また、前記の課題を解決するために、本発明は、ラマン分光スペクトルのピークが1600〜1610cm−1に発現することを特徴とする前記の黒鉛層間化合物とすることが好ましい(請求項5)。
【0018】
また、前記の課題を解決するために、本発明は、比表面積が200〜1000m/g 、ラマンスペクトルのDバンド(1350cm−1)とGバンド(1580cm−1)のピーク強度比であるR値が0.3〜0.7、およびX線回折法の(002)面のc軸方向の結晶子の大きさLc(002)が30nm以上である改質黒鉛の表面に触媒機能を備える金属が坦持されてなることを特徴とする触媒とする(請求項6)。
【0019】
また、前記の課題を解決するために、本発明は、少なくとも真空雰囲気中、低酸素雰囲気中、減圧雰囲気中、窒素雰囲気中又は希ガス元素雰囲気中において、5mmφ以下の小質量粉砕媒体を用いて、乾式粉砕法により高結晶性粒子を含む黒鉛を粉砕することによって、黒鉛粒子の微細化を抑制しつつ黒鉛の表面改質を優先的に進行させることを特徴とする前記の改質黒鉛の製造方法とすることが好ましい(請求項7)。
【0020】
また、前記の課題を解決するために、本発明は、前記改質黒鉛と金属塩化物を混合し、気相法または溶媒法により調整することを特徴とする前記の何れかに記載の黒鉛層間化合物の製造方法とすることが好ましい(請求項8)。
【0021】
また、前記の課題を解決するために、本発明は、前記の何れかに記載の黒鉛層間化合物であって、触媒機能を備える金属からなる金属塩化物がインターカレートされた黒鉛層間化合物を用い、焼成による還元または化学的な還元により前記金属を黒鉛層間に析出させるとともに該金属を黒鉛エッジ部分または黒鉛表面に固着した状態で坦持させることを特徴とする触媒の製造方法とすることが好ましい(請求項9)。

【発明の効果】
【0022】
本発明の改質黒鉛は、前記のように黒鉛の結晶性を維持しつつ、なお比表面積が大きいことを特徴とし、かかる改質黒鉛に金属塩化物がインターカレートして特有の物性を備えた黒鉛層間化合物が形成される。この黒鉛層間化合物を還元して得られる白金系黒鉛触媒を例えば燃料電池用触媒として用いる場合は、従来の白金系黒鉛触媒と違って、白金粒子が改質黒鉛表面へ均一に固着しているので、白金粒子の凝集による触媒劣化が極力抑制される結果、発電時の反応効率の低下を防ぎ、電池の寿命を延ばすばかりでなく、白金の使用量を削減する効果に優れる。また、リチウムイオン電池用負極材料に用いる場合は、高出力で且つ高容量の電池が得られる効果がある。キャパシタ材料として用いる場合は、比表面積が大きいのでより多くの電気二重層が形成され、より高容量のキャパシタが得られる効果がある。更に、本発明の改質黒鉛は、高比表面積で大きな結晶子を備えることから、電気抵抗値が低く電池の内部抵抗を下げる効果を奏し、低抵抗電気材料としての利用価値が高い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明を実施するための最良の形態について、以下に詳細に説明する。
本発明に係る改質黒鉛は、黒鉛粒子表面が高比表面積からなる黒鉛構造に改質された結果、比表面積が200〜1000m/g 、ラマンスペクトルのDバンド(1350cm−1)とGバンド(1580cm−1)のピーク強度比であるR値が0.3〜0.7、およびX線回折法の(002)面のc軸方向の結晶子の大きさLc(002)が30nm以上であることを特徴とする。
【0024】
本発明に係る改質黒鉛について更に具体的に説明する。X線回折法の(002)面の結晶子の大きさが30nm以上の黒鉛は、黒鉛層間化合物を形成し易く、電池材料や触媒材料が調整しやすい特徴がある。また、黒鉛の構造表面因子としてラマン分光で測定した1350cm−1のDバンドと1580cm−1のGバンドのピーク強度比であるR値(黒鉛化度と黒鉛表面のエッジ比率を反映している)の高い材料は、黒鉛化度の低下と黒鉛ベーサル面に対するエッジ面の比率が増加することが報告されている(炭素材料学会編:「最新の炭素材料実験技術(分析・解析編)」、サイベック、(2001)89-99参照)。
【0025】
本発明の黒鉛構造は、R値が0.3以上で、黒鉛表面の黒鉛エッジ面の比率が増加し、表面の結晶性が低下している。即ち、黒鉛のバルクの結晶構造と表面の結晶構造に違いがあることを示す。一方、ラマンスペクトルのR値が0.7以上では結晶子が小さくなり、黒鉛の結晶性がほぼ消失しアモルファス化することから、R値は0.3〜0.7が好ましい。従来の粉砕方法で得られる黒鉛の中で、X線回折法の(002)面のc軸方向の結晶子の大きさLc(002)が30nm以上ある黒鉛材料においては、比表面積が50m/g以下となり、高比表面積な材料は得られなかった。
【0026】
本発明に係る粉砕方法で得られる改質黒鉛においてはX線回折法の(002)面のc軸方向の結晶子の大きさLc(002)が30nm以上で、結晶性のよい黒鉛状態を保ちながら、表面構造因子であるラマンスペクトルのR値が0.3以上に変化し、また高比表面積を有しており、表面を改質した黒鉛材料として従来の黒鉛にはない特有の材料である。さらに、高比表面積にもかかわらず、大きな結晶子を維持しているため、電気抵抗値が低いことも特徴の1つである。
【0027】
次に、本発明に係る改質黒鉛を得る製造方法の一例について説明する。4mmφ以下、好ましくは2mmφ以下、特に好ましくは1mmφ以下のビーズ系粉砕媒体を用い、真空雰囲気中で乾式粉砕により黒鉛を粉砕することによって、良好な改質黒鉛が得られることを見出した。つまり、真空雰囲気中では、粉砕媒体と黒鉛粒子間の摩擦係数が大きくなり、1mmφ以下の小さな粉砕媒体での粉砕においては、黒鉛表面から粉砕が進行し、結晶性の発達した黒鉛表面だけが選択的に改質される。
【0028】
すなわち、ビーズ径が小さな質量の小さい粉砕媒体を用い、粉砕媒体と黒鉛粒子間の摩擦係数の大きな真空雰囲気中などで粉砕を行うと、黒鉛の微細化が進行し難いために、黒鉛の結晶性の低下が少なく、黒鉛表面においては剥離や衝撃による変形が優先的に進行する結果、黒鉛粒子の比表面積が高く且つ結晶性の高い黒鉛構造に改質されるものと推測される。真空雰囲気中以外に、減圧下又は低酸素雰囲気中において、或いは窒素ガス雰囲気中又はアルゴン、ヘリウム、ネオン、クリプトン、キセノン、ラドン等の希ガス元素雰囲気中でもよい。また、前記真空雰囲気中、窒素ガス雰囲気中又は希ガス元素雰囲気中等以外の条件において得られる本発明に係る改質黒鉛、その改質黒鉛を用いる触媒並びにその製造方法は本願発明に含まれる。
【0029】
反応容器中で改質黒鉛粉末とPtCl(塩化白金 Platinum chloride )を混合し、塩素ガス雰囲気下(圧力0.3MPa)、約450℃で熱処理して、PtCl−GICが合成される(気相法)。また、アルゴン雰囲気中で塩化白金酸HPtCl・6HOと改質黒鉛を混合し、塩化チオニルSOClを溶媒として80℃で7時間還流することによっても調整される(溶媒法)。このようにして、改質黒鉛を用いた黒鉛層間化合物は、気相法、溶媒法の何れによっても調整できる。
【0030】
また、水素雰囲気中での還元焼成や、ヒドラジンへの浸漬による化学的な還元により黒鉛層間から白金が容易に析出し触媒が調整できる。層間より析出した白金粒子は、黒鉛エッジ部分と強く固着して存在する部分と、黒鉛表面のナノ構造からなる構造内に析出して分散している部分に大きく分けられるが、白金粒子はともに黒鉛表面と強く固着しているので、従来の黒鉛に坦持した白金系触媒の欠点であった反応後における白金粒子が凝集する現象が抑制される。
【0031】
また、本発明を実施するための最良の形態には、白金又はその化合物をゲストとしてインターカレーションする例について説明したが、本発明は、これらに限定されるものではなく、例えばハロゲン化物、アルカリ金属、遷移金属、希土類金属やその化合物等を改質黒鉛にゲストとしてインターカレーションする黒鉛層間化合物とその触媒、更に、黒鉛層間化合物に代えて、改質黒鉛のそれぞれ異なった層間に複数の前記挿入物質(インターカラント)を周期的にインターカレーションする黒鉛複層層間化合物(GBC)とその触媒及びその製造方法も本発明に含まれる。
【実施例】
【0032】
以下に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。
〈改質黒鉛の調整方法1〉
粉砕原料粉として鱗片状天然黒鉛(粒径16μm)33gを容積450cmのスチール製ポットに仕込み、振動ボールミル(SUS製ボール4.5mmφまたは1mmφ、振動振幅5mm、振動数1200Hz)で粉砕した。粉砕の条件は、10−3Torrの真空雰囲気中で、粉砕時間0.5〜96時間の範囲とした。さらに、粉砕生成物の一部は、窒素雰囲気中で1500℃の温度で1時間、焼成処理を行った。
【0033】
〈改質黒鉛の調整方法2〉
粉砕原料粉として鱗片状天然黒鉛(粒径16μm)30gを容積450cmのスチール製ポットに仕込み、遊星ボールミル(ジルコニア製ボール4mmφから0.2mmφ、自転400rpm、公転400rpm)で粉砕した。粉砕の条件は、10−3Torrの真空雰囲気中で、粉砕時間0.5〜24時間の範囲とした。
【0034】
〈層間化合物の合成方法〉
1)溶媒法による合成方法
原料粉である黒鉛を約5g、真空容器内に入れた後、真空ラインを用いて2×10-2Torr、80℃で24時間焼き出しを行った。次に、アルゴン雰囲気中グローブボックス内で黒鉛2.05g、インターカラントとしてHPtCl・6HOを2.89g(C:Ptのモル比=30:1とした)、溶媒としてSOCl 25mlをナス形フラスコに入れた後、アルゴンガスを15ml/minで流しながら119時間撹拌を行った後オイルバスを設置し、アルゴンガス流量を30ml/minにし、80℃で7時間還流を行った。還流後トルエンで洗浄し、真空ラインで乾燥し試料とした。
【0035】
〈粒子物性のキャラクタリゼーション〉
黒鉛粒子の粒径は、レーザー回折式粒度分布計(日機装製MICROTRAC-3000EX)を用いて測定した。黒鉛微粒子の比表面積はQantachrom製Autosorb-1を用いて、BET多点法により算出した。また、黒鉛微粒子および合成した層間化合物の結晶構造はX線回折装置(Rigaku製Multiflex)を用いて測定した。さらに調整したサンプルの表面部分が黒鉛層間化合物を形成しているか確認するため、Renishow社製NRS-2100を用いラマン散乱分光分析を行った。
【0036】
〈比抵抗の測定〉
(粉体抵抗)
三菱化学製粉体抵抗計PD―51を用い、650kg/cm加圧時の粉体抵抗を測定した。
【0037】
〈チオフェンの水素化脱硫反応〉
触媒の機能性の評価の一つとしてチオフェンの水素化脱硫反応を行った。装置は常圧固定床流通式反応装置を用いた。触媒を反応管に0.1g充填し、前処理として500℃で1時間ヘリウム(He)処理をした。その後、水素還元を450℃で1時間行い反応に用いた。反応はモル比で、チオフェン:水素=1:30の混合ガスを装置内に導入することによって行い、反応温度は350℃とした。分析にはガスクロマトグラフ(FID)を用いた。
以上の結果を表1及び表2に示す。表1は、〈改質黒鉛の調整方法1〉により調整された試料の結果を示し、表2の試料9から11は、〈改質黒鉛の調整方法2〉により調整された試料の結果を示す。
【0038】
【表1】

【0039】
表1より、PtClと層間化合物を形成し易い黒鉛の結晶子の大きさは、試料5、6より(002)面のc軸方向の結晶子の大きさLc(002)が30nm以上の黒鉛であることを示す。また、このような材料はリチウムイオンのインターカレートによる充電容量も確保できることが知られている。また、PtCl−GICを調整後、還元により黒鉛表面に白金を析出させる場合、比表面積が大きく、白金が分散し易いほど反応収率がよいと考えられる。
【0040】
表1には、チオフェンの水素化脱硫反応結果が示される。試料1から3は、原料黒鉛を0.5〜2時間粉砕した改質黒鉛の作成法と物性値、層間化合物の特性および反応試験結果を示す。何れも改質黒鉛の比表面積は200m/g以下の試料であり、PtClとの層間化合物を形成するが、還元後のチオフェンの水素化脱硫反応率は低く、また、300分後の反応率低下も大きい傾向がある。それに対し、試料4から6は粉砕時間を4〜24時間に増加させた試料であって、特に、試料5は、(002)面のc軸方向の結晶子の大きさLc(002)が30nm以上であり層間化合物を形成でき、ラマン分光スペクトルのR値が0.37であり、比表面積が520m/gと高い値を示す。
【0041】
その結果、チオフェンの水素化脱硫反応は反応率70%、反応低下率0.9であり、ともに良好であった。一方、粉砕時間が24時間の試料6は、(002)面のc軸方向の結晶子の大きさLc(002)が15nmまで低下し、PtClとの層間化合物を形成できなかった。この水素還元品は、初期の反応率は比表面積が高いため良好であるが、300分後の反応率の低下割合が0.85と大きくなった。また、比表面積が大きい試料6,7を比較した場合、層間化合物を還元した試料5は、層間化合物を形成しない試料6より、10分後の反応収率が高く、300分反応後の収率の低下が少なく、すなわち反応時の白金の凝集も抑制され、反応収率が維持されることが確認できた。
【0042】
更に、表面改質効果を確認するため、粉砕時間は24時間であるが、粉砕媒体の質量を変えて(粉砕媒体をSUS製ボール4.5mmφから同1mmφに変更)、黒鉛表面の改質効果を確認した結果を示す(試料7)。粉砕媒体と黒鉛表面の摩擦力が大きい真空雰囲気中での粉砕であるため、比表面積は630m/g、ラマン分光スペクトルのR値は0.41に増加している。しかし、粉砕媒体の質量を下げたことで、(002)面のc軸方向の結晶子の大きさLc(002)は40nmで減少が少ない。その結果、PtClと層間化合物を形成でき、水素還元後のチオフェンの水素化脱硫反応では高い反応率と触媒劣化の低減が確認できた。
【0043】
以上より、黒鉛層間化合物を形成でき、反応効率が高く、反応劣化の少ないPt系触媒を得るための改質黒鉛の物性は、(002)面のc軸方向の結晶子の大きさLc(002)が30nm以上、比表面積が200m/g以上、ラマン分光スペクトルのR値が0.3以上の範囲が良好であることが確認できた。また、PtClと層間化合物を形成させ、還元することで、黒鉛エッジ面などへの白金粒子の固着が容易になり、白金粒子の凝集などによる反応劣化抑制に有効である。PtCl−GICのXRDの2θピーク値は、21〜23.5°の位置、または/および5〜7°の位置にピークを有することが確認できる。さらに、層間化合物が形成された場合ラマン分光スペクトルのピークが、1600〜1610cm−1に確認できる。
【0044】
【表2】

【0045】
次に、表2において、試料9から11は、〈改質黒鉛の調整方法2〉によって、真空雰囲気中で4時間粉砕した結果を示す。粉砕媒体として1mmφのジルコニア製ボールを用いた場合(試料9)は、改質黒鉛の比表面積は452m/gと大きく、(002)面のc軸方向の結晶子の大きさLc(002)も90nmと大きく、黒鉛表面の改質が優先的に行われたことがわかる。この表面改質効果は粉砕媒体の直径が大きくなるほど低下し、3mmφのジルコニア製ボールを用いた場合(試料11)は比表面積が281m/gに対し、(002)面のc軸方向の結晶子の大きさLc(002)は、40nmになっている。これらの実施例(試料9〜11)と試料13の専用触媒(比較例)と比較すると、水素還元後のチオフェンの水素化脱硫反応は、実施例の方が初期の反応率、触媒劣化ともに良好であるが確認された。
【0046】
また、表1及び表2には示されていないが、比表面積が500m/g前後で黒鉛層間化合物作製前の表面改質黒鉛について、試料5と試料9の比抵抗を比較すると、試料5の改質黒鉛の比抵抗は0.0106Ωcm(1.65g/cm)であったのに対し、試料9の改質黒鉛は、比表面積が大きい(452m/g)割りに大きな結晶子(90nm)を保っており、比抵抗は0.00685Ωcm(1.89g/cm)と低い。すなわち、抵抗値が低く且つ比表面積が大きな改質黒鉛を得るには、質量の小さな粉砕媒体(1mmφのジルコニア製ボールなど)を使用して粉砕することが効果的である。

【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明に係る改質黒鉛、その改質黒鉛を用いる黒鉛層間化合物及び触媒は、燃料電池用触媒、リチウムイオン電池用負極材、キャパシタ材料、低抵抗電気材料などのさまざまな用途に適用でき、極めて有用である。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
比表面積が200〜1000m/g 、ラマンスペクトルのDバンド(1350cm−1)とGバンド(1580cm−1)のピーク強度比であるR値が0.3〜0.7、およびX線回折法の(002)面のc軸方向の結晶子の大きさLc(002)が30nm以上であることを特徴とする改質黒鉛。
【請求項2】
比表面積が200〜1000m/g 、ラマンスペクトルのDバンド(1350cm−1)とGバンド(1580cm−1)のピーク強度比であるR値が0.3〜0.7、およびX線回折法の(002)面のc軸方向の結晶子の大きさLc(002)が30nm以上である改質黒鉛に金属塩化物がインターカレートされてなることを特徴とする黒鉛層間化合物。
【請求項3】
X線回折法による回折角度(2θ)が21〜23.5°にピークを発現することを特徴とする請求項2記載の黒鉛層間化合物。
【請求項4】
X線回折法による回折角度(2θ)が5〜7°にピークを発現することを特徴とする請求項2記載の黒鉛層間化合物。
【請求項5】
ラマン分光スペクトルのピークが1600〜1610cm−1に発現することを特徴とする請求項2記載の黒鉛層間化合物。
【請求項6】
比表面積が200〜1000m/g 、ラマンスペクトルのDバンド(1350cm−1)とGバンド(1580cm−1)のピーク強度比であるR値が0.3〜0.7、およびX線回折法の(002)面のc軸方向の結晶子の大きさLc(002)が30nm以上である改質黒鉛の表面に触媒機能を備える金属が坦持されてなることを特徴とする触媒。
【請求項7】
少なくとも真空雰囲気中、低酸素雰囲気中、減圧雰囲気中、窒素雰囲気中又は希ガス元素雰囲気中において、5mmφ以下の小質量粉砕媒体を用いて、乾式粉砕法により高結晶性粒子を含む黒鉛を粉砕することによって、黒鉛粒子の微細化を抑制しつつ黒鉛の表面改質を優先的に進行させることを特徴とする請求項1記載の改質黒鉛の製造方法。
【請求項8】
前記改質黒鉛と金属塩化物を混合し、気相法または溶媒法により調整することを特徴とする請求項2〜5の何れかに記載の黒鉛層間化合物の製造方法。
【請求項9】
請求項2〜5の何れかに記載の黒鉛層間化合物であって、触媒機能を備える金属からなる金属塩化物がインターカレートされた黒鉛層間化合物を用い、焼成による還元または化学的な還元により前記金属を黒鉛層間に析出させるとともに該金属を黒鉛エッジ部分または黒鉛表面に固着した状態で坦持させることを特徴とする触媒の製造方法。


【公開番号】特開2007−290936(P2007−290936A)
【公開日】平成19年11月8日(2007.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−123646(P2006−123646)
【出願日】平成18年4月27日(2006.4.27)
【出願人】(000233572)日立粉末冶金株式会社 (272)
【出願人】(504193837)国立大学法人室蘭工業大学 (70)
【Fターム(参考)】