説明

散乱中性子線を利用した3次元動体可視化計測方法及びその装置

【課題】
従来の中性子トモグラフィ技術では、金属製容器内の水を直接観察でき、且つその3次元計測も可能であるが、この計測は時間に関する平均量についてのものであるので、対象物質の時間変化が分からず、又そのため時間変化量である速度やその時間変化等の時間変化量が計測できない。
【解決手段】
本発明は、時間平均値である3次元計測データに時間変化を加えた4次元計測データを得るための方法及び装置に関するものであり、前記4次元計測とは、3次元の瞬時値の時間差分から速度等時間変化量を計測するものである。この4次元データを得るために、本発明においては、(1)中性子ビームの散乱現象に着目してビームを複数化し、更に高速中性子を有効利用して熱中性子を増幅する、(2)ビデオカメラで複数の中性子ラジオグラフィ投影像の同時記録をすることが行なわれる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、中性子の散乱現象を利用して中性子ビームを複数化し、この複数の中性子ビームを対象物質に照射して得られた複数の中性子ラジオグラフィ投影像を同時にビデオカメラで記録する技術と、3次元中性子トモグラフィ技術とを組み合わせて対象物質の3次元空間情報の時間変化を観察・計測する方法及びその装置である。
【背景技術】
【0002】
中性子線(中性子ビーム)を使用して時間平均量として金属製容器内の水を直接観察することができ、且つその3次元計測をすることができる技術としては、中性子トモグラフィ技術が既に開発されている(図1参照)。この技術は、中性子ラジオグラフィ技術とコンピュータトモグラフィ技術(CT技術)を組み合わせた技術で、目に見えないものの中を立体的に直接見ることができる技術である。
【0003】
ここで、前記中性子ラジオグラフィ技術とは、中性子を利用して目で見えない現象を直接見ることができる非破壊計測技術であり、中性子が、金属を透過しやすく、水など水素を含む物質やホウ素やカドミウムなど中性子を吸収しやすい物質を透過しにくい性質を持つことを利用して、X線や磁気共鳴画像法(MRI)、超音波などでは見えない現象を可視化・計測できる技術である。又、前記CT技術とは、複数角度から撮影された対象物質の投影情報(中性子ラジオグラフィ等の投影情報)から、対象物質の断面像をコンピュータによる計算により求める技術である。更に又、前記中性子トモグラフィとは、中性子ラジオグラフィ技術とCT技術を組み合わせた技術で、目で見えないものの中を立体的に観察できる技術であり、対象物質をステップ状にゆっくりと180度回転させながら2次元の中性子ラジオグラフィ像を記録し,前記中性子ラジオグラフィ像を基にCT技術により時間平均の3次元情報を得ることができる技術である。
【0004】
例えば、前記中性子ラジオグラフィ技術によると、図1の左図に示されるように、中性子ビームを固定された対象物質の測定領域に照射し、その透過ビームをコンバータにより可視光に変換し、その光の強度が不十分である場合には画像増幅器を経由して,ビデオカメラで記録し、その記録画像はPCを使用して画像データとして取り出すことができる。
【0005】
又、前記中性子ラジオグラフィ技術とCT技術とを組み合わした前記中性子トモグラフィ技術によると、試験体が回転されながら中性子ビームが照射されるので、図1の右図に示されるように、対象物質の立体的な像を観測できる。
【0006】
更に又、例えば、前記中性子トモグラフィ技術を使用して沸騰水型原子炉の炉心模擬実験を行った場合には、図1の中央図のようにその模擬実験体として、原子炉の燃料棒を模擬して電気ヒーターを使用し、そのヒーター間の隙間に水を流して、その水をヒーターで加熱沸騰させ、その実験体を回転させながら中性子を照射した。その結果,図1の右図に示されるような水と水蒸気の時間平均での空間分布(ボイド率の時間平均空間分布)が得られている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来の中性子トモグラフィ技術では、金属製容器内の水を直接観察でき、且つその3次元計測(空間分解能は最高0.1mm)も可能であるが、この計測は時間に関する平均量(即ち、時間平均量)についてのものであるので、対象物質の時間変化が分からず、又そのため時間変化量である速度やその時間変化等の時間変化量が計測できない。即ち、前記中性子トモグラフィ技術を前記模擬炉心体に適用した場合は、図1の中央図に示されるように、管群間を流れる沸騰流におけるボイド率を3次元計測でき、その空間分解能が0.2mmであり、その精度が±8%であるが、それは時間平均値における3次元データであった。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、時間平均値である3次元計測データに時間変化を加えた4次元計測データを得るための方法及び装置に関するものである。前記4次元計測とは、3次元の瞬時値の時間差分から速度等の時間変化量を計測するものである。
【0009】
前記4次元データを得るために、本発明においては、(1)中性子ビームの散乱現象に着目してビームを複数化し、更に高速中性子を有効利用して熱中性子を増幅し、次に(2)ビデオカメラで複数の中性子ラジオグラフィ投影像の同時記録をするものである。
【0010】
より具体的には本発明は、次の点にその発明構成要件を有するものである。
【0011】
(a)中性子の散乱現象を利用して1本の中性子ビームから複数の中性子ビームを生成し、観察や測定対象となる対象物質に多方向から同時に前記複数の中性子ビームを照射することにより、複数の中性子ラジオグラフィ投影像を得、それを同時に複数のビデオカメラで記録し、この記録情報からコンピュータトモグラフィ技術(CT技術)を用いて瞬時の3次元情報を計算することにより、対象物質の断面像の3次元空間情報の時間変化を観察・計測する点。
【0012】
(b)(a)で得られる瞬時の3次元空間情報を用いて,対象物質の位置情報(棒や壁など固体物質の表面位置情報及び中心位置など内部位置情報)の時間変化を計測する点。
【0013】
(c)(a)で得られる瞬時の3次元空間情報を用いて,対象物質の速度の時間変化を計測する方法であって,対象物質が固体(微粒子を含む)の動体である場合,動体の移動速度を求め,この時間変化を計測する点,または対象物質が気相または液相の流体である場合,トレーサとなる粒子を混入させて,前記トレーサ粒子の移動速度を求めることで流体の速度を計算し,この時間変化を計測する点。
【0014】
(d)(a)で得られる瞬時の3次元空間情報を用いて,対象物質の密度の時間変化を計測する方法であって,CT技術で計算される再構築計算値(CT値)が密度の関数となる点を利用して,CT値から密度を算出する点。
【0015】
(e)(a)で得られる瞬時の3次元空間情報を用いて,対象物質の温度の時間変化を計測する方法であって,請求項4に記載した方法で得られる密度が温度の関数となる点を利用して,CT値から算出した密度から温度を導出する点。
【0016】
(f)(a)で得られる瞬時の3次元空間情報を用いて,対象物質が混相流である場合,ボイド率(気相と液相の混相流中での気相の体積割合)または気相ホールドアップ(混相流中での気相の体積割合),または液相ホールドアップ(混相流中での液相の体積割合),または固相ホールドアップ(混相流中での固相の体積割合)の時間変化を計測する方法であって,混相流の瞬時の3次元空間情報を,単相(液相のみ,または固相のみ,または気相のみ)での3次元空間情報を用いて定量化する点。
【0017】
(g)(a)で得られる瞬時の3次元空間情報を用いて,対象物質が混相流である場合,界面情報(界面位置,界面積,界面積濃度)の時間変化を計測する方法であって,3次元空間情報から界面位置を検出し,前記界面位置から界面積(混相流を構成する相と相の界面部の面積)または界面積濃度(単位体積の中にある界面の総和面積)の算出を行う点。
【0018】
(h)(1)対象物質と,(2)原子炉または加速器中性子源から導かれた中性子ビーム取り出し孔に対向して配置され,その中性子を減速とともに散乱し,その中性子を前記対象物質に対し,放射状に集中して照射するための構造を有する減速/散乱材,(3)その減速/散乱材の内面に設けられ,前記対象物質に集中しない中性子を吸収するための中性子吸収材,(4)前記対象物質の後方を囲むように設けられた中性子−光コンバータ,及び(5)前記コンバータの後方を取り囲むように設置された複数のビデオカメラから構成された,対象物質の3次元空間情報の時間変化を観察・計測する装置であって,前記減速/散乱材に照射された中性子の散乱現象を利用して1本の中性子ビームから複数の中性子ビームを生成し,前記対象物質に多方向から同時に前記複数の中性子ビームを照射することにより,複数の中性子ラジオグラフィ投影像を同時に前記ビデオカメラで記録し,コンピュータトモグラフィ技術(CT技術)を用いて前記対象物質の瞬時の3次元情報を計算することにより,対象物質の3次元空間情報を得る,前記装置。
【発明の効果】
【0019】
本発明により、不可視の液体金属又は金属製容器内の水を直接観察でき、その過度現象を把握することができ、且つその4次元の計測ができるので、解析コードの信頼性の検証をすることができる。その高空間分解能は1mm、その観測時間は0.01秒が期待でき、その精度は±15%と予測される。かかる4次元計測においては、3次元の瞬時値の時間差分から速度等を計測することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明のダイナミック中性子トモグラフィ技術を図2の散乱中性子線を利用する装置の概念図にしたがって説明する。
【0021】
図中に示されていない原子炉(JRR−4)の炉心からの混合中性子ビームをその原子炉の中性子ビーム孔を通して取り出し、炉外に配置された計測対象物質である試験体に照射する。この試験体は、熱中性子源として使用される減速/散乱体によりその一方側を囲まれており、しかも熱中性子が集中する位置に配置されている。この減速/散乱体は、炉心からの混合中性子ビームが減速/散乱体に衝突して熱中性子に変換され、その熱中性子が試験体に集中して照射される構造のものであり、その内面には中性子吸収材が突出して形成され、試験体に向かわない熱中性子がこの吸収材により吸収除去される。又、この減速/散乱体には、原子炉の中性子ビーム孔に対面してビーム孔が設けられているが、この減速/散乱体のビーム孔にも減速/散乱体ブロックが配置されている。
【0022】
試験体の原子炉の反対側は、熱中性子―光コンバータで囲まれており、試験体に照射された熱中性子はその試験体を透過後、このコンバータにより光に変換され、その変換された光がこのコンバータの後方に放射状に配置された複数のビデオカメラに画像として記録される。
【0023】
この記録画像はコンピュータ処理されて補正計算が行われた後、瞬時・3次元の逐次近似CT計算が行なわれ、次に瞬時・3次元用の定量化計算が行われた後、時系列に計算することで4次元情報を取得することができる。
【産業上の利用可能性】
【0024】
本発明のダイナミック中性子トモグラフィ技術により4次元計測ができる。本発明は、工業製品分野では、エンジン若しくはコンプレッサー等の金属製容器中の流体若しくはプラスチック部品の内部情報、又は金属等中の水素濃度の計測に適用でき、農産物分野では、木・果実等植物中の水分等の分布又は土壌中の水分等の分布の計測に適用でき、未知試料内の非破壊検査分野では、文化財、動作中の機械部品若しくはリバースエンジニアリング(物の形状のデジタル化)の内部計測に適用でき、更に流動計測分野では、ボイド率計測(発熱管、ヒートパイプ、スパコンの演算素子若しくはスプレー機器等の内部計測)に適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】中性子ラジオグラフィ技術と中性子トモグラフィ技術の例示図である。
【図2】散乱中性子線を利用する装置の概念図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
中性子の散乱現象を利用して1本の中性子ビームから複数の中性子ビームを生成し,観察や測定対象となる対象物質に多方向から同時に前記複数の中性子ビームを照射することにより,複数の角度から撮影された対象物質についての複数の中性子ラジオグラフィ投影像を得、その像を同時にビデオカメラで記録し,この記録情報からコンピュータトモグラフィ技術(CT技術)を用いて瞬時の3次元情報を計算することにより,対象物質の断面像の3次元空間情報の時間変化を観察・計測する方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法で得られる瞬時の3次元空間情報を用いて,対象物質の位置情報(棒や壁の固体物質の表面位置情報及び中心位置の内部位置情報)の時間変化を計測する方法。
【請求項3】
請求項1に記載の方法で得られる瞬時の3次元空間情報を用いて,対象物質の速度の時間変化を計測するに当たって,対象物質が固体(微粒子を含む)の動体である場合,動体の移動速度を求め,この時間変化を計測するか,または対象物質が気相または液相の流体である場合,トレーサとなる粒子を混入させて,前記トレーサ粒子の移動速度を求めることで流体の速度を計算し,この時間変化を計測する方法。
【請求項4】
請求項1に記載の方法で得られる瞬時の3次元空間情報を用いて,対象物質の密度の時間変化を計測するに当たって,CT技術で計算される再構築計算値(CT値)が密度の関数となる点を利用して,CT値から密度を算出する方法。
【請求項5】
請求項1に記載の方法で得られる瞬時の3次元空間情報を用いて,対象物質の温度の時間変化を計測するに当たって,請求項4に記載した方法で得られる密度が温度の関数となる点を利用して,CT値から算出した密度から温度を導出する方法。
【請求項6】
請求項1に記載の方法で得られる瞬時の3次元空間情報を用いて,対象物質が混相流である場合,ボイド率若しくは気相ホールドアップ,液相ホールドアップ,または固相ホールドアップの時間変化を計測するに当たって,混相流の瞬時の3次元空間情報を,単相(液相のみ,または固相のみ,または気相のみ)での3次元空間情報を用いて定量化する方法。
【請求項7】
請求項1に記載の方法で得られる瞬時の3次元空間情報を用いて,対象物質が混相流である場合,界面情報(界面位置,界面積,界面積濃度)の時間変化を計測するに当たって、3次元空間情報から界面位置を検出し,前記界面位置から界面積または界面積濃度の算出を行う方法。
【請求項8】
(1)対象物質と,(2)原子炉または加速器中性子源から導かれた中性子ビーム取り出し孔に対向して配置され,その中性子を減速とともに散乱し,その中性子を前記対象物質に対し,放射状に集中して照射するための構造を有する減速/散乱材,(3)その減速/散乱材の内面に設けられ,前記対象物質に集中しない中性子を吸収するための中性子吸収材,(4)前記対象物質の後方を囲むように設けられた中性子−光コンバータ,及び(5)前記コンバータの後方を取り囲むように設置された複数のビデオカメラから構成された,対象物質の3次元空間情報の時間変化を観察・計測する装置であって,前記減速/散乱材に照射された中性子の散乱現象を利用して1本の中性子ビームから複数の中性子ビームを生成し,前記対象物質に多方向から同時に前記複数の中性子ビームを照射することにより,
複数の角度から撮影された対象物質についての複数の中性子ラジオグラフィ投影像を得、その像を同時にビデオカメラで記録し,この記録情報からコンピュータトモグラフィ技術(CT技術)を用いて瞬時の3次元情報を計算することにより,対象物質の断面像の3次元空間情報の時間変化を観察・計測する、前記装置。




【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2007−333663(P2007−333663A)
【公開日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−168348(P2006−168348)
【出願日】平成18年6月19日(2006.6.19)
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】