説明

新規β−セリネン誘導体および当該誘導体を含むアセチルコリンエステラーゼ活性阻害剤

【課題】本発明は、新規なβ−セリネン誘導体、好ましくはアセチルコリンエステラーゼ活性阻害作用を有する新規なβ−セリネン誘導体、及び当該誘導体の製造方法、並びに当該誘導体を有効成分として含有するアセチルコリンエステラーゼ活性阻害剤を提供することを目的とする
【解決手段】β−セリネンをアスペルギルス属に属する微生物またはその生体内酵素で処理することにより微生物変換して、得られたβ−セリネン誘導体を採取することによって、新規なβ−セリネン誘導体を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なβ−セリネン誘導体、当該β−セリネン誘導体を有効成分とするアセチルコリンエステラーゼ活性阻害剤、およびβ−セリネン誘導体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
β−セリネンは、オイデスマン骨格を有する、セスキテルペン類に属するテルペノイド化合物の一種であり、セロリー油の成分である(A.J.MacLeod, G.MacLeod and G.Subramanian, (1988), Phytochemistry, 27, 373-375)。β−セリネンは整腸作用や強壮作用を有する。また、β−セリネンの自動酸化生成物は、抗マラリア活性を呈することが知られている(H.Weenen, M.H.H.Nkunya and L.B.Mwasumbi, (1990), Planta Medica, 56, 371-373)。
【0003】
また、テルペノイド化合物は微生物変換によりテルペノイド誘導体とすることができることも知られている。微生物変換とは、目的の化合物を得るために、生物触媒として生体中の酵素類を使用した生物学的な合成プロセスであり、穏和な条件下で位置特異的に化合物を産生することを特徴とする。ゆえに微生物変換は、生物活性化合物の選択的製造のための有利な方法である。
【0004】
例えば、真菌の一種であるアスペルギルス ニガーは、(+)−フェンコン(M.Miyazawa, K.Yamamoto, Y.Noma and H.Kameoka, (1990), Chemistry Express, 5, 237-430)、1,4−シネオール(M.Miyazawa, Y.Noma, K.Yamamoto and H.Kameoka, (1992), Chemistry Express, 7, 305-308)、(−)−α−ビサボロール(M.Miyazawa, Y.Funatsu and H Kameoka, (1992), Chemistry Express, 7, 573-576)、(−)−cis−ローズオキサイド(M.Miyazawa, K.Yokote and H.Kameoka, (1995), Phytochemistry, 39, 85-89)、(+)−trans−ローズオキサイド(M.Miyazawa, K.Yokote and H.Kameoka, (1995), Phytochemistry, 39, 85-89)等の種々の天然テルペノイド類を立体選択的に酸化し、テルペノイド誘導体に変換することが知られている。
【0005】
アガーウッド(和名:沈香)は、古くから日本の伝統的な香料として、またアジア地域における漢方薬として広く用いられてきた。沈香由来のジンコウ−エレモールおよびアガロスピロールは、中枢神経系に対して鎮静作用や鎮痛作用を有することが知られている(H.Okukawa, K.Kawanishi and A.Kato, (2000), Aroma research, 1, 34-38、H.Okukawa, R.Ueda, K.Matsumoto, K.Kawanishi and A.Kato, (2000), Phytomedicine, 7, 417-422)。
【0006】
中でもヴェトナムやカンボジアの山地でのみ産出する伽楠香(和名:伽羅)は、最高級の沈香とされており、神秘的かつ東洋的な香りが高く評価されている(E.Yamagata and K.Yoneda, (1987), Shoyakugaku Zassi, 41, 142-146、M.Ishihara, T.Tsuneya and K.Uneyama, (1993), Phytochemistry, 33, 1147-1155)。
【0007】
一般に伽羅は、多種の酸化されたセスキテルペン類(T.Nagashima, I.Kawasaki,T.Yoshida, T.Nakanishi, K.Yoneda and I.Miura, (1983), 9th International Congress of Essential Oil, Singapore, 3, 12-16)やクロモン誘導体(K.Hashimoto, S.Nakahara, T.Inoue, Y.Sumida, M.Takahashi and Y.Masada, (1985), Chemical and Pharmaceutical Bulletin, 33, 5088-5091、T.Nakanishi, A.Inada, M.Nishi, E.Yamagata and K.Yoneda, (1986), Journal of Natural Products, 49, 1106-1108、E.Yamagata and K.Yoneda, (1986), Shoyakugaku Zassi, 40, 271-274)からなる多量の樹脂を含有している。
【0008】
沈香は、Aquilaria agallocha Roxb.(ジンコウ)、A. sinensis (Lour.) Gilg.(土沈香)、A. malaccensis Lam.(マラッカ沈香)のような多種類のAquilaria(アキラリア)属(ジンチョウゲ科)の古木が菌類に感染して精油成分が変質して、生じると考えられている(K.Yoneda, E.Yamagata and M.Mizuno, (1986), Shoyakugaku Zassi, 40, 259-265、R.Nakashima, S.Nishi, T.Ishida and J.Yamamoto, (1990), Yukagaku, 39, 191-195)。例えば、沈香が生ずる要因の一つとして、アスペルギルス属に属する真菌の一種であるAspergillus wentii(アスペルギルス ウェンティー)菌による精油成分の変性が考えられている。
【0009】
以前に本発明者らは、植物病原性菌であるGlomerella cingulata(グロメレーラ シングラータ)菌によるβ−セリネンの生物変換で、(1S,6S,9S,10R,11RS)−1,11,13−トリヒドロキシ−β−セリネンの11位炭素のエピマー混合物の2種のアイソマーがほぼ等量の比率で生成することを見出した(M.Miyazawa, Y.Honjo and H.Kameoka, (1997), Phytochemistry, 44, 433-436)。しかしながら、アスペルギルス属に属する微生物によるβ−セリネンの生物変換は知られていない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、新規なβ−セリネン誘導体、特にアセチルコリンエステラーゼ活性阻害作用を有するβ−セリネン誘導体を提供することを目的とする。また、本発明は、当該β−セリネン誘導体を有効成分とするアセチルコリンエステラーゼ活性阻害剤を提供することを目的とする。さらに、本発明は、β−セリネン誘導体の位置特異的かつ立体選択的な製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、新規な生理活性物質の創製を目的として、種々の天然物化合物を様々な微生物により微生物変換し、その代謝産物を探索してきた。そして、沈香を産生すると考えられている真菌類によるセスキテルペノイド類の微生物変換について検討したところ、β−セリネンを基質としたアスペルギルス属に属する微生物の培養物中に、強いアセチルコリンエステラーゼ活性阻害作用を有する物質が産生されていることを見出した。このβ−セリネンを基質としたアスペルギルス属に属する微生物の培養物中に産生されるアセチルコリンエステラーゼ活性阻害物質を詳細に検討した結果、β−セリネン骨格を有する化合物であることを確認すると共に、その単離、精製に成功した。
【0012】
したがって、第1の態様において本発明は、式
【化1】

〔一般名:
化合物〔II〕:(2S,6R,9S,10S)−2,11,13−トリヒドロキシ−β−セリネン〕
により表されるβ−セリネン誘導体を提供する。
【0013】
また、別の態様において、本発明は有効成分として上記β−セリネン誘導体を含有するアセチルコリンエステラーゼ活性阻害剤を提供する。
【0014】
さらに別の態様において、本発明は式
【化2】

で表されるβ−セリネン誘導体の製造方法であって、式
【化3】

で表されるβ−セリネンを基質として、当該β−セリネン誘導体を生産する能力を有するアスペルギルス属に属する微生物と接触、処理することを特徴とする方法を提供する。
【発明の効果】
【0015】
おどろくべきことに、本発明で得られるβ−セリネン誘導体は、アセチルコリンエステラーゼに対して顕著な活性抑制作用を示す。したがって、本発明のβ−セリネン誘導体はアルツハイマー病治療薬として有用である。
【0016】
通常、アセチルコリンは、神経シナプス間隙において、酵素アセチルコリンエステラーゼの作用でコリンと酢酸に分解することで、作用した後すぐに除去される。一方、脳内のアセチルコリンの不足はアルツハイマー病と関連があるとされ、アセチルコリンエステラーゼの阻害剤はアルツハイマー病の治療薬として用いられる。
【0017】
用語の定義
本明細書中において使用される用語は、指示がない限り、当業者によって通常理解される通りの意味で用いられている。
【0018】
β−セリネン誘導体の製造方法
本発明の目的物質であるβ−セリネン誘導体を製造するには、基質β−セリネンを真菌の一種であるアスペルギルス属に属するβ−セリネン誘導体産生菌またはその生体内酵素で処理し、産生された当該β−セリネン誘導体を採取すればよい。ここで言う「処理」とは、β−セリネンと菌体との接触、β−セリネンを菌体の培養培地に含有させて行う培養、発酵等の常套の微生物変換手段を含む意味で用いられており、「採取」とは、常套の分離、抽出および精製手段を含む工程を意味している。
【0019】
β−セリネン誘導体の製造に使用されるアスペルギルス属微生物の一例としては、アスペルギルス ウェンティー(Aspergillus wentii)があり、これは独立行政法人製品評価技術基盤機構にNBRC8864として寄託されている。その他のアスペルギルス属微生物の例としては、アスペルギルス ルーバー、アスペルギルス ニガーなどを挙げることができる。
【0020】
生体内酵素とは、菌が当該反応工程に利用している酵素として同定されるあらゆる酵素を意味し、適当な条件下、例えば菌体内の条件下におくことにより、菌そのものを利用している場合と同様に反応を進行させることが可能である。
【0021】
β−セリネン誘導体産生菌の培養に用いられる培地としては、使用する菌の育成あるいは所望の微生物変換に適した常套の培地を適宜選択することができ、当該菌が利用し得る栄養源を含むものであれば液状でも固状でもよいが、大量のβ−セリネン誘導体を得るためには液体培地を用いるのが好ましい。
【0022】
この培地には、当該菌を培養するために必要な物質、例えば当該菌が同化し得る炭素源、消化し得る窒素源および無機物等が適宜配合される。炭素源としては、ブドウ糖、ショ糖、麦芽糖、乳糖、デンプンなどが、窒素源としては、酵母エキス、肉エキス、ペプトン、ポリペプトン、マルトエキストラクト、硝酸ナトリウムなどが用いられる。また培地にはナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウムなどの塩類が含まれ得る。
【0023】
培地のpHおよび温度条件は使用する菌の育成に好適な範囲であればどのような条件でも使用することができ、このような条件は公知であるか、当業者であれば常套の手段により適宜設定することができる。例えば菌がアスペルギルス ウェンティーである場合、初発pHは約6〜約8、好ましくは7.2の条件が、また、培養温度は約15〜約35℃、好ましくは25〜30℃の範囲が適当である。
【0024】
β−セリネン誘導体生産菌は静止した物体に付着して増殖する性質があるので静置培養が望ましく、また、当該菌が付着するような物体、例えばアルミ箔を液体培地中に入れておくと増殖が促進される。培養期間は一定しないが、生産されるべきβ−セリネン誘導体の濃度が最大となるまで培養するのが望ましい。これに要する日数は、液体培地を用いる静置培養の場合、通常10日間前後が適当である。
【0025】
得られた培養液は遠心分離または濾過などの手段により、菌体と培養液とに分離する。この両者は共にアセチルコリンエステラーゼ活性阻害作用を示すが、β−セリネン誘導体は培養液により多く含まれている。集められた培養液からβ−セリネン誘導体を抽出するには、塩化ナトリウム等の飽和溶液とした後、水と混和する有機溶媒、例えばメタノール、エタノールなどの低級アルコール類、アセトン、メチルエチルケトンなどを使用すればよい。また、水と混和しない有機溶媒、例えばクロロホルム、塩化メチレン、酢酸エチルなどを使用してもよい。
【0026】
このようにして得られた抽出液から減圧下に溶媒を留去すれば、β−セリネン誘導体を含む粗抽出物を得ることができる。
【0027】
この粗抽出物からβ−セリネン誘導体を単離、精製するには、通常の脂溶性低分子物質の単離、精製手段を適用することができる。すなわち、セファデックスLH−20(ファルマシア製、登録商標)などを用いるゲル濾過型クロマトグラフィー、シリカゲルなどの吸着剤を用いる吸着クロマトグラフィー、シリカゲルなどの順相系担体を用いる高速液体クロマトグラフィーなどを単独または組み合わせて実施すればよい。
【0028】
セファデックスLH−20を用いる場合は、一般に極性有機溶媒と非極性有機溶媒との組み合わせ、例えばメタノールとクロロホルムまたは塩化メチレンなどの混合溶媒により溶出される。
【0029】
シリカゲルを用いる吸着クロマトグラフィーを使用する場合は、ヘキサンとクロロホルム、酢酸エチルまたは塩化メチレンなどの混合溶媒を溶出溶媒とするのが適している。
【0030】
シリカゲルを担体とする高速液体クロマトグラフィーの場合には、塩化メチレンとベンゼンまたはメタノールの混合溶媒あるいは塩化メチレン単独を溶出溶媒として用いる。このような精製手段を適用することにより、前記に示されるβ−セリネン誘導体が単離される。
【0031】
アセチルコリンエステラーゼ活性阻害剤
本発明で得られるβ−セリネン誘導体は、アセチルコリンエステラーゼに対して顕著な活性抑制作用を示す。当該活性は適当なin vitroあるいはin vivo試験、例えば実施例2に記載の試験により容易に確認することができる。本発明のβ−セリネン誘導体は、好ましくは化合物17μLをアセチルコリンエステラーゼ(シグマ製)溶液(0.04ユニット/mL)に加え、25℃で5分間インキュベートし、さらに続いて75mLのATCを13μL加えて25℃で20分間インキュベートしたとき、アセチルコリンエステラーゼの活性を10%以上、好ましくは20%以上、とりわけ好ましくは30%以上阻害することができる。
【0032】
したがって、本発明のβ−セリネン誘導体はアセチルコリンエステラーゼ活性阻害剤として使用することができる。好ましくは、本発明のβ−セリネン誘導体は、常套の製剤化手段により、賦形剤、pH調整剤、香料、界面活性剤、キレート剤、増粘剤、防腐剤等の常套の助剤を適宜使用して、液体、乳液、粉末、顆粒、錠剤、ローション、軟膏、注射溶液、クリームなど、任意の剤型に調製して用いることができる。例えば化粧料として本発明のβ−セリネン誘導体を製剤するとき、ローション、乳液、クリーム等の剤型が好ましい。
【0033】
また、本発明のβ−セリネン誘導体を含有するアセチルコリンエステラーゼ活性阻害剤は、動物に投与することを意図するとき、任意の形態で、例えば経口、経腸、非経腸、局所または経皮投与することができ、食品に配合することを意図するとき、常套の混合等の手段により食品中に配合することができる。
【実施例1】
【0034】
実験手法
β−セリネンはセロリー油(三栄源エフ・エフ・アイ製)の真空蒸留およびシリカゲルクロマトグラフィーにより調製した。
簿層クロマトグラフィー(TLC)は、シリカゲル60GF254を塗布したTLCプレート(メルク製:層厚0.25mm)を用いた。シリカゲルカラムクロマトの展開溶媒は、ヘキサン−酢酸エチル(1:1)を用いた。
【0035】
ガスクロマトグラフィー(GC)は水素炎イオン化型検出器、キャピラリーカラム(DB−5、島津製作所製:長さ30m×内径0.25mm)、および20:1のスプリット注入ユニットを備えたHP 5890Aガスクロマトグラフ(ヒューレット・パッカード製)を使用した。移動相はヘリウムガスを0.6cm/分の流量で用いた。オーブン温度は4℃/分の昇温速度で90℃〜230℃にプログラムされた。注入口温度は270℃、検出器温度は280℃に設定した。ピーク面積はHP 3396 SeriesII検出器(ヒューレット・パッカード製)により計算した。
【0036】
ガスクロマトグラフィー質量分析(GC/MS)は、スプリット注入ユニット、キャピラリーカラム(HP−5MS、ヒューレット・パッカード製:長さ30m×内径0.25mm)を備えたガスクロマトグラフ(HP 5890A、ヒューレット・パッカード製)を質量分析計(HP 5972A、ヒューレット・パッカード製)に直結した。昇温プログラムはGCと同一である。移動相はヘリウムガスを0.6cm/分の流量で用いた。イオン源部温度は280℃、電子エネルギーは70電子ボルト(eV)であった。イオン化法は電子衝撃法(EI)を使用した。
【0037】
高分解能質量分析(HR−MS)は、二重収束タンデム質量分析計(JEOL−HX100、日本電子製)を用い、データ処理には日本電子製JAM−DA5000を使用した。
赤外吸収スペクトル(IR)はパーキン・エルマー製1760X型分光器により得た。溶媒にはクロロホルムを使用した。
核磁気共鳴スペクトル(NMR)は、日本電子製FX−500(500MHz(H)、125.65MHz(13C)を用い、TMS(H)またはクロロホルム(13C)を内部標準とし、CDClで測定した。
【0038】
アスペルギルス ウェンティーの前培養
4℃で保存されたアスペルギルス ウェンティー(NBRC8864)の胞子を、滅菌した培養培地(ショ糖1.5%、グルコース0.5%、ポリペプトン0.05%、硫酸マグネシウム(七水和物)0.05%、塩化カリウム0.05%、リン酸二カリウム0.1%、硫酸第一鉄(七水和物)0.001%、および蒸留水、pH7.2)を入れた振盪フラスコ中に植え付け、27℃で3日間培養した。
【0039】
経時変化
前培養したアスペルギルス ウェンティーの菌糸体を培養培地(50mLのペトリ皿中20mL)に移植し、2日間(菌糸体が培養培地の表面積の60〜80%を占めるまで)同じ条件下で培養した。アスペルギルス ウェンティーが成長した後、5mLのDMSOに溶かしたβ−セリネン〔I〕350mgを培地に加えて27℃で14日間静置培養を続けた。β−セリネンを添加しなかったアスペルギルス ウェンティー培養群(陽性対照)および培地にβ−セリネンのみを加えた群(陰性対照)をコントロールとした。
【0040】
培養液は、種々の間隔で数回酢酸エチルにより抽出した。粗抽出物をTLC、GCおよびGC/MSで分析した。化合物〔II〕は、β−セリネンを全く添加しなかったアスペルギルス ウェンティー培養培地のTLC、GCおよびGC−MS分析では検出されなかった。また、化合物〔II〕以外の代謝産物はTLCおよびGC分析では検出されなかった。基質および代謝産物の経時変化を図1に示す。〔I〕と化合物〔II〕間の比率は、GCとGC/MSのピーク面積に基づいて決定した。14日後にβ−セリネンの約20%が化合物〔II〕に代謝された(図1)。
図1中、■:β−セリネン、△:化合物〔II〕である。
【0041】
β−セリネンの14日間の微生物変換
実施例1にて前培養したアスペルギルス ウェンティーを実施例1と同様の培地900mLに移植し、27℃で曝気条件下にて2日間攪拌培養した。アスペルギルス ウェンティーが成長した後、β−セリネン350mgを培地に添加し、14日間培養を続けた。
【0042】
代謝産物の単離
上記のように、β−セリネン〔I〕350mgを培地に加えて27℃で14日間静置培養を続けた後、濾過により培養液と菌糸体を分離した。培養液を塩化ナトリウムで飽和し、酢酸エチルで抽出した。さらに菌糸体を酢酸エチルで抽出した。酢酸エチル抽出物を混ぜ、硫酸ナトリウムで脱水後、減圧下に溶媒を留去し、粗抽出物411mgを得た。抽出物をヘキサン−酢酸エチル混液とシリカゲルを用いたカラムクロマトグラフィーに供した。未反応のβ−セリネン213mgが回収された。化合物〔II〕51mgが単離された。
【0043】
化合物〔II〕
化合物〔II〕、(2S,6R,9S,10S)−2,11,13−トリヒドロキシ−β−セリネン構造は以下のMS、IR、およびNMRデータから決定した。
化合物〔II〕([α]D23.1 +23.7°(c=1.00,CHCl3))は、11位炭素のシングルアイソマーとして得られた。〔II〕のHR−EIMS(高分解能電子衝撃型四重極質量分析法)では、m/z値254.1895、分子式C1526であった。
化合物〔II〕のIRスペクトルでは、水酸基(3355cm−1)の存在が示された。
H−NMRではイソプロペニル基のオレフィン性プロトンのシグナルは観察されなかった。H−NMRおよび13C−NMRでは、2級アルコールの存在が示された(δ3.87(1H,dddd,J=4.8,4.8,11.4,11.5Hz);δ67.9(CH))および11,13−ジオール(δ3.41,3.46(each 1H,d,J=10.8 Hz);δ68.5(CH),74.7(C))。
化合物〔II〕は、二次元NMR(HMBC:heteronuclear multiple bond correlation)スペクトルの帰属において、(i)H−1/C−2,C−8とC−10、(ii)H−3/C−2,C−4とC−14、(iii)H−12/C−6,C−11とC−13、(iv)H−14/C−3,C−4とC−9の間に相関シグナルが観察された。化合物〔II〕の2位の炭素の配位は、H−2/H−1とH−15間のNOEsスペクトルの解析よりS体であると確認された(図2)。これらのデータから、化合物〔II〕の構造は新規化合物である(2S,6R,9S,10S)−2,11,13−トリヒドロキシ−β−セリネンであると決定した。11位の炭素の立体配置は維持されていた。
【0044】
化合物〔II〕:無色油状、[α]D23.1 +23.7(CHCl3; c=1.00)、HR-EIMS m/z:254.1895[M] +、分子式 C15H26O3 254.1882、EIMS m/z:254 [M]+ (2), 236 (24), 223 (37), 205 (86), 187 (base), 161 (75), 147 (63), 119 (61), 105 (78), 75 (63), 57 (25), 43 (55)、IR(KBr法)νmaxcm-1:3355, 2937, 2845, 1455, 1041、H−NMR(CDCl3), 4.82 (1H, d, J=1.8 Hz, H-14), 4.52 (1H, d, J=1.8 Hz, H-14), 3.87 (1H, dddd, J=4.8, 4.8, 11.4, 11.5 Hz, H-2), 3.46 (1H, d, J=10.8 Hz, H-13), 3.41 (1H, d, J=10.8 Hz, H-13), 2.66 (1H, ddd, J=1.8, 5.4, 12.0 Hz, H-3), 1.97 (1H, dd, J=11.5, 12.0 Hz, H-3), 1.82 (1H, ddd, J=1.8, 4.8, 12.6 Hz, H-1), 1.77 (1H, dd, J=2.9, 12.1 Hz, H-9), 1.66 (1H, m, H-7), 1.60 (1H, m, H-6), 1.58 (1H, m, H-8),1.56 (1H, m, H-5), 1.38 (1H, m, H-7), 1.28 (1H, m, H-8), 1.20 (1H, dd, J=11.4, 12.6 Hz, H-1), 1.15 (3H, s, H-12), 1.07 (1H, ddd, J=12.1 12.5, 12.6 Hz, H-5), 0.99 (3H, s, H-15)、13C−NMRを表1に示す。
【0045】
【表1】

【実施例2】
【0046】
アセチルコリンエステラーゼ阻害活性
アセチルコリンエステラーゼ阻害活性はEllmanらの分光光度法(G.L.Ellman, K.D.Courtney, V.Andres Jr., R.M.Featherstone, (1961), Biochem.Pharmacol., 7, 88-95)により測定した。17μLの化合物〔I〕または化合物〔II〕(エチルアルコール溶液)、0.1Mリン酸緩衝液(pH7.0)に溶かした0.01Mのイールマン試薬(DTNB:東京化成製)33μL、アセチルコリンエステラーゼ(シグマ製)167μL(0.04units/mL、0.1Mリン酸緩衝液(pH8.0)に溶解)、および0.1Mリン酸緩衝液(pH8.0)800μLを試験管に加え、25℃で5分間インキュベートした。その後、75mMのアセチルチオコリン アイオダイド(ATC:東京化成製)13μLを加え、25℃で20分間インキュベートした。吸光光度計により475nmの吸光度を測定した。化合物を含まない対照試験は、非酵素的加水分解のためにブランクにより補正された。各測定は少なくとも3回繰り返した。アセチルコリンエステラーゼ阻害活性は以下の式により決定した。
アセチルコリンエステラーゼ阻害活性(%)=[(A−B)/(Cp−Cn]×100
A:試料(化合物〔I〕または化合物〔II〕、DTNB、アセチルコリンエステラーゼ、0.1Mリン酸緩衝液、およびATC)の吸光度
B:ブランク(化合物〔I〕、化合物〔II〕または((-)-プレゴン)、DTNB、および0.1Mリン酸緩衝液)の吸光度
Cp:陽性対照(エチルアルコール、DTNB、アセチルコリンエステラーゼ、および0.1Mリン酸緩衝液)の吸光度
Cn:陰性対照(エチルアルコール、DTNB、および0.1Mリン酸緩衝液)の吸 光度
結果を表2に示す。
【表2】

【0047】
したがって、化合物〔II〕は、(-)-プレゴンよりも顕著なアセチルコリンエステラーゼ阻害活性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】β−セリネン〔I〕をアスペルギルス ウェンティーによって微生物変換したときの、β−セリネン〔I〕および化合物〔II〕それぞれの相対存在量についての経時変化を示す。
【図2】化合物〔II〕の主要なHMBCおよびNOEsスペクトルを示す。
【符号の説明】
【0049】
■ β−セリネン
△ 化合物〔II〕

【特許請求の範囲】
【請求項1】

【化1】

で表されるβ−セリネン誘導体。
【請求項2】
アセチルコリンエステラーゼ活性阻害作用を有する、請求項1に記載の誘導体。
【請求項3】
請求項1に記載のβ−セリネン誘導体を有効成分として含有するアセチルコリンエステラーゼ活性阻害剤。
【請求項4】
【化2】

で表されるβ−セリネン誘導体を製造するにあたり、基質としてのβ−セリネンを当該β−セリネン誘導体を生産する能力を有するアスペルギルス属に属する微生物または当該微生物の生体酵素と接触させることを特徴とする方法。
【請求項5】
β−セリネン誘導体を生産する能力を有するアスペルギルス属に属する微生物がアスペルギルス ウェンティーである、請求項4に記載の製造方法。
【請求項6】
アスペルギルス ウェンティーが寄託番号NBRC8864の株種である、請求項5に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−114089(P2009−114089A)
【公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−286425(P2007−286425)
【出願日】平成19年11月2日(2007.11.2)
【出願人】(000125347)学校法人近畿大学 (389)
【出願人】(000238201)扶桑薬品工業株式会社 (42)
【Fターム(参考)】