説明

方向性電磁鋼板とその製造方法および変圧器

【課題】圧縮応力に対する磁歪感受性を低減し、もって、変圧器等の鉄心における騒音を効果的に低減することができる、磁歪特性に優れる方向性電磁鋼板と、その鋼板を用いた低騒音の変圧器を提供する。
【解決手段】Si:3.0〜7.0mass%、Mn:0.04〜0.15mass%、Sb:0.01〜0.10mass%およびSn:0.01〜0.20mass%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、張力付与被膜が被成してなる方向性電磁鋼板であって、ゴス方位{110}<001>粒における圧延方向を回転軸とした結晶方位の平均方位差角δが6°以下であり、かつ、圧延方向に圧縮応力3.92MPaを付加した状態において50Hz、1.7Tで磁化したときの磁歪λp−pが1.7×10−6以下である方向性電磁鋼板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁歪特性に優れる方向性電磁鋼板とその製造方法、ならびに、その方向性電磁鋼板を用いた低騒音の変圧器に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、環境に対する意識の高まりから、変圧器や電動機などの電磁応用機器が発する騒音の低減が強く求められている。それに伴い、変圧器や電動機の鉄心に使用される方向性電磁鋼板にも、低鉄損であることに加えて、騒音特性にも優れた材料であることが求められるようになってきている。
【0003】
変圧器の騒音に影響を及ぼす素材因子としては、方向性電磁鋼板が有する磁歪特性がある。上記「磁歪」とは、方向性電磁鋼板を交流で励磁したときの、鋼板が圧延方向に伸縮する率(=圧延方向鋼板伸縮量/鋼板長さ)のことをいい、その大きさは、通常、数10−6程度である。そこで、従来から、この磁歪の大きさを低減することで、低騒音化を図ろうとする研究がなされてきた。
【0004】
磁歪を低減させるには、還流磁区を減少させることが最も有効である。ここで、「還流磁区」とは、磁場付加方向に対して磁化ベクトルが90°方向を向いた磁区のことをいい、この磁化が磁場付加方向と平行な向きに移動しようとする時に磁歪が生じる。そして、この磁歪は、鋼板にかかる圧縮応力が大きくなるに従って増大することが知られている。
【0005】
そこで、上記還流磁区を減少させる方法として、方向性電磁鋼板に被膜張力を付与する方法が提案されている。例えば、非特許文献1および特許文献1には、被膜張力を鋼板に付与することで、還流磁区を消去する方法が開示されている。一般に、方向性電磁鋼板には、鋼板に引張応力を付与するフォルステライト質の下地被膜と、その上の被成したリン酸塩を主成分とする絶縁被膜が被成されているが、上記の方法は、上層の絶縁被膜をも鋼板に引張応力を付与する張力付与被膜とすることで、磁歪特性の改善を図ろうとするものである。しかし、これらの方法は、鋼板に圧縮応力が付与されるような場合には、十分な効果が得られないという問題がある。
【0006】
また、通常、変圧器の鉄心は、冷媒により冷却されているが、この冷却が不十分であったり、変圧器の稼動初期のときには、鉄心内の温度分布が不均一となるため、熱応力が発生することは避けられない。非特許文献2によると、5℃の温度差が生じると、<001>方向に対して3〜6MPa程度の圧縮応力が生じ、この圧縮応力によって磁歪特性が低下し、変圧器の騒音が増大すると報告されている。そのため、圧縮応力に対する磁歪感受性が低い方向性電磁鋼板の開発が強く望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特公昭59−17521号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】T.Nozawa et al,「Relationship between total losses under tensile stress in 3percentSi−Fe single Crystals and their orientations near(110)[001],IEEE Trans.on Mag.,Vol.MAG−14,No.4,1978
【非特許文献2】岡崎ら、「方向性電磁鋼板の磁歪特性に及ぼす温度分布の影響」、電気学会論文誌A.Vol.123(2003),No.9、p833−838
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、従来技術が抱える上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、圧縮応力に対する磁歪感受性を低減し、変圧器等の鉄心から生ずる騒音を効果的に低減することができる、磁歪特性に優れる方向性電磁鋼板と、その鋼板を用いた低騒音の変圧器を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明者らは、上記課題を解決するべく、方向性電磁鋼板の圧縮応力下における磁歪特性に影響する様々な材料因子について詳細な検討を行った。その結果、張力付与被膜を有する鋼板においては、圧縮応力下における磁歪特性に影響する因子として、二次再結晶後の鋼板におけるゴス方位(110)<001>粒の結晶方位の方位差角δが重要であることを見出した。ここで、上記方位差角δとは、二次再結晶後の鋼板のゴス方位(110)<001>粒における理想ゴス方位粒からのずれの大きさを、圧延方向を軸とした回転角で表わしたものである。そして、発明者らは、鋼成分を適正化した上で、上記方位差角δを適正範囲に制御することで、低騒音化に有効な磁歪特性を有する方向性電磁鋼板が得られることを知見し、本発明を開発するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は、Si:3.0〜7.0mass%、Mn:0.04〜0.15mass%、Sb:0.01〜0.10mass%およびSn:0.01〜0.20mass%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、張力付与被膜が被成してなる方向性電磁鋼板であって、ゴス方位{110}<001>粒における圧延方向を回転軸とした結晶方位の平均方位差角δが6°以下であり、かつ、圧延方向に圧縮応力3.92MPaを付加し、50Hz、1.7Tで磁化したときの磁歪λp−pが1.7×10−6以下である方向性電磁鋼板である。
【0012】
本発明の方向性電磁鋼板は、上記成分組成に加えてさらに、Cr:0.10mass%以下、Ni:0.50mass%以下、Mo:0.10mass%以下、Cu:0.10mass%以下、Nb:0.05mass%以下およびP:0.05mass%以下のうちから選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする。
【0013】
また、本発明は、C:0.01〜0.10mass%、Si:3.0〜7.0mass%、Mn:0.04〜0.15mass%、N:0.0030〜0.0100mass%を含有し、かつ、インヒビター成分として、Al,S,SeおよびBのうちのいずれか1以上を、Al:0.01〜0.030mass%、SおよびSe:単独または合計で0.010〜0.030mass%、B:0.0005〜0.0030mass%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成の鋼スラブを熱間圧延し、必要に応じて熱延板焼鈍を施し、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延をして最終板厚とした後、一次再結晶焼鈍し、焼鈍分離剤を塗布し、二次再結晶焼鈍する方向性電磁鋼板の製造方法において、上記鋼スラブはさらに、Sb:0.01〜0.10mass%およびSn:0.01〜0.20mass%を複合含有し、150〜250℃の温度で圧下率が84〜90%の最終冷間圧延を施すことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法である。
【0014】
また、本発明は、C:0.01〜0.10mass%、Si:3.0〜7.0mass%、Mn:0.04〜0.15mass%、N:0.0030〜0.0100mass%を含有し、かつ、Al:0.0100mass%以下、N:0.0050mass%以下、S:0.0050mass%以下、Se:0.0050mass%以下、B:0.0010mass%以下に低減し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成の鋼スラブを熱間圧延し、必要に応じて熱延板焼鈍を施し、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延をして最終板厚とした後、一次再結晶焼鈍し、焼鈍分離剤を塗布し、二次再結晶焼鈍する方向性電磁鋼板の製造方法において、上記鋼スラブはさらに、Sb:0.01〜0.10mass%およびSn:0.01〜0.20mass%を複合含有し、150〜250℃の温度で圧下率が84〜90%の最終冷間圧延を施すことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法である。
【0015】
本発明の方向性電磁鋼板の製造方法における上記鋼スラブは、上記成分組成に加えてさらに、Cr:0.10mass%以下、Ni:0.50mass%以下、Mo:0.10mass%以下、Cu:0.10mass%以下、Nb:0.05mass%以下およびP:0.05mass%以下のうちから選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする。
【0016】
また、本発明は、上記に記載の方向性電磁鋼板を積層した鉄心を用いてなることを特徴とする変圧器である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、磁歪特性に優れる方向性電磁鋼板を提供することができるので、低騒音の変圧器を安定して製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】圧縮応力下における磁歪λp−pと変圧器の騒音との関係を示すグラフである。
【図2】方向性電磁鋼板の平均方位差角δと圧縮応力下における磁歪λp−pとの関係を示すグラフである。
【図3】方向性電磁鋼板の平均方位差角δに及ぼす冷延圧下率の影響を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
まず、本発明を開発する契機となった実験について説明する。
<実験1>
C:0.070mass%、Si:3.3mass%、Mn:0.06mass%、Al:0.02mass%、N:0.008mass%、Se:0.02mass%をベースとし、これにさらに、Sb:0.05mass%および/またはSn:0.05mass%を添加した、表1に示すA〜C3種類の成分組成を有する鋼スラブを1420℃に加熱後、熱間圧延して板厚1.6〜3.3mmの熱延板とし、1100℃×30秒の熱延板焼鈍を施した後、最終冷間圧延して板厚:0.29mmの冷延板とした。なお、上記冷間圧延における最終冷間圧延では、加工発熱によって鋼板温度を220℃まで上昇させた。また、最終冷間圧延の圧下率は、素材板厚の違いによって82〜91%の範囲で変化させた。
【0020】
【表1】

【0021】
次いで、露点60℃の湿潤水素雰囲気下で、840℃×120秒の脱炭を兼ねた一次再結晶焼鈍を施した後、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を鋼板表面に塗布、乾燥し、そのた後、乾燥(N+H)混合雰囲気下で1000℃まで昇温して二次再結晶させた後、乾燥H雰囲気下で1150℃以上の温度に20時間保持して純化処理する仕上焼鈍を施した。次いで、仕上焼鈍後の鋼板表面から未反応の焼鈍分離剤を除去した後、50mass%のコロイダルシリカと、燐酸マグネシウムからなるコーティング液を両面目付量が10g/mとなるよう塗布し、9MPaの張力を付与しながら840℃の温度で平坦化焼鈍を施して張力付与被膜を被成し、製品板とした。
【0022】
斯くして得られた製品板から、圧延方向を長さ方向として長さ:300mm×幅:100mmの試験片を切り出し、二次再結晶後のゴス方位(110)<001>粒における圧延方向を回転軸とした結晶方位の平均方位差角δをX線ラウエ法で測定した。
また、3.92MPaの圧縮応力を鋼板の圧延方向に付加した状態で、50Hz、1.7Tで磁化した時の磁歪λp−pを、レーザー変位計で測定した。
さらに、上記製品板を用いて積層鉄心を組み立て、400kVAの変圧器を作製し、1.7T、50Hzで励磁した時の騒音を測定した。
【0023】
図1に、3.92MPaの圧縮応力下における磁歪λp−pと変圧器の騒音との関係を示す。この図から、磁歪λp−pを低減することによって、変圧器の騒音を小さくすることができること、また、Sb単独添加した鋼AあるいはSn単独添加した鋼Bでは低騒音化は難しいが、SbとSnを複合添加した鋼Cでは、磁歪λp−pが1.7×10−6以下の領域で50dB以下の低騒音を実現できていること、したがって、磁歪と騒音を低減するには、SbとSnの複合添加が必須であることがわかる。
【0024】
また、図2は、二次再結晶後の鋼板が有する平均方位差角δが、3.92MPaの圧縮応力下における磁歪λp−pに及ぼす影響を示すグラフである。この図から、平均方位差角δが小さくなるほど、磁歪λp−pが低減すること、また、SbとSnを複合添加した鋼Cにおいて、磁歪λp−pを1.7×10−6以下とするためには、平均方位差角δを約6°以下に抑える必要があることがわかる。
【0025】
また、図3は、二次再結晶後の鋼板の平均方位差角δに及ぼす最終冷延圧下率の影響をしたものである。この図から、平均方位差角δを低減するには最適な冷延圧下率の範囲が存在し、SbとSnを複合添加した鋼Cの場合には、方位差角δを6°以下にするためには、冷延圧下率を84〜90%の範囲に制御する必要があること、また、方位差角δを4°以下にするには、冷延圧下率を85〜89%の範囲に、さらに、方位差角δを3°以下にするには、冷延圧下率を86〜98%の範囲に制御する必要があることがわかる。
【0026】
ここで、SbとSnを複合添加した鋼板において、平均方位差角δが大きく低減される理由は、表面に偏析する傾向の強いSbと、粒界に偏析する傾向の強いSnの効果が、後述する最終冷間圧延後の鋼板温度上昇による効果と相俟って、一次再結晶集合組織が改善され、二次再結晶方位の理想ゴス方位への集積度が高まるためと考えられる。
【0027】
また、SbおよびSnは、熱間における鋼強度を高める効果もあるので、平坦化焼鈍における鋼板伸びが抑制されて、形状矯正時の下地被膜(フォルステライト質被膜)の損傷が軽減される結果、下地被膜による引張応力が強化されて、圧縮応力による磁歪特性の低下が抑制されることも考えられる。
【0028】
すなわち、SbとSnを複合添加した鋼板では、前述した二次再結晶粒の方位差角δが減少することによる磁歪特性の改善効果と、上記下地被膜の引張応力強化効果とが効果的に組み合わされることによって、磁歪の絶対値(λp−p)および磁歪波形の高調波成分が低減されて、変圧器の騒音低減が達成されるものと考えられる。特に、高調波成分は、還流磁区の増加により増大するので、還流磁区の生成を抑制する被膜張力強化は、高調波成分の低減に有効である。
【0029】
<実験2>
C:0.072mass%、Si:3.4mass%、Mn:0.07mass%、Al:0.02mass%、N:0.009mass%、Se:0.02mass%、Sb:0.04mass%およびSn:0.06mass%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼スラブを1420℃に加熱後、熱間圧延して板厚2.4mmの熱延板とし、1120℃×30秒の熱延板焼鈍を施した後、冷間圧延して最終板厚:0.27mmの冷延板とした。なお、上記冷間圧延の最終冷間圧延では、冷延圧下率を88.8%とし、圧延速度を制御して加工発熱により圧延後の鋼板温度を、表2に示した種々の温度に上昇させた。
【0030】
【表2】

【0031】
次いで、露点60℃の湿潤水素雰囲気下において、840℃×120秒の脱炭を兼ねた一次再結晶焼鈍を施した後、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を鋼板表面に塗布、乾燥し、その後、乾燥(N+H)混合雰囲気下で1000℃まで昇温して二次再結晶させた後、乾燥H雰囲気下で1150℃以上の温度に20時間保持して純化処理する仕上焼鈍を施した。次いで、仕上焼鈍後の鋼板表面から未反応の焼鈍分離剤を除去した後、50mass%のコロイダルシリカと燐酸マグネシウムからなるコーティング液を両面目付量が10g/mとなるよう塗布し、9MPaの張力を付与しながら840℃の温度で平坦化焼鈍を施して張力付与被膜を被成し、製品板とした。
【0032】
斯くして得られた製品板から、圧延方向を長さ方向として長さ:300mm×幅:100mmの試験片を切り出し、二次再結晶後のゴス方位(110)<001>粒における圧延方向を回転軸とした結晶方位の平均方位差角δをX線ラウエ法で測定した。
また、3.92MPaの圧縮応力を鋼板の圧延方向に付加した状態で、50Hz、1.7Tで磁化した時の磁歪λp−pを、レーザー変位計で測定した。
さらに、上記製品板を用いて積層鉄心を組み立て、400kVAの変圧器を作製し、1.7T、50Hzで励磁した時の騒音を測定した。
【0033】
上記実験の結果を表2に併記した。この結果から、磁歪λp−pを1.7×10−6以下とするためには、最終冷間圧延後の鋼板温度を150〜250℃の範囲に制御することが必要であることがわかる。
ここで鋼板温度を上記温度範囲に制御する必要がある理由は、鋼板温度は、辷り系を変えることによる変形挙動の変化を介して一次再結晶集合組織を改善し、ひいては、二次再結晶粒のゴス方位への集積度を高める効果があるからである。最終冷間圧延後の鋼板温度が150℃未満では、上記効果が十分に得られず、一方、250℃を超えると転位が回復して、一次再結晶集合組織を劣化させるからである。
なお、鋼板温度は、上記のように冷間圧延における加工発熱によって昇温させてもよいし、最終冷間圧延前に予め加熱しておいてもよく、その効果に違いはない。
【0034】
上記実験の結果から、変圧器の騒音を50dB以下に低減するためには、鉄心に用いる方向性電磁鋼板のゴス方位粒における平均方位差角δを6°以下、かつ、磁歪λp−pを1.7×10−6以下とする必要があり、そのためには、素材としてSbとSnを複合添加した鋼スラブを用い、最終冷間圧延における冷延圧下率を84〜90%の範囲にすると共に、最終冷間圧延後の鋼板温度を150〜250℃の温度範囲に制御する必要があることを新規に見出し、本発明を完成させた。
【0035】
次に、本発明の方向性電磁鋼板について説明する。
本発明の方向性電磁鋼板は、前述したように、圧縮応力下での磁歪特性を改善して、変圧器騒音を低減するため、上記成分組成の限定に加えて、二次再結晶後のゴス方位{110}<001>粒における、圧延方向を回転軸とした結晶方位の方位差角δが6°以下であることが必要である。
【0036】
さらに、本発明の方向性電磁鋼板は、変圧器の鉄損(騒音)を低減するため、圧縮応力3.92MPaを鋼板の圧延方向に付加した状態で、50Hz、1.7Tで磁化した時の磁歪λp−pが1.7×10−6以下の磁歪特性を有することが必要である。
【0037】
なお、上記磁歪特性をより向上させるためには、前述した鋼成分と結晶方位を限定することに加えてさらに、絶縁被膜を張力付与被膜として、鋼板に10MPa以上の引張応力を付与してやることや、上記付与される引張応力を相殺する残留歪を鋼板から除去してやることが好ましい。
【0038】
次に、本発明の方向性電磁鋼板(製品板)の成分組成について説明する。
Si:3.0〜7.0mass%
Siは、鋼の固有抵抗を高めて渦電流損を低減し、鉄損の低減を図るため、および、磁歪特性を改善して変圧器の騒音を低下させるために必要な必須の元素である。上記効果は、3.0mass%未満では十分ではなく、一方、7.0mass%を超える添加は、加工性を著しく阻害し、圧延して鋼板を製造することを難しくする。よって、Siは3.0〜7.0mass%の範囲とする。好ましくは3.2〜3.7mass%の範囲である。
【0039】
Sb:0.01〜0.10mass%、Sn:0.01〜0.20mass%
図1および図2に示したように、本発明の方向性電磁鋼板において、二次再結晶後のゴス方位{110}<001>粒における、圧延方向を回転軸とした結晶方位の方位差角δを低減し、かつ、かつ3.92MPaの圧縮応力を鋼板圧延方向に付加した状態で、50Hz、1.7Tで磁化した時の磁歪λp−pを1.7×10−6以下として、変圧器の騒音を低減するためには、SbおよびSnの複合添加は必須である。SbおよびSnの添加量が、それぞれ0.01mass%未満では、上記効果が十分に得られず、一方、Sbは0.10mass%超え、Snは0.20mass%超え添加すると、加工性が著しく低下する。よって、SbおよびSnは、それぞれ、Sb:0.01〜0.10mass%、Sn:0.01〜0.20mass%の範囲とする。好ましくは、Sb:0.02〜0.05mass%、Sn:0.03〜0.10mass%の範囲である。
【0040】
Mn:0.04〜0.15mass%
Mnは、鋼の熱間加工性を確保するために必要な元素であり、また、SやSeと結合してインヒビターを形成する元素でもある。Mn添加量が0.04mass%未満では、熱間加工性の改善効果が十分に得られず、一方、0.15mass%を超えると、磁歪特性が低下し、騒音が増大するようになる。よって、Mnは0.04〜0.15mass%の範囲とする。好ましくは0.05〜0.08mass%の範囲である。
【0041】
また、本発明の方向性電磁鋼板は、上記必須とする成分の他に、後述するインヒビターの作用を補助し、鉄損や磁気特性をより改善するため、Cr:0.10mass%以下、Ni:0.50mass%以下、Mo:0.10mass%以下、Cu:0.10mass%以下、Nb:0.05mass%以下およびP:0.05mass%以下のうちから選ばれる1種または2種以上を含有させることができる。ただし、これら元素の上記範囲を超える添加は、鋼を脆化し、熱間圧延や冷間圧延において割れや破断を引き起こし、製品歩留りの低下を招くので、添加する場合は、上記範囲とするのが好ましい。
【0042】
なお、本発明の方向性電磁鋼板は、上記成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物である。ただし、本発明の作用効果を害しない範囲であれば、他の元素の含有を拒むものではない。ただし、Cは、0.0050mass%を超えて含有すると、磁気時効によって、製品の磁気特性の劣化を招くので、0.0050mass%以下とするのが好ましく、0.0030mass%以下とするのがより好ましい。
【0043】
次に、本発明の方向性電磁鋼板の製造方法について説明する。
まず、本発明の方向性電磁鋼板の素材となる鋼スラブは、常法に準じて製造すればよく、特に制限はない。
ただし、鋼成分については、前述したように、平均方位差角δを低減し、磁歪特性を向上するため、Sbを0.01〜0.10mass%、Snを0.01〜0.20mass%の範囲で複合して含有するものであることが必要である。
また、鋼の固有抵抗を高めて渦電流損を低減し、鉄損の低減を図るため、および、磁歪特性を改善して変圧器の騒音を低下させるため、Siを3.0〜7.0mass%の範囲で、さらに、鋼の熱間加工性を確保するため、および、インヒビター形成成分として、Mnを0.04〜0.15mass%の範囲で含有するものであることが必要である。
さらに、上記鋼スラブは、Cr,Ni,Mo,Nb,Cu,Pのうちから選ばれる1種または2種以上を、Cr:0.10mass%以下、Ni:0.50mass%以下、Mo:0.10mass%以下、Cu:0.10mass%以下、Nb:0.05mass%以下およびP:0.05mass%以下の範囲で含有していることが好ましい。
【0044】
上記鋼スラブに含まれるその他の成分としては、Cとインヒビター成分がある。
Cは、0.01〜0.10mass%の範囲で含有していることが好ましい。すなわち、Cは、相変態を利用して熱延板の結晶組織を改善するのに有用な元素であるだけでなく、ゴス方位粒を生成させるのに有用な元素であり、少なくとも0.01mass%含有させるのが好ましい。しかし、0.10mass%を超える添加は、脱炭焼鈍を施しても脱炭不足を引き起こすおそれがある。よって、Cは0.01〜0.10mass%の範囲とするのが好ましい。
【0045】
インヒビター成分は、二次再結晶を発現させるためにインヒビターを利用する場合には必須であり、例えば、AlNをインヒビターに用いるときには、Al:0.010〜0.030mass%、N:0.0030〜0.0100mass%の範囲で、また、MnSおよび/またはMnSeをインヒビターに用いるときには、S,Seは単独あるいは合計で0.010〜0.030mass%の範囲で、また、BNをインヒビターに用いる場合には、B:0.0005〜0.0030mass%、N:0.0030〜0.0100mass%の範囲で含有させることが好ましい。なお、二次再結晶に利用する上記インヒビターは1種だけでもよいし、2種以上を用いてもよい。
【0046】
一方、特開2000−129356号公報に開示された技術のように、インヒビターを利用せず、固溶窒素の粒界移動抑制効果を利用して二次再結晶を発現させる場合には、Al,N,S,SeおよびB等のインヒビター成分は極力低減することが望ましく、たとえば、Al:0.0100mass%以下、N:0.0050mass%以下、S:0.0050mass%以下、Se:0.0050mass%以下およびB:0.0010mass%以下に低減することが好ましい。
【0047】
上記成分組成に調整された鋼スラブは、熱間圧延に先立って、加熱炉に装入して所定の温度に再加熱する必要がある。再加熱する温度は、鋼スラブがインヒビター成分を含有する場合には、インヒビター成分を完全に固溶させるため、1300℃以上の温度に加熱するのが好ましい。一方、鋼スラブがインヒビター成分を極力低減した高純度材である場合には、1280℃以下の温度としてもよい。
【0048】
続く、熱間圧延は、常法の条件で行えばよく、特に制限はない。熱間圧延した鋼板は、その後、必要に応じて熱延板焼鈍を施すのが好ましい。この熱延板焼鈍は、製品板におけるゴス組織を高度に発達させるのに有効であり、その効果を得るためには、焼鈍温度を800〜1100℃の範囲とするのが好ましい。
【0049】
熱間圧延した、あるいは、熱延板焼鈍を施した熱延板は、その後、酸洗し、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延により最終板厚の冷延板とする。
ここで、本発明の製造方法において重要なことは、二次再結晶後の鋼板のゴス方位粒の方位差角δを6°以下とするため、最終冷間圧延における圧下率を84〜90%の範囲に制御すること、および、最終冷間圧延後の鋼板温度を150〜250℃の温度範囲に制御することが重要である。
【0050】
最終板厚に圧延した冷延板は、その後、800〜1000℃の温度範囲で一次再結晶焼鈍を施すのが好ましい。この際、素材(鋼スラブ)のCが0.005mass%より高い場合には、製品板における磁気時効を防止するため、上記一次再結晶焼鈍を、湿潤雰囲気(酸化性雰囲気)下で脱炭を兼ねて行うのが好ましい。
【0051】
一次再結晶焼鈍した鋼板は、その後、MgOを主体とした焼鈍分離剤を塗布、乾燥し、コイルに巻き取った後、二次再結晶とフォルステライト被膜形成のため、1000℃以上の温度で仕上焼鈍を施すのが好ましい。仕上焼鈍後の鋼板は、鋼板表面の未反応の焼鈍分離剤を除去した後、絶縁被膜の被成と鋼板形状の矯正を兼ねた平坦化焼鈍を施して、あるいは、平坦化焼鈍を施した後、鋼板表面に絶縁被膜を被成して、製品板とするのが好ましい。
【0052】
ここで、上記絶縁被膜は、鋼板圧延方向に圧縮応力3.92MPaを付加した状態で、50Hz、1.7Tで磁化した時の磁歪λp−pを安定して1.7×10−6以下とするため、燐酸塩とコロイダルシリカを混合した、鋼板に引張応力を付与することができる張力付与被膜とするのが好ましい。なお、上記絶縁被膜によって鋼板に付与される引張応力は、下地のフォルステライト質被膜によって付与される引張応力と合わせて、10MPa以上とするのが好ましい。
【0053】
また、上記平坦化焼鈍において鋼板に付与する炉内張力は、形状矯正のための必要最小限の張力である10MPa以下にするのが好ましい。これによって、下地のフォルステライト被膜の損傷が抑制され、鋼板に付与される引張応力を高めることができるので、圧縮応力下での磁歪特性を確保するのに有利となる。
【実施例】
【0054】
表3に示した成分組成を有する鋼スラブを表3に示した温度に加熱後、熱間圧延して板厚2.4mmの熱延板とし、1120℃で30秒の熱延板焼鈍を施した後、冷間圧延して最終板厚:0.27mm(最終冷延圧下率:88.8%)の冷延板とした。なお、上記冷間圧延の最終冷間圧延では、加工発熱により鋼板温度を220℃まで昇温させた。
【0055】
【表3】

【0056】
次いで、露点62℃の湿潤水素雰囲気下で830℃×120秒の脱炭を兼ねた一次再結晶焼鈍を施した後、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を鋼板表面に塗布、乾燥し、その後、乾燥(N+H)混合雰囲気下で1000℃まで昇温して二次再結晶させた後、さらに、乾燥H雰囲気で1150℃以上の温度に20時間保持して純化処理する仕上焼鈍を施した。仕上焼鈍後の鋼板は、鋼板表面の未反応の焼鈍分離剤を除去した後、50mass%のコロイダルシリカと、燐酸マグネシウムからなるコーティング液を両面目付量が10g/mとなるよう塗布し、8MPaの張力を付与しながら850℃の温度で平坦化焼鈍を施して張力付与被膜を被成し、製品板とした。
【0057】
斯くして得られた製品板から、圧延方向を長さ方向として長さ:300mm×幅:100mmの試験片を切り出し、二次再結晶粒のゴス方位(110)<001>粒における圧延方向を回転軸とした結晶方位の平均方位差角δをX線ラウエ法で測定した。
また、3.92MPaの圧縮応力を鋼板の圧延方向に付加した状態で、50Hz、1.7Tの条件で磁化した時の磁歪λp−pを、レーザー変位計で測定した。
さらに、上記製品板を用いて積層鉄心を組み立て、400kVAの変圧器を作製し、1.7T、50Hzで励磁した時の騒音を測定した。
【0058】
上記測定の結果を、表3に併記した。表3から、ゴス方位{110}<001>粒における圧延方向を回転軸とした結晶方位の平均方位差角δが6°以下で、かつ、圧延方向に圧縮応力3.92MPaを付加した状態で、50Hz、1.7Tで磁化したときの磁歪λp−pが1.7×10−6以下である本発明に適合する鋼板は、いずれも、変圧器の騒音が50dB以下で、騒音特性に優れていることがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Si:3.0〜7.0mass%、Mn:0.04〜0.15mass%、Sb:0.01〜0.10mass%およびSn:0.01〜0.20mass%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、張力付与被膜が被成してなる方向性電磁鋼板であって、ゴス方位{110}<001>粒における圧延方向を回転軸とした結晶方位の平均方位差角δが6°以下であり、かつ、圧延方向に圧縮応力3.92MPaを付加し、50Hz、1.7Tで磁化したときの磁歪λp−pが1.7×10−6以下である方向性電磁鋼板。
【請求項2】
上記成分組成に加えてさらに、Cr:0.10mass%以下、Ni:0.50mass%以下、Mo:0.10mass%以下、Cu:0.10mass%以下、Nb:0.05mass%以下およびP:0.05mass%以下のうちから選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の方向性電磁鋼板。
【請求項3】
C:0.01〜0.10mass%、Si:3.0〜7.0mass%、Mn:0.04〜0.15mass%、N:0.0030〜0.0100mass%を含有し、かつ、
インヒビター成分として、Al,S,SeおよびBのうちのいずれか1以上を、Al:0.01〜0.030mass%、SおよびSe:単独または合計で0.010〜0.030mass%、B:0.0005〜0.0030mass%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成の鋼スラブを熱間圧延し、必要に応じて熱延板焼鈍を施し、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延をして最終板厚とした後、一次再結晶焼鈍し、焼鈍分離剤を塗布し、二次再結晶焼鈍する方向性電磁鋼板の製造方法において、
上記鋼スラブはさらに、Sb:0.01〜0.10mass%およびSn:0.01〜0.20mass%を複合含有し、
150〜250℃の温度で圧下率が84〜90%の最終冷間圧延を施すことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項4】
C:0.01〜0.10mass%、Si:3.0〜7.0mass%、Mn:0.04〜0.15mass%、N:0.0030〜0.0100mass%を含有し、かつ、
Al:0.0100mass%以下、N:0.0050mass%以下、S:0.0050mass%以下、Se:0.0050mass%以下、B:0.0010mass%以下に低減し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成の鋼スラブを熱間圧延し、必要に応じて熱延板焼鈍を施し、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延をして最終板厚とした後、一次再結晶焼鈍し、焼鈍分離剤を塗布し、二次再結晶焼鈍する方向性電磁鋼板の製造方法において、
上記鋼スラブはさらに、Sb:0.01〜0.10mass%およびSn:0.01〜0.20mass%を複合含有し、
150〜250℃の温度で圧下率が84〜90%の最終冷間圧延を施すことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項5】
上記鋼スラブは、上記成分組成に加えてさらに、Cr:0.10mass%以下、Ni:0.50mass%以下、Mo:0.10mass%以下、Cu:0.10mass%以下、Nb:0.05mass%以下およびP:0.05mass%以下のうちから選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項4または5に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項6】
請求項1または2に記載の方向性電磁鋼板を積層した鉄心を用いてなることを特徴とする変圧器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−87305(P2013−87305A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−226647(P2011−226647)
【出願日】平成23年10月14日(2011.10.14)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】