説明

方向性電磁鋼板及びその製造方法

【課題】磁気特性に優れ、欠陥のない良好なグラス皮膜を有する方向性電磁鋼板とその製造方法を提供する。
【解決手段】(a)脱炭焼鈍後の鋼板全体の酸素量が400〜1500ppm、(b)鋼板表面の酸化層中の二次元断面形状の線形度が8以上である珪素酸化物を含む析出物が3個/μm2以上存在する領域が、酸化層全体の30%以上、(c)酸化層内で酸化物がない状態が、板厚方向で厚さ0.2μm以上の領域に断続又は連続して存在しておらず、必要なら、(d)表面酸化層における珪素の表層濃化率が、0.3以上0.85以下である方向性電磁鋼板。脱炭焼鈍時の雰囲気の酸素ポテンシャルを、均熱途中で切り替えて製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気特性に優れ、欠陥のない良好なグラス皮膜を有する方向性電磁鋼板とその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は、(110)〔001〕を主方位とする結晶組織を有し、磁気鉄芯材料として多用されているが、特に、エネルギーロスを少なくするため、鉄損の小さい材料が求められている。このような要請に対して、鉄及び珪素(以下、Si)を含有する鉄合金は、外部張力の付加により、磁区の細分化が起こり、鉄損の主要素である渦電流損失が低下することが知られている。
【0003】
一般に、5%以下のSiを含有する方向性電磁鋼板の鉄損を低減するには、鋼板に張力を付与することが有効である。この張力は、通常、鋼板表面に形成した皮膜によって付与される。
【0004】
従来、方向性電磁鋼板には、仕上げ焼鈍工程で、鋼板表面の酸化物と焼鈍分離剤が反応して生成するフォルステライトを主体とする、通常、グラス皮膜と称する1次皮膜、及び、コロイド状シリカとりん酸塩を主体とするコーティング液を焼き付けて生成する2次皮膜の2層の皮膜により、板厚0.23mmの場合で、1.0kgf/mm2程度の張力が付与されている。
【0005】
電磁鋼板は積層して使用されるので、これらの表面皮膜には、渦電流損失を抑制するため、絶縁性も求められる。
【0006】
電磁鋼板上の皮膜に、大規模な皮膜欠損が生じると、外観が悪化するばかりか、絶縁性が損なわれるとともに、磁気特性が劣化する恐れもあるので、均一な皮膜を形成することが求められる。特に、グラス皮膜に生じた欠陥は、2次皮膜の密着性を損なうなど、影響が大きいので、皮膜欠陥の発生を極力抑制することが必要である。
【0007】
したがって、グラス皮膜に欠陥が発生するのを抑制するため、様々な対策が、従来、講じられてきた。
【0008】
例えば、特許文献1及び2には、CAA(Citric acid activity:クエン酸活性度)値又は粒度分布などを制御して、焼鈍分離剤の鋼板との反応性を向上させる技術が開示されている。特許文献3には、焼鈍分離剤の水分量を制御することにより、健全な被膜を形成する技術が開示されている。
【0009】
特許文献4には、焼鈍分離剤へ塩化物を添加して、健全な被膜を形成する技術が開示されている。この技術は、鋼板の幅方向に一様に発生する欠陥に対しては、著しい抑制効果があるが、仕上げ焼鈍雰囲気の影響を受け易いエッジのみに発生する欠陥に対しては、必ずしも十分な抑制効果が得られていない。
【0010】
特許文献5には、脱炭酸化膜構造として鋼板表面と垂直な方向に伸びたラメラ状SiO2の量、及び、仕上げ焼鈍雰囲気を規定する技術が開示されている。しかし、ラメラ状SiO2のみを発達させると、その後の工程において、鋼板中での種々の元素の拡散を阻害し、安定的に良好な磁気特性とグラス皮膜を実現することが難しい。
【0011】
このため、特許文献6に開示されているように、焼鈍分離剤のS量を規定する必要があるなどの困難を伴うことになる。また、特許文献5に開示されているように、皮膜欠陥の発生挙動は、仕上げ焼鈍雰囲気に影響される。
【0012】
即ち、常に、脱炭酸化膜構造を、特許文献6に開示されているような構造とし、S量を制御しても、仕上げ焼鈍雰囲気が変動することにより、皮膜欠陥が発生したり、発生しなかったりとの現象が起こり得る。このため、特許文献5には、仕上げ焼鈍雰囲気と、これに影響を与える焼鈍分離剤の水分量を制御する方法が開示されている。
【0013】
しかし、仕上げ焼鈍雰囲気は、投入雰囲気や、焼鈍分離剤の乾燥後の水分量のみならず、焼鈍分離剤を塗布し、乾燥した後の作業環境の湿度にも大きく影響されるので、焼鈍分離剤の水分量と仕上げ焼鈍雰囲気の制御で、皮膜欠陥を制御することは困難である。
【0014】
したがって、仕上げ焼鈍雰囲気が、グラス皮膜の形成に不利な条件となっても、グラス皮膜に欠陥が生じないような、仕上げ焼鈍雰囲気感受性を改善した脱炭鋼板、及び、焼鈍分離剤の開発が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開平10−88423号公報
【特許文献2】特開平7−188937号公報
【特許文献3】特開2002−194445号公報
【特許文献4】特開平8−199239号公報
【特許文献5】特開平10−152780号公報
【特許文献6】特開平11−124632号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明は、磁気特性に優れ、欠陥のない良好なグラス皮膜を有する方向性電磁鋼板と、その製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らは、グラス皮膜の形成に係る仕上げ焼鈍雰囲気感受性を改善し、グラス皮膜に欠陥が生じるのを抑制するためには、以下の方法が効果的であることを見出した。
【0018】
即ち、良好な磁性を実現しつつ、グラス皮膜欠陥の発生を抑制するためには、仕上げ焼鈍中に、できるだけ早く、焼鈍分離剤中のMgを鋼板中に拡散させて、フォルステライトを形成する方法である。
【0019】
グラス皮膜に欠陥が少ない場合、グラス皮膜と鋼板との界面には、グラス皮膜の根と称する、界面構造に起因する凹凸が適度に存在し、上記界面は、グラス皮膜と鋼板の密着性を確保できる形態となっている。
【0020】
本発明者らは、以上のような状況を実現するためには、まず、酸化層を構成する個々の酸化物粒子が、上下方向において、できるだけ短い距離で連続しているのがよいとの知見を得るに至った。
【0021】
このような酸化層構造は、偏平な形態の酸化物粒子が多いと、偏平な形態の酸化物粒子の長手方向に、Mgの拡散を早めると考えられるから、該酸化物粒子は、鋼板表面と垂直方向に、長手方向を持つものが最も良いと考えられる。
【0022】
このような観点から、種々の脱炭焼鈍条件で処理した脱炭鋼板を用いて仕上げ焼鈍を行った試験材のうち、良好な磁性と皮膜を両立した試験材の酸化層構造を調査した。この調査の結果、良好な磁性と皮膜を両立した試験材においては、試験材の酸化層中に存在する偏平な酸化物の密集領域が、皮膜断面積の一定部分以上を占めていることが判明した。
【0023】
また、偏平な酸化物の量が増えると、該酸化物の長手方向が、鋼板表面と垂直に近い関係になるものが増えるので、偏平な酸化物の長手方向と、鋼板表面の関係については、特に規定する必要はないことが判明した。
【0024】
以上の状況を詳しく調査した結果、本発明者らは、以下の条件で、良好な磁気特性とグラス皮膜を有する方向性電磁鋼板が得られることを見いだした。
【0025】
即ち、本発明においては、脱炭焼鈍後の鋼板全体の酸素量が400〜1500ppmで、鋼板表面の酸化層中の二次元断面形状の線形度が8以上である珪素酸化物を含む析出物が、3個/μm2以上の密度で存在する領域が、酸化層全体の30%以上を占め、かつ、酸化層内で、酸化物がない状態が、板厚方向で、厚さ0.2μm以上の領域に断続又は連続して存在していない、脱炭焼鈍後の鋼板を用いることを特徴とする。
【0026】
酸化物の二次元断面形状の測定は、鋼板の断面において、走査型電磁顕微鏡で成分組成を分析しつつ、二次電子像又は反射電子像に基づいて行う。線形度は、以下の定義に基づく。
【0027】
【数1】

【0028】
さらに、酸化層中のSiの分布を最適化することも必要であるとの知見を得るに至った。即ち、以下の式で示すSiの表層濃化率が、0.3以上0.85以下であると、良好な皮膜を形成できることを見いだした。
【0029】
【数2】

【0030】
Siの表層濃化率は、図1に示すように、グロー放電発光分析法(GDS)で測定した鋼板の深さ方向におけるSi濃度のプロファイルで定義する。
【0031】
酸化層中のSi分布が、皮膜形成に影響を与える理由は、次のように考えられる。表層濃化率が高いと、鋼板表層直下でフォルステライトの形成が促進されるが、過度に表層濃化率が高くなると、フォルステライトが、表層付近でのみ形成されて、いわゆる、グラス皮膜の根が充分に発達せず、密着性に乏しく、剥離欠陥を生じ易いグラス皮膜が生成することになる。したがって、Siの表層濃化率は、適度な範囲に収めることが必要となる。
【0032】
次に、このような酸化層構造を得るための方法について説明する。これまで、非特許文献1に開示されているように、表面酸化層内の酸化物の形態は、脱炭焼鈍時の条件によって大きく変化する。例えば、焼鈍温度を下げると、断面が偏平な酸化物が増える場合がある。また、昇温時と均熱時で雰囲気露点を変更すると、いわゆる、ラメラ状SiO2が増減する。
【0033】
ラメラ状SiO2が増えるのみでは、特許文献6に開示されているような構造となり、特許文献6に開示されているように、S量の制御が必須となるのみならず、本発明で得られるような、焼鈍分離剤中のMgの酸化層中での拡散を促進するとの効果を得ることができない。また、非特許文献1に開示されているように、脱炭均熱温度を変更したのみでは、酸化物が存在しない領域が、酸化層内で広い範囲に亘って生じる場合がある。
【0034】
したがって、本発明のような脱炭酸化膜構造を得るためには、単純に、均熱温度や、昇温時と均熱時の雰囲気を変更するのみでは不十分であり、雰囲気変更を、均熱中に行わなければならない。
【0035】
即ち、脱炭焼鈍時の雰囲気酸素ポテンシャルを、昇温中から均熱開始後5秒までは同等とし、その範囲を、P(H2O)/P(H2)で0.05〜0.7とし、その後、雰囲気の酸素ポテンシャルを切り替え、均熱開始後30秒経過まで、酸素ポテンシャル切り替え前の酸素ポテンシャルより高い、P(H2O)/P(H2):0.15〜0.8で焼鈍する。
【0036】
本発明の要旨は、以下の通りである。
(1)(a)脱炭焼鈍後の鋼板全体の酸素量が400〜1500ppmであり、(b)鋼板表面の酸化層中の二次元断面形状の線形度が8以上である珪素酸化物を含む析出物が3個/μm2以上存在する領域が、酸化層全体の30%以上を占め、かつ、(c)酸化層内で酸化物がない状態が、板厚方向で厚さ0.2μm以上の領域に断続又は連続して存在していないことを特徴とする方向性電磁鋼板。
線形度は、次式で定められる。
【数3】

【0037】
(2)(a)脱炭焼鈍後の鋼板全体の酸素量が400〜1500ppmであり、(b)鋼板表面の酸化層中の二次元断面形状の線形度が8以上である珪素酸化物を含む析出物が3個/μm2以上存在する領域が、酸化層全体の30%以上を占め、かつ、(c)酸化層内で酸化物がない状態が、板厚方向で厚さ0.2μm以上の領域に断続又は連続して存在しておらず、さらに、(d)表面酸化層における珪素の表層濃化率が、0.3以上0.85以下であることを特徴とする方向性電磁鋼板。
線形度及び表層濃化率は、次式で定められる。
【数4】

【0038】
(3)前記(1)又は(2)に記載の方向性電磁鋼板の製造方法において、
(i)脱炭焼鈍時の雰囲気の酸素ポテンシャルを、昇温中から均熱開始後5秒までは、同等とし、その範囲を、P(H2O)/P(H2)で0.05〜0.7とし、その後、
(ii)雰囲気の酸素ポテンシャルを切り替え、均熱開始後30秒経過まで、酸素ポテンシャル切り替え前の酸素ポテンシャルより高い、P(H2O)/P(H2):0.15〜0.8で焼鈍する
ことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0039】
本発明よれば、磁気特性が良好で、皮膜欠陥のない、優れたグラス皮膜を有する方向性電磁鋼板を安定して得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】グロー放電発光分析法(GDS)で測定した鋼板の深さ方向におけるSi濃度のプロファイルを示す。
【発明を実施するための形態】
【0041】
本発明について、以下、詳細に説明する。方向性電磁鋼板は、一般には、以下の工程を経て製造される。まず、Fe−Siからなる溶湯をスラブ形状とし、これを、公知の方法で熱延し、その後、熱処理を経て、冷延を施す。冷延板は、最終製品としての磁性や、機械的特性、皮膜特性を高めるために添加する元素や、不可避的に混入する元素を含むことができる。
【0042】
最終板厚を有する鋼板を、熱処理にて脱炭し、いわゆる、脱炭焼鈍板として、次の仕上げ焼鈍工程へ備える。脱炭焼鈍板には、次工程の仕上げ焼鈍中の二次再結晶を発現するためのインヒビターが含まれている。インヒビターとして、例えば、AlN、MnS、及び、MnSeが公知であるが、本発明では、インヒビターの種類は、特に問わない。
【0043】
通常、脱炭焼鈍板の表層近傍には、脱炭工程中に生成した珪素酸化物を含む酸化物層が存在する。珪素酸化物は、SiO2を含む。珪素酸化物は、焼鈍分離剤に含まれるMgOと反応して、フォルステライトからなるグラス皮膜を形成するが、良好な皮膜を得るためには、脱炭焼鈍板の珪素を含む酸化物の量を制御することが必要となる。
【0044】
珪素を含む酸化物の量が少なすぎると、グラス皮膜の形成が不良となり、皮膜の密着性などが損なわれるが、この問題は、酸素量換算で、400ppm以下で発生する。他方、珪素を含む酸化物の量が多すぎると、グラス皮膜が必要以上に厚くなる他、製品の磁気特性が劣化する等の問題が発生する。この問題は、酸素量換算で、1500ppm以上で発生する。
【0045】
したがって、磁気特性とグラス皮膜ともに良好な製品を得るには、珪素を含む酸化物の量について、酸素量換算で、400〜1500ppmと規定する必要がある。より望ましくは、600〜1100ppmであり、この範囲で、安定して良い結果を得ることができる。
【0046】
さらに、珪素酸化物を含む酸化物層の構造を、以下の構造にすると、欠陥のないグラス皮膜を得ることができる。即ち、脱炭焼鈍後の鋼板表面の酸化層において、二次元断面形状の線形度が8以上である珪素酸化物を含む析出物が、3個/μm2以上の密度で存在する領域が、酸化層全体の30%以上を占め、かつ、酸化層内で酸化物がない状態が、板厚方向で、厚さ0.2μm以上の領域に断続又は連続して存在していない構造である。
【0047】
酸化物層の構造を限定する理由は、以下のとおりである。珪素酸化物を含む析出物の二次元断面形状が、偏平であると、Mgの拡散を早める上で好ましい。断面形状を規定するには、以下に定義する線形度を用いる。
【0048】
【数5】

【0049】
形状を規定する目的では、偏平度を用いることも考えられるが、湾曲のない板状の形状以外は適用が難しいことから、線形度を用いるのが簡便でよい。
【0050】
効果的にMgの拡散を早めるためには、二次元断面形状の線形度が8以上である珪素酸化物を含む析出物が、3個/μm2以上の密度で存在する領域が、酸化層全体の30%以上を占めている必要がある。このことを規定した理由は、以下のとおりである。
【0051】
線形度、析出物の密度、及び、その占める領域のそれぞれが、上述の値を満たさないと、焼鈍分離剤から供給されるMgの早い拡散経路を十分に確保することができない。この結果、グラス皮膜における欠陥抑制効果がなくなるので、二次元断面形状の線形度が8以上である珪素酸化物を含む析出物が、3個/μm2以上の密度で存在する領域は、酸化層全体の30%以上を占める必要がある。
【0052】
線形度が、本発明で規定する範囲を満足していても、酸化層中に酸化物の析出物がない領域が広い範囲で存在すると、Mgの速い拡散が阻害される。Mgの拡散は、酸化物がない状態が、板厚方向で、一定の厚さ以上で断続又は連続して存在すると、著しく阻害される。この問題は、酸化物がない状態が、板厚方向で0.2μm以上となると顕著となる。
【0053】
ここで、酸化物がない状態が、板厚方向で、一定の厚さ以上で断続しているとの意味は、酸化物のない領域が、板表面に平行な方向に、概ね20%以上の領域を占める程度で断続しているということである。このような断続状況では、酸化物のない領域は、本発明で規定するように、板厚方向に、0.2μm以上の厚さでない必要がある。
【0054】
また、Siの表層濃化率が、0.3以上0.85以下であることが必要である。この表層濃化率は、図1に示すように、グロー放電発光分析法(GDS)で測定した鋼板の深さ方向におけるSi濃度のプロファイルから、下記式で定義される。
【0055】
【数6】

【0056】
Siの表層濃化率を限定した理由は、以下のとおりである。表層濃化率が0.3を下回ると、酸化層表層付近にSiO2が少なくなるため、グラス皮膜の形成初期に、フォルステライトの生成が遅れて、結果的に、健全なグラス皮膜が得られない。一方、表層濃化率が0.85を上回ると、フォルステライトは生成するものの、グラス皮膜の根の発達が不完全で、密着性が劣り、欠陥が生じ易いグラス皮膜となる。
【0057】
以上の制約から、Siの表層濃化率は、0.3以上0.85以下である必要がある。濃化率を0.5以上0.8以下とすると、特に、皮膜性状が良好なグラス皮膜を形成することができる。
【0058】
このような脱炭酸化膜構造を得るためには、前述のように、均熱途中で脱炭焼鈍雰囲気を切り替える必要がある。
【0059】
即ち、脱炭焼鈍時の雰囲気酸素ポテンシャルを、昇温中から均熱開始後5秒までは同等とし、その範囲を、P(H2O)/P(H2)で0.05〜0.7とし、その後、均熱開始後30秒経過までに、雰囲気の酸素ポテンシャルを、前より高いP(H2O)/P(H2):0.15〜0.8に切り替えて焼鈍することが好ましい。
【0060】
雰囲気の酸素ポテンシャルに係る限定理由は、以下のとおりである。本発明では、均熱入り後5秒までは、昇温と同じ雰囲気とし、その後、30秒までに、雰囲気を切り替えるが、雰囲気切り替え後の均熱中の雰囲気条件は、次のよう限定される。
【0061】
均熱中の酸素ポテンシャルは低すぎると、Siの表層濃化率が高くなりすぎるとともに、脱炭不良になり、仕上げ焼鈍後に得られる製品において、良好な磁気特性を得ることができない。一方、均熱中の酸素ポテンシャルが高すぎると、Siの表層濃化率が低くなりすぎるとともに、鋼板の酸化が進みすぎ、製品の磁束密度が低下して、良好な磁気特性が得られなくなるとともに、グラス皮膜に欠陥が生じ易くなる。
【0062】
したがって、均熱中の酸素ポテンシャルには、良好な範囲があり、P(H2O)/P(H2)で、0.15〜0.8とする必要がある。
【0063】
一方、雰囲気切り替え前の雰囲気条件は、以下の2点から限定される。第一に、酸化層中に偏平な酸化物を生成するためには、雰囲気の酸素ポテンシャルが、均熱中の酸素ポテンシャルより低いことが必要である。
【0064】
第二に、均熱中と同様に、脱炭性を含めた磁気特性及びグラス皮膜の健全性を確保する観点から、酸素ポテンシャルの上限と下限を定める必要がある。ただし、脱炭性から定まる下限については、均熱中の雰囲気よりも、低酸素ポテンシャルとすることができる。
【0065】
以上から、雰囲気切り替え前の雰囲気は、脱炭性を確保するために、P(H2O)/P(H2)で0.05以上とし、偏平な析出物を生成するために、P(H2O)/P(H2)で、0.7以下とする。
【0066】
雰囲気切り替えについては、均熱入り後、雰囲気切り替えまでの時間が長いほうが、偏平な析出物を増やす効果が高いが、長すぎると、脱炭が十分に行えないなどの悪影響がでるので、雰囲気切り替えまでの時間は、30秒を上限とする。雰囲気切り替えまでの時間が短すぎると、効果がないので、5秒を下限とする。均熱入り後、5秒から15秒の間で雰囲気を切り替えると、最も良い効果が得られる。
【0067】
このような脱炭板を得た後、脱炭板に焼鈍分離剤を塗布する。焼鈍分離剤は、MgOを主成分とするが、皮膜特性の改善、磁気特性の改善のための公知の微量添加元素を含むことができる。
【0068】
焼鈍分離剤の塗布方法は、水などでスラリーとして塗布後に乾燥する方法や、静電塗布法など、公知のいずれの方法も用いることができる。焼鈍分離剤を塗布した後の脱炭板は、切り板などにして、仕上げ焼鈍を実施してもよいが、コイル状に巻き取って、仕上げ焼鈍を実施すると、作業性が良い。
【0069】
このような鋼板に、水素を含む雰囲気中で仕上げ焼鈍を施し、二次再結晶と、1150〜1250℃で実施する純化焼鈍を経た後、室温まで冷却し、グラス皮膜が形成された二次再結晶組織を有する鋼板を得る。この仕上げ焼鈍条件は、従来公知の条件でよい。従来公知の条件で、十分な効果を得ることができる。
【実施例】
【0070】
<実施例1>
質量%で、Si:3.2%、Mn:0.12%、S:0.005%、C:0.05%、酸可溶Al:0.026%、N:0.008%を含み、残部Fe及び不可避的不純物からなるスラブを素材とし、公知の方法で熱間圧延した後、熱延板焼鈍を実施し、次いで、冷間圧延を実施して、最終板厚0.23mmの冷延板とした。
【0071】
この後、昇温時及び均熱時のP(H2O)/P(H2)を、表1に示すように、本発明で規定する酸素ポテンシャルとした水素及び窒素からなる雰囲気中で脱炭焼鈍するとともに、鋼板中の窒素量を調整し、いわゆる、脱炭焼鈍板を得た。
【0072】
ここで、表1に示すように、P(H2O)/P(H2)の値を、脱炭焼鈍の前半と後半で変更した。雰囲気の切り替えは、表2に示す条件で行った。数字は、均熱入り後、切り替えまでの秒数である。比較例1においては、均熱入り前、5秒の時点で、雰囲気を切り替えている。なお、均熱時間は、酸素量が500〜800ppmの間に入るように調整した。また、Siの表層濃化率は、全て、0.3以上0.85以下であった。
【0073】
この後、MgOを主体とする焼鈍分離剤を、スラリーにて塗布し、乾燥した。その後、水素−窒素混合雰囲気にて昇温し、引き続き、1200℃の水素中で、純化焼鈍を20時間実施し、その後、鋼板を酸化させない雰囲気で冷却した。この仕上げ焼鈍の昇温時の雰囲気は、皮膜欠陥に対して厳しい、P(H2O)/P(H2):0.01以下とした。
【0074】
このような条件で焼鈍した後、洗浄して、未反応の焼鈍分離剤を除去し、無水クロム酸、燐酸アルミニウム、及び、酸化珪素を主成分とする塗布液を塗布し、焼き付けて二次皮膜を形成した後、磁区制御を行った。得られた鋼板の性状を、表2に示す。表2中、面積率は、線形度が8以上の酸化物が3個/μm2以上の密度で存在する領域が、皮膜断面積に占める割合である。
【0075】
表2より、雰囲気の切り替えタイミングが適切である場合には、線形度が8以上の酸化物が3個/μm2以上の密度で存在する領域が、皮膜断面積の30%以上存在して、グラス皮膜欠陥が抑制され、良好な磁性も同時に実現されていることが解る。
【0076】
一方、比較例1〜3、6、及び、7では、雰囲気切り替えタイミングが適切でないため、面積率が30%を下回り、良好な皮膜が得られなかった。比較例8では、同様に、雰囲気切り替えタイミングが適切でないため、酸化物欠乏層が厚くなりすぎて、良好な皮膜が得られなかった。比較例4及び5では、雰囲気切り替えタイミングが遅すぎるため、脱炭不良が生じ、良好な磁気特性を期待できないので、その後の評価を行わなかった。
【0077】
このように、本発明で規定する条件で焼鈍することにより、健全な皮膜が得られるとともに、良好な磁気特性を安定して確保することができる。
【0078】
【表1】

【0079】
【表2】

【0080】
<実施例2>
質量%で、Si:3.2%、Mn:0.12%、S:0.005%、C:0.05%、酸可溶Al:0.026%、N:0.008%、残部Fe及び不可避的不純物からなるスラブを素材として、公知の方法で熱間圧延し、その後、熱延板焼鈍を実施し、冷間圧延を実施して、最終板厚0.23mmの冷延板とした。
【0081】
この後、昇温時及び均熱時のP(H2O)/P(H2)を、表3に示す値とし、水素及び窒素からなる雰囲気中で脱炭焼鈍するとともに、鋼板中の窒素量を調整して、いわゆる、脱炭焼鈍板を得た。雰囲気の切り替えは、均熱入り後、10秒で行った。均熱温度は、全て800℃とし、酸素量が900ppm程度となるように、均熱時間を制御した。
【0082】
このようにして得た脱炭焼鈍板に、MgOを主体とする焼鈍分離剤を塗布して、乾燥した。この後、水素−窒素混合雰囲気にて昇温し、引き続き、1200℃の水素中で、純化焼鈍を、20時間実施し、その後、鋼板を酸化させない雰囲気で冷却した。この仕上げ焼鈍の昇温時の雰囲気は、皮膜欠陥に対して厳しい、P(H2O)/P(H2):0.01以下とした。
【0083】
このような条件で焼鈍した後、洗浄して、未反応の焼鈍分離剤を除去し、無水クロム酸、燐酸アルミニウム及び酸化珪素を主成分とする塗布液を塗布し、焼き付けて二次皮膜を形成した後、磁区制御を行った。得られた鋼板の性状を表4に示す。表4中、面積率は、表2と同様に、線形度が8以上の酸化物が3個/μm2以上の密度で存在する領域が、皮膜断面積に占める割合である。
【0084】
表4より、雰囲気の条件が適切である場合は、線形度が8以上の酸化物が3個/μm2以上の密度で存在する領域が、皮膜断面積の30%以上存在して、グラス皮膜の欠陥が抑制され、良好な磁性も同時に実現できることが解る。
【0085】
一方、雰囲気条件が、本発明で規定する範囲から外れた比較例1及び3では、酸化物欠乏層の厚さが厚くなり、そのため、皮膜状況が悪く、磁気特性が劣化している。比較例2及び4では、面積率が不足しているために、皮膜欠陥が発生した。比較例3では、脱炭不良が生じ、良好な磁気特性を期待できないので、その後の評価を行わなかった。
【0086】
このように、本発明で規定する条件で焼鈍することにより、健全な皮膜が得られるとともに、良好な磁気特性を安定して確保することができる。
【0087】
【表3】

【0088】
【表4】

【0089】
<実施例3>
質量%で、Si:3.2%、Mn:0.12%、S:0.005%、C:0.05%、酸可溶Al:0.026%、N:0.008%、残部Fe及び不可避的不純物からなるスラブを素材として、公知の方法で熱間圧延し、その後、熱延板焼鈍を実施し、冷間圧延を実施して、最終板厚0.23mmの冷延板とした。
【0090】
この後、昇温時及び均熱時のP(H2O)/P(H2)を、表5に示す値とし、水素及び窒素からなる雰囲気中で脱炭焼鈍するとともに、鋼板中の窒素量を調整して、いわゆる、脱炭焼鈍板を得た。雰囲気の切り替えは、均熱入り後、30秒で行った。均熱温度は、全て850℃とし、酸素量が1300ppm程度となるように、均熱時間を制御した。
【0091】
このようにして得た脱炭焼鈍板に、MgOを主体とする焼鈍分離剤を塗布して、乾燥した。この後、P(H2O)/P(H2):0.01以下の水素−窒素混合雰囲気にて昇温し、引き続き、1200℃の水素中で、純化焼鈍を、20時間実施し、その後、鋼板を酸化させない雰囲気で冷却した。
【0092】
このような条件で焼鈍した後、洗浄して、未反応の焼鈍分離剤を除去し、無水クロム酸、燐酸アルミニウム及び酸化珪素を主成分とする塗布液を塗布し、焼き付けて二次皮膜を形成した後、磁区制御を行った。得られた鋼板の性状を表6に示す。表6中、面積率は、表4と同様に、線形度が8以上の酸化物が3個/μm2以上の密度で存在する領域が、皮膜断面積に占める割合である。
【0093】
表6より、雰囲気の条件が適切である場合は、線形度が8以上の酸化物が3個/μm2以上の密度で存在する領域が、皮膜断面積の30%以上存在し、また、Siの表層濃化率が、0.3以上0.85以下であって、グラス皮膜の欠陥が抑制され、良好な磁性も同時に実現できることが解る。
【0094】
一方、雰囲気条件が、本発明で規定する範囲から外れた比較例1では、酸化物欠乏層の厚さが厚く、Siの表層濃化率が高すぎるために、皮膜状況が悪く、磁気特性が劣化している。比較例2では、Siの表層濃化率が高すぎるために、皮膜欠陥が発生した。比較例3及び4では、Siの表層濃化率が低すぎるために、皮膜に欠陥が生じた。特に、比較例4では、磁気特性も不良であった。
【0095】
このように、本発明で規定する条件で焼鈍することにより、健全な皮膜が得られるとともに、良好な磁気特性を安定して確保することができる。
【0096】
【表5】

【0097】
【表6】

【産業上の利用可能性】
【0098】
前述したように、本発明よれば、磁気特性が良好で、皮膜欠陥のない、優れたグラス皮膜を有する方向性電磁鋼板を安定して得ることができる。よって、本発明は、電磁鋼板製造産業及び電磁鋼板利用産業において利用可能性が大きいものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)脱炭焼鈍後の鋼板全体の酸素量が400〜1500ppmであり、(b)鋼板表面の酸化層中の二次元断面形状の線形度が8以上である珪素酸化物を含む析出物が3個/μm2以上存在する領域が、酸化層全体の30%以上を占め、かつ、(c)酸化層内で酸化物がない状態が、板厚方向で厚さ0.2μm以上の領域に断続又は連続して存在していないことを特徴とする方向性電磁鋼板。
線形度は、次式で定められる。
【数1】

【請求項2】
(a)脱炭焼鈍後の鋼板全体の酸素量が400〜1500ppmであり、(b)鋼板表面の酸化層中の二次元断面形状の線形度が8以上である珪素酸化物を含む析出物が3個/μm2以上存在する領域が、酸化層全体の30%以上を占め、かつ、(c)酸化層内で酸化物がない状態が、板厚方向で厚さ0.2μm以上の領域に断続又は連続して存在しておらず、さらに、(d)表面酸化層における珪素の表層濃化率が、0.3以上0.85以下であることを特徴とする方向性電磁鋼板。
線形度及び表層濃化率は、次式で定められる。
【数2】

【請求項3】
請求項1又は2に記載の方向性電磁鋼板の製造方法において、
(i)脱炭焼鈍時の雰囲気の酸素ポテンシャルを、昇温中から均熱開始後5秒までは、同等とし、その範囲を、P(H2O)/P(H2)で0.05〜0.7とし、その後、
(ii)雰囲気の酸素ポテンシャルを切り替え、均熱開始後30秒経過まで、酸素ポテンシャル切り替え前の酸素ポテンシャルより高い、P(H2O)/P(H2):0.15〜0.8で焼鈍する
ことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2009−235568(P2009−235568A)
【公開日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−49911(P2009−49911)
【出願日】平成21年3月3日(2009.3.3)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】