説明

有機ハイドライドを用いる水素精製法およびその装置

【課題】混合ガス中の水素のみ選択的に水素化触媒反応器にて水素不飽和芳香族化合物に添加し、生成した水素飽和芳香族化合物から脱水素触媒反応器で水素を高純度で分離し、同時に生成した水素不飽和芳香族化合物を水素化反応器に循環させる水素化および脱水素反応操作を交互に行う場合において、水素化反応物からの脱ガスと脱水素反応を効果的に行なう方法及び装置を提供する。
【解決手段】高圧・高温下における脱水素反応の際に、反応が気相で行われるように、あらかじめ芳香族化合物に水素を添加して沸点を下げること、及びガス除去塔により効果的に脱ガスを行なう混合ガスからの水素精製方法及び装置。
【効果】バイオ、COGなど広い範囲の水素混合ガスから、不純物除去の特段の前処理なしで99%以上の高純度水素をほぼ100%に近い回収率で得ることができる。また製品圧力をガス圧縮なしで原料より高くすることも経済的に行うことが出来る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はバイオマス、石油関連産業や鉄鋼関連産業で水素を効率的に高純度で製造および精製する方法並びに処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
水素ガスは従来からアンモニア原料などとして主として化学工業に多く使われてきたが、近来、燃料電池などクリーンなエネルギーとしての需要が高まりつつある。この水素を如何に安く、かつ、高純度な品質で製造・精製ないしは回収して安定的に供給できるかが現在社会的に問われている課題である。
【0003】
水素の製造法および使用先として工業的には、石油精製工場でのガソリン接触分解装置や製鉄所のコークスガスから得られる水素ガスの大半が自家消費となり、足りない分や外販用には石油精製工場や石油化学工場でナフサや天然ガスを原料とした水蒸気改質装置からの水素ガスが使用されている。
【0004】
上記ガスはCH、COなどの混合物であり、これから水素を分離および精製する従来技術としては、深冷分離、膜分離、PSA(圧力スイング吸着)がある。どの方法もガス中の硫化物、酸化物やBTXなどの重合しやすい成分を除去しておく予備精製が不可欠である。深冷分離は、深冷状態において水素が凝縮液化しにくいことに着目して、液化する他の不純物を除去する方法であるが、深冷のための設備費、運転費ともに高価になるという問題点があった。膜分離は、種々の膜を用いて膜に対するガス透過速度の差を利用する分離法であるが、圧力消費が大きい問題がある。現在主流となっているのはPSAであるが、製品水素を用いた脱着パージ操作が必要なため、製品水素の回収率が80%程度に落ちてしまうという問題点がある。さらに原料ガスが低圧の場合あらかじめ原料ガスを圧縮機などで高圧化しておかなければ、高圧の製品水素が得られないばかりか、製品純度や回収率が確保できないという問題点もある。
【0005】
上記以外としては、自動車移動型燃料として公知である有機ハイドライド(水素不飽和芳香族化合物)の応用として水素不飽和芳香族化合物に水素を添加する操作と、該反応塔にて生成した反応組成物を脱水素するための操作を交互に行う“触媒を充填した反応装置”を用い、水素を含む混合ガスから水素を高純度で回収する方法が提案されている。(特開2005−200253、特開2005−200254)。しかしこれらは脱水素反応器において液相を前提として液相を保持することに特徴があった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、従来技術としては公知の前記技術を踏まえて広範囲な濃度の水素を含む混合ガスから、不純物除去前処理なしに高圧水素を高純度かつ、ほぼ100%回収するためにいまだ工業的に実現していない脱水素反応器の原理、構造と水素添加装置および水素化芳香族化合物からのガス除去を行う処理装置を提供し、水素製造装置との結合により外部熱や圧縮動力の低減を図ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するための手段として、本発明に係る方法は、請求項2に記載するように、高温下で脱水素反応を行しめる際に、エダクターないし水素加圧装置を経た水素を反応塔に入る前の水素飽和芳香族化合物に加えて、沸点を50℃程度さげて脱水素反応器における気相反応を確実とすることを特徴としている。なお添加する水素量は水素飽和芳香族化合物の5重量%以内である。
【0008】
さらに請求項3に記載のように脱水素反応器は、上部および下部からなる断熱型固定床として管内部に触媒充填を行い、下部で気相化と反応を行い、上部で気相反応をより進める構造となっている。また吸熱分は、反応管外部からの燃焼ガスなどの高温ガスで供給することを特徴としている。
【0009】
また、請求項4に記載のように、水素飽和芳香族化合物に対する加温および水素以外の混合ガスの除去のために蒸留塔を設置することを特徴とする。
【0010】
さらに請求項5および請求項6に記載のように、水素製造のための水蒸気改質法の原料として低温反応が可能なメタノールなどを用いることや、従来からよく用いられているナフサを用いて1MPa程度の低圧で行うことにより、外部熱や動力低減が期待でき結果として原単位の低い水素製造が可能となる。以上に記載した手段によって本課題を解決するに至ったものである。また、本発明に係る混合ガスからの水素回収方法は、請求項7に記載のように、水素不飽和芳香族化合物がナフタレンであり、かつ、反応生成した水素飽和芳香族化合物がテトラリンであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
ナフタリンを水素化により主としてテトラリンとし、このテトラリンを精製回収後ナフタリンと水素に分解し、その後水素を高純度で分離することにより、含水素混合ガスから高純度水素を回収する方法であるが、実用的な操作範囲にまたがる、ナフタリン−テトラリン−水素系の平衡関係は、文献)に紹介されている。
1)Jounal of Physical Chemistry Sept.Vol.62 1059〜1061Page、1958に掲載されたThomas P.Wilson等の研究“THE NAPHTHALEN−TETRALIN=HYDROGEN EQUILIBRRIUM AT ELEVATED TEMPERATURE AND PRESSURE”
前述のWilson等の論文では基本的反応は:C10+2H=C1012で示され、この反応は主として気相で起こるとしている。一方、以下に示されるようにナフタリン、テトラリンの臨界温度(Tc)、臨界圧力(Pc)は非常に近く、3MPaの圧力では沸点が430℃程度と今回想定したテトラリン脱水素反応温度よりわずかに高い。
【表1】

【0012】
Wilson氏らの実験では以下のような式が導かれている。
10+2H=C1012−28.8±1.2(kcal/mol)
LnKp=16118.1/T−30.233
Kp:反応平衡常数(atm)T:反応温度(K)
Keq=(C1012/(C10*H*H))/(P*P)Keq:反応平衡状態数 C1012,C10,H:気相でのそれぞれの成分のモルフラクション P:は反応時の圧力(atm)
水素源発生装置よりの含水素ガスは70mol%程度の水素、24mol%のCO,その他CO,CH,HOなどを含んでいる。反応式:C10+2H=C1012によりナフタリンの水素添加が行われナフタリンはテトラリンに変わるので理論的には水素1molに対してナフタリンは0.5molあればよいのだが反応は可逆的におこり、上記した反応平衡状態数Keqで示される反応の移行状態は特定の反応温度では上記反応平衡常数Kp(反応温度Tの関数)で表される化学熱平衡状態以上には移行しない。C10/H=0.6程度とし反応温度を290℃とすると反応平衡常数Kp=0.2程度となり原料ガス中のHのほぼ90%がナフタリンと反応しテトラリン変わる。この反応は発熱反応であり断熱的に反応が進むとすると反応器入口での温度はほぼ275℃と推定される。
【表2】

反応器入口ではKeqはKpより小さいが、触媒に気相が触れることにより反応が進行し熱化学的に安定な反応器出口温度での反応平衡常数Kp=0.2=Keqとなり安定し気液平衡も安定なV/F=0.43へと変化する。反応器出口温度では入口に比べナフタリンは減少しテトラリンが増加するがHが大幅に減少するためV/Fは入口状態よりも小さい値となっている。
【0013】
水素化プロセスにてナフタリンを水素化しテトラリンとした生成物は生成したテトラリン、反応残のナフタリンのほか原料水素に含んでいたCO,CO,CH4,HO反応残のHを含んでいる。ナフタリン、テトラリン以外の軽質分は除去後加熱されテトラリンの脱水素のプロセスに送られる。ナフタリン、テトラリン混合物中のナフタリンの含有量を横軸にとり縦軸にその混合物の沸点、L/F=50%点、Dew pointを縦軸にとりプロットすると図1のグラフのように推算される。このグラフの値からテトラリンの脱水素反応が気相反応とすると430℃以下では脱水素反応は起こらないことになる。
【0014】
ナフタリン、テトラリンの混合割合を10:90とし混合物中のHのmol%を横軸にとり、混合物の沸点、V/F=1.0%点、V/F=2.5%点、Dew pointを縦軸にとりプロットすると図2のグラフのようになる。この傾向はナフタリン、テトラリンの混合割合を変えても同様な傾向となる。以上のことから純度の高い製品Hを数%脱水素反応前のナフタリン、テトラリンの混合物に添加することにより400℃以下の温度でも気相反応が開始するようにすることが出来る。なお反応温度を400℃以下に下げるのは、テトラリンの熱分解による不純物発生を避けるためである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
ナフタリン、テトラリン以外の軽質分を除去後Hを添加された原料は390℃に加熱されテトラリンの脱水素のプロセスに送られる。
【表3】

反応は吸熱反応なので加熱されながら進行する。反応器入り口ではV/Fは上表のごとく0.02であり反応平衡状態数Keqは239、反応平衡常数Kpは0.003と大きく離れており、触媒に触れた気体はかなりの速い速度で熱化学平衡に移行してゆくだろう事は容易に推測できる。一方、反応後の気液状態を見ると全て気体となるわけでこの反応により液体から全気体への移行が起こる。あたかも「Dry up」のような状態を呈することになる。
【0016】
芳香族水素化合物の脱水素反応は吸熱反応であり、一般に高温にしなければ反応が進行しない。従来からこの脱水素反応に関しては種々の方法が提唱されているが、その代表的のものを以下にあげる。
1.テトラリンからナフタレンへの脱水素反応を圧力2から4Mpa、温度80から160℃という熱力学的に液相を保持した条件で行う。(文献2)など)しかし転化率が低い問題がある。
2)Liquid−Phase Hydrogenation of Naphtalene and Tetralin on Ni/Al:Kinetic Modeling,Petri A.et al,Ind.Eng.,Chem.,Res.,2002,41,5966−5975
2.水素反応で生成した水素を耐熱性の選択的透過膜(多孔質ガラス、セラミックなど)を通して系外に除去すれば平衡は生成側に片寄り、転化率が向上する。一例として資料2)ではシクロヘキサンからベンゼンへの脱水素(触媒Pt−Al203)で、反応温度230℃で転化率80%が得られている。同一転化率での平衡温度は230℃なので、30℃だけ平衡を乗り越えている。水素製造改質反応と水素分離を同時に行うことにより、反応低温化を目指すメンブレンリアクターも同じ方向である。
3)新治修ほか、第46回触媒討論会(A)、4Q05、仙台、1980
3.上記1より高温の領域とするが液相反応を前提に、生成した水素を気泡として気相に逃がすと平衡の制約をうけず、高い転化率が期待できるという考え方がある。その際の問題点として脱水素する水素分が多いと急激な気泡化により液滴が同伴してしまい液相が消滅する「Dry Up」を生じるのでこれを避けるような構造が必要であるというものである。しかしオートクレーブ実験によると、水素抜き出しがフリーであったにもかかわらず反応平衡を乗越えた組成を得られなかったことおよび水素の張り込みなしでナフタレン、テトラリンのみで実験開始の場合反応が進行しなかったことからこの考え方は成り立たず、むしろ液相部分から触媒に接触しつつ気液平衡で蒸発した気相成分間で反応が行われると考えられる。吸熱により、気相化した成分が触媒周辺で反応する反応機構と考えることが合理的である。
【0017】
3〜4Mpa、300℃以上で行われるテトラリンからのナフタレンへの脱水素反応は、臨界領域近傍の反応となっている。(テトラリン、ナフタレンの臨界圧力、臨界温度が3.7MPa、447℃および4.1MPa、475℃)そこでは同一圧力、温度で準安定状態(液相に富む)、安定状態(気相に富む)が存在(純成分での逆行現象に対応)することそしてその領域間では微量の水素添加や温度変化により、準安定状態から安定状態に急減に転移し、見掛け上液相から気相に急変することが商用ソフトによるシミュレーションによって観察され、これがいわゆるDry up(ドライアップ)に相当すると判断される。
【実施例】
【0018】
以下実施例に基づいて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0019】
図3の反応器へ374℃のテトラリン260kg/h、ナフタレン4/hを装入し最終的に390℃,3MPaの条件で30分Ni−Mo系触媒下で反応させ、ナフタレン190kg/h,テトラリン95kg/hと水素45Nm/hを得た。なお、発生水素ガス中には殆どナフタレンやテトラリンの蒸気は含まれない。
【実施例2】
【0020】
図4に示すフローで、水素73.6mol%、CO0.4mol%、CO23.5mol%、CH2mol%、水分0.5mol%の混合ガスを原料として下表に示す収支で99.99%の水素を回収率99%で得た。
【表4】

【産業上の利用可能性】
【0021】
水素化反応器と前述のごとき脱水素反応器とを組み合わせてテトラリンおよびナフタレン溶液を循環使用することにより、粗水素混合ガスからj純度の高い水素に精製できる。、これにより、特段のNH3,SO2,BTXなどの不純物除去前処理なしに広範囲の水素を含むガスから高純度の高圧水素をほぼ100%回収することが出来る。また粗水素中の水素濃度が高ければ、低圧でも水素精製が可能である。さらに動力を要するガス圧縮機を用いることなく、製品圧力を5MPaまでの高圧に昇圧することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】ナフタレン、テトラリンの沸点を示した図である。
【図2】ナフタレンーテトラリン混合物の沸点/露点温度が水素の存在によりどのように変わるかを示した図である。
【図3】本発明の実施例1の脱水反応器を示した概要図である。胴側外部にある点線矢印は、加熱側高温ガスの流れを示している。
【図4】本発明を用いる概略工程図の一例を示した図である。
【符号の説明】
【0023】
1……………原料混合ガスの流れ
2……………循環ナフタレンの流れ
3……………水素化反応器への原料の流れ
4……………水素化反応器を出た製品の流れ
5……………オフガスの流れ
6……………脱水素反応器への原料の流れ
7……………製品水素の流れ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
混合ガス中の水素を選択的に水素化反応塔にて触媒により水素不飽和芳香族化合物に添加する。そして生成した反応組成物から触媒を充填した脱水素反応装置で水素を高純度で分離して、同時に生成した水素不飽和芳香族化合物は水素化反応塔に循環させるという水素化および脱水素反応操作を交互に行う場合において、高圧・高温下で脱水素反応を行わしめる際に、反応が気相で行われるようにあらかじめ芳香族化合物に水素を添加して沸点を下げることを特徴とする、混合ガスからの水素精製を実施するための処理装置
【請求項2】
前記の脱水素反応器において、その上流にエダクターを設置して液圧力により水素を吸引することにより原料液中に水素を添加するまたは加圧された水素を原料液中に混合するという原料液への水素の添加方法
【請求項3】
前記の脱水素反応器において、塔内部の多数の管内部のNi−MO、CO−MO、Ptなどの触媒を2段設置して、その中間に水素を含む水素化芳香族化合物を送入して下段で蒸発と脱水素反応をおこない、上段で気相反応をより進めさせ、その吸熱反応に必要な熱量は管外部の燃焼ガスなどの高温ガスから与える脱水素反応器の構造
【請求項4】
前記の水素化反応器、脱水素反応器の水素化芳香族化合物循環系において、水素化反応器からの水素化芳香族化合物を原料とした蒸留塔を設置して、塔底のリボイラから熱を加えて塔頂より水素化反応器からの混合ガスを除去して、塔底から加温された脱水素反応器への原料を製造する方法
【請求項5】
前記の水素化反応器、脱水素反応器の上流に、メタノールなどOH基をもった炭化水素と水蒸気を原料として200℃から250℃程度で水素を製造する水蒸気改質反応器を設置して、当該水素化反応器から発生する300℃レベルの発生熱を上記の改質装置の熱源として有効に利用する方法
【請求項6】
前記の水素化反応器、脱水素反応器の上流に、炭化水素と水蒸気とを原料として効率的な1Mpa程度の低圧で水素を製造する水蒸気改質反応器を設置して、当該装置においてガス昇圧なしで水素精製を行うことによりガス圧縮機を不要として動力削減を達成する方法。
【請求項7】
前記の水素不飽和芳香族化合物がナフタレンであり、反応組成物がテトラリンであることを特徴とする、混合ガスからの水素回収方法

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−290927(P2008−290927A)
【公開日】平成20年12月4日(2008.12.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−161879(P2007−161879)
【出願日】平成19年5月24日(2007.5.24)
【出願人】(505417367)株式会社エプシロン (10)
【Fターム(参考)】