説明

染色組織標本の陽性細胞の計数方法

【課題】細胞の大きさに起因した計数上のバイアスを除去し、1枚の切片全体で陽性細胞を正確に計数する新たな方法の提供。
【解決手段】組織標本における染色陽性細胞を計数する方法であって、(1)組織標本を染色剤浸透促進処理する前に染色する工程、(2)染色剤浸透促進処理工程、(3)次いで、組織標本を初回染色と分離検出可能な手段で再度染色する工程、(4)前記工程(3)でのみ染色された細胞のみを陽性細胞として選択し計数する工程を含むことを特徴とする染色された組織標本の陽性細胞の計数方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、組織学、病理学の分野における染色された組織標本における陽性細胞を客観的に定量するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
組織学、病理学の分野において、組織標本を免疫学的手段やハイブリダイゼーション等により染色し、その陽性細胞を定量解析することは、これらの分野における研究手段として、また病理学的診断の手段として極めて重要であり、広く実施されている。陽性細胞数の定量については、薄切した組織切片中の細胞を染色して、染色された細胞数を読み取ることで、組織標本における陽性細胞数を計数するという方法が用いられている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、従来の方法では、細胞が大きい場合、多くの切片にまたがって染色され、複数回カウントされてしまうため、大きな細胞ほど実際に個体に存在する陽性細胞数より多く計数されてしまうという問題があった(図1参照)。このバイアスを改善する方法として、Design based stereologyが用いられている(West, Trends Neurosci, 22(2):51-61 1999)が、この方法では連続する切片を正確に比較する必要があったり(physical disector)、厚い切片の準備が必要であったり(optical disector)するなど、免疫染色切片全体での自動計数への応用は簡単ではなく、しかも切片全体を領域ごとに調べるには煩雑な手続きが必要であった。
【0004】
したがって、本発明の目的は、細胞の大きさに起因した計数上のバイアスを除去し、1枚の切片全体で陽性細胞を正確に計数する新たな方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、組織標本中の染色陽性細胞を計数する方法について種々検討したところ、組織標本を染色する際に、組織切片の上下2つの面のうち片側の面に接している細胞と、接していない細胞とを染め分けて、該片側の面に接している細胞を陽性細胞計数から除外することにより、細胞の大きさに起因した計数バイアスを除去でき、1枚の切片全体で陽性細胞を正確に計数できることを見出した。
【0006】
すなわち、本発明は、組織標本における染色陽性細胞を計数する方法であって、(1)組織標本を染色剤浸透促進処理する前に染色する工程、(2)染色剤浸透促進処理工程、(3)次いで、組織標本を初回染色と分離検出可能な手段で再度染色する工程、(4)前記工程(3)でのみ染色された細胞のみを陽性細胞として選択し計数する工程を含むことを特徴とする染色された組織標本の陽性細胞の計数方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、細胞の大きさに起因した計数上のバイアスを除去することができ、1枚の切片全体で陽性細胞を正確に計数できる。また、本発明では、1枚の切片で計数が可能となるため、複数切片間の位置合わせと比較が不要となる。したがってデジタル画像として取り込んだ切片画像中での陽性細胞の自動検出が容易に実現できる。さらに、切片全体で細胞計数を自働的に行い、複数の個体のデータを合算した可視化やグループ間の統計比較も可能である。病理診断・研究等の現場においても本発明方法を適用することで、作業効率化を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
組織切片には、上下2つの面、すなわち表面と裏面があり、このうち片側の面に接している細胞と、接していない細胞とを染め分けて、該片側の面に接している細胞を陽性細胞計数から除外するというのが本発明の基本概念である(図2A)。
本発明においては、まず、組織標本を固定し、薄切することでスライドグラス等に貼り付ける。固定は、細胞が染色性を失わないような何れの方法によっても行なうことが可能である。ここで、組織標本としては、ヒトを含む動物、植物等の生体組織から採取した組織標本が用いられる。例えば、臓器全体像の凍結切片、手術により摘出した組織の切片等が挙げられる。切片厚は、染色性の観点から、細胞径以上であることが好ましく、20μm〜30μm程度であることがより好ましい。
【0009】
次に、組織標本を染色する(第1工程)。染色手段としては、細胞核や細胞体のみが濃染する対象に対する免疫染色、in situ hybridizationあるいは、核染色等が挙げられる。本発明においては、免疫染色法を用いるのが好ましく、特に蛍光抗体法を用いるのが好ましい。
【0010】
通常、細胞を染色する際、染色剤浸透促進処理、すなわち細胞内の標的物質を露出させ、外部から供給する特異的結合物質との反応を促進するための処理が行われる。例えば、緩衝液や界面活性剤などの染色剤浸透処理液が用いられる。この浸透処理を行う前に、組織切片を染色すれば、反応液に接する表層に接している細胞のみが染色されるので、該表層に接していない細胞と染め分けることができる(図2B)。例えば、免疫染色法を用いる場合は、染色剤浸透促進処理として界面活性剤等による抗体浸透処理が考えられる。
【0011】
組織切片の片側の面に接している細胞のみ染色させた後、染色剤浸透促進処理を行い(第2工程)、標本を再度染色すると(第3工程)、反応液が切片全層に浸透するため、初回の染色で染まらなかった細胞も染色される(図2C)。この際、初回の染色と分離検出可能な手段で染色する必要がある。
【0012】
初回の染色と2回目の染色を分離検出する手段としては、組織標本に局在しているタンパクやmRNAをマーカー(標的物質)として選択し、該マーカーに対する特異的結合物質を異なる物質で標識する方法が挙げられる。ここで、初回の染色と2回目の染色で対象とするマーカーは同じである。標識物質としては、例えば神経細胞核抗原NeuN、活動依存性マーカーc−Fos等が挙げられる。
また、前記特異的結合物質としては、マーカーに特異的に結合する物質であればよく、例えば、核酸プローブ、抗体等が挙げられる。抗体としては、その由来、種類(モノクローナル、ポリクローナル)および形状を問わないが、核染色性を持つ物質が好ましい。例えば、マウス抗体、ラット抗体、ヒト抗体、キメラ抗体、ヒト型化抗体などの公知の抗体を用いることができる。抗体はモノクローナル抗体であることが好ましい。
【0013】
抗体を用いて染色を行う方法としては、公知の抗原-抗体反応、すなわち一次抗体に標識物質を直接結合させて検出する直接法と、非標識の一次抗体を反応させた後、標識二次抗体を用いて可視化する間接法がある。
【0014】
標識物質としては、蛍光色素、酵素、補酵素、化学発光物質などの当業者に公知の標識物質を用いることが可能である。具体的な例としては、フルオレセインイソチオシアナート、ローダミン、ルシフェラーゼ、ペルオキシダーゼ、アルカリホスファターゼ、ビオチンなどを挙げることができる。標識物質としてビオチンを用いる場合には、ビオチン標識二次抗体を添加後に、蛍光色素を結合させたストレプトアビジン類をさらに添加することが好ましい。
初回の染色と2回目の染色で用いられる標識物質は、互いに識別可能な標識である。互いに異なる標識を用いることで、それぞれの染色を分離検出できる。ここで、例えば標識物質として蛍光色素を用いる場合、初回の染色と2回目の染色として、相違する波長の蛍光色素を用いればよい。
【0015】
染色陽性細胞の検出は当業者に公知の方法により行うことができ、例えば、蛍光強度や基質の酵素的変化、吸光度などにより検出することができる。
【0016】
上記のようにして組織切片の染色を行い、2回目の染色でのみ染色された細胞のみを陽性細胞として選択し、計数する。これにより、片面に接した細胞が計数から除外されるので、多くの切片にまたがって染色された細胞が複数に渡ってカウントされることはなく、細胞の大きさに起因したバイアスを除去できる。
【0017】
本発明の方法により細胞の染色を行った後、1枚の切片で計測が可能であるため、複数切片間の位置合わせと比較が不要となる。従ってその被染色組織の画像の取り込みを行えば切片画像中で陽性細胞像を自動検出できる。また、本発明者が先に出願した染色組織標本の陽性細胞の可視化解析方法(特願2006−13465)を用いることにより、切片全体での細胞計数を自動的に行うことで、複数の個体のデータを合算した可視化やグループ間の統計的な比較への応用も可能である。
【実施例】
【0018】
次に実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明する。
【0019】
実施例1
本発明の方法に基づいて、神経細胞に特異的な標識タンパクNeuNに対する免疫染色を行い、組織標本(マウス脳)における神経細胞核の自動検出を行った。
1)抗体浸透処理前の初回抗体反応で、レーザー共焦点顕微鏡による断層撮影を行い、片断端に接した細胞のみが染色されているかを実際に検証した。切片の厚み方向から観察した結果、スライドグラスの反対の片断端に接した細胞のみが染色されていることを確認した(図3B)。他方、通常の染色手順に従い抗体浸透処理を行った切片では全層にわたって細胞が染色されていた(図3A)。
【0020】
2)スライドガラスに貼り付けた切片(厚さ18μm)を、抗体浸透処理をしない状態で励起光488nmの蛍光色素によって標識された抗NeuN抗体で染色した(図4;緑)。次いで、抗体浸透処理を行った後、ビオチン化NeuN抗体を反応させ、励起光594nmの蛍光色素によって標識されたストレプトアビジンにより染色を行った(図4;赤)。
この結果、浸透処理前は表層側の断端に接した細胞のみが染色されていたのに対して、処理後に染色した標識では全層にわたって標識されていたことが確認できた。
図5に示すとおり、初回の染色で明確に染色された細胞は8個である(図5;緑)。一方、2回目の染色で明確に染色された細胞は12個であり(図5;赤)、初回の染色でも染まった5個の細胞を除いた7個を陽性細胞数とした。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】組織切片を厚み方向から見た模式図である。
【図2】(A)組織切片の片面に接する細胞とその他の細胞を染色により区別した模式図である。(B)染色剤浸透促進処理を行わずに染色した切片を示す図である。(C)染色剤浸透促進処理後、再度染色した切片を示す図である。
【図3】抗体浸透処理後に初回染色した時の染色状態(A)と、抗体浸透処理前に初回染色した時の染色状態(B)とを比較した図である。
【図4】初回染色後の陽性細胞像(緑)と、2回目染色後の陽性細胞像(赤)をスライド側とカバー側からレーザー共焦点顕微鏡により観察した図である。
【図5】初回染色後の陽性細胞像(緑)と、2回目染色後の陽性細胞像(赤)を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
組織標本における染色陽性細胞を計数する方法であって、(1)組織標本を染色剤浸透促進処理する前に染色する工程、(2)染色剤浸透促進処理工程、(3)次いで、組織標本を初回染色と分離検出可能な手段で再度染色する工程、(4)前記工程(3)でのみ染色された細胞のみを陽性細胞として選択し計数する工程を含むことを特徴とする染色された組織標本の陽性細胞の計数方法。
【請求項2】
染色剤浸透促進処理が、細胞内の標的物質を露出させ、外部から供給する特異的結合物質との反応を促進するための浸透処理である請求項1記載の染色された組織標本の陽性細胞の計数方法。
【請求項3】
組織標本の染色を、該組織標本中の標的物質に対する特異的結合物質を用いた免疫染色法により行う請求項1又は2記載の染色された組織標本の陽性細胞の計数方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−212066(P2008−212066A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−54607(P2007−54607)
【出願日】平成19年3月5日(2007.3.5)
【出願人】(502285457)学校法人順天堂 (64)
【Fターム(参考)】