構造体の接合構造及びそれに使用される構造体接合用定着装置
【課題】例えば既存コンクリート造構造体とこれに接して構築される新設コンクリート造構造体等、水平力の作用時に互いに独立して挙動し得る二つの構造体(主構造体と付加構造体)を両者間での水平せん断力の伝達を図りながら、その水平方向の回転軸回りに相対的な回転変形を許容する状態に接合する。
【解決手段】水平力の作用時に互いに独立して挙動し得る主構造体1と付加構造体2との間に跨って定着装置3を設置する。主構造体1と付加構造体2の境界に跨って配置され、一部に厚さ方向に貫通する挿通孔42aを有する定着部材4と、定着部材4を貫通して両構造体1、2に定着され、曲げ変形可能なアンカー5から定着装置3を構成する。
定着部材4に主構造体1と付加構造体2のいずれか一方に定着される定着部41と、他方に定着され、その側の表面が凸の形状に形成された本体部42を持たせ、本体部42の表面に沿って構造体2を相対的に回転変形可能にする。
【解決手段】水平力の作用時に互いに独立して挙動し得る主構造体1と付加構造体2との間に跨って定着装置3を設置する。主構造体1と付加構造体2の境界に跨って配置され、一部に厚さ方向に貫通する挿通孔42aを有する定着部材4と、定着部材4を貫通して両構造体1、2に定着され、曲げ変形可能なアンカー5から定着装置3を構成する。
定着部材4に主構造体1と付加構造体2のいずれか一方に定着される定着部41と、他方に定着され、その側の表面が凸の形状に形成された本体部42を持たせ、本体部42の表面に沿って構造体2を相対的に回転変形可能にする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は例えば既存コンクリート造の構造体とこれに接して構築される新設コンクリート造の構造体、あるいは構造物の主体となる構造体とそれに接して付加的に構築される構造体等、曲げ剛性の相違等により水平力の作用時に互いに独立して挙動し得る二つの構造体間で水平せん断力を伝達しながら、相対的な回転変形を許容する状態に接合した接合構造、及びその接合構造に使用される定着装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えば既存コンクリート造構造体の表面に接して新設のコンクリート造構造体を構築する場合、両構造体間で地震時のせん断力の伝達が行われるように新設構造体(付加構造体)を既設構造体(主構造体)に接合する必要がある(特許文献1、2参照)。例えば付加構造体(新構造体)がスラブで、その端面において主構造体(旧構造体)に接合される場合には、付加構造体は地震時の水平力に対して主構造体を補強する目的で主構造体に一体化されるから、両構造体間で、両構造体が対向する方向に直交する(対向する面に平行な)水平方向のせん断力が伝達されるように主構造体に接合されなければならない。
【0003】
両構造体間で水平方向のせん断力(水平せん断力)が伝達されるように両構造体を接合することは、主構造体(旧構造体)の表面側に、アンカーボルト等のアンカーによって主構造体に定着されるせん断力伝達部材を付加構造体(新構造体)側へ突出させた状態で固定することによって確保される(特許文献1、2参照)。
【0004】
付加構造体(新構造体)の打ち継ぎが主構造体(旧構造体)の構築時に予定され、主構造体の構築時にせん断力伝達部材を事前に埋設しておくことができる場合には、主構造体の完成時にせん断力伝達部材を主構造体の表面寄りの部分に埋設しておくことが可能である。それに対し、主構造体の表面に付加構造体の打ち継ぎが予定されていない場合には、主構造体の表面寄りにせん断力伝達部材を埋設する必然性がないため、付加構造体の構築時には改めてせん断力伝達部材を埋設することが必要になる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第4038472号公報(段落0067、0080、図11、図12)
【特許文献2】特許第4230533号公報(段落0081〜0083、図6、図7)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一方、例えば曲げ剛性(固有振動数)の相違等に起因して水平力の作用時に付加構造体(新構造体)と主構造体(旧構造体)が互いに独立して挙動する場合には、主構造体の変形に追従する(引き摺られる)形で付加構造体が強制的に変形することになるが、この両構造体の変形時には各躯体の対向する面間に相対的な回転変形が発生し得ることになる。
【0007】
主構造体の変形に追従することによる付加構造体の変形は主構造体と付加構造体が対向する方向に主構造体が曲げ変形するときに発生するから、主構造体と付加構造体間の相対的な回転変形は主構造体と付加構造体が対向する面(構面内方向)に平行な水平軸の回り生ずる。
【0008】
以上のことから、主構造体と付加構造体は両者の対向する面に平行な水平軸回りの回転変形が許容される状態に接合されている必要がある。回転変形が許容されていなければ、両構造体の接合部が損傷を受けることによる。
【0009】
この発明は上記背景より、主構造体と付加構造体に跨るせん断力伝達部材(アンカー)を用いて両構造体間の水平せん断力を伝達しながら、両者間の相対的な回転変形を許容する状態に両構造体を接合した接合構造とその構造に使用される定着装置を提案するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
請求項1に記載の発明の構造体の接合構造は、水平力の作用時に互いに独立して挙動し得る主構造体と付加構造体との間に跨って定着装置を設置し、両構造体を相対変位可能に接合した接合構造であり、
前記定着装置が、前記主構造体と前記付加構造体の境界に跨って配置され、一部に軸方向に貫通する挿通孔を有する定着部材と、この定着部材を貫通して両構造体に定着され、曲げ変形可能なアンカーとを備え、
前記定着部材が前記主構造体と前記付加構造体のいずれか一方に定着される定着部と、他方に定着され、その側の表面が凸の形状に形成された本体部を持ち、この本体部の表面に沿ってその側の構造体が前記定着部材に対して相対的に回転変形可能であることを構成要件とする。
【0011】
「本体部の、他方の構造体側の表面が凸の形状に形成される」とは、表面側が凸になるような立体形状に形成されることを言い、立体形状は本体部の軸回りに直線や曲線が回転してできる回転体形状等の曲面形状の他、それに近い多面体形状を含む。また本体部の表面は例えば図10に示すように少なくとも本体部の中心部(挿通孔)を通る一部が曲面形状や多面体形状等の立体形状の部分を有すればよい。
【0012】
主構造体と付加構造体が水平力の作用時に互いに独立して挙動することには、例えば主構造体と付加構造体の曲げ剛性に差があり、曲げ剛性の差による固有振動数の差に起因し、独立して挙動(振動)することにより曲げ変形する場合と、曲げ剛性に差がなく、一様に曲げ変形しながらも、主構造体と付加構造体の接合部に相対的な回転変形が生ずる場合がある。
【0013】
例えば同一の曲げ剛性を持つ二つの構造体が隣接している場合に、両構造体が一様に曲げ変形するときには、変形前の状態で同一レベルに位置する部位間でも両構造体の曲げ変形によってレベル差(段差)が生ずるから、両構造体に曲げ剛性の差がない場合にも相対的な回転変形は生ずることになる。
【0014】
構造体は主として鉄筋コンクリート造構造物の一部であるが、無筋コンクリートやモルタル等の場合もある。主構造体は例えば既存のコンクリート造構造物、付加構造体は既存のコンクリート造構造物の表面に接触した状態で付加的に(新設で)構築されるコンクリート造構造物を指す。構造体は建築構造物と土木構造物の双方を含み、建物の柱、梁、スラブ、基礎等の他、橋梁の橋桁、橋脚、フーチング等が該当する。
【0015】
主構造体と付加構造体の接合部位は問われず、例えば新旧のスラブ同士、梁(桁)同士、柱同士、基礎同士等、あるいは付加構造体の構築位置等に応じ、これらの任意の組み合わせ等になる。付加構造体が主構造体に対する耐震(制震)補強の役目を持つ場合には、主構造体のいずれかの部位の表面に付加構造体のスラブや梁等が接合された状態で構築される。
【0016】
主構造体に対する付加構造体の構築の時期も問われず、主構造体と付加構造体の打ち継ぎのように主構造体の構築直後に付加構造体を構築する場合の他、主構造体の構築が完了し、使用期間中に主構造体に対する補強の必要性が発生したとき等になる。
【0017】
定着部材は主構造体と付加構造体のいずれか一方の構造体に定着される定着部と、それに連続し、他方に定着される本体部の2部分からなり、全体的として軸方向には定着部の反対側である本体部が凸になる立体形状をする。
【0018】
定着部は本体部の周囲、もしくは周囲寄りの位置に周方向に連続して、もしくは断続的に形成(突設)され、全体的には環状に形成される。定着部のいずれかの部分がせん断力を負担したときに荷重を定着部全体に分散させる上では、定着部は連続的に形成される。「断続的に形成」とは、定着部が波形状に形成される場合のように定着部の深さが周方向に変化するようなことを言う。
【0019】
定着部材は主構造体と付加構造体に跨って設置され、両構造体が対向する方向(定着部材の軸方向)の一方側の端部である定着部が主構造体と付加構造体のいずれか一方(主構造体、もしくは付加構造体)に定着され、他方側の端部である本体部が主構造体と付加構造体のいずれか他方(付加構造体、もしくは主構造体)に定着される。
【0020】
定着部と本体部がそれぞれの側の構造体に定着されることにより、地震時に一方の構造体(主構造体)と他方の構造体(付加構造体)の双方の接触面(境界面)が平行な状態のまま、その接触面(両構造体が対向する面)に平行な水平方向の相対変位(ズレ変形)が生じようとするときに、定着部材は両構造体(付加構造体と主構造体)間の水平せん断力を伝達する。
【0021】
定着部材を軸方向に直交する方向に見たときに、図9に示すように定着部材が2方向(水平方向と鉛直方向)に同等の長さ(投影面積)を持った形状(立体形状)をし、軸方向に直交する方向に方向性のない形状をしていれば、鉛直方向のせん断力も伝達可能ではある。但し、定着部材は一方の構造体(主構造体)と他方の構造体(付加構造体)が独立して挙動するときには両構造体の対向する面間に、水平軸回りの相対的な回転変形が生じさせる機能を発揮するため、両構造体の相対的な回転変形を阻害しない形状に形成される。
【0022】
「両構造体の相対的な回転変形を阻害しない形状」とは、図1−(a)、(b)に示すように定着部材の定着部がその側の構造体に定着された状態のまま、本体部側の構造体が、凸の形状をしている本体部の表面に沿い、定着部側の構造体に対して相対的に回転変形し得る形状をすることを言う。主構造体と付加構造体の相対的な回転であるから、各構造体の回転変形前の状態からの絶対的な回転角度の大きさは問われない。
【0023】
「本体部の表面に沿って回転変形する」とは、例えば図1−(a)に示すように一方の構造体(主構造体)と他方の構造体(付加構造体)の接触面に平行な水平方向に見たときに、図6−(a)、(b)に示すように本体部の他方の構造体(付加構造体)側の表面が凸となった曲線状(立体的には曲面状)をしている場合に、他方の構造体(付加構造体)が一方の構造体(主構造体)に対して本体部の表面に沿い、滑りを生ずるように回転することを言う。
【0024】
定着部材が一方の構造体に定着される定着部と、他方の構造体側が凸の形状になった本体部を有することで、主構造体と付加構造体間の相対的な回転変形が生じようとしたときには、形態的に定着部がその側の構造体に対して回転変形しようとする可能性より、本体部がその側の構造体に対して回転変形しようとする可能性が高い。この可能性の差に起因し、定着部材は定着部において一方の構造体に定着された状態を維持し、本体部において他方の構造体に対して相対移動しようとする。
【0025】
この結果、主構造体と付加構造体との間には相対的な回転変形が阻害されることなく、自然に発生する状態が得られるため、強制的な回転変形による主構造体と付加構造体間の接合部における損傷が未然に回避されるか、抑制される。
【0026】
定着部材は前記のように主構造体と付加構造体間の対向する方向に直交する方向の水平せん断力を伝達しながら、その方向の水平軸回りの両構造体の相対的な回転変形を許容することで、水平軸回りの曲げモーメントに対しては主構造体と付加構造体をピン接合化する機能を発揮することになる。
【0027】
定着部材の本体部表面の形状により主構造体と付加構造体との間の相対的な回転変形が生じ易い状態にあることで、一方の構造体(主構造体)と他方の構造体(付加構造体)が地震力や風荷重により独立して振動し、相対的な回転変形を起こそうとするとき、両構造体の対向する面間には図1−(a)、図6に示すように水平軸回りの曲げモーメントが作用することによって肌別れが生じようとし、水平軸回りの相対的な回転が発生する。この回転は正負の向きに交互に生ずる。
【0028】
このとき、定着部材が主構造体と付加構造体との間の相対的な回転変形を阻害せず、回転変形を積極的に生じさせるには、定着部材が主構造体と付加構造体の双方に跨った状態を維持しない方がよく、図6に示すように定着部材の定着部が主構造体と付加構造体のいずれか一方の構造体に定着された状態を維持したまま、他方の構造体が本体部の表面に沿い、本体部に対して回転変形し得る状態にあることが適切である。
【0029】
そこで、他方の構造体に定着される本体部の表面がその構造体側に凸の曲面状に形成されることで、両構造体が相対的な回転変形を起こそうとするときに本体部側の構造体が本体部の表面に沿い、本体部に対して回転変形し得る状態が得られる。「曲面状」は具体的には定着部材の本体部が椀状等の楕円放物面その他の曲面状、あるいは多面体形状等をすることであり、「本体部に対して回転変形し得る状態」は本体部側の構造体と本体部表面との間の縁が切れる(分離する)ことに相当する。上記した「肌別れ」は本体部側の構造体と本体部表面との間の縁が切れて回転する結果として生じる。
【0030】
例えば図1−(a)に示すように定着部が主構造体に定着され、本体部が付加構造体に定着された状態で定着部材が両構造体に跨って設置されている場合に、両構造体が相対的な回転変形を起こそうとするとき、主構造体と付加構造体の端面(接触面)間に肌別れを生ずると仮定すれば、図1の例では相対的に高さ(成、あるいは厚さ)の小さい側の構造体である付加構造体が主構造体側の端面の下端、もしくは上端を回転中心として回転しようとする。付加構造体が主構造体側端面の下端回りに回転することと上端回りに回転することは交互に発生する。両構造体の相対的な回転変形の回転中心は定着部材を挿通するアンカーが曲げ変形を起こすときの曲げの中心でもある。
【0031】
このように主構造体と付加構造体が相対的に回転変形するときには、相対的に高さ(成(厚さ))の小さい側の構造体がその下端と上端を回転中心とし、他方の構造体に対して回転しようとする。従って本体部がいずれの側の構造体に定着されているかに関係なく、図1−(b)に示すように本体部の表面は主構造体と付加構造体が互いに対向する方向に直交する水平方向(相対的な回転変形の回転中心(回転軸)の方向)に見たとき、高さ(成、あるいは厚さ)の小さい側の構造体の下端と上端を中心とする円弧状、もしくはそれに近い形状に形成されていることが合理的である(請求項2)。
【0032】
「回転中心(回転軸)の方向に見たとき」であるから、図9に示すように「円弧状、もしくはそれに近い形状」は定着部材の軸の回りに曲線が回転してできる回転体形状等の立体的な形状である場合と、図10に示すようにその立体的な形状の一部を含む場合の他、回転中心の方向に見たときに本体部の表面の外形線が「円弧状、もしくはそれに近い形状」を描く場合がある。
【0033】
「高さの小さい側の構造体の下端と上端を中心とする円弧状」とは、図1−(b)に示すように定着部材の軸方向の中心線に関して上半分の外形線が高さの小さい側の構造体の、対向する構造体側の面の内、下端を中心とする円弧、もしくはそれに近い曲線や多角形を描き、下半分の外形線が上端を中心とする円弧、もしくはそれに近い曲線や多角形を描くことを言う。
【0034】
定着部材の本体部は両構造体の相対的な回転変形を許容すると共に、両構造体が対向する方向に直交する方向の水平せん断力を伝達する働きをすればよいから、本体部の表面が高さ(成、あるいは厚さ)の小さい側の構造体の下端と上端を中心とする円弧状等に形成されることは、相対的な回転の軸に平行に見たときの形状であればよく、必ずしも立体的に円弧状等の形状(回転体形状)をしている必要はない。図9は本体部が回転体形状をしている場合の例を示すが、図10は回転の軸方向(水平方向)に見たときの外形線が円弧状の形状をし、平面で見たときには定着部を除く本体部がT字状の形状をしている場合の例を示している。
【0035】
定着部材を軸方向に見たときの中心部には本体部を軸方向に貫通し、両構造体に定着される挿通孔が形成され、この挿通孔に定着部材によるせん断力伝達能力を補うと共に、主構造体と付加構造体間の相対的な回転変形後の復元機能を発揮するアンカーが挿通する。アンカーは定着部材の挿通孔を挿通し、主構造体と付加構造体に跨った状態で配置され、主構造体と付加構造体に定着されることにより定着部材と共に、付加構造体(主構造体)から受けるせん断力を主構造体(付加構造体)に伝達する働きをする。
【0036】
アンカーには主にボルト(アンカーボルト)や棒鋼等、棒状の鋼材が使用されるが、繊維強化プラスチック等も使用される。アンカー5にボルトを使用した場合、図1−(a)に示すようにアンカー5(ボルト)にはナット5aが付属することもある。ナット5aがアンカー5の軸方向端部に接続された場合、ナット5aは構造体1、2中での定着効果(引き抜き抵抗力)を確保する働きをし、定着部材4に接触する位置に接続された場合にはアンカー5の定着部材4に対する位置が変動しないようにアンカー5を定着部材4に接合(規制)する働きをする。
【0037】
アンカーはまた、定着部材を挟んだ両側において主構造体と付加構造体のそれぞれに定着された状態を維持することで、弾性範囲内で曲げ変形することにより、あるいは曲げ変形と伸び変形を生ずることにより、主構造体と付加構造体間の相対的な回転変形時に追従する。アンカーが弾性範囲内で曲げ変形することで、両構造体の相対的な回転変形に追従し、回転変形が終息した後には、変形を復元させようとするばねの働きをする。アンカーの軸方向両端部は主構造体と付加構造体のそれぞれに定着された状態を維持するから、伸び変形を伴う場合は主構造体と付加構造体の分離を抑制(制限)する働きもする。
【0038】
本体部の挿通孔は本体部の中央部等に形成されるが、必ずしも本体部の中央部に1箇所である必要はなく、複数個形成されることもある。挿通孔の数に応じ、アンカーは本体部に1本、もしくは複数本挿通するが、本数は主構造体と付加構造体との間の相対的な回転変形を阻害しない程度に設定される。但し、両構造体の回転変形後のアンカーの復元力を期待する場合には複数本のアンカーが挿通する方が有利である。
【0039】
アンカーはその軸に直交する方向のせん断力に対する抵抗要素として機能するときには、アンカーのせん断力作用方向への投影面積分の抵抗力が定着部のせん断抵抗力に加算される。アンカーにせん断力に対する抵抗要素としての機能を期待する場合には、その期待すべきせん断抵抗力に応じた径(太さ)と長さが与えられる。
【0040】
アンカーは定着部材に形成された挿通孔に螺合することにより、もしくは挿通孔に単純に挿通し、挿通孔内に接着剤やモルタル等が充填されることにより定着部材の本体部に一体化することもあるが、アンカーが定着部材(本体部)の挿通孔内を挿通した状態で、本体部に対して曲げ変形可能な状態を維持する面からは、挿通孔の内周面とアンカー表面との間にはある程度のクリアランスが確保される方がよい。
【0041】
定着部と本体部を有する定着部材とアンカーは請求項1、もしくは請求項2に記載の構造体の接合構造に使用される定着装置を構成する(請求項3)。この構造体接合用定着装置は主構造体と付加構造体の境界に跨って配置され、一部に厚さ方向に貫通する挿通孔を有する定着部材と、この定着部材を貫通して両構造体に定着され、曲げ変形可能なアンカーとを備え、定着部材が主構造体と付加構造体のいずれか一方に定着される定着部と、他方に定着され、その側の表面が凸の形状に形成された本体部を持つ。
【0042】
定着部材は前記のように定着部において一方の構造体(図示する場合は主構造体)中に定着(埋設)され、本体部において他方の構造体(図示する場合は付加構造体)に定着(埋設)されることにより他方の構造体から受ける水平せん断力を一方の構造体に伝達する。あるいは逆に一方の構造体から受ける水平せん断力を他方の構造体に伝達する。定着部は一方の構造体の他方の構造体側の面に形成された溝部に入り込む(嵌入)することにより一方の構造体に定着される。
【0043】
一方の構造体と他方の構造体の境界面には、前記のように地震時に双方の接触面が平行な状態のまま、相対変位(ズレ変形)が生じようとするため、この相対変位時に定着部材が一方の構造体と他方の構造体から水平せん断力を受けようとする。定着部材の本体部が他方の構造体からせん断力を受け、定着部の少なくとも軸方向の一部である一方の構造体中に埋設される区間(部分)が他方の構造体からのせん断力を一方の構造体に伝達し、その反力を負担する。
【0044】
本体部に連続して形成される定着部の本体部に対する形成位置と形状は問われず、一方の構造体(主構造体)の溝部に嵌入する環状の定着部は前記のように本体部の外周に形成される他、本体部の外周より内側に寄った位置に形成される。前者の場合、定着部の外周面は本体部の外周面に連続し、後者の場合には定着部の外周面は本体部外周面より内周側に位置する。
【0045】
定着部はその形状に対応して環状、もしくは面状等に形成されている一方の構造体の溝部に全周に亘って嵌入する。溝部へは、その深さ方向(軸方向)に定着部の全体が嵌入する場合と一部区間が嵌入する場合がある。定着部はまた、同心円状に、本体部の放射方向(半径方向)に複数形成されることもある。
【0046】
定着部全体(深さ方向(軸方向)の全体)が一方の構造体の溝部に嵌入する場合には、本体部の外周面が他方の構造体に接触する。定着部の一部区間が溝部に嵌入する場合には、本体部の外周面と定着部の一部が他方の構造体に接触する。いずれの場合も、図11に示すように本体部の外周面が他方の構造体からのせん断力を負担し、定着部の外周面と内周面から一方の構造体にせん断力を伝達する。
【0047】
図11−(a)、(b)に示すように定着部材4に他方の構造体(図示する場合は付加構造体2)から右向きのせん断力が作用したとき、そのせん断力はその作用の向きに対向する定着部材4の本体部42の外周面が受ける。他方の構造体(付加構造体2)からのせん断力は本体部42外周面の内、せん断力作用方向への投影面積分が受ける。図11−(a)、(b)中、せん断力を受ける面を太線で示している。
【0048】
本体部42の外周面が受けたせん断力はその外周面に対向する側を向き、一方の構造体(図示する場合は主構造体1)の溝部1bに嵌入する定着部41の外周面と内周面から一方の構造体(主構造体1)に伝達される。定着部41も図11−(b)に示すようにせん断力の作用方向を向く投影面積分でせん断力を一方の構造体(主構造体1)に伝達する。
【0049】
本体部42の外周面が受けた他方の構造体(付加構造体2)からのせん断力は図11−(b)に示すように本体部42外周面に対向する側に位置する定着部41の外周面と、この本体部42外周面と同一側に位置する定着部41の内周面から一方の構造体(主構造体1)に伝達される。一方の構造体(主構造体1)に作用するせん断力は逆の経路で他方構造体(付加構造体2)に伝達される。
【0050】
このように定着部材4の本体部42の外周に定着部41が形成され、本体部42の少なくとも一部が他方の構造体(付加構造体2)中に位置し、定着部41の少なくとも一部が一方の構造体(主構造体1)の溝部1bに嵌入することで、他方の構造体(付加構造体2)には本体部42の外周面が接触し、一方の構造体(主構造体1)には定着部41の外周面が接触する状態になる。
【0051】
このため、他方の構造体(付加構造体2)からのせん断力は本体部42の外周面から本体部42に伝達され、定着部41から一方の構造体(主構造体1)に伝達される。定着部材4の定着部41は環状等に形成されている溝部1bに嵌入しているため、一方の構造体(主構造体1)には定着部41の外周面と内周面からせん断力が伝達される。
【0052】
定着部材4の定着部41が一方の構造体(主構造体1)の溝部1bに嵌入することで、前記の通り、他方の構造体(付加構造体2)からのせん断力が定着部41から一方の構造体(主構造体1)に伝達されるが、他方の構造体(付加構造体2)からのせん断力を受ける本体部42は定着部41から一方の構造体(主構造体1)に伝達する際に、定着部41が一方の構造体(主構造体1)からの反力によって変形しないように定着部41の剛性を確保する機能を有する。
【0053】
例えば定着部材4が環状の定着部41のみからなり、定着部41をつなぐ本体部42がないとすれば、定着部材は鋼管と同等の形状をするため(特許第3384992号)、定着部が付加構造体、もしくは主構造体からせん断力の反力を受けたときに定着部が径方向に変形することが想定される。すなわち、本体部のない鋼管が主構造体と付加構造体に跨って双方に定着(埋設)された場合、鋼管は付加構造体から軸に直交する方向のせん断力を負担したときと、主構造体から反力を受けたときに、径方向の力によって曲げ変形し易いため、主構造体へのせん断力の伝達能力は低い。
【0054】
これに対し、定着部材4の本体部42が環状の定着部41の内周に存在することで、定着部41は放射方向(半径方向)に拘束され、本体部42がせん断力を面内力によって定着部41に伝達する状態にあるため、定着部41の径方向の曲げ剛性が大きく、定着部41はその方向の変形を起こしにくい形態になる。従って定着部41が一方の構造体(主構造体1)にせん断力を伝達するときに、一方の構造体(主構造体1)からの反力に対する抵抗力が高いため、定着部41が受けるせん断力を定着部材4全体に伝達することが可能になっている。
【0055】
定着部材4の本体部42の挿通孔42aの周囲にはその表面側と背面側の少なくともいずれかへ突出する筒状の突出部が形成されることもある。突出部は挿通孔42aに連続する中空断面で形成され、アンカー5は挿通孔42aに連続して突出部に形成される挿通孔を挿通する。本体部42への突出部の形成は本体部42の断面形状を変化させるため、突出部は本体部42の断面性能(断面2次モーメント)を向上させる働きをする。
【0056】
突出部は本体部42からその表面側(他方の構造体側)と背面側(一方の構造体側)の少なくともいずれかへ突出した形で形成されることで、他方の構造体からのせん断力を本体部と共に負担する、または他方の構造体からのせん断力を定着部と共に一方の構造体に伝達する働きをする。突出部は本体部42の表面側に形成された場合に他方の構造体からのせん断力を負担し、背面側に形成された場合に一方の構造体にせん断力を伝達する。突出部は本体部42の表面側と背面側に連続的に形成されることもある。
【発明の効果】
【0057】
定着部材が一方の構造体に定着される定着部と、他方の構造体側の表面が曲面状等、凸の形状になった本体部を有することで、主構造体と付加構造体間の相対的な回転変形が生じようとしたときには、形態的に定着部がその側の構造体に対して回転変形しようとする可能性より、本体部がその側の構造体に対して回転変形しようとする可能性を高めることができる。
【0058】
この可能性の差により、定着部材は定着部において一方の構造体に定着された状態を維持し、本体部において他方の構造体に対して相対移動しようとすることで、主構造体と付加構造体との間の相対的な回転変形が阻害されることがなくなるため、強制的な回転変形による主構造体と付加構造体間の接合部における損傷を未然に回避、もしくは抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】(a)は表面が球面をなした定着部材とアンカーからなる定着装置を用いて主構造体と付加構造体を接合した様子を示した縦断面図、(b)は本体部の表面が、付加構造体端面の上端と下端を中心とする円筒面、もしくは球面の一部を有する定着部材とアンカーからなる定着装置を用いて主構造体と付加構造体を接合した様子を示した縦断面図である。
【図2】主構造体が既存構造物、付加構造体が耐震(制震)補強架構である場合の両構造体の接合状態を示した斜視図である。
【図3】主構造体と付加構造体の接合部分を示した図2の構面内方向の斜視図である。
【図4】図3の平面図である。
【図5】(a)は図2に示す構造物を構面内方向に見たときの両構造体の曲げ変形時の様子を示した立面図、(b)は(a)におけるB部分の拡大図である。
【図6】(a)は図5−(a)のA部分、及び図7のD部分の拡大図、(b)は(a)におけるC部分の拡大図である。
【図7】図5−(a)に示す付加構造体が主構造体に対して回転変形したときの付加構造体のスラブと主構造体との関係を示したモデル図である。
【図8】図1−(a)に示す定着装置が主構造体と付加構造体の境界面に位置している状態を定着部材の定着部側から見た様子を示した斜視図である。
【図9】図1−(a)に示す定着装置が主構造体と付加構造体の境界面に位置している状態を定着部材の本体部側から見た様子を示した斜視図である。
【図10】図9に示す定着部材の本体部がT字形の平面形状をしている場合の定着装置を定着部材の本体部側から見た様子を示した斜視図である。
【図11】(a)は定着部材の基本形状と、他方の構造体(付加構造体)から一方の構造体(主構造体)へのせん断力の伝達の様子を示した縦断面図、(b)は(a)の背面図である。
【発明を実施するための形態】
【0060】
以下、図面を用いて本発明を実施するための最良の形態を説明する。
【0061】
図1は水平力の作用時に互いに独立して挙動し得る一方の構造体(主構造体)1と他方の構造体(付加構造体)2との間に跨って定着装置3を設置し、両構造体1、2を相対変位可能に接合した接合構造の例を示す。以下では一方の構造体を主構造体1と、他方の構造体を付加構造体2と呼称する。
【0062】
定着装置3は主構造体1と付加構造体2の境界(境界面)に跨って配置され、一部に軸方向に貫通する挿通孔を有する定着部材4と、この定着部材4を貫通して両構造体1、2に定着され、曲げ変形可能なアンカー5とを備える。
【0063】
定着部材4は主構造体1と付加構造体2のいずれか一方の構造体1に定着される定着部41と、他方の構造体2に定着され、その側の表面が凸の形状に形成された本体部42を持ち、この本体部42の表面に沿ってその側の構造体2が定着部材4に対して相対的に回転変形可能な状態にある。本体部42の中心部にはアンカー5が挿通する1箇所、もしくは複数箇所の挿通孔42aが形成される。
【0064】
主構造体1と付加構造体2の組み合わせには例えば図示するような既存構造物とそれに対して付加的に構築され、既存構造物を耐震(制震)補強する新設構造物の組み合わせ、あるいは新設で並列して構築される構造物の組み合わせ等がある。定着装置3を構成する定着部材4とアンカー5は主構造体1と付加構造体2の内部に定着(埋設)されるから、主構造体1と付加構造体2の構造種別は主として鉄筋コンクリート造になる。
【0065】
図2〜図5は主構造体1としての既存構造物の片側の構面に平行に、付加構造体2としての耐震(制震)補強架構を構築し、既存構造物の梁に耐震補強架構のスラブを接合した場合の例を示している。以下、この例に基づいて詳細を説明する。図3は図2を構面内方向に見たときの主構造体1の梁1aと付加構造体2のスラブ2aとの接合部分を示し、図1は図3に示す梁1aとスラブ2aとの接合部の縦断面を示している。
【0066】
図2〜図5の例では付加構造体2は主構造体1の構面に対向する柱2bと梁2c、及び耐震要素としてのブレース2dを含む架構と、梁2cのレベルから主構造体1側へ張り出し、主構造体1の梁1aに接合されるスラブ2aを基本的な構成要素としている。
【0067】
付加構造体2の柱2bは高さ方向には梁2cとの接合部を含む区間単位で区分され、区分された位置に、高さ方向に隣接する柱2b、2bを水平方向に相対移動自在に連結する積層ゴム支承、滑り支承、弾性滑り支承等の免震装置2fが配置され、柱・梁の接合部間に、軸方向の伸縮時に減衰力を発生するダンパ2eを内蔵したブレース2dが架設されている。付加構造体2のスラブ2aは図1、図3、図4に示すように上記の定着装置3を介して主構造体1の梁1aに接合される。
【0068】
免震装置2fは付加構造体2が単なる耐震補強架構ではなく、地震時の水平力の、主構造体1への入力を軽減しながら、水平力を減衰させる制震補強架構であることの機能を発揮する面から、高さ方向に区分された柱2b、2bを互いに水平方向に相対移動自在に接続する働きをするために介在させられているが、付加構造体2が耐震補強架構であるような場合には必ずしも必要ではない。
【0069】
図3は図2に示す付加構造体2を構面内方向(主構造体1と付加構造体2が対向する面に平行な方向)に見下ろした様子を示し、図4は図3の平面を示している。図3、図1に示すように定着装置3は構面内方向に多数配列し、高さ方向には1段、もしくは複数段、配列する。高さ方向に複数段、配列する場合は千鳥状に配列することもある。
【0070】
図3ではスラブ2aの、付加構造体2の梁2c側の端部をその梁2cとの一体性を確保する目的で、梁2cを構成するH形鋼に高さ方向に2段、配列して溶接されたスタッド(アンカー)2gをスラブ2a中に埋設する形で梁2cに接合している。これに対し、スラブ2aの主構造体1側ではスラブ2aの端部を主構造体1に対して構面内の水平方向の軸回りに回転変形可能なように、主構造体1との一体性の効果が強まらないよう、1段に配列した定着装置3を介して接合している。
【0071】
図1では定着部材4が、定着部41を主構造体1側に向け、本体部42を付加構造体2側に向けた状態で配置されている様子を示しているが、定着部材4の軸方向の向きはいずれでもよく、定着部41を付加構造体2側に向け、本体部42を主構造体1側に向けて配置されることもある。
【0072】
定着部材4は図1、図11に示すように主構造体1と付加構造体2の内のいずれか一方の構造体の、他方の構造体側の面に形成される溝部1bに嵌入する定着部41と、定着部41に連続し、他方の構造体に埋設される本体部42の2部分からなる。溝部1bに定着部41が嵌入した状態で、溝部1b内にはモルタル、接着剤等の充填材が充填され、溝部1b内での定着部41の移動が拘束され、定着部41が安定させられる。
【0073】
定着部材4は一方の構造体(主構造体1)と他方の構造体(付加構造体2)の境界面に跨った状態で両構造体1、2間に配置され、図11−(a)に示すように定着部41の少なくとも軸方向の一部がその側の構造体(主構造体1)中に位置する。溝部1bは定着部41の形状に対応して環状に、もしくは定着部41を包囲する環状を含む円板状等、板状に形成される。
【0074】
本体部42はそれが位置する他方の構造体(付加構造体2)側の表面の少なくとも一部が凸の曲面形状、またはそれに近い多面体形状に形成されている部分を有すればよい。定着部材4は主に鋼材等の金属材料から形成されるが、定着部材4の材料は問われず、繊維強化プラスチック等からも成形される。
【0075】
定着部材4の本体部42の平面上の中心部、もしくはその付近には前記のように1箇所、もしくは複数箇所のアンカー5が挿通するための挿通孔42aが形成される。アンカー5は挿通孔42aを挿通した状態で一方の構造体(主構造体1)と他方の構造体(付加構造体2)のそれぞれに、両構造体1、2間の相対的な回転変形に伴い、アンカー5自体が伸び変形したときにも抜け出しを生じない程度の十分な定着長さを確保して定着される。
【0076】
アンカー5は前記のように挿通孔42aの内周面に形成された雌ねじに螺合等することにより本体部42に接続される場合と、挿通孔42a内周面との間にクリアランスを確保した状態で、挿通孔42a内を単純に挿通する場合の他、挿通孔42a内を挿通した状態で、挿通孔42a内に接着剤やモルタル等が充填されて本体部42に接続される場合がある。
【0077】
定着部41はその側の構造体(主構造体1)の溝部1bに嵌入した状態で定着されることで、両構造体1、2が対向する方向(構面外方向)に直交する方向(構面内方向)の水平せん断力に抵抗し、両構造体1、2が構面内方向の水平軸回りに相対的に回転変形しようとするときにも、図1に示すようにその側の構造体(主構造体1)に定着された状態を維持する。定着部41は水平せん断力に対してはその方向への投影面積分の抵抗力を発揮し、回転変形時には構面内方向の水平軸回りの曲げモーメントに抵抗するから、これら2通りの外力に対する抵抗力を確保する上で、図11−(b)に示すように環状に閉じた形に形成される。
【0078】
本体部42も定着部41と同様にその側の構造体(付加構造体2)中に埋設される状態で定着されることで、両構造体1、2が対向する方向(構面外方向)に直交する方向(構面内方向)の水平せん断力に抵抗する。両構造体1、2が構面内方向の水平軸回りに相対的に回転変形しようとするときには、その側の構造体(付加構造体2)が本体部42の表面に沿って滑りを生じ、定着部41側の構造体(主構造体1)に対する相対的な回転変形の発生を助けるよう、曲面状に形成される。
【0079】
本体部42の表面は例えば球面、またはそれに近い立体形状の曲面形状、または多面体形状に形成される。但し、他方の構造体(付加構造体2)が一方の構造体(主構造体1)に対して相対的な回転変形を起こそうとするときには、他方の構造体(付加構造体2)の内、一方の構造体(主構造体1)に接合される躯体である前記スラブ2aの、一方の構造体(主構造体1)側の下端と上端を回転中心として回転しようとするから、構面内水平方向に見たときには、図1−(b)に示すようにこの回転中心を中心とする円弧をなしていることが最も望ましいことになる。
【0080】
図1−(a)、図9は本体部42の表面が球面の場合の例を示し、図10は表面が球面の一部をなし、挿通孔42aの形成部分以外の部分が除去された形状をしている場合の例を示している。いずれの形状の場合も水平せん断力に対してはその方向への投影面積分が抵抗するが、図10の場合には水平せん断力の作用方向に直交する面をなしているため、図9の場合と同等の抵抗力を確保しながらも、材料費を節減することが可能であることの利点がある。
【0081】
アンカー5は本体部42の挿通孔42aを挿通し、軸方向両端部が主構造体1と付加構造体2に定着される。アンカー5は構面内水平方向のせん断力を負担すると共に、その方向に平行な水平軸回りの回転変形時に曲げモーメントを負担し、回転変形後に復元させる機能を発揮し得るように径と長さが決められる。アンカー5の、両構造体1、2への定着部分には前記のようにナット5aが接続される他、雌ねじが切られる等によりリブが形成されることもある。
【0082】
図5−(a)は付加構造体2が図2に示す制震補強架構である場合の主構造体1と付加構造体2の曲げ変形状態を、(b)は(a)におけるB部分の拡大図を示している。前記の通り、付加構造体2のスラブ2aは梁2cには高さ方向に並列するスタッド2gを介して接合されることで、一体性を確保している。柱2bは下側に隣接する柱2bとは免震装置2fを介して分離していることで、両柱2b、2bが共に鉛直状態を維持したまま、水平方向に相対移動可能になっている。
【0083】
図5では特に、免震装置2fとして積層ゴムとその軸方向両端に接合されるフランジからなる積層ゴム支承を使用した場合に、上部のフランジとその上に位置する柱2bとの間に、底面が球面状になった連結部材2hを介在させることで、免震装置2fを挟んで下側に位置する柱2bと上側に位置する柱2bが互いに回転変形し得るように両柱2b、2bを連結している。連結部材2hは上部において上側の柱2bの下端に定着され、下面において免震装置2fの上部フランジに任意の水平軸回りに回転可能に接触している。
【0084】
この場合、免震装置2fによって上側の柱2bが下側の柱2bに対して水平方向に相対移動可能であると同時に、連結部材2hによって水平軸回りに回転可能であることで、上側の柱2bに接合された梁2cに接合されているスラブ2aは主構造体1の曲げ変形に追従して曲げ変形するときに、図7に示すようにスラブ2aが接続した上側の柱2bはその下端部が主構造体1側へ回転しながら、ローラー支承として下側の柱2bに対して主構造体1側へ水平移動する。上側の柱2bが下側の柱2bに対して水平方向に相対移動可能であることは、必ずしも免震装置2fによる必要はなく、スラブ2a自身が面外方向に曲げ変形することにより主構造体1の曲げ変形に追従することによっても生じ得る。
【0085】
付加構造体2のスラブ2aは上側の柱2bに接合された梁2cに並列するスタッド2gによって剛に接合されているから、スラブ2aが接続した柱2bの下側の、免震装置2f側における水平軸回りの回転によって図6−(a)に示すようにスラブ2aの主構造体1側の端部が変形前の水平状態より上に移動(上昇)しようとする。図6−(a)は図7のD部分の拡大図であり、図6−(a)中、一点鎖線が変形前のスラブ2aの縦断面上の中心線を示している。
【0086】
ここで、スラブ2aの主構造体1側の端部の上昇によるアンカー5の定着状態への影響の有無を確認する。図6−(a)、(b)に示すように図7に示す状態のときの主構造体1を構成する柱1cの変形前の状態からの回転角度をθ1、付加構造体2のスラブ2aの主構造体1側の端面の変形前の状態からの回転角度をθ2とする。また主構造体1の柱1cの、付加構造体2のスラブ2aの中心線上の変形前の状態からの水平変位量をδ1、付加構造体2のスラブ2aの端面の、変形前からの水平変位量をδ2とする。
【0087】
θ1は主構造体2の連層耐震壁の層間変形角であるから、θ1=1/250と仮定し、付加構造体2のスラブ2aの厚さを200mm(スラブ2aの中心線から上端、もしくは下端までの距離を100mm)とすれば、δ1=100×tanθ1=100×1/250より0.4mmとなる。
【0088】
一方、スラブ2aの主構造体1側の端部の、変形前の状態からの鉛直変位量をδvとし、主構造体1の付加構造体2側の柱1cの中心線から、付加構造体2の柱2bの中心線までの距離(離隔距離)をeとすると、図6−(a)からδv=e×tanθ2である。ここで、e=2500mmの場合に、δv=5mmと仮定すると、5=2500×tanθ2よりtanθ2=1/500となり、δ2=100×tanθ2=100×1/500より0.2mmとなる。
【0089】
付加構造体のスラブの中心線上の主構造体と付加構造体間の距離δはδ=δ1+δ2であるから、0.6mmとなる。またe=2500mmの場合に、δv=10mmと仮定すると、δ=0.8mmとなる。
【0090】
δは主構造体1と付加構造体2が相対的に回転変形したときに、主構造体1と付加構造体2が分離する距離であり、アンカー5の伸び変形量に相当するから、このアンカー5の伸び変形量を十分に超える定着長さが主構造体1と付加構造体2側に確保されていれば、アンカー5の抜け出しが発生することはないことになる。結果として、主構造体1と付加構造体2が相対的な回転変形によって分離する事態も回避され、アンカー5の定着状態への影響も発生しないことになる。
【0091】
図8は図1−(a)に示す定着部材4を定着部41側(主構造体1側)から見た様子を、図9は図1−(a)に示す定着部材4を本体部42側(付加構造体2側)から見た様子を示す。主構造体1と付加構造体2の境界面である主構造体1の梁1aの側面(付加構造体2のスラブ2aの端面)は定着部材4の定着部41から本体部42に移行する区間に位置し、定着部41が主構造体1の梁1a内に、本体部42が付加構造体2のスラブ2a内に位置する。
【0092】
図10は図9における本体部42の、アンカー5が挿通する挿通孔42a部分を除く部分が除去された形状に本体部42が形成されている場合の定着部材4を本体部42側(付加構造体2側)から見た様子を示す。図10では図9における本体部42の挿通孔42aを含む領域を帯状に残し、その他の領域を除去し、平面上、T字形に本体部42を形成している。
【0093】
図10に示す形状に本体部42が形成された場合、帯状に残された部分の側面が主構造体1(梁1a)と付加構造体2(スラブ2a)がズレ変形を生ずる水平方向を向いた状態で定着部材4が配置されることで、その方向の水平せん断力を受け易くなる利点がある。水平せん断力がそのせん断力を受ける面に対して垂直でない場合には、その面が水平せん断力を完全に負担しきれないのに対し、帯状に残された部分の側面が水平せん断力に対して垂直であれば、その側面が水平せん断力を完全に負担できることに基づく。
【符号の説明】
【0094】
1……主構造体、1a……梁、1b……溝部、1c……柱、
2……付加構造体、2a……スラブ、2b……柱、2c……梁、2d……ブレース、2e……ダンパ、2f……免震装置、2g……スタッド、2h……連結部材、
3……定着装置、
4……定着部材、41……定着部、42……本体部、42a……挿通孔、
5……アンカー、5a……ナット。
【技術分野】
【0001】
本発明は例えば既存コンクリート造の構造体とこれに接して構築される新設コンクリート造の構造体、あるいは構造物の主体となる構造体とそれに接して付加的に構築される構造体等、曲げ剛性の相違等により水平力の作用時に互いに独立して挙動し得る二つの構造体間で水平せん断力を伝達しながら、相対的な回転変形を許容する状態に接合した接合構造、及びその接合構造に使用される定着装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えば既存コンクリート造構造体の表面に接して新設のコンクリート造構造体を構築する場合、両構造体間で地震時のせん断力の伝達が行われるように新設構造体(付加構造体)を既設構造体(主構造体)に接合する必要がある(特許文献1、2参照)。例えば付加構造体(新構造体)がスラブで、その端面において主構造体(旧構造体)に接合される場合には、付加構造体は地震時の水平力に対して主構造体を補強する目的で主構造体に一体化されるから、両構造体間で、両構造体が対向する方向に直交する(対向する面に平行な)水平方向のせん断力が伝達されるように主構造体に接合されなければならない。
【0003】
両構造体間で水平方向のせん断力(水平せん断力)が伝達されるように両構造体を接合することは、主構造体(旧構造体)の表面側に、アンカーボルト等のアンカーによって主構造体に定着されるせん断力伝達部材を付加構造体(新構造体)側へ突出させた状態で固定することによって確保される(特許文献1、2参照)。
【0004】
付加構造体(新構造体)の打ち継ぎが主構造体(旧構造体)の構築時に予定され、主構造体の構築時にせん断力伝達部材を事前に埋設しておくことができる場合には、主構造体の完成時にせん断力伝達部材を主構造体の表面寄りの部分に埋設しておくことが可能である。それに対し、主構造体の表面に付加構造体の打ち継ぎが予定されていない場合には、主構造体の表面寄りにせん断力伝達部材を埋設する必然性がないため、付加構造体の構築時には改めてせん断力伝達部材を埋設することが必要になる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第4038472号公報(段落0067、0080、図11、図12)
【特許文献2】特許第4230533号公報(段落0081〜0083、図6、図7)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一方、例えば曲げ剛性(固有振動数)の相違等に起因して水平力の作用時に付加構造体(新構造体)と主構造体(旧構造体)が互いに独立して挙動する場合には、主構造体の変形に追従する(引き摺られる)形で付加構造体が強制的に変形することになるが、この両構造体の変形時には各躯体の対向する面間に相対的な回転変形が発生し得ることになる。
【0007】
主構造体の変形に追従することによる付加構造体の変形は主構造体と付加構造体が対向する方向に主構造体が曲げ変形するときに発生するから、主構造体と付加構造体間の相対的な回転変形は主構造体と付加構造体が対向する面(構面内方向)に平行な水平軸の回り生ずる。
【0008】
以上のことから、主構造体と付加構造体は両者の対向する面に平行な水平軸回りの回転変形が許容される状態に接合されている必要がある。回転変形が許容されていなければ、両構造体の接合部が損傷を受けることによる。
【0009】
この発明は上記背景より、主構造体と付加構造体に跨るせん断力伝達部材(アンカー)を用いて両構造体間の水平せん断力を伝達しながら、両者間の相対的な回転変形を許容する状態に両構造体を接合した接合構造とその構造に使用される定着装置を提案するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
請求項1に記載の発明の構造体の接合構造は、水平力の作用時に互いに独立して挙動し得る主構造体と付加構造体との間に跨って定着装置を設置し、両構造体を相対変位可能に接合した接合構造であり、
前記定着装置が、前記主構造体と前記付加構造体の境界に跨って配置され、一部に軸方向に貫通する挿通孔を有する定着部材と、この定着部材を貫通して両構造体に定着され、曲げ変形可能なアンカーとを備え、
前記定着部材が前記主構造体と前記付加構造体のいずれか一方に定着される定着部と、他方に定着され、その側の表面が凸の形状に形成された本体部を持ち、この本体部の表面に沿ってその側の構造体が前記定着部材に対して相対的に回転変形可能であることを構成要件とする。
【0011】
「本体部の、他方の構造体側の表面が凸の形状に形成される」とは、表面側が凸になるような立体形状に形成されることを言い、立体形状は本体部の軸回りに直線や曲線が回転してできる回転体形状等の曲面形状の他、それに近い多面体形状を含む。また本体部の表面は例えば図10に示すように少なくとも本体部の中心部(挿通孔)を通る一部が曲面形状や多面体形状等の立体形状の部分を有すればよい。
【0012】
主構造体と付加構造体が水平力の作用時に互いに独立して挙動することには、例えば主構造体と付加構造体の曲げ剛性に差があり、曲げ剛性の差による固有振動数の差に起因し、独立して挙動(振動)することにより曲げ変形する場合と、曲げ剛性に差がなく、一様に曲げ変形しながらも、主構造体と付加構造体の接合部に相対的な回転変形が生ずる場合がある。
【0013】
例えば同一の曲げ剛性を持つ二つの構造体が隣接している場合に、両構造体が一様に曲げ変形するときには、変形前の状態で同一レベルに位置する部位間でも両構造体の曲げ変形によってレベル差(段差)が生ずるから、両構造体に曲げ剛性の差がない場合にも相対的な回転変形は生ずることになる。
【0014】
構造体は主として鉄筋コンクリート造構造物の一部であるが、無筋コンクリートやモルタル等の場合もある。主構造体は例えば既存のコンクリート造構造物、付加構造体は既存のコンクリート造構造物の表面に接触した状態で付加的に(新設で)構築されるコンクリート造構造物を指す。構造体は建築構造物と土木構造物の双方を含み、建物の柱、梁、スラブ、基礎等の他、橋梁の橋桁、橋脚、フーチング等が該当する。
【0015】
主構造体と付加構造体の接合部位は問われず、例えば新旧のスラブ同士、梁(桁)同士、柱同士、基礎同士等、あるいは付加構造体の構築位置等に応じ、これらの任意の組み合わせ等になる。付加構造体が主構造体に対する耐震(制震)補強の役目を持つ場合には、主構造体のいずれかの部位の表面に付加構造体のスラブや梁等が接合された状態で構築される。
【0016】
主構造体に対する付加構造体の構築の時期も問われず、主構造体と付加構造体の打ち継ぎのように主構造体の構築直後に付加構造体を構築する場合の他、主構造体の構築が完了し、使用期間中に主構造体に対する補強の必要性が発生したとき等になる。
【0017】
定着部材は主構造体と付加構造体のいずれか一方の構造体に定着される定着部と、それに連続し、他方に定着される本体部の2部分からなり、全体的として軸方向には定着部の反対側である本体部が凸になる立体形状をする。
【0018】
定着部は本体部の周囲、もしくは周囲寄りの位置に周方向に連続して、もしくは断続的に形成(突設)され、全体的には環状に形成される。定着部のいずれかの部分がせん断力を負担したときに荷重を定着部全体に分散させる上では、定着部は連続的に形成される。「断続的に形成」とは、定着部が波形状に形成される場合のように定着部の深さが周方向に変化するようなことを言う。
【0019】
定着部材は主構造体と付加構造体に跨って設置され、両構造体が対向する方向(定着部材の軸方向)の一方側の端部である定着部が主構造体と付加構造体のいずれか一方(主構造体、もしくは付加構造体)に定着され、他方側の端部である本体部が主構造体と付加構造体のいずれか他方(付加構造体、もしくは主構造体)に定着される。
【0020】
定着部と本体部がそれぞれの側の構造体に定着されることにより、地震時に一方の構造体(主構造体)と他方の構造体(付加構造体)の双方の接触面(境界面)が平行な状態のまま、その接触面(両構造体が対向する面)に平行な水平方向の相対変位(ズレ変形)が生じようとするときに、定着部材は両構造体(付加構造体と主構造体)間の水平せん断力を伝達する。
【0021】
定着部材を軸方向に直交する方向に見たときに、図9に示すように定着部材が2方向(水平方向と鉛直方向)に同等の長さ(投影面積)を持った形状(立体形状)をし、軸方向に直交する方向に方向性のない形状をしていれば、鉛直方向のせん断力も伝達可能ではある。但し、定着部材は一方の構造体(主構造体)と他方の構造体(付加構造体)が独立して挙動するときには両構造体の対向する面間に、水平軸回りの相対的な回転変形が生じさせる機能を発揮するため、両構造体の相対的な回転変形を阻害しない形状に形成される。
【0022】
「両構造体の相対的な回転変形を阻害しない形状」とは、図1−(a)、(b)に示すように定着部材の定着部がその側の構造体に定着された状態のまま、本体部側の構造体が、凸の形状をしている本体部の表面に沿い、定着部側の構造体に対して相対的に回転変形し得る形状をすることを言う。主構造体と付加構造体の相対的な回転であるから、各構造体の回転変形前の状態からの絶対的な回転角度の大きさは問われない。
【0023】
「本体部の表面に沿って回転変形する」とは、例えば図1−(a)に示すように一方の構造体(主構造体)と他方の構造体(付加構造体)の接触面に平行な水平方向に見たときに、図6−(a)、(b)に示すように本体部の他方の構造体(付加構造体)側の表面が凸となった曲線状(立体的には曲面状)をしている場合に、他方の構造体(付加構造体)が一方の構造体(主構造体)に対して本体部の表面に沿い、滑りを生ずるように回転することを言う。
【0024】
定着部材が一方の構造体に定着される定着部と、他方の構造体側が凸の形状になった本体部を有することで、主構造体と付加構造体間の相対的な回転変形が生じようとしたときには、形態的に定着部がその側の構造体に対して回転変形しようとする可能性より、本体部がその側の構造体に対して回転変形しようとする可能性が高い。この可能性の差に起因し、定着部材は定着部において一方の構造体に定着された状態を維持し、本体部において他方の構造体に対して相対移動しようとする。
【0025】
この結果、主構造体と付加構造体との間には相対的な回転変形が阻害されることなく、自然に発生する状態が得られるため、強制的な回転変形による主構造体と付加構造体間の接合部における損傷が未然に回避されるか、抑制される。
【0026】
定着部材は前記のように主構造体と付加構造体間の対向する方向に直交する方向の水平せん断力を伝達しながら、その方向の水平軸回りの両構造体の相対的な回転変形を許容することで、水平軸回りの曲げモーメントに対しては主構造体と付加構造体をピン接合化する機能を発揮することになる。
【0027】
定着部材の本体部表面の形状により主構造体と付加構造体との間の相対的な回転変形が生じ易い状態にあることで、一方の構造体(主構造体)と他方の構造体(付加構造体)が地震力や風荷重により独立して振動し、相対的な回転変形を起こそうとするとき、両構造体の対向する面間には図1−(a)、図6に示すように水平軸回りの曲げモーメントが作用することによって肌別れが生じようとし、水平軸回りの相対的な回転が発生する。この回転は正負の向きに交互に生ずる。
【0028】
このとき、定着部材が主構造体と付加構造体との間の相対的な回転変形を阻害せず、回転変形を積極的に生じさせるには、定着部材が主構造体と付加構造体の双方に跨った状態を維持しない方がよく、図6に示すように定着部材の定着部が主構造体と付加構造体のいずれか一方の構造体に定着された状態を維持したまま、他方の構造体が本体部の表面に沿い、本体部に対して回転変形し得る状態にあることが適切である。
【0029】
そこで、他方の構造体に定着される本体部の表面がその構造体側に凸の曲面状に形成されることで、両構造体が相対的な回転変形を起こそうとするときに本体部側の構造体が本体部の表面に沿い、本体部に対して回転変形し得る状態が得られる。「曲面状」は具体的には定着部材の本体部が椀状等の楕円放物面その他の曲面状、あるいは多面体形状等をすることであり、「本体部に対して回転変形し得る状態」は本体部側の構造体と本体部表面との間の縁が切れる(分離する)ことに相当する。上記した「肌別れ」は本体部側の構造体と本体部表面との間の縁が切れて回転する結果として生じる。
【0030】
例えば図1−(a)に示すように定着部が主構造体に定着され、本体部が付加構造体に定着された状態で定着部材が両構造体に跨って設置されている場合に、両構造体が相対的な回転変形を起こそうとするとき、主構造体と付加構造体の端面(接触面)間に肌別れを生ずると仮定すれば、図1の例では相対的に高さ(成、あるいは厚さ)の小さい側の構造体である付加構造体が主構造体側の端面の下端、もしくは上端を回転中心として回転しようとする。付加構造体が主構造体側端面の下端回りに回転することと上端回りに回転することは交互に発生する。両構造体の相対的な回転変形の回転中心は定着部材を挿通するアンカーが曲げ変形を起こすときの曲げの中心でもある。
【0031】
このように主構造体と付加構造体が相対的に回転変形するときには、相対的に高さ(成(厚さ))の小さい側の構造体がその下端と上端を回転中心とし、他方の構造体に対して回転しようとする。従って本体部がいずれの側の構造体に定着されているかに関係なく、図1−(b)に示すように本体部の表面は主構造体と付加構造体が互いに対向する方向に直交する水平方向(相対的な回転変形の回転中心(回転軸)の方向)に見たとき、高さ(成、あるいは厚さ)の小さい側の構造体の下端と上端を中心とする円弧状、もしくはそれに近い形状に形成されていることが合理的である(請求項2)。
【0032】
「回転中心(回転軸)の方向に見たとき」であるから、図9に示すように「円弧状、もしくはそれに近い形状」は定着部材の軸の回りに曲線が回転してできる回転体形状等の立体的な形状である場合と、図10に示すようにその立体的な形状の一部を含む場合の他、回転中心の方向に見たときに本体部の表面の外形線が「円弧状、もしくはそれに近い形状」を描く場合がある。
【0033】
「高さの小さい側の構造体の下端と上端を中心とする円弧状」とは、図1−(b)に示すように定着部材の軸方向の中心線に関して上半分の外形線が高さの小さい側の構造体の、対向する構造体側の面の内、下端を中心とする円弧、もしくはそれに近い曲線や多角形を描き、下半分の外形線が上端を中心とする円弧、もしくはそれに近い曲線や多角形を描くことを言う。
【0034】
定着部材の本体部は両構造体の相対的な回転変形を許容すると共に、両構造体が対向する方向に直交する方向の水平せん断力を伝達する働きをすればよいから、本体部の表面が高さ(成、あるいは厚さ)の小さい側の構造体の下端と上端を中心とする円弧状等に形成されることは、相対的な回転の軸に平行に見たときの形状であればよく、必ずしも立体的に円弧状等の形状(回転体形状)をしている必要はない。図9は本体部が回転体形状をしている場合の例を示すが、図10は回転の軸方向(水平方向)に見たときの外形線が円弧状の形状をし、平面で見たときには定着部を除く本体部がT字状の形状をしている場合の例を示している。
【0035】
定着部材を軸方向に見たときの中心部には本体部を軸方向に貫通し、両構造体に定着される挿通孔が形成され、この挿通孔に定着部材によるせん断力伝達能力を補うと共に、主構造体と付加構造体間の相対的な回転変形後の復元機能を発揮するアンカーが挿通する。アンカーは定着部材の挿通孔を挿通し、主構造体と付加構造体に跨った状態で配置され、主構造体と付加構造体に定着されることにより定着部材と共に、付加構造体(主構造体)から受けるせん断力を主構造体(付加構造体)に伝達する働きをする。
【0036】
アンカーには主にボルト(アンカーボルト)や棒鋼等、棒状の鋼材が使用されるが、繊維強化プラスチック等も使用される。アンカー5にボルトを使用した場合、図1−(a)に示すようにアンカー5(ボルト)にはナット5aが付属することもある。ナット5aがアンカー5の軸方向端部に接続された場合、ナット5aは構造体1、2中での定着効果(引き抜き抵抗力)を確保する働きをし、定着部材4に接触する位置に接続された場合にはアンカー5の定着部材4に対する位置が変動しないようにアンカー5を定着部材4に接合(規制)する働きをする。
【0037】
アンカーはまた、定着部材を挟んだ両側において主構造体と付加構造体のそれぞれに定着された状態を維持することで、弾性範囲内で曲げ変形することにより、あるいは曲げ変形と伸び変形を生ずることにより、主構造体と付加構造体間の相対的な回転変形時に追従する。アンカーが弾性範囲内で曲げ変形することで、両構造体の相対的な回転変形に追従し、回転変形が終息した後には、変形を復元させようとするばねの働きをする。アンカーの軸方向両端部は主構造体と付加構造体のそれぞれに定着された状態を維持するから、伸び変形を伴う場合は主構造体と付加構造体の分離を抑制(制限)する働きもする。
【0038】
本体部の挿通孔は本体部の中央部等に形成されるが、必ずしも本体部の中央部に1箇所である必要はなく、複数個形成されることもある。挿通孔の数に応じ、アンカーは本体部に1本、もしくは複数本挿通するが、本数は主構造体と付加構造体との間の相対的な回転変形を阻害しない程度に設定される。但し、両構造体の回転変形後のアンカーの復元力を期待する場合には複数本のアンカーが挿通する方が有利である。
【0039】
アンカーはその軸に直交する方向のせん断力に対する抵抗要素として機能するときには、アンカーのせん断力作用方向への投影面積分の抵抗力が定着部のせん断抵抗力に加算される。アンカーにせん断力に対する抵抗要素としての機能を期待する場合には、その期待すべきせん断抵抗力に応じた径(太さ)と長さが与えられる。
【0040】
アンカーは定着部材に形成された挿通孔に螺合することにより、もしくは挿通孔に単純に挿通し、挿通孔内に接着剤やモルタル等が充填されることにより定着部材の本体部に一体化することもあるが、アンカーが定着部材(本体部)の挿通孔内を挿通した状態で、本体部に対して曲げ変形可能な状態を維持する面からは、挿通孔の内周面とアンカー表面との間にはある程度のクリアランスが確保される方がよい。
【0041】
定着部と本体部を有する定着部材とアンカーは請求項1、もしくは請求項2に記載の構造体の接合構造に使用される定着装置を構成する(請求項3)。この構造体接合用定着装置は主構造体と付加構造体の境界に跨って配置され、一部に厚さ方向に貫通する挿通孔を有する定着部材と、この定着部材を貫通して両構造体に定着され、曲げ変形可能なアンカーとを備え、定着部材が主構造体と付加構造体のいずれか一方に定着される定着部と、他方に定着され、その側の表面が凸の形状に形成された本体部を持つ。
【0042】
定着部材は前記のように定着部において一方の構造体(図示する場合は主構造体)中に定着(埋設)され、本体部において他方の構造体(図示する場合は付加構造体)に定着(埋設)されることにより他方の構造体から受ける水平せん断力を一方の構造体に伝達する。あるいは逆に一方の構造体から受ける水平せん断力を他方の構造体に伝達する。定着部は一方の構造体の他方の構造体側の面に形成された溝部に入り込む(嵌入)することにより一方の構造体に定着される。
【0043】
一方の構造体と他方の構造体の境界面には、前記のように地震時に双方の接触面が平行な状態のまま、相対変位(ズレ変形)が生じようとするため、この相対変位時に定着部材が一方の構造体と他方の構造体から水平せん断力を受けようとする。定着部材の本体部が他方の構造体からせん断力を受け、定着部の少なくとも軸方向の一部である一方の構造体中に埋設される区間(部分)が他方の構造体からのせん断力を一方の構造体に伝達し、その反力を負担する。
【0044】
本体部に連続して形成される定着部の本体部に対する形成位置と形状は問われず、一方の構造体(主構造体)の溝部に嵌入する環状の定着部は前記のように本体部の外周に形成される他、本体部の外周より内側に寄った位置に形成される。前者の場合、定着部の外周面は本体部の外周面に連続し、後者の場合には定着部の外周面は本体部外周面より内周側に位置する。
【0045】
定着部はその形状に対応して環状、もしくは面状等に形成されている一方の構造体の溝部に全周に亘って嵌入する。溝部へは、その深さ方向(軸方向)に定着部の全体が嵌入する場合と一部区間が嵌入する場合がある。定着部はまた、同心円状に、本体部の放射方向(半径方向)に複数形成されることもある。
【0046】
定着部全体(深さ方向(軸方向)の全体)が一方の構造体の溝部に嵌入する場合には、本体部の外周面が他方の構造体に接触する。定着部の一部区間が溝部に嵌入する場合には、本体部の外周面と定着部の一部が他方の構造体に接触する。いずれの場合も、図11に示すように本体部の外周面が他方の構造体からのせん断力を負担し、定着部の外周面と内周面から一方の構造体にせん断力を伝達する。
【0047】
図11−(a)、(b)に示すように定着部材4に他方の構造体(図示する場合は付加構造体2)から右向きのせん断力が作用したとき、そのせん断力はその作用の向きに対向する定着部材4の本体部42の外周面が受ける。他方の構造体(付加構造体2)からのせん断力は本体部42外周面の内、せん断力作用方向への投影面積分が受ける。図11−(a)、(b)中、せん断力を受ける面を太線で示している。
【0048】
本体部42の外周面が受けたせん断力はその外周面に対向する側を向き、一方の構造体(図示する場合は主構造体1)の溝部1bに嵌入する定着部41の外周面と内周面から一方の構造体(主構造体1)に伝達される。定着部41も図11−(b)に示すようにせん断力の作用方向を向く投影面積分でせん断力を一方の構造体(主構造体1)に伝達する。
【0049】
本体部42の外周面が受けた他方の構造体(付加構造体2)からのせん断力は図11−(b)に示すように本体部42外周面に対向する側に位置する定着部41の外周面と、この本体部42外周面と同一側に位置する定着部41の内周面から一方の構造体(主構造体1)に伝達される。一方の構造体(主構造体1)に作用するせん断力は逆の経路で他方構造体(付加構造体2)に伝達される。
【0050】
このように定着部材4の本体部42の外周に定着部41が形成され、本体部42の少なくとも一部が他方の構造体(付加構造体2)中に位置し、定着部41の少なくとも一部が一方の構造体(主構造体1)の溝部1bに嵌入することで、他方の構造体(付加構造体2)には本体部42の外周面が接触し、一方の構造体(主構造体1)には定着部41の外周面が接触する状態になる。
【0051】
このため、他方の構造体(付加構造体2)からのせん断力は本体部42の外周面から本体部42に伝達され、定着部41から一方の構造体(主構造体1)に伝達される。定着部材4の定着部41は環状等に形成されている溝部1bに嵌入しているため、一方の構造体(主構造体1)には定着部41の外周面と内周面からせん断力が伝達される。
【0052】
定着部材4の定着部41が一方の構造体(主構造体1)の溝部1bに嵌入することで、前記の通り、他方の構造体(付加構造体2)からのせん断力が定着部41から一方の構造体(主構造体1)に伝達されるが、他方の構造体(付加構造体2)からのせん断力を受ける本体部42は定着部41から一方の構造体(主構造体1)に伝達する際に、定着部41が一方の構造体(主構造体1)からの反力によって変形しないように定着部41の剛性を確保する機能を有する。
【0053】
例えば定着部材4が環状の定着部41のみからなり、定着部41をつなぐ本体部42がないとすれば、定着部材は鋼管と同等の形状をするため(特許第3384992号)、定着部が付加構造体、もしくは主構造体からせん断力の反力を受けたときに定着部が径方向に変形することが想定される。すなわち、本体部のない鋼管が主構造体と付加構造体に跨って双方に定着(埋設)された場合、鋼管は付加構造体から軸に直交する方向のせん断力を負担したときと、主構造体から反力を受けたときに、径方向の力によって曲げ変形し易いため、主構造体へのせん断力の伝達能力は低い。
【0054】
これに対し、定着部材4の本体部42が環状の定着部41の内周に存在することで、定着部41は放射方向(半径方向)に拘束され、本体部42がせん断力を面内力によって定着部41に伝達する状態にあるため、定着部41の径方向の曲げ剛性が大きく、定着部41はその方向の変形を起こしにくい形態になる。従って定着部41が一方の構造体(主構造体1)にせん断力を伝達するときに、一方の構造体(主構造体1)からの反力に対する抵抗力が高いため、定着部41が受けるせん断力を定着部材4全体に伝達することが可能になっている。
【0055】
定着部材4の本体部42の挿通孔42aの周囲にはその表面側と背面側の少なくともいずれかへ突出する筒状の突出部が形成されることもある。突出部は挿通孔42aに連続する中空断面で形成され、アンカー5は挿通孔42aに連続して突出部に形成される挿通孔を挿通する。本体部42への突出部の形成は本体部42の断面形状を変化させるため、突出部は本体部42の断面性能(断面2次モーメント)を向上させる働きをする。
【0056】
突出部は本体部42からその表面側(他方の構造体側)と背面側(一方の構造体側)の少なくともいずれかへ突出した形で形成されることで、他方の構造体からのせん断力を本体部と共に負担する、または他方の構造体からのせん断力を定着部と共に一方の構造体に伝達する働きをする。突出部は本体部42の表面側に形成された場合に他方の構造体からのせん断力を負担し、背面側に形成された場合に一方の構造体にせん断力を伝達する。突出部は本体部42の表面側と背面側に連続的に形成されることもある。
【発明の効果】
【0057】
定着部材が一方の構造体に定着される定着部と、他方の構造体側の表面が曲面状等、凸の形状になった本体部を有することで、主構造体と付加構造体間の相対的な回転変形が生じようとしたときには、形態的に定着部がその側の構造体に対して回転変形しようとする可能性より、本体部がその側の構造体に対して回転変形しようとする可能性を高めることができる。
【0058】
この可能性の差により、定着部材は定着部において一方の構造体に定着された状態を維持し、本体部において他方の構造体に対して相対移動しようとすることで、主構造体と付加構造体との間の相対的な回転変形が阻害されることがなくなるため、強制的な回転変形による主構造体と付加構造体間の接合部における損傷を未然に回避、もしくは抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】(a)は表面が球面をなした定着部材とアンカーからなる定着装置を用いて主構造体と付加構造体を接合した様子を示した縦断面図、(b)は本体部の表面が、付加構造体端面の上端と下端を中心とする円筒面、もしくは球面の一部を有する定着部材とアンカーからなる定着装置を用いて主構造体と付加構造体を接合した様子を示した縦断面図である。
【図2】主構造体が既存構造物、付加構造体が耐震(制震)補強架構である場合の両構造体の接合状態を示した斜視図である。
【図3】主構造体と付加構造体の接合部分を示した図2の構面内方向の斜視図である。
【図4】図3の平面図である。
【図5】(a)は図2に示す構造物を構面内方向に見たときの両構造体の曲げ変形時の様子を示した立面図、(b)は(a)におけるB部分の拡大図である。
【図6】(a)は図5−(a)のA部分、及び図7のD部分の拡大図、(b)は(a)におけるC部分の拡大図である。
【図7】図5−(a)に示す付加構造体が主構造体に対して回転変形したときの付加構造体のスラブと主構造体との関係を示したモデル図である。
【図8】図1−(a)に示す定着装置が主構造体と付加構造体の境界面に位置している状態を定着部材の定着部側から見た様子を示した斜視図である。
【図9】図1−(a)に示す定着装置が主構造体と付加構造体の境界面に位置している状態を定着部材の本体部側から見た様子を示した斜視図である。
【図10】図9に示す定着部材の本体部がT字形の平面形状をしている場合の定着装置を定着部材の本体部側から見た様子を示した斜視図である。
【図11】(a)は定着部材の基本形状と、他方の構造体(付加構造体)から一方の構造体(主構造体)へのせん断力の伝達の様子を示した縦断面図、(b)は(a)の背面図である。
【発明を実施するための形態】
【0060】
以下、図面を用いて本発明を実施するための最良の形態を説明する。
【0061】
図1は水平力の作用時に互いに独立して挙動し得る一方の構造体(主構造体)1と他方の構造体(付加構造体)2との間に跨って定着装置3を設置し、両構造体1、2を相対変位可能に接合した接合構造の例を示す。以下では一方の構造体を主構造体1と、他方の構造体を付加構造体2と呼称する。
【0062】
定着装置3は主構造体1と付加構造体2の境界(境界面)に跨って配置され、一部に軸方向に貫通する挿通孔を有する定着部材4と、この定着部材4を貫通して両構造体1、2に定着され、曲げ変形可能なアンカー5とを備える。
【0063】
定着部材4は主構造体1と付加構造体2のいずれか一方の構造体1に定着される定着部41と、他方の構造体2に定着され、その側の表面が凸の形状に形成された本体部42を持ち、この本体部42の表面に沿ってその側の構造体2が定着部材4に対して相対的に回転変形可能な状態にある。本体部42の中心部にはアンカー5が挿通する1箇所、もしくは複数箇所の挿通孔42aが形成される。
【0064】
主構造体1と付加構造体2の組み合わせには例えば図示するような既存構造物とそれに対して付加的に構築され、既存構造物を耐震(制震)補強する新設構造物の組み合わせ、あるいは新設で並列して構築される構造物の組み合わせ等がある。定着装置3を構成する定着部材4とアンカー5は主構造体1と付加構造体2の内部に定着(埋設)されるから、主構造体1と付加構造体2の構造種別は主として鉄筋コンクリート造になる。
【0065】
図2〜図5は主構造体1としての既存構造物の片側の構面に平行に、付加構造体2としての耐震(制震)補強架構を構築し、既存構造物の梁に耐震補強架構のスラブを接合した場合の例を示している。以下、この例に基づいて詳細を説明する。図3は図2を構面内方向に見たときの主構造体1の梁1aと付加構造体2のスラブ2aとの接合部分を示し、図1は図3に示す梁1aとスラブ2aとの接合部の縦断面を示している。
【0066】
図2〜図5の例では付加構造体2は主構造体1の構面に対向する柱2bと梁2c、及び耐震要素としてのブレース2dを含む架構と、梁2cのレベルから主構造体1側へ張り出し、主構造体1の梁1aに接合されるスラブ2aを基本的な構成要素としている。
【0067】
付加構造体2の柱2bは高さ方向には梁2cとの接合部を含む区間単位で区分され、区分された位置に、高さ方向に隣接する柱2b、2bを水平方向に相対移動自在に連結する積層ゴム支承、滑り支承、弾性滑り支承等の免震装置2fが配置され、柱・梁の接合部間に、軸方向の伸縮時に減衰力を発生するダンパ2eを内蔵したブレース2dが架設されている。付加構造体2のスラブ2aは図1、図3、図4に示すように上記の定着装置3を介して主構造体1の梁1aに接合される。
【0068】
免震装置2fは付加構造体2が単なる耐震補強架構ではなく、地震時の水平力の、主構造体1への入力を軽減しながら、水平力を減衰させる制震補強架構であることの機能を発揮する面から、高さ方向に区分された柱2b、2bを互いに水平方向に相対移動自在に接続する働きをするために介在させられているが、付加構造体2が耐震補強架構であるような場合には必ずしも必要ではない。
【0069】
図3は図2に示す付加構造体2を構面内方向(主構造体1と付加構造体2が対向する面に平行な方向)に見下ろした様子を示し、図4は図3の平面を示している。図3、図1に示すように定着装置3は構面内方向に多数配列し、高さ方向には1段、もしくは複数段、配列する。高さ方向に複数段、配列する場合は千鳥状に配列することもある。
【0070】
図3ではスラブ2aの、付加構造体2の梁2c側の端部をその梁2cとの一体性を確保する目的で、梁2cを構成するH形鋼に高さ方向に2段、配列して溶接されたスタッド(アンカー)2gをスラブ2a中に埋設する形で梁2cに接合している。これに対し、スラブ2aの主構造体1側ではスラブ2aの端部を主構造体1に対して構面内の水平方向の軸回りに回転変形可能なように、主構造体1との一体性の効果が強まらないよう、1段に配列した定着装置3を介して接合している。
【0071】
図1では定着部材4が、定着部41を主構造体1側に向け、本体部42を付加構造体2側に向けた状態で配置されている様子を示しているが、定着部材4の軸方向の向きはいずれでもよく、定着部41を付加構造体2側に向け、本体部42を主構造体1側に向けて配置されることもある。
【0072】
定着部材4は図1、図11に示すように主構造体1と付加構造体2の内のいずれか一方の構造体の、他方の構造体側の面に形成される溝部1bに嵌入する定着部41と、定着部41に連続し、他方の構造体に埋設される本体部42の2部分からなる。溝部1bに定着部41が嵌入した状態で、溝部1b内にはモルタル、接着剤等の充填材が充填され、溝部1b内での定着部41の移動が拘束され、定着部41が安定させられる。
【0073】
定着部材4は一方の構造体(主構造体1)と他方の構造体(付加構造体2)の境界面に跨った状態で両構造体1、2間に配置され、図11−(a)に示すように定着部41の少なくとも軸方向の一部がその側の構造体(主構造体1)中に位置する。溝部1bは定着部41の形状に対応して環状に、もしくは定着部41を包囲する環状を含む円板状等、板状に形成される。
【0074】
本体部42はそれが位置する他方の構造体(付加構造体2)側の表面の少なくとも一部が凸の曲面形状、またはそれに近い多面体形状に形成されている部分を有すればよい。定着部材4は主に鋼材等の金属材料から形成されるが、定着部材4の材料は問われず、繊維強化プラスチック等からも成形される。
【0075】
定着部材4の本体部42の平面上の中心部、もしくはその付近には前記のように1箇所、もしくは複数箇所のアンカー5が挿通するための挿通孔42aが形成される。アンカー5は挿通孔42aを挿通した状態で一方の構造体(主構造体1)と他方の構造体(付加構造体2)のそれぞれに、両構造体1、2間の相対的な回転変形に伴い、アンカー5自体が伸び変形したときにも抜け出しを生じない程度の十分な定着長さを確保して定着される。
【0076】
アンカー5は前記のように挿通孔42aの内周面に形成された雌ねじに螺合等することにより本体部42に接続される場合と、挿通孔42a内周面との間にクリアランスを確保した状態で、挿通孔42a内を単純に挿通する場合の他、挿通孔42a内を挿通した状態で、挿通孔42a内に接着剤やモルタル等が充填されて本体部42に接続される場合がある。
【0077】
定着部41はその側の構造体(主構造体1)の溝部1bに嵌入した状態で定着されることで、両構造体1、2が対向する方向(構面外方向)に直交する方向(構面内方向)の水平せん断力に抵抗し、両構造体1、2が構面内方向の水平軸回りに相対的に回転変形しようとするときにも、図1に示すようにその側の構造体(主構造体1)に定着された状態を維持する。定着部41は水平せん断力に対してはその方向への投影面積分の抵抗力を発揮し、回転変形時には構面内方向の水平軸回りの曲げモーメントに抵抗するから、これら2通りの外力に対する抵抗力を確保する上で、図11−(b)に示すように環状に閉じた形に形成される。
【0078】
本体部42も定着部41と同様にその側の構造体(付加構造体2)中に埋設される状態で定着されることで、両構造体1、2が対向する方向(構面外方向)に直交する方向(構面内方向)の水平せん断力に抵抗する。両構造体1、2が構面内方向の水平軸回りに相対的に回転変形しようとするときには、その側の構造体(付加構造体2)が本体部42の表面に沿って滑りを生じ、定着部41側の構造体(主構造体1)に対する相対的な回転変形の発生を助けるよう、曲面状に形成される。
【0079】
本体部42の表面は例えば球面、またはそれに近い立体形状の曲面形状、または多面体形状に形成される。但し、他方の構造体(付加構造体2)が一方の構造体(主構造体1)に対して相対的な回転変形を起こそうとするときには、他方の構造体(付加構造体2)の内、一方の構造体(主構造体1)に接合される躯体である前記スラブ2aの、一方の構造体(主構造体1)側の下端と上端を回転中心として回転しようとするから、構面内水平方向に見たときには、図1−(b)に示すようにこの回転中心を中心とする円弧をなしていることが最も望ましいことになる。
【0080】
図1−(a)、図9は本体部42の表面が球面の場合の例を示し、図10は表面が球面の一部をなし、挿通孔42aの形成部分以外の部分が除去された形状をしている場合の例を示している。いずれの形状の場合も水平せん断力に対してはその方向への投影面積分が抵抗するが、図10の場合には水平せん断力の作用方向に直交する面をなしているため、図9の場合と同等の抵抗力を確保しながらも、材料費を節減することが可能であることの利点がある。
【0081】
アンカー5は本体部42の挿通孔42aを挿通し、軸方向両端部が主構造体1と付加構造体2に定着される。アンカー5は構面内水平方向のせん断力を負担すると共に、その方向に平行な水平軸回りの回転変形時に曲げモーメントを負担し、回転変形後に復元させる機能を発揮し得るように径と長さが決められる。アンカー5の、両構造体1、2への定着部分には前記のようにナット5aが接続される他、雌ねじが切られる等によりリブが形成されることもある。
【0082】
図5−(a)は付加構造体2が図2に示す制震補強架構である場合の主構造体1と付加構造体2の曲げ変形状態を、(b)は(a)におけるB部分の拡大図を示している。前記の通り、付加構造体2のスラブ2aは梁2cには高さ方向に並列するスタッド2gを介して接合されることで、一体性を確保している。柱2bは下側に隣接する柱2bとは免震装置2fを介して分離していることで、両柱2b、2bが共に鉛直状態を維持したまま、水平方向に相対移動可能になっている。
【0083】
図5では特に、免震装置2fとして積層ゴムとその軸方向両端に接合されるフランジからなる積層ゴム支承を使用した場合に、上部のフランジとその上に位置する柱2bとの間に、底面が球面状になった連結部材2hを介在させることで、免震装置2fを挟んで下側に位置する柱2bと上側に位置する柱2bが互いに回転変形し得るように両柱2b、2bを連結している。連結部材2hは上部において上側の柱2bの下端に定着され、下面において免震装置2fの上部フランジに任意の水平軸回りに回転可能に接触している。
【0084】
この場合、免震装置2fによって上側の柱2bが下側の柱2bに対して水平方向に相対移動可能であると同時に、連結部材2hによって水平軸回りに回転可能であることで、上側の柱2bに接合された梁2cに接合されているスラブ2aは主構造体1の曲げ変形に追従して曲げ変形するときに、図7に示すようにスラブ2aが接続した上側の柱2bはその下端部が主構造体1側へ回転しながら、ローラー支承として下側の柱2bに対して主構造体1側へ水平移動する。上側の柱2bが下側の柱2bに対して水平方向に相対移動可能であることは、必ずしも免震装置2fによる必要はなく、スラブ2a自身が面外方向に曲げ変形することにより主構造体1の曲げ変形に追従することによっても生じ得る。
【0085】
付加構造体2のスラブ2aは上側の柱2bに接合された梁2cに並列するスタッド2gによって剛に接合されているから、スラブ2aが接続した柱2bの下側の、免震装置2f側における水平軸回りの回転によって図6−(a)に示すようにスラブ2aの主構造体1側の端部が変形前の水平状態より上に移動(上昇)しようとする。図6−(a)は図7のD部分の拡大図であり、図6−(a)中、一点鎖線が変形前のスラブ2aの縦断面上の中心線を示している。
【0086】
ここで、スラブ2aの主構造体1側の端部の上昇によるアンカー5の定着状態への影響の有無を確認する。図6−(a)、(b)に示すように図7に示す状態のときの主構造体1を構成する柱1cの変形前の状態からの回転角度をθ1、付加構造体2のスラブ2aの主構造体1側の端面の変形前の状態からの回転角度をθ2とする。また主構造体1の柱1cの、付加構造体2のスラブ2aの中心線上の変形前の状態からの水平変位量をδ1、付加構造体2のスラブ2aの端面の、変形前からの水平変位量をδ2とする。
【0087】
θ1は主構造体2の連層耐震壁の層間変形角であるから、θ1=1/250と仮定し、付加構造体2のスラブ2aの厚さを200mm(スラブ2aの中心線から上端、もしくは下端までの距離を100mm)とすれば、δ1=100×tanθ1=100×1/250より0.4mmとなる。
【0088】
一方、スラブ2aの主構造体1側の端部の、変形前の状態からの鉛直変位量をδvとし、主構造体1の付加構造体2側の柱1cの中心線から、付加構造体2の柱2bの中心線までの距離(離隔距離)をeとすると、図6−(a)からδv=e×tanθ2である。ここで、e=2500mmの場合に、δv=5mmと仮定すると、5=2500×tanθ2よりtanθ2=1/500となり、δ2=100×tanθ2=100×1/500より0.2mmとなる。
【0089】
付加構造体のスラブの中心線上の主構造体と付加構造体間の距離δはδ=δ1+δ2であるから、0.6mmとなる。またe=2500mmの場合に、δv=10mmと仮定すると、δ=0.8mmとなる。
【0090】
δは主構造体1と付加構造体2が相対的に回転変形したときに、主構造体1と付加構造体2が分離する距離であり、アンカー5の伸び変形量に相当するから、このアンカー5の伸び変形量を十分に超える定着長さが主構造体1と付加構造体2側に確保されていれば、アンカー5の抜け出しが発生することはないことになる。結果として、主構造体1と付加構造体2が相対的な回転変形によって分離する事態も回避され、アンカー5の定着状態への影響も発生しないことになる。
【0091】
図8は図1−(a)に示す定着部材4を定着部41側(主構造体1側)から見た様子を、図9は図1−(a)に示す定着部材4を本体部42側(付加構造体2側)から見た様子を示す。主構造体1と付加構造体2の境界面である主構造体1の梁1aの側面(付加構造体2のスラブ2aの端面)は定着部材4の定着部41から本体部42に移行する区間に位置し、定着部41が主構造体1の梁1a内に、本体部42が付加構造体2のスラブ2a内に位置する。
【0092】
図10は図9における本体部42の、アンカー5が挿通する挿通孔42a部分を除く部分が除去された形状に本体部42が形成されている場合の定着部材4を本体部42側(付加構造体2側)から見た様子を示す。図10では図9における本体部42の挿通孔42aを含む領域を帯状に残し、その他の領域を除去し、平面上、T字形に本体部42を形成している。
【0093】
図10に示す形状に本体部42が形成された場合、帯状に残された部分の側面が主構造体1(梁1a)と付加構造体2(スラブ2a)がズレ変形を生ずる水平方向を向いた状態で定着部材4が配置されることで、その方向の水平せん断力を受け易くなる利点がある。水平せん断力がそのせん断力を受ける面に対して垂直でない場合には、その面が水平せん断力を完全に負担しきれないのに対し、帯状に残された部分の側面が水平せん断力に対して垂直であれば、その側面が水平せん断力を完全に負担できることに基づく。
【符号の説明】
【0094】
1……主構造体、1a……梁、1b……溝部、1c……柱、
2……付加構造体、2a……スラブ、2b……柱、2c……梁、2d……ブレース、2e……ダンパ、2f……免震装置、2g……スタッド、2h……連結部材、
3……定着装置、
4……定着部材、41……定着部、42……本体部、42a……挿通孔、
5……アンカー、5a……ナット。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水平力の作用時に互いに独立して挙動し得る主構造体と付加構造体との間に跨って定着装置を設置し、両構造体を相対変位可能に接合した接合構造であり、
前記定着装置は前記主構造体と前記付加構造体の境界に跨って配置され、一部に厚さ方向に貫通する挿通孔を有する定着部材と、この定着部材を貫通して両構造体に定着され、曲げ変形可能なアンカーとを備え、
前記定着部材は前記主構造体と前記付加構造体のいずれか一方に定着される定着部と、他方に定着され、その側の表面が凸の形状に形成された本体部を持ち、この本体部の表面に沿ってその側の構造体が前記定着部材に対して相対的に回転変形可能であることを特徴とする構造体の接合構造。
【請求項2】
前記定着部材の本体部の表面は前記主構造体と前記付加構造体が互いに対向する方向に直交する水平方向に見たとき、前記主構造体と前記付加構造体のいずれか高さの小さい側の構造体の下端と上端を中心とする円弧状、もしくはそれに近い形状に形成されていることを特徴とする請求項1に記載の構造体の接合構造。
【請求項3】
請求項1、もしくは請求項2に記載の構造体の接合構造に使用される定着装置であり、
前記主構造体と前記付加構造体の境界に跨って配置され、一部に厚さ方向に貫通する挿通孔を有する定着部材と、この定着部材を貫通して両構造体に定着され、曲げ変形可能なアンカーとを備え、
前記定着部材は前記主構造体と前記付加構造体のいずれか一方に定着される定着部と、他方に定着され、その側の表面が凸の形状に形成された本体部を持つことを特徴とする構造体接合用定着装置。
【請求項1】
水平力の作用時に互いに独立して挙動し得る主構造体と付加構造体との間に跨って定着装置を設置し、両構造体を相対変位可能に接合した接合構造であり、
前記定着装置は前記主構造体と前記付加構造体の境界に跨って配置され、一部に厚さ方向に貫通する挿通孔を有する定着部材と、この定着部材を貫通して両構造体に定着され、曲げ変形可能なアンカーとを備え、
前記定着部材は前記主構造体と前記付加構造体のいずれか一方に定着される定着部と、他方に定着され、その側の表面が凸の形状に形成された本体部を持ち、この本体部の表面に沿ってその側の構造体が前記定着部材に対して相対的に回転変形可能であることを特徴とする構造体の接合構造。
【請求項2】
前記定着部材の本体部の表面は前記主構造体と前記付加構造体が互いに対向する方向に直交する水平方向に見たとき、前記主構造体と前記付加構造体のいずれか高さの小さい側の構造体の下端と上端を中心とする円弧状、もしくはそれに近い形状に形成されていることを特徴とする請求項1に記載の構造体の接合構造。
【請求項3】
請求項1、もしくは請求項2に記載の構造体の接合構造に使用される定着装置であり、
前記主構造体と前記付加構造体の境界に跨って配置され、一部に厚さ方向に貫通する挿通孔を有する定着部材と、この定着部材を貫通して両構造体に定着され、曲げ変形可能なアンカーとを備え、
前記定着部材は前記主構造体と前記付加構造体のいずれか一方に定着される定着部と、他方に定着され、その側の表面が凸の形状に形成された本体部を持つことを特徴とする構造体接合用定着装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2012−1987(P2012−1987A)
【公開日】平成24年1月5日(2012.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−138837(P2010−138837)
【出願日】平成22年6月18日(2010.6.18)
【特許番号】特許第4628491号(P4628491)
【特許公報発行日】平成23年2月9日(2011.2.9)
【出願人】(503361444)
【出願人】(390022389)サンコーテクノ株式会社 (52)
【出願人】(000149594)株式会社大本組 (40)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年1月5日(2012.1.5)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年6月18日(2010.6.18)
【特許番号】特許第4628491号(P4628491)
【特許公報発行日】平成23年2月9日(2011.2.9)
【出願人】(503361444)
【出願人】(390022389)サンコーテクノ株式会社 (52)
【出願人】(000149594)株式会社大本組 (40)
【Fターム(参考)】
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