説明

歯肉縁下ポケット感染症の治療

細菌感染した歯肉縁下ポケットの治療用薬剤の製造における、(I)で表されるモルホリノ化合物またはその薬学的に許容可能な塩の使用。
【化1】


式中、R1は、モルホリノ環の2位もしくは3位に存在し、8〜16個の炭素原子を含む、直鎖型もしくは分岐鎖型アルキル基であり、R2は、2〜10個の炭素原子を含み、かつα位を除きヒドロキシ基で置換されている、直鎖型もしくは分岐鎖型アルキル基である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯肉縁下ポケット感染症の治療に関する。
【背景技術】
【0002】
歯周病は、世界中で不健康症状の主因とされており、通常は、虫歯にまで及ぶ。主要な2種類の形態の歯周病である、歯肉炎と歯周炎とは、口腔内、それも特に歯肉辺縁沿いの歯における歯垢の形成に起因する。
【0003】
歯肉縁下感染症は、歯−歯肉境界に存在する細菌が、歯肉組織(すなわち、歯肉)を歯から剥離させ、歯肉縁下ポケットを形成した時点で発症する。該ポケット内における細菌の集積は、歯肉の腫張を引き起こし、細菌を歯肉縁下ポケットに捕捉する。炎症の増悪が感染症を引き起こし、最終的に歯肉組織と歯骨の両方が破壊されてしまう。感染菌に到達しにくいので、歯肉縁下感染症の治療は特に困難であり、さらに感染部位に抗菌剤を塗布することも難しい。それに加え、歯周縁下ポケットからは歯肉滲出液が流れでており、治療薬が感染部位に侵入するのを妨げている。
【0004】
歯肉縁下感染症は、成人性および若年性の慢性歯周炎、早期発症型歯周炎、壊死性潰瘍性歯周病および急性歯冠周囲炎をはじめとする、多数の口腔内感染症の特徴を表している。
【0005】
抗菌剤のクロルヘキシジンが、口腔内感染症の治療に使用されている。歯肉縁下ポケット感染症の治療に使用する場合、クロルヘキシジンは、見苦しい汚れと味覚の喪失とを伴い、さらにその塗布時に生じる、不快な、刺すような痛みを感じることが原因で、患者が指示に従うことを好まない。このようなことは、非常に厄介な問題である。
【0006】
歯肉縁下ポケットにおける感染症は、多くの場合、「レッドコンプレックス」として知られている細菌種の組み合わせの存在によって特徴付けられる。このレッドコンプレックスには、Tannerella forsythensis、Porphyromonas gingivalisおよびTreponema denticolaなどがあげられ、レッドコンプレックスの各成分は、相乗効果を発揮すると考えられている(たとえば、Holt and Ebersole、Periodontol 2000.2005;38:72−122を参照)。Actinobacillus actinomycetemcomitansなどのActinomyces種も、口腔内(歯肉縁下)感染症と関連づけられている。
【0007】
細菌叢における変化および異なった細菌種間における相互作用が、口腔内疾患の進行に影響を与えると考えられている(たとえば、Socransky and Haffajee、 Periodontol 2000. 2005;38:135−87を参照)。
【0008】
Actinobacillus actinomycetemcomitansは、若年性歯周炎および成人性歯周炎に加えて全身性感染症の原因および病因として関連づけられてきた、非運動性のグラム陰性、好二酸化炭素性、発酵性球桿菌である。Actinobacillus actinomycetemcomitansには、血清型a〜eがある。菌株Y4は、血清型bである。Actinobacillus actinomycetemcomitans血清型b(すなわち菌株Y4)のリポ多糖類に反応する抗体が、広汎性早期発症型歯周炎患者における付着能喪失の低下と関連していることが実証されている(Califano J.V. et al, Infection and Immunity,Sept.1996,p.3908−3910)。Actinobacillus actinomycetemcomitans血清型bのLPSと反応する抗体の大部分が、IgG2であり(Lu et al,Infect Immun 1993 Jun;61(6):2400−7)、血清IgG2は喫煙者で上昇している(Quinn S. et al.Infect.Immun.64:2500−2505)。ただし、Actinobacillus actinomycetemcomitansが、本技術分野ではAggregatibacter actinomycetemcomitansとして表されることもあるという点に留意すべきである。
【0009】
歯周感染症に加えて、Actinobacillus actinomycetemcomitansは、ときとして、重篤な全身性感染症から単離されることがある(Van Winkelhoff A.J. and Slots J. Periodontol. 2000 1999;20:122−135)。
【0010】
Treponema denticola感染症は、早期発症型歯周炎、壊死性潰瘍性歯肉炎および急性歯冠周囲炎などの、歯周病に密接に関連していることが証明されている(Chan EC、 McLaughlin R. Oral Microbiol Immunol 2000;15:1−9;Takeuchi Y、 Umeda M、 Sakamoto M、 et al. J Periodontol 2001;72:1354−1363)。
【0011】
近年、歯周病の病原菌による重感染の臨床的重大性に特別な注意が払われている。P. gingivalis、A. actinomycetemcomitansおよびT. denticolaだけでなく、他の歯肉縁下細菌も、単菌感染症の症例に比べ、さらに重篤な歯周組織の破壊を引き起こす混合感染を発症させる(Langendijk−Genevaux PS et al. J Clin Periodontol 2001;28:1151−1157;Shiloah J. et al. J Periodontol 2000;71:562−567)。
【0012】
デルモピノール(Delmopinol)として一般に表現されているモルホリノ化合物が、通常の日常的口腔衛生習慣の一環として、歯垢や軽度の歯肉炎の治療および予防に有効であることが知られている(たとえば、Collaert et al, Scand J Dent Res 1994;102:17−25を参照)。
【0013】
たとえば、慢性歯周炎における歯肉縁下感染症に関する現在の治療法では、通常、歯肉縁下ポケットから細菌感染している組織および歯垢を除去し、歯肉縁下ポケットの深さを減じるための外科的介入治療を伴う。たとえ切開手術を伴わない場合であっても、歯肉縁下のスケーリングおよびルートプレーニングが標準的治療法であり、抗菌浸漬パッドのような局部的に送達される殺菌剤が歯肉縁下ポケットに挿入されることもある(たとえば、Etienne、 Oral Dis.2003;9 Suppl 1:45−50を参照)。これらの治療法は、費用が高額で、時間がかかり、不便でしかも痛みを伴う。今日まで、歯肉縁下感染症の治療における簡単な抗菌治療は成功してこなかった。したがって、歯肉縁下ポケットから感染を除去するための改良された方法に対する、明らかな要求がある。
【非特許文献1】Holt and Ebersole、Periodontol 2000.2005;38:72−122
【非特許文献2】Socransky and Haffajee、 Periodontol 2000. 2005;38:135−87
【非特許文献3】Califano J.V. et al、 Infection and Immunity、Sept.1996,p.3908−3910
【非特許文献4】Lu et al、Infect Immun 1993 Jun;61(6):2400−7
【非特許文献5】Quinn S. et al、Infect.Immun.64:2500−2505
【非特許文献6】Van Winkelhoff A.J. and Slots J. Periodontol. 2000 1999;20:122−135
【非特許文献7】Chan EC, McLaughlin R. Oral Microbiol Immunol 2000;15:1−9
【非特許文献8】Takeuchi Y、 Umeda M、 Sakamoto M. et al. J Periodontol 2001;72:1354−1363
【非特許文献9】Langendijk−Genevaux PS et al. J Clin Periodontol 2001;28:1151−1157
【非特許文献10】Shiloah J. et al. J Periodontol 2000;71:562−567
【非特許文献11】Collaert et al、 Scand J Dent Res 1994;102:17−25
【非特許文献12】Etienne、 Oral Dis.2003;9 Suppl 1:45−50
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、化学式(I)の化合物が歯肉縁下ポケットの感染症の治療に効果があるという、驚くべき発見に基づいてなされたものである。歯肉縁下の感染症は、通常、多くの歯周病に存在し、化学式(I)で表される化合物は、これらの疾患を治療するのに使用され得る。化学式(I)で表される化合物は非常に弱い抗菌特性しか備えていないため、定着した感染症の治療には効果が期待できないとされていたので、この研究成果は驚くべきものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の第一の態様によれば、下記化学式(I)で表されるモルホリノ化合物またはその薬学的に許容可能な塩は、感染した歯肉縁下ポケットの治療用薬剤の製造に使用され、
【化1】


式中、R1は、モルホリノ環の2位もしくは3位に存在し、8〜16個の炭素原子を含む、直鎖型もしくは分岐鎖型アルキル基であり、R2は、2〜10個の炭素原子を含み、かつα位を除きヒドロキシ基で置換されている、直鎖型もしくは分岐鎖型アルキル基である。
【0016】
本発明の第二の態様によれば、歯肉縁下ポケットにおける感染症を治療するためのキットには、前記化学式(I)で表される化合物と、前記化合物が感染症治療のために使用されるものである旨の説明書とが含まれている。
【発明の効果】
【0017】
化学式(I)で表されるモルホリノ化合物は、細菌に感染した歯肉縁下ポケットの治療に使用され得る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明によるモルホリノ化合物は、下記化学式(I)で表され、
【化2】

式中、R1は、モルホリノ環の2位もしくは3位に存在し、8〜16個の炭素原子を含む、直鎖型もしくは分岐鎖型アルキル基であり、R2は、2〜10個の炭素原子を含み、かつα位を除きヒドロキシ基で置換された、直鎖型もしくは分岐鎖型アルキル基である、該化合物であるか、またはその薬学的に許容可能な塩である。好ましい実施形態では、前記モルホリノ化合物のR1基およびR2基における炭素原子の総和は、少なくとも10個、好ましくは10〜20個である。さらに好ましい実施形態では、前記R2基は、ヒドロキシ基で終端する。
請求項に記載のモルホリノ化合物そのものは、化合物として既知であり、既知のいずれかの方法、たとえば本明細書において参照として援用される、米国特許第5,082,653号および国際公開第90/14342号に開示されている方法により製造可能である。
【0019】
本発明で使用するのに好ましいモルホリノ化合物は、デルモピノール(CAS No.79874−76−3)として周知の、3−(4−プロピル−ヘプチル)−4−(2−ヒドロキシエチル)モルホリンである。
【0020】
前記モルホリノ化合物は、遊離塩基の形態で、もしくは薬学的に許容可能な塩として使用され得る。薬学的に許容可能な塩の例としては、酢酸、リン酸、ホウ酸、塩酸、マレイン酸、安息香酸、クエン酸、リンゴ酸、シュウ酸、酒石酸、コハク酸、グルタル酸、ゲンチシン酸、吉草酸、没食子酸、β−レゾルシル酸、アセチルサリチル酸、サリチル酸、過塩素酸、バルビツール酸、スルファニル酸、フィチン酸、P―ニトロ安息香酸、ステアリン酸、パルミチン酸、オレイン酸、ミリスチン酸、ラウリン酸などの各種酸の塩類があげられる。最も好ましい塩類は、塩酸の塩類である。好ましい化合物は、デルモピノール塩酸塩(CAS No.98092−92−3)である。
【0021】
本明細書で使用される「感染症」という用語は、本技術分野におけるその通常の意味、すなわち異種による細胞、組織もしくは個体の有害なコロニー形成を意味する。本発明によれば、前記異種とは、細菌のことである。
【0022】
前記感染症の部位は、「歯肉縁下ポケット」である。「歯肉縁下ポケット」という用語は、本技術分野では、歯と該歯に結合した歯肉との間に形成された小窩もしくは空洞を表わす用語として知られている。歯肉縁下ポケットは、通常、歯肉炎の進行性の病態、慢性の病態もしくは重症性の病態の一つの症状である。歯肉縁下ポケットは、通常、歯と歯肉との境界における初期の軽度な細菌感染に応答して、歯から歯肉組織が剥離することによって形成される。たとえば、(ポケットの尖部から歯肉組織の縁までの間で測定した)深さ1mm未満の小さなポケットの場合、通常の口腔衛生管理に関する日課で十分であるため抗菌治療を必要とせず、たとえば歯ブラシで磨くだけで細菌が除去されるであろう。しかし、歯肉縁下ポケットは、12mm以上の深さまで大きくなる可能性がある。たとえば深さが4、5、6、7もしくは8mm以上のポケットのような、3mm以上の深さのより重度のポケットは、抗菌治療を必要とし得る。いずれの大きさの歯肉縁下ポケットにおける細菌感染症でも、化学式(I)で表される化合物と接触させることで治療が可能であるが、たとえば、深さが3mmを超えるような、好ましくは少なくとも4、5、6、7もしくは8mm以上の深いポケットを本発明に従って治療することが好ましい。これらの深いポケットは、慢性の歯周感染症によって形成され得る。従来の方法では、これらの深いポケットにおける感染症は、外科的介入治療を利用しなければ治療が困難になり得る。
【0023】
化学式(I)で表される化合物を、歯肉縁下感染症の治療に使用する場合のさらなる利点として、驚くべきことに、投与には実質的に痛みを伴わない点が上げられる。
【0024】
本発明によれば、化学式(I)で表される化合物は、既存の歯肉縁下感染症の治療に使用される。これは、歯肉縁上の歯垢形成や軽度の歯肉炎が予防可能であることに起因した、感染予防のための予防薬としてのデルモピノールの既に知られている使用とは異なる。前記化合物は、歯肉縁下ポケットに感染症のある患者に投与する。口腔、つまりは歯肉縁下ポケットと化学式(I)で表される化合物とを接触させると、前記細菌感染したポケットにおける細菌の数が減少し、歯肉組織を回復させることができる。好ましい実施形態では、それ以上の治療は必要なく、すなわち許容可能なレベルまで歯肉組織が回復し、その結果ポケットが「閉じる」。感染部位に化学式(I)で表される前記化合物を投与する際には、歯科衛生士もしくは歯周治療専門医などの、資格のある医療従事者が介在する必要はない。
【0025】
本発明は、ヒトと動物との医薬分野で等しく適用可能であるので、獣医科学での利用も本発明の対象範囲に含まれる。獣医学分野における実施形態では、ネコおよびイヌを含むペット類の治療ならびに、ウシおよびブタを含む家畜類の治療は、好ましい実施形態である。
【0026】
化学式(I)で表される化合物は、歯肉縁下感染症に治療に有効であり、驚いたことに、歯肉縁下の感染部位にまで到達できる。化学式(I)で表される化合物が、T.denticolaのレベルを大幅に減少させることが明らかとなった(実施例1を参照)。したがって、化学式(I)で表される化合物類は、歯肉縁下細菌叢のコロニー形成に特徴的な、「レッドコンプレックス」の成分である細菌のレベルを減少させるのに、驚異的な効果を発揮する。
【0027】
さらに、化学式(I)で表される化合物が、A.actinomycetemcomitansをほとんど排除するということも明らかになった(実施例1を参照)。この細菌は、レッドコンプレックスの発症に関与し、しばしば、細菌感染した歯肉縁下ポケットに認められる。
【0028】
化学式(I)で表される化合物は、口腔内、好ましくは細菌感染した歯肉縁下部位における、特定の細菌、好ましくはT.denticolaおよび/またはA.actinomycetemcomitans(A.actinomycetemcomitansは、本技術分野では、Aggregatibacter actinomycetemcomitansとして表されることもある)のレベルを改変するのに使用され得る。
【0029】
理論に拘束されることを意図しないが、レッドコンプレックスは、コンプレックス中の細菌種が相互作用して、治りにくい感染症を生み出すので、特に問題となると考えられている(たとえば、Langendijk−Genevaux et al,を参照)。したがって、レッドコンプレックスの少なくとも1種類の細菌のレベルを低減させるだけで、この細菌複合体の病原性が低下することになり、結果的に、歯肉縁下感染症を効果的に治療できるようになる。
【0030】
歯肉縁下ポケットの感染は、通常、成人性および若年性の慢性歯周炎、早期発症型歯周炎、壊死性潰瘍性歯周病および急性歯冠周囲炎などの歯周病において生じる。(歯肉縁上の)歯の表面および舌の感染症といった、これらの疾患の別の症状は、従来の技法を用いて治療することが可能である。たとえこのような従来の治療法が功を奏したとしても、歯肉縁下ポケットの感染は、低いレベルではあるが存続し得る。したがって、化学式(I)で表される化合物は、問題の症状が歯肉縁下感染症である場合に、これらの疾患の治療に使用され得る。好ましくは、慢性歯周炎は、細菌感染した歯肉縁下部位と化学式(I)で表される化合物とを接触させることによって治療される。
【0031】
歯肉縁下感染症に対する化学式(I)で表される化合物の使用は、美容上の利点も備えており、細菌感染していない歯肉組織は見た目の好感を与える。
【0032】
化学式(I)で表される前記化合物は、所望の効果、すなわち歯肉縁下ポケットの感染症の緩和を実現するのに好適ないずれかの形態または量で、従来の方法により口腔内に接触させてもよい。化学式(I)で表される前記化合物は、うがい薬、練り歯磨き、ジェル、歯磨剤、ガムもしくは当業者にとって明らかな、他の類似した調剤の形態であることが好ましい。前記化合物は、水性のうがい薬の形態であることがもっとも好ましい。これは、医療関係者の監督を必要とせずに、患者により口腔内に投与されうる。化学式(I)で表される前記化合物は、歯肉縁下ポケットに侵入し、感染症を治療するという、驚くべき能力を備えている。前記うがい薬は、少なくとも5秒、好ましくは、10秒より長く、たとえば1分以上、口内に保持して、化学式(I)で表される前記化合物が感染部位に到達できるようにすることが好ましい。
【0033】
化学式(I)で表される前記化合物は、既存の練り歯磨き、ガム、ジェルもしくはうがい薬の剤形に添加することができる。化学式(I)で表される前記化合物は、少なくとも1種類の抗菌剤、好ましくは抗細菌剤と併用して添加してもよい。好適な薬剤には、抗生物質のテトラサイクリン、ドキシサイクリンおよびアンピシリンがあげられる。口腔感染症を治療するための、他の好適な薬剤は、当業者にとって明らかであろう。あるいは、化学式(I)で表される前記化合物は、口腔内を接触させる調剤中の、歯肉縁下ポケット感染症を治療する唯一の薬剤である。
【0034】
化学式(I)で表される前記化合物は、少なくとも1種類の抗炎症剤と併用して添加してもよい。抗炎症剤は、本技術分野では周知であり、いずれを使用してもよい。抗炎症剤は、アスピリン(アセチルサリチル酸)もしくはイブプロフェンなどの、非ステロイド系抗炎症薬(NSAID)であることが好ましい。別の実施形態では、たとえばコルチゾンなどのステロイド系抗炎症剤を使用してもよい。化学式(I)で表される前記化合物は、少なくとも1種類の抗炎症剤および少なくとも1種類の他の抗菌剤と併用して添加してもよい。
【0035】
疑念を回避するため、化学式(I)で表される化合物に加えて、歯肉縁下感染症を治療するための組成物に薬剤を添加することができ、たとえば前項に開示されている薬剤などが含まれ得る。しかし、好ましい実施形態では、添加薬剤は必要とされず、抗菌効果、治療効果もしくは他の薬理的効果を備える添加薬剤あるいは、キレート剤などの、化学式(I)で表される前記化合物の抗感染症効果を増強する添加薬剤は、前記組成物には含まれていない。好ましい組成物は、化学式(I)で表される化合物と、溶剤(たとえば、水および/またはアルコール)、着色剤、香料および甘味料などの非活性成分とから構成される、もしくは基本的に構成されている。
【0036】
好ましい実施形態では、化学式(I)を含む前記組成物中のアルコールのレベルは低く、好ましくは25% w/v未満、より好ましくは20% w/v未満、さらに好ましくは、例えば5% w/v未満、3% w/v未満もしくは1% w/v未満などの、10%未満である。さらに好ましい実施形態では、化学式(I)を含む組成物中には、アルコールを含まない。本明細書で使用される「アルコール」という用語は、経口調剤として使用できるいずれかのアルコール、好ましくはエタノールを表している。
【0037】
化学式(I)で表される前記化合物は、当業者にとっては明らかであるような、適切な濃度で使用できる。一つの実施形態では、化学式(I)で表される前記化合物の好適な濃度は、0.01%(w/v)〜10%(w/v)、好ましくは0.1%(w/v)〜5%(w/v)、さらに好ましくは、たとえば2%(w/v)などの、1%(w/v)〜3%(w/v)である。化学式(I)で表される化合物の最も好ましい濃度は、0.2% w/vである。
【0038】
本発明の一つの実施形態では、組成物は、100kgにつき、脱イオン水が98.267kg、デルモピノールHClが0.2kg、サッカリンナトリウムが0.01kg、ハーブフレーバーCOD 76634−34が0.02kg、99.5%エタノールが1.5kgおよび水酸化ナトリウムが0.003kgを含む。
【0039】
口腔を化学式(I)で表される化合物と接触させると同時に、もしくはその少し後に、好ましくはその直後に、機械的撹拌、好ましくは感染した歯肉縁下ポケットを含む部位のブラッシングもしくは摩擦を行うことができる。
【0040】
化学式(I)で表される化合物と、歯肉縁下感染症の治療に関する説明書と、さらに前記化合物が感染症の治療のために使用されるものである旨の説明書とを含むキットもしくはパックは、本発明に含まれる。
【0041】
以下の限定されない実施例を参照しながら、本発明についてさらに詳細に説明する。
【実施例】
【0042】
実施例1
この実施例では、2年間にわたり、治療を行ってきた患者の治療に、すすぎ剤としてデルモピノールを使用した。彼女は、クローン病(Morbus Crohn)、および、重篤な歯肉病変および歯肉腫大を伴う口腔合併症と診断されていた。彼女は、口腔感染症を抑えるためにそれまでに抗生物質(ジスロマックス)の投与治療を受け、病原菌のコロニー再形成を調節するためにクロルヘキシジン0.12%のすすぎ液を常用していた。クロルヘキシジンは、他の口腔衛生手段の補助手段として、歯肉感染症/炎症を抑えるために常用される。しかし、クロルヘキシジンには、歯の汚れ、味覚の喪失および灼熱感などの副作用がある。クロルヘキシジン溶液におけるアルコール分もまた、患者に何らかの問題を引き起こす。灼熱感はこの場合問題であり、該患者はクロルヘキシジンによるすすぎに協力的ではなかった。
【0043】
治療の方針を変更し、14日間にわたり、一日1回、(クロルヘキシジンの代わりに)0.02% w/vのデルモピノールですすぐように、彼女に指示した。彼女は、デルモピノールですすぐ前に専門的な歯の清掃を受けていたが、全身性抗生物質は処方されていなかった。ジスロマックスは、現在の治療の6カ月前に使用された。
【0044】
臨床所見は、下記のとおりであった。
1.患者は、臨床医にデルモピノールによるすすぎが好ましいと伝え、2週間の間、副作用としての歯の汚れや灼熱感がないことが報告された。
2.触診時の出血量の低下および、目視診察時の歯肉の腫大の緩和と潰瘍の欠如によって明らかなように、歯肉の炎症の度合いは、臨床的には軽減していた。
【0045】
2週間にわたるデルモピノール処置期間終了後に採取した標本において、デルモピノールの使用前に採取した標本と比較して、選択した4個所の歯肉縁下ポケット(ポケット番号13、23、37および42)から採取した歯肉縁下標本からの総細菌感染量の有意な減少が認められた(図1を参照)。
【0046】
さらに、一部の主要な病原体が減少していることも明らかにされた。Porphyromonas gingivalisおよびTennerella forsythiaのレベルは、減少していなかったが、Treponema denticolaおよびAggregatibacter actinomycetemconitansのレベルは、大幅に減少していた(A.actinomycetemcomitansは、事実上除去された)。図2を参照。
【0047】
要約すると、歯肉縁下感染症の治療では、デルモピノールによるすすぎは、クロルヘキシジンより優れた効果があるようだ。汚れや灼熱感を伴わない点は、すすぎの服薬率を改善する。第二に、デルモピノールによるすすぎは、歯肉縁下の微生物相に対して、全体的に正の影響を与えると考えられる。したがって、デルモピノールは、歯肉縁下感染症の制御に、臨床的に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】図1は、デルモピノールによるすすぎを(一日1回)14日間にわたって実施した後の、選択した4個所の歯肉縁下ポケットにおける、歯肉縁下細菌感染量の減少を示す図である。
【図2】図2は、14日間にわたるデルモピノール処置後の、Treponema denticolaおよびAggregatibacter actinomycetemcomitansの減少を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細菌感染した歯肉縁下ポケットの治療用薬剤の製造における、下記化学式(I)で表されるモルホリノ化合物またはその薬学的に許容可能な塩の使用。
【化1】

式中、R1は、モルホリノ環の2位もしくは3位に存在し、8〜16個の炭素原子を含む、直鎖型もしくは分岐鎖型アルキル基であり、R2は、2〜10個の炭素原子を含み、かつα位を除きヒドロキシ基で置換されている、直鎖もしくは分岐鎖アルキル基である。
【請求項2】
前記モルホリノ化合物のR1基およびR2基における炭素原子の総和が、少なくとも10個、好ましくは10〜20個であることを特徴とする、請求項1に記載の使用。
【請求項3】
前記モルホルノ化合物のR2基が前記ヒドロキシ基で終端することを特徴とする、請求項1もしくは2に記載の使用。
【請求項4】
前記モルホリノ化合物が、3−(4−プロピル−ヘプチル)−4−(2−ヒドロキシエチル)モルホリンであることを特徴とする、先行請求項のいずれか1項に記載の使用。
【請求項5】
前記歯肉縁下ポケットの深さが、4mm以上であることを特徴とする、先行請求項のいずれか1項に記載の使用。
【請求項6】
前記細菌感染した歯肉縁下ポケットが、本明細書にレッドコンプレックスとして定義されている細菌複合体による感染であることを特徴とする、先行請求項のいずれか1項に記載の使用。
【請求項7】
前記細菌感染した歯肉縁下ポケットに、Tannerella forsythensis、 Porphyromonas gingivalis、Treponema denticolaもしくはActinobacillus actinomycetemcomitansのいずれかが含まれていることを特徴とする、先行請求項のいずれか1項に記載の使用。
【請求項8】
前記歯肉感染症が歯周炎であることを特徴とする、先行請求項のいずれか1項に記載の使用。
【請求項9】
前記歯肉縁下感染症が慢性歯肉炎であることを特徴とする、先行請求項のいずれか1項に記載の使用。
【請求項10】
前記薬剤に、さらに抗菌剤が含まれていることを特徴とする、先行請求項のいずれか1項に記載の使用。
【請求項11】
前記薬剤に、さらに抗炎症剤が含まれていることを特徴とする、先行請求項のいずれか1項に記載の使用。
【請求項12】
前記薬剤が水性であることを特徴とする、先行請求項のいずれか1項に記載の使用。
【請求項13】
前記薬剤が、うがい薬、練り歯磨き、ジェルもしくはガムの形態であることを特徴とする、先行請求項のいずれか1項に記載の使用。
【請求項14】
請求項1〜4に記載の化合物と、前記化合物が感染症治療のために使用されるものである旨の説明書とを含む、歯肉縁下ポケットにおける前記感染症を治療するためのキット。

【図1】
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【図2】
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【公表番号】特表2009−516731(P2009−516731A)
【公表日】平成21年4月23日(2009.4.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−541814(P2008−541814)
【出願日】平成18年11月22日(2006.11.22)
【国際出願番号】PCT/GB2006/004348
【国際公開番号】WO2007/060413
【国際公開日】平成19年5月31日(2007.5.31)
【出願人】(508022067)シンクレア ファーマシューティカルズ リミテッド (7)
【Fターム(参考)】