説明

歯車伝動装置

【課題】歯車間の摩擦係数をより適切に調整することができる歯車伝動装置を提供する。
【解決手段】歯車伝動装置1は、複数の異なる性状の歯面22a〜22cを軸方向に有する駆動側歯車2と、駆動側歯車2と噛合された被駆動歯車3と、駆動側歯車2及び被駆動歯車3の少なくとも一方を軸方向に移動し、駆動側歯車2と被駆動歯車3との噛合い位置を変更する変更機構4と、を備え、駆動側歯車2は、その歯面22a〜22c上の微小な凹部及び凸部のうち、凸部の高さまたは凹部の深さのいずれか一方が異なるよう形成されることで、複数の異なる性状の歯面22a〜22cを有し、駆動側歯車2及び被駆動歯車3の運転状態の変動に応じて、歯車間の接触状態を一定に保つように、被駆動歯車3と噛み合う位置の駆動側歯車2の歯面22の性状が変更機構4により変更されることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯車伝動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
互いに噛み合う一対の歯車において、一方の歯車を軸方向で移動させることで他方の歯車の噛み合い位置を変更し、両歯車間の変速比や作動特性を変化させることができる歯車伝動装置が知られている。例えば特許文献1には、許容伝達トルク、伝達効率または静粛性のいずれかを優先する複数の歯面を有する歯車と、歯車間の伝達トルクの大きさに応じて、この歯車との噛み合い位置を変位可能な歯車とを備える構成について開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2010−242809号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
歯車伝動装置においては、動力損失を低減すべく、運転状態が変化しても歯車間の摩擦係数を低く維持できることが望まれている。
【0005】
一般に、「摩擦係数」は、歯車間の接触状態により決まるパラメータであることが知られている。周知のストライベック曲線によれば、潤滑油により歯車の噛み合う歯面間に形成される油膜の厚さが、噛み合う歯面の表面粗さに比べてかなり大きくなる状態(流体潤滑領域)が進行するほど、潤滑油の粘性抵抗の影響によって、摩擦係数は増大する。また、油膜厚さが表面粗さに比べてかなり小さくなる状態(境界潤滑領域)が進行するほど、歯面同士の金属接触がより頻繁に発生するようになり、摩擦係数は増大する。さらに、流体潤滑領域または境界潤滑領域からこれらの領域の中間的な状態(混合潤滑領域)に遷移して行くにつれて摩擦係数は減少し、混合潤滑領域おいて摩擦係数は極小値をとる。
【0006】
このように、歯車間の摩擦係数は、歯車の噛み合う歯面間の接触状態の影響を受けて変動するため、従来の歯車伝動装置では、運転状態の変化に応じて歯車間の摩擦係数を低く維持するよう調整できない虞がある。
【0007】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものであって、歯車間の摩擦係数をより適切に調整することができる歯車伝動装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、一対の歯車の間で動力を伝達する歯車伝動装置であって、複数の異なる性状の歯面を軸方向に有する第一の歯車と、前記第一の歯車と噛合された第二の歯車と、前記第一の歯車及び前記第二の歯車の少なくとも一方を軸方向に移動し、前記第一の歯車と前記第二の歯車との噛合い位置を変更する変更機構と、を備え、前記第一の歯車は、その歯面上の微小な凸部及び凹部のうち、前記凸部の高さまたは前記凹部の深さのいずれか一方が異なるよう形成されることで、複数の異なる性状の歯面を有し、前記第一の歯車及び前記第二の歯車の運転状態の変動に応じて、歯車間の接触状態を一定に保つように、前記第二の歯車と噛み合う位置の前記第一の歯車の歯面の性状が前記変更機構により変更されることを特徴とする。
【0009】
上記歯車伝動装置において、前記第一の歯車の複数の異なる性状の歯面は、前記凹部の深さが異なり、前記凸部の高さが同一となるよう形成され、歯面間に形成される油膜厚さが増大する方向に前記運転状態が変動すると、前記凹部の深さが小さくなる方向に噛み合い位置を変更することが好ましい。
【0010】
上記歯車伝動装置において、前記第一の歯車の複数の異なる性状の歯面は、前記凸部の高さが異なり、前記凹部の深さが同一となるよう形成され、歯面間に形成される油膜厚さが増大する方向に前記運転状態が変動すると、前記凸部の高さが大きくなる方向に噛み合い位置を変更することが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る歯車伝動装置は、第一の歯車及び第二の歯車の運転状態の変動に応じて、歯車間の接触状態を一定に保つように、第二の歯車と噛み合う位置の第一の歯車の歯面の性状が変更機構により変更される。これにより、歯車の運転状態が変動しても、運転状態の影響をうけずに歯面間の接触状態を一定に保つよう制御することが可能となり、歯車の歯面間の接触状態を混合潤滑領域に遷移させることができる。この結果、本発明に係る歯車伝動装置は、運転状態の変化に応じて、噛み合い位置の歯面を適切なものに変更して、摩擦係数を低く維持することが可能となり、歯車間の摩擦係数をより適切に調整することができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は、本発明の一実施形態に係る歯車伝動装置の概略図である。
【図2】図2は、本実施形態における駆動側歯車の複数の異なる性状の歯面の特性を示す図である。
【図3】図3は、本実施形態における異なる性状をもつ歯面の粗さ曲線の例を示す図である。
【図4】図4は、本実施形態の変形例に係る歯車伝動装置の概略図である。
【図5】図5は、本実施形態の変形例における駆動側歯車の複数の異なる性状の歯面の特性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に、本発明にかかる歯車伝動装置の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。なお、以下の図面において、同一または相当する部分には同一の参照番号を付し、その説明は繰り返さない。
【0014】
図1は、本発明の一実施形態に係る歯車伝動装置1の概略図である。図1に示すように、歯車伝動装置1は、一対の歯車の間で動力を伝達する装置であって、駆動側歯車(第一の歯車)2と、駆動側歯車2と噛合する被駆動歯車(第二の歯車)3とを備えて構成される。図示しない駆動源により駆動側歯車2の軸に駆動力が付与されると、駆動側歯車2は駆動力の向きに回転し、噛み合い部を経て被駆動歯車3に駆動力が伝達され、被駆動歯車3は駆動側歯車2と連動して回転する。このような動力伝動装置1は、例えば自動車等の車両における動力伝達装置などに用いられる。
【0015】
本実施形態では、歯車伝動装置1は、駆動側歯車2及び被駆動歯車3の噛み合い部において、歯車の運転状態に応じて、駆動側歯車2の歯面性状(表面粗さ)を調整するよう構成されている。
【0016】
上述のとおり、周知のストライベック曲線によれば、歯車間の「摩擦係数」は、歯車噛み合う歯面間の接触状態の影響を受けて変動し、油膜厚さと歯面の表面粗さとが略同一となる接触状態である混合潤滑領域において極小値をとることが知られている。
【0017】
「油膜厚さ」として一般に知られている最小油膜厚さや中央油膜厚さは、歯車の回転数や歯車間の伝達トルクなど歯車の運転状態の影響を大きく受けて変動する。より詳細には、歯車間の油膜厚さは、歯車の回転数の増加や伝達トルクの減少に伴って増大され、また、歯車の回転数の減少や伝達トルクの増加に伴って減少される。
【0018】
そこで、本実施形態の歯車伝動装置1では、歯車の回転数や伝達トルクなどの運転状態が変化して歯車間に形成される油膜厚さが変動する場合に、常に歯車同士の接触状態が一定となるように噛み合う歯面の性状(表面粗さ)が調整される。これにより、歯車伝動装置1は、歯車の運転状態の変動によらず、歯車同士の接触状態を好適に制御して、ストライベック曲線における混合潤滑領域に遷移させることができ、運転状態が変化しても歯車間の摩擦係数を低く維持し、動力損失を低減させることができるよう構成されるものである。
【0019】
なお、本実施形態において、「油膜厚さ」という用語は、周知の「最小油膜厚さ」や「中央油膜厚さ」などのパラメータを意味するものであり、また、「表面粗さ」という用語は、周知の「二乗平均平方根粗さ(RMS)」、「算術平均粗さ(Ra)」、「最大高さ粗さ(Rz)」などのパラメータを意味するものである。
【0020】
図1に戻ると、駆動側歯車2は、その周面において、回転軸21方向に複数の異なる性状(表面粗さ)の歯面22を有する。図1では3種類の歯面22a〜22cが例示されているが、歯面22の数はこれに限定されない。
【0021】
本実施形態では、駆動側歯車2は、その歯面22上の表面粗さを規定する微小な凸部及び凹部のうち、凹部の深さが異なり、凸部の高さが同一となるよう形成されることで、複数の異なる性状の歯面を有するよう構成されている。図2を参照して歯面の性状について説明する。
【0022】
図2は、本実施形態における駆動側歯車の複数の異なる性状の歯面の特性を示す図である。図2に示すように、歯面のそれぞれの性状は、JIS B 0671−3にて規定される正規確率紙を用いて表すことができる。図2の縦軸は表面粗さを示し、表面粗さの平均線を0点として、正の値は凸部の高さを表し、負の値は凹部の深さを表す。図2の横軸は、表面粗さの各値について累積確率を示す。累積確率は、凸部高さの最大値(図2縦軸正方向の最大値)から凹部深さ最大値(図2縦軸負方向の最大値)の方向へ、歯面全体に対する表面粗さの各値の確率を積分して算出される。
【0023】
図中のグラフA,B,Cは各歯面22a,22b,22cの累積確率分布を表し、これらグラフの形状によって、対応する歯面の特性を規定することができる。グラフの傾き量は、歯面の二乗平均平方根粗さ(RMS)を表し、傾き量が大きいほど、RMSが大きく、表面粗さの大きい、相対的により粗い歯面であることを示す。また、傾き量が小さいほど、RMSが小さく、表面粗さの小さい、相対的により滑らかな歯面であることを示す。
【0024】
図2に示すように、グラフA,B,Cは、凸部が同一直線であり、また、凹部の傾きが異なる。これにより、歯面22a〜22cの性状は、凸部のRMSが同一であり凹部のRMSが異なるよう形成され、言い換えると、凸部の高さが同一であり、また、凹部の深さが異なるよう形成されていることが示されている。
【0025】
凹部の傾き量は、グラフAが最も大きいので、歯面22aが、凹部のRMSが最大であり、凹部の深さが最大な性状となる。また、グラフCの傾き量が最も小さいので、歯面22cが、凹部のRMSが最小であり、凹部の深さが最小な性状となる。グラフBの傾きはグラフA,Cの中間であるので、歯面22bは、凹部のRMS及び深さも歯面22a,22cの中間の性状となる。
【0026】
ここで、本実施形態では、「凸部の高さ/凹部の深さが同一/異なる」とは、凸部の高さ/凹部の深さの各値の確率分布または最大値が略同一/異なることを意味する。「凸部の高さ/凹部の深さが大きい/小さい」とは、凸部の高さ/凹部の深さの最大値が大きい/小さいことを意味する。
【0027】
このような異なる性状をもつ歯面の粗さ曲線の例を図3に示す。図3の横軸は、歯面の平面方向の位置[mm]を示し、縦軸は、横軸の各位置における歯面の表面粗さ[μm]を示す。図3の例では、表面粗さは平均線を0点と定め、軸の正方向を凸部高さ、軸の負方向を凹部深さとして表されている。そして、図3には2つの粗さ曲線51,52がプロットされている。
【0028】
これらの粗さ曲線51,52は、それぞれの凸部の高さが同一、すなわち、凸部の高さの各値の確率分布及び最大値が略同一である。また、粗さ曲線51,52は、それぞれの凹部の深さが異なり、すなわち、凹部の深さの各値の確率分布及び最大値が異なっている。粗さ曲線51は、粗さ曲線52に比べて凹部の深さが大きい、すなわち、凹部の深さの最大値が大きい。
【0029】
図1,2に戻り、歯面22aは、歯面22b,22cと比較して凹部深さが最大であり、深い凹部が多いので、油膜形成能力が最も高くなる。このため、歯面間に形成される油膜厚さも大きくなり、歯面同士の金属接触を発生させにくい。一方、歯面22cは、歯面22a,22cと比較して凹部深さが最小であり、浅い凹部が多いので、油膜形成能力が最も低い。このため、歯面間に形成される油膜厚さも小さくなり、歯面同士の金属接触を発生させやすい。
【0030】
このように、歯面22a〜22cは、凹部のRMSを段階的に変化させることで、異なる油膜形成能力を実現し、金属接触の状態を制御できるように構成される。
【0031】
また、凸部のRMSは、例えば歯車の平均運転条件で形成される油膜厚さと同一とするのが好ましい。
【0032】
このような異なる性状をもつ歯面22a〜22cは、例えば、まず所望の同一性状の凸部をシェービング加工や研磨加工等で形成し、その後、上記の正規確率紙上のグラフA〜Cに示す性状をもつ凹分をレーザ加工や転写加工等でそれぞれ形成することで作成することができる。
【0033】
駆動側歯車2では、一端から他端へ段階的に表面粗さの凹部深さが大きく/小さくなるよう歯面が加工されている。図1の例では、左端の歯面22aが、凹部のRMSが最大となる(すなわち図2のAに対応)する歯面であり、右端の歯面22cが、凹部のRMSが最小となる(すなわち図2のCに対応)歯面であり、中央の歯面22bがこれらの中間値となる(図2のB)歯面である。
【0034】
被駆動歯車3は、駆動側歯車2より歯幅が小さく、その周面に単一の歯面性状(表面粗さ)の歯面を備え、回転軸31の方向に移動可能に構成されている。被駆動歯車3は、軸方向に移動することで、駆動側歯車2の複数の表面粗さの歯面22a〜22cのいずれか1つと噛合することができる。なお、被駆動歯車3は、初期状態(静止状態または所定の回転数以下の状態)では、駆動側歯車2の複数の歯面22a〜22cのうち、凹部のRMSが最小であり、凹部の深さが最小となる(すなわち図2のCに対応する)歯面22c(図1では右端)と噛合するように配置されている。
【0035】
ここで、初期状態において被駆動歯車3が噛合する駆動側歯車2の歯面22cの凹部の深さは、初期状態の運転条件(たとえば所定の回転数未満)の下で歯車間の潤滑状態が混合潤滑領域となり、ストライベック曲線において摩擦係数が極小値の近傍をとりうるように、設定されることが好ましい。具体的には、歯面22cの表面粗さの凹部深さは、初期状態の運転条件(たとえば所定の回転数未満)において、全歯面22a〜22cに共通な凸部高さと略同一な厚さの油膜が形成されうる程度の油膜形成能力が発揮できるよう設定されることが好ましい。
【0036】
被駆動歯車3の回転軸31には、変更機構4が配設されている。変更機構4は、被駆動歯車3への入力トルクの変化に応じて、被駆動歯車3を回転軸31方向に移動させ、駆動側歯車2と被駆動歯車3との噛み合い位置を変更することができるよう構成されている。
【0037】
より詳細には、変更機構4は、被駆動歯車3及び駆動側歯車2のトルクが減少し、歯面間に形成される油膜厚さが増大する方向に運転状態が変動すると、凹部の深さが小さくなる方向に噛み合い位置を変更する。つまり、トルクが減少するにつれて、凹部深さが最大の歯面22aから、歯面22b、そして凹部深さが最小の歯面22cへと噛み合い位置を変更する。図1では、変更機構4は、トルクの減少に応じて右方向へ被駆動歯車3を移動させる。
【0038】
また、変更機構4は、被駆動歯車3及び駆動側歯車2のトルクが増大し、歯面間に形成される油膜厚さが減少する方向に運転状態が変動すると、凹部の深さが大きくなる方向に噛み合い位置を変更し、歯車が停止したときには、噛合位置が初期位置に戻るよう構成されている。つまり、被駆動歯車3及び駆動側歯車2のトルクが増大するにつれて、凹部深さが最小の歯面22cから、歯面22b、そして凹部深さが最大の歯面22aへと噛み合い位置を変更する。図1では、変更機構4は、トルクの増大に応じて左方向へ被駆動歯車3を移動させる。
【0039】
変更機構4は、例えば、周知のボールカムによって実現可能である。ボールカムは、2つのカムがボールを挟み込んで軸線方向に対向する構成をとり、トルクによってカム間に作用する回転変位を、軸線方向変位に変換することができる。なお、変更機構4は、例えば歯車の回転数など、入力トルク以外の運転状態に関する制御量に基づいて被駆動歯車3を軸方向に移動させるよう構成してもよい。
【0040】
変更機構4がトルク(回転数)の変化に応じて被駆動歯車3が軸方向に移動させる量は、変更機構4の各種設定を適宜変更することで所望の値を実現することができる。
【0041】
次に、本実施形態の歯車伝動装置1の作用効果について説明する。
【0042】
一対の歯車が噛合して回転する状況において、歯車の運転状態、具体的には回転数が増加したり、トルクが減少すると、回転数やトルクに応じて歯車間に形成される油膜厚さが増大する。そして、噛み合う歯面の表面粗さに対して油膜厚さが大きくなると、ストライベック曲線における流体潤滑領域に遷移し、歯面同士が直接接触しない状態となる。この場合、潤滑油の粘性の影響などによって歯面間の摩擦係数は増大する。
【0043】
同様に、回転数減少またはトルク増加により、歯車間に形成される油膜厚さが減少し、噛み合う歯面の表面粗さに対して油膜厚さが小さくなると、ストライベック曲線における境界潤滑領域に遷移し、歯車同士が直接接触する頻度が増え、歯面間の金属接触が増えるため、歯面間の摩擦係数は増大する。このように、歯車の運転状態の変動に応じて、歯車の歯面間の接触状態は変動する。
【0044】
本実施形態の歯車伝動装置1では、変更機構4が、駆動側歯車2及び被駆動歯車3の運転状態が変動するのに応じて、歯車間の接触状態を一定に保つように、被駆動歯車3と噛み合う位置の駆動側歯車2の歯面の性状を変更する。これにより、歯車の運転状態が変動しても、運転状態の影響をうけずに歯面間の接触状態を一定に保つよう制御することが可能となり、歯車の歯面間の接触状態を混合潤滑領域に遷移させることができる。この結果、本実施形態の歯車伝動装置1は、運転状態の変化に応じて、噛み合い位置の歯面を適切なものに変更して、摩擦係数を低く維持することが可能となり、歯車間の摩擦係数をより適切に調整することが可能となる。
【0045】
さらに、本実施形態の歯車伝動装置1では、駆動側歯車2の複数の異なる性状の歯面22a〜22cは、その歯面上の微小な凸部及び凹部のうち、凹部の深さが異なり、凸部の高さが同一となるよう形成される。これらの歯面は、凹部の深さの分布が異なるように構成されることで、異なる油膜形成能力を実現することができる。
【0046】
歯面間に形成される油膜厚さが増大する方向に運転状態が変動すると、変更機構4は、凹部の深さが小さくなる方向に噛み合い位置を変更する。より詳細には、回転数が増加またはトルクが減少し、この運転状態の変化によって歯面間の油膜厚さがより厚く形成されるようになった場合に、変更機構4は、駆動側歯車2の複数の異なる性状の歯面22a〜22cのうち、現在被駆動歯車3と噛み合っている歯面より凹部の深さの最大値が小さくなるような歯面が被駆動歯車3と噛み合うように、被駆動歯車3を軸方向に移動させる。これにより、運転状態の変動によって歯面間に形成される油膜厚さが増大する一方で、噛み合う歯面の凹部深さを浅くして油膜形成能力を低下させるため、歯面間の油膜厚さを所望の一定の値に制御することができる。
【0047】
同様に、歯面間に形成される油膜厚さが減少する方向に運転状態が変動すると、変更機構4は、凹部の深さが大きくなる方向に噛み合い位置を変更する。より詳細には、回転数が減少またはトルクが増大し、この運転状態の変化によって歯面間の油膜厚さがより薄く形成されるようになった場合に、変更機構4は、駆動側歯車2の複数の異なる性状の歯面22a〜22cのうち、現在被駆動歯車3と噛み合っている歯面より凹部の深さの最大値が大きくなるような歯面が被駆動歯車3と噛み合うように、被駆動歯車3を軸方向に移動させる。これにより、運転状態の変動によって歯面間に形成される油膜厚さが減少する一方で、噛み合う歯面の凹部深さを深くして油膜形成能力を向上させるため、歯面間の油膜厚さを所望の一定の値に制御することができる。
【0048】
このように、本実施形態の歯車伝動装置1は、運転状態が変動しても歯車間の油膜厚さを一定に保持することができる。そして、この油膜厚さの一定値を、すべての歯面に共通な凸部の高さと同一となるよう制御すれば、運転状態の変動の影響を受けずに、歯面間の接触状態を常に混合潤滑領域に遷移させることができる。このため、運転状態の変動によらず歯面間の接触状態を一定に保つことが可能となり、摩擦係数を低く維持することが可能となり、この結果、歯車間の摩擦係数をより適切に調整することが可能となる。
【0049】
次に、図4,5を参照して本実施形態の変形例を説明する。図4は、本実施形態の変形例に係る歯車伝動装置1′の構成を示す概略図であり、図5は、本実施形態の変形例における駆動側歯車の複数の異なる性状の歯面の特性を示す図である。図4に示す歯車伝動装置1′は、(1)駆動側歯車2の複数の異なる性状の歯面22′(22a′〜22c′)が、凸部の高さが異なり、凹部の深さが略同一となるよう形成される点と、(2)歯面間に形成される油膜厚さが増大する方向に運転状態が変動すると、凸部の高さが大きくなる方向に噛み合い位置を変更する点において、上述の歯車伝動装置1から変更されている。
【0050】
図5に示すように、歯面22a′〜22c′のそれぞれの性状は、図2と同様にJIS B 0671−3にて規定される正規確率紙を用いて表すことができる。図5の縦軸及び横軸の内容は図2のものと同一である。図中のグラフA′,B′,C′は、駆動側歯車2の各歯面22a′,22b′,22c′の累積確率分布を表す。
【0051】
図5に示すように、グラフA′,B′,C′は、凸部の傾きが異なり、また、凹部が同一直線である。これにより、歯面22a′,22b′,22c′の性状は、凸部のRMSが異なり、凹部のRMSが同一となるよう形成され、言い換えると、凸部の高さが異なり、また、凹部の深さが同一となるよう形成されていることが示されている。
【0052】
凸部の傾き量は、グラフA′が最も小さいので、歯面22a′が、凸部のRMSが最小であり、凸部の高さが最小な性状となる。また、グラフC′の傾き量が最も大きいので、歯面22c′は、凸部のRMSが最大であり、凸部の高さが最大な性状となる。グラフB′の傾きはグラフA′,C′の中間であるので、歯面22b′は、凸部のRMS及び高さも歯面22a′,22c′の中間の性状となる。
【0053】
このように、歯面22a′〜22c′は、凸部のRMSを段階的に変化させることで、凸部高さの最大値を変化させて、金属接触の状態を制御できるように構成される。
【0054】
また、凹部のRMSは、例えば歯車の平均運転条件で形成される油膜厚さと同一とするのが好ましい。
【0055】
このような異なる性状をもつ歯面22a′〜22c′は、例えば、まず所望の同一性状の凹部をシェービング加工等で形成し、その後、ラッピングやローラバニッシュ等の加工法で余計な凸部を除去し、上記の正規確率紙上のグラフA′〜C′に示す性状をもつ凸部をそれぞれ形成することで作成することができる。
【0056】
歯車伝動装置1′では、歯面間に形成される油膜厚さが増大する方向に運転状態が変動すると、変更機構4が、凸部の高さが大きくなる方向に噛み合い位置を変更する。より詳細には、回転数が増加またはトルクが減少し、この運転状態の変化によって歯面間の油膜厚さがより厚く形成された場合には、ストライベック曲線における流体潤滑領域に遷移し、歯面同士が直接接触しない状態となる。このため、変更機構4は、駆動側歯車2の複数の異なる性状の歯面22a′〜22c′のうち、現在被駆動歯車3と噛み合っている歯面より凸部の高さの最大値が大きくなるような歯面が被駆動歯車3と噛み合うように、被駆動歯車3を軸方向に移動させる。これにより、運転状態の変動によって歯面間に形成される油膜厚さが増大するのに応じて、噛み合う歯面の凸部高さを大きくして油膜厚さに接近させて略同一とし、噛み合う歯面間の接触を適度に増加させ、歯面間の接触状態を流体潤滑領域から混合潤滑領域に遷移させることができ、歯面間の摩擦係数を低減させることができる。
【0057】
同様に、歯面間に形成される油膜厚さが減少する方向に運転状態が変動すると、変更機構4は、凸部の高さが小さくなる方向に噛み合い位置を変更する。より詳細には、回転数が減少またはトルクが増大し、この運転状態の変化によって歯面間の油膜厚さがより薄く形成された場合には、ストライベック曲線における境界潤滑領域に遷移し、歯面間の直接接触が増える状態となる。このため、変更機構4は、駆動側歯車2の複数の異なる性状の歯面22a′〜22c′のうち、現在被駆動歯車3と噛み合っている歯面より凸部の高さの最大値が小さくなるような歯面が被駆動歯車3と噛み合うように、被駆動歯車3を軸方向に移動させる。これにより、運転状態の変動によって歯面間に形成される油膜厚さが減少するのに応じて、噛み合う歯面の凸部高さを小さくして油膜厚さに接近させて略同一とし、噛み合う歯面間の接触を適度に減少させ、歯面間の接触状態を混合潤滑領域に遷移させることができ、歯面間の摩擦係数を低減させることができる。
【0058】
このように、本実施形態の歯車伝動装置1′は、運転状態により変動する油膜厚さに応じて凸部高さを調製することで、運転状態の変動の影響を受けずに、歯面間の接触状態を常に混合潤滑領域に遷移させることができる。このため、運転状態の変動によらず歯面間の接触状態を一定に保つことが可能となり、摩擦係数を低く維持することが可能となり、この結果、歯車間の摩擦係数をより適切に調整することが可能となる。
【0059】
また、従来、表面粗さを小さくすると(すなわち微小凹部及び凸部の両方を小さくすると)、歯面間の金属接触は減少し、摩擦係数も減少するといわれている。しかし、表面粗さを小さくしすぎると、凹部の深さが浅くなりすぎ、油膜形成能力が劣化してしまうため、逆に金属接触が増加し、摩擦係数も増加する虞がある。本実施形態では、凹部のRMSが、歯車の平均運転条件で形成される油膜厚さと同一となるよう各歯面22a′〜22c′が作成されるため、少なくとも平均運転条件下での油膜形成能力は保障される。これにより、凸部の性状によらず常に一定以上の油膜厚さを形成することができ、歯面間の金属接触の発生や摩擦係数の増大を抑制することができる。
【0060】
以上、本発明について好適な実施形態を示して説明したが、本発明はこれらの実施形態により限定されるものではない。例えば、上記実施形態では、複数の異なる歯面性状をもつ歯車を駆動側歯車2とし、単一の歯面性状をもち変更機構4によって軸方向に移動可能な歯車を被駆動歯車3としたが、駆動源と連結する歯車を入れ替えてもよい。すなわち、変更機構4によって軸方向に移動可能な歯車(上記実施形態では被駆動歯車3)を駆動側歯車とし、複数の歯面性状をもつ歯車(上記実施形態では駆動側歯車2)を被駆動歯車としてもよい。
【0061】
また、上記実施形態では、複数の異なる歯面性状をもつ駆動側歯車2を軸方向に固定し、単一の歯面性状をもつ被駆動歯車3を変更機構4によって軸方向に移動可能としたが、歯車の回転数の増加または駆動トルクの減少に伴って、被駆動歯車3と噛み合う位置の駆動側歯車2の歯面の表面粗さが大きくなる方向に、駆動側歯車2と被駆動歯車3との噛み合い位置が変更されさえすればよい。
【0062】
例えば、被駆動歯車3を軸方向に固定し、複数の異なる歯面性状をもつ駆動側歯車2の回転軸21まわりに変更機構4を設け、駆動側歯車2を変更機構4によって軸方向に移動可能としてもよい。この場合、図1,4に示す例では、変更機構4は、駆動側歯車2の右側に設けられ、回転数の増加やトルクの減少に伴い駆動側歯車2を右側から押圧して左方向へ移動させる。
【0063】
同様に、駆動側歯車2の回転軸21及び被駆動歯車3の回転軸31の両方に変更機構4を設け、駆動側歯車2及び被駆動歯車3の両方を変更機構4によって軸方向に移動可能としてもよい。この場合、駆動側歯車2及び被駆動歯車3は、トルクや回転数の増減に応じてそれぞれ反対方向に移動するよう構成される。図1,4に示す例では、回転数の増加またはトルクの減少に伴い、駆動側歯車2は左方向に移動され、被駆動歯車3は右方向に移動される。
【符号の説明】
【0064】
1…歯車伝動装置、2…駆動側歯車(第一の歯車)、3…被駆動歯車(第二の歯車)、4…変更機構、22(22a,22b,22c),22′(22a′,22b′,22c′)…歯面。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一対の歯車の間で動力を伝達する歯車伝動装置であって、
複数の異なる性状の歯面を軸方向に有する第一の歯車と、
前記第一の歯車と噛合された第二の歯車と、
前記第一の歯車及び前記第二の歯車の少なくとも一方を軸方向に移動し、前記第一の歯車と前記第二の歯車との噛合い位置を変更する変更機構と、
を備え、
前記第一の歯車は、その歯面上の微小な凸部及び凹部のうち、前記凸部の高さまたは前記凹部の深さのいずれか一方が異なるよう形成されることで、複数の異なる性状の歯面を有し、
前記第一の歯車及び前記第二の歯車の運転状態の変動に応じて、歯車間の接触状態を一定に保つように、前記第二の歯車と噛み合う位置の前記第一の歯車の歯面の性状が前記変更機構により変更されることを特徴とする、歯車伝動装置。
【請求項2】
前記第一の歯車の複数の異なる性状の歯面は、前記凹部の深さが異なり、前記凸部の高さが同一となるよう形成され、
歯面間に形成される油膜厚さが増大する方向に前記運転状態が変動すると、前記凹部の深さが小さくなる方向に噛み合い位置を変更する
ことを特徴とする、請求項1に記載の歯車伝動装置。
【請求項3】
前記第一の歯車の複数の異なる性状の歯面は、前記凸部の高さが異なり、前記凹部の深さが同一となるよう形成され、
歯面間に形成される油膜厚さが増大する方向に前記運転状態が変動すると、前記凸部の高さが大きくなる方向に噛み合い位置を変更する
ことを特徴とする、請求項1に記載の歯車伝動装置。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2012−163195(P2012−163195A)
【公開日】平成24年8月30日(2012.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−26275(P2011−26275)
【出願日】平成23年2月9日(2011.2.9)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】