説明

水中防汚材

【課題】人畜毒性ならびに魚介類に対する毒性が低く、しかも高い防藻・防貝効果を示す水中防汚材を提供する。
【解決手段】マイクロカプセル化したカプサイシン類を含有してなることを特徴とする水中防汚材。本発明の水中防汚材は、前記マイクロカプセル化したカプサイシン類を樹脂と混合して得られた防汚塗料、または前記マイクロカプセル化したカプサイシン類を樹脂と混練して得られた防汚網または防汚シートからなることができ、それら全体量に基くカプサイシン類の濃度が0.02〜2.0重量%であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水中防汚材に関し、より特には、環境に対する問題を起こさず、かつ防藻・防貝効果に優れた水中防汚剤に関する。
【背景技術】
【0002】
船底、海水または淡水中に設置される漁業設備または養殖資材、海洋ケーブル、各種工業プラントの配管または取水管ブイ、係留ロープ等は、使用中に藻類、フジツボ、ムラサキイ貝等の水棲生物が付着し、これらが目詰まり等の様々な問題を生じる原因となっていた。これらの問題を解決するために、従来から、防藻・防貝塗料等の所謂水中防汚材を当該設備または資材に適用することが行われている。
【0003】
最も一般的に使用されていた水中防汚材は、有効成分としてトリブチル錫オキシド(TBTO)を含む防汚材であった。しかしながら、TBTOは有機錫化合物であり、毒性のみならず、魚が変形する等、生物に対して悪影響を及ぼすことが明らかとなり、日本では1980年代から自主規制に入り、1997年にほぼ全廃となっている。一方、日本以外では依然として有機錫化合物系の防汚材が使用されていたが、1999年にIMO(国際海事機構)により、2003年1月1日からの有機錫化合物タイプの防汚塗料の塗装禁止、および2008年1月1日からの有機錫化合物タイプの防汚塗料を塗装した船舶の運航禁止が決定され、該防汚塗料は使用できなくなりつつある。
【0004】
上記した事情に鑑み、有機錫化合物に代わる防汚材の有効成分として、亜酸化銅が最近使用されている。しかし該亜酸化銅も毒性が決して低い訳ではなく、環境対応型の水中防汚材の開発が急がれている。
【0005】
前記環境対応型の水中防汚材を目指した有効成分としては例えば、テトラメチルチウラムジスルフィド、ピリジントリフェニルボラン(例えば、特許文献1参照。)、2,3−ジクロロ−N−(2’,6’−ジアルキルフェニル)マレイミド(例えば、特許文献2参照。)、2−メチルチオ−4−第3ブチルアミノ−6−シクロプロピルアミノ−s−トリアジンと安息香酸およびp−クロロ−m−キシレノールとの組み合わせ(例えば、特許文献3参照。)等が提案されている。これらの有効成分は、金属を含有しない点で前記亜酸化銅と異なるが、農薬用の殺菌剤に由来したものが多く、その安全性や防藻・防貝効果は必ずしも十分ではない。さらに天然物由来の有効成分として、例えばディクチオセラティーダ属海綿から採取したセスキテルペンがムラサキイ貝に対して有効であることが報告されているけれども(例えば、特許文献4参照。)、実用性に乏しく、未だ全ての点で満足のいく防汚成分は開発されていない。
【0006】
ところで、唐辛子の辛味成分であるカプサイシンは、味覚に作用して忌避効果を奏することが知られている。例えば、導体の外周に絶縁層を設け、その上にカプサイシンを含有する防鼠層を形成してなる防鼠ケーブル(例えば、特許文献5参照。)、および鉱油またはグリースとカルボン酸ポリマー増粘剤を配合してなる粘着基剤に、カプサイシンおよびメントールを添加・混練してジェル譲渡した鳩用忌避剤(例えば、特許文献6参照。)が知られている。これらは何れも、鼠または鳩がカプサイシンの味覚を味わうことにより、忌避効果が発生するものである。
【特許文献1】米国特許第3211679号明細書
【特許文献2】特開昭63−33304号公報
【特許文献3】特開平4−321608号公報
【特許文献4】特開平11−246546号公報
【特許文献5】特開平10−223058号公報
【特許文献6】特開2005−47865号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、人畜毒性および魚介類に対する毒性が低く、水中で安定で、かつ防藻・防貝効果が高い有効成分を使用した水中防汚材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、水中防汚材の有効成分としてマイクロカプセル化したカプサイシン類を配合することによって上記課題を解決し得ることを知見し、本発明を完成した。
【0009】
即ち、本発明は、次のような構成を採用する。
(1)マイクロカプセル化したカプサイシン類を含有してなることを特徴とする水中防汚材。
(2)前記マイクロカプセル化したカプサイシン類を樹脂と混合して得られた防汚塗料からなり、該塗料全体量に基くカプサイシン類の濃度が0.02〜2.0重量%であることを特徴とする(1)記載の水中防汚材。
(3)前記マイクロカプセル化したカプサイシン類を樹脂と混練して得られた防汚網または防汚シートからなり、それら全体量に基くカプサイシン類の濃度が0.02〜2.0重量%であることを特徴とする(1)記載の水中防汚材。
【発明の効果】
【0010】
本発明の水中防汚材は、有効成分として、人畜および魚介類に対して低毒性でかつ水中で安定なマイクロカプセル化したカプサイシン類を使用するため、環境に優しく低公害性であり、しかも優れた防藻・防貝効果を示す。従って、本発明の水中防汚材は、船、海水または淡水中に設置される設備または資材に適用することにより、藻類、フジツボ、ムラサキイ貝等の水棲生物の付着を有効に防止できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明で用いるカプサイシン類としては、カプサイシン、ジヒドロカプサイシン、ホモカプサイシン、ノルジヒドロカプサイシン、ホモジヒドロカプサイシン、N−カプリロイルバニリルアミド、N−ノナノイルバニリルアミド(以降、NVAと称す。)、N−デカノイルバニリルアミド(以降、DVAと称す。)等が挙げられるが、これらに限定されない。これらは各々を単独で用いてもよいし、任意の混合物やトウガラシからの抽出混合物であってもよい。カプサイシン類が鼠に対して忌避性を示し、防鼠ケーブル用途に有用であることは知られていたが、その防藻・防貝効果に関しては従来着目されておらず、本願で開示される水中防汚剤は、カプサイシン類の新規な用途であるといえる。
【0012】
本発明の水中防汚材では、カプサイシン類はマイクロカプセル化されている。該マイクロカプセル化は、防汚効力とその持続性を増大させ得ると共に、人畜毒性および魚毒性を低減し、さらに取扱い時の辛味刺激をも軽減できる。なお、マイクロカプセル化に際し、カプセル皮膜材は特に限定されず種々の材質を採用し得るが、カプサイシン類との組み合わせとして、アミノ系樹脂皮膜、例えばメラミン樹脂皮膜が好ましい。
【0013】
本発明の水中防汚材の好ましい形態としては、防汚塗料、防汚網および防汚シートを挙げることができる。
【0014】
前記防汚塗料は、マイクロカプセル化したカプサイシン類と樹脂を混合して得られる。該樹脂としては、通常船底塗料に使用されるものを用いることができ、加水分解型樹脂と
しては例えば、アクリル樹脂、酢酸ビニル樹脂、乳酸、リンゴ酸等由来の生分解性樹脂等、また非加水分解型樹脂としては例えば、ブチラール樹脂、ビニル樹脂、エポキシ系樹脂、シリコン樹脂、メラミン樹脂、アルキッド樹脂、ポリウレタン樹脂、フェノール樹脂等が挙げられる。
【0015】
前記防汚塗料は、マイクロカプセル化したカプサイシン類と前記樹脂を、所望により溶剤や補助剤と共に、通常の方法により混合することにより製造できる。該防汚塗料中のカプサイシン類の濃度は、使用目的、使用場所等に応じて異なるが、全体量に基くカプサイシン類の濃度が0.02〜2.0重量%とすることが好ましい。例えば、NVA含量が32重量%のマイクロカプセル剤を用いる場合、全体量に基き0.063〜6.25重量%のマイクロカプセル剤を配合することにより、該濃度を達成できる。
【0016】
前記溶剤としては、アルコール類、グリコールエーテル類、エステル類、ケトン類、エーテル類、芳香族または脂肪族炭化水素等を挙げることができる。また前記補助剤として、所要により種々の界面活性剤、分散剤、安定剤、顔料等を配合できる。さらに本発明の防汚塗料には、海水・淡水に長時間浸漬しても安定でかつ本発明の趣旨を逸脱しない限り、防汚効果を増強するために、チウラム系、ボラン系、トリアジン系、イソチアゾリン系等の有機、また銀系、銅系等の無機抗菌剤を添加してもよい。
【0017】
前記防汚網および/または防汚シートは、マイクロカプセル化したカプサイシン類と樹脂を混練して得られる。前記防汚塗料の場合と同様、防汚網および/または防汚シート中でのカプサイシン類の濃度は、全体量に基き0.02〜2.0重量%であることが好ましい。該樹脂としては、ポリアミド、ポリアミドエラストマー、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレンビニルアセテートコポリマー等が挙げられ、これらの樹脂を用い通常の方法によって該防汚網および防汚シートを製造し得る。
【0018】
こうして得られた本発明の水中防汚材は、防汚塗料については、船、海水または淡水中に設置される設備または資材、例えば、船底、スクリュウ、取水管、ブイ、鎖、いかだ、アンカー、魚網、魚礁、養殖いけす用網、係留ロープ、海中建造物、護岸材、浮き岸壁、固定岸壁、海洋ケーブル、送電線、各種工業プラントの海水取水管および送水管、水族館(水槽のガラスに透明塗料を塗る等)、濾過砂、泡用の管等に、刷毛やスプレーまたは含浸等の通常の手段を用いて塗布できる。また、防汚網および/または防汚シートについては、そのまま使用することで藻類、フジツボ、ムラサキイ貝等の水棲生物の付着を防止し得る。
【0019】
次に、実施例に基づいて、具体的に本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの具体例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0020】
NVA含量32重量%のマイクロカプセル化したNVA2.0重量%(NVAとして0.64重量%)、アクリル系樹脂30重量%、キシレン23.8重量%、メチルイソブチルケトン10重量%、エチレングリコールモノブチルエーテル20重量%、n−ブタノールを10.2重量%および顔料である酸化亜鉛4.0重量%を配合して、防汚塗料の形態にある本発明の水中防汚材を調製した。
得られた水中防汚剤を通常の施用手順に従って漁業用小型船舶の船底に塗布した。
該小型船舶を、藻や貝類が付着し易い4月から11月までの間海で使用したところ、藻やムラサキイ貝を含む貝類の付着は殆ど認められなかった。
【0021】
実施例2〜7および比較例1〜4
実施例1に準じ、表1に示す防汚成分に樹脂、溶剤等を混合して防汚塗料の形態にある
実施例2〜7および比較例1〜4の水中防汚剤を調製した。
得られた水中防汚剤を、予め防錆塗料を塗布したサンドプラスト処理鋼板(100mm×300mm)に2回刷毛塗りし、防汚塗料の乾燥塗料膜厚が約100μmである試験板を作製した。
該試験板を海水中に3ケ月間(5月から8月)浸漬し、水棲生物の付着状況を観察した。結果を表1に示す。なお表中で、「MC」はマイクロカプセル化したことを示し、防汚成分の重量%は全体量に基く有効成分の濃度を示し、また付着状況は以下のように評価した。
−:付着なし、+:僅かに付着あり、++:やや付着あり、+++:付着甚大。
【0022】
【表1】

*:米国特許第3211679号明細書に記載の防汚組成物の有効成分
【0023】
表1に示す結果から明らかなように、本発明の水中防汚剤は、藻類、フジツボおよびムラサキイ貝の何れの水棲生物に対しても優れた防汚効果を示し高い実用性が認められた。
これに対し、防汚成分としてマイクロカプセル化しないカプサイシン類を用いた比較例2の水中防汚剤は、防汚効果が劣り、魚毒性や取扱い時の辛味刺激の点でも問題があった。
また、亜酸化銅を用いた比較例3の水中防汚剤およびピリジントリフェニルボランを用いた比較例4の水中防汚剤は、有効成分の配合量が実施例と比較して遥かに多量であるにもかかわらず、特にムラサキイ貝に対する防汚効果が十分でなかった。
【0024】
実施例8
ホモカプサイシン含量30重量%のマイクロカプセル化したホモカプサイシン1.5重量%(ホモカプサイシンとして0.45重量%)をポリアミド系樹脂と共に混練し、これを用いて防汚網の形態にある本発明の水中防汚材を製造した。
得られた水中防汚剤を、ハマチの養殖池で6ケ月間使用した。
その結果、藻や貝の付着は殆ど見られず、またハマチへの影響はなかった。
なお、マイクロカプセル化していないホモカプサイシンを用いた場合は、ある程度の防藻・防貝効果が認められたものの、効果の持続性が十分でなく、臭いや刺激性の影響が避けられなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マイクロカプセル化したカプサイシン類を含有してなることを特徴とする水中防汚材。
【請求項2】
前記マイクロカプセル化したカプサイシン類を樹脂と混合して得られた防汚塗料からなり、該塗料全体量に基くカプサイシン類の濃度が0.02〜2.0重量%であることを特徴とする請求項1記載の水中防汚材。
【請求項3】
前記マイクロカプセル化したカプサイシン類を樹脂と混練して得られた防汚網または防汚シートからなり、それら全体量に基くカプサイシン類の濃度が0.02〜2.0重量%であることを特徴とする請求項1記載の水中防汚材。

【公開番号】特開2006−282571(P2006−282571A)
【公開日】平成18年10月19日(2006.10.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−104055(P2005−104055)
【出願日】平成17年3月31日(2005.3.31)
【出願人】(000207584)大日本除蟲菊株式会社 (184)
【出願人】(505118877)上海工程技術大学 (3)
【Fターム(参考)】