説明

水性塗料の塗膜乾燥方法

【課題】水性塗料の塗膜の乾燥を、エアー噴射および加熱することなく、省エネルギーで短時間かつ安全に行って塗膜の外観を向上させる塗膜乾燥方法を提供する。
【解決手段】被塗物の表面に水性塗料を塗布して塗膜を形成する塗装工程Bと、
塗膜の水分が突沸しない減圧割合で被塗物の周囲環境を減圧する減圧プロセスdを複数段階に亘って行う減圧乾燥工程Dと、を有する水性塗料の塗膜乾燥方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被塗物の表面に水性塗料を塗布して形成された塗膜の乾燥方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水性塗料は溶剤系塗料に比べてVOC(揮発性有機化合物)量が少なく、環境負荷の少ない塗料である。また、塗装環境下での人体への危険性が低いため、工業用塗装、例えば自動車車体等への塗装に多用されている。
自動車車体への塗装の手法は、例えば、塗装ガンから水性塗料を被塗物の表面に向けて噴射させるスプレー塗装がある。当該スプレー塗装によれば、被塗物の表面に均一な薄い塗膜を形成することができる。
スプレー塗装では、水性塗料が被塗物に塗着した当初はウェットな塗膜が形成される。当該ウェット塗膜を乾燥することで、乾燥塗膜が得られる。
【0003】
乾燥塗膜の外観は、水性塗料の噴霧中に蒸発し得る水性塗料の水の蒸発量と、ウェット塗膜の粘度に大きく依存する。
水の蒸発量は、通常、塗装時の雰囲気の状態に依存する。例えば、塗装時の温度が低くかつ湿度が高いと、水性塗料から水分が蒸発し難くなる。その結果、被塗物の表面に塗着したウェット塗膜の粘度が低下して流動性が高まるため、得られる乾燥塗膜に「タレ」が生じる。一方、塗装時の温度が高くかつ湿度が低過ぎると、水性塗料からの水の蒸発が激しくなる。その結果、ウェット塗膜の粘度が増加して流動性が悪くなり、乾燥塗膜に「肌不良」が生じる。
【0004】
例えば特許文献1〜4には、水性塗料を使用して形成された塗膜を乾燥する塗膜乾燥技術が記載してある。
【0005】
特許文献1には、水性塗料の塗装時に、水性塗料の噴霧粒子が被塗面に移動するほぼ同じ方向に向けて、塗料噴出口の後方から塗装パターンの周囲に当該塗装パターンに接触するように温湿度が制御されたエアーを噴射する方法により、塗膜の固形分を制御することが記載してある。
【0006】
特許文献2には、水性塗料の塗装直前から塗装終了時まで、被塗物及び当該被塗物の表面に塗着する噴霧塗料粒子に対して熱線照射を行ない、塗膜の固形分を制御する方法が記載してある。
【0007】
特許文献3,4には、水性塗料が塗布された被塗物を回転させながら、温湿度が制御されたエアーを噴射して、或いは、赤外線によって加熱して塗膜を乾燥させる方法が記載してある。これら特許文献3,4に記載の技術では、短時間で塗膜の乾燥を行える。
【0008】
【特許文献1】特開2002−113415号公報
【特許文献2】特開2003−251250号公報
【特許文献3】特開2007−319762号公報
【特許文献4】特開2008−178773号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1〜4に記載してあるように、乾燥に際して温度制御されたエアーの噴射や熱線照射を行う方法では、ヒータユニット等の加熱装置が必要となる。さらに、例えば当該加熱装置の近隣に有機溶剤の塗装エリアが存在する場合には、安全上、防爆構造を構築する必要があった。
【0010】
また、特許文献2に記載の塗膜乾燥方法では、熱線照射によって水性塗料の水分を揮発させて乾燥する。この方法では、噴射速度が速い水性塗料の水分を乾燥させる場合には、多くの熱線照射エネルギーが必要となる。
【0011】
さらに、特許文献1,3に記載の塗膜形成方法では、被塗物に噴射するエアーの風速が大きい場合には、例えば塗装治具に付着したゴミ・塵などが塗面に付着してこれらが乾燥後突起となって表れる「ブツ不良」が形成されるため、塗面品質が低下する。
【0012】
通常、塗膜乾燥に要する時間は、特許文献1〜4に記載してあるように乾燥時に塗面を高温に加熱すれば短縮できる。しかし、乾燥温度を上げると水等の揮発性成分が塗膜内で気化し、一般に「ワキ」と呼ばれる気泡状の膜欠陥が発生し易くなる。一方、乾燥温度が低いと「ワキ」は発生せず塗膜外観は向上するが、乾燥時間が長くなる。
【0013】
従って、本発明の目的は、水性塗料の塗膜の乾燥を、エアー噴射および加熱することなく、省エネルギーで短時間かつ安全に行って塗膜の外観を向上させる塗膜乾燥方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成するための本発明に係る水性塗料の塗膜乾燥方法の第一特徴構成は、被塗物の表面に水性塗料を塗布して塗膜を形成する塗装工程と、前記塗膜の水分が突沸しない減圧割合で前記被塗物の周囲環境を減圧する減圧プロセスを複数段階に亘って行う減圧乾燥工程と、を有する点にある。
【0015】
本構成によれば、エアー噴射および加熱することなく、塗膜の水分が突沸しない減圧割合で減圧して水性塗料の塗膜の乾燥を行なうことができる。よって、本発明では塗膜の乾燥を省エネルギーで安全に行なえる。
【0016】
水性塗料の水分の揮発は、被塗物の温度・水性塗料の温度・雰囲気温度・塗膜の膜厚・水性塗料に配合される材料の種類等に応じて変動する。
本構成のように減圧プロセスを複数段階に亘って行うことで、一様な減圧割合で減圧する場合に比べて、上述した条件に応じて適切な減圧時間および内部圧力を設定した減圧度の制御が行える。これにより、水性塗料の乾燥に伴う「ワキ」や「ムラ」の発生及びブツ不良の形成を未然に防止する制御が行い易くなる。その結果、塗膜の外観は向上する。
【0017】
減圧プロセスを複数段階に亘って行う減圧乾燥工程において、例えば、第1の減圧プロセスで急激に減圧させた後、減圧割合をさらに減少させた第2の減圧プロセスを行えば、迅速に最終的な規定圧力に近づけることができる。当該規定圧力に近づいた状態を早めることで、一定割合の減圧度で一度だけ減圧する減圧処理を行って規定圧力に到達させた場合と比べて、水分の揮発量を増大させることができる。その結果、短時間で塗膜の乾燥を行なうことができる。
【0018】
本発明に係る水性塗料の塗膜乾燥方法の第二特徴構成は、前記複数段階の減圧プロセスでは、後に行う減圧プロセスほど減圧終了後の圧力を低く設定した点にある。
【0019】
本構成によれば、減圧プロセスを行なう毎に内部圧力を上昇させることなく減圧値を経時的に低くできるため、塗膜の水分を確実に揮発させることができる。
【0020】
本発明に係る水性塗料の塗膜乾燥方法の第三特徴構成は、前記複数段階の減圧プロセスでは、後に行う減圧プロセスほど減圧割合を高く設定した点にある。
【0021】
通常、減圧プロセスが進行すれば塗膜の水分が揮発して塗膜から失われるため、塗膜の水分量は減少する。そのため、後の減圧プロセスの減圧割合を、前の減圧プロセスと同程度の減圧割合とすれば、塗膜の水分の相対的な揮発量は減少するため、塗膜の乾燥に時間を要することとなる。しかし、本構成では、後に行う減圧プロセスほど減圧割合を高く設定するため、高く設定した減圧割合の分だけ相対的な揮発量を増やすことができ、塗膜の乾燥に時間が長引くのを防止できる。
【0022】
本発明に係る水性塗料の塗膜乾燥方法の第四特徴構成は、前記減圧乾燥工程は、減圧した圧力を所定時間のあいだ維持する圧力維持プロセスを少なくとも一度行う点にある。
【0023】
圧力維持プロセスの間は圧力値を略一定に維持することができる。そのため、本構成のように減圧乾燥工程を行うことで、圧力変動のない環境で塗膜の全面に亘って均一な乾燥表面を得易くなる。
減圧割合を高く設定するなどにより、塗膜の表面のみが乾燥して塗膜の内部の水分が揮発し難くなる場合がある。しかし、本構成であれば、例えば複数段階の減圧プロセスの間に圧力維持プロセスを行なって圧力値を略一定に維持する制御ができるため、塗膜表面の乾燥が急激に起こって当該塗膜の表面のみが乾燥するのを未然に防止し、塗膜の内部の水分が揮発し易い状況にすることができる。
【0024】
本発明に係る水性塗料の塗膜乾燥方法の第五特徴構成は、減圧乾燥に伴う時間と減圧値とで表される関係について、前記減圧乾燥工程の開始から終了に至るまでの経過時間による積分値が、所定値よりも大きくなるように前記減圧プロセスおよび前記圧力維持プロセスの制御を行う点にある。
【0025】
当該積分値は、減圧乾燥工程の開始から終了に至るまでの水分の揮発量を示す。この積分値が所定値よりも大きくなるように減圧プロセスおよび圧力維持プロセスを制御することで、塗膜の水分が突沸しない減圧割合であり、かつ、減圧乾燥工程の処理時間を早く完了させるような減圧スケジュールを設定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下、本発明の実施例を図面に基づいて説明する。
本発明の水性塗料の塗膜乾燥方法は、図1に示したように、被塗物Yの表面に水性塗料Pを塗布して塗膜を形成する塗装工程Bと、塗膜の水分が突沸しない減圧割合で被塗物Yの周囲環境を減圧する減圧プロセスdを複数段階に亘って行う減圧乾燥工程Dと、を有する。
【0027】
本実施形態では、被塗物投入工程A、塗装工程B、ベース塗装後セッティング工程C、減圧乾燥工程D、クリア塗装工程E、クリア塗装後セッティング工程F、焼付け工程Gの各工程をこの順に行なう場合について説明する。
【0028】
本発明の水性塗料の塗膜乾燥方法は、図2に示す塗装設備Xによって実施する。当該塗装設備Xは、上流から順に、ベース層を塗布する塗装ブース10、セッティングブース20、減圧乾燥ブース30、クリア塗装ブース40、クリア塗装後セッティング50、焼付けブース60を配置している。被塗物Yは、ベース塗装ブース10から焼付けブース60に向けて搬送される。
【0029】
(被塗物)
被塗物Yは、水性塗料Pが塗布できる材質であれば限定されるものではない。例えば、鉄系・ステンレス等の金属材料、カーボン材料であるCFRP(carbon fiber reinforced plastics)等が利用できる。本発明では、乾燥時に加熱処理を行わないため、特に熱に弱い樹脂材料等も使用することができる。
【0030】
(水性塗料)
水性塗料Pは、水を含んだ塗料全般、例えば外装用水性塗料・内装用水性塗料・下塗用水性塗料などを使用することができる。使用可能な水性塗料を主要成分で分類すると、アクリルエマルジョン系塗料・アクリルラッカー系塗料・イソシアネート系塗料・水性メタリック塗料等がある。
【0031】
(被塗物投入工程)
被塗物投入工程Aは、脱脂・除電された被塗物Yをワーク投入口1より塗装ブース10へ投入する処理を行う。
【0032】
(塗装工程)
塗装工程Bは、被塗物Yの表面に水性塗料Pを塗布して塗膜を形成する処理を行う。本工程では、被塗物Yの表面にベース層を形成するため、塗装ブース10にて、ベース塗料タンク12からポンプ13によって圧送される水性塗料Pを、塗装ガン11を使って被塗物Yの表面に塗布する。塗装ガン11は、エアフィルター14、ドライヤー15を介して吐出エアーを雰囲気中から取り込む。
【0033】
(ベース塗装後セッティング工程)
ベース塗装後セッティング工程Cは、塗装工程Bの後、水性塗料Pが塗布された被塗物Yの塗膜表面を滑らかにする処理を行う。本工程は、セッティングブース20にて常温で放置して塗面のレベリングと水分の揮発を行なう。
【0034】
(減圧乾燥工程)
本発明の水性塗料の塗膜乾燥方法は、減圧することで塗膜の水分を揮発させる処理を行う。即ち、減圧乾燥工程Dでは、ベース塗装後セッティング工程Cの後、塗膜の水分が突沸しない減圧割合で被塗物Yの周囲環境を減圧する減圧プロセスdを複数段階に亘って行う。
【0035】
減圧プロセスdは、被塗物Yを減圧乾燥ブース30の真空容器31に投入した状態で、真空ポンプ32により真空容器31の内部空気を吸引して行なわれる。真空計(図外)によって真空容器31の内部圧力を例えば100〜30000Pa程度に制御し、塗膜の全面に亘って塗膜の塗着NVが70〜97%の範囲となるようにする。
【0036】
尚、内部圧力とは、絶対真空を0Paとしたときの数値である。また、塗着NVとは、塗膜中の固形分比率のことを意味する。塗着NVは、以下の数式で算出される。
【0037】
[数1]
(乾燥後重量−被塗物塗装前重量)/(予備乾燥後重量−被塗物塗装前重量)×100 (単位:%)
【0038】
塗着NVは、塗装時の水性塗料Pからの水分蒸発の程度によって規制されることが知られている。そのため、「タレ」や肌不良等の塗装不良を発生させないためには、塗装の雰囲気(温度、湿度)の変化に対応して、水性塗料Pからの水の蒸発量を調整することにより間接的に、或いは、水性塗料P自体の水分量を調整することによって直接的に、ウェット塗膜の粘度を制御するとよい。
【0039】
本発明では、真空ポンプ32により規定圧力に到達させる際に内部圧力を一様に下降させるのではなく、複数の減圧プロセスd毎に減圧割合を設定し、次の減圧処理に移行することができる。
【0040】
水性塗料Pの水分の揮発は、被塗物Yの温度・水性塗料Pの温度・雰囲気温度・塗膜の膜厚・水性塗料Pに配合される材料の種類等に応じて変動する。
本構成のように減圧プロセスdを複数段階に亘って行うことで、一様な減圧割合で減圧する場合に比べて、上述した条件に応じて適切な減圧時間および内部圧力を設定した減圧度の制御が行える。これにより、水性塗料Pの乾燥に伴う「ワキ」や「ムラ」の発生及びブツ不良の形成を未然に防止する制御が行い易くなる。その結果、塗膜の外観は向上する。
【0041】
減圧乾燥工程Dの減圧プロセスdについては、本明細書では図1のように3回(第1減圧プロセスd1〜第3減圧プロセスd3)行なう場合を例示する。ただし、このような態様に限られるものではない。減圧前の圧力を100000Pa程度に設定した場合、各減圧プロセスd1〜d3は例えば以下のように条件設定する。時間(秒)は減圧開始時を基点とする。
【0042】
第1減圧プロセスd1では10〜30秒で内部圧力30000〜10000Paに到達させる。その後、第2減圧プロセスd2では20〜70秒で内部圧力20000〜100Paに到達させる。続いて第3減圧プロセスd3では50〜120秒で内部圧力10000〜100Paに到達させる。
【0043】
複数段階の減圧プロセスdでは、後に行う減圧プロセスほど減圧終了後の圧力を低く設定するとよい。これにより、減圧プロセスdを行なう毎に内部圧力が上昇することなく減圧値を低くできるため、塗膜の水分を確実に揮発させることができる。
【0044】
また、複数段階の減圧プロセスdでは、後に行う減圧プロセスほど減圧割合を高く設定してもよい。本構成では、後に行う減圧プロセスほど減圧割合を高く設定するため、高く設定した減圧割合の分だけ相対的な揮発量を増やすことができ、塗膜の乾燥に時間が長引くのを防止できる。
【0045】
本実施形態の減圧乾燥工程Dは、減圧した圧力を所定時間のあいだ維持する圧力維持プロセスd’を少なくとも一度行う場合を示す。
【0046】
圧力維持プロセスd’では減圧した圧力値は略一定である。そのため、本構成のように減圧乾燥工程Dを行うことで、圧力変動のない環境で塗膜の全面に亘って均一な乾燥表面を得易くなる。
【0047】
尚、減圧乾燥工程Dでは、減圧乾燥に伴う時間と減圧値とで表される関係について、減圧乾燥工程Dの開始から終了に至るまでの経過時間による積分値が、所定値よりも大きくなるように減圧プロセスdおよび圧力維持プロセスd’の制御を行うとよい。
【0048】
当該積分値は、減圧乾燥工程Dの開始から終了に至るまでの水分の揮発量を示す。この積分値が所定値よりも大きくなるように減圧プロセスdおよび圧力維持プロセスd’を制御することで、塗膜の水分が突沸しない減圧割合であり、かつ、減圧乾燥工程Dの処理時間を早く完了させるような減圧スケジュールを設定することができる。
【0049】
(クリア塗装工程)
クリア塗装工程Eは、減圧乾燥工程Dの後、塗膜表面の艶出しや保護・手触りをよくする処理を行う。本工程では、クリア塗装ブース40にて、塗料タンク42からポンプ43によって圧送される無色のクリア塗料P’(ラッカーやウレタンなどの樹脂)を、クリア塗装ガン41を使って被塗物Yのベース層の表面に塗布する。
【0050】
(クリア塗装後セッティング工程)
クリア塗装後セッティング工程Fは、クリア塗装工程Eの後、クリア塗料P’が塗布された被塗物Yの塗膜表面を滑らかにする処理を行う。本工程では、クリア塗装後セッティングブース50にて常温で放置して塗面のレベリングと水分の揮発を行なう。クリア塗装肯定Eを水性塗料で行なう場合は、再度の減圧乾燥工程Dを行なってもよい。
【0051】
(焼付け工程)
焼付け工程Gは、被塗物Yに付着した塗料を熱硬化させる処理を行う。本工程では、焼付けブース60にて、被塗物Yを加熱して焼付けを行う。焼付け条件は使用する水性塗料Pの種類によって適宜変更すればよく、例えば80〜250℃程度の焼付け温度で所定時間の焼付処理を行う。
【実施例】
【0052】
被塗物Yとして、縦150mm×横70mm×厚さ1mmのアルミテストピースA1050P(日本テストパネル社製)を用いて、本発明の水性塗料の塗膜乾燥方法を実施した。
【0053】
真空容器31は真空デシケータ円筒型(容量3.8L(内寸φ150×H215mm)、アクリル樹脂製)を用い、真空ポンプ32は油回転式ポンプ(株式会社アルバック製G−100D(ULVAC)120L/min(60Hz))を用いた。
【0054】
減圧条件を種々変更して実施例1〜5の実験を行なった。各実施例の減圧条件は以下の通りである(表1参照)。減圧前の圧力は約100000Pa(常圧)に設定した。時間(秒)は減圧開始時を基点とする。
【0055】
実施例1は、第1減圧プロセスd1では30秒で内部圧力30000Paに到達させた。その後、第2減圧プロセスd2では70秒で内部圧力20000Paに到達させた。続いて第3減圧プロセスd3では120秒で内部圧力120Paに到達させた。
【0056】
実施例2は、第1減圧プロセスd1では30秒で内部圧力30000Paに到達させた。その後、50秒まで圧力維持プロセスd’(20秒間)を行い、65秒で内部圧力3000Paに到達させる第2減圧プロセスd2を行なった。続いて90秒まで圧力維持プロセスd’(25秒間)を行った。
【0057】
実施例3は、第1減圧プロセスd1では30秒で内部圧力8000Paに到達させた。その後、50秒まで圧力維持プロセスd’(20秒間)を行い、60秒で内部圧力3000Paに到達させる第2減圧プロセスd2を行なった。続いて90秒まで圧力維持プロセスd’(30秒間)を行った。
【0058】
実施例4は、第1減圧プロセスd1では30秒で内部圧力10000Paに到達させた。その後、45秒まで圧力維持プロセスd’(15秒間)を行い、60秒で内部圧力1000Paに到達させる第2減圧プロセスd2を行なった。続いて80秒まで圧力維持プロセスd’(20秒間)を行った。
【0059】
実施例5は、第1減圧プロセスd1では30秒で内部圧力10000Paに到達させた。その後、第2減圧プロセスd2では70秒で内部圧力100Paに到達させた。続いて120秒まで圧力維持プロセスd’(60秒間)を行った。
【0060】
リーク弁33を開弁操作して圧力を解放し、エアーシリンダーを引くことで塗の乾燥を終了した。
【0061】
尚、多段階の減圧プロセスを行なわない比較実験1〜5を行なった。比較例1〜5の条件を以下に説明する。
【0062】
比較例1は乾燥工程として常圧(約100000Pa)を120秒間維持した。比較例2は80℃で温風乾燥して圧力値を180秒間維持した。比較例3は乾燥工程として常圧を1800秒間維持した。これら比較例1〜3は減圧プロセスを行なわなかった。
比較例4は、常圧から15秒で内部圧力100Paに到達させ、その後、約120秒まで減圧した圧力を維持した。比較例5は、常圧から15秒で内部圧力100Paに到達させ、その後、約120秒まで減圧した圧力を維持した。
【0063】
実施例1〜5および比較例1〜5について図3に実験結果を示す。表1に実験処理の概要および実験結果を示す。
【0064】
【表1】

【0065】
実施例1〜5では、90〜120秒程度で塗面の乾燥が完了した。このとき、塗面NVは71〜95%の良好な範囲で保持できた。また、塗装外観および塗装後の密着性の何れも良好な結果が得られた。
【0066】
塗面の乾燥時間について、実施例1,5では120秒程度を要し、実施例2〜4では90秒程度を要している。このように実施例2〜4で当該乾燥時間を短縮できたことについては以下のように説明できる。
実施例1では、第1減圧プロセスd1〜第3減圧プロセスd3において減圧割合を比較的低めに設定し、最終的な規定圧力に到達するのが最も遅い実施例であった。そのため、実施例1の乾燥時間は実施例2〜4の乾燥時間よりも長くなったと考えられる。
実施例5では、30〜70秒のときに減圧割合を比較的高めに設定した減圧プロセスを40秒間行った後、圧力維持プロセスd’を60秒間行なった。実施例5は最も低圧で乾燥プロセスを行い、長めの乾燥時間を設定したため、塗着NVは95%となり、実施礼1〜5のなかで最大の値を得ることができた。また、実施例5は最も低圧で乾燥プロセスを行えるため、塗膜の水分の揮発は実施例1〜5のなかでは最大となるはずである。しかし、実施例5では減圧割合を比較的高めに設定した減圧プロセスを長めに行なうことで、塗膜表面のみの乾燥が多少進行して塗膜の内部の水分が揮発し難くなると推測される。そのため、実施例5の乾燥時間は実施例2〜4の乾燥時間よりも長くなったと考えられる。
実施例2〜4では何れも圧力維持プロセスd’を行った後、減圧割合を比較的高めに設定した減圧プロセスを行なっている。これより、圧力維持プロセスd’を行えば、塗膜表面の乾燥が急激に起こって当該塗膜の表面のみが乾燥するのを未然に防止し、塗膜の内部の水分も揮発し易い状況にすることができると考えられる。そのため、減圧乾燥工程Dを行なうに際し、圧力維持プロセスd’を少なくとも一度行えば、迅速に乾燥が行なえると認められる。
【0067】
一方、比較例1のように常圧で120秒の乾燥工程を行った場合、水性塗料Pが乾燥しきらず、塗装表面に「ワキ」が発生し、密着不良が生じる。比較例2,3のように常圧で180〜1800秒程度の乾燥工程を行なった場合は、塗装外観及び密着性は良好となるが、水性塗料Pを乾燥するのに時間を要する。このように、常圧で乾燥工程を行なう場合は、乾燥ラインを長くしないと表面の塗膜品質(密着性品質)を保持するのが困難である。乾燥ラインを長くした場合は、スペース・コスト上の問題が生じる。
比較例2のように温風乾燥した場合、水性塗料Pを乾燥するのに180〜300秒程度を要する。この場合、温風を噴射する時間が長いため、被塗物Yおよび周縁の治具も加熱されてしまう。よって、次のクリア塗装工程Eを行なう前にこれら被塗物および治具を冷却する必要がある。このように冷却工程を追加すると、その分、ラインが長くなるため、塗装設備が大掛かりとなる。また温風乾燥を行なうには、温湿度調整された塗装ブースの中に温風が入らないようにする対策が必要となる。
【0068】
比較例4,5のように、急激に内部圧力を低下させると、塗膜の水分が突沸しない減圧割合で減圧処理ができなくなり、水性塗料Pに含まれる水分が突沸して塗膜表面に「ワキ」が生じるため、塗装外観は不良であった。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】本発明の水性塗料の塗膜乾燥方法の概要を示した図
【図2】塗装設備の概略図
【図3】実施例1〜5および比較例1〜5において乾燥時の圧力を経時的に示したグラフ
【符号の説明】
【0070】
B 塗装工程
D 減圧乾燥工程
d 減圧プロセス
d’ 圧力維持プロセス

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被塗物の表面に水性塗料を塗布して塗膜を形成する塗装工程と、
前記塗膜の水分が突沸しない減圧割合で前記被塗物の周囲環境を減圧する減圧プロセスを複数段階に亘って行う減圧乾燥工程と、を有する水性塗料の塗膜乾燥方法。
【請求項2】
前記複数段階の減圧プロセスでは、後に行う減圧プロセスほど減圧終了後の圧力を低く設定してある請求項1に記載の水性塗料の塗膜乾燥方法。
【請求項3】
前記複数段階の減圧プロセスでは、後に行う減圧プロセスほど減圧割合を高く設定してある請求項1または2に記載の水性塗料の塗膜乾燥方法。
【請求項4】
前記減圧乾燥工程は、減圧した圧力を所定時間のあいだ維持する圧力維持プロセスを少なくとも一度行う請求項1〜3の何れか一項に記載の水性塗料の塗膜乾燥方法。
【請求項5】
減圧乾燥に伴う時間と減圧値とで表される関係について、前記減圧乾燥工程の開始から終了に至るまでの経過時間による積分値が、所定値よりも大きくなるように前記減圧プロセスおよび前記圧力維持プロセスの制御を行う請求項4に記載の水性塗料の塗膜乾燥方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−142780(P2010−142780A)
【公開日】平成22年7月1日(2010.7.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−325674(P2008−325674)
【出願日】平成20年12月22日(2008.12.22)
【出願人】(000000011)アイシン精機株式会社 (5,421)
【Fターム(参考)】