説明

水溶性活性タンパク質を疎水性活性タンパク質に変換する方法、配向した活性タンパク質の単分子層を調製するための該方法の使用、及び該単分子層を含むデバイス

本発明は、親水性活性タンパク質(HPiAP)を、疎水性基板上にそれらの活性型の状態でつなぎ留めるのに適した疎水性活性タンパク質(HPoAP)に変換する方法に関する。本発明は、また、水性溶液中での原子間力顕微鏡法(AFM)を含む機械的操作及び調査に使用される予定の疎水性固体支持体上に固定された配向活性タンパク質の規則正しい単分子層の調製、及び該デバイスを採用するアッセイ法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水溶性親水性活性タンパク質(HPiAP)を、不均一相中又はデファレンシャル(differential)極性溶媒混合物中、親水性アミノ酸表面残基を疎水性反応物で共有結合的に修飾することによって、疎水性活性タンパク質(HPoAP)に変換する方法に関する。疎水化されたタンパク質は、多様な疎水性固体支持体上に、バイオリアクター及びバイオセンサーの実現化に適し、且つ原子間力顕微鏡法(AFM)を含む機械的操作及び検査に適した統計的に配向された単分子層の状態で自然に自己集合する。
【背景技術】
【0002】
多様な実験的生体工学の研究及び/又は応用は、固体基板に堅固につなぎ留められた生体分子の単分子層を必要とする。原子間力顕微鏡法(AFM)の事例が、最も明らかな例である。原子間力顕微鏡は、固体支持体上に固定された試料を原子の大きさのレベルで走査することを可能にする。可撓性のあるカンチレバーで探知された信号は、十分に増幅された後、被検査試料の表面形状解析を可能にする。したがって、原子間力顕微鏡法(AFM)は、ナノ次元の大きさ、すなわち1〜200nmの試料を調べることを可能にする。水性溶液中で走査すると、生物学的試料を生理学的条件下で分析することも可能である。しかし、実物に対応する画像を得るためには、走査している間に顕微鏡の先端が試料を動かすことがないように、試験される生物学的試料を支持体上にしっかり固定することが必須である。さらに、試料は、好ましくは単分子層として配置されるべきである。
【0003】
疎水性相互作用を利用して疎水性基板上に固定された単分子層を調製するための周知の方法は、本来的に疎水性である分子を使用すること(Dawn S.Y.Yeoら、「Combinatorial Chemistry & High Throughput Screening」2004年、7巻、3号、213〜221頁参照)、或いは温度、イオン強度又はpH変更による立体配座の変化から疎水性を獲得する水溶性タンパク質を使用すること(Kapila Wadu−Mesthrigeら、「Journal Scanning Microscopy」2000年、22巻、338〜388頁;Hyun J.ら、「J.Am.Chem.Soc」2004年、126巻(23号)、7330〜7335頁参照)を包含する。これらの方法は、その化学的−物理的修飾がタンパク質の活性部位に影響を与え、結果として本来の生物学的活性が失われる可能性もあるので、選択性に欠ける。
【0004】
別法として、疎水化されたタンパク質は、水溶性タンパク質の遺伝子工学的方法により調製できるが、該方法は、極めて複雑であり、元々の活性が維持されることを保証しない(Hyun J.ら、(同上)、又はC.Tranchantら、「Rev.Neurol.(Paris)」1996年、152巻(3号)、153〜157頁参照)。
【0005】
これらの理由のため、今日まで、成功裡に調べることが可能であったのは、脂質二重層に自然に固定されている膜タンパク質、又は極めて大きな分子複合体のみであった。可溶性タンパク質の画像は報告されていない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
したがって、本発明の目的は、タンパク質の本来的な生物学的機能に影響を与えないで水溶性の親水性機能タンパク質を疎水性にするための新規な方法、並びに水溶性タンパク質の走査、画像化及び操作を可能にする手段を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、水溶性の親水性機能タンパク質(HPiAP)を、それらの元々の生物学的活性を維持しながら、疎水性タンパク質(HPoAP)に変換する方法に関する。該方法は、親水性タンパク質を非対称的に化学修飾することを包含する。すなわち、該方法は、タンパク質の機能の根源である部分に対して遠位又は反対側の分子部分に位置するアミノ酸表面残基上に化学修飾を導入することを包含する。この結果は、不均一相中又は均一なデファレンシャル−極性溶媒混合物中で「疎水化」反応物との反応を実施することによって達成される。
【0008】
本発明は、タンパク質の水溶性は、それらの表面に存在する疎水性及び親水性アミノ酸残基の数のバランスによるという認識に基づく。一般に、酵素などの活性タンパク質において、表面の多様に拡がった領域は、様々な性質をもつ小型水溶性分子、すなわち基質、阻害剤、補因子などと相互作用することを委任され、この領域、すなわち活性部位は、大部分が親水性である。
【0009】
本発明の方法は、極性の非対称的分布を利用して、タンパク質の性質を変更するのに必要な化学修飾反応を、この活性部位に対して間隔をあけた又は反対側の領域に振り向ける。
【0010】
次いで、配向された活性タンパク質の単分子層を得るために、このように得られた「疎水化された」機能タンパク質を疎水性相互作用により疎水性固体支持体上に固定又はつなぎ留める。
【0011】
本発明中で使用される用語「配向された」は、固定されたタンパク質が、その分子の疎水化された部分が基板の表面に結合された状態で本質的にはすべて配向され、一方、その自由な活性部位は結合点から遠位に存在することを意味する。該用語は、固定された分子が、すべて同一の空間的配向を示すことを意味せず、配向は、反対にランダムである。
【0012】
用語「単分子層」は、得られた層が、大部分且つ好ましくは、「単分子」であることを意味するが、多重分子層の望まれていない限られた領域の形成は、必ずしも回避できない。
【0013】
したがって、本発明の第1の目的は、請求項1から8までのいずれか一項で開示する通りの、疎水性又は部分疎水性活性タンパク質の調製方法である。
【0014】
本発明の第2の目的は、請求項9又は10で開示する通りの、本来的に親水性である活性タンパク質から作られた疎水性活性タンパク質である。
【0015】
本発明の第3の目的は、請求項11及び13で開示する通りの、デバイスの調製方法、及びそうして得られるデバイスである。
【0016】
本発明のさらなる目的は、該デバイスを含むバイオリアクター又はバイオセンサーである。
【0017】
さらに、本発明のさらなる目的は、請求項17及び18で開示する通りの、水溶性タンパク質の立体配座、又はタンパク質とリガンドとの複合体の立体配座、又はタンパク質とリガンド若しくはそのリガンド候補との間の相互作用を調べるためのアッセイ方法である。
【0018】
本発明の最後の目的は、診断的、遺伝子的、免疫学的分析のためのマイクロアレイを調製するための、又はタンパク質若しくは遺伝子材料を機械的に操作するための、又は液体若しくは気体を処理するための堅牢な反応性支持体として、バイオリアクター又はバイオセンサーを使用することである。
【発明の効果】
【0019】
酵素のような活性タンパク質の機能に影響を及ぼす能力を通常持つ因子が多く存在する。例えば、立体配座又は電荷分布の変更が生じる場合の立体配座効果、基質と酵素の相互作用が立体障害によって影響を受ける場合の立体効果、支持体材料の化学的性質及び変更される微視的環境に関連する分配効果。
【0020】
したがって、疎水化反応が、活性タンパク質の速度論及びその他の特性を変える、例えば、酵素に特異的な活性に影響を及ぼす可能性があることは、前以て予想できる。
【0021】
これに反して、実施例で報告される結果は、特許請求の方法が、この予測できる活性の低下を排除又は最小化することを示している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
本発明による親水性活性タンパク質(HPiAP)は、酵素、ホルモン、受容体、抗原、抗体、アレルゲン、免疫反応性タンパク質、親和性パートナー、及びそれらの任意の誘導体、フラグメント、複合体、機能的等価物を含む群から選択される任意の水溶性タンパク質である。詳細には、該活性タンパク質は、オキシドレダクターゼ、トランスフェラーゼ、ヒドロラーゼ、リアーゼ、イソメラーゼ及びリガーゼの一般的部類から選択される、その本来の形態の任意の酵素でよい。それは、トリプシン、筋アルドラーゼ、アミラーゼ、リパーゼ、コラゲナーゼ又はエラスターゼなどの、基礎及び応用研究並びに工業的応用で実際に使用される酵素のいずれかでよい。
【0023】
通常、タンパク質の化学修飾を実施する際には、タンパク質及び反応物の双方が水溶液中に存在する(均一反応)。しかし、2つの主な制約が、本発明を特徴付ける、すなわち、修飾されるタンパク質、例えば酵素は、その活性を維持しなければならず、且つ反応物は、水にほとんど又は完全に不溶性である。
【0024】
したがって、親水性活性タンパク質をその機能性を維持しながら疎水性又は部分疎水性タンパク質に変換するために、2つの異なる戦略を開発した。2つとも、その立体配座及び性質を本来の状態で保存すべき活性部位に対して遠位又は反対側にある「疎水化する」部分にねらいを定めた。
【0025】
[戦略I]第1の戦略は、不均一な固/液系を包含する。活性部位及びその周辺領域を、アフィニティークロマトグラフィーによって固体マトリックスに結合して、可逆的に保護する。固相は、その表面上に機能タンパク質の活性部位に特異的なリガンドを所持する。次いで、「疎水化する」ステップを、固定されたタンパク質に対して実施する。反応物は、緩衝化水溶液中に溶解され、溶出液、すなわち液層として使用される。この方法で、タンパク質分子は、活性部位から遠い部分でのみ溶出液に曝露されることを強制される。
【0026】
クロマトグラフィーに適した任意の市販アフィニティーマトリックス、例えば、デキストランをベースにした、又はホスホセルロースなどのセルロースをベースにした樹脂が、本発明により使用できる。既知の材料に、基質類似体、可逆性阻害剤、補因子などの任意タイプのリガンドを連結するのに適した官能基を取り付ける。したがって、親和性固相の調製、並びに親水性タンパク質を載せるための及び続いて疎水化されたタンパク質を溶出させるための条件は、当業者に周知である。溶出は、親和性溶出によって実施されるのが通常である。
【0027】
この方法によれば、活性部位のアミノ酸残基が偶発的に修飾された分子は、溶出ステップで分離できることになる。
【0028】
[戦略II]第2の戦略は、極性溶媒(通常は水)中に溶解された親水性タンパク質、及び少なくとも部分的に水と混和できる低極性溶媒中に溶解された疎水性反応物を使用して得られる液/液混合物を包含する。両溶媒間の極性の差により、及び関連する容積に関連して、2つの反応形態が可能である。すなわち、
a)2種の溶媒が部分混和性である、つまり、巨視的にみて2つの相が生じ、親水性タンパク質と疎水性反応物との間の反応が2つの相の界面で起こる。この状況において、活性部位及びその周辺は、タンパク質表面の中で最も極性のある領域なので、該タンパク質は、その活性部位を極性相に向けて配向する傾向がある。疎水化反応に関与する残基は、したがって、活性部位から遠くに配置され、よって、タンパク質の活性が保存される。本発明のこの実施形態は、タンパク質が、界面で沈殿し、最終収率の低下をもたらすので、あまり好ましくない。
b)好ましい形態では、2種の溶媒が混和性である。この場合、様々な溶媒和の微視的環境が、混合物中に分子レベルで創出される。反応物分子の疎水性部分は、極性溶媒に不溶であり、それゆえ混合物中で、低極性溶媒の分子で溶媒和される。一方、極性溶媒の分子は、タンパク質分子中のより親水性である部位を取り囲む。疎水化反応は、極性勾配に従う、すなわち、疎水性反応物中の最も極性である領域が、タンパク質中の低極性領域(すなわち、活性部位から遠い領域)と反応する傾向がある。この場合でさえ、活性部位領域に属する残基が巻き込まれる確率は、極めて低く、それゆえ、活性が保存される。
【0029】
活性の保存をさらに確実にするため、任意選択で、活性の根源である、又は認識、相互作用に携わるアミノ酸を保護することができ、触媒過程は、同一水相中に、基質、基質類似体及び/又は競合阻害剤などの保護分子を共に溶解することによって改善される。
【0030】
反応後、化学的に修飾されたタンパク質を、疎水性相互作用クロマトグラフィーによって、又は透析によって、又はその他の精製方法によって精製できる。
【0031】
極性溶媒、又は水性溶液は、タンパク質の機能に対して中立的である任意の水溶液を意味する。
【0032】
低極性溶媒とは、水に部分可溶性又は不溶である任意の周知の溶媒、例えば、アルキルアルコール、アルキルアミン、ハロゲン化アルカンなどを意味する。
【0033】
化学修飾
多くのアミノ酸残基は、側鎖中に−NH、−OH、−SHなどの官能基を有し、それゆえ、疎水化試薬との反応に適している。すなわち、それらは、Thr、Met、Trp、Lys、Arg、Asp、Cys、Glu、His、Ser、Tyrである。このリストから、側鎖アミド基及び炭化水素側鎖を有するアミノ酸、並びにグリシンは、曝露されるタンパク質表面上での比較的低いそれらの濃度のため、さらにより重要なことであるが、それらの非反応性疎水性側鎖のため、排除された。それゆえ、多数の可能な修飾が予想できる。
【0034】
1つ又は複数の親水性アミノ酸残基(群)を疎水性残基に変換する能力のある、又は大きな高度に疎水性である部分を適切な極性アミノ酸に結合する能力のある化学試薬によってもたらされる任意の化学修飾を使用して、水溶性親水性タンパク質を疎水性タンパク質に変換できる。この変換は、同種又は別種のアミノ酸残基上で行うことができる。
【0035】
適切な疎水化試薬は、限定はされないが、O−、N−、S−アルキル化、O−、N−、S−アシル化、ジアゾ結合、ペプチド結合形成、アリール化、シッフ塩基形成などを含む、任意の共有結合性修飾を成し遂げる能力のある化学化合物である。これらの試薬の例が、アシルアンヒドリド、塩化アシル、ジアゾ化合物、アルデヒド、ケトンであるが、また、クロロギ酸コレステリル又は等価物のように、大きな脂肪親和性部分を組み込む能力のある化合物でもある。
【0036】
生じる被修飾タンパク質は、本来の形態よりも高い疎水性をもつ両親媒性であり、非極性/極性残基の非対称的分布によって特徴付けられ、反応過程でその活性部位が保護されたので、その水溶性及びその元来の機能性を維持している。
【0037】
2つの戦略により、該方法は、疎水化された活性タンパク質を偶発的に不活性化されたタンパク質から分離する任意選択のステップを含むことができる。特定基質に対するタンパク質の親和性、又は修飾されたタンパク質のより大きな疎水性を利用する任意のタンパク質精製方法を使用して、活性生成物を精製することができる。それらの精製方法には、アフィニティークロマトグラフィー、及びアフィニティー溶出法又は疎水性AFM−基板上でのタンパク質分子の直接的水洗浄が含まれる。
【0038】
酵素のような活性タンパク質の機能に影響を及ぼす能力が通常ある多くの因子が存在する。例えば、立体配座又は電荷分布の変更が生じる場合の立体配座効果、基質と酵素の相互作用が立体障害によって影響を受ける場合の立体効果、支持体材料の化学的性質及び変更される微視的環境に関連する分配効果。
【0039】
したがって、本発明による疎水化が、活性タンパク質の速度論及びその他の特性を変える、例えば、酵素に特異的な活性を低下させる可能性のあることが予想された。
【0040】
これに反して、後記実施例で報告される結果は、特許請求の方法が、この予測できる活性の低下を排除又は最小化することを示している。
【0041】
固定化
本発明により得られる疎水化された活性タンパク質は、疎水性相互作用を介して疎水性基板に結合されるのに適している。これらの相互作用は、基板の表面上にタンパク質の規則正しい層、好ましくは単分子層を集合させることになる。さらに、この疎水力は、非修飾分子の水洗浄が可能なほど十分な強度となり、したがって高度に効率的な精製手段として役立つ。
【0042】
適切な疎水性基板は、本来的に疎水性である、又は誘導体化によって疎水性にされた任意の支持体である。例えば、基板は、チオール化された脂質、例えばチオコレステロール、などの官能化された脂質又は基板の表面と反応する能力のあるその他の等価な脂質で基板を被覆することによって付与された疎水性であってよい。基板には、限定はされないが、セルロースなどの天然ポリマー、又はPVC、ポリ(メタ)アクリレート、ナイロン、ポリエチレン、テフロン(登録商標)、炭素材料、シリコン、ガラス、樹脂、金属粒子若しくは金属シート、紙などが含まれる。支持体は、すべてマクロ、ミクロ、又はナノサイズのウェーハ、平板、薄層、薄板、チューブ、繊維、粒子、顆粒、粉末でよく、原子的に平坦で滑らかな表面又は粗い表面を有することができる。
【0043】
疎水性の又は疎水化された基板上に固定された疎水化活性タンパク質で作られた複合体は、バイオリアクター又はバイオセンサーを調製するのに適切なデバイスである。これらのデバイスは、すべてマクロ、ミクロ、又はナノサイズの「活性化された」ウェーハ、平板、薄層、薄板、チューブ、粒子、繊維、顆粒、粉末の形態である。
【0044】
本発明のデバイスは、バイオリアクター又はバイオセンサー中に集められる。例えば、活性化された粒子の顆粒化物は、一般的な実験室用チップに含められるカートリッジを構築するために、又はケース又はカラムに含められるフィルターを構築するために使用できる。平板、薄層及び薄板は、診断的、遺伝子的、免疫学的分析用のマイクロアレイのための、或いはタンパク質又は遺伝子材料を機械的に操作するためのキットの状態で集めることができる。
【0045】
本発明者らの結果は、誘導体化され且つつなぎ留められた分子は、構造及び機能の双方で、元々の分子と有意には異ならないことを示している。実施例は、例えば、酵素が、それらの元々の活性のほとんどを維持していることを示している。
【0046】
酵素で被覆されたシリカ平板のAFM観察及び酵素活性のアッセイは、活性な立体配座が、接着された分子中で保持されていることを示し、一方、修飾されたタンパク質の計算された大きさに添って走査するAFMの均一な外観は、不活性な又は間違って修飾された分子が洗い流されたことを示している(図1、2、3及び4参照)。
【0047】
さらにより重要なのは、疎水性相互作用が、水溶媒中でのタンパク質で被覆された支持体の反復使用、例えば、反復酵素アッセイを可能にするほど強く且つ安定であるという事実である。
【0048】
疎水性支持体上につなぎ留められた分子は、活性部位を含まない領域で化学的に修飾されているので、それらの分子は、水性溶媒中で活性部位がすべて水相に面して配向している。このことは、活性タンパク質と、基質、基質類似体、アロステリックエフェクター、阻害剤、抗体などのいくつかの小型分子との相互作用の機構を原子の分解能で調べるのに好ましい条件である。
【0049】
さらに、各タンパク質分子は、支持体に安定的につなぎ留められているので、この固定された立体配座は、分子間の偶然的接触を防止し、その結果、望ましくない有害な反応を防止する。したがって、水溶液中で起こる分子(すなわち、基質、阻害剤、エフェクターなど)との偶発的接触は、実験的制御下にある。これらの条件は、医学、工業及び環境の分析化学で使用するのに適したバイオリアクター又はバイオセンサーを支える、配向した活性タンパク質の規則正しい単分子層を与える。本発明は、応用生物学のいずれの分野でも現在使用されている数百の水溶性酵素又はその他の活性タンパク質を使用するこのようなバイオセンサーを作製するための簡単な方法を提供する。
【0050】
本発明は、また、固定され配向されたタンパク質及び/又はその複合体の単分子層を原子間力顕微鏡法(AFM)で画像化することによって水溶性活性タンパク質の立体配座又は水溶性活性タンパク質とリガンドとの複合体の立体配座を調べるための、特許請求のバイオリアクター及びバイオセンサーを利用するアッセイ法に関する。このタイプのアッセイ法は、水溶性タンパク質とリガンド候補との間の相互作用を調べ、新規なリガンドを識別するのに特に有用である。本発明の固定されたタンパク質は、また、診断的、遺伝子的、免疫学的分析のためのマイクロアレイを調製するための、或いはタンパク質又は遺伝子材料を機械的に操作するための堅固な反応性支持体として適している。
【0051】
最後に、誘導体化のプロトコールは、より広範に「疎水化された」分子、又は活性部位を含む様々な表面領域でランダムに修飾された分子を得るために、変更できる。したがって、多数の修飾された分子が得られる。水性溶媒中で、それらの分子のすべては、ランダムな配向で自然に整列して疎水性基板上に層を形成する。活性形の画像及び同一分子の複数の異なって配向した画像を同時に使用すると、調査している元々の分子の画像をコンピューターで正確に再構成することが可能になる。
【0052】
本発明を、保護範囲を制約することなしに、本発明の特定の実施形態を説明することを単に意図する以下の実施例中でさらに詳細に説明する。
【実施例】
【0053】
実施例1及び2は、水溶液中での生体工学応用のための特許を請求するタンパク質被覆支持体を調製するために本発明で構想された2つの一般的戦略を説明する。
【0054】
2種の野生型の水溶性酵素、すなわち筋アルドラーゼ及びトリプシンを、in vitroで第1級アミノ基をアルキル化することによって共有結合的に修飾し、両親媒性分子を得た。
【0055】
(実施例1)(戦略I)
使用したHPiAPは、ウサギ筋アルドラーゼであり、アルキル化剤は無水酢酸とした。誘導体化は、不均一相で実施した。HPiAPを、ホスホセルロース(基質、フルクトース−1,6−ビスリン酸の類似体)カラムのアフィニティークロマトグラフィーで吸着し、ろ過した(パーコレートした)無水酢酸の水性溶液で反応させ、次いで、基質、フルクトース−1,6−ビスリン酸で溶出させる。リシル残基の滴定は、1分子につき15個の残基が修飾されたことを示した。回収されたHPoAPは、変わらない速度論的パラメーターをもつ活性を示した。アルドラーゼの活性は、基質としてフルクトース−1,5−ビスリン酸を、並びに補助酵素としてグリセルアルデヒドリン酸デヒドロゲナーゼ及びトリオースリン酸イソメラーゼを使用するラッカー(Racker)による方法により分析した。(表I参照)
【0056】
表I
【表1】

【0057】
(実施例2)(戦略II)
HPiAPはトリプシンであり、アルキル化剤はクロロギ酸コレステリルのプロパノール溶液とした。トリプシンの水溶液をクロロギ酸コレステリルのプロパノール溶液と激しい撹拌の下で30分間混合した。反応終結の後、疎水化されたトリプシンを集めた。
【0058】
反応後、化学的に修飾されたタンパク質を、Phenyl HS樹脂を使用し、20mM Gly−HCl緩衝液中の0〜30mM 硫酸アンモニウムで溶出される疎水性相互作用クロマトグラフィーで精製する。タンパク質及び活性の双方の主要ピークを構成する画分を固定化実験に使用した。誘導体化の後、トリプシンの活性を、合成基質としてNα−ベンゾイル−DL−アルギニン−p−ニトロアニリド(BAPNA)を使用してpH8で分析した。HPoAPは、十分な活性、変わらない速度論的パラメーター、及び1分子につき3個の修飾されたリシル残基を示す(表II参照)。
【0059】
シリカゲルを、コレステリル−トリプシンの溶液中に浸漬し、水で繰り返し洗浄し、pH8に緩衝化された合成基質BAPNA溶液中に浸し、そして37℃で報告した時間インキュベートした。同一溶液中に浸したシリコン平板を、対照として使用した。黄色の外観は、つなぎ留められたコレステリル−トリプシンが数回の水洗浄後にタンパク質分解活性を保持していたことを示している(図1参照)。
【0060】
固定された酵素は、基質としてBAPNA(Nα−ベンゾイル−DL−アルギニン−p−ニトロアニリド)を使用する分光測定法で分析した場合、数ヶ月間活性があり、両親媒性酵素分子と疎水性シリカ平板との間の疎水性結合を強く持ちこたえていることを示した。
【0061】
コレステリル−トリプシンで被覆されたシリカ平板を、AFMを用い、10−8N及び1000nm/秒で走査した。画像化を図2、3、及び4で報告する。
【0062】
表II
【表2】

【0063】
(実施例3)
酵素アデノシンデアミナーゼを、本発明の液/液戦略IIにより疎水化した。疎水化剤は、プロパノール溶液に溶解されたクロロギ酸コレステリルで代表した。
【0064】
(実施例4)
酵素シトシンデアミナーゼを、本発明の液/液戦略IIにより疎水化した。反応スキームは、実施例2と同様とした。
【0065】
(実施例5)
酵素グルタミン酸−オキサロ酢酸トランスアミナーゼを、アフィニティークロマトグラフィーの固相としてピリドキサールリン酸が結合した樹脂を使用する、本発明の液体/固体戦略Iにより疎水化した。
【0066】
(実施例6)
酵素アラニン−ピルビン酸トランスアミラーゼを、アフィニティークロマトグラフィーの固相としてピリドキサールリン酸が結合した樹脂を使用する、本発明の液体/固体戦略Iにより疎水化した。
【0067】
(実施例7)
酵素リンゴ酸デヒドロゲナーゼを、アフィニティークロマトグラフィーの固相としてニコチンアミドが結合した樹脂を使用する、本発明の液体/固体戦略Iにより疎水化した。
【0068】
(実施例8)
酵素アルコールデヒドロゲナーゼを、アフィニティークロマトグラフィーの固相としてニコチンアミドが結合した樹脂を使用する、本発明の液体/固体戦略Iにより疎水化した。
【0069】
(実施例9)
酵素リパーゼを、アフィニティークロマトグラフィーの固相としてプロピオニル酢酸が結合した樹脂を使用する、本発明の液体/固体戦略Iにより疎水化した。
【0070】
応用実施例
(実施例10)
溶液中でタンパク質を分解(ダイジェスト)するのに有用なバイオリアクターは、実施例2と同様にウシトリプシンを誘導体化すること、及びそれをPVC(ポリ塩化ビニル)顆粒上に埋めつくす(ブロックする)ことによって実現される。これらの顆粒は、一般的な実験室用チップに含められるカートリッジを構築するのに使用される。このデバイスは、溶液中でタンパク質を大きく向上された分解反応性能をもって分解できる。詳細には、溶液にトリプシンを直接添加することによってタンパク質を消化する古典的プロトコールと較べて、機能化されたチップデバイスを使用することによって得られる3つの主な改善が存在する。すなわち、
a)このデバイスは、溶液中でトリプシン分子を放出しない、
b)このデバイスは、トリプシン自己消化フラグメントを低減(又はさらに排除)する(図5及び図6参照)、
c)質量分光測定による適正なタンパク質分析のために要求される分解時間が、溶液中での古典的な分解プロトコールの一夜からほんの数分(分解されるべきタンパク質の濃度に応じて、1〜10分)まで短縮される(図6参照)。
【0071】
(実施例11)
疎水化された様々な加水分解酵素を結合しているPVC粉末のいくつかのカートリッジがパイプラインの状態で一緒に連結された、実施例10に記載のバイオリアクターに類似のバイオリアクターを構築する。このデバイスは、産業活動からの廃水を精製するのに有用である。カートリッジ中で使用される具体的酵素は、精製されるべき廃水の組成に応じて変化し、例えば、製パン工場の廃水を精製するためには、アミラーゼ及びトリプシンで活性化されたカートリッジが使用される。皮なめし工場からの廃水を精製するためには、リパーゼ、コラゲナーゼ及びエラスターゼで活性化されたカートリッジが使用される。
【0072】
(実施例12)
バイオセンサーは、水晶ディスクを小さな金表面で覆うことによって実現される。この表面は、金と自発的に反応して規則正しい層を生成するチオコレステロールの層でその表面を覆うことによって疎水化された。この疎水化された表面は、2つの提案された戦略によって得られる疎水化されたタンパク質を埋めつくす(ブロックする)のに適している。タンパク質の結合量は、タンパク質質量によって誘発される水晶の自発発振周波数に関する減衰量を評価することによって測定できる。(図7の例を参照)。ブロックした活性タンパク質は、任意の特異的なタンパク質−タンパク質相互作用に対するプローブとして使用できる。プローブと認識する特異的因子との結合は、水晶発振のさらなる減衰として読み取ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】シリコン平板上に固定化されたコレステリル−トリプシンによって引き起こされるBAPNAの加水分解のt0h〜t6hまでの進展を例示する図である。
【図2】水溶液中でシリコン平板に疎水的につなぎ留められたコレステリル−トリプシンのトポグラフィーを示す図である(150nmの面積を走査)。パネル(a)は1μm領域の画像を示し、パネル(b)は、150nm領域の画像を示し、(c)は、単分子層の断面を表す。
【図3】水溶液中でシリカ平板につなぎ留められたコレステリル−トリプシンのトポグラフィーを示す図である(50nmの面積を走査)。パネル(a)は50nm領域の画像を示し、パネル(b)は、単分子層の断面を示す。
【図4】水溶液中でシリカ平板につなぎ留められたコレステリル−トリプシンのトポグラフィーを示す図である(24nmの面積を走査)。パネル(a)は24nm領域の画像を示し、パネル(b)は、単分子層の断面を示す。
【図5】機能化されたトリプシンチップデバイスを通過した蒸留水の質量スペクトル(上のパネル)(トリプシンの自己分解ピークは存在しない)、及び溶液中のトリプシンの質量スペクトル(下のパネル)(自己分解ピークが明瞭に認められる)を示す図である。
【図6】機能化されたトリプシンチップデバイスで10分間消化されたヒト血清アルブミン(HSA)の質量スペクトル(上のパネル)(トリプシンの自己分解ピークは存在しないが、HSAピークは完全に存在する)、及び溶液中でトリプシンによって一晩消化されたHSAの質量スペクトル(下のパネル)(円は自己分解ピークを示す)を示す図である。
【図7】本発明の戦略IIにより修飾されたトリプシンの分子を埋めつくすことによって誘発される水晶の減衰の速度を示す図である。水晶表面は、チオコレステロールで疎水性にされた極めて小さな金の薄層で覆われている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水溶性活性タンパク質を、1つ又は複数の親水性アミノ酸残基を疎水性残基に変換する能力のある試薬と反応させるステップを含む、疎水性又は部分疎水性活性タンパク質の調製方法であって、疎水化反応を不均一相中又は均一デファレンシャル極性溶媒混合物中で行うことによって、タンパク質の活性の根源である活性部位が保護される調製方法。
【請求項2】
反応が、固/液系又は液/液系中で実施される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
水溶性活性タンパク質をその活性部位を介して親和性マトリックス上に固定するステップ、固定されたタンパク質を試薬と反応させるステップ、疎水化された活性タンパク質をマトリックスから溶出させるステップを含む、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
水溶性活性タンパク質を水性溶液中に溶解するステップ、試薬を少なくとも部分的に水と混和できる低極性溶媒中に溶解するステップ、極性/低極性均一混合物を調製するステップ、そこで該タンパク質と該試薬を反応させるステップ、疎水化された活性タンパク質を回収するステップを含む、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項5】
水性溶液中にタンパク質の活性部位に特異的な可逆性リガンドを溶解することをさらに含む、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
親水性アミノ酸残基を疎水性残基に変換する能力のある試薬が、アルキル化する、アシル化する、アリール化する、ジアゾ、ペプチド結合を形成する、シッフ塩基を形成する化合物、又は疎水性部分を導入する能力のある化合物を含む群から選択される、請求項1から5までのいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
水溶性活性タンパク質が、酵素、ホルモン、受容体、抗原、抗体、アレルゲン、免疫反応性タンパク質、親和性パートナー、並びにこれらの誘導体、フラグメント及び機能的等価物を含む群から選択される、請求項1から6までのいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
水溶性活性タンパク質が、筋アルドラーゼ、トリプシン、アミラーゼ、リパーゼ、コラゲナーゼ又はエラスターゼを含む群から選択される、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
活性の根源である領域に対して遠位の又は反対側のタンパク質部分中に、疎水性残基に変換された1つ又は複数の親水性アミノ酸残基を有する、請求項1から8までのいずれか一項に記載の方法で得ることができる疎水化活性タンパク質。
【請求項10】
コレステリル−アミノ酸残基に変換された1つ又は複数の親水性アミノ酸残基を有する、請求項9に記載の疎水化活性タンパク質。
【請求項11】
請求項9又は10に記載の疎水化タンパク質を疎水性固体支持体と接触させるステップを含む、固体支持体上に固定された配向活性タンパク質の単分子層からなるデバイスの調製方法。
【請求項12】
疎水性固体支持体が、すべて任意選択的にそれらを疎水性にするように誘導体化された、天然又は合成ポリマー、炭素材料、シリコン、金属、樹脂である、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
疎水性固体支持体が、ウェーハ、平板、薄層、薄板、チューブ、繊維、粒子、顆粒、粉末の形態である、請求項11又は12に記載の方法。
【請求項14】
請求項11から13までのいずれか一項に記載の方法によって得ることができるデバイス。
【請求項15】
実験室用チップ中に含められるカートリッジの形態、又はフィルターの形態、又はマイクロアレイ支持体の形態の、請求項14に記載のデバイス。
【請求項16】
請求項14又は15に記載のデバイスを含む、又はそれらのデバイスからなるバイオリアクター又はバイオセンサー。
【請求項17】
請求項14又は15に記載のデバイスを調製するステップ、
固定されたタンパク質をリガンド又はリガンド候補と接触させるステップ、及び
原子間力顕微鏡法(AFM)でタンパク質及び/又はその複合体を画像化するステップ
を含む、水溶性タンパク質とリガンド又はリガンド候補との間の相互作用を調べるための技術。
【請求項18】
タンパク質材料をランダムに疎水化された材料に変換するステップ、
該疎水化材料を疎水性固体支持体と接触させてランダム配向に固定されたタンパク質材料の単分子層を得るステップ、
原子間力顕微鏡法(AFM)で材料を画像化するステップ、
コンピューターで支援された手段で元々の材料の画像を再構成するステップ
を含む、水溶性タンパク質材料の立体配座を調べるための技術。
【請求項19】
診断的、遺伝子的、免疫学的分析のためのマイクロアレイを調製するための、或いはタンパク質又は遺伝子材料を機械的に操作するための、請求項14に記載のデバイスの使用。
【請求項20】
液体又は気体を処理するためのバイオリアクターを調製するための、請求項15に記載のデバイスの使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公表番号】特表2009−515869(P2009−515869A)
【公表日】平成21年4月16日(2009.4.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−539542(P2008−539542)
【出願日】平成18年6月30日(2006.6.30)
【国際出願番号】PCT/IB2006/052203
【国際公開番号】WO2007/054839
【国際公開日】平成19年5月18日(2007.5.18)
【出願人】(508142321)
【Fターム(参考)】