説明

水系環境下での耐摩耗性に優れた摺動部材

【課題】 水系環境下で作動させる摺動部材の組み合わせであって、水系環境下で優れた耐摩耗性を発揮する摺動部材を提供する。
【解決手段】 該摺動部材の摺動部における少なくとも一方の摺動面に、硬度7〜25GPaで厚さ0.1〜5μmの非晶質炭素膜が形成されていることを特徴とする摺動部材である。より優れた耐摩耗性を発揮させるべく、発揮前記非晶質炭素膜として、水素を5〜40at%含む水素化非晶質炭素膜を形成させたものを好ましい形態とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は摺動部材に関するものであり、殊に、水系環境下で作動させた場合でも優れた耐摩耗性を発揮する摺動部材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
産業機械用の駆動力として、現在、油圧によるものが主流を占めているが、作動媒体(油系媒体)の流出に伴う環境汚染や食品産業分野における衛生上の問題から、作動媒体として油系媒体を使用することが望ましくない場合がある。またゴミ焼却炉等で油系媒体を使用すると引火するおそれもある。そこで近年、作動媒体を油系媒体から害が少なく引火性のない水系媒体へ代替することについて検討がなされている。
【0003】
しかし作動媒体を油系媒体から水系媒体へ転換すると次の様な問題が起こりうる。即ち、水系媒体には油系媒体の様な潤滑作用がないため、従来の産業機械の作動に水系媒体を用いると摺動部で焼き付きが生じ得る。そこで焼き付きを抑制すべく、セラミックやエンジニアリングプラスチックを摺動部材の材料に使用することが提案されているが、これらの材料は、金属系材料と比較して高価であり、また加工性や耐衝撃性が金属系材料より劣るため実用化には至っていない。
【0004】
水系媒体を使用した場合の上記問題を解消する方法として、摺動部材を構成する基材に硬質皮膜を被覆することも提案されている。例えば特許文献1には、基材を金属材料とし、その一方の部材の摺動面に窒化チタン膜を形成し、他方の部材を非脆性材料とするか、または該他方の部材の摺動面に、硬質膜として窒化物系セラミック、酸化物系セラミックまたは炭化物系セラミックを形成することが提案されている。しかし、特許文献1に記載された上記硬質膜を形成しても、水系環境下での潤滑性と耐摩耗性をより高めて、摺動部の焼き付きを確実に防止することは難しい。
【0005】
また、例えば水圧ポンプの様に機器内に高圧水が供給される場合、摺動部材の接触圧力が水圧と同程度になるため、耐高面圧性(基材と皮膜の密着性)と高面圧下での低摩擦特性が要求されるが、従来の摺動部材は該特性まで満たすものでない。
【0006】
特許文献2には、機械部品等における基材への高い密着性と、優れた耐摩耗性を実現すべく、非晶質の無水素炭素膜または一定量の水素を含む含水素炭素膜を、基材上に形成することが提案されている。しかしここで開示されている皮膜は、ビッカース硬度で10〜100GPaと硬度範囲が広いが、水環境下で使用する摺動部材に被覆する場合には、皮膜の硬度をより厳密にコントロールしなければ早期に摩耗・損傷を招く。また特許文献3にも、ピストンリングの皮膜等として低摩耗性と優れた密着性を兼備した非晶質炭素膜が示されているが、該皮膜も、硬度がHv2000〜10000(HV1000=10GPaであるので、20〜100GPa)と高硬度側かつ広範囲であり、水環境下で使用する摺動部材の耐摩耗性を確実に実現することは難しいものと考える。
【特許文献1】特開平10−184692号公報
【特許文献2】特開2003−26414号公報
【特許文献3】特開2000−128516号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明はこの様な事情に着目してなされたものであって、その目的は、水系環境下で作動させる摺動部材の耐摩耗性を改善すること、具体的には、摺動部材の摩擦係数と摩擦量の更なる低減を図ると共に、優れた耐高面圧性を確保することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の摺動部材は、水系環境下で作動させる摺動部材の組み合わせであって、該摺動部材の摺動部における少なくとも一方の摺動面に、硬度7〜25GPaで厚さ0.1〜5μmの非晶質炭素膜が形成されているところに特徴を有する。
【0009】
前記非晶質炭素膜として、水素を5〜40at%(原子%)含む水素化非晶質炭素膜が形成されたものは、より優れた耐摩耗性を示すので好ましい。また、前記摺動部の両摺動面に前記非晶質炭素膜が形成されたものは、更に優れた耐摩耗性を発揮するので好ましい。
【0010】
尚、上記「水系環境下」とは、純水、水道水、水系エマルジョン等といった油系溶媒レベルの潤滑効果を有さない水系溶媒に浸漬するか、該水系溶媒が潤滑剤として供給されている状態をいうものとする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、例えば水圧ポンプ等の水をベースとした環境下で摺動部材を作動させた場合でも、摺動部の焼き付きや摩耗が抑制されるため、摺動部材を含む産業機械を長時間継続して駆動させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明者らは、水系環境下で作動させる摺動部材の摺動部における摩擦係数と摩耗量の更なる低減を図ると共に、高面圧下における耐焼き付き性を改善すべく、該摺動部材の摺動部に被覆する皮膜について検討を行った。その結果、前記摺動部における少なくとも一方の摺動面に、硬度7〜25GPaの非晶質炭素(ダイヤモンドライクカーボン、以下「DLC」と略記する場合がある)膜を0.1〜5μm形成すればよいことを見出し、本発明に想到した。
【0013】
尚、上記DLCとは、ダイヤモンドの構造とグラファイトの構造が混ざり合った構造の炭素をいい、上記の通り非晶質炭素と称される他、無定形炭素、i−カーボンまたはダイヤモンド状炭素等とも称される。尚、後述する通り、水素を含みC−H結合またはC=H結合の炭化水素結合を有しているものも、「水素化非晶質炭素膜」と特記しない限り上記DLC膜に含まれる。
【0014】
以下、本発明で、摺動部材の摺動部に被覆させる皮膜を限定した理由について詳述する。
【0015】
まず本発明では、水系環境下で作動させる摺動部材の表面に上記の通りDLC膜を形成するが、これはDLC膜が、他の金属膜や金属化合物膜、無機化合物膜を被覆させた場合よりも、水系環境下での耐摩耗性を効率よく高め得ることによる。この様にDLC膜の形成により摩擦や摩耗が低減するメカニズムとしては、DLC膜の表面が摺動時の面圧や発熱により摺動中に変質して相手材に軟質な移着層を形成し、相手材が摩擦を受けた場合にもこの移着層中で剪断が生じるため低摩擦係数を示すと共に、移着層が相手材の保護膜となるため低摩擦係数を示すものと考えられる。また水系環境下で摺動させる場合には、摺動中にDLCが炭素化(グラファイト化)して、環境中の水分がグラファイトに吸着して低摩擦を示しているためとも考えられる。
【0016】
本発明者らは、この様なDLC膜の利点を把握した上で、更に検討を行ったところ、硬度が一定範囲内にあるDLC膜を形成すれば、水系環境下での耐摩耗性を更に向上できること、具体的には水系環境下でも摩擦係数と摩耗量の低減を確実に達成できることを見出した。即ち本発明では、硬度が7GPa以上のDLC膜を形成する。硬度が小さいと、DLC膜本来の十分な耐摩耗性が発揮されないまま早期に摩耗し、基材同士が接触して焼き付きが生じるからである。好ましくは10GPa以上のDLC膜とする。
【0017】
一方、DLC膜の硬度が高すぎると、DLC膜そのものは摩耗し難くなるが、相手材である他方の摺動部材の摺動面が摩耗しやすくなる(以下、この様な特性を「相手材攻撃性」ということがある)。従来よりDLC膜をコーティング膜として使用した例は数多くあるが、該皮膜の硬度は、HV3000〜4000(HV1000=10GPaであるので、30〜40GPa)と高く、摺動部材の片面のみにこの様な高硬度の皮膜を形成した場合には摺動相手材の摩耗が著しくなるので、長期にわたり良好に摺動部材を稼働させることができない。本発明では、被覆するDLC膜の硬度を25GPa以下とした。好ましくは20GPa以下である。
【0018】
尚、上記DLC膜の硬度は、ナノインデンターを使用して測定した。具体的にはベルコビッチ型の三角錐圧子を用い、2、5、7、10、20mNの最大荷重で各々5点の負荷除荷曲線を測定して硬度を算出した。硬度の算出に際しては、文献:「Phil.Mag.74(1996)1097」(A.Shimamoto et al.)に記載の方法を用いて、圧子形状の補正を実施した。
【0019】
上記の通りDLC膜の硬度を規定範囲に制御する方法として、例えばUBMS(アンバランスト型マグネトロンスパッタリング)装置等で成膜する場合にバイアス電圧を調節する方法が挙げられ、高バイアス電圧とすることで硬度を高めることができる。また、DLC膜の水素含有量を調節することによっても硬度を制御することができ、水素含有量を高めれば硬度を低下させることができる。
【0020】
本発明では上記DLC膜の膜厚も制御する必要がある。膜厚が薄すぎると、摺動初期のなじみ過程における初期摩耗でDLC膜が消失し、基材が露出して焼き付き易くなるからである。よって、上記DLC膜の膜厚は0.1μm以上とする。好ましくは0.5μm以上である。摩擦係数や摩耗量を低減しかつ焼き付き面圧を高める観点からは、DLC膜の膜厚を厚くする方がよいが、膜厚が厚すぎると、DLC膜の内部応力により特にエッジ部分で皮膜が剥離しやすくなる。よって本発明では膜厚を5μm以下と規定した。好ましくは3μm以下である。
【0021】
前記DLC膜として、水素を一定量含有させた水素化非晶質炭素膜を形成すれば、水素を全く含まないDLC膜よりも、摩耗量と摩擦係数をより低減することができる。この理由について詳細は必ずしも明らかでないが、DLC皮膜の最表面側にC−H結合が存在し、最表面側がCのみの場合と表面エネルギーが異なることで、結果的に水を吸着し易い状態となるためと推定される。
【0022】
上記効果を発揮させるには、DLC膜全体に占める水素量を5at%以上にするのが好ましい。DLC膜の摺動特性は摺動環境により異なるので、摺動環境に応じて最適な水素量を選択することが重要である。摩耗量と摩擦係数を十分に低減させるには、DLC膜全体に占める水素量が25at%以上の水素化非晶質炭素膜とするのがよい。しかし、水素を過剰に含んだ水素化非晶質炭素膜を形成すると、耐摩耗性がかえって低下するので、DLC膜全体に占める水素量は40at%以下となるようにする。
【0023】
尚、本発明のDLC膜は、上記の通り炭素のみからなるものまたは炭素と水素からなるものの他、上記耐摩耗性を更に高めるべく、第3元素としてSi、Crなどの添加元素が合計で10at%以下含まれていてもよい。
【0024】
本発明では、上記DLC膜が摺動部の両摺動面に形成されていれば、摺動部材の摩耗量と摩擦係数を著しく低減でき、かつ耐高面圧性も大幅に改善されるので好ましい。摺動部の両摺動面にDLC膜を形成した場合には、上述した移着層が極めて形成されやすく、かつ相手材のDLC膜表面に強固に結合し易くなるため、摺動部材の摩耗量と摩擦係数を著しく低減できるものと推定される。
【0025】
本発明の摺動部材は、上記DLC膜が摺動部における少なくとも一方の摺動面に形成されたものであり、該DLC膜が摺動部における両摺動面に形成されていることを好ましい形態とするが、それ以外については特に限定されない。よって、摺動部のみにDLC膜の形成された上記形態の他、摺動部以外の部位にも該DLC膜が形成された形態であってもよい。
【0026】
またDLC膜の形成箇所が複数の場合(例えば、摺動部の両摺動面にDLC膜を形成する場合や複数の摺動部にDLC膜を形成する場合)、形成するDLC膜は、それぞれ本発明で規定する条件を満たすものであれば、必ずしも同一の膜種である必要はなく、硬度や膜厚、水素含有量が上記規定範囲内で互いに相違していてもよい。
【0027】
上記DLC膜の形成方法(成膜方法)は特に問わないが、炭化水素ガスを原料として形成するCVD法の場合には皮膜中の水素量の制御が難しいため、固体の炭素源を使用したスパッタ法またはアーク法が推奨される。特にスパッタ法での成膜が推奨される。アーク法の場合には、炭素蒸発源のアーク放電に伴い多数のパーティクルが飛散し、皮膜上に付着して耐摩耗性の劣化原因となりうるが、スパッタ法の場合には、パーティクルの発生もほとんどなく、メタンやエチレンなどの炭化水素ガスをプロセス中に投入することで、皮膜中の水素量も任意に制御可能だからである。
【0028】
DLC膜中の水素量の制御は、ほぼ炭化水素ガスの投入量で決まるが、炭化水素ガスの総投入水素量が同じであっても、1分子中に含まれる水素原子数の多いガス(例えばメタンガスよりもエチレンガス)を用いる方が、DLC膜中の水素含有量を増加させ易い。またDLC膜中の水素量は、成膜時のバイアス電圧にも依存し、一般的な傾向として、同一メタン量を投入する場合であってもバイアス電圧を高くすると、DLC膜中の水素含有量は減少する傾向にある。これらの条件を制御して成膜することで、DLC膜中の水素量を上記一定範囲内にすることができる。該DLC膜の硬度制御のためのバイアス電圧のコントロールは、スパッタ法、アーク法のどちらの方法でも行なうことができる。
【0029】
尚、本発明のDLC膜と基材との間には、中間層として金属皮膜または無機金属化合物皮膜を、摺動部材の耐摩耗性等が損なわれない範囲で形成してもよく、例えばSi、Ti、Zr、Cr、W、Moの単体、あるいはこれらの酸化物、窒化物、炭化物等からなる皮膜を0.1〜1μm程度形成してもよい。上記中間層の形成方法も問わないが、上記DLC膜と同様にスパッタ法あるいはアーク法で形成することが推奨される。
【0030】
本発明の摺動部材は、基材を特に限定するものでなく、例えば超硬合金、ステンレス鋼や合金工具鋼、高速度鋼等の鉄系合金、チタン系合金、アルミニウム系合金、銅系合金、ガラス、アルミナ等のセラミックス、樹脂等を基材とすることができる。また本発明の摺動部材は、水系環境下で作動させる摺動部材の組み合わせであって、具体的には、例えば水圧ピストン、水圧シリンダー、バルブプレート等の相対運動するものが挙げられる。
【0031】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0032】
図1に示す複数の蒸発源を有するアンバランスト型マグネトロンスパッタリング装置1を用いてDLC膜を形成した。該スパッタリング装置1には4元の蒸発源4〜6が備わっており、下記中間層やDLC膜の形成には、Cr蒸発源4、W蒸発源5および2元のC蒸発源6を使用した。
【0033】
基材として、硬度と水素含有量の測定用に超硬合金基板(鏡面研磨したもの)を使用し、ボールオンディスク摺動試験用およびリングオンディスク焼き付き荷重評価試験用に後述する試験片を用いた。成膜に際し、まず上記基材をエタノールで超音波洗浄してからスパッタリング装置1内の基板ステージ2上にセットし、1×10-3Pa以下の真空にまで排気した後、約300℃まで基材3を加熱して基材3の脱ガスを実施した。その後、基材温度を200℃前後で一定に保ちながら、Arイオンによるクリーニングを実施した。
【0034】
それから中間層を形成し、次にDLC膜を形成した。本実験では、表1,2に示す通り、
・Cr/Cr−C/DLC膜積層皮膜、
(基材側から順にCr膜、Cr炭化物膜およびDLC膜の形成された積層皮膜)、
または、
・Cr/W/W−C/DLC膜積層皮膜
(基材側から順にCr膜、W膜、W炭化物膜およびDLC膜の形成された積層皮膜)を形成した。
【0035】
上記中間層として、Cr層またはW層の形成は、純Ar雰囲気中でCrターゲットまたはWターゲットを用いてスパッタリングにより形成した。また、Cr炭化物層またはW炭化物層の形成は、Ar−CH4(5%)雰囲気中で、CrターゲットまたはWターゲットへの投入電力を徐々に減少させると共にカーボンターゲットへの投入電力を増加させることによって形成した。中間層の厚みはいずれも0.5〜1μmとした。
【0036】
また上記DLC膜の形成は、ターゲットへの投入電力を2.5kWとし、Arまたは(Ar+CH4)混合ガスを0.6Paの全圧下で用いて行った。基板バイアスは、アース電位に対して基板(被処理体)がマイナス電位となるよう0〜150Vの範囲で印加した。DLC膜の厚みは表1,2に特記する以外は1〜2μmとした。尚、比較試料として、中間層およびDLC膜を形成していない未処理の試験片も用意した。
【0037】
この様にして中間層とDLC膜を形成した試験片および未処理の試験片を用いて、以下の評価を行った。
【0038】
皮膜硬度はナノインデンターで測定した。尚、ここではDLC膜単独の硬度を測定した。DLC膜中の水素量はERDA(Elastic Recoil Detection Analysis)で測定し、DLC膜を構成する炭素と水素に占める水素量(at%)を求めた。
【0039】
また耐摩耗性を評価するため、ボールオンディスク摺動試験を下記条件で行い、摩擦係数、ボール比摩耗量およびディスク比摩耗量を測定した。これらの結果を表1に示す。尚、表1中のボール比摩耗量およびディスク比摩耗量は、表1に示す通り測定値を109倍した値を示している。
【0040】
<ボールオンディスク摺動試験>
ディスク:各種DLC膜コーティングまたは未コーティングの
SUS630(熱処理H900、硬度HV400)
サイズ等:φ55mm×5mm厚さ、片面鏡面研磨
ボール:3/8インチ径、未コーティングの
SUS630(熱処理H900、硬度HV400)
摺動速度:0.5m/s
垂直荷重:2N
潤滑:蒸留水(図2の通りディスクを浸漬させた状態とする)
摺動距離:5000m
【0041】
【表1】

【0042】
表1より次の様に考察できる。No.3〜6,9,10,14,15は、本発明で規定する皮膜を形成しているため、摩擦係数が小さくかつディスクとボールの両方の摩耗量も抑えられている。これに対し、No.1,2,7,13は本発明の規定を満たしていないため、摩擦係数が高くなり、ディスクやボールの摩耗も著しい。即ち、No.1ではDLC膜を形成せず、No.2では形成したDLC膜の硬度が低すぎるため、摩耗試験において特にディスクの摩耗が著しい。またNo.7では形成したDLC膜の硬度が高すぎるため、DLC膜が相手材攻撃性を示し、摩耗試験において特にボールの磨耗が著しい。No.13は、DLC膜が薄すぎるため試験開始直後に基材が露出した。
【0043】
No.8,11は、DLC膜中の水素量が推奨される範囲を外れるものであるが、これらの例から、DLC膜中の水素量も好ましい範囲となるよう併せて制御することによって、摩擦係数と摩耗量の増大を確実に抑制できることがわかる。
【0044】
No.12は、上記中間層を形成せず、基材に直接DLC膜をコーティングした例であるが、摩耗試験で剥離したため摩擦係数と摩耗量を測定することができなかった。
【0045】
次に、耐高面圧性(高面圧下における耐焼き付き性)を評価するため、表2に示す通りリングとディスクの両方またはどちらか一方にDLC膜コーティングを行ったものを用いて、リングオンディスク焼き付き荷重評価試験を下記条件で行い、摩擦係数、焼き付き発生荷重およびディスク摩耗量を測定した。その結果を表2に併記する。
【0046】
<リングオンディスク焼き付き荷重評価試験>
ディスク:各種DLC膜コーティングまたは未コーティングのSUS630
(熱処理H900、硬度HV400)
サイズ等:φ34mm×5mm厚み、片面鏡面研磨
(図3に側面図を示す)
リング:各種DLC膜コーティングまたは未コーティングのSUS630
(熱処理H900、硬度HV400)
サイズ等:内径20m、外径25mm、接触面積:25.65mm3
(図4に側面図および断面図を示す)
接触面積:25.65mm
摺動速度:1.0m/s
垂直荷重:50〜900N ステップ荷重で増加
(面圧換算1.95〜35MPa)
潤滑:蒸留水(前記図2と同様にディスクを浸漬させた状態とする)
摺動距離:各荷重で500m摺動
【0047】
【表2】

【0048】
表2より次の様に考察できる。No.5,6,8,9,14,16,19,20は、リングまたはディスクの少なくとも一方に、本発明で規定するDLC膜をコーティングしているため、焼き付き発生面圧が高く優れた耐高面圧性を発揮していると共に、摩擦係数も小さい。更にNo.7,10,15は、リングとディスクの両方に本発明で規定するDLC膜をコーティングしているため、焼き付き発生面圧が高く、また摩擦係数が著しく小さくディスクの摩耗量も抑えられている。
【0049】
これに対し、リングとディスクのどちらにも本発明で規定のDLC膜をコーティングしていない場合には、焼き付き発生面圧が著しく小さく、焼き付いてディスク摩耗体積の測定が不可能であるか、ディスク摩耗体積が著しく大きくなった。また摩擦係数も大きな値を示した。即ち、No.1は、DLC膜をコーティングしていないため、またNo.2〜4はリングとディスクの両方に硬度の著しく低いDLC膜をコーティングしたため、上記不具合が生じた。No.11,12はリングとディスクの一方に硬度の著しく低いDLC膜をコーティングし、他方に硬度の著しく高いDLC膜をコーティングしたため、またNo.13は、リングとディスクの両方に硬度の著しく高いDLC膜をコーティングしたため、上記不具合が生じる結果となった。
【0050】
No.17は、上記中間層を形成せず、基材に直接DLC膜をコーティングした例であるが、摩耗試験において剥離したため焼き付き発生面圧、摩耗係数、ディスク摩耗体積の全てが測定不可能であった。
【0051】
No.18は、形成したDLC膜が薄すぎるため、焼き付き発生面圧が著しく小さく、焼き付いてディスク摩耗体積の測定が不可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】実施例で使用した成膜装置の上面模式図である。
【図2】ボールオンディスク摺動試験の状態を示す写真である。
【図3】実施例で使用したディスクの形状を示す。
【図4】実施例で使用したリングの形状を示す。
【符号の説明】
【0053】
1 成膜装置
2 基板ステージ
3 基材(試験片)
4 Cr蒸発源
5 W蒸発源
6 C蒸発源
7 真空ポンプ
8 ガス(Ar、CH4
9 スパッタ電源
10 バイアス電源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水系環境下で作動させる摺動部材の組み合わせであって、該摺動部材の摺動部における少なくとも一方の摺動面に、硬度7〜25GPaで厚さ0.1〜5μmの非晶質炭素膜が形成されていることを特徴とする水系環境下での耐摩耗性に優れた摺動部材。
【請求項2】
前記非晶質炭素膜は、水素を5〜40at%含む水素化非晶質炭素膜である請求項1に記載の摺動部材。
【請求項3】
前記摺動部の両摺動面に、前記非晶質炭素膜が形成されている請求項1または2に記載の摺動部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−138404(P2006−138404A)
【公開日】平成18年6月1日(2006.6.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−328961(P2004−328961)
【出願日】平成16年11月12日(2004.11.12)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成16年度、経済産業省、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)からの委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【出願人】(000006208)三菱重工業株式会社 (10,378)
【Fターム(参考)】