水素吸蔵材及びその製造方法
【課題】比較的温和な条件下で多量の水素を吸蔵し得る水素吸蔵材を得る。
【解決手段】AlH3、MgH2及びTiH2の混合粉末に対し、5G〜30G(Gは重力加速度)の力を付与する条件でボールミリングを行う。これにより得られたミリング生成物に対して脱水素処理を施すと、Al−Mg合金からなるアモルファス相を母相12とし、該母相12中に、最大長が200nm以下であるAl結晶相、TiH2結晶相が第1分散相14、第2分散相16として点在する水素吸蔵材10が得られる。なお、前記混合粉末を得る際にさらに金属粒子を添加し、これにより、母相12中に金属粒子をさらに分散させるようにしてもよい。
【解決手段】AlH3、MgH2及びTiH2の混合粉末に対し、5G〜30G(Gは重力加速度)の力を付与する条件でボールミリングを行う。これにより得られたミリング生成物に対して脱水素処理を施すと、Al−Mg合金からなるアモルファス相を母相12とし、該母相12中に、最大長が200nm以下であるAl結晶相、TiH2結晶相が第1分散相14、第2分散相16として点在する水素吸蔵材10が得られる。なお、前記混合粉末を得る際にさらに金属粒子を添加し、これにより、母相12中に金属粒子をさらに分散させるようにしてもよい。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素を可逆的に貯蔵又は放出することが可能な水素吸蔵材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池車は、水素と酸素を電気化学的に反応させて発電する燃料電池を搭載する。すなわち、燃料電池によって得られた電力でモータを付勢し、これによりタイヤを回転駆動させる走行駆動力を得る。
【0003】
ここで、酸素は大気から得ることが可能であるが、水素は水素貯蔵用容器から供給される。すなわち、燃料電池車には、水素貯蔵用容器も搭載される。
【0004】
水素貯蔵用容器の水素収容量が大きいほど、燃料電池車を長距離にわたって走行させることができる。しかしながら、過度に大きなガス貯蔵用容器を搭載することは、燃料電池車の重量を大きくすることになり、結局、燃料電池の負荷が大きくなるという不具合を招く。この観点から、水素貯蔵用容器の体積を小さく維持しながら水素収容量を向上させる様々な試みがなされている。その1つとして、水素貯蔵用容器内に水素吸蔵材を収容することが提案されている。例えば、特許文献1には、自身の重量のおよそ10重量%という多量の水素を貯蔵することが可能なAlH3がこの種の水素吸蔵材として有効であると報告されている。
【0005】
図17に示すように、結晶性のAlH3(結晶質AlH3)1は、略正方形に近似されるマトリックス相2と、該マトリックス相2、2同士の間に介在する粒界相3とが存在する微細組織を有する。この場合、マトリックス相2の辺長t1は概ね100μm、粒界相3の幅w1は数μmであり、組織内において粒界相3が占める割合は数体積%である。この結晶質AlH3につきX線回折測定を行うと、α相、β相、γ相の少なくともいずれかに由来するシャープなピークが出現する回折パターンが得られる。
【0006】
なお、マトリックス相2は、AlとHが結晶格子を形成したAlH3からなり、一方、粒界相3は、非晶質AlにHが固溶した状態である。
【0007】
結晶質AlH31は、下記の式(1)に従って水素を吸蔵する一方、式(2)に従って水素を放出する。なお、式(1)、(2)は任意の吸蔵/放出サイトでの反応であり、結晶質AlH31のすべてが酸化・還元されることを意味するものではない。
Al+3/2H2→AlH3 …(1)
AlH3→Al+3/2H2 …(2)
【0008】
ところで、上記式(2)は比較的容易に進行するものの、式(1)は容易に進行しない。すなわち、前記特許文献1によれば、AlH3は、ドーパントとしてのTi及びNaHとが添加され、さらに、100気圧の水素加圧下でボールミルが行われるに至り、ようやく水素ガスを再吸蔵する。
【0009】
また、非特許文献1には、AlにH2ガスを接触させる気相法で水素化を行うにあたっては、280〜300℃で2.5GPa(約25000気圧)よりも高圧とする必要がある、との記載がある。さらに、該非特許文献1によれば、450〜550℃とした場合には、さらに高圧の4〜6GPaが必要である、とのことである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2004−18980号公報(特に、段落[0060]〜[0062])
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】セルゲイ ケー.コノバロフ、ボリス エム.ブルシェフ 無機化学 1995年第34巻第172頁〜第175頁(Sergei K. Konovalov,Boris M. Bulychev Inorganic Chemistry 1995, 34, 172-175)(特に、第173頁右欄第26行〜第28行、図2)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
以上のように、結晶質AlH3には、水素を吸蔵させることが困難であるという不具合が顕在化している。
【0013】
本発明は上記した問題を解決するためになされたもので、水素を容易に吸蔵・放出し得、しかも、水素の吸蔵量が大きな水素吸蔵材及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
前記の目的を達成するために、本発明は、水素を可逆的に吸蔵・放出可能な水素吸蔵材であって、
Al−Mg合金からなるアモルファス相中に、最大長が200nm以下であるAl結晶相と、最大長が200nm以下であるTiH2結晶相とが分散したことを特徴とする。
【0015】
このような構成とすることにより、比較的温和な条件下であっても、水素吸蔵量を増加させることが可能となる。換言すれば、水素を吸蔵するために必要なエネルギが小さい。実際、本発明に係る水素吸蔵材において、水素の吸蔵が開始される圧力及び温度は、10MPa(100気圧)程度、60℃程度である。また、この条件下で水素を放出させることも可能である。
【0016】
この理由は、他の相に比してアモルファス相の体積を大きくしている(すなわち、母相としている)ためであると考えられる。すなわち、結晶質AlH3(図17参照)に水素を吸蔵させる場合、上記したように、先ず、アモルファス相である粒界相から水素吸蔵が開始される。本発明においても同様に、アモルファス相において水素吸蔵が優先的に起こると仮定すれば、アモルファス相が母相であるために他の相に比して体積が大きいので、比較的温和な条件下であっても、水素吸蔵量が増加すると推察される。
【0017】
しかも、Mgが存在するために、水素分子の吸着、吸着した水素分子の水素原子への解離、解離した水素原子のアモルファス相への拡散が、Al単体の場合よりも促進される。このことも、水素吸蔵量の増加に寄与する。
【0018】
その上、本発明においては、TiH2が水素分子の水素吸蔵材への吸着、水素吸蔵材からの解離を促進する。従って、上記のように比較的温和な条件下であっても、水素を吸蔵又は放出することが可能となる。
【0019】
上記した効果は、前記アモルファス相中に最大径が500nm以下の金属粒子がさらに分散している場合に一層顕著となる。すなわち、同一条件下での水素吸蔵量が大きくなる。この理由は、前記金属粒子が、水素を吸蔵する際に活性作用を営むからであると考えられる。
【0020】
また、この場合、室温(25℃)においても、10MPa(100気圧)程度の圧力下で水素を放出・吸蔵することが可能である。
【0021】
なお、前記金属粒子は、上記の活性を示すものであればよいが、その好適な例としては、Ni、Fe、Pd、又はこれらの中の2種以上を挙げることができる。
【0022】
また、本発明は、Al−Mg合金からなるアモルファス相中に、最大長が200nm以下であるAl結晶相と、最大長が200nm以下であるTiH2結晶相とが分散した水素吸蔵材を製造する方法であって、
AlH3、MgH2及びTiH2を混合して混合粉末を得る工程と、
前記混合粉末に対し、水素雰囲気中で5G〜30G(ただし、Gは重力加速度)の力を付与する条件下でボールミリングを60分〜600分行い、ミリング生成物を得る工程と、
前記ミリング生成物に対して脱水素処理を施すことで、前記水素吸蔵材を得る工程と、
を有することを特徴とする。
【0023】
本発明においては、ボールミリング時、AlH3、MgH2及びTiH2の混合粉末に5G〜30Gという大きな力が作用する。この力により、AlH3及びMgH2のマトリックス組織がAl−Mg合金のアモルファス相に変化するとともに、該アモルファス相中に最大長が200nm以下のAl結晶相及びTiH2結晶相が分散相として点在するミリング生成物が得られる。
【0024】
すなわち、本発明によれば、ボールミリングを行って前記混合粉末に力を付与するという工程を実施することによって、比較的温和な条件下であっても水素を多量に吸蔵可能な水素吸蔵材を得ることが可能となる。
【0025】
前記混合粉末におけるAlH3と、MgH2及びTiH2の和との割合は、特に限定されるものではないが、例えば、重量比でAlH3:(MgH2+TiH2)=95:5〜55:45に設定することができる。また、MgH2とTiH2との好ましい割合は、重量比でMgH2:TiH2=9:1〜1:9である。
【0026】
上記したように、最大径が500nm以下の金属粒子をアモルファス相(母相)中にさらに分散させることによって、同一条件下での水素吸蔵量を大きくすることができる。このような水素吸蔵材を得るには、AlH3、MgH2及びTiH2を混合する際、最大径が500nm以下の金属粒子をさらに添加すればよい。なお、AlH3、MgH2、TiH2、金属粒子の添加順序が順不同であることは勿論である。
【0027】
この際には、金属粒子としてNi、Fe、Pd、又はこれらの中の2種以上を添加することが好ましい。上記したように、これらの金属粒子は、水素吸蔵量を大きくする効果に優れるからである。
【0028】
この種の金属粒子を添加する場合、混合粉末におけるAlH3と、MgH2、TiH2及び金属粒子の和との割合は、特に限定されるものではないが、例えば、重量比でAlH3:(MgH2+TiH2+金属粒子)=95:5〜55:45に設定することができる。
【発明の効果】
【0029】
アモルファス相を母相とするとともに該母相にMgを含め、さらに、前記母相中にTiH2結晶質を分散する構成とした本発明によれば、比較的温和な条件下であっても、水素吸蔵量を増加させることが可能となる。すなわち、低温・低圧下で水素吸蔵量を大きくすることができる。この理由は、Mgが水素の取り込み(吸蔵)を活性化し且つTiH2が水素の水素吸蔵材への吸着、水素吸蔵材からの解離を促進するとともに、他の相に比して体積が大きなアモルファス相(母相)において水素が優先的に吸蔵されるためであると推察される。
【0030】
従って、該水素吸蔵材を収容したガス貯蔵用容器に対し、加熱装置を付設したり、耐圧を向上させるための特別な構造を設けたりする必要がない。このため、ガス貯蔵用容器の構成を簡素なものとすることができるとともに、設備投資が高騰することを回避することができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】第1実施形態に係る水素吸蔵材の透過型電子顕微鏡(TEM)写真である。
【図2】図1に示される淡灰色部位に対して制限視野分析を行うことで得られた電子線回折像である。
【図3】図1に示される濃灰色部位に対して制限視野分析を行うことで得られた電子線回折像である。
【図4】図1に示される黒色部位に対して制限視野分析を行うことで得られた電子線回折像である。
【図5】図1〜図4に示す水素吸蔵材の微細組織を模式的に表した組織構造模式説明図である。
【図6】第2実施形態に係る水素吸蔵材の微細組織を模式的に表した組織構造模式説明図である。
【図7】図6に示す水素吸蔵材のTEM写真である。
【図8】図7に示される灰色部位に対して制限視野分析を行うことで得られた電子線回折像である。
【図9】図7に示される黒色部位aに対して制限視野分析を行うことで得られた電子線回折像である。
【図10】図7に示される黒色部位bに対して制限視野分析を行うことで得られた電子線回折像である。
【図11】図7に示される黒色部位cに対して制限視野分析を行うことで得られた電子線回折像である。
【図12】実施例1において得られた最終生成物のX線回折パターンである。
【図13】前記最終生成物の水素吸放出(PCT)測定結果を示すグラフである。
【図14】実施例2において得られた最終生成物のX線回折パターンである。
【図15】前記最終生成物の25℃におけるPCT測定結果を示すグラフである。
【図16】前記最終生成物の60℃におけるPCT測定結果を示すグラフである。
【図17】結晶質AlH3の微細組織を模式的に表した組織構造模式説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、本発明に係る水素吸蔵材及びその製造方法につき好適な実施の形態を挙げ、添付の図面を参照して詳細に説明する。
【0033】
図1は、第1実施形態に係る水素吸蔵材の透過型電子顕微鏡(TEM)写真である。この図1に示されるように、該水素吸蔵材をTEM解析した場合、大部分は淡灰色であり、その中に、黒色に近い濃灰色部位と、黒色部位とが分散して存在する。すなわち、淡灰色部位は母相であり、濃灰色部位及び黒色部位は分散相である。
【0034】
図2は、淡灰色部位に対して制限視野分析を行うことで得られた電子線回折像である。この図2においてハローパターンが出現していることから、淡灰色部位はアモルファス相である。さらに、淡灰色部位についてエネルギー分散型X線分光法(EDS)によって分析を行うと、Al、Mgが存在することが確認される。以上の結果から諒解されるように、淡灰色部位、換言すれば、母相は、アモルファス相Al−Mg合金から構成される。
【0035】
一方、濃灰色部位につき制限視野分析を行うと、図3に示すように、結晶質であることを示す明確なスポットパターンが得られる。また、EDS分析では、Alの存在が確認される。すなわち、濃灰色部位は、Al結晶相からなる。
【0036】
黒色部位の制限視野分析においても同様に、図4に示すように、結晶質であることを示す明確なスポットパターンが確認される。さらに、EDS分析においてTi及びHの存在が認められることから、黒色部位は、TiH2結晶相であるとの同定結果が導かれる。
【0037】
以上の通り、この水素吸蔵材は、アモルファス相Al−Mg合金からなる母相中に、Al結晶相及びTiH2結晶相が分散相として存在するようにして構成されている。
【0038】
図5は、淡灰色部位(母相)、濃灰色部位(第1分散相)及び黒色部位(第2分散相)の各電子線回折像が以上のように示される水素吸蔵材10の微細組織を模式的に表した組織構造模式説明図である。この図5中の参照符号12、14、16のそれぞれは、前記母相、前記第1分散相及び前記第2分散相を表す。
【0039】
上記したように、結晶質AlH31(図17参照)に水素を吸蔵させる場合、先ず、アモルファス相である粒界相3から水素吸蔵が開始される。第1実施形態に係る水素吸蔵材10においても同様に、アモルファス相、すなわち、母相12から水素吸蔵が始まると推察される。
【0040】
図1及び図5から諒解されるように、第1実施形態に係る水素吸蔵材10では、アモルファス相である母相12の体積割合が著しく大きい。このため、この水素吸蔵材10には、水素吸蔵サイトが多量に存在する。従って、水素吸蔵可能量が著しく大きくなる。
【0041】
また、母相12においては、AlとMgがランダムに位置する。このため、水素吸蔵サイトとして、Alを水素化するために必要なエネルギが、Alを気相法で水素化することで結晶性AlH3に変化させるために必要なエネルギよりも小さいものが多い。従って、母相12がAlを吸蔵する際に必要なエネルギは、結晶性AlH3がAlを吸蔵する際に必要なエネルギよりも小さくなる。すなわち、水素吸蔵材10は、水素を容易に貯蔵し得る。
【0042】
さらに、母相12にはMgが存在する。Al−Mg合金からなるアモルファス相は、Al単独のアモルファス相に比して水素分子を容易に吸着する。しかも、水素分子を水素原子に解離することも、また、解離した水素原子を内部に拡散させることも、Al−Mg合金からなるアモルファス相の方が優れている。すなわち、Mgが存在することにより、母相12への水素の吸着から取り込み(吸蔵)までが促進される。
【0043】
その上、第2分散相16であるTiH2は、水素分子の水素吸蔵材10への吸着や、水素吸蔵材10からの解離を促進する機能を営む。
【0044】
以上のような理由から、この水素吸蔵材10は、水素圧力が10MPa(100気圧)程度、温度が60℃程度の比較的温和な条件であっても、図17に示される結晶質AlH31に比して多量の水素を吸蔵することができる。しかも、水素を吸蔵させるためにボールミリングを行う必要もない。
【0045】
第1分散相14であるAl結晶相、第2分散相16であるTiH2結晶相の最大長は、200nm以下である。換言すれば、水素吸蔵材10には、平面的な二次元視野で測定される長さが200nmを超える第1分散相14、第2分散相16は含まれない。
【0046】
この水素吸蔵材10は、次のようにして得ることができる。
【0047】
はじめに、AlH3を合成する。
【0048】
AlH3は、例えば、LiAlH4のジエチルエーテル溶液にAlCl3を溶解して常温で反応させることで得ることができる。すなわち、この反応によって生成したLiClを濾過によって分離し、濾液を真空ポンプ等によって室温で減圧することでジエチルエーテルを蒸発させる。さらに、40〜80℃で減圧して乾燥させれば、固体粉末状のAlH3が得られる。この時点では、AlH3は結晶質AlH3である。
【0049】
次に、AlH3粉末、MgH2粉末及びTiH2粉末を混合して混合粉末を得る。なお、MgH2粉末及びTiH2粉末はいずれも市販されており、容易に入手可能である。
【0050】
MgH2とTiH2の割合は、特に限定されるものではないが、重量比でMgH2:TiH2=9:1〜1:9に設定すればよい。また、AlH3とMgH2+TiH2との割合も特に限定されるものではないが、重量比でAlH3:(MgH2+TiH2)=95:5〜55:45に設定すればよい。
【0051】
この混合粉末に対し、水素ガス雰囲気中で5G〜30G(ただし、Gは重力加速度)の力を付与する条件でボールミリングを行う。具体的には、混合粉末を粉砕用ボールとともに水素雰囲気中でポットに封入する。この際、該ポットの内部水素圧が0.1〜2MPaとなるようにする。
【0052】
次に、このポットを、遊星型ボールミル装置の円盤状台板に回転自在に設けられた回転台座と押止軸とで挟持し、さらに、前記円盤状台板及び前記回転台座の双方を回転させる。
【0053】
遊星型ボールミル装置では、ポットは、前記円盤状台板が回転することで公転運動を行う一方、前記回転台座が回転することで自転運動を行う。すなわち、ポットは、円盤状台板に連結された回転軸を中心に公転運動し、前記押止軸を中心に自転運動する。これら公転運動及び自転運動により、ポットに収容された混合粉末に力が作用する。なお、ボールミリングの間、ポット内が水素雰囲気であるので、マグネシウムアラートMg(AlH4)2のような化合物が形成されることが抑制され、Al−Mg合金のアモルファス相を得ることができる。
【0054】
5G〜30Gの力は、円盤状台板及び回転台座の回転数や、処理時間を調整することで付与することができる。例えば、ポットの直径が80mm、高さが100mm、内容量が80mlであり、且つ円盤状台板の直径がおよそ300mmである場合、円盤状台板(公転運動)の回転数を50〜500rpm、回転台座(自転運動)の回転数を30〜1000rpmとし、公転運動及び自転運動の双方を60分〜600分の間続行すればよい。
【0055】
このように、本実施の形態においては、結晶質AlH3、MgH2及びTiH2に対して大きなエネルギが付与される。その結果、結晶質AlH3及びMgH2のマトリックス組織がAl−Mg合金のアモルファス相に変化するとともに、該アモルファス相(母相12)中に最大長が200nm以下のAl結晶相及びTiH2結晶相が第1分散相14、第2分散相16として存在するミリング生成物が得られる。
【0056】
なお、ボールミリングによる力が5G未満(上記した条件下では、ミリング時間が60分未満)では、上記した微細組織の形成が不十分である。一方、30G(上記した条件下では、ミリング時間が600分超)であると、アモルファス相から結晶相への変化が起こり易くなる。すなわち、母相12に、水素を吸蔵する際に大きなエネルギを必要とする結晶相が多く含まれる傾向がある。
【0057】
次に、このミリング生成物に対して脱水素処理を施すと、水素吸蔵サイトが形成されて図1〜図4に示す水素吸蔵材10が得られる。この水素吸蔵材10につきX線回折測定を行うと、Alに帰属するピークと、TiH2に帰属するピークとが出現する。
【0058】
組織構造模式説明図である図6、TEM写真である図7に示すように、母相12、第1分散相14及び第2分散相16に加え、母相12中に金属粒子18が分散した水素吸蔵材20であってもよい。以下、この水素吸蔵材20につき、第2実施形態として説明する。
【0059】
母相12中に金属粒子18を分散させるには、上記したAlH3、MgH2及びTiH2の混合粉末を得る際に金属粒子を添加し、その後、上記と同様の条件下でボールミリングを実施すればよい。
【0060】
図8は、図7に淡灰色部位として出現する母相12の制限視野分析を行って得られる電子線回折像である。この図8においてハローパターンが出現していることから諒解されるように、この場合においても母相12はアモルファス相である。さらに、この淡灰色部位につきエネルギー分散型X線分光法(EDS)による分析を行うと、Al、Mgが存在することが確認される。
【0061】
一方、黒色部位a、b、cの各々につき制限視野分析を行うと、図9〜図11に示すように、明確なスポットパターンが出現する。また、図9〜図11に示す黒色部位a、b、cのEDS分析では、それぞれ、金属粒子として添加した金属(黒色部位a)、Al(黒色部位b)、TiH2(黒色部位c)の存在が確認される。
【0062】
金属粒子18は、特に限定されるものではないが、Ni、Fe、Pdであることが好ましい。これらは、水素分子の吸着、水素原子への解離、母相12への拡散を特に促進するからである。とりわけ、吸着した水素分子を水素原子に解離する活性に優れる。また、Ni、Fe、Pdは、AlH3、MgH2を含む混合粉末に対してボールミリングを施す際、Al−Mg合金のアモルファス化を促進する作用を営む。この点からも、有利である。
【0063】
勿論、Ni、Fe、Pd中の2種以上を同時に金属粒子18としてもよい。
【0064】
また、金属粒子18の最大径は、500nm以下に設定される。500nmを超えると、上記した吸着・解離・拡散についての活性が乏しくなる傾向がある。
【0065】
なお、金属粒子18の最大径は1nm以上とすればよい。粒径が過度に小さな金属粒子18を得ることは困難であるからである。金属粒子18の一層好ましい最大径は、入手の容易さ、及び活性の高さから、1〜100nmである。
【実施例1】
【0066】
1mol/リットルのLiAlH4のジエチルエーテル溶液300ミリリットルに13gのAlCl3を添加して溶解し、常温においてガスの発生が認められなくなるまで反応させた。その後、溶液中に沈殿したLiClを濾過によって分離し、濾液を真空ポンプで1時間減圧することでジエチルエーテルを蒸発させ、さらに、40℃、60℃、80℃の各温度で1時間減圧して乾燥させ、2gの合成物粒子を得た。以上の作業を繰り返し、合計で6gのAlH3粒子を得た。
【0067】
次に、上記のようにして得たAlH3粒子から0.7gを秤量し、0.1gのMgH2、0.2gのTiH2とともにメノウ乳鉢で混合して混合粉末を得た。すなわち、AlH3とMgH2との割合が重量比でAlH3:MgH2=8:2である混合粉末を調製した。
【0068】
この混合粉末を、外径80mm、高さ100mm、内容量80mlのポットに粉砕用ボールとともに封入した。この封入は水素雰囲気中で行い、前記ポット内における水素の圧力が1.5MPaとなるように水素をポットに導入した。
【0069】
その後、遊星型ボールミル装置(独国フリッチュ社製)の円盤状台板上の回転台座と押止軸とで前記ポットを挟持し、ボールミリングを施した。なお、前記円盤状台板の直径は300mmであり、回転数は350rpmに設定した。また、回転台座の回転数、換言すれば、ポットの自転運動回転数を800rpmに設定し、ボールミリング時間は300分とした。この条件下では、混合粉末に付与された力は16Gであった。
【0070】
さらに、ボールミリング後の粉末に対して脱水素処理を施し、最終生成物とした。この最終生成物につき、ブルカー社製のX線回折測定装置を用いてX線回折測定を行った。最終生成物のX線回折パターンを図12に示す。
【0071】
この図12に示すように、Alに帰属するピークと、TiH2に帰属するピークのみが出現し、Mgに帰属するピーク、AlH3に帰属するピーク、MgH2に帰属するピークは出現しなかった。このことは、結晶質Mgや結晶質Al−Mg合金、さらには、AlH3及びMgH2が存在しないことを意味する。
【0072】
この最終生成物のTEM写真が、図1に示されている。なお、加速電圧は200kVに設定した。
【0073】
上記したように、図1の淡灰色部位に対して制限視野分析を行うことで得られた電子線回折像が図2、濃灰色部位、黒色部位のそれぞれに対して制限視野分析を行うことで得られた電子線回折像が図3、図4である。これら図2〜図4から、濃灰色部位(母相)がアモルファス相であり、一方、濃灰色部位(第1分散相)、黒色部位(第2分散相)が結晶質であることが分かる。
【0074】
そして、EDS分析によれば、淡灰色部位(母相)にAl、Mgが存在することが確認されるとともに、濃灰色部位(第1分散相)にAlが存在し、且つ黒色部位(第2分散相)にTiH2が存在することが確認される。以上から、この最終生成物が、Al−Mg合金からなるアモルファス相(母相)中に、Al結晶相(第1分散相)及びTiH2結晶相(第2分散相)が存在するものであることが明らかである。
【0075】
また、様々な視野のTEM写真を解析したところ、アモルファス相中に島状に点在するAl結晶相(第1分散相)において、二次元視野にて測定し得る個々の最大の長さは概ね5〜50nmの範囲内であり、最も大きいものでも200nm以下であった。
【0076】
一方、アモルファス相中に島状に点在するTiH2結晶相(第2分散相)では、二次元視野にて測定し得る個々の最大の長さは概ね20〜100nmの範囲内であり、最も大きいものでも200nm以下であった。
【0077】
その後、最終生成物から0.3gを採取し、水素加圧圧力を真空〜10MPa、測定温度を60℃、収束時間を30分として水素吸放出(PCT)測定を行った。結果を図13に示す。この図13から、9MPaという比較的低圧において、最終生成物が約0.62重量%もの水素を吸蔵したことが分かる。
【0078】
なお、低圧側から水素が再吸蔵されていること、圧力の増加に伴って水素の再吸蔵量が増加していること、及びプラトーが生じていないことから、この場合の水素吸蔵は、AlH3が形成されることによるものではなく、前記アモルファス相(母相)中に水素が固溶することによるものであると推察される。
【0079】
さらに、図13に基づき、最終生成物は、水素圧力が10MPa(100気圧)程度、温度が60℃程度の条件下であっても水素を吸蔵することが可能であり、また、同条件下で水素を放出することが可能であることが分かる。この結果から、最終生成物が、水素を可逆的に吸蔵・放出可能な優れた水素吸蔵材であることが明らかである。
【実施例2】
【0080】
実施例1において得られたAlH3粒子から0.7gを秤量し、0.1gのMgH2、0.17gのTiH2、粒径が10〜30nmである0.03gのFe微粒子とともにメノウ乳鉢で混合して混合粉末を得た。すなわち、AlH3、MgH2、TiH2、Feの割合が重量比でAlH3:MgH2:TiH2:Fe=7:1:1.7:0.3である混合粉末を調製した。
【0081】
以降は実施例1と同一条件下でボールミリングを行い、さらに、ボールミリング後の粉末に対して脱水素処理を施して最終生成物を得た。図14は、この最終生成物のX線回折パターンである。この場合においても、Alに帰属するピーク及びTiH2に帰属するピークのみが出現し、MgないしFeに帰属するピークや、AlH3に帰属するピーク、MgH2に帰属するピークは出現しなかった。このことは、結晶質Mg、結晶質Feや結晶質Al−Mg合金、さらには、AlH3及びMgH2が存在しないことを意味する。
【0082】
この最終生成物のTEM写真が、図7である。なお、加速電圧は、上記同様200kVに設定した。
【0083】
上記したように、図7の灰色部位に対して制限視野分析を行うことで得られた電子線回折像が図8、黒色部位a、b、cの各々に対して制限視野分析を行うことで得られた電子線回折像が図9〜図11である。これら図8〜図11から、灰色部位(母相)がアモルファス相であり、且つ黒色部位a(金属粒子)、黒色部位(第1分散相)、黒色部位c(第2分散相)が結晶質であることが分かる。
【0084】
そして、EDS分析によれば、灰色部位(母相)にAl、Mgが存在すること、黒色部位a(金属粒子)にFeが存在すること、黒色部位b(第1分散相)にAlが存在すること、及び黒色部位c(第2分散相)にTiH2が存在することが確認される。以上から、この最終生成物が、Al−Mg合金からなるアモルファス相(母相)中に、Fe微粒子(金属粒子)、Al結晶相(第1分散相)及びTiH2結晶相(第2分散相)が存在するものであることが明らかである。
【0085】
また、様々な視野のTEM写真を解析したところ、アモルファス相中に島状に点在するAl結晶相(第1分散相)において、二次元視野にて測定し得る個々の最大の長さは概ね5〜50nmの範囲内であり、最も大きいものでも200nm以下であった。
【0086】
アモルファス相中には、TiH2結晶相(第2分散相)も島状に点在していた。このTiH2結晶相につき二次元視野にて測定し得る個々の最大の長さは概ね20〜100nmの範囲内であり、最大でも200nm以下であった。
【0087】
さらに、Fe微粒子は添加時の粒径を略維持しており、大半が10〜30nmであった。
【0088】
その後、最終生成物から0.3gを採取し、水素加圧圧力を真空〜10MPa、測定温度を室温(25℃)又は60℃、収束時間を30分としてPCT測定を行った。室温のときの結果を図15、60℃のときの結果を図16にそれぞれ示す。
【0089】
これら図15及び図16から、9MPaという比較的低圧且つ室温又は60℃という比較的低温において、最終生成物が約0.62重量%(室温)、約0.7重量%(60℃)と著しく多量の水素を吸蔵したことが分かる。このことから諒解されるように、母相にFe微粒子を分散させることによって、水素吸蔵量をさらに増加させることが可能となる。
【0090】
なお、実施例1と同様に、この実施例2においても、低圧側から水素が再吸蔵されていること、圧力の増加に伴って水素の再吸蔵量が増加していること、及びプラトーが生じていないことから、水素吸蔵が、AlH3が形成されることによるものではなく、前記アモルファス相(母相)中に水素が固溶することによるものであると推察される。
【0091】
さらに、図15及び図16を参照すれば、最終生成物は、水素圧力が10MPa(100気圧)程度、温度が室温又は60℃程度の条件下であっても水素を吸蔵することが可能であり、また、同条件下で水素を放出することが可能であることが分かる。この結果から、最終生成物が、水素を可逆的に吸蔵・放出可能な優れた水素吸蔵材であることが明らかである。
【符号の説明】
【0092】
1…結晶質AlH3 2…マトリックス相
3…粒界相 10、20…水素吸蔵材
12…母相 14…第1分散相
16…第2分散相 18…金属粒子
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素を可逆的に貯蔵又は放出することが可能な水素吸蔵材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池車は、水素と酸素を電気化学的に反応させて発電する燃料電池を搭載する。すなわち、燃料電池によって得られた電力でモータを付勢し、これによりタイヤを回転駆動させる走行駆動力を得る。
【0003】
ここで、酸素は大気から得ることが可能であるが、水素は水素貯蔵用容器から供給される。すなわち、燃料電池車には、水素貯蔵用容器も搭載される。
【0004】
水素貯蔵用容器の水素収容量が大きいほど、燃料電池車を長距離にわたって走行させることができる。しかしながら、過度に大きなガス貯蔵用容器を搭載することは、燃料電池車の重量を大きくすることになり、結局、燃料電池の負荷が大きくなるという不具合を招く。この観点から、水素貯蔵用容器の体積を小さく維持しながら水素収容量を向上させる様々な試みがなされている。その1つとして、水素貯蔵用容器内に水素吸蔵材を収容することが提案されている。例えば、特許文献1には、自身の重量のおよそ10重量%という多量の水素を貯蔵することが可能なAlH3がこの種の水素吸蔵材として有効であると報告されている。
【0005】
図17に示すように、結晶性のAlH3(結晶質AlH3)1は、略正方形に近似されるマトリックス相2と、該マトリックス相2、2同士の間に介在する粒界相3とが存在する微細組織を有する。この場合、マトリックス相2の辺長t1は概ね100μm、粒界相3の幅w1は数μmであり、組織内において粒界相3が占める割合は数体積%である。この結晶質AlH3につきX線回折測定を行うと、α相、β相、γ相の少なくともいずれかに由来するシャープなピークが出現する回折パターンが得られる。
【0006】
なお、マトリックス相2は、AlとHが結晶格子を形成したAlH3からなり、一方、粒界相3は、非晶質AlにHが固溶した状態である。
【0007】
結晶質AlH31は、下記の式(1)に従って水素を吸蔵する一方、式(2)に従って水素を放出する。なお、式(1)、(2)は任意の吸蔵/放出サイトでの反応であり、結晶質AlH31のすべてが酸化・還元されることを意味するものではない。
Al+3/2H2→AlH3 …(1)
AlH3→Al+3/2H2 …(2)
【0008】
ところで、上記式(2)は比較的容易に進行するものの、式(1)は容易に進行しない。すなわち、前記特許文献1によれば、AlH3は、ドーパントとしてのTi及びNaHとが添加され、さらに、100気圧の水素加圧下でボールミルが行われるに至り、ようやく水素ガスを再吸蔵する。
【0009】
また、非特許文献1には、AlにH2ガスを接触させる気相法で水素化を行うにあたっては、280〜300℃で2.5GPa(約25000気圧)よりも高圧とする必要がある、との記載がある。さらに、該非特許文献1によれば、450〜550℃とした場合には、さらに高圧の4〜6GPaが必要である、とのことである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2004−18980号公報(特に、段落[0060]〜[0062])
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】セルゲイ ケー.コノバロフ、ボリス エム.ブルシェフ 無機化学 1995年第34巻第172頁〜第175頁(Sergei K. Konovalov,Boris M. Bulychev Inorganic Chemistry 1995, 34, 172-175)(特に、第173頁右欄第26行〜第28行、図2)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
以上のように、結晶質AlH3には、水素を吸蔵させることが困難であるという不具合が顕在化している。
【0013】
本発明は上記した問題を解決するためになされたもので、水素を容易に吸蔵・放出し得、しかも、水素の吸蔵量が大きな水素吸蔵材及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
前記の目的を達成するために、本発明は、水素を可逆的に吸蔵・放出可能な水素吸蔵材であって、
Al−Mg合金からなるアモルファス相中に、最大長が200nm以下であるAl結晶相と、最大長が200nm以下であるTiH2結晶相とが分散したことを特徴とする。
【0015】
このような構成とすることにより、比較的温和な条件下であっても、水素吸蔵量を増加させることが可能となる。換言すれば、水素を吸蔵するために必要なエネルギが小さい。実際、本発明に係る水素吸蔵材において、水素の吸蔵が開始される圧力及び温度は、10MPa(100気圧)程度、60℃程度である。また、この条件下で水素を放出させることも可能である。
【0016】
この理由は、他の相に比してアモルファス相の体積を大きくしている(すなわち、母相としている)ためであると考えられる。すなわち、結晶質AlH3(図17参照)に水素を吸蔵させる場合、上記したように、先ず、アモルファス相である粒界相から水素吸蔵が開始される。本発明においても同様に、アモルファス相において水素吸蔵が優先的に起こると仮定すれば、アモルファス相が母相であるために他の相に比して体積が大きいので、比較的温和な条件下であっても、水素吸蔵量が増加すると推察される。
【0017】
しかも、Mgが存在するために、水素分子の吸着、吸着した水素分子の水素原子への解離、解離した水素原子のアモルファス相への拡散が、Al単体の場合よりも促進される。このことも、水素吸蔵量の増加に寄与する。
【0018】
その上、本発明においては、TiH2が水素分子の水素吸蔵材への吸着、水素吸蔵材からの解離を促進する。従って、上記のように比較的温和な条件下であっても、水素を吸蔵又は放出することが可能となる。
【0019】
上記した効果は、前記アモルファス相中に最大径が500nm以下の金属粒子がさらに分散している場合に一層顕著となる。すなわち、同一条件下での水素吸蔵量が大きくなる。この理由は、前記金属粒子が、水素を吸蔵する際に活性作用を営むからであると考えられる。
【0020】
また、この場合、室温(25℃)においても、10MPa(100気圧)程度の圧力下で水素を放出・吸蔵することが可能である。
【0021】
なお、前記金属粒子は、上記の活性を示すものであればよいが、その好適な例としては、Ni、Fe、Pd、又はこれらの中の2種以上を挙げることができる。
【0022】
また、本発明は、Al−Mg合金からなるアモルファス相中に、最大長が200nm以下であるAl結晶相と、最大長が200nm以下であるTiH2結晶相とが分散した水素吸蔵材を製造する方法であって、
AlH3、MgH2及びTiH2を混合して混合粉末を得る工程と、
前記混合粉末に対し、水素雰囲気中で5G〜30G(ただし、Gは重力加速度)の力を付与する条件下でボールミリングを60分〜600分行い、ミリング生成物を得る工程と、
前記ミリング生成物に対して脱水素処理を施すことで、前記水素吸蔵材を得る工程と、
を有することを特徴とする。
【0023】
本発明においては、ボールミリング時、AlH3、MgH2及びTiH2の混合粉末に5G〜30Gという大きな力が作用する。この力により、AlH3及びMgH2のマトリックス組織がAl−Mg合金のアモルファス相に変化するとともに、該アモルファス相中に最大長が200nm以下のAl結晶相及びTiH2結晶相が分散相として点在するミリング生成物が得られる。
【0024】
すなわち、本発明によれば、ボールミリングを行って前記混合粉末に力を付与するという工程を実施することによって、比較的温和な条件下であっても水素を多量に吸蔵可能な水素吸蔵材を得ることが可能となる。
【0025】
前記混合粉末におけるAlH3と、MgH2及びTiH2の和との割合は、特に限定されるものではないが、例えば、重量比でAlH3:(MgH2+TiH2)=95:5〜55:45に設定することができる。また、MgH2とTiH2との好ましい割合は、重量比でMgH2:TiH2=9:1〜1:9である。
【0026】
上記したように、最大径が500nm以下の金属粒子をアモルファス相(母相)中にさらに分散させることによって、同一条件下での水素吸蔵量を大きくすることができる。このような水素吸蔵材を得るには、AlH3、MgH2及びTiH2を混合する際、最大径が500nm以下の金属粒子をさらに添加すればよい。なお、AlH3、MgH2、TiH2、金属粒子の添加順序が順不同であることは勿論である。
【0027】
この際には、金属粒子としてNi、Fe、Pd、又はこれらの中の2種以上を添加することが好ましい。上記したように、これらの金属粒子は、水素吸蔵量を大きくする効果に優れるからである。
【0028】
この種の金属粒子を添加する場合、混合粉末におけるAlH3と、MgH2、TiH2及び金属粒子の和との割合は、特に限定されるものではないが、例えば、重量比でAlH3:(MgH2+TiH2+金属粒子)=95:5〜55:45に設定することができる。
【発明の効果】
【0029】
アモルファス相を母相とするとともに該母相にMgを含め、さらに、前記母相中にTiH2結晶質を分散する構成とした本発明によれば、比較的温和な条件下であっても、水素吸蔵量を増加させることが可能となる。すなわち、低温・低圧下で水素吸蔵量を大きくすることができる。この理由は、Mgが水素の取り込み(吸蔵)を活性化し且つTiH2が水素の水素吸蔵材への吸着、水素吸蔵材からの解離を促進するとともに、他の相に比して体積が大きなアモルファス相(母相)において水素が優先的に吸蔵されるためであると推察される。
【0030】
従って、該水素吸蔵材を収容したガス貯蔵用容器に対し、加熱装置を付設したり、耐圧を向上させるための特別な構造を設けたりする必要がない。このため、ガス貯蔵用容器の構成を簡素なものとすることができるとともに、設備投資が高騰することを回避することができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】第1実施形態に係る水素吸蔵材の透過型電子顕微鏡(TEM)写真である。
【図2】図1に示される淡灰色部位に対して制限視野分析を行うことで得られた電子線回折像である。
【図3】図1に示される濃灰色部位に対して制限視野分析を行うことで得られた電子線回折像である。
【図4】図1に示される黒色部位に対して制限視野分析を行うことで得られた電子線回折像である。
【図5】図1〜図4に示す水素吸蔵材の微細組織を模式的に表した組織構造模式説明図である。
【図6】第2実施形態に係る水素吸蔵材の微細組織を模式的に表した組織構造模式説明図である。
【図7】図6に示す水素吸蔵材のTEM写真である。
【図8】図7に示される灰色部位に対して制限視野分析を行うことで得られた電子線回折像である。
【図9】図7に示される黒色部位aに対して制限視野分析を行うことで得られた電子線回折像である。
【図10】図7に示される黒色部位bに対して制限視野分析を行うことで得られた電子線回折像である。
【図11】図7に示される黒色部位cに対して制限視野分析を行うことで得られた電子線回折像である。
【図12】実施例1において得られた最終生成物のX線回折パターンである。
【図13】前記最終生成物の水素吸放出(PCT)測定結果を示すグラフである。
【図14】実施例2において得られた最終生成物のX線回折パターンである。
【図15】前記最終生成物の25℃におけるPCT測定結果を示すグラフである。
【図16】前記最終生成物の60℃におけるPCT測定結果を示すグラフである。
【図17】結晶質AlH3の微細組織を模式的に表した組織構造模式説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、本発明に係る水素吸蔵材及びその製造方法につき好適な実施の形態を挙げ、添付の図面を参照して詳細に説明する。
【0033】
図1は、第1実施形態に係る水素吸蔵材の透過型電子顕微鏡(TEM)写真である。この図1に示されるように、該水素吸蔵材をTEM解析した場合、大部分は淡灰色であり、その中に、黒色に近い濃灰色部位と、黒色部位とが分散して存在する。すなわち、淡灰色部位は母相であり、濃灰色部位及び黒色部位は分散相である。
【0034】
図2は、淡灰色部位に対して制限視野分析を行うことで得られた電子線回折像である。この図2においてハローパターンが出現していることから、淡灰色部位はアモルファス相である。さらに、淡灰色部位についてエネルギー分散型X線分光法(EDS)によって分析を行うと、Al、Mgが存在することが確認される。以上の結果から諒解されるように、淡灰色部位、換言すれば、母相は、アモルファス相Al−Mg合金から構成される。
【0035】
一方、濃灰色部位につき制限視野分析を行うと、図3に示すように、結晶質であることを示す明確なスポットパターンが得られる。また、EDS分析では、Alの存在が確認される。すなわち、濃灰色部位は、Al結晶相からなる。
【0036】
黒色部位の制限視野分析においても同様に、図4に示すように、結晶質であることを示す明確なスポットパターンが確認される。さらに、EDS分析においてTi及びHの存在が認められることから、黒色部位は、TiH2結晶相であるとの同定結果が導かれる。
【0037】
以上の通り、この水素吸蔵材は、アモルファス相Al−Mg合金からなる母相中に、Al結晶相及びTiH2結晶相が分散相として存在するようにして構成されている。
【0038】
図5は、淡灰色部位(母相)、濃灰色部位(第1分散相)及び黒色部位(第2分散相)の各電子線回折像が以上のように示される水素吸蔵材10の微細組織を模式的に表した組織構造模式説明図である。この図5中の参照符号12、14、16のそれぞれは、前記母相、前記第1分散相及び前記第2分散相を表す。
【0039】
上記したように、結晶質AlH31(図17参照)に水素を吸蔵させる場合、先ず、アモルファス相である粒界相3から水素吸蔵が開始される。第1実施形態に係る水素吸蔵材10においても同様に、アモルファス相、すなわち、母相12から水素吸蔵が始まると推察される。
【0040】
図1及び図5から諒解されるように、第1実施形態に係る水素吸蔵材10では、アモルファス相である母相12の体積割合が著しく大きい。このため、この水素吸蔵材10には、水素吸蔵サイトが多量に存在する。従って、水素吸蔵可能量が著しく大きくなる。
【0041】
また、母相12においては、AlとMgがランダムに位置する。このため、水素吸蔵サイトとして、Alを水素化するために必要なエネルギが、Alを気相法で水素化することで結晶性AlH3に変化させるために必要なエネルギよりも小さいものが多い。従って、母相12がAlを吸蔵する際に必要なエネルギは、結晶性AlH3がAlを吸蔵する際に必要なエネルギよりも小さくなる。すなわち、水素吸蔵材10は、水素を容易に貯蔵し得る。
【0042】
さらに、母相12にはMgが存在する。Al−Mg合金からなるアモルファス相は、Al単独のアモルファス相に比して水素分子を容易に吸着する。しかも、水素分子を水素原子に解離することも、また、解離した水素原子を内部に拡散させることも、Al−Mg合金からなるアモルファス相の方が優れている。すなわち、Mgが存在することにより、母相12への水素の吸着から取り込み(吸蔵)までが促進される。
【0043】
その上、第2分散相16であるTiH2は、水素分子の水素吸蔵材10への吸着や、水素吸蔵材10からの解離を促進する機能を営む。
【0044】
以上のような理由から、この水素吸蔵材10は、水素圧力が10MPa(100気圧)程度、温度が60℃程度の比較的温和な条件であっても、図17に示される結晶質AlH31に比して多量の水素を吸蔵することができる。しかも、水素を吸蔵させるためにボールミリングを行う必要もない。
【0045】
第1分散相14であるAl結晶相、第2分散相16であるTiH2結晶相の最大長は、200nm以下である。換言すれば、水素吸蔵材10には、平面的な二次元視野で測定される長さが200nmを超える第1分散相14、第2分散相16は含まれない。
【0046】
この水素吸蔵材10は、次のようにして得ることができる。
【0047】
はじめに、AlH3を合成する。
【0048】
AlH3は、例えば、LiAlH4のジエチルエーテル溶液にAlCl3を溶解して常温で反応させることで得ることができる。すなわち、この反応によって生成したLiClを濾過によって分離し、濾液を真空ポンプ等によって室温で減圧することでジエチルエーテルを蒸発させる。さらに、40〜80℃で減圧して乾燥させれば、固体粉末状のAlH3が得られる。この時点では、AlH3は結晶質AlH3である。
【0049】
次に、AlH3粉末、MgH2粉末及びTiH2粉末を混合して混合粉末を得る。なお、MgH2粉末及びTiH2粉末はいずれも市販されており、容易に入手可能である。
【0050】
MgH2とTiH2の割合は、特に限定されるものではないが、重量比でMgH2:TiH2=9:1〜1:9に設定すればよい。また、AlH3とMgH2+TiH2との割合も特に限定されるものではないが、重量比でAlH3:(MgH2+TiH2)=95:5〜55:45に設定すればよい。
【0051】
この混合粉末に対し、水素ガス雰囲気中で5G〜30G(ただし、Gは重力加速度)の力を付与する条件でボールミリングを行う。具体的には、混合粉末を粉砕用ボールとともに水素雰囲気中でポットに封入する。この際、該ポットの内部水素圧が0.1〜2MPaとなるようにする。
【0052】
次に、このポットを、遊星型ボールミル装置の円盤状台板に回転自在に設けられた回転台座と押止軸とで挟持し、さらに、前記円盤状台板及び前記回転台座の双方を回転させる。
【0053】
遊星型ボールミル装置では、ポットは、前記円盤状台板が回転することで公転運動を行う一方、前記回転台座が回転することで自転運動を行う。すなわち、ポットは、円盤状台板に連結された回転軸を中心に公転運動し、前記押止軸を中心に自転運動する。これら公転運動及び自転運動により、ポットに収容された混合粉末に力が作用する。なお、ボールミリングの間、ポット内が水素雰囲気であるので、マグネシウムアラートMg(AlH4)2のような化合物が形成されることが抑制され、Al−Mg合金のアモルファス相を得ることができる。
【0054】
5G〜30Gの力は、円盤状台板及び回転台座の回転数や、処理時間を調整することで付与することができる。例えば、ポットの直径が80mm、高さが100mm、内容量が80mlであり、且つ円盤状台板の直径がおよそ300mmである場合、円盤状台板(公転運動)の回転数を50〜500rpm、回転台座(自転運動)の回転数を30〜1000rpmとし、公転運動及び自転運動の双方を60分〜600分の間続行すればよい。
【0055】
このように、本実施の形態においては、結晶質AlH3、MgH2及びTiH2に対して大きなエネルギが付与される。その結果、結晶質AlH3及びMgH2のマトリックス組織がAl−Mg合金のアモルファス相に変化するとともに、該アモルファス相(母相12)中に最大長が200nm以下のAl結晶相及びTiH2結晶相が第1分散相14、第2分散相16として存在するミリング生成物が得られる。
【0056】
なお、ボールミリングによる力が5G未満(上記した条件下では、ミリング時間が60分未満)では、上記した微細組織の形成が不十分である。一方、30G(上記した条件下では、ミリング時間が600分超)であると、アモルファス相から結晶相への変化が起こり易くなる。すなわち、母相12に、水素を吸蔵する際に大きなエネルギを必要とする結晶相が多く含まれる傾向がある。
【0057】
次に、このミリング生成物に対して脱水素処理を施すと、水素吸蔵サイトが形成されて図1〜図4に示す水素吸蔵材10が得られる。この水素吸蔵材10につきX線回折測定を行うと、Alに帰属するピークと、TiH2に帰属するピークとが出現する。
【0058】
組織構造模式説明図である図6、TEM写真である図7に示すように、母相12、第1分散相14及び第2分散相16に加え、母相12中に金属粒子18が分散した水素吸蔵材20であってもよい。以下、この水素吸蔵材20につき、第2実施形態として説明する。
【0059】
母相12中に金属粒子18を分散させるには、上記したAlH3、MgH2及びTiH2の混合粉末を得る際に金属粒子を添加し、その後、上記と同様の条件下でボールミリングを実施すればよい。
【0060】
図8は、図7に淡灰色部位として出現する母相12の制限視野分析を行って得られる電子線回折像である。この図8においてハローパターンが出現していることから諒解されるように、この場合においても母相12はアモルファス相である。さらに、この淡灰色部位につきエネルギー分散型X線分光法(EDS)による分析を行うと、Al、Mgが存在することが確認される。
【0061】
一方、黒色部位a、b、cの各々につき制限視野分析を行うと、図9〜図11に示すように、明確なスポットパターンが出現する。また、図9〜図11に示す黒色部位a、b、cのEDS分析では、それぞれ、金属粒子として添加した金属(黒色部位a)、Al(黒色部位b)、TiH2(黒色部位c)の存在が確認される。
【0062】
金属粒子18は、特に限定されるものではないが、Ni、Fe、Pdであることが好ましい。これらは、水素分子の吸着、水素原子への解離、母相12への拡散を特に促進するからである。とりわけ、吸着した水素分子を水素原子に解離する活性に優れる。また、Ni、Fe、Pdは、AlH3、MgH2を含む混合粉末に対してボールミリングを施す際、Al−Mg合金のアモルファス化を促進する作用を営む。この点からも、有利である。
【0063】
勿論、Ni、Fe、Pd中の2種以上を同時に金属粒子18としてもよい。
【0064】
また、金属粒子18の最大径は、500nm以下に設定される。500nmを超えると、上記した吸着・解離・拡散についての活性が乏しくなる傾向がある。
【0065】
なお、金属粒子18の最大径は1nm以上とすればよい。粒径が過度に小さな金属粒子18を得ることは困難であるからである。金属粒子18の一層好ましい最大径は、入手の容易さ、及び活性の高さから、1〜100nmである。
【実施例1】
【0066】
1mol/リットルのLiAlH4のジエチルエーテル溶液300ミリリットルに13gのAlCl3を添加して溶解し、常温においてガスの発生が認められなくなるまで反応させた。その後、溶液中に沈殿したLiClを濾過によって分離し、濾液を真空ポンプで1時間減圧することでジエチルエーテルを蒸発させ、さらに、40℃、60℃、80℃の各温度で1時間減圧して乾燥させ、2gの合成物粒子を得た。以上の作業を繰り返し、合計で6gのAlH3粒子を得た。
【0067】
次に、上記のようにして得たAlH3粒子から0.7gを秤量し、0.1gのMgH2、0.2gのTiH2とともにメノウ乳鉢で混合して混合粉末を得た。すなわち、AlH3とMgH2との割合が重量比でAlH3:MgH2=8:2である混合粉末を調製した。
【0068】
この混合粉末を、外径80mm、高さ100mm、内容量80mlのポットに粉砕用ボールとともに封入した。この封入は水素雰囲気中で行い、前記ポット内における水素の圧力が1.5MPaとなるように水素をポットに導入した。
【0069】
その後、遊星型ボールミル装置(独国フリッチュ社製)の円盤状台板上の回転台座と押止軸とで前記ポットを挟持し、ボールミリングを施した。なお、前記円盤状台板の直径は300mmであり、回転数は350rpmに設定した。また、回転台座の回転数、換言すれば、ポットの自転運動回転数を800rpmに設定し、ボールミリング時間は300分とした。この条件下では、混合粉末に付与された力は16Gであった。
【0070】
さらに、ボールミリング後の粉末に対して脱水素処理を施し、最終生成物とした。この最終生成物につき、ブルカー社製のX線回折測定装置を用いてX線回折測定を行った。最終生成物のX線回折パターンを図12に示す。
【0071】
この図12に示すように、Alに帰属するピークと、TiH2に帰属するピークのみが出現し、Mgに帰属するピーク、AlH3に帰属するピーク、MgH2に帰属するピークは出現しなかった。このことは、結晶質Mgや結晶質Al−Mg合金、さらには、AlH3及びMgH2が存在しないことを意味する。
【0072】
この最終生成物のTEM写真が、図1に示されている。なお、加速電圧は200kVに設定した。
【0073】
上記したように、図1の淡灰色部位に対して制限視野分析を行うことで得られた電子線回折像が図2、濃灰色部位、黒色部位のそれぞれに対して制限視野分析を行うことで得られた電子線回折像が図3、図4である。これら図2〜図4から、濃灰色部位(母相)がアモルファス相であり、一方、濃灰色部位(第1分散相)、黒色部位(第2分散相)が結晶質であることが分かる。
【0074】
そして、EDS分析によれば、淡灰色部位(母相)にAl、Mgが存在することが確認されるとともに、濃灰色部位(第1分散相)にAlが存在し、且つ黒色部位(第2分散相)にTiH2が存在することが確認される。以上から、この最終生成物が、Al−Mg合金からなるアモルファス相(母相)中に、Al結晶相(第1分散相)及びTiH2結晶相(第2分散相)が存在するものであることが明らかである。
【0075】
また、様々な視野のTEM写真を解析したところ、アモルファス相中に島状に点在するAl結晶相(第1分散相)において、二次元視野にて測定し得る個々の最大の長さは概ね5〜50nmの範囲内であり、最も大きいものでも200nm以下であった。
【0076】
一方、アモルファス相中に島状に点在するTiH2結晶相(第2分散相)では、二次元視野にて測定し得る個々の最大の長さは概ね20〜100nmの範囲内であり、最も大きいものでも200nm以下であった。
【0077】
その後、最終生成物から0.3gを採取し、水素加圧圧力を真空〜10MPa、測定温度を60℃、収束時間を30分として水素吸放出(PCT)測定を行った。結果を図13に示す。この図13から、9MPaという比較的低圧において、最終生成物が約0.62重量%もの水素を吸蔵したことが分かる。
【0078】
なお、低圧側から水素が再吸蔵されていること、圧力の増加に伴って水素の再吸蔵量が増加していること、及びプラトーが生じていないことから、この場合の水素吸蔵は、AlH3が形成されることによるものではなく、前記アモルファス相(母相)中に水素が固溶することによるものであると推察される。
【0079】
さらに、図13に基づき、最終生成物は、水素圧力が10MPa(100気圧)程度、温度が60℃程度の条件下であっても水素を吸蔵することが可能であり、また、同条件下で水素を放出することが可能であることが分かる。この結果から、最終生成物が、水素を可逆的に吸蔵・放出可能な優れた水素吸蔵材であることが明らかである。
【実施例2】
【0080】
実施例1において得られたAlH3粒子から0.7gを秤量し、0.1gのMgH2、0.17gのTiH2、粒径が10〜30nmである0.03gのFe微粒子とともにメノウ乳鉢で混合して混合粉末を得た。すなわち、AlH3、MgH2、TiH2、Feの割合が重量比でAlH3:MgH2:TiH2:Fe=7:1:1.7:0.3である混合粉末を調製した。
【0081】
以降は実施例1と同一条件下でボールミリングを行い、さらに、ボールミリング後の粉末に対して脱水素処理を施して最終生成物を得た。図14は、この最終生成物のX線回折パターンである。この場合においても、Alに帰属するピーク及びTiH2に帰属するピークのみが出現し、MgないしFeに帰属するピークや、AlH3に帰属するピーク、MgH2に帰属するピークは出現しなかった。このことは、結晶質Mg、結晶質Feや結晶質Al−Mg合金、さらには、AlH3及びMgH2が存在しないことを意味する。
【0082】
この最終生成物のTEM写真が、図7である。なお、加速電圧は、上記同様200kVに設定した。
【0083】
上記したように、図7の灰色部位に対して制限視野分析を行うことで得られた電子線回折像が図8、黒色部位a、b、cの各々に対して制限視野分析を行うことで得られた電子線回折像が図9〜図11である。これら図8〜図11から、灰色部位(母相)がアモルファス相であり、且つ黒色部位a(金属粒子)、黒色部位(第1分散相)、黒色部位c(第2分散相)が結晶質であることが分かる。
【0084】
そして、EDS分析によれば、灰色部位(母相)にAl、Mgが存在すること、黒色部位a(金属粒子)にFeが存在すること、黒色部位b(第1分散相)にAlが存在すること、及び黒色部位c(第2分散相)にTiH2が存在することが確認される。以上から、この最終生成物が、Al−Mg合金からなるアモルファス相(母相)中に、Fe微粒子(金属粒子)、Al結晶相(第1分散相)及びTiH2結晶相(第2分散相)が存在するものであることが明らかである。
【0085】
また、様々な視野のTEM写真を解析したところ、アモルファス相中に島状に点在するAl結晶相(第1分散相)において、二次元視野にて測定し得る個々の最大の長さは概ね5〜50nmの範囲内であり、最も大きいものでも200nm以下であった。
【0086】
アモルファス相中には、TiH2結晶相(第2分散相)も島状に点在していた。このTiH2結晶相につき二次元視野にて測定し得る個々の最大の長さは概ね20〜100nmの範囲内であり、最大でも200nm以下であった。
【0087】
さらに、Fe微粒子は添加時の粒径を略維持しており、大半が10〜30nmであった。
【0088】
その後、最終生成物から0.3gを採取し、水素加圧圧力を真空〜10MPa、測定温度を室温(25℃)又は60℃、収束時間を30分としてPCT測定を行った。室温のときの結果を図15、60℃のときの結果を図16にそれぞれ示す。
【0089】
これら図15及び図16から、9MPaという比較的低圧且つ室温又は60℃という比較的低温において、最終生成物が約0.62重量%(室温)、約0.7重量%(60℃)と著しく多量の水素を吸蔵したことが分かる。このことから諒解されるように、母相にFe微粒子を分散させることによって、水素吸蔵量をさらに増加させることが可能となる。
【0090】
なお、実施例1と同様に、この実施例2においても、低圧側から水素が再吸蔵されていること、圧力の増加に伴って水素の再吸蔵量が増加していること、及びプラトーが生じていないことから、水素吸蔵が、AlH3が形成されることによるものではなく、前記アモルファス相(母相)中に水素が固溶することによるものであると推察される。
【0091】
さらに、図15及び図16を参照すれば、最終生成物は、水素圧力が10MPa(100気圧)程度、温度が室温又は60℃程度の条件下であっても水素を吸蔵することが可能であり、また、同条件下で水素を放出することが可能であることが分かる。この結果から、最終生成物が、水素を可逆的に吸蔵・放出可能な優れた水素吸蔵材であることが明らかである。
【符号の説明】
【0092】
1…結晶質AlH3 2…マトリックス相
3…粒界相 10、20…水素吸蔵材
12…母相 14…第1分散相
16…第2分散相 18…金属粒子
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水素を可逆的に吸蔵・放出可能な水素吸蔵材であって、
Al−Mg合金からなるアモルファス相中に、最大長が200nm以下であるAl結晶相と、最大長が200nm以下であるTiH2結晶相とが分散したことを特徴とする水素吸蔵材。
【請求項2】
請求項1記載の水素吸蔵材において、前記アモルファス相中に、最大径が500nm以下の金属粒子がさらに分散していることを特徴とする水素吸蔵材。
【請求項3】
請求項2記載の水素吸蔵材において、前記金属粒子がNi、Fe、Pd、又はこれらの中の2種以上であることを特徴とする水素吸蔵材。
【請求項4】
Al−Mg合金からなるアモルファス相中に、最大長が200nm以下であるAl結晶相と、最大長が200nm以下であるTiH2結晶相とが分散した水素吸蔵材を製造する方法であって、
AlH3、MgH2及びTiH2を混合して混合粉末を得る工程と、
前記混合粉末に対し、水素雰囲気中で5G〜30G(ただし、Gは重力加速度)の力を付与する条件下でボールミリングを60分〜600分行い、ミリング生成物を得る工程と、
前記ミリング生成物に対して脱水素処理を施すことで、前記水素吸蔵材を得る工程と、
を有することを特徴とする水素吸蔵材の製造方法。
【請求項5】
請求項4記載の製造方法において、AlH3、MgH2及びTiH2を混合する際、AlH3と、MgH2及びTiH2の和との割合を、重量比でAlH3:(MgH2+TiH2)=95:5〜55:45とするとともに、MgH2とTiH2との割合を、重量比でMgH2:TiH2=9:1〜1:9とすることを特徴とする水素吸蔵材の製造方法。
【請求項6】
請求項4記載の製造方法において、AlH3、MgH2及びTiH2を混合する際、最大径が500nm以下の金属粒子をさらに添加することを特徴とする水素吸蔵材の製造方法。
【請求項7】
請求項6記載の製造方法において、前記金属粒子としてNi、Fe、Pd、又はこれらの中の2種以上を添加することを特徴とする水素吸蔵材の製造方法。
【請求項8】
請求項6又は7記載の製造方法において、AlH3と、MgH2、TiH2及び前記金属粒子の和との割合を、重量比でAlH3:(MgH2+TiH2+金属粒子)=95:5〜55:45とすることを特徴とする水素吸蔵材の製造方法。
【請求項1】
水素を可逆的に吸蔵・放出可能な水素吸蔵材であって、
Al−Mg合金からなるアモルファス相中に、最大長が200nm以下であるAl結晶相と、最大長が200nm以下であるTiH2結晶相とが分散したことを特徴とする水素吸蔵材。
【請求項2】
請求項1記載の水素吸蔵材において、前記アモルファス相中に、最大径が500nm以下の金属粒子がさらに分散していることを特徴とする水素吸蔵材。
【請求項3】
請求項2記載の水素吸蔵材において、前記金属粒子がNi、Fe、Pd、又はこれらの中の2種以上であることを特徴とする水素吸蔵材。
【請求項4】
Al−Mg合金からなるアモルファス相中に、最大長が200nm以下であるAl結晶相と、最大長が200nm以下であるTiH2結晶相とが分散した水素吸蔵材を製造する方法であって、
AlH3、MgH2及びTiH2を混合して混合粉末を得る工程と、
前記混合粉末に対し、水素雰囲気中で5G〜30G(ただし、Gは重力加速度)の力を付与する条件下でボールミリングを60分〜600分行い、ミリング生成物を得る工程と、
前記ミリング生成物に対して脱水素処理を施すことで、前記水素吸蔵材を得る工程と、
を有することを特徴とする水素吸蔵材の製造方法。
【請求項5】
請求項4記載の製造方法において、AlH3、MgH2及びTiH2を混合する際、AlH3と、MgH2及びTiH2の和との割合を、重量比でAlH3:(MgH2+TiH2)=95:5〜55:45とするとともに、MgH2とTiH2との割合を、重量比でMgH2:TiH2=9:1〜1:9とすることを特徴とする水素吸蔵材の製造方法。
【請求項6】
請求項4記載の製造方法において、AlH3、MgH2及びTiH2を混合する際、最大径が500nm以下の金属粒子をさらに添加することを特徴とする水素吸蔵材の製造方法。
【請求項7】
請求項6記載の製造方法において、前記金属粒子としてNi、Fe、Pd、又はこれらの中の2種以上を添加することを特徴とする水素吸蔵材の製造方法。
【請求項8】
請求項6又は7記載の製造方法において、AlH3と、MgH2、TiH2及び前記金属粒子の和との割合を、重量比でAlH3:(MgH2+TiH2+金属粒子)=95:5〜55:45とすることを特徴とする水素吸蔵材の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【公開番号】特開2011−157240(P2011−157240A)
【公開日】平成23年8月18日(2011.8.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−21905(P2010−21905)
【出願日】平成22年2月3日(2010.2.3)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年8月18日(2011.8.18)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年2月3日(2010.2.3)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】
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