説明

水素貯蔵材料の製造方法

【課題】水素放出温度の低い水素貯蔵材料の製造方法を提供する。
【解決手段】MgHと金属Mgのいずれか一方または両方とLiNHとを、MgとLiのモル比がMg:Li=1:1.2〜2.4となるように秤量し、さらにこれにLiHを加えたときの全体のMgとLiのモル比がMg:Li=1:2.2〜6となるようにLiHを秤量し、これらを粉砕混合する。次いで、この混合粉砕処理により得られた試料を、水素雰囲気下において所定温度に加熱し、所定時間保持することで、水素貯蔵材料を得る。好ましくは、この加熱処理によって得られる試料をさらに粉砕混合する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池等の燃料として用いられる水素ガスを発生させるための水素貯蔵材料の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
NOやSO等の有害物質やCO等の温室効果ガスを出さないクリーンなエネルギー源として燃料電池の開発が盛んに行われており、既に幾つかの分野で実用化されている。この燃料電池技術を支える重要な技術として、燃料電池の燃料となる水素ガスを貯蔵する技術がある。水素ガスの貯蔵形態としては、高圧ボンベによる圧縮貯蔵や液体水素化させる冷却貯蔵、水素貯蔵物質による貯蔵等が知られている。
【0003】
これら水素貯蔵形態の中の1つである水素貯蔵物質による貯蔵方法は、分散貯蔵や輸送の点で有利である。水素貯蔵物質としては、水素貯蔵効率の高い材料、つまり水素貯蔵物質の単位重量または単位体積あたりの水素貯蔵量が高い材料、低い温度で水素の吸収/放出が行われる材料、良好な耐久性を有する材料が望まれる。
【0004】
公知の水素貯蔵物質としては、希土類系、チタン系、バナジウム系、マグネシウム系等を中心とする金属材料、金属アラネード(例えば、NaAlHやLiAlH)等の軽量無機化合物、カーボン等が挙げられる。また、例えば、下式(1)で示されるリチウム窒化物を用いた水素貯蔵方法も報告されている(例えば、非特許文献1、2参照)。
【0005】
Li3N + 2H2 ⇔ Li2NH + LiH + H2 ⇔ LiNH2 + 2LiH …(1)
ここで、LiNによる水素の吸収は100℃程度から開始し、255℃、30分で9.3質量%の水素吸収が確認されている。また、吸収された水素の放出特性としては、ゆっくり加熱することによって200℃弱で6.3質量%、320℃以上で3.0質量%と、二段階のステップを経ることが報告されている。すなわち、上記(1)式の右辺部分に相当する下式(2)の反応は200℃弱で進行し始め、上記(1)式の左辺部分に相当する下式(3)の反応は約320℃で進行し始めることが示されている。
【0006】
LiNH2 + 2LiH → Li2NH + LiH + H2↑ …(2)
Li2NH + LiH → Li3N + H2↑ …(3)
しかしながら、上記(1)式に示されるリチウム窒化物は、水素放出開始温度および水素放出温度が高いという問題がある。
【非特許文献1】Ruff, O. , and Goerges, H., Berichte der Deutschen Chemischen Gesellschaft zu Berlin,Vol.44, 502-6(1911)
【非特許文献2】Ping Chen et al., Interaction of hydrogen with metalnitrides and imides, NATURE Vol.420, 21 NOVEMBER 2002, p302〜304
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたものであり、水素放出温度の低い水素貯蔵材料を製造するための方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
このような課題を解決するために、発明者らは先に特願2005−280178において、LiHとMg(NHを含む水素貯蔵材料の製造方法について開示した。しかしながら特願2005−280178で開示した水素貯蔵材料でも水素放出温度が十分に低いとは言い難く、さらなる水素放出温度の低温化が求められている。
【0009】
また、特願2005−280178で開示した水素貯蔵材料の製造方法では、成分をナノ構造化、複合化させるために、長時間の処理が必要であり、生産性は必ずしもよいとは言えないところがある。そのため、所望する水素放出温度を有する水素貯蔵材料を簡単かつ短時間に製造することができることは、極めて好ましい。
【0010】
本発明はこのような新たな課題をも解決するものであり、本発明の第1の観点に係る水素貯蔵材料の製造方法は、加熱処理によって得られた、Mg(NH(マグネシウムアミド)とLiH(水素化リチウム)の混合物、を粉砕混合するものである。
【0011】
本発明の第2の観点に係る水素貯蔵材料の製造方法では、最初に、MgH(水素化マグネシウム)と金属Mgのいずれか一方または両方とLiNH(リチウムアミド)とを、MgとLiのモル比がMg:Li=1:1.2〜2.4、より好ましくはMg:Li=1:1.5〜2.2となるように秤量し、さらにこれにLiH(水素化リチウム)を加えたときの全体のMgとLiのモル比がMg:Li=1:2.2〜6となるようにLiHを秤量し、これらを粉砕混合する。次に、この混合粉砕処理により得られた試料を、水素雰囲気下において所定温度に加熱し、所定時間保持することにより、水素貯蔵材料を得る。好ましくは、この加熱処理によって得られる試料をさらに粉砕混合する。
【0012】
本発明の第3の観点に係る水素貯蔵材料の製造方法では、最初に、MgHと金属Mgのいずれか一方または両方とLiNHとを粉砕混合する。次に、この粉砕混合処理により得られた試料を水素雰囲気下において所定温度に加熱し、所定時間保持する。さらにこの加熱処理により得られた試料にLiHを添加して粉砕混合することで、水素貯蔵材料を得る。好ましくは、MgHと金属Mgのいずれか一方または両方とLiNHとにおけるMgとLiのモル比をMg:Li=1:1.2〜2.4、より好ましくはMg:Li=1:1.5〜2.2となるようにし、さらにこれにLiHを加えたときの全体のMgとLiのモル比をMg:Li=1:2.2〜6とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、水素放出温度を低温化させた水素貯蔵材料を従来よりも短い工程で製造することができる利点がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態について説明する。本発明に係る水素貯蔵材料の製造方法により得られる水素貯蔵材料は、実質的に、Mg(NH(マグネシウムアミド)とLiH(水素化リチウム)との複合混合物を主成分とする。したがって、この混合物には、未反応の原料成分が含まれていてもよい。
【0015】
水素貯蔵材料の第1の製造方法は、加熱処理によって得られた“Mg(NHとLiHの混合物”を粉砕混合する方法である。従来は加熱処理によって得られたMg(NHとLiHの混合物をそのまま用いて水素の吸収/放出に供していたが、この混合物にさらに粉砕処理を施すことで、後述する実施例に示すように、水素放出温度を低温化させることができる。
【0016】
加熱処理によって得られた“Mg(NHとLiHの混合物”とは、MgHと金属Mgのいずれか一方または両方とLiNHとを粉砕混合し、これを水素雰囲気中で加熱処理することにより、または真空雰囲気で加熱処理した後に所定温度で水素と反応させることにより得られる混合物や、後述する第2、第3の製造方法によって得られる混合物が挙げられる。なお、MgHと金属Mgに代えてまたはこれらと一緒にLiNHとの粉砕混合に用いることができるMg原料としては、Mg、MgNH、およびLiMgNのようなマグネシウム化合物が挙げられる。
【0017】
なお、上記の真空雰囲気での加熱処理工程を有する製造方法におけるこの真空雰囲気での加熱処理は、原料であるLiNHの分解を促進して反応性を高め、結果として得られるMg(NHとLiHの混合物の水素貯蔵性能を向上させるために行われる。
【0018】
粉砕方法には公知の各種粉砕方法を用いることができる。例えば、少量生産の場合には、遊星型ボールミルを用いることができ、大量生産の場合には、発明者らが先に特開2004−306016号公報で開示しているように、ローラーミル,内外筒回転型ミル,アトライター,インナーピース型ミル,気流粉砕型ミル等を用いることができる。また、転動ミル、振動ミルなども好適に用いられる。
【0019】
なお、粉砕雰囲気は、アルゴンガス、ヘリウムガスなどの不活性ガス雰囲気や水素ガス雰囲気、またはそれらの混合ガス雰囲気とする。さらに、大気の混入を防ぐために、雰囲気圧力は大気圧に対して陽圧であることがより望ましい。
【0020】
水素貯蔵材料の第2の製造方法は、(A1)MgH(水素化マグネシウム)と金属Mgのいずれか一方または両方とLiNH(リチウムアミド)とを、MgとLiのモル比がMg:Li=1:1.2〜2.4、好ましくはMg:Li=1:1.5〜2.2となるように秤量し、さらにこれにLiHを加えたときの全体のMgとLiのモル比がMg:Li=1:2.2〜6となるようにLiHを秤量し、これらを粉砕混合する工程と、(A2)A1工程で得られた試料を、水素雰囲気下において所定温度に加熱し、所定時間保持する工程からなり、好ましくはさらに(A3)A2工程により得られた試料を粉砕(再粉砕)する工程が加えられる。
【0021】
A1工程において上記の通りに原料として用いるMgHと金属Mgのいずれか一方または両方とLiNHとLiHでのMgとLiの比を制御することによって、後述する実施例に示される通り、水素放出温度の低い水素貯蔵材料を得ることができる。
【0022】
A1工程の粉砕方法は前述の第1の製造方法に用いられる粉砕方法に準ずる。
【0023】
A1工程において、LiNH量が前記比の下限値よりも少ない場合には、A2工程またはA3工程を終了して得られる水素貯蔵材料における水素放出量が小さくなる。一方、LiNH量が前記比の上限値よりも多い場合には、最終生成物である水素貯蔵材料の水素放出温度が高くなる。
【0024】
A1工程において、LiH量が前記比の下限値よりも少ない場合には水素放出温度が高くなり、LiH量が前記比の上限値よりも多い場合には水素放出量が少なくなる。
【0025】
A1工程において生じる化学反応は明らかではないが、LiNHはアンモニアや水素を放出しながらLiHやLiNH(リチウムイミド)へと変化することから、Mg源として用いたMgHや金属Mgが、放出されたアンモニアや水素と化合することが考えられる。
【0026】
A2工程は、A1工程で得られた試料を水素放出可能な物質系へと変化させるための処理(以下「水素化処理」という)であり、これによりA1工程で得られた試料を、実質的にMg(NHとLiHとからなる物質構成へと変化させることができる。
【0027】
この水素化処理は、水素雰囲気下で試料を一定温度に加熱した状態で行い、好ましくは、140℃〜250℃の範囲で行う。140℃未満の温度では、試料と水素との反応が進み難いために反応に長時間を要してしまい、生産性が低下する。一方、250℃以上とすると、その後に水素を放出させる際の水素放出温度が高くなってしまう。A2工程での処理温度を高くすると水素放出温度が高くなる原因としては、250℃以上に加熱した試料の粉末X線回折(XRD)チャートによれば、Mg(NHやLiH以外のピークが現れることから、もはや低温では水素を放出し難い何らかの相に変化しているものと考えられる。
【0028】
A2工程における水素雰囲気の圧力は陽圧とすることが好ましい。より好ましくは、水素分圧を2MPa以上とすることがよい。これにより試料と水素との反応を促進させることができる。水素雰囲気は、純水素ガス雰囲気に限定されるものではなく、水素ガスと不活性ガスとの混合ガス雰囲気であってもよい。この水素化処理は、反応がさらに促進されるように、試料が混合(撹拌)されまたは粉砕混合される条件で行ってもよい。
【0029】
A3工程は必須の工程ではないが、A3工程を実施することで、後述する実施例に示される通り、A2工程終了後に得られる水素貯蔵材料と比較して、水素放出温度をさらに低下させることができる。このA3工程は、Mg(NHとLiHの微細構造が構築できる程度であればよく、粉砕時間、温度条件、粉砕方法は、水素貯蔵材料に望まれる性能が得られるよう適宜設定される。
【0030】
次に、水素貯蔵材料の第3の製造方法について説明する。この第3の製造方法は、(B1)MgHと金属Mgのいずれか一方または両方とLiNHとを粉砕混合する工程と、(B2)B1工程により得られた試料を水素雰囲気下において所定温度に加熱し、所定時間保持する工程と、(B3)B2工程により得られた試料に水素化リチウムを添加して粉砕混合(追粉砕)する工程からなる。
【0031】
B1工程では、MgHと金属Mgのいずれか一方または両方とLiNHとにおけるMgとLiのモル比を、好ましくはMg:Li=1:1.2〜2.4とし、より好ましくはMg:Li=1:1.5〜2.2とする。これは、Mg+H2+2LiNH2→Mg(NH2)2+2LiH、または、MgH2+2LiNH2→Mg(NH2)2+2LiH、の反応が生じる組成であるモル比で、Mg:Li=1:2が理想的であると想定される。しかし、本発明者らは、MgHあるいは金属MgのLiに対するモル比と水素放出量あるいは水素放出温度の関係を鋭意検討した結果、MgHと金属Mgの一方または両方とLiNHとにおけるMgとLiのモル比をMg:Li=1:1.2〜2.4とし、より好ましくはMg:Li=1:1.5〜2.2とすることで、水素放出量の増大と水素放出温度の低温化が可能であることを見出した。このように、本発明では、望まれる水素貯蔵材料の性能に合せて、MgとLiのモル比を適宜、好適な組成に設定することができる。
【0032】
B1工程では、第2の製造方法のA1工程と同様に、LiNHはアンモニアや水素を放出しながらLiHやLiNH(リチウムイミド)へと変化することから、Mg源として用いたMgHや金属Mgが、放出されたアンモニアや水素と化合することが考えられる。
【0033】
B2工程での水素化処理で、これによりB1工程で得られた試料に含まれるMg化合物をMg(NHへと変化させることができる。B2工程の処理温度および雰囲気は、先に説明した第2の製造方法のA2工程に準ずる。
【0034】
B2工程終了後に試料にLiHを添加して粉砕混合するというB3工程を行うことにより、得られる水素貯蔵材料の水素放出温度を低下させることができる。このB3工程において、B2工程で得られた反応物に添加するLiHの量は、後述する実施例に示されるように、全体のMgとLiのモル比がMg:Li=1:2.2〜6となるようにすることが好ましく、このような条件が満足されている水素貯蔵材料では、この条件範囲外の水素貯蔵材料よりも水素放出温度が低くなる。なおB3工程において、LiHは水素と同時に放出されるアンモニアを捕捉する効果も示すが、反応物に添加されるLiHのアンモニアを捕捉する特性は、水素貯蔵材料として全体のMgとLiのモル比がMg:Li=1:2.2〜6となる場合に特に発揮される。
【0035】
これら第1〜第3の水素貯蔵材料の製造方法においては、触媒として、B,C,Mn,Fe,Co,Ni,Pt,Pd,Rh,Na,Mg,K,Ir,Nb,La,Ca,Ti,V,Cr,Cu,Zn,Al,Si,Ru,Mo,Ta,Zr,Hf,Agから選ばれた1種または2種以上の元素の金属,塩化物,酸化物を添加することが好ましく、これによりこのような触媒を添加しない場合と比較して、水素放出温度を下げることができる。
【0036】
このような触媒を添加するタイミングは水素化処理前が好ましく、触媒は被添加物(試料)と粉砕混合されることが好ましい。具体的には、第2の製造方法では、A3工程の再粉砕処理の際に触媒を添加するよりも、秤量した原料にさらに触媒を添加して粉砕混合した場合に、水素放出温度低下の効果が顕著に現れる。第3の製造方法もこれと同様で、LiHを添加する際に触媒を同時に添加するよりも、原料に触媒を添加して粉砕混合し、水素化処理し、さらにLiHを添加して追粉砕処理を行うことが好ましい。
【0037】
なお、上述した第2,第3の製造方法を組み合わせた製造方法、すなわち、第2の製造方法のA1工程、A2工程を経て得られる試料に、第3の製造方法のB3工程を施すことによっても、水素放出温度を低下させた水素貯蔵材料を得ることができる。
【0038】
また、本系の水素貯蔵材は、上述した製造方法の変形例として、原料としてMg(NHを入手し、これをLiHと粉砕混合すれば製造できることも事実である。しかし、現在、Mg(NHは工業的に大量には生産されていないために、そのものを原料として入手することは困難な状況にある。また、Mg(NHの試薬規模での製造では、予め微粉砕しておいた金属Mgを0.83MPa程度のNH雰囲気とし、300℃で一昼夜以上処理する必要がある。さらにこれを工業的な製造に移すためには、フローガスにHが混入するためにフローガスを圧縮冷却してフローガスをNHとHに分離する必要もある。このようにMg(NHの製造は、長時間の反応を要するとともにガス分離のためのエネルギー消費が必要となるために、製造単価が高くなることが予想される。
【0039】
これに対して、MgH,金属Mg,LiNHは、原料として大量入手することが容易である。また、2時間程度の反応時間でもMg(NHを製造することができ、水素貯蔵材料として用いる観点からLiHを分離する必要がなく、さらにガス成分の分離も必要がないため、安価に製造することができる。上述したMg(NHとLiHとの混合物の製造方法によれば、このようなメリットを活かして、安定した製造を行うことができる。
【0040】
以下、実施例について詳細に説明する。
【実施例】
【0041】
水素貯蔵材料の製造には、水素化マグネシウム(MgH;純度95%,アヅマックス社取り扱い)、水素化リチウム(LiH;純度95%、シグマ・アルドリッチ社製)、リチウムアミド(LiNH;純度95%、シグマ・アルドリッチ社製)、金属マグネシウム(Mg;純度99.9%、高純度化学研究所製、粒度180μm以下)を用いた。
【0042】
[実施例1〜3、比較例1〜3]
実施例1〜3、比較例1〜3の製造条件の概略を表1に示す。1気圧のアルゴン(Ar)雰囲気に保持されたAr純化式グローブボックス(以下「グローブボックス」と記し、その内部は1気圧のArとする)内で、表1に示した組成の通りに、MgH−LiNH,Mg−LiNH,MgH−Mg−LiNHを合計で1.3gとなるように秤量し、高クロム鋼製のバルブ付きミル容器(以下「ミル容器」という)に高クロム鋼製ボールとともに投入して密封した。大気雰囲気に設置された遊星型ボールミル装置(Fritsch社製、P5型)にミル容器を装着し、250rpmの回転数で2時間ミリング処理した。
【0043】
その後、グローブボックス内でミリング処理により得られた混合物を内容積が30mlの反応容器(以下「反応容器」という)に移し替えた。実施例1,3および比較例1,3については、この反応容器内を真空排気してその内部を真空雰囲気に保持し、250℃で16時間保持した。
【0044】
続いて水素化処理を行った。すなわち、反応容器内に水素圧力が1分間あたり1MPaずつ上昇するように徐々に陽圧にし、10MPa(ゲージ圧)の水素ガス雰囲気として、実施例1と比較例1は200℃で2時間、実施例3と比較例3は200℃で12時間保持した。なお、200℃までの昇温速度は2℃/分とした。実施例2と比較例2については、真空加熱処理を行うことなく、反応容器内を10MPa(ゲージ圧)の水素ガス雰囲気として200℃で12時間保持し、水素化処理を行った。
【0045】
こうして得られた試料をグローブボックス内で取り出し、実施例1〜3については、取り出した試料を再びミル容器に移し替えて、遊星型ボールミル装置に装着し、250rpmの回転数で120分間、ミリング処理した。こうして得られた試料をグローブボックス内で取り出した。比較例1〜3ではこのような再粉砕処理を行っていない。つまり、この再粉砕処理の有無を実施例1〜3と比較例1〜3とを区別する基準としている。
【0046】
こうして製造した試料の水素放出温度の測定はグローブボックス内に設置された示差熱天秤装置(SIIナノテクノロジー社製TG/DTA6200)を用い、ヘリウムガスフロー中で5℃/分で昇温して測定されたDTAチャートの吸熱ピークのピーク温度を水素放出温度とした。また、常温から400℃に加熱した場合の重量減少量(質量%(mass%))を水素放出量とした。
【表1】

【0047】
結果を表1に併記する。実施例1と比較例1の対比、実施例2と比較例2の対比、実施例3と比較例3の対比から明らかなように、再粉砕処理を行うことにより、水素放出温度を34℃〜37℃低下させることができることが確認された。
【0048】
[実施例4〜16,46〜51、比較例4〜6,13,14]
実施例4〜16,46〜51、比較例4〜6,13,14の製造条件の概略を表2に示す。グローブボックス内で表2に示した組成の通りに、MgH−LiNH−LiH,Mg−LiNH−LiH,MgH−Mg−LiNH−LiH、MgH−LiNH,Mg−LiNH,MgH−Mg−LiNHを先に説明した実施例1と同様に秤量し、ミリング処理した。
【0049】
次に各試料について、グローブボックス内でミリング試料を反応容器に移し替え、その内部を真空排気した後、高純度水素ガスを内圧が10MPaとなるように充填し、表2に示す水素化温度および水素化時間で水素化処理した。
【0050】
続いて、表2に示す一部の試料については、再びミル容器に移し替えて、遊星型ボールミル装置を用いて250rpmの回転数で表2に示す再粉砕時間だけミリング処理した。こうして得られた試料をグローブボックス内で取り出した。
【0051】
製造した各試料の評価は実施例1に準じ、その結果を表2に併記する。
【表2】

【0052】
原料にLiHを用いていない比較例4〜6の水素放出温度のうち最も低い温度(=228℃)を比較例と実施例とを区別する基準とした。また、水素放出量が5mass%未満の試料については、実用的な水素貯蔵量が得られていないと判断し、このような試料も比較例とすることとした。
【0053】
実施例4と比較例4、実施例11と比較例5、実施例14と比較例6をそれぞれ対比すると明らかなように、粉砕原料にLiHを加えることにより、水素放出温度を3〜5℃低下させることができることが確認された。また、Mg源としては、金属MgとMgHのどちらを用いてもよいことがわかる。
【0054】
実施例4と実施例5,6、実施例11と実施例12,13、実施例14と実施例15,16、実施例7と実施例8、実施例9と実施例10、実施例46と実施例47、実施例48と実施例49、実施例50と実施例51をそれぞれ対比すると明らかなように、水素化処理後に再粉砕処理を行うことで、水素放出温度をさらに低下させることができるということが確認された。
【0055】
表2に示される実施例4〜16,46〜51の組成では、MgHと金属Mgのいずれか一方または両方とLiNHにおけるMgとLiのモル比をMg:Li=1:2とし、これにLiHを加えたときの全体のMgとLiのモル比をMg:Li=1:2.67〜6としている。表2に示される通り、LiHの添加量が多くなると、水素放出温度が低くなって好ましいが、逆に水素放出量が低下するという好ましくない特性が現れるようになる。比較例13,14では、水素放出量が5mass%よりも小さくなった。このような結果から、LiHを加えたときの全体のMgとLiのモル比におけるLiの上限はMg:Li=1:6と判断した。
【0056】
[実施例17〜25,52〜55]
実施例17〜25,52,53の製造条件の概略を表3に示す。表3に示した組成の通りに、グローブボックス内でMgH−LiNH,Mg−LiNH,MgH−Mg−LiNHをそれぞれ先に説明した実施例1と同様に秤量し、ミリング処理した。
【0057】
得られた試料を、先に説明した実施例4と同様にして表3に示す条件にて、水素化処理した。水素化処理後の試料をグローブボックス内で再びミル容器に移し替え、表3に示す組成の通りにLiH(追加LiH)を秤量してさらに添加し、遊星型ボールミル装置を用いて、250rpmの回転数で15分間または120分間、ミリング処理(追粉砕)した。
【0058】
実施例54,55はそれぞれ実施例4,11の試料にさらに表3に示す組成の通りにLiHを秤量してさらに添加し、遊星型ボールミル装置を用いて、250rpmの回転数で120分間、ミリング処理(追粉砕)した試料である。
【0059】
こうして製造した各試料の評価は実施例1に準じ、その結果を表3に併記する。
【表3】

【0060】
表3に比較のために実施例4,11,14の結果を再掲載する。実施例4と実施例17、実施例11と実施例21、実施例14と実施例25をそれぞれ比較すると、LiHを含む原料を粉砕してその後に水素化する製造方法よりも、LiHを含まない原料を粉砕してその後に水素化し、続いてLiHを添加して追粉砕を行うという製造方法を採用することにより、僅かに製造時間が長くなるだけで、水素放出温度を20℃前後低下させることができることが確認された。また、実施例18,20,22,24に示されるように、追粉砕する時間を長くすることで、さらに水素放出温度を15℃前後低下させることができることが確認された。
【0061】
実施例17,18と実施例19,20、実施例21,22と実施例23,24をそれぞれ比較すると、添加するLiHの量が多くなると、同じ追粉砕時間でも、水素放出温度は低くなる。しかしながら、実施例52,53の特性に示されるように、LiHの量が多くなると水素放出量が低下するため、過剰なLiHの添加は好ましくないことがわかる。
【0062】
実施例54,55の特性に示されるように、LiHを含む粉砕処理物を水素化処理し、さらにLiHを添加して追粉砕を行う製造方法でも、水素放出温度が182〜183℃の水素貯蔵材料が得られることが確認された。
【0063】
[実施例26〜33、比較例7,8]
実施例26〜33、比較例7,8の製造条件の概略を表4に示す。これらの試料の製造方法は、先に説明した実施例4の製造方法における水素化温度を種々に変更した点を除いて、実施例4の製造方法と同様である。表4に製造した試料の評価結果を示す。
【表4】

【0064】
実施例26〜29および実施例4の結果に示されるように、水素化温度が高くなるにつれて水素放出温度も高くなる傾向が確認される。水素化温度が低いと水素放出温度も低くなるが、水素化温度が140℃未満になると、水素化処理に長時間を要することになるというデメリットが生じる。水素化温度が240℃を超える比較例7,8では水素放出温度が228℃(=比較例1の水素放出温度)を超えた。実施例30〜33については、水素放出温度の水素化温度依存性は小さいが、同様の傾向にあることがわかる。
【0065】
[実施例34〜38,比較例9〜12]
実施例34〜38,比較例9〜12の製造条件の概略を表5に示す。これらの試料の製造は、先に説明した実施例4の試料製造方法において用いるLiNHとLiHのモル数を種々に変更した点を除いて、実施例4の製造方法と同様である。表5に製造した試料の評価結果を併記する。なお、表5に示される全ての試料は、全体のMgとLiのモル比はMg:Li=1:2.67となっている。
【表5】

【0066】
実施例4,34〜37,59,60と比較例9,10の結果から、LiHを加えた全体のMgとLiの比を一定とした場合に、MgHとLiNHにおけるMgとLiの比を制御することにより、水素放出温度を制御することができるということが確認された。原料に金属Mgを用いた場合(実施例32,38、比較例11,12)も同様であることが確認された。表5から、LiNHのモル数が小さくなると水素放出温度が低くなる傾向があるが、LiNHのモル数が小さくなると水素放出量が小さくなるために、十分な量の水素を取り出すことができなくなることがわかる。一方、LiNH量が多いと水素放出温度が高くなる。表5に示される結果から、MgHと金属Mgのいずれか一方または両方とLiNHにおけるMgとLiのモル比はMg:Li=1:1.2〜2.4とし、さらにMg:Li=1:1.5〜2.2とすることが好ましいと判断できる。
【0067】
[実施例39〜42]
実施例39〜42の製造条件の概略を表6に示す。これらの試料の製造は、先に説明した実施例36,38の製造方法において水素化温度を変更した点と、一部の試料については水素化処理後の試料に表6に示す時間の再粉砕処理(例えば、実施例5の製造に適用した再粉砕処理)を施した点とを除いて、実施例36,38の製造方法と同様である。表6に製造した試料の評価結果を併記する。表6に示される全ての試料は、全体のMgとLiのモル比はMg:Li=1:2.67となっている。
【表6】

【0068】
実施例36と実施例39とを比較すると明らかなように、水素化温度を低くすることで水素放出温度を215℃から191℃まで下げることができ、これに加えて水素化処理後に再粉砕処理を施すことで、実施例40,41の評価結果に示される通り、水素放出温度を187℃〜189℃まで低下させることができることが確認された。実施例38と実施例42との比較からも、水素化温度を低くすることで水素放出温度を低くすることができることが確認できる。
【0069】
[実施例43〜45]
実施例43〜45の製造条件の概略を表7に示す。実施例43の製造方法は実施例6の製造方法と同様であるが、水素化処理後の試料に触媒としてのVClを添加し、その後に再粉砕処理を行っている点で異なる。なお、VClの添加割合は、MgHとLiNHの合計モル量に対する内割の値(内比)であり、実施例44,45および後述する実施例56〜58についても同様である。
【0070】
実施例44の製造方法も実施例6の製造方法と同様であるが、原料にVClを添加している点(つまり水素化処理前にVClを添加している)で異なる。実施例45の製造方法は、実施例4の製造方法と同様であるが、原料にVClを添加している点で異なる。なお、実施例44は実施例45を120分再粉砕した試料でもある。表7に製造した試料の評価結果を併記する。
【表7】

【0071】
実施例6と実施例43とを比較すると、再粉砕処理時にVClを添加することで僅かであるが水素放出温度を下げることができることがわかった。また、実施例4と実施例45とを比較すると、VClの添加によって水素放出温度を20℃低下させることができることが確認された。実施例45を再粉砕処理した実施例44では、さらに水素放出温度を20℃低下させることができ、同時間の再粉砕処理を行っている実施例43よりも水素放出温度を4℃低下させることができることが確認された。これらのことから、触媒の効果を高めるには、原料に触媒を添加して粉砕混合処理を行う等、水素化処理前の添加を行うことが好ましいと判断される。
【0072】
[実施例56〜58]
実施例56〜58の製造条件の概略を表8に示す。実施例56の製造方法は実施例17の製造方法と同様であるが、原料(MgH+LiNH)に触媒としてのVClを添加している点で異なる。実施例57の製造方法は実施例18の製造方法と同様であるが、原料にVClを添加している点で異なる。さらに実施例58の製造方法は実施例18の製造方法と同様であるが、水素化処理後の試料にVClを添加し、その後に追粉砕を行っている点で異なる。表8に製造した試料の評価結果を併記する。
【表8】

【0073】
実施例17と実施例56との対比、実施例18と実施例57,58との対比から明らかなように、触媒の添加により水素放出温度を低下させることができることが確認された。また、実施例57と実施例58を比較すると、水素放出温度を低下させるためには、触媒は原料に添加することが好ましいことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明は、例えば、水素と酸素を燃料として発電する燃料電池システムにおいて水素ガスを供給するための水素貯蔵材料の製造に好適である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
加熱処理によって得られた、Mg(NHとLiHの混合物、を粉砕混合することを特徴とする水素貯蔵材料の製造方法。
【請求項2】
MgHと金属Mgのいずれか一方または両方とLiNHとを、MgとLiのモル比がMg:Li=1:1.2〜2.4となるように秤量し、さらにこれにLiHを加えたときの全体のMgとLiのモル比がMg:Li=1:2.2〜6となるようにLiHを秤量し、これらを粉砕混合する工程と、
この混合粉砕処理により得られた試料を、水素雰囲気下において所定温度に加熱し、所定時間保持する工程とを有することを特徴とする水素貯蔵材料の製造方法。
【請求項3】
前記加熱処理によって得られる試料を粉砕混合する工程をさらに有することを特徴とする請求項2に記載の水素貯蔵材料の製造方法。
【請求項4】
MgHと金属Mgのいずれか一方または両方とLiNHとを粉砕混合する工程と、
この粉砕混合処理により得られた試料を水素雰囲気下において所定温度に加熱し、所定時間保持する工程と、
この加熱処理により得られた試料にLiHを添加して粉砕混合する工程とを有することを特徴とする水素貯蔵材料の製造方法。
【請求項5】
MgHと金属Mgのいずれか一方または両方とLiNHとにおけるMgとLiのモル比をMg:Li=1:1.2〜2.4とし、さらにこれにLiHを加えたときの全体のMgとLiのモル比をMg:Li=1:2.2〜6とすることを特徴とする請求項4に記載の水素貯蔵材料の製造方法。
【請求項6】
触媒として、B,C,Mn,Fe,Co,Ni,Pt,Pd,Rh,Na,Mg,K,Ir,Nb,La,Ca,Ti,V,Cr,Cu,Zn,Al,Si,Ru,Mo,Ta,Zr,Hf,Agから選ばれた1種または2種以上の元素の金属,塩化物,酸化物を添加することを特徴とする請求項2から請求項5のいずれか1項に記載の水素貯蔵材料の製造方法。
【請求項7】
前記触媒は、水素雰囲気での加熱処理前に添加され、被添加物と混合粉砕されていることを特徴とする請求項6に記載の水素貯蔵材料の製造方法。
【請求項8】
水素雰囲気での加熱処理を、140℃〜250℃で行うことを特徴とする請求項2から請求項7のいずれか1項に記載の水素貯蔵材料の製造方法。

【公開番号】特開2008−43927(P2008−43927A)
【公開日】平成20年2月28日(2008.2.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−224584(P2006−224584)
【出願日】平成18年8月21日(2006.8.21)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成17年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、メカノケミカル法グラファイト系及びリチウム系水素貯蔵材料の委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(000000240)太平洋セメント株式会社 (1,449)
【Fターム(参考)】