説明

汚泥中の特定微生物の将来のある時点における存在量を予測する方法

【課題】 生物的排水処理設備を新規に立ち上げる場合において、適切な馴養期間や生物的排水処理設備の最適負荷を予測し、生物的排水設備の立ち上げを円滑に進める方法を提供する。
【解決手段】 排水中の処理対象物質を分解する生物的排水処理設備の汚泥中の特定微生物の将来のある時点における存在量を予測する方法であって、汚泥中の特定微生物の存在量を、リアルタイムPCR法を用いて、複数の時点において測定する測定ステップと、複数の時点における特定微生物の存在量に基づいて、特定微生物の比増殖速度を算出する算出ステップと、比増殖速度に基づいて、将来のある時点における特定微生物の存在量を予測する予測ステップと、を含む方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は生物的排水処理設備の汚泥中の特定微生物の将来のある時点における存在量を予測する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生物的排水処理設備の処理能力は、単位汚泥量当たりの微生物の存在量によって決まる。汚泥量や処理水質を定量的に予測できるモデルとして、活性汚泥モデル(ASM)が国際水協会により提案されている。このモデルは従属栄養生物、硝化細菌、リン蓄積生物を対象に設計されており、下水などの処理対象物質が比較的同質な排水処理には適したモデルといえる。しかし、排水の多様化に伴い、この予測モデルの適用が困難なケースが増えてきている。そのため、より特定の微生物を標的としたモデルが必要とされている。
【0003】
例えば特許文献1においては、分子生物学的な手法を用いて汚泥中の特定微生物の数を測定し、排水処理の性能の管理を行う方法が開示されている。この方法によれば、既に稼動している水処理プロセスにおいて、処理性能の指標となる複数の指標細菌を選択し、それらの指標細菌の汚泥中の数を測定し、所定数以上の指標細菌を保持することにより、水処理プロセスの処理能力を一定基準以上に保つことが可能である。しかしながら、特許文献1に開示された方法では、生物的排水処理設備を新規に立ち上げる場合において、立ち上げに必要な馴養期間や生物的排水処理設備の最適負荷を予測し、生物的排水設備の立ち上げを円滑に進めることはできなかった。
【特許文献1】特開2006−326522号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来、微生物の濃度はOptical Density(OD)で測定していた。そのため、汚泥などの混合培養系における特定微生物の存在量を測定することは不可能であった。また、特定微生物の比増殖速度を算出するためには、微生物を単離して純粋培養系で複数の時点における存在量を測定し、これに基づいて計算するしか方法がなかった。さらに、混合培養系における個々の微生物の比増殖速度は、他の微生物の影響や基質の競合、微生物間の抑制現象などの影響により、純粋培養系における比増殖速度とは異なる値を示す。したがって、汚泥中の特定微生物の比増殖速度を算出することは事実上不可能であった。
【0005】
生物的排水処理設備を新たに立ち上げる際には、汚泥をその排水に適応させる馴養期間を設ける必要がある。しかしながら、従来は、排水中の処理対象物質を分解する微生物の存在量を測定する方法がなかったため、処理水の水質を測定しながら徐々に負荷を目標値まで上げていた。このため、必要以上に慎重にならざるを得ず、場合によっては数ヶ月以上の期間を要する場合があり、馴養期間を適切に設定することができないという問題があった。
【0006】
本発明では、生物的排水処理設備を新規に立ち上げる場合において、適切な馴養期間や生物的排水処理設備の最適負荷を予測し、生物的排水設備の立ち上げを円滑に進めることができる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、排水中の処理対象物質を分解する生物的排水処理設備の汚泥中の特定微生物の将来のある時点における存在量を予測する方法であって、汚泥中の特定微生物の存在量を、リアルタイムPCR法を用いて、複数の時点において測定する測定ステップと、複数の時点における特定微生物の存在量に基づいて、特定微生物の比増殖速度を算出する算出ステップと、比増殖速度に基づいて、将来のある時点における特定微生物の存在量を予測する予測ステップと、を含む方法を提供する。
【0008】
この方法によれば、生物的排水処理設備を新規に立ち上げる場合において、適切な馴養期間や生物的排水処理設備の最適負荷を予測し、生物的排水処理設備の立ち上げを円滑に進めることが可能となる。
【0009】
特定微生物の存在量は、リアルタイムPCRによって測定されることが必要である。この手法を用いることによって、従来不可能であった、混合培養系である汚泥中の特定微生物の存在量を正確に測定することが可能となる。
【0010】
特定微生物の存在量を複数の時点において測定することにより、これに基づいて比増殖速度を算出することが可能となる。さらに、比増殖速度に基づいて、特定微生物の将来のある時点における存在量を予測する計算が可能となる。
【0011】
測定ステップの前に、定常状態にある汚泥を希釈して生物的排水処理設備に設置する、設置ステップを実施することがさらに好ましい。
【0012】
生物的排水処理設備のような連続流通系において、特定微生物の存在量を測定すると、特定微生物が全く増殖していないように見える場合がある。これを定常状態という。このような場合には、定常状態にある汚泥を希釈して特定微生物の濃度を低濃度にした状態で生物的排水処理設備に設置し、排水を流通させることにより、特定微生物の増殖を観察することが可能となる。
【0013】
特定微生物はハイホミクロビウム(Hyphomicrobium)属細菌であり、排水中の処理対象物質はジメチルスルホキシド(DMSO)であることが好ましい。ハイホミクロビウムはDMSOを炭素源及びエネルギー源として利用する微生物であるため、この組み合わせはDMSOを処理対象物質として含む排水の処理に適している。
【0014】
上記のリアルタイムPCRは、配列番号2及び配列番号3に記載の塩基配列からなるプライマー並びに配列番号4に記載のプローブを用いて行うことが好ましい。これにより、サンプル中のハイホミクロビウムの存在量を正確に測定することができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明の方法により、排水中の処理対象物質を分解する生物的排水処理設備の、汚泥中の特定微生物の将来のある時点における存在量を予測することができる。この予測に基づいて、生物的排水処理設備を新規に立ち上げる場合において、適切な馴養期間や生物的排水処理設備の最適負荷を予測し、生物的排水設備の立ち上げを円滑に進めることが可能となる。また、特定微生物の増殖が遅い場合には、排水中の処理対象物質の濃度や、排水のpH、曝気量、水理学的滞留時間(HRT:Hydraulic Residence Time)などを調節することにより、特定の微生物の増殖を促進させることも可能となる。また、予測された特定微生物の将来の存在量に対して、負荷が最適となるように、排水中の有機物濃度や排水量などを調整して、排水処理を安定させることも可能となる。さらに、目的とする生物的排水処理を阻害する特定微生物の存在量を予測して、予め対処することにより、安定した排水処理を行うことも可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
図1に、一般的な生物的排水処理設備(生物処理槽100)の概略図を示す。生物的排水処理設備は曝気槽10と沈殿槽20を備えている。曝気槽10には汚泥が設置されている。処理対象物質を含む排水は曝気槽10に導入され、ここで曝気されながら撹拌される。この過程で汚泥中の微生物により排水中の処理対象物質が分解される。続いて、曝気槽10で処理された排水は沈殿槽20に送られる。沈殿槽20では、曝気槽10で生じた汚泥が沈殿させられる。沈殿した汚泥は回収されて再び曝気槽10に返送される。また、排水処理後の処理水は生物的排水処理設備から排出される。
【0017】
本発明の方法においては、生物的排水処理設備の汚泥のサンプルを複数の時点において回収し、リアルタイムPCRによってサンプル中の特定微生物の存在量を測定する。続いて、測定された複数の時点における特定微生物の存在量に基づいて比増殖速度を算出し、更に比増殖速度に基づいて、将来のある時点における特定微生物の存在量を予測する。
【0018】
まず、新規に立ち上げる生物的排水処理設備に、汚泥を設置し排水を流通させる。汚泥は、処理対象物質が類似した既存の生物的排水処理設備などから採取するとよい。ここで、定常状態にある汚泥を生物的排水処理設備の立ち上げ当初から使用すると、後述する方法によって汚泥中の特定微生物の存在量を複数の時点において測定しても、微生物が全く増殖していないように見える場合がある。このような場合には、希釈した汚泥を生物的排水処理設備に設置し、標的とする微生物の濃度を低濃度にした状態から微生物の存在量を測定すればよい。
【0019】
汚泥の濃度は一般的にMLSS(Mixed liquor suspended solids;活性汚泥浮遊物質)で表される。定常状態に到達した通常の汚泥では、MLSSは3,000〜5,000mg/L程度である。膜を使用した生物的排水処理設備においては、MLSSが10,000mg/L程度になる場合がある。生物的排水処理設備に、希釈した汚泥を導入する場合には、定常状態に到達した汚泥を5〜50倍、より好ましくは10〜30倍、更に好ましくは15〜25倍に、水道水、脱イオン水、排水、人工培地又は標的微生物を含まない同種の汚泥などで希釈して導入する。あるいは、定常状態に到達した汚泥のMLSSを200〜2,000mg/L、より好ましくは300〜1,000mg/Lに希釈して導入する。あるいは、導入する汚泥の希釈倍率は、適切な増殖カーブが描けることを指標として、試行錯誤により決定してもよい。
【0020】
続いて、処理対象物質を含む排水を生物的排水処理設備に流通させる。ここで、曝気槽における曝気量は1〜2vvhに設定すればよい。単位「vvh」は、ガス供給量(vol.)/曝気槽の容積(vol.)/時間なる物理量を示し、水処理技術の分野で一般に用いられる単位であり、曝気槽へのガス供給量を曝気槽の容積で規格化した値に相当する。但し、規模が小さな実験用の曝気槽においては、曝気量を、20vvh程度に高めに設定してもよい。これは、実際の生物的排水処理設備の曝気槽と比較すると、実験用の曝気槽は撹拌が不十分であり、酸素の溶け込み量が低くなる傾向があるためである。
水理学的滞留時間は、一般的には4〜48時間に設定すればよい。水理学的滞留時間とは、排水が生物的排水処理設備に流入してから流出するまでの平均時間を表す。
【0021】
続いて複数の時点において汚泥のサンプルを回収する。サンプルは1〜24時間おきに回収することが好ましい。また、サンプルの回収は5〜10回行うことが好ましい。サンプルの回収と同時にMLSSの測定も行い、後述する計算に用いる。汚泥のサンプルは、生物的排水処理設備から直接ピペットなどを用いて回収するか、あるいはサンプリングノズルから直接回収するとよい。サンプルの回収量は5〜100mLが適当である。回収したサンプルは、回収直後に分析できない場合は、約−20℃で凍結保存すればよい。
【0022】
MLSSの測定は、『下水試験方法』(社団法人日本下水道協会、1997年版)に記載された「遠心分離法」に準拠して行うとよい。
【0023】
続いて、リアルタイムPCRを用いて汚泥サンプル中の特定微生物の存在量を測定する。リアルタイムPCRは、特定の配列のDNA断片をPCR反応により増幅し、その増幅カーブから元の鋳型DNAのコピー数を推測するものである。この手法は非常に高い特異性を持つ反応が可能なため、無数のDNAの混在系から特定のDNA断片のみを検出する事ができる。すなわち、汚泥のような混合培養系に応用すれば、ある特定の微生物の絶対的あるいは相対的な存在量を測定する事が可能となる。
【0024】
本発明において、リアルタイムPCRを用いて存在量を測定する対象の核酸断片としては、特定微生物に特異的な核酸断片であればいずれのものでも使用可能であり、5S rRNA、23S rRNA、16S rRNA、18S rRNA、5.8S rRNA及び28S rRNAの遺伝子断片などが例示できるが、16S rRNAの遺伝子断片が好適に利用できる。標的とする特定微生物の16S rRNAをコードするDNA部分(16S rDNA)に特異的なプライマーを用いてリアルタイムPCRを行うとよい。
【0025】
リアルタイムPCRは、SYBR(登録商標)Green Iなどの2本鎖DNA特異的な蛍光色素を用いたインターカレーター法によって行ってもよいし、TaqMan(登録商標)プローブを用いた方法によって行ってもよいが、後者の方が、より正確な測定が行える点でより好ましい。インターカレーター法による測定では、PCR反応における誤った増幅断片(PCRアーティファクト)が存在した場合、測定値が不正確になってしまう場合がある。
【0026】
TaqMan(登録商標)プローブとは、プローブの5’末端が蛍光体で標識され、3’末端がその蛍光体の発する蛍光をエネルギートランスファーにより消光する物質(消光体)で標識されたDNAプローブである。TaqMan(登録商標)プローブは、通常の状態では、蛍光体と消光体が近接しているため蛍光を発しない。しかし、PCR実行時に、耐熱性DNAポリメラーゼの5’→3’エキソヌクレアーゼ活性により分解されると、蛍光体と消光体が分離することにより、蛍光を発するようになる。
【0027】
具体的には、まず、回収した汚泥サンプルからDNAを抽出する。DNAの抽出は一般的な方法で行うことができ、例えば、ニッポンジーン社のISOIL(商品名)などのDNA抽出キットが好適に使用できる。微生物から抽出される16S rDNAの量は同じ微生物、同じ生育条件ではほぼ一定であるため、得られた16S rDNAの存在量から間接的に特定微生物の存在量を測定できる。
【0028】
続いて、抽出したDNAを鋳型として、リアルタイムPCRを行う。この時、段階希釈した濃度標準を同時に反応させて検量線を引く。濃度標準としては、標的とする特定微生物の16S rDNAのDNA断片を導入したプラスミドなどが好適に利用できる。
【0029】
続いて、リアルタイムPCRによって測定された、汚泥サンプル中の16S rDNA断片のコピー数をもとに、生物的排水処理設備に存在する特定微生物の絶対数に対応する値を得る。この値は、例えば、得られた16S rDNA断片のコピー数をサンプルのDNA量で除して、一定DNA量あたりに存在するコピー数として算出した後、これに、サンプル回収時のMLSS(mg/L)又はMLVSS(mg/L)の値を乗じることで求めることができる。MLVSS(Mixed liquor volatile suspended solids;活性汚泥有機性浮遊物質)とは、MLSSの有機物量を表す値であり、汚泥中の微生物量をMLSSよりも正確に示す指標として用いられる。あるいは、汚泥サンプルからのDNAの抽出効率が常に一定であると仮定して、単位容積の汚泥中に存在する16S rDNA断片のコピー数を、DNA抽出に用いた汚泥量に基づいて算出してもよい。本発明において、特定微生物の存在量とは、特定微生物の絶対数に対応する値を意味するものとする。
【0030】
上記のようにして得られたデータをグラフにプロットすると、図2に示すような増殖カーブを得る事ができる。以下に説明する原理に基づいて、この増殖カーブの近似式より比増殖速度μを求めることができる。ここで、比増殖速度とは、微生物の増殖速度を微生物量で割った値をいう。
【0031】
完全混合型の生物処理槽における連続培養系での微生物の物質収支は、X=流入微生物濃度、X=槽内微生物濃度、F=培地の供給および流出速度、V=生物処理槽の容積、添字()=増殖とした場合、
dX/dt=(F/V)(X−X)+(1/X)(dX/dt)
と表される。ここで、一般的に流入微生物濃度は0である。また、汚泥の返送を行っているため、流出微生物の濃度を0とすると、上式は、
dX/dt=(1/X)(dX/dt)X=μX
(μ=(1/X)(dX/dt)=比増殖速度)…(i)
となる。この式について微分方程式を解くと、
X=A・exp(μt)(Aは積分定数)…(ii)
となるため、横軸を時間t、縦軸を槽内微生物濃度Xとして指数関数を描き、その近似式を求めることでμを算出することができる。
【0032】
また、時間t、t経過後の槽内微生物濃度をそれぞれX、Xとすると、上記式(ii)はそれぞれ、
=A・exp(μt
=A・exp(μt
となる。ここで、XをXで除すると、
(X/X)=exp(μ(t−t))
−t=(1/μ)ln(X/X)…(iii)
となる。この式を用いて槽内微生物濃度が(X/X)倍まで増殖するのに必要な時間t−tを算出することができる。
ここで、槽内微生物濃度Xとして、リアルタイムPCRで測定した、汚泥サンプル由来のDNA一定量あたりに含まれる特定微生物の16S rDNAのコピー数に、MLSS(mg/L)又はMLVSS(mg/L)の値を乗じた値、あるいは、単位容積の汚泥中に存在する16S rDNA断片のコピー数を、DNA抽出に用いた汚泥量に基づいて算出した値を用いることができる。
【0033】
上記のようにして、複数の時点で採取した汚泥サンプル中の特定微生物の16S rDNAの存在量に対応する値を測定し、比増殖速度μを計算する。比増殖速度μをもとに、一定時間経過後にその微生物が何倍に増えるかを予測することができ、また逆に、ある量まで増殖するのに必要な時間を予測することもできる。このような計算により、生物的排水処理設備の立ち上げに要する馴養期間の予測が可能となる。また、初期の汚泥の濃度が一定の条件下において、複数の処理対象物質濃度(基質濃度)に対して比増殖速度を求めると、ある濃度以上では比増殖速度に差が見られなくなり、物質によっては濃度が高すぎると逆に増殖阻害を引き起こし、比増殖速度が低下する。この結果を基に最適負荷や限界負荷を求めることができる。
【実施例】
【0034】
以下、本発明の実施例を示して、本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定される物ではなく、本発明の技術的思想を逸脱しない範囲での種々の変更が可能である。
【0035】
(汚泥サンプルの回収)
図1に示す生物処理槽100を用いて、難分解性の物質であるジメチルスルホキシド(DMSO)を処理対象物質とした排水処理を行なった。生物処理槽100は、容積2Lの曝気槽10と容積1Lの沈殿槽20からなり、総容積は3Lであった。また、沈殿槽20において汚泥を回収し、曝気槽10に返送した。
【0036】
DMSOを炭素源及びエネルギー源として利用する微生物として知られている、ハイホミクロビウムを含む、定常状態にある汚泥を、既存の生物的排水処理設備から採取し、水道水で20倍に希釈して曝気槽10に導入した。続いて、DMSOを単一炭素源として300mg/Lの濃度で含む排水を連続的に曝気槽10に導入し、沈殿槽20から連続的に排出させた。ここで、水理学的滞留時間は24時間に設定した。また、曝気量は18vvhに設定し、空気を曝気した。排水処理開始後、一定時間毎に汚泥のサンプルを曝気槽から10mLずつ回収し、凍結保存した。また、汚泥のサンプル回収時にMLSS(mg/L)の測定も行った。MLSSは次のようにして測定した。まず、汚泥サンプルを沈殿管にとり、3,000rpmで10分間遠心分離を行った後、上澄液を捨てた。次に、得られた沈殿物に水を加えて良く混合した後、再び上記と同様に遠心分離して上澄液を捨てた。得られた沈殿物を、予め秤量された蒸発皿に洗い入れ、乾燥機中で105〜110℃で半日乾燥した。続いて、デシケーター中で放冷後、秤量した。測定された質量から、空の蒸発皿の質量を除いた質量をMLSSとした。
【0037】
(DNA抽出)
凍結保存しておいた汚泥を解凍し、トリス−EDTA緩衝液(TE)(pH8.0)を用いて2回洗浄した。洗浄した汚泥約0.1gから、ISOIL(商品名、ニッポンジーン製)を用い、添付のプロトコルにしたがってDNAを抽出した。
【0038】
(プライマー及びプローブの設計)
配列番号1に、ハイホミクロビウムの16SリボゾームRNA(rRNA)をコードするDNA(16S rDNA)の塩基配列を示す。プライマー及びプローブは配列番号1に記載の塩基配列をもとに、ARB(http://www.arb−home.de から配布されている非営利のソフトウエア)を用いて設計し、合成した。表1に、使用したプライマー及びプローブの塩基配列を示す。TaqMan(登録商標)プローブ(配列番号4)としては、5’末端を6−FAM(6−カルボキシフルオレセイン)で、3’末端をTAMRA(6−カルボキシテトラメチルローダミン)で標識したものを用いた。
【0039】
【表1】

【0040】
(リアルタイムPCR)
表2に示す割合で、1サンプルにつき3組ずつ試薬を混合し、リアルタイムPCR反応を行い、サンプル中のハイホミクロビウムの16S rDNAのコピー数を測定した。反応装置としては、7500 Fast リアルタイムPCRシステム(アプライドバイオシステムズ社製)を用いた。リアルタイムPCR反応は、95℃20秒の後、95℃3秒及び60℃30秒のサイクルを40回繰り返して行った。16S rDNAの濃度基準として、16S rDNA断片をプラスミドベクターpCR4−TOPO(インビトロジェン社)に導入し、表1のフォワードプライマー(配列番号2)及びリバースプライマー(配列番号3)でPCR増幅して得られた増幅産物を精製し、10、10、10、10、10コピー/μLに段階希釈したものを用い、サンプルと同時に反応させた。
【0041】
【表2】

【0042】
測定された16S rDNAのコピー数を、サンプルのDNA量で除して、一定DNA量あたりに存在するコピー数を算出した後、この値に各汚泥サンプル回収時のMLSS(mg/L)の値を乗じ、曝気槽10内に存在するハイホミクロビウムの絶対数に対応する値を算出した。
【0043】
図2は、ハイホミクロビウムの絶対数に対応する値を、排水処理開始からの時間に対してプロットしたグラフである。縦軸がハイホミクロビウムの絶対数に対応する値を表し、横軸が排水処理開始からの時間を表す。時間を経るごとに2次関数的にハイホミクロビウムの絶対数に対応する値が増加した。このグラフの近似式は、
y=5×100.0082x
であり、相関係数は0.9946であった。この結果から、ハイホミクロビウムの比増殖速度は0.0082と算出された。
【0044】
本実施例の汚泥は、20倍に希釈して曝気槽に導入されていた。そこで、例えばこの汚泥が元の濃度(20倍に相当する)に達するのに要する時間は、上記式(iii)より、
(1/0.0082)×ln(20)≒365(時間)
と推測することが可能である。
【0045】
このように、リアルタイムPCRを用いることで、混合培養系中の特定微生物の比増殖速度を高精度で定量でき、設備の処理能力に直結する微生物の存在量の変化を予測することができる。さらに、物質収支式に基づいて、一定の微生物量に達するまでの時間が予測でき、馴養に要する期間の目安とすることができる。
【0046】
上記実施例では、好気性微生物を利用した生物的排水処理における活性汚泥中の特定微生物について述べているが、嫌気性微生物を利用した生物的排水処理における、メタン発酵汚泥や脱窒汚泥中の特定微生物についても、本発明の方法と同様の方法が適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】生物処理槽の構成を示す概略図である。
【図2】ハイホミクロビウムの増殖を示すグラフである。
【符号の説明】
【0048】
10…曝気槽、20…沈殿槽、100…生物処理槽

【特許請求の範囲】
【請求項1】
排水中の処理対象物質を分解する生物的排水処理設備の汚泥中の特定微生物の将来のある時点における存在量を予測する方法であって、
前記汚泥中の特定微生物の存在量を、リアルタイムPCR法を用いて、複数の時点において測定する測定ステップと、
前記複数の時点における特定微生物の存在量に基づいて、当該特定微生物の比増殖速度を算出する算出ステップと、
前記比増殖速度に基づいて、将来のある時点における特定微生物の存在量を予測する予測ステップと、
を含む方法。
【請求項2】
定常状態にある汚泥を希釈した後に生物的排水処理設備に設置する設置ステップを前記測定ステップの前に実施する、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記特定微生物がハイホミクロビウム(Hyphomicrobium)属細菌であり、前記処理対象物質がジメチルスルホキシドである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
配列番号2及び配列番号3に記載の塩基配列からなるプライマー並びに配列番号4に記載の塩基配列からなるプローブを用いて前記リアルタイムPCR法を実施する、請求項3に記載の方法。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−22317(P2010−22317A)
【公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−189935(P2008−189935)
【出願日】平成20年7月23日(2008.7.23)
【出願人】(000002107)住友重機械工業株式会社 (2,241)
【Fターム(参考)】