説明

波形再構成装置、波形再構成システム及び波形再構成方法

【課題】超高速時間ゲート又は参照光源を用いることなく、正確な光信号の時間波形を簡便に再構成できる波形再構成装置を提供することを目的とする。
【解決手段】波形再構成装置140は、光ファイバの自己位相変調に関するパラメータを用いて入力光信号の光ファイバ内の伝播をシミュレーションすることにより、複数の強度の入力光信号の位相スペクトルが所定の位相スペクトルを有すると仮定した場合の出力光信号のパワースペクトルを複数の強度の入力光信号ごとに計算し、計算したパワースペクトルと計測されたパワースペクトルとの差分値が所定閾値以下となる所定の位相スペクトルを入力光信号の位相スペクトルとして算出する位相スペクトル算出部143と、算出された位相スペクトルと入力光信号のパワースペクトルとを周波数/時間変換することにより、入力光信号の時間波形を再構成する波形再構成部144とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光信号の時間波形を再構成する波形再構成装置等に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、非線形光学効果を利用した情報通信システム等の実用化に向け、光信号の正確な時間波形の情報を得ることは極めて重要となっている。そこで、光信号の正確な時間波形の情報を取得するために、光サンプリングオシロスコープ、オートコリレータなどを用いて、光信号の時間波形の強度分布が計測される。その結果、計測された強度分布から、光信号の振幅情報が取得される。しかしながら、計測された強度分布からは、光信号の位相情報は取得できない。つまり、光信号の強度分布を計測しただけでは、光信号の時間波形の情報を取得することはできない。
【0003】
そこで、光信号の位相を取得するための様々な方法が、提案されている(例えば、非特許文献1及び2を参照)。非特許文献1及び2に記載の方法は、時間分解分光に基づいて光信号の位相を取得する方法である。具体的には、非特許文献1及び2に記載の方法では、超高速時間ゲート又は参照光源を利用することにより、光信号の位相を取得する。そして、取得した位相を用いて、光信号の時間波形が再構成される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】D.J.Kane、R.Trebino、「Characterization of arbitrary femtosecond pulses using frequency−resolved optical gating」、IEEE J.Quantum Electron、Vol.29、1993、pp571〜pp579
【非特許文献2】C.Dorrer、M.Joffre、「Characterization of the spectral phase of ultrashort light pulses」、C.R.Acad.Sci.Paris、Vol.2、2001、pp1415
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記従来の方法では、超高速時間ゲート又は参照光源を必要とするために、光信号とゲートとの時間調整並びに安定性及びSN(Signal−Noise)比の確保など非常に高い技術レベルが要求される。
【0006】
そこで、本発明は、超高速時間ゲート又は参照光源を用いることなく、正確な光信号の時間波形を簡便に再構成できる波形再構成装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、本発明に係る波形計測装置は、入力光信号の時間波形を再構成する波形再構成装置であって、前記入力光信号のパワースペクトルを取得する入力スペクトル取得部と、前記入力光信号が自己位相変調を誘起する光ファイバ内を伝播したときの光信号である出力光信号の計測されたパワースペクトルを、複数の強度の前記入力光信号ごとに取得する出力スペクトル取得部と、前記光ファイバの自己位相変調に関するパラメータを用いて前記入力光信号の前記光ファイバ内の伝播をシミュレーションすることにより、前記複数の強度の入力光信号の位相スペクトルが所定の位相スペクトルを有すると仮定した場合の出力光信号のパワースペクトルを前記複数の強度の入力光信号ごとに計算し、計算したパワースペクトルと前記出力スペクトル取得部により取得されたパワースペクトルとの差分値が所定閾値以下となる前記所定の位相スペクトルを前記入力光信号の位相スペクトルとして算出する位相スペクトル算出部と、前記位相スペクトル算出部により算出された位相スペクトルと、前記入力スペクトル取得部により取得されたパワースペクトルとを周波数/時間変換することにより、前記入力光信号の時間波形を再構成する波形再構成部とを備える。
【0008】
これによって、パラメータが既知の光ファイバとスペクトル計測器とがあれば得られる、複数の強度の入力光信号に対応した出力光信号のパワースペクトルを用いて、入力光信号の時間波形を再構成することができるので、時間分解分光データを用いることなく入力光信号の時間波形を再構成できる。すなわち、超高速時間ゲート又は参照光源を用いることなく、正確な光信号の時間波形を簡便に再構成することが可能となる。
【0009】
また、前記位相スペクトル算出部は、予め定められたアルゴリズムに従って前記所定の位相スペクトルを変化させながら前記差分値が前記所定閾値以下となる前記所定の位相スペクトルを探索することにより、前記入力光信号の位相スペクトルを算出してもよい。
【0010】
これによって、予め定められたアルゴリズムに従って位相スペクトルを変化させながら、所定閾値以下となる差分値を探索することができるので、比較的短時間に精度の高い位相スペクトルを得ることが可能となる。
【0011】
また、本発明に係る波形再構成システムは、入力光信号の時間波形を再構成する波形再構成システムであって、前記入力光信号の強度を互いに異なる複数の強度に変化させる強度調節器と、当該光ファイバ内を伝播する光信号の自己位相変調を誘起する光ファイバであって、前記自己位相変調に関するパラメータが既知である光ファイバと、前記強度調節器により強度が変化された前記入力光信号が前記光ファイバ内を伝播したときの光信号である出力光信号のパワースペクトルを前記複数の強度ごとに計測するスペクトル計測器と、前記波形再構成装置とを備え、前記出力スペクトル取得部は、前記スペクトル計測器により計測されたパワースペクトルを取得する。
【0012】
これによって、パラメータが既知の光ファイバとスペクトル計測器とがあれば入力光信号の時間波形を再構成できるので、超高速時間ゲート又は参照光源を用いることなく、正確な光信号の時間波形を簡便に再構成することが可能となる。
【0013】
また、前記光ファイバは、少なくとも二次、三次及び四次分散の自己位相変調に関するパラメータが既知であることが好ましい。
【0014】
これによって、光信号の時間波形を、より正確に再構成することが可能となる。
【0015】
なお、本発明は、このような波形再構成装置として実現することができるだけでなく、このような波形再構成装置が備える特徴的な構成部の動作をステップとする波形再構成方法として実現したり、それらのステップをコンピュータに実行させるプログラムとして実現したりすることもできる。そして、そのようなプログラムは、CD−ROM(Compact Disc−Read Only Memory)等の記録媒体やインターネット等の伝送媒体を介して配信することができるのは言うまでもない。
【発明の効果】
【0016】
以上の説明から明らかなように、本発明に係る波形再構成装置は、パラメータが既知の光ファイバとスペクトル計測器とがあれば得られる、複数の強度の入力光信号に対応した出力光信号のパワースペクトルを用いて、入力光信号の時間波形を再構成できるので、超高速時間ゲート又は参照光源を用いることなく、正確な光信号の時間波形を簡便に再構成することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の実施の形態に係る波形再構成システムの全体的な構成を示す図である。
【図2】本発明の実施の形態に係る波形再構成装置の特徴的な機能構成を示すブロック図である。
【図3】本発明の実施の形態に係る波形再構成装置における動作を示すフローチャートである。
【図4】(a)〜(j)は、分光器により計測された出力光信号のパワースペクトルの実験結果を示すグラフである。
【図5】位相スペクトルの探索中における評価関数の変化の実験結果を示すグラフである。
【図6】実験により得られたパワースペクトルと位相スペクトルとを示す図である。
【図7】波形再構成装置により再構成された入力光信号の時間波形の実験結果を示す図である。
【図8】(a)〜(g)は、7種類の入力光信号の強度に対応する出力光信号のパワースペクトルの実測値と計算値との比較結果を示すグラフである。
【図9】(a)〜(c)は、分光器により計測された10種類の入力光信号の強度に対応する出力光信号のパワースペクトルのうち、位相スペクトルの算出に利用されなかった3種類の入力光信号の強度に対応する出力光信号のパワースペクトルの実測値と計算値との比較結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明に係る波形再構成システム及び波形再構成装置は、入力光信号の強度を変化させたときに得られる非線形光学効果による複数のスペクトル変化を、実測値と計算値とで比較することにより、ある複数のスペクトル変化の組合せを引き起こす時間波形は限定されるという非線形光学効果の特徴を利用し、入力光信号の時間波形の再構成を行う。時間波形の再構成に必要な位相スペクトルは、焼きなまし法などの最適化アルゴリズムに従ってシミュレーションにより計算されたパワースペクトル(計算値)が実測値に近づくように位相スペクトルを変化させていくことにより決定される。
【0019】
以下に、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。
【0020】
図1は、本発明の実施の形態に係る波形再構成システム100の全体的な構成を示す図である。この波形再構成システム100は、入力光信号の時間波形を再構成するシステムである。図1に示すように、波形再構成システム100は、強度調節器110、高非線形光ファイバ120、分光器130及び波形再構成装置140により構成される。
【0021】
強度調節器110は、入力光信号生成装置200により生成された入力光信号の強度を変化させる。
【0022】
高非線形光ファイバ120は、光ファイバの一例であり、当該高非線形光ファイバ120内を伝播する光信号の自己位相変調を誘起する。ここで、自己位相変調とは、非線形光学効果の一例である。光ファイバなどの媒質の屈折率は、その中を伝播する光信号の強度に比例してわずかに変化するため、光信号自身に位相変調が生じる。このようにして生じる位相変調を自己位相変調という。
【0023】
また、高非線形光ファイバ120は、自己位相変調に関するパラメータが既知のファイバである。具体的には、高非線形光ファイバ120は、例えば、二次及び三次に加え、四次分散までを示すパラメータが既知である光ファイバである。なお、強度調節器110により強度が変化された入力光信号が高非線形光ファイバ120内を伝播する。
【0024】
分光器130は、スペクトル計測器の一例であり、出力光信号を波長ごとの光に分解し、波長ごとに分解した光をO/E変換及びA/D変換することにより、デジタル値で表されたパワースペクトルを生成する。すなわち、分光器130は、出力光信号のパワースペクトルを計測する。ここで出力光信号とは、入力光信号が高非線形光ファイバ120内を伝播したときの光信号である。
【0025】
波形再構成装置140は、例えば、CPU(Central Processing Unit)及びメモリ等を備えるコンピュータであり、入力光信号の時間波形を再構成する装置である。波形再構成装置140の詳細は図2を用いて後述する。
【0026】
入力光信号生成装置200は、入力光信号を生成する装置である。具体的には、入力光信号生成装置200は、例えば、MLLD(Mode−Locked Laser Diode)と、SMF(Single Mode Fiber)と、EDFA(Erbium Doped Fiber Amplifier)とを備える。入力光信号生成装置200は、MLLDから出力された光パルスを、SMFにより分散補償し、EDFAにより増幅する。
【0027】
図2は、本発明の実施の形態に係る波形再構成装置140の特徴的な機能構成を示すブロック図である。図2に示すように、入力スペクトル取得部141、出力スペクトル取得部142、位相スペクトル算出部143及び波形再構成部144を備える。
【0028】
入力スペクトル取得部141は、入力光信号生成装置200により生成された入力光信号のパワースペクトルを取得する。例えば、入力光信号生成装置200により生成された入力光信号のパワースペクトルが既知である場合、入力スペクトル取得部141は、記憶手段等に格納されたパワースペクトルのデータを読み出すことにより、入力光信号のパワースペクトルを取得する。一方、入力光信号生成装置200により生成された入力光信号のパワースペクトルが既知でない場合、入力スペクトル取得部141は、図示していない分光器等を用いて計測された入力光信号のパワースペクトルを取得する。なお、入力スペクトル取得部141が取得するパワースペクトルとは、入力光信号の波長ごとの光の強度を示したデータである。
【0029】
出力スペクトル取得部142は、入力光信号が高非線形光ファイバ120内を伝播したときに分光器130により計測された出力光信号のパワースペクトルを複数の強度の入力光信号ごとに取得する。ここで、出力スペクトル取得部142が取得するパワースペクトルとは、出力光信号の波長ごとの光の強度を示したデータである。
【0030】
位相スペクトル算出部143は、パラメータを用いて入力光信号の高非線形光ファイバ120内の伝播をシミュレーションすることにより、複数の強度の入力光信号が所定の位相スペクトルを有すると仮定した場合の出力光信号のパワースペクトルを複数の強度の入力光信号ごとに計算する。そして、位相スペクトル算出部143は、計算した複数の強度ごとのパワースペクトルと、出力スペクトル取得部142により取得された計測された複数の強度ごとのパワースペクトルとの差分値が、所定閾値以下となる所定の位相スペクトルを入力光信号の位相スペクトルとして算出する。具体的には、位相スペクトル算出部143は、焼きなまし法に従って所定の位相スペクトルを変化させながら差分値が所定閾値以下となる所定の位相スペクトルを探索することにより、入力光信号の位相スペクトルを算出する。
【0031】
なお、位相スペクトル算出部143が算出する位相スペクトルとは、光信号の波長ごとの位相を示すデータである。また、パラメータとは、自己位相変調に関するパラメータであり、高非線形光ファイバ120に固有のパラメータである。また、位相スペクトル算出部143により実行されるシミュレーションは、例えば、スプリットステップ法などによるパルス伝播シミュレーションである。すなわち、位相スペクトル算出部143により実行されるシミュレーションは、高非線形光ファイバ120に固有の既知のパラメータを利用して、出力光信号のパワースペクトルを計算するための光信号伝播シミュレーションである。
【0032】
また、上記における所定閾値は、予め定められた一定値であってもよいし、シミュレーション中に動的に変化する値であってもよい。例えば、所定閾値は、焼きなまし法により順次探索される解の収束条件を満たしたとき(例えば、解の変化率が予め定められた変化率以下となったとき)に得られる差分値であってもよい。さらに、例えば、所定閾値は、予め定められた探索回数だけ解の探索がなされたときに得られる差分値であってもよい。
【0033】
波形再構成部144は、位相スペクトル算出部143により算出された位相スペクトルと、入力スペクトル取得部141により取得されたパワースペクトルとを周波数/時間変換することにより、入力光信号の時間波形を再構成する。具体的には、波形再構成部144は、例えば、位相スペクトルとパワースペクトルとを逆フーリエ変換することにより、時間波形を再構成する。
【0034】
次に、以上のように構成された波形再構成装置140における各種動作について説明する。
【0035】
図3は、本発明の実施の形態に係る波形再構成装置140における動作を示すフローチャートである。
【0036】
まず、入力スペクトル取得部141は、入力光信号生成装置200により生成された入力光信号のパワースペクトルを取得する(ステップS101)。続いて、出力スペクトル取得部142は、分光器130により計測された、複数の強度の入力光信号に対応する出力光信号のパワースペクトルを取得する(ステップS102)。
【0037】
次に、位相スペクトル算出部143は、初期値となる位相スペクトルを決定する(ステップS103)。例えば、位相スペクトル算出部143は、任意の位相スペクトルを初期値と決定する。また、例えば、位相スペクトル算出部143は、入力光信号が予め定められた型のパルスであると仮定したときに得られる位相スペクトルを初期値と決定してもよい。
【0038】
そして、位相スペクトル算出部143は、高非線形光ファイバ120の自己位相変調に関するパラメータを用いて入力光信号の高非線形光ファイバ120内の伝播をシミュレーションする。これにより、位相スペクトル算出部143は、複数の強度の入力光信号の位相スペクトルがステップS103又はステップS106において決定された位相スペクトルを有すると仮定した場合の出力光信号のパワースペクトルを、複数の強度の入力光信号ごとに計算する(ステップS104)。
【0039】
次に、位相スペクトル算出部143は、計算された複数の強度ごとのパワースペクトルと、分光器130により計測された(ステップS102において取得された)複数の強度ごとのパワースペクトルとの差分値の合計が所定閾値以下か否かを判定する(ステップS105)。
【0040】
ここで、差分値の合計が所定閾値より大きいと判定された場合(ステップS105のNo)、位相スペクトル算出部143は、焼きなまし法に従ってシミュレーションに用いる新たな位相スペクトルを決定する(ステップS106)。そして、再度、ステップS104からの処理が繰り返される。
【0041】
一方、差分値が所定閾値以下であると判定された場合(ステップS105のYes)、シミュレーションに用いた位相スペクトルを入力光信号の位相スペクトルとして算出する(ステップS107)。
【0042】
最後に、入力光信号のパワースペクトルと、算出された位相スペクトルとを周波数/時間変換することにより、入力光信号の時間波形を再構成し(ステップS108)、処理を終了する。
【0043】
以上の処理により、波形再構成装置140は、超高速時間ゲート又は参照光源を用いることなく、正確な光信号の時間波形を簡便に再構成することが可能となる。
【0044】
次に、上記の波形再構成システム100により得られた実験結果について説明する。
【0045】
本実験では、入力光信号生成装置200は、MLLDから10GHzの周期で出力された1.3psの光パルスを、65mのSMFにより分散補償した後に、EDFAにより増幅した。このようにEDFAにより増幅された光パルスを、入力光信号生成装置200は入力光信号として出力した。
【0046】
強度調節器110には、可変光減衰器(VOA:Variable Optical Attenuator)を用いた。強度調節器110は、電力を17.2mWから10.3mWずつ上げていくことにより、入力光信号生成装置200により生成された入力光信号の強度を10種類の異なる強度に変更した。そして、強度調節器110は、強度を変更した入力光信号を高非線形光ファイバ120に出力した。
【0047】
高非線形光ファイバ120には、二次及び三次に加え、四次分散まで考慮した、表1に示すパラメータを有する光ファイバを用いた。
【0048】
【表1】

【0049】
分光器130により計測された、入力光信号の10種類の強度に対応する出力光信号のパワースペクトルを、図4(a)〜図4(j)に示す。図において、グラフの横軸は波長(Wavelength(nm))を示し、縦軸は強度(Intensity(a.u.))を示す。また、図4(a)〜図4(j)に示すパワースペクトルのそれぞれは、強度調節器110の電力が順に17.2mW、27.5mW、37.8mW、48.1mW、58.4mW、68.7mW、79.0mW、89.4mW、99.7mW、及び110.0mWであるときの出力光信号のパワースペクトルである。
【0050】
本実験では、波形再構成装置140が備える位相スペクトル算出部143は、7種類の強度に対応する(図4(a)〜図4(g)に示す)出力光信号のパワースペクトルの実測値と、シミュレーションにより得られる出力光信号のパワースペクトルの計算値との差分値を評価関数として、焼きなまし法に従って位相スペクトルを変化させながら評価関数が最小となる位相スペクトルを探索した。その際、位相スペクトルの初期値には、オートコリレーションにより求めたパルス幅を元にGerchberg−Saxton法によりSech型光パルスに近似した際の位相スペクトルを用いた。このような位相スペクトルを初期値として利用することにより、早期に評価関数を収束させることが可能となった。
【0051】
図5は、位相スペクトルの探索中における評価関数の変化の実験結果を示すグラフである。図5において、グラフの横軸は評価関数の繰り返し計算回数(Number of iteration times)を示し、縦軸は評価関数の値(Evaluation function(a.u.))を示す。
【0052】
図5から明らかなように、比較的早期に評価関数が一定値に収束している。位相スペクトル算出部143は、評価関数が一定値に収束したとき(例えば、図5における2500回目)の位相スペクトルを入力光信号の位相スペクトルと決定した。
【0053】
図6は、実験により得られたパワースペクトルと位相スペクトルとを示す図である。図6において、横軸は波長(Wavelength(nm))を示す。また、縦軸は左側が強度(Intensity(a.u.))を示し、右側が位相(Phase(rad))を示す。ここで、パワースペクトル601が左側縦軸の強度に対応し、位相スペクトル602が右側縦軸の位相に対応する。
【0054】
波形再構成装置140が備える波形再構成部144は、図6のように算出された位相スペクトル602と、入力光信号のパワースペクトル601とを用いて、入力光信号の時間波形を再構成する。
【0055】
図7は、波形再構成装置140により再構成された入力光信号の時間波形の実験結果を示す図である。図7において、横軸は時間(Delay time(ps))を示し、縦軸は強度(Intensity(a.u.))を示す。
【0056】
図7から明らかなように、再構成された入力光信号の時間波形は、一般的なパルス光として近似されるSech型又はGaussian型の時間波形とは異なる。すなわち、波形再構成装置140は、一般的な近似により得られる時間波形よりも正確な時間波形を再構成できたと考えられる。
【0057】
次に、上記実験において位相スペクトル算出部143により実行されたシミュレーション及び算出された位相スペクトルの妥当性を検証する。
【0058】
図8(a)〜図8(g)は、7種類の入力光信号の強度に対応する出力光信号のパワースペクトルの実測値と計算値との比較結果を示すグラフである。なお、パワースペクトルの計算値は、繰り返し計算により評価関数が収束したときに得られたパワースペクトルの値である。また、入力光信号の7種類の強度は、強度調節器110の電力が17.2mW、27.5mW、37.8mW、48.1mW、58.4mW、68.7mW、及び79.0mWのときの強度である。
【0059】
図8(a)〜図8(g)に示すように、実測値801と計算値802とは略一致している。したがって、本実験において、入力光信号の時間波形に敏感に反応する、自己位相変調によるパワースペクトルの変化を正確にシミュレーションできていることが分かる。
【0060】
図9(a)〜図9(c)は、分光器130により計測された10種類の入力光信号の強度に対応する出力光信号のパワースペクトルのうち、位相スペクトルの算出に利用されなかった3種類の入力光信号の強度に対応する出力光信号のパワースペクトルの実測値と計算値との比較結果を示すグラフである。なお、パワースペクトルの計算値は、位相スペクトル算出部143により算出された入力光信号の位相スペクトルを用いてシミュレーションしたときの値である。また、位相スペクトルの算出に利用されなかった3種類の入力光信号の強度は、強度調節器110の電力が89.4mW、99.7mW、及び110.0mWのときの強度である。
【0061】
図9(a)〜図9(c)に示すように、実測値901と計算値902とは略一致している。つまり、焼きなまし法における評価関数の対象としなかった入力光信号の強度においても、位相スペクトル算出部143により算出された位相スペクトルを用いて出力光信号のパワースペクトルが正確に計算されている。したがって、位相スペクトル算出部143により算出された入力光信号の位相スペクトルの精度が高いことがわかる。つまり、位相スペクトル算出部143により算出された入力光信号の位相スペクトルを用いて再構成される入力光信号の時間波形の精度も高いということができる。
【0062】
以上のように、上記実施の形態に係る波形再構成システム100及び波形再構成装置140は、パラメータが既知の光ファイバと分光器130とがあれば得られる、複数の強度の入力光信号に対応した出力光信号のパワースペクトルを用いて、入力光信号の時間波形を再構成することができる。したがって、波形再構成システム100及び波形再構成装置140は、時間分解分光データを用いることなく入力光信号の時間波形を再構成できる。すなわち、波形再構成システム100及び波形再構成装置140は、超高速時間ゲート又は参照光源を用いることなく、正確な光信号の時間波形を簡便に再構成することが可能となる。
【0063】
さらに、波形再構成システム100及び波形再構成装置140は、公知の技術である焼きなまし法に従って位相スペクトルを変化させながら、所定閾値以下となる差分値を探索することができるので、比較的短時間に精度の高い位相スペクトルを算出することが可能となる。
【0064】
以上、本発明に係る波形再構成装置及び波形再構成システムについて、実施の形態に基づいて説明したが、本発明は、これらの実施の形態に限定されるものではない。本発明の趣旨を逸脱しない限り、当業者が思いつく各種変形を本実施の形態に施したものも、本発明の範囲内に含まれる。
【0065】
例えば、上記実施の形態において、位相スペクトル算出部143は、焼きなまし法に従って位相スペクトルを変化させながら差分値が所定閾値以下となる位相スペクトルを探索することにより入力光信号の位相スペクトルを算出したが、本発明に係る波形再構成装置及び波形再構成システムは、このような波形再構成装置及び波形再構成システムに限定されるわけではない。例えば、位相スペクトル算出部143は、遺伝的アルゴリズムに従って位相スペクトルを変化させながら差分値が所定閾値以下となる位相スペクトルを探索してもよい。すなわち、本発明に係る波形再構成装置及び波形再構成システムは、所定閾値以下となる差分値を評価関数とした場合の評価関数が最小となる位相スペクトルを算出するためのアルゴリズムであれば、どのようなアルゴリズムであってもよい。
【0066】
また、例えば、上記実施の形態では、高非線形光ファイバ120は、四次分散まで考慮されたパラメータが既知である光ファイバであったが、さらに高次の分散まで考慮されたパラメータが既知である光ファイバであってもよい。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明に係る波形再構成装置及び波形再構成システムは、光通信等の研究分野で用いられる超高速光パルスの時間波形の測定装置として利用することができる。特に近年、位相を用いた光通信符号の利用及び光パルスの状態に敏感な非線形光信号処理が盛んに研究又は利用されるようになってきていることから、簡便に正確な時間波形を測定可能な本発明に係る波形再構成装置及び波形再構成システムは、産業分野だけでなく基礎科学分野にも非常に有用である。
【符号の説明】
【0068】
100 波形再構成システム
110 強度調節器
120 高非線形光ファイバ
130 分光器
140 波形再構成装置
141 入力スペクトル取得部
142 出力スペクトル取得部
143 位相スペクトル算出部
144 波形再構成部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力光信号の時間波形を再構成する波形再構成装置であって、
前記入力光信号のパワースペクトルを取得する入力スペクトル取得部と、
前記入力光信号が自己位相変調を誘起する光ファイバ内を伝播したときの光信号である出力光信号の計測されたパワースペクトルを、複数の強度の前記入力光信号ごとに取得する出力スペクトル取得部と、
前記光ファイバの自己位相変調に関するパラメータを用いて前記入力光信号の前記光ファイバ内の伝播をシミュレーションすることにより、前記複数の強度の入力光信号の位相スペクトルが所定の位相スペクトルを有すると仮定した場合の出力光信号のパワースペクトルを前記複数の強度の入力光信号ごとに計算し、計算したパワースペクトルと前記出力スペクトル取得部により取得されたパワースペクトルとの差分値が所定閾値以下となる前記所定の位相スペクトルを前記入力光信号の位相スペクトルとして算出する位相スペクトル算出部と、
前記位相スペクトル算出部により算出された位相スペクトルと、前記入力スペクトル取得部により取得されたパワースペクトルとを周波数/時間変換することにより、前記入力光信号の時間波形を再構成する波形再構成部とを備える
波形再構成装置。
【請求項2】
前記位相スペクトル算出部は、予め定められたアルゴリズムに従って前記所定の位相スペクトルを変化させながら前記差分値が前記所定閾値以下となる前記所定の位相スペクトルを探索することにより、前記入力光信号の位相スペクトルを算出する
請求項1に記載の波形再構成装置。
【請求項3】
入力光信号の時間波形を再構成する波形再構成システムであって、
前記入力光信号の強度を互いに異なる複数の強度に変化させる強度調節器と、
当該光ファイバ内を伝播する光信号の自己位相変調を誘起する光ファイバであって、前記自己位相変調に関するパラメータが既知である光ファイバと、
前記強度調節器により強度が変化された前記入力光信号が前記光ファイバ内を伝播したときの光信号である出力光信号のパワースペクトルを前記複数の強度ごとに計測するスペクトル計測器と、
請求項1に記載の波形再構成装置とを備え、
前記出力スペクトル取得部は、前記スペクトル計測器により計測されたパワースペクトルを取得する
波形再構成システム。
【請求項4】
前記光ファイバは、少なくとも二次、三次及び四次分散の自己位相変調に関するパラメータが既知である
請求項3に記載の波形再構成システム。
【請求項5】
入力光信号の時間波形を再構成する波形再構成方法であって、
前記入力光信号のパワースペクトルを取得する入力スペクトル取得ステップと、
前記入力光信号が自己位相変調を誘起する光ファイバ内を伝播したときの光信号である出力光信号の計測されたパワースペクトルを、複数の強度の前記入力光信号ごとに取得する出力スペクトル取得ステップと、
前記光ファイバの自己位相変調に関するパラメータを用いて前記入力光信号の前記光ファイバ内の伝播をシミュレーションすることにより、前記複数の強度の入力光信号の位相スペクトルが所定の位相スペクトルを有すると仮定した場合の出力光信号のパワースペクトルを前記複数の強度の入力光信号ごとに計算し、計算したパワースペクトルと前記出力スペクトル取得ステップにおいて取得された計測されたパワースペクトルとの差分値が所定閾値以下となる前記所定の位相スペクトルを前記入力光信号の位相スペクトルとして算出する位相スペクトル算出ステップと、
前記位相スペクトル算出ステップにおいて算出された位相スペクトルと、前記入力スペクトル取得ステップにおいて取得されたパワースペクトルとを周波数/時間変換することにより、前記入力光信号の時間波形を再構成する波形再構成ステップとを含む
波形再構成方法。
【請求項6】
入力光信号の時間波形を再構成するためのプログラムであって、
前記入力光信号のパワースペクトルを取得する入力スペクトル取得ステップと、
前記入力光信号が自己位相変調を誘起する光ファイバ内を伝播したときの光信号である出力光信号の計測されたパワースペクトルを、複数の強度の前記入力光信号ごとに取得する出力スペクトル取得ステップと、
前記光ファイバの自己位相変調に関するパラメータを用いて前記入力光信号の前記光ファイバ内の伝播をシミュレーションすることにより、前記複数の強度の入力光信号の位相スペクトルが所定の位相スペクトルを有すると仮定した場合の出力光信号のパワースペクトルを前記複数の強度の入力光信号ごとに計算し、計算したパワースペクトルと前記出力スペクトル取得ステップにおいて取得されたパワースペクトルとの差分値が所定閾値以下となる前記所定の位相スペクトルを前記入力光信号の位相スペクトルとして算出する位相スペクトル算出ステップと、
前記位相スペクトル算出ステップにおいて算出された位相スペクトルと、前記入力スペクトル取得ステップにおいて取得されたパワースペクトルとを周波数/時間変換することにより、前記入力光信号の時間波形を再構成する波形再構成ステップとをコンピュータに実行させる
プログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−204308(P2010−204308A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−48608(P2009−48608)
【出願日】平成21年3月2日(2009.3.2)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】