説明

浸炭窒化層を有する鋼製品およびその製造方法

【課題】高価なMoの含有量を低減するか、あるいはMoが非添加であっても、優れた耐摩耗性と大きなピッチング強度を確保可能な浸炭窒化層を有する鋼製品の提供。
【解決手段】浸炭窒化層を有する鋼製品であって、生地の鋼材が、C:0.10〜0.35%、Si:0.40〜1.00%、Mn:0.60〜1.50%、Cr:0.40〜0.80%、Al:0.01〜0.05%、S:0.05%以下及びN:0.0020〜0.0300%を含有し、〔(Si+Mn)/Cr〕が2以上であって、残部がFe及び不純物からなる化学組成を有し、浸炭窒化層表面から深さ50μmまでの領域において、分散する合金窒化物がMnSiN2のみであり、浸炭窒化層表面におけるオーステナイト量が体積率で30%以上、40%以下である鋼製品。必要に応じて、Mo≦0.10%、Ti≦0.10%、Nb≦0.080%のうちの1種以上を含有してもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、浸炭窒化層を有する鋼製品およびその製造方法に関する。より詳しくは、本発明は、優れた面圧疲労強度、なかでも、ピッチングに対する高い限界強度を要求される動力伝達部品などの浸炭窒化層を有する鋼製品およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の変速機として使用される歯車などの動力伝達部品は、従来、JIS G 4053(2008)に規定されている機械構造用合金鋼鋼材を、鍛造、切削などの加工により所定の形状に成形して、浸炭焼入れあるいは浸炭窒化焼入れし、その後さらに焼戻しを行って製造されている。
【0003】
近年、自動車の燃費向上への要求がますます厳しくなっている。この状況の下、燃費の向上に直結する車体の軽量化を実現するために、上記の部品についても一層の小型化および高強度化が求められ、面圧疲労の一種であるピッチングに対する限界強度(以下、「ピッチング強度」という。)と耐摩耗性を向上させることが重視されている。
【0004】
質量%で0.2%程度の炭素を含み、浸炭部品および浸炭窒化部品の素材として使用される機械構造用合金鋼鋼材には、SMn420に代表されるマンガン鋼、SMnC420に代表されるマンガンクロム鋼、SCr420に代表されるクロム鋼およびSCM420に代表されるクロムモリブデン鋼などがあり、使用用途や製品(以下、「部材」ということがある。)の強度レベルに応じて使い分けられている。
【0005】
上記のうちで特にSCM420は、モリブデンを0.15〜0.25%の範囲で含有するものであり、他の鋼種に比べて、浸炭あるいは浸炭窒化後の焼入れ時に、表層の焼入れ性を高く保つため広く使われているものである。しかしながら、近年のモリブデンの価格高騰は著しく、Mo含有量を極力少なくしても高強度となる鋼および処理方法を求める社会的ニーズは非常に高い。
【0006】
「浸炭窒化」は部材の表層に窒素を含有させる熱処理で、浸炭性の雰囲気にアンモニアガスを混合して浸炭と同時に浸窒を行う「ガス浸炭窒化」などが知られている。
【0007】
浸窒で導入された窒素は、いわゆる「焼戻し軟化抵抗」を高める効果があるとされており、単にガス浸炭焼入れしたものに比べて、ピッチング強度を増大することが期待される。しかしながら、窒素は鋼中に含まれるCrとの親和性が強いため、浸窒層内にCrNを生成しやすく、浸窒層の焼入れ性を増大させる固溶Cr量を低下させる。このため、部材の表層に不完全焼入れ組織を生じやすいという問題があった。
【0008】
そこで、浸炭窒化における上記の問題を解決する技術が、例えば、特許文献1〜3に開示されている。
【0009】
特許文献1には、質量%で、C:0.15〜0.25%、Si:0.40〜0.9%、Mn:0.05〜0.7%、Cr:1.25〜2.5%、Mo:0.35〜1%、Al:0.02〜0.06%、およびN:0.007〜0.015%を含み、必要に応じてさらに、Cu、Ni、Nb、Ti、B、S、Ca、Zr、Sb、PbおよびBiのうちの1種以上の元素を含有し、残部が実質的にFeである鋼からなり、[Si+Mn+Mo]量が1.0〜2.20%で、浸炭窒化または浸炭浸窒後焼入れ・焼戻し処理された表面硬化層を有し、表面から0.1mmまでのC量[Cs]が0.7%以上、N量[Ns]が0.6〜2.0%で、且つ、〔R値=1.11×[Cs]+1.25×[Ns]+1.89×Si+1.22×Mn+0.67×Mo+3.94〕によって求められるR値が7.5以上であることを特徴とする「浸炭窒化部品」が開示されている。
【0010】
特許文献2には、質量%で、C:0.10〜0.30%、Si:1.5%以下(0%を含まない)、Mn:1.5%以下(0%を含まない)、Cr:0.5〜2.5%、Mo:0.5%以下(0%を含まない)を夫々含有し、必要に応じてさらに、Ni、B、Al、Nb、Ti、V、N、S、Ca、Mg、PbおよびBiのうちの1種以上の元素を含有し、残部:鉄および不可避不純物からなる鋼材を所定形状に成形した後、浸炭処理または浸炭窒化処理した歯車部品であって、表面異常層の深さが5μm以下であると共に、歯面から50μm深さ位置でのC濃度[Cm]が0.4〜1.5%であり、且つ歯面から25μm深さ位置でのC濃度[Cs]と前記C濃度[Cm]との比[Cs]/[Cm]が1.0未満を満足するものであることを特徴とする「なじみ性に優れた歯車部品」が開示されている。
【0011】
特許文献3には、質量%で、C:0.1〜0.5%、Si:0.35%超〜1.5%、Mn:2%以下、Cr:3%以下を含有し、必要に応じてさらに、Ni:4%以下、Mo:2%以下、V:1%以下、Nb:0.5%以下、Ti:0.5%以下、Al:0.1%以下の6種から選択した1種または2種以上を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなる鋼部品に、浸炭窒化焼入れ処理を施し、Si+Mnの質量比含有量が50%以上の炭窒化物であるSi−Mn炭窒化物を浸炭窒化層の最表面0.2mm以内では1%面積率以上を析出させることを特徴とする「耐ピッチング性や耐摩耗性に優れた高硬度鋼部品」が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2001−73072号公報
【特許文献2】特開2008−121075号公報
【特許文献3】特開2002−339039号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
前述の特許文献1で開示された浸炭窒化部品では、浸炭窒化時に浸窒層に生成するCrNによって浸窒層内の固溶Crが減少することによる、浸炭窒化層の焼入れ性の低下を補完するために、Moを0.35%以上含有させることを特徴としている。しかしながら、この特許文献1で提案された技術は、近年の希少金属元素、特にMoが著しく価格高騰しているという観点から、Mo含有量を極力少なくしたいという最近のニーズに必ずしも合致するものではない。
【0014】
特許文献2に開示された歯車部品は、真空浸炭炉を用いて浸炭窒化条件を適正化し、歯面から25μm位置の炭素濃度を、歯面から50μm位置の炭素濃度よりも低くすることによって摩耗を促進させ、その結果、摺動面どうしのなじみ性を向上することを特徴としたものである。しかしながら、ガス浸炭窒化して焼入れした場合のなじみ性に関しては特に考慮されていない。
【0015】
特許文献3で開示された高硬度鋼部品は、Si+Mnの質量比含有量が50%以上であるSi−Mn炭窒化物を浸炭窒化層に析出させることを特徴とするものである。しかしながら、窒素との親和性が高いCrの含有量が多い鋼種の場合には、CrNの生成もさることながら、Crの含有量が低い鋼種に比較して浸窒工程における浸窒量が増える。したがって、浸炭窒化後に焼入れしても、変態せずに残るオーステナイトの量が多くなってしまう。このため、Crの含有量が多い場合には、十分な表面硬さが得られないばかりでなく、粒界近傍に生成した粗大なCrNにより、しゅう動面の表面が荒れやすく高いピッチング強度を得られないという問題があった。
【0016】
上記の様に、これまでに提案された浸炭窒化技術では、低コストでピッチング強度に優れた浸炭窒化部材を効率的に提供するには不十分であった。
【0017】
そこで、本発明は、近年、価格の高騰が著しい高価な合金元素であるMoの含有量を低減あるいは非添加とすることで、従来鋼よりも低廉でありながら、優れた耐摩耗性と大きなピッチング強度を確保することができる浸炭窒化層を有する鋼製品を提供することを目的とする。上記の浸炭窒化層を有する鋼製品を効率的に得ることができる製造方法を提供することも本発明の目的とするところである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者らは、前記した課題を解決するために、JIS G 4053(2008)に規定されたSMnC420に代表されるマンガンクロム鋼をベースにSiの含有量を増やし、かつ、Mn量を変化させた鋼およびSCr420に代表されるクロム系肌焼鋼を用いて、様々な条件で浸炭窒化実験を行い、浸炭窒化部材のピッチング強度と表面硬化層のミクロ組織との関係を調べた。
【0019】
その結果、浸炭窒化焼入れで優れたピッチング強度を発現させる方法に関して、下記(a)〜(f)の知見を得た。
【0020】
(a)浸炭窒化層においては、Crの含有量が高い成分系ではCrNが生成し、SiおよびMnの含有量が高い成分系ではSiMnN2が生成する。この現象について、鋼材成分のうちのSi、MnおよびCrの含有量を用いた〔(Si+Mn)/Cr〕というパラメータで整理すると、〔(Si+Mn)/Cr〕が2以上の鋼材ではSiMnN2のみが生成し、一方、〔(Si+Mn)/Cr〕が2より小さい鋼材ではCrNが生成する。そして、これらの合金窒化物が生成するといずれの場合にも、マトリクス中に溶解する合金元素量が減少するため、焼入れした後の表層には不完全焼入れ組織が生成しやすくなる。この結果、表層硬さが低くなって表面が摩耗しやすくなる。
【0021】
(b)浸炭窒化焼入れを施してその表層硬さが同等レベルになるようにした小型の試験片を用いて摩耗試験を行った後、各々のしゅう動部の表面粗さを測定した。その結果、表層硬さが同等レベルであっても、表層にMnSiN2が分散した鋼材の方が、表層にCrNが分散したSCr420系の鋼材よりも表面粗さが小さかった。
【0022】
(c)浸炭窒化層内に生成する合金窒化物の種類により、しゅう動後の表面粗さの低下具合が異なることから、浸炭窒化層内に生成する合金窒化物が、耐ピッチング性にも影響を及ぼすことが予想される。
【0023】
(d)上記(c)から、浸炭窒化層に生成する合金窒化物の種類を変えるために合金元素の含有量を種々変化させた鋼材を用いて浸炭窒化焼入れを施し、その表層硬さを同等レベルに揃えてピッチング強度を調査した。その結果、表層にCrNを生成せずにMnSiN2のみを生成したもの、つまり〔(Si+Mn)/Cr〕が2以上の場合に、CrNを生成したもの、すなわち〔(Si+Mn)/Cr〕が2より小さい場合に比べて高いピッチング強度が得られた。
【0024】
(e)上記〔(Si+Mn)/Cr〕が2以上でMnSiN2のみを生成したもののうちでも、表面のオーステナイト量が30%以上、40%以下の場合に、一層高いピッチング強度が得られた。
【0025】
(f)さらに、0.10%以下の微量Moを含有させることによって浸炭窒化層の焼入れ性を大きくしたり、Moが非添加であっても冷却条件を変更して焼入れ速度を大きくしたりすると、オーステナイト量の変化は小さくても、著しく高いピッチング強度が得られた。
【0026】
なお、MnSiN2およびCrNは、表1に示す結晶構造と格子定数を有しているため、電子線回折図形を撮影し、これを解析することで各合金窒化物を同定することができる。
【0027】
【表1】


本発明は、上記の知見に基づいて完成されたものであり、その要旨は、下記(1)〜(3)に示す鋼製品および(4)に示す鋼製品の製造方法にある。
【0028】
(1)浸炭窒化層を有する鋼製品であって、生地の鋼材が、質量%で、C:0.10〜0.35%、Si:0.40〜1.00%、Mn:0.60〜1.50%、Cr:0.40〜0.80%、Al:0.01〜0.05%、S:0.05%以下およびN:0.0020〜0.0300%を含有し、下記の(1)式で表されるfnが2以上であって、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有し、浸炭窒化層表面から深さ50μmまでの領域において、分散する合金窒化物がMnSiN2のみであり、浸炭窒化層表面におけるオーステナイト量が体積率で30%以上、40%以下であることを特徴とする鋼製品。
fn=(Si+Mn)/Cr・・・(1)
ただし、(1)式中の元素記号は、その元素の生地の鋼材中における質量%での含有量を表す。
【0029】
(2)生地の鋼材が、Feの一部に代えて、質量%で、Mo:0.10%以下を含有するものであることを特徴とする上記(1)に記載の鋼製品。
【0030】
(3)生地の鋼材が、Feの一部に代えて、質量%で、Ti:0.10%以下およびNb:0.080%以下のうちの1種以上を含有するものであることを特徴とする上記(1)または(2)に記載の鋼製品。
【0031】
(4)上記(1)から(3)までのいずれかに記載の生地の鋼材の化学組成を有する鋼材に、下記〈1〉〜〈4〉の工程を順に施すことを特徴とする上記(1)から(3)までのいずれかに記載の鋼製品の製造方法。
〈1〉900〜950℃の温度域で浸炭処理を行う。
〈2〉800〜900℃の温度域で、窒素ポテンシャルを0.2〜0.6%として浸炭窒化処理を行う。
〈3〉焼入れを行う。
〈4〉150℃超え250℃以下の温度域で焼戻す。
【0032】
なお、残部としての「Feおよび不純物」における「不純物」とは、鉄鋼材料を工業的に製造する際に、原料としての鉱石やスクラップあるいは環境などから混入するものを指す。
【0033】
MnSiN2は、表1に示す結晶構造と格子定数を有しているため、電子線回折図形を撮影し、これを解析することで同定することができる。
【発明の効果】
【0034】
本発明の鋼製品は、優れた耐摩耗性と大きなピッチング強度を具備している。このため、燃費の向上に直結する車体の軽量化を実現するために、一層の小型化および高強度化が求められている自動車の変速機用の歯車などの動力伝達部品に用いることができる。しかも、本発明の鋼製品は、本発明の方法によって製造でき、また、高価な合金元素であるMoの含有量が低いか、あるいはMoが非添加という低廉な鋼を素材とするものであるため、従来の動力伝達部品に比べて製造コストの低減を実現することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】実施例で用いた鋼3を素材とし、浸炭窒化後に油焼入れしたままの試料の表面から深さ20μmの位置に存在するMnSiN2を抽出レプリカ法による透過電子顕微鏡で観察した写真を示す図である。なお、図中の黒色の斑点がMnSiN2である。
【図2】本発明における「浸炭」工程、「浸炭窒化」工程および浸炭窒化後の「焼入れ」工程の一例を模式的に説明する図である。この図では、「焼入れ」工程を「油焼入」として例示した。図中の「Cp」と「Np」はそれぞれ、炭素ポテンシャルおよび窒素ポテンシャルを表す。
【図3】実施例のローラーピッチング試験(二円筒転がり疲労試験)に用いた小ローラー試験片の形状を示す図である。なお、寸法の単位は「mm」である。
【図4】実施例のブロックオンリング摩耗試験に用いたブロック試験片の形状を示す図である。なお、寸法の単位は「mm」である。
【図5】実施例の窒素濃度測定のために用いた切り粉採取用試験片の形状を示す図である。なお、寸法の単位はmmである。
【図6】実施例で行った「浸炭」工程、「浸炭窒化」工程、浸炭窒化後の「焼入れ」工程および焼入れ後の「焼戻し」工程の条件を模式的に説明する図である。図中の「Cp」と「Np」はそれぞれ、炭素ポテンシャルおよび窒素ポテンシャルを表す。なお、図では大気中での放冷を「AC」と表記した。
【図7】実施例で実施したブロックオンリング摩耗試験の方法とブロック試験片の接触面に発生した摩耗部を模式的に説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
本発明において、生地の鋼材の化学組成、ミクロ組織および製造条件を上述のように規定した理由について、以下に詳述する。なお、各成分元素の含有量の「%」は「質量%」を意味する。
【0037】
(A)生地の鋼材の化学組成
C:0.10〜0.35%
Cは、鋼材の強度を決定するのに最も重要な元素であり、生地の強度、すなわち浸炭窒化後の焼入れで硬化されない芯部の強度を確保するために、0.10%以上含有させる必要がある。一方、その含有量が0.35%を超えると、芯部の靱性が低下したり、被削性が低下したりする。したがって、Cの含有量を0.10〜0.35%とした。なお、Cの含有量は0.15%以上、0.30%以下であることが望ましい。
【0038】
Si:0.40〜1.00%
Siは、オーステナイトのパーライトへの変態を抑制する作用があるとともに、固溶強化元素として芯部強度の増大にも寄与する元素である。Siには、マルテンサイトを焼戻しする際に、セメンタイトの析出を抑制して焼戻し軟化抵抗を上昇させる効果もある。さらに、Siには、浸炭窒化処理の際に、Mnや侵入する窒素と結合して、MnSiN2を生成し、しゅう動中の表面粗さを低減してピッチング強度を向上させる作用もある。これらの効果は、Siの含有量が0.40%以上で得られる。しかしながら、Siの含有量が多くなると、浸炭速度の低下や延性の低下を招き、特に、Siの含有量が1.00%を超えると、熱間加工性が劣化するとともに浸炭速度が著しく低下する。したがって、Siの含有量を0.40〜1.00%とした。なお、Siの含有量は0.50%以上、0.90%以下であることが望ましい。
【0039】
Mn:0.60〜1.50%
Mnは、オーステナイト安定化元素で、オーステナイト中のCの活量を下げて、浸炭を促進する元素である。また、Mnは、SとともにMnSを形成して、被削性を高める作用もある。Mnには、浸炭窒化処理の際に、Siおよび侵入する窒素と結合して、MnSiN2を生成し、しゅう動中の表面粗さを低減してピッチング強度を向上させる作用もある。これらの効果を得るためには、0.60%以上のMn含有量が必要である。しかしながら、Mnを1.50%を超えて含有させてもその効果は飽和してコストが嵩むし、浸炭窒化時に生成するMnSiN2のサイズが大きくなりすぎて、ピッチング強度が低下することさえある。したがって、Mnの含有量を0.60〜1.50%とした。なお、Mnの含有量は0.70%以上、1.40%以下であることが望ましい。
【0040】
Cr:0.40〜0.80%
Crは、炭素および窒素との親和力が大きく、浸炭窒化時のオーステナイト中のCおよびNの活量を下げて、浸炭窒化を促進する効果がある。また、Crには、芯部の焼入れ性を上昇し、焼入れ後の芯部硬さを増大させる効果もある。これらの効果は、Crの含有量が0.40%以上で得られる。しかしながら、Crの含有量が多くなると、粒界および粒内に粗大なCrNを生成して粒界近傍のCrが欠乏する結果、部材の表層に不完全焼入れ組織が生成しやすくなって、しゅう動中の表面粗さが大きくなりピッチング強度の劣化をきたす。特に、Crの含有量が0.8%を超えると、部材の表層においてCrNを生成しやすく、ピッチング強度および耐摩耗性の低下が著しくなる。したがって、Crの含有量を0.40〜0.80%とした。なお、Crの含有量は0.50%以上、0.70%以下であることが望ましい。
【0041】
Al:0.01〜0.05%
Alは、鋼中でNと結合することで微細な窒化物を形成し、結晶粒を微細化する効果を有する。しかしながら、Alの含有量が0.01%未満では効果に乏しい。一方、Alの含有量が過剰になって、特に0.05%を超えると、AlNが粗大となるため前記の結晶粒微細化効果が低下してしまう。したがって、Alの含有量を0.01〜0.05%とした。
【0042】
S:0.05%以下
Sは、不純物として含有される元素である。また、MnとともにMnSを形成して被削性を高める元素である。この効果を得る場合には、Sの含有量は0.01%以上とすることが望ましい。一方、Sの含有量が過剰になって、特に、0.05%を超えると、熱間延性が低下して鍛造時に割れが発生しやすくなる。したがって、Sの含有量を0.05%以下とした。なお、Sの含有量は0.03%以下であることが望ましい。
【0043】
N:0.0020〜0.0300%
Nは、鋼中でAl、Nb、TiおよびCと結合することで微細な窒化物および/または炭窒化物を形成し、結晶粒を微細化する効果を有する。この効果を得るために、Nの含有量は0.0020%以上とする。一方、N含有量が過剰になると、上記の効果が飽和するばかりでなく、窒化物および/または炭窒化物が粗大となり熱間鍛造性の低下をきたすことがある。したがって、Nの含有量を0.0020〜0.0300%とした。なお、Nの含有量は、0.0100%以上、0.0250%以下であることが望ましい。
【0044】
fn:2以上
Si、MnおよびCrは、浸炭窒化層に形成される合金窒化物に影響を及ぼす元素であって、それぞれの含有量が適正な範囲にあり、しかも、前記の(1)式で表されるfn、つまり、〔(Si+Mn)/Cr〕が2以上であることが必要である。
【0045】
前記の(1)式で表されるfnが2以上の場合、浸炭窒化によって表層に生じる合金窒化物はSiMnN2のみであるのに対して、fnが2未満の場合にはSiMnN2に加えてCrNが生成したり、場合によってはCrNのみが生成したりする。
【0046】
表層硬さが同等レベルの場合、表層にMnSiN2のみが分散した場合の方が、表層にCrNが分散した場合よりもしゅう動部の表面粗さが小さくなって「なじみ性」が良好になるので、しゅう動部の一部に過剰な面圧上昇が生じることが抑止され、このため、高いピッチング強度が得られる。したがって、fnが2以上であることが必要である。
【0047】
なお、fnは、2.3以上であることが望ましい。fnは、SiおよびMnの含有量がそれぞれ、1.00%と1.50%で、Crの含有量が0.40%の6.25であっても構わないが、高すぎるとその効果が飽和するため、4.0以下であることが望ましい。
本発明に係る鋼製品の生地の鋼材の化学組成の一つは、上記元素のほか、残部がFeと不純物からなるものである。
【0048】
本発明に係る鋼製品の生地の鋼材の化学組成の別の一つは、Feの一部に代えて、Mo、TiおよびNbのうちから選んだ1種以上の元素を含有するものである。
【0049】
以下、任意元素である上記Mo、TiおよびNbの作用効果と、含有量の限定理由について説明する。
【0050】
Mo:0.10%以下
Moは、部材の表層における不完全焼入れ組織および/または粒界酸化による異常層の生成を抑制することで、表層硬さを増大させ、ピッチング強度を向上させる効果を有する。これらの効果を得るためにMoを含有してもよい。しかしながら、Moの含有量が0.10%を超えると、素材コストが嵩むばかりか、被削性の低下が著しくなる。したがって、含有させる場合のMoの量を0.10%以下とした。なお、含有させる場合のMo量は0.02%以上、0.08%以下の範囲であることが望ましい。
【0051】
TiおよびNbは、いずれも、結晶粒を微細化して曲げ疲労強度およびピッチング強度を高める作用を有する。このため、上記の効果を得たい場合には、これらの元素を含有させてもよい。以下、上記のTiおよびNbについて説明する。
【0052】
Ti:0.10%以下
Tiは、CおよびNと結合して炭化物、窒化物、炭窒化物を形成し、結晶粒を微細化して曲げ疲労強度およびピッチング強度を向上させる効果を有するので、これらの効果を得るためにTiを含有してもよい。しかしながら、Tiの含有量が多くなって、0.10%を超えると、粗大なTi窒化物が生成しやすくなり、かえって曲げ疲労強度が低下する。したがって、含有させる場合のTiの量を0.10%以下とした。なお、含有させる場合のTiの量は0.06%以下であることが望ましい。
【0053】
一方、前記したTiの特性向上効果を確実に得るためには、含有させる場合のTiの量は、0.01%以上であることが望ましく、0.02%以上であれば一層望ましい。
【0054】
Nb:0.080%以下
Nbは、CおよびNと結合して炭化物、窒化物、炭窒化物を形成し、結晶粒を微細化して曲げ疲労強度およびピッチング強度を向上させる効果を有するので、こうした効果を得るためにNbを含有してもよい。しかしながら、Nbの含有量が多くなって、0.080%を超えると、粗大なNb炭窒化物が生成しやすくなり、かえって曲げ疲労強度が低下する。したがって、含有させる場合のNbの量を0.080%以下とした。なお、含有させる場合のNbの量は0.05%以下であることが望ましい。
【0055】
一方、前記したNbの特性向上効果を確実に得るためには、含有させる場合のNbの量は、0.010%以上であることが望ましく、0.020%以上であれば一層望ましい。
【0056】
なお、上記のTiおよびNbは、そのうちのいずれか1種のみ、または2種の複合で含有させることができる。これらの元素の合計含有量は0.180%であっても構わないが、0.150%以下であることが好ましい。
【0057】
なお、本発明に係る鋼製品の生地の鋼材の化学組成における不純物については、特に、Pの含有量を0.05%以下に制限することが望ましく、0.03%以下に制限すれば一層望ましい。
【0058】
(B)ミクロ組織
本発明の鋼製品は、浸炭窒化層表面から深さ50μmまでの領域において、分散する合金窒化物がMnSiN2のみであり、かつ浸炭窒化層表面におけるオーステナイト量が体積率で30%以上、40%以下でなければならない。なお、上記の「合金窒化物」中には「鉄が含有される窒化物」を含まない。
【0059】
以下、ミクロ組織について詳細に説明する。
【0060】
<MnSiN2の分散>
浸炭窒化を施された鋼材には、浸炭窒化後の焼入れで硬化層となる表層部、つまり、浸炭窒化層に、合金窒化物であるMnSiN2および/またはCrNの粒子が析出・分散する。これらの合金窒化物は浸炭窒化後に焼入れしても、また、その焼入れ後さらに焼戻しを行っても変化しない。このため、浸炭窒化部材の表層硬さが増大して、耐摩耗性が向上するとともにピッチング強度も高くなることが期待される。
【0061】
しかしながら、合金窒化物の析出には部材表層の固溶合金元素量の減少を伴うため、表層部の焼入れ性が低下することもある。したがって、合金窒化物を利用するためには、目的とする強度を向上できる合金窒化物粒子を選択する必要がある。
【0062】
前記(A)項で述べた化学組成を有する鋼材の場合には、既に述べたように、浸炭窒化によって表層にMnSiN2が生成し、表層硬さが同等レベルの場合、表層にMnSiN2のみが分散した場合の方が、表層にCrNが分散した場合よりもしゅう動部の表面粗さが小さくなって「なじみ性」が良好になるので、しゅう動部の一部に過剰な面圧上昇が生じることが抑止され、このため、高いピッチング強度が得られる。
【0063】
しゅう動部の表面粗さが小さくなって「なじみ性」が良好になるには、浸炭窒化層表面から深さ50μmまでの領域においてMnSiN2のみが分散しておれば足りる。このため、本発明の鋼製品は、浸炭窒化層表面から深さ50μmまでの領域において、MnSiN2のみが分散しているものとした。
【0064】
浸炭窒化層表面から深さ50μmを超える領域においてMnSiN2のみが分散していても、しゅう動部の表面粗さが小さくなって「なじみ性」が良好になることに変わりはない。しかしながら、MnSiN2を浸炭窒化層表面から深い領域にまで分散させるには浸窒に長時間を要するので生産性の低下をきたし、さらに、エネルギーコストの増大を招いてしまう。
【0065】
なお、上記浸炭窒化層表面から深さ50μmまでの領域において分散するMnSiN2は、円相当直径が数十〜数百nm、特に、50〜300nmであることが好ましい。このMnSiN2は、例えば、抽出レプリカにより薄膜試料を作製して透過電子顕微鏡(以下、「TEM」という。)で観察し、そのサイズを確認することができる。また、このMnSiN2を含む領域から電子線回折図形を撮影し、その回折パターンを解析して結晶構造と格子定数を求めることで、MnSiN2であることを同定することができる。
【0066】
図1に、浸炭窒化層表面から深さ50μmまでの領域に分散するMnSiN2の一例として、後述の実施例に示す鋼3を用いた場合を示した。この図1は、抽出レプリカ法により採取した試料をTEM観察した写真で、浸炭窒化後に油焼入れしたままの試料の表面から深さ20μmの位置に存在するMnSiN2を示している。なお、図中の黒色の斑点がMnSiN2である。
【0067】
<オーステナイト>
前記(A)項で述べた化学組成を有する鋼材は、浸炭窒化層表面から深さ50μmまでの領域において、分散する合金窒化物がMnSiN2のみであり、しかも、浸炭窒化層表面におけるオーステナイト量が体積率で30%以上、40%以下の場合に、一層高いピッチング強度が得られる。
【0068】
この理由は、以下の様に解釈できる。すなわち、浸炭窒化焼入れの場合は表層に炭素と窒素が固溶し、Ms点が低下しているため、浸炭焼入れの場合よりもオーステナイト量が多くなりやすい。この窒素を含むオーステナイトは、摩擦熱による表面温度の上昇や高面圧の負荷が繰返されることにより、オーステナイトが「加工」されながら「ベイナイト変態」する、いわゆるオースフォームと類似した状況になる。この結果、相手面との接触で生じる片当たりを抑制するように表面がなじみながら、しかも硬さも増大するという効果が得られる。
【0069】
しかしながら、オーステナイトの量が少ない場合には、いわゆる「なじみ」は、表層のマルテンサイト組織の塑性変形や不完全焼入れ組織の塑性変形によって生じると考えられる。さらに表層では摩擦熱による表面温度の上昇も生じるため、「なじみ」が進んだ表層ではマルテンサイト組織の回復や不完全焼入れ組織の焼戻しなどの組織変化が生じると考えられる。そして、このような組織変化が生じた部位では部分的に硬さが低下するため、ピッチング損傷の起点となりやすいと考えられる。また、オーステナイトの量が多い場合には、摩擦熱による昇温や繰り返される面圧で十分に変態できないオーステナイトが存在するため、オーステナイトと変態組織との界面を起点としてピッチング損傷が生じると考えられる。このため、浸炭窒化焼入れで生じるオーステナイトの量には最適値が存在すると解釈できる。
【0070】
なお、この(B)項で述べたミクロ組織は、前記(A)項で述べた化学組成を有する鋼材の場合には、例えば、次の(C)項で述べる条件の熱処理を施すことによって得ることができる。
【0071】
(C)製造条件
本発明の製造条件としての熱処理は、
〈1〉900〜950℃の温度域で浸炭処理を行う。
〈2〉800〜900℃の温度域で、窒素ポテンシャルを0.2〜0.6%として浸炭窒化処理を行う。
〈3〉焼入れを行う。
〈4〉150℃超え250℃以下の温度域で焼戻す。
という〈1〉〜〈4〉の工程を順に施すものである。
【0072】
すなわち、本発明の製造条件としての熱処理は、900〜950℃の浸炭性雰囲気に保持する「浸炭」工程、この浸炭に続いて、温度を800〜900℃に低下させ、浸炭性雰囲気を維持したまま、例えば、アンモニアガスなどを混合して浸窒性も合わせ持たせた、窒素ポテンシャルが0.2〜0.6%の雰囲気に保持する「浸炭窒化」工程、浸炭窒化後の「焼入れ」工程および150℃を超えて250℃以下の温度範囲での「焼戻し」工程からなるものである。
【0073】
雰囲気の浸炭能力および浸窒能力はそれぞれ、炭素ポテンシャルおよび窒素ポテンシャルとして定義される。すなわち、特定の雰囲気温度で、その雰囲気と平衡に達したときの処理部材の表面の炭素濃度および窒素濃度で表される。処理部材の表面から深さ方向への炭素濃度プロファイルおよび窒素濃度プロファイルは、炭素ポテンシャル、窒素ポテンシャル、処理温度および処理時間によって決定される。ただし、本発明においては、後述の実施例のように、特定の雰囲気温度で、その雰囲気と平衡に達したときの処理部材の最表面から50μmの位置までの窒素の平均濃度を「窒素ポテンシャル」ということにする。これは、処理部材として直径26mmで長さ100mmの棒状試料の外周曲面部を、最表面から半径方向に沿って中心に向かって深さ50μm削り取った時の切り粉を化学分析して、窒素濃度を求め、これを「表面窒素濃度」として定義したためである。
【0074】
図2に、本発明における「浸炭」工程、「浸炭窒化」工程および浸炭窒化後の「焼入れ」工程の一例を模式的に示す。なお、この図では、「焼入れ」工程を「油焼入」として例示した。図中の「Cp」と「Np」はそれぞれ、炭素ポテンシャルおよび窒素ポテンシャルを表す。
【0075】
なお、炭素ポテンシャルは、必ずしも図2に示すような状態に保つ、つまり、浸炭および浸炭窒化の両工程において一定の状態に保つ必要はない。目標とする表面炭素濃度、必要浸炭深さおよび効率的な操業の観点から、適宜変化させて構わない。
【0076】
例えば、浸炭工程での炭素ポテンシャルを、浸炭窒化部材の目標表面炭素濃度よりも高目に設定し、次の浸炭窒化工程に移行した際に炭素ポテンシャルを目標の表面炭素濃度に下げることによって、浸炭と浸炭窒化の合計処理時間を短縮することが可能である。
【0077】
〈1〉の工程である「浸炭」工程には、例えば、ブタン、プロパンなど炭化水素ガスを空気と混合して変成したCO、H2およびN2の混合ガスである吸熱性ガス(このガスは通常「RXガス」と称される。)に、ブタン、プロパンなどいわゆる「エンリッチガス」と称されるガスを添加した雰囲気を用いて浸炭する「ガス浸炭」が適用できる。この「浸炭」工程における処理温度、つまり、浸炭雰囲気に保持する温度は、900〜950℃とする。これは、上記温度が950℃を上回れば、結晶粒の粗大化が起こりやすくなって焼入れ後の強度の低下を招きやすくなり、また、900℃を下回れば、十分な硬化層深さが得られにくくなるからである。上記温度に保持する時間は所望の硬化層深さの大きさに依存するが、例えば、2〜15時間程度とすればよい。上記の炭素ポテンシャルはもっぱら、エンリッチガスの添加量で制御することができる。
【0078】
〈1〉の工程としての「浸炭」工程に続く〈2〉の工程である「浸炭窒化」工程は、温度が800〜900℃で、窒素ポテンシャルが0.2〜0.6%の浸炭窒化雰囲気で行う。
【0079】
これは、従来の一般的な「浸炭窒化」工程よりも約50℃高く、オーステナイトへの窒素の溶解度が小さくなる800〜900℃の温度で、窒素ポテンシャルを0.2%以上として浸炭窒化を施すことによって、合金窒化物として、円相当直径が50〜300nmという好ましいサイズのMnSiN2のみを析出・分散させることができるからである。また、窒素ポテンシャルを0.2%以上として浸炭窒化を施すことによって、オーステナイトが安定化され、前述した量のオーステナイトが得られやすくなる。窒素ポテンシャルが0.2%未満であれば、円相当直径が50〜300nmという好ましいサイズで、合金窒化物であるMnSiN2を析出・分散させることができないだけでなく、オーステナイトとマルテンサイト以外の不完全焼入れ組織が生ずる場合がある。ただし、窒素ポテンシャルが高すぎて、特に、0.6%を超えると、上記のMnSiN2が粗大化しやすくなって、その円相当直径は300nmを超えてしまい、MnSiN2を起点とした破壊が生じやすくなりピッチング強度が低下する場合がある。このため、上記温度域における窒素ポテンシャルは0.6%以下とする。
【0080】
なお、〈2〉の工程である上記の「浸炭窒化」工程は、例えば、浸炭工程のガス雰囲気のまま、炉内温度を浸炭窒化する温度である800〜900℃まで低下させた後、アンモニアガスを添加して行えばよい。この際の窒素ポテンシャルは、アンモニアガスの添加量で制御することができる。なお、上記浸炭窒化雰囲気に保持する時間は数時間、例えば、1〜2時間とすればよい。
【0081】
浸炭窒化後の〈3〉の工程である「焼入れ」工程は、図2に例示したように、油焼入れとすればよい。
【0082】
なお、浸炭窒化の工程では、オーステナイトに窒素が固溶していくので、オーステナイトが安定化され、これを油焼入れによって急冷しても、マルテンサイトに変態しないオーステナイト、すなわち、残留オーステナイトが生成しやすくなる。この残留オーステナイトは、しゅう動時の摩擦熱による表面温度の上昇および/または高面圧の繰返しにより、相手面との接触でのなじみ効果を発現しながらオースフォーム的に変態することにより硬さも増大する効果が期待される。この結果、耐摩耗性が向上するとともにピッチング強度が極めて大きく向上すると考えられる。
【0083】
このため、〈3〉の工程で焼入れした後の〈4〉の工程における焼き戻し温度は、窒素を固溶させたオーステナイトが等温ベイナイト変態する250℃を超える温度ではなく、150〜250℃の温度範囲とする。
【0084】
なお、焼戻しの前から存在する50〜300nmのMnSiN2は、この焼戻しによって変化しない。このため「なじみ性」が良好になるので、しゅう動部の一部に過剰な面圧上昇が生じることが抑止され、したがって、高いピッチング強度が得られる。
【0085】
上記の理由から、本発明の鋼製品の製造方法は、前記〈1〉〜〈4〉の工程を順に施すこととした。
【0086】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明する。
【実施例】
【0087】
表2に示す化学組成を有する鋼1〜15を50kg真空溶解炉によって溶解し、インゴットを作製した。
【0088】
上記の鋼1〜6はいずれも、化学組成が本発明で規定する範囲内にある鋼であり、一方、鋼7〜15は、本発明で規定する条件から外れた鋼である。
【0089】
上記の化学組成が本発明で規定する範囲内にある鋼のうちで、鋼1は、JIS G 4053(2008)に記載のSMnC420をベースにMn量を減らして、Si量を増やした鋼である。鋼2は、SMnC420をベースにCとSiの量を増やしてNbを含有させた鋼であり、また、鋼3は、SMnC420をベースにSi量を増やしてTiを含有させた鋼である。鋼4〜6は、SMnC420をベースにCとMnの量を減らすとともにSi量を増やしてMoを含有させた鋼であり、このうち、鋼5は、さらにNbを、また、鋼6は、さらにNbとTiを含有させた鋼である。
【0090】
化学組成が本発明で規定する範囲から外れた鋼のうちで、鋼7は、SMnC420をベースにMn量を低めて、SiとCrの量を高めた鋼である。鋼8は、鋼1に対してSi量を減らした鋼であり、また、鋼9は、鋼1に対してC、SiおよびMnの量を減らした鋼である。鋼10は、鋼1に対してSiとMnの量を減らした鋼である。鋼11および鋼12は、鋼1に対してそれぞれ、Si量およびMn量を増やした鋼である。鋼13は、鋼1に対して、Cr量を減らした鋼である。さらに、鋼14および鋼15はそれぞれ、上記JISに記載のSCr420およびSCM420に相当する鋼である。
【0091】
なお、鋼1〜15のいずれの鋼についても、不純物としてのNiの含有量は0.02%であり、また、Cuの含有量も0.02%であった。
【0092】
【表2】


このようにして得たインゴットを、1250℃に加熱した後、仕上げ温度が1000℃となるように熱間鍛造して、直径35mmの丸棒とした。なお、熱間鍛造終了後は、大気中で放冷した。
【0093】
次いで、上記直径35mmの丸棒に、925℃に加熱して120分保持した後大気中で放冷する焼ならし処理を施し、フェライトとパーライトの混合組織とした。
【0094】
いずれの鋼についても、焼ならしした直径35mmの各丸棒の中心部から、鍛造方向(鍛錬軸)に平行に、図3に示す形状のローラーピッチング試験(二円筒転がり疲労試験)用の小ローラー試験片を切り出した。
【0095】
上記焼ならしした直径35mmの各丸棒の中心部から、鍛造方向(鍛錬軸)に平行に、鋼1、鋼2および鋼14については、図4に示す形状のブロック試験片も切り出し、また、鋼15については、図5に示す形状の切り粉採取用試験片も切り出した。図3〜5に示した試験片における寸法の単位は全て「mm」である。
【0096】
鋼15から採取した切り粉採取用試験片は切り出したままで、また、鋼1〜14から採取したローラーピッチング試験用の小ローラー試験片、ならびに、鋼1、鋼2および鋼14から採取したブロック試験片は、それぞれ、図3および図4に表示したように、大ローラー試験片およびリング試験片と接触する面を研削した後、浸炭窒化焼入れまたは浸炭焼入れを施し、その後、焼戻しを行った。
【0097】
浸炭窒化焼入れは、図6に模式的に示すような熱処理条件で浸炭、浸炭窒化、油焼入れを施す3工程からなる。
【0098】
上記の「油焼入れ」は、図6に示す120℃の油中での焼入れを行った。ただし、後述するとおり一部のものについては、これに代えて60℃の油中での焼入れを行った。
【0099】
浸炭工程は、温度を930℃、保持時間を180分とし、炭素ポテンシャルは0.6%で一定とした。
【0100】
その後の浸炭窒化工程では、温度を820℃、保持時間を90分、炭素ポテンシャルは浸炭工程と同じく0.6%とし、炉内に導入するアンモニアガスの流量を変更することで、窒素ポテンシャルを種々に変更した。
【0101】
なお、浸炭窒化焼入れでは、ローラーピッチング試験用の小ローラー試験片およびブロック試験片の他に、鋼15から採取した切り粉採取用試験片についても同様に処理し、後述するように、窒素ポテンシャルの分析に使用した。
【0102】
鋼1から採取したローラーピッチング試験用の小ローラー試験片については、焼入れ、焼戻し後に存在するオーステナイトの量がピッチング強度に与える影響を評価するため、種々の窒素ポテンシャルで浸炭窒化処理を施した。
【0103】
鋼1、鋼2および鋼14から採取したブロック試験片と鋼2〜14から採取したローラーピッチング試験用の小ローラー試験片については、窒素ポテンシャルが0.4%となる条件で浸炭窒化処理を施した。
【0104】
なお、鋼1および鋼15から採取したローラーピッチング試験用の小ローラー試験片について、浸炭窒化焼入れの代わりに浸炭焼入れを施した比較試験も行った。その際は、温度と時間の条件は図6と同じとし、浸炭工程での炭素ポテンシャルは0.8%で一定とし、浸炭窒化工程と対応する820℃での保持中は、炭素ポテンシャルを0.8%とし、炉内にアンモニアガスを流さない条件とした。
【0105】
窒素ポテンシャルは、浸炭窒化後に油焼入れした切り粉採取用試験片を用いて測定した。いずれの条件についても切り粉採取による窒素ポテンシャルの分析は、JISのSCM420に相当する鋼15で行った。その方法は、図5に示した直径26mmで長さ100mmの棒状試料の曲面部を、最外周から中心方向へ50μm旋削し、採取した切り粉をヘリウムガス雰囲気中溶融解熱伝導度法に基づいた分析装置Leco TC−136で分析し、この分析で求められた窒素の濃度を「窒素ポテンシャル」とした。なお、比較試験として浸炭窒化処理に代えて浸炭焼入れ処理したものについては、浸炭窒化工程に対応する820℃での保持中に炉内にアンモニアガスを流していないので、上述の「窒素ポテンシャル」の分析調査は行わなかった。
【0106】
なお、焼戻し工程では、保持温度を160℃、保持時間を120分として処理した後、炉から取り出して大気中で放冷した。なお、図6においては、上記大気中での放冷を「AC」と表記した。
【0107】
上記のようにして作製した鋼1、鋼2および鋼14のブロック試験片を用いてブロックオンリング摩耗試験を実施し、ブロックオンリング摩耗試験前後の表面粗さを測定した。
【0108】
なお、ブロックオンリング摩耗試験に用いるリング試験片には、JIS G 4053(2008)で規定されたSCM822を機械加工して、温度が930℃、保持時間が180分、炭素ポテンシャルが0.8%の条件でガス浸炭した後油焼入れし、次いで、180℃で120分焼戻しして大気中で放冷してから表層を50μm研削したものを使用した。
【0109】
上記のリング試験片については、その表面粗さを測定した。すなわち、触針の先端径が2μmの接触式の表面粗さ計を用いて、試験片のしゅう動面を軸方向に3mm走査させて表面粗さを測定した。なお、いずれのリング試験片もJIS B 0601(2001)で規定される算術平均粗さRaは0.4μm以下、最大高さ粗さRzは0.7μm以下であった。
【0110】
ブロック試験片は、先ずブロックオンリング摩耗試験を行う前に、上記リング試験片の場合に用いたのと同じ触針の先端径が2μmの接触式の表面粗さ計を用いて、ブロック試験片の幅方向で測定長さを2mmとして触針を走査させて表面粗さを測定した。
【0111】
次に、試験荷重を1000N、すべり速度を0.1m/s、潤滑油をオートマティックトランスミッション油、潤滑油温度を90℃、試験機内の潤滑油量を100ミリリットルの条件で、延べすべり距離が2000mに至るまでブロックオンリング摩耗試験を行った。試験後、ブロック試験片摩耗部の中央部近傍の表面粗さを、試験前と同じ表面粗さ計を用いて、試験片の幅方向に触針を走査させて表面粗さを測定した。
【0112】
なお、図7に、ブロックオンリング摩耗試験の方法とブロック試験片の接触面に発生した摩耗部の模式図を示す。
【0113】
さらに、ブロックオンリング摩耗試験を行った後のブロック試験片を用いて種々の確性調査を実施した。
【0114】
先ず、試験後のブロック試験片の試験面のうち、非接触部を用いて浸炭窒化層表面における体積率でのオーステナイト量を測定した。
【0115】
測定には、X線回折を用い、フェライト相(110)、(200)、(211)の3面の回折ピーク強度とオーステナイト相(111)、(200)、(220)の3面の回折ピーク強度を測定し、補正係数を乗じた値をフェライト相、オーステナイト相それぞれで平均し、その強度比率で浸炭窒化層表面における体積率でのオーステナイト量を評価した。
【0116】
次いで、試験後のブロック試験片を端部から5mmの位置で切断し、3mm×10mmの横断面を観察面として樹脂に埋め込んだ後、観察面を鏡面研磨し、ビッカース硬さ(以下、「HV硬さ」という。)の測定を行った。すなわち、上記の鏡面研磨した試験片の表面から30μm深さおよび50μm深さ位置の硬さを、JIS Z 2244(2009)に準じて、2.94Nの試験力で各5点ずつ測定し、算術平均した値をその試験片の表層硬さとして評価した。
【0117】
また、上記の樹脂埋めした試料を用いて、ブロック試験片表層の析出物の同定も行った。すなわち、HV硬さを測定した後、測定面を再度鏡面研磨してナイタールで腐食し、その後、ブロムエタノールを用いて、試験面から深さ50μmまでの領域の析出物をレプリカ試料として採取した。次いで、採取したレプリカ試料をTEMで観察し、得られた回折図形から合金窒化物を同定した。
【0118】
表3に、試験前後の表面粗さと表層硬さ、オーステナイトの量、浸炭窒化層表面から50μm深さの位置までの表層で観察された合金窒化物の種類を示す。なお、表3における「Rpk」および「Rk」はそれぞれ、JIS B 0671−2(2002)に定義された「突出部山高さ」と「コア部のレベル差」を指す。
【0119】
【表3】


表3から、(1)式で表されるfn、つまり、〔(Si+Mn)/Cr〕が2以上である鋼1および鋼2の場合には、浸炭窒化層表面から50μm深さの位置までの表層に生じる合金窒化物がMnSiN2のみであるのに対して、fnが2を下回る鋼14の場合にはCrNであるため、表層硬さおよびオーステナイト量はほぼ同程度であっても、ブロックオンリング摩耗試験前後の表面粗さの変化に違いが生じていることが明らかである。すなわち、鋼1および鋼2の場合には、試験後の粗さの各パラメータは試験前よりも小さくなっているのに対して、鋼14の場合には、試験後の粗さの各パラメータは試験前よりも大きくなっている。
【0120】
次に、合金窒化物の種類に着目し、浸炭窒化後にMnSiN2が析出する鋼種とCrNが析出する鋼種とをローラーピッチング試験で比較することにした。
【0121】
すなわち、既に述べたようにして作製した鋼1〜15の小ローラー試験片を用いて、表4に示す条件でローラーピッチング試験を実施し、ピッチング強度を調査した。
【0122】
【表4】


なお、ローラーピッチング試験に用いる大ローラー試験片には、JIS G 4053(2008)で規定されたSCM822を機械加工して、温度が930℃、保持時間が180分、炭素ポテンシャルが0.8%の条件でガス浸炭した後油焼入れし、次いで、180℃で120分焼戻したものを使用した。
【0123】
上記のローラーピッチング試験は、小ローラー試験片と大ローラー試験片との間の最大面圧が2050MPa、2400MPa、2600MPaおよび2800MPaとなる4条件で試験を実施し、各条件での累積回転数が2×107回に至っても疲労はく離が生じない場合、耐久したと判定した。そして、後述するようにJISのSCM420相当鋼である鋼15は最大面圧2050MPaで耐久し、最大面圧2400MPa、2600MPaおよび2800MPaでは耐久しなかったことから、最大面圧が2400MPa以上で耐久したものを、ピッチング強度が高いと判定した。
【0124】
また、未試験の小ローラー試験片を用いて、ブロック試験片と同様に確性調査を行った。
【0125】
具体的には、先ず、浸炭窒化層表面である「大ローラー試験片と接触する面」における体積率でのオーステナイト量を、既に述べたX線回折を用いた方法によって評価した。一部のものについては、小ローラー試験片の中央部で切断し、直径26mmの横断面を観察面として樹脂に埋め込んだ後、観察面を鏡面研磨し、既に述べた方法でHV硬さの測定を行った。すなわち、上記の鏡面研磨した試験片の表面から30μm深さおよび50μm深さ位置の硬さを、JIS Z 2244(2009)に準じて、2.94Nの試験力で各5点ずつ測定し、算術平均した値をその試験片の表層硬さとして評価した。
【0126】
また、上記のHV硬さを測定した試料をナイタールで腐食し、その後、ブロムエタノールを用いて、試験面から深さ50μmまでの領域の析出物をレプリカ試料として採取した。次いで、採取したレプリカ試料をTEMで観察し、得られた回折図形から、合金窒化物を同定した。
【0127】
表5に、上記の各調査結果を、CpおよびJISのSCM420に相当する鋼15を用いて行ったNp測定結果とともに示す。なお、表5においては、試験記号hを除いて全て油焼入れは図6に示す120℃の油中での焼入れとし、一方、試験記号hは、60℃の油中での焼入れとした。
【0128】
【表5】


表5における試験記号aは、JISに記載のSCM420に相当する鋼15を浸炭焼入れした場合の調査結果で、この試験記号aをローラーピッチング試験評価の基準とした。すなわち、試験記号aよりも高面圧の条件で繰返し数が2×107回以上耐久した場合、換言すれば、前述のとおり、最大面圧が2400MPa以上での累積回転数が2×107回に至っても疲労はく離が生じない場合に、ピッチング強度に優れているものとした。
【0129】
試験記号b〜hは、化学組成が本発明で規定する範囲内にある鋼1を種々の熱処理条件で処理した場合の調査結果である。上記のうちで、試験記号c〜hは、いずれも同じ浸炭工程で表面炭素濃度、つまり、Cp(炭素ポテンシャル)で0.60%を狙った処理とし、浸窒工程でNp(窒素ポテンシャル)を種々に変更することでオーステナイト量を変化させたものである。また、試験記号bは、浸炭工程で表面炭素濃度0.80%を狙った処理とし、浸窒工程で炉内にアンモニアを流入させることなしで浸炭雰囲気とした。このため、処理中のNpは0(零)であるので、上述の「窒素ポテンシャル」の分析調査は行わなかった。
【0130】
なお、前述したように浸窒工程でのNpは、同時に処理したJISのSCM420に相当する鋼15の直径26mmで長さ100mmの棒状試料の曲面部を、最外周から中心方向へ50μm旋削し、採取した切り粉をヘリウムガス雰囲気中溶融解熱伝導度法に基づいた分析装置Leco TC−136で分析して求めた。
【0131】
表5の試験記号c〜gに示すように、Cpを一定として、Npを変更することで浸炭窒化層表面でのオーステナイト量を変更することができた。さらに、浸炭窒化層表面でのオーステナイト量の変更により、ピッチング強度も変化することが明らかである。
【0132】
例えば、浸炭窒化層表面でのオーステナイト量が30%未満の試験記号bおよびc、ならびにオーステナイト量が40%を超える試験記号gについては、試験記号aのJISのSCM420に相当する鋼15の浸炭材に比べてピッチング強度が低い。言い換えると、本発明で規定するように浸炭窒化層表面でのオーステナイト量を30%以上、40%以下とすることで、JISのSCM420相当鋼の浸炭材よりも高いピッチング強度を得ることができる。
【0133】
なお、図6に示す120℃の油中での焼入れを行った試験記号eの表層硬さがHV硬さで540であったのに対して、60℃の油中での焼入れを行った試験記号hの表層硬さはHV硬さで710であって大幅に高くなった。このため、試験記号hと試験記号eは、浸炭窒化層表面でのオーステナイト量はほぼ同程度であるものの、ピッチング強度は、表層硬さの高い試験記号hの方が試験記号eに比べて大幅に高くなった。
【0134】
試験記号i〜uは、試験記号b〜gのうちで最もピッチング強度が高かった試験記号eと同じ浸炭窒化焼入れ、焼戻しを施したものである。
【0135】
上記のうちで、試験記号i〜mはいずれも、化学組成およびミクロ組織が本発明で規定する条件を満たすもので、これらの場合には、JISのSCM420に相当する鋼15の浸炭材よりも高いピッチング強度を得ることができた。上記のうちでも特に、Moを含有する鋼4を用いた試験記号k、鋼5を用いた試験記号lおよび鋼6を用いた試験記号mは、試験記号eに比べて、浸炭窒化層表面でのオーステナイト量は数%減少しているが、ピッチング強度は、試験記号aのJISのSCM420相当鋼の浸炭材に比べて著しく高くなっている。
【0136】
試験記号n〜uはいずれも本発明で規定する条件から外れているものであり、このため、ピッチング強度が低い。
【0137】
具体的には、試験記号nは、用いた鋼7のCr含有量が本発明で規定する範囲を超え、また、fnは2を下回っている。このため、浸炭窒化層表面から深さ50μmまでの表層に生じる合金窒化物としてMnSiN2だけでなく、CrNも存在し、また、浸炭窒化層表面のオーステナイト量は40%を超えている。この結果、ピッチング強度は、試験記号aのJISのSCM420相当鋼の浸炭材と同等程度となり、高強度化を図ることができなかった。
【0138】
試験記号oは、用いた鋼8のSi含有量が本発明で規定する範囲よりも低く、また、fnが2を下回っている。この結果、浸炭窒化層表面から深さ50μmまでの表層に生じる合金窒化物としてMnSiN2のみでなく、CrNも存在し、また、浸炭窒化層表面のオーステナイト量は40%以上を超えている。このため、ピッチング強度は、試験記号aのJISのSCM420相当鋼の浸炭材よりも低くなり、高強度化を図ることができなかった。
【0139】
試験記号pは、用いた鋼9のMn含有量が本発明で規定する範囲よりも低く、また、fnが2を下回っている。この結果、浸炭窒化層表面から深さ50μmまでの表層に生じる合金窒化物としてMnSiN2だけでなく、CrNも存在し、さらに、浸炭窒化層表面のオーステナイト量が40%以上を超えている。このため、ピッチング強度は、試験記号aのJISのSCM420相当鋼の浸炭材よりも低くなり、高強度化を図ることができなかった。
【0140】
試験記号qは、用いた鋼10の各元素の含有量は本発明で規定する範囲内であるが、fnが2以下を下回っている。この結果、浸炭窒化層表面から深さ50μmまでの表層に生じる合金窒化物としてMnSiN2のみでなく、CrNも存在し、さらに、浸炭窒化層表面のオーステナイト量が40%以上を超えている。このため、ピッチング強度は、試験記号aのJISのSCM420相当鋼の浸炭材よりも低くなり、高強度化を図ることができなかった。
【0141】
試験記号rは、用いた鋼11のSi含有量が1.20%と多いため、浸炭窒化工程において粗大なMnSiN2が生じ、これを起点にピッチング破壊が生じたと考えられ、試験記号aのJISのSCM420相当鋼の浸炭材よりも高強度化することができなかった。
【0142】
試験記号sは、用いた鋼12のMn含有量が1.70%と多いため、浸炭窒化層表面から深さ50μmまでの表層に粗大なMnSiN2が生じ、これを起点にピッチング破壊が生じたと考えられ、試験記号aのJISのSCM420相当鋼の浸炭材よりも高強度化することができなかった。
【0143】
試験記号tは、用いた鋼13のfnが2を超えるため、浸炭窒化層表面から深さ50μmまでの表層に生じた合金窒化物はMnSiN2であった。しかし、Cr含有量が0.30%と少ないため、芯部となる生地の焼入れ性が低く、早期にピッチング損傷し、試験記号aのJISのSCM420相当鋼の浸炭材よりも高強度化することができなかった。
【0144】
試験記号uは、用いた鋼14がJISのSCr420の相当する鋼である。この鋼uは、化学組成が本発明で規定する条件から外れた鋼であるが、ブロックオンリング試験との比較のため試験に供した。この試験記号uの場合、浸炭窒化層表面から深さ50μmまでの表層に合金窒化物としてCrNが認められ、また、オーステナイト量は40%を超えていた。このため、ピッチング強度は、試験記号aのJISのSCM420相当鋼の浸炭材よりも高強度化することができなかった。
【産業上の利用可能性】
【0145】
本発明の鋼製品は、優れた耐摩耗性と大きなピッチング強度を具備している。このため、燃費の向上に直結する車体の軽量化を実現するために、一層の小型化および高強度化が求められている自動車の変速機用の歯車などの動力伝達部品に用いることができる。しかも、本発明の鋼製品は、本発明の方法によって製造でき、また、高価な合金元素であるMoの含有量が低いか、あるいはMoが非添加という低廉な鋼を素材とするものであるため、従来の動力伝達部品に比べて製造コストの低減を実現することもできる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
浸炭窒化層を有する鋼製品であって、
生地の鋼材が、質量%で、C:0.10〜0.35%、Si:0.40〜1.00%、Mn:0.60〜1.50%、Cr:0.40〜0.80%、Al:0.01〜0.05%、S:0.05%以下およびN:0.0020〜0.0300%を含有し、
下記の(1)式で表されるfnが2以上であって、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有し、
浸炭窒化層表面から深さ50μmまでの領域において、分散する合金窒化物がMnSiN2のみであり、
浸炭窒化層表面におけるオーステナイト量が体積率で30%以上、40%以下である、
ことを特徴とする鋼製品。
fn=(Si+Mn)/Cr・・・(1)
ただし、(1)式中の元素記号は、その元素の生地の鋼材中における質量%での含有量を表す。
【請求項2】
生地の鋼材が、Feの一部に代えて、質量%で、Mo:0.10%以下を含有するものであることを特徴とする請求項1に記載の鋼製品。
【請求項3】
生地の鋼材が、Feの一部に代えて、質量%で、Ti:0.10%以下およびNb:0.080%以下のうちの1種以上を含有するものであることを特徴とする請求項1または2に記載の鋼製品。
【請求項4】
請求項1から3までのいずれかに記載の生地の鋼材の化学組成を有する鋼材に、下記〈1〉〜〈4〉の工程を順に施すことを特徴とする請求項1から3までのいずれかに記載の鋼製品の製造方法。
〈1〉900〜950℃の温度域で浸炭処理を行う。
〈2〉800〜900℃の温度域で、窒素ポテンシャルを0.2〜0.6%として浸炭窒化処理を行う。
〈3〉焼入れを行う。
〈4〉150℃超え250℃以下の温度域で焼戻す。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−168820(P2011−168820A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−32017(P2010−32017)
【出願日】平成22年2月17日(2010.2.17)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】