説明

液体吐出ヘッド

【課題】可動部材の先端がヒータに接触することによるヒータの損傷防止を図ることが可能であり、液体のリフィルが促進され、可動部材の応答性が向上した液体吐出ヘッドを提供すること。
【解決手段】可動部材60の自由端の一部に複数の開孔部31を設ける。開孔部31は液体の通過を許容するため、共通液室からリフィルされる液体が、可動部材60の開孔部31を通して可動部材60とヒータの間に入り込む。このように間に入り込んだ液体は、可動部材60が、定常状態からさらに下方に向かうのを妨げることになる。その結果、可動部材60が従来のようにヒータに接触することがない。また同時に、開孔部31を通して液体のリフィルが促進され、可動部材60の応答性が向上する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インク等の液体を吐出して記録媒体へ記録を行う液体吐出ヘッドに関するものである。
【背景技術】
【0002】
微細なインク等の液滴を記録媒体に付着させて記録を行うインクジェット方式の記録装置は、ランニングコストが低く、記録時の静粛性に優れ、さらには複数色のインクを用いることによって比較的容易にカラーでの記録を行えるというメリットがある。インクジェット記録装置に用いられる液体吐出ヘッド(以下、記録ヘッドともいう)は、種々の方式により吐出液滴を形成して吐出するものが知られている。中でも液滴を吐出するためのエネルギ素子として熱電気変換素子(以下、ヒータともいう)を用いる、いわゆるバブルジェット(登録商標)方式は、素子を高密度に配列するのが比較的容易で、そのため高解像度の記録を行うのに有利な方式である。
【0003】
このような記録ヘッドとして特許文献1には、液体流路(以下、ノズルともいう)中に可動部材を備えたものが提案されている。図10は、従来の記録ヘッドに用いられる可動部材6を示した図である。このような可動部材6を備えた記録ヘッドは熱電気変換素子によって発生させた気泡の成長を可動部材6によって規制しつつ、気泡を効率よく吐出口方向へ案内することで、吐出する液滴の量のばらつきを少なくし、吐出速度を安定させるものである。このような記録ヘッドの可動部材としては、電鋳によって形成したものや、圧延により箔化した金属で形成したものが用いられる。
【0004】
図11(a)から(g)は、可動部材6を備えた従来の記録ヘッドによって、液滴を吐出する様子を示した図である。図11(a)は、ヒータ2に電力が供給される前の状態を示している。吐出口にはメニスカス14が形成されてノズル内に保持されている。図11(b)は、ヒータ2に電力の供給が開始され、膜沸騰により気泡20が発生した初期段階を示した図である。まだ可動部材6は変位していない。図11(c)は、気泡20が成長して可動部材6を叙々に上方へと変位させている様子を示した図である。吐出口からは液体が押し出されている。図11(d)は、気泡20が更に成長した状態を示した図であり、気泡発生に基づく圧力の伝播方向を吐出方向に導くように可動部材6が変位しているのがわかる。気泡20がこの程度に成長すると、吐出口には液柱21が形成される。図11(e)は、気泡20が収縮を始めた状態を示した図であり、気泡20内は負圧状態になっている。可動部材6の変位も気泡20の収縮に伴い下方へと下がってくる。吐出口では液柱21が伸びて括れが形成される。液柱21は吐出方向への慣性力が働いているため、ノズル内の液体から切り離される。図11(f)は、気泡20が更に収縮した状態を示す図であり、気泡20の収縮に伴って可動部材6は、可動部材6の定常状態よりもさらに下方に下がりはじめる。吐出口では液柱がさらに伸びて液滴を形成し始める。図11(f)では、気泡20は完全に消えて、液体のリフィルが遅いために可動部材6がヒータ2の近傍位置まで下がっている。切り離された液柱21は表面張力によって主滴22とサテライト23とを形成し、記録媒体に向けて飛翔する。吐出口には再びメニスカス24が形成される。
【0005】
【特許文献1】特開2000−062179号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、このような可動部材を備えた従来の記録ヘッドは、吐出後に液体流路に液体が再供給(リフィル)される際に、可動部材が妨げとなってヒータと可動部材との間に液体が流れ込みにくい。そのため、液体吐出後の液体の供給が遅れてしまい、短時間に回数を多く吐出をすることが難しく、更なる記録の高速化を図ることは容易にはできなかった。また、気泡の消泡時に可動部材が定常状態よりも下方に下がることから、可動部材の応答性が悪くなる。さらに気泡が消泡した際に、液体のリフィルが遅く、可動部材が下方に下がり、可動部材の先端がヒータに当たるおそれがあり、その結果ヒータを損傷させてしまうおそれがある。
【0007】
よって本発明は、可動部材の先端がヒータに接触することによるヒータの損傷防止を図ることが可能であり、液体のリフィルが促進され、可動部材の応答性が向上した液体吐出ヘッドを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そのため本発明の液体吐出ヘッドは、液体を加熱発泡させて発生する気泡によって液体を吐出させ、前記発生する気泡による圧力を受けることで変位する板状の可動弁を有する、前記液体の吐出が可能な液体吐出ヘッドにおいて、前記可動部材には、前記気泡の通過を阻止し、前記液体の通過を許容する開孔が設けられていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、可動部材に開孔部を設けることで、可動部材の先端がヒータに接触することによるヒータの損傷防止を図ることが可能であり、液体のリフィルが促進され、可動部材の応答性が向上した液体吐出ヘッドを実現することができた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
(第1の実施形態)
以下、図面を参照して本発明の第1の実施形態を説明する。
図1は、本実施形態の液体吐出ヘッドの構成がわかるように分解して示した分解斜視図である。熱電気変換素子(以下、ヒータともいう)、流路、吐出口を備えた吐出エレメント101と配線基板102とは、セラミック製のベースプレート100によって支持されている。吐出エレメント101内の共通液室は流路形成部材110の内部に設けられた流路に接続され、さらに流路形成部材110のインク供給口と接続された、図示していないインクタンクからインクを供給される。吐出エレメント101上のヒータと、配線基板102上の端子とは、途中にワイヤボンディングを介して電気的に接続されている。
【0011】
図2は、液体吐出ヘッド(以下、記録ヘッドともいう)におけるノズル近傍において部分的に断面にした斜視図である。ヒータボード1には液体を加熱発泡するためのヒータ2が複数配置されている。ヒータ2はチッ化タンタル等の抵抗体が用いられ、厚さは0.01〜0.5μm、抵抗値は単位正方形あたり10〜300Ωのものが用いられる。ヒータ2には通電のためのアルミニウム等の電極(図示せず)が接続されており、その一方はヒータ2への通電を制御するためのスイッチングトランジスタ(不図示)が接続されている。スイッチトランジスタは制御用のゲート素子等の回路からなるICによって駆動を制御され、記録ヘッド外部からの信号によって、所定のパターンで駆動するようになっている。複数のヒータ2各々に対応して流路14が形成されており、その流路14は、吐出口4と共通液室16に連通している。また、流路14は、ヒータボード1と、流路壁5と、厚さ5〜10μm程度のノズル土手3と、厚さ2μm程度の天板ノズル7とで囲まれた管状をなしている。
【0012】
可動部材6は、その自由端を吐出口4方向に向け、支点10を共通液室16内に位置させて設けられている。支点10は、支持部材11に取り付けられ、その支持部材11は、台座12によってヒータボード1に取り付けられている。天板ノズル7は、Si等で構成される天板8に貼り付けられており、天板8は、異方性エッチング等で形成されたインク供給開口17を備え、外部からの液体を共通液室16に導入可能としている。共通液室16から流路14に供給された液体は、流路14内の所定の位置に配置されたヒータ2で加熱されて発泡する。発泡に伴って流路14内の液体の動作が始まると同時に可動部材6も変位を開始し、液体の流れを吐出口4方向へと案内するように制御する。
【0013】
図3は、本実施形態の可動部材60の一部を示す図である。外形の形状は従来の可動部材6と同じであるが、自由端の一部に複数の開孔部31を設けてある。本実施形態の開孔部31の直径は1〜2μmである。また、図4には別の開孔形状の例を示してある。なお、開孔の形状や大きさ数量は、本実施形態に限定されるものではなく適宜変更することが可能である。また、図5に示すように、メッシュ素材の部材を用いて可動部材60を構成しても良い。これはメッシュ素材の空孔を多数の開孔部と考えることができ、同様の効果を得ることが可能だからである。なお、そのメッシュ素材の部材のメッシュ寸法は前述した開孔部31の直径とほぼ同等であることが好ましい。
【0014】
図3や図4の可動部材60を形成する方法の一例としては、フォトリソグラフィで所望の形状に形成した電鋳母型(マスタ)を用いて電鋳を行い、ニッケル等の金属箔として形成する方法がある。
【0015】
図9(a)から(g)は、本実施形態の可動部材60を備えた記録ヘッドによって、液滴を吐出する様子を示した図である。可動部材60には、従来の可動部材とは異なり開孔部31が設けられており、図9(b)から(d)の気泡膨張過程において、可動部材60の開孔部31には、メニスカスが形成されて気泡20内の圧力は維持される。この直径数μm程度の開孔部31におけるメニスカスの強度は、気泡20内の圧力を保持するのに十分な強度を有しており、可動部材60は、発泡による圧力の伝播方向を吐出方向へ導く機能を保持している。つまり開孔部31は、気泡20の通過を阻止することが可能に構成されている。従って、図9(a)から(d)の液体吐出における動作は、ほぼ従来の記録ヘッドによる吐出動作(図11(a)から(d))と変わらないため説明は省略する。
【0016】
図9(e)、(f)、(g)は、気泡20の収縮から消失までの状態を示した図である。気泡20の収縮に伴って可動部材60も下降する。その際、開孔部31は液体の通過を許容するため、共通液室16からリフィルされる液体が、可動部材60の開孔部31を通して可動部材60とヒータ2の間に入り込む。このように間に入り込んだ液体は、可動部材60が、定常状態からさらに下方に向かうのを妨げることになる。その結果、可動部材60が従来のようにヒータ2に接触することがない。これによって、可動部材60の先端がヒータ2に接触することによるヒータの損傷防止を図ることが可能になる。また同時に、開孔部31を通して液体のリフィルが促進され、可動部材60の応答性が向上するという効果も得ることができる。
【0017】
(第2の実施形態)
以下、図面を参照して本発明の第2の実施形態を説明する。
図6は、本実施形態の可動部材61の断面を示した図である。本実施形態の可動部材61も第1の実施形態と同様に可動部材61に開孔部32を備えているが、その開孔の形状が異なる。本実施形態の可動部材61は、可動部材61がノズル内にセットされた時にヒータ2と対向する面(以下、単にヒータ面ともいう)αと、天板ノズル7と対向する面(以下、単に天板面ともいう)βで開孔部32の開孔の面積が異なる。つまり、天板面βに設けられた開孔の面積は、第1の実施形態の開孔の面積よりも大きな開孔になっており、ヒータ面αに設けられた開孔は第1の実施形態の開孔と同等の大きさに構成されている。これ以外の構成は、第1の実施形態と同様である。
【0018】
このような開孔部32にすることで、液体が天板面βの側から流れ込む際にできる、開孔でのメニスカスの強度が弱くなることから、液体が天板面βからヒータ面αへと流れ込みやすくなる。しかし、発泡時に開孔部32にできるメニスカスの強度は変わらずに、気泡20内の圧力を保持するのに十分な強度を有している。
【0019】
このように、開孔の大きさを異ならせることで、共通液室16からリフィルされる液体が、可動部材61の開孔部32を通して可動部材61とヒータ2の間に入り込みやすくなる。よって、可動部材61の先端がヒータ2に接触することによるヒータの損傷防止を図ることが可能になり、同時に、液体のリフィルが促進され、可動部材61の応答性が向上する。
【0020】
(第3の実施形態)
以下、図面を参照して本発明の第3の実施形態を説明する。
図7は、本実施形態の可動部材62の断面を示した図である。本実施形態の可動部材62も第1の実施形態と同様に可動部材62に開孔部31を備えているが、可動部材62に表面処理を施してある点が他の実施形態とは異なる。その他の構成は、他の実施形態と同様である。
【0021】
本実施形態の可動部材62は、可動部材62が流路内にセットされた時にヒータ2と対向する面(以下、単にヒータ面ともいう)αと、天板ノズル7と対向する面(以下、単に天板面ともいう)βとに異なる表面処理を施してある。天板面βには親水処理を、天板面βには撥水処理をそれぞれ施してある。具体的な処理としては、親水処理にはコロナ処理やプラズマ処理等の方法、撥水処理には、表面に低分子フッ素化合物、フッ素樹脂、シリコンなどを塗布または化学蒸着することにより薄膜を形成する処理を施すといった方法を用いることができる。
【0022】
このような表面処理を施すことで、天板面βからヒータ面αへの液体の移動がよりスムーズに行われることから、液体が天板面βからヒータ面αへ移動しやすくなり、共通液室16からリフィルされる液体が、可動部材62の開孔部31を通して可動部材62とヒータ2の間に入り込みやすくなる。よって、可動部材62の先端がヒータ2に接触することによるヒータの損傷防止を図ることが可能になり、同時に、液体のリフィルが促進され、可動部材62の応答性が向上する。
【0023】
(第4の実施形態)
以下、本発明の第4の実施形態を説明する。
図8は、本実施形態の可動部材62の断面を示した図である。本発明の第4の実施形態は、第2の実施形態と第3の実施形態を組み合わせたものである。つまり、可動部材63は、可動部材63が流路内にセットされた時にヒータ2と対向する面(以下、単にヒータ面ともいう)αと、天板ノズル7と対向する面(以下、単に天板面ともいう)βで開孔部32の開孔の面積が異なる。つまり、天板面βに設けられた開孔の面積は、第1の実施形態の開孔の面積よりも大きな開孔になっており、ヒータ面αに設けられた開孔は第1の実施形態の開孔と同等の大きさに構成されている。且つ、天板面βには親水処理を、天板面βには撥水処理をそれぞれ施してある。その他の構成は、他の実施形態と同様である。
【0024】
このように構成することで、共通液室16からリフィルされる液体が、可動部材61の開孔部32を通して可動部材61とヒータ2の間にさらに入り込みやすくなる。よって、可動部材61の先端がヒータ2に接触することによるヒータの損傷防止を図ることが可能になり、同時に、液体のリフィルが促進され、可動部材61の応答性が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】第1の実施形態の記録ヘッドの構成がわかるように分解して示した分解斜視図である。
【図2】液体吐出ヘッドにおける流路近傍において部分的に断面にした斜視図である。
【図3】第1の実施形態の可動部材の一部を示す図である。
【図4】第1の実施形態の可動部材の一部を示す図である。
【図5】第1の実施形態の可動部材の一部を示す図である。
【図6】第2の実施形態の可動部材の断面を示した図である。
【図7】第3の実施形態の可動部材の断面を示した図である。
【図8】第4の実施形態の可動部材の断面を示した図である。
【図9】(a)から(g)は、本実施形態の可動部材を備えた記録ヘッドによって、液滴を吐出する様子を示した図である。
【図10】従来の記録ヘッドに用いられる可動部材を示した図である。
【図11】(a)から(g)は、可動部材を備えた従来の記録ヘッドによって、液滴を吐出する様子を示した図である。
【符号の説明】
【0026】
1 ヒータボード
2ヒータ
3 ノズル土手
4 吐出口
5 流路壁
8 天板
12 台座
14 流路
16 共通液室
17 インク供給開口
20 気泡
21 液柱
31 開孔部
32 開孔部
60 可動部材
61 可動部材
62 可動部材
α ヒータ面
β 天板面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体を加熱発泡させて発生する気泡によって液体を吐出させ、前記発生する気泡による圧力を受けることで変位する板状の可動弁を有する、前記液体の吐出が可能な液体吐出ヘッドにおいて、
前記可動部材には、前記気泡の通過を阻止し、前記液体の通過を許容する開孔が設けられていることを特徴とする液体吐出ヘッド。
【請求項2】
前記開孔は前記可動部材の自由端の近傍に設けられていることを特徴とする請求項1に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項3】
前記開孔は複数の開孔からなることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項4】
前記可動部材において、前記気泡と対向する前記可動部材の対向面に設けられた前記開孔の開口面積よりも、前記可動部材の前記対向面と反対側の面の前記開孔の開口面積の方が大きいことを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれかに記載の液体吐出ヘッド。
【請求項5】
前記可動部材はメッシュ素材によって構成されていることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれかに記載の液体吐出ヘッド。
【請求項6】
前記可動部材において、前記気泡と対向する前記可動部材の対向面の方が、前記可動部材の前記対向面と反対側の面よりも濡れ性がよいことを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の液体吐出ヘッド。
【請求項7】
前記可動部材において、前記気泡と対向する前記可動部材の対向面には親水処理が施してあることを特徴とする請求項6に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項8】
前記可動部材において、前記可動部材の前記対向面と反対側の面には、撥水処理が施してあることを特徴とする請求項6に記載の液体吐出ヘッド。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2008−272949(P2008−272949A)
【公開日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−115714(P2007−115714)
【出願日】平成19年4月25日(2007.4.25)
【出願人】(000208743)キヤノンファインテック株式会社 (1,218)
【Fターム(参考)】