説明

液体噴射装置およびその製造方法

【課題】 複雑なプロセスを必要とせず、振動板の撓みと残留応力を制御でき、圧電膜による安定な変位特性を有する液体噴射装置およびその製造方法を提供すること。
【解決手段】 液体噴射装置を構成する流路構造基板11は液体を通過させる流路構造を有し、流路構造の一部に圧力室14が形成され、圧力室14においてその上に配置された圧電素子13により生ずる圧力によって液体を噴射するように構成され、圧力室14はステンレス材により形成され、圧電素子13は圧力室14の壁の外側の一つの面に形成された圧電膜22と上部電極21、下部電極23とからなり、圧電素子13に接する圧力室14の壁の内面に1つの流路方向の溝15が形成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は圧電素子を用いて液体を噴射する液体噴射装置およびその製造方法に関し、特に流路構造を有する基板上に形成された圧電膜により液体を噴射する装置において、液体の吐出特性を安定化させた液体噴射装置およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
圧電素子を用いて液体を噴射する装置はインクジェットプリンタとして実用化されている。圧電素子を使用した液体噴射装置は圧電素子の歪みを利用して圧力室に充填された液体に圧力を伝達し噴射する原理に基づいて構造が設計されており、ヒーターで液体を加熱して液体を気化させたバブルにより液体を噴射する原理に基づくバブル式と比較して、液体の種類によらず噴射できるという特徴を有している。そのため、圧電方式の液体噴射装置は液晶ディスプレーのカラーフィルターの色材、有機EL、バイオ有機物、電極などの材料となる多様な液体を噴射させる装置として、様々な産業分野での使用が検討されている。
【0003】
液体を充填する圧力室を含めた流路構造を有する基板は、ステンレス、シリコン、樹脂などの部材を組み合わせて構成されるのが一般的である。具体例としては、上記部材に流路パターンをエッチング加工により形成し、エッチングした部材同士を有機系接着剤で貼り合わせることで作製される。
【0004】
ステンレス基板、シリコン基板に形成された流路構造の圧力室に充填された液体を噴射させるためには、圧電素子により液体に圧力を伝達する必要ある。その圧力を印加する圧電素子の構成方法としては、セラミックスとして焼結されたバルクの圧電体を基板に接着する方法と、圧電膜を直接基板上に形成する方法がある。
【0005】
前者の方法では基板に形成された流路や、圧力室のパターンの位置に合わせて圧電セラミックスを個別に配置する必要があるために、高い機械加工精度が必要なことや電極パターンを圧電セラミックス上に形成する必要があること、圧電セラミックスの焼結時の収縮による寸法精度をコントロールする必要があることなど、製造プロセスが複雑になるという課題がある。
【0006】
このため、製造プロセスがシンプルでパターニング加工が容易な圧電膜を形成する後者の方法が検討されている。例えば、エッチングにより微細な溝、貫通孔が作製されたステンレス板を真空熱圧着、拡散接合により接合することで流路構造を有する基板を形成し、その上に圧電膜を形成してパターニングする方法である。
【0007】
圧電膜を形成させる方法としては、化学溶液法やスパッタ法などイオンの状態から結晶成長させる薄膜作成法や、セラミック粒子を印刷塗布や電気泳動により基板上に堆積充填させ焼成により緻密化させる成膜法、セラミック粒子をキャリアガスと混合させたエアロゾルを基板に噴射し衝突させ膜を形成するエアロゾルデポジション法などがある。これら方法では、膜の結晶成長や結晶性の向上、セラミック粒子の焼結・緻密化させるために600℃以上の温度で、セラミック粒子の緻密化や粒成長を促進させるためには、鉛を含む圧電セラミック材料では1000℃程度で、鉛を含まない非鉛系の圧電材料では1000℃以上の高温でそれぞれ熱処理するのが一般的である。
【0008】
この熱処理のため、圧力室を構成する基板の熱膨張と圧電膜の組織変化により振動板として機能する圧電膜下の圧力室の壁には残留応力により撓みが発生し、振動を与えたときの変位特性のバラツキを生じるという問題があった。この対策として特許文献1では、基板としてシリコンを使用し、基板と圧電素子との間にバッファ層として弾性膜を挿入することで振動板の残留応力を制御し、初期撓みを低減させる方法が示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2000−94688号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記の特許文献1の従来技術では、バッファ層の材質、形状などを調整して多層化する必要があり、撓み低減のためのプロセスが複雑になるという問題がある。
【0011】
一方、ステンレスを基板とした場合でも、圧力室を構成する板や箔は圧延加工によって製造されるため、高温での加熱処理により、再結晶化や粒成長が生ずること、皮膜形成などにより微細組織が変化すること、振動板上に形成する圧電膜の膨張や収縮により残留応力が発生することなどから、シリコン基板の場合と同様に振動板には撓みが発生するという問題がある。
【0012】
そこで本発明の課題は、複雑なプロセスを必要とせず、振動板の撓みと残留応力を制御でき、圧電膜による安定な変位特性を有する液体噴射装置およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するため、本発明による液体噴射装置は、圧電素子と液体を通過させる流路構造とを有し、該流路構造の一部に圧力室が形成され、該圧力室において前記圧電素子により生ずる圧力によって前記液体を噴射する液体噴射装置において、前記圧力室はステンレス材により形成され、前記圧電素子は前記圧力室の壁の外側の一つの面に形成された圧電膜と電極とからなり、前記圧電素子に接する前記圧力室の壁の内面に少なくとも1つの流路方向の溝が形成されていることを特徴とする。
【0014】
また、本発明による液体噴射装置の製造方法は、前記基板の流路構造に、Alを3〜8%含むステンレス材からなる箔を配置し、該箔の一面に前記溝を加工形成する工程と、該基板を1000〜1200℃の温度範囲で大気中、もしくは酸素雰囲気(酸素分圧調整雰囲気)中で熱処理する工程と、該基板上に電極膜と圧電膜とからなる圧電素子を形成する工程とを含むことを特徴とする。
【0015】
具体的には、本発明では上記のように振動板として機能する圧電膜下の圧力室の壁として、裏面、すなわち液面と接する側の面に振動板の幅よりも狭い溝加工を施したステンレス材の箔を使用することができる。これを用い、エッチングにより流路パターンを形成した基板を積層し、真空中で加圧しながら加熱することで接合させ、流路構造を有する基板を作製することができる。その接合された基板を1000〜1200℃の温度で大気中、もしくは酸素雰囲気中で熱処理を行うこと、およびステンレス材としてAlを3〜8%含有するステンレス材を基板材料として使用することで基板表面全体に酸化アルミニウムの皮膜が形成される。
【発明の効果】
【0016】
本発明の液体噴射装置においては、その製造過程で振動板に形成された溝により圧力室の外側に振動板が膨らんだ構造が形成される。この結果、その振動板上に形成した圧電膜による振動の変位特性が安定する。
【0017】
すなわち、本発明では、振動板の液面と接する側に溝加工を施すことにより、従来技術のようなバッファ層を多層に形成したり、その形状を調整するためのパターニングなどの複雑なプロセスを必要とせず、振動板の撓みと残留応力を制御でき、圧電膜による安定な変位特性を有する液体噴射装置およびその製造方法が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明による液体噴射装置の一実施の形態を説明するための図であり、液体噴射装置に用いる流路構造を有する流路構造基板および圧電素子の部分の縦断面斜視図。
【図2】図1のA−A部分横断面図。
【図3】上に凸の撓み形状を有する場合の流路構造基板および圧電素子の部分の部分横断面図。
【図4】溝を形成していない流路構造基板による比較例の流路構造基板および圧電素子の部分の部分横断面図。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面を参照して、本発明の実施の形態について詳細に説明する。図1および図2は本発明による液体噴射装置の一実施の形態を説明するための図であり、液体噴射装置に用いる流路構造を有する流路構造基板および圧電素子の部分の縦断面斜視図、図2は図1のA−A部分横断面図であり、A−A部分横断面図の一部である。図1、図2において、液体噴射装置を構成する流路構造基板11は液体を通過させる流路構造12を有し、流路構造12の一部に圧力室14が形成され、圧力室14においてその上に配置された圧電素子13により生ずる圧力によって液体を噴射するように構成され、圧力室14はステンレス材により形成され、圧電素子13は圧力室14の壁の外側の一つの面に形成された圧電膜22と上部電極21、下部電極23とからなり、圧電素子13に接する圧力室14の壁の内面に1つの流路方向の溝15が形成されている。
【実施例】
【0020】
次に、本実施の形態の液体噴射装置の具体的実施例と本発明による液体噴射装置の製造方法の実施例を説明する。
【0021】
図1に示すように、本実施例の液体噴射装置の流路構造基板11は、Alを、3%、または5%、または8%含有し、厚さが100μmのステンレス板材に、目的とする流路が構成されるようにエッチング加工により貫通孔パターンを形成し、それを積層することで作製した。圧電素子13がその上に形成されて振動板として機能する流路構造基板11の最上部には、厚さ20μmの同じ組成のステンレス箔を配置した。すなわち、振動板の厚さは20μmであり、振動板の幅は300μmとした。ここで、そのステンレス箔の振動板の液面と接する側、すなわち圧力室14の壁の内面となる部分には、あらかじめ流路方向に溝幅50μmの溝をエッチングにより形成した。
【0022】
上記、貫通穴、溝のパターンが形成されたステンレス板材および箔を積層し、真空度が10−3Pa以下まで真空引きし、圧力を50kg/cm印加し、1100℃まで加熱したのち、室温まで冷却することで真空熱圧着し流路構造基板11を作製した。次に、その流路構造基板11を大気中で1000℃、1100℃、または1200℃の温度で熱処理を行いステンレスが露出した基板表面に酸化皮膜24を形成した。
【0023】
皮膜形成した流路構造基板11上に下部電極23としてスパッタ法によりPt膜を蒸着し、次に圧電膜22としてPZTをエアロゾルデポジション法で10μm形成し、950℃で熱処理を行い、圧電膜22上に上部電極21としてAuをスパッタ法で形成し圧電素子13を設置した。
【0024】
本発明の効果を確認するために、上記の実施例に加えて、圧力室の流路方向の溝を形成していない流路構造基板、ステンレス材としてAlの含有量が0および1%のステンレス材を用いた流路構造基板、および、大気中での熱処理温度が800℃、900℃または1300℃である流路構造基板も作製し、その上に同様に圧電素子13を設置した比較例を作製した。図4は溝を形成していない流路構造基板による比較例の流路構造基板および圧電素子の部分の部分横断面図を示す。
【0025】
次に上記の実施例および比較例の圧電素子の電極に電圧を印加し、その際の変位の評価を行った。振動板上に形成した圧電素子に30Vの電圧を印加した際の振動板の変位をレーザー変位計で測定し、変位が100nm以上であるものを良品と判定した。実施例および比較例の結果を表1に示す。また、振動板の撓み形状も測定しその結果も合わせて表1中に示す。表1の判定欄で○は良品、×は不良品である。
【0026】
【表1】

【0027】
以上の評価の結果、ステンレスに含まれるAlの量が3%未満では良質な酸化皮膜としての酸化アルミニウム層が形成されず、圧電膜自身も変色などが発生し特性評価ができないという結果となった。なお、一般的なステンレス材では9%以上のAl含有率は実現困難と考えられる。
【0028】
実施例のように振動板の下側に溝を形成することで下側の表面積が増える、熱処理による酸化皮膜形成により上に凸の撓み形状が安定して得られ、これにより振動板の撓みと残留応力を制御でき、圧電膜による安定な変位特性が得られる。表1より、比較例を含め変位を測定できた試料においては、振動板の下側に溝を形成した場合の方が溝を形成しない場合よりも変位特性は改善するという結果が得られていることがわかる。また、実施例ではすべて良品が得られている。図3はこのような上に凸の撓み形状を有する場合の流路構造基板および圧電素子の部分の部分横断面図を示す。
【0029】
なお、上に凸の撓み形状を得るためには、本発明のように振動板に溝を形成する方法の他に、振動板の裏面と表面の酸化皮膜形成量や皮膜形成速度に差異を与えること、例えば、表面側と裏側の酸素分圧を変えるなどで同じような効果を得ることができると考えられるが、本発明の溝を形成する方法の方が製造は容易である。
【0030】
なお、本発明は上記の実施の形態や実施例に限定されるものではないことはいうまでもなく、目的に合わせて設計変更可能である。例えば、本発明の液体噴射装置において圧電素子を構成する圧電材料としてはニッケルニオブ酸鉛などの複合ペロブスカイト組成とPZTとの固溶体、チタン酸バリウム系やBi系の圧電材料などを用いても構わない。また、流路構造の構造、形状、溝の形状や本数、配置、圧電素子の構造や形状なども目的に合わせて設計可能である。本発明の液体噴射装置の製造方法においては、流路構造基板の製造方法や圧電素子の製造方法も上記の実施例に限定されるものではない。
【0031】
本発明は、液体を圧電素子によって噴射する装置の広い分野で利用することができ、例えば印刷用やその他の産業用のインクジェット装置、医療用マイクロポンプなどで利用できる。
【符号の説明】
【0032】
11 流路構造基板
12 流路構造
13 圧電素子
14 圧力室
15 溝
21 上部電極
22 圧電膜
23 下部電極
24 酸化皮膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧電素子と液体を通過させる流路構造を備えた基板とを有し、該流路構造の一部に圧力室が形成され、該圧力室において前記圧電素子により生ずる圧力によって前記液体を噴射する液体噴射装置において、前記圧力室はステンレス材により形成され、前記圧電素子は前記圧力室の壁の外側の一つの面に形成された圧電膜と電極とからなり、前記圧電素子に接する前記圧力室の壁の内面に少なくとも1つの流路方向の溝が形成されていることを特徴とする液体噴射装置。
【請求項2】
前記基板の流路構造に、Alを3〜8%含むステンレス材からなる箔を配置し、該箔の一面に前記溝を加工形成する工程と、該基板を1000〜1200℃の温度範囲で大気中、もしくは酸素雰囲気中で熱処理する工程と、該基板上に電極膜と圧電膜とからなる圧電素子を形成する工程とを含むことを特徴とする請求項1に記載の液体噴射装置の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−83922(P2011−83922A)
【公開日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−236759(P2009−236759)
【出願日】平成21年10月14日(2009.10.14)
【出願人】(000134257)NECトーキン株式会社 (1,832)
【Fターム(参考)】