説明

液晶光学素子、光変調素子、偏光切換え装置および光路切換え装置

【課題】電場印加時において、交差一軸配向処理の中心軸Rを中心として、所定の角度を持って対称にスイッチングすることができる構成の液晶光学素子を実現する。
【解決手段】一対の透明基板61a,61bと、該基板に設けられた駆動用の電極62a,62bを有し、各々の基板には一軸配向処理がされており、基板間に所定の間隔を開けて挟持された空間には、高温側から等方相、カイラルネマチック相、スメクチックA相、スメクチックC相の相系列を示す強誘電性液晶65が封入され、電場印加方向により2つの配向状態間の切換をする液晶光学素子であり、2つの配向状態の分子軸のなす角の中心軸Rを所望の方向とし、該所望の方向を中心軸として一軸配向処理方向66a,66bが交差しており、該配向処理方向が、無電場且つ一軸配向処理が平行になされている時にカイラルスメクチック相が示すねじれ方向と同一のねじれ方向で交差している構成とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、強誘電性液晶素子を用いた液晶光学素子に関し、特に、強誘電性液晶素子の配向制御方法に特徴を有する液晶光学素子と、その液晶光学素子を用いた光変調素子、その光変調素子を用いた偏光切換え装置、その偏光切換え装置を備えた光路切換え装置に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、表示素子や光学素子として用いられる液晶素子の開発が活発に行われている。しかし、その中心はネマチック液晶であり、光学素子として用いる場合、応答速度が遅いという問題がある。そこで、ネマチック液晶の応答速度の10〜100倍の高速応答を示す強誘電性液晶、特にそのカイラルスメクチックC相のヘリカル構造を抑制可能にセルギャップを制御した液晶素子(表面安定化強誘電性液晶素子)が注目を集めている。
【0003】
ここで、図11は強誘電性液晶素子のカイラルスメクチックC相の液晶分子の配向の様子を示す図、図12は表面安定化強誘電性液晶素子の液晶分子の配向の様子を示す模式図である。図11において、符号11は液晶分子、12は自発分極の方向、13は層構造、14は層法線方向Nを示す。また、図12において、符号21は液晶分子の平均的な配向方向、22a(+E)、22b(−E)は素子に印加する電場(電界)の方向、23a、23bは液晶分子、24a、24bは液晶分子の自発分極の方向、25で示す破線はスメクチック相が示す層構造をそれぞれ表す。
【0004】
通常、カイラルスメクチックC相は図11に示すように、層法線方向Nを螺旋軸として、自発分極を打ち消すように、液晶分子が螺旋構造をとるが、ヘリカル構造を抑制可能なセルギャップを制御すると、図12に示すように、理想的にはスメクチック相の層の法線方向Nからそれぞれθだけ液晶分子が傾いた状態で安定状態を取る。この時、自発分極の方向を紙面手前方向に向けた状態(24a)と逆方向に向けた状態(24b)の二種類の安定状態23a、23bが存在する。この素子に紙面に垂直な方向のある強度以上の電場22a(+E)(または22b(−E))を印加すると、その電場方向に自発分極の方向24a(または24b)を向けた一方の安定状態23a(または23b)をとる。また、逆方向の電場22b(−E)(または22a(+E))をかけた場合、層法線方向Nを中心軸としてもう一方の安定状態23b(または23a)に切り替わる。これにより、ある直線偏光が感じる屈折率異方性(Δn)が切り替わるため、シャッターや光変調素子として用いることが出来る。
【0005】
強誘電性液晶においては、ネマチック液晶に比べて、応答速度が非常に高速であるという利点があるが、ネマチック液晶よりも、基板界面の状態等に対して敏感であるため、均一な配向状態を得ることが難しいといった課題も存在する。
表面安定化強誘電性液晶素子においては、均一な配向を得るために、上下基板に平行に一軸方向に配向処理をすることが通例となっている。図13に表面安定化強誘電性液晶素子の上下基板に平行な配向処理を行った場合の基板付近の液晶の配向方向の模式図を示す。図13において、符号31は配向処理方向、32a、32bはそれぞれ上下基板付近の液晶分子、33a、33bはそれぞれの液晶分子の自発分極の方向を示している。図13に示すように、平行な一軸配向処理では、基板付近の液晶分子32a、32bは、基板表面と液晶分子の相互作用によって、自発分極を基板の外側(もしくは内側)に向けて配向したがる傾向があり、そのため、上下基板間で液晶分子の配向方向が捻れたツイスト配向になる。
【0006】
ツイスト配向が生じると、双安定性の非対称性や、見かけのコーン角の減少等が起こるとされており、これを解決するために、一軸配向処理方向を上下基板で交差する方法が特許文献1〜4等で示されている。しかし、その交差の方向については、なんら言及されておらず、後述するように、交差の方向によって大きく性質が異なっており、特に、高分子膜にラビング処理をした素子においてはその差が顕著であり、不十分である。また、特許文献5、特許文献6等においては、一軸配向処理方向を同一とし、且つ無電場としたときに、カイラルスメクチック相が捻れる方向と反対方向に一軸配向方向を交差させることにより、カイラルスメクチック相のねじれを解消し、対称な双安定性を誘起させ、ねじれの無い一様なユニフォーム配向を得ている。
【0007】
【特許文献1】特許第2647828号公報
【特許文献2】特開昭61−272719号公報
【特許文献3】特許第2844123号公報
【特許文献4】特開平02−151832号公報
【特許文献5】特公平04−015451号公報
【特許文献6】特開昭62−036634号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上述した配向処理方法においては、本発明者らの実験によれば、一様な配向が得られるものの、電場を印加し、液晶の配向方向をスイッチングさせた場合に、図14に破線で示すように、交差一軸配向処理の中心軸Rに対して、左右にθの角度を持って傾斜することが望ましいが、実際は、図14に実線で示すように、左右どちらかに数度ずれ(Δθ)、非対称にスイッチングし、その方向も一意的ではないことが確認された。この原因についての詳細に関しては不明であるが、おそらく、上述した配向処理方法では、液晶がチルトをせずに一軸方向を向いており、且つ自発分極の方向が基板の外側を向いていると考えた場合、スメクチックC相の層の方向は基板に垂直方向から見ると、ねじれており、このことが、スイッチング時の層の回転に非対称を与え、スイッチングが非対称になると考えられる。
【0009】
図15に交差一軸配向処理を施した強誘電性液晶素子の構成、動作を模式的に示す。図中Rは交差一軸配向処理の中心軸Rを示し、図5(a)、はRと逆方向からセルを見た視点、図5(b)はRと垂直方向から見た視点、図5(c)、図5(d)はRを上から見た視点をそれぞれ表している。また、図5において、符号51a、51bはそれぞれ上下基板、52は液晶分子、53は液晶分子の自発分極の方向、Nは層法線の方向、55a、55bはそれぞれ上下基板付近の、液晶の層の方向である。液晶がバルク中でもチルトを持たず、一軸方向を向いており、且つ基板付近の液晶が自発分極を基板の外側に向けて配向していると仮定した場合、層法線の方向Nが、図に示すように、セル厚方向と一軸配向処理と垂直方向にねじれると考えられる。このセルに飽和電場以上の電場を印加した場合、ねじれた層法線の平均方向、つまり交差一軸配向処理の中心軸Rを層法線とするように、層の回転を伴って液晶がスイッチングすると考えられるが、バルクと基板付近での回転のしやすさが異なるため、数度ずれた方向に層法線方向Nが向いてしまうと考えられる。この状態で、層構造が決定されるため、逆方向の電場をかけた場合には、ずれた状態から2θの角度でスイッチングする。液晶光学素子においては、所望の軸と電場反転中心軸を合せる必要があるが、非対称にスイッチングすると、電場反転の中心軸が決まらないため、組み付け方向が定まらず大きな問題となり、また、素子一つ一つ調整するためコストアップとなる。
【0010】
本発明は上述の課題に鑑みて成されたものであって、特性悪化の原因とされてきたツイスト配向を制御することによって、電場印加時において、交差一軸配向処理の中心軸Rを中心として、所定の角度を持って対称にスイッチングする表面安定化強誘電性液晶素子を用いた液晶光学素子を提供することを目的とする。
より詳しくは、本発明は、表面安定化強誘電性液晶素子を用いた液晶光学素子において、所望の軸に対して電場印加時に対称なスイッチング角を得ることや、有効面内で均一な配向を得ることを目的とする。
また、本発明は、その液晶光学素子を用いて高速スイッチングが可能な光変調素子を提供すること、その光変調素子を用いた偏光切換え装置を提供すること、その偏光切換え装置を備えた光路切換え装置を提供することを目的とする。
を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の目的を達成するため、本発明では以下のような解決手段を採っている。
本発明の第1の手段は、透明な一対の基板と、該一対の基板に設けられた駆動用の電極を有し、各々の基板には一軸配向処理がされており、基板間に所定の間隔を開けて挟持された空間には、高温側から、等方相、カイラルネマチック相、スメクチックA相、スメクチックC相の相系列を示す強誘電性液晶が封入され、電場印加方向により2つの配向状態間の切換をする液晶光学素子であり、2つの配向状態の分子軸のなす角の中心軸を所望の方向とし、該所望の方向を中心軸として前記一軸配向処理方向が交差しており、その配向処理方向が、無電場且つ一軸配向処理が平行になされている時に前記カイラルスメクチック相が示すねじれ方向と同一のねじれ方向で交差していること特徴とする。
【0012】
本発明の第2の手段は、第1の手段の液晶光学素子において、前記一軸配向処理方向の交差角αが、前記強誘電性液晶のコーン角を2θとすると、
θ/5<α≦90°
であることを特徴とする。
また、本発明の第3の手段は、第2の手段の液晶光学素子において、前記一軸配向処理が、高分子膜をラビングしたものであることを特徴とする。
さらに本発明の第4の手段は、第1〜第3のいずれか一つの手段の液晶光学素子において、前記駆動用電極に前記強誘電性液晶のスイッチング角が最大となる電場(飽和電場)以上の交流電場を印加することを特徴とする。
【0013】
本発明の第5の手段は、光変調素子であり、第1〜第4のいずれか一つの手段の液晶光学素子を用いることを特徴とする。
また、本発明の第6の手段は、偏光切換え装置であり、第5の手段の光変調素子からなる偏光切換え素子と、電場印加手段を備えたことを特徴とする。
さらに本発明の第7の手段は、光路切換え装置であり、第6の手段の偏光切換え装置と、偏光分離手段を備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明の液晶光学素子では、カイラルスメクチック相の示すねじれ方向と同一の方向に所望の軸を中心軸として、一軸配向処理方向を交差角2αだけ交差させることにより、有効領域全体での液晶分子の平均的な配向方向をα方向に規定することができ、その結果、電場印加時に所望の軸に対して対称なスイッチング角を得ることができる。
したがって、本発明によれば、対称なスイッチング角が得られる液晶光学素子を実現できる。
また、飽和電場以上の電場を印加することにより、二つのドメインが解消され、面内均一な配向を得ることができる。
【0015】
本発明の光変調素子では、第1〜第4のいずれか一つの手段の液晶光学素子を用いるため、偏光変調効率の高い光変調素子を実現することができる。
そして本発明では、その光変調素子を偏光切換え素子として用い、電場印加手段を備えることにより、高速な偏光切換え装置を実現でき、この偏光切換え装置と偏光分離手段を組合わせることにより、高速な光路切換え装置を実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して説明する。
図1は本発明に係る液晶光学素子の一実施形態として、表面安定化強誘電性液晶セルを模式的に表した図である。図1(a)は液晶光学素子の断面図を示し、同図(b)は素子を真上から見た様子を示している。図1(a)において、符号61a,61bはそれぞれ上下の透明基板を表しており、それぞれに符号62a,62bで示すように透明電極がコートされている。この透明電極62a,62bに関しては、ITO(Indium Tin Oxide)等の透明電極ならばなんでもよい。透明電極上には符号63a,63bで示すように一軸配向性を誘起する膜を形成する。一軸配向性を誘起する膜としては、例えばラビングした高分子膜(ポリイミド、ポリビニルアルコール等)や、SiO等の斜方蒸着膜、光配向膜等が用いられるが、これらに限ったものではないが、特に好ましくは、ポリイミドをラビング法を用いて一軸配向処理した素子が良い。この様な透明電極と配向膜をそれぞれ設けた二枚の基板61a,61bを、符号64で示す、ビーズ等のスペーサを混入したシール剤で貼り合せ、内部に相系列が高温側から等方相−カイラルネマチック相−スメクチックA相−カイラルスメクチックC相を示す強誘電性液晶を封入する。特に強誘電性液晶としては、フェニルピリミジン骨格を持ったものであることが好ましいが、これに限ったものではない。
【0017】
図1(b)において、Rは交差一軸配向処理の中心軸を表し、符号66a,66bの矢印はそれぞれ上基板、下基板の一軸配向処理の方向を示している。図1(b)では、上下同方向に一軸配向処理したものから、上基板に対して、下基板の一軸配向処理方向が交差角2αとして時計回りにねじれている様子を示しているが、これに限ったことではなく、基板表面の一軸配向性を誘起する膜と封入する液晶との相互作用により決定されるもので、逆の場合もある。また、その角度αは、強誘電性液晶のコーン角を2θとすると、
θ/5<α≦90°
を満たすように設定する。
【0018】
次に上記液晶光学素子を用いた光変調素子、特に偏光回転素子(半波長板)として用いた場合について説明する。図2に光変調素子を偏光回転素子として用いた場合の模式図を示す。図2においてRは交差一軸配向処理の中心軸R、Eは電場の方向を表す。電場が紙面奥側から手前側を向いている時を+E、紙面奥側を向いている時を−Eとする。また、ここで用いる強誘電性液晶は、コーン角2θが45度であることが好ましい。また、液晶層の厚さ(セルギャップ)dは入射光の波長λと、液晶材料のその波長における屈折率異方性Δnによって決まり、
dΔn=λ/2
を満たすように決定する。
【0019】
ここで、入射偏光の電場の方向は液晶層における液晶分子配向の二つの安定状態のうちどちらか一方の安定状態における液晶分子の短軸方向、もしくは長軸方向と一致するように調整配置する必要がある。ここでは、図2(a)に示すように、印加電場が+Eの時の配向状態において、入射偏光の電場の方向(以下、偏光方向とする)が液晶分子の短軸方向となるように、所望の軸を設定する。上述の通り液晶のコーン角2θが45度のものを用いることから、電場での液晶の反転中心軸を偏光方向から67.5度傾けた方向に設定すればよい。そこで、その方向に交差一軸配向処理の中心軸Rを調整した。+Eの電場が印加されている状態では、入射偏光の感じる屈折率異方性は0であるため、出射偏光の偏光方向は変わらない。次に図2(b)に示すように、−Eとした場合、液晶分子の配向方向が45度となるため、半波長板の条件が成立し、出射偏光は入射偏光から略90度回転した偏光方向となる。
【0020】
すなわち、印加する電場の制御により、偏光回転の切換えが実現でき、液晶光学素子を偏光板や位相差板等で挟む事で、明暗表示が実現できる。また、液晶光学素子の透過後に偏光分離素子を配置する事で光路切り換えが実現できる。このような強誘電性液晶はネマチック液晶に比べて非常に速い応答性を示すため、偏光回転切り換えに有する応答速度は数十μsec〜数百μsecと高速応答である。なお、本発明の液晶光学素子を用いた光変調素子(偏光切換え素子)や、それを用いた偏光切換え装置、光路切換え装置については、後述の実施例で説明する。
【実施例】
【0021】
[実施例1]
以下に本発明の液晶光学素子の具体的な実施例を説明する。
液晶光学素子の液晶分子のねじれの方向を確認するために、図1に示す構成で、一軸配向処理方向が同一の液晶セル(液晶光学素子)を作製した。
透明基板61a,61bとして、厚さ0.7mmtのソーダガラス基板を用い、このガラス基板61a,61bに、透明電極62a,62bとしてITO電極(膜厚1500Å)を成膜し、その上に配向膜63a,63b(SE−7492日産化学工業(株)製)をスピンコートにより約800Åの厚さに形成し、その基板表面を、ラビング法により配向処理を行った。
【0022】
前述したガラス基板を二枚用い、ラビング方向がパラレル方向となるように、電極面を対向させて、厚さが約2.3μm(波長が780nmの光で半波長板となるようにセル厚を設定した)となるようにビーズを混入したシール剤(接着剤)64にて貼り合せて空セルを作製した。空セルをホットプレート上にて100度に加熱した状態で空セル内に液晶層65として、フェニルピリミジン系の強誘電性液晶(Δn=0.17、2θ=50度、Ps=80nC/cm2)を毛管法で注入し、放置冷却後に注入口等を封止し、液晶セルとした。
【0023】
この液晶セルを偏光顕微鏡を用いて観察した。クロスニコル下では一様で欠陥の無いモノドメインが観察されたが、十分な暗視野は得られなかった。そこで、検光子Aを時計回り、反時計回りにそれぞれ回転させながら観察を行ったところ、反時計回りに10度から20度程度回転させたところで暗視野が得られた。このことから、このモノドメインはセル手前(上基板)から奥(下基板)にかけて時計方向にねじれていることがわかる。また、コーン角2θの電場依存性を測定した。その結果を図3に示す。3V/μm以上の電場でコーン角2θが飽和することが確認された。
【0024】
次に、スイッチング角のラビング方向RからのズレΔθを測定した。測定は、ギャップ検査装置(RETS−100 大塚電子(株))を用いて、クロスニコルの状態で偏光子と検光子を回転させ、電場を印加した時に暗視野となる角度を測定し、ラビング方向Rからのズレを求めた。前述の素子において、4V/μmの電場をかけたときの、スイッチング角のラビング方向RからのズレΔθは、2.3度であった。
【0025】
次に、前述の液晶光学素子(液晶セル)のラビング方向の交差角αを20度とした液晶光学素子を複数作製した。それ以外は、前述の液晶光学素子を作製した場合と全く同じ方法で作製した。ラビング方向は、図4に示すように、所望の軸を交差の中心軸Rとして、液晶のねじれ方向と同じ方向、つまり上基板のラビング方向91aに対して下基板のラビング方向91bが20度時計回り方向に交差、つまり所望の軸からそれぞれ10度ずつ左右に回転するようにセル化した。
【0026】
偏光顕微鏡において、偏光子Pと交差ラビングの中心軸Rを合わせて、クロスニコルで観察すると、全体が均一に配向しているように見えるが、素子を左右に回転させると、二つのドメインに分かれて見える。次に検光子Aを40度程度回転させて観察をすると、図5に示すように、偏光子Pが交差ラビングの中心軸Rと同一の方向の時、一つのドメインが暗視野となり(もう一つのドメインは明視野)、検光子Aをそのままの状態として、素子を反時計方向に40度回転させると、二つのドメインの明暗が反転した。つまり、一つのドメインでは、図5(a)に示すように、上基板付近の液晶(実線)は交差ラビングの中心軸Rから40度ずれて配向し、下基板付近の液晶(破線)はベクトル和方向Rに沿って配向している。また、もう一つのドメイン(ドメイン2)では、図5(b)に示すようにドメイン1を丁度40度、時計方向に回転した構造をしていると考えられる。初期的には二つのドメインが現れるが、飽和電場以上の電場を印加することにより、全体が均一な配向をする。
【0027】
次に前述した方法と同様の方法を用いてそれぞれのスイッチング角の、交差ラビングの中心軸RからのズレΔθを測定した。用いた電場は4V/μmである。結果は平均値で0.71度であり、ほぼ対称にスイッチングすることがわかった。この結果についての詳細はわからないが、おそらく、カイラルスメクチックC相のねじれと逆の方向にラビングした場合と異なり、それぞれのドメイン内で、セル厚方向でのスメクチック相の層法線方向Nが捻れず、ほぼ同じ方向を向いており、かつドメイン間で互いに交差ラビングの中心軸Rから対称な方向に向いているため、それぞれの交差ラビングの中心軸RからのズレΔθを打ち消すように層回転がスムーズに起こり、その結果、対称なスイッチングをすると考えられる。
【0028】
図6(a)、(b)は、それぞれスメクチックA相、カイラルスメクチックC相での配向の状態を示す模式図である。図6において、符号111a、111bはそれぞれ上下基板のラビング方向を示し、Nは層法線方向、112は液晶分子の自発分極の向き、Rは交差ラビングの中心軸、実線の楕円は上基板付近、破線の楕円は下基板付近の液晶の配向状態をそれぞれ表す。図6(a)に示すように、降温過程のスメクチックA相において、ドメイン1は層法線方向Nを上基板のラビング方向111aに沿うように配向し、ドメイン2は層法線方向Nを、下基板のラビング方向111bに沿って配向させると考えられる。このため、カイラルスメクチックC相においては、その層構造を保ちながら傾斜し、上下方向にねじれて配向する。この時、ドメイン1とドメイン2は本質的には等価な状態であるため、エネルギー的にも等価であると考えられる。
【0029】
図7(a)、(b)にそれぞれ、層法線方向から見た配向状態と、層法線垂直方向から見た配向状態を示す。図中の符号121a、121bは上下基板、122は液晶分子、123は自発分極の方向を表している。上述したが、ねじれ角がコーン角にほぼ等しいことから、基板付近の液晶分子はほとんどチルトしておらず、図7(a)のように、上下基板付近の液晶と、バルクの液晶で層法線方向をほぼ同じ方向に向けて、且つ液晶分子自体はねじれて配向していると考えられる。図では便宜的に上基板121aから下基板121bにかけて、反時計回りに液晶122が回転して配向する様子を示したが、逆の場合もある。
【0030】
図8を用いて、初期の配向からのスイッチング動作について説明する。Nはスイッチング前の層法線の方向、N’はスイッチング後の層法線の方向を示す。初期配向では、図8(a)に示すように、ドメイン1とドメイン2は交差ラビングの中心軸Rから互いに対称に層法線方向を向けている。ここに紙面奥から手前方向の電場が印加された時、前述したように、基板付近、バルクの層法線方向がそろっていると考えられることから、図8(b)に示すように、素直に層法線方向からθ傾けてスイッチングすると考えられるが、素子全体においては、ドメイン1とドメイン2で配向方向が異なるため、不安定となり、図8(c)に示すように平均的な方向を向くように層回転も伴って起こる。前述したように、ドメイン1とドメイン2はエネルギー的に等価であり、存在確率が等しいと考えられることから、平均的な方向が交差ラビングの中心軸Rと等しくなり、その結果、スイッチングした液晶が、R方向とθの角度を持って配向すると考えられる。これにより、層構造が決定されるため、逆電場を印加した場合もR方向から−θの角度を持って液晶が配向し、その結果、R方向から対称にスイッチングすると考えられる。
【0031】
上述の液晶光学素子について、偏光の回転効率と応答速度について測定した。図9に、偏光の回転効率を測定する測定系を示す。図中の符号141は波長780nmの半導体レーザー、142、143はそれぞれ偏光子、検光子、144は前述の液晶光学素子、145はパワーメータ、146は直流電源を示している。偏光方向が紙面垂直方向に向くように偏光子142を設定し、その方向に、図2(a)と同様に、一方の安定状態における液晶分子の短軸方向が向くように、つまり交差ラビングの中心軸を偏光方向から67.5度回転させるように液晶光学素子144を調整した。検光子143を回転させることにより、紙面垂直方向と、紙面に平行な方向の偏光が透過できるようにし、液晶光学素子144に直流電源146で±20V/μmの電場を印加して、明部の透過光強度(+20V/μmの時は紙面垂直方向の偏光、−20V/μmの時は紙面平行方向の偏光)をパワーメータ145を用いて測定した。その結果、どちらも同等の透過光強度を得た。
【0032】
次に、図10に示す測定系を用いて応答速度を測定した。図中の符号151は波長780nmの半導体レーザー、152、153はそれぞれ偏光子、検光子、154は前述の液晶光学素子であり、符号155がフォトダイオード、156が波形発生装置、157がアンプ、158がオシロスコープであること以外は前述の測定系と同様である。検光子153の方向を紙面垂直状態として固定し、液晶光学素子154に波形発生装置156で周波数4kHz、±20V/μmの矩形波信号を入力し、測定を行った。信号の切り替わり時間を基準として、透過率の最大値に落ち着くまでの時間を応答速度としたところ、室温で20μsecという高速応答を得た。
【0033】
[比較例1]
実施例1で作製した液晶光学素子の交差方向を逆方向(上基板に対して下基板が反時計方向に20度交差)にした以外は同様の方法を用いて液晶セルを作製した。この液晶セルを偏光顕微鏡を用いて観察したところ、ねじれのないユニフォーム配向を示した。これに飽和電場以上の電場を印加し、コーン角2θの交差ラビングの中心軸RからのズレΔθを測定したところ、平均値で12.3度のズレが確認された。
【0034】
[実施例2]
実施例1で用いた液晶とねじれの方向が逆(上基板付近の液晶に対して下基板付近の液晶が反時計回りにねじれて配向)の強誘電性液晶(Δn=0.17、コーン角2θ=45度、Ps=60nC/cm)を用いて交差方向を、上基板に対して下基板が反時計方向に20度交差した液晶光学素子(液晶セル)を作製した。その他に関しては実施例1と同様の方法で液晶セルを作製した。この液晶セルを偏光顕微鏡を用いて観察したところ、二つのドメインが観察され、それぞれツイスト配向をしていることが確認された。次に飽和電場以上の電場を印加し、コーン角2θのズレΔθを測定したところ、平均値で2.5度であった。
【0035】
[比較例2]
実施例2で作製した液晶光学素子とは交差方向が異なる(上基板に対して下基板が時計方向に20度交差、0度交差)以外は全く同じ方法を用いて液晶光学素子(液晶セル)を作製した。この液晶セルを偏光顕微鏡を用いて観察したところ、ねじれのないユニフォーム配向を示した。これに飽和電場以上の電場を印加し、コーン角2θの交差ラビングの中心軸RからのズレΔθを測定したところ、交差角αが0度の素子は、平均値で4.2度、交差角αが20度の素子は、平均値で19.81度であった。
【0036】
以上のように、実施例1や実施例2の液晶光学素子では、カイラルスメクチック相の示すねじれ方向と同一の方向に所望の軸を中心軸として、一軸配向処理方向を交差角2αだけ交差させることにより、有効領域全体での液晶分子の平均的な配向方向をα方向に規定することができ、その結果、電場印加時に所望の軸に対して対称なスイッチング角を得ることができる。
したがって、本発明によれば、対称なスイッチング角が得られる液晶光学素子を実現できる。また、飽和電場以上の電場を印加することにより、二つのドメインが解消され、面内均一な配向を得ることができる。
【0037】
[実施例3]
次に、本発明の液晶光学素子からなる光変調素子を偏光切換え素子に用いた偏光切換え装置と、その偏光切換え装置を備えた光路切換え装置の実施例について説明する。
図16は実施例1または実施例2の液晶光学素子からなる光変調素子(偏光切換え素子)を用いた偏光切換え装置と、その偏光切換え装置を備えた光路切換え装置の一例を示している。
図16に示すように、偏光切換え装置は、強誘電性液晶光学素子からなる偏光切換え素子(光変調素子)60と電場印加手段80で構成される。偏光切換え素子(光変調素子)60は図1に示した強誘電性液晶を用いた液晶光学素子にて実現でき、高速応答性を示す強誘電性液晶は偏光切換え(偏光変調)の高速化に非常に有効である。また、光路切換え装置100の基本的な構成は、上記の偏光切換え装置と偏光分離素子70を備えたものである。偏光分離素子70は複屈折素子や偏光ビームスプリッタ(PBS)プリズム、偏光依存性を示す回折光学素子等を用いて実現できる。
【0038】
光路切換え装置100を構成するそれぞれの素子の動作機能としては、偏光切換え素子60は、入射光の偏光方向を、互いに直交する2つの偏光成分(偏光方向1、偏光方向2)に切換える機能を有している。すなわち、入射光の偏光面方向を略90°切換えることができる。ここで、偏光の切換えは素子へ作用する電場(+Eまたは−E)のスイッチングで実現でき、電場のスイッチングは、図16に示すように、偏光切換え素子60に電場印加手段(スイッチング機能付きの直流電源、波形発生装置等)80を設けることにより実現できる。また、偏光分離素子70は互いに直交する2つの偏光成分(偏光方向1、偏光方向2)を、それぞれ異なる光路(光路1、光路2)に分離する機能を有している。すなわち、偏光切換え素子60により切換えられた2つの偏光成分(p偏光、s偏光)を、それぞれ異なる光路に導く(切換える)ことができる。
なお、図16の例では、電場印加制御において、+E電場印加時に偏光方向1(例えばp偏光)となり光路1(上段光路)、−E電場印加時に偏光方向2(例えばs偏光)となり光路2(下段光路)を通過するようにしているが、−E電場印加時に上段光路、+E電場印加時に下段光路を通過するような構成としてもよい。
【0039】
以上のように、偏光切換え素子60と電場印加手段80からなる偏光切換え装置と、偏光分離素子70を備えた構成により、高速な光路切換え装置100が実現できる。この光路切換え装置100の光路切換え性能に与える影響は装置を構成するそれぞれの素子により異なり、偏光切換え素子60は主に光路切換えの応答性、光学特性に影響を及ぼし、偏光分離素子70は主に光路切換えの光路シフト量に影響を及ぼす。
ここで、光路シフト量は素子を通過する光路長に大きく依存するため、偏光分離素子70の素子サイズを適宜設定することで、所望の光路シフト量を得る事ができる。また、偏光分離素子60は小さいシフト量であれば複屈折素子が有効であり、ある程度大きいシフト量を必要とする場合はPBSプリズムが有効である。
【0040】
以上のような光路切換え装置100は、画像形成装置の書込み装置に用いられる光走査装置や、投射型画像表示装置、直視型画像表示装置や、光通信用の光スイッチ等、様々な技術分野に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】本発明に係る液晶光学素子の一実施形態として、表面安定化強誘電性液晶セルを模式的に表した図である。
【図2】図1の液晶光学素子からなる光変調素子を偏光回転素子として用いた場合の模式図である。
【図3】実施例1の液晶光学素子のコーン角2θの電場強度依存性を示す図である。
【図4】実施例1の液晶光学素子のラビング方向を示す図である。
【図5】実施例1の液晶光学素子を偏光顕微鏡を用いて観察した例を示す図である。
【図6】実施例1の液晶光学素子のスメクチックA相、カイラルスメクチックC相での配向の状態を示す模式図である。
【図7】実施例1の液晶光学素子の層法線方向から見た配向状態と、層法線垂直方向から見た配向状態を示す図である。
【図8】実施例1の液晶光学素子の初期の配向からのスイッチング動作の説明図である。
【図9】実施例1の液晶光学素子について、偏光の回転効率を測定するための測定系を示す図である。
【図10】実施例1の液晶光学素子について、偏光の応答速度を測定するための測定系を示す図である。
【図11】強誘電性液晶素子のカイラルスメクチックC相の液晶分子の配向の様子を示す図である。
【図12】表面安定化強誘電性液晶素子の液晶分子の配向の様子を示す模式図である。
【図13】表面安定化強誘電性液晶素子の上下基板に平行な配向処理を行った場合の基板付近の液晶の配向方向の模式図である。
【図14】交差一軸配向処理を施した強誘電性液晶素子の液晶の配向方向をスイッチングさせた場合の説明図である。
【図15】交差一軸配向処理を施した強誘電性液晶素子の構成、動作を模式的に示す図である。
【図16】本発明の液晶光学素子からなる光変調素子を偏光切換え素子に用いた偏光切換え装置と、その偏光切換え装置を備えた光路切換え装置の一例を示す図である。
【符号の説明】
【0042】
60:偏光切換え素子(強誘電性液晶光学素子からなる光変調素子)
61a,61b:透明基板
62a,62b:透明電極
63a,63b:配向膜
64:シール剤(接着剤)
65:液晶層(強誘電性液晶)
70:偏光分離素子(偏光分離手段)
80:電場印加手段
100:光路切換え装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
透明な一対の基板と、該一対の基板に設けられた駆動用の電極を有し、各々の基板には一軸配向処理がされており、基板間に所定の間隔を開けて挟持された空間には、高温側から、等方相、カイラルネマチック相、スメクチックA相、スメクチックC相の相系列を示す強誘電性液晶が封入され、電場印加方向により2つの配向状態間の切換をする液晶光学素子であり、
2つの配向状態の分子軸のなす角の中心軸を所望の方向とし、該所望の方向を中心軸として前記一軸配向処理方向が交差しており、その配向処理方向が、無電場且つ一軸配向処理が平行になされている時に前記カイラルスメクチック相が示すねじれ方向と同一のねじれ方向で交差していること特徴とする液晶光学素子。
【請求項2】
請求項1記載の液晶光学素子において、
前記一軸配向処理方向の交差角αが、前記強誘電性液晶のコーン角を2θとすると、
θ/5<α≦90°
であることを特徴とする液晶光学素子。
【請求項3】
請求項2記載の液晶光学素子において、
前記一軸配向処理が、高分子膜をラビングしたものであることを特徴とする液晶光学素子。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一つに記載の液晶光学素子において、
前記駆動用電極に前記強誘電性液晶のスイッチング角が最大となる電場(飽和電場)以上の交流電場を印加することを特徴とする液晶光学素子。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一つに記載の液晶光学素子を用いることを特徴とする光変調素子。
【請求項6】
請求項5記載の光変調素子からなる偏光切換え素子と、電場印加手段を備えたことを特徴とする偏光切換え装置。
【請求項7】
請求項6記載の偏光切換え装置と、偏光分離手段を備えたことを特徴とする光路切換え装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2009−282176(P2009−282176A)
【公開日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−132656(P2008−132656)
【出願日】平成20年5月21日(2008.5.21)
【出願人】(000006747)株式会社リコー (37,907)
【Fターム(参考)】