説明

液滴操作装置および液滴操作方法

【課題】 物理的な流体制御機構を設けることなく、簡易な構造で設計自由度が高く、高精度に液滴を操作可能な液滴操作装置および液滴操作方法を提供する。
【解決手段】
磁気粒子を含む水溶液からなる液滴を搬送する搬送面を有する液滴搬送装置と、
液滴搬送装置の下方から搬送面の上方に及ぶ電場を印加し、液滴を搬送面上に固定させる電場手段と、磁気粒子2aを含む親水性の液滴2を搬送する搬送面10aを有する液滴搬送装置10と、液滴搬送装置10の下方から搬送面10aの上方に及ぶ電場を印加し、液滴2を搬送面10a上に固定させる電場手段20と、液滴搬送装置10の下方から搬送面10の上方に及ぶ磁場を印加し、磁気粒子2aに電場の印加による液滴の固定力と液滴の表面張力の和よりも大きい力を搬送面に水平方向に与える磁場手段3とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液滴操作装置および液滴操作方法に関する。
【背景技術】
【0002】
磁気粒子を用いた化学操作、特に生化学反応システムでの分離、抽出、精製工程においては、使用するデバイスの微小化および反応の効率的な制御を行うことにより、様々な産業分野で利用可能なマイクロ化学反応システムにおける各種操作を電気的に行うことができる。
【0003】
磁気粒子を含む微量の水又は水性液体は、水と混ざらないオイル等の液体媒体中に置いた場合、液滴の形態をとる。例えば、表面が親水性で粒径が約0.1μmから500μmの磁性シリカ粒子を用いた場合、磁性シリカ粒子は、移動磁場中に於いて磁場が移動する方向へ液滴を牽引する。この現象は、マイクロ化学反応システムにおいては液体試薬の送液等に利用されている(例えば、特許文献1、2、3参照)。
【0004】
磁気粒子の表面が特定成分を吸着する等の機能を有しており、その機能を利用して成分の分離精製を行う場合は、目的とする成分を吸着した磁気粒子を液滴から分離させる必要がある。更に、分離した磁気粒子から不純物を除くために、洗浄液から成る別の液滴に磁気粒子を通す必要もある。
【0005】
シキダ(Shikida)らは、機能性表面を持った磁気粒子を用い、液滴ベースでの特定成分の分離、抽出を磁力を用いて行う方法を開示している。シキダらは、オイル中の母液滴から磁気粒子を分離させるために、ガラスゲート等の物理的な液滴制御機構を用いている(例えば、非特許文献1参照)。
【特許文献1】国際公開第05/069015号パンフレット
【特許文献2】国際公開第03/058875号パンフレット
【特許文献3】特開2006−61031号公報
【非特許文献1】シキダ(M. Shikida),タカヤナギ(K. Takayanagi),イノウチ(K. Inouchi),ホンダ(H. Honda)およびカトウ(K. Sato),「マイクロ化学分析システムにおける磁気ビーズの液滴操作のための膨潤性と界面張力の利用(Using wettability and interfacial tension to handle droplets of magnetic beads in a micro-chemical-analysis system)」,Sens. Actuators, B, 2006年, 113, 563-569.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところが、上述のように、微量液滴ベースで化学反応を目論むデバイスにおいて、水より比重の小さいオイル等の液体媒体中に液滴を固定するためには、シキダらのように、物理的な障壁、例えばゲート等の流体制御構造を設ける必要がある。特に、磁気粒子を含まない液滴を操作する場合は、磁場による移動制御が困難なため、液滴周囲を物理的に囲うか、液滴が接する基板表面に親水性化学処理を施し、そこへ液滴を吸着させる必要がある。
【0007】
しかしながら、流体制御構造や基板親水性化学処理を施すと装置が複雑化するため、装置設計の自由度も損なわれる。また、ガラスゲート等を用いて磁気粒子を母液滴から分離する方法では、ゲートの大きさにより、目的としない液体が分離後の磁気粒子に含まれる場合があるため、液滴の分離精度が低くなる。
【0008】
一方、磁気粒子を含んだ液滴ベースでの化学反応デバイスでは、複数の液滴を同時に操作する場合もある。即ち、ある1つの液滴は移動させ、もう一方の液滴は定位置に固定させる場合がある。複数の磁石を用いて、それぞれの液滴を独立に制御することも可能であるが、移動制御機構が複雑になる。また、流路等の流体制御構造を設けることも可能であるが、装置の構造が複雑となるため、設計自由度が損なわれ、種々の化学反応に対応可能な装置を実現することが困難である。
【0009】
上記問題点を鑑み、本発明は、物理的な流体制御機構を設けることなく、簡易な構造で、設計自由度が高く、高精度に液滴を操作可能な液滴操作装置および液滴操作方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するために、本発明の態様は、磁気粒子を含む水溶液からなる液滴を搬送する搬送面を有する液滴搬送装置と、搬送面の下方に配置された互いに極性の異なる第1及び第2の電極を含み、第1及び第2の電極に電圧を印加して、搬送面の下方から搬送面の上方に及ぶ電場を発生させることにより液滴を搬送面上に固定させる電場手段と、液滴搬送装置の下方から搬送面の上方に及ぶ磁場を発生させる磁場手段とを備え、磁場手段を搬送面に沿って移動させることにより、搬送面上に固定された液滴から磁気粒子を分離する液滴操作装置であることを要旨とする。
【0011】
本発明の他の態様は、液滴搬送装置が有する搬送面上に磁気粒子を含む水溶液からなる液滴を配置するステップと、液滴搬送装置の下方に配置された互いに極性の異なる第1及び第2の電極を含む電場手段に電圧を印加して、搬送面の下方から搬送面の上方に及ぶ電場を発生させることにより、液滴を搬送面上に固定させるステップと、液滴搬送装置の下方から搬送面の上方に及ぶ磁場を発生させる磁場手段を搬送面に沿って移動させることにより、搬送面上に固定された液滴から磁気粒子を分離するステップとを有する液滴操作方法であることを要旨とする。
【0012】
本発明の更に他の態様は、液滴搬送装置が有する搬送面上に磁気粒子を含む水溶液からなる液滴を配置するステップと、液滴搬送装置の下方に配置された互いに極性の異なる第1及び第2の電極を含む複数の電場手段にそれぞれ電圧を印加して、搬送面の下方から搬送面の上方に及ぶ電場を発生させ、液滴を搬送面上に固定させるステップと、 液滴搬送装置の下方から搬送面の上方に及ぶ磁場を発生させる磁場手段を、搬送面に沿って、複数の電場手段間で往復移動させるステップとを有し、磁場手段の移動速度を、往路の移動速度に対して復路の移動速度が10倍〜200倍となるように制御する液滴操作方法であることを要旨とする。
【0013】
本願発明の更に他の態様は、液滴搬送装置が有する搬送面上に、表面に核酸が結合した磁気粒子を含む水溶液からなる液滴を配置するステップと、搬送面上に洗浄溶液を配置するステップと、液滴搬送装置の下方に配置された互いに極性の異なる第1及び第2の電極を含む複数の電場手段に電圧を印加して、搬送面の下方から搬送面の上方に及ぶ電場を発生させることにより、液滴及び洗浄溶液をそれぞれ搬送面上に固定させるステップと、液滴搬送装置の下方から搬送面の上方に及ぶ磁場を発生させる磁場手段を搬送面に沿って移動させることにより、搬送面上に固定された液滴から磁気粒子を分離するステップと、磁場手段の移動により、液滴から分離した磁気粒子を洗浄溶液と混合させ、磁気粒子を洗浄するステップとを有する液滴操作方法であることを要旨とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、物理的な流体制御機構を設けることなく、簡易な構造で、設計自由度が高く、高精度に液滴を操作可能な液滴操作装置および液滴操作方法が提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下図面を参照して、本発明の形態について説明する。以下の図面の記載において、同一又は類似の部分には同一又は類似の符号が付してある。但し、図面は模式的なものであり、装置やシステムの構成等は現実のものとは異なる。また、図面相互間においても互いの構成等が異なる部分が含まれていることは勿論である。また、以下に示す本発明の実施の形態は、本発明の技術的思想を具体化するための装置や方法を例示するものであって、本発明の技術的思想の構造、配置等を下記のものに特定するものでない。
【0016】
(第1の実施の形態)
第1の実施の形態に係る液滴操作装置は、図1に示すように、磁気粒子2aを含む水溶液からなる液滴2を搬送するための搬送面10a(図1では底面)を有する液滴搬送装置10と、液滴搬送装置10の下方から搬送面10aの上方に及ぶ電場を印加し、液滴2を搬送面10a上に固定させる電場手段20と、液滴搬送装置10の下方から搬送面10aの上方に及ぶ磁場を印加し、搬送面10a上に固定された液滴2から磁気粒子2aを分離させる磁場手段3とを備える。
【0017】
液滴搬送装置10の形状としては、例えば、2枚の膜の端部が貼り合わされ膜に囲まれた空間を反応場とする膜状反応容器、キャピラリー、平板状基板、平板状基板表面を囲む壁を持つ容器、平板状基板と壁で囲まれた領域を覆う蓋を有する反応容器等が利用可能である。蓋は全体又は一部が開閉可能となっていて、化学反応を行うための試薬や試料を含む液滴を内部に投入できるようになっていてもよい。
【0018】
反応物の検出、分析等における外部からのコンタミネーションを防ぐためには、完全閉鎖系の反応場を有する容器又は基板を液滴搬送装置10として利用することが特に好ましい。完全閉鎖系の反応場を有する容器又は基板としては、例えば、上述した膜状反応容器の他に、両端が融着され閉鎖された流路を持つ細管状反応容器や反応基板と壁と蓋とが一体成形された反応基板などを好適に用いることができる。
【0019】
図1の例では、液滴搬送装置10として、厚さ0.3mm、縦幅30mm、横幅90mmのポリプロピレン製の平板に、高さ10mmの壁(側壁)を設け、平板と側壁で囲まれた領域を5mm厚のガラス製の蓋で密閉した直方体状の反応基板(反応容器)を用いている。
【0020】
搬送面10aは、液滴2の移動容易性を考慮して、液滴2と接触する表面が平滑であることが好ましく、特に、表面粗さRa=0.1μm(JIS B 0601-1994)以下であることが好ましい。搬送面10aの表面粗さRa=0.1μm以下とすることにより、例えば、磁場手段3を搬送面10aの下方に近づけて、磁場手段3の移動により液滴2を移動させる場合に、磁場手段3の移動に伴う磁気粒子2aの移動の追従性を向上できる。
【0021】
液滴搬送装置10に用いられる材質としては、使い捨て可能や量産可能の点から、安価に入手可能な材質であることが好ましい。また、液滴2移動の際の移動抵抗を下げるために、撥水性の材質を用いることが好ましい。そのような材料としては、例えば、ポリプロピレン、ポリテトラフロロエチレン、ポリエチレン、ポリ塩化ビニル、ポリスチレン、ポリカーボネートなどの樹脂素材を好適に用いることができる。液滴の吸光度、蛍光、化学発光、生物発光、屈折率の変化などの測定において光学的な検出を行うために、液滴搬送装置10が、光透過性を有する材質で形成されていることが好ましい。
【0022】
液滴2中に配置される磁気粒子2aとしては、表面に生体由来高分子と特異的に結合する化学構造、例えば、アミノ基、カルボキシル基、エポキシ基、アビジン、ビオチン、ジゴキシゲニン、プロテインA、プロテインG、錯体化した金属イオン、或いは抗体を有した、若しくは静電気力、ファンデルワールス力により高分子と特異的に結合する様態を呈した表面を持つ磁気に応答する粒子を使用することができる。
【0023】
例えば、磁気粒子2aは、マグネタイト、γ−酸化鉄、マンガン亜鉛フェライト等の磁性体から形成され、表面に水酸基、アミノ基、カルボキシル基、リン酸基、スルホン酸基などの親水性基を持つ粒子を使用することができる。具体的には、磁性体およびシリカの混合物からなる磁気粒子、シリカで表面を覆われた磁性体粒子、メルカプト基を介して親水性基を有する金で表面が覆われた磁性体粒子、磁性体を含有し表面にメルカプト基を介して親水性基を持つ金粒子などが好適に用いられる。これらの機能性表面を持った磁気粒子2aは、特定成分を選択的に表面へ吸着できる。磁気粒子2aの大きさとしては、0.1μm〜500μm程度の平均粒径を持つことが好ましい。
【0024】
磁気粒子2aは、液滴2内に取り込まれ、液滴2と一体化することが可能である。磁気粒子2aと一体化した液滴2は、磁場手段3の移動により、液滴状態を保ちながら磁場の移動方向へ移動することが可能である。ここで、本発明における「液滴」とは、液滴を構成する液体の分子間力によって発生する表面張力により球形、或いはそれに近い形状を持った溶液塊を指す。
【0025】
液滴2を構成する水溶液としては、例えば、水やその他、種々の水溶液が用いられる。空気等の気相下において撥水性基板の表面上において液滴2の移動を行う場合は、エタノール等のアルコール類を含む水溶液も用いることも可能であるが、その場合は、直径が5mm程度の液滴2が形成できる程度の表面張力を有する水溶液を用いるのが好ましい。具体的には、エタノール水溶液を用いる場合は、1(v/v)〜50(v/v)%の濃度範囲内が好ましい。
【0026】
液滴2を構成する水溶液は、界面活性剤を含有することが好ましい。界面活性剤としては非イオン性界面活性剤およびイオン性界面活性剤が挙げられる。非イオン性界面活性剤としては、モノラウリン酸ポリオキシエチレンソルビタン(トゥウィーン(Tween)20)、オクチルフェノールポリ(エチレングリコールエーテル)n(トリトン(Triton) X−100)が挙げられる。非イオン性界面活性剤は、液滴内で生化学反応を行う際、反応を阻害しない点で好ましい。陰イオン性界面活性剤としては、ドデシル硫酸ナトリウム、N-ラウリルサルコシンが挙げられる。界面活性剤を含有することにより、磁気粒子の含有の有無に関わらず液滴の液滴搬送装置の搬送面への吸着が強くなる現象が観察され、搬送面10a上の一定位置への固定が容易に実現でき、液滴2の操作精度を向上させることができる。界面活性剤の添加は、後述する磁気粒子の含有する液滴からの磁気粒子の分離操作における、母液滴の固定安定性にも寄与する。なお、界面活性剤は、0.001(v/v)〜1(v/v)%程度、液滴2中に添加することが好ましい。
【0027】
図1の液滴搬送装置10内には、液滴と混じり合わず化学的に不活性な液体が封入されている。「化学的に不活性な液体」とは、液体の分取、混合、希釈、撹拌、加熱、冷却などの種々の化学反応を阻害しない物質を指し、例えば、アルカン等の炭化水素類、パーフルオロアルカン類、アルカンの水素原子の一部がフッ素である化学物質、ミネラルオイル、シリコーンオイル、脂肪酸、脂肪酸エステル、脂肪酸アミド、脂肪酸ケトン、脂肪酸アミン類などの疎水性の液体物質があげられる。これらの物質の中でも、比重が1より小さい物質を「化学的に不活性な液体」として用いることが好ましい。比重が1より小さい物質を用いることにより、液滴2が液滴封入媒体中に沈むため、磁場手段3による液滴2の操作性が向上する。
【0028】
耐熱性酵素を用いた反応等の比較的高温条件下で行われる生化学反応に対しては、揮発性の低い物質、具体的には沸点が200℃以下のミネラルオイル、シリコーンオイル、脂肪酸エステル、油脂などを用いることにより、液滴封入媒体及び液滴の揮発を防ぐことができる。
【0029】
電場手段20は、搬送面10aの下方に沿って配置され互いに異なる極性を有する第1及び第2の電極4a、4bと、第1及び第2の電極4a、4bと絶縁され第1及び第2の電極4a、4bに関し搬送面10aとは反対側に搬送面10aに沿って配置された導電性薄板5とを含む。
【0030】
第1の電極4a及び第2の電極4bとしては、図1に示すように、例えば縦30mm、横幅3mm、厚さ40μmのアルミニウム製の帯状の電極を用いることができる。図1の第1の電極4aと第2の電極4bは2mm間隔で平行に離間しており、それぞれ電源7に接続されている。例えば、液滴2を図1の紙面左側から右側へ移動させる場合は、第1の電極4aを負極(グランド)に接続し、第2の電極4bを正極に接続する。そして、電源7から第1の電極4aと第2の電極4b間に電場(電界)を印加することにより、電極4の上方の搬送面10a上に液滴2を固定させる。
【0031】
電場(電界)の強度は、磁場を印加させた場合に、電極4上に液滴2を固定することができる程度に十分に高いことが好ましい。ただし、電場の強度は、高くしすぎると絶縁が不十分で漏電が起こり、液滴2の固定が困難になる。逆に、電場の強度を低くしすぎると、電場手段20による液滴2の固定が困難になる。よって、第1の電極4aと第2の電極4bとの間に印加する電圧の大きさとしては0.5〜10kV、更には1.0〜8kV、更には1.5〜5kVを、搬送面10aの上方に印加することが好ましい。
【0032】
導電性薄板5としては、例えば縦幅30mm、横幅25mmの平板状のアルミニウム箔を用いることができる。図2(c)に示すように、導電性薄板5は、絶縁体6を介して第1の電極4a及び第2の電極4bの約0.2mm下方に配置されている。絶縁体6としては、例えば、厚さ0.2mmの塩化ビニル膜を用いることができる。第1の電極4aを接地して導電性薄板5を接地しないようにすることで、導電性薄板5を接地する場合に比べて液滴2の電極4上への固定をより確実にすることができ、液滴の操作精度を向上させることができる。
【0033】
磁場手段3としては、永久磁石又は電磁石アレイ等を用いることができる。磁場手段3の移動は手動で制御してもよいし、図1に示さない制御手段により電気的に制御しても構わない。磁場手段3が電磁石アレイの場合、磁場手段の移動は、アレイ状の電磁石に順に電圧を印加することにより達成することができる。
【0034】
図1に示す液滴操作装置によれば、電場手段20が発生させる電場により、搬送面10aの電極4a上方に液滴2を固定させた状態で、磁場手段3により磁場を発生させながら、搬送面10a上に沿って紙面左側から紙面右側に向かって磁場手段3を移動させることにより磁気粒子2aを牽引する。この際、液滴2の水溶液成分は、負極である第1の電極4aに固定されたまま、磁気粒子2aと磁気粒子2aに付着した微量の液体のみが、磁場手段3の移動により分離されるため、物理的な流体制御機構を設けることなく、液滴2から磁気粒子2aを分離でき、装置の簡素化が図れる。
【0035】
また、電場と磁場の引力を利用して液滴2中の磁気粒子を分離することで、ゲート等の流体制御機構により物理的に分離する場合に比べて余分な液体を多量に抽出することがない。よって、目的とする特定成分を吸着させた磁気粒子を効率よく抽出できる。
【0036】
更に、電場手段20は、操作者の都合に応じて位置や数を自由に変更可能であるので、種々の化学反応に対応させることができ、装置の自由度も高い。例えば、電場手段20を搬送面10aの下方に複数個配置することにより、1つの液滴搬送装置10内で、複数の化学反応を起こすことができるため、コンビナトリアルケミストリ用ラブ・オン・チップ(lab on chip)デバイス等に応用できる。
【0037】
更に、磁場手段3及び電場手段20は、液滴搬送装置10の外部に配置されるため、液滴搬送装置10として完全閉鎖系の反応容器を用いることにより、クロスコンタミネーション対策を大きな課題とする遺伝子増幅法を利用した臨床検査利用等に応用できる。
【0038】
次に、図2(a)〜図2(d)を用いて、図1に示す液滴操作装置を用いた液滴操作方法を説明する。以下に述べる液滴操作方法は一例であり、これ以外の種々の液滴操作方法により実現可能であることは勿論である。
【0039】
まず、図2(a)に示す液滴2の元となる磁気粒子懸濁液を用意した。磁気粒子の材料としては、東洋紡から販売されているMFX−9600−Magnia−自動核酸抽出装置の専用試薬キットにある磁性シリカビーズを使用した。磁性シリカビーズを10倍量の純水で懸濁させた後、500×g、1分間の遠心操作により洗浄し、洗浄を2回繰り返した。その後、得られた液体を元の容量に戻した。液滴2中の粒子濃度は、洗浄後の懸濁液をさらに10倍希釈となるように、液滴2の一部となる液体に予め添加し、懸濁させ、これを磁気粒子懸濁液とした。このように調整した磁気粒子懸濁液中の磁気粒子の濃度は、30μg/μlである。
【0040】
図2(a)に示すように、厚さ0.8mmの撥水性の底板の表面(上面)を搬送面10aとするポリプロピレン製の液滴搬送装置10内にシリコーンオイル(信越シリコーン KF96−20CS)を入れ、シリコーンオイル中に、磁気粒子2aが30μg/μlの濃度で分散した純水10μlを封入して、搬送面10a上に直径2.5mmの液滴2を配置した。
【0041】
次に、表面が平坦な搬送面10aの下方に磁場手段3を近づけ、搬送面10aに沿って水平方向に移動させる。磁場手段3としては、例えばネオジム製永久磁石を用いることができる。磁場手段3の移動により、図2(b)に示すように、液滴2内の磁気粒子2aが紙面右側に集まり、液滴2全体を右側へ動かそうとする力が働く。このとき、撥水性の搬送面10aでは液滴2と搬送面10a間の抵抗が少ないため、磁気粒子2aが液滴2から飛び出すことなく、結果として液滴2全体が移動する。
【0042】
液滴2を磁場手段3によりさらに移動させていき、図2(c)に示すように、例えば、8kVの電圧を第1の電極4aと第2の電極4bとの間に印加して、第1の電極4aと第2の電極4b上を通過させる。電圧印加により、液滴2を構成する水には負電極(第1の電極4a)への固定力が生じる。磁場手段3をそのまま紙面右方向に移動させると、図2(c)に示すように、磁気粒子2aが液滴2の右側に集中する。更に磁場手段3を右側へ移動させると、図2(d)に示すように、液滴2から磁気粒子2aが分離されて、その結果、液滴2が母液滴12と小液滴11とに分離される。磁気粒子2aは、小液滴11内に捕集される。
【0043】
図2(a)〜図2(d)に示す液滴操作方法によれば、搬送面10aに電場及び磁場を発生させることにより、物理的な流体制御機構を設けることなく、簡易な構造で高精度に液滴2を操作できる。
【0044】
(第2の実施の形態)
第2の実施の形態に係る液滴操作装置は、図3に示すように、液滴搬送装置10の搬送面10aに近接配置された平板状(円盤状)の第1の電極4aと、第1の電極4aと互いに異なる極性であって第1の電極4aと対向し、第1の電極よりも外周が大きい枠状(リング状)の第2の電極4bと、第1の電極4a及び第2の電極4bと絶縁され、第1の電極4a及び第2の電極4bに関し、搬送面10aとは反対側に、搬送面に沿って配置された平板状(円盤状)の導電性薄板5とを電場手段20として含む点が、図1に示す液滴操作装置と異なる。
【0045】
第1の電極4aとしては、例えば直径5mm、厚さ40μmのアルミニウム製電極を用いることができる。第1の電極4aは、電源7の負極(グランド)側に接続されている。第2の電極4bとしては、例えば直径9mm、中空部分の直径5mm、厚さ40μmのアルミニウム製電極を用いることができる。第2の電極4bは、電源7の正極側に接続されている。
【0046】
第1の電極4aを取り巻くリング状の第2の電極4bの中空構造は、液滴2の搬送面10aへの吸着の安定化に寄与する。図示を省略しているが、第1の電極4a、第2の電極4b、導電性薄板5は、それぞれ厚さ0.5mmの塩化ビニル膜で絶縁してある。
【0047】
導電性薄板5は、厚さ40μm、直径9mmの円盤状アルミニウム箔であり、0.5mm塩化ビニル膜を介して第1の電極4a及び第2の電極4bから絶縁されている。導電性薄板5は、接地せずに、第2の電極4bと重なる様に配置されている。
【0048】
なお、第1の電極4aの平面形状は、楕円形、三角形、矩形、多角形等の種々の形状が採用できる。第2の電極4bの形状も、中心部に中空部分を有する枠形状であればよく、例えば、楕円形、三角形、矩形、多角形等の形状を有していてもよい。他は、図1に示す液滴操作装置と実質的に同様であるので記載を省略する。
【0049】
図3に示す電場手段20を用いた液滴操作装置によれば、電場を発生させて液滴2を平板状の第1の電極4a上方の搬送面10a上に固定させながら、磁場を発生させて磁気粒子2aを搬送面10上に水平方向に牽引することにより、物理的な流体制御機構を設けることなく、簡易な構造で高精度に液滴を操作することができる。
【0050】
また、図3に示すように、平板又は枠形状の第1の電極4a、第2の電極4bを用いることにより、図1に示すような帯状の第1の電極4a,4bを用いた場合に生じ得る、電極の延伸(帯)方向への液滴2の移動を抑制できるため、液滴2の制御効率をより向上させることもできる。
【0051】
次に、図4(a)〜図4(d)を用いて、図3に示す電場手段20を用いた液滴操作方法を説明する。なお、以下に述べる液滴操作方法は一例であり、これ以外の種々の液滴操作方法により実現可能であることは勿論である。
【0052】
まず、撥水性の底板(厚さ0.8mm)を搬送面10aとするポリプロピレン製の液滴搬送装置10内にシリコーンオイル(信越シリコーン KF96−20CS)を入れる。搬送面10a上へは第1の電極4a及び第2の電極4bを介して電場(電界)を発生させておく。
【0053】
電場印加後、0.01(v/v)%の界面活性剤(Tween20)を含む磁気粒子濃度30μg/μlの磁気粒子懸濁液を、マイクロピペットにより、第1の電極4a直上の搬送面10aに滴下することにより、シリコーンオイル中に、図4(a)に示す液滴2を形成した。液滴2から抽出される磁気粒子を洗浄するための洗浄用液滴8も搬送面10a上に配置した。
【0054】
電場を発生させた状態で、搬送面10aの下方から磁場手段3(図示せず)を近づけ、搬送面10aに沿って紙面左側から右側方向へ磁場手段3を秒速2mmで移動させる。磁場手段3の移動により、図4(b)に示すように、液滴2内の磁気粒子2aが右側に集まり、液滴2全体を右側へ動かそうとする力が働く。
【0055】
電場を発生させた状態で、磁場手段3を用いて液滴2をさらに紙面右方向へ移動させ、図4(c)に示すように、液滴2を小液滴11と母液滴12とに分離させる。小液滴11は、磁気粒子2aと若干の液滴2の溶媒(水)を伴っていた。更に、磁場手段3を紙面右方向に移動させて、図4(d)に示すように、小液滴11と洗浄液滴8とを合体させることにより、磁気粒子2aを含む混合液滴18を形成した。
【0056】
図4(a)〜図4(d)に示す液滴操作方法によれば、搬送面10aに電場及び磁場を発生させて液滴2の移動を操作することにより、物理的な流体制御機構を設けることなく、簡易な構造で高精度に液滴中の磁気粒子を分離できる。なお、図4(a)〜図4(d)に示す操作は、上述した液滴の分離の他にも、液滴の分取、希釈あるいは磁気粒子表面に吸着した特定成分の抽出等、種々の化学反応に利用できることは勿論である。
【0057】
(第3の実施の形態)
第3の実施の形態に係る液滴操作装置は、図5(a)〜図5(e)に示すように、液滴搬送装置10の搬送面10aに沿って複数個、それぞれ離間して配置された電場手段20を有する点が、第1及び第2の実施の形態に係る液滴操作装置と異なる。
【0058】
搬送面10aの下面側には、第1の電極4aと、第1の電極4aと異なる極性を有し、第1の電極4aと向き合って離間する第2の電極4bと、第1の電極4a及び第2の電極4bと絶縁され、搬送面10aに対向する導電性薄板5とを含む電場手段20が配置されている。第1の電極4a及び第2の電極4bの周囲には、絶縁体6が形成されている。絶縁体6を介して第1の電極4a及び第2の電極4bから絶縁される導電性薄板5は、1枚のアルミニウム箔等で形成され、搬送面10aに沿って並んで配置された3つの電極4をそれぞれ覆うように配置されている。
【0059】
例えば図5(a)に示すように、搬送面10aに沿って3つ並んで配置された第1の電極4aのそれぞれは、電極の中心部からそれぞれ互いに約13mm離間するように配置されている。他は、第1及び第2の実施の形態に係る液滴操作装置と実質的に同様であるので重複した記載を省略する。
【0060】
図5(a)〜図5(e)に示す液滴操作装置によれば、搬送面10aに沿って電場手段20を複数並べて配置することにより、1つの搬送面10aで複数の化学反応を進行させることができるため、化学反応回路のデザインにおいて柔軟性の高いシステムを構築できる。
【0061】
次に、図5(a)〜図5(e)に示す液滴操作装置を用いた液滴操作方法を説明する。以下に述べる液滴操作方法は一例であり、これ以外の種々の液滴操作方法により実現可能であることは勿論である。
【0062】
まず、撥水性の底板(厚さ0.8mm)を搬送面10aとするポリプロピレン製の液滴搬送装置10内にシリコーンオイル(信越シリコーン KF96−20CS)を入れた。次に、図5(a)に示すように、3つの第1の電極4a直上の搬送面10a上に、それぞれ液滴2、洗浄液滴8、9を滴下した。図中左側の第1の電極4a上には、例えば、キシレンシアノール0.05%(w/v)、0.01%(v/v)Tween20水溶液及び磁気粒子2aの濃度が30μg/μlの混合液からなる液滴2を滴下した。図5(a)中の中央側及び右側の第1の電極4a上には、それぞれ0.01%(v/v)Tween20水溶液からなる液滴(洗浄液滴)8、9を滴下した。液滴2、8、9の滴下量は、それぞれ10μlとした。液滴2、8、9を滴下する要領は、第2の実施の形態と同様とした。また、第1の電極4a及び第2の電極4bへの印加電圧はすべて8kVとした。
【0063】
電場手段20によりそれぞれ搬送面10aへ向けて電場(電界)を印加した状態で、搬送面10aの下方から磁場手段3を近づけ、図5(b)に示すように、搬送面10aに沿って紙面左方向から右方向へ秒速約2mmで磁場手段3を動かすことにより、電場印加による液滴2の第1の電極4a上への固定力と液滴2の表面張力よりも大きな力を磁場手段3が磁気粒子2aに搬送面水平方向に与え、磁気粒子2aを含む液滴2を、母液滴12と磁気粒子2aを含む小液滴11とに分離させた。更に、磁場手段3を紙面右方向に移動させて小液滴11と洗浄用液滴8とを合体させ、図5(c)に示すような磁気粒子2aを含む混合液滴18を形成した。
【0064】
電場手段20によりそれぞれ搬送面10aへ向けて電場を印加した状態で、図5(d)に示すように、搬送面10aに沿って更に紙面右方向へ秒速約2mmで磁場手段3を動かし、磁気粒子2aを含む混合液滴18を、母液滴14と磁気粒子2aを含む小液滴13とに分離させた。更に、磁場手段3により小液滴13を紙面右方向に移動させて洗浄液滴9と合体させ、図5(e)に示すような混合液滴19を形成して、磁気粒子2aを洗浄する。
【0065】
図5(a)〜図5(e)に示す液滴操作方法によれば、物理的な流体制御機構を設けることなく、1つの搬送面10aで、液滴2中の磁気粒子2aを高精度に分離、洗浄することができる。
【0066】
−液滴搬送装置を利用した液体の搬送方法−
磁場手段3の移動速度を変えることによって、母液滴から磁気粒子を分離する際に、磁気粒子2aに追従する液体の容量を調整することが可能である。この方法を利用して、複数の液滴間で液体の搬送が可能である。
【0067】
図6(a)〜図6(d)は、図示しない電場手段により搬送面上に固定された液滴30に磁気粒子(鉄粉、粒径45μm)を加え、搬送面の下側から磁場手段3を紙面右側から左側方向へ移動させることにより、液滴30中の磁気粒子(磁気粒子集合体)31を牽引し、液滴30から小液滴を分離させる場合を示す。なお、図6(a)及び図6(b)は、磁場手段3を毎秒1mmで搬送面に沿って移動させる例を示し、図6(c)及び図6(d)は、磁場手段3を毎秒200mmで搬送面に沿って移動させる例を示す。
【0068】
図6(b)及び図6(d)に示すように、磁気粒子31に付着する液体の画分量は、磁場手段3の移動速度をより遅くした方が多くなる。これは、図6(c)に示すように、磁性粒子31を含んだ液滴30を高速で移動させると液滴の形状が流線型となり、尾部の液が磁性粒子2aに追従できなくなるため、磁気粒子31の周囲に付着する液滴の液量が減少するものと考えられる。また、磁場手段3を高速で移動させると磁気粒子2aの磁力線方向が垂直方向から斜め方向に傾くため、磁気粒子2aの液体保持力が落ちるためとも考えられる。
【0069】
図6(a)〜図6(d)に示す現象を、複数の電場手段200a、200b間における液体の送液に利用した例を図7(a)〜図7(g)に示す。図7(a)〜図7(g)においては、搬送面の下方に、絶縁体66aにより互いに絶縁された第1の電極44a及び第2の電極44bを含む電場手段200aと、絶縁体66bにより互いに絶縁された第1の電極45a及び第2の電極45bを含む電場手段200bとが配置されている。なお、図7は、操作手順の途中を図示するものであり、液滴40は操作開始時においては存在しない。
【0070】
図7(a)に示すように、第1の電極44a、45a及び第2の電極44b、46bに電圧を印加して、液滴30、40を搬送面上に固定した状態において、磁場手段3を液滴30の下方から搬送面に沿って、紙面左側から右側方向にゆっくり移動させる。なお、電場手段200a、200bによる液滴の固定方法に関しては、第1から第3の実施の形態において説明した通りである。
【0071】
その結果、図7(b)に示すように、磁気粒子31の周囲に液滴30の一部を付着させた状態で、液滴30から磁気粒子31が抽出される。磁場手段3をそのまま紙面左側から右方向に移動させることにより、図7(c)に示すように、液滴30の一部を伴う磁気粒子31を液滴40と合体させる。
【0072】
図7(d)に示すように、今度は、液滴40を搬送面上に固定した状態において、搬送面の下側から磁場手段を図7(a)で移動させた速度よりも速い速度で、図7(a)の移動方向とは逆向き、即ち、紙面右側から左側方向へ移動させる。磁場手段を図7(a)での移動速度よりも速い速度で移動させることにより、図7(e)に示すように、図7(b)に示す液量より少量の液体を磁気粒子31の周囲に付着させた状態で、磁気粒子31が液滴40から分離される。その後、磁場手段をそのまま紙面右側から左側方向へ移動させて、図7(f)に示すように、磁気粒子集合体31を液滴30と合体させる。
【0073】
図7(a)〜図7(f)に示す作業を何度も繰り返すことにより、図7(g)に示すように、液滴30中の液体が徐々に液滴40に取り込まれていき、その結果、電場手段200aから200bへの送液を実現することができる。なお、図7(a)〜図7(f)に示す作業を繰り返して磁気粒子31を液滴30、40間で往復させる回数を多くするほど、磁気粒子31が運搬する全送液量が増加する。
【0074】
微小液滴を用いたマイクロフルイディクスでは、親水性表面を持った磁気粒子に周囲に水または水溶液を付着させ、磁気粒子を磁力で操作することにより、液滴の送液操作することが知られている。その際、磁気粒子の量に応じて小液滴中の磁気粒子を取り巻く液量が増加するため、任意の容量の液を送液したい場合は、磁気粒子の量を調整することにより制御している。送液量の制御範囲は、磁気粒子の種類にもよるが、およそ0.01〜4μl程度である。
【0075】
しかし、ある地点の液滴から他の地点の液滴に送液する場合、1回の小液滴の分離及び液滴同士の合体では送液量が限られるため、多数に分けた磁気粒子を何度も母液滴に付加及び分離させ、目的の液滴とを合体させる必要がある。この作業を何度も繰り返すことにより、目的とする液滴には磁気粒子が蓄積するため、磁気粒子が蓄積した液滴から磁気粒子を除去することが困難となり、以降の化学反応操作において障害となる場合がある。
【0076】
これに対し、本発明の実施の形態に係る液滴の送液方法によれば、図7(a)〜図7(g)に示すように、一方の電場手段から他方の電場手段へ磁気粒子を移動させる場合の磁場手段3の移動速度と、他方の電場手段から一方の電場手段へ磁気粒子を移動させる場合の磁場手段3の移動速度とをそれぞれ異なる速度に制御する。即ち、磁場手段3の移動速度は、往路(液体を排出する方の電場手段から液体を蓄える方の電場手段への移動)の移動速度に対して逆に、復路(液体を蓄える方の電場手段から液体を排出する方の電場手段への移動)の移動速度を速くすることで、磁気粒子の周囲に付着する液滴の量に偏りを生じさせる。液滴の量に偏りを生じさせた状態で、磁気粒子を複数の液滴間で往復移動させることにより、任意量の送液が可能となる。
【0077】
本実施形態において、磁場手段の移動速度は、往路の移動速度に対して復路の移動速度が、10倍〜200倍とすることが好ましい。より好ましくは、往路の移動速度に対して復路の移動速度が、50倍〜100倍とすることが好ましい。具体的には、往路を0.1〜10mm/sec、より好ましくは0.5〜5mm/secとし、復路を50〜300mm/secとするのが好ましい。より好ましくは、往路が1〜3mm/sec、復路が150〜200mm/secである。
【0078】
図6及び図7に示す送液方法を利用した液滴操作装置の例を図8に示す。直方体状の液滴搬送装置10の搬送面10a上には、厚さ0.05mmのフィルム21が配置されている。フィルム21としては、例えばテフロン(登録商標)フィルムを用いることができる。
【0079】
搬送面10aの下には、円盤(平板)形状を有する2つの第1の電極4aが、搬送面10aに水平方向にそれぞれ離間して配置されている。第1の電極4aの下には、第1の電極4aと異なる極性を有するリング(枠)形状を有する第2の電極4bが配置されている。第2の電極4bの下には、第1の電極4a及び第2の電極4bと絶縁された円盤(平板)状の導電性薄板5が配置されている。第1の電極4aの電極は電源7の負極(グランド)側に接続され、第2の電極は、電源7の正極側に接続されている。
【0080】
図8では図示を省略しているが、図9に示すように、第1の電極4a及び第2の電極4bの周囲は塩化ビニル等の絶縁体6で覆われている。導電性薄板5は、厚さ45μmの1枚のアルミニウム箔等で形成されている。なお、図9の例において、導電性薄板5の直径l4は、9.5mm、第2の電極4bの外径l2が9.0mm、第2の電極4bのリング幅l3が1.2mm、第1の電極4aの直径l1が5.5mmである。また、フィルム21の厚さt1は0.05mm、液滴操作装置10の底面の厚さt2は0.3mm、液滴操作装置10の底面の厚さ方向における第1の電極4aと第2の電極間距離t3は0.36mm、液滴操作装置10の底面の厚さ方向における第2の電極4bと導電性薄板5との距離t4は0.18mmとした。図8及び図9においては図示を省略しているが、図8及び図9に示す液滴操作装置10を用いて液体を送液する場合は、導電性薄膜5の下から搬送面10aに沿って磁石等の磁場手段3を移動させることにより行う。
【0081】
図10のグラフは、図8及び図9に示す液滴操作装置10を用いて2つの第1の電極4a間で磁場手段3を制御し、磁気粒子(粒径45μmの鉄粉)を磁場手段3の移動速度をもって往復移動させた場合の往復移動1回当たりの送液量を示したものである。磁場手段3の移動速度は往路を毎秒1mmとし、復路をそれぞれ毎秒50mm、毎秒100mm、毎秒200mmとして測定した。図10のグラフ横軸は磁気粒子量、グラフ縦軸は往復移動1回当たりの磁気粒子が搬送する液体容量を示す。実験では、シリコ−ンオイル(信越シリコーン KF96−20CS)中に50μlの純水からなる液滴を、片方の第1の電極4a上に配置し、2つの第1の電極4a各々に直流電圧(8kV)を印加することで液滴を搬送面上に固定させ、搬送面の下方から搬送面に水平方向に磁石を操作して、搬送面上で磁気粒子の移動を制御した結果を示す。磁気粒子を2つの液滴間で10往復させ、1回当たりの平均送液量を算出し、グラフにプロットした。図10の結果に示すように復路の速度が早く磁気粒子量が多いほど、送液量が増加することが分かる。
【0082】
図11のグラフは、往路の移動速度を毎秒1mm、復路の移動速度を毎秒50mm及び毎秒200mmとし、粒径がそれぞれ異なる2種類の磁気粒子を用いて送液量を測ったグラフである。実験条件は、磁気粒子の粒径の違い以外は、図10と同じとした。磁気粒子としては、粒径45μmと粒径150μmの鉄粉を用いた。図11に示すように、磁気粒子の粒子径を大きくするほど送液量が増える傾向にある。また、数十nL〜100nLの液体の送液の場合、磁気粒子量を50μg/50μLから100μg/50μLとすることで達成することができる。遺伝子増幅反応を代表とする生化学反応を目的とした場合、nLオーダーの液体の搬送は非常に有効である。
【0083】
本発明の実施の形態に係る液体の搬送方法によれば、図8及び図9に示す液滴操作装置10において、磁性粒子の移動速度、移動回数、粒子径、粒子量を制御することで、一定量の液体の送液が可能になる。
【0084】
−核酸の単離方法−
上述の第3の実施の形態に係る液滴操作方法を、シリカ粒子とカオトロピック塩を用いた核酸の単離方法(特開平2−289596)に適用し、単離した遺伝子を鋳型核酸として核酸増幅反応の代表例であるポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を実施した例を以下に説明する。なお、本発明の実施の形態に係る核酸の単離方法においては、図5(a)〜図5(e)に示す液滴操作装置を用いた場合を例に説明する。核酸を含有する生体試料として、口腔スワブを用意した。
【0085】
図5(a)の各液滴の構成は次の通りである。紙面左側の液滴2を、生体試料と細胞溶解液からなる液滴として、6Mグアニジンチオシアネート水溶液2μlと口腔スワブ2μlとの混合液とした。液滴2中の磁気粒子2aとして、磁性シリカ粒子を1μg/μlの濃度となるように添加した。紙面中央の液滴8を磁性シリカ粒子の洗浄液として、200mM塩化カリウム及び50mMトリス−塩酸pH8.0水溶液50μlを用意した。紙面右側の液滴9は、PCR反応液3μlとした。PCR反応液の組成は後述する。磁場手段3の移動速度は2mm/秒とした。
【0086】
まず、図5(a)に示すように、液滴2内で口腔スワブに含まれる口腔粘膜細胞を溶解させ、混合液滴中に遊離した核酸を磁気粒子2aの表面に吸着させた。磁場手段3を搬送面10aに沿って移動させることで、図5(b)に示すように、核酸を表面に吸着した磁気粒子2aと少量のグアニジンチオシアネート水溶液を伴う小液滴11を母液滴12から分離させた。グアニジンチオシアネートは、後述する本工程に接続される遺伝子増幅反応を阻害するため、磁場手段3を紙面右方向へ更に移動させることにより、洗浄液から成る洗浄液滴8を通過させ、図5(c)に示すように、混合液滴18を形成した。
【0087】
磁場手段3を紙面右方向へさらに移動させ、図5(d)に示すように、混合液滴18から小液滴13を分離させた。磁気粒子2aは、表面に核酸を吸着させながら少量の洗浄液を伴っていた。分離された小液滴13は、塩化カリウムとトリス−塩酸緩衝液(pH8.0)を伴っているが、それら成分は酵素反応を大きく阻害することはない。磁場手段3を紙面右方向へ更に移動させることにより、分離された小液滴13を、図5(e)に示すように、PCR反応液からなる液滴9と混合させ、混合液滴19を形成した。
【0088】
なお、液滴9を構成するPCR反応液としては、20mM Tris-HCl(pH9.5), 8mM MgCl2, 各200μMのdATP, dCTP, dGTP及びdTTP, 0.2(wt/v)%BSA,各0.4μMのprimer, 2.5units/50μl のTaq DNA ポリメラーゼ(TaKaRa Taq: Takara shuzo, Kyoto, Japan)を含むPCR反応液を用意した。鋳型遺伝子をβアクチン遺伝子とし、プライマーとしては、配列番号1の塩基配列からなる第1のβアクチン検出用プライマー及び配列番号2の塩基配列からなる第2のβアクチン検出用プライマーを用意した。
【0089】
混合液滴19を94℃から60℃の直線的に温度勾配がかかった搬送面に沿って磁石で往復移動させ、液滴の温度が、94℃2秒、60℃1秒及び72℃5秒からなる温度サイクルを40サイクル繰り返すように液滴の位置を制御してPCRを行った。PCR終了後、反応産物についてアガロースゲル電気泳動を行うことにより、βアクチン遺伝子からの増幅産物(151塩基)が確認できた(図12参照)。ここで、図12において、左のレーンが分子量マーカー、右のレーンが反応産物についてのアガロースゲル電気泳動像である。
【0090】
本発明の実施の形態に係る核酸の単離方法によれば、磁気粒子2aによる試料のサンプリングから核酸抽出精製そして遺伝子増幅反応を、同一容器内で行うことができた。
【0091】
本発明の実施の形態に係る核酸の単離方法において、核酸を単離する生体試料としては、動植物組織、体液、排泄物等をいい、体液には全血、血漿、血清などの血液由来試料、唾液などが含まれる。細胞溶解液としては、グアニジン塩、ヨウ化カリウム、ヨウ化ナトリウム、(イソ)チオシアン酸ナトリウム、及び尿素の各水溶液のいずれか又はその組み合わせを用いることができる。
【0092】
上記のように、本発明は本発明の実施の形態によって記載したが、この開示の一部をなす論述及び図面は本発明を限定するものであると理解すべきではない。この開示から当業者には様々な代替実施の形態、実施例及び運用技術が明らかとなろう。本発明の技術的範囲は上記の説明から妥当な特許請求の範囲に係る発明特定事項によってのみ定められるものであり、実施段階においては、その要旨を逸脱しない範囲で変形して具体化できる。
【0093】
(配列表の説明)
本明細書の配列表に記載された配列番号1及び2は以下の配列を示す。
【0094】
[配列番号 :1]第1のβアクチン検出用プライマーの塩基配列。
【0095】
[配列番号 :2]第2のβアクチン検出用プライマーの塩基配列。
【図面の簡単な説明】
【0096】
【図1】本発明の第1の実施の形態に係る液滴操作装置の一例を示す斜視図である。
【図2】図2(a)〜図2(d)は、本発明の第1の実施の形態に係る液滴操作方法の一例を示す概略図である。
【図3】本発明の第2の実施の形態に係る液滴操作装置の一例を示す斜視図である。
【図4】図4(a)〜図4(d)は、本発明の第2の実施の形態に係る液滴操作方法の一例を示す概略図である。
【図5】図5(a)〜図5(e)は、本発明の第3の実施の形態に係る液滴操作装置の一例を示す概略図である。
【図6】図6(a)〜図6(d)は、本発明の実施の形態に係る液滴の搬送方法の原理を示す概略図である。
【図7】図7(a)〜図7(g)は搬送面上に固定された2つの液滴間で磁気粒子を往復させ、所定量の液体を送液する方法の一例を表す概略図である。
【図8】本発明の実施の形態に係る液滴の搬送方法に好適な液滴操作装置の一例を示す概略図である。
【図9】図8のA−A方向からみた断面図である。
【図10】図8及び図9に示す液滴操作を用いて電極上に固定した2つの液滴間に磁気粒子を往復させた場合における往復移動1回当たりの送液量と磁気粒子量との関係を示すグラフである。
【図11】図8及び図9に示す液滴操作を用いて電極上に固定した2つの液滴間で磁気粒子を往復させ、復路の速度と粒子径を変化させた場合の総液量と磁気粒子量との関係を示すグラフである。
【図12】第3の実施の形態に係る液滴操作装置を用いた核酸の単離方法により得られた液滴について、PCRを行い、その反応産物についてのアガロースゲル電気泳動像である。
【符号の説明】
【0097】
2…液滴
2a…磁気粒子
3…磁場手段
4a…第1の電極
4b…第2の電極
5…導電性薄板
6…絶縁体
7…電源
8…液滴
9…液滴
10…液滴搬送装置
10a…搬送面
18…混合液滴
19…混合液滴
20…電場手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁気粒子を含む水溶液からなる液滴を搬送する搬送面を有する液滴搬送装置と、
前記搬送面の下方に配置された互いに極性の異なる第1及び第2の電極を含み、前記第1及び第2の電極に電圧を印加して、前記搬送面の下方から前記搬送面の上方に及ぶ電場を発生させることにより前記液滴を前記搬送面上に固定させる電場手段と、
前記液滴搬送装置の下方から前記搬送面の上方に及ぶ磁場を発生させる磁場手段と
を備え、
前記磁場手段を前記搬送面に沿って移動させることにより、前記搬送面上に固定された前記液滴から前記磁気粒子を分離することを特徴とする液滴操作装置。
【請求項2】
前記電場手段が、前記第1の電極と前記第2の電極との間に0.5〜10kVの電圧を印加することを特徴とする請求項1に記載の液滴操作装置。
【請求項3】
前記第1及び前記第2の電極が、前記搬送面の下方で互いに平行に離間して配置された帯状の電極であることを特徴とする請求項1又は2に記載の液滴操作装置。
【請求項4】
前記第1の電極及び前記第2の電極が、平板状の電極であり、
前記第2の電極が、前記搬送面の下方において前記第1の電極の更に下方に配置されているとともに、前記第1の電極よりも表面積が大きいことを特徴とする請求項1又は2に記載の液滴操作装置。
【請求項5】
前記第1の電極が、平板状の電極であり、
前記第2の電極が、枠状の電極であり、前記搬送面の下方において前記第1の電極の更に下方に配置されているとともに、前記第1の電極よりも大きく形成されていることを特徴とする請求項1又は2に記載の液滴操作装置。
【請求項6】
前記搬送面の下方において、前記第1及び第2の電極を挟んで前記搬送面に対向し、前記第1及び前記第2の電極と絶縁された導電性薄板を更に備えることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の液滴操作装置。
【請求項7】
前記第1の電極が接地されており、前記第2の電極が正極であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の液滴操作装置。
【請求項8】
前記電場手段が、前記搬送面に沿って複数個配置されており、
前記磁場手段が、前記電場手段間を、往路の移動速度に対して復路の移動速度が、10倍〜200倍で移動することを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項に記載の液滴操作装置。
【請求項9】
液滴搬送装置が有する搬送面上に磁気粒子を含む水溶液からなる液滴を配置するステップと、
前記液滴搬送装置の下方に配置された互いに極性の異なる第1及び第2の電極を含む電場手段に電圧を印加して、前記搬送面の下方から前記搬送面の上方に及ぶ電場を発生させることにより、前記液滴を前記搬送面上に固定させるステップと、
前記液滴搬送装置の下方から前記搬送面の上方に及ぶ磁場を発生させる磁場手段を前記搬送面に沿って移動させることにより、前記搬送面上に固定された前記液滴から前記磁気粒子を分離するステップと
を有することを特徴とする液滴操作方法。
【請求項10】
液滴搬送装置が有する搬送面上に磁気粒子を含む水溶液からなる液滴を配置するステップと、
前記液滴搬送装置の下方に配置された互いに極性の異なる第1及び第2の電極を含む複数の電場手段にそれぞれ電圧を印加して搬送面の下方から前記搬送面の上方に及ぶ電場を発生させ、前記液滴を前記搬送面上に固定させるステップと、
前記液滴搬送装置の下方から前記搬送面の上方に及ぶ磁場を発生させる磁場手段を、前記複数の電場手段間で前記搬送面に沿って往復移動させるステップと
を有し、
前記磁場手段の移動速度を、往路の移動速度に対して復路の移動速度が10倍〜200倍となるように制御することを特徴とする液滴操作方法。
【請求項11】
液滴搬送装置が有する搬送面上に、表面に核酸が結合した磁気粒子を含む水溶液からなる液滴を配置するステップと、
前記搬送面上に洗浄溶液を配置するステップと、
前記液滴搬送装置の下方に配置された互いに極性の異なる第1及び第2の電極を含む複数の電場手段に電圧を印加して、前記搬送面の下方から前記搬送面の上方に及ぶ電場を発生させることにより、前記液滴及び前記洗浄溶液をそれぞれ前記搬送面上に固定させるステップと、
前記液滴搬送装置の下方から前記搬送面の上方に及ぶ磁場を発生させる磁場手段を前記搬送面に沿って移動させることにより、前記搬送面上に固定された前記液滴から前記磁気粒子を分離するステップと、
前記磁場手段の移動により、前記液滴から分離した前記磁気粒子を前記洗浄溶液と混合させ、前記磁気粒子を洗浄するステップと
を有することを特徴とする液滴操作方法。
【請求項12】
生体試料と細胞溶解液とからなる液滴に磁気粒子を加え、前記生体試料に含まれる核酸を前記磁気粒子の表面に結合させることにより、前記表面に核酸が結合した前記磁気粒子を用意するステップを更に有することを特徴とする請求項11に記載の液滴操作方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2009−162580(P2009−162580A)
【公開日】平成21年7月23日(2009.7.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−341008(P2007−341008)
【出願日】平成19年12月28日(2007.12.28)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】