説明

深絞り性に優れた高強度鋼板の製造方法

【課題】引張強度が390MPa以上700MPa以下、r値が一番低い方向のr値が1.1以上の深絞り性に優れた高強度鋼板を得る。
【解決手段】質量%で、C:0.0005〜0.040%、Si:1.5%以下、Mn:0.5〜3.0%、P:0.005〜0.1%、S:0.01%以下、Al:0.005〜0.5%、N:0.005%以下を含有し、さらに、Nb:0.5%以下、Ti:0.5%以下、V:0.5%以下の1種または2種以上を含有する組成からなる鋼スラブを、熱間圧延にて仕上圧延出側温度:800℃以上とする仕上圧延を施し、550℃以上720℃以下で巻取り、冷却して熱延板を得、該熱延板に酸洗および圧下率50%以上85%以下の冷間圧延を施し冷延板とし、該冷延板に、焼鈍温度:760℃以上950℃以下で焼鈍をおこない、その際700℃以上焼鈍温度以下の温度域で0.1%以上2.0%以下の歪を付与する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、自動車用鋼板等の使途に有用な、引張強度が390MPa以上700MPa以下で、深絞り性に優れた高強度鋼板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境保全の観点から、CO2の排出量を規制するため、自動車の燃費改善が要求されている。加えて、衝突時に乗員の安全を確保するため、自動車車体の衝突特性を中心にした安全性向上も要求されている。このように、自動車燃費改善を目的とした車体の軽量化および自動車衝突性能の向上を目的とした車体の強化が積極的に進められている。
【0003】
自動車車体の軽量化と強化を同時に満たすには、剛性に問題とならない範囲で部品素材を高強度化し、板厚を減少することによる軽量化が効果的であると言われており、最近では高張力鋼板が自動車部品に積極的に使用されている。
【0004】
軽量化効果は使用する鋼板が高強度であるほど大きくなるため、自動車業界では、例えば内板および外板用のパネル用材料として引張強度(TS)が390MPa以上の鋼板を使用する動向にある。
【0005】
一方、鋼板を素材とする自動車部品の多くは、プレス加工によって成形されるため、自動車用鋼板は優れたプレス成形性を有していることが必要とされる。しかしながら、高強度鋼板は、通常の軟鋼板に比べて成形性、特に深絞り性が劣るため、自動車の軽量化を進める上での課題として、TSが390MPa以上で良好な深絞り成形性を兼ね備える高強度鋼板の要求が高まっている。深絞り性はランクフォード値(以下、r値)で評価されるが、r値は面内異方性が存在することから、r値が一番低い方向のr値が1.1以上であることが求められている。
【0006】
高r値を有しながら高強度化する方法として、極低炭素鋼板にTi、Nbを固溶炭素、固溶窒素を固着する量添加し、IF化(Interstitial free)した鋼をベースとして、これにSi、Mn、Pなどの固溶強化元素を添加する手法があり、例えば特許文献1に開示される技術がある。
【0007】
特許文献1は、C:0.002〜0.015%、Nb:C%×3〜(C%×8+0.020%)、Si:1.2%以下、Mn:0.04〜0.8%、P:0.03〜0.10%の組成を有し、TSが35〜45kgf/mm2級(340〜440MPa級)の非時効性を有する成形性の優れた高張力冷延鋼板に関する技術である。
【0008】
しかしながら、このような極低炭素鋼を素材とする技術では、TSが440MPa以上の鋼板を製造しようとすると、合金元素添加量が多くなり、多量に固溶強化成分を添加すると、r値が劣化するので、高強度化を図るほど、r値が低下する問題があった。
【0009】
鋼板の高強度化の方法として、前述のような固溶強化以外に、組織強化法がある。例えば、軟質なフェライトと硬質のマルテンサイトからなる複合組織鋼板であるDP(Dual-Phase)鋼板がある。DP鋼板は、一般に延性は概ね良好であり優れた強度−延性バランス(TS×EL)を有し、さらに降伏比が低い、すなわち引張強さの割に降伏応力が低く、プレス成形時の形状凍結性に優れるという特徴があるが、r値が低く深絞り性に劣る。これは結晶方位的にr値に寄与しないマルテンサイトが存在することの他、マルテンサイト形成に必須である固溶Cが高r値化に有効な{111}再結晶集合組織の形成を阻害することによると言われている。
【0010】
このような複合組織鋼板のr値を改善する試みとして、例えば、特許文献2、特許文献3の技術がある。
【0011】
特許文献2は、冷間圧延後再結晶温度〜Ac3変態点の温度で箱焼鈍をおこない、その後、複合組織とするため700〜800℃に加熱した後、焼入焼戻しを行う。しかしながらこの方法では、箱焼鈍後、連続焼鈍によって焼入焼戻しを行うため、製造コストが問題となる。また箱焼鈍は、処理時間や効率の面から、連続焼鈍に劣る。
【0012】
特許文献3の技術は、高r値を得るために冷間圧延後、まず箱焼鈍をおこない、この時の温度をフェライト(α)−オーステナイト(γ)の2相域とし、その後連続焼鈍を行うものである。この技術では、箱焼鈍のα−γ2相域での均熱時にγ相にMnを濃化させる。このMn濃化相はその後の連続焼鈍時に優先的にγ相となり、ガスジェット程度の冷却速度でも複合組織が得られるものである。しかしながらこの方法では、Mn濃化のため比較的高温で長時間の箱焼鈍が必要であり、そのため、特許文献2で記載した問題点に加えて、さらに鋼板間の密着の多発、テンパーカラーの発生および炉体インナーカバーの寿命低下などの問題がある。
【0013】
また、特許文献4は、重量%にて、C:0.003〜0.03%、Si:0.2〜1%、Mn:0.3〜1.5%、Ti:0.02〜0.2%(ただし(有効Ti)/(C+N)の原子濃度比を0.4〜0.8とする。)を含有する鋼を、熱間圧延し、冷間圧延した後、所定温度に加熱後急冷する連続焼鈍を施すことを特徴とする深絞り性及び形状凍結性に優れた複合組織型高張力冷延鋼板の製造方法である。実施例には、0.012%C-0.32%Si-0.53%Mn-0.03%P-0.051%Tiの組成の鋼を冷間圧延後α−γの2相域である870℃に加熱後、100℃/sの平均冷却速度で冷却することにより、r値が1.61、TSが482MPaの複合組織型冷延鋼板が製造可能であることが開示されている。しかし、100℃/sという高い冷却速度を得るには水焼入設備が必要となる他、水焼入した鋼板は表面処理性や表面性状の劣化が懸念されることや、製造設備上および形状不良の問題がある。
【0014】
深絞り性に優れた高強度鋼板およびその製造方法の技術として、特許文献5の技術がある。この技術は、所定のC量を含有し、平均r値が1.3以上、かつ組織中にベイナイト、マルテンサイト、オーステナイトのうち1種類以上を合計で3〜100%有する高強度鋼板を得るものであり、製造方法としては、冷間圧延の圧下率を30〜95%とし、次いでAlとNのクラスターや析出物を形成することによって集合組織を発達させてr値を高めるための焼鈍(r値を高めるため平均加熱速度4〜200℃/時間で加熱し、最高到達温度600〜800℃とする焼鈍)を行い、引き続き組織中にベイナイト、マルテンサイト、オーステナイトのうち1種類以上を合計で3%以上有するようにするための熱処理(Ac1変態点以上1050℃以下の温度まで加熱する熱処理)を行うことを特徴とするものである。この方法では、冷間延延後、良好なr値を得るための焼鈍と、組織を作り込むための熱処理をそれぞれ必要としており、さらに焼鈍工程では最高到達温度での保持時間が1時間以上という長時間保持を必要としており、生産性が劣る。
【0015】
さらに、特許文献6では、質量%で、C:0.01〜0.08%、V:0.01〜0.5%を含有する鋼で、C含有量とV含有量の原子比の適正化を図ることで複合組織鋼板のr値を改善する技術が開示されている。この技術は再結晶焼鈍前に鋼中のCをV系炭化物で析出させて固溶Cを極力低減させて高r値を図り、引き続きα−γの2相域で加熱することによりV系炭化物を溶解させてγ相中にCを濃化させてその後の冷却過程で面積率で1%以上のマルテンサイトを含む第2相を生成させるものである。しかしながら、熱延板のVCの析出効率が悪く、Vを添加してもr値向上効果が少なく、良好なr値を安定して得ることができなかった。
【0016】
特許文献7は、質量%で、C:0.03〜0.08%を含有する鋼で、CとV、Ti、Nbの添加の原子比を制御し、特許文献6と同様に、α−γの2相域で加熱中にCを濃化させてその後の冷却過程でマルテンサイトを生成させて組織強化を図るとともに、固溶強化を活用することで、TSが780MPa級以上で平均r値が1.2以上を達成するものである。しかしながら、r値の面内異方性が大きくなり、r値の一番低い方向のr値が低いという問題があった。
【0017】
また、特許文献8には、加工性と耐時効性を両立させる目的で、C:0.005wt%以上を有する低炭素鋼板を、連続焼鈍による再結晶焼鈍後、550〜300℃の温度域に急冷した後30s以内に曲げ加工を1〜3回行うことが示されている。曲げ加工は、鋼板中に転位を導入し、炭化物の析出を促すのが目的であり、この技術では、母相フェライトの集合組織を制御し、高r値化することは出来なかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【特許文献1】特開昭56-139654号公報
【特許文献2】特公昭55-10650号公報
【特許文献3】特開昭55-100934号公報
【特許文献4】特公平1-35900号公報
【特許文献5】特開2003-64444号公報
【特許文献6】特開2002-226941号公報
【特許文献7】特開2003-193191号公報
【特許文献8】特開平11-179427号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
この発明は、従来技術の問題点を解決し、引張強度が390MPa以上700MPa以下で、r値が一番低い方向のr値が1.1以上の深絞り性に優れた高強度鋼板の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
上記のような課題を解決すべく鋭意検討を進めたところ、焼鈍時の固溶Cを制御した深絞り用鋼板で、均熱温度付近で歪を付与することで、深絞り性に好ましい集合組織がさらに発達し、r値が一番低い方向のr値が上昇することを見出した。本発明は、この知見に基づくものであり、その要旨は以下に示す通りである。
【0021】
[1]質量%で、C:0.0005〜0.040%、Si:1.5%以下、Mn:0.5〜3.0%、P:0.005〜0.1%、S:0.01%以下、Al:0.005〜0.5%、N:0.005%以下を含有し、さらに、Nb:0.5%以下、Ti:0.5%以下、V:0.5%以下の1種または2種以上を含有する組成からなる鋼スラブを、熱間圧延にて仕上圧延出側温度:800℃以上とする仕上圧延を施し、550℃以上720℃以下で巻取り、冷却して熱延板とする熱間圧延工程と、該熱延板に酸洗および圧下率50%以上85%以下の冷間圧延を施し冷延板とする冷間圧延工程と、該冷延板に、焼鈍温度:760℃以上950℃以下で焼鈍をおこない、その際700℃以上焼鈍温度以下の温度域で0.1%以上2.0%以下の歪を付与する焼鈍工程を有することを特徴とする深絞り性に優れた高強度鋼板の製造方法。
【0022】
[2]前記組成に加えて、さらに、質量%で、Cr:0.5%以下、Mo:0.5%以下の1種または2種を含有することを特徴とする[1]に記載の深絞り性に優れた高強度鋼板の製造方法。
【0023】
[3]さらに、[1]または[2]に記載の製造方法は、亜鉛系めっき処理を施す工程を有することを特徴とする深絞り性に優れた高強度鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、引張強度TSが390MPa以上700MPa以下で、r値が一番低い方向のr値が1.1以上の高r値を有する深絞り性に優れた高強度鋼板を、安価にかつ安定して製造することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明では、C含有量が0.0005〜0.040mass%の範囲において、Ti、Nb、Vの炭窒化物形成元素および、Si、Mn、Pの固溶強化元素に併せて固溶Cを制限した鋼に対して、冷間圧延後、再結晶焼鈍する際に再結晶後の粒成長段階で、歪を付与することで、深絞り性に好ましい{111}//ND(ND:板面垂直方向)集合組織が鮮鋭化する(発達する)ことで高r値化が可能になる。
【0026】
この理由については、必ずしも明らかではないが、次のように考えられる。
【0027】
高r値化、すなわち{111}再結晶集合組織を発達させるためには、従来軟鋼板においては、冷間圧延および再結晶前の固溶Cを極力低減することや熱延板組織を微細化することなどが有効な手段とされてきた。
【0028】
従来知られているように、Nbは再結晶遅延効果があるため、熱間圧延時の仕上温度を適切に制御することで熱延板組織を微細化することが可能であり、さらに鋼中においてNbやTiは高い炭化物形成能を有している。本発明では、熱延仕上温度をAr3変態点直上の適切な範囲にして熱延板組織を微細化することに加えて、熱延後のコイル巻取処理温度も適切にすることで、熱延板中にNbC、TiC、VCを析出させ、冷延前および再結晶前の固溶Cの低減を図っている。
【0029】
本発明では、NbC、TiC、VCとして析出しないC量を制御することで、冷間圧延後の再結晶焼鈍によって、平均r値のレベルをある程度確保させる。さらに、フェライト再結晶後粒成長の段階で歪を付与する。その結果、深絞り性(r値)に好ましくない方位を有する結晶粒に歪が選択的に付与され粒成長段階では、この結晶粒が消滅し、深絞り性に好ましい{111}//ND集合組織が鮮鋭化すると考えられる。さらに、焼鈍温度(均熱温度)がAc1変態点以上の場合には、歪が付与されたフェライト粒が選択的にオーステナイトに変態し、さらに冷却時にオーステナイトからフェライトに変態した際にフェライトの集合組織が深絞り性に好ましい結晶方位に鮮鋭化することが考えられる。
【0030】
以下に本発明を詳細に説明する。
【0031】
まず、本発明の鋼板の成分組成を限定した理由について説明する。以下、特に断らない限り、元素の含有量の単位は「質量%」である。
【0032】
C:0.0005〜0.040%
Cは、後述のNb、Ti、Vとともに本発明における重要な元素である。また、Cは鋼の高強度化に有効である。複合組織化する場合には、0.01%以上の添加が必要である。良好なr値を得るには過剰なC含有は好ましくないので、上限を0.040%とする。より好ましいC含有量は0.030%以下である。Cは低いほど好ましいが溶製技術の観点から下限を0.0005%とする。
【0033】
Si:1.5%以下
Siはフェライト変態を促進させ未変態オーステナイト中のC含有量を上昇させてフェライトとマルテンサイトの複合組織を形成させやすくする他、固溶強化の効果がある。上記効果を得るためには、Siは0.2%以上含有することが好ましく、より好ましい含有量は0.35%以上である。一方Siを、1.5%を越えて含有すると、熱延時に赤スケールが発生し表面外観を悪くする。そのため、Si含有量は1.5%以下とする。また溶融亜鉛めっきを施す際にめっきの濡れ性を悪くしてめっきむらの発生を招き、めっき品質が劣化するので、Si含有量は1.0%以下とすることが好ましい。
【0034】
Mn:0.5〜3.0%
Mnは高強度化に有効であるとともに、Sによる熱間割れを防止するのに有効な元素でもある。このような観点からMnを0.5%以上含有させる必要がある。より好ましい含有量は1.0%以上である。過度のMn添加はr値および溶接性を劣化させるので、上限を3.0%とする。
【0035】
P:0.005〜0.1%
Pは固溶強化の効果がある。しかしながら0.005%未満ではその効果が現れないだけでなく、製鋼工程に於いて脱りんコストの上昇を招く。したがって、Pは0.005%以上含有するものとした。0.01%以上含有することがより好ましい。一方0.1%を越える過剰な添加は、Pが粒界に偏析し、耐二次加工脆性および溶接性を劣化させる。また、溶融亜鉛めっき鋼板とする際には、溶融亜鉛めっき後の合金化処理時に、めっき層と鋼板の界面における鋼板からめっき層へのFeの拡散を抑制し、合金化処理性を劣化させる。そのため、高温での合金化処理が必要となり、得られるめっき層はパウダリング、チッピング等のめっき剥離が生じやすいものとなるため好ましくない。従ってP含有量の上限を0.1%とした。
【0036】
S:0.01%以下
Sは熱間割れの原因になる他、鋼中で介在物として存在し鋼板の諸特性を劣化させるので、できるだけ低減することが好ましいが、0.01%までは許容できるため、0.01%以下とする。
【0037】
Al:0.005〜0.5%
Alは鋼の脱酸元素として有用である他、固溶Nを固定して耐常温時効性を向上させる作用があるため、0.005%以上含有する。一方、0.5%を越える添加は、高合金コストを招き、さらに表面欠陥を誘発するので、0.5%以下とする。
【0038】
N:0.005%以下
Nは多すぎると耐常温時効性を劣化させ、多量のAlやTiの添加が必要となるため、できるだけ低減することが好ましく、上限を0.005%とする。
【0039】
さらに下記のNb、Ti、Vの1種または2種以上を含有する。
【0040】
Nb:0.5%以下
Nbは熱延板組織の微細化および熱延板中にNbCとしてCを析出固定させる作用を有し、高r値化に寄与する元素である。このような観点からNbは0.02%以上含有するのが好ましい。一方、過剰なNbの添加はコストアップになり、また熱延負荷が大きくなるため、0.5%以下とする。
【0041】
V:0.5%以下
VもNbと同様の効果を有し、熱延板組織を微細化させること、熱延板中に炭化物としてCを析出固定させる作用を有し、高r値化に寄与する元素である。但し、過剰なVの添加はコストアップになり、また熱延負荷が大きくなるため、0.5%以下とする。
【0042】
Ti:0.5%以下
TiもNbと同様の効果を有し、熱延板組織を微細化させること、熱延板中に炭化物としてCを析出固定させる作用を有し、高r値化に寄与する元素である。またTiは固溶S、Nの析出固定に効果がある。r値の異方性を制御するには、NbだけでなくTiも有効に活用することが重要である。このような観点から、下記で定義される有効Ti量(Ti*)を0.01%以上にすることが好ましい。
Ti*=Ti−1.5S−3.4N
但し、Ti、S、Nは、Ti、S、Nの含有量(質量%)である。
一方、過剰なTiの添加はコストアップになり、また熱延負荷が大きくなるため、0.5%以下とする。
以上が本発明の基本成分である。
【0043】
本発明では上記した成分以外の残部は鉄および不可避的不純物とすることが好ましいが、さらに、下記のCr、Moの1種または2種を含有してもよい。
【0044】
Cr:0.5%以下
Crは熱延段階でCを析出固定させることで高r値化に寄与する。この効果を得るには、Crを0.1%以上含有することが好ましい。しかしながら、過剰にCrを添加してもこの効果が飽和し、高合金コストを招くことから添加する場合は上限を0.5%とする。
【0045】
Mo:0.5%以下
Moは熱延段階でCを析出固定させることで高r値化に寄与する。この効果を得るには、Moは0.05%以上含有することが好ましい。しかしながら、過剰にMoを添加してもこの効果が飽和し、高合金コストを招くことから添加する場合は上限を0.5%とする。
【0046】
なお、B、Ca、REM等を、通常の鋼組成範囲内であれば含有しても問題はない。
【0047】
例えば、Bは鋼の焼入性を向上する作用をもつ元素であり、必要に応じて含有できる。しかしその含有量が0.003%を越えるとその効果が飽和するため0.003%以下が好ましい。
【0048】
また、CaおよびREMは硫化物系介在物の形態を制御する作用をもち、これにより鋼板の諸特性の劣化を防止する。このような効果はCaおよびREMのうちから選ばれた1種または2種の含有量が合計で0.01%を越えると飽和するのでこれ以下とすることが好ましい。
【0049】
またその他の不可避的不純物としては、例えばSb、Sn、Zn、Co等が挙げられ、これらの含有量の許容範囲は、Sb:0.01%以下、Sn:0.1%以下、Zn:0.01%以下、Co:0.1%以下である。
【0050】
次に、本発明鋼板の好ましい製造方法について説明する。
【0051】
上記成分組成を有する鋼を溶製しスラブとする。鋼スラブは成分のマクロ偏析を防止するため連続鋳造法で製造することが望ましいが、造塊法や薄スラブ鋳造法で製造してもよい。また、鋼スラブを製造した後、いったん室温まで冷却し、その後再度加熱する従来法に加え、冷却せず温片のままで加熱炉に装入し熱間圧延する直送圧延、或いはわずかの保熱をおこなった後に直ちに熱間圧延する直送圧延・直接圧延などの省エネルギプロセスも適用できる。
【0052】
スラブ加熱温度は、析出物を粗大化させることにより{111}再結晶集合組織を発達させて深絞り性を改善するため、低い方が望ましい。しかし加熱温度が1000℃未満では圧延荷重が増大し熱間圧延時におけるトラブル発生の危険性が増大するので、スラブ加熱温度は1000℃以上にすることが好ましい。なお、酸化の増加に伴うスケールロスの増大などから、スラブ加熱温度の上限は1300℃とすることが好適である。
【0053】
熱間圧延工程:
上記条件で加熱された鋼スラブに粗圧延および仕上げ圧延を行う熱間圧延を施す。ここで、鋼スラブは粗圧延によりシートバーとされる。なお、粗圧延の条件は特に規定する必要はなく、常法に従っておこなえばよい。また、スラブ加熱温度を低くし、かつ熱間圧延時のトラブルを防止するといった観点から、シートバーを加熱する所謂シートバーヒーターを活用することは有効な方法であることは言うまでもない。
【0054】
次いで、シートバーを仕上圧延して熱延板とする。仕上圧延出側温度(FT)は800℃以上とする。これは冷間圧延および再結晶焼鈍後に優れた深絞り性が得られる微細な熱延板組織を得るためである。FTが800℃未満では組織が加工組織を有し、冷間圧延、焼鈍後に{111}集合組織が発達しないだけでなく、熱間圧延時の圧延負荷が高くなる。一方FTが980℃を越えると組織が粗大化し、冷間圧延、焼鈍後の{111}再結晶集合組織の形成および発達を妨げ高r値が得られない。従ってFTは800℃以上に限定し、980℃以下にすることが好ましい。
【0055】
また、熱間圧延時の圧延荷重を低減するため仕上圧延の一部または全部のパスで潤滑圧延をおこなってもよい。潤滑圧延をおこなうことは鋼板形状の均一化や材質の均質化の観点からも有効である。潤滑圧延の際の摩擦係数は0.10〜0.25の範囲とするのが好ましい。さらに、相前後するシートバー同士を接合し、連続的に仕上圧延する連続圧延プロセスとすることも好ましい。連続圧延プロセスを適用することは熱間圧延の操業安定性の観点からも好ましい。
【0056】
圧延後550℃以上720℃以下で巻取る。この温度範囲が熱延板中にNbC、TiC、VCを析出させ、冷延前および再結晶前の固溶Cの低減に好適である。巻取温度(CT)が720℃を越えると冷間圧延、焼鈍後に高r値にすることができず、また結晶粒が粗大化し強度が低下するため高強度化の点から好ましくない。
【0057】
冷間圧延工程:
次いで、該熱延板に酸洗および冷間圧延を施し冷延板とする冷間圧延工程を施す。酸洗は通常の条件にておこなえばよい。冷間圧延条件は所望の寸法形状の冷延板とすることができればよく、特に限定されないが、冷間圧延時の圧下率は少なくとも50%以上とする。高r値化には高圧下率が有効であり、圧下率が50%未満では{111}再結晶集合組織が発達せず、優れた深絞り性を得ることが困難となる。一方、本発明では圧下率を85%までの範囲で高くするほどr値が上昇するが、85%を越えるとその効果が飽和するばかりでなく、圧延時のロールへの負荷も高まるため、上限を85%とする。
【0058】
焼鈍工程:
次に、冷間圧延した鋼板を、焼鈍温度:760℃以上950℃以下で焼鈍をおこなう。その際、700℃以上焼鈍温度以下の温度域で鋼板に0.1%以上2.0%以下の歪を付与する。{111}再結晶集合組織を発達させるには、760℃以上で焼鈍する必要がある。焼鈍温度が950℃を越えると再結晶粒が著しく粗大化し、特性が著しく劣化する。
【0059】
焼鈍中の歪付与は、本発明において重要な要件である。700℃以上では、鋼板は再結晶し、粒成長段階にある。粒成長段階で鋼板に歪を付与することで、<100>//ND方位などの深絞り性(r値)に好ましくない方位を有する結晶粒に歪が選択的に付与され、このように選択的に歪が付与されたフェライト粒は粒成長段階で消滅して、深絞り性に好ましい{111}//ND集合組織が鮮鋭化すると考えられる。さらに、焼鈍温度がAc1変態点以上の場合は、歪が付与されたフェライト粒が選択的にオーステナイトに変態することで、冷却時にオーステナイトからフェライトに変態した後の集合組織が鮮鋭化することが考えられる。この効果を発現させるためには、少なくとも0.1%の歪付与が必要である。一方、2.0%を超える歪付与は、歪付与により、結晶が回転し、圧延方向のr値に好ましくない結晶方位が発達するようになる。
【0060】
なお、歪量は圧延長手方向の伸び率とする。歪の付与方法については、特に限定するものではないが、r値に好ましくない方位を有する結晶粒に歪を選択的に付与させる観点からは、引張り歪がより好ましく、その他、圧延による歪付与、曲げによる歪付与がある。曲げ変形の場合は、板厚方向で歪量が異なるので、曲げ中立面から外側方向の板厚での曲げ歪の平均値が上記歪の範囲に入っていることが好ましい。例えば、引張り変形による歪の付与の場合は、焼鈍時に鋼板に付与される張力を制御することにより、歪量を調整することが可能である。また、曲げ変形による歪の付与の場合は、焼鈍時に鋼板表面にロールを押付けてロールの押付け圧力を制御することにより、歪量を調整することが可能である。
【0061】
上記焼鈍後の冷却速度は特に規定するものではないか、第2相として、マルテンサイトを面積率で1%以上形成させて、TSを540MPa以上とする場合は、焼鈍温度から500℃までの温度域の平均冷却速度が5℃/s以上15℃/s以下となるようにして冷却する必要がある。該温度域の平均冷却速度が5℃/s未満になるとマルテンサイトが形成されにくく、マルテンサイトの面積率が1%未満となる。平均冷却速度が15℃/sを超えると、第2相分率が高くなってフェライトの面積率が50%未満になることがあり、延性が劣る。そのため、焼鈍温度から500℃までの温度域の平均冷却速度を5℃/s以上15℃/s以下とすることが好ましい。500℃以下の冷却については、それまでの冷却によりγ相はある程度安定化するので、特に限定はしないが、引き続き、300℃まで5℃/s以上の平均冷却速度で冷却することが好ましく、過時効処理を施す場合は、過時効処理温度までを平均冷却速度が5℃/s以上になるようにすることが好ましい。このような冷却速度の制御は、ガスジェット冷却によって実施することができる。
【0062】
また、上記冷延板焼鈍工程の後に電気亜鉛めっき処理、あるいは溶融亜鉛めっき処理などの亜鉛系めっき処理を施し、鋼板表面にめっき層を形成しても良い。
【0063】
例えば、めっき処理として、溶融亜鉛めっき処理をおこなう際には、上記焼鈍を連続溶融亜鉛めっきラインにておこない、焼鈍後の冷却に引き続いて溶融亜鉛めっき浴に鋼板を浸漬して、鋼板表面に溶融亜鉛めっき層を形成すればよく、或いはさらに合金化処理をおこない、合金化溶融亜鉛めっき鋼板を製造してもよい。その場合、溶融めっきのポットから出た後、或いはさらに合金化処理した後の冷却においても、300℃までの平均冷却速度が5℃/s以上になるように冷却することが好ましい。
【0064】
また、上記焼鈍後の冷却までを焼鈍ラインでおこない、一旦室温まで冷却した後、溶融亜鉛めっきラインにて溶融亜鉛めっきを施し、或いはさらに合金化処理をおこなっても良い。
【0065】
ここで、めっき層は純亜鉛および亜鉛系合金めっきに限らず、AlやAl系合金めっきなど、従来、鋼板表面に施されている各種めっき層とすることも勿論可能である。
【0066】
また、冷延焼鈍板およびめっき鋼板には形状矯正、表面粗度等の調整を目的として調質圧延またはレベラー加工を施してもよい。調質圧延或いはレベラー加工の伸び率は合計で0.2〜15%の範囲内であることが好ましい。0.2%未満では形状矯正、粗度調整の所期の目的が達成できない、一方15%を越えると顕著な延性低下をもたらす。なお、調質圧延とレベラー加工では加工形式が相違するが、その効果は両者で大きな差がないことを確認している。調質圧延、レベラー加工はめっき処理後でも有効である。
【0067】
本発明法で製造された鋼板の組織は、フェライト単相または面積率で50%以上のフェライト相と、面積率で1%以上のマルテンサイト相を含む複合組織を有する。このフェライト相は、{111}再結晶集合組織を発達させたものである。良好な深絞り性を確保するには、r値の一番低い方向のr値を高くする必要がある。本発明法によれば、Ti、Nb、Vの炭化物形成元素とC量を制御することに加えて、焼鈍時にフェライト再結晶後の粒成長段階で所定量の歪を付与することで、r値が一番低い方向である圧延方向のr値を1.1以上にすることができる。その結果、鋼板は、引張強度が390MPa以上700MPa以下で、r値が一番低い方向のr値が1.1以上で優れた深絞り性を有する。
【0068】
良好な深絞り性を有し、引張強さ(TS)が540MPa以上の鋼板とするためには、面積率で50%以上のフェライト相と、面積率で1%以上のマルテンサイト相を含む鋼組織とすることが好ましい。フェライト相が面積率で50%未満となると、r値が一番低い圧延方向のr値が1.1未満になり、良好な深絞り性を確保することが困難となる。より好ましいフェライト相の面積率は70%以上である。複合組織の利点を利用するためには、フェライト相は99%以下とする。なお、ここでフェライト相とは、ポリゴナルフェライト相や、オーステナイト相から変態した転位密度の高いベイニチックフェライト相を意味する。
【0069】
マルテンサイト相が面積率で1%未満では良好な強度−延性バランスを得ることが難しくなる。マルテンサイト相は、面積率で3%以上存在することがより好ましい。
【0070】
なお、上記したフェライト相、マルテンサイト相の他に、パーライト、ベイナイトあるいは残留γ相などの金属相を含んだ組織としてもよい。
【0071】
深絞り性の点からは、平均r値が1.4以上であることが好ましい。本発明法によれば、上記きたTi、Nb、VとC量の制御、焼鈍時の歪付与により、平均r値を1.4以上とすることも可能である。
【実施例】
【0072】
次に、本発明の実施例について説明する。
【0073】
表1に示す組成の溶鋼を転炉で溶製し、連続鋳造法でスラブとした。これら鋼スラブを1250℃に加熱し粗圧延してシートバーとし、次いで表2に示す条件で仕上圧延後、巻取り、熱延板を得た。この熱延板を酸洗後圧下率65%の冷間圧延を行い板厚1.2mmの冷延板とした。この冷延板に連続焼鈍ラインにて、表2に示す焼鈍温度で焼鈍するとともに、その際、表2の条件で歪付与を行った。鋼板に付与される歪量は、鋼板に付与される張力による引張応力またはロールへの巻きつけによる曲げ応力を調整することによって調整した。引張応力については、テンションメータ(ロードセル)により実張力を測定しながら、測定板厚から計算される所定の伸び率となるように張力を調整した。ロールの押し付けについては、ロールを押し込んだ時の鋼板表面の板厚歪が所定の歪量になるように押し付け量を調整した。表2の焼鈍温度で均熱した後の冷却はガスジェット冷却でおこなった。さらに得られた冷延焼鈍板に伸び率0.5%の調質圧延を施した。
【0074】
なお、No.2の鋼板は、連続溶融亜鉛めっきラインにて冷延板焼鈍工程を施し、その後引き続きインラインで溶融亜鉛めっき(めっき浴温:480℃)を行い、伸び率0.5%の調質圧延を施して溶融亜鉛めっき鋼板とした。
【0075】
前記で製造した各冷延焼鈍板(冷延鋼板、溶融亜鉛めっき鋼板)について、鋼板組織、引張特性、およびr値を調査した。調査方法は下記の通りである。調査結果を表2に示す。
【0076】
(1)引張特性
各得られた冷延焼鈍板から圧延方向に対して90°方向(C方向)にJIS5号引張試験片を採取し、JIS Z 2241の規定に準拠してクロスヘッド速度10mm/minで引張試験をおこない、降伏点(YP)、引張強さ(TS)、伸び(EL)を求めた。
【0077】
(2)r値
得られた各冷延焼鈍板の圧延方向(L方向)、圧延方向に対し45°方向(D方向)、圧延方向に対し90°方向(C方向)からJIS5号引張試験片を採取した。これらの試験片に10%の単軸引張り歪を付与した時の各試験片の幅歪と板厚歪を求め、JIS Z 2254の規定に準拠して平均r値(平均塑性歪比)を求め、これをr値とした。なお、表2のr minはr値が一番低いr値で、圧延方向のr値である。
【0078】
(3)鋼板組織
鋼板のミクロ組織は、3%ナイタールで腐食後、走査型電子顕微鏡で1000倍の倍率にて、3視野を写真撮影し、画像解析により、フェライト分率(面積率)を測定した。フェライト以外の相については、5000倍の倍率で観察し、その種類を確認し、3視野でマルテンサイトの分率(面積率)を画像処理により求めた。
【0079】
【表1】

【0080】
【表2】

【0081】
表2より明らかなように、本発明例では、いずれもTSが390MPa以上700MPa以下で、圧延方向のr値(r min)が1.1以上を有している。また、平均r値が1.4以上である。これに対し、本発明範囲を外れる条件で製造した比較例は、TSが390MPa以上700MPa以下、圧延方向のr値が1.1以上の条件の少なくとも一つを満足しない。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明によれば、引張強度が390MPa以上700MPa以下で、圧延方向のr値が1.1以上の高r値を有する高強度鋼板を、連続焼鈍で安価にかつ安定して製造することが可能となる。例えば本発明の高強度鋼板を自動車部品に適用した場合、これまでプレス成形が困難であった部位も高強度化が可能となり、自動車車体の衝突安全性や軽量化に寄与できる。また自動車部品に限らず家電部品やパイプ用素材としても適用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.0005〜0.040%、Si:1.5%以下、Mn:0.5〜3.0%、P:0.005〜0.1%、S:0.01%以下、Al:0.005〜0.5%、N:0.005%以下を含有し、さらに、Nb:0.5%以下、Ti:0.5%以下、V:0.5%以下の1種または2種以上を含有する組成からなる鋼スラブを、熱間圧延にて仕上圧延出側温度:800℃以上とする仕上圧延を施し、550℃以上720℃以下で巻取り、冷却して熱延板とする熱間圧延工程と、該熱延板に酸洗および圧下率50%以上85%以下の冷間圧延を施し冷延板とする冷間圧延工程と、該冷延板に、焼鈍温度:760℃以上950℃以下で焼鈍をおこない、その際700℃以上焼鈍温度以下の温度域で0.1%以上2.0%以下の歪を付与する焼鈍工程を有することを特徴とする深絞り性に優れた高強度鋼板の製造方法。
【請求項2】
前記組成に加えてさらに、質量%で、Cr:0.5%以下、Mo:0.5%以下の1種または2種を含有することを特徴とする請求項1に記載の深絞り性に優れた高強度鋼板の製造方法。
【請求項3】
さらに、請求項1または2に記載の製造方法は、亜鉛系めっき処理を施す工程を有することを特徴とする深絞り性に優れた高強度鋼板の製造方法。

【公開番号】特開2011−202251(P2011−202251A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−72268(P2010−72268)
【出願日】平成22年3月26日(2010.3.26)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】