説明

溶射用アトマイズ粉末の製造方法

【課題】溶射性が良好で、かつ、得られる溶射皮膜の特性が良好な溶射用アトマイズ粉末の製造方法を提供する。
【解決手段】アトマイズ法により製造された粉末を所定の厚さに堆積させ、該堆積させた粉末に振動を加え、該堆積させた粉末からなる層の表層部に浮き上がってきた異形状粒子および中空粒子を除去する。前記粉末に加えられる振動が、水平旋回振動で、かつ、1分間あたりの回転数が20〜50rpm、旋回半径が5〜100mmであることが好ましい。この水平旋回振動は円形振動機によってなすことができる。また、前記円形振動機内に容器3を載置し、該容器に、前記振動を加えられる粉末を深さが1cm以上5cm以下となるように投入することが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶射用アトマイズ粉末の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
溶射法は、溶射材料を燃焼炎やプラズマ熱源中に投入することで、溶射材料を溶融または半溶融状態の粒子にして被覆対象の基材表面に吹き付け、皮膜を形成する表面処理方法である。簡便な作業で実施でき、作業性に優れるとともに、硬質皮膜の形成が容易にできることから、耐摩耗性、防食性、耐熱性、断熱性等を向上させるための最も有力な手段の一つとして、今日では様々な産業分野で使用されている。
【0003】
溶射材料としては、金属、セラミック、サーメット等があり、溶射ガンの仕様に応じて、粉末状、ワイヤ状、棒状などの形態で使用されている。
【0004】
このうち粉末状の溶射材料である溶射用粉末の製造には、例えば、特許文献1および2等に記載された装置を用いたアトマイズ法が多く用いられている。アトマイズ法とは溶湯噴霧法の一種であり、原料を溶解炉で溶融し、タンディッシュにより流量および流速を調整した溶湯を、高圧の水または不活性ガスなどの冷却媒体により粉砕し、冷却タンク中の落下過程で冷却して凝固させて合金粉末を得る方法である。溶湯の表面張力により、溶湯は球状に凝固する。
【0005】
アトマイズ法により得られた粉末は、粒子表面が滑らであり、形状は球状であることから、流動性が高い。また、合金化されているので、粒子の一粒一粒は均一な組成である。このため、他の製法で得られた混合粉末や造粒焼結粉末などの粉末を用いて溶射を行った場合と比べて、溶射により得られる皮膜は均質性に優れている。
【0006】
溶射用粉末の評価における重要な特性の一つとして、見掛け密度が挙げられる。見掛け密度とは、単位体積当たりに充填された粉末の質量のことであり、粉末の充填量を表すものである。粒度が微細であるほど、また、形状が球状から外れた異形状の粒子が少ないほど、さらには粒子内部に空隙がないほど高い値となる。特に、形状が球状から外れた異形状粒子の存在は、溶射用の粒子を一定の割合で供給することを難しくし、均一な溶射膜を得ることが困難となる等の溶射性の低下を招く。また、粒子内部に空洞のある粒子(中空粒子)を多く含む粉末を溶射用粉末に使用して得た溶射皮膜には、空孔が多く、皮膜の特性が低下するという問題点がある。
【0007】
一方、溶射用粉末の粒度については、粒子自体の材質と溶射ガンの仕様に合わせて、所望の粒度範囲へと分級し、調整することは、従来の溶射用アトマイズ粉末の製造方法でもなされているものの、上記の異形状粒子や中空粒子の除去が困難であった。
【0008】
このため、従来の溶射用アトマイズ粉末の製造方法で製造したアトマイズ粉末を用いて溶射を行う場合、所望の溶射性および溶射皮膜の特性が得られないという問題点があった。
【0009】
【特許文献1】特開平5−179315号公報
【0010】
【特許文献2】特開平9−20901号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、溶射性が良好で、かつ、得られる溶射皮膜の特性が良好な溶射用アトマイズ粉末の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係る溶射用アトマイズ粉末の製造方法は、アトマイズ法により製造された粉末を所定の厚さに堆積させ、該堆積させた粉末に振動を加え、該堆積させた粉末からなる層の表層部に浮き上がってきた異形状粒子および中空粒子を除去することを特徴とする。
【0013】
前記粉末に加えられる振動は、水平旋回振動で、かつ、1分間あたりの回転数が20〜50rpm、旋回半径が5〜100mmであることが好ましい。
【0014】
前記水平旋回振動は、例えば円形振動機によってなされる。
【0015】
また、前記円形振動機内に容器を載置し、該容器に、前記振動を加えられる粉末を深さが1cm以上5cm以下となるように投入することが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、異形状粒子および中空粒子が効果的に除去された溶射用アトマイズ粉末を製造することができる。その結果、溶射性が良好で、かつ、得られる溶射皮膜の特性が良好な溶射用アトマイズ粉末を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、アトマイズ後の粉末を堆積させた層を円形振動機により水平方向にゆっくりと水平旋回振動させることによって、異形状粒子については他の球状粒子との沈降性の差により、中空粒子については見掛けの比重差により、分離が可能であることを見出した。
【0018】
すなわち、異形状粒子は、他の球状粒子よりも流動性が低いために、粉末を堆積させた層内を沈降しにくい。中空粒子は、流動性は他の粒子と同じであるものの、粒子中に空隙があるため粒子としての比重が小さく堆積層中を沈降しにくい。したがって、溶射用アトマイズ粉末を振動させることにより、正常粒子が優先的に堆積層内を沈降することになる。この結果、異形状粒子および中空粒子は、相対的に堆積層の表層に浮き上がってくる。
【0019】
また、異形状粒子および中空粒子は、正常粒子とは色調が異なる。
【0020】
したがって、溶射用アトマイズ粉末を振動させた後に、異形状粒子および中空粒子だけを除去することが可能となる。
【0021】
また、本発明の方法は、その振動方法が水平方向における水平旋回振動であることに特徴があり、この振動方法を用いているため、高い分離効果が得られる。上下運動や水平方向の往復運動では、堆積層の表層に浮かび上がってきた異形状粒子および中空粒子が再び沈降してしまったり、容器側面で跳ね返った粒子が堆積層の表層に覆い被さるため、異形状粒子および中空粒子が表層部以外に残ったり、表層部にある程度の量の正常粒子が残ってしまう。これに対し、本発明の方法は、その振動方法が水平方向における水平旋回振動であるため、浮かび上がってきた異形状粒子および中空粒子が再び沈降することは起こりにくい。また、容器側面での粒子の跳ね返りも生じにくい。
【0022】
なお、本発明における水平旋回振動は、粉末に適度な振動を与え、かつ、粉末が跳ね上がらない程度のものであることが必要であることから、水平旋回振動の回転数としては、20〜50rpmであることが必要である。水平旋回振動の回転数が20rpmを下回ると粉末の振動量が少なく、異形状粒子および中空粒子の浮き上がりが生じない。一方、水平旋回振動の回転数が50rpmを超えると、跳ね上がった粉末が表層に覆い被さってしまう。また、水平旋回振動の旋回半径としては、5〜100mmであることが必要である。水平旋回振動の旋回半径が5mmを下回ると粉末の振動量が少なく、異形状粒子および中空粒子の浮き上がりが生じない。一方、水平旋回振動の旋回半径が100mmを超えると、跳ね上がった粉末が表層に覆い被さってしまう。
【0023】
また、本発明に係る方法においてより高い効果を得るためには、円形振動機内に載置する容器に対する粉末の投入量が、5cmの深さを超えないようにすることが望ましい。正常粒子の必要な沈降距離、並びに異形状粒子および中空粒子の必要な浮き上がり距離を短くすることによって、異形状粒子および中空粒子の浮き上がりを促進させるためであり、容器内の粉末の深さが5cmを超えると、容器の底付近における異形状粒子および中空粒子が十分には浮き上がらず、取り除けなくなってしまうからである。一方、深さが1cm未満の場合には、粒子の沈降、浮き上がりが生じないため、分離ができない。
【0024】
図1に本発明の実施に用いることのできる円形振動機の模式図を示す。加振装置1により所定の回転速度でシャフト2が回転し、容器3が旋回半径rで回転し、粉末層4には水平旋回振動が加えられる。
【実施例】
【0025】
以下、実施例により本発明に係る方法を具体的に説明する。
【0026】
(実施例1)
質量比にて、C:0.9%、Si:4.3%、Cr:17.0%、B:3.5%、Fe:4.0%、残部:Niとなるように配合した原料を高周波誘導真空溶解炉を用いて真空溶解し、得られた1650℃程度の溶湯を水アトマイズ法によって合金粉末にした。この合金粉末を熱風乾燥後、振動式分級機(株式会社徳寿工作所製)にて45〜125μmに分級した。得られた粉末を略円筒状のステンレス製容器に入れ、円形振動機(株式会社徳寿工作所製)内に載置し、30rpmの回転数で10分間の振動を加えた。表面に浮き上がってきた色調の異なる粒子を刷毛で取り除くことにより、実施例1の溶射用粉末を作製した。この溶射用粉末の流動度と見掛け密度を表1に示す。
【0027】
粉末の流動度はJIS Z 2502に記載の金属粉の流動度測定方法に準拠して測定し、見掛け密度はJIS Z 2504に記載の金属粉の見掛け密度測定方法に準拠して測定した。
【0028】
次に、この合金粉末を用いて、粉末式フレーム溶射ガンにより、SS400軟鋼の基板上に3mmの厚さに溶射した後、燃焼炎トーチ(酸素−アセチレンバーナ)により1000℃以上に加熱し、再溶融処理を施して自溶合金溶射皮膜を形成した。さらに、この皮膜の表面を切削、及び研磨して試験片を作製した。この試験片により、得られた溶射皮膜の空孔率と硬度(表面、断面)を測定した。測定結果を表1に示す。
【0029】
皮膜の空孔率はX線反射率測定により測定し、表面硬度はロックウェル硬度計(Cスケール)により測定し、断面硬度はビッカース硬度計(荷重:9.807N(1.0kgf))により測定した。
【0030】
(実施例2)
分級粒度範囲を20〜53μmとした以外は実施例1と同様にして、実施例2の溶射用粉末を作製した。この溶射用粉末の流動度と見掛け密度を表1に示す。
【0031】
次に、この合金粉末を用いて、高速ガス炎溶射法(燃料:ケロシン−酸素)により、SS400軟鋼の基板上に1mm厚さの溶射被膜層を形成した後、燃焼炎トーチ(酸素−アセチレンバーナ)にて1000℃以上に加熱し、再溶融処理を施して試験片を作製した。この試験片により、得られた溶射皮膜の空孔率と硬度(断面)を測定した。測定結果を表1に示す。
【0032】
(比較例1)
実施例1では、水アトマイズ法によって製造した合金粉末を45〜125μmに分級した後、円形振動機により水平旋回振動を加え、表面に浮き上がってきた色調の異なる粒子を刷毛で取り除いて溶射用粉末としたが、比較例1では円形振動機による操作を行わず、水アトマイズ法によって製造した合金粉末を45〜125μmに分級しただけのものを溶射用粉末とした。
【0033】
比較例1のサンプルとして得られた溶射用粉末について、実施例1と同様にして、溶射用粉末の流動度および見掛け密度、並びに得られた溶射皮膜の空孔率および硬度(表面、断面)を測定した。その測定結果を表1に示す。
【0034】
(比較例2)
実施例2では、水アトマイズ法によって製造した合金粉末を20〜53μmに分級した後、円形振動機により水平旋回振動を加え、表面に浮き上がってきた色調の異なる粒子を刷毛で取り除いて溶射用粉末としたが、比較例2では円形振動機による操作を行わず、水アトマイズ法によって製造した合金粉末を20〜53μmに分級しただけのものを溶射用粉末とした。
【0035】
比較例2のサンプルとして得られた溶射用粉末について、実施例2と同様にして、溶射用粉末の流動度および見掛け密度、並びに得られた溶射皮膜の空孔率および硬度(断面)を測定した。その測定結果を表1に示す。
【0036】
【表1】

【0037】
表1に示す結果からわかるように、本発明方法によって製造した溶射用アトマイズ粉末(実施例1、2)は、公知の製造方法によって製造した溶射用アトマイズ粉末(比較例1、2)よりも高い流動度と見掛け密度を有する。このため、溶射によって得られる溶射皮膜も、実施例1及び2の溶射用アトマイズ粉末を用いた場合の方が、比較例1及び2の溶射用アトマイズ粉末を用いた場合よりも良好になると考えられる。
【0038】
実際に得られた溶射皮膜の空孔率および硬度を測定したところ、表1に示すように、実施例1及び2の溶射用アトマイズ粉末を用いた溶射皮膜の方が、比較例1及び2の溶射用アトマイズ粉末を用いた溶射皮膜よりも空孔率が小さく、かつ、硬度も大きく、良好な溶射皮膜であった。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明の実施に用いることのできる円形振動機の模式図である。
【符号の説明】
【0040】
1 加振装置
2 シャフト
3 容器
4 粉末層
r 旋回半径

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アトマイズ法により製造された粉末を所定の厚さに堆積させ、該堆積させた粉末に振動を加え、該堆積させた粉末からなる層の表層部に浮き上がってきた異形状粒子および中空粒子を除去することを特徴とする溶射用アトマイズ粉末の製造方法。
【請求項2】
前記粉末に加えられる振動が、水平旋回振動で、かつ、1分間あたりの回転数が20〜50rpm、旋回半径が5〜100mmであることを特徴とする請求項1に記載の溶射用アトマイズ粉末の製造方法。
【請求項3】
前記水平旋回振動が円形振動機によってなされることを特徴とする請求項2に記載の溶射用アトマイズ粉末の製造方法。
【請求項4】
前記円形振動機内に容器を載置し、該容器に、前記振動を加えられる粉末を深さが1cm以上5cm以下となるように投入することを特徴とする請求項3に記載の溶射用アトマイズ粉末の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2006−102672(P2006−102672A)
【公開日】平成18年4月20日(2006.4.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−294288(P2004−294288)
【出願日】平成16年10月6日(2004.10.6)
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)
【Fターム(参考)】