説明

溶接構造体

【課題】脆性亀裂の伝播を停止させる溶接構造体であって、合金を多く含む高コストなアレスター材を用いず簡単な加工により、脆性亀裂が万一発生した場合でも大規模破壊に至る前にその伝播を停止させるようにした溶接構造体を提供する。
【解決手段】2枚の金属板2aが溶接により継ぎ合わされてなる接合板2と、接合板2に溶接により接合される被接合板4と、を備え、2枚の金属板2a間の溶接継手部6が、被接合板4に向かって接合板2と被接合板4との接合位置付近まで延びている溶接構造体において、溶接継手部6が被接合板4に向かう方向において、溶接継手部6と被接合板4とが接触しないとともに、溶接継手部6と被接合板4との間に接合板2と被接合板4とを接合する溶接部が存在しないように構成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンテナ船やバルクキャリア等の溶接施工された溶接構造体において、その強度を確保できる溶接構造体に関する。より詳しくは、本発明は、溶接構造体における溶接継手部で脆性亀裂が万一発生した場合に、その伝播を停止できるようにする溶接構造体に関する。
【0002】
コンテナ船やバルクキャリア等は、複数の鋼板を溶接接合して建造される溶接構造体である。このような溶接構造体についてコンテナ船を例にして図面を参照して説明するが、バルクキャリアの場合も断面形状がコンテナ船のものとは異なるもののほぼ同様の溶接構造体である。
【0003】
図8(a)はコンテナ船の平面図であり、図8(b)は図8(a)のb−b線矢視図である。また、図9(a)は図8(b)の矢印Aで示す部分の拡大図であり、図9(b)は図9(a)のb−b線矢視図である。
【0004】
図8(a)に示すように、上甲板4は、船首から船尾まで続いており、舷側外板14及び舷側内板16に溶接されている。上甲板4、舷側外板14及び舷側内板16は船殻を構成する。また、図8(b)に示すように、上甲板4にはハッチコーミング板2が溶接接合されている。ハッチコーミング板2は船殻の強度を増す働きをしており、強度上最も重要な部材のひとつである。上甲板4、舷側外板14、舷側内板16、ハッチコーミング板2の各々は複数の鋼板を溶接で継ぎ合わせて形成されている。
【0005】
コンテナ船は、図8に示すように、大きな船倉32を内部に有し、船倉上部に大きな開口34を有するため、内部に船殻の強度を補強する部材を密に配置することができない。従って、コンテナ船においては、船殻の強度を確保することが必要である。
【0006】
船殻等の溶接構造体の強度を確保するためには、溶接構造体における溶接継手部(例えば、図9(b)の溶接継手部6)の靭性を確保することが基本である。しかし、エレクトロガス溶接等の大入熱溶接により溶接を行った場合には、熱影響により溶接継手部の靭性が低下する傾向がある。また、溶接継手部に欠陥が存在することもあり得る。従って、これらを原因として脆性亀裂が発生する可能性がある。
【0007】
溶接継手部において脆性亀裂が発生した場合、図9(b)を例にとると、溶接継手部6の残留応力により脆性亀裂が溶接継手部6から鋼母材2a側に逸れていくことが多い。このような伝播停止機能は、板厚50mm以下の鋼板において得られる。
【0008】
しかし、それ以上の板厚の鋼板では、脆性亀裂が、母材側に逸れずに溶接継手部に沿って伝播してしまう可能性が指摘されている。例えば、下記の非特許文献1には、板厚70mmの高強度極厚鋼板の大入熱溶接継手部において、脆性亀裂が母材側に逸れることなく、溶接継手部に沿って直進し、その伝播が停止せず高強度極厚鋼板が分断した実験例が示されている。
【0009】
特に、近年、コンテナ船に使用される鋼材の板厚は、コンテナ船の大型化に伴い増してきている。具体的には、6000TEUを越える大型船が建造されるようになってきており、それに用いられる鋼材の板厚は50mm以上となり、8000TEU級以上のコンテナ船では、使用鋼材の板厚は70mmを超えるようになっている。
【0010】
使用鋼材の板厚が増してくると、溶接継手部で発生した脆性亀裂は、母材側に逸れることなく伝播してしまう可能性が増してくる。最悪の事態として、脆性亀裂が溶接継手部を超えて他の箇所にも貫通伝播し、船体が真っ二つに折損してしまうなどの大規模破壊に至る場合が考えられる。従って、溶接継手部に脆性亀裂が発生する場合を想定し、大規模破壊に至る前に脆性亀裂の伝播を停止させる機能を船舶に備えておくことが極めて重要である。
【0011】
このような脆性亀裂の伝播停止手段は、例えば、特許文献1〜4に開示されている。
【0012】
特許文献1には、溶接継手部に交差するように設けられる補強材として、脆性破壊特性に優れた表層細粒鋼を用いることが記載されている。
【0013】
特許文献2には、溶接継手部に交差するように設けられる補強材として、脆性破壊特性に優れた表層細粒鋼を用いるとともに、溶接継手部と補強材とが交差する領域のうち、溶接継手部のビード幅以上の幅で、かつ補強材の表面又は裏面から板厚の70%以上の長さを有する範囲を完全に溶け込ませる溶接を施すことが記載されている。
【0014】
特許文献3には、垂直部材の脆性亀裂を停止させたい領域に、当該領域の垂直部材と溶接金属をくり抜き、当該部分に特定の板厚と板長を有するアレスター材を挿入することが記載されている。
【0015】
特許文献4には、脆性亀裂を停止させる領域に対し、当該領域の溶接継手部の一部を除去した後、当該部分を破壊靭性の優れた溶接材料を用いて補修溶接し、溶接継手部の長手方向に対する補修溶接部外縁方向の角度を10度から60度とすることが記載されている。
【特許文献1】特開2004−232052号公 「耐脆性破壊に優れた溶接構造体」
【特許文献2】特開2005−111501号公報 「耐脆性破壊伝播特性に優れた溶接構造体」
【特許文献3】特開2005−319516号公報 「耐脆性き裂伝播性に優れた溶接構造体の溶接方法および溶接構造体」
【特許文献4】特開2005−131708号公報 「耐脆性き裂伝播性に優れた溶接構造体およびその溶接方法」
【非特許文献1】日本船舶海洋工学会誌 第3号第73〜74頁(2005年11月10日) 「超大型コンテナ船の開発 −新しい高強度極厚鋼板の実用―」
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
しかし、特許文献1、2の場合には、特別な表層細粒鋼を用意する必要がある。また、特許文献3の場合には、アレスト特性を持つ高コストなアレスター材を用いる必要がある。さらに、特許文献4の場合には、特定の箇所をくり抜く作業に加え、補修溶接部を特定の形状に加工する細かい作業が必要となる。
【0017】
そこで、本発明の目的は、特許文献1〜4とは異なる手段により、脆性亀裂の伝播を停止させる溶接構造体であって、合金を多く含む高コストなアレスター材を用いず簡単な加工により、脆性亀裂が万一発生した場合でも大規模破壊に至る前にその伝播を停止させるようにした溶接構造体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本願の第1発明は、次の着目点によりなされたものである。溶接継手部を含む接合板(例えば、図9(b)のハッチコーミング板2)を被接合板(例えば、図9(b)の上甲板4)に溶接する場合、接合板の溶接継手部(例えば、図9(b)の溶接継手部6)が、接合板と被接合板との溶接部に接触していると、溶接継手部にて発生伝播した脆性亀裂が、接合板と被接合板との溶接部を貫通して被接合板中にも伝播する可能性がある。なぜなら、接合板と被接合板との溶接部は、溶接時の入熱により靭性が低下し、この溶接部が伝播経路となる可能性がある。本発明は、この点に着目し、接合板と被接合板との境界において、接合板の溶接継手部に沿って伝播してきた脆性亀裂を停止させるものである。
【0019】
即ち、上記課題を達成すべく、本願の第1発明によると、2枚の金属板が溶接により継ぎ合わされてなる接合板と、該接合板に溶接により接合される被接合板と、を備え、前記2枚の金属板間の溶接継手部が、前記被接合板に向かって前記接合板と被接合板との接合位置付近まで延びている溶接構造体において、前記溶接継手部が被接合板に向かう方向において、前記溶接継手部と被接合板とが接触しないとともに、前記溶接継手部と被接合板との間に前記接合板と被接合板とを接合する溶接部が存在しないように構成されている、ことを特徴とする溶接構造体が提供される。
【0020】
上記構成では、溶接継手部が被接合板に向かう方向において、溶接継手部と被接合板との間に溶接部等の脆性亀裂伝播経路が存在しない。従って、溶接継手部と被接合板との境界において脆性亀裂の伝播を停止できる。
また、溶接継手部が被接合板に向かう方向において、溶接継手部と被接合板とが接触しないとともに、溶接継手部と被接合板との間に接合板と被接合板とを接合する溶接部が存在しないようにすることは、高コストな高アレスター鋼材も必要とせず簡単になすことができる。
このように、本発明により、高コストなアレスター材を用いず簡単な加工により、脆性亀裂が万一発生した場合でも、大規模破壊に至る前にその伝播を停止させることができる。
【0021】
また、本願の第2発明は、次の着目点によりなされたものである。溶接継手部を含む2枚の接合板(例えば、図9(b)の2枚のハッチコーミング板2a)が溶接された溶接構造体においては、脆性亀裂が溶接線方向に溶接継手部に沿って伝播すると想定される。この点に着目し、第2発明では、溶接金属と、溶接時の入熱により靭性が低下した部分を貫通する穴を設けることで、脆性亀裂の伝播経路を無くすようにした。
【0022】
即ち、上記課題を達成すべく、本願の第2発明によると、2枚の金属板が溶接により継ぎ合わされてなる接合板を含む溶接構造体において、2枚の金属板間において延びている溶接継手部を途中で分割するように、該溶接継手部を前記接合板の厚み方向に貫通する穴が設けられている、ことを特徴とする溶接構造体が提供される。
【0023】
上記構成では、2枚の金属板間において延びている溶接継手部を途中で分割するように、該溶接継手部を貫通する穴が設けられているので、穴により分割された溶接継手部の間に脆性亀裂伝播経路が存在しない。従って、分割された溶接継手部の間において脆性亀裂の伝播を停止できる。
また、溶接継手部を分割する穴を形成することは、高コストな高アレスター鋼材も必要とせず簡単になすことができる。
このように、本発明により、高コストなアレスター材を用いず簡単な加工により、脆性亀裂が万一発生した場合でも、大規模破壊に至る前にその伝播を停止させることができる。
しかも、溶接継手部を分割する穴を形成することで脆性亀裂の伝播を停止させるようにしたので、既に製作された溶接構造体にも適用できる。例えば、製作済みの溶接構造体に含まれる2枚の金属板間の溶接継手部を貫通する穴を形成することで、製作済みの溶接構造体に脆性亀裂伝播機能を備えさせることができる。
【0024】
本発明の好ましい実施形態によると、前記接合板における前記接合位置付近には、溶接継手部と被接合板との間に接合板の厚み方向に貫通する穴が形成されており、これにより、前記溶接継手部と被接合板とが接触しないとともに、前記溶接継手部と被接合板との間に前記接合板と被接合板とを接合する溶接部が存在しないようになっている。
【0025】
これにより、溶接継手部が被接合板に向かう方向において、溶接継手部と被接合板との間に溶接部等の脆性亀裂伝播経路が存在しないようにできる。従って、高コストなアレスター材を用いず簡単な加工により、脆性亀裂の伝播を停止できる。
【0026】
前記穴の開口を塞ぐカバー部材が設けられており、該カバー部材は前記接合部材及び被接合部材の少なくともいずれかに隅肉溶接により接合されていてもよい。
【0027】
このように、カバー部材に穴を塞ぐことで、接合板を水密にすることができる。
また、隅肉溶接は脚長が小さいので、隅肉溶接が脆性亀裂の伝播に与える影響は小さい。従って、隅肉溶接によりカバー部材を取り付けても、脆性亀裂の伝播を停止できる。
【0028】
本発明の別の実施形態によると、前記接合位置付近には、前記溶接部と被溶接板との間に接触防止部材が介在しており、これにより、前記溶接継手部と被接合板とが接触しないとともに、前記溶接継手部と被接合板との間に前記接合板と被接合板とを接合する溶接部が存在しないようになっている。
【0029】
これにより、溶接継手部が被接合板に向かう方向において、溶接継手部と被接合板との間に溶接部等の脆性亀裂伝播経路が存在しないようにできる。従って、高コストなアレスター材を用いず簡単な加工により、脆性亀裂の伝播を停止できる。
【発明の効果】
【0030】
上述の本発明によると、高コストなアレスター材を用いず簡単な加工により、脆性亀裂が万一発生した場合でも大規模破壊に至る前にその伝播を停止させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
本発明を実施するための最良の実施形態を図面に基づいて説明する。なお、各図において共通する部分には同一の符号を付し、重複した説明を省略する。
【0032】
[第1実施形態]
図1(a)は、図8(b)における矢印Aで示す部分の拡大図であるが、本発明の第1実施形態(第1発明に対応)による溶接構造体をコンテナ船のハッチコーミング及び上甲板に適用した場合を示している。
【0033】
図1(a)に示すように、第1実施形態による溶接構造体は、ハッチコーミング板2を上甲板4に溶接接合してなる構造体である。
【0034】
図1(b)は、図1(a)のb−b線矢視図である。図1(b)に示すように、ハッチコーミング板2は、2枚以上の金属板2a(この例では、鋼板)を、その端面同士を突き合わせて溶接接合してなるものである。なお、ハッチコーミング板2の側面には、溶接継手部6と直行する方向に延びている補強材としての骨材8が、隅肉溶接により接合されている。また、ハッチコーミング板2の上端には水平方向に配置されるトッププレート12が溶接接合されている。
【0035】
上甲板4は、図1(a)のように、舷側外板14と舷側内板16の上端部に接合されている。この上甲板4に、ハッチコーミング板2の下端部が溶接により接合されている。
【0036】
ハッチコーミング板2の溶接継手部6は、上甲板4に向かってハッチコーミング板2と上甲板4との接合位置付近まで延びている。
【0037】
図1(c)は、図1(b)における矢印cで示す部分の拡大図である。図1(c)に示すように、第1実施形態によると、ハッチコーミング板2と上甲板4との接合位置付近には、溶接継手部6が上甲板4に接触しないように、その厚み方向に貫通する空間である穴18が形成されている。
【0038】
このように、第1実施形態による溶接構造体では、ハッチコーミング板2の穴18により、溶接継手部6が上甲板4に向かう方向において、溶接継手部6が上甲板4と接触しないとともに、溶接継手部6と上甲板4との間にハッチコーミング板2と上甲板4とを接合する溶接部が存在しないようになっている。即ち、ハッチコーミング板2の穴18により、溶接継手部6と上甲板4との間に溶接部等の脆性亀裂伝播経路が存在しない。これにより、溶接継手部6と上甲板4との境界において、溶接継手部6を伝播してきた脆性亀裂を停止できる。なお、本願において、溶接部とは、溶接金属及び溶接時の熱影響により靭性が低下した部分を含む概念である。
【0039】
図2は、ハッチコーミング板2と上甲板4との溶接を示す図である。図2(a)は、図1(c)と同じであり、図2(b)は図2(a)のb−b線矢視図であり、図2(c)は図2(a)のc−c線矢視図である。図2(b)のように、穴18の存在しない矢印A方向の範囲では、ハッチコーミング板2と上甲板4とは隅肉溶接部22により接合されている。一方、図2(c)に示すように、穴18の存在する矢印A方向の範囲では、ハッチコーミング板2と上甲板4とは溶接されていない。なお、図2(b)の溶接の代わりに、図2(d)に示すように、穴18の存在しない矢印A方向の範囲において、溶接部24がハッチコーミング2及び上甲板4の内部まで延びていてもよい。
【0040】
ハッチコーミング板2を水密にする場合には、次のように、穴18を塞ぐカバープレートをハッチコーミング板2に取り付けることができる。
【0041】
図3(a)は、図1(c)の構成にカバープレート26を付加した場合を示している。図3(b)は、図3(a)のb−b線矢視図である。図3(b)に示すように、ハッチコーミング板2の一方の側面に、カバープレート26を接合させる。これにより、溶接継手部6の先端に形成されている穴18を塞ぐ。なお、カバープレート26は、穴18を塞ぐカバー部材を構成する。カバー部材は平板状でなくてもよい。
【0042】
図3(c)は、図3(b)のc−c線矢視図である。図3(a)〜(c)に示すように、これらカバープレート26とハッチコーミング板2との接合は符号22で示す隅肉溶接により行う。また、このカバープレート26を上甲板4に対しても隅肉溶接により接合させる。なお、図3(a)に示した隅肉溶接部22は図3(b)、(c)では省略してあり、図3(b)に示した隅肉溶接部22は図3(a)、(c)では省略してあり、図3(c)に示した隅肉溶接部22は図3(a)、(b)では省略してある。
【0043】
隅肉溶接は脚長が小さいので、隅肉溶接が脆性亀裂の伝播に与える影響は小さい。従って、隅肉溶接によりカバープレート26を取り付けても、溶接継手部6から上甲板4中へ脆性亀裂が伝播することを防止できる。
【0044】
ハッチコーミング板2の溶接継手部6と、舷側外板14又は舷側内板16の溶接継手部6’との位置関係について述べる。
従来のコンテナ船では、より安全にするために、図9(b)に示すように、溶接継手部6と溶接継手部6’の矢印A方向の位置をずらしていた。
これに対し、本実施形態では、図1(b)に示すように、溶接継手部6と溶接継手部6’の矢印A方向の位置を同じにすることができる。これは、万一溶接継手部6で脆性亀裂が発生した場合には、上述のように、脆性亀裂の伝播を溶接継手部6と上甲板4との境界で停止できるからである。
このように、本実施形態では、溶接継手部6、6’の矢印A方向の位置を同じにできることにより、次の点(1)〜(3)が可能となる。(1)ハッチコーミング板2の溶接継手部6の位置と、上甲板4の溶接継手部6’の位置を気にせずに設計・施工できる、(2)ハッチコーミングと上甲板4をまとめてブロックとしてドック(船台)に搭載できる。(3)同じ構造がHOLD毎に繰り返されるコンテナ船では、部品を統一することができる。なお、従来では、溶接継手部6、6’の位置が同じにならないように、ハッチコーミングと上甲板それぞれの長さがHOLD毎にイレギュラーとなっていた。
なお、図1(b)、(c)、図9(b)の符号7は上甲板4の溶接継手部を示しているが、他の図面ではこの溶接継手部7を省略している。
【0045】
[第2実施形態]
次に、本発明の第2実施形態による溶接構造体について説明する。以下で説明する以外の構成は第1実施形態と同じであってよい。
【0046】
図4(a)は、図1(b)の矢印Cで示す部分の拡大図であるが、第2実施形態による溶接構造体を示している。また、図4(b)は、図4(a)のb−b線矢視図である。
【0047】
図4に示すように、溶接継手部6と上甲板4との接合位置付近には、溶接部が上甲板4に接触しないように、溶接部と上甲板4との間に接触防止部材28が介在している。接触防止部材28は、例えば、靭性の大きい軟鋼により形成することができる。また、接触防止部材28の形状は、図4に示すようにその上面の四隅の角を滑らかな曲面状とした平板であってよい。
【0048】
この接触防止部材28を設けるために、ハッチコーミング板2には、溶接継手部6の上甲板4側先端付近においてその厚み方向に貫通する穴(図4に示さず)が設けられている。当該穴と接触防止部材28とは、この穴の貫通方向と垂直な断面形状及びその大きさが同一であってよい。又は、接触防止部材28は、当該穴の貫通方向と垂直な断面形状が当該穴と異なっていてもよく、当該穴の貫通方向と垂直な断面の大きさが当該穴より小さくてもよい。
【0049】
第2実施形態による溶接構造では、溶接継手部6が上甲板4に向かう方向において、溶接継手部6と上甲板4との間に、溶接継手部6が上甲板4に接しなくする接触防止部材28を設けることで、溶接継手部6と上甲板4との間に脆性亀裂伝播経路が存在しない。これにより、溶接継手部6と上甲板4との境界において、溶接継手部6を伝播してきた脆性亀裂を停止できる。
【0050】
また、図4(b)に示すように、隅肉溶接部22により接触防止部材28をハッチコーミング板2及び上甲板4に接合することができる。これにより、接触防止部材28とハッチコーミング板2および上甲板4との間における水の通路となる隙間を塞いで、ハッチコーミング板2を水密にできる。上述のように、隅肉溶接は脚長が小さいので、隅肉溶接が脆性亀裂の伝播に与える影響は小さい。従って、隅肉溶接により接触防止部材28を取り付けても、溶接継手部6から上甲板4中への脆性亀裂の伝播を停止できる。なお、図4(b)の矢印A方向の接触防止部材28が存在しない範囲においては、図2(b)又は図2(d)と同様の溶接によりハッチコーミング板2と上甲板4とを接合してよい。
【0051】
なお、図4(c)に示すように、ハッチコーミング板2と上甲板4とを接合するための隅肉溶接部22により、接触防止部材28をハッチコーミング板2及び上甲板4に接合してもよい。
【0052】
図5は、図4(a)の破線Aで囲まれた部分の拡大図であるが、接触防止部材28に窪み部28aを設けた場合を示している。なお、図5では隅肉溶接部22を省略している。
第2実施形態において、好ましくは、図5に示すように、溶接継手部6が上甲板4に向かって延びている方向に対向する接触防止部材28の面(図5の例では、上面)には、ハッチコーミング板2の溶接に用いられる溶接金属が接触防止部材28に溶け込むのを防ぐ窪み部28aを形成する。この窪み部28aは滑らかに形成されている。例えば、窪み部28aは、その中央で窪みの深さが最も大きく、中央から窪み部28aの周縁へ移行するに従い次第に窪みの深さが小さくなるように、滑らかに形成されている。
【0053】
この窪み部28aを形成することで、接触防止部材28を図5のように配置した状態で、ハッチコーミング板2同士を溶接する時に、溶接継手部6からの溶接金属が窪み部28に収容され、溶接金属が接触防止部材28に溶け込むのを防止できる。
また、窪み部28aを滑らかに形成しておくことで、溶接継手部6と接触防止部材28との境界における溶接金属の形状を滑らかな形状にすることができる。
これにより、接触防止部材28に疲労亀裂が発生することを防止できる。図6の場合と対比する。図6は、軟鋼で形成された接触防止部材28に上記窪み部28aを設けない場合を示している。図6の場合には、窪み部28aが形成されていないので、溶接金属が接触防止部材28に溶け込み、溶接継手部6と接触防止部材28との境界において溶接金属の形状を調節することができない。そのため、溶接金属の形状が滑らかでなく、応力集中が発生する可能性があり、繰り返し荷重に対する疲労強度が低下する可能性がある。これに対し、図5の例では、窪み部28aにより、接触防止部材28に溶接金属が溶け込むのを抑制でき、溶接継手部6と接触防止部材28との境界において溶接金属の形状を滑らかにできるので、接触防止部材28に応力集中が発生することを防止できる。
【0054】
さらに好ましくは、接触防止部材28を、溶接金属が溶け込まない材料(例えば、セラミック)で形成する。これにより、より確実に、接触防止部材28に溶接金属が溶け込むのを抑制でき、溶接継手部6と接触防止部材28との境界において溶接金属の形状を滑らかにできる。なお、窪む部28を形成しないで、接触防止部材28を溶接金属が溶け込まない材料で形成してもよい。
また、好ましくは、窪み部28aを有する接触防止部材28の形状と寸法は、この接触防止部材28を取り付けるためにハッチコーミング板2に形成された穴2bの形状および寸法とほぼ一致する。この場合、当該穴2bに接触防止部材28を差し込むための差込代を設けておくのがよい。
【0055】
[第3実施形態]
図7(a)は、図1(a)のb−b線矢視図であるが、本発明の第3実施形態(第2発明に対応)による溶接構造体をコンテナ船のハッチコーミングに適用した場合を示している。図7(a)に示すように、第3実施形態による溶接構造体は、2枚以上の金属板2a(この例では、鋼板)を、その端面同士を突き合わせて溶接接合した構造を含む。
【0056】
図7(b)は、図7(a)における矢印bで示す部分の拡大図である。図7(b)に示すように、第3実施形態によると、2枚の金属板2a間において延びている溶接継手部6を途中で分割するように、ハッチコーミング板2の厚み方向に該溶接継手部6を貫通する穴29が形成されている。
【0057】
このように、第3実施形態による溶接構造体では、溶接継手部6を貫通する穴29が設けられているので、穴29により分割された溶接継手部6の間に脆性亀裂伝播経路が存在しない。従って、分割された溶接継手部6の間において脆性亀裂の伝播を停止できる。これにより、溶接継手部6において脆性亀裂が発生し、溶接継手部6を伝播してきた脆性亀裂を分割された溶接継手部6の間で停止させることができる。
しかも、溶接継手部6を分割する穴29を形成することで脆性亀裂の伝播を停止させるようにしたので、既存のコンテナ船にも適用できる。例えば、既存のコンテナ船に含まれる2枚の金属板2a間の溶接継手部6を貫通する穴29を形成するだけで、既存のコンテナ船に脆性亀裂伝播機能を備えさせることができる。
【0058】
なお、上述したように、本願において、溶接部とは、溶接金属及び溶接時の熱影響により靭性が低下した部分を含む概念である。図7(b)の例では、溶接継手部6は、溶接金属部6aと、溶接時の熱影響により靭性が低下した熱影響部6bとを含む。従って、穴29により、溶接金属部6aだけでなく、熱影響部6bも2つに分割される。
【0059】
穴29の形成は、例えばガス切断機や他の適切な機械を用いて機械加工により行うことができる。従って、特殊な鋼材や溶材を用いなくても脆性亀裂伝播機能を付与することが可能になる。
【0060】
穴29の形状は、図7(b)の例では、ハッチコーミング板2の厚み方向と垂直な断面において円形であるが、当該断面において楕円などの他の適切な形状であってもよい。この場合、好ましくは、穴29は、当該断面において穴29の外縁が滑らかな形状を有する。
【0061】
金属板2aの端面同士が互いに向き合う方向(図7(b)の左右方向)における穴29の寸法を、当該方向における溶接継手部6の寸法よりも大きくするが、断面欠損による溶接構造体の強度低下が許容範囲内になるように穴29の寸法を決定する。また、図7(b)の上下方向における穴29の寸法は、図7(b)の左右方向における穴29の寸法と同程度であってよい。
なお、図3(c)のように、図3(c)の上下方向における溶接継手部6の寸法が、ハッチコーミング板2の厚み方向と垂直な断面において、図3(c)の左側から右側にかけて増加する場合には、図3(c)の上下方向における穴29の寸法を、溶接継手部6と同じように増加させてもよいし、図3(c)の左側から右側にかけて一定としてもよい。
【0062】
また、ハッチコーミング板2を水密にする場合には、第1実施形態と同様に、穴29を塞ぐカバープレート26をハッチコーミング板2に取り付けることができる。このカバープレート26は、第1実施形態と同様に隅肉溶接によりハッチコーミング板2に接合させることができる。穴29を上甲板に近接する位置に設けた場合には、隅肉溶接によりカバープレート26をハッチコーミング板2だけでなく上甲板にも接合させてもよい。
【0063】
[他の実施形態]
上述のハッチコーミング板2及び上甲板4は、特許請求の範囲におけるそれぞれ接合板及び被接合板に相当するが、他の部材が接合板及び被接合板であってもよい。例えば、コンテナ船の上甲板4が接合板であり舷側外板14が被接合板であってもよいし、舷側内板16が接合板であり上甲板4が被接合板であってもよい。
【0064】
上述の穴18及び接触防止部材28が、図示された形状又は寸法以外の形状又は寸法であっても、本発明の効果を得ることができる。従って、特許請求の範囲における穴及び接触防止部材28は、図示された形状又は寸法に限定されるものではない。
【0065】
また、本発明は、コンテナ船に限らず他の溶接構造体にも適用できる。例えば、バルクキャリア、海洋構造物又は地上の建造物等、脆性亀裂の伝播停止機能が要求される適切な溶接構造体に本発明を適用することもできる。
【0066】
第3実施形態では、穴29を、図7のように上甲板4に近接した位置に1つ設けていたが、他の位置に設けてもよく、溶接継手部6が延びる方向に所定の間隔をおいて複数設けてもよい。また、第1実施形態の穴18に加えて、第3実施形態の穴を設けることもできる。
【0067】
このように、本発明は上述した実施の形態に限定されず、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々変更を加え得ることは勿論である。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】図1は本発明の第1実施形態による溶接構造体を示しており、 図1(a)は図5の(b)の矢印Aで示す部分の拡大図であり、図1(b)は図1(a)のb−b線矢視図であり、図1(c)は図1(b)の矢印cで示す部分の拡大図である。
【図2】図2は第1実施形態による溶接構造体における溶接を示す図であり、図2(a)は図1(c)に対応し、図2(b)は図2(a)のb−b線矢視図であり、図2(c)は図2(a)のc−c線矢視図であり、図2(d)は図2(a)のb−b線矢視図であるが別の溶接方法を示している。
【図3】図3(a)は、図1(c)の構成に穴を塞ぐためのカバープレートを設けた場合を示している。図3(b)は図3(a)のb−b線矢視図であり、図3(c)は図3(b)のc−c線矢視図である。
【図4】図4(a)は本発明の第2実施形態による溶接構造体を示しており、図4(b)は図4(a)のb−b線矢視図であり、図4(c)は図4(a)のb−b線矢視図であるが別の溶接方法を示している。る。
【図5】図5は、図4(a)の破線Aで囲まれた部分の拡大図であるが、接触防止部材に窪み部を設けた場合を示している。
【図6】図6は、軟鋼で形成された接触防止部材に窪み部を設けない場合を示している。
【図7】図7は本発明の第3実施形態による溶接構造体を示しており、図7(a)は図1(a)のb−b線矢視図に対応しており、図7(b)は図7(a)における矢印bで示す部分の拡大図である。
【図8】図8(a)はコンテナ船の平面図であり、図8(b)は図8(a)のb−b線矢視図である。
【図9】図9(a)は図8(b)の矢印Aで示す部分の拡大図であり、図9(b)は図9(a)のb−b線矢視図である。
【符号の説明】
【0069】
2 ハッチコーミング板
2a 金属板
2b 穴
4 上甲板
6 溶接継手部
6a 溶接金属部(溶接ビード)
6b 熱影響部
8 骨材
12 トッププレート
14 舷側外板
16 舷側内板
18 穴
22 隅肉溶接部
24 溶接部
26 カバープレート
28 接触防止部材
28a 窪み部
29 穴

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2枚の金属板が溶接により継ぎ合わされてなる接合板と、該接合板に溶接により接合される被接合板と、を備え、前記2枚の金属板間の溶接継手部が、前記被接合板に向かって前記接合板と被接合板との接合位置付近まで延びている溶接構造体において、
前記溶接継手部が被接合板に向かう方向において、前記溶接継手部と被接合板とが接触しないとともに、前記溶接継手部と被接合板との間に前記接合板と被接合板とを接合する溶接部が存在しないように構成されている、ことを特徴とする溶接構造体。
【請求項2】
2枚の金属板が溶接により継ぎ合わされてなる接合板を含む溶接構造体において、
2枚の金属板間において延びている溶接継手部を途中で分割するように、該溶接継手部を前記接合板の厚み方向に貫通する穴が設けられている、ことを特徴とする溶接構造体。
【請求項3】
前記接合板における前記接合位置付近には、溶接継手部と被接合板との間に接合板の厚み方向に貫通する穴が形成されており、これにより、前記溶接継手部と被接合板とが接触しないとともに、前記溶接継手部と被接合板との間に前記接合板と被接合板とを接合する溶接部が存在しないようになっている、ことを特徴とする請求項1に記載の溶接構造体。
【請求項4】
前記穴の開口を塞ぐカバー部材が設けられており、該カバー部材は前記接合部材及び被接合部材の少なくともいずれかに隅肉溶接により接合されている、ことを特徴とする請求項2または3に記載の溶接構造体。
【請求項5】
前記接合位置付近には、前記溶接部と被溶接板との間に接触防止部材が介在しており、これにより、前記溶接継手部と被接合板とが接触しないとともに、前記溶接継手部と被接合板との間に前記接合板と被接合板とを接合する溶接部が存在しないようになっている、ことを特徴とする請求項1に記載の溶接構造体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2008−23594(P2008−23594A)
【公開日】平成20年2月7日(2008.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−34382(P2007−34382)
【出願日】平成19年2月15日(2007.2.15)
【出願人】(502422351)株式会社アイ・エイチ・アイ マリンユナイテッド (159)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【Fターム(参考)】