説明

潤滑剤塗布液の劣化診断方法

【課題】潤滑剤塗布プロセスにおいて所定の膜厚で均一な潤滑層を安定的に形成するためには、潤滑剤塗布液のプロセス管理が重要である。塗布液中の潤滑剤の濃度が低い場合にも適用できる、微量の試料で且つ簡便な潤滑剤塗布液の劣化診断方法を提供する。
【解決手段】本発明における潤滑剤塗布液の劣化診断方法は、塗布液を乾燥して溶媒を揮発・除去した後、TOF−SIMSにより発生する各種イオンを測定し、基準のCOイオン強度と標識のBis体潤滑剤末端構造のC11イオンの強度とを比較し、イオン強度比(C11イオン強度/COイオン強度)から潤滑剤塗布液の寿命を判定して劣化診断を行なうことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、潤滑層を形成するための潤滑剤塗布液の劣化診断方法に関し、特にコンピューターの外部記憶装置などとして用いられる磁気記録媒体の潤滑層を形成するための潤滑剤塗布液の劣化診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
固定磁気ディスク装置に使用されている磁気記録媒体では、少なくとも磁性層、保護層、および潤滑層が非磁性基板上にこの順で積層されており、該保護層と書込み/読み出し用磁気ヘッドとの間に生じる摩擦力を減少させ、耐久性・信頼性を向上させることを目的として、該潤滑層が用いられる。
【0003】
磁気記録媒体表面の保護層として例えばダイヤモンド状カーボン(DLC)が用いられる。該潤滑層としては前記カーボン表面に吸着あるいは結合により表面を均一に覆う機能を有する必要があり、潤滑層の形成材料として種々の潤滑剤が開発されている(特許文献1、特許文献2など参照。)。一般的には、分子内に水酸基などの有極性末端基や、環状のフォスファゼン末端基を有するパーフルオロポリエーテル系潤滑剤が用いられている。
【0004】
該潤滑層の形成方法としては、例えば浸漬塗布法、スプレー法、蒸着法などがあり、その膜厚は数nm以下である。量産性から一般的には浸漬塗布法が用いられており、潤滑剤塗布液としてはパーフルオロポリエーテル系潤滑剤と該潤滑剤を溶解するためのフッ素系溶媒とから作製され、均一な潤滑層を形成するためには、塗布プロセスにおいて潤滑剤塗布液の潤滑剤濃度、温度、粘度、引き上げ速度などを制御する必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平5−247200号公報
【特許文献2】特開2004−253110号公報
【特許文献3】特開2007−102827号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、該潤滑層を浸漬塗布法で形成した場合、潤滑剤濃度、温度、粘度、引き上げ速度だけでなく、潤滑剤の分子構造や分子量によっても潤滑層の膜厚は大きく変動する。しかしながら、潤滑剤塗布液を精密に配合して作製したとしても、塗布回数の増加や時間経過とともに溶媒の揮発などにより潤滑剤濃度は変化してしまう。さらに、潤滑剤の分子構造、特に末端構造によって該保護層への付着割合が異なるため、塗布液中の潤滑剤の成分構成も塗布回数とともに変化する。また潤滑剤の分解などによって分子構造が変化することも考えられる。
【0007】
前述のように、塗布プロセスにおいて均一な潤滑層を長期間安定的に形成するためには潤滑剤塗布液のプロセス管理が重要であるが、塗布液中の潤滑剤の濃度が低いため、一般的な分析手法を適用できないのが現状である。例えば、分子量分布の測定法として、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)があるが、一般的な測定可能な濃度は0.1%程度以上である。それ故、塗布液は原液のままでは潤滑剤の濃度が低いためGPCで測定できない。潤滑剤塗布液を濃縮して測定する方法も考えられるが、操作が煩雑となるものの、分子構造に関する情報は得られず、その上、濃縮操作により精度の低下する恐れがある。また、潤滑剤およびその溶媒は非常に高価であるため、微量の試料による測定法が必要とされる。
【0008】
前記潤滑剤の分子構造解析法のひとつとして、核磁気共鳴分光法が応用されている(特許文献3を参照。)。この核磁気共鳴分光法では、通常の測定には数mg以上の試料が必要である。潤滑剤の塗布液は一般的には数百ppm以下の潤滑剤濃度で使用されるため、核磁気共鳴分光法による測定のためには多量の塗布液が必要である。その上、原液のままの潤滑剤濃度では測定できないため、濃縮などの前処理操作が必要となる。
【0009】
塗布後の潤滑剤の膜厚を測定する方法としてフーリエ変換赤外分光法(FT−IR)があり、潤滑剤塗布液を直接管理するのではなく、塗布後の膜厚から潤滑剤塗布液を分析して管理する方法も考えられる。しかしながら、塗布後の膜厚を測定する方法では、測定のために塗布膜を作製する必要があり、また潤滑剤の末端構造の違いなどは識別できないため、塗布液組成の十分な管理手法とはなり得ない。
【0010】
従って、本発明の目的は、前述の問題点を解決するため、微量の試料でかつ簡便な潤滑剤塗布液の劣化診断法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、前記課題を解決するために鋭意検討した結果、飛行時間型二次イオン質量分析装置(TOF−SIMS)により検出される潤滑剤塗布液の特定のイオン種が、潤滑剤塗布液組成および塗布膜の膜厚と相関があることを見出した。また、潤滑剤塗布液中で潤滑剤の分解や潤滑剤塗布液組成の変化が起こると、該塗布液を用いた塗布膜の膜厚が減少し、これに伴って潤滑剤の末端構造由来の特定のイオン強度が低下することを見出して本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明における潤滑剤塗布液の劣化診断方法は、該塗布液を乾燥して溶媒を揮発・除去した後、TOF−SIMSにより発生する各種イオンを測定し、基準のCOイオンの強度と標識のBis体潤滑剤末端構造のC11イオンの強度とを比較し、イオン強度比(C11イオン強度/COイオン強度)から潤滑剤塗布液の寿命を判定することを特徴とする。
【0013】
更に好適には、本発明における潤滑剤塗布液の劣化診断方法は、前記潤滑剤の主な成分が下記一般式(1)で表される潤滑剤塗布液の寿命を判定することを特徴とする。
【0014】
【化1】

【0015】
(式中、mとnは正の整数を表す。)
【発明の効果】
【0016】
本発明により、濃縮などの前処理操作を必要とせずに、塗布液をそのまま簡便かつ簡単な方法で測定し、簡単に算出できる基準のイオン強度と標識のイオン強度との比から塗布液の劣化診断を迅速に行うことができる。さらには、高価な潤滑剤と溶媒からなる塗布液を50μL以下の極微量で測定することができるため、分析コストを低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の塗布膜の膜厚とイオン強度比(C11イオン強度/COイオン強度)の関係を示すグラフである。
【図2】本発明のC11イオンおよびCOイオンを示すTOF−SIMSチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の潤滑剤塗布液の劣化診断方法は、極微量の潤滑剤塗布液をTOF−SIMSを用いて測定し、検出されたC11イオン強度とCOイオン強度との比率(C11イオン強度/COイオン強度)から劣化を診断する方法である。
【0019】
以下に、本発明の実施の形態を説明する。
前記潤滑剤は磁気記録媒体の摺動特性に重要な役割を果たしており、膜厚が厚いと磁気ヘッドへの潤滑剤ピックアップ現象が生じ、ヘッドの浮上特性が不安定となる。一方、膜厚が薄いと磁気ヘッドとの接触によりヘッドクラッシュを起こす場合もありうる。潤滑剤の膜厚として、0.8〜1.2nmの範囲にあることが好ましい。また、潤滑剤の分子構造や分子量は、潤滑剤の特性を決定するものであり、摺動特性に大きく影響を及ぼす。
【0020】
本発明で用いる潤滑剤としては、例えば前記一般式(1)のZ−Tetraol(ソルベイ・ソレクシス社製)が利用できる。
また、前記Z−Tetraolには、下記一般式(2)のBis体成分も混入していることが開示されている。
【0021】
【化2】

【0022】
(式中、pとqは正の整数を表す。)
TOF−SIMSを用いて上記に示す潤滑剤を測定すると、図2に示すようにCFイオンやCOイオン以外に炭素(C)、水素(H)、酸素(O)およびフッ素(F)から構成される多数のイオンが検出される。基準イオンであるCOイオンは、Z−Tetraolおよび前記Bis体成分の末端構造に由来するイオンであり、標識イオンであるC11イオンは前記Bis体成分の末端構造に由来するイオンである。
【0023】
一般的には、Bis体成分を有する潤滑剤の方が極性が強いため、磁気記録媒体表面に吸着し易く、塗布枚数の増加と共に塗布液中のBis体成分濃度が減少し、Bis体成分に由来するC11イオン強度は低下する。
【0024】
このように、TOF−SIMSによって検出されるイオンの中で、特定のイオン強度を比較することにより、微量の試料で且つ簡単な操作で塗布液中の潤滑剤組成を分析することが出来て、潤滑剤塗布液の劣化診断が可能となる。
【0025】
本発明者は、前記潤滑剤Z−Tetraolをフッ素系溶剤VertrelXF(三井デュポンフルオロケミカル社製)に溶解して潤滑剤塗布液を調製した後、この塗布液を用いて、浸漬塗布法により磁気記録媒体上に塗布膜を作製するとともに、塗布膜の膜厚を測定した。一方、前記塗布液をSi基板上に滴下し、そのまま室温で乾燥して溶媒を除去した後、TOF−SIMS測定を行なってイオン強度比(C11イオン強度/COイオン強度)を調べた。
【0026】
前述のようにして、塗布膜の膜厚とイオン強度比(C11イオン強度/COイオン強度)との関係を、塗布プロセスにて十ヶ月間継続して調査検討した結果、前記塗布膜の膜厚と前記イオン強度比との間に図1のごとき関係を見出すに至った。図1に示すように、イオン強度比(C11イオン強度/COイオン強度)が減少すると、塗布膜の膜厚も減少する。このように、例えば塗布回数の増加と共にイオン強度比(C11イオン強度/COイオン強度)が減少する場合には、このイオン強度の比を測定することにより塗布液の劣化の程度を診断できる。
【0027】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。しかしながら、本発明は以下の実施例等によって何ら制限を受けるものではない。
TOF−SIMSの測定はアルバック・ファイ社製のTRIFTIIを用い、一次イオンはGaとし、エネルギーは15kVにて正イオン測定モードで行った。
【実施例1】
【0028】

Z−Tetraolを溶媒VertrelXF(三井デュポンフルオロケミカル社製)に溶解し、塗布液を調製した。前記の塗布液を用いて、浸漬塗布法により作製した塗布膜の膜厚は1.2nmであった。前記の塗布液50μLをφ10mmのSi基板上に滴下し、そのまま室温で乾燥して溶媒を除去し、これを試料としてTOF−SIMS測定を行なった。その結果、イオン強度比(C11イオン強度/COイオン強度)は0.024であった。
【実施例2】
【0029】

実施例1で作製した塗布液について、作製から200日後にこの塗布液を用いて浸漬塗布法により作製した塗布膜の膜厚は0.6nmであり、好適な潤滑剤膜厚の0.8〜1.2nmから逸脱した。この塗布液から50μLを取り出し、実施例1と同様にSi基板上に滴下してTOF−SIMS測定を行なった。その結果、イオン強度比(C11イオン強度/COイオン強度)は0.014であった。
【0030】
実施例2で示したように、図1の相関関係が得られる領域では、TOF−SIMSによりC11イオン強度/COイオン強度の比率を測定することにより、塗布膜の膜厚を推定でき、液交換などを効率的に実施することができる。本発明の方法は、簡便かつ短時間で結果が得られ、さらには安価な方法のため塗布液の劣化を低コストで診断することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パーフルオロポリエーテル主鎖骨格の潤滑剤と溶媒からなる潤滑剤塗布液において、溶媒を除去した後に飛行時間型二次イオン質量分析装置により基準のCOイオンと標識のBis体潤滑剤末端構造のC11イオンを測定し、イオン強度比(C11イオン強度/COイオン強度)から潤滑剤塗布液の寿命を判定することを特徴とする潤滑剤塗布液の劣化診断方法。
【請求項2】
前記潤滑剤の主な成分が下記一般式(1)で表されることを特徴とする請求項1に記載の潤滑剤塗布液の劣化診断方法。
【化1】

(式中、mとnは正の整数を表す。)

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2012−163463(P2012−163463A)
【公開日】平成24年8月30日(2012.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−24609(P2011−24609)
【出願日】平成23年2月8日(2011.2.8)
【出願人】(000005234)富士電機株式会社 (3,146)
【Fターム(参考)】