説明

潤滑剤組成物とそれを用いた減速機および電動パワーステアリング装置

【課題】低摩擦で、しかもポリアミド樹脂等に対する攻撃性を有しない上、耐熱性にも優れており、特に高温環境下で使用した際に前記各特性が短期間で低下したり失われたりしない潤滑剤組成物と、それを用いた減速機、および電動パワーステアリング装置を提供する。
【解決手段】潤滑剤組成物は、合成炭化水素油、ウレア系増ちょう剤、ステアリン酸亜鉛、および硫黄系酸化防止剤を配合した。減速機18は、小歯車19と大歯車20との噛み合い部分に、前記潤滑剤組成物を充填した。電動パワーステアリング装置1は、操舵補助用の電動モータ17の出力を、前記減速機18を介して減速して、操舵機構9に伝える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば小歯車と大歯車とを備えた減速機や、あるいは転がり軸受、ボールねじ等に好適に用いることができる潤滑剤組成物と、前記潤滑剤組成物を充填した減速機と、前記減速機を備えた電動パワーステアリング装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車用の電動パワーステアリング装置には減速機が用いられる。例えばコラム型EPSでは、電動モータの回転を、前記減速機において、ウォーム等の小歯車からウォームホイール等の大歯車に伝えて減速すると共に出力を増幅した後、ステアリングシャフトに付与してステアリング操作をトルクアシストしている。前記減速機の、小歯車と大歯車との噛み合い部分を少なくとも含む領域には、潤滑のために、グリース等の潤滑剤組成物が充填される。
【0003】
潤滑剤組成物としては、例えば合成炭化水素油等の基油に、ウレア系増ちょう剤等の増ちょう剤と、低摩擦添加剤等の添加剤とを加えたものが一般的である。低摩擦添加剤としては、ステアリン酸リチウムやステアリン酸カルシウム等の金属石けん類が用いられる。中でも、特に低摩擦添加剤としての機能、すなわち潤滑剤組成物の摩擦係数を低減する機能にすぐれたステアリン酸リチウムが広く用いられる(例えば特許文献1、2等参照)。
【0004】
前記ステアリン酸リチウムを含む潤滑剤組成物を用いれば、減速機における減速の効率を向上したり、前記減速機を組み込んだ電動パワーステアリング装置のトルクを低減して、前記電動パワーステアリング装置を組み込んだ自動車の操舵感を向上したりできる。しかしステアリン酸リチウムを含む従来の潤滑剤組成物は、機械分野において、機械部品の構成材料として多用されているポリアミド樹脂等に対して、特に自動車のエンジン周り等の高温環境下で攻撃性を発現して、前記ポリアミド樹脂等からなる機械部品(例えば歯車等)の耐久寿命を低下させるといった問題を生じるおそれがある。
【0005】
潤滑剤組成物に含有させた際に、ステアリン酸リチウムと同等程度の良好な低摩擦添加剤として機能しうる金属石けん類としてステアリン酸亜鉛が知られている(例えば特許文献3ないし5等参照)。また、発明者の検討によるとステアリン酸亜鉛は、潤滑剤組成物の、ポリアミド樹脂等に対する攻撃性を緩和する働きをも有している。そのためステアリン酸リチウムに代えてステアリン酸亜鉛を含有させた潤滑剤組成物を、ポリアミド樹脂等からなる歯車等と組み合わせて使用することが考えられる。
【特許文献1】特開2004−83797号公報
【特許文献2】特開2004−314916号公報
【特許文献3】特開平9−104889号公報
【特許文献4】特開平10−88167号公報
【特許文献5】特開2007−100107号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしステアリン酸亜鉛は、ステアリン酸リチウム等の他の金属石けん類に比べてそれ自体の耐熱性が十分でなく、潤滑剤組成物中に含有させて、例えば自動車のエンジン周り等の高温環境下で使用した際に酸化劣化を起こしやすい。そしてステアリン酸亜鉛が酸化劣化すると、特に低摩擦添加剤としての機能が短期間で低下したり失われたりしやすいという問題がある。
【0007】
ポリアミド樹脂等の劣化を抑制しながら、低摩擦で良好な潤滑を維持でき、しかも耐熱性にも優れる潤滑剤組成物が求められるのは、前記減速機に限ったことではなく、例えば保持器をポリアミド樹脂等で形成する場合のある転がり軸受やボールねじ等においても同様である。
本発明の目的は、低摩擦で、しかもポリアミド樹脂等に対する攻撃性を有しない上、耐熱性にも優れており、特に高温環境下で使用した際に前記各特性が短期間で低下したり失われたりしない潤滑剤組成物と、それを用いた減速機、および電動パワーステアリング装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するため、発明者は、基油、ならびにステアリン酸亜鉛と共に前記基油に含有させる添加剤について種々検討をした結果、基油として合成炭化水素油を用いると共に、酸化防止剤として硫黄系酸化防止剤を用いればよいことを見出した。すなわち硫黄系酸化防止剤は、過酸化物を分解して酸化を防止する機能を有するため、潤滑剤組成物中でステアリン酸亜鉛の酸化劣化を抑制する働きをするだけでなく、前記機能によってポリアミド樹脂等の劣化をも抑制し、その上、耐摩耗剤としても機能する。
【0009】
そのため、分子中に極性基を有しないことからポリアミド樹脂を劣化させたりしにくい合成炭化水素油に、ステアリン酸亜鉛と、酸化防止剤としての硫黄系酸化防止剤を含有させることで、単に酸化防止剤を選択したことによる効果を超えて、低摩擦で、しかもポリアミド樹脂等に対する攻撃性を有しない上、耐熱性にも優れた潤滑剤組成物が得られる。したがって本発明は、合成炭化水素油、ウレア系増ちょう剤、ステアリン酸亜鉛、および硫黄系酸化防止剤を少なくとも含むことを特徴とする潤滑剤組成物である。
【0010】
前記本発明の潤滑剤組成物においてステアリン酸亜鉛は、増ちょう剤としても機能させるのが好ましい。これにより先に説明した、潤滑剤組成物をより一層低摩擦で、しかもポリアミド樹脂等に対する攻撃性を有しない上、耐熱性に優れたものとすることができる。
ステアリン酸亜鉛を増ちょう剤としても機能させるためには、ステアリン酸亜鉛を粉体の状態で後から潤滑剤組成物に添加するのではなく、潤滑剤組成物のもとになる合成炭化水素油中でステアリン酸亜鉛を完全溶解させてグリース化すればよい。
【0011】
硫黄系酸化防止剤としてはベンゾチアゾール化合物、ジチオカーバメート化合物、およびベンズイミダゾール化合物からなる群より選ばれた少なくとも1種が好ましい。前記各化合物はいずれも、ステアリン酸亜鉛の酸化劣化を防止すると共に、先に説明したポリアミド樹脂等の劣化を抑制する機能に優れる上、耐摩耗剤としても良好に機能する。そのため潤滑剤組成物をより一層低摩擦で、しかもポリアミド樹脂等に対する攻撃性を有しない上、耐熱性に優れたものとすることができる。
【0012】
本発明の潤滑剤組成物は防錆剤を含み、前記防錆剤がベンゾトリアゾール化合物であるのが好ましい。ベンゾトリアゾール化合物はステアリン酸亜鉛の酸化劣化を促進する機能を有しないため、減速機等の金属部分を良好に錆止めしながら潤滑剤組成物の耐熱性をさらに向上できる。
本発明の減速機は小歯車と大歯車とを備え、前記両歯車の噛み合い部分を少なくとも含む領域に、本発明の潤滑剤組成物を充填したものであるため減速の効率に優れると共に、特に軽量化のためにポリアミド樹脂等からなる歯車を用いた際に前記歯車の劣化を防止しつつ、前記減速の効率を、長期間に亘って良好な範囲に維持できる。
【0013】
また、本発明の電動パワーステアリング装置は操舵補助用の電動モータの出力を、前記減速機を介して減速して操舵機構に伝えるものであるため、前記ポリアミド樹脂等からなる歯車の劣化を抑制しながら、電動パワーステアリング装置のトルクを低減して、前記電動パワーステアリング装置を組み込んだ自動車の操舵感を向上する効果を、長期間に亘って良好に維持できる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、低摩擦で、しかもポリアミド樹脂等に対する攻撃性を有しない上、耐熱性にも優れており、特に高温環境下で使用した際に前記各特性が短期間で低下したり失われたりしない潤滑剤組成物と、それを用いた減速機、および電動パワーステアリング装置を提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
〈潤滑剤組成物〉
本発明の潤滑剤組成物は、合成炭化水素油、ウレア系増ちょう剤、ステアリン酸亜鉛、および硫黄系酸化防止剤を少なくとも含むことを特徴とするものである。合成炭化水素油としては、炭素数6ないし18の直鎖状α−オレフィンを数分子だけ限定的に重合させ、残った不飽和二重結合を水素添加処理して得られるポリαオレフィン等が挙げられる。
【0016】
前記ポリαオレフィン等の合成炭化水素油は、40℃での動粘度が18mm/s以上、64mm/s以下、特に30mm/s以上、48mm/s以下であるのが好ましい。これにより、できるだけ低摩擦で回転トルクの上昇を広い温度範囲で抑制できる上、十分な油膜厚さを有するため潤滑性に優れた潤滑剤組成物を形成できる。
潤滑剤組成物の総量中の、合成炭化水素油の含有割合は、前記潤滑剤組成物を形成する他の成分の含有割合を除いた残量とされる。すなわち所定量の他の成分に合成炭化水素油を加えた総量が100質量%となるように、合成炭化水素油の含有割合が設定される。
【0017】
ウレア系増ちょう剤としては、ジウレア系、トリウレア系、テトラウレア系等の種々のウレア系増ちょう剤が使用でき、特にジウレア系増ちょう剤が好ましい。ジウレア系増ちょう剤は、式(1):
【0018】
【化1】

【0019】
〔式中Rはジイソシアネート残基を示し、R、Rは同一または異なるアミン残基を示す。〕
で表される構造を有し、下記反応式に示すようにジイソシアネート化合物(2)とジアミン化合物(3)(4)とを反応させて合成される。
【0020】
【化2】

【0021】
〔式中のR、R、Rは先に示したとおり。〕
前記反応は、潤滑剤組成物のもとになる合成炭化水素油中で行うのが好ましく、これにより均一性の高い潤滑剤組成物が得られる。具体的には、ジイソシアネート化合物(2)とアミン化合物(3)(4)とを別々に合成炭化水素油中に溶解してジイソシアネート溶液とアミン溶液を調製する。次いで、前記溶液のうちいずれか一方をかく拌しながら徐々に他方を加えて、ジイソシアネート化合物(2)とアミン化合物(3)(4)とを反応させると、式(1)で表されるジウレア系増ちょう剤が合成される。
【0022】
ジウレア系増ちょう剤の好適な例としては4,4′−ジフェニルメタンジイソシアネートと、アルキル部分の炭素数が8ないし18であるアルキルフェニルアミン(p−ドデシルアミン等)と、シクロヘキシルアミンとの反応生成物や、前記4,4′−ジフェニルメタンジイソシアネートと、ステアリルアミン(オクタデシルアミン)と、オレイルアミンとの反応生成物、あるいは前記4,4′−ジフェニルメタンジイソシアネートと、ステアリルアミンと、オクチルアミンとの反応生成物等の1種または2種以上が挙げられる。
【0023】
ウレア系増ちょう剤の含有割合は、潤滑剤組成物の使用条件等によって適宜変更できるが、例えば電動パワーステアリング装置に組み込んで使用する減速機の潤滑用の場合は、潤滑剤組成物の総量中の7質量%以上、10質量%以下、特に8質量%以上、9質量%以下であるのが好ましい。前記用途におけるウレア系増ちょう剤の含有割合が前記範囲未満ではグリースから合成炭化水素油が分離するいわゆる離油が発生しやすくなるおそれがあり、前記範囲を超える場合には電動パワーステアリング装置等のトルクが増大するおそれがある。
【0024】
ステアリン酸亜鉛は粉体の状態で潤滑剤組成物に添加して低摩擦添加剤等として機能させたり、あるいは前記低摩擦添加剤等として機能させるとともに、好ましくは増ちょう剤としても機能させたりするためのものであり、後者の場合には、先に説明したように潤滑剤組成物のもとになる合成炭化水素油中でステアリン酸亜鉛を完全溶解させてグリース化すればよい。
【0025】
具体的には、前記合成炭化水素油に所定量のステアリン酸亜鉛を配合し、かく拌しながら加熱して前記ステアリン酸亜鉛を完全溶解させた後、かく拌を続けながら室温まで冷却して、前記ステアリン酸亜鉛を増ちょう剤として含むグリース(以下「ステアリン酸亜鉛グリース」と略記する場合がある)を調整し、前記ステアリン酸亜鉛グリースと、例えば先の反応で合成されたジウレア系増ちょう剤を含むグリース(以下「ジウレア系グリース」と略記する場合がある)とを所定の割合で配合してかく拌し、さらにホモジナイザー、3段ロール等を用いて混練すると、ウレア系増ちょう剤、およびステアリン酸亜鉛をともに増ちょう剤として含有する潤滑剤組成物が得られる。
【0026】
硫黄系酸化防止剤その他の添加剤は、前記ジウレア系グリースやステアリン酸亜鉛グリースの調製後、もしくは両グリースを混合した後に添加するのが望ましいが、前記ジウレア系増ちょう剤の合成反応や、ステアリン酸亜鉛によるグリース化等を阻害しない成分は、あらかじめ合成炭化水素油中に配合しておくこともできる。
ステアリン酸亜鉛の含有割合は、やはり潤滑剤組成物の使用条件等によって適宜変更できる。例えば電動パワーステアリング装置に組み込んで使用する減速機の潤滑用の場合は、潤滑剤組成物の総量中の3質量%以上、10質量%以下、特に5質量%以上、8質量%以下であるのが好ましい。
【0027】
前記用途におけるステアリン酸亜鉛の含有割合が前記範囲未満では、前記ステアリン酸亜鉛による、潤滑剤組成物の、ポリアミド樹脂等に対する攻撃性を緩和する働きや、低摩擦添加剤として潤滑剤組成物を低摩擦にする機能、あるいは増ちょう剤として、十分な油膜厚さを有する油膜を形成する機能等が不十分になるおそれがある。また、前記範囲を超える場合には電動パワーステアリング装置等のトルクが増大するおそれがある。
【0028】
硫黄系酸化防止剤としては、分子中に含まれる硫黄によって過酸化物を分解することで、ステアリン酸亜鉛の酸化劣化を防止すると共に、ポリアミド樹脂等の劣化を抑制する機能を有する種々の化合物がいずれも使用可能である。前記化合物としては、例えば式(5):
【0029】
【化3】

【0030】
で表されるベンゾチアゾールを基本骨格として有し、酸化防止剤として機能するベンゾチアゾール化合物、式(6):
【0031】
【化4】

【0032】
で表されるジチオカルバミン酸残基を基本骨格として有し、酸化防止剤として機能するジチオカルバミン化合物、および式(7):
【0033】
【化5】

【0034】
で表されるベンズイミダゾールを基本骨格として有し、酸化防止剤として機能するベンズイミダゾール化合物が挙げられる。前記化合物は、それぞれ1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用することもできる。
前記のうちベンゾチアゾール化合物の具体的化合物としては2−メルカプトベンゾチアゾールまたはその亜鉛塩、ジベンゾジチアジルジスルフィド等の1種または2種以上が挙げられ、特に2−メルカプトベンゾチアゾールが好ましい。ベンゾチアゾール化合物のうち2−メルカプトベンゾチアゾールの含有割合は、潤滑剤組成物の総量中の0.25質量%以上、2質量%以下、特に0.5質量%以上、2質量%以下であるのが好ましい。
【0035】
また、その他のベンゾチアゾール化合物のうちジベンゾジチアジルジスルフィドの含有割合は、潤滑剤組成物の総量中の1質量%以上、4質量%以下、特に2質量%以上、4質量%以下であるのが好ましい。含有割合が、それぞれ前記範囲未満では、ベンゾチアゾール化合物による、ステアリン酸亜鉛の酸化劣化を防止すると共にポリアミド樹脂等の劣化を抑制する機能や、耐摩耗剤としての機能等が不十分になるおそれがある。また前記範囲を超える場合には潤滑剤組成物の摩擦係数が大きくなったり、電動パワーステアリング装置等のトルクが増大したりするおそれがある。
【0036】
ジチオカルバミン化合物の具体的化合物としてはジブチルジチオカーバメート、メチレンビスジブチルジチオカーバメート等の1種または2種以上が挙げられる。ジチオカルバミン化合物の含有割合は、潤滑剤組成物の総量中の0.5質量%以上、3質量%以下、特に1質量%以上、3質量%以下であるのが好ましい。含有割合が前記範囲未満では、ジチオカルバミン化合物による、ステアリン酸亜鉛の酸化劣化を防止すると共にポリアミド樹脂等の劣化を抑制する機能や、耐摩耗剤としての機能等が不十分になるおそれがある。また前記範囲を超える場合には、潤滑剤組成物の摩擦係数が大きくなったり、電動パワーステアリング装置等のトルクが増大したりするおそれがある。
【0037】
ベンズイミダゾール化合物の具体的化合物としては2―メルカプトベンズイミダゾール、2−メルカプトメチルベンズイミダゾール、4−メルカプトメチルベンズイミダゾール、5−メルカプトメチルベンズイミダゾール、およびこれらの亜鉛塩等の1種または2種以上が挙げられる。ベンズイミダゾール化合物の含有割合は、潤滑剤組成物の総量中の0.5質量%以上、3質量%以下、特に1質量%以上、3質量%以下であるのが好ましい。含有割合が前記範囲未満では、メルカプトベンズイミダゾール化合物による、ステアリン酸亜鉛の酸化劣化を防止すると共にポリアミド樹脂等の劣化を抑制する機能や、耐摩耗剤としての機能等が不十分になるおそれがある。また前記範囲を超える場合には、潤滑剤組成物の摩擦係数が大きくなったり、電動パワーステアリング装置等のトルクが増大したりするおそれがある。なお硫黄系酸化防止剤として2種以上の化合物を併用する場合は、それぞれの化合物の好適な範囲を考慮して、合計の含有割合の好適な範囲を求めればよい。
【0038】
本発明の潤滑剤組成物は、前記以外の他の添加剤を含有してもよい。前記他の添加剤としては、例えば防錆剤、金属不活性剤、粘度指数向上剤、油性剤当が挙げられる。このうち防錆剤としてはベンゾトリアゾール化合物、カルシウムスルホネート系防錆剤等の1種または2種以上が挙げられ、特にベンゾトリアゾール化合物が好ましい。
ベンゾトリアゾール化合物はステアリン酸亜鉛の酸化劣化を促進する機能を有しないため、減速機等の金属部分を良好に錆止めしながら潤滑剤組成物の耐熱性をさらに向上できる。ベンゾトリアゾール化合物としては、式(8):
【0039】
【化6】

【0040】
で表されるベンゾトリアゾールまたはその誘導体を基本骨格として有し、防錆剤として機能するベンゾトリアゾール化合物が挙げられる。前記ベンゾトリアゾール化合物の具体的化合物としては、前記式(8)で表されるベンゾトリアゾールや、1−[N,N−ビス(2−エチルヘキシル)アミノメチル]−4−ベンゾトリアゾール、1−[N,N−ビス(2−エチルヘキシル)アミノメチル]−5−ベンゾトリアゾール等の1種または2種以上が挙げられる。
【0041】
ベンゾトリアゾール化合物の含有割合は、潤滑剤組成物の総量中の0.01質量%以上、0.5質量%以下、特に0.05質量%以上、0.1質量%以下であるのが好ましい。含有割合が前記範囲未満では、前記ベンゾトリアゾール系化合物による、防錆剤としての機能が十分に得られないおそれがあり、前記範囲を超える場合には潤滑剤組成物の摩擦係数が大きくなるおそれがある。
【0042】
潤滑剤組成物のちょう度は、その用途に応じた任意の範囲に設定できる。例えば電動パワーステアリング装置に組み込んで使用する減速機の潤滑用の場合は、ちょう度が、NLGI(National Lubricating Grease Institute)番号で表してNo.2ないしNo.1であるのが好ましい。
前記範囲より硬い潤滑剤組成物は、電動パワーステアリング装置等のトルクを増大させるおそれがあり、前記範囲より軟らかい潤滑剤組成物は前記電動パワーステアリング装置等からの漏れを生じたり、離油を生じたりするおそれがある。
【0043】
〈減速機および電動パワーステアリング装置〉
図1は、本発明の一実施形態にかかる電動パワーステアリング装置の概略図である。図1を参照して、電動パワーステアリング装置1は、ステアリングホイール等の操舵部材2と一体回転可能に連結されたステアリングシャフト3と、前記ステアリングシャフト3に自在継手4を介して連結された中間シャフト5と、前記中間シャフト5に自在継手6を介して連結されたピニオンシャフト7と、前記ピニオンシャフト7に設けられたピニオン歯7aに噛み合うラック歯8aを有して、自動車の左右方向に延びる転舵軸としてのラックバー8とを有している。ピニオンシャフト7およびラックバー8により、ラックアンドピニオン機構からなる操舵機構9が構成されている。
【0044】
ラックバー8は、車体に固定されるラックハウジング10内に、図示しない複数の軸受を介して直線往復動自在に支持されている。ラックバー8の両端部はラックハウジング10の両側へ突出し、各端部にはそれぞれタイロッド11が結合されている。各タイロッド11は、図示しないナックルアームを介して対応する操向輪12に連結されている。操舵部材2が操作されてステアリングシャフト3が回転されると、前記回転が、ピニオン歯7aおよびラック歯8aによって自動車の左右方向に沿うラックバー8の直線運動に変換されて操向輪12の転舵が達成される。
【0045】
ステアリングシャフト3は、操舵部材2に連なる入力軸3aと、ピニオンシャフト7に連なる出力軸3bとに分割されており、前記両軸3a、3bはトーションバー13を介して同一の軸線上で相対回転可能に互いに連結されている。またトーションバー13には、両軸3a、3b間の相対回転変位量から操舵トルクを検出するためのトルクセンサ14が設けられており、前記トルクセンサ14のトルク検出結果がECU(Electric Control Unit:電子制御ユニット)15に与えられる。
【0046】
ECU15では、トルク検出結果や、図示しない車速センサから与えられる車速検出結果等に基づいて、駆動回路16を介して操舵補助用の電動モータ17を駆動制御する。そして電動モータ17の出力回転が、減速機18を介して減速されてピニオンシャフト7に伝達され、ラックバー8の直線運動に変換されて操舵が補助される。減速機18は、電動モータ17により回転駆動される入力軸としての小歯車19と、前記小歯車19に噛み合うと共にステアリングシャフト3の出力軸3bに一体回転可能に連結される大歯車20とを備えており、前記小歯車19と大歯車20との噛み合い部分に、本発明の潤滑剤組成物が充填されている。
【0047】
前記潤滑剤組成物は、先に説明したように、特に自動車のエンジン周り等の高温環境下でポリアミド樹脂等に対する攻撃性を有しないため、例えば減速機18の小歯車19と大歯車20のうちの少なくとも一方、特に大歯車20の歯部をポリアミド樹脂等で形成した際に、前記歯部の耐久寿命を低下させるおそれがない。また低摩擦であるため、減速機18における減速の効率を向上し、電動パワーステアリング装置1のトルクを低減して、前記電動パワーステアリング装置1を組み込んだ自動車の操舵感を向上できる。しかも耐熱性にも優れるため、前記高温環境下で使用した際に前記各特性が短期間で低下したり失われたりせず、長期間に亘って良好な特性を維持できる。
【0048】
本発明の潤滑剤組成物と組み合わせた際に効果がある、大歯車20の歯部等を形成する樹脂としては、先に説明したようにナイロン6、ナイロン46、ナイロン66等のポリアミド樹脂が挙げられる他、ポリアセタール樹脂(POM)、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン共重合樹脂(ABS)、ポリカーボネート樹脂等の樹脂も挙げられる。
なお本発明は、以上で説明した実施の形態には限定されない。例えば本発明の潤滑剤組成物によって潤滑できる減速機としては、先に説明したウォームとウォームホイールとからなる減速機の他、はすば歯車、平歯車等の、他の歯車機構を含む減速機等が挙げられる。
【0049】
また、本発明の潤滑剤組成物は、互いに噛み合う2以上の歯車からなる歯車機構を備えた、減速機以外の種々の駆動伝達機構の潤滑に使用したり、先に説明したように転がり軸受、ボールねじ等の種々の部材の潤滑に用いたりすることもできる。また、本発明の減速機の構成を、電動パワーステアリング装置以外の装置のための減速機にも適用できる等、本発明の特許請求の範囲に記載された事項の範囲内で、種々の変更を施すことができる。
【実施例】
【0050】
実施例、比較例で使用した各成分は下記のとおり。
ポリαオレフィン:40℃での動粘度が48mm/s、100℃での動粘度が7.9mm/sであるPAO−8。
ジウレア系グリース:下記「ジウレア系グリースの調製」によって調製されたものを使用。
【0051】
(ジウレア系グリースの調製)
前記ポリαオレフィンにジフェニルメタン−4,4−ジイソシアネートを配合し、かく拌しながら70〜80℃まで加熱した。一方、前記ポリαオレフィンにオクチルアミンおよびステアリルアミンを配合し、かく拌しながら70〜80℃まで加熱した。次に、前記温度を維持しつつ後の混合物を先の混合物に加え、かく拌を続けながら、まず100〜110℃で30分間反応させ、次いで160〜170℃まで昇温したのち放冷してジウレア系グリースを調製した。ジフェニルメタン−4,4−ジイソシアネートとオクチルアミンとステアリルアミンの配合比は、モル比で1:1:1であった。また調製されたジウレア系グリースにおけるジウレア系増ちょう剤とポリαオレフィンの質量比は、ジウレア系増ちょう剤:ポリαオレフィン=15:85であった。
【0052】
ステアリン酸亜鉛グリース:下記「ステアリン酸亜鉛グリースの調製」によって調製されたものを使用。
(ステアリン酸亜鉛グリースの調製)
前記ポリαオレフィン60質量部にステアリン酸亜鉛40質量部を配合し、かく拌しながら140℃まで加熱して前記ステアリン酸亜鉛を完全溶解させた後、かく拌を続けながら室温まで冷却してステアリン酸亜鉛グリースを調製した。調製されたステアリン酸亜鉛グリースにおける両成分の質量比は、ステアリン酸亜鉛:ポリαオレフィン=40:60であった。
【0053】
硫黄系酸化防止剤
(S1) ベンゾチアゾール化合物:2−メルカプトベンゾチアゾール
(S2) ジチオカーバメート化合物:メチレンビスジブチルジチオカーバメート
(S3) ベンズイミダゾール化合物:2−メルカプトベンズイミダゾール
(S4) ベンゾチアゾール化合物:ジベンゾチアジルジスルフィド
他の酸化防止剤
(A1) ヒンダードアミン系酸化防止剤:アルキルジフェニルアミン系化合物(ジフェニルアミンと2,4,4−トリメチルペンテンとの反応生成物)
(A2) ヒンダードアミン系酸化防止剤:ジオクチルジフェニルアミン
(A3) ヒンダードアミン系酸化防止剤:フェニルαナフチルアミン(N−フェニル1,1,3,3−テトラメチルブチルナフタレン−アミン)
(P1) リン系酸化防止剤:トリフェニルフォスファイト
(P2) リン系酸化防止剤:トリデシルフォスファイト
(B1) ケトン系酸化防止剤:βジケトン化合物
防錆剤
ベンゾトリアゾール化合物:1−[N,N−ビス(2−エチルヘキシル)アミノメチル]−4−ベンゾトリアゾールと1−[N,N−ビス(2−エチルヘキシル)アミノメチル]−5−ベンゾトリアゾールの混合物
カルシウムスルホネート系防錆剤:過塩基性カルシウムスルホネート
また実施例、比較例で製造した潤滑剤組成物について、下記の試験を行って、その特性を評価した。
【0054】
(樹脂に対する攻撃性評価)
ナイロン66を射出成形して、日本工業規格JIS K7162:1994(ISO527−2:1993)「プラスチック−引張特性の試験方法 第2部:型成形,押出成形及び注型プラスチックの試験条件」に規定された1A型の試験片を作製した。
次いで前記試験片の表面に実施例、比較例の潤滑剤組成物を厚さ1〜2mmとなるように塗布し、140℃の恒温槽中に入れて1440時間静置した後、潤滑剤組成物をふき取って、JIS K7161:1994(ISO527−1:1993)「プラスチック−引張特性の試験方法 第1部:通則」に規定された引張試験を行った際の引張破壊ひずみεを測定した。そして式(a):
【0055】
【数1】

【0056】
〔式中εB0は、潤滑剤組成物に浸漬しない試験片における引張破壊ひずみである。〕
で求められる伸び保持率(%)を求めて、下記の基準で、各潤滑剤組成物の、樹脂に対する攻撃性を評価した。
○:保持率が25%以上であった。攻撃性なし。
×:保持率が25%未満であった。攻撃性あり。
【0057】
(耐熱性評価)
テスト1:実施例、比較例の潤滑剤組成物を、普通鋼板(SPCC−SD)(算術平均粗さRa=0.8〜1.5μm)の表面に、室温(15℃ないし35℃)で厚さ1mmとなるように塗布したのち秤量し、次いで150℃の恒温槽中に入れて240時間静置し、放冷後に再度秤量して潤滑剤組成物の蒸発量(質量%)を求めて、下記の基準で耐熱性を評価した。
【0058】
○:蒸発量が12.2%未満であった。蒸発量小。
×:蒸発量が12.2%以上であった。蒸発量大。
テスト2:前記加熱前後の潤滑剤組成物の色味を観察した。そして下記の基準で潤滑剤組成物の色味の変化を評価した。
小:色味は白ないし茶色であった。色味の変化小。
【0059】
中:色味は濃茶色であった。色味の変化中。
大:色味は茶褐色ないし黒色であった。色味の変化大。
総合評価:前記テスト1、2の結果を踏まえて、下記の基準で、潤滑剤組成物の耐熱性を評価した。
○:蒸発量が小で、かつ色味の変化が小であった。耐熱性きわめて良好。
【0060】
△:耐熱性良好。蒸発量が小で、かつ色味の変化が中または大であるか、もしくは蒸発量が大で、かつ色味の変化が小であった。耐熱性通常レベル。
×:蒸発量が大で、かつ色味の変化が大であった。耐熱性不良。
〈実施例1ないし6、比較例1ないし6〉
前記ジウレア系グリース60gと、ステアリン酸亜鉛グリース12.5gと、表1に示す量の酸化防止剤と、防錆剤としてのベンゾトリアゾール系化合物0.10gとを混合し、さらにポリαオレフィンを追加して全量を100gに調整した。
【0061】
そして前記混合物をかく拌し、さらに3段ロールを用いて混練して潤滑剤組成物を製造し、先に説明した攻撃性評価、および耐熱性評価を行った。
〈比較例7〉
ステアリン酸亜鉛グリースに代えて、ステアリン酸リチウム10gを添加し、さらにポリαオレフィンを追加して全量を100gに調整したこと以外は比較例1と同様にして潤滑剤組成物を製造し、先に説明した攻撃性評価、および耐熱性評価を行った。
【0062】
前記実施例1ないし6、比較例1ないし7の評価結果を表1に示す。
【0063】
【表1】

【0064】
表1より、低摩擦添加剤としてのステアリン酸亜鉛と、酸化防止剤としての硫黄系酸化防止剤とを併用したときに、選択的に、潤滑剤組成物の良好な耐熱性を維持しながら、樹脂に対する攻撃性を抑制できることが確認された。
〈実施例7ないし10〉
防錆剤として、ベンゾトリアゾール化合物に代えて、0.5gのカルシウムスルホネート系防錆剤を用いたこと以外は実施例1ないし3、5と同様にして潤滑剤組成物を製造し、攻撃性評価、および耐熱性評価を行った。結果を表2に示す。
【0065】
【表2】

【0066】
表2および表1より、防錆剤としてはベンゾトリアゾール化合物を用いるのが潤滑剤組成物の耐熱性を向上する上で好ましいことが確認された。
〈実施例11ないし13〉
酸化防止剤としてのベンゾチアゾール化合物(S1)の量を0.25g(実施例11)、1g(実施例12)、および2g(実施例13)としたこと以外は実施例1と同様にして潤滑剤組成物を製造し、攻撃性評価、および耐熱性評価を行った。結果を、実施例1の結果と併せて表3に示す。
【0067】
【表3】

【0068】
表3より、ベンゾチアゾール化合物(S1)の含有割合は、潤滑剤組成物の総量の0.25質量%以上、2質量%以下、特に0.5質量%以上、2質量%以下であるのが好ましいことが確認された。
〈実施例14ないし16〉
酸化防止剤としてのジチオカーバメート化合物(S2)の量を0.5g(実施例14)、1g(実施例15)、および3g(実施例16)としたこと以外は実施例2と同様にして潤滑剤組成物を製造し、攻撃性評価、および耐熱性評価を行った。結果を、実施例2の結果と併せて表4に示す。
【0069】
【表4】

【0070】
表4より、ジチオカーバメート化合物(S2)の含有割合は、潤滑剤組成物の総量の0.5質量%以上、3質量%以下、特に1質量%以上、3質量%以下であるのが好ましいことが確認された。
〈実施例17ないし19〉
酸化防止剤としてのメルカプトベンズイミダゾール化合物(S3)の量を0.5g(実施例17)、2g(実施例18)、および3g(実施例19)としたこと以外は実施例3と同様にして潤滑剤組成物を製造し、攻撃性評価、および耐熱性評価を行った。結果を、実施例3の結果と併せて表5に示す。
【0071】
【表5】

【0072】
表5より、メルカプトベンズイミダゾール化合物(S3)の含有割合は、潤滑剤組成物の総量の0.5質量%以上、3質量%以下、特に1質量%以上、3質量%以下であるのが好ましいことが確認された。
〈実施例20ないし22〉
酸化防止剤としてのベンゾチアゾール化合物(S4)の量を1g(実施例20)、3g(実施例21)、および4g(実施例22)としたこと以外は実施例4と同様にして潤滑剤組成物を製造し、攻撃性評価、および耐熱性評価を行った。結果を、実施例4の結果と併せて表6に示す。
【0073】
【表6】

【0074】
表6より、ベンゾチアゾール化合物(S4)の含有割合は、潤滑剤組成物の総量の1質量%以上、4質量%以下、特に2質量%以上、4質量%以下であるのが好ましいことが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】本発明の一実施形態にかかる電動パワーステアリング装置の概略図である。
【符号の説明】
【0076】
1:電動パワーステアリング装置、9:操舵機構、17:電動モータ、18:減速機、19:小歯車、20:大歯車

【特許請求の範囲】
【請求項1】
合成炭化水素油、ウレア系増ちょう剤、ステアリン酸亜鉛、および硫黄系酸化防止剤を少なくとも含むことを特徴とする潤滑剤組成物。
【請求項2】
ステアリン酸亜鉛が、粉体の状態でまたは増ちょう剤として含まれる請求項1に記載の潤滑剤組成物。
【請求項3】
硫黄系酸化防止剤が、ベンゾチアゾール化合物、ジチオカーバメート化合物、およびベンズイミダゾール化合物からなる群より選ばれた少なくとも1種である請求項1または2に記載の潤滑剤組成物。
【請求項4】
防錆剤を含み、前記防錆剤がベンゾトリアゾール化合物である請求項1ないし3のいずれかに記載の潤滑剤組成物。
【請求項5】
小歯車と大歯車とを備え、前記両歯車の噛み合い部分を少なくとも含む領域に、請求項1ないし4のいずれかに記載の潤滑剤組成物を充填したことを特徴とする減速機。
【請求項6】
操舵補助用の電動モータの出力を、請求項5に記載の減速機を介して減速して、操舵機構に伝えることを特徴とする電動パワーステアリング装置。

【図1】
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【公開番号】特開2010−95631(P2010−95631A)
【公開日】平成22年4月30日(2010.4.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−267642(P2008−267642)
【出願日】平成20年10月16日(2008.10.16)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【出願人】(000162423)協同油脂株式会社 (165)
【Fターム(参考)】