説明

潤滑剤組成物

【課題】高濃度の水素環境下にある部材、例えば、転がり軸受、滑り軸受、歯車、ボールネジ、リニアガイド、直動軸受、カム又は各種継ぎ手などの水素脆性はく離の抑制に優れた潤滑剤組成物を提供すること。
【解決手段】水素環境下で使用される部材の水素脆性はく離を抑制するための潤滑剤組成物であって、基油及び添加剤を含み、添加剤が、有機スルホン酸塩、カルボン酸塩、チオカルバミン酸塩、及びチオリン酸エステル塩からなる群から選ばれる少なくとも1種である潤滑剤組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素環境下で使用される部材の水素脆性はく離の抑制に好適な潤滑剤組成物に関する。詳しくは、燃料電池関連機器、石油精製関連機器、例えば重質油の水素化分解装置、水素化脱硫装置及び水素化改質装置、化学品等の水添装置関連機器、原子力発電関連機器、燃料電池車の水素スタンド、水素インフラストラクチャーなどの水素環境下において用いられる部材、例えば転がり軸受、滑り軸受、歯車、ボールネジ、リニアガイド、直動軸受、カム又は各種継ぎ手などの水素脆性はく離の抑制に好適な潤滑剤組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
最近、燃料電池の普及など水素をエネルギー源とする技術の進展が著しい。この分野では水素を高圧で貯蔵する技術など、貯蔵容器や配管など材料そのものの水素対策は以前から検討がなされている。この水素が金属材料に及ぼす悪影響は、腐食の分野で古くから研究されている。例えば、腐食溶液中でのカソード反応によって生じた水素ガスが、応力集中源となる欠陥や、介在物・析出物などの先端に吸着したり,欠陥近傍の材料中に侵入・集積したりして,その部分を脆化させることにより部材に割れが進行し、破壊される。近年、特に水素が鋼等の金属材料中に侵入し、金属材料の延性を失わせること、すなわち、金属材料の水素脆化の問題が指摘されている。水素脆化が進行すると金属材料が割れる等の重大な結果をもたらす。この水素脆化による金属材料の割れは、遅れ破壊現象と言われている。この遅れ破壊は別名、静的疲労とも呼ばれており、静的な引張り応力状態下に置かれた高強度部材が、ある時間経過後に突然脆性的に破壊してしまうことである。これらの高強度部材の遅れ破壊は、製造過程あるいは使用環境から部材中に侵入した水素が原因と考えられている。これは、塑性変形で誘起された原子空孔密度の高い金属部材は水素が侵入し易い状態にあるため、ねじ部や腐食ピットなどの引張り応力集中部近傍に集合して、破壊、いわゆる水素脆化をひき起こす。金属、特に鋼中に吸蔵された水素は、通常その降伏強さや引張り強さにはほとんど影響を与えないが、延性や靭性を劣化させる性質がある。したがって、金属部材を高強度化するほど材料の水素脆化感受性が増大するので、高強度鋼では特に水素に対する注意が必要である。
【0003】
トライボロジー的視野から水素脆化について、研究あるいは検討した例はほとんどない。しかしながら、燃料電池などの水素をエネルギーとする技術では水素の移動が必要であり、移動に関わる機械部材なども当然に必要となる。例えば、コンプレッサはその代表であり、トライボロジー要素には転がり軸受や滑り軸受などが使用されている。従って、これら機械部材、金属材料への水素脆化対策は重要であるが、その対策はほとんどなされていないのが現状である。
【0004】
一方、自動車の電装・補機転がり軸受の分野でも、従来から水素脆化が問題となっており、使用するグリースの性質を改善することにより対処している。例えば、摩耗により生じる新生面の触媒作用を抑制するために、グリース中に不動態化酸化剤を添加し、金属表面を酸化して表面の触媒活性を抑制し、潤滑剤の分解による水素発生を抑制することが提案されている(例えば、特許文献1)。また、潤滑剤の分解による水素発生を抑制するために、グリースの基油としてフェニルエーテル系合成油を使用することが提案されている(例えば、特許文献2)。特定の基油に特定の増ちょう剤、不動態化酸化剤及び有機スルホン酸塩を添加することが提案されている(例えば、特許文献3)。トライボロジー金属材料や各種部材さらに水が侵入しやすい部位に使用される軸受に封入されるグリースとして、水素を吸収するアゾ化合物を添加することが提案されている(例えば、特許文献4)。水の浸入を受けても水素脆性によるはく離を起こすことが無く、長寿命の転がり軸受用として、基油にフッ素化ポリマー油、増ちょう剤にポリテトラフルオロエチレン、及び導電性物質を添加したグリース組成物が提案されている(例えば、特許文献5)。しかし、これらはいずれもグリース等の分解によって発生した微量の水素に対するものであり、積極的に水素を導入した水素環境下でのはく離、水素脆性割れ、水素脆性はく離を抑制することを開示ないし示唆するものではない。
【0005】
【特許文献1】特開平3−210394
【特許文献2】特開平3−250094
【特許文献3】特開平5−263091
【特許文献4】特開2002−130301
【特許文献5】特開2002−250351
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、水素環境下にある金属部材の水素脆性はく離を抑制する潤滑剤組成物を提供することである。詳しくは、高濃度の水素環境下にある部材、例えば、転がり軸受、滑り軸受、歯車、ボールネジ、リニアガイド、直動軸受、カム又は各種継ぎ手などの水素脆性はく離の抑制に優れた潤滑剤組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記目的を達成するために鋭意研究の結果、特定の添加剤を使用することにより、水素環境下にある転がり軸受、滑り軸受、歯車、ボールネジ、リニアガイド、直動軸受、カム、各種継ぎ手などの水素脆性はく離を抑制することができることを見出し本発明を完成させた。
【0008】
本発明は、以下に示す、水素環境下における水素脆性はく離を抑制する潤滑剤組成物を提供するものである。
1.水素環境下で使用される部材の水素脆性はく離を抑制するための潤滑剤組成物であって、基油及び添加剤を含み、添加剤が、有機スルホン酸塩、カルボン酸塩、チオカルバミン酸塩、及びチオリン酸エステル塩からなる群から選ばれる少なくとも1種である潤滑剤組成物。
2.有機スルホン酸塩が下記一般式(1)で示される上記1記載の潤滑剤組成物。
[R1‐SO3n11 (1)
(式中、R1は、アルキル基、アルケニル基、アルキルナフチル基、ジアルキルナフチル基、アルキルフェニル基及び石油高沸点留分残基を表す。前記アルキル又はアルケニルは、直鎖又は分岐であり、炭素数は1〜22である。M1はアルカリ金属、アルカリ土類金属、亜鉛、又はアンモニウムイオンを表す。n1はM1の価数を表す。)
3.カルボン酸塩が下記一般式(2)で示される上記1記載の潤滑剤組成物。
[R2‐COO]n22 (2)
(式中、R2は、アルキル基、アルケニル基、アルキルナフチル基、ジアルキルナフチル基、アルキルフェニル基及び石油高沸点留分残基を表す。前記アルキル又はアルケニルは、直鎖又は分岐であり、炭素数は1〜22である。M2はアルカリ金属、アルカリ土類金属、ニッケル、銅、亜鉛、モリブデン、ビスマス、又はアンモニウムイオンを表す。n2はM2の価数を表す。)
4.チオカルバミン酸塩が下記一般式(3)で示される上記1記載の潤滑剤組成物。
[R34N−CS−S−]n33 (3)
(式中、R3及びR4は同一でも異なっていても良く、水素原子、炭素数1〜22のアルキル基、アルケニル基、又は炭素数6〜22のアリール基を表す。但し、R3及びR4が同時に水素原子であることはない。M3はニッケル、銅、亜鉛、モリブデン、アンチモン、銀、鉛、テルル、メチレン基、又はエチレン基を示す。n3はM3の価数を表す。)
5.チオリン酸エステル塩が下記一般式(4)で示される上記1記載の潤滑剤組成物。
[(R5O)(R6O)−PS−S]n44 (4)
(式中、R5及びR6は同一でも異なっていても良く、水素原子、炭素数1〜22のアルキル基、又はアルケニル基を表す。但し、R5及びR6が同時に水素原子であることはない。M4は亜鉛、モリブデン、又はアンチモンを表す。n4はM4の価数を表す。)
6.基油が、鉱物油及び/又は合成油を含む上記1〜5のいずれか1項記載の潤滑剤組成物。
7.さらに増ちょう剤を含む上記1〜6のいずれか1項記載の潤滑剤組成物。
8.鉱物油及び/又は合成油からなる基油65質量%以上、増ちょう剤35質量%以下、及び有機スルホン酸塩、カルボン酸塩、チオカルバミン酸塩、及びチオリン酸エステル塩からなる群から選ばれる少なくとも1種の添加剤1〜20質量%を含有する上記7記載の潤滑剤組成物。
9.部材が転がり軸受、滑り軸受、歯車、ボールネジ、リニアガイド、直動軸受、カム又は継ぎ手である上記1〜8のいずれか1項記載の潤滑剤組成物。
【発明の効果】
【0009】
本発明の潤滑剤組成物は、有機スルホン酸塩、カルボン酸塩、チオカルバミン酸塩、又はチオリン酸エステル塩を含有しているため、鋼等の金属表面に緻密な皮膜を形成し、鋼等の金属表面に生成したき裂、金属内部への水素の進入を防止し、水素の脱炭作用による金属部材の機械的強度、延性、靭性の低下を防止し、水素環境下にある金属部材の水素脆性はく離を抑制する。
【0010】
HoffmannとRaulsらが行った実験から、水素雰囲気中で生ずる脆化に対して最も影響を及ぼす因子は水素ガスの純度であるとされている。しかし、従来の研究は、炭化水素(グリース等)や水の分解で徐々に発生した微量な水素を含んだ雰囲気下での研究であるのに対して、本発明は積極的に純度99.99%の水素を導入し、他の気体が入り込まない状況で、水素環境下にある部材の水素脆性はく離を大幅に防止ないし抑制するという全く新しい知見に基づくものである。
【0011】
本発明の潤滑剤組成物の効果が優れる理由としては、添加している有機スルホン酸塩、カルボン酸塩、チオカルバミン酸塩、チオリン酸エステル塩が、分子中に、アルケニル基、アルキルナフチル基、ジアルキルナフチル基、アルキルフェニル基及び石油高沸点留分残基などの疎水基とスルホン酸塩、カルボン酸塩、カルバミン酸、リン酸などの親水基を有していることによると考えられる。すなわち、潤滑剤組成物の基油による油膜層と親油基を外側にした吸着層が部材表面に二重の保護層を形成することにより、水素、特に弱い結合の拡散性水素の金属への侵入を防止していると考えられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下本発明について詳細に説明する。
本発明の潤滑剤組成物は、有機スルホン酸塩、カルボン酸塩、チオカルバミン酸塩、チオリン酸エステル塩からなる群から選ばれる少なくとも1種を含有する。
【0013】
有機スルホン酸塩は、式(1)で示されるものが好ましい。本発明に使用される有機スルホン酸塩は、中性、塩基性、高塩基性有機スルホン酸塩のいずれでも良い。塩基性、高塩基性有機スルホン酸塩は有機スルホン酸に過剰の炭酸カルシウム及び/又は炭酸マグネシウムを反応させたものである。本発明に使用される有機スルホン酸塩の塩基価は特に限定されないが、好ましくは0〜1000mgKOH/gである。
式(1)において、R1は、アルキル基、アルケニル基、アルキルナフチル基、ジアルキルナフチル基、アルキルフェニル基及び石油高沸点留分残基を表し、前記アルキル又はアルケニルは、直鎖又は分岐であり、炭素数は1〜22、好ましくは4〜22である。M1はアルカリ金属、アルカリ土類金属、亜鉛、又はアンモニウムイオンを表す。n1はM1の価数を表す。)
【0014】
好ましい具体例としては、ジオクチルナフタレンスルホン酸亜鉛、ジオクチルナフタレンスルホン酸カルシウム、ジオクチルナフタレンスルホン酸アンモニウム、ジノニルナフタレンスルホン酸亜鉛、ジノニルナフタレンスルホン酸カルシウム、ジノニルナフタレンスルホン酸アンモニウム、ジデシルナフタレンスルホン酸亜鉛、ジデシルナフタレンスルホン酸カルシウム、ジデシルナフタレンスルホン酸アンモニウム、石油スルホン酸亜鉛、石油スルホン酸カルシウム、石油スルホン酸アンモニウム、高塩基性 アルキルベンゼンスルホン酸カルシウム(市販品としては、CROMPTON CORPORATION製商品名BRYTON C-400)が挙げられる。さらに好ましい具体例は、ジオクチルナフタレンスルホン酸亜鉛、ジオクチルナフタレンスルホン酸カルシウム、ジノニルナフタレンスルホン酸亜鉛、ジノニルナフタレンスルホン酸カルシウム、ジデシルナフタレンスルホン酸亜鉛、ジデシルナフタレンスルホン酸カルシウム、高塩基性アルキルベンゼンスルホン酸カルシウム(BRYTON C-400)である。
【0015】
カルボン酸塩は式(2)で表されるものが好ましい。式(2)において、R2は、アルキル基、アルケニル基、アルキルナフチル基、ジアルキルナフチル基、アルキルフェニル基及び石油高沸点留分残基を表し、前記アルキル又はアルケニルは、直鎖又は分岐であり、炭素数は1〜22、好ましくは4〜22である。M2はアルカリ金属、アルカリ土類金属、ニッケル、銅、亜鉛、モリブデン、ビスマス、又はアンモニウムイオンを表す。n2はM2の価数を表す。
好ましい例としては、アルキルカルボン酸、アルキルナフタレンカルボン酸、アルケニルコハク酸などの二塩基酸及びナフテン酸のアルカリ金属、アルカリ土類金属、ニッケル、銅、亜鉛、モリブデン、ビスマス、アンモニウム塩が挙げられる。
アルキルナフタレン酸塩で好ましいのは、オクチルナフタレン酸アンモニウム塩、ノニルナフタレン酸アンモニウム塩、デシルナフタレン酸アンモニウム塩、ドデシルナフタレン酸アンモニウム塩である。特に好ましいのは、オクチルナフタレン酸アンモニウム塩、ノニルナフタレン酸アンモニウム塩、デシルナフタレン酸アンモニウム塩である。
【0016】
チオカルバミン酸塩は式(3)で表されるものが好ましい。式(3)において、R3及びR4は同一でも異なっていても良く、水素原子、炭素数1〜22のアルキル基、アルケニル基、又は炭素数6〜22のアリール基を表す。但し、R3及びR4が同時に水素原子であることはない。M3はニッケル、銅、亜鉛、モリブデン、アンチモン、銀、鉛、テルル、メチレン基、又はエチレン基を示す。n3はM3の価数を表す。
好ましいチオカルバミン酸塩としては、チオカルバミン酸亜鉛(ZnDTC)、チオカルバミン酸モリブデン(MoDTC)、チオカルバミン酸アンチモン(SbDTC)、チオカルバミン酸銅(CuDTC)、チオカルバミン酸ニッケル(NiDTC)、チオカルバミン酸銀(AgDTC)、チオカルバミン酸コバルト(CoDTC)、チオカルバミン酸鉛(PbDTC)、チオカルバミン酸テルル(TeDTC)、ジチオカルバミン酸ナトリウム(NaDTC)などがある。さらに、メチレンビス(ジブチル)チオカルバミン酸塩がある。特に好ましいものは、チオカルバミン酸亜鉛(ZnDTC)、チオカルバミン酸モリブデン(MoDTC)、チオカルバミン酸銅(CuDTC)である。
また、他のチオカルバミン酸塩として、下記一般式(5)で表されるモリブデンジチオカーバメートがある。
[R78N−CS−S−]2Mo2xy (5)
(式中、R7及びR8は同一でも異なっていても良く、水素原子、炭素数1〜22のアルキル基、アルケニル基、又は炭素数6〜22のアリール基を表す。但し、R7及びR8が同時に水素原子であることはない。x+y=4である。)
【0017】
チオリン酸エステル塩としては、式(4)で挙げられるものが好ましい。式(4)において、R5及びR6は同一でも異なっていても良く、水素原子、炭素数1〜22のアルキル基、又はアルケニル基を表す。但し、R5及びR6が同時に水素原子であることはない。M4は亜鉛、モリブデン、又はアンチモンを表す。n4はM4の価数を表す。
【0018】
チオリン酸エステル塩の好ましい例としては、チオリン酸アルキル又はアルケニルモノエステル金属塩、チオリン酸アルキル又はアルケニルジエステル金属塩及びチオリン酸アルキル又はアルケニルモノエステルアンモニウム塩、チオリン酸アルキル又はアルケニルジエステルアンモニウム塩がある。
ジチオリン酸エステル塩としては、ジチオリン酸亜鉛(ZnDTP)、ジチオリン酸モリブデン(MoDTP)、ジチオリン酸アンチモン(SbDTP)などがある。
【0019】
また、他のチオリン酸エステル塩の好ましい例としては、下記一般式(6)で表されるモリブデンジチオリン酸エステル塩がある。
[(R9O)(R10O)−PS−S]2Mo222 (6)
(式中、R9及びR10は同一でも異なっていても良く、水素原子、炭素数1〜22のアルキル基、又はアルケニル基を表す。但し、R9及びR10が同時に水素原子であることはない。)
【0020】
本発明の潤滑剤組成物は液状または半固体状であり、好ましくは、基油65質量%以上、さらに好ましくは70質量%以上、増ちょう剤35質量%以下、さらに好ましくは30質量%以下、有機スルホン酸塩、カルボン酸塩、チオカルバミン酸塩、チオリン酸エステル塩からなる群から選ばれる少なくとも1種の添加剤0.5〜20質量%を含有する。
本発明の潤滑剤組成物に使用される基油は、使用する部材の条件に適合するものであれば、特に限定されないが、好ましくは鉱物油及び合成油である。例えば、ナフテン系鉱物油等、ジエステル、ポリオールエステルに代表されるエステル系合成油、ポリαオレフィン、ポリブテンに代表される合成炭化水素油、アルキルジフェニルエーテル、ポリプロピレングリコールに代表されるエーテル系合成油、シリコーン油、フッ素化油などの各種合成油が使用できる。
【0021】
特に好ましいものはPAO(ポリαオレフィン)、ADE(アルキルジフェニルエーテル)、POE(ポリオールエステル)、鉱物油である。
【0022】
本発明の潤滑剤組成物に使用される増ちょう剤も特に限定されないが、Li石けんなどの金属石けん、Li複合石けんなどの金属複合石けん、芳香族ジウレアなどのジウレア、有機化クレイ、シリカ、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等が挙げられる。
【0023】
本発明の潤滑剤組成物は、高純度水素環境下で使用される装置の部材の潤滑に特に適している。このような装置としては、燃料電池関連機器、石油精製関連機器、例えば重質油の水素化分解装置、水素化脱硫装置及び改質装置、化学品等の水添装置関連機器、原子力発電関連機器、燃料電池車の水素スタンド、水素インフラストラクチャー関連機器などがある。このような装置に使用される金属部材としては、例えば、転がり軸受、滑り軸受、歯車、ボールネジ、リニアガイド、直動軸受、カム又は各種継ぎ手等が挙げられる。
【0024】
水素脆性はく離を起こす部材の材料としては、特に水素脆化を起こす金属材料、例えば、鉄や各種の鋼、炭素鋼、合金鋼などが挙げられる。
【0025】
本発明の潤滑剤組成物の形態としては、潤滑油、グリース、シーリング油、作動油、防錆油等が挙げられるが、それらに限定されるものではない。
【0026】
本発明の潤滑剤組成物には必要に応じて種々の他の添加剤を添加することができる。このような添加剤としては、例えば、酸化防止剤、錆止め剤、金属腐食防止剤、油性剤、耐摩耗剤、極圧剤、固体潤滑剤などが挙げられる。
【0027】
以下、実施例によって本発明をさらに詳述するが、下記の実施例は本発明を制限するものでなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で変更実施することは全て本発明の技術範囲に包含される。
【実施例】
【0028】
表1〜4に示す成分を使用して実施例1〜17及び比較例1〜6の潤滑剤組成物を調製し、以下に示す試験方法により特性を評価した。結果を表1〜4に示す。
基油1:PAO400(ポリαオレフィン 40℃の動粘度380〜430mm2/s)
基油2:PAO100(ポリαオレフィン 40℃の動粘度90〜110mm2/s)
基油3:ADE100(アルキルジフェニルエーテル 40℃の動粘度95〜105mm2/s)
基油4:POE100(ポリオールエステル 40℃の動粘度93〜103mm2/s)
基油5:MO100(鉱物油 40℃の動粘度90〜110mm2/s)
【0029】
添加剤
A:ジノニルナフタレンスルホン酸Zn
B:ジノニルナフタレンスルホン酸Ca
C:アルキルベンゼンスルホン酸Ca(高塩基性Caスルホネート:塩基価約400mgKOH/g)
D:ジノニルナフタレンスルホン酸アンモニウム
E:チオカルバミン酸塩(ZnDTC)
F:チオカルバミン酸塩(MoDTC)
G:チオカルバミン酸塩(SbDTC)
H:チオカルバミン酸塩(メチレン(ビスジブチル)DTC)
I:チオリン酸エステル塩(ZnDTP)
J:チオリン酸エステル塩(MoDTP)
K:ジノニルナフタレンスルホン酸Ba
増ちょう剤:ジフェニルメタンジイソシアネートとp−トルイジンから得られたジウレア化合物
【0030】
1.評価試験方法
(1)試験概略
直径15mmの軸受用鋼球3個を内径40mm、高さ14mmの容器に配置し、試験油約20mlを満たす。上から5/8in軸受用鋼球1個の回転球をあてがい、試験機にセットする。荷重を掛け4時間回転させて慣らし運転を行なった後、試験油に水素ガスを導入する。下の3個は自転しながら公転する。これをはく離が生じるまで連続回転させる。はく離は、最も面圧の高い球−球間に生じる。寿命は、はく離が生じた時点の上球の総接触回数とする。これを5回繰り返し、L50寿命(50%が寿命となる回数の平均値)を求める。
【0031】
(2)試験条件
試験鋼球:直径15mm及び5/8in軸受用鋼球
試験荷重(W):250kgf(5.6GPa)
回転速度(n):1500rpm
水素導入量:15ml/分
水素純度:99.99%
試験部気圧:0.96気圧(減圧排気のため)
試験繰り返し数:5回
2.評価試験結果
【0032】
【表1】

【0033】
【表2】

【0034】
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
水素環境下で使用される部材の水素脆性はく離を抑制するための潤滑剤組成物であって、基油及び添加剤を含み、添加剤が、有機スルホン酸塩、カルボン酸塩、チオカルバミン酸塩、及びチオリン酸エステル塩からなる群から選ばれる少なくとも1種である潤滑剤組成物。
【請求項2】
有機スルホン酸塩が下記一般式(1)で示される請求項1記載の潤滑剤組成物。
[R1‐SO3n11 (1)
(式中、R1は、アルキル基、アルケニル基、アルキルナフチル基、ジアルキルナフチル基、アルキルフェニル基及び石油高沸点留分残基を表す。前記アルキル又はアルケニルは、直鎖又は分岐であり、炭素数は1〜22である。M1はアルカリ金属、アルカリ土類金属、亜鉛、又はアンモニウムイオンを表す。n1はM1の価数を表す。)
【請求項3】
カルボン酸塩が下記一般式(2)で示される請求項1記載の潤滑剤組成物。
[R2‐COO]n22 (2)
(式中、R2は、アルキル基、アルケニル基、アルキルナフチル基、ジアルキルナフチル基、アルキルフェニル基及び石油高沸点留分残基を表す。前記アルキル又はアルケニルは、直鎖又は分岐であり、炭素数は1〜22である。M2はアルカリ金属、アルカリ土類金属、ニッケル、銅、亜鉛、モリブデン、ビスマス、又はアンモニウムイオンを表す。n2はM2の価数を表す。)
【請求項4】
チオカルバミン酸塩が下記一般式(3)で示される請求項1記載の潤滑剤組成物。
[R34N−CS−S−]n33 (3)
(式中、R3及びR4は同一でも異なっていても良く、水素原子、炭素数1〜22のアルキル基、アルケニル基、又は炭素数6〜22のアリール基を表す。但し、R3及びR4が同時に水素原子であることはない。M3はニッケル、銅、亜鉛、モリブデン、アンチモン、銀、鉛、テルル、メチレン基、又はエチレン基を示す。n3はM3の価数を表す。)
【請求項5】
チオリン酸エステル塩が下記一般式(4)で示される請求項1記載の潤滑剤組成物。
[(R5O)(R6O)−PS−S]n44 (4)
(式中、R5及びR6は同一でも異なっていても良く、水素原子、炭素数1〜22のアルキル基、又はアルケニル基を表す。但し、R5及びR6が同時に水素原子であることはない。M4は亜鉛、モリブデン、又はアンチモンを表す。n4はM4の価数を表す。)
【請求項6】
基油が、鉱物油及び/又は合成油を含む請求項1〜5のいずれか1項記載の潤滑剤組成物。
【請求項7】
さらに増ちょう剤を含む請求項1〜6のいずれか1項記載の潤滑剤組成物。
【請求項8】
鉱物油及び/又は合成油からなる基油65質量%以上、増ちょう剤35質量%以下、及び有機スルホン酸塩、カルボン酸塩、チオカルバミン酸塩、及びチオリン酸エステル塩からなる群から選ばれる少なくとも1種の添加剤1〜20質量%を含有する請求項7記載の潤滑剤組成物。
【請求項9】
部材が転がり軸受、滑り軸受、歯車、ボールネジ、リニアガイド、直動軸受、カム又は継ぎ手である請求項1〜8のいずれか1項記載の潤滑剤組成物。

【公開番号】特開2007−262300(P2007−262300A)
【公開日】平成19年10月11日(2007.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−91243(P2006−91243)
【出願日】平成18年3月29日(2006.3.29)
【出願人】(000162423)協同油脂株式会社 (165)
【Fターム(参考)】