説明

濃淡染色性差を有するアクリルフィラメント糸からなる布帛

【課題】編織した布帛に鮮明な絣調の外観を呈することのできるフィラメントの長手方向に濃染色性部と淡染色性部を交互に有するアクリルフィラメント糸の提供。
【解決手段】フィラメントの長手方向に濃染色性部と淡染色性部を交互に有し、
・前記濃染色性部の長さが0.6m〜4m
・前記淡染色性部の長さが0.1m〜2m
・最も長い濃染色性部の長さと、最も短い濃染色性部の長さの比が2.0倍以上
・最も長い淡染色性部の長さと、最も短い淡染色性部の長さの比が2.0倍以上
・(濃染色性部の平均長さ)/(淡染色性部の平均長さ)で表される平均長さの比が2.0倍以上
であるアクリルフィラメント糸。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糸条の長手方向に濃染色性部分と淡染色性部分を交互に有するアクリルフィラメント糸であり、該糸を用いて布帛とした後、染色した際に染色性差に起因する鮮明な絣調外観を発現するアクリルフィラメント糸を含む布帛に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、織編み物に霜降り調の細かな柄模様や、絣調の粗い柄模様等の表面効果を付与することのできる糸としては、染色性の異なる2種類以上の短繊維あるいはフィラメント糸を混用した糸や、短繊維を間欠的に混入したスラブ糸等が用いられていた。しかしながら、これらの糸は2種以上の染色性を異にした繊維を混用したものであり、糸や織編み物の実生産における作業面や、管理面が非常に煩瑣となり、織編み物の柄パターンは限られたものしか出来なかった。
そこで、特にポリエステル繊維において特定の延伸条件下で延伸することにより濃淡染色性差を有する糸を得る技術(特許文献1、2)が多数開示されているが、これらによるものは太さ斑に起因する後工程での加工性不良の問題があり、また、染色性の観点からは十分な濃淡効果を得るには至っていない。
【0003】
また、スピンドロー紡糸方式で巻き取った原糸チーズを緩和処理することにより、結晶構造の差(収縮率差)を利用し濃淡染色差を付与する技術(特許文献3)が開示されているが、この方法では周期性が発生し、自然な斑(むら)感を得ることが出来ない。
更には、紡糸工程の走行糸に間欠的に水性液体を付与した後、熱処理することにより熱履歴の差から染色性に差を付与する技術(特許文献4、5)も開発され知られているが、液体を利用することによる生産機器の錆防止が必要であり、実用上問題がある。また、この方法で得られる糸は未延伸状態の太繊度部が脆く破断しやすいといった欠点がある。従って織編み物に鮮明な絣調の外観を付与し得る、濃淡染色性差を有し、且つ、工程通過性良好なアクリルフィラメント糸の開発が強く望まれていた。
【0004】
【特許文献1】特開2003−20519号公報
【特許文献2】特開2004−270112号公報
【特許文献3】特開平8−13243号公報
【特許文献4】特開昭62−289630号公報
【特許文献5】特開2002−38329号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、明瞭な結晶性を示さないアクリロニトリル系ポリマーを利用することで、従来技術における問題を解消し、布帛に鮮明な絣調の外観を発現し得るアクリルフィラメント糸からなる布帛を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の要旨は、以下の要件を満たす濃淡染色性差を有するアクリルフィラメント糸を含む布帛にある。
・糸条長手方向に沿って濃染色性部と淡染色性部を交互に有する
・前記濃染色性部の長さが0.6m〜4m
・前記淡染色性部の長さが0.1m〜2m
・最も長い濃染色性部の長さと、最も短い濃染色性部の長さの比が2.0倍以上
・最も長い淡染色性部の長さと、最も短い淡染色性部の長さの比が2.0倍以上
・(濃染色性部の平均長さ)/(淡染色性部の平均長さ)で表される平均長さの比が2.0倍以上
更に、本発明は濃染色性部と淡染色性部の色差がY値の差で8.0以上であることを特徴とする上記記載のアクリルフィラメント糸を含む布帛にある。
又、本発明は、アクリルニトリル単位を80質量%以上含有するアクリル系共重合体と溶剤とからなる紡糸原液を、空気層を介して、凝固浴に吐出し、温水中で延伸を施すアクリルフィラメントの製造方法において、以下の(1)〜(4)を満たす条件で、熱板への接触/非接触を繰り返す製造方法にある。
(1)熱板への接触時間t1 (sec):0.1(m)/Vsp≦t1 ≦2(m)/Vsp
(2)熱板への非接触時間t2 (sec):0.6(m)/Vsp≦t2 ≦4(m)/Vsp
sp:巻き取り速度(m/sec)
(3)t1 の最大値と最小値の比が2倍以上
(4)t2 の最大値と最小値の比が2倍以上
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、糸条長手方向に沿って濃淡染色性差を有し、且つ、糸の太さ斑の少ない、布帛とした後染色した際に鮮明な絣調の柄模様を発現するアクリルフィラメント糸からなる布帛を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明におけるアクリロニトリル系ポリマーは、アクリロニトリル単位を50質量%以上含有し、これと共重合可能な不飽和単量体とからなる共重合体である。共重合体中アクリロニトリル単位の含有率が50質量%未満の場合は、衣料用途の繊維として必要な物性、熱特性を欠くばかりでなく、アクリル繊維の特徴である染色鮮明性、発色性が低下するので好ましくない。
【0009】
アクリロニトリルと共重合可能な不飽和単量体としては、アクリル酸、メタクリル酸、及びそれらの誘導体、酢酸ビニル、アクリルアミド、メタクリルアミド、塩化ビニル、塩化ビニリデン、更に、目的によってはビニルベンゼンスルホン酸ソーダ、メタリルスルホン酸ソーダ、アクリルアミドメチルプロパンスルホン酸ソーダ等のイオン性不飽和単量体を用いることができる。
【0010】
アクリロニトリル系ポリマーの製造方法としては懸濁重合、溶液重合等、目的、用途に合わせて適宜選択すればよく、また、その分子量は通常アクリル繊維の製造に用いられる範囲であればよく、特に限定するものではないが、10万〜100万の範囲にあることが好ましい。
【0011】
本発明のアクリルフィラメント糸は、長手方向に沿って濃染色性部と淡染色性部を交互に有し、濃染色性部の長さが0.6m〜4m、淡染色性部の長さが0.1m〜2mの範囲内である必要がある。本発明のアクリルフィラメント糸を用いた布帛を染色することにより、淡色部分を浮き上がらせて、絣調の外観を発現させることが出来る。濃染色性部の長さが0.6m未満、或いは4mより長い場合は外観が単調なものとなり、絣調外観を発現できなくなり、同じように淡染色性部が0.1m〜2mの範囲を外れた場合も、絣調外観を得ることが出来ない。
【0012】
また、本発明のアクリルフィラメント糸は、最も長い濃染色性部の長さ/最も短い濃染色性部の長さの比で表される長さ比、および、最も長い淡染色性部の長さ/最も短い淡染色性部の長さの比で表される長さ比がそれぞれ2.0倍以上である必要がある。濃染色性部、淡染色性部それぞれの長さ比が2.0倍未満では外観上単調なものとなり、周期的な柄となりやすい。
【0013】
更に、本発明のアクリルフィラメント糸は、濃染色性部の平均長さと淡染色性部の平均長さの比で表される平均長さの比が2.0倍以上であることが必要である。この長さの比が2.0倍に満たない場合は、布帛上での淡染色性部の割合が多くなり、結果として絣調の外観を得ることが難しくなる。従って、特に淡染色性部の長さ、周期をランダムに分散させることで、多種多様な柄を発現することが可能となる。
【0014】
なお、本発明のアクリルフィラメント糸は布帛での外観制御が容易になるという観点から、全構成フィラメントの濃染色性部と淡染色性部の位置は実質的に同位置に存在することが好ましい。
【0015】
本発明のアクリルフィラメント糸の濃染色性部、淡染色性部は、同浴染色時の濃淡染め差を目視判定により決定されるが、濃染色性部と淡染色性部の染色後の色差を色差計で測定したY値の差が8.0以上であれば、より鮮明な絣調外観を得ることが可能である。しかしながら、極淡色(薄グレー、薄ベージュ、ライトブルー等)での染色ではこれら濃染色性部と淡染色性部の色差が明確に発現しにくい。従って、色差をより際立たせるためには、染料濃度0.15%以上での染色を行うことが好ましい。
【0016】
本発明のアクリルフィラメント糸は、アクリロニトリル系ポリマーを紡糸、延伸して得られたアクリルフィラメント糸を緩和熱処理する際に、糸条長手方向に沿って不均一に熱処理を施すことにより得られる。不均一に熱処理することにより、糸条長手方向に沿って熱履歴の異なる部分が交互に繰り返し存在することとなる。従って、熱緩和された部分は繊維内部構造がルーズになり、染料による染着速度の速い濃染色性部分を形成する。逆に熱緩和されていない部分は繊維内部構造が緻密であり、染料による染着速度の遅い、淡染色性部分を形成する。
【0017】
本発明のアクリルフィラメント糸の製造方法は本発明の目的を達成できる方法であれば特に限定はなく、湿式紡糸、乾湿式紡糸、乾式紡糸法などを採用することが可能であるが、一般的に湿式紡糸法か、乾湿式紡糸法が用いられる。
【0018】
アクリルフィラメント糸の製造に使用される紡糸原液の溶媒は、アクリロニトリル系ポリマーを溶解できる溶媒であれば特に限定されるものではなく、例えば、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド等が挙げられる。また、紡糸原液中のアクリロニトリル系ポリマーの固形分濃度は、溶媒の種類、ポリマーの重合度、組成比等により好適な範囲は異なるが、ジメチルアセトアミドを溶媒として用いる場合は、概ね20〜28質量%であればよい。固形分濃度が20質量%未満では紡出性が著しく悪化するため好ましくなく、一方28質量%を超えると紡糸原液の経時安定性が悪くなり紡糸性が低下するので好ましくない。
【0019】
紡糸原液は紡糸口金を通じて、紡糸原液の溶媒と水を主とする紡糸凝固浴に導かれる。紡糸凝固浴条件は特に限定されないが、例えば溶剤としてジメチルアセトアミドを用いた場合、紡糸凝固浴としては、温度0〜45℃、溶剤濃度10〜75%が好ましい。得られた凝固糸は引き取りロールにより引き取られ、次いで50℃〜100℃の温水中で繊維中の溶剤分が1%以下になるまで洗浄処理され、次いで80℃〜100℃の熱水中で2.0倍以上湿熱延伸された後油剤が付与される。その後120℃〜180℃の温度で乾燥処理され、必要により乾熱延伸される。
【0020】
延伸された糸は、後工程での取り扱い性、染色性を付与するために緩和熱処理を施されるが、本発明のアクリルフィラメント糸は、糸条の長手方向に沿って間欠的に不均一に熱処理が施される。これによりアクリルフィラメント糸の長さ方向に熱処理斑が形成され、緩和熱処理されていない部分が淡染色性部分、緩和熱処理された部分が濃染色性部分となる。
【0021】
不均一に熱処理する方法としては、例えば熱板を用いて緩和熱処理を行う場合には、熱板前方または熱板後方に取り付けた可動ガイドにより、走行糸を不均一な周期で熱板へ接触/非接触を繰り返す方法等が挙げられるが、本発明の目的である、不均一熱処理を行える方法であればいかなる方法でも良い。また不均一に熱処理する頻度、長さを例えばコンピューター制御等によりランダムに行うことで、淡染色性部分の長さ、発生頻度を任意に発現させることができ、多彩な柄表現が可能となる。
【実施例】
【0022】
以下、本発明を実施例を揚げてより具体的に説明するが、これらは何ら本発明を限定するものではない。
【0023】
(色差の評価方法)
濃染色性部と淡染色性部の色差は測色色差計(日本電色株式会社製)を用い、JIS Z−8722に準拠した方法でY値を測定し、その差で表した。
(斑感の評価方法)
アクリルフィラメント糸を用いて20G筒編み機で編地を作成し、カチオン染料で染色した後、目視によって斑感を評価した。自然な斑感があり意匠性に優れたものを「○」、斑感に乏しいものおよび均一な外観のものを「×」として評価した。
【0024】
(実施例1〜3)、(比較例1〜3)
アクリロニトリル単位93質量%、酢酸ビニル単位6質量%、スチレンスルホン酸ナトリウム単位1質量%からなり、平均分子量30万のアクリル系ポリマーを固形分濃度26質量%となるようにジメチルアセトアミド(以下、DMAcと略記)に溶解して紡糸原液を作成した。この紡糸原液を60℃に昇温し、孔径0.15mm、孔数60のノズルより空気層を介してDMAc73質量%と水27質量%とよりなる温度40℃の凝固浴に吐出し繊維を形成した。このとき、ノズル面から凝固浴液面までの距離は15mmに設定した。
【0025】
得られた凝固糸を速度0.88m/secの引き取りロールで引き取り、その後水洗、沸水中で3.0倍延伸、乾燥後、更に乾熱状態で2.0倍延伸を施した。次いで250℃の熱板上で10%の緩和熱処理を施した。このとき巻き取り速度Vspは5m/secであった。
【0026】
この10%の緩和熱処理を行う際に、回転式の可動ガイドにより走行糸を不均一な周期で間欠的に熱板へ接触/非接触を交互に繰り返した後、巻き取り機で平均繊度が170dtexのアクリルフィラメント糸を得た。熱板への接触/非接触の周期は回転ガイドの周速を変動し、回転半径5〜20cm、回転数60〜240rpmの範囲でランダムに変動する条件で5種類(表1の実施例1〜3、比較例1,2)、および回転ガイドを停止し、常に熱板へ接触した状態の1条件(比較例3)で行った。
【0027】
得られた原糸をカチオン染料(保土ヶ谷化学工業(株)製Cathilon Blue BRLH 0.17%)にて青色に染色し、その濃色部分および淡色部分の長さを測定した。この原糸を用いて編地を作成した後、カチオン染料(DyStar社製Astrazon Blue F2RL 0.175%)で染色し、目視による斑感評価を実施した。評価後、編地から原糸を解き、濃染色性部と淡染色性部のY値を測定した。
以上より得られた結果を表1に一括して記載した。
【0028】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の要件を満たす濃淡染色性差を有するアクリルフィラメント糸からなる布帛。
・糸条長手方向に沿って濃染色性部と淡染色性部を交互に有する
・前記濃染色性部の長さが0.6m〜4m
・前記淡染色性部の長さが0.1m〜2m
・最も長い濃染色性部の長さと、最も短い濃染色性部の長さの比が2.0倍以上
・最も長い淡染色性部の長さと、最も短い淡染色性部の長さの比が2.0倍以上
・(濃染色性部の平均長さ)/(淡染色性部の平均長さ)で表される平均長さの比が2.0倍以上
【請求項2】
濃染色性部と淡染色性部の色差が、Y値の差で8.0以上である請求項1記載のアクリルフィラメント糸からなる布帛。
【請求項3】
アクリルニトリル単位を80質量%以上含有するアクリル系共重合体と溶剤とからなる紡糸原液を、空気層を介して、凝固浴に吐出し、温水中で延伸を施すアクリルフィラメントの製造方法において、以下の(1)〜(4)を満たす条件で、熱板への接触/非接触を繰り返す製造方法。
(1)熱板への接触時間t1 (sec):0.1(m)/Vsp≦t1 ≦2(m)/Vsp
(2)熱板への非接触時間t2 (sec):0.6(m)/Vsp≦t2 ≦4(m)/Vsp
sp:巻き取り速度(m/sec)
(3)t1 の最大値と最小値の比が2倍以上
(4)t2 の最大値と最小値の比が2倍以上

【公開番号】特開2009−114565(P2009−114565A)
【公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−286689(P2007−286689)
【出願日】平成19年11月2日(2007.11.2)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【出願人】(301067416)三菱レイヨン・テキスタイル株式会社 (102)
【Fターム(参考)】