説明

炭素繊維束の製造方法

【課題】シリコ−ン系化合物含有油剤が付着した炭素繊維前駆体アクリル繊維束の耐炎化において、シリコーン系化合物含有油剤に起因した微粉体発生が抑制された炭素繊維の製造方法を提供する。
【解決手段】シリコーン系化合物を含有する油剤を付与した炭素繊維前駆体アクリル繊維束を、200〜300℃の酸化性雰囲気中で加熱する耐炎化工程に導入する直前に、該炭素繊維前駆体アクリル繊維束の含水率を1.5質量%未満とする炭素繊維束の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高性能な炭素繊維を安定して生産する製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、炭素繊維前駆体アクリル繊維束を用いて炭素繊維束を製造する方法としては、アクリル繊維の単繊維を数千から数万本束ねた繊維束を、200〜300℃の酸化性雰囲気下で加熱処理(以下、耐炎化処理あるいは耐炎化工程)を行って耐炎化繊維束を得た後、300〜1000℃の不活性ガス雰囲気下で加熱処理(以下、前炭素化処理あるいは前炭素化工程)し、次いで1000℃以上の不活性ガス雰囲気下で加熱処理(以下、炭素化処理あるいは炭素化工程)を行う方法が知られている。
【0003】
この耐炎化処理は発熱を伴う酸化反応であるため、処理時の温度や酸化反応に伴う多量の発熱のために単繊維間に融着現象が発生し易い。この融着現象が発生した耐炎化繊維束の品質は著しく低下し、例えばその後の炭素化工程において毛羽発生や糸切れといった障害が発生する。
【0004】
この融着を回避するためには、炭素繊維前駆体アクリル繊維束に付与する油剤が重要であることが知られており、多くの油剤が検討されてきている。その中でも、高い耐熱性を有し融着を効果的に抑えることから、シリコ−ン系化合物含有油剤がよく使用されている(例えば特許文献1)。
【0005】
炭素繊維前駆体アクリル繊維束を耐炎化繊維束に転換する耐炎化工程においては、ヒ−タ−などで加熱した酸化性気体をファンにより耐炎化処理炉内に循環させている。この場合、シリコ−ン系化合物含有油剤の一部は耐炎化工程中に酸化性気体中へ揮発し、揮発したシリコ−ン系化合物は耐炎化炉内に長期間滞留することになる。
【0006】
また、耐炎化炉中に長時間滞在化したシリコ−ン系化合物は固化し、それが微粉体として処理中の繊維束にも付着する。該微粉体の付着点は、その後の高温炭素化工程で毛羽の発生や単糸切れの発生起点となり、得られる炭素繊維の性能を著しく低下させる。
【0007】
シリコーン系化合物以外の油剤成分やアクリロニトリル系共重合体成分由来のタール成分、粉塵なども炭素繊維の強度を低下させる要因とはなるが、シリコーン系化合物に起因した前記シリコーン系化合物の微粉体による影響が特に顕著である。
【0008】
したがって、長期にわたって耐炎化処理工程を稼動させ続けることは困難であり、時に稼動を停止して炉内清掃を行う必要がある。しかし、粒径が数μm程度の微粒子を完全に除去することは困難であり、特に大型設備の場合には炉内清掃に要する人員、時間を多大に費やすこととなる。
【0009】
また炉内を清掃した後の再稼動時の初期に得られる耐炎化繊維束の単繊維表面には、微粉体が多く存在し、その耐炎繊維束を炭素化して得られる炭素繊維の強度が著しく低下する現象が確認されている。
【0010】
すなわち、シリコーン系化合物由来の微粉体の発生量は、炭素繊維の製造コスト及び品質に大きな影響を与えるため、この微粉体の発生量を極力少なくすることが望まれる。特許文献1では、シリコーン系化合物含有油剤による単繊維間の融着防止の効果を充分に発揮させるために炭素繊維前駆体アクリル繊維束の水分を調節しているが、シリコーン系化合物由来の微粉体の発生については考察されていない。
【0011】
【特許文献1】特開昭61−146817号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、シリコ−ン系化合物含有油剤が付着した炭素繊維前駆体アクリル繊維束の耐炎化において、シリコーン系化合物含有油剤に起因した微粉体発生が抑制された炭素繊維の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
即ち本発明の要旨は、シリコーン系化合物を含有する油剤を付与した炭素繊維前駆体アクリル繊維束を、200〜300℃の酸化性雰囲気中で加熱する耐炎化工程に導入する直前に、該炭素繊維前駆体アクリル繊維束の含水率を1.5質量%未満とする炭素繊維束の製造方法、である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、シリコ−ン系油剤が付着した炭素繊維前駆体アクリル繊維束の耐炎化において、シリコーン系油剤に起因した微粉体発生の抑制が可能となり、耐炎化工程での操業性、工程通過性が著しく改善され、また、同時に物性や品質が優れる耐炎化繊維および炭素繊維を安定に製造できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下に本発明について詳細に説明する。炭素繊維前駆体アクリル繊維束は、アクリロニトリル系重合体を有機溶剤あるいは無機溶剤に溶解し、通常用いられる方法にて紡糸して得られるもので、紡糸の方法、条件には特に制限はない。
【0016】
アクリロニトリル系重合体は、好ましくはアクリロニトリル単位85質量%以上、より好ましくは90質量%以上を含有する重合体を使用する。このアクリロニトリル系重合体としては、アクリロニトリルの単独重合体または共重合体あるいはこれらの重合体の混合重合体を使用し得る。
【0017】
アクリロニトリル系共重合体は、アクリロニトリルと共重合しうる単量体とアクリロニトリルとの共重合生成物であり、アクリロニトリルと共重合しうる単量体としては、メチル(メタ)アクリレ−ト、エチル(メタ)アクリレ−ト、プロピル(メタ)アクリレ−ト、ブチル(メタ)アクリレ−ト、ヘキシル(メタ)アクリレ−ト等の(メタ)アクリル酸エステル類、塩化ビニル、臭化ビニル、塩化ビニリデン等のハロゲン化ビニル類、(メタ)アクリル酸、イタコン酸、クロトン酸等の酸類およびそれらの塩類や、マレイン酸イミド、フェニルマレイミド、(メタ)アクリルアミド、スチレン、α−メチルスチレン、酢酸ビニル、スチレンスルホン酸ソ−ダ、アリルスルホン酸ソ−ダ、β−スチレンスルホン酸ソ−ダ、メタアリルスルホン酸ソ−ダ等のスルホン基を含む重合性不飽和単量体、2−ビニルピリジン、2−メチル−5−ビニルピリジン等のピリジン基を含む重合性不飽和単量体等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0018】
重合法については、従来公知の溶液重合、懸濁重合、乳化重合などを適用することができる。得られたアクリロニトリル系重合体を、ジメチルスルホキシド、ジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミド、塩化亜鉛水溶液、硝酸などに溶解して、紡糸口金を通して凝固液に吐出して凝固糸を得る。
【0019】
凝固糸を得る紡糸方法は、湿式紡糸法、乾湿式紡糸法、乾式紡糸法などを採用できる。得られた凝固糸を延伸する。この際、凝固糸を凝固浴中または延伸浴中で延伸してもよいし、一部空中延伸した後に、浴中延伸してもよい。浴中延伸は通常50〜98℃の延伸浴中で1回あるいは2回以上の多段に分割するなどして行われ、その前後、あるいは同時に洗浄を行ってもよい。
【0020】
この紡糸工程において、炭素繊維前駆体アクリル繊維束に油剤を付与すると、紡糸工程での炭素繊維前駆体アクリル繊維束の収束性、柔軟性、平滑性を改善でき、帯電を防止することができる。紡糸工程で付与する油剤(以下、紡糸工程油剤と称する)は、均一に付与せしめるために、浴中延伸、洗浄後の水膨潤状態にある繊維束に対して付与することが好ましい。
【0021】
油剤の付与方法は特に制限はなく、一般に用いられているように、油剤を水に分散させた処理液が入った油剤処理槽に炭素繊維前駆体アクリル繊維束を浸漬し、油剤を付着させる方法が工業的観点から好ましい。
【0022】
油剤を付着させた凝固糸を、例えば加熱ローラーを用いて乾燥して緻密化する。乾燥温度、時間は適宜選択することができるが、120℃〜190℃の加熱ローラーにより乾燥緻密化することが好ましい。加熱ローラーの温度が120℃以上であれば、加熱ローラーの本数を多くする必要がなく、また、加熱ローラーの温度が190℃以下であれば、単繊維間融着が生じることがなく、炭素繊維の性能を低下させることがない。
【0023】
高倍率の延伸が可能であること、より最終紡速を高くすることができること、得られる繊維の緻密性や配向度向上に寄与することから、上記乾燥緻密化により得られたアクリル繊維を更に乾熱延伸またはスチーム延伸を施してもよい。乾熱延伸は2本の熱ロール間で行ってもよいし、更にその熱ロール間に設置したホットプレートに繊維を接触させて行ってもよい。スチーム延伸は加圧水蒸気雰囲気中で延伸を行う加圧水蒸気延伸法により行うことが好ましい。
【0024】
こうして得られた炭素繊維前駆体アクリル繊維束に、紡糸工程油剤とは別に、耐炎化炉に供給される前に、耐炎化工程以降における収束性の付与および融着防止のために更に油剤を付与することが好ましい(以下これを耐炎化工程油剤と称する)。
【0025】
耐炎化工程油剤を付与する工程は、乾燥した繊維に油剤を均一に付着させるために、生産速度の遅い耐炎化工程において、繊維束が耐炎化炉に供給される直前で実施することが、工業的観点から好ましい。耐炎化工程油剤の付与方法は、油剤と水を含む処理液が入った油剤処理槽に炭素繊維前駆体アクリル繊維束を浸漬して油剤を付与する方式が工業的観点から好ましい。
【0026】
本発明において、炭素繊維前駆体アクリル繊維束に紡糸工程油剤および耐炎化工程油剤の2段階で油剤が付与する場合、少なくともどちらか一方の油剤付与工程において、シリコーン系化合物を含む油剤組成物を炭素繊維前駆体アクリル繊維束に付与することが、焼成工程での通過性向上、特に炭素化工程での融着を防止する上で重要である。
【0027】
それぞれの工程で付与される油剤の組み合わせとしては、以下の3つが挙げられる。
(1)紡糸工程:シリコーン系化合物含有油剤/耐炎化工程:シリコーン系化合物含有油剤
(2)紡糸工程:シリコーン系化合物含有油剤/耐炎化工程:シリコーン系化合物を含有しない油剤
(3)紡糸工程:シリコーン系化合物を含有しない油剤/耐炎化工程:シリコーン系化合物含有油剤
【0028】
(1)の場合は、例えば紡糸工程においてはロールへの繊維束の巻き付き防止や単繊維同士の融着防止などに特化したシリコーン系油剤を使用し、耐炎化工程においては繊維束の収束性維持などに特化したシリコーン系油剤を使用するなど、シリコーン系化合物を目的に応じて適宜選択することができる。
(2)、(3)の場合は、アクリル繊維束に付与するシリコーン系化合物の量を減らすことができ、シリコーン系化合物由来の微粉体の発生量を減らすことができる。
【0029】
油剤に用いるシリコーン系化合物としては、アミノ変性シリコーン、エポキシ変性シリコーン等のシリコーンオイルが挙げられるが、特に好ましくはアミノ変性シリコーンである。アミノ変性シリコーンとしては、側鎖1級アミノ変性シリコーン、側鎖1,2級アミノ変性シリコーン、あるいは両末端アミノ変性シリコーンが挙げられる。
【0030】
シリコーン系化合物の粘度は、25℃で測定して50センチストークス(cSt)以上3,000cSt以下、さらには2,000cSt以下のものを用いることが好ましい。3,000cSt以下であると水中への分散性や、あるいは溶解性に問題を生じることなく、繊維の表面に均一に付与することができる。また、50cSt以上であれば、耐炎化工程で容易に分解、揮発することがなく、単繊維間の融着防止効果を発揮させることができる。
【0031】
シリコーン系化合物の官能基当量(アミン当量やエポキシ当量など)は、1000g/mol以上10000g/mol以下が好ましく、さらに好ましくは2000g/mol以上7000g/mol以下である。1000g/mol以上であれば、耐炎化工程においてシリコーン骨格が分解することがない。また、10000g/mol以下であれば、耐炎化工程における融着に起因するストランド強度の低下等の、炭素繊維の物性低下をもたらすことがない。
【0032】
油剤に用いるシリコーン系化合物以外の成分としては、例えば、ビスフェノールAのアルキレンオキサイド付加物をモノアルキルエステル化し、さらに飽和脂肪族ジカルボン酸を反応させて得られた反応生成物や、二塩基酸とオキシアルキレン単位を有するポリオールの縮合物に脂肪族アルカノールアミドを反応して得られる末端アミド基を有する付加物、ポリアミンと脂肪酸を反応して得られるアミド化合物のアルキレンオキサイド付加物などを用いることができる。また、空気中250℃、2時間の熱処理後に、さらに不活性雰囲気中700℃、5分間加熱した際の質量残存率が5質量%以下となるようなエステル化合物を用いると耐熱性が損なわれることがなく好ましい。
【0033】
油剤成分を水に分散させた油剤を用いる場合は、水に油剤成分(ベースオイル)を例えば0.1〜数10μmの大きさの細かい粒子として均一に分散させるため、界面活性剤を用いることができる。界面活性剤にはイオン型、非イオン型があり、イオン型はアニオン界面活性剤、カチオン界面活性剤、両性界面活性剤がある。本発明に用いる界面活性剤は、炭素化工程で欠陥の形成点となる金属を含まない非イオン型界面活性剤が好ましく用いられる。
【0034】
非イオン型界面活性剤としては、例えば高級アルコールエチレンオキサイド付加物、アルキルフェノールエチレンオキサイド付加物、脂肪酸エチレンオキサイド付加物、多価アルコール脂肪酸エステルエチレンオキサイド付加物、高級アルキルアミンエチレンオキサイド付加物、脂肪酸アミドエチレンオキサイド付加物、油脂のエチレンオキサイド付加物、ポリプロピレングリコールエチレンオキサイド付加物が挙げられ、高級アルコールエチレンオキサイド付加物、アルキルフェノールエチレンオキサイド付加物、ポリプロピレングリコールエチレンオキサイド付加物が好ましく、中でもポリプロピレングリコールエチレンオキサイド付加物が更に好ましい。ポリプロピレングリコールエチレンオキサイド付加物の構造は、ブロック共重合型ポリエーテルが好ましい。
【0035】
油剤中の前記エステル化合物の熱劣化を防止させることを目的として、酸化防止剤を用いても良い。ここで、酸化防止剤としては、例えば、ペンタエリスリチル−テトラキス〔3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート〕、トリエチレングリコール−ビス〔3−(3−t−ブチル−5−メチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート〕、オクタデシル−3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート、1,3,5−トリス(4−t−ブチル−3−ヒドロキシ−2,6−ジメチルベンジル)イソシアヌル酸、2,2−チオ−ジエチレンビス〔3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート〕、4,4’−ブチリデンビス(3−メチル−6−t−ブチルフェニル‐ジトリデシルホスファイト)等並びにこれらの組み合わせが挙げられる。
【0036】
酸化防止剤は、油剤中に1〜10質量%含有することが好ましい。1質量%以上であれば、熱劣化の防止効果が十分に得られ、また、10質量%以下であれば、油剤の乳化安定性が損なわれることもなく、炭素繊維前駆体アクリル繊維束由来の酸化防止剤の残渣が炭素繊維に残存することもない。
【0037】
紡糸工程油剤、耐炎化工程油剤の付与量は、乾燥したアクリル繊維束に対して油剤が0.1〜3.0質量%となるようにすることが好ましい。油剤の付与量は、例えば油剤を水に分散させた処理液における油剤の濃度を調整したり、ニップロールなどによる液の絞りを調整したりすることにより調整できる。
【0038】
その他、油剤に、炭素繊維前駆体アクリル繊維束および炭素繊維の特性向上のために帯電防止剤、浸透剤、消泡剤、防腐剤などを適宜配合してもよい。
【0039】
理由は明らかでないが、シリコーン系油剤が付与された炭素繊維前駆体アクリル繊維束を耐炎化工程で加熱処理する場合において、水分を多く含んだ状態で耐炎化処理するとシリコーン系油剤由来の微粉体発生量が増加する。
【0040】
耐炎化工程油剤を水に分散させた処理液に浸漬した炭素繊維前駆体アクリル繊維束は、ニップロールなどによる処理液の絞りを経た後も水分を多量に含んでいる。この炭素繊維前駆体アクリル繊維束に含まれる水を、耐炎化炉に供給する前に除去することが、耐炎化炉内におけるシリコーン系化合物由来の微粉体発生量の増加を抑制する上で非常に重要である。
【0041】
耐炎化工程に導入する直前の炭素繊維前駆体アクリル繊維束の含水率を1.5質量%未満とすると、微粉体の発生を効果的に抑制することができる。含水率は、例えば140〜210℃に調整した乾燥ロールを用いて乾燥することにより調整することが好ましい。炭素繊維前駆体アクリル繊維束の含水率は1質量%以下とすることがより好ましい。
【0042】
炭素繊維前駆体アクリル繊維束の含水率を1.5質量%未満とした後、この繊維束を耐炎化工程に導入して耐炎化繊維束を得る。耐炎化条件としては、200〜300℃の酸化性雰囲気中、緊張あるいは延伸条件下で、耐炎化処理後の耐炎化繊維の密度が1.30g/cm〜1.50g/cmになるまで加熱するのことが好ましい。耐炎化工程での加熱方法、炉の構造としては、熱風循環方式、多孔板表面を有する固定熱板方式などを用いることができる。
【0043】
こうして得られた耐炎化繊維束を、不活性ガス雰囲気下で前炭素化、炭素化処理することにより、炭素繊維束を得ることができる。耐炎化繊維束の前炭素化条件としては、最高温度が550〜800℃の不活性雰囲気中、緊張下で、300〜500℃の温度領域においては、500℃/分以下、好ましくは300℃/分以下の昇温速度で前炭素化処理をすることが炭素繊維の機械的特性を向上させるために有効である。雰囲気については、窒素、アルゴン、ヘリウム、など公知の不活性雰囲気を採用できるが、経済性の面から窒素が望ましい。
【0044】
前炭素化繊維束の炭素化条件としては、1200〜3000℃の不活性雰囲気中、1000〜1200℃の温度領域において、500℃/分以下、好ましくは300℃/分以下の昇温速度で炭素化処理をすることが炭素繊維の機械的特性を向上させるために有効である。雰囲気については、窒素、アルゴン、ヘリウム、など公知の不活性雰囲気を採用できるが、経済性の面から窒素が望ましい。
【0045】
得られた炭素繊維束は、電解液中で電解酸化処理を施したり、気相又は液相での酸化処理を施したりすることによって、複合材料における炭素繊維とマトリックス樹脂との親和性や接着性を向上させることが好ましい。前記処理後さらに、必要に応じてサイジング剤を付与することができる。
【0046】
以下に本発明を実施例によりさらに具体的に説明する。なお、実施例中の評価は次の方法に拠った。
【実施例1】
【0047】
<耐炎化繊維束のSi残存率>
測定サンプルとして、縦2cm、横4cm、幅0.5cmのアクリル樹脂製板にアクリル繊維束を隙間のない様に横方向に均一に巻く。このとき、測定に付す繊維束の巻き長は同一とする。その後、通常の蛍光X線分析方法により蛍光X線強度を測定する。蛍光X線強度の測定には、理学電機/型式ZSXを用いた。繊維束への油剤の付着斑、測定誤差などを考慮し、1つの測定サンプルについて、測定数はn=100とし、その平均値を求める。
【0048】
炭素繊維前駆体アクリル繊維束のSiの蛍光X線強度(単位cps)をA、耐炎化繊維束のSiの蛍光X線強度(単位cps)をAとし、下記式(1)で計算して得られた値を「Si残存率」とした。
「Si残存率(%)」=A/A×100 ・・・式(1)
【0049】
<炭素繊維前駆体アクリル繊維束の含水率>
所定長さに切断した繊維束を105℃で1.5時間乾燥し、乾燥前質量W、乾燥後質量Wをそれぞれ測定し、下記計算式(2)により含水率を測定した。
「含水率(%)」=(W−W)/W×100 ・・・式(2)
【0050】
<炭素繊維前駆体アクリル繊維への油剤付着量>
メチルエチルケトンによるソックスレー抽出法により油剤付与後の炭素繊維前駆体アクリル繊維束の油剤付着量を測定した。抽出時間は1時間とした。
【0051】
<樹脂含浸ストランドの強度、弾性率>
JIS R 7601に準じたエポキシ樹脂含浸ストランドについて、強度、弾性率を測定した。測定回数n=10の平均から求めた値である。
【0052】
<炭素繊維前駆体アクリル繊維の製造>
アクリロニトリル系共重合体を、共重合体濃度21質量%となるようにジメチルアセトアミドに溶解して紡糸原液とした。この紡糸原液を、12000のノズル孔を有する紡糸口金を用いて濃度70質量%、温度35℃のジメチルアセトアミド水溶液中に吐出して湿式紡糸した。次に、凝固繊維を空中にて1.5倍の延伸を施し、沸水中で3倍延伸しながら洗浄、脱溶剤して凝固糸を得た。
【0053】
その後、表1に示した紡糸工程油剤の水分散液が入った油剤処理槽に凝固糸を浸漬し、紡糸工程油剤を付着させた後、140℃の加熱ローラーにて乾燥緻密化し、加圧水蒸気中にて3倍延伸し、単繊維繊度1.2dtexの炭素繊維前駆体アクリル繊維束を得た。
【0054】
油剤は、表1に示す各成分を混合したものにイオン交換水を加え、ホモミキサーで乳化し、さらに乳化粒径が0.3μm程度になるよう高圧ホモジナイザーで圧力を調整し二次乳化を行うことによって得た。
【0055】
この紡糸工程油剤を付与した炭素繊維前駆体アクリル繊維束のSiの蛍光X線強度(単位cps)は、5709cpsであった。
【0056】
その後、表1に示した成分の耐炎化工程油剤の水分散液が入った油剤処理槽に炭素繊維前駆体アクリル繊維束を浸漬し、耐炎化工程油剤を付与した後、ニップロールによる液絞り工程(以後、ニップ処理)を通過させた。このニップ処理された繊維束の含水率は、36.5%であった。
【0057】
その後、150℃の加熱ローラーにて乾燥処理を行った。加熱ローラーにて乾燥処理を施された後のアクリル繊維束の含水率は、0.28%であった。
【0058】
この含水率0.28%の炭素繊維前駆体アクリル繊維束を空気中230〜260℃で緊張下に加熱し密度1.35g/cmの耐炎化繊維束を得た。この耐炎化繊維束のSiの蛍光X線強度(単位cps)は、5219cpsであった。式(1)によって計算されるSi残存率は91.4%であった。
【0059】
こうして得た耐炎化繊維束を、窒素雰囲気中、700℃で緊張下に加熱し前炭素化繊維束とした。この前炭素化処理での300〜500℃での昇温速度は200℃/分とした。得られた前炭素化繊維束を窒素雰囲気中1300℃で緊張下に加熱し炭素化繊維束とした。この炭素化処理での1000〜1200℃での昇温速度は400℃/分とした。
【0060】
得られた炭素化繊維束を表面処理後、サイジング剤を付与し、炭素繊維束を得た。焼成工程中、単繊維切れ・毛羽の発生はほとんど認められなかった。得られた炭素繊維のストランド特性を、他の測定値(繊維束の含水率、Siの蛍光X線強度など)とともに、表1に示す。
【0061】
<実施例2〜9>
表1[実施例2〜9]に示した条件で、紡糸工程油剤付与、および耐炎化油剤付与を行った。それ以外は、実施例1と同様の方法で炭素繊維前駆体アクリル繊維束、耐炎化繊維束、並びに炭素化繊維束を製造し、評価した。いずれも焼成工程中、単繊維切れ・毛羽の発生はほとんど認められなかった。得られた炭素繊維のストランド特性を、他の測定値とともに、表1に示す。
【0062】
<比較例1〜9>
表1[比較例1〜9]に示した条件で、紡糸工程油剤付与、および耐炎化油剤付与を行った。また、耐炎化工程油剤が付与された炭素繊維前駆体アクリル繊維束について、耐炎化炉に供給する直前に、加熱ロールによる乾燥処理を施さなかった以外は、それぞれ、実施例1〜9と同様の方法で、炭素繊維前駆体アクリル繊維束、耐炎化繊維束、炭素化繊維束を製造し、評価した。
【0063】
ここで、比較例1〜9においては、加熱ロールによる乾燥処理を施さずに耐炎化処理を行ったため、耐炎化工程油剤が付与され、ニップ処理された直後の繊維束含水率を、耐炎化前の繊維束含水率とした。
【0064】
いずれも焼成工程中、単繊維切れ・毛羽の発生はほとんど認められなかったが、耐炎化工程終了後の繊維束のSi残存率は、実施例よりも低下していた。また、得られた炭素繊維のストランド特性を、他の測定値とともに、表1に示す。
【0065】
(比較例10〜12)
紡糸工程油剤の付与条件を表1(比較例10〜12)に記載の条件で行い、かつ、耐炎化工程油剤を付与しなかった(加熱ロールによる乾燥処理も施さなかった)以外は、実施例1と同様の方法で、炭素繊維前駆体アクリル繊維束、耐炎化繊維束、炭素化繊維束を製造し、評価した。
【0066】
焼成工程中での繊維束の収束性は、実施例に比して低下しており、また毛羽や束切れが見受けられ、得られた炭素繊維の品質も実施例より劣る結果となった。
【0067】
【表1】

【0068】
なお表1の紡糸工程油剤および耐炎化工程油剤の各成分A〜Gについては以下の通りである。
【0069】
成分A(ベースオイル):両末端アミノ変性シリコーン(25℃での粘度450cSt、アミノ当量5700)
成分B(ベースオイル):側鎖1,2級アミノ変性シリコーン(25℃での粘度250cSt、アミノ当量7600)
成分C(ベースオイル):側鎖1級アミノ変性シリコーン(25℃での粘度110cSt、アミノ当量5000)
成分D(ベースオイル):両末端エポキシ変性シリコーン(25℃での粘度120cSt、アミノ当量2700)
成分E(ベースオイル):p−トルエンスルホン酸触媒下にて190℃で、アジピン酸(1モル)中に、ポリオキシエチレン(2モル)付加ビスフェノールAモノラウレート(1.1モル)を少量添加して、エステル化合物を得る。引き続き、ポリオキシエチレン(10モル)付加ステアリルアミノエーテル(1モル)添加して得られるエステル化合物
成分F(酸化防止剤):ペンタエリスリチル‐テトラキス〔3‐(3,5‐ジ‐t‐ブチル‐4‐ヒドロキシフェニル)プロピオネート〕
成分G(乳化剤):ポリオキシエチレンステアリルエーテル[EO(エチレンオキサイド):12モル、HLB:13.9]

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリコーン系化合物を含有する油剤を付与した炭素繊維前駆体アクリル繊維束を、200〜300℃の酸化性雰囲気中で加熱する耐炎化工程に導入する直前に、該炭素繊維前駆体アクリル繊維束の含水率を1.5質量%未満とする炭素繊維束の製造方法。
【請求項2】
紡糸工程および耐炎化工程直前において、前記炭素繊維前駆体アクリル繊維束に油剤組成物を付与する請求項1に記載の炭素繊維束の製造方法。

【公開番号】特開2007−211359(P2007−211359A)
【公開日】平成19年8月23日(2007.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−30832(P2006−30832)
【出願日】平成18年2月8日(2006.2.8)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】