説明

焼入れ装置

【課題】金属部品の成形および焼入れのための設備に要するコストを低減でき、酸化スケールの生成を防止できながら、高強度かつ高品質な金属部品を得ることができる、焼入れ装置を提供する。
【解決手段】クランプ機構6(下クランプ部材7および上クランプ部材8)により金属部品2が挟持され、その金属部品2の焼入れ対象部分51の両側に第1電極34の接点部41および第2電極36の接点部46が当接される。この状態で、電源43がオンされて、第1電極34および第2電極36間に金属部品2を介して電流が流される。これにより、焼入れ対象部分51にジュール熱が発生し、焼入れ対象部分51が加熱される。その後、焼入れ対象部分51に下冷却型14および上冷却型25が当接され、焼入れ対象部分51が冷却されつつ型締めされる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属部品に部分焼入れを施すための焼入れ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
たとえば、自動車のボディには、断面ハット形状に成形(プレス加工)された鋼板からなるハット型成形品が用いられている。このハット型成形品などの金属部品には、高強度化のために、その全体または局所に焼入れが施されることがある。
【0003】
焼入れの手法として、高周波焼入れが知られている。高周波焼入れでは、成形後の鋼板(金属部品)における焼入れ対象部分にコイルが近づけられて、そのコイルに高周波電源から電流が供給される。コイルに高周波電流が流れると、磁界が生じ、焼入れ対象部分の表面に渦電流が流れる。これにより、焼入れ対象部分でジュール熱が発生し、焼入れ対象部分がジュール熱により加熱される。そして、その加熱直後に焼入れ対象部分に冷却液が直接かけられて、焼入れ対象部分が急冷され、焼入れ対象部分に対する焼入れが達成される。
【0004】
また、焼入れの他の手法として、ダイクエンチが知られている。ダイクエンチでは、加熱炉で鋼板が加熱された後、その鋼板が冷却されている金型によりプレス加工される。これにより、鋼板の成形と同時に、鋼板への焼入れが達成される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平10−17933号公報
【特許文献2】特開2000−256733号公報
【特許文献3】特開2003−239018号公報
【特許文献4】特開2001−353548号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところが、高周波焼入れおよびダイクエンチは、それぞれいくつかの問題点を有している。
【0007】
高周波焼入れでは、高周波電源が必要であり、装置のコストが高くつくうえに、冷却液が鋼板に直接かけられるので、使用済みの汚染された冷却液を浄化する設備が必要であり、設備に要するコストが高くつく。さらに、成形後の鋼板が加熱された直後に急冷されるため、鋼板に熱歪みが生じ、金属部品の寸法精度が低下するといった問題もある。
【0008】
ダイクエンチでは、冷間加工と比較して、1つの金属部品の加工(成形)に長い時間がかかり、生産性が悪い。また、ダイクエンチでは、加熱された鋼板が加熱炉からプレス機械に搬送される間に、鋼板の表面に酸化スケールが生じる。そのため、成形後(プレス加工後)に、酸化スケールを除去するためのショットブラスト加工が必要となる。その結果、鋼板の加熱、プレス加工およびショットブラスト加工の一連の処理を実行する専用ラインを構築しなければならず、大規模な設備投資を余儀なくされる。また、酸化スケールの飛散や酸化スケールに起因する金型の損耗などの問題もある。
【0009】
本発明の目的は、金属部品の成形および焼入れのための設備に要するコストを低減でき、酸化スケールの生成を防止できながら、高い寸法精度で高強度かつ高品質な金属部品(成形された鋼板)を得ることができる、焼入れ装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記の目的を達成するため、本発明の焼入れ装置は、金属部品における焼入れ対象部分の両側に当接される1対の電極と、前記1対の電極を保持し、前記1対の電極を前記金属部品に当接させた状態で前記金属部品を挟持するクランプ機構と、前記1対の電極に接続され、一方の前記電極から前記焼入れ対象部分を介して他方の前記電極に電流を流すための電源と、ジュール熱により加熱された前記焼入れ対象部分にその表裏から当接し、前記焼入れ対象部分を冷却しつつ型締めする1対の冷却型とを備えることを特徴としている。
【0011】
この焼入れ装置は、1対の電極、クランプ機構および電源を備えている。1対の電極は、クランプ機構に保持されている。クランプ機構により金属部品が挟持され、その金属部品の焼入れ対象部分の両側に1対の電極が当接される。この状態で、電源がオンされて、一方の電極と他方の電極との間に焼入れ対象部分を介して電流が流される。これにより、焼入れ対象部分にジュール熱が発生し、焼入れ対象部分が加熱される。また、焼入れ装置は、1対の冷却型を備えている。焼入れ対象部分が加熱された後、その表裏から焼入れ対象部分に1対の冷却型が当接され、焼入れ対象部分が冷却されつつ型締めされる。
【0012】
電源は、直流電源であってもよいし、交流電源であってもよいが、高周波電源である必要はない。そのため、この焼入れ装置では、高周波焼入れのための装置と比較して、装置のコストを低く抑えることができる。また、加熱後の焼入れ対象部分に冷却液が直接かけられるのではなく、焼入れ対象部分に冷却型を当接させることにより、焼入れ対象部分の冷却が達成されるので、使用済みの冷却液を処理する設備が不要である。よって、この焼入れ装置による焼入れの手法が採用されることにより、高周波焼入れの手法が採用される場合と比較して、焼入れのための設備に要するコストを低減できる。
【0013】
また、焼入れ前の金属部品の成形は、冷間加工により達成することができる。すなわち、成形と焼入れとが同時に進行するダイクエンチとは異なり、金属部品の成形と焼入れとを分離して行うことができる。これにより、加工時間の短い(生産性の良い)冷間加工を活用しつつ、比較的長い処理時間を要する焼入れを低コストの焼入れ装置により達成することができる。よって、ダイクエンチの手法が採用される場合と比較して、金属部品の成形のための設備(装置)に要するコストを低減できるとともに、生産効率を向上させることができる。
【0014】
また、焼入れ対象部分がその加熱直後に冷却されるので、焼入れ対象部分に酸化スケールが生じることを防止できる。そのため、焼入れ後に、酸化スケールを除去するためのショットブラスト加工を必要としない。よって、この焼入れ装置による焼入れの手法が採用されることにより、ダイクエンチの手法が採用される場合と比較しても、焼入れのための設備に要するコストを低減できる。また、酸化スケールに起因する種々の問題を回避することができる。
【0015】
さらに、焼入れ対象部分が1対の冷却型により冷却されつつ型締めされるので、金属部品に熱歪みが生じることを防止できる。その結果、高強度かつ寸法精度の高い高品質な金属部品(成形された鋼板)を得ることができる。
【0016】
この焼入れ装置は、焼入れ対象部分の周囲の雰囲気を非酸化性雰囲気にする雰囲気制御機構を備えることが好適である。焼入れ対象部分の周囲の雰囲気が非酸化性雰囲気にされた状態で、焼入れ対象部分が加熱および冷却されることにより、焼入れ対象部分に酸化スケールが生じることを良好に防止することができる。
【0017】
また、1対の電極の対向方向の間隔、つまり焼入れ対象部分における対向方向の幅に対する焼入れ対象部分における対向方向と直交する方向の長さの比が1.5以上であることが好適である。この条件が満たされれば、電極の周辺で金属部品が溶けることを防止できながら、焼入れ対象部分における焼入れの均一化を図ることができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、高強度かつ高品質な金属部品を得ることができる。そのため、比較的安価な鋼板を用いて、従来の金属部品と同等以上の強度および品質を有する金属部品を得ることができる。また、金属部品の成形および焼入れのための設備に要するコストを低減できる。その結果、従来の金属部品と同等以上の強度および品質を有する金属部品を従来の金属部品よりも安価に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】図1は、本発明の一実施形態に係る焼入れ装置の図解的な断面図である。
【図2】図2は、図1に示される第1電極および第2電極を金属部品とともに示す斜視図である。
【図3】図3は、図1に示す焼入れ装置における金属部品の冷却時の状態を示す断面図である。
【図4】図4は、部分焼入れ試験について説明するための図である。
【図5】図5は、L/W≒3.3の場合における焼入れ対象部分の温度分布を示す図である。
【図6】図6は、L/W≒0.83の場合における焼入れ対象部分の温度分布を示す図である。
【図7】図7は、L/Wの値と焼入れ対象部分の2つの位置における温度との関係を示すグラフである。
【図8】図8は、L/Wの値と焼入れ対象部分における中心からW方向にずれた位置における温度との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下では、本発明の実施の形態について、添付図面を参照しつつ詳細に説明する。
【0021】
図1は、本発明の一実施形態に係る焼入れ装置の図解的な断面図である。
【0022】
焼入れ装置1は、金属部品2に対する部分焼入れに使用されるものである。
【0023】
金属部品2は、断面ハット形状に成形(プレス加工)された鋼板からなるハット型成形品である。より具体的には、金属部品2は、鋼板からなり、互いに間隔を空けて対向する1対の縦壁部3と、各縦壁部3の一端縁間に架設される天井部4と、各縦壁部3の一端縁と反対側の他端縁から1対の縦壁部3の対向方向の外側に延びるフランジ部5とを一体的に備え、図1に示される断面と直交する方向(図1の紙面に垂直な方向)に長く延びている。図1には、一方の縦壁部3、天井部4の当該縦壁部3側の一部(以下、単に「天井部4の一部」という。)および当該縦壁部3から延びるフランジ部5(以下、単に「フランジ部5」という。)が示されている。金属部品2は、矩形平板状の鋼板からなる底板(図示せず)の一方面にフランジ部5が接合(溶接)されて、中空棒状の部材として、たとえば、自動車のサイドインパクトビームなどに用いられる。
【0024】
焼入れ装置1には、クランプ機構6が設けられている。
【0025】
クランプ機構6は、下クランプ部材7と、下クランプ部材7の上方に配置される上クランプ部材8と、上クランプ部材8を下クランプ部材7に対して接離させるクランプ駆動機構9とを備えている。
【0026】
下クランプ部材7は、金属部品2の長手方向(以下、単に「長手方向」という。)に延びるブロック状をなしている。下クランプ部材7の表面には、金属部品2の一方の縦壁部3、天井部4の一部およびフランジ部5の裏面とそれぞれ接触可能な鉛直面10、上水平面11および下水平面12が形成されている。
【0027】
下クランプ部材7における鉛直面10および上水平面11がなす角部には、下クランプ部材7の長手方向の中央部に、鉛直面10および上水平面11に対して45°傾斜する方向に断面略矩形状に凹む凹部13が形成されている。凹部13の長手方向の長さは、金属部品2の長手方向の長さよりも長い。
【0028】
凹部13には、下冷却型14が収容されている。下冷却型14は、金属からなり、長手方向に延びるブロック状をなしている。また、下冷却型14は、金属部品2の一方の縦壁部3および天井部4の一部に跨がって接触可能な断面V字状の当接面141を有している。そして、下冷却型14は、凹部13内において、当接面141が縦壁部3および天井部4に接触する位置と、当接面141が縦壁部3および天井部4から離間する位置とに往復動可能に設けられている。
【0029】
下冷却型14には、葛折り状に屈曲する冷却水流路15が形成されている。冷却水流路15には、冷却水配管16から供給される冷却水が流通する。冷却水配管16の途中部には、冷却水供給バルブ17が介装されている。
【0030】
また、下クランプ部材7には、一端が凹部13の底面において開放されるエア供給路18が形成されている。エア供給路18は、凹部13の底面と直交する方向に延び、その他端が下クランプ部材7の表面において開放されている。エア供給路18の他端には、エアポンプ19から延びるエア配管20が接続されている。エア配管20の途中部には、エア供給バルブ21が介装されている。
【0031】
上クランプ部材8は、下クランプ部材7と長手方向の長さが同じであるブロック状をなしている。上クランプ部材8の表面には、金属部品2の一方の縦壁部3および天井部4の一部とそれぞれ接触可能な鉛直面22および水平面23が形成されている。上クランプ部材8における鉛直面22および水平面23がなす角部には、長手方向の中央部に、鉛直面22および水平面23に対して45°傾斜する方向に断面略矩形状に凹む凹部24が形成されている。凹部24の長手方向の長さは、金属部品2の長手方向の長さよりも長く、下クランプ部材7の凹部13の長手方向の長さと同じである。
【0032】
凹部24には、上冷却型25が収容されている。上冷却型25は、金属からなり、長手方向に延びるブロック状をなしている。また、上冷却型25は、金属部品2の一方の縦壁部3および天井部4の一部に跨がって接触可能な断面V字状の当接面26を有している。そして、上冷却型25は、凹部24内において、当接面26が縦壁部3および天井部4に接触する位置と、当接面26が縦壁部3および天井部4から離間する位置とに往復動可能に設けられている。
【0033】
上冷却型25には、葛折り状に屈曲する冷却水流路27が形成されている。冷却水流路27には、冷却水配管28から供給される冷却水が流通する。冷却水配管28の途中部には、冷却水供給バルブ29が介装されている。
【0034】
また、上クランプ部材8には、一端が凹部24の底面において開放されるエア供給路30が形成されている。エア供給路30は、上クランプ部材8の移動方向に延びており、その他端が上クランプ部材8の表面(凹部24の底面と平行に延びる上面)において開放されている。エア供給路30の他端には、エアポンプ19から延びるエア配管31が接続されている。エア配管31の途中部には、エア供給バルブ32が介装されている。
【0035】
上クランプ部材8の鉛直面22には、第1電極用凹部33が形成されている。第1電極用凹部33には、第1電極34が保持されている。
【0036】
また、上クランプ部材8の水平面23には、第2電極用凹部35が形成されている。第2電極用凹部35には、第2電極36が保持されている。
【0037】
図2は、第1電極および第2電極を金属部品とともに示す斜視図である。
【0038】
第1電極34は、銅管からなり、長手方向に延びる接点部41と、接点部41の両端部から長手方向と直交する方向に延び、互いに長手方向に対向する貫通部42とを一体的に有するコ字状に屈曲している。そして、接点部41が第1電極用凹部33に嵌合され、図示されないが、貫通部42が上クランプ部材8を貫通している。
【0039】
第1電極34は、図1に示されるように、電源43の一方端子と電気的に接続されている。電源43は、直流電源であってもよいし、交流電源であってもよい。また、第1電極34の内部には、冷却水配管44から供給される冷却水が流通する。冷却水配管44の途中部には、冷却水供給バルブ45が介装されている。
【0040】
第2電極36は、銅管からなり、図2に示されるように、長手方向に延びる接点部46と、接点部46の両端部から長手方向と直交する方向に延び、互いに長手方向に対向する貫通部47とを一体的に有するコ字状に屈曲している。そして、接点部46が第2電極用凹部35に嵌合され、図示されないが、貫通部47が上クランプ部材8を貫通している。
【0041】
第2電極36は、図1に示されるように、電源43の他方端子と電気的に接続されている。電源43は、直流電源であってもよいし、交流電源であってもよい。また、第2電極36の内部には、冷却水配管48から供給される冷却水が流通する。冷却水配管48の途中部には、冷却水供給バルブ49が介装されている。
【0042】
なお、下クランプ部材7および上クランプ部材8に電流が流れることを防止するため、下クランプ部材7および上クランプ部材8における適当な部分(たとえば、エア供給路18,30の内面など)には、絶縁材が配設されている。
【0043】
焼入れ装置1に金属部品2が搬入される前は、クランプ駆動機構9により、上クランプ部材8が下クランプ部材7に対して離間している。焼入れ装置1に金属部品2が搬入されると、金属部品2の一方の縦壁部3、天井部4の一部およびフランジ部5の裏面がそれぞれ鉛直面10、上水平面11および下水平面12と接触するように、金属部品2が下クランプ部材7上にセットされる。
【0044】
その一方で、冷却水供給バルブ17,29,45,49が開かれて、冷却水流路15,27、第1電極34および第2電極36に冷却水が流される。
【0045】
その後、クランプ駆動機構9により、上クランプ部材8が下クランプ部材7に近づく方向に移動される。この移動により、上クランプ部材8の鉛直面22および水平面23がそれぞれ金属部品2の一方の縦壁部3および天井部4に当接するとともに、第1電極34の接点部41および第2電極36の接点部46がそれぞれ金属部品2の一方の縦壁部3および天井部4に当接する。
【0046】
この状態において、図1に示されるように、金属部品2と下冷却型14との間には、空間が形成されている。この空間は、下クランプ部材7の鉛直面10および上水平面11がそれぞれ金属部品の一方の縦壁部3および天井部4に当接することにより閉塞されている。また、金属部品2と上冷却型25との間には、空間が形成されている。この空間は、上クランプ部材8の鉛直面22および水平面23がそれぞれ金属部品2の一方の縦壁部3および天井部4に当接することにより閉塞されている。そして、下クランプ部材7および上クランプ部材8には、それらの空間から空気を吸引するためのバキュームポンプ50が接続されている。上クランプ部材8の移動後、バキュームポンプ50が駆動されて、金属部品2と下冷却型14および上冷却型25との各間の空間が真空状態に近づけられる。
【0047】
その後、電源43がオンされて、第1電極34および第2電極36間に金属部品2を介して電流が流される。これにより、金属部品2における電流が流れる部分51、つまり第1電極34および第2電極36に挟まれる部分51にジュール熱が発生し、当該部分51が加熱される。このとき、第1電極34および第2電極36に冷却水が流されることにより、第1電極34および第2電極36を構成する銅管が熱により溶けることが防止されている。そして、当該部分51が所定温度(たとえば、900°程度)まで昇温すると、電源43がオフされる。
【0048】
電源43がオフされると、その直後に、エア供給バルブ21,32が開成されて、下クランプ部材7の凹部13および上クランプ部材8の凹部24内にエアポンプからのエアが供給される。このエア圧により、図3に示されるように、下冷却型14および上冷却型25が金属部品2に近づく方向に移動して、下冷却型14の当接面141が金属部品2の一方の縦壁部3および天井部4の裏面に当接し、上冷却型25の当接面26が金属部品2の一方の縦壁部3および天井部4の表面に当接する。これにより、ジュール熱により加熱された焼入れ対象部分51が冷却されつつ型締めされる。その結果、焼入れ対象部分51に対する焼入れ(部分焼入れ)が達成される。
【0049】
焼入れされた金属部品2は、焼入れ装置1から搬出されて、金属部品2とともに中空棒状の部材を構成する底板の一方面に溶接される。
【0050】
以上のように、焼入れ装置1は、対をなす第1電極34および第2電極36、クランプ機構6および電源43を備えている。第1電極34の接点部41および第2電極36の接点部46は、互いに平行をなす棒状をなし、クランプ機構6の上クランプ部材8に保持されている。クランプ機構6(下クランプ部材7および上クランプ部材8)により金属部品2が挟持され、その金属部品2の焼入れ対象部分51の両側に第1電極34の接点部41および第2電極36の接点部46が当接される。この状態で、電源43がオンされて、第1電極34および第2電極36間に金属部品2を介して電流が流される。これにより、焼入れ対象部分51にジュール熱が発生し、焼入れ対象部分51が加熱される。また、焼入れ装置1は、対をなす下冷却型14および上冷却型25の冷却型を備えている。焼入れ対象部分51が加熱された後、その表裏から焼入れ対象部分51に下冷却型14および上冷却型25が当接され、焼入れ対象部分51が冷却されつつ型締めされる。
【0051】
電源43は、高周波電源である必要はない。そのため、焼入れ装置1では、高周波焼入れのための装置と比較して、装置のコストを低く抑えることができる。また、加熱後の焼入れ対象部分51に冷却液が直接かけられるのではなく、焼入れ対象部分51に下冷却型14および上冷却型25を当接させることにより、焼入れ対象部分51の冷却が達成されるので、使用済みの冷却液を処理する設備が不要である。よって、焼入れ装置1による焼入れの手法が採用されることにより、高周波焼入れの手法が採用される場合と比較して、焼入れのための設備に要するコストを低減できる。
【0052】
また、焼入れ前の金属部品2の成形は、冷間加工(冷間プレス)により達成することができる。すなわち、成形と焼入れとが同時に進行するダイクエンチとは異なり、金属部品2の成形と焼入れとを分離して行うことができる。これにより、冷間加工を活用しつつ、比較的長い処理時間を要する焼入れを低コストの焼入れ装置1により達成することができる。よって、ダイクエンチの手法が採用される場合と比較して、金属部品2の成形のための設備(装置)に要するコストを低減できるとともに、生産効率を向上させることができる。
【0053】
また、焼入れ対象部分51がその加熱直後に冷却されるので、焼入れ対象部分51に酸化スケールが生じることを防止できる。しかも、焼入れ装置1には、バキュームポンプ50が備えられており、金属部品2と下冷却型14および上冷却型25との各間の空間が真空状態に近づけられた状態で、焼入れ対象部分51が加熱および冷却されるので、焼入れ対象部分51に酸化スケールが生じることを良好に防止できる。そのため、焼入れ後に、酸化スケールを除去するためのショットブラスト加工を必要としない。よって、焼入れ装置1による焼入れの手法が採用されることにより、ダイクエンチの手法が採用される場合と比較しても、焼入れのための設備に要するコストを低減できる。また、酸化スケールに起因する種々の問題を回避することができる。
【0054】
さらに、焼入れ対象部分51が下冷却型14および上冷却型25により冷却されつつ型締めされるので、金属部品2に熱歪みが生じることを防止できる。その結果、高強度かつ寸法精度の高い高品質な金属部品2を低コストで得ることができる。また、下冷却型14および上冷却型25の形状を変更すれば、冷間加工では形成が困難である小さい曲率の湾曲面や小さい段差などを形成することができる。
【0055】
よって、比較的安価な鋼板を用いて、従来の金属部品と同等以上の強度および品質を有する金属部品2を得ることができる。また、金属部品2の成形および焼入れのための設備に要するコストを低減できる。その結果、従来の金属部品と同等以上の強度および品質を有する金属部品2を従来の金属部品よりも安価に製造することができる。
<部分焼入れ試験>
図4は、部分焼入れ試験について説明するための図である。
【0056】
第1電極34の接点部41および第2電極36の接点部46にそれぞれ相当する棒状の正電極61および負電極62を使用して、鋼板に対する部分焼入れ時の鋼板の加熱状態(温度分布)を調べる試験を行った。以下の各試験では、正電極61および負電極62を平板状の鋼板に当接させて、正電極61と負電極62とに挟まれた部分(焼入れ対象部分)63の中心の目標温度を900℃に設定して、正電極61および負電極62間に電流を流した。焼入れ対象部分63の中心とは、焼入れ対象部分において、正電極61および負電極62の長手方向の中央、かつ、正電極61と負電極62との対向方向(長手方向と直交する方向)の中央の位置をいう。
【0057】
図5は、L/W≒3.3の場合における焼入れ対象部分の温度分布を示す図である。
【0058】
図5を参照して明らかなように、正電極61および負電極62の長手方向の長さをL(以下、単に「長さL」という。)とし、正電極61と負電極62との対向方向の間隔をW(以下、単に「間隔W」という。)として、間隔Wに対する長さLの比L/Wが約3.3である場合には、焼入れ対象部分63のほぼ全域で890℃以上となり、焼入れ対象部分63がほぼ均一に焼入れされていることが理解される。
【0059】
図6は、L/W≒0.83の場合における焼入れ対象部分の温度分布を示す図である。
【0060】
図6を参照して明らかなように、間隔Wに対する長さLの比L/Wが約0.83である場合には、焼入れ対象部分63における長さLの方向(以下「L方向」という。)長手方向の端部で温度分布がばらつき、焼入れ対象部分63の均一な焼入れが達成されないことが理解される。
【0061】
図7は、L/Wの値と焼入れ対象部分の2つの位置における温度との関係を示すグラフである。
【0062】
L/Wの値を1.0〜6.0の範囲で変更して、図4に示される2つの位置L(100%),L(80%)での温度を測定した。位置L(100%)は、焼入れ対象部分63のL方向の一端で、正電極61と負電極62との対向方向(以下「W方向」という。)の中央の位置である。位置L(80%)は、位置L(100%)に対してL方向に長さLの20%に相当する間隔を空けた位置である。そして、焼入れ対象部分63の中心の温度(900℃)に対する各位置L(100%),L(80%)における温度の比を求めた。その結果が図7に示されている。
【0063】
図7に示されるグラフから、L/W≧1.5の範囲では、焼入れ対象部分63の中心の温度に対する位置L(100%)の比と位置L(80%)の比とが10%程度の差しかなく、焼入れ対象部分63がほぼ均一に焼入れ(加熱)されていることが理解される。
【0064】
なお、L/W<1.5の範囲では、正電極61および負電極62の周囲で鋼板が溶けた。
【0065】
図8は、L/Wの値と焼入れ対象部分における中心からW方向にずれた位置における温度との関係を示すグラフである。
【0066】
L/Wの値を1.0〜6.0の範囲で変更して、図4に示される位置W(80%)での温度を測定した。位置W(80%)は、焼入れ対象部分における中心からW方向に間隔Wの30%に相当する間隔を空けた位置である。そして、焼入れ対象部分63の中心の温度(900℃)に対する位置W(80%)における温度の比を求めた。その結果が図8に示されている。
【0067】
図8に示されるグラフから、L/W≧1.5の範囲では、焼入れ対象部分63の中心の温度に対する位置W(80%)の温度の比を約80%と高い値に保持可能であることが理解される。
【0068】
なお、L/W<1.5の範囲では、正電極61および負電極62の周囲で鋼板が溶けた。
【0069】
以上、本発明の一実施形態を説明したが、本発明は、他の形態で実施することもできる。
【0070】
たとえば、金属部品2と下冷却型14および上冷却型25との各間の空間が真空引きされることにより、それらの空間内の雰囲気が非酸化性雰囲気に制御される構成を取り上げたが、金属部品2と下冷却型14および上冷却型25との各間の空間に窒素ガスなどの不活性ガスが供給されることにより、それらの空間内の雰囲気が非酸化性雰囲気に制御される構成が採用されてもよい。
【0071】
また、下冷却型14および上冷却型25がエア圧より動かされる構成に限らず、たとえば、下クランプ部材7の凹部13および上クランプ部材8の凹部24内にオイルが供給されて、下冷却型14および上冷却型25が油圧により動かされてもよい。
【0072】
第1電極34の接点部41および第2電極36の接点部46は、棒状でなくてもよく、その途中部が屈曲または湾曲していてもよい。
【0073】
また、第1電極34および第2電極36は、それぞれ複数の点状電極が整列して配置されることにより構成されていてもよい。
【0074】
その他、前述の構成には、特許請求の範囲に記載された事項の範囲で種々の設計変更を施すことが可能である。
【符号の説明】
【0075】
1 焼入れ装置
2 金属部品
6 クランプ機構
14 下冷却型
25 上冷却型
34 第1電極
36 第2電極
41 接点部
46 接点部
50 バキュームポンプ(雰囲気制御機構)
51 焼入れ対象部分

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属部品における焼入れ対象部分の両側に当接される1対の電極と、
前記1対の電極を保持し、前記1対の電極を前記金属部品に当接させた状態で前記金属部品を挟持するクランプ機構と、
前記1対の電極に接続され、一方の前記電極から前記焼入れ対象部分を介して他方の前記電極に電流を流すための電源と、
ジュール熱により加熱された前記焼入れ対象部分にその表裏から当接し、前記焼入れ対象部分を冷却しつつ型締めする1対の冷却型とを含む、焼入れ装置。
【請求項2】
前記焼入れ対象部分の周囲の雰囲気を非酸化性雰囲気にする雰囲気制御機構を含む、請求項1に記載の焼入れ装置。
【請求項3】
前記1対の電極の対向方向の間隔に対する前記焼入れ対象部分における前記対向方向と直交する方向の長さの比が1.5以上である、請求項1または2に記載の焼入れ装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2012−149333(P2012−149333A)
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−53072(P2011−53072)
【出願日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【出願人】(000002967)ダイハツ工業株式会社 (2,560)
【Fターム(参考)】