説明

熱伝導性に優れた粉体成形体を得るための組成物

【課題】炭素繊維とマトリクスを用いた熱伝導性に優れた成形体を得るための組成物、およびそれからの粉体成形体を提供する。
【解決手段】マトリクス成分100体積部に対し、アスペクト比が4〜100であるピッチ系黒鉛化短繊維を20〜1000体積部含む熱伝導性に優れた成形体を得るための組成物、およびそれからの粉体成形体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱伝導性に優れた粉体成形体を得るための、マトリクス成分と、一定のアスペクト比を有するピッチ系黒鉛化短繊維とからなる組成物、およびそれからの粉体成形体に関わるものである。本発明の組成物から得られる粉体成形体は熱伝導性に優れ、発熱性部品の熱伝導用途に適するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に炭素繊維は、他の合成高分子に比較して熱伝導率が高いと言われているが、サーマルマネジメント用途に向けた、さらなる熱伝導の向上が検討されている。ところが、市販されているPAN系炭素繊維の熱伝導率は通常200W/(m・K)よりも小さい。これは、PAN系炭素繊維が所謂難黒鉛化炭素繊維であり、熱伝導を担う黒鉛性を高めることが非常に困難なことに由来している。これに対して、ピッチ系炭素繊維は易黒鉛化炭素繊維と呼ばれ、PAN系炭素繊維に比べて、黒鉛性を高くすることができるため、高熱伝導率を達成しやすいと認識されている。よって、効率的に熱伝導性を発現できる形状にまで配慮がなされた高熱伝導性フィラーにできる可能性がある。
【0003】
ただ、炭素繊維単体での熱伝導性部材への加工は困難であり、金属材料系フィラー等と同様に、何らかのマトリクスと炭素繊維とを複合し、それを加工し、その成形体を熱対策に用いるることが必要である。そして、熱対策用途の成形品には熱伝導度を向上させることが求められている。
【0004】
炭素繊維フィラーと樹脂マトリクスからなる成形体を得るには射出成形法が挙げられ、射出成形においては、一旦、マトリクスとフィラーを混合し、ストランドチップを作製する必要があり、チップ化の後に再溶融して型に流し込む必要があり、その際、炭素繊維のような剛性の高いフィラーは、ダメージを受けてしまい、その結果所望の特性を得られないことがある。ただ、簡便な手法であることから、ダメージを低減させる手法が考案されつつある。また、熱硬化性樹脂を使用する場合には、ポリマー自体の常温での粘度を著しく低減させた状態で混練を行うことが可能であり、柔軟な材料の供給は比較的容易であるが、リジッドな成形体の作製には不向きであると言わざるを得ない。
【0005】
粉体成形用組成物に関しては、特許文献1のように、ナノファイバーを別途分散したエラストマー系材料を焼成し、それを金属材料と焼結するという開示があるが、熱伝導率に関する開示は、与えられていない。
【0006】
一方、繊維長数mm程度の炭素繊維と熱可塑性樹脂をドライブレンドする場合、炭素繊維が非常にかさ高くなり、熱可塑性樹脂と均一に分散させるのが困難な傾向にあり、ドライブレンド物をそのまま過熱して成形体を得ようとする目的には適さなかった。そのため、粉体成形で成形体を作製する場合には、適切な炭素繊維の形状が求められていた。
【特許文献1】特開2006−56772号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、極めて高い熱伝導率を有する炭素繊維とマトリクス成分とからなる、熱伝導性に優れた成形体を得るための組成物を提供し、それを用いた電子機器の熱対策部品を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、熱伝導性に優れた粉体成形体を得るための、炭素繊維の元の繊維長をほぼ保った複合体を得ることが可能な組成物である。アスペクト比が4〜100といった特定のピッチ系黒鉛化短繊維を用いることで、炭素繊維とマトリックス成分をドライブレンドで均一に分散させることが可能となり、粉体成形により炭素繊維の持つ高い熱伝導率を発揮する成形体を得ることができる。
【0009】
すなわち本発明は、マトリクス成分100体積部に対し、アスペクト比が4〜100であるピッチ系黒鉛化短繊維を20〜1000体積部配合した熱伝導性に優れた成形体を得るための組成物、およびそれからの粉体成形体である。
【発明の効果】
【0010】
本発明の組成物は、粉体と特定のピッチ系黒鉛化短繊維をドライブレンドのまま成形するものであり、ピッチ系黒鉛化短繊維の元の繊維長をほぼ保った複合体が得られるので、熱伝導率が高く軽量な粉体成形体を提供ができる。本発明の組成物は、特定のピッチ系黒鉛化短繊維を用いることで、粉体成形法により、好ましく成形体を得ることができる組成物である。得られた成形体は高い熱伝導性が発現でき、熱伝導性が要求される各種部材、たとえば電子機器や、自動車の部品として好適に用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
次に、本発明の実施の形態について説明する。
本発明の組成物では、マトリクス成分100体積部に対して、アスペクト比が4〜100であるピッチ系黒鉛化短繊維を20〜1000体積部含むものである。
【0012】
本発明の組成物は熱伝導性の粉体成形体を得ることを目的とするので、組成物中ピッチ系黒鉛化短繊維が20体積部より少ない場合は、十分な熱伝導性を得ることが困難になる。1000体積部より添加量を多くすると、マトリクス成分が熱伝導性材料を覆うことができずに、ピッチ系黒鉛化短繊維が落下しはじめる。より好ましくは、20〜500体積部である。アスペクト比が4より小さいと、球状と区別がつかなくなり、繊維の特徴が低減する。アスペクト比が100より大きい場合、繊維長が長すぎてハンドリング性が悪くなる。4〜50の範囲が好ましく、4〜25の範囲がさらに好ましい。
【0013】
本発明の組成物は粉体成形に用いるが、粉体成形は、プロセスとして物質の移動が小さく、また、混合をドライブレンドで実施することが多く、熱伝導性が非常に高いピッチ系黒鉛化短繊維の繊維長を残存させることが可能である。通常の高せん断を付与するブレンド法は、機械的に繊維を破損してしまい、ピッチ系黒鉛化短繊維のような炭素繊維の本来的に有する高い熱伝導率を引き出すことは困難であった。しかし、本発明の手法では、これが可能になり、繊維長の変化を抑制し、ピッチ系黒鉛化短繊維の持つ高い熱伝導率を十分に生かした高い熱伝導率の粉体成形体が提供できる。
【0014】
本発明に用いるマトリクス成分は、本発明の目的である粉体成形に適用可能なものであり、具体的には熱可塑性樹脂や低融点ガラスが挙げられる。なかでも熱可塑性樹脂が好ましい。
【0015】
本発明に用いる熱可塑性樹脂は、ポリオレフィン系樹脂及びその共重合体(ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリメチルペンテン、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリ酢酸ビニル、ポリビニルアルコール、エチレン−酢酸ビニル共重合体、エチレン−プロピレン共重合体等のエチレン−α−オレフィン共重合体など)、ポリエステル系樹脂及びその共重合体(ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレン2,6ナフタレート、液晶性ポリマーなど)、脂肪族ポリアミド類及びその共重合体、芳香族ポリアミド類及びその共重合体等を挙げることができる。さらに、ポリイミド類及びその共重合体、ポリアミドイミド類及びその共重合体、ポリメタクリル酸類及びその共重合体(ポリメタクリル酸メチル等のポリメタクリル酸エステルなど)、ポリアクリル酸類及びその共重合体、ポリアセタール類及びその共重合体、フッ素樹脂類及びその共重合体(ポリフッ化ビニリデン、ポリテトラフルオロエチレン等)、ポリスチレン類及びその共重合体(スチレン−アクリロニトリル共重合体、ABS樹脂など)、ポリアクリロニトリル類及びその共重合体、ポリフェニレンエーテル(PPE)類及びその共重合体(変性PPE樹脂なども含む)、ポリカーボネート類及びその共重合体、ポリフェニレンスルフィド類及びその共重合体、ポリサルホン類及びその共重合体、ポリエーテルサルホン類及びその共重合体、ポリエーテルニトリル類及びその共重合体、ポリエーテルケトン類及びその共重合体、ポリエーテルエーテルケトン類及びその共重合体、ポリケトン類及びその共重合体等が挙げられる。熱可塑性樹脂としてはポリオレフィン系樹脂、ポリエステル系樹脂、およびポリアミド系樹脂からなる群より選ばれる少なくとも1種であることが好ましい。
【0016】
中でも、ポリエーテルエーテルケトン類、ポリフェニレンサルファイド類、ポリオキシメチレン類、ポリエステル類、ポリオレフィン類、ポリアミド類、ポリイミド類、ポリアミドイミド類、ポリカーボネート類、ポリフッ化物類よりなる群より選ばれてなる少なくとも1種以上が好適に用いられる。また、結晶質のポリマーは、溶融粘度が低く好ましいが、非晶質でも構わない。
【0017】
本発明には、上述のとおり、マトリクス成分として低融点ガラスを用いることもできる。低融点ガラスは、融点が450℃以下のガラスであり、融点の分布が小さいものが特に好ましく用いられる。
【0018】
マトリクス成分の形状は特に制約を受けないが、微細な粉体とのブレンドを鑑みると、サイズとしてピッチ系黒鉛化短繊維と同程度以下であることが望ましい。本発明では、マトリクス成分は平均粒径が、500μm以下が望ましく、さらに望ましくは、100μm以下、特に望ましいのは粒径が70μm以下である。また、形状は特に制約をうけないが、フレーク状が好ましい。
【0019】
一般に粉体状のポリマーにドライブレンドで密度の異なる物質を混合する場合、密度差が大きいと均一に分散することが難しくなる。しかし、本発明を構成するピッチ系黒鉛化短繊維フィラーは密度が2.2g/ccであり、一般的なポリマー材料の密度と似た値であり、ポリマーへの分散性が良好である。特に、ポリマーの中でも比較的密度の高いポリエーテルエーテルケトン類、ポリフェニレンサルファイド類、ポリオキシメチレン類、ポリエステル類、ポリオレフィン類、ポリアミド類、ポリイミド類、ポリアミドイミド類、ポリカーボネート類、ポリフッ化物類、さらに具体的には、ポリエーテルエーテルケトン、ポリフェニレンスルフィド、液晶ポリマー(LCP)、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレン2,6ナフタレート、ポリエーテルイミド、ポリカーボネートなどの樹脂はピッチ系黒鉛化短繊維と密度がより近いため、マトリクスとして好ましい。また、マトリクスとして用いるポリマーはフレーク状が好ましいがこの限りではない。フィラーの分散が悪い場合には、ストランド状のポリマーを凍結粉砕や所謂粉砕プロセスで砕くことで、フレーク状にしても構わない。
【0020】
また、本発明のピッチ系黒鉛化短繊維は、アルミナや窒化ホウ素などの材料とポリマーとの中間の密度であり、通常ドライブレンドが難しい金属酸化物等とポリマーとのバインダーとしても利用できる。また、本発明に好適に用いられるピッチ系黒鉛化短繊維の形状は直線ではなく、曲率を有している。このこともポリマーとの分散性という観点において、ポリマーとの絡みを向上させ分散性を向上させる効果がある。
【0021】
ここで、ピッチ系黒鉛化短繊維とは、ピッチ系の炭素繊維において、特に3000℃以上の高温で黒鉛化を行った短繊維のことを指す。本発明の組成物を構成するピッチ系黒鉛化短繊維は、マトリックスと好適にドライブレンドすることが可能で、組成物を粉体成形に供したときのフィラーの繊維長の変化が少ないものである。以下ピッチ系黒鉛化短繊維について詳細に述べる。
【0022】
ピッチ系黒鉛化短繊維の原料ピッチとしては、ナフタレンやフェナントレンといった縮合多環炭化水素化合物、石油系ピッチや石炭系ピッチといった縮合複素環化合物等が例示できる。その中でもナフタレンやフェナントレンといった縮合多環炭化水素化合物が好ましく、特にメソフェーズピッチが好ましい。メソフェーズピッチのメソフェーズ率としては少なくとも90%以上、より好ましくは95%以上、更に好ましくは99%以上である。なお、メソフェーズピッチのメソフェーズ率は、溶融状態にあるピッチを偏向顕微鏡で観察することで確認出来る。更に、原料ピッチの軟化点としては、230℃以上340℃以下が好ましい。不融化処理は、軟化点よりも低温で処理する必要がある。このため、軟化点が230℃より低いと、少なくとも軟化点未満の低い温度で不融化処理する必要があり、結果として不融化に長時間を要するため好ましくない。一方、軟化点が340℃を超えると、紡糸に340℃を超える高温が必要となり、ピッチの熱分解を引き起こし、発生したガスで糸に気泡が発生するなどの問題を生じるため好ましくない。軟化点のより好ましい範囲は250℃以上320℃以下、更に好ましくは260℃以上310℃以下である。なお、原料ピッチの軟化点はメトラー法により求めることが出来る。原料ピッチは、二種以上を適宜組合せて用いてもよい。組合せる原料ピッチのメソフェーズ率は少なくとも90%以上であり、軟化点が230℃以上340℃以下であることが好ましい。
【0023】
本発明におけるピッチ系黒鉛化短繊維は、光学顕微鏡で観測した平均繊維径(D1)が5〜20μmであることが好ましい。D1が5μmを下回る場合、ハンドリングが困難になる。逆にD1が20μmを超えると、マトリクス成分との間に隙間が生成しやすくなり、熱伝導率が十分に付与できなくなる。D1の好ましい範囲は5〜15μmであり、より好ましくは7〜13μmである。
【0024】
本発明におけるピッチ系黒鉛化短繊維は、光学顕微鏡で観測したピッチ系黒鉛化短繊維における繊維径分散(S1)のD1に対する百分率(CV値)は5〜15%であることが好ましい。CV値は小さい程、工程安定性が高く、製品のバラツキが小さいことを意味している。CV値が5%より小さい時、繊維径が極めて揃っているため、フィラーの間隙に入るサイズの小さなフィラーが入り込む量が少なくなり、マトリクス成分と成形体を形成する際に多量のフィラーを添加するのが困難になり、結果として高性能の熱伝導性粉体成形体を得にくくなる。逆にCV値が15%より大きい場合、マトリクス成分と複合する際に、分散性が悪くなり、均一な性能を有する熱伝導性粉体成形体を得ることが困難になる。CV値は好ましくは、5〜12%である。
【0025】
本発明におけるピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維長(L1)は、20〜500μmであることが好ましい。ここで、平均繊維長は個数平均繊維長とし、光学顕微鏡下で測長器を用い、複数の視野において所定本数を測定し、その平均値から求めることができる。L1は目的によって適した値があるが、本発明では当該フィラーを熱伝導性に主眼をおいた組成物に用いるので、L1は20〜500μmの範囲が好ましい。L1が20μmより小さい場合、フィラー同士が接触しにくくなり、効果的な熱伝導が期待しにくくなる。逆に500μmより大きくなる場合、成形体に空隙が発生しやすくなり、所望の熱伝導率を得ることが困難になる。より好ましくは、20〜300μm、さらに好ましくは30〜250μmの範囲である。
【0026】
本発明におけるピッチ系黒鉛化短繊維は、六角網面の厚み方向に由来する結晶子サイズが30nm以上であり、さらに六角網面の成長方向に由来する結晶子サイズが50nm以上であることが好ましい。結晶子サイズは六角網面の厚み方向、六角網面の成長方向のいずれも、黒鉛化に対応するものである。高い熱伝導性を発現するためには、一定以上の結晶サイズが必要である。六角網面の厚み方向に由来する結晶子サイズ及び六角網面の成長方向の結晶子サイズは、X線回折法で求める事ができる。測定手法は集中法とし、解析手法としては、学振法を用いることができる。六角網面の厚み方向の結晶子サイズは、(002)面からの回折線を用いて求め、六角網面の成長方向の結晶子サイズは、(110)面からの回折線を用いてそれぞれ求めることができる。
【0027】
本発明におけるピッチ系黒鉛化短繊維は走査型電子顕微鏡での側面の観察表面が実質的に平坦であることが好ましい。ここで、実質的に平坦であるとは、フィブリル構造のような激しい凹凸をピッチ系黒鉛化短繊維表面に有しないことを意味する。ピッチ系黒鉛化短繊維の表面に激しい凹凸のような欠陥が存在する場合には、マトリクスとの混練に際して表面積の増大に伴う粘度の増大を引き起こし、成形性を悪化させる。よって、表面凹凸のような欠陥はできるだけ小さい状態が望ましい。より具体的には、走査型電子顕微鏡において1000倍で観察した像での観察視野に、凹凸のような欠陥が10箇所以下であることとする。
【0028】
本発明のピッチ系黒鉛化短繊維は、透過型電子顕微鏡による繊維末端観察において、グラフェンシートの端面が閉じていることが好ましい。グラフェンシートの端面が閉じている場合、余分な官能基の発生や、形状に起因する電子の局在化が起こり難い。このため、ピッチ系黒鉛化短繊維に活性点が生じず、シリコーン樹脂やエポキシ樹脂などの熱硬化性樹脂との混練で、触媒活性点の低下による硬化阻害の抑制が可能となる。また、水などの吸着も低減でき、例えばポリエステルのような加水分解を伴う樹脂との混練においても、著しい湿熱耐久性能向上をもたらすことが出来る。
【0029】
本発明で言うグラフェンシートの端面が閉じているとは、透過型電子顕微鏡による繊維末端のグラフェンシート端面の全長が50nmを超え300nm未満である5本の繊維末端を観察したときに、式(1)で表される閉鎖率の平均値(平均閉鎖率)が80%を超え100%以下である状態である。
閉鎖率(%)=B/A ×100 (1)
(Aは繊維末端のグラフェンシート端面の全長(nm)、Bは端面がU字状に湾曲している部分の長さ(nm)を表す)
【0030】
閉鎖率が80%未満であると余分な官能基の発生や、形状に起因する電子の局在化を引き起こし、他材料との反応を促進する可能性があるため好ましくない。グラフェンシート端面の閉鎖率は90%以上が好ましく、更には95%以上が更に好ましい。
【0031】
グラフェンシート端面構造は、黒鉛化の前に粉砕を実施するか、黒鉛化の後に粉砕を実施するかにより、大きく異なる。すなわち、黒鉛化後に粉砕処理を行った場合、黒鉛化で成長したグラフェンシートが切断破断され、グラフェンシート端面が開いた状態になり易い。一方、黒鉛化前に粉砕処理を行った場合、黒鉛の成長過程でグラフェンシート端面がU字上に湾曲し、湾曲部分がピッチ系黒鉛化短繊維端部に露出した構造になり易い。このため、グラフェンシート端面閉鎖率が80%を超えるようなピッチ系黒鉛化短繊維を得るためには、粉砕を行った後に黒鉛化処理することが好ましい。
【0032】
本発明におけるピッチ系黒鉛化短繊維の好ましい作製方法を以下に示す。
原料ピッチは溶融法により紡糸され、その後不融化、焼成、ミリング、黒鉛化によってピッチ系黒鉛化短繊維となる。場合によっては、ミリングの後、分級工程を入れることもある。本発明のピッチ系黒鉛化短繊維は透過型電子顕微鏡によるフィラー端面観察においてグラフェンシートが閉じていることを特徴とするが、このようなピッチ系黒鉛化短繊維は、ミリングを行った後に黒鉛化処理を実施することによって、好ましく得ることができる。これは、黒鉛化後にミリングを行うと、黒鉛化に伴い生成したグラフェンシートが切断端面にて開いたままになるのに対して、炭化ピッチ繊維ウェブをミリングしピッチ系炭化短繊維とした後で黒鉛化を行うと、ピッチ系炭化短繊維端面のグラフェンシートがループ状に閉じるという黒鉛の成長過程を用いたものである。以下各工程の好ましい態様について説明する。
【0033】
紡糸方法には、特に制限はないが、所謂溶融紡糸法を好ましく挙げることができる。具体的には、口金から吐出した原料ピッチをワインダーで引き取る通常の紡糸延伸法、熱風をアトマイジング源として用いるメルトブロー法、遠心力を利用して原料ピッチを引き取る延伸紡糸法などが挙げられる。中でもピッチ繊維の形態の制御、生産性の高さなどの理由からメルトブロー法を用いることが望ましい。このため以下本発明におけるピッチ系黒鉛化短繊維の製造方法に関してはメルトブロー法について記載する。
【0034】
本発明においては、ピッチ系黒鉛化短繊維の原料となるピッチ繊維を形成するための紡糸ノズルの形状については特に制約はない。通常真円状のものが使用されるが、適時楕円などの異型形状を用いても何ら問題ない。ノズル孔の長さ(LN)と孔径(DN)の比(LN/DN)としては2〜20の範囲が好ましい。LN/DNが20を超えると、ノズルを通過する原料ピッチに強いせん断力が付与され、繊維断面にラジアル構造が発現する。ラジアル構造の発現は、黒鉛化の過程で繊維断面に割れを生じることがあり、機械特性の低下を引き起こすことがあり好ましくない。一方、LN/DNが2未満では、原料ピッチにせん断を付与することが出来ず、結果として黒鉛の配向が低い繊維となる。このため、黒鉛化しても黒鉛化度が十分に上がらず熱伝導性を向上させ難くなり好ましくない。機械強度と熱伝導性の両立を達成するためには、原料ピッチに適度のせん断を付与する必要がある。このため、ノズル孔の長さ(LN)と孔径(DN)の比(LN/DN)は2〜20の範囲が好ましく、更には3〜12の範囲が特に好ましい。
【0035】
紡糸時のノズルの温度についても特に制約はなく、安定した紡糸状態が維持できる温度、即ち、原料ピッチの粘度を1〜100Pa・sの範囲にせしめる温度が好ましい。原料ピッチの粘度が1Pa・s未満の状態では、粘度が低すぎて糸形状を維持することが出来ないため好ましくない。一方、原料ピッチの粘度が100Pa・sを超えると、ノズルを通過する際に強いせん断力が付与され、生成されるピッチ繊維断面にラジアル構造が発現するため好ましくない。せん断力を適切な範囲にせしめ、かつ繊維形状を維持するためには、原料ピッチの粘度を適切に制御する必要がある。このため、原料ピッチの粘度は1〜100Pa・sの範囲が好ましく、更には3〜30Pa・sが好ましく、5〜25Pa・sがより好ましい。
【0036】
本発明におけるピッチ系黒鉛化短繊維は、平均繊維径(D1)が5〜20μmであることが好ましいが、ピッチ系黒鉛化短繊維の繊維径の制御方法は、ノズルの孔径を変更する、あるいはノズルからの原料ピッチの吐出量を変更する、あるいはドラフト比を変更することで可能である。ドラフト比の変更は、100〜400℃に加温された毎分100〜10000mの線速度のガスを細化点近傍に吹き付けることによって達成することができる。吹き付けるガスに特に制限は無いが、コストパフォーマンスと安全性の面から空気が望ましい。
【0037】
紡糸されたピッチ繊維は、金網等のベルトに捕集されピッチ繊維ウェブとなる。その際、ベルト搬送速度により任意の目付量に調整できるが、必要に応じ、クロスラップ等の方法により積層させてもよい。ピッチ繊維ウェブの目付量は生産性及び工程安定性を考慮して、150〜1000g/mが好ましい。
【0038】
このようにして得られたピッチ繊維ウェブは、公知の方法で不融化処理し、不融化ピッチ繊維ウェブにする。不融化は、空気、或いはオゾン、二酸化窒素、窒素、酸素、ヨウ素、臭素を空気に添加したガスを用いた酸化性雰囲気下で実施できるが、安全性、利便性を考慮すると空気中で実施することが望ましい。また、バッチ処理、連続処理のどちらでも処理可能であるが、生産性を考慮すると連続処理が望ましい。不融化処理は150〜350℃の温度で、一定時間の熱処理を付与することで達成される。より好ましい温度範囲は、160〜340℃であり、さらに好ましくは、170〜330℃の範囲である。昇温速度は1〜10℃/分が好適に用いられ、連続処理の場合は任意の温度に設定した複数の反応室を順次通過させることで、上記昇温速度を達成できる。昇温速度のより好ましい範囲は、生産性及び工程安定性を考慮して、3〜8℃/分であり、さらに好ましくは4〜6℃/分である。
【0039】
不融化ピッチ繊維ウェブは、500〜1500℃の温度で、真空中、或いは窒素、アルゴン、クリプトン等の不活性ガスを用いた非酸化性雰囲気中で焼成処理され、炭化ピッチ繊維ウェブになる。焼成処理は、コスト面を考慮して、常圧かつ窒素雰囲気下での処理が望ましい。また、バッチ処理、連続処理のどちらでも処理可能であるが、生産性を考慮すれば連続処理が望ましい。
【0040】
焼成処理された炭化ピッチ繊維ウェブは、所望の繊維長にするために、切断、破砕・粉砕等の処理が実施される。また、場合によっては、分級処理が実施される。処理方式は所望の繊維長に応じて選定されるが、切断にはギロチン式、回転式等のカッター、1軸、2軸及び多軸回転刃式等が好適に使用され、破砕、粉砕には衝撃作用を利用したハンマ式、ピン式、ボール式、ビーズ式及びロッド式、粒子同士の衝突を利用した高速回転式、圧縮・引裂き作用を利用したロール式、コーン式及びスクリュー式等の破砕機・粉砕機等が好適に使用される。所望の繊維長を得るために、切断と破砕・粉砕を多種複数機で構成してもよい。処理雰囲気は湿式、乾式のどちらでもよい。分級処理には、振動篩い式、遠心分離式、慣性力式、濾過式等の分級装置等が好適に使用される。所望の繊維長は、機種選定のみならず、ロータ・回転刃等の回転数、供給量、刃間クリアランス、系内滞留時間等を制御することによっても得ることができる。また、分級処理を用いる場合には、所望の繊維長は篩い網孔径等を調整することによっても得ることができる。
【0041】
上記の切断、破砕・粉砕処理、場合によっては分級処理を併用して作成したピッチ系炭化短繊維は、2500〜3500℃に加熱し黒鉛化して最終的なピッチ系黒鉛化短繊維とする。黒鉛化は、アチソン炉、電気炉等にて実施され、真空中、或いは窒素、アルゴン、クリプトン等の不活性ガスを用いた非酸化性雰囲気下等で実施される。
【0042】
本発明におけるピッチ系黒鉛化短繊維は、マトリクス成分との親和性をより高めること、成形性の向上や粉落ち低減を目的として、表面処理やサイジング処理をしても良い。また、必要に応じて表面処理した後にサイジング処理をしても良い。表面処理の方法として特に限定は無いが、具体的にはオゾン処理、プラズマ処理、酸処理などが挙げられる。サイジング処理に用いるサイジング剤に特に限定は無いが、具体的にはエポキシ化合物、水溶性ポリアミド化合物、飽和ポリエステル、不飽和ポリエステル、酢酸ビニル、水、アルコール、グリコールを単独又はこれらの混合物で用いることができる。サイジング剤はフィラーに対し0.01〜10重量%、付着させても良い。しかし、サイジング剤付着ピッチ系炭素繊維フィラーは活性点を持つ可能性もあることから、サイジング処理は極力少ない事が好ましい。好ましい付着量は0.1〜2.5重量%である。
【0043】
本発明では、マトリクス成分にピッチ系黒鉛化短繊維を加えて組成物を作製するが、その際、熱伝導性材料としてさらに金属化合物フィラーを1〜1000体積部含んでもよい。金属化合物フィラーとしては、マグネシウム、アルミニウム、金、銀、銅、鉄、酸化マグネシウム、酸化アルミニウム、酸化亜鉛、窒化アルミニウム、酸化窒化アルミニウム、窒化ホウ素、石英、炭化珪素、酸化珪素、窒化珪素、水酸化アルミニウム、水酸化マグネシウムなどの金属水酸化物、金属合金、等が挙げられる。中でも、マグネシウム、アルミニウム、金、銀、銅、鉄、酸化マグネシウム、酸化アルミニウム、酸化亜鉛、窒化アルミニウム、酸化窒化アルミニウム、窒化ホウ素、石英、炭化珪素、酸化珪素、および窒化珪素からなる群より選ばれる少なくとも1種を好適に用いることができる。
【0044】
中でも、マグネシウム、アルミニウム、亜鉛、金、銀、銅、鉄、酸化マグネシウム、酸化アルミニウム、酸化亜鉛、窒化アルミニウム、酸化窒化アルミニウム、窒化ホウ素、石英、炭化珪素、酸化珪素、および窒化珪素からなる群より選ばれる少なくとも1種以上を好適に用いることができる。
【0045】
金属化合物フィラーは、そのサイズに特に制限はないが、ピッチ系黒鉛化短繊維の形成する隙間を埋める効果を期待する時には、平均粒径が10μm程度のものが好ましい。また、金属化合物フィラーを用いて、絶縁性などを付与したい場合には、粒径の大きなものが望ましく、平均粒径が50μm程度の金属化合物フィラーが用いられる。
【0046】
金属化合物フィラーの添加量は、マトリクス成分100体積部に対して、1〜1000体積部の範囲で添加することができる。1%未満では、期待する効果が得られ難い。1000体積部より大きい場合は、ピッチ系黒鉛化短繊維の場合と同じで、マトリクス成分がフィラーを覆うことができなくなり、粉落ちの原因になる。求める機能により添加量は適宜変えることができる。
【0047】
また、ピッチ系黒鉛化短繊維や金属化合物フィラー以外の熱伝導性材料としては天然黒鉛、人造黒鉛、膨張黒鉛、ダイヤモンドなどの炭素材料などを適宜用いることができる。
ピッチ系黒鉛化短繊維よりも、モース硬度が高い材料に関しては、ブレンドの際に、ピッチ系黒鉛化短繊維を壊し、繊維長を著しく短くする可能性がある。これを回避するためには、ブレンド順が重要である。金属化合物フィラーを共存させる場合には、マトリクス成分とピッチ系黒鉛化短繊維を先にブレンドする方法以外に、金属化合物フィラーを先にブレンドし、最後にピッチ系黒鉛化短繊維をブレンドするというような時間差をつけたブレンド方法を取ることが出来る。またブレンドの指標としては、長いものから順にブレンドすることが好ましい。これは、小さいフィラーによる隙間埋めの効果を最終的に発現させるために好ましい。
【0048】
本発明の組成物には、必要に応じて他の添加剤を適宜添加しても構わない。他の添加剤としては離型剤、難燃剤、乳化剤、軟化剤、可塑剤、界面活性剤を挙げることができる。
本発明の組成物は、マトリクス成分とピッチ系黒鉛化短繊維を混合することで得られる。混合はドライブレンドが好ましく、ミキサー等を用いることができる。
【0049】
本発明の組成物を粉体成形することにより粉体成形体を得ることができる。好ましくは組成物を加熱し、圧縮、冷却よりなる工程で成形体を得ることができる。加熱と圧縮とは、同じタイミングで実施することも可能であり、殊更にガス抜き機構を有することが好ましい。加熱は電気ヒーターが制御性の上で好ましい。圧縮は、マトリクス成分によって印加する圧力を適宜調整することができる。冷却は水冷、自然方冷などの方法から得ることができ、冷却速度はマトリクス成分によって適宜調整できる。
【0050】
組成物を粉体成形した後の残存ピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維長は、好ましくは20〜400μmである。残存ピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維長は、マトリクス成分を溶融濾過或いは熱分解等にて除くことにより求めることができる。
【0051】
本発明の組成物では、元のピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維長を1とした場合の残存ピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維長は0.3〜0.99の範囲が好ましい。粉体成形は、熱伝導性材料の性状をうまく維持しやすい方法であるが、完全に成形前の状態が維持できるわけではない。そのため、成形時に折れてしまうフィラーが存在し、元のピッチ系黒鉛化短繊維の長さに対して短い長さになってしまう。0.3未満では、期待される熱伝導性が発揮できないことが多い。できるだけ元の長さに近い長さになっていることが望ましい。
【0052】
本発明の組成物から熱伝導率が5W/mKより高い粉体成形体を得ることが可能となる。特に元の繊維長を長くしたものは、熱伝導性の部材として好適な熱伝導率を示す。
本発明の組成物から粉体成形により得られる粉体成形体は成形用の型に依存するものの多くの場合は平板として得られる。そして粉体成形体の平板を切削加工して成形体を作成することができる。切削加工には、旋盤等の機械加工を用いても構わない。また、切削加工した成形体の熱伝導率は、加工前の成形体とほぼ同じ熱伝導率を示し、5W/mKより高い熱伝導率を示す。
【実施例】
【0053】
以下に実施例を示すが、本発明はこれらに制限されるものではない。
(1)ピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維径及び繊維径分散:
黒鉛化を経たピッチ系炭素繊維フィラーをJIS R7607に準じ、光学顕微鏡下でスケールを用いて60本測定し、その平均値から求めた。
【0054】
(2)ピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維長:
平均繊維長は、個数平均繊維長であり、黒鉛化を経たピッチ系黒鉛化短繊維を光学顕微鏡下で測長器で2000本以上測定し、その平均値から求めた。倍率は繊維長に応じて適宜調整した。
成形体中の残存ピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維長は、マトリクス成分を除去した後、同様に観察した。
【0055】
(3)結晶子サイズ:
X線回折法にて求め、六角網面の厚み方向に由来する結晶子サイズは(002)面からの回折線を用いて求め、六角網面の成長方向に由来する結晶子サイズは(110)面からの回折線を用いて求めた。また、求め方は学振法に準拠して実施した。
【0056】
(4)ピッチ系黒鉛化短繊維の熱伝導率:
粉砕工程以外を同じ条件で作製した、黒鉛化後のピッチ系炭素繊維ウェブから糸を抜き出し抵抗率を測定し、特開平11−117143号公報に開示されている熱伝導率と電気比抵抗との関係を表す下記式(1)より求めた。
K=1272.4/ER−49.4 (1)
ここで、Kは熱伝導率W/(m・K)、ERは電気比抵抗μΩmを表す。
【0057】
(5)ピッチ系黒鉛化短繊維のグラフェンシートの端面微細構造:
ピッチ系黒鉛化短繊維の透過型電子顕微鏡による繊維末端観察において、繊維末端の50〜250万倍のグラフェンシート端面像を5本観察し、繊維末端のグラフェンシート端面の全長A(nm)と端面がU字状に湾曲している部分の長さB(nm)を計測し、閉鎖率(%)=B/A ×100により、閉鎖率を求めた。
【0058】
(6)実質的に平坦な表面の確認:
ピッチ系黒鉛化短繊維の側面を走査型電子顕微鏡にて1000倍で観察した像に、凹凸のような欠陥が何箇所あるかを数えた。10箇所以下の場合平滑とした。
【0059】
(7)粉体成形体の熱伝導率:
ネッチ製LFA−457で測定した。
【0060】
(8)密度率:
得られた粉体成形体について組成物の材料仕込み量から求められる計算密度と実測密度との比とした。計算密度は、加成則が成立するとの前提により計算で求めた。
【0061】
[参考例1:ピッチ系黒鉛化短繊維の作製]
ピッチ系黒鉛化短繊維は以下の手順で作製した。縮合多環炭化水素化合物よりなるピッチを主原料とした。光学的異方性割合は100%、軟化点が283℃であった。直径0.2mmの孔の紡糸口金を使用し、スリットから加熱空気を毎分6000mの線速度で噴出させて、溶融ピッチを牽引して平均直径11.2μmのピッチ繊維を作製した。紡出された繊維をベルト上に捕集してピッチ繊維ウェブとし、さらにクロスラッピングで目付400g/mとした。
このピッチ繊維ウェブを空気中で170℃から320℃まで平均昇温速度6℃/分で昇温して不融化ピッチ繊維ウェブとした後、更に800℃で焼成を行い炭化ピッチ繊維ウェブとした。この炭化ピッチ繊維ウェブをカッター(ターボ工業製)を用いて粉砕し、3000℃で黒鉛化した。
【0062】
黒鉛化後のピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維径は7.8μm、平均繊維径に対する繊維直径分散の比は11%であった。平均繊維長は120μmであった。六角網面の厚み方向に由来する結晶サイズは33nmであった。六角網面の成長方向に由来する結晶サイズは85nmであった。ピッチ系黒鉛化短繊維の走査型電子顕微鏡で観察した表面は平滑であった。また、透過型電子顕微鏡で観察した端面の像にはグラフェンシートが閉じている構造のみが観察され、端面の閉鎖率は100%であった。炭化ピッチ繊維ウェブを粉砕せずに3000℃で黒鉛化したピッチ系炭素繊維ウェブから抜き出した単糸の電気伝導率より求めた熱伝導率は840W/(m・K)であった。アスペクト比は、15であった。密度は2.2g/ccであった。
【0063】
[実施例1]
マトリクス成分としてポリカーボネート(帝人化成製L1225WP)を用いた。熱伝導性材料として参考例1で得られたピッチ系黒鉛化短繊維を用いた。マトリクス成分100体積部に対してピッチ系黒鉛化短繊維30体積部を添加し、ドライブレンドを行い、組成物を得た。200mm×200mm×100mmの型に組成物を投入し、脱気しながら290℃に加熱し、200MPaで圧縮を行い、その後冷却した。得られた粉体成形体は、密度率が98%であり、熱伝導率は12W/mKであった。
この粉体成形体をガラス容器に入れ、メチレンクロライドでマトリクス成分を溶解し、残存ピッチ系黒鉛化短繊維を採取した。採取されたピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維長は、80μmであった。
【0064】
[実施例2]
マトリクス成分としてポリカーボネート(帝人化成製L1225WP)を用いた。熱伝導性材料として参考例1で得られたピッチ系黒鉛化短繊維を用いた。マトリクス成分100体積部に対してピッチ系黒鉛化短繊維50体積部を添加し、ドライブレンドを行い、組成物を得た。200mm×200mm×100mmの型に組成物を投入し、脱気しながら290℃に加熱し、200MPaで圧縮を行い、その後冷却した。得られた粉体成形体は、密度率が97%であり、熱伝導率は17W/mKであった。
この粉体成形体をガラス容器に入れ、メチレンクロライドでマトリクス成分を溶解し、残存ピッチ系黒鉛化短繊維を採取した。採取されたピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維長は、70μmであった。
【0065】
[比較例1]
実施例1でドライブレンドした混合物をニーダー(栗本製ニ軸ニーダー)でストランドチップに加工し、そのチップを射出成形機(名機製)で2mm厚みの成形板に成形した。熱伝導率は0.9W/mKであり、実施例1に比較して1/10以下の熱伝導率であった。
実施例1と同様にポリカーボネートを溶解し、残存ピッチ系黒鉛化短繊維を採取した。採取されたピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維長は24μmであり、元の繊維の20%の長さになっていた。
【0066】
[実施例3]
マトリクス成分としてポリフェニレンスルフィド樹脂(ポリプラスチックス製0220A9)を用いた。熱伝導性材料として参考例1で得られたピッチ系黒鉛化短繊維を用いた。マトリクス成分100体積部に対してピッチ系黒鉛化短繊維100体積部を添加し、ドライブレンドを行い、組成物を得た。200mm×200mm×100mmの型にブレンドした組成物を投入し、脱気しながら310℃に加熱し、300MPaで圧縮を行い、その後冷却した。得られた粉体成形体は、密度率が99%であり、熱伝導率は25W/mKであった。
この粉体成形体を磁性坩堝に入れ、空気中500℃でマトリクス成分を分解し、残存ピッチ系黒鉛化短繊維を採取した。採取されたピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維長は、90μmであった。
【0067】
[実施例4]
マトリクス成分としてポリフェニレンスルフィド樹脂(ポリプラスチックス製0220A9)を用いた。熱伝導性材料として参考例1で得られたピッチ系黒鉛化短繊維を用いた。マトリクス成分100体積部に対してピッチ系黒鉛化短繊維200体積部を添加し、ドライブレンドを行い、組成物を得た。200mm×200mm×100mmの型にブレンドした組成物を投入し、脱気しながら310℃に加熱し、300MPaで圧縮を行い、その後冷却した。得られた粉体成形体は、密度率が97%であり、熱伝導率は29W/mKであった。
この粉体成形体を磁性坩堝に入れ、空気中500℃でマトリクス成分を分解し、残存ピッチ系黒鉛化短繊維を採取した。採取されたピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維長は、72μmであった。
【0068】
[実施例5]
マトリクス成分としてポリエーテルエーテルケトン樹脂(ビクトレックス製)を用いた。熱伝導性材料として参考例1で得られたピッチ系黒鉛化短繊維を用いた。マトリクス成分100体積部に対してピッチ系黒鉛化短繊維100体積部を添加し、ドライブレンドを行い、組成物を得た。200mm×200mm×100mmの型に組成物を投入し、脱気しながら400℃に加熱し、150MPaで圧縮を行い、その後冷却した。得られた粉体成形体は、密度率が96%であり、熱伝導率は23W/mKであった。
この粉体成形体を磁性坩堝に入れ、空気中550℃でマトリクス成分を分解し、残存ピッチ系黒鉛化短繊維を採取した。採取されたピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維長は、78μmであった。
【0069】
[参考例2:ピッチ系黒鉛化短繊維の作製]
ピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維長を50μmとした以外は、参考例1と同じ方法でピッチ系黒鉛化短繊維を作製した。アスペクト比は6であった。
【0070】
[実施例6]
マトリクス成分としてポリカーボネート(帝人化成製L1225WP)を用いた。熱伝導性材料として参考例2で得られたピッチ系黒鉛化短繊維を用いた。マトリクス成分100体積部に対してピッチ系黒鉛化短繊維50体積部を添加し、ドライブレンドを行い、組成物を得た。200mm×200mm×100mmの型に組成物を投入し、脱気しながら290℃に加熱し、200MPaで圧縮を行い、その後冷却した。得られた粉体成形体は、密度率が99%であり、熱伝導率は11W/mKであった。
この粉体成形体をガラス容器に入れ、メチレンクロライドでマトリクス成分を溶解し、残存ピッチ系黒鉛化短繊維を採取した。採取されたピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維長は、30μmであった。
【0071】
[実施例7]
マトリクス成分としてポリフェニレンスルフィド樹脂(ポリプラスチックス製0220A9)を用いた。熱伝導性材料として参考例2で得られたピッチ系黒鉛化短繊維を用いた。マトリクス成分100体積部に対してピッチ系黒鉛化短繊維200体積部を添加し、ドライブレンドを行い、組成物を得た。200mm×200mm×100mmの型にブレンドした組成物を投入し、脱気しながら310℃に加熱し、300MPaで圧縮を行い、その後冷却した。得られた粉体成形体は、密度率が99%であり、熱伝導率は20W/mKであった。
この粉体成形体を磁性坩堝に入れ、空気中500℃でマトリクス成分を分解し、残存ピッチ系黒鉛化短繊維を採取した。採取されたピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維長は、35μmであった。
【0072】
[実施例8]
マトリクス成分としてポリエーテルエーテルケトン樹脂(ビクトレックス製)を用いた。熱伝導性材料として参考例2で得られたピッチ系黒鉛化短繊維を用いた。マトリクス成分100体積部に対してピッチ系黒鉛化短繊維200体積部を添加し、ドライブレンドを行い、組成物を得た。200mm×200mm×100mmの型に組成物を投入し、脱気しながら400℃に加熱し、150MPaで圧縮を行い、その後冷却した。得られた粉体成形体は、密度率が98%であり、熱伝導率は16W/mKであった。
この粉体成形体を磁性坩堝に入れ、空気中550℃でマトリクス成分を分解し、残存ピッチ系黒鉛化短繊維を採取した。採取されたピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維長は、28μmであった。
【0073】
[比較例2]
実施例1においてピッチ系黒鉛化短繊維の添加量を5体積部とした以外は実施例1と同様に粉体成形体を作製した。密度率は99%であり、熱伝導率は0.9W/(m・K)であった。
【0074】
[比較例3]
実施例1においてピッチ系黒鉛化短繊維に変えて、平均粒径が11μmの球状のカーボンブラックを添加した以外は実施例1と同様に粉体成形体を作製した。密度率は85%であり、熱伝導率は1.9W/(m・K)であった。
【0075】
[参考例3]
参考例1で作製した炭化ピッチ繊維ウェブを3000℃で黒鉛化したピッチ系炭素繊維ウェブをターボ工業製カッターを用いて粉砕し、ピッチ系黒鉛化短繊維を作製した。走査型電子顕微鏡で観察した表面は、一部フィブリル状になっていた。透過型電子顕微鏡でフィラー端面を観察したところ、グラフェンシートは開いており、端面の閉鎖率は35%であった。その他は参考例1と同等のピッチ系黒鉛化短繊維が得られた。
【0076】
[実施例9]
参考例3で作製したピッチ系黒鉛化短繊維を用いた以外は実施例1と同じとして粉体成形体を作製した。外観としてボイドの発生箇所があった。ボイドのあるところと、無いところの熱伝導率を測定したところ、ボイド箇所は6W/mKであり、ボイドの無い箇所は10W/mKであった。場所によるムラが発生していた。参考例3で作製したピッチ系黒鉛化短繊維のフィブリルの影響で凝集しやすくなり、分散が悪くなったことが原因と推察される。
【0077】
[実施例10]
実施例3で作製した粉体成形体を切削加工で円盤状に加工した。この円盤状に加工した成形体を出力0.3Wの面状発熱体に、3分間貼合したところ、温度が65℃から42℃に23℃低下した。
【0078】
[実施例11]
マトリクス成分としてポリフェニレンスルフィド樹脂(ポリプラスチックス製0220A9)を用いた。熱伝導性材料として参考例1で得られたピッチ系黒鉛化短繊維と球状のアルミナを用いた。マトリクス成分100体積部に対してピッチ系黒鉛化短繊維100体積部を添加し、10μmのアルミナ(マイクロン製球状アルミナ)50体積部を添加した。ドライブレンドを行い、組成物を得た。200mm×200mm×100mmの型に組成物を投入し、脱気しながら310℃に加熱し、300MPaで圧縮を行い、その後冷却した。得られた粉体成形体は、密度率が94%であり、熱伝導率は29W/mKであった。
この粉体成形体を磁性坩堝に入れ、空気中500℃でマトリクス成分を分解し、残存ピッチ系黒鉛化短繊維を採取した。採取されたピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維長は、83μmであった。
【0079】
[実施例12]
マトリクス成分としてポリフェニレンスルフィド樹脂(ポリプラスチックス製0220A9)を用いた。熱伝導性材料として参考例1で得られたピッチ系黒鉛化短繊維と板状の窒化ホウ素を用いた。マトリクス成分100体積部に対してピッチ系黒鉛化短繊維100体積部を添加し、50μmの窒化ホウ素(モメンティブ製)50体積部を添加した。ドライブレンドを行い、組成物を得た。200mm×200mm×100mmの型に組成物を投入し、脱気しながら310℃に加熱し、300MPaで圧縮を行い、その後冷却した。得られた粉体成形体は、密度率が92%であり、熱伝導率は28W/mKであった。
この粉体成形体を磁性坩堝に入れ、空気中500℃でマトリクス成分を分解し、残存ピッチ系黒鉛化短繊維を採取した。採取されたピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維長は、79μmであった。
【0080】
[比較例4]
マトリクス成分としてポリフェニレンスルフィド樹脂(ポリプラスチックス製0220A9)を用いた。熱伝導性材料として球状のアルミナを用いた。マトリクス成分100体積部に対して10μmのアルミナ(マイクロン製球状アルミナ)100体積部を添加した。ドライブレンドを行い、200mm×200mm×100mmの型にブレンドした粉体を投入し、脱気しながら310℃に加熱し、300MPaで圧縮を行い、その後冷却した。得られた粉体成形体は、密度率が91%であり、熱伝導率は0.8W/mKであった。熱伝導率が向上しなかった。
【0081】
[実施例13]
マトリクス成分としてポリカーボネート(帝人化成製L1225WP)を用いた。熱伝導性材料として参考例1で得られたピッチ系黒鉛化短繊維を用いた。マトリクス成分100体積部に対してピッチ系黒鉛化短繊維30体積部を添加し、さらに20μmφの金属アルミニウム粉末(東洋アルミニウム社製、高純度球状アルミニウム粉末)を100体積部添加し、ドライブレンドを行い、組成物を得た。200mm×200mm×100mmの型に組成物を投入し、脱気しながら290℃に加熱し、200MPaで圧縮を行い、その後冷却した。得られた粉体成形体は、密度率が93%であり、熱伝導率は21W/mKであった。
この粉体成形体をガラス容器に入れ、メチレンクロライドでマトリクス成分を溶解し、残存ピッチ系黒鉛化短繊維を採取した。採取されたピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維長は、72μmであった。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明の熱伝導性成形体を提供する組成物は、特定のピッチ系黒鉛化短繊維を用いることで、高い熱伝導性が発現でき、熱伝導性が要求される各種部材として好適に用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マトリクス成分100体積部に対し、アスペクト比が4〜100であるピッチ系黒鉛化短繊維を20〜1000体積部含む、熱伝導性に優れた粉体成形体を得るための組成物。
【請求項2】
さらに金属化合物フィラーを1〜1000体積部含む請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
当該ピッチ系黒鉛化短繊維がメソフェーズピッチを原料とし、平均繊維径が5〜20μmであり、平均繊維径に対する繊維径分散の百分率(CV値)が5〜15%であり、平均繊維長が20〜500μmであり、走査型電子顕微鏡での観察表面が実質的に平滑であり、かつ透過型電子顕微鏡での端面観察においてグラフェンシートが閉じていることを特徴とする請求項1または2に記載の組成物。
【請求項4】
粉体成形後の残存ピッチ系黒鉛化短繊維の平均繊維長が、20〜400μmである請求項1〜3のいずれかに記載の組成物。
【請求項5】
マトリクス成分が熱可塑性樹脂である請求項1〜4のいずれかに記載の組成物。
【請求項6】
熱可塑性樹脂が、ポリエーテルエーテルケトン類、ポリフェニレンサルファイド類、ポリオキシメチレン類、ポリエステル類、ポリオレフィン類、ポリアミド類、ポリイミド類、ポリアミドイミド類、ポリカーボネート類およびポリフッ化物類よりなる群より選ばれてなる少なくとも1種以上である請求項1〜5のいずれかに記載の組成物。
【請求項7】
金属化合物フィラーが、マグネシウム、アルミニウム、亜鉛、金、銀、銅、鉄、酸化マグネシウム、酸化アルミニウム、酸化亜鉛、窒化アルミニウム、酸化窒化アルミニウム、窒化ホウ素、石英、炭化珪素、酸化珪素、および窒化珪素からなる群より選ばれる少なくとも1種以上である請求項2〜6のいずれかに記載の組成物。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載の組成物を粉体成形して得られる熱伝導性の粉体成形体。
【請求項9】
粉体成形後に切削加工して得られる請求項8記載の粉体成形体。
【請求項10】
熱伝導率が5W/(m・K)より高い請求項8または9に記載の粉体成形体。
【請求項11】
請求項1〜7のいずれかに記載の組成物を加熱し、圧縮、冷却よりなる工程を経る粉体成形体の製造方法。

【公開番号】特開2010−24343(P2010−24343A)
【公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−187106(P2008−187106)
【出願日】平成20年7月18日(2008.7.18)
【出願人】(000003001)帝人株式会社 (1,209)
【Fターム(参考)】