説明

熱延鋼板およびその製造方法

【課題】延性と伸びフランジ性に優れ、延性−伸びフランジ性のバランスも良好な高張力熱延鋼板の提供。
【解決手段】質量%で、C:0.08%超0.30%未満、Si:3.0%以下、Mn:1.0%以上4.0%以下、P:0.10%以下、S:0.010%以下、sol.Al:3.0%以下、N:0.010%以下を含有し、かつSi+sol.Alの合計含有量が0.8%以上3.0%以下の化学組成を有し、かつDαq≦5.0、Vαq≧50、Vγq≧3、Vαs>Vαq、Vγs>Vγq(DαqおよびVαqは、それぞれ鋼板表面から板厚の1/4深さ位置でのフェライトの平均粒径(μm)および面積率(%)、Vγqは同位置での残留オーステナイト体積率(%)、VαsおよびVγsはそれぞれ鋼板表面から100μm深さ位置でのフェライト面積率(%)および残留オーステナイト体積率(%)を表す)を満たす鋼組織を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱延鋼板およびその製造方法に関する。詳しくは、本発明は、自動車部材、機械構造部材、建築部材に用いられる素材として好適な、延性と伸びフランジ性に優れる高張力熱延鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
今日、連続熱間圧延によって製造される熱延高張力鋼板は、比較的安価な構造材料として自動車を始めとする各種産業機械に広く適用されており、その用途に適用するに際してプレス加工等の成形加工によって所定の形状に加工されることが多い。このため熱延高張力鋼板には、高強度であるとともに、優れた加工性が要求される。
【0003】
一般に、鋼板はその強度を高めると加工性が低下するが、高強度でありながら延性が優れる鋼板として、残留オーステナイトの変態誘起塑性(以下、「TRIP」という)を利用した鋼板が知られている。
【0004】
例えば、特許文献1には、C:0.20%、Si:1.5%およびMn:1.5%を含有する鋼を熱間圧延し、Ar3点近傍で仕上圧延を行ってから、40℃/s以上の冷却速度で加速冷却した後、400℃近傍で巻き取ることからなる、残留オーステナイトを有する鋼板の製造方法が開示されており、引張強度(TS)と全伸び(El)との積(TS×El)が24000MPa・%以上の強度−延性バランスの優れた鋼板が得られることが記載されている。
【0005】
特許文献2には、重量割合で、C:0.05〜0.25%、Si:0.05超〜1.0%、Mn:0.8〜2.5%、sol.Al:0.8〜2.5%を含有し、或いはさらに、Ca:0.0002〜0.01%、Zr:0.01〜0.10%、希土類元素:0.01〜0.10%の1種以上、Nb:0.005〜0.10%、Ti:0.005〜0.10%、V:0.005〜0.20%の1種以上を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物であり、かつ体積率で5%以上の残留オ−ステナイトを含んだポリゴナルフェライト主体の組織を有する、延性と穴拡げ性に優れた高加工性熱延高張力鋼板が開示されており、上記組成を有する鋼を780〜840℃での仕上圧延後、10〜50℃/sの冷却速度で300〜450℃まで加速冷却し、巻き取るか、或いは780〜940℃での仕上圧延後、10℃/s以上の冷却速度で600〜700℃まで冷却し、2〜10秒間空冷した後、20℃/s以上の冷却速度で300〜450℃まで加速冷却し、巻き取る方法により、強度―延性バランスが24000MPa・%以上で穴拡げ率が90%以上の優れた加工性を有する鋼板が得られることが記載されている。
【0006】
一方、鋼の強化手段としては、固溶強化、析出強化、変態強化および細粒化強化(結晶粒の微細化による強化)等が知られている。このうち、細粒化強化は、一般に延性の低下を抑制しつつ高強度化できるので、高い強度と優れた延性を確保するうえで好適な強化法である。結晶粒の微細化により高い強化能を得るには、少なくともフェライト平均粒径を5μm以下に細粒化する必要がある。このような微細組織を得るための技術や、さらに結晶粒の微細化と残留オーステナイトのTRIP効果とを組み合わせた高強度かつ強度−延性バランスに優れた鋼板の製造方法がいくつか提案されている。
【0007】
例えば、特許文献3には、重量%で、C:0.05〜0.3%とMn:0.5〜3%とを含み、或いはさらにSi:0.01〜0.3%、Nb:0〜0.05%、Ti:0〜0.05%、V:0〜0.08%、Cr:0〜1%およびMo:0〜1%を含み、残部が実質的にFeからなる組成の鋼を、Ac3点以上の温度から5℃/s以上100℃/s未満の冷却速度で650℃以下まで冷却した後、フェライト相、ベイナイト相、またはマルテンサイト相のような低温相が析出を開始する温度までの温度範囲で、加工開始に対する加工終了の断面積減少率が60%以上の加工を、1パスまたは1パス当たり30%以上の多パスにて施し、その後空冷またはそれ以上の冷却速度にて400℃以下の温度にまで冷却することからなる、微細粒フェライト組織を有する鋼の製造方法が開示されている。
【0008】
特許文献4には、C:0.05〜0.30wt%、Si:0.30〜2.0wt%、Mn:1.0〜2.5wt%、Al:0.003〜0.100wt%、Nb:0.05〜0.50wt%を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなる組成と、残留オーステナイトが5〜20vol%で、残部は主にポリゴナルフェライトからなる鋼組織とを有し、該ポリゴナルフェライト粒のうち、粒径8μm以下の微細粒が個数比率で全体の85%以上を占め、かつ平均粒径が5μm以下である超微細粒を有する、延性、靱性、耐疲労特性および強度−延性バランスに優れるとされる高張力熱延鋼板とその製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開昭63−4017号公報
【特許文献2】特開平5−112846号公報
【特許文献3】特開2001−98322号公報
【特許文献4】特開平11−1747号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述したように、TRIP又は細粒化強化を利用した熱延鋼板は従来より提案されてきた。しかし、従来のその種の熱延鋼板は次に述べるような難点を有するものであった。
特許文献1に記載された鋼板は、加工性の重要な指標の一つである穴拡げ性が低く、伸びフランジ性が要求されるような部品については使用することが困難である。
【0011】
特許文献2に記載された鋼板は、特許文献1に記載された鋼板に対して、Si含有量を低減し、代わりにsol.Al含有量を高めたものである。AlはSiと同様にフェライトを安定化させるとともに、セメンタイトの析出を抑制する作用を有することから、オーステナイトを確実に残留させることができ、また、ポリゴナルフェライトの均一・微細な生成を促進し、穴拡げ性を劣化させる粗大ベイナイトの生成を抑制することから、延性と伸びフランジ性とに優れた鋼板を提供できる。このように、Al添加は加工性向上において顕著な効果を発揮する反面、AlはSiに比べて固溶強化能が低いため、より高い強度を確保する場合に不利であるという難点がある。
【0012】
特許文献3に記載された方法によれば、単純組成の低炭素鋼でも平均結晶粒径3μm以下の微細フェライト粒組織が得られる。しかし、650℃以下の低温域で1パス当り30%以上の圧延を施すのは圧延機に対する負荷が高いため、既存の設備を用いて工業的に実施するのは困難である。
【0013】
特許文献4に記載された方法では、Nbを多量添加することにより、NbCによる初期オーステナイト粒の微細化および圧延過程での動的再結晶によるオーステナイト粒の微細化を通じて、工業的に容易な800℃程度以上の圧延においても平均粒径2〜4μmの微細フェライト組織が得られるとされている。さらにオーステナイトを残留させることにより26000MPa・%以上の強度−延性バランスの優れた鋼板が得られるとされている。しかし、NbCを多量に析出させるため、鋼板の異方性が発達しやすく、穴拡げ性が芳しくない。
【0014】
本発明は、上記現状に鑑みてなされたものであり、自動車部材、機械構造部材、建築部材に用いられる素材として好適な、高い強度を有しながら延性および伸びフランジ性に優れた熱延鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、下記(A)〜(D)の知見を得た。
(A)SiとAlを適量含有する鋼に対して、熱間圧延完了直後に急速冷却するいわゆる直後急冷プロセスを適用することにより、微細フェライト粒を主相とし、第二相として微細な残留オーステナイトを含有する鋼板を得ることができる。このような鋼板は、主相であるフェライトの微細粒化によって高強度化されるとともに、残留オーステナイトのTRIP効果によって延性も向上し、強度−延性バランスが大きく向上する。ただし、穴拡げ性は低下する場合があり、特にSi含有量の多い鋼組成では、穴拡げ性が顕著に低下する。
【0016】
(B)穴拡げ加工において発生する亀裂は、打ち抜き加工時に鋼板表面近傍に生成される微小クラックが穴拡げ加工時に伝播することにより発生する。したがって、穴拡げ性を高めるには、微小クラックの生成と伝播を抑制することが重要である。微小クラックの生成と伝播を抑制するには、鋼板表面近傍での主相と第二相の硬度差を低減し、さらに第二相を微細分散化することが重要である。
【0017】
(C)上記(A)の直後急冷プロセスを適用した熱間圧延を施すに際して、熱間圧延を多パス圧延とし、最終圧延パスにおける圧下率を20%以上とし、さらに、最終圧延パスの2つ前の圧延パスから最終圧延パスまでの3つの圧延パスにおける合計圧下率を50%以上とすることで、鋼板内部に比較して、鋼板表面近傍のフェライト量および残留オーステナイト量の割合をそれぞれ高めることができる。これは熱間多パス圧延時に導入されるせん断歪みが鋼板表面近傍で増すことで、鋼板表面近傍でのフェライト変態駆動力が増して微細フェライト量が増大するとともに、未変態オーステナイト中への炭素濃化も促進されることで残留オーステナイト量も増大するためと考えられる。
【0018】
(D)上記(C)に述べたように、鋼板内部に比較して鋼板表面近傍のフェライト量と残留オーステナイト量の割合が高い鋼板では、鋼板表面近傍の変形能が高まり、打ち抜き加工時の微小クラックの生成が抑制される。さらに主相であるフェライトが内部に比べて微細化することで第二相との硬度差が低減されるとともに、微細フェライト量が増すことで残留オーステナイトの生成サイトが増し、残留オーステナイトが均一微細に分散する。これによって微小クラックの伝播も抑制され、結果として穴拡げ性が飛躍的に向上する。
【0019】
上記知見に基づいてなされた本発明の要旨は以下のとおりである。
(1)質量%で、C:0.08%超0.30%未満、Si:3.0%以下、Mn:1.0%以上4.0%以下、P:0.10%以下、S:0.010%以下、sol.Al:3.0%以下、N:0.010%以下を含有し、かつSi+sol.Alの合計含有量が0.8%以上3.0%以下であり、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有するとともに、下記式(1)〜(5)を満足する鋼組織を有することを特徴とする熱延鋼板。
【0020】
Dαq≦5.0 (1)
Vαq≧50 (2)
Vγq≧3 (3)
Vαs>Vαq (4)
Vγs>Vγq (5)
ここで、
Dαqは鋼板表面から板厚の1/4深さ位置でのフェライトの平均粒径(μm)、
Vαqは鋼板表面から板厚の1/4深さ位置でのフェライトの面積率(%)、
Vγqは鋼板表面から板厚の1/4深さ位置での残留オーステナイトの体積率(%)、
Vαsは鋼板表面から100μm深さ位置でのフェライトの面積率(%)、
Vγsは鋼板表面から100μm深さ位置での残留オーステナイトの体積率(%)、
をそれぞれ表す。
【0021】
(2)前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Nb:0.10%以下、Ti:0.20%以下およびV:0.20%以下からなる群から選択された1種または2種以上を含有する、上記(1)に記載の熱延鋼板。
【0022】
(3)前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Cr:1.0%以下、Mo:0.50%以下およびB:0.010%以下からなる群から選択された1種または2種以上を含有する、上記(1)または(2)に記載の熱延鋼板。
【0023】
(4)前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Ca:0.010%以下、Mg:0.010%以下、REM:0.050%以下およびBi:0.050%以下からなる群から選択された1種または2種以上を含有する、上記(1)〜(3)のいずれかに記載の熱延鋼板。
【0024】
(5)前記化学組成が、Feの一部に代えて、Cu:1.0質量%以下を含有する、上記(1)〜(4)のいずれかに記載の熱延鋼板。
(6)前記化学組成が、Feの一部に代えて、Ni:1.0質量%以下を含有する、上記(1)〜(5)のいずれかに記載の熱延鋼板。
【0025】
(7)引張強度(TS)、全伸び(El)、および穴拡げ率(HER)が下記式(6)〜(8)を満足する上記(1)〜(6)のいずれかに記載の熱延鋼板。
TS1.7×HER≧4×106 (6)
TS×El≧20×103 (7)
(TS1.7×HER)+(TS×El)×103≧28×106 (8)
【0026】
(8)上記(1)〜(6)のいずれかに記載の化学組成を有する鋼塊または鋼片にAr3点以上かつ800℃以上の温度で3パス以上の多パス熱間圧延を施して鋼板となし、この熱間圧延を、最終圧延パスにおける圧下率が20%以上、最終圧延パスの2つ前の圧延パスから最終圧延パスまでの3つの圧延パスにおける合計圧下率が50%以上となる条件で完了し、熱間圧延完了後0.4秒以内に720℃まで400℃/s以上の平均冷却速度で鋼板を冷却する一次冷却を行い、この一次冷却を720〜550℃の温度域内の温度T1(℃)で停止した後、鋼板をT1(℃)から500℃までの温度範囲に0.5〜20秒間保持し、500〜300℃の温度域で巻き取ることを特徴とする熱延鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0027】
本発明により、高強度でありながら延性と伸びフランジ性の両方に優れ、さらに延性−伸びフランジ性のバランスも良好な熱延鋼板と、既存の熱間圧延設備を用いて実施できるその製造方法とが提供される。本発明に係る熱延鋼板は、プレス加工などの成形加工を経て製品化することができるため、自動車部材、機械構造部材、建築部材の素材として好適である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下に、本発明に係る熱延鋼板およびその熱延鋼板の製造方法についてより詳しく説明する。以下における各化学成分の含有量の「%」表示は「質量%」を意味する。
(A)化学組成
(C:0.08%超0.30%未満)
Cは、オーステナイトからフェライトへの変態温度を低下させる作用を有し、熱間圧延完了温度をより低温にすることを可能にすることで、フェライト粒の微細化の促進に寄与する。さらに、フェライト変態の進行に伴いオーステナイト中に濃縮して、オーステナイトを安定化させる作用を有するので、室温においてオーステナイトを残留させるのに不可欠な元素である。C含有量が0.08%以下ではオーステナイトの安定化効果が十分でなくなり、目的とする残留オーステナイト量を確保することが困難である。したがって、C含有量は0.08%超とする。好ましくは0.10%超、さらに好ましくは0.12%超、特に好ましくは0.15%超である。一方、C含有量が0.30%以上では、熱間圧延後のフェライト変態が過度に遅延してしまい、目的とするフェライト量を確保することが困難となる場合がある。また、溶接性の劣化が顕著になる。したがって、C含有量は0.30%未満とする。好ましくは0.25%未満、さらに好ましくは0.22%未満である。
【0029】
(Si:3.0%以下)
Siは、Alと同様に、フェライトの生成を促進するとともにセメンタイトの析出を遅延させる作用を有し、これにより、オーステナイトが未変態で残留する量、すなわち残留オーステナイトの体積率を高めることを可能とする。また、フェライトの生成を促進するとともに、フェライトを固溶強化する作用を有し、これにより、フェライト主体の鋼組織とするとともに、鋼板の強度を高めることを可能にする。また、脱酸により鋼を健全化する作用を有する。しかし、Si含有量が3.0%超では鋼板の表面性状の劣化や化成処理性の劣化が著しくなる。したがって、Si含有量は3.0%以下とする。後述するように、本発明ではSiおよびsol.Alの合計含有量が重要であるので、Si含有量の下限値は特に規定しないが、Siはsol.Alよりも固溶強化能が高いことから、より高い強度を求める場合には、Si含有量を0.5%以上とすることが好ましい。この場合、さらに好ましくは0.8%以上、特に好ましくは1.0%以上である。
【0030】
(Mn:1.0%以上4.0%以下)
Mnは、鋼の強度を高める作用を有する。また、高温域におけるオーステナイトを安定化させて、Ar3点を低下させる作用を有し、これにより熱間圧延完了温度をより低下させることを可能にし、フェライト結晶粒の微細化促進に寄与する。Mn含有量が1.0%未満では上記作用による効果を得ることが困難となる。したがって、Mn含有量は1.0%以上とする。好ましくは1.3%以上、より好ましくは1.6%以上である。一方、Mn含有量が4.0%超では、オーステナイトが過度に安定化してしまい、熱間圧延後の冷却過程で十分なポリゴナルフェライトを生成させることが困難となる。したがって、Mn含有量は4.0%以下とする。好ましくは3.0%以下、さらに好ましくは2.7%以下である。
【0031】
(P:0.10%以下)
Pは、不純物として鋼中に含有される元素であり、粒界に偏析して鋼を脆化させる作用を有する。P含有量が0.10%超では鋼の脆化が著しくなる。したがって、P含有量は0.10%以下とする。好ましくは0.020%未満であり、さらに好ましくは0.015%未満である。
【0032】
(S:0.010%以下)
Sは、不純物として鋼中に含有される元素であり、鋼中に硫化物系介在物を形成して伸びフランジ性を劣化させる作用を有する。S含有量が0.010%超では、伸びフランジ性の劣化が著しくなる。したがって、S含有量は0.010%以下とする。好ましくは0.005%以下、さらに好ましくは0.003%未満、特に好ましくは0.001%以下である。
【0033】
(sol.Al:3.0%以下)
Alは、Siと同様に、フェライトの生成を促進するとともにセメンタイトの析出を遅延させる作用を有し、これにより、オーステナイトが未変態で残留する量、すなわち残留オーステナイトの体積率を高めることを可能とする。また、フェライトの生成を促進する作用を有し、これにより、フェライト主体の鋼組織とすることを可能にする。さらに、脱酸により鋼を健全化する作用も有する。しかし、sol.Al含有量が3.0%超になると、高温域におけるオーステナイトが不安定となり、Ar3点の上昇にともなって熱間圧延完了温度を上昇させざるを得なくなり、フェライト結晶粒の微細化を困難にする。また、安定した連続鋳造を困難にする。したがって、sol.Al含有量は3.0%以下とする。好ましくは2.0%以下、さらに好ましくは1.5%以下である。後述するように、本発明ではSiおよびsol.Alの合計含有量が重要であるのでsol.Al含有量の下限値は特に規定しないが、Alによる脱酸を目的に含有させる場合には、sol.Al含有量は0.005%以上とすることが好ましい。
【0034】
(N:0.010%以下)
Nは、不純物として鋼中に含有される元素であり、延性を劣化させる作用を有する。N含有量が0.010%超では鋼板の延性の劣化が著しくなる。したがって、N含有量は0.010%以下とする。好ましくは0.006%以下、さらに好ましくは0.005%以下である。
【0035】
(Si+sol.Alの合計含有量:0.8%以上3.0%以下)
上述したように、SiおよびAlは、フェライトの生成を促進するとともにセメンタイトの析出を遅延させる作用を有する。このフェライトの生成を促進する作用により、フェライト主体の鋼組織を形成するとともに、フェライトから排出されたCがオーステナイト中に濃縮される。さらに、セメンタイトの析出を遅延させる作用によって、オーステナイトからのセメンタイトの析出によりオーステナイト中のC濃度が低下することが抑制される。これらの作用が相俟って、オーステナイトの安定化が効率的に図られ、未変態で残留するオーステナイトの量、すなわち残留オーステナイトの体積率を高めることを可能とする。
【0036】
(Si+sol.Al)の合計含有量が0.8%未満では上記作用による効果を得ることができず、目的とする残留オーステナイトの体積率を確保できない場合がある。したがって、(Si+sol.Al)の合計含有量は0.8%以上とする。好ましくは1.0%以上、さらに好ましくは1.2%以上である。一方、(Si+sol.Al)の合計含有量が3.0%超になると、高温域におけるオーステナイトが過度に不安定となるため、熱間圧延完了温度を上昇させざるを得なくなり、鋼の微細化を図ることが困難となる。また、安定した連続鋳造を困難にする。したがって、(Si+sol.Al)の合計含有量は3.0%以下とする。好ましくは2.5%以下、さらに好ましくは2.2%以下である。
【0037】
本発明に係る鋼板は、以下に列記する元素を任意元素として含有してもよい。
(Nb:0.10%以下、Ti:0.20%以下およびV:0.20%以下からなる群から選択された1種または2種以上)
Ti、NbおよびVは、鋼中に炭化物または窒化物として析出し、鋼組織を微細化する作用を有する。したがって、これらの元素の1種または2種以上を含有させてもよい。しかし、過剰に含有させても、上記作用による効果が飽和して不経済となる。また、熱間圧延後の変態が過度に抑制され、十分なポリゴナルフェライトを生成させることが困難となる。したがって、Nb含有量は0.10%以下、Ti含有量は0.20%以下、V含有量は0.20%以下とする。これらの元素の上記作用による効果をより確実に得るには、Nb:0.002%以上、Ti:0.005%以上およびV:0.005%以上のいずれかを満足させることが好ましい。
【0038】
(Cr:1.0%以下、Mo:0.50%以下およびB:0.010%以下からなる群から選択された1種または2種以上)
Cr、MoおよびBは、鋼の焼入性を高める作用を有し、熱延鋼板中の低温変態生成相の割合を増加させて鋼板の強度を高める作用を有する。したがって、これらの元素の1種または2種以上を含有させてもよい。しかし、過剰に含有させると、50面積%以上のフェライトを確保することが困難となる。したがって、Cr含有量は1.0%以下、Mo含有量は0.50%以下、B含有量は0.010%以下とする。好ましくは、Cr含有量は0.50%以下、Mo含有量は0.20%以下、B含有量は0.0030%以下である。これらの元素の上記作用による効果をより確実に得るには、Cr:0.20%以上、Mo:0.05%以上およびB:0.0010%以上のいずれかを満足させることが好ましい。
【0039】
(Ca:0.010%以下、Mg:0.010%以下、REM:0.050%以下およびBi:0.050%以下からなる群から選択された1種または2種以上)
Ca、MgおよびREMは、介在物の形状を調整することにより、Biは、凝固組織を微細化することにより、ともに鋼板の伸びフランジ性を高める作用を有する。したがって、これらの元素の1種または2種以上を含有させてもよい。しかし、過剰に含有させても上記作用による効果が飽和して不経済となる。したがって、Ca含有量は0.010%以下、Mg含有量は0.010%以下、REM含有量は0.050%以下、Bi含有量は0.050%以下とする。好ましくは、Ca含有量は0.0020%以下、Mg含有量は0.0020%以下、REM含有量は0.0020%以下、Bi含有量は0.010%以下である。これらの元素の上記作用による効果をより確実に得るには、Ca:0.0005%以上、Mg:0.0005%以上、REM:0.0005%以上およびBi:0.0010%以上のいずれかを満足させることが好ましい。なお、REMとは希土類元素を意味し、Sc、Yおよびランタノイドの合計17元素の総称であり、REM含有量はこれらの元素の合計含有量である。
【0040】
(Cu:1.0%以下)
Cuは、低温で析出して鋼板の強度を増加させる作用を有する。したがって、Cuを含有させてもよい。しかし、過度に含有させるとスラブの粒界割れなどを引き起こす恐れがある。したがって、Cu含有量は1.0%以下とする。好ましくは0.5%未満、さらに好ましくは0.3%未満である。Cuの上記作用による効果をより確実に得るには、Cu含有量を0.05%以上とすることが好ましい。
【0041】
(Ni:1.0%以下)
Niは、残留オーステナイトを安定化させる作用を有する。また、Cuを含有させる場合においてスラブの粒界脆化を抑制する作用を有する。したがって、Niを含有させてもよい。しかし、過剰に含有させても上記作用による効果が飽和して不経済となる。したがって、Ni含有量は1.0%以下とする。Niの上記作用による効果をより確実に得るには、Ni含有量を0.05%以上とすることが好ましい。
【0042】
上述した元素以外は、Feおよび不純物である。
本発明に係る高張力熱延鋼板の板厚は特に制限されるものではないが、通常は1.0〜10.0mmの範囲内である。
【0043】
(B)鋼組織
本発明に係る熱延鋼板の組織は、鋼板表面から板厚の1/4深さ位置および鋼板表面から100μm深さ位置での鋼組織に特徴を有する。ここで、鋼板表面から板厚の1/4深さ位置は、鋼板表面と鋼板の板厚中心との中間点であるので、この位置での鋼組織は鋼板の平均的な組織を示している。一方、鋼板表面から100μm(=0.1mm)深さの位置での鋼組織は、鋼板の表面近傍における組織を示す。表面から数十μm深さまでの表層は、酸化スケールや冷却の影響によって組織が乱れる可能性があるので、そのような乱れを避けるために、表面から100μm深さ位置での組織によって鋼板表面近傍の組織を判断する。
【0044】
(鋼板表面から板厚の1/4深さ位置でのフェライトの平均粒径:5.0μm以下)
鋼板表面から板厚の1/4深さ位置でのフェライトの平均粒径が5.0μm超では、細粒化強化の効果が十分に得られない。したがって、下記式(1)を満足するものとする。下記式(1−1)を満足するものとすることが好ましく、下記式(1−2)を満足するものとすることがさらに好ましい。上記フェライトの平均粒径が小さいほど強化量が大きくなるので、上記フェライトの平均粒径の下限は特に規定しないが、1.0μmを下回ると延性の低下が著しくなって、強度−延性バランスが急激に低下する場合がある。したがって、上記フェライトの平均粒径は1.0μm以上とすることが好ましい。
【0045】
Dαq≦5.0 (1)
Dαq≦3.5 (1−1)
Dαq≦3.0 (1−2)
ここで、Dαqは、鋼板表面から板厚の1/4深さ位置でのフェライトの平均粒径(μm)を表す。
【0046】
(鋼板表面から板厚の1/4深さ位置でのフェライトの面積率:50%以上)
鋼板表面から板厚の1/4深さ位置でのフェライトの面積率が50%未満では、細粒化強化の効果が十分に得られない。したがって、下記式(2)を満足するものとする。上記フェライトの面積率の上限は、後述する残留オーステナイトの体積率を確保する限りにおいて、特に規定しない。
【0047】
Vαq≧50 (2)
ここで、Vαqは鋼板表面から板厚の1/4深さ位置でのフェライトの面積率(%)を示す。
【0048】
(鋼板表面から板厚の1/4深さ位置での残留オーステナイトの体積率:3%以上)
鋼板表面から板厚の1/4深さ位置での残留オーステナイトの体積率が3%未満では、十分な延性が得られない。したがって、下記式(3)を満足するものとする。上記残留オーステナイトの体積率が高ければ高いほど延性が向上するので、上記残留オーステナイトの体積率の上限は特に規定しないが、上記化学組成において確保し得る残留オーステナイト体積率は50%未満である。
【0049】
Vγq≧3 (3)
ここで、Vγqは鋼板表面から板厚の1/4深さ位置での残留オーステナイトの体積率(%)を示す。
【0050】
(鋼板表面から100μm深さ位置と鋼板表面から板厚の1/4深さ位置とにおけるフェライトの面積率および残留オーステナイトの体積率の関係)
鋼板表面から100μm深さ位置でのフェライトの面積率が鋼板表面から板厚の1/4深さ位置でのフェライトの面積率以下であったり、鋼板表面から100μm深さ位置での残留オーステナイトの体積率が鋼板表面から板厚の1/4深さ位置での残留オーステナイトの体積率以下であったりすると、鋼板内部に比べて鋼板表面近傍の変形能を高めることができず、打ち抜き加工時の微小クラックの生成を抑制することが困難となる。また、フェライトと第二相との硬度差を低減することや残留オーステナイトの均一微細分散を促進することも不可能となって、微小クラックの伝播を抑制することが困難となり、結果として穴拡げ性を飛躍的に向上させることができない。したがって、下記式(4)および(5)を満足するものとする。
【0051】
Vαs>Vαq (4)
Vγs>Vγq (5)
ここで、
Vαqは鋼板表面から板厚の1/4深さ位置でのフェライトの面積率(%)、
Vγqは鋼板表面から板厚の1/4深さ位置での残留オーステナイトの体積率(%)、
Vαsは鋼板表面から100μm深さ位置でのフェライトの面積率(%)、
Vγsは鋼板表面から100μm深さ位置での残留オーステナイトの体積率(%)、
をそれぞれ表す。
【0052】
本発明に係る鋼組織は上記のように規定されるが、その上で、下記の好適条件をさらに満たすことが好ましい。
鋼板表面から板厚の1/4深さ位置での残留オーステナイトの平均粒径は2.0μm以下とすることが好ましい。上記残留オーステナイトの平均粒径を2.0μm以下とすることにより、硬質かつ粗大なマルテンサイトがTRIPによって生成するのを効果的に抑制することができ、これにより穴拡げ性が一層向上する。また、残留オーステナイトをより均一・多量に分散させることができるので、TRIPが効率的に起こることにより、延性が一層向上する。残留オーステナイトの平均粒径はさらに好ましくは1.0μm以下、特に好ましくは0.8μm以下である。なお、残留オーステナイトの平均粒径は、電子線後方散乱回折パターン(EBSP)解析においてオーステナイト相と判定された部分の粒径を算術平均することにより求められる。
【0053】
鋼板表面から板厚の1/4深さ位置での残留オーステナイトの中の炭素濃度は質量%で0.7%以上2.0%以下とすることが好ましい。上記残留オーステナイト中の炭素濃度を0.7%以上とすることにより鋼板を加工した際にTRIPを効果的に生じさせることでき、延性を一層向上させることができる。したがって、残留オーステナイト中の炭素濃度は0.7%以上とすることが好ましい。さらに好ましくは0.8%以上である。一方、上記残留オーステナイト中の炭素濃度を2.0%以下とすることにより、残留オーステナイトが過度に安定化するのを防ぎ、TRIPをより確実に生じさせることができ、延性をより確実に向上させることができる。残留オーステナイト中の炭素濃度はさらに好ましくは1.6%以下である。
【0054】
(C)機械特性
本発明に係る高張力熱延鋼板は、優れた延性と穴拡げ性とを有するが、プレス成形性の観点から、その機械特性は引張強度(TS)、全伸び(El)、穴拡げ率(HER)が下記式(6)〜(8)を満足することが好ましい。
【0055】
TS1.7×HER≧4×106 (6)
TS×El≧20×103 (7)
(TS1.7×HER)+(TS×El)×103≧28×106 (8)
(TS1.7×HER)値が4×106以上であれば伸びフランジ性において非常に優れており、(TS×El)値が20×103以上であれば延性において非常に優れている。さらに{(TS1.7×HER)+(TS×El)×103}が28×106以上であれば延性−伸びフランジ性のバランスに優れ、プレス成形性時における割れやしわの発生を効果的に抑制することができる。(TS1.7×HER)値は4.2×106以上であることがさらに好ましく、4.5×106以上であることが特に好ましい。また、(TS×El)値は21×103以上であることがさらに好ましく、23×103以上であることが特に好ましい。また、{(TS1.7×HER)+(TS×El)×103}値は29×106以上であることがさらに好ましく、30×106以上であることが特に好ましい。
【0056】
なお、衝撃吸収性を確保するために、鋼板の引張強度(TS)は590MPa以上であることが好ましく、780MPa以上であればさらに好ましく、980MPa以上であれば特に好ましい。
【0057】
(D)製造方法
本発明に係る熱延鋼板は、上述した化学組成および鋼組織を有するものであればよく、その製造方法は特に限定されないが、本発明の熱延鋼板を得るのに好適な製造方法を以下に説明する。
【0058】
熱間圧延に供する鋼材(所定の化学組成を有する)は、連続鋳造や鋳造および分塊により得た鋼塊または鋼片でもよく、或いは必要に応じてそれに熱間加工または冷間加工を施したものでもよい。熱間圧延に供する鋼材(スラブと総称する)が冷片である場合、或いは温度が不足している場合は、所定の温度に再加熱して熱間圧延に供する。
【0059】
熱間圧延は、レバースミルまたはタンデムミルを用いるのが好ましく、特に工業的生産性の観点からは、少なくとも最終の数パスはタンデムミルを用いた圧延とすることがより好ましい。熱間圧延に供する鋼塊または鋼片の温度は、オーステナイト単相となる温度であればよく、特に限定しないが、圧延温度確保の観点からは1050℃以上とすることが好ましく、スケールロス抑制の観点からは1350℃以下とすることが好ましい。
【0060】
(圧延完了温度:Ar3点以上かつ800℃以上)
熱間多パス圧延を行うに際し、その圧延温度はAr3点以上かつ800℃以上とすることが好ましい。圧延温度がAr3点未満では、圧延中にフェライト変態が生じ、加工フェライト粒が混在した鋼組織となり、延性が劣化する場合がある。また、800℃未満では、熱延鋼板の集合組織が過度に発達してしまい、穴拡げ性が劣化する場合がある。
【0061】
(最終圧延パスにおける圧下率:20%以上、かつ、最終圧延パスの2つ前の圧延パスから最終圧延パスまでの3つの圧延パスにおける合計圧下率:50%以上)
最終圧延パスにおける圧下率を20%以上、かつ、最終圧延パスの2つ前の圧延パスから最終圧延パスまでの3つの圧延パスにおける合計圧下率を50%以上とすることが好ましい。従って、熱間圧延は3パス以上の多パス圧延により行うことが好ましい。
【0062】
最終圧延パスにおける圧下率が20%未満であったり、最終圧延パスの2つ前の圧延パスから最終圧延パスまでの3つの圧延パスにおける合計圧下率が50%未満であったりすると、鋼板表面近傍に導入されるせん断歪み量が不足して、目的とする鋼組織、特に上記(4)および(5)式を満たす鋼組織、が得られない場合がある。上記せん断歪み量を高めるという観点からは、最終圧延パスにおける圧下率は25%以上とすることがさらに好ましく、30%以上とすることが特に好ましい。同様の観点から、最終圧延パスの2つ前の圧延パスから最終圧延パスまでの3つの圧延パスにおける合計圧下率は55%以上とすることがさらに好ましく、60%以上とすることが特に好ましい。圧下率の上限は特に規定する必要はないが、圧延設備への負荷を軽減する観点からは、最終圧延パスにおける圧下率は60%以下、最終圧延パスの2つ前の圧延パスから最終圧延パスまでの3つの圧延パスにおける合計圧下率は90%以下とすることが好ましい。
【0063】
(熱間圧延完了後0.4秒以内に720℃まで400℃/s以上の平均冷却速度での一次冷却)
熱間圧延された鋼板に対し、熱間圧延完了後0.4秒以内に720℃以下の温度域まで冷却されるように400℃/s以上の平均冷却速度で一次冷却を施すことが好ましい。
【0064】
このように一次冷却を行うことにより、圧延により導入された歪の解放が効果的に抑制され、その後の温度保持時に上記歪による駆動力を効率的に利用したフェライト変態が実現され、最終製品である熱延鋼板について目的とする鋼組織を容易に得ることができる。圧延完了から720℃までの冷却に要する時間が0.4秒を超えたり、平均冷却速度が400℃/秒未満であったりすると、加工歪みの解放抑制効果が不足し、鋼組織が粗大化してしまい、目的とする鋼組織が得られない場合がある。熱間圧延完了後0.3秒間以内に720℃以下の温度域まで急冷することがさらに好ましく、熱間圧延完了後0.2秒間以内に720℃以下の温度域まで急冷することが特に好ましい。また、加工歪みの解放は、平均冷却速度が速いほど抑制されるので、平均冷却速度は500℃/s以上とすることがさらに好ましく、700℃/s以上とすることが特に好ましい。
【0065】
冷却を行う設備は特に規定されないが、工業的には水量密度の高い水スプレー装置を用いることが好適であり、圧延板搬送ローラーの間に水スプレーヘッダーを配置し、圧延板の上下から十分な水量密度の高圧水を噴射する方法が例示される。
【0066】
(一次冷却を720〜550℃の温度域の温度T1(℃)で停止し、T1(℃)から500℃までの温度範囲で0.5〜20秒間保持)
鋼板の一次冷却を720〜550℃の温度域の温度T1(℃)で停止し、T1(℃)から500℃の温度範囲に0.5〜20秒間保持することが好ましい。
【0067】
一次冷却を停止する温度T1(℃)が720℃を超えると、変態生成したフェライトの粒成長が生じてしまい、鋼組織が粗大化してしまい、目的とする鋼組織が得られない場合がある。一方、一次冷却を停止する温度T1(℃)が550℃を下回ると、フェライト変態が不十分となり、フェライト主体の組織が得られない場合がある。なお一次冷却停止温度T1(℃)が低いほど組織が微細化して穴拡げ性が向上することから、一次冷却を停止する温度T1(℃)は700℃以下とすることがさらに好ましく、650℃以下とすることが特に好ましい。
【0068】
一次冷却停止温度T1(℃)から500℃の温度範囲で保持する時間が0.5秒未満では、フェライト変態が不十分となり、フェライト主体の組織とならない場合がある。一方、20秒を超える場合は、フェライトの過度な粒成長が生じ、目的とする鋼組織が得られない場合がある。保持時間が短時間であるほど組織が微細化して穴拡げ性が向上することから、保持時間は10秒間以下とすることがさらに好ましく、6秒間以下とすることが特に好ましい。
【0069】
1(℃)から500℃までの温度範囲で0.5〜20秒間の保持は、その間に一定温度に保持することを含んでいてもよく、或いは上記の一次冷却に比べてより遅い冷却速度での冷却だけにより実現してもよい。
【0070】
(巻取温度:300℃以上500℃以下)
巻取温度が500℃を超えるとパーライトが生成して残留オーステナイト量が減少し、延性が低下する。したがって、巻取温度は500℃以下とする。好ましくは450℃以下である。一方、巻取温度が300℃未満ではマルテンサイトの生成が促進され、延性と穴拡げ性がともに劣化する。したがって巻取温度は300℃以上とする。好ましくは350℃以上である。
【0071】
(E)その他
(めっき層)
本発明に係る熱延鋼板の表面(片面または両面)には、耐食性の向上等を目的としてめっき層を備えさせて表面処理鋼板としてもよい。めっき層は電気めっき層であってもよく溶融めっき層であってもよい。電気めっき層としては、電気亜鉛めっき、電気Zn−Ni合金めっき等が例示される。溶融めっき層としては、溶融亜鉛めっき、合金化溶融亜鉛めっき、溶融アルミニウムめっき、溶融Zn−Al合金めっき、溶融Zn−Al−Mg合金めっき、溶融Zn−Al−Mg−Si合金めっき等が例示される。めっき付着量は特に制限されず、従来と同様でよい。また、めっき後に適当な化成処理(例えば、シリケート系のクロムフリー化成処理液の塗布と乾燥)を施して、耐食性をさらに高めることも可能である。
【0072】
(他の被覆)
めっき層に代えて、またはそれに重ねて、本発明に係る熱延鋼板の表面を有機樹脂で被覆して塗装鋼板とすることも可能である。有機樹脂皮膜には、例えば、潤滑成分を含有させて潤滑性を付与するなど、防錆顔料を含有させて防錆性を付与するなど、用途に応じて望ましい特性をもたせることができる。
【実施例】
【0073】
表1に示す化学組成を有する鋼を、180kgの高周波真空溶解炉にて溶解し、鋳塊を鍛造して幅160mm、厚さ30mmのスラブとした。このスラブを1250℃の温度に加熱した後、一部の比較例を除いて、圧延完了温度がAr3点以上かつ800℃の温度となる条件で5パスの多パス熱間圧延を行った。一部の比較例を除いて、最終パスの圧下率は20%以上、最終パスの2パス前から最終パスまで(すなわち、最後の3パス)の総圧下率を50%以上とした。圧延後、表2に示す条件で冷却(一次冷却、温度保持)および巻取りを行って、熱延鋼板を得た。
【0074】
【表1】

【0075】
【表2】

【0076】
得られた熱延鋼板の組織は、走査型電子顕微鏡を用いて鋼板板厚の断面を観察することにより調べた。フェライトの平均粒径については、鋼板表面から板厚の1/4深さ位置を切片法にて測定した。フェライト面積率については、鋼板表面から100μm深さ位置と板厚の1/4深さ位置のそれぞれについてメッシュ法にて測定した。また、残留オーステナイトの体積率は、鋼板表面から100μm深さ位置と板厚の1/4深さ位置のそれぞれについてX線回折測定により求めた。
【0077】
機械的性質については、引張り特性および穴拡げ性を以下の方法で調査した。引張り特性は、圧延方向と平行に採取したJIS5号試験片を用いて常温引張り試験を行うことにより、引張強度(TS)および全伸び(El)を測定した。穴拡げ性は、熱延鋼板から縦横100mmの正方形の試験片を採取し、その中央にポンチにて直径10mmの打ち抜き穴をあけ、先端角60°の円錐ポンチでこの穴を拡げて、穴の縁にクラックが貫通した時の穴直径から計算される限界穴拡げ率(HER)で評価した。
【0078】
表3に試料の組織と機械特性の評価結果を示す。表中、Dαq、Vαq、Vγq、Vαs、およびVγsの意味、ならびに式(6)、式(7)および式(8)は上述した通りである。
【0079】
【表3】

【0080】
本発明例である試験番号1、2、8、11、13〜17の熱延鋼板は、本発明において規定する上記の式(1)〜(5)を満たす鋼組織を有しており、その結果として、優れた引張強度(TS)と全伸び(El)のバランス(TS×El、式(7)の左辺)および引張強度と穴広げ率(HER)のバランス(TS1.7×HER、式(6)の左辺)を有し、延性と伸びフランジ性とに優れている。さらに、延性と伸びフランジ性とのバランスを示す式(8)の左辺の値も十分に高い。
【0081】
これに対し、比較例の熱延鋼板は、鋼組織が本発明において規定する式(1)〜(5)のすべてを満たすことができないため、TS×ElまたはTS1.7×HERあるいは双方の特性が低く、さらに全例において、式(8)の左辺の値が低くなった。すなわち、延性及び/又は伸びフランジ性が悪く、さらに延性と伸びフランジ性とのバランスにも劣っている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.08%超0.30%未満、Si:3.0%以下、Mn:1.0%以上4.0%以下、P:0.10%以下、S:0.010%以下、sol.Al:3.0%以下、N:0.010%以下を含有し、かつSi+sol.Alの合計含有量が0.8%以上3.0%以下であり、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有するとともに、下記式(1)〜(5)を満足する鋼組織を有することを特徴とする熱延鋼板。
Dαq≦5.0 (1)
Vαq≧50 (2)
Vγq≧3 (3)
Vαs>Vαq (4)
Vγs>Vγq (5)
ここで、
Dαqは鋼板表面から板厚の1/4深さ位置でのフェライトの平均粒径(μm)、
Vαqは鋼板表面から板厚の1/4深さ位置でのフェライトの面積率(%)、
Vγqは鋼板表面から板厚の1/4深さ位置での残留オーステナイトの体積率(%)、
Vαsは鋼板表面から100μm深さ位置でのフェライトの面積率(%)、
Vγsは鋼板表面から100μm深さ位置での残留オーステナイトの体積率(%)、
をそれぞれ表す。
【請求項2】
前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Nb:0.10%以下、Ti:0.20%以下およびV:0.20%以下からなる群から選択された1種または2種以上を含有する、請求項1に記載の熱延鋼板。
【請求項3】
前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Cr:1.0%以下、Mo:0.50%以下およびB:0.010%以下からなる群から選択された1種または2種以上を含有する、請求項1または請求項2に記載の熱延鋼板。
【請求項4】
前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Ca:0.010%以下、Mg:0.010%以下、REM:0.050%以下およびBi:0.050%以下からなる群から選択された1種または2種以上を含有する、請求項1〜請求項3のいずれかに記載の熱延鋼板。
【請求項5】
前記化学組成が、Feの一部に代えて、Cu:1.0質量%以下を含有する、請求項1〜請求項4のいずれかに記載の熱延鋼板。
【請求項6】
前記化学組成が、Feの一部に代えて、Ni:1.0質量%以下を含有する、請求項1〜請求項5のいずれかに記載の熱延鋼板。
【請求項7】
引張強度(TS)、全伸び(El)および穴拡げ率(HER)が下記式(6)〜(8)を満足する機械特性を有する請求項1〜請求項6のいずれかに記載の熱延鋼板。
TS1.7×HER≧4×106 (6)
TS×El≧20×103 (7)
(TS1.7×HER)+(TS×El)×103≧28×106 (8)
【請求項8】
請求項1〜請求項6のいずれかに記載の化学組成を有する鋼塊または鋼片に、Ar3点以上かつ800℃以上の温度で3パス以上の多パス熱間圧延を施して鋼板となし、この熱間圧延を、最終圧延パスにおける圧下率が20%以上、最終圧延パスの2つ前の圧延パスから最終圧延パスまでの3つの圧延パスにおける合計圧下率が50%以上となる条件で完了し、熱間圧延完了後0.4秒以内に720℃まで400℃/s以上の平均冷却速度で鋼板を冷却する一次冷却を行い、この一次冷却を720〜550℃の温度域内の温度T1(℃)で停止した後、鋼板をT1(℃)から500℃までの温度範囲に0.5〜20秒間保持し、500〜300℃の温度域で巻き取ることを特徴とする、熱延鋼板の製造方法。

【公開番号】特開2013−44003(P2013−44003A)
【公開日】平成25年3月4日(2013.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−181475(P2011−181475)
【出願日】平成23年8月23日(2011.8.23)
【出願人】(000006655)新日鐵住金株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】