説明

熱輸送流体が流通する装置

【課題】熱輸送流体が流通する装置において、使用時間に伴う熱伝達率低下を抑制することを目的とする。
【解決手段】熱輸送回路1には、水または有機物からなる溶媒と溶媒中に分散される微小粒子とを含む熱輸送流体が流通して熱輸送が行われる。熱輸送回路1に設けられる装置における熱輸送流体が接触する表面に疎水性膜を形成している。例えば、疎水性膜は、熱輸送回路1に設けられるインバーター2の冷却器3におけるフィン32の表面に形成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微小粒子を含む熱輸送流体が流通する装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、熱源からの熱を吸熱して輸送する熱輸送流体の熱伝導率を向上させるために、粒子径がナノメートルオーダーのナノ粒子を含有する熱輸送流体が提案されている(例えば、特許文献1、特許文献2参照)。
【0003】
特許文献1には、水やエチレングリコール等のベース液中に、0.05質量%以上のカーボンナノチューブと、セルロース誘導体またはそのナトリウム塩とを添加した熱輸送流体が開示されている。特許文献2には、水やエチレングリコール等のベース液中に、カーボンナノチューブと、GPC測定による平均分子量が6000〜30000であるカルボキシメチルセルロースナトリウム塩とを添加した熱輸送流体が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−31520号公報
【特許文献2】特開2008−189901号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1や特許文献2に記載の熱輸送流体を閉じられた熱輸送回路に循環させて熱交換を促進する用途に使用される場合には、熱輸送流体中の微小粒子が熱輸送回路を構成する通路や各装置の表面に吸着して吸着層を形成する可能性がある。このように熱輸送流体中の微小粒子が各装置等に吸着するようになると、吸着層が形成される部位では、吸着層が熱抵抗となり熱伝達率が低下するという問題がある。また、元々断面積が小さい通路等の部位では、吸着層の形成が目詰まりや圧力損失の増大の原因となり、性能低下を招く場合もある。
【0006】
そこで、本発明は上記問題点に鑑みてなされたものであり、熱輸送流体が流通する装置について、熱輸送流体中の粒子の吸着等に伴う熱伝達率低下を抑制することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、下記の技術的手段を採用することができる。すなわち、請求項1は、水または有機物からなる溶媒と溶媒中に分散される微小粒子とを含む熱輸送流体が流通することで熱輸送が行われる熱輸送回路に設けられる装置に係る発明であって、熱輸送流体が接触する表面に疎水性膜を備えることを特徴とする。
【0008】
この発明によれば、熱輸送流体が接触する表面に疎水性膜を備えることにより、熱輸送回路における熱輸送流体の滞留や沈殿物の発生が予測される箇所や熱伝達機能を要する箇所に疎水性膜が形成され得る。このため、熱輸送流体中のナノ粒子等の微小粒子が吸着して吸着層が形成されることを抑制できる。したがって、熱輸送流体が流通する装置について、熱輸送流体中の粒子の吸着等に伴う熱伝達率低下を抑制することができる。また吸着が進行することによる発生し得る、熱輸送流体が流通する通路の圧力損失の増加、目詰まり等を防止することができる。
【0009】
請求項2によると、疎水性膜は、熱輸送回路に設けられ熱輸送流体が流通するインバーター冷却器の内部通路の壁面に形成されていることを特徴とする。この発明によれば、インバーターの冷却機能を果たす冷却器の流体通路の表面に、熱輸送流体中のナノ粒子等の微小粒子が吸着して吸着層が形成されることを抑制することができる。これにより、冷却器の流体通路を流れる熱輸送流体の流動を円滑にし、流動抵抗及び熱抵抗を抑制できる。したがって、インバーターを冷却する能力を長く維持でき、インバーターの性能維持、寿命確保が図れる。
【0010】
請求項3によると、疎水性膜は、熱輸送回路に設けられ熱輸送流体が流通するインバーター冷却器の入口部に形成されていることを特徴とする。この発明によれば、インバーターの冷却機能を果たす冷却器の通路入口部に、熱輸送流体中のナノ粒子等の微小粒子が吸着して吸着層が形成されることを抑制することができる。これにより、冷却器の通路入口部における吸着層の形成を抑えて、冷却器の通路を流れる熱輸送流体の流動を円滑にし、流動抵抗、圧力損失の増加を抑制できる。したがって、インバーターを冷却する能力を長く維持でき、インバーターの性能維持、寿命確保が図れる。
【0011】
請求項4によると、疎水性膜は、熱輸送回路に設けられ熱輸送流体が流通するインバーター冷却器の内部通路における角部の壁面に形成されていることを特徴とする。インバーター冷却器の内部通路における角部には沈殿物等の滞留物が生じ易く、この発明によれば、インバーターの冷却機能を果たす冷却器の流体通路における角部の表面に、熱輸送流体中のナノ粒子等の微小粒子が吸着して吸着層が形成されることを抑制することができる。これにより、冷却器の流体通路の角部での圧力損失の増加を抑制し、流動抵抗及び熱抵抗を抑制できる。したがって、インバーターを冷却する能力を長く維持でき、インバーターの性能維持、寿命確保が図れる。
【0012】
請求項5によると、熱輸送回路に設けられ熱輸送流体が流通する装置を形成する容器の鉛直方向下部に設けられたチャンバーを備え、疎水性膜は、チャンバーの内表面に形成されることを特徴とする。この発明によれば、熱輸送回路に含まれる装置の鉛直方向下部に位置するチャンバーに、熱輸送流体の滞留状態や、流れの停止により沈殿物が生じたときに、重力等の作用によりチャンバー内における吸着層の形成を抑制することができる。これにより、沈殿物が生じやすいチャンバー部位での圧力損失の増加を抑制して、熱輸送回路における熱輸送の抵抗を低減することができる。
【0013】
請求項6によると、疎水性膜は、熱輸送回路に含まれる管路の内表面に形成されていることを特徴とする。この発明によれば、熱輸送回路の管路の内表面に疎水性の機能を与えることにより、熱輸送流体の滞留状態や流れの停止状態で、管路に沈殿物が生じた場合に、重力等により沈殿物が溜まり易い場所における吸着層の形成を抑制することができる。これにより、沈殿物が生じやすい部位での圧力損失の増加を抑制して、熱輸送回路における熱輸送の抵抗を低減することができる。
【0014】
請求項7によると、疎水性膜は、管路における曲がり部の内表面に形成されていることを特徴とする。熱輸送流体の滞留状態や流れの停止状態が起こったときに、管路の曲がり部には沈殿物等の滞留物が生じ易く、このような場合に、この発明によれば、熱輸送回路の管路の曲がり部の内表面に疎水性の機能を与えることにより、沈殿物等が溜まり易く吸着層が形成され易い場所における吸着層の形成を抑制することができる。これにより、管路の曲がり部での圧力損失の増加を抑制して、熱輸送回路における熱輸送の抵抗を低減することができる。
【0015】
請求項8によると、疎水性膜は、熱輸送回路に設けられる熱交換器のフィン表面に形成されていることを特徴とする。この発明によれば、熱輸送回路における熱伝達機能を要する熱交換器のフィンの表面に疎水性膜が形成されることになり、熱輸送流体中の微小粒子等の吸着層がフィンに形成されてしまうことを抑制できる。これにより、フィン周囲の流動抵抗や熱抵抗になり得る状態を未然に防ぎ、長く熱交換能力を発揮できる熱交換器を提供できる。
【0016】
請求項9によると、疎水性膜は、針状構造が形成される凹凸面をフッ化アルキルシランで覆う滑水膜により形成されることを特徴とする。この発明によれば、針状を有する凹凸面にフッ化アルキルシランで覆われる滑水膜が形成されていることにより、針状構造がもたらす流体滑落性とフッ化アルキルシランの疎水性とを併せ持つため、基材表面に接触する熱輸送流体をさらに滑落しやすくできる。したがって、装置表面への微小粒子の吸着性をさらに低下させることができ、所望の熱伝達率をより長く維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の第1実施形態に係る疎水性膜が形成された疎水性基材を示す模式図である。
【図2】第1実施形態の疎水性基材において、凝縮水が発生した際の撥水作用を説明するための模式図である。
【図3】第1実施形態の疎水性基材の表面形状を走査型電子顕微鏡で撮影した拡大写真である。
【図4】図3よりも倍率を大きくして撮影した疎水性基材の表面形状拡大写真である。
【図5】第1実施形態の疎水性基材を有する装置の適用例を説明するための輸送回路図である。
【図6】第1実施形態の疎水性基材を有する熱交換器のフィンを示した斜視図である。
【図7】疎水性基材を有するフィンを備えた熱交換器(冷却器)と従来の熱交換器(冷却器)について、熱伝達率を検証するために使用した実験装置を示す模式図である。
【図8】疎水性基材を有するフィンを備えた熱交換器(冷却器)と従来の熱交換器(冷却器)について実験により求めた熱伝達率を示すグラフである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
(第1実施形態)
以下、本発明を適用する第1実施形態について図1〜図8を参照して説明する。図1は第1実施形態の疎水性膜が形成された疎水性基材10を示す模式図である。図2(a)及び(b)は、疎水性基材10において、凝縮水が発生した際の撥水作用を説明するための模式図である。
【0019】
図1及び図2に記載する疎水性基材10は、本発明に係る疎水性基材の一例であり、この形態のみに限定されるものではない。図1に示すように、疎水性基材10は、基部11から突出する多数の突部12により、周期L1の凹凸面を有する。周期L1は、例えば1μm程度である。この凹凸面には多数の小突起13が突出している。これら多数の小突起13は、疎水性基材10の針状構造を構成する。
【0020】
図2は、図1に示す多数の小突起13の一部を拡大して示したものである。図2に示すように、小突起13及び突部12の表面には、膜剤14によって無数の毛状部が形成されている。また小突起13は、突部12の表面からの突出高さL2が100nm程度であり、その太さは例えば10nm程度である。膜剤14は、フッ素系の膜剤であり、表面に付着しようとする水滴を滑らせる滑水膜を構成する。
【0021】
つまり、疎水性基材10が有する疎水性膜は、凹凸構造及び当該凹凸面に形成される針状構造を有し、水滴を滑らせる作用を奏する滑水膜により形成される。滑水膜は、フッ素系の膜剤の一例である長鎖フッ化炭素鎖、長鎖アルキル鎖等を有する有機シランとして、例えば、長鎖フッ化炭素鎖CF(CF−を有するフッ化アルキルシランCF(CFCHCHSi(OCHが疎水性基材10の一例としてのアルミニウム表面と反応、化学結合して薄膜を形成する。この化学結合は液相法にて形成する。
【0022】
このように疎水性膜が形成された疎水性基材10の表面形状を走査型電子顕微鏡(SEM)で撮影した拡大写真を図3に示す。さらに図3よりも倍率を大きくして撮影した疎水性基材10の表面形状拡大写真を図4に示す。なお、これらの電子顕微鏡写真ではアルキル鎖は観察されていない。
【0023】
例えば、疎水性基材10の表面において空気が冷却されて凝縮水が生じると、図2(a)に示すように、凝縮水が集まった水滴20が滑水膜を構成する膜剤14の表面に発生する。さらに凝縮水が発生すると、水滴20は大きくなって小突起13の上方向にせり出し、図2(b)に示す水滴21のように、表面張力で球状になり、小突起13の表面の膜剤14上に軽く乗ったような状態となる。
【0024】
この状態では、水滴21は、まだ小さく、疎水性基材10の表面における膜剤14が形成されていない部分において、または表面に存在する例えば水酸基の有する極性の影響等により、疎水性基材10の表面にある程度の吸引力で引き付けられることになり、疎水性基材10の表面から滑落しにくい状態が維持されている。
【0025】
さらに、図2(b)に示す状態からさらに凝縮水が発生すると、図2(b)の水滴はさらに大きくなって小突起13の上方向に大きくせり出し、表面張力で略球状になり、小突起13の表面に軽く乗ったような状態となる。この状態まで水滴が大きくなると、水滴に加えられる疎水性基材10の吸引力も小さくなるため、水滴を疎水性基材10の表面から容易に滑落させることができるようになる。
【0026】
以上のように疎水性基材10が奏する疎水性により、各種の流体が疎水性基材10の表面を流れる場合、当該流体は小突起13の上方向で滑るようになり、凝縮水の場合と同様に吸着し難く、定着しない。このように流体が疎水性基材10に定着しないため、流体に含有されている微小粒子等が疎水性基材10の表面に吸着して吸着層が形成されてしまうことを防止できる。
【0027】
次に、疎水性基材10の制作方法の一例を説明する。本実施形態では、以下の第1工程〜第3工程により疎水性基材10を作成した。
(第1工程:ベーマイト処理)
疎水性基材10の元になるアルミニウムからなる基材を沸騰水で5分間煮沸して、表面にベーマイトの針状構造を形成する。このベーマイト処理により、基材の表面に、微小な凹凸面が形成される。
【0028】
基材をベーマイト化した目的は2つある。1つはベーマイト化することにより基材の表面に水酸基を形成し、続く第2工程において単分子膜形成試薬と水酸基が反応し、強固な結合を形成させるためである。2つめはベーマイト化の課程で表面がエッチングされ、非常に微細な針状構造が形成されるためである。
(第2工程:製膜処理)
FAS17(perfluorodecyltriethoxylsilane)25mMの水飽和1,3−ビス(トリフルオロメチル)ベンゼン(F6xy)溶液に、第1工程にて表面をベーマイト化した基材を室温(20℃)で2日浸積する。
(第3工程:製膜処理の後処理)
第3工程では、第2工程にて製膜処理を行った基材をアセトンにて洗浄した後、80℃にて1時間乾燥させる。これにより、基材の表面に、フルオロアルキル基を有するC17Si(O−)の単分子膜(フッ化アルキル単分子膜)からなる撥水膜が形成された撥水性基材を作製した。なお、第3工程は省略することもできる。
【0029】
このようにして形成した疎水性基材10は高い撥水性を有しており、水平面からの角度を30°に傾斜させて配置した疎水性基材10に凝縮水を発生させると、凝縮水の直径が約1mmとなったときに滑落した。
【0030】
また、上記の第1工程の前に、以下の「凹凸形成処理」を行うようにしても疎水性基材10を形成することができる。疎水性基材10の元になるアルミニウムからなる基材に対して、フェムト秒レーザーを用いて凹凸面を形成する。具体的には、パルス幅250fs、中心波長800nmのフェムト秒レーザーを、平凸レンズまたはシリンドリカルレンズを用いて平行方向に走査する。この工程後に、上記の第1工程以降を実施すると、疎水性基材10が製作できる。
【0031】
第1実施形態では、疎水性基材10を、熱輸送回路に設けられる熱交換器のフィンに適用したときの効果について、図5〜図8を参照して説明する。図5は第1実施形態の疎水性基材10を有する装置の適用例を説明するための輸送回路図である。図6は、疎水性基材10を有する熱交換器のフィンを示した斜視図である。
【0032】
図5に示すような熱輸送回路1を流通し、熱輸送に寄与する熱輸送流体は、例えば車載用のエンジン、トランスミッション、電動機を駆動するインバーター等の冷却に用いられる。この熱輸送流体に用いられる溶媒は、例えば水等の単一の成分からなるとともに、同溶媒よりも高い熱伝導率を有する微小粒子を含有している。この熱輸送流体は、同溶媒に分散されている微小粒子を含むことにより、熱伝導率が高く、熱輸送性に優れた流体であり、熱源の冷却等を行う熱輸送回路1に使用されることにより、熱源からの熱を移送して外部に伝達する。
【0033】
熱輸送流体に含まれる溶媒は、溶媒分子の集合体で構成され、例えば水または有機物(例えば、エチレングリコール、トルエン等)からなる。溶媒は、微小粒子を分散させ、微小粒子を運搬する流体とすることができる。溶媒として、混合物を用いることができる。
【0034】
熱輸送流体に含まれる複数の微小粒子は、ナノメートルサイズ、マイクロメートルサイズ等の粒子であり、熱輸送流体中に分散している。微小粒子はその外形が棒状あるいは球状の粒子である。この微小粒子としては、例えば金(Au)、銀(Ag)、銅(Cu)、鉄(Fe)、ニッケル(Ni)等の金属、シリコン(Si)、フッ素(F)等の無機物からなる粒子、アルミナ(Al)、酸化マグネシウム(MgO)、酸化銅(CuO)、三酸化二鉄(Fe)、酸化チタン(TiO)等の酸化物からなる粒子、カーボンナノチューブ、あるいは樹脂等からなるポリマー粒子を用いることができる。
【0035】
微小粒子は、棒状、球状、多面体状等の様々な形状で形成できる。棒状の粒子とは、粒子の細長さの度合いを示すアスペクト比(棒状の粒子の長辺と短辺の比率。ここでは、長辺(縦長さ):短辺(横幅長さ)とする)が大きい細長い粒子である。また、微小粒子は、2種類以上の物質から構成されてもよい。
【0036】
図5に示す熱輸送回路1は、発熱体の一例としての電動機を駆動するインバーター2からの発熱が伝達される冷却器3(インバーター冷却器)と、ラジエータ4と、リザーバータンク5と、ポンプ6とを環状に接続して構成される回路である。
【0037】
冷却器3は、インバーター2の熱が伝達されるアルミニウム、銅等からなる伝熱体30と、この伝熱体30の周囲を熱輸送流体が流通するように配設された流体通路33とを備えて構成されており、熱輸送流体が流体通路33を流通するときに伝熱体30のフィン32と接触して吸熱しインバーター2を冷却することができる。冷却器3は、流入口側でポンプ6と連通するように配管接続され、流出口側でラジエータ4と連通するように配管接続されている。
【0038】
図6に示すように、伝熱体30は、インバーター2の熱を受熱する基台部31と、基台部31から突出する複数のフィン32と、を一体に備えて構成されている。隣合うフィン32の間隔は、例えば0.1mm〜数mmの寸法Pに設定されている。流体通路33は、フィン32間に形成されて熱輸送流体の流れ方向に延び、熱輸送流体の流れ方向に対して直交する方向に並ぶ複数の層状の通路をなす。
【0039】
ラジエータ4は、内部を熱輸送流体が流れるチューブと伝熱面積を拡大するためのフィンとを互いに接触させて交互に並べてなる熱交換コア部43と、熱交換コア部43の各チューブ内に熱輸送流体を分配する前に冷却器3を流出した熱輸送流体が集まる下部タンク41と、熱交換コア部43の各チューブ内を流出した熱輸送流体が集められる上部タンク44と、を備えている。下部タンク41には、冷却器3と連通する流入配管42が接続されている。上部タンク44には、リザーバータンク5の下部容器51と連通する流出配管45が接続されている。
【0040】
リザーバータンク5は、熱輸送回路1を流通する熱輸送流体を貯めることができる補助用のタンクであり、鉛直下方の下部にラジエータ4の上部タンク44と連通する流入配管52が接続されており、流入配管52よりも上方にポンプ6に連通する流出配管53が接続されている。
【0041】
ポンプ6は、熱輸送流体を熱輸送回路1に強制的に循環させる駆動力を与える電動式の流体循環手段である。ポンプ6が起動すると、熱輸送流体が熱輸送回路1内を流動するようになり、インバーター2の冷却が開始される。ポンプ6によって駆動された熱輸送流体は、冷却器3で伝熱板を介してインバーター2の熱を吸熱してラジエータ4まで移送する。
【0042】
ラジエータ4の下部タンク41から熱交換コア部43の各チューブ内に分配された熱輸送流体は、各チューブ内を上昇する際に、チューブ及びフィンの周囲を通過する空気に対して放熱して冷却される。熱交換コア部43で冷却された熱輸送流体は、ラジエータ4の上部タンク44で収集されてからリザーバータンク5へ流出し、ポンプ6内に吸引される。ポンプ6に吸引された熱輸送流体は、再び冷却器3でインバーター2から吸熱した後、ラジエータ4で空気中に放熱して冷却され、ポンプ6の運転中は、熱輸送回路1を吸熱、放熱を繰り返して循環し続ける。
【0043】
ここで、熱輸送回路1のポンプ6が停止すると、熱輸送流体の流動が停止するため、熱輸送流体中の微小粒子等を含む物質が固まり、沈殿を生じることがある。沈殿の発生は、熱輸送回路1中の流体が重力の影響を受けるため、完全に回避することができない現象である。ところで、熱輸送流体には、上述のように、微小粒子等の溶媒に分散している物質が液中に沈殿すると、沈殿しない場合に比べて、沈殿部位に熱輸送流体中の微小粒子が吸着しやすくなる。
【0044】
沈殿部位に微小流体が吸着して堆積し吸着層を形成するようになると、この吸着層が熱抵抗になり、吸着層が形成されていない場合に比べて熱輸送流体による熱伝達率が低下するようになる。熱輸送流体の熱伝導率が低下すると、冷却器3での吸熱及びラジエータ4での放熱が十分に行われず、期待する熱輸送量を発揮できない。したがって、熱輸送回路1において所望の冷却性能が得られないことになる。このような微小粒子の吸着は、熱輸送回路1を構成する通路や各装置を形成する容器内に発生し易くなる。
【0045】
そこで、本実施形態では、熱輸送回路1における微小粒子の吸着層が形成されやすい箇所の装置の表面に、前述する疎水性膜を備えている。疎水性膜は、熱輸送回路1の通路を形成する管路7Aの内表面、管路の曲がり部7Bの内表面、ラジエータ4を形成する容器内における鉛直方向下部に位置する下部タンク41内に形成されるチャンバー7Cの内表面、リザーバータンク5を形成する容器内における鉛直方向下部に位置する下部容器51内に形成されるチャンバー7Dの内表面、冷却器3のフィン32の表面、冷却器3の流体通路33(内部通路)の壁面、冷却器3の入口部7の表面等に形成されている。すなわち、冷却器3、熱輸送回路1の管路7A、ラジエータ4、及びリザーバータンク5のそれぞれは、その表面から熱輸送流体を滑らせる吸着防止機能付き装置である。
【0046】
疎水性膜が形成される冷却器3の流体通路33の壁面は、冷却器3の内部において熱輸送流体が流れる部分の全部または一部に面する壁面である。冷却器3の入口部7は、冷却器3の内部において熱輸送流体が流入する入口部分であり、例えば、流体通路33の入口端部の表面である。特に、各部の鉛直方向下方部や通路の角部には、他の部分よりも表面に疎水性膜を設けることが、吸着層抑制の効果が大きく、好ましい。これは、疎水性膜を設ける当該部分は、熱輸送流体の流れが停滞しやすい部位であり、微小粒子等が吸着しやすいからである。
【0047】
次に、発明者らが、本実施形態の疎水性基材10の如く疎水性膜をフィン表面に備えた冷却器と、疎水性膜を備えていない従来の冷却器とについて、熱伝達率の検証を行った比較実験の結果を説明する。図7は、疎水性基材10を有するフィンを備えた本実施形態の冷却器と従来の冷却器について、熱伝達率を検証するために使用した実験装置を示す模式図である。図8は、本実施形態の冷却器と従来の冷却器について実験により求めた熱伝達率を示すグラフである。
【0048】
実験に使用した熱輸送回路1Aは、図7に示すように、発熱体としてヒーター2aを使用し、ヒーター2aからの熱が伝達される銅製の発熱体2Aを冷却する冷却器3Aと、流量計9と、リザーバータンク5Aと、ポンプ6と、流量調整用のバルブ8と、熱輸送流体を冷却する恒温槽4Aと、を環状に接続して構成される回路である。冷却器3Aの流体通路入口部、流体通路出口部には、それぞれ、入口温度を計測する入口温度熱電対3a、出口温度を計測する出口温度熱電対3bを設け、入口液温TLin、出口液温TLoutを計測する。発熱体2Aの壁面の上流端部から下流端部にかけて、壁温を計測する壁温熱電対2bを等間隔に4個設け、各部位での発熱体2Aの壁温Twa1,Twa2,Twa3,Twa4を計測する。
【0049】
本実施形態の冷却器、従来の冷却器ともに、図6に示す同じ形状、大きさであり、両者はフィン表面に疎水性膜の形成の有無だけが異なっている。この構成の熱輸送回路に、本実施形態の冷却器、従来の冷却器のそれぞれを取り付けた各場合に発熱体2Aから熱輸送流体への伝熱に係る熱伝達を下記の(式1)〜(式3)を用いた演算により求めた。熱輸送流体は、1vol%のカーボンナノチューブ流体で流速0.4(m/sec)で流し、ヒーター2aの加熱量は160(W)とした。
【0050】
熱輸送流体を熱輸送回路1Aに所定時間(例えば2時間)流通させ、壁温熱電対2bを設けたn箇所(例えば4箇所)の各部位に相当する局所熱伝達率hlを計算し、これらn箇所のhlの平均値を熱伝達率hとして算出した。また、当該4箇所の各部位に相当する熱輸送流体の温度は、入口液温TLinと出口液温TLoutを用いて補間法により算出した。
【0051】
ΔT=Twan−TLn …(1)
hl=Q/(ΔT・A) …(2)
h=(1/n)・Σhln …(3)
ただし、n=1〜4、Aは発熱体2Aと冷却器間の伝熱面積、Qはヒーター2aから与えられる熱量である。
【0052】
以上の実験の結果、図8に示すように、滑水膜(疎水性膜)を形成していない従来の冷却器における熱伝達率hは8000(W/(m・K))であり、滑水膜(疎水性膜)を形成している本実施形態の冷却器における熱伝達率hは約10500(W/(m・K))であることが求められた。この両者の熱伝達率の差は、滑水膜(疎水性膜)の有無により、熱伝達面における微小粒子の吸着量に差が生じ、その差に相当する吸着層が熱抵抗となり、局所熱伝達率hlが低下したためと考えられる。
【0053】
また、疎水性膜を形成した本実施形態の冷却器と従来の冷却器のそれぞれに、熱輸送流体を2時間、最大0.4(m/sec)の流速にて流通させた。その結果、従来の冷却器においては、本実施形態の冷却器に比べて、流体通路の入口部等に微小粒子であるカーボンナノチューブ等が吸着して堆積することが肉眼で明確に確認できた。
【0054】
第1実施形態がもたらす作用効果を以下に説明する。第1実施形態によれば、熱輸送回路1に設けられる装置における熱輸送流体が接触する表面に疎水性膜を形成している。この構成によれば、熱輸送回路1における熱輸送流体の滞留や沈殿物の発生が予測される箇所や熱伝達機能を要する箇所に疎水性膜が形成されることになり、熱輸送流体中のナノ粒子等の微小粒子が吸着して吸着層が形成されることを抑制することができる。これにより、熱輸送回路1を長く使用した場合でも、流動抵抗や熱抵抗になり得る吸着層の形成を抑えて、所望の熱交換能力を発揮できる熱輸送回路1を提供できる。また、圧力損失の増加、目詰まり等の防止に貢献できる。
【0055】
また、疎水性膜は、針状構造が形成される凹凸面をフッ化アルキルシランで覆う滑水膜により形成される。このようにフッ化アルキルシランで覆われる滑水膜が形成されていることにより、針状構造を有する凹凸面とフッ化アルキルシランの疎水性とを併せ持つ接触面の形成により、表面に接触する熱輸送流体を滑落する効果をさらに高めることができる。したがって、装置表面への微小粒子の吸着性の低下をさらに顕著になり、所望の熱交換能力をさらに長く発揮できる熱輸送回路1を提供できる。
【0056】
また、疎水性膜は、熱輸送回路1に設けられる熱交換器におけるフィンの表面に形成される。この構成によれば、熱輸送回路1における熱伝達機能を要する重要な部材である当該フィンの表面に疎水性膜が形成されることになり、熱輸送流体中のナノ粒子等の微小粒子が吸着してフィンに吸着層が形成されることを抑制することができる。これにより、流動抵抗や熱抵抗になり得る吸着層の形成を抑えて、長く熱交換能力を発揮できる熱交換器を提供できる。また、熱輸送流体がフィン周囲を流通するときの圧力損失の増加、目詰まり等を防止できる。
【0057】
特に、疎水性膜を、熱輸送回路1に設けられる冷却器3におけるフィン32の表面に形成することにより、インバーター2の冷却機能を果たす冷却器3のフィン32の表面に、熱輸送流体中のナノ粒子等の微小粒子が吸着して吸着層が形成されることを抑制することができる。これにより、フィン32周囲の流動抵抗や熱抵抗になり得る吸着層の形成を抑えて、長くインバーター2の冷却能力を提供でき、インバーター2の性能維持、寿命確保に貢献できる。
【0058】
また、疎水性膜を冷却器3の流体通路33の壁面に形成することにより、インバーター2の冷却機能を果たす冷却器3の流体通路の表面に、熱輸送流体中のナノ粒子等の微小粒子が吸着して吸着層が形成されることを抑制することができる。これにより、冷却器3の流体通路33における吸着層の形成を抑えて、冷却器3の流体通路33を流れる熱輸送流体の流動を円滑にし、流動抵抗を抑制できる。したがって、長くインバーター2の冷却能力を提供でき、インバーター2の性能維持、寿命確保に貢献できる。
【0059】
また、疎水性膜を冷却器3の入口部の表面に形成することにより、インバーター2の冷却機能を果たす冷却器3の通路入口部に、熱輸送流体中のナノ粒子等の微小粒子が吸着して吸着層が形成されることを抑制することができる。これにより、冷却器3の通路入口部における吸着層の形成を抑えて、冷却器3の流体通路33を流れる熱輸送流体の流動を円滑にし、流動抵抗を抑制できる。したがって、長くインバーター2の冷却能力を提供でき、インバーター2の性能維持、寿命確保に貢献できる。
【0060】
また、疏水性膜を冷却器3の内部通路における角部の壁面に形成することにより、沈殿物等の滞留物が生じ易い冷却器3の内部通路の角部に、熱輸送流体中のナノ粒子等の微小粒子が吸着して吸着層が形成されることを抑制することができる。これにより、冷却器3の流体通路の角部での圧力損失の増加、流動抵抗及び熱抵抗を抑制できる。したがって、長くインバーター2の冷却能力を提供でき、インバーター2の性能維持、寿命確保に貢献できる。
【0061】
また、上記の疎水性膜は、熱輸送流体が流通する装置を形成する容器の鉛直方向下部に設けられたチャンバーの内表面に形成されている。この構成によれば、熱輸送回路1に含まれる装置の鉛直方向下部に位置するチャンバーの内表面に疎水性の機能を与えることにより、熱輸送流体の滞留状態や、ポンプ6の停止状態で沈殿物が生じたときに、装置の最下部等の重力により沈殿物が溜まり易い場所における吸着層の形成を抑制することができる。これにより、沈殿物が生じやすい部位での圧力損失の増加を抑制して、熱輸送回路1における熱輸送の抵抗を低減することができる。
【0062】
また、上記の疎水性膜は、熱輸送回路1に含まれる管路7Aの内表面または管路の曲がり部7Bの内表面に形成されている。この構成によれば、熱輸送回路1の管路7Aの内表面または管路の曲がり部7Bの内表面に疎水性の機能を与えることにより、熱輸送流体の滞留状態やポンプ6の停止状態で管路7Aまたは管路の曲がり部7Bに沈殿物等が生じたときに、重力等により当該部位などの沈殿物が溜まり易く吸着層が生じ易い場所における吸着層の形成を抑制することができる。これにより、沈殿物、吸着層が生じやすい部位での圧力損失の増加を抑制して、熱輸送回路1における熱輸送の抵抗を低減することができる。
【0063】
(他の実施形態)
以上、本発明の好ましい実施形態について説明したが、本発明は上述した実施形態に何ら制限されることなく、本発明の主旨を逸脱しない範囲において種々変形して実施することが可能である。
【0064】
本発明に係る熱輸送流体に含まれる溶媒は、上記各実施形態で例示した他、以下の有機溶媒を用いることができる。有機溶媒としては、トルエン、ヘキサン、ジエチルエーテル、クロロホルム、酢酸エチル、テトラヒドロフラン、塩化メチレン、アセトン、アセトニトリル、N、N−ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、酢酸ブタノール、2プロパノール、1−プロパノール、エタノール、メタノール、ギ酸等である。
【0065】
また、熱輸送流体に含まれる溶媒として、2種類の成分からなるものを用いてもよい。このうち1種類の溶媒としては凝固点降下作用を有するある液体を用いてもよい。例えば溶媒として水を用い、凝固点降下剤として酢酸カリウム、酢酸ナトリウム等を用いることができる。こうした構造によれば、熱輸送流体の凝固点を降下させることで、寒冷地等における実用性をさらに高めることができる。さらに必要に応じて、凝固点降下剤に加えて防錆剤や酸化防止剤を、添加剤として熱輸送流体に含有させるようにしてもよい。なお、熱輸送流体の凝固点降下の必要性がなければ、凝固点降下剤を含有しない2種類以上の溶媒を用いるようにしてもよい。
【0066】
また、第1実施形態において、第1工程のベーマイト処理の前に、フェムト秒レーザーを用いた凹凸面形成処理を行ってもよいとの記載があるが、この凹凸面形成処理として、以下に説明する工程を代用することもできる。疎水性基材10の元になるアルミニウムからなる基材を#100耐水性紙やすり(三共理化学社製Fuji Star)で研磨することにより、表面に凹凸面を形成する。
【0067】
また、第1実施形態において、熱輸送回路1の冷却器3は、インバーター2の熱を吸熱してインバーター2を冷却する形態であるが、冷却対象物品はインバーター2に限定されず、例えば制御装置等のCPUであってもよい。
【符号の説明】
【0068】
1…熱輸送回路
3…冷却器(熱交換器、インバーター冷却器)
7…入口部
7A…管路
7B…曲がり部
7C,7D…チャンバー
12…突部(凹凸面)
13…小突起(針状構造)
32…フィン
33…流体通路(内部通路)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水または有機物からなる溶媒と前記溶媒中に分散される微小粒子とを含む熱輸送流体が流通することで熱輸送が行われる熱輸送回路に設けられる装置であって、
前記熱輸送流体が接触する表面に疎水性膜を備えることを特徴とする熱輸送流体が流通する装置。
【請求項2】
前記疎水性膜は、前記熱輸送回路に設けられ前記熱輸送流体が流通するインバーター冷却器の内部通路の壁面に形成されていることを特徴とする請求項1に記載の熱輸送流体が流通する装置。
【請求項3】
前記疎水性膜は、前記熱輸送回路に設けられ前記熱輸送流体が流通するインバーター冷却器の入口部の表面に形成されていることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の熱輸送流体が流通する装置。
【請求項4】
前記疎水性膜は、前記熱輸送回路に設けられ前記熱輸送流体が流通するインバーター冷却器の内部通路における角部の壁面に形成されていることを特徴とする請求項1から請求項3に記載の熱輸送流体が流通する装置。
【請求項5】
前記熱輸送回路に設けられ前記熱輸送流体が流通する装置を形成する容器の鉛直方向下部に設けられたチャンバーを備え、前記疎水性膜は、前記チャンバーの内表面に形成されることを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の熱輸送流体が流通する装置。
【請求項6】
前記疎水性膜は、前記熱輸送回路に含まれる管路の内表面に形成されていることを特徴とする請求項1から請求項5のいずれか一項に記載の熱輸送流体が流通する装置。
【請求項7】
前記疎水性膜は、前記管路における曲がり部の内表面に形成されていることを特徴とする請求項6に記載の熱輸送流体が流通する装置。
【請求項8】
前記疎水性膜は、前記熱輸送回路に設けられる熱交換器のフィン表面に形成されていることを特徴とする請求項1から請求項7のいずれか一項に記載の熱輸送流体が流通する装置。
【請求項9】
前記疎水性膜は、針状構造が形成される凹凸面をフッ化アルキルシランで覆う滑水膜により形成されることを特徴とする請求項1から請求項8のいずれか一項に記載の熱輸送流体が流通する装置。

【図1】
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【図2】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−104604(P2012−104604A)
【公開日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−251091(P2010−251091)
【出願日】平成22年11月9日(2010.11.9)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【Fターム(参考)】