説明

熱間および冷間での加工性に優れた高強度α+β型チタン合金及びその製造方法並びにチタン合金製品

【課題】ボルト、ナット等のファスナー類や、自動車エンジン周りの強度部品などの用途に最適な熱間・冷間加工性に優れたチタン合金を提供する。
【解決手段】質量%で、1.0〜3.5%のAl、0.5〜1.4%のFe、0.2〜0.5%のO、0.03%以下のNを含有し、残部Tiおよび不純物からなる室温での全伸びが22%を超えることを特徴とする、熱間加工性及び、冷間加工性に優れた高強度チタン合金、および、上記組成範囲のチタン合金をβ変態点−120℃からβ変態点−20℃の範囲に加熱保持して水冷相当の速度にて冷却することを特徴とする熱間加工性及び、冷間加工性に優れた高強度チタン合金の製造方法、および、上記高強度チタン合金に対し、熱間加工、あるいはさらに、冷間加工を行うことにより製造したボルト、ナットなどのファスナー、ならびに、コネクティングロッドやエンジンバルブなどの自動車エンジン周り部材などの強度部品。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ボルト、ナットなどのファスナー類や、コネクティングロッド、エンジンバルブなどの自動車エンジン周りの強度部品などの用途に使用される、熱間および冷間での加工性に優れた高強度α+β型チタン合金及びその製造方法並びにチタン合金製品に関する。
【背景技術】
【0002】
Ti−6%Al−4%Vを主とするα+β型チタン合金は、ファスナーなどの航空機用部品用途などに古くから幅広く使われてきた。α+β型チタン合金は、Ti−15%V−3%Cr−3%Sn−3%Alなどを主とするβ型チタン合金に比べ、特に冷間加工性は一般的に劣るが、VやMo等の高価な合金元素の含有量が低いため、素材コストが抑えられること、軽比重であり比強度が高いことなど多くの利点を有する。
【0003】
また、近年では、自動車分野においても、コネクティングロッドやエンジンバルブなどの主にエンジン周りの部品で高強度が要求される用途に、α+β型チタン合金が使用されてきている。これは、鉄鋼材料を主とする従来材に比べ、α+β型チタン合金の優れた比強度を利用しており、コネクティングロッドやエンジンバルブを軽量化することにより、エンジンをより高回転化できると共に、トルクが低減できるため、燃費が改善されるなどのメリットを享受できるからである。このようなα+β型チタン合金としては、Ti−6%Al−4%Vが代表的であるが、他にも、例えば、Ti−5%Al−1%Fe、Ti−4.5%Al−3%V−2%Fe−2%Mo、Ti−4.5%Al−2%Mo−1.6%V−0.5%Fe−0.3%Si−0.03%C、Ti−6%Al−6%V−2%Sn、Ti−6%Al−2%Sn−4%Zr−6%Mo、Ti−8%Al−1%Mo−1%V、Ti−6%Al−1%Feなどが使用されている。
【0004】
ボルト、ナットなどのファスナー類や自動車エンジン周りの強度部品などの用途に用いられる素材としては、引張強さ800MPa、伸び15%以上などの機械的特性を有すると共に、これらの部品は熱間鍛造や熱間圧延等の熱間加工、あるいは、冷間プレス成形や冷間転造等の冷間加工により製造されることが多いため、優れた熱間・冷間加工性を要求されることが多い。引張強さは高比強度を得るために、上記の値を満足することが望ましく、上記合金では、この特性を得ることは可能である。しかしながら、これらの合金では、延性が上記の値を必ずしも満足することはできず、良好な冷間加工性を得ることは困難であった。さらに、熱間加工性も優れているとは言えず、特に、熱間あるいは冷間での転造加工により主に製造されるボルト、ナットなどのファスナー類や、熱間加工や冷間成形などで製造する自動車用部品などを、高歩留かつ低コストで安定して供給することは困難であった。
【0005】
例えば、最も広汎に使用されているα+β型合金であるTi−6Al−4Vは、航空機向けファスナーなどの部品や一般用途向けボルト、ナット、あるいは、自動車エンジン周りの部品として十分な強度を有しており、それらの用途に既に多く使用されている。しかし、この合金は、高温で固溶強化能を有し熱間圧延時の変形抵抗を増大させるAlを6%含有しており、熱間加工性が良好でないこと、Fe等に比べて高価なβ安定化元素であるVを4%含有し、素材コストが比較的高いという問題があった。
【0006】
また、特許文献1には、Ti−6Al−4Vと同様に高い比強度を有し、低コストである合金が提案されている。これはβ安定化元素として、VやMoなどの高価で比重の重い元素を、安価でβ安定化能の高いFeに置換すること、比重が軽いα安定化元素であるAlを多く添加することにより、高比強度かつ低コストを狙ったα+β型合金である。しかし、この合金は、Alを5.5〜7%含有し、Ti−6Al−4Vと同等かそれ以上に熱間加工しにくいという難点を有する。このような合金では、高い熱間変形抵抗により、熱間鍛造して、複雑な形状の部品などにこれを加工するのは困難である。さらに、熱間延性も低いため、熱間加工中に温度が低下すると割れが発生しやすくなり、歩留が低下するという問題があった。
【0007】
一方、比較的、熱間加工性の良いα+β型合金の例が、特許文献2〜5に提案されている。このうち、特許文献2に開示される合金も、熱間加工性を低下させるAlを4.5%含有しており、熱間加工温度が限定されると共に、高価なβ安定化元素であるMo、Vをそれぞれ2.0、1.6%含有しており、素材コストの高いことが問題であった。また、特許文献3、4に開示される合金は、上記合金に比べ、V、Moよりも安価なFeをβ安定化元素として含有し、素材コストが高い問題はクリアしている。しかし、両者ともAlを5〜5.5%程度含有しており、非常に複雑な形状を有する部品へは容易には適用できなかった。また、特許文献5には、自動車用部品の中で、排気管に主に使用されるチタン合金が開示されているが、高温強度および冷間成形性を重視して、引張強さで600MPa以下程度の強度を有するものである。これは、今発明によるチタン合金が目的とするボルト、ナットなどのファスナー類やコネクティングロッド、エンジンバルブ等のエンジン周りの強度部材に比べて低強度のものであり、種類が異なる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004−10963号公報
【特許文献2】特開平11−335758号公報
【特許文献3】特開平7−70676号公報
【特許文献4】特開2005−220388号公報
【特許文献5】特開2006−291267号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、以上の事情を背景としてなされたものであり、ボルト、ナットなどのファスナー類や、コネクティングロッドやエンジンバルブなどの自動車エンジン周りの強度部材向けに好適であるために必要な高い引張強さを有し、かつ高い延性を具備することによって、優れた熱間・冷間加工性を有することを特徴とする、高強度α+β型チタン合金製品を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、発明者らは、Al量を適正に制限することにより、熱間加工時の変形抵抗を低下させると同時に、熱間延性が向上するため熱間加工中に割れが発生し難くなり、熱間加工性を大幅に改善できることを見出した。さらに、α相をOとAlの複合添加により強化するとともに、β安定化元素として安価なFeを選び、各元素の添加量を適正化して、室温でのβ相分率を調整することにより、高い強度・延性バランスを確保できることを見出した。しかしながら、成分範囲の規定のみでは、室温での十分な延性が得られず、例えば、高い室温強度は求められるが、高い冷間加工性を求められないゴルフフェース等に用いるには好適であったが、ボルト、ナットなどのファスナー類やコネクティングロッド、エンジンバルブ等のエンジン周りの部材に用いるには不十分であった。発明者らは、研究を重ね、前記チタン合金に更に適正な熱処理を施すことによって、高い強度を保ちつつ、十分に高い延性を具備するチタン合金を得ることを見出した。即ち、Al、O、Feの組成を適正化することで熱間加工性と室温強度を確保し、更に、熱処理を加えることで室温での強度を保持したまま延性を確保することによって目的とするチタン合金を得ることができたのである。このチタン合金は、非常に高い熱間・冷間加工性を必要とされ、室温で高強度を要求されるボルト、ナットなどのファスナー類や、コネクティングロッドやエンジンバルブなどの自動車エンジン周りの強度部材向けに好適である。
【0011】
本発明は以下の手段を骨子とする。
(1)質量%で、1.0〜3.5%のAl、0.5〜1.4%のFe、0.20〜0.50%のO、0.030%以下のNを含有し、残部Tiおよび不可避的不純物からなり、かつ室温での強度が800MPa以上であり、室温での全伸びが22%を超えることを特徴とする、熱間加工性及び、冷間加工性に優れた高強度チタン合金。
(2)(1)記載の組成で構成されたチタン合金をβ変態点−120℃からβ変態点−20℃の範囲に加熱保持して水冷相当の速度で冷却することを特徴とする(1)記載の熱間加工性及び、冷間加工性に優れた高強度チタン合金の製造方法。
(3)(1)に記載のチタン合金に対し、熱間加工、あるいは熱間加工及び冷間加工を行うことにより製造してなるファスナー又は自動車エンジン周りの強度部品。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、高い強度・延性バランスを有し、高疲労特性を有するとともに、優れた熱間・冷間加工性を有することを特徴とする、α+β型チタン合金を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者らは上記課題を解決すべく、チタン合金の材質特性に及ぼす成分元素および製造方法の影響を詳しく調査した結果、Fe、Al、O、N添加量をコントロールすることにより、ボルト、ナットなどのファスナー類や自動車エンジン周りの強度部材などの素材として優れた強度・延性を具備すると共に、熱間・冷間加工性に優れたα+β型チタン合金製品を製造することが可能であることを見出した。
【0014】
本発明は以上の知見に基づいてなされたものである。以下に、請求項1に記載の本発明(以下、本発明(1))に示した各種添加元素を選択した理由と、その添加量範囲を限定した理由を示す。
【0015】
Feは、β相安定化元素のうちで安価な添加元素であり、β相を強化する働きを有する。かつ、他のβ安定化元素に比べてβ安定化能が高いため、比較的低い添加量でもβ相を安定化できる特性を有する。ボルト、ナットなどのファスナー類や自動車高強度部品などの用途に使用する上で必要な強度を得るには、0.5%以上のFeの添加が必要である。一方、FeはTi中で凝固偏析しやすく、また、多量に添加すると局部的に濃度が高くなり過ぎて、固溶体強化により強度が上り過ぎてしまい、ボルト、ナットなどのファスナー類や自動車用高強度部品等の用途として必要な延性および冷間加工性を得ることが困難となる。それらの影響を考慮して、Feの添加量の上限を1.4%とした。
【0016】
Alはチタンα相の安定化元素であり、高い固溶強化能を有すると共に、安価な添加元素である。後述するO、Nとの複合添加により、ボルト、ナットなどのファスナー類や自動車用高強度部品等の用途として必要な強度レベルである引張強さ800MPa以上を丸棒製品で得るため、添加量の下限を1.0%とした。一方、3.5%を超えてAlを添加すると、熱間での変形抵抗が高くなり熱間加工性が低下すると共に、Oとの複合強化が高くなり過ぎて、室温での延性が急激に低下する。したがって、Alの添加量は3.5%以下にする必要がある。
【0017】
なお、強度をより重視する場合は、Alの下限は1.3%が望ましい。また、熱間加工性を重視して、低熱間変形抵抗と高熱間延性を安定的に得るには、Alの上限は2.5%が望ましい。
【0018】
Oはα相中に侵入型固溶して、固溶強化する作用を有する。また、Alとの複合添加により、α相を強化させ、強度とともにヤング率を高くする効果を有する。0.20%未満のOの添加では、ボルト、ナットなどのファスナー類および自動車用高強度部品等の用途として必要とされる引張り強さ800MPa以上の強度は得られず、また、0.50%を超えて添加すると、強度が高くなり過ぎて延性が低下し、引張り伸び15%以上を達成できなくなり、冷間加工性を損なってしまう。したがって、0.20%を下限、0.50%を上限とした。
【0019】
NはOと同様に、α相中に侵入型固溶し固溶強化の作用を有するが、高濃度のNを含むスポンジチタンを原料として使用する通常の方法により、0.030%を超えるNを添加すると、LDI(Low density Inclusion)と呼ばれる未溶解介在物が生成しやすくなり、製品の歩留が低くなるため、0.030%を上限とした。
【0020】
更に、このように組成を限定することで、800℃以上における熱間変形抵抗を充分に低くできる。ここで、充分に低い熱間変形抵抗とは、同じ温度におけるTi−6Al−4Vに比較して7割以下の変形抵抗であることを言う。このとき、充分な熱間加工性が得られる。このような組成のチタン合金は、室温で最大引張り強度800MPa以上が得られる。
【0021】
更にこのような組成のチタン合金を、α+β2相域の比較的高い温度域に保持後、急速に冷却することにより、室温での高い引張強度を保ったまま全伸びが大きくなる。溶体化温度の条件として、β単相域に加熱保持すると、冷却後に全面が針状組織となり、延性が低下してしまう。良好な強度・延性バランスを確保するには、β相分率が比較的高いα+β2相域の高温側に加熱するのが望ましく、β変態温度−20℃を溶体化温度の上限とした。好ましくは、β変態点−30℃である。また、溶体化温度が低くなり過ぎると、逆変態β相の体積分率が低下すると共に、より強度の高い初析α相の体積分率が高くなり、強度が上昇すると共に、室温での全伸び22%を確保することが困難となる。従って、溶体化温度の下限はβ変態温度−120℃である。好ましくはβ変態温度−100℃である。ここで規定した溶体化温度に保持する時間は10分〜2時間程度が好ましい。より好ましくは、15分から1時間程度である。
【0022】
溶体化処理において、溶体化温度に保持して所定のα+β相分率に調整した後、初析α相の体積分率増加を抑制し、逆変態βからのラメラ状α+β相への変態を促すように冷却する必要がある。この時、冷却速度が遅いと、初析α相のオストワルド成長に伴い初析α相の体積分率が増加して、延性が改善されないので、急冷効果の大きい冷却法が良い。これには、水槽等に浸漬したり、水流にさらしたり、水をかけたりすることによる、水冷による冷却で溶体化処理は実施でき、強度・延性バランスを改善する効果があることを確認した。ここで、水冷による冷却速度は、10℃/sec〜200℃/sec程度である。前記チタン合金にこのような溶体化処理を施すことによって、室温で800MPa以上の最大引張り強度を保ち、室温での全伸びが22%を超えるチタン合金を得ることができる。このような特徴のあるチタン合金は、熱間加工性及び冷間加工性のどちらにも優れる。従って、熱間または冷間での転造により製造されるボルト、ナットなどのファスナー類用の素材から、自動車用高強度部品などに使用する熱間加工用素材にまで種々の素材に好適である。特に、コネクティングロッドやエンジンバルブに加工する場合、熱間鍛造を主とする熱間加工により形状を造り込む際に、比較的大きな加工が可能になると共に、複雑な形状への加工も可能となる。また、強度・延性バランスに優れることから、疲労特性等の耐久性を要求される部材に適していると同時に、切欠き感受性が低い等、構造部材として優れた材質特性を有している。
【実施例】
【0023】
<実施例1>
真空アーク溶解法により表1に示す組成、および、β変態点を有するチタン材を溶解し、これを熱間鍛造して直径100mmのビレットとした。このビレットより直径10mm、長さ12mmの丸棒試験片を切断し、800℃に10分間加熱した後、歪速度1s-1で、歪量(=(試験前の試験片長さ−試験後の試験片長さ)/試験前の試験片長さ)で0.5まで軸方向に圧縮加工した時の熱間変形抵抗(=最大荷重/試験前の試験片断面積)により熱間加工性を評価した。熱間変形抵抗は、同じ温度でのTi−6Al−4Vの熱間変形抵抗を1とした相対値により評価した。これを熱間変形抵抗比とするが、その比が0.7以下であれば、Ti−6Al−4Vに比べて熱間変形抵抗は十分低く、熱間鍛造性、即ち熱間加工性は良好である。また、ビレットを900℃に加熱して、熱間圧延によりφ20mmの丸棒を製造し、900℃、1h保持後、水中に入れて急冷することによる熱処理を行った後、ゲージ部直径6mmのJIS14号引張試験片を採取して、室温での引張特性を調べた。ボルト、ナットなどのファスナー類や自動車用高強度部品用として良好な材質特性を得るには、引張強さ800MPa程度以上、かつ、全伸び22%以上が必要である。また、室温での全伸びが22%以上であれば、冷間加工性もかなり優れている。それらの結果も合せて、表1に示す。
【0024】
【表1】

【0025】
表1において、試験番号1、2はそれぞれ、Ti−6%Al−4%V、Ti−7%Al−1%Feでの結果である。試験番号1、2ともに室温での引張強さは高いが、延性は15%程度である。また、熱間変形抵抗比はそれぞれ1.0および1.1であり、熱間加工性は良好とは言えない。
【0026】
これに対し、本発明(1)および(2)の実施例である試験番号4、5、6、9、10、13、14、16、17、19、20は、800MPa以上の高い引張強さと22%を超える高い全伸びを示すと共に、熱間変形抵抗比は0.7未満であり、良好な熱間・冷間加工性を有している。
【0027】
一方、試験番号3、8、12では、引張強さが800MPa以下と十分な強度を有していない。試験番号3、8、12の順にそれぞれ、Al、Fe、Oの添加量が本発明の下限値を下回っていたため、固溶強化が十分でなく、引張強さが低くなったためである。
【0028】
試験番号7、11、15、18では、伸びが22%を下回っており延性が十分でなく、冷間加工性は良好ではない。このうち、試験番号7、11、15では、それぞれ、Al、Fe、Oの添加量が本発明の上限値を越えて添加されたため、強度が上り過ぎて延性が低下したためである。試験番号7では、熱間変形抵抗比が0.8を超えており、熱間加工性は悪い。これは、試験番号7では、熱間加工性を低下させるAlが本発明の上限を超えて添加されており、熱間変形抵抗が高くなったためである。また、添加量の上限を超えたFeを含有する試験番号11では、局部的に強度が上昇すると共に、延性が低下する。これはFeの凝固偏析により高濃度のFeを含む部分において、強度が高くなり、延性が低下したためである。さらに、試験番号18では、高濃度のNを含有するスポンジチタンを使用して溶製する方法により、本発明の上限を越えてNが添加されたため、過剰のN含有によりLDIが部分的に発生していたため、熱間加工性および引張特性を評価することができなかった。
【0029】
<実施例2>
真空アーク溶解法により、表1中の試験番号5、13に示す組成、および、β変態点を有するチタン材を溶解し、これを熱間鍛造して直径100mmのビレットとした。このビレットを920℃に加熱して、熱間圧延によりφ20mmの丸棒を製造した。この熱間圧延丸棒に、種々の温度に保持して水冷(WQ)することによる溶体化処理を行った後、直径6mmのJIS14号引張試験片を採取して、室温での引張特性を調べた。ファスナー類や自動車用高強度部品用として良好な材質特性を得るには、引張強さ800MPa程度以上、かつ、全伸び22%以上が必要である。それらの結果も合せて、表2、表3に示す。
【0030】
【表2】

【0031】
【表3】

【0032】
表2、表3はそれぞれ、表1中の試験番号5、13に示す組成のチタン材に対して実施した溶体化処理の温度と室温での引張特性を示したものである。本発明(1)および(2)の実施例である試験番号22、23、24、27、28、29は、800MPa以上の高い引張強さと22%を超える高い全伸びを示し、良好な冷間加工性を有している。
【0033】
一方、本発明(2)に規定する範囲外の条件で熱処理を行った試験番号21、25、26、30では、室温での全伸びが22%未満となっており、優れた冷間加工性を必要とする部品への適用は難しい。したがって、本発明(1)の化学組成を満たして、さらに、本発明(2)に示す条件で熱処理を行うと、より高い冷間加工性を得ることができる。
【0034】
<実施例3>
真空アーク溶解法により、表1中の試験番号5、13に示す組成、および、β変態点を有するチタン材を溶解し、これを熱間鍛造して直径100mmのビレットとした。このビレットを920℃に加熱して、熱間圧延によりφ10mmの丸棒を製造した。この熱間圧延丸棒に、700℃、1.5h又は715℃、2h保持後、大気中で放冷(AC)することによる焼鈍、または、種々の温度に保持して水冷(WQ)することによる溶体化処理を行った後、冷間で転造を行うことにより、M20ボルトを加工した。同様に、比較材として、φ20mmのTi−6Al−4V熱間圧延丸棒に、750℃、1h保持後、大気中で放冷することによる焼鈍を行い、冷間で転造加工を行うことにより、M18ボルトを製造した。この時の転造加工性を、ネジ部の凹凸形状が安定的に得られるかなどを基準に目視観察することにより比較し、三段階(○:合格、△:小手入れを行えば合格、×:不合格)で評価した。また、ボルト、ナットなどのファスナー類や自動車用高強度部品用として良好な材質特性を得るには、引張強さ800MPa程度以上、かつ、全伸び22%以上が必要である。さらに、室温での全伸びが22%以上であれば、冷間加工性も優れている。φ20mmの丸棒素材と、冷間転造により製造したM16ボルトでの引張特性は同等であったので、φ20mmの丸棒より平均直径6mmのJIS14号引張試験片を採取して、室温での引張特性を調べた。それらの結果も合せて、表4、表5に示す。
【0035】
【表4】

【0036】
【表5】

【0037】
表4、表5はそれぞれ、表1中の試験番号5、13に示す組成のチタン材における焼鈍および溶体化処理温度と、ボルトへの冷間転造性および室温での引張特性を示したものである。本発明(1)および本発明(2)と本発明(3)の実施例である試験番号33、34、35、39、40、41は、800MPa以上の高い引張強さと22%を超える高い全伸びを示すと共に、良好な冷間転造性を有している。これは、適正な温度範囲に保持することによる溶体化熱処理により、α相とβ相の相比および結晶粒径が調整された結果、強度・延性バランスが改善されたからである。
【0038】
一方、比較例である試験番号31、32、36、37、38、42、43では、全伸びが22%未満であり、高い冷間加工性を要求される用途においては延性が十分ではない。また、Ti−6Al−4V合金製ボルトによる比較例である試験番号43では、冷間で転造加工すると、不安定な形状のネジ山を呈するものが発生し、合格品にするには手入れが必要であり、冷間転造性は良好ではない。したがって、本発明(1)および本発明(3)を満たして、さらに、本発明(2)に示す条件で熱処理を行ったチタン合金製ボルト、ナットなどのファスナーは、良好な冷間転造性と機械的特性を示す。
【0039】
<実施例4>
真空アーク溶解法により、表1中の試験番号5、13に示す組成を有するチタン材を溶解し、これを熱間鍛造して直径100mmのビレットとした。このビレットを920℃に加熱して、熱間圧延によりφ30mmの丸棒を製造した。この熱間圧延丸棒を、900℃に加熱して熱間鍛造を行うことにより、コネクティングロッドを加工した。また、加工したコネクティングロッドに、表6、表7に示す条件で溶体化熱処理を行った後、軸方向より平均直径5mmのJIS14号引張試験片を採取して、室温での引張特性を調べた。コネクティングロッドでは高い強度・延性バランスが必要とされ、中でも、特に高耐久性を要求される場合には、引張強さ800MPa程度以上、かつ、全伸び22%以上が望ましい。また、同じ位置より採取した直径6mmの丸棒試験片を使用して、室温で回転曲げ疲労試験を行った。応力比−1.0、繰返し周波数60Hzで試験を行った。繰返し数107回まで破断しない最大応力を疲労強度とし、0.2%耐力(0.2PS)との比により評価した。0.2PSに対する疲労強度の比が0.5以上であれば、優れた疲労特性を有している。それらの結果も合せて、表6、表7に示す。
【0040】
【表6】

【0041】
【表7】

【0042】
表6、表7はそれぞれ、表1中の試験番号5、13に示す組成のチタン材に対して実施した熱処理条件および室温での引張特性、疲労特性を示したものである。本発明(1)と本発明(2)および本発明(3)の実施例である試験番号46、47、48、52、53、54は、800MPa以上の高い引張強さと22%を超える高い全伸びを示しており、高級グレードのエンジンなど、非常に高い耐久性を要求されるコネクティングロッド用に適した、優れた引張特性を有する。また、0.2PSに対する疲労強度の比はいずれも0.5を超えており、高い疲労特性を有する。一方、比較例である試験番号44、45、49、50、51、55では、全伸びが22%を下回ると共に、疲労特性も0.5を僅かに下回る。これらの特性でも実用上十分高いが、高回転型エンジンなど高級グレード用への使用は困難である。したがって、本発明(1)および本発明(2)と本発明(3)を満足するチタン合金製コネクティングロッドは、優れた強度・延性バランスと共に、高い疲労特性を有している。
【0043】
<実施例5>
真空アーク溶解法により、表1中の試験番号5、13に示す組成を有するチタン材を溶解し、これを熱間鍛造して直径100mmのビレットとした。このビレットを920℃に加熱して、熱間圧延によりφ8mmの丸棒を製造した後、690℃、1h又は715℃、2h保持後、大気中で放冷(AC)することによる焼鈍、または、種々の温度に保持して水冷(WQ)することによる溶体化処理を行った。この丸棒の片端部を900℃に加熱してアプセット鍛造を行い、傘部を形成することにより、エンジンバルブを加工した。エンジンバルブの軸部より、ゲージ部の直径が1.5mmのJIS14号引張試験片を採取して、室温での引張特性を調べた。エンジンバルブとして優れた耐久性を得るには、軸部での引張強さ800MPa程度以上、かつ、全伸び22%以上が望ましい。また、同じ個所から、直径1.5mmの丸棒試験片を切出して、室温で回転曲げ疲労試験を行った。応力比−1.0、繰返し周波数60Hzで試験を行った。繰返し数107回まで破断しない最大応力を疲労強度とし、0.2%耐力(0.2PS)との比により評価した。0.2PSに対する疲労強度の比が0.5以上であれば、優れた疲労特性を有している。それらの結果も合せて、表8、表9に示す。
【0044】
【表8】

【0045】
【表9】

【0046】
表8、表9はそれぞれ、表1中の試験番号5、13に示す組成のチタン材における焼鈍および溶体化処理条件と、熱間加工性および室温での引張特性を示したものである。本発明(1)と本発明(2)および本発明(3)の実施例である試験番号58、59、60、65,66,67は、800MPa以上の高い引張強さと22%を超える高い全伸びを示すと共に、0.2PSに対する疲労強度の比は0.5を超えており、非常に高い耐久性を要求されるエンジンバルブ用途に好適である。
【0047】
一方、比較例である試験番号56、57、61、63,64,68では、全伸びが22%未満であると共に、0.2PSへの疲労強度の比は僅かに0.5を下回っている。これらの特性は、通常グレードのエンジンバルブ向けには十分良好であるが、高回転型エンジンなどエンジンバルブの中でも高い耐久性を要求される場合には、使用は困難である。したがって、本発明(1)および本発明(3)を満足するチタン合金製エンジンバルブは、実用上良好な機械的特性を示すが、本発明(1)および本発明(3)を満たして、さらに、本発明(2)に示す条件で溶体化処理を行うと、非常に高い耐久性を付与することができる。
【0048】
また、比較例である試験番号62,69においては、各々本発明の組成になるチタン材を用い、本発明の範囲を満たす溶体化温度であるが、大気中で放冷(AC)したものである。いずれも延び、疲労強度において劣勢である。
【0049】
以上の結果より、本発明に規定された元素含有量を有するチタン合金は、室温強度が高く、また、熱間変形抵抗が低いために熱間加工性に優れると共に、室温で高い伸びを有するために冷間加工性も良好であり、ボルト、ナット等のファスナー類や自動車用高強度部品向け熱間・冷間加工用素材として優れた材質特性を有する。一方、本発明に規定された合金添加量の範囲を外れると、熱間および冷間での加工性が低下するとともに、引張強さ、延性といった必要な材質特性を満足することはできない。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明のチタン合金は、熱間および冷間での加工性が良好であると共に、熱間加工あるいはさらに冷間加工により製造した製品は室温での最大引張強さ800MPa、22%を超える全伸びを有することから、ボルト、ナットなどのファスナー類およびコネクティングロッドやエンジンバルブ等の自動車エンジン周りの強度部品等の熱間・冷間加工用素材として適した材料を提供することができるものとなっている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、1.0〜3.5%のAl、0.5〜1.4%のFe、0.20〜0.50%のO、0.03%以下のNを含有し、残部Tiおよび不可避的不純物からなると共に、室温での最大引張り強度が800MPa以上であり、かつ室温での全伸びが22%を超えることを特徴とする、熱間加工性及び、冷間加工性に優れた高強度チタン合金。
【請求項2】
請求項1記載の組成で構成されたチタン合金をβ変態点−120℃からβ変態点−20℃の範囲に加熱保持して水冷相当の速度にて冷却することを特徴とする請求項1記載の熱間加工性及び、冷間加工性に優れた高強度チタン合金の製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載の高強度チタン合金に対し、熱間加工、あるいは熱間加工及び冷間加工を行うことにより製造してなるファスナー又は自動車エンジン周りの強度部品。

【公開番号】特開2012−184464(P2012−184464A)
【公開日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−47302(P2011−47302)
【出願日】平成23年3月4日(2011.3.4)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】