説明

燃料電池用アノード側触媒組成物および固体高分子形燃料電池用膜電極接合体(MEA)

【課題】非定常な運転(起動停止・燃料欠乏)による燃料電池の劣化を改善でき、且つ低コストである技術を提供する。
【解決手段】導電材に触媒粒子を担持した触媒とイオン交換樹脂とを含む燃料電池用アノード側触媒組成物であって、該触媒粒子は、酸素還元能および水電解過電圧が共に白金より低く、かつ、水素酸化能を有する、金属、金属酸化物もしくは金属の部分的酸化物またはこれらの混合物からなることを特徴とする触媒組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池用アノード側触媒組成物およびこれを用いた固体高分子形燃料電池用膜電極接合体(MEA)に関係する。
【背景技術】
【0002】
近年、高効率のエネルギー変換装置として、燃料電池が注目を集めている。燃料電池は、用いる電解質の種類により、アルカリ形、固体高分子形、リン酸形等の低温作動燃料電池と、溶融炭酸塩形、固体酸化物形等の高温作動燃料電池とに大別される。これらのうち、電解質としてイオン伝導性を有する高分子電解質膜を用いる固体高分子形燃料電池(PEFC)は、コンパクトな構造で高出力密度が得られ、しかも液体を電解質に用いないこと、低温で運転することが可能なこと等により簡易なシステムで実現できるため、定置用、車両用、携帯用等の電源として注目されている。
【0003】
固体高分子形燃料電池は、高分子電解質膜の両面にガス拡散性の電極層を配置し、そのアノード側を燃料ガス(水素等)に、カソード側を酸化剤ガス(空気等)に暴露し、高分子電解質膜を介した化学反応により水を合成し、これによって生じる反応エネルギーを電気的に取り出すことを基本原理としている。
【0004】
活物質として水素と酸素を各々アノードとカソードに供給した場合、アノードの触媒上では(1)の反応が起こり、カソードの触媒上では(2)の反応がおこり、その電位差によって発電する。
→2H+2e(E=0V) …(1)
+4H+4e→2HO(E=1.23V) …(2)
【0005】
ところで、燃料電池システムは効率的な発電特性により実用化を迎えつつあり定常的な運転においては実用可能な耐久性を発揮できるようになってきている。しかし、白金を電極触媒に用いることなどからシステムが高価になってしまうことや燃料欠乏や起動停止といった非定常な運転において非可逆な劣化が促進されることが明らかとなってきており、実用化のためにはこれらの課題を改善していく必要がある。
【0006】
燃料電池の作動中に供給される燃料(水素等)が欠乏した場合に発生するアノードの劣化メカニズムを以下に説明する。燃料が欠乏した場合、電池反応に必要となるHを補うために、水の電気分解によりHを発生させる反応(3)もしくはアノードの触媒担体カーボンの腐食によりHを発生させる反応(4)のいずれかまたはその両方が起こり、大幅なアノードの劣化を引き起こす。
O→ 1/2O+2H+2e …(3)
1/2C+HO→ 1/2CO+2H+2e …(4)
反応(4)によるアノードの劣化は深刻であり、燃料電池を瞬時に使用不可能としてしまう危険性がある。特に、水電解の反応効率が悪い(反応過電圧が高い)場合、水電解反応(3)ではなく、触媒担体カーボンの腐食によりHを作り出す反応(4)が起こりやすくなるため、アノードの劣化が大きくなる。
【0007】
起動停止におけるカソードの腐食が起こるメカニズムを以下に説明する。燃料電池の定常状態はアノード側に水素雰囲気、カソード側に空気雰囲気となっているが、起動停止は、一般的にアノード側に空気を供給し、発電を停止させる。通常燃料電池の停止時はアノード、カソードともに空気雰囲気となっており、空気雰囲気になっているアノードに水素を供給し、発電(起動)を開始する。起動時にアノードに水素を供給した場合、アノード側で水素と空気が混在した状態となり得る。
→ 2H+2e …(1)
+4H+4e→ 2HO …(2)
1/2C+HO→ 1/2CO+2H+2e …(4)
起動の際、アノードガス入口付近のアノードでは、水素が供給されるので、水素酸化反応(1)が起こり、対極のカソードのアノードガス入口付近に対向する位置では、既に空気(酸素)が存在するので、酸素還元反応(2)が起こり、アノードおよびカソードの上流部は通常の燃料電池の反応系が発生する。一方、アノードガス出口付近のアノードでは、停止時に供給された空気(酸素)が残存し且つ水素は未だ十分供給されていないので、酸素還元反応(2)が起こる。対極のカソードのアノードガス出口付近に対向する位置では、対応して酸化反応が生じるが、被酸化物としての水素が存在しないので、そこに存在する炭素が酸化される腐食反応(4)が起こる。すなわち、アノード下流部に対向する位置のカソードで炭素の腐食反応系が発生する。この現象が、起動停止時におけるカソード劣化の一因であると報告されている。(特許文献1)
【0008】
燃料欠乏時の劣化防止対策として、特許文献2には、水素欠乏時にアノード触媒の担体が腐食されるのを防止するため、電極触媒に酸化イリジウムなどの水電解触媒を混合する技術が開示されており、この技術によれば、燃料電池の電池反転に対する耐性をより強力にすることができるとしている。
【0009】
また特許文献3には、高分子固体電解質形燃料電池の燃料極において、高分子固体電解質膜に接し、燃料電池反応を進行させる少なくとも1層の反応層と、拡散層に接し、燃料極(アノード)中の水を電気分解する少なくとも1層の水分解層と、からなることを特徴とする高分子固体電解質形燃料電池の燃料極(アノード)に関する技術が開示されている。この技術によれば、燃料の欠乏が生じても電極特性の低下を起こし難い高分子固体電解質形燃料電池の燃料電池を供給できる、としている。
【0010】
また起動停止時の劣化防止対策としては、カソード触媒に用いられるカーボンに高結晶化カーボンを使用する例や白金黒を使用する例が報告されている。(特許文献4、5)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】米国特許 6855453号公報
【特許文献2】特表2003−508877号公報
【特許文献3】特開2004−22503号公報
【特許文献4】特開2001−357857号公報
【特許文献5】特開2005−270687号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
燃料電池の実用化には、非定常な運転(起動停止・燃料欠乏)による燃料電池の劣化の抑制と白金触媒量の低減等による低コスト化の両立が必須となる。それぞれの課題解決では実用化には不十分である。
燃料電池での非定常な運転(起動停止・燃料欠乏)による燃料電池の劣化を抑制しようとする先行技術が公知となっているが、いずれの先行技術も白金(Pt)触媒を使用することを前提としている。白金(Pt)は燃料電池のコストの大部分を占めているので、燃料電池を実用化するにはコスト低減の点で問題が残る。
燃料欠乏への対策として、水電解触媒を用いることが先行技術で提案されているが、それらの触媒は溶出しやすいため、水電解触媒のみで燃料電池を構成することが困難であるため実用化されておらず、それゆえに白金(Pt)触媒に添加して使用されている。
また、起動停止への対策も先行技術で提案されているが、さらなる改善が求められている。すなわち、起動停止耐性を向上させると初期出力が低下するといったトレードオフが存在するため、実用的な出力と起動停止耐久性を満足させるためには、コストを犠牲にしてカソード白金触媒担持量を増加させて実用的な出力を得るといった手段をとる必要がある。その結果、高い起動停止耐久性と低コストを満足することが困難となっている。
先行技術による、起動停止・燃料欠乏への対策は十分ではないため、システムによる燃料電池の保護が行われている。各種センサーによってガス圧力・電位などを詳細にモニターしながら制御することによって起動停止や燃料欠乏での劣化モードに陥らないようにしている。このような補機のコストおよび制御の複雑さによってシステム面からの対策は燃料電池のコスト低減を困難にしている。
これら問題の解決に対して、非定常な運転(起動停止・燃料欠乏)による燃料電池の劣化を改善でき、且つ低コストである技術が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明によると、
(1)導電材に触媒粒子を担持した触媒とイオン交換樹脂とを含む燃料電池用アノード側触媒組成物であって、該触媒粒子は、酸素還元能および水電解過電圧が共に白金より低く、かつ、水素酸化能を有する、金属、金属酸化物もしくは金属の部分的酸化物またはこれらの混合物からなることを特徴とする触媒組成物が提供される。
【0014】
また本発明によると、
(2)前記金属が、イリジウム、ルテニウム、レニウム、パラジウムおよびロジウムからなる群より選択された、(1)に記載の触媒組成物が提供される。
【0015】
また本発明によると、
(3)前記触媒粒子が前記金属を含み、かつ、該金属の平均結晶子サイズが2nm〜20nmの範囲内にある、(1)または(2)に記載の触媒組成物が提供される。
【0016】
また本発明によると、
(4)前記金属の単位質量当たりの水素吸着領域の電荷量(Q)が15.0〜65.0C/mg(金属)の範囲内にある、(1)〜(3)のいずれかに記載の触媒組成物が提供される。
【0017】
また本発明によると、
(5)前記触媒粒子が前記金属と前記金属酸化物または前記金属の部分的酸化物とを質量比1:10〜10:1の範囲内で含む、(1)〜(4)のいずれかに記載の触媒組成物が提供される。
【0018】
また本発明によると、
(6)前記触媒粒子のX線光電子分光装置(XPS)スペクトルのIr4f7/2におけるピークが60.8〜61.4(eV)の間に含まれる(1)〜(5)のいずれかに記載の触媒組成物が提供される。
【0019】
また本発明によると、
(7)前記導電材が、50m/g以上300m/g以下のBET比表面積を有する高黒鉛化度カーボンブラックである、(1)〜(6)のいずれかに記載の触媒組成物が提供される。
【0020】
また本発明によると、
(8)高分子電解質膜の片面にアノード用触媒層を、その反対面にカソード用触媒層を接合してなる固体高分子形燃料電池用膜電極接合体(MEA)であって、該アノード用触媒層が(1)〜(7)のいずれかに記載の触媒組成物を含んでなるMEAが提供される。
【0021】
また本発明によると、
(9)カソードでのPt担持量が0.2mg/cm以下である(8)に記載のMEAが提供される。
【発明の効果】
【0022】
本発明により、非定常な運転(起動停止・燃料欠乏)による燃料電池の劣化を抑制し、かつ燃料電池のコストの大部分を占めていた白金(Pt)をアノードにおいてまったく使用しない低コストかつ高性能な燃料電池が得られる。
本発明により、燃料電池の作動中に供給される水素が不足した場合でも、触媒の溶出問題が解決されるため、白金触媒を使用せずアノードの劣化を防止することが可能となる。
また、本発明により、燃料電池の起動停止時におけるアノードおよびカソードの劣化を軽減することが可能となる。この効果により、大幅なカソードの耐久性向上が図れ、カソードの白金触媒担持量の低減を行うことが可能となり、燃料電池の低コスト化を行うことができる。
本発明により、燃料欠乏(転極)や起動停止といった燃料電池の主たる劣化原因を根本から解決できる。したがって、従来システムによって保護していた部分を削減することができ、それによるシステム全体のコストダウンも得られる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】還元雰囲気下で熱処理を行い作製した、カーボン担持イリジウム触媒A1〜触媒A4のX線回折(XRD)パターンを示す図である。
【図2】触媒A1を酸化雰囲気下で熱処理を行い作製した、カーボン担持酸化イリジウム触媒B1〜触媒B3および触媒A1のXRDパターンを示す図である。
【図3】アノードを作用極とするサイクリックボルタンメトリーを行って求めた、電流密度対可逆水素電極電位の図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明による触媒組成物は、導電材に触媒粒子を担持した触媒とイオン交換樹脂とを含む燃料電池用アノード側触媒組成物であって、該触媒粒子は、酸素還元能および水電解過電圧が共に白金より低く、かつ、水素酸化能を有する、金属、金属酸化物もしくは金属の部分的酸化物またはこれらの混合物からなることを特徴とする。
【0025】
燃料電池は、高分子電解質膜とその両側に接合された触媒層が配置された基本構造を有する。触媒層の一方は、燃料(水素等)と反応するアノードである。触媒層のもう一方は、酸化剤ガス(酸素等)と反応するカソードである。活物質として水素と酸素を各々の触媒層に供給した場合、アノードの触媒上では[1]の反応が起こり、カソードの触媒上では[2]の反応がおこり、その電位差によって発電する。
→2H+2e(E=0V) ・・・[1]
+4H+4e→2HO(E=1.23V) ・・・[2]
【0026】
本発明の触媒組成物に含まれる触媒粒子は、水素酸化能、すなわち上記[1]の反応を進める能力を有する。これにより、該触媒粒子を含む該触媒組成物が、燃料電池用アノード側触媒組成物として働く。
【0027】
該触媒粒子は、白金より低い水電解過電圧を有する。水電解過電圧とは次の[3]の反応を進めるために必要な電位差を意味する。すなわち、この触媒粒子を使用すると、白金を触媒としたときよりも低い電位差で[3]の反応が進む。
O→ 1/2O+2H+2e ・・・[3]
この結果として、アノードの劣化を抑制することができる。
【0028】
アノードで燃料が欠乏した場合、[1]の反応がおこらず、電池反応に必要なHを補うために、水の電気分解によりHを発生させる反応[3]もしくはアノードの触媒担体カーボンの腐食によりHを発生させる反応[4]のいずれかまたはその両方が起こる。
1/2C+HO→ 1/2CO+2H+2e ・・・[4]
水電解の反応[3]の反応効率が悪い(反応過電圧が高い)場合、水電解反応[3]ではなく、触媒担体カーボンの腐食によりHを作り出す反応[4]が起こりやすくなるため、アノードの劣化が大きくなる。
本発明では、水電解時の酸素発生過電圧が白金よりも低い触媒を使用するため、燃料欠乏時のアノード電位の上昇を抑えることができる。すなわち、燃料欠乏時に発生するアノードでの水電解反応[3]をスムーズに行うことによって、アノード(に含まれる触媒担体カーボン)の腐食によりHを作り出す反応[4]が起こりにくくなり、結果としてアノードの劣化を抑制することができる。
【0029】
該触媒粒子は、白金より低い酸素還元能を有する。酸素還元能とは次の[2]の反応を進める能力である。
+4H+4e→ 2HO ・・・[2]
本発明のアノード触媒において、酸素還元能が白金より低いことにより、起動停止時における燃料電池の劣化を軽減することが可能となる。
【0030】
起動停止時における燃料電池の劣化のメカニズムは、アノードで酸素還元反応[2]が生じ、対極のカソードで対応する酸化反応が生じるが、カソードには被酸化物としての燃料(水素等)が供給されていないので、そこに電極材として存在する炭素が酸化される腐食反応[4]が起こるというものである。
1/2C+HO→ 1/2CO+2H+2e ・・・[4]
本発明では、アノードに酸素還元活性の低い触媒を使用してアノードでの酸素還元反応[2]を抑制することで、起動停止時のカソード腐食反応[4]の誘引を抑制し、燃料電池の劣化を軽減することが可能となる。
【0031】
本発明の触媒粒子は、上記の性質を満たす金属、その金属酸化物もしくはその金属の部分的酸化物またはこれらの混合物からなる。ここで、金属の部分酸化物とは、触媒粒子の中心部が金属であり触媒粒子表面部分が金属酸化物であるもの、触媒粒子の中心部が金属酸化物であり触媒粒子表面部分が金属であるもの等を意味する。
【0032】
本発明のアノード側触媒組成物となる金属元素として、イリジウム、ルテニウム、レニウム、パラジウムおよびロジウムからなる群から選択することができる。これらの金属元素は、酸素還元能および水電解過電圧が共に白金より低く、かつ、水素酸化能を有する。特にイリジウムは、最も水電解過電圧が低くかつ水素酸化能も高いため好ましい。本発明のアノード側触媒組成物は、白金を必須としないので、低コストの燃料電池が得られる。
【0033】
触媒粒子が前記金属を含む場合、その金属の平均結晶子サイズは2nm〜20nmであることが好ましい。平均結晶子サイズが2nm未満であると、触媒粒子に含まれる前記金属がかなり溶出し、様々な問題を生じる。触媒粒子に含まれる前記金属は、燃料電池の起動停止運転によりアノードの電位が変動することによって溶出することがあり、溶出した金属は電解質膜のプロトン伝導性を低下させる問題を引き起こす。また溶出した金属がカソードまで移動した場合はカソードの酸素還元反応を阻害し、発電電圧を低下させる。このような金属溶出の問題は金属の粒子サイズ、電子状態によって影響を受けていると考えられる。本発明者は、平均結晶子サイズを2nm以上にすることによって、触媒粒子に含まれる前記金属の流出を大幅に低減可能であることを見出だした。一方、触媒粒子に含まれる前記金属の平均結晶子サイズが20nmより大きいと、前記金属の有効比表面積が低下し、水電解能が低下し([3]の反応効率が低下する)、結果として水素欠乏運転における転極耐久性が低下する。この耐久性低下を補うために、触媒担持量を増すことが必要になり、低コストの燃料電池が得られなくなる。
【0034】
還元雰囲気下、200℃〜800℃で前記金属を熱処理することにより、前記金属の粗大化がおこる。これにより、前記金属の平均結晶子サイズを調整することができる。
【0035】
前記金属の単位質量当たりの水素吸着領域の電荷量(Q)は15.0〜65.0C/mg(金属)の範囲内にあることが好ましい。触媒粒子が微粒子である場合、触媒の単位質量当たりの水素吸着領域の電荷量(Q)は、触媒表面積に比例する。すなわち、電荷量(Q)は、触媒金属の平均結晶子サイズと相関を有する。すなわち、平均結晶子サイズが小さいほど、触媒表面積が大きくなり、金属質量あたり当たりの電荷量が増すと考えられる。XRDに基づく平均結晶子サイズと比較すると、触媒組成物の平均結晶子サイズが2nm〜20nmの場合、前記金属の単位質量当たりの水素吸着領域の電荷量(Q)は、15.0〜65.0C/mg(金属)の範囲に相当する。
【0036】
触媒粒子が前記金属と前記金属酸化物または前記金属の部分酸化物を含む場合、前記金属:前記金属酸化物または前記金属の部分酸化物の質量比は、1:10〜10:1の範囲内であることが好ましい。金属質量分がこの範囲より多いと(酸化物または部分酸化物の質量分がこの範囲より少ないと)、金属の酸化および前記金属の粗大化が不十分で、金属成分の溶出が低減されない。金属質量分がこの範囲より少ないと(酸化物または部分酸化物の質量分がこの範囲より多いと)、酸化が進みすぎて、触媒の水素酸化活性が低下してしまう。
【0037】
X線光電子分光(XPS)法は、物質に、AlKα、MgKα線などのX線単色光を照射したときに放出される光電子の運動エネルギー分布、角度分布、スピンなどを測定することにより、物質の電子構造や原子配列、磁気的性質などについての情報を得る実験方法である。この方法により、内殻電子を放出させることができ、しかもそのイオン化エネルギーが化学的環境によって変化するので(化学シフト)、元素分析、状態分析が行える。X線光電子分光装置で本発明の触媒粒子のスペクトル測定を行うと、XPSスペクトルのIr4f7/2におけるピークが60.8〜61.4(eV)の間に含まれる。このIr4f7/2におけるピークは、Irの酸化数と相関を有する。前記金属:前記金属酸化物または前記金属の部分酸化物の質量比が、1:10〜10:1の範囲内であること、はIr4f7/2におけるピークが60.8〜61.4(eV)の間に含まれることに相当する。
【0038】
このような質量比の金属酸化物または前記金属の部分酸化物は、酸化雰囲気下100℃〜300℃で前記金属を熱処理することによって得ることができる。この熱処理により前記金属の粗大化と同時に前記金属の酸化が進み、それによって前記金属成分の溶出量を低減できる。さらに、このような酸化雰囲気での熱処理を進めることにより、触媒としての酸素還元活性を大幅に低下させることが可能となり、起動停止時のカソードの劣化をより抑えることが可能となる。前記金属の酸化を進めるほど、前記金属成分の溶出は更に低減されるが、酸化が進みすぎると水素酸化活性が低下してしまう問題が起こる。したがって、前記金属:前記金属酸化物または前記金属の部分酸化物の質量比は、上記の範囲内であることが好ましい。
【0039】
触媒粒子を担持する担体は、燃料欠乏時の腐食耐性の観点から黒鉛化度の高いカーボンが望ましいが、カーボンに限らず、耐久性の高い酸化チタン、酸化スズなどの酸化物担体などの適用も可能である。導電性が十分でない酸化物担体を適用する場合、導電性材料を併用して、導電性を確保することが望ましい。
【0040】
また、Ir等の溶出量を低減させるためには、触媒中の不純物を低減することが望ましい。特に問題となる不純物としては、塩化物イオンなどのアニオンがある。
【0041】
該触媒組成物中のイオン交換樹脂は、触媒を支持し、触媒層を形成するバインダーとなる材料でもあり、触媒によって生じたイオン等が移動するための通路を形成する役割をもつ。このようなイオン交換樹脂(高分子電解質膜)としては、プロトン(H)伝導性が高く、電子絶縁性であり、かつ、ガス不透過性であるものであれば、特に限定はされず、公知の高分子電解質膜であればよい。代表例として、含フッ素高分子を骨格とし、スルホン酸基、カルボキシル基、リン酸基、ホスホン基等の基を有する樹脂が挙げられる。高分子電解質膜の厚さは、抵抗に大きな影響を及ぼすため、電子絶縁性およびガス不透過性を損なわない限りにおいてより薄いものが求められ、具体的には、0.1〜100μm、好ましくは0.1〜30μmの範囲内に設定される。本発明における高分子電解質膜の材料は、全フッ素系高分子化合物に限定はされず、炭化水素系高分子化合物や無機高分子化合物との混合物、または高分子鎖内にC−H結合とC−F結合の両方を含む部分フッ素系高分子化合物であってもよい。全フッ素系高分子電解質膜の具体例としては、側鎖にスルホン酸基を有するパーフルオロポリマーであるナフィオン(登録商標)膜(デュポン社製)、アシプレックス(登録商標)膜(旭化成社製)およびフレミオン(登録商標)膜(旭硝子社製)が挙げられる。炭化水素系高分子電解質の具体例として、スルホン酸基等の電解質基が導入されたポリアミド、ポリアセタール、ポリエチレン、ポリプロピレン、アクリル系樹脂、ポリエステル、ポリスルホン、ポリエーテル等、およびこれらの誘導体(脂肪族炭化水素系高分子電解質)、スルホン酸基等の電解質基が導入されたポリスチレン、芳香環を有するポリアミド、ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリエステル、ポリスルホン、ポリエーテルイミド、ポリエーテルスルホン、ポリカーボネート等、およびこれらの誘導体(部分芳香族炭化水素系高分子電解質)、スルホン酸基等の電解質基が導入されたポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ポリカーボネート、ポリアミド、ポリアミドイミド、ポリエステル、ポリフェニレンスルフィド等、およびこれらの誘導体(全芳香族炭化水素系高分子電解質)等が挙げられる。無機高分子化合物としては、シロキサン系またはシラン系の、特にアルキルシロキサン系の有機珪素高分子化合物が好適であり、具体例としてポリジメチルシロキサン、γ‐グリシドキシプロピルトリメトキシシラン等が挙げられる。また、部分フッ素系高分子電解質の具体例としては、スルホン酸基等の電解質基が導入されたポリスチレン−グラフト−エチレンテトラフルオロエチレン共重合体、ポリスチレン−グラフト−ポリテトラフルオロエチレン等、およびこれらの誘導体が挙げられる。
【0042】
導電材としては炭素系粒子、例えばカーボンブラック、活性炭、黒鉛等が好適であり、特に微粉末状粒子が好適に用いられる。代表的には、BET表面積が50m/g以上の高黒鉛化度カーボンブラック粒子である。カーボンブラック粒子のBET表面積は300m/g以下であることが、好ましい。カーボンブラック粒子のBET表面積が300m/gを超えると触媒粒子(貴金属)の微粒子担持が可能となり、触媒粒子径の微粒子化が起こる。それにより、触媒粒子の溶出が起こりやすくなる問題とアノードの酸素還元反応(ORR)活性が上がってしまう問題(起動停止での耐久性低下)が起こりやすくなる。カーボンブラック粒子のBET表面積が300m/g以下であれば、表面積が小さく、黒鉛結晶化度が高いカーボンブラック粒子が多いため、転極時(燃料欠乏時)の耐久性が向上する。カーボンブラック粒子のBET表面積が50m/g未満であると、表面積が小さすぎて、触媒粒子の均一担持が困難となる。
【0043】
アノード側では水素等の燃料、カソード側では酸素や空気等の酸化剤ガスが触媒とできるだけ多く接触することができるように、触媒層は多孔性であることが好ましい。また、触媒層中に含まれる触媒量(金属元素として質量換算)は、一般に0.01〜5mg/cmの範囲内にあればよい。特にアノード担持量については0.01〜0.2mg/cmの範囲内にあることが好適である。アノード担持量は、コスト、および起動停止時の耐久性の観点から、少ない担持量が好ましいため、0.2mg/cm以下であることが好ましい。ただし、アノード担持量が少なすぎると発電性能が低下するため、0.01mg/cm以上であることが好ましい。またカソード担持量については0.1〜0.6mg/cmの範囲内にあることが好適である。カソード担持量は多いほど、初期活性/耐久性ともに向上する。しかし、コストの観点から、0.6mg/cm以下であることが好ましい。また、カソード担持量が少なすぎると初期活性/耐久性が大幅に低下するため、0.1mg/cm以上であることが好ましい。触媒層の厚さは、一般に1〜200μmの範囲内にあればよいが、特にアノードについては1〜100μmの範囲内に、またカソードについては3〜30μmの範囲内にあることが好適である。
【0044】
燃料電池のカソードの触媒層は、触媒粒子とイオン交換樹脂を含むものであれば特に限定はされず、従来公知のものを使用することができる。触媒は、通常、触媒粒子を担持した導電材からなる。触媒粒子としては、水素の酸化反応あるいは酸素の還元反応に触媒作用を有するものであればよく、白金(Pt)その他の貴金属のほか、鉄、クロム、ニッケル、コバルト等、およびこれらの合金を用いることができる。本発明のアノード側触媒組成物を使用することにより、カソードの劣化が低減し、カソード劣化に伴って生じるカソード触媒の流出も低減する。したがって、カソード触媒を余剰に担持する必要がなく、コストの低減につながる。
【0045】
一般に、高分子電解質膜の片面にアノード用触媒層を、その反対面にカソード用触媒層を接合して一体化したものは膜電極接合体(MEA)と称される。本発明は、固体高分子形燃料電池用膜電極接合体(MEA)であって、アノード用触媒層が前述の触媒組成物を含んでなるMEAにも関係する。このMEAは、アノード用触媒層に含まれる前述の触媒組成物に基づく特徴、すなわち、水素が不足した場合に発生するアノードの劣化を防止すること、燃料電池の起動停止時におけるアノードおよびカソードの劣化を軽減すること、および低コストであるという利点をもたらす。
【0046】
一般にMEAは、アノード側触媒層および/またはカソード側触媒層の高分子電解質膜とは反対側に、さらにガス拡散層を設けることができる。ガス拡散層は、導電性および通気性を有するシート材料である。代表例として、カーボンペーパー、カーボン織布、カーボン不織布、カーボンフェルト等の通気性導電性基材に撥水処理を施したものが挙げられる。また、炭素系粒子とフッ素系樹脂から得られた多孔性シートを用いることもできる。例えば、カーボンブラックを、ポリテトラフルオロエチレンをバインダーとしてシート化して得られた多孔性シートを用いることができる。
【0047】
本発明のMEAでは、カソードでのPt担持量が0.2mg/cm以下であってもよい。耐久性の観点から、カソードではPt担持量は0.4mg/cm以上とすることが慣習的に必要とされている。本発明のアノード側触媒組成物を使用することにより、カソードの劣化が低減するので、カソードでのPt担持量が0.2mg/cm以下であっても、MEAとして実用的な使用が可能である。
【実施例】
【0048】
以下、実施例を用いて本発明を具体的に説明するが、本発明は実施例に何ら限定されるものではない。
【0049】
[触媒作製]
電池評価のために、カーボンブラックにイリジウム又はその酸化物を担持させた触媒を用意した。還元雰囲気下で熱処理したAシリーズと、酸化雰囲気下で熱処理したBシリーズとを用意した。また、市販品をベースとしたRシリーズも用意した。電池評価に用いた触媒の詳細な作製手順を以下に示す。
【0050】
(還元雰囲気下熱処理触媒の作製:Aシリーズ)
まず、Ir0.6gを含む塩化イリジウム(VI)酸水和物を200mlのn−ブタノールに溶解した溶液を調製した。一方、担体となるカーボンブラック(ケッチェンブラックインターナショナル社製、商品名:ケッチェンブラックEC)1.4gを300mLのn−ブタノールに良く分散させた分散液を調製した。続いて、カーボンブラック分散液を攪拌している所へ、塩化イリジウム(VI)酸水和物溶液を加えてスラリーを調製した。該スラリーに超音波を10分間照射した後、80℃で攪拌しながら塩化イリジウム(VI)酸水和物をカーボンブラックに含浸し、同温度にて約10時間攪拌しながら乾固することにより黒色の粉末を得た。得られた粉末をメノウ乳鉢にて粉砕し、これを水素ガス10%および窒素ガス90%よりなる混合ガス流通下、200℃から800℃の範囲内における所定の温度で2時間熱処理を行い、カーボン担持イリジウム触媒を作製した。熱処理の温度を200℃、400℃、600℃、800℃としたものをそれぞれ触媒A1、触媒A2、触媒A3、触媒A4とした。
【0051】
(酸化雰囲気下熱処理触媒の作製:Bシリーズ)
得られた触媒A1を酸化雰囲気下で熱処理して、Bシリーズの触媒を作製した。触媒A1を酸素ガス20%および窒素ガス80%よりなる混合ガス流通下、100℃から300℃で1時間熱処理を行い、カーボン担持酸化イリジウム触媒を作製した。なお、300℃で酸化処理を行う際には、昇温の過程で発生する熱により試料が燃焼し、回収不能となるため、酸素ガス濃度を5%として300℃まで昇温した後、酸素ガス濃度を20%に増大して1hの酸化処理を施した。熱処理の温度を100℃、200℃、300℃としたものをそれぞれ触媒B1、触媒B2、触媒B3とした。
【0052】
(還元雰囲気下熱処理黒鉛化カーボン担体触媒の作製:Cシリーズ)
まず、Ir0.6gを含む塩化イリジウム(VI)酸水和物を200mlのn−ブタノールに溶解した溶液を調製した。一方、担体となる黒鉛化カーボンブラックは、カーボンブラック(ケッチェンブラックインターナショナル社製、商品名:ケッチェンブラックEC)を2500℃にて処理することにより黒鉛化させて準備した。黒鉛化カーボンブラック1.4gを300mLのn−ブタノールに良く分散させた分散液を調製した。続いて、カーボンブラック分散液を攪拌している所へ、塩化イリジウム(VI)酸水和物溶液を加えてスラリーを調製した。該スラリーに超音波を10分間照射した後、80℃で攪拌しながら塩化イリジウム(VI)酸水和物をカーボンブラックに含浸し、同温度にて約10時間攪拌しながら乾固することにより黒色の粉末を得た。得られた粉末をメノウ乳鉢にて粉砕し、これを水素ガス10%および窒素ガス90%よりなる混合ガス流通下、200℃で2時間熱処理を行い、カーボン担持イリジウム触媒を作製し、触媒C1とした。
【0053】
(市販品ベースの触媒の作製:Rシリーズ)
市販品ベースの触媒として、HP Iridium on VulcanXC72(BASF Fuel Cell, Inc社製)を採用した(触媒R1)。これは、カーボンブラックVulcanXC72を担体とし、40%イリジウムを担持させたものである。また、R1を水素ガス10%および窒素ガス90%よりなる混合ガス流通下、800℃にて2時間熱処理を行い、カーボン担持イリジウム触媒(触媒R2)を作製した。
【0054】
(触媒のXRD分析)
XRD分析を用いて、作製された触媒の結晶構造、粒子サイズ等について、調査を行った。XRD測定は、下記の連続スキャン(測定角度の広い方)およびステップスキャン(測定角度の狭い方)条件で行った。
装置:RINT2000((株)リガク)
X線:ターゲットCu、電圧40kV、電流80mA
連続スキャン条件: スキャン速度 2°/min;サンプリング幅 0.02°
ステップスキャン条件: 計測時間 5s;ステップ幅 0.02°。
【0055】
水素、窒素混合気流下にて調製したAシリーズ触媒のX線回折(XRD)パターンを測定すると、全ての試料でイリジウムのfcc構造に起因する回折パターンが得られ、担体カーボン上にイリジウム微粒子が担持されていることを確認できた。69.1°付近に中心を持つイリジウムの(220)面に起因するピークからイリジウムの結晶子径を求めた。図1は、触媒A1(a)、触媒A2(b)、触媒A3(c)、及び触媒A4(d)それぞれのX線回折(XRD)パターンを測定した結果を示す図である。熱処理温度が高いほど回折ピークの半値幅が小さくなり、結晶子サイズが増大していることが分かった。これらのピークの半値幅より求めた結晶子サイズを表1に示す。
【0056】
酸素、窒素混合気流下にて調製したBシリーズ触媒のX線回折(XRD)パターンも測定した。図2は、触媒A1(a)、触媒B1(b)、触媒B2、(c)、及び触媒B3(d)それぞれのXRDパターンを測定した結果を示す図である。この図2によれば、触媒A1は約32°から約50°にかけてブロードなピークが認められ、微細な金属イリジウム相が存在していることを示している。また、触媒B1はA1よりもブロードなピークを示すものの、酸化イリジウムの存在を示す新たなピークは観察されなかった。これは100℃の酸化処理では、酸化イリジウム相がXRDで検出可能な大きさにまで成長していない、すなわち、金属イリジウム微粒子の極表面のみが酸化されていることを示唆している。触媒B2、B3は28.1°及び34.7°に酸化イリジウム相の存在を示すピークが認められ、200℃以上の酸化処理により、酸化イリジウム相が生成したことを示している。さらに、触媒B2では40.6°、47.2°に20nm程度の巨大な金属イリジウム粒子の存在を示す鋭いピークが見られた。これは酸化処理時の昇温過程での発熱によりイリジウム粒子の成長が起こったためであると考えられる。巨大な粒子は表面のみが酸化され、金属イリジウムの核を有する状態で存在しているために金属イリジウムの鋭いピークが現れたと解釈できる。一方、触媒B3では金属イリジウムの存在を示すピークは確認できず、XRDにて検出可能な全ての粒子が酸化イリジウム微粒子として存在していることを示している。34.7°付近に中心を持つIrO(101)ピークから算出したイリジウムの結晶子径を表1に示す。本発明の触媒組成物は、約2.0nm〜20nmの平均結晶子サイズを有する。触媒B1については、XRDでのピーク強度が小さく、解析が困難であるため、平均結晶子サイズを算出していない。しかしながら、B1がA1を酸化処理したものであり、A1の平均結晶子サイズが2.0nmであることから、B1の平均結晶子サイズは2.0nm以上と考えられる。
【0057】
【表1】

【0058】
[膜電極接合体(MEA)作製]
上記で得られた触媒および比較用の触媒を用いて、電池評価用の膜電極接合体(MEA)を作製した。膜電極接合体の詳細な作製手順を以下に示す。
【0059】
(アノード)
各比較例、実施例ごとに異なるアノード側カーボン担持触媒を採用した。比較例1、2および5では、ケッチェンブラックを担体とする50%白金担持カーボンTEC10E50E(触媒P:田中貴金属工業(株)製)を採用した。比較例3では、VulcanXC72を担体とする40%イリジウム担持カーボンHP Iridium on VulcanXC72(触媒R1:BASF Fuel Cell, Inc)を採用した。比較例4では、前記触媒B3を採用した。実施例1〜9では、前記触媒A1〜A4、B1、B2、C1およびR2を採用した。
固形分濃度が9wt%となるように、それぞれのカーボン担持触媒をアルコールと混合した。次に、各混合液をイオン交換樹脂溶液(パーフルオロスルホン酸電解質溶液(SE20142);デュポン社製)に、イオン交換樹脂溶液が担体カーボンに対して1.0の質量比率になるように、加えた。こうして調製された液体に超音波照射を行い、触媒担持カーボンを分散させ塗工液を作製した。
得られた塗工液を貴金属担持量が表2に示す所定量となるように各々厚さ200μmのPTFEシートに塗布・乾燥し、アノード電極層を形成した。
表2に、各比較例、実施例におけるアノード称呼、アノード触媒種類、触媒金属担持量を示す。
【0060】
(カソード)
比較例1〜4、実施例1〜8において、カソードにはPRIMEA(登録商標)#5580(Pt担持量0.4mg/cm:ジャパンゴアテックス(株)製)を採用した。
比較例5、実施例9において、カソードにはPRIMEA(登録商標)#5580(Pt担持量0.2mg/cm:ジャパンゴアテックス(株)製)を採用した。PRIMEA(登録商標)#5580は、高比表面積カーボン仕様となっているため、Pt担持量を0.2mg/cmと低減しても十分な初期特性が得られる。
【0061】
(膜電極接合体)
全ての比較例、実施例において、電解質膜にはGORE−SELECT(登録商標)20K(ジャパンゴアテックス(株)製)を採用した。電解質膜は大きさ15×15cm、厚さ20μmのものを用意した。上記のアノード、カソードおよび電解質膜から、熱プレスを行いデカール法にて膜電極接合体(MEA)を作製した。
【0062】
【表2】

【0063】
[初期電池特性評価試験]
撥水化カーボンペーパー(CARBEL(登録商標)CNW10A:ジャパンゴアテックス(株)製)2枚の間に各膜電極接合体を配置して発電セルに組み込み、常圧にてアノード側に水素(利用率80%),カソード側に空気(利用率40%)を供給し、セル温度80℃にて電流密度0.2A/cm、0.5A/cm、1.0A/cmでの初期発電試験を実施した。またガス露点は高加湿条件として、アノード・カソード共に露点80℃のガスを供給した。また低加湿条件として、アノード・カソード共に露点55℃のガスを供給した。低加湿条件の場合は50kPaの背圧をかけた。そこで得られた電圧値を表3、4に示す。これらの結果から、本発明によるアノード側触媒組成物を用いた燃料電池が、高加湿条件下および低加湿条件下ともに、実用可能であることが確認された。
【0064】
【表3】

【0065】
【表4】

【0066】
[水素吸着電気量評価試験]
前述のXRD解析に基づいて、本発明の触媒組成物は2.0nm〜20nmの平均結晶子サイズを有することが判明した。これに加えて、アノード触媒の2.0nmより小さい微粒子の存在を確認する目的で以下のような電気化学評価を実施した。アノードに露点80℃の窒素ガスを供給し、カソードに露点80℃の水素ガスを供給した。電圧が安定した後、ポテンショスタットを用いアノードを作用極としてサイクリックボルタンメトリーを上限電位は1.2V、下限電位は0.05V、走査速度は100mV/sの条件にて行い、3サイクル目のデータを用いた。水素吸着領域の電荷量は図3の斜線部分のQ(水素吸着電気量)より求め、x軸の最大値は0.35V付近で傾きが0となるときの値とし、二重層容量部分は除いた。得られた電荷量をアノード金属質量で割り、金属質量あたり当たりの電荷量の値を求めた。そこで得られた値を表5に示す。金属質量あたり当たりの電荷量は概ね触媒粒子の平均結晶子サイズと相関関係を有すると考えられる。すなわち、平均結晶子サイズが小さいほど、触媒表面積が大きくなり、金属質量あたり当たりの電荷量が増すと考えられる。XRDに基づく平均結晶子サイズと比較すると、触媒組成物の平均結晶子サイズが2nm〜20nmの場合、前記金属の単位質量当たりの水素吸着領域の電荷量(Q)は、15.0〜65.0C/mg(金属)の範囲に相当する。
【0067】
【表5】

【0068】
[アノード酸素還元特性評価試験]
撥水化カーボンペーパー(CARBEL(登録商標)CNW10A:ジャパンゴアテックス(株)製)2枚の間に各膜電極接合体を配置して発電セルに組み込み、常圧にてカソード側に水素(利用率80%),アノード側に酸素(利用率40%)を供給し、セル温度80℃にて電流密度0.1A/cmでの初期発電試験を実施した。またガス露点はアノード・カソード共に露点80℃のガスを供給した。そこで得られた抵抗補正後の電圧値を表6に示す。この結果から、本発明のイリジウム系触媒(実施例1〜7)は白金系触媒(比較例1、2)と同様に酸素還元能を有するが、得られた電圧値は白金系触媒のものより低いことが分かる。すなわち、イリジウム系触媒は、白金よりも低い酸素還元能を有しており、これにより起動停止時の劣化が抑えられる。
【0069】
【表6】

【0070】
[起動停止条件に対する耐久電池特性評価試験]
撥水化カーボンペーパー(CARBEL(登録商標)CNW20B:ジャパンゴアテックス(株)製)2枚の間に各膜電極接合体を配置して発電セルに組み込み、常圧にてアノード側に水素(利用率83%),カソード側に空気(利用率50%)を供給し、セル温度80℃にて起動停止発電試験を実施した。またガス露点はアノード・カソード共に露点70℃のガスを供給した。起動停止評価手順について説明する。まず通常の初期発電特性評価を電流密度0.3A/cm、0.8A/cm、1.4A/cmにて行い初期発電電圧を得た後、アノード側に空気を供給し、強制的に発電停止を行ったのち再度水素を供給して発電(起動)を行う。この起動停止サイクルを1000回実施した起動停止運転を模擬する加速試験とした。その後、通常の発電特性評価を電流密度0.3A/cm、0.8A/m、1.4A/cmにて行い試験後の発電電圧を得た。そこで得られた試験後と初期の電圧の差から電圧劣化率を求めた結果を表7に示す。これらの結果から、本発明によるアノード側触媒組成物を用いた燃料電池が、起動停止サイクルを1000回実施した後でも、発電可能であり、かつ高い耐久性を示すことが確認された。これらの結果から、本発明によるアノード側触媒組成物を用いた燃料電池は、カソード白金担持量が0.2mg/cm以下であっても(実施例9)、起動停止サイクルを1000回実施した後もまだ、十分発電可能であり、かつ高い耐久性を示すことが確認された。この結果はカソード担持量低減によるコスト低減の可能性を示唆するものである。
【0071】
【表7】

【0072】
また、起動停止試験によるアノード中の貴金属の溶出を確認する目的で以下のような電気化学評価を実施した。アノードに露点80℃の水素ガスを供給し、カソードに露点80℃の窒素ガスを供給した。電圧が安定した後、ポテンショスタットを用いカソードを作用極としてサイクリックボルタンメトリーを上限電位は1.2V、下限電位は0.05V、走査速度は100mV/sの条件にておこなった。3サイクル目の0.40Vにおける電流値より、カソードの2重層容量を見積もる。この評価を起動停止試験前後にて行った。アノード貴金属の溶出が発生していれば、カソードの2重層容量が増加するため、その増加量から貴金属の溶出度合いを評価した。そこで得られた試験前後の2重層容量の変化から貴金属溶出度合いを求めた結果を表8に示す。比較例3では変化率が102%であり、溶出が大きかったことが示唆される。比較例3を除けば、測定された変化率は概ねプラスマイナス30%の範囲であった。XRD分析に基づく比較例3の粒子サイズは1.9nmであり、平均粒子サイズが2nm未満であると、触媒粒子に含まれる前記金属の溶出が促進されると考えられる。また、概して還元雰囲気下で熱処理したもの(実施例1〜4および7)よりも酸化雰囲気下で熱処理したもの(実施例5、6)が、溶出率が小さいことが判明した。
【0073】
【表8】

【0074】
[水素欠乏条件(転極)に対する耐久電池特性評価試験]
撥水化カーボンペーパー(CARBEL(登録商標)CNW10A:ジャパンゴアテックス(株)製)2枚の間に各膜電極接合体を配置して発電セルに組み込み、常圧にてアノード側に水素(利用率67%),カソード側に空気(利用率50%)を供給し、ガス露点はアノード・カソード共に露点70℃のガスを供給した。セル温度70℃にて発電試験を実施し、電流密度0.2A/cm、0.5A/cm、1.0A/cmでの初期の発電電圧を得た。水素欠乏評価は、発電試験後に、アノード側に窒素を供給し、アノードガスを水素から窒素に置換した。その状態にて、電流密度0.2A/cmでアノード側に30秒間電流印加/開回路運転30秒保持を1サイクルとして90サイクルを実施し水素欠乏運転(転極)を模擬する加速試験とした。その後、通常の発電特性評価を行い、電流密度0.2A/cm、0.5A/cmでの試験後の発電電圧を得た。試験後と初期の発電電圧の差から電圧劣化率を求めた結果を表9に示す。これらの結果から、本発明によるアノード側触媒組成物を用いた燃料電池が、水素欠乏運転(転極)模擬を90サイクル経た後でも、発電可能であることが確認された。また、実施例1と実施例8においては、180サイクルの検討も実施した。
【0075】
【表9】

【0076】
また、アノードの水電解過電圧を判断する指標として水素欠乏試験の各サイクル中(1,30,60サイクル)のセル電圧を測定した。また、実施例1と実施例8は、180サイクルのセル電圧も測定した。その結果を表10に示す。アノードに白金系触媒を用いている比較例1、2では、セル電圧が大幅に変化しており、本発明のイリジウム系触媒では、セル電圧はほとんど変化していない。これは、イリジウム系触媒の水電解過電圧が白金よりも低いので、水電解が起こりやすく、燃料極のカーボンの腐食を抑制したためと考えられる。また、黒鉛化カーボンブラックを用いた場合(実施例8)にはより高い水素欠乏(転極)耐性が得られることが確認された。
【0077】
【表10】

【0078】
[X線光電子分光法によるIr4fピークの測定]
X線光電子分光装置(XPS)を用い、調製した各種触媒のIr4fピークを測定した。線源にMg Kα線を用い、管電圧10kV、管電流20mAにて測定を行った。その結果によれば、Ir4fピークトップの位置は触媒によって異なり、Ir4f7/2のピークは60.8〜61.5eVの範囲に現れた。その結果を表11に示す。これらのピークはIrの酸化数が大きいほど高エネルギー側へシフトし、酸化イリジウムのピークは金属イリジウムよりも0.5〜1.5eV 高エネルギー側へ現れる。酸化処理を施した触媒B1、B3の値は、酸化処理を施していない触媒A4と比較して高エネルギー側へIr4fピークが現れ、酸素処理温度が高いほどシフト量が大きいことから、Ir粒子の酸化が進んでいると考えられる。これらの結果から、Ir4f7/2ピークが60.8〜61.4(eV)の間に含まれる酸化状態を持つIr粒子が最適であると考えられる。ただし、金属の粒子サイズが数ナノメートル程度と微細な場合、粒子の電子状態はバルクの電子状態とは異なることも知られている。このことに起因して、金属粒子が小さい程XPSのピークは高エネルギー側へ数eVシフトすることが報告されている(参考文献1、2、3)。本発明におけるIr触媒についても、Ir粒子サイズが小さい場合、XPSのピークはIrの酸化によるシフトに加えて、粒子サイズ効果により、高エネルギー側へのシフトが起きると考えられる。
参考文献1:Y. Takasu et al., Chem. Phys. Lett., 108, 384(1984)
参考文献2:Y. Takasu et al., Electrochim. Acta, 41, 2595(1996)
参考文献3:A. Fritsch et al., Surface Science, 145, L517(1984)
【0079】
【表11】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電材に触媒粒子を担持した触媒とイオン交換樹脂とを含む燃料電池用アノード側触媒組成物であって、該触媒粒子は、酸素還元能および水電解過電圧が共に白金より低く、かつ、水素酸化能を有する、金属、金属酸化物もしくは金属の部分的酸化物またはこれらの混合物からなることを特徴とする触媒組成物。
【請求項2】
前記金属が、イリジウム、ルテニウム、レニウム、パラジウムおよびロジウムからなる群より選択された、請求項1に記載の触媒組成物。
【請求項3】
前記触媒粒子が前記金属を含み、かつ、該金属の平均結晶子サイズが2nm〜20nmの範囲内にある、請求項1または2に記載の触媒組成物。
【請求項4】
前記金属の単位質量当たりの水素吸着領域の電荷量(Q)が15.0〜65.0C/mg(金属)の範囲内にある、請求項1〜3のいずれか1項に記載の触媒組成物。
【請求項5】
前記触媒粒子が前記金属と前記金属酸化物または前記金属の部分的酸化物とを質量比1:10〜10:1の範囲内で含む、請求項1〜4のいずれか1項に記載の触媒組成物。
【請求項6】
前記触媒粒子のX線光電子分光装置(XPS)スペクトルのIr4f7/2におけるピークが60.8〜61.4(eV)の間に含まれる請求項1〜5のいずれか1項に記載の触媒組成物。
【請求項7】
前記導電材が、50m/g以上300m/g以下のBET比表面積を有する高黒鉛化度カーボンブラックである、請求項1〜6のいずれか1項に記載の触媒組成物。
【請求項8】
高分子電解質膜の片面にアノード用触媒層を、その反対面にカソード用触媒層を接合してなる固体高分子形燃料電池用膜電極接合体(MEA)であって、該アノード用触媒層が請求項1〜7のいずれか1項に記載の触媒組成物を含んでなるMEA。
【請求項9】
カソードでのPt担持量が0.2mg/cm以下である請求項8に記載のMEA。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−277995(P2010−277995A)
【公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−98732(P2010−98732)
【出願日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【出願人】(000107387)ジャパンゴアテックス株式会社 (121)
【Fターム(参考)】