説明

物品を加工する方法、複合材物品およびアクチュエータ

【課題】クロムコーティング以外のコーティングを利用することは可能ではあるが、クロムコーティングと同じ性能を与えるクロムコーティング以外のコーティングおよびその加工方法を見出す。
【解決手段】基材12およびこの基材に施されたコバルト−燐コーティング14からなる物品10を熱処理する。この熱処理によって、コバルト−燐コーティング14の少なくとも1つの物理特性を変え、延いては、物品の性能特性を変化させる。物品は、例えば、ボアと、少なくとも部分的にこのボア内に可動に配置されたシャフトと、を有するアクチュエータの部品とすることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、保護コーティングに関し、詳しくは、磨耗耐性を提供するために施されるコバルトおよび燐を含む保護コーティングに関する。
【背景技術】
【0002】
磨耗が生じるような条件のもとで、様々な種類の部品が広く使用されている。これに関して、いくつかの部品には、その部品の望ましい寿命に亘って磨耗を抑制するために、保護コーティングが使用される。例えば、保護コーティングとしてクロムめっきが使用されている。しかし、クロムの使用が規制されていることにより、クロム以外の代替的な種類のコーティングが必要とされている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
クロムコーティング以外のコーティングも利用することができるが、クロムコーティングと同様の性能を与えるクロムコーティング以外のコーティングおよびその加工方法を見つけるという課題が残されている。
【課題を解決するための手段】
【0004】
開示例のコバルト−燐コーティングは、クロムコーティングの代用物として意図するものであり、本明細書中の実施例は、所望の設計要求を満足するとともにクロムコーティングの機能性と同等または同等以上の機能性を満足し得る物理特性を有するコバルト−燐コーティングを提示する。
【0005】
コバルト−燐コーティングが施された物品を加工する方法が、例えば、物品の基材にコバルト−燐コーティングが施されたその物品を熱処理することと、この熱処理を用いてコバルト−燐コーティングの少なくとも1つの物理特性を変え、延いてはその物品の性能特性を変化させることと、を含む。例えば、コバルト−燐コーティングの硬度、コバルト−燐コーティングと基材との接合強度、或いはこれらの両方を修正するように、熱処理を行う。硬度や接合強度を修正することによって、例えば、物品の磨耗耐性を向上させることができる。
【0006】
本発明の方法は、コバルト−燐コーティングが施されるアクチュエータなどの種々の物品に使用することができる。例えば、コバルト−燐コーティングは、アクチュエータ本体のボアの表面、および/または、少なくとも部分的にこのボア内に可動に配置されたシャフトの表面に施すことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
図1は、一例としての物品10の選択された部分を概略的に示し、この物品10は、本明細書中の開示例から恩恵を受け得る様々な種類の物品を代表する。この例においては、物品10は、基材12と、この基材12に施されたコバルト−燐コーティングと、を含む。一般に、基材12は、この基材12に磨耗を生じさせるような比較的厳しい環境に晒されている。これに関して、コバルト−燐コーティング14は、磨耗、腐食などから基材12を保護する。
【0008】
基材12としては、物品10での使用に適した様々な種類の材料がある。例えば、基材12としては、チタン(例えば、チタン合金)がある。しかし、他の実施例においては、他の種類の金属、金属合金または他の材料が代用され得ることを理解されたい。
【0009】
コバルト−燐コーティング14は、種々の適当な技術を用いて基材12に堆積させることができる。一例として、係属中の米国特許出願11/653,525号明細書に開示されている技術があるが、これに限らない。他の技術を代用してもよいことを理解されたい。
【0010】
コバルト−燐コーティング14は、実質的にコバルトおよび燐のみを含む。しかし、コバルト−燐コーティング14内で測定されない又は検出できないくらいの量で、コバルト−燐コーティング14の特性に悪影響を与えない他の要素が不純物として含まれていてもよいことを理解されたい。コバルト−燐コーティング14は、燐よりも多くの量のコバルトを含み得る。すなわち、コバルト−燐コーティング14は、コバルト基合金である。一実施例においては、コバルト−燐コーティング14は、公称で約4wt%〜9wt%の量の燐と、残りの割合のコバルトと、を含む。他の実施例においては、コバルト−燐コーティング14は、公称で6wt%より多く9wt%以下の燐と、残りの量のコバルトと、を含む。6wt%より多く9wt%以下の燐は、加工中に発生する内部応力を低減することに寄与し、クラッキングに対してある程度の耐性を与える。本明細書中で組成や他の値に関して使用する「約」という語句は、当技術分野で通常許容される変動や誤差などの、所定の値に存在し得る差異について言及している。
【0011】
図2は、物品100の他の例を示し、同様の構成要素を同様の参照番号で示している。この例においても、物品100は基材12を含むが、前述の例のコバルト−燐コーティング14の代わりにコバルト−燐コーティング114が使用されている。コバルト−燐コーティング114は、前述の例のコバルト−燐コーティング14といくらか類似しているが、コバルト−燐コーティング114は、コバルト−燐マトリクス118の内部に硬質粒子116が拡散されている点で異なる。硬質粒子116は、マトリクス118よりも硬い。従って、硬質粒子116は、コバルト−燐コーティング114の全体の硬度を増大させることができる。
【0012】
マトリクス118は、上記に示したような組成としてコバルト−燐コーティング14に用いることができる。すなわち、マトリクス118は、4wt%〜9wt%の燐を含んでいてもよく、或いは6wt%より多く9wt%以下の燐を含んでいてもよい。あるいは、コバルト−燐コーティング114の全体の重量に対する燐の量を、4wt%〜9wt%とすることができ、或いは6wt%より多く9wt%以下にすることができる。
【0013】
硬質粒子116は、コバルト−燐コーティング114の所望の物理特性を実現する種々の適切な種類のカーバイドとすることができる。硬質粒子116は、例えば、クロムカーバイド(Cr32)、シリコンカーバイド(SiC)またはこれらの両方を含む。この例のコバルト−燐コーティング114は、前述の例のコバルト−燐コーティング14と同様に、係属中の米国特許出願11/653,525号明細書に開示されている技術を用いて堆積させることができる。しかし、他の堆積法を用いてもよいことを理解されたい。
【0014】
図3は、物品200の他の例としてのアクチュエータ202を示す。この例においては、アクチュエータ202は、アクチュエータシャフト208を受ける中央ボア206が形成されているアクチュエータ本体204を含む。アクチュエータシャフト208は、一般に、ボア206内でこのボア206の中心軸Aの軸方向に沿って可動である。
【0015】
アクチュエータシャフト208は、直径D1を有するシャフト部210と、直径D1よりも大きな直径D2を有するピストン部212と、からなる。
【0016】
ピストン部212の外側表面214には、ピストン部212とボア206との間をシールするO−リング218を収容する凹部216が形成されている。
【0017】
作動中に、(例えば、空圧、油圧、電気または磁気のエネルギを使って)シャフト208がボア206内で動くと、ピストン部212の外側表面214がボア206の表面と摩擦接触しつつ摺動する。これに関して、アクチュエータ202の磨耗を抑制し、ピストン部212とボア206との間のシールを維持するために、ボア206、ピストン部212の外側表面214またはこれらの両方に前述の例のコバルト−燐コーティング114(またはコーティング14)を施すことができる。ピストン部212とボア206との間のシールを維持することにより、例えば、ピストン部212の周囲で気体ないし液体の流体が漏れることなく、シャフト208が効率良く動く。この例においては、コバルト−燐コーティング114のみを示しているが、アクチュエータ202に、代替的にコバルト−燐コーティング14を施してもよいことを理解されたい。
【0018】
コバルト−燐コーティング14,114は、基材12と比べて相対的に硬い。その硬度は、コバルト−燐コーティング14,114の特定の組成に依存し得るが、約500HV(ビッカース硬さ)よりも大きい。いくつかの例においては、コバルト−燐コーティング14のめっき後の初期の硬度は、約633HVである。クロムカーバイドを含むコバルト−燐コーティング114のめっき後の初期の硬度は約615HV〜641HVであり、シリコンカーバイドを含むコバルト−燐コーティング114のめっき後の初期の硬度は約540HV〜559HVである。
【0019】
めっきしただけのコバルト−燐コーティング14,114を利用しても物品10,100,200は要求レベルの性能を呈するが、この性能をさらに向上させることが望ましい。性能の向上を実現するために、コバルト−燐コーティング14,114の1つまたは複数の物理特性を変えることによって、物品10,100,200の性能特性を向上させることができる。例えば、物品10,100,200の磨耗耐性は、コバルト−燐コーティングの14,114の硬度、および/またはコバルト−燐コーティング14,114と基材12との間の接合強度に対応する。従って、コバルト−燐コーティング14,114の硬度や接合強度などの物理特性を変えることによって、物品10,100,200の性能特性を変えることができる。
【0020】
図4は、種々の物品10,100,200の性能特性を向上させるように、物品10,100,200を加工する方法20の一例を示す。例えば、方法20は、コバルト−燐コーティング14,114が施された物品10,100,200を熱処理すること(ステップ22)を含む。この熱処理22を用いてコバルト−燐コーティング14,114の少なくとも1つの物理特性を変え(ステップ24)、延いては、物品10,100,200の性能特性を変化させる(ステップ26)。
【0021】
熱処理22を用いて、コバルト−燐コーティング14,114の様々な異なる物理特性を変えることができる。例えば、熱処理22を用いて、コバルト−燐コーティング14,114の硬度、接合強度またはこれらの両方を変えることができる。
【0022】
一例においては、コバルト−燐コーティング14,114の硬度を増大させるために、熱処理22を用いる。めっき後の初期の状態においては、コバルト−燐コーティング14,114は、上記に示したような硬度を有する。このコバルト−燐コーティング14,114が施された物品10,100,200を所定の時間、所定の温度で熱処理22し、コバルト−燐コーティング14,114を変性させ、延いては硬度を増大させる。
【0023】
所望の硬度増大の程度に応じて、約420°F〜765°F(約216℃〜407℃)の熱処理温度で熱処理22を行うことができる。例えば、硬度を大きく増大させるためには、所定の温度範囲の上限に近い温度を使用することができる。いくつかの他の実施例においては、熱処理温度は、約750°F±15°F(約399℃±10℃),約600°F±15°F(約316℃±10℃),約550°F±15°F(約288℃±10℃),約435°F±15°F(約224℃±10℃)のいずれかから選択される。これらの温度は、示差走査熱量計のデータを使用して導き出された温度である。当業者であれば、この説明が与えられれば、同様の技術を使用して、コバルト−燐コーティング14,114および硬質粒子116の特定の組成に対して他の温度を確定することができるであろう。
【0024】
以下の表1は、所定の温度で熱処理された異なる種類のコバルト−燐コーティング14,114の硬度を示す。しかし、実際の結果はこれとは異なり得ることを理解されたい。
【0025】
【表1】

【0026】
熱処理22によって、コバルト−燐コーティング14,114の微細構造が変化し、それによって硬度が増大する。また、熱処理22に用いられる所定の温度は、基材12として選択される材料の臨界温度よりも低い温度に選択することができる。例えば、所定の温度は、基材12として使われる金属の微細構造に実質的に悪影響を及ぼさない。従って、基材12の物理特性を大幅に変えることなく、コバルト−燐コーティング14,114の硬度を増大させるように、熱処理22を用いることができる。
【0027】
代替的に、コバルト−燐コーティング14,114のめっき後の初期の硬度を維持しつつ、コバルト−燐コーティング14,114と基材12との接合強度を変えるように、熱処理22を用いることができる。すなわち、所定の温度範囲の比較的低い所定の温度で熱処理22することによって、硬度を変えることなく接合強度を大きくすることができる。例えば、約435°F±15°F(約224℃±10℃)の所定の温度で約90分間熱処理を行うことによって、めっき後の初期の硬度を維持しつつ接合強度を大きくする。このように、硬度を増大させるのではなく接合強度を強くすることによって、物品10,100,200の磨耗耐性を変えることができ、延いては、コバルト−燐コーティング14,114の剥離を抑制することができる。
【0028】
図示した例に特徴の組合せが示されているが、本開示の様々な利点を実現するために、これらの特徴のすべてを組み合わせる必要はない。換言すれば、本開示の実施例に従って設計されたものが、いずれか1つの図に示される特徴のすべて、または各図に概略的に示される部分のすべてを含む必要はない。さらに、一実施例の選択された特徴を他の実施例の選択された特徴と組み合わせることができる。
【0029】
前述の説明は、例示するためのものであり、本質を限定するものではない。当業者であれば、本発明の発明の範囲を逸脱することなく、いくつかの修正および変更がなされ得ることを理解されるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】コバルト−燐コーティングが施された物品の一例を示す図。
【図2】硬質粒子を含むコバルト−燐コーティングが施された物品の例を示す図。
【図3】コーティングが施される物品をアクチュエータとした例を示す図。
【図4】コバルト−燐コーティングが施された物品の加工方法例のフローチャート。
【符号の説明】
【0031】
10…物品
12…基材
14…コバルト−燐コーティング
114…コバルト−燐コーティング
116…硬質粒子
118…マトリクス

【特許請求の範囲】
【請求項1】
物品を加工する方法であって、
基材と、該基材に施されたコバルト−燐コーティングと、を有する物品を熱処理し、
前記熱処理を用いて前記コバルト−燐コーティングの少なくとも1つの物理特性を変え、前記物品の性能特性を変化させることを特徴とする方法。
【請求項2】
前記コバルト−燐コーティングの少なくとも1つの物理特性を変えることが、前記コバルト−燐コーティングの硬度を変えることを含む請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記熱処理を用いてコバルト−燐コーティングの硬度を800HVより大きなものとすることを含む請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記コバルト−燐コーティングの少なくとも1つの物理特性を変えることが、前記コバルト−燐コーティングと前記基材との間の接合強度を変えることを含む請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記コバルト−燐コーティングの初期の硬度を維持しつつ前記コバルト−燐コーティングの接合強度を変えるような熱処理温度を選択することを含む請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記コバルト−燐コーティングの少なくとも1つの物理特性を変えることが、前記コバルト−燐コーティングの硬度を変えることと、前記コバルト−燐コーティングと前記基材との間の接合強度を変えることと、を含む請求項1に記載の方法。
【請求項7】
約420°F〜765°F(約216℃〜407℃)の熱処理温度を選択することを含む請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記熱処理を約90分間行うことを含む請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記熱処理の温度を、435°F±15°F(約224℃±10℃),550°F±15°F(約288℃±10℃),600°F±15°F(約316℃±10℃),750°F±15°F(約399℃±10℃)のうちのいずれかから選択することを含む請求項1に記載の方法。
【請求項10】
基材と、
前記基材上に施され、500HVより大きな硬度を有するコバルト−燐コーティングと、
からなる複合材物品。
【請求項11】
前記コバルト−燐コーティングの硬度が約800HVより大きいことを特徴とする請求項10に記載の複合材物品。
【請求項12】
前記コバルト−燐コーティングの硬度が約800HV〜1010HVであることを特徴とする請求項10に記載の複合材物品。
【請求項13】
前記コバルト−燐コーティングが、実質的にコバルトおよび燐からなることを特徴とする請求項10に記載の複合材物品。
【請求項14】
前記コバルト−燐コーティングが、約4wt%〜約9wt%の燐を含むことを特徴とする請求項10に記載の複合材物品。
【請求項15】
前記コバルト−燐コーティングが、6wt%より大きく9wt%以下の燐を含むことを特徴とする請求項10に記載の複合材物品。
【請求項16】
前記コバルト−燐コーティングが、コバルト−燐マトリクスの内部に分散された硬質粒子を含むことを特徴とする請求項10に記載の複合材物品。
【請求項17】
前記硬質粒子がクロムカーバイドおよびシリコンカーバイドのうちの少なくとも一方を含むことを特徴とする請求項16に記載の複合材物品。
【請求項18】
前記基材がチタンからなることを特徴とする請求項10に記載の複合材物品。
【請求項19】
前記基材および前記コバルト−燐コーティングが、アクチュエータ部品の形状に形成されることを特徴とする請求項10に記載の複合材物品。
【請求項20】
ボアが形成されたアクチュエータ本体と、
少なくとも一部が前記ボア内に可動に配置され、前記ボアとの間で摩擦接触が生じるように摺動するシャフトと、
前記ボアおよび前記シャフトのうちの少なくとも一方に施され、500HVより大きな硬度を有するコバルト−燐コーティングと、
を備えるアクチュエータ。
【請求項21】
前記シャフトがピストン部を含み、このピストン部に前記コバルト−燐コーティングが施されていることを特徴とする請求項20に記載のアクチュエータ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−167524(P2009−167524A)
【公開日】平成21年7月30日(2009.7.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−320541(P2008−320541)
【出願日】平成20年12月17日(2008.12.17)
【出願人】(500107762)ハミルトン・サンドストランド・コーポレイション (165)
【氏名又は名称原語表記】HAMILTON SUNDSTRAND CORPORATION
【住所又は居所原語表記】One Hamilton Road, Windsor Locks, CT 06096−1010, U.S.A.
【Fターム(参考)】