説明

画像処理装置、位相差顕微鏡、および、画像処理方法

【課題】 専用の光学部材(位相板)を用いることなく物体の位相差画像を生成する。
【解決手段】 物体からの直接光と回折光とに基づいて結像光学系の像面に形成された物体像の複素振幅分布を表す第1データ群の各ピクセルデータを用いてフーリエ変換を行い(S2)、結像光学系の瞳面における複素振幅分布を表す第2データ群を生成する。そして、第2データ群の各ピクセルデータのうち、瞳面における特定領域の(直接光の通過位置に対応する)ピクセルデータに対し、該ピクセルデータの複素振幅の位相を所定量だけシフトさせる処理を行い(S4)、第3データ群を生成する。さらに、第3データ群の各ピクセルデータを用いて逆フーリエ変換を行い(S4)、像面における複素振幅分布を表す第4データ群を生成する。そして、第4データ群の各ピクセルデータを用い、該ピクセルデータの複素振幅の絶対値の二乗を求め(S5)、第5データ群を生成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物体の位相差画像を生成する画像処理装置、位相差顕微鏡、および、画像処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的な位相差顕微鏡には、結像光学系の瞳面に、位相板が配置されている(例えば非特許文献1,2を参照)。この位相板は、照明光学系の開口絞り(リング状やドット状など)と組み合わせて配置され、開口絞りに共役な部分(つまり物体からの直接光の通過部分)が位相シフト領域となっている。この位相差顕微鏡では、位相板に設けた位相シフト領域を介して物体からの直接光を取り込むと共に、位相板の他の領域(非シフト領域)を介して物体からの回折光を取り込み、両者の干渉により物体の位相差画像を得ている。
【非特許文献1】小松啓「光学顕微鏡の基礎と応用(3)」応用物理 第60巻 第10号(1991) p.1032-1034
【非特許文献2】小松啓「光学顕微鏡の基礎と応用(4)」応用物理 第60巻 第11号(1991) p.1136-1138
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、物体の位相差画像を得るためには、上記した専用の光学部材(位相板)が必要である。専用の光学部材(位相板)を省略すると、通常の光学顕微鏡と同様の構成になり、物体の明視野画像しか得られない。また、物体の明視野画像から画像処理によって位相差画像を推定しようとしても、明視野画像には位相情報が含まれないため、位相差画像の推定は不可能である。
【0004】
本発明の目的は、専用の光学部材(位相板)を用いることなく物体の位相差画像を生成できる画像処理装置、位相差顕微鏡、および、画像処理方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
請求項1に記載の画像処理装置は、物体からの直接光と回折光とに基づいて結像光学系の像面に形成された物体像の複素振幅分布を表す第1データ群の各ピクセルデータを用いてフーリエ変換を行い、前記結像光学系の瞳面における複素振幅分布を表す第2データ群を生成する第1の処理手段と、前記第2データ群の各ピクセルデータのうち、前記瞳面における前記直接光の通過位置に対応するピクセルデータに対し、該ピクセルデータの複素振幅の位相を所定量だけシフトさせる処理を行い、第3データ群を生成する第2の処理手段と、前記第3データ群の各ピクセルデータを用いて逆フーリエ変換を行い、前記像面における複素振幅分布を表す第4データ群を生成する第3の処理手段と、前記第4データ群の各ピクセルデータを用い、該ピクセルデータの複素振幅の絶対値の二乗を求め、第5データ群を生成する第4の処理手段とを備えたものである。
【0006】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の画像処理装置において、前記第2の処理手段は、前記直接光の通過位置に対応するピクセルデータの複素振幅の位相を所定量だけシフトさせる際、該複素振幅の振幅を小さくする処理も行い、前記第3データ群を生成するものである。
請求項3に記載の位相差顕微鏡は、請求項1または請求項2に記載の画像処理装置と、前記第5データ群の各ピクセルデータを表示する表示手段とを備えたものである。
【0007】
請求項4に記載の発明は、請求項3に記載の位相差顕微鏡において、前記物体をパルス光によって照明する照明手段と、前記照明手段により照明されたときに前記物体から発生するパルス状の前記直接光と前記回折光とに基づいて、前記物体像を形成する結像光学系と、前記結像光学系の像面に入射するパルス光の電場の時間変化を測定する測定手段と、前記電場の時間変化をフーリエ変換し、各波長成分ごとに前記第1データ群を生成する生成手段とを備えたものである。
【0008】
請求項5に記載の発明は、請求項4に記載の位相差顕微鏡において、前記照明手段は、前記物体をテラヘルツ周波数領域のパルス光によって照明するものである。
請求項6に記載の画像処理方法は、物体からの直接光と回折光とに基づいて結像光学系の像面に形成された物体像の複素振幅分布を表す第1データ群の各ピクセルデータを用いてフーリエ変換を行い、前記結像光学系の瞳面における複素振幅分布を表す第2データ群を生成する第1の処理工程と、前記第2データ群の各ピクセルデータのうち、前記瞳面における前記直接光の通過位置に対応するピクセルデータに対し、該ピクセルデータの複素振幅の位相を所定量だけシフトさせる処理を行い、第3データ群を生成する第2の処理工程と、前記第3データ群の各ピクセルデータを用いて逆フーリエ変換を行い、前記像面における複素振幅分布を表す第4データ群を生成する第3の処理工程と、前記第4データ群の各ピクセルデータを用い、該ピクセルデータの複素振幅の絶対値の二乗を求め、第5データ群を生成する第4の処理工程とを備えたものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、専用の光学部材(位相板)を用いることなく物体の位相差画像を生成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、図面を用いて本発明の実施形態を詳細に説明する。
本実施形態の位相差顕微鏡10は、図1に示す通り、イメージング装置11と、画像処理装置12と、表示装置13とで構成される。本実施形態の位相差顕微鏡10には、従来の一般的な位相差顕微鏡に必須の光学部材(位相板)が組み込まれていない。この位相差顕微鏡10は、イメージング装置11からの撮像信号を画像処理装置12に取り込み、画像処理によって被検物体10Aの位相差画像を生成するものである。
【0011】
ここで、イメージング装置11について簡単に説明する。イメージング装置11の詳細は、例えば特開2002−98634号公報などに記載されている。
イメージング装置11では、フェムト秒パルスレーザ21から出射した光が半透過鏡22で2方向に分岐される(光L1,L2)。一方の光L1は、ミラー23を経て半導体基板24に入射する。半導体基板24には電極25が形成され、電極25には電源26から電圧が常時印加されている。このため、半導体基板24に光L1が入射した瞬間、電極25の間で放電が起こり、これが双極子となってテラヘルツ周波数領域のパルス光(テラヘルツパルス光)を放射する。
【0012】
そして、このテラヘルツパルス光によって、被検物体10Aが全体的に照明される。テラヘルツパルス光による照明は、点光源照明(つまり平行光による照明)と同等である。また、本実施形態では、テラヘルツパルス光の進行方向が後述のレンズ27(結像光学系)の光軸に平行となっている。
テラヘルツパルス光によって被検物体10Aを照明したときに、被検物体10Aから発生する透過パルス光L3は、特殊プラスチック製(例えばポリエチレン製)のレンズ27で集光され、半透過鏡28を介して、電気光学効果を示す結晶29に入射する。このとき、結晶29(レンズ27の像面)には、透過パルス光L3による被検物体10Aの像(物体像)が形成される。また、結晶29上の各点では、物体像の明暗(つまり図2に例示した透過パルス光L3の電場の強弱)に応じて、“複屈折率の変調”が起こる。
【0013】
なお、被検物体10Aからの透過パルス光L3には、パルス状の直接光と回折光とが含まれている。直接光は0次回折光のことである。直接光に対比して用いられる“回折光”は±1次以上の回折光のことである。本実施形態の位相差顕微鏡10では、レンズ27の瞳面27Aに位相板を配置しないため、被検物体10Aが微小な起伏(位相)構造を有する場合、透過パルス光L3の直接光と回折光の位相差が90度となる。したがって、直接光と回折光がレンズ27の像面(結晶29)で干渉しても、コントラストの高い物体像を得ることはできない。つまり、物体像のコントラストは低いと考えられる。
【0014】
そして、このような物体像の明暗に応じて結晶29に誘起された“複屈折率の変調”を検出するために、上記した半透過鏡22で分岐した他方の光L2をプローブ光として用いる。光L2のパルス幅はフェムト秒オーダである。光L2は、光遅延装置30を介した後(光L4)、ミラー31と半透過鏡28を介して結晶29に入射する。光L4が結晶29に入射する時刻t0+Δt(図2)は、上記の透過パルス光L3が結晶29に入射する時刻t0を基準とし、光遅延装置30によって自在に調整可能である。光遅延装置30の構成としては、例えば反射光学系で光路長を変化させるものが考えられる。
【0015】
また、光L4は、直線偏光の状態で結晶29に入射する。そして、被検物体10Aからの透過パルス光L3により物体像の明暗に応じて結晶29に誘起された時刻t0+Δt(図2)における“複屈折率の変調”に応じて、光L4の偏光状態が変化する。さらに、この偏光状態の変化量は、偏光板32を介して光電場の強弱に変換され、イメージセンサ33により検出される。
【0016】
イメージセンサ33による検出信号は、光L4の偏光状態の変化量に比例し、また、結晶29の時刻t0+Δtにおける“複屈折率の変調”に比例し、また、結晶29上に形成された物体像の明暗に比例し、さらに、被検物体10Aからの透過パルス光L3(結晶29に入射する透過パルス光L3)の電場の時刻t0+Δtにおける瞬時値(実数)に比例している。この検出信号は、画像処理装置12に撮像信号として出力される。
【0017】
画像処理装置12は、上記したイメージング装置11のイメージセンサ33からの撮像信号をデジタル化し、デジタルデータとして取り込む。したがって、画像処理装置12では、そのデジタルデータに応じて、被検物体10Aからの透過パルス光L3(結晶29に入射する透過パルス光L3)の電場の時刻t0+Δtにおける瞬時値(実数)を知ることができる。
【0018】
さらに、イメージング装置11の光遅延装置30を用いて、光L4が結晶29に入射する時刻t0+Δt(図2)を調整しながら、同様のデジタルデータを画像処理装置12に取り込んでいく。これにより、被検物体10Aからの透過パルス光L3の1パルス幅内における電場の各瞬時値、つまり、電場の時間変化E(t)を測定することができる。透過パルス光L3の電場の時間変化E(t)は、結晶29上に形成された物体像の明暗の時間変化を表し、物体像の各位置ごとにピクセルデータの集合(データ群)として得られる。
【0019】
このようにして電場の時間変化E(t)の測定が終了すると、画像処理装置12は、電場の時間変化E(t)を物体像の各位置ごとにフーリエ変換する(つまり分光する)。その結果、物体像の各位置において、透過パルス光L3を構成する種々の波長成分ごとに、次の式(1)の複素振幅E1(ω)を得ることができる。複素振幅E1(ω)のうち、|E1(ω)|は振幅を表し、ψ1は位相を表している。複素振幅E1(ω)は複素数である。
【0020】
1(ω)=ΣE(t)exp(−iωt)=|E1(ω)|exp(iψ1) …(1)
物体像の各位置における各波長成分の複素振幅E1(ω)も、ピクセルデータの集合(データ群)である。このうち、任意の1つの波長成分に関わるデータ群を抽出すると、これは、その波長成分の物体像(結晶29上に形成された被検物体10Aの像)の複素振幅分布を表すことになる。
【0021】
ただし、上記のフーリエ変換によって得られた複素振幅E1(ω)の位相ψ1には、被検物体10A自体の位相情報だけでなく、被検物体10A上の各点から結晶29(つまり像面)上の共役点までの距離に依存した成分(以下「誤差成分ψ2」)が重畳している。この誤差成分ψ2は、被検物体10A上の各点の位置によって変動し、被検物体10A自体の位相情報とは無関係なため、次のようにして取り除く必要がある。
【0022】
誤差成分ψ2を求めるために、被検物体10Aを置かない状態で、上記と同様の電場の時間変化E(t)を測定し、これをフーリエ変換する。その結果、結晶29(つまり像面)上の各位置における各波長成分の複素振幅E2(ω)を得ることができる。複素振幅E2(ω)のうち、位相ψ2が“誤差成分ψ2”に相当する。
2(ω)=|E2(ω)|exp(iψ2) …(2)
そして、式(2)の誤差成分ψ2を用い、次の式(3)にしたがって、式(1)の位相ψ1を補正する。したがって、被検物体10A自体の位相情報とは無関係で被検物体10A上の各点の位置によって変動する誤差成分ψ2を簡単に取り除くことができる。その結果、被検物体10A自体の位相情報のみを位相[ψ1−ψ2]として含む式(3)の複素振幅E3(ω)を得ることができる。
【0023】
3(ω)=|E1(ω)|exp(i[ψ1−ψ2]) …(3)
式(3)による補正後の複素振幅E3(ω)も、物体像(結晶29上に形成された被検物体10Aの像)の各位置において各波長成分ごとに生成され、ピクセルデータの集合(データ群)を構成する。このうち、任意の1つの波長成分に関わるデータ群(請求項の「第1データ群」に対応)は、その波長成分の物体像の純粋な複素振幅分布を表している。
【0024】
画像処理装置12は、補正後の複素振幅E3(ω)を生成し終えると、この補正後の複素振幅E3(ω)を用い、図3のフローチャートの手順にしたがって画像処理を行い、被検物体10Aの位相差画像を生成する。図3の画像処理は、各々の波長成分に関わるデータ群ごとに行われる。
ステップS1では、ある波長成分の補正後の複素振幅E3(ω)に関わるデータ群(つまりレンズ27の像面(結晶29)における物体像の複素振幅分布を表すデータ群)を、演算用の配列A(i,j)に格納する。“i”と“j”は、格納したデータ群の各ピクセルデータの番地を表す。配列A(i,j)のデータ群の各ピクセルデータは、レンズ27の像面(結晶29)の各位置における複素振幅E3(ω)を表す。
【0025】
次に(ステップS2)、配列A(i,j)のデータ群の各ピクセルデータを用いて二次元のフーリエ変換を行う。この処理は、レンズ27の像面(結晶29)における複素振幅分布を、レンズ27の瞳面27Aにおける複素振幅分布に変換する処理に相当する。この処理によって生成されたデータ群(瞳面27Aにおける複素振幅分布を表すデータ群)(請求項の「第2データ群」に対応)は、配列B(i,j)に格納される。配列B(i,j)のデータ群の各ピクセルデータは、瞳面27Aの各位置における複素振幅を表す。
【0026】
次に(ステップS3)、配列B(i,j)のデータ群の各ピクセルデータのうち、瞳面27Aにおける特定領域のピクセルデータに対し、F×exp[iθ]で与えられる所定の複素数を掛ける。この処理は、特定領域のピクセルデータの複素振幅の位相を所定量(位相θ)だけシフトさせると共に、振幅をF倍にする処理に相当する。“F”は、1以下の正の数である。この処理によって生成されたデータ群(請求項の「第3データ群」に対応)は、配列C(i,j)に格納される。配列C(i,j)のデータ群の各ピクセルデータも、瞳面27Aの各位置における複素振幅を表す。
【0027】
ここで、瞳面27Aにおける上記の特定領域について説明する。本実施形態では、図4(a)に示す通り、瞳面27Aの中のレンズ27の光軸との交点(いわゆる周波数座標の原点)を含むドット状の近傍領域27Bを、上記の特定領域に設定した。この近傍領域27Bは、図4(b)に示す通り、被検物体10Aからの透過パルス光L3のうち直接光L3aの通過位置に対応する。
【0028】
直接光L3aの通過位置が周波数座標の原点近傍となるのは、被検物体10Aを照明するテラヘルツパルス光が平行光であり(点光源照明)、かつ、テラヘルツパルス光の進行方向がレンズ27の光軸に平行だからである。ちなみに、透過パルス光L3のうち回折光L3bの通過位置は、瞳面27Aの近傍領域27Bの周辺部分に広がっている。
本実施形態の位相差顕微鏡10では、レンズ27の瞳面27Aに位相板を配置しないため、被検物体10Aからの透過パルス光L3(つまり直接光L3aと回折光L3b)がレンズ27の瞳面27Aを実際に通過した際には、直接光L3aと回折光L3bとの双方に対して何の位相変調も起きない。このため、レンズ27の像面(結晶29)における複素振幅分布(配列A(i,j)のデータ群)はコントラストの低いものとなる。
【0029】
しかし、位相変調を受けていない直接光L3aと回折光L3bによる上記の複素振幅分布(配列A(i,j)のデータ群)を、瞳面27Aにおける複素振幅分布(配列B(i,j)のデータ群)に変換し、この複素振幅分布のうち近傍領域27Bのピクセルデータの複素振幅の位相を所定量(位相θ)だけシフトさせることによって、瞳面27Aに位相板を配置した場合と同等の位相変調を数値的に直接光L3aに対して与えることができる。なお、近傍領域27Bが従来の位相板に設けた位相シフト領域に対応している。
【0030】
また、近傍領域27Bのピクセルデータの位相変調を行う際、そのピクセルデータの複素振幅の振幅をF倍にするため、“F”として1より小さい正の数を用いることで、直接光L3aの振幅を数値的に小さくすることができる。つまり、直接光L3aの強度を数値的に弱めることができる。この処理は、従来の位相板において位相シフト領域に吸収を持たせる(位相シフト領域の透過率を小さくする)ことと同等である。一般に直接光L3aの強度は回折光L3bと比較して強いため、直接光L3aを弱めることにより、回折光L3bとの干渉効果を高めることができる。
【0031】
次に(ステップS4)、上記のステップS3の処理によって生成された配列C(i,j)のデータ群の各ピクセルデータを用いて、二次元の逆フーリエ変換を行う。この処理は、瞳面27Aにおける複素振幅分布(位相変調後)を、レンズ27の像面(結晶29)における複素振幅分布に再び変換する処理に相当する。この処理によって生成されたデータ群(像面における複素振幅分布を表すデータ群)(請求項の「第4データ群」に対応)は、配列D(i,j)に格納される。配列D(i,j)のデータ群の各ピクセルデータは、レンズ27の像面の各位置における複素振幅を表す。
【0032】
ステップS4の処理(二次元の逆フーリエ変換)では、瞳面27Aの近傍領域27Bで位相変調を受けた直接光L3aと、瞳面27Aの近傍領域27Bの周辺部分で位相変調を受けなかった回折光L3bとの干渉を数値的に起こすことができる。つまり、従来の位相差顕微鏡に必須の光学部材(位相板)を用いた場合と同様の干渉効果を数値的に発生させることができる。
【0033】
その結果、レンズ27の像面(結晶29)における複素振幅分布(配列D(i,j)のデータ群)は、上記の位相θとF値の設定に応じて、コントラストの高いものとなる。なお、被検物体10Aが微細な位相構造を有する場合には、位相θ=±π/2とすることで、直接光L3aと回折光L3bとの位相差をゼロ(または180度)に設定できるため、コントラストの高い物体像を得ることができる。
【0034】
ステップS3,S4の処理が終わると、画像処理装置12は、ステップS5の処理に進み、上記した逆フーリエ変換後の複素振幅分布を表すデータ群(つまり配列D(i,j)のデータ群)の各ピクセルデータを用い、ピクセルデータの複素振幅の絶対値の二乗を求める。この処理によって生成されたデータ群(請求項の「第5データ群」に対応)は、配列I(i,j)に格納される。配列I(i,j)のデータ群は、物体像の強度分布(つまり被検物体10Aの位相差画像)を表している。
【0035】
上記のように、本実施形態の位相差顕微鏡10では、イメージング装置11からの撮像信号を画像処理装置12に取り込み、図3のフローチャートの手順にしたがって画像処理を行うことにより、被検物体10Aの位相差画像を決定論的に生成することができる。つまり、従来の一般的な位相差顕微鏡には必須とされる専用の光学部材(位相板)を用いることなく、被検物体10Aの位相差画像を生成することができる。
【0036】
また、本実施形態の位相差顕微鏡10では、図3の画像処理によって最終的に得られた配列I(i,j)のデータ群を用い、その各ピクセルデータを表示装置13に出力することで、被検物体10Aの位相差画像の観察が可能となる。このとき、被検物体10Aの位相差画像を各波長成分ごとに表示してもよいし、各波長成分のデータ群どうしで演算処理を行った後、表示してもよい。
【0037】
さらに、本実施形態の位相差顕微鏡10では、図3のステップS3において、瞳面27Aにおける直接光L3aの通過位置に対応する近傍領域27Bの面積(ピクセルデータ数≧1)や、近傍領域27Bのピクセルデータの複素振幅に掛ける複素数(F×exp[iθ])の位相θおよびF値とを自由に設定することができる。このため、同一像に対して様々な条件下での位相差画像を簡単に得ることができ、被検物体10Aにとって最良の観察条件を選択し、そのときの位相差画像を得ることもできる。近傍領域27Bの面積(ピクセルデータ数≧1)は、レンズ27の収差を考慮して良好なコントラストが得られるように設定することが好ましい。
(変形例)
なお、上記した実施形態では、被検物体10Aを照明するテラヘルツパルス光の進行方向がレンズ27の光軸に平行である例を説明したが、本発明はこれに限定されない。レンズ27の光軸に対してテラヘルツパルス光の進行方向を傾けても構わない。この場合には、半導体基板24の角度を光軸に対して傾けることが必要になる。半導体基板24の傾き角度αに応じてテラヘルツパルス光の進行方向を傾け、被検物体10Aへの入射角度を変更することができる。このような斜光照明の場合、図3のステップS3の処理は、周波数座標の原点から“sinα”だけ外れた点を含むドット状の近傍領域27C(図5)を対象として行えばよい。
【0038】
さらに、上記した実施形態では、点光源照明による物体像の位相差画像を生成する例を説明したが、本発明はこれに限定されない。その他、輪帯照明による物体像の位相差画像を生成する場合にも、本発明を適用することができる。この場合、半導体基板24の傾き角度α(光軸に対する角度)を一定に保ちながら、半導体基板24の傾き方向(テラヘルツパルス光の入射方向)を光軸中心で回転させることが必要になる。
【0039】
そして、複数の入射方向の各々において、上記と同様の電場の時間変化E(t)の測定を行い、物体像の複素振幅分布(補正後の複素振幅E3(ω))を生成し、図3のうちステップS4までの処理を行う。このときのステップS3の処理は、テラヘルツパルス光の入射方向に応じて、図6に示すようなリング状の領域27D内の各近傍領域27Eを対象として順に行えばよい。各々の入射方向におけるステップS4までの処理を時分割で繰り返し、入射方向の異なる複数の複素振幅分布(配列D(i,j)のデータ群)が得られると、これらを合成した後にステップS5の処理に進む。その結果、輪帯照明による被検物体10Aの位相差画像を得ることができる。
【0040】
また、上記した実施形態では、イメージング装置11のイメージセンサ33により一括してプローブ光(L4)の偏光状態の変化量を検出する非走査型の例を説明したが、本発明はこれに限定されない。テラヘルツパルス光を被検物体10Aの局所領域に照射して、テラヘルツパルス光の照射領域と被検物体10Aとの相対位置を変化させながら、プローブ光(L4)の偏光状態の変化量を検出する場合(走査型)にも、本発明を適用できる。
【0041】
さらに、上記した実施形態では、被検物体10Aから発生する透過パルス光L3に基づいて結晶29上に物体像を形成する例(透過型のイメージング装置11)を説明したが、本発明はこれに限定されない。被検物体から発生する反射パルス光に基づいて物体像を形成する場合(反射型)にも、本発明を適用できる。
また、上記した実施形態では、被検物体10Aをテラヘルツパルス光によって照明する例を説明したが、本発明はこれに限定されない。その他の周波数領域のパルス光を用いて被検物体10Aを照明する場合にも、本発明を適用できる。例えば、中心波長帯域を可視光域とする場合、イメージング装置11のフェムト秒パルスレーザ21の時間分解能を上げ、レンズ27の材質を変更し、結晶29として応答時間のより速いものを用いることが必要になる。
【0042】
さらに、上記した実施形態では、イメージング装置11を備えた位相差顕微鏡10を例に説明したが、本発明はこれに限定されない。イメージング装置11を省略した場合(つまり画像処理装置12と表示装置13とで構成された位相差顕微鏡)にも、本発明を適用できる。この場合には、上記と同様の複素振幅E3(ω)に関わるデータ群(つまり物体像の複素振幅分布を表すデータ群)を画像処理装置12に入力するだけで、被検物体10Aの位相差画像を生成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本実施形態の位相差顕微鏡10の全体構成を示す図である。
【図2】イメージング装置11における透過パルス光L3の電場の時間変化E(t)の測定原理を説明する図である。
【図3】画像処理装置12における被検物体10Aの位相差画像の生成手順を示すフローチャートである。
【図4】瞳面27Aにおける位相シフト領域(27B)を説明する図である。
【図5】瞳面27Aにおける位相シフト領域(27C)を説明する図である。
【図6】瞳面27Aにおける位相シフト領域(27D)を説明する図である。
【符号の説明】
【0044】
10 位相差顕微鏡
11 イメージング装置
12 画像処理装置
13 表示装置
21 フェムト秒パルスレーザ
24 半導体基板
25 電極
27 レンズ
29 結晶
30 光遅延装置
32 偏光板
33 イメージセンサ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
物体からの直接光と回折光とに基づいて結像光学系の像面に形成された物体像の複素振幅分布を表す第1データ群の各ピクセルデータを用いてフーリエ変換を行い、前記結像光学系の瞳面における複素振幅分布を表す第2データ群を生成する第1の処理手段と、
前記第2データ群の各ピクセルデータのうち、前記瞳面における前記直接光の通過位置に対応するピクセルデータに対し、該ピクセルデータの複素振幅の位相を所定量だけシフトさせる処理を行い、第3データ群を生成する第2の処理手段と、
前記第3データ群の各ピクセルデータを用いて逆フーリエ変換を行い、前記像面における複素振幅分布を表す第4データ群を生成する第3の処理手段と、
前記第4データ群の各ピクセルデータを用い、該ピクセルデータの複素振幅の絶対値の二乗を求め、第5データ群を生成する第4の処理手段とを備えた
ことを特徴とする画像処理装置。
【請求項2】
請求項1に記載の画像処理装置において、
前記第2の処理手段は、前記直接光の通過位置に対応するピクセルデータの複素振幅の位相を所定量だけシフトさせる際、該複素振幅の振幅を小さくする処理も行い、前記第3データ群を生成する
ことを特徴とする画像処理装置。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の画像処理装置と、
前記第5データ群の各ピクセルデータを表示する表示手段とを備えた
ことを特徴とする位相差顕微鏡。
【請求項4】
請求項3に記載の位相差顕微鏡において、
前記物体をパルス光によって照明する照明手段と、
前記照明手段により照明されたときに前記物体から発生するパルス状の前記直接光と前記回折光とに基づいて、前記物体像を形成する結像光学系と、
前記結像光学系の像面に入射するパルス光の電場の時間変化を測定する測定手段と、
前記電場の時間変化をフーリエ変換し、各波長成分ごとに前記第1データ群を生成する生成手段とを備えた
ことを特徴とする位相差顕微鏡。
【請求項5】
請求項4に記載の位相差顕微鏡において、
前記照明手段は、前記物体をテラヘルツ周波数領域のパルス光によって照明する
ことを特徴とする位相差顕微鏡。
【請求項6】
物体からの直接光と回折光とに基づいて結像光学系の像面に形成された物体像の複素振幅分布を表す第1データ群の各ピクセルデータを用いてフーリエ変換を行い、前記結像光学系の瞳面における複素振幅分布を表す第2データ群を生成する第1の処理工程と、
前記第2データ群の各ピクセルデータのうち、前記瞳面における前記直接光の通過位置に対応するピクセルデータに対し、該ピクセルデータの複素振幅の位相を所定量だけシフトさせる処理を行い、第3データ群を生成する第2の処理工程と、
前記第3データ群の各ピクセルデータを用いて逆フーリエ変換を行い、前記像面における複素振幅分布を表す第4データ群を生成する第3の処理工程と、
前記第4データ群の各ピクセルデータを用い、該ピクセルデータの複素振幅の絶対値の二乗を求め、第5データ群を生成する第4の処理工程とを備えた
ことを特徴とする画像処理方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2006−23247(P2006−23247A)
【公開日】平成18年1月26日(2006.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−203683(P2004−203683)
【出願日】平成16年7月9日(2004.7.9)
【出願人】(000004112)株式会社ニコン (12,601)
【Fターム(参考)】