説明

異常診断装置

【課題】軸受の回転速度による振動振幅の変動を減少させ、回転速度の変動による振動の周波数スペクトルのS/Nの変動を小さくすることで、軸受の異常診断を常に高精度で実施可能な異常診断装置を提供する。
【解決手段】軸受の異常を診断する異常診断装置であって、前記軸受の振動を検出するための振動検出器と、前記振動検出器から出力される振動信号をAD変換するAD変換器と、前記AD変換器の出力を基に前記軸受の異常診断を行う演算処理部とを備え、且つ、前記振動検出器から出力される振動信号の振幅を、前記軸受の回転速度に応じて変化させる増幅度切替回路を備える。そして、前記演算処理部又は前記増幅度切替回路において、前記振幅が前記軸受の回転速度によらずに一定となるように制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄道車両や自動車の車軸などを支持するために用いられる軸受の傷等の異常を、該軸受を分解することなく診断することが可能な異常診断装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の異常診断技術としては、例えば特許文献1に示されているものがある。この特許文献1には、運転中の機械装置に生ずる機械振動を何らかの方法で検出し、検出したデータの周波数解析を行い、得られた周波数スペクトルと励振周波数を比較することで異常な振動を検出する点が開示されている(特許文献1を参照)。
【特許文献1】特開平8−219873号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところで、軸受から発生する振動の振幅は、振動の発生している軸受の回転速度によって変化する。そのため、軸受に生じている傷が同じでも、軸受の回転速度によって振動の振幅が変化してしまう。しかしながら、上述した従来の異常診断技術では、軸受の回転速度に起因する振動の振幅変化を考慮していないため、S/N比が安定しないデータを基に周波数解析を行ってしまう可能性がある。特に、低回転時のS/N比が悪くなり、低回転時において誤検出しやすくなることが考えられる。
【0004】
本発明は上述のような事情から成されたものであり、本発明の目的は、軸受の回転速度による振動振幅の変動を減少させ、回転速度の変動による振動の周波数スペクトルのS/Nの変動を小さくすることで、軸受の異常診断を常に高精度で実施できる異常診断装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、軸受の異常を診断する異常診断装置に関するものであり、本発明の上記目的は、軸受の振動を検出するための振動検出器と、前記振動検出器から出力される振動信号をAD変換するAD変換器と、前記AD変換器の出力を基に前記軸受の異常診断を行う演算処理部とを備え、且つ、前記振動検出器から出力される振動信号の振幅を、前記軸受の回転速度に応じて変化させる増幅度切替回路を備えることによって達成される。
【0006】
また、本発明の上記目的は、前記振幅の増減度を切替える増幅度切替信号を前記演算処理部側で生成して、前記振幅が前記軸受の回転速度によらずに一定となるように制御すること、或いは、前記振幅の増減度を切替える増幅度切替信号を前記増幅度切替回路内で生成して、前記振幅が前記軸受の回転速度によらずに一定となるように制御することによって一層効果的に達成される。さらに、前記軸受の回転速度を検出するための回転検出器が矩形波出力タイプの回転検出器であって、前記回転検出器から発生する回転パルスに位相同期したAD変換トリガ信号を生成して前記AD変換器に送出する位相同期制御手段を更に備え、前記演算処理部は、前記増幅度切替回路により前記振幅が前記回転速度に応じて補正された後の振動信号のデータを基にフーリエ変換して振動周波数を解析し、得られたパワースペクトルに含まれるピークとなる周波数と前記軸受の構成要素となる各部材の異常成分の特徴周波数とを比較して前記軸受の異常部位を特定する機能を有すること、前記演算処理部は、前記振動周波数の解析処理を複数回実行して得られた複数のパワースペクトルのスペクトル強度を平均化処理し、平均化処理後のパワースペクトルに基づいて前記軸受の異常の診断処理を行うこと、前記軸受の温度を検出するための温度検出手段をさらに備え、前記演算処理部は、前記振動信号のデータ及び前記温度の検出データに基づいて前記軸受の異常の診断処理を行うこと、によってそれぞれ一層効果的に達成される。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、軸受の異常診断を回転数(速度)によらず、常に高精度に維持することができる。詳しくは、本発明に係る異常診断装置においては、振動信号の振幅を軸受の回転速度に応じて変化させることが可能であるため、振動信号の振幅の変動を減少させ、回転速度の変動による振動の振幅値(周波数スペクトルのピーク値)の変動を抑制し、常に高精度で軸受の異常診断を実施することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明を実施するための最良の形態について、鉄道車両の車軸用軸受装置における軸受(車軸を支持するための軸受)を診断対象として、傷などの異常の有無を診断する場合を例として説明する。
(第1の実施形態)
図1は本発明に係る異常診断装置の第1の実施形態を示すブロック図である。本実施形態において異常診断の対象となる軸受は、例えば鉄道車両の車軸用軸受装置内に配置された転がり軸受であり、図1に示すように、鉄道車両用の軸受1は、車体側ハウジングに内嵌された外輪1aと、車軸に外嵌されて該車軸とともに回転する内輪1bと、外輪1aと内輪1bとの間に転動自在に配設された複数の転動体(ボール又はころ)1cとを備えている。
【0009】
本発明に係る異常診断装置2は、このような鉄道車両等に使用される転がり軸受を診断対象として、軸受の傷や剥離等の異常の発生及びその予兆を検出するものである。
【0010】
本実施形態において異常診断装置2は、軸受1から発生する振動を検出するための振動検出部10と、振動検出部10からの出力に基づいて軸受1の異常を診断する演算処理部20とを備えている。異常診断装置2内の振動検出部10は、車軸用軸受装置内の軸受1から発生する振動を、電気信号である振動信号へ変換する振動検出手段としての振動検出器11aと、振動信号の振幅を軸受1の回転速度に応じて変化させる振幅可変手段としての増幅度切替回路12と、振動信号をAD変換するAD変換器13aと、軸受1の回転速度(又は回転数)を検出する回転速度手段としての回転検出器11bと、回転検出器11bから発生する信号をAD変換するAD変換器13bとを備えている。上記振動検出器11aは、例えば、振動検出センサで検出した軸受1の振動の振動周波数及びその強度(加速度)を示す信号を出力する。なお、振動検出センサ及び回転検出センサを有する軸受の場合は、振動検出部10内の振動検出器11a及び回転検出器11bは不要であり、その場合には、異常診断装置2では、軸受1のセンサ部から出力される振動信号と回転信号を入力して処理する形態となる。
【0011】
異常診断装置2内の演算処理部20は、振動検出部10からの出力に基づいて軸受1の異常を診断する機能を有しており、本例では鉄道車両の制御系と接続され、軸受1の異常診断結果に応じた制御信号を制御系に出力するようにしている。鉄道車両の制御系では、車両走行中、演算処理部20からフイードバックされる診断結果を常時監視し、軸受10の異常あるいはその予兆が検知されたときには、速やかにしかるべき対処動作を実施する。
【0012】
本発明においては、振動検出器11aで検出された振動信号の振幅を、軸受1の回転速度に応じて変化させる制御を行うことで、軸受1の回転速度の変動による振動の周波数スペクトルのピーク値の変動を抑制するようにしている。この制御は演算処理部20又は振動検出部10で行われる。第1の実施形態は、上記制御を、演算処理部20からの指令(増幅度切替信号)で行うようにした形態であり、演算処理部20では、振動検出器11aからの振動信号(本例ではAD変換器13aからの振動データ)、及び回転検出器11bからの回転信号(本例ではAD変換器13bからの軸受1の回転速度の検出データ)を入力し、軸受1の回転速度に応じて、軸受1の振動信号の振幅増減度を切替える増幅度切替信号を生成して振動検出部10内の増幅度切替回路12に送出することで、振動検出器11aからの振動信号の振幅値(AD変換器13aの出力)が軸受1の回転速度によらずに一定となるように制御する。
【0013】
なお、増幅度切替回路12は、例えばオペアンプの反転増幅回路とその入力抵抗を切替えるマルチプレクサで構成することが可能であるが、増幅度切替回路12の回路構成はこの限りではない。また、回転検出器11bの出力信号形態は、電圧出力、正弦波出力、矩形波出力等複数考えられるが、演算処理部20に入力できるように適宜変換をする。本実施の形態では電圧出力を例として説明するが、この限りではない。
【0014】
上述のような構成において、第1の実施形態における異常診断装置の演算処理部の動作例を図2のフローチャートに従って説明する。
【0015】
異常診断装置内の演算処理部20は、振動検出部10の回転検出器11bからAD変換器13aを介して軸受1の回転速度の検出データを取得し(ステップS1)、軸受1の回転速度に応じた増幅度切替信号を生成する。この増幅度切替信号は、前述のように、軸受1の回転速度の変動による振動の振幅(周波数スペクトルのピーク値)の変動を抑制するための制御信号であり、演算処理部20では、例えば軸受の回転速度と振動信号の振幅増幅度との対応関係を示す対応情報(実測又は理論計算に基づく設定情報)又は関数式から、軸受1の回転速度に応じた振幅増幅度を得て、その振幅増幅度に切替えるための増幅度切替信号を振動検出部10内の増幅度切替回路12に送出し、振動検出器11aからの振動信号の振幅を増幅度切替回路12によって変化(増減)させ、回転速度によらずに振幅が一定となるように制御する。言い換えると、増幅度切替回路12による振幅の増幅度を回転速度に応じて切替えて、振動検出器11aからの振動信号の振幅値が一定となるように補正することで、回転速度の変動に伴う振動の周波数スペクトルのS/Nの変動が小さくなるように制御する(ステップS2)。
【0016】
演算処理部20では、振動検出部10から振幅補正後の振動データ(A/D変換器13aの出力)を取得し(ステップS3)、その振動データを高速フーリエ変換(FFT)して周波数解析し、得られたパワースペクトルに含まれるピークとなる周波数と、軸受諸元(転動体1cの数や直径等)及び軸受1の回転速度から得られる特徴周波数とを比較し、軸受1の剥離等の異常を検出する。
【0017】
詳しくは、ステップS4〜ステップS12に示すように、先ず、演算処理部20は、上記ステップS3で取得した振動データから不要な周波数帯域の信号を取り除くフィルタ処理をした後(ステップS4)、抽出された所定の周波数帯域の信号のエンべロープ(包絡線波形)を検波するエンべロープ処理を実施する(ステップS5)。そして、エンべロープ処理により得られたエンべロープの周波数解析を実施する(ステップS6)。
【0018】
そして、周波数解析によって得られたパワースペクトルから、異常と見なす各傷成分の周波数帯域(後述)において、ピークとなる周波数(スペクトル強度)を抽出する(ステップS7)。
【0019】
そして、その他の周波数帯域のスペクトル強度の平均値を計算し(ステップS8)、その平均値に基づいて基準値を設定し(ステップS9)、この基準値と、異常と見なす特徴周波数とを比較する(ステップS10)。
【0020】
ここで、異常と見なす特徴周波数について説明する。
【0021】
軸受1に傷等の欠陥が生じた場合の振動周波数は、軸受1の構成要素(各部材)によって異なるが、異常と見なす各構成要素の周波数帯域は、車軸とともに回転する内輪1bの回転周波数frを基に求めることが可能である。
【0022】
下記の表1は、軸受1の構成要素となる各部材の欠陥、具体的には、傷と、各部材(図1中の内輪1b、外輪1a及び転動体1c、及び図示されない保持器)で発生する異常振動周波数(エンべロープ処理後の周波数)との関係を示している。
【0023】
【表1】

この関係から明らかなように、各異常振動周波数において、内輪回転周波数fr以外のパラメータ(fi、fc、fb)は、軸受諸元を用いてfrの定数倍として表すことができる。そこで、本実施の形態では、軸受1の各異常成分(本例では傷成分)の特徴周波数(Zfi、Zfc、2fb、fc)を回転周波数frで正規化して得るようにしている。
【0024】
そして、前記ステップS10においては、前記ステップS9で設定した基準値と各傷成分の特徴周波数(Zfi,Zfc,2fb,fc)とを比較する。
【0025】
そして、各特徴周波数(Zfi,Zfc,2fb,fc)が全て基準値以下であれば、軸受1に異常なしと判定する(ステップS11)。一方、各特徴周波数(Zfi,Zfc,2fb,fc)のいずれかが基準値を超えていたならば軸受1に異常ありと判断し、当該特徴周波数を基に異常部位を特定し、その診断結果に応じた制御信号を鉄道車両の制御系に出力すると共に、例えばその旨を示す情報をモニター等に表示する(ステップS12)。
【0026】
上記のように軸受の回転速度に応じて、振動検出器が出力する振動信号の振幅値を変化させる、つまり任意の回転速度においてAD変換器へ送出する振動信号の振幅値を一定に近づけることで、振動信号を周波数解析することで得られる周波数スペクトルのピークの絶対値をほぼ一定に保つことができ、軸受の異常診断を常に高精度に実施することができる。また、異常と見なす周波数帯域を、軸受の回転周波数を基に演算処理部20で計算して設定する必要がなく、軸受1の諸元を基に事前に設定することができる。さらに、軸受1の異常時に発生する振動に含まれる特徴周波数のスペクトル強度とその他の周波数のスペクトル強度との比に基づいて軸受1の異常診断を行っているので、異常診断に対するノイズの影響を極力排して、極めて信頼性の高い診断を実施できる。すなわち、軸受1自体には何ら異常が無いときでも、ノイズの影響により見かけ上特衝周波数(Zfi,Zfc,2fb,fc)の帯域にスペクトル強度のピークが検出されることがあるが、その他の周波数帯のスペクトルもノイズの影響により見かけ上スペクトル強度が増大するため、両者の比に基づいて診断を行うことにより、ノイズの影響による誤判定を無くすことができる。
(第2の実施形態)
図3は本発明に係る異常診断装置の第2の実施形態を図1に対応させて示すブロック図であり、第1の実施形態(図1に例示した異常診断装置2)と同一構成箇所は、同符号を付して説明を簡略化または省略する。
【0027】
図3に示す異常診断装置2Aは、回転検出器11bからの回転信号を増幅度切替回路12Aで入力し、振動検出器11aからの振動信号の振幅を回転信号に応じて変化させる構成としている。
【0028】
前述の第1の実施形態では、演算処理部20が増幅度切替信号を生成して、その増幅度切替信号によって振動信号の振幅を回転速度に応じて変化させる形態を示したが、第2の実施形態は、その増減の制御(増幅度の切替制御)を振動検出部10A内で行う形態である。すなわち、第2の実施形態における異常診断装置2Aは、第1の実施形態と比較して、振動検出部10Aが増幅度の切替機能を備えており、本例では、増幅度切替回路12A内でその切替制御を行うようにしている。増幅度の切替制御を実現する手段(増幅度切替制御手段)は、例えば、増幅度切替信号を作るための比較回路(コンパレータ等で実現可能)を増幅度切替回路12Aに設けることで実現される。すなわち、第2の実施形態においては、図3に示す増幅度切替回路12Aは、ハードウェアの面では、第1の実施形態の増幅度切替回路12に加えて、増幅度切替制御手段としての比較回路を備えている。
【0029】
上述のような構成において、第2の実施形態における異常診断装置の動作例を説明する。
【0030】
先ず、振動検出部10Aの動作例を説明する。
【0031】
振動検出部10A内の増幅度切替回路12Aは、回転検出器11bから発生する軸受1の回転信号を入力し、その回転信号に応じて、現時点の回転速度に対する最適な振幅増幅度、例えば、振動信号の振幅値が軸受1の回転速度によらずに一定となるような振幅増幅度を求める。この振幅増幅度は、例えば、回転速度又は速度範囲毎の振幅増幅度の設定値(基準値)と現時点の回転速度とを比較回路で比較し、現時点の回転速度に対応する振幅増幅度の設定値を選択することで求める。あるいは、現時点の回転速度を関数式に設定し、関数演算によって振幅増幅度を求める。そして、その振幅増幅度に切替えるための増幅度切替信号を生成し、その増幅度切替信号によって振動検出器11aからの振動信号を変化させ、振動検出器11aで検出された振動信号の振幅が軸受1の回転速度によらずに一定となるように調整する。そして、調整後の振動信号をA/D変換器13aに送出する。
【0032】
次に、演算処理部20Aの動作例について図4のフローチャートを参照して説明する。
【0033】
第2の実施形態では、上記のように、振動検出部10A側で振動信号の振幅が既に補正されているので、演算処理部20A側での振幅増幅度の切替制御が不要となる。
【0034】
すなわち、第1の実施形態における異常診断装置2Aは、ソフトウェアの面では、第1の実施形態と比較して演算処理部20Aにおける増幅度切替信号を生成するステップ(図2のステップS1「軸受の回転速度取得」及びステップS2「増幅度切替信号の出力」)が不要となる。図4のフローチャートのステップS21〜S30における処理は、第1の実施形態において既に説明した図2のフローチャートのステップS3〜S12における処理と同一であり、説明を省略する。
(第3の実施形態)
次に、第3の実施形態について説明する。前述の第1及び第2の実施形態は、電圧出力タイプの回転検出器を想定した構成を例として説明したが、第3の実施形態では矩形波出力タイプの回転検出器を想定した例を説明する。
【0035】
図5は本発明に係る異常診断装置の第3の実施形態を図3に対応させて示すブロック図であり、第2の実施形態(図3に例示した異常診断装置2A)と同一構成箇所は、同符号を付して説明を簡略化または省略する。
【0036】
図5に示す異常診断装置2Bにおいて、軸受1の回転速度を検出するための回転検出器11b’は、矩形波出力タイプの回転検出器であり、軸受1が回転する毎に所定数(例えば、60)のパルス信号(回転パルス)を発生する。振動検出部10Bは、回転検出器11b’から発生する回転パルスに位相同期した信号(AD変換トリガ信号)を生成して発振するようにしており、その位相同期制御手段としてPLL(Phase locked loop)回路14を備えている。演算処理部20Aでは、PLL回路14からのAD変換トリガ信号の周波数をサンプリング周波数として、振動検出器11からの振動信号のデータを増幅度切替回路12B及びAD変換器13Aを介してサンプリングする。
【0037】
また、第1及び第2の実施例と比較して、振動検出部10B内の増幅度切替回路12Bは、回転検出器11b’から発生する回転パルスの周波数変化を電圧レベルの変化に変換する手段として、周波数−電圧変換回路を備えている。増幅度切替回路12Bのその他の構成と動作、及び演算処理部20Aの構成と動作は、第2の実施形態と同様のため説明を省略し、ここでは、PLL回路14の構成例とその動作について説明する。なお、図5中の温度検出手段30の構成要素である温度検出器31とAD変換器32は、軸受1の温度を検出して、その検出温度に基づいて軸受1の異常を診断するための付加的な構成要素であり、その構成要素を付加した異常診断装置の説明については後述するものとする。
【0038】
図5において、PLL回路14は、位相比較器14a、ループフィルタ14b、電圧制御発振器(VCO)14c、及び分周器14dを含むループ回路で構成されている。PLL回路14内の位相比較器14aには、回転検出器11bから出力される回転パルスと、PLL回路14内のVCO14cからの発振信号(AD変換トリガ信号)を分周器14dで分周して得られる分周パルスとが入力される。そして、位相比較器14aは、回転パルスと分周パルスとの位相差に応じたパルス信号を生成してループフィルタ14bに送出する。ループフィルタ14bは、パルス信号に応じた直流信号をVCO14cに送出する。VCO14cは、入力電圧に応じた周波数のパルス信号をAD変換トリガ信号としてAD変換器13aに送出する。AD変換器13aからは、AD変換トリガ信号の周波数をサンプリング周波数として、振動検出器11からの振動信号を増幅度切替回路12Bを介してサンプリングした振動データが出力される。
【0039】
このような構成とすることにより、回転検出器11bからの回転パルスと分周器14dからの分周パルスの両者の位相が一致するように同期引き込みが行われ、これにより、矩形波出力タイプの回転検出器11bからの回転パルスの周波数とAD変換トリガ信号の周波数との間に比例関係を持たせることができる。その結果、軸受1の回転周波数の変動による振動周波数の変動の影響を打ち消すことにより、回転周波数の変動による振動の周波数スペクトルのピークの鈍りを抑制することができる。また、前述のように、増幅度切替回路12Bでは、回転速度の変動による振動信号の振幅の変動が減少させようにしているので、軸受1の回転周波数や回転速度の変動の影響を受けることがなく、異常診断を常に高精度で行うことが可能となる。
【0040】
なお、上述した第3の実施形態においては、振動信号の増幅度の切替制御を振動検出器10B側(増幅度切替回路12B内)で行う形態を例としているが、上記切替制御を演算処理部20A側で行う場合は、第1の実施形態で例示した図1の異常診断装置2の振動検出部10に、図5中のPLL回路14を備えた構成とすれば良い。
(演算処理部における他の実施形態1)
上述した実施の形態においては、演算処理部(20又は20A)では、振動検出部(10、10A、又は10B)からの振動データを基に軸受1の振動周波数を解析し、得られたパワースペクトルに含まれるピークとなる周波数と軸受の構成要素となる各部材の異常成分の特徴周波数とを比較して軸受1の異常を検出する場合を例として説明したが、軸受1の回転周波数に同期して振動周波数の解析処理を複数回行い、得られた複数のパワースペクトルのスペクトル強度を平均化する周波数平均化処理を実施したの後、そのパワースペクトルのデータに基づいて診断する形態とすることが好ましい。
【0041】
図6は、異常診断装置の演算処理部20Aにおいて上記周波数平均化処理を行う場合の動作例を示すフローチャートであり、第2の実施形態の説明で用いた図4のフローチャートと比較して、図6中のステップS31、S36〜S38の処理が追加される。ここでは、追加される処理について説明し、その他の処理(図6のステップS32〜S35、S39〜S44)については、第2の実施形態における処理(図4のステップS21〜S24、S25〜S30)と同様であるため、説明を省略する。
【0042】
異常診断装置の演算処理部20Aでは、振動検出部10から振幅補正後の振動データを取得し、そのステップS32からステップS35までの処理を規定回数(本例ではN=10回)繰り返すことで、周波数解析により複数(N個)のパワースペクトルのデータをサンプリングする(ステップS31〜S37)。そして、ステップS38において、パワースペクトルのスペクトル強度を、サンプリングした規定回数分のパワースペクトルの周波数毎に平均化する処理(周波数平均化処理)を行う。そして、ステップS39以降では、周波数平均化処理後のパワースペクトルのデータに基づいて軸受1の異常診断を行う。上記周波数平均化処理により、回転周波数の変動による振動の周波数スペクトルのピークの鈍りを一層抑制することができる。
(演算処理部における他の実施形態2)
上述した実施形態においては、振動検出器で検出した軸受1の振動信号に基づいて軸受の異常診断処理を行う場合を例として説明したが、軸受1の振動の状態と共に温度の状態も診断することにより、軸受の各種の異常を一層高精度で検出することが可能となる。その場合、軸受1の温度検出手段として、図5中に例示したように温度検出手段30(温度検出器31とAD変換器32)を追加し、演算処理部20Aにおいて軸受1の振動データと温度データを基に軸受の異常診断処理を実行する形態としても良い。
【0043】
上記温度データを用いた異常診断処理の例を図7の処理フローに従って説明する。
【0044】
図7は、図5に示した異常診断装置の演算処理部における処理内容を示すフローチャートである。なお、第1及び第3の実施形態に適用した場合も同様である。
【0045】
演算処理部20Aは、異常診断を行う際、まず温度データ取得回数の値Mを初期値(M=0)にセットする共に(ステップS51)、温度異常を判定するための閾値の設定を行う。この閾値は、実測または理論計算に基づいて選定され、例えばオペレータによって予め設定されている(ステップS52)。続いて、図2のフローに従って軸受1の振動による異常診断処理を実施した後(ステップS53)、温度検出器31で検出した軸受1の温度データをAD変換器32を介して取得する(ステップS54)。そして、取得した温度データを移動平均処理することにより、AD変換時に重畳したノイズの影響を低減させる。移動平均処理した温度データはメモリに保存しておく(ステップS55)。その後、温度データ取得回数の値Mをインクリメント(M=M+1)し(ステップS56)、ステップS53に戻ってステップS55までの処理を繰り返す。そして、ステップS57において、規定回数(本例ではM=10回)繰り返したと判定した場合は、移動平均処理後の温度データの値と温度異常の閾値とを比較する(ステップS58)。
【0046】
そして、温度データの値が閾値未満であれば、軸受1に異常なしと判定する(ステップS59)。一方、温度データの値が閾値以上であれば、軸受1に温度異常ありと判断し、その診断結果に応じた制御信号を鉄道車両の制御系に出力すると共に、例えばその旨を示す情報をモニター等に表示する(ステップS60)。従って、軸受1の振動若しくは温度の異常が検出された場合には、当該制御信号が鉄道車両の制御系に出力されると共に、診断結果が表示される。
【0047】
上記のように、本実施形態によれば、軸受の振動に基づく異常判定に加えて、軸受の温度に基づく異常判定を行うことができるので、より信頼性の高い異常判定を行うことができる。
【0048】
なお、温度による異常判定はその時々の軸受1の温度に基づいてなされるので、振動による異常判定の場合のようにサンプリング周波数fsを軸受1の回転周波数frに比例させるといった処理を行う必要はない。そのため、温度による異常判定処理は振動による異常判定処理の合間に行うことが可能である。従って、図5に例示した構成では振動用と温度用とでAD変換器を別々に設けた例を示したが、1つのAD変換器で共用することも可能である。
【0049】
なお、上述した実施の形態においては、鉄道車両用の軸受を診断対象とした場合を例として説明したが、鉄道車両用の軸受に限らず、自動車や船舶など、乗物全般に使用される軸受を診断対象とすることができる。また、上述した実施の形態においては、振動検出部をハードウェアで構成した場合を例として説明したが、一部をソフトウェアで構成する場合も本発明に含まれる。さらに、本発明は、上述した各実施形態に限定されるものではなく、適宜、変形、改良、実施形態の組み合わせ等が可能である。その他、上述した各実施形態における各構成要素の材質、形状、寸法、数値、形態、数、配置箇所等は本発明を達成できるものであれば任意であり、限定されるものではない。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本発明に係る異常診断装置の第1の実施形態を示すブロック図である。
【図2】第1の実施形態における異常診断装置の演算処理部の動作例を説明するためのフローチャートである。
【図3】本発明に係る異常診断装置の第2の実施形態を示すブロック図である。
【図4】第2の実施形態における異常診断装置の演算処理部の動作例を説明するためのフローチャートである。
【図5】本発明に係る異常診断装置の第3の実施形態を示すブロック図である。
【図6】本発明に係る異常診断装置の演算処理部における他の実施形態1の動作例を説明するためのフローチャートである。
【図7】本発明に係る異常診断装置の演算処理部における他の実施形態2の動作例を説明するためのフローチャートである。
【符号の説明】
【0051】
1 軸受
2,2A,2B 異常診断装置
10,10A,10B 振動検出部
11a 振動検出手段(振動検出器)
11b,11b’ 回転検出手段(回転検出器)
12,12A,12B 増幅度切替手段(増幅度切替回路)
13a,13b AD変換器
14 PLL回路
20,20A 演算処理部
30 温度検出手段
31 温度検出器
32 AD変換器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸受の異常を診断する異常診断装置であって、前記軸受の振動を検出するための振動検出器と、前記振動検出器から出力される振動信号をAD変換するAD変換器と、前記AD変換器の出力を基に前記軸受の異常診断を行う演算処理部とを備え、且つ、前記振動検出器から出力される振動信号の振幅を、前記軸受の回転速度に応じて変化させる増幅度切替回路を備えたことを特徴とする異常診断装置。
【請求項2】
前記振幅の増減度を切替える増幅度切替信号を前記演算処理部側で生成して、前記振幅が前記軸受の回転速度によらずに一定となるように制御することを特徴とする請求項1に記載の異常診断装置。
【請求項3】
前記振幅の増減度を切替える増幅度切替信号を前記増幅度切替回路内で生成して、前記振幅が前記軸受の回転速度によらずに一定となるように制御することを特徴とする請求項1に記載の異常診断装置。
【請求項4】
前記軸受の回転速度を検出するための回転検出器が矩形波出力タイプの回転検出器であって、前記回転検出器から発生する回転パルスに位相同期したAD変換トリガ信号を生成して前記AD変換器に送出する位相同期制御手段を更に備え、前記演算処理部は、前記AD変換トリガ信号の周波数をサンプリング周波数として前記増幅度切替回路及び前記AD変換器を介して前記振動信号のデータをサンプリングすることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の異常診断装置。
【請求項5】
前記演算処理部は、前記増幅度切替回路により前記振幅が前記回転速度に応じて補正された後の振動信号のデータを基にフーリエ変換して振動周波数を解析し、得られたパワースペクトルに含まれるピークとなる周波数と前記軸受の構成要素となる各部材の異常成分の特徴周波数とを比較して前記軸受の異常部位を特定する機能を有することを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の異常診断装置。
【請求項6】
前記演算処理部は、前記振動周波数の解析処理を複数回実行して得られた複数のパワースペクトルのスペクトル強度を平均化処理し、平均化処理後のパワースペクトルに基づいて前記軸受の異常の診断処理を行うことを特徴とする請求項5に記載の異常診断装置。
【請求項7】
前記軸受の温度を検出するための温度検出手段をさらに備え、前記演算処理部は、前記振動信号のデータ及び前記温度の検出データに基づいて前記軸受の異常の診断処理を行うことを特徴とする請求項1乃至6のいずれかに記載の異常診断装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−304031(P2007−304031A)
【公開日】平成19年11月22日(2007.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−134680(P2006−134680)
【出願日】平成18年5月15日(2006.5.15)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】